博士(水産学)長江真樹 学位論文題名
IVIolecular biological studies on gonadotropinln the Japanese eel, Angu)illa japonica
(ニホンウナギの生殖腺刺激ホルモンに関する分子生物学的研究)
学位論文内容の要旨
ニホンウナギ(Anguilla japonica)は、日本の水産業において重要な養殖対象魚 種であるが、現在その種苗は天然で捕獲されるシラスウナギに完全に依存してい る。しかし、シラスウナギの漁獲量は年変動が激しく、また近年の漁獲量は年々 減少しており、その安定供給が難しくなっている。そのため、人工種苗生産技術 の確立によるシラスウナギの安定供給が待ち望まれている。人工種苗生産のため には、まず安定した成熟親魚の確保が必要であるが、これまでに性成熟したウナ ギが天然で捕獲された例は無い。また、飼育下のウナギでは性成熟が進行しない ため、ホルモン投与により人工的に催熟する試みがなされているが、安定した成 果は得られていない。ウナギの人為催熟技術を確立し、安定した種苗生産を行う ためには、ウナギの性成熟の生理機構を基礎的な視点から正確に把握することが 必要である。
他の脊椎動物と同様に硬骨魚類の生殖腺の発達は、脳下垂体から分泌される生 殖腺 刺激 ホルモ ン(GTH)の作 用に より 制御されている。特に雌においては、
GTHは卵濾胞細胞に作用し、卵黄形成期にはエストラダイオール‑17p (E2)の産 生を、卵成熟期には卵成熟誘起ステロイドの産生を介して卵母細胞の成長および 成熟を促している。飼育環境下のニホンウナギでは、GTHの産生および分泌が 殆ど無いために、上述のような卵黄形成および卵成熟が進行しない。そのため、
GTHを多量に含有するサケ脳下垂体を連続投与することにより催熟している。
しかしこの方法では、卵黄形成は比較的容易に進行するが、卵成熟は非常に進行 し難く、また、個体間の差も大きい。これらの問題を解決するためには、人為催 熟中の脳下垂体でのGTHの合成および分泌動態を把握し、ウナギ自身の,GTH を最大限に利用することが非常に有効であると考えられる。そこで本研究は、
ニホ ンウ ナギ雌 の成熟過程におけるGTHの合成変化を遺伝子レベルで詳細に 調べることを目的として行われた。
ま ず、 ニホン ウナギglycoprotein hormoneQおよびGTH II[3サブユニット cDNAの単 離およ び塩 基配 列の 決定を 行っ た。 脳下垂体由来のcDNAを鋳型に
、既知のヨーロッバウナギの両サブユニットcDNAから選択した配列をプライ マーに用いたpolymerase chain reaction (PCR)によってそれぞれ特異的なcDNA の増幅が見られた。得られたニつのcDNAの塩基配列を決定した結果、全open reading frameを含む351 base pair (bp)のニホンウナギglycoprotein hormoneQ cDNAおよ び433 bpのGTH III3 cDNAであることが確認されたっこれら両サブ ユニットcDNAは、遺伝子およびアミノ酸配列の両方において他の硬骨魚類と の相同性がそれぞれ約60 ‑ 90%と非常に高かった。また、システイン残基や 糖鎖の結合部位など立体構造の保持に重要なアミノ酸配列は、その数および位 置が 全て 多魚種 と相 同で あっ た。こ れら の構 造的な解析の結果は、二つの cDNAがそ れぞれ ニホ ンウ ナギglycoprotein hormoneQおよびGTH IIpをコー ドしてkゝることを示してkゝる。
次に、それぞれのサブユニットcDNAをプローブに用いたノーザンブロット 解析により、サケ脳下垂体の連続投与によるニホンウナギ雌の人為催熟に伴う 両 サ ブユ ニットmRNAの発 現変化 を調 べた 。glycoprotein hormoneamRNAの 発現は、卵母細胞の成長に伴いほぼ直線的に増加し、核移動期で最大値を示し た。一方、GTH II[3 mRNAの発現は、卵黄形成中期までは全く検出されず、卵 黄形成後期に初めて検出され、核移動期にさらに増加した。これらの結果は、
ニホンウナギGTH IIの合成は、卵黄形成後期以降に初めて増加することを示 している。しかしながら、ノーザンブロットによる今回の解析では、全ての成
熟段階 で両サプユ ニットmRNAの発現が確認された訳ではなく、個体レベルで の正確な把握には至らなかった。これは、ノーザンブロットの検出感度が低い ことに 加えて、脳 下垂体から 得られるサ ンプルとしてのRNAの量が少ない事 が大きな原因となっている。そのため、詳細に両サプユニット遺伝子の発現を 解 析 す る た め に は 、 よ り 高 感 度 の 測 定 系 の 必 要 性 が 示 唆 さ れ た 。 上述の結果を考慮して、reverse transcription ‑ polymerase chain reaction (RT‑PCR)を用いた高感度の遺伝子発現測定系の確立を行った。PCRは特定の微 量な遺伝子を無限に増幅できる方法であるが、その過程で生じる僅かな誤差が 最 終産 物量に大 きく反映す るため`反 応毎にその 補正を行う 必要がある 。
p‑actinは、細胞内骨格の主要素であり、生体内での発現量はほぼ一定に保たれ
ていることが知られている。今回の測定系では、p‑actin mRNAをそれぞれのサ ブユニ ットmRNAと同時に増幅することによって各反応毎に生ずる誤差を解消 した。目的のGTHサブユニットとf3‑actin遺伝子の同時増幅において、両遺伝 子の増幅効率は同じであり、特に18 ‑ 24 PCRサイクルにおいて両遺伝子の増 幅が最 も良好であ った。そこで、21 PCRサイクルでの両遺伝子の増幅産物量 を調ベ、目的とするニホンウナギglycoprotein hormoneQおよびGTH IIf3遺伝 子発現量を、対照であるf3‑actin遺伝子発現量で割ることにより、目的遺伝子の 発現値を算出した。その結果、今回確立したニホンウナギglycoprotein hormone Qおよ びGTH iip遺伝 子 発現 測 定系 は 、250 ngとぃ う微量なRNAサンプル か らの解析を可能にした。また、本測定系の精度を調べるため、アッセイ内変動 係数お よびアッセ イ間変動係数を算出した結果、それぞれ約15および25%と 非常に低値であった。これらの結果は、今回確立した遺伝子発現測定系が、非 常に高感度であるだけでなく、正確さも兼ね備えていることを示しており、本 測定系がニホンウナギglycoprotein hormoneQおよびGTH II[3遺伝子発現の解 析に有効であることを証明している。
RT‑PCR遺伝子発 現測定系を用いて、ニホンウナギ雌の人為催熟に伴う両サ
ブ ユニ ッ トmRNAの 発 現変 化 を詳 細 に調 べた。glycoprotein hormoneQmRNA
の発現は、卵黄形成中期まで緩やかに増加し、その後やや急激に増加した。
一方、GTH IIf3 mRNAの発現は、ホルモン未投与の未熟な個体においても低値 な がら検出され、卵黄形成中期には約30倍に急増した。GTH iip mRNAは、
その後も増加を続け、核移動期に最高値を示した。これらの結果は、GTHII[3 の合成が、人為催熟開始から間もなく誘導されることを示している。また、こ れ らGTHサ ブ ユ ニ ッ トmRNAの 発現 変化は 、血 中の 性ス テロイ ド、 特にE2 およびtestosterone (T)の動態とよく一致していた。これは、投与されたサケ GTHの刺激によって卵濾胞細胞で産生されたE2およびTの脳下垂体へのフイ ードバック作用による結果であることを示唆している。このように、人為催熟 による卵母細胞の成長に伴って、ニホンウナギGTH IIの合成が促進すること が本研究によって初めて詳細に調べられた。しかし、合成されたウナギGTH II の分泌および陸成熟への関与については全く不明であり、今後検討すぺき課題 として残された。
学位論文審査の要旨
主 査 教 授 山 内 晧 平 副 査 教 授 山 崎 文 雄 副 査 助 教 授 上 田 宏 学 位 論 文 題 名
lVIolecular biological studies on gonadotropinln the Japanese eel, Angui22a japonica
(ニホンウナギの生殖腺刺激ホルモンに関する分子生物学的研究)
ニホンウナギ(Anguilla japonica)は、日本の水産業において重要な養殖対象魚 種であるが、現在その種苗は天然で捕獲されるシラスウナギに完全に依存してお り、人工種苗生産技術の確立によるシラスウナギの安定供給が待ち望まれている
。 そ の た め に は 、 ま ず 成 熟 親 魚 を 安 定 し て 供 給 す る 必 要 が あ る 。 . 硬骨魚類の生殖腺の発達は、他の脊椎動物と同様に脳下垂体から分泌される生 殖腺刺激ホJレモン(GTH)の作用により制御されている。特,に雌においては、
GTHは卵濾胞細胞に作用し、卵黄形成期にはエストラジオール‑17(3 (E2)の産生 を、卵成熟期には卵成熟誘起ステロイドの産生を介して卵母細胞の成長および成 熟を促している。飼育環境下のニホンウナギでは、GTHの産生および分泌が殆 ど無いために、上述のような卵黄形成および卵成熟が進行しない。そのため、
GTHを多量に含有するサケ脳下垂体を連続投与することにより催熟している。
しかしこの方法では、卵黄形成は比較的容易に進行するが、卵成熟は非常に進行 し難く、また、個体間の差も大きい。これらの問題を解決するためには、人為催 熟 中の脳 下垂 体で のGTHの 合成 および 分泌 動態 を把 握し、 ウナギ自身のGTH を最大限に利用することが非常に有効であると考えられる。そこで本研究は、ニ ホンウナギ雌の成熟過程におけるGTHの合成変化を遺伝子レベルで詳細に調べ ることを目的として行われた。
まず、ニホンウナギ糖夕ンパクホJレモンdおよびGTHIIpサブユニットcDNA の単離および塩基配列の決定を行った。脳下垂体由来のcDNAを鋳型に、既知の ヨーロッノヾウナギの両サブユニットcDNAから選択した配列をブライマーに用い たpolymerase chain reaction (PCR)によってそれぞれ特異的なcDNAの増幅が見 ら れ た 。 得 ら れ たニ つ のcDNAの塩 基配 列を 決定し た結 果、 全openreading frameを含む364 base pair (bp)のニホンウナギ糖夕ンノヾクホル′モンa cDNAお よ ぴ433 bpのGTH IIpcDNAであ ることが確認された。これら両サブユニット
cDNAは 、 遺 伝 子お よび ァミ ノ酸 配列 の両 方に おい て他の 硬骨 魚類 との 相同 性が そ れ ぞ れ 約60‑90%と 非 常 に 高 か っ た 。 ま た 、シ ステイ ン残 基や 糖鎖 の結 合部 位 な ど 立 体 構 造の 保持 に重 要な アミ ノ酸 配列 は、 その数 およ び位 置が 全て 多魚 種 と 相 同 で あ っ た 。 こ れ ら の 構 造 的 な 解 析 の 結果 は 、 二 つ のcDNAが そ れ ぞれ ニ ホ ン ウ ナ ギ 糖 夕 ン パ ク ホ ル モ ンdお よ びGTH iipを コ ー ド し て い る こ と を示 している。
次に、reverse transcI'iption.polymerase chain reaction (RT‑PCR)を用しゝた高 感 度 の 遺 伝 子 発 現 測 定 系 の 確 立 を 行 っ た 。 今 回の 測 定 系 で は 、p ‑actinmRNA を そ れ ぞ れ の サ ブ ユ ニ ッ トmRNAと 同 時 に 増 幅 す る こ と に よ っ てPCRの 各 反 応 毎 に 生 ず る 誤 差 を 解 消 し た 。 目 的 のGTHサ ブ ユ ニ ッ ト とp‑actin遺 伝 子 の同 時 増 幅 に お い て 、 両 遺 伝 子 の 増 幅 効 率 は 同じ であ り、 特に18‑24 PCRサイ クル に お い て 両 遺 伝 子 の 増 幅 が 最 も 良 好 で あ っ た 。そ こ で 、21 PCRサ イ ク ル での 両 遺伝 子の 増幅 産物 量を 調ベ 、目 的とす るニ ホン ウナ ギ糖 タン ノヾクホルモンa お よ びGTH IIp遺 伝子 発 現 量 を 、 対 照 で あ るp‑actin遺 伝 子 発 現 量 で 割 る こと に よ り 、 目 的 遺伝 子の 発現 値を 算出 した 。そ の結 果、今 回確 立し たニ ホン ウナ ギ 糖 夕 ン バ ク ホ ル モ ンdお よ びGTH iip遺 伝 子 発 現 測 定 系 は 、250 ngと ぃ う 微 量 なRNAサ ンプJレか らの 解析 を可 能に した 。ま た、、 本測 定系 の精 度を 調べ る た め 、 ア ッ セイ 内お よび アッ セイ 間変 動係 数を 算出し た結 果、 それ ぞれ 約15 お よ び25% と 非常 に低 値で あっ た。 これ らの 結果 は、今 回確 立し た遺 伝子 発現 測 定 系 が 、 非 常に 高感 度で ある だけ でな く、 正確 さも兼 ね備 えて いる こと を示 し て お り 、 本 測 定 系 が ニ ホ ン ウ ナ ギ 糖 夕 ンバ クホ ルモ ン およ びGTH IIp遺伝 子発現の解析に有効であることを証明している。
上 述 の よ う に し て 確 立 さ れ たRT‑PCR遺 伝 子 発現 測 定 系 を 用 い て 、 ニ ホ ンウ ナ ギ 雌 の 人 為 催 熟 に 伴 う 両 サ ブ ユ ニ ッ トmRNAの発 現変 化を 詳ネmに調 べた 。糖 夕 ン ノ ヾ ク ホ ルモ ンa mRNAの発 現は 、卵 黄形 成中 期まで 緩や かに 増加 し、 その 後 や や 急 激 に 増 加 し た 。 一 方 、GTH iipmRNAの 発現 は 、 ホ ル モ ン 未 投 与 の 未 熟 な 個 体 に お い て も 低 値 な が ら 検 出 さ れ 、 卵 黄形 成 中 期 に は 約30倍 に 急 増し た 。GTH IIロmRNAは 、 そ の 後 も 増 加 を 統 け 、 核移 動 期 に 最 高 値 を 示 し た 。こ れ ら の 結 果 は 、GTHIIロ の 合 成 が 、 人 為 催 熟 開始 から間 もな く誘 導さ れる こと を 示 し て い る 。 ま た 、 こ れ らGTHサ ブ ヱ ニ ッ トmP.NAが 発 現 変 化 は 、 血 中 の 性 ス テ ロ イ ド 、 特 にE2お よ び テ ス ト ス テ ロン(T)の動態 と一 致し てい た。 これ は 、 投 与 さ れ た サ ケGTHの 刺 激 に よ っ て 卵 濾 胞 細 胞 で 産 生 さ れ たE2お よ びT の 脳 下 垂 体 へ のフ イー ドバ ック 作用 によ る結 果で あるこ とを 示唆 して いる 。、
上 述 の よ う に、 本研 究で は、 人為 催熟 によ る卵 母細胞 の成 長に 伴っ て、 ニホ ン ウ ナ ギ 自 身 のGTH IIの 合 成 が 増 加 す る こ と を初 め て 詳 細 に 解 析 し た 。 これ ら の 結 果 は 、 現在 多く の問 題を 抱え るニ ホン ウナ ギ雌の 人為 催熟 法を 改良 する た め の 極 め て 重要 な知 見を 提供 した もの とし て高 く評価 され 、本 論文 が博 士(
水 産 学 ) の 学 位 請 求 論 文 と し て 相 当 の 業 績 で あ る と 認 定 し た 。