京都 女子大 学 博 士(文 学)学 位論 文
イ ギ リス小 説 にお け るポ ス トヒ ュー マ ンの表 象
『フ ラ ン ケ ン シ ュ タイ ン』 か ら 『わ た しを離 さな い で』 ま で
平 成30年3月
京都女子大学大学院文学研究科 英文学専攻
中村 晴香
目次
序 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ …1
第1章 怪 物 の 誕 生
第1節 『フ ラ ン ケ ン シ ュ タ イ ン 』 の お ぞ ま し い 家 族
メ ア リ ・ シ ェ リ ー の 怪 物 的 自 伝
1女 性 ゴ シ ッ ク ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ …6
2父 へ の 反 発 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ …7
3母 へ の 固 着 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ …9
4機 能 不 全 家 族 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ …11
5「 家 庭 的 な 愛 情 の 好 ま し さ 」 と 「お ぞ ま し い わ が 子 」 ・ ・ ・ ・ ・ …13
6家 族 の お ぞ ま し さ/書 く と い う こ と ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ …16
第2章 怪 物 の 世 紀 末
第1節 動 物 と 人 間 の あ い だ
身 体 と 法 か ら 読 むTheIslandOfDoetorMoreau
1動 物 か ら 人 間 へ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ … ● ● ● ●21
2欺 か れ る 身 体 性 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ …22
3法 の 役 割 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ …25
4恣 意 的 な 境 界 線 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ …29
5無 効 化 す る 境 界 線 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ …31
第2節Draculaの 図 式 化 さ れ る 二 項 対 立 が 示 す も の
1吸 血 鬼 の イ メ ー ジ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ …34
2位 置 の 変 化 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ …35
3人 の 流 れ と 集 積 す る 知 識 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ …35
4「 特 徴 の あ る 人 相 」 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ …38
52種 類 の 新 し い 女 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ …44
6異 人 種 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ …52
第3章 変 身 願 望
第1節TheStrange(】aseOfDr。JekyZlandMr.Hydeに お け る
媒 介 と し て の 身 体
1名 前 と 身 体 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ …54
2造 ら れ る ハ イ ド 像 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ …55
3ハ イ ド と い う 器 、 変 容 す る 身 体 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ …58
4魅 力 的 な 身 体 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ …61
52つ の 名 前 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ …64
第2節TheInVisibleManに お け る 透 明 性
1多 様 な 透 明 性 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ …66
2身 体 的 な 不 都 合 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ …'68
3視 覚 化 で き な い も の ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ …72
4社 会 か ら の 疎 外 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ …75
5変 身 す る 身 体 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ …77
第4章 ポ ス ト ヒ ュ ー マ ン の 行 方
第1節 複 製 の 未 来IshiguroのNeverLetMeGo分 析
1語 り の 隙 間 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ …80
2共 有 さ れ る 記 憶 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ …81
3違 和 感 の 所 在 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ …84
4複 製 品 の 価 値 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ …87
結 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ …92
註 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ …96
参 考 文 献 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ … ● ● ●'100
序
21世 紀 の 現 代 は 、科 学 技 術 の 発 展 に よ っ て 、 これ ま で 経 験 した こ との な い よ うな 大 き な 変 化 に 直 面 して い る よ うに 思 わ れ る。 か つ て はSF小 説 の 中 の 現 実 感 の な い フ ィ ク シ ョ ン で しか な か っ た も の が 、 現 実 味 を 帯 び た 事 象 と し て わ た し た ち の 前 に 立 ち 現 れ て い る の だ 。 しか し な が ら 、 人 造 人 間 や サ イ ボ ー グ 、 ク ロ ー ン な ど 、 人 間 を 基 礎 と し科 学 に よ っ て 創 りだ され た も の た ち を 指 し示 す 、 い わ ゆ る ポ ス トヒ ュ ー マ ン とい う言 葉 は 、 科 学 の 発 展
が 著 しい 、 ご く最 近 の 言 葉 と い うわ け で は な く 、1888年H.P.BlavatskyのTheSe(]ret Doctrineに ま で そ の 歴 史 を 遡 る こ と が で き る 。NeilBadmingtonは"Posthumanism"の
な か で そ の 変 遷 を 詳 細 に 論 じて お り、 こ の 言 葉 の 「シ ニ フ ィ ア ン は む し ろ は や く生 ま れ す ぎ た た め に 、 時 が 来 る の を 辛 抱 強 く待 っ て い た よ う に 思 え る 」 と 述 べ 、 そ の 時 の 訪 れ を DonnaJ.Harawayが̀̀AManifestoforCyborgs"を 出 版 し た1985年 と説 明 し て い る (Badmington376)。 バ ド ミ ン トン は 、上 記 の 論 文 の な か で ハ ラ ウ ェ イ が"posthumanism"
や"posthumanist"、 そ し て"posthuman"な ど の 用 語 を 用 い た わ け で は な い と指 摘 し な が ら も 、 ハ ラ ウ ェ イ が 提 示 す る 「3つ の 相 互 に 関 連 付 け られ た 「境 界 線 の 脱 構 築 」 が 、 長 ら く確 立 され 優 位 を 占 め て き た 人 間 の 表 象 を 、 ハ イ ブ リ ッ ドの サ イ ボ ー グ へ と 変 質 させ て
き た 」(Badmington376)と 述 べ る の だ 。
バ ド ミ ン トン の 言 う、ハ ラ ウ ェ イ の3つ の 「境 界 線 」 と は 、 「人 間 と動 物 の 間 の 境 界(the
boundalybetweenhumanandanima1)」 、「動 物 一人 間(有 機 体)と 機 械 の 間 に 引 か れ る境 界 (betweenanimal‑human(organism)andmachine)」 、 「物 理 的 な る も の と物 理 的 な ら ざ る も の との 境 界(theboundarybetweenphysicalandnon‑physica1)」 の こ と で あ る 。 ハ ラ ウ ェ イ は 、 「機 械 と生 物 の ハ イ ブ リ ッ ト」 で あ る サ イ ボ ー グ は 、 「現 代 人 の 本 質 で あ り、
政 略 」 で あ る と言 い 、 サ イ ボ ー グ を 「原 初 的 統 一 を 、 あ る い は 自然 と の 一 体 化 とい う段 階 を 切 り捨 て る者 」 と 定 義 付 け て い る。 そ し て 、 こ う した 多 岐 に わ た る分 野 に 浸 透 す る サ イ
ボ ー グ の 遍 在 性 を 、 「意 識 の 問 題 」 か 、 あ る い は 「意 識 の シ ミ ュ レー シ ョ ン の 問 題 」 と指 摘 し 、 サ イ ボ ー グ を 「浮 遊 す る シ ニ フ ィ ア ン(floatingsignifiers)」(Haraway291‑294;三
ニ ー四 二)と 表 す る の だ 。ハ ラ ウ ェ イ の"wearecybor9'と い うセ ン セ ー シ ョ ナ ル な 宣 言 が 、 人 間 が 機 械 と 有 機 体 の ハ イ ブ リ ッ ドと な る こ と を 指 摘 す る に 留 ま らず 、 同 時 に 、 コ ー ド化
で き な い 世 界 に 突 入 して い る わ た し た ち 人 間 が 、 「物 理 的 に も 、 イ デ オ ロ ギ ー の う え で も 、 い ま や 決 し て 後 戻 りで き な い 」(Haraway301;六 六)状 況 に あ る とす る示 唆 は 、 ま さ し く バ ド ミ ン トン が 考 察 す る ポ ス ト ヒ ュ ー マ ン と い う意 味 を 纏 うに 至 っ た 「そ の 時 」 を 思 案 さ
せ る も の で あ る 。
人 間 を 作 る こ と も 可 能 か と 思 わ せ られ る 今 の 時 代 に 、 私 た ち が 直 面 して い る 問 題 と言 え ば 、 ひ とつ に 生 命 倫 理 の 問 題 を 挙 げ る こ と が で き る 。 神 の 領 域 と呼 ば れ る 行 為 に 「ど こ ま で 」踏 み 込 ん で い い の か と い う問 い は 、そ れ ら の 医 療 行 為 に よ っ て 救 わ れ る 人 が い る 以 上 、 決 して 結 論 が で る も の で は な い だ ろ う。 し か しな が ら 、 こ の 「ど こ ま で 」 を 考 え る と き 、 わ た した ち は 何 を 基 準 に す れ ば い い の だ ろ うか 。 た と え ば 、 臓 器 を 全 て 人 工 物 と交 換 した と き 、 ま だ 人 間 と 呼 ぶ こ と は 妥 当 だ ろ うか 。 何 を も っ て 「人 間 」 と わ た し た ち は 呼 ぶ こ と が で き る の だ ろ うか 。 本 論 文 で は 、 ポ ス トヒ ュ ー マ ン とい う言 葉 を 、 科 学 に よ り生 み だ さ
れ た も の に の み 使 用 す る の で は な く 、 人 間 と は 違 う異 質 な も の と し て 扱 わ れ て き た も の た ち 全 般 と し て 広 義 に 捉 え る こ とで 、 こ う し た 問 を 文 学 に お け る 表 象 の 問 題 と して 考 え る。
具 体 的 に は19世 紀 か ら現 在 に 至 る イ ギ リ ス 小 説 、と りわ け 典 型 的 な 怪 物 物 語 で あ るMary ShelleyのFrankenstein(1818)を 始 め 、H.G.WellsのTheIslandOf、OoctorMoreau
(1896)とTheInVisihleMan(1897)、BramStokerのDracula(1897)、RobertLouis StevensonのTheStrange(laseofDr.JekyllandMz.Hyde(1886)、Kazuolshiguroの
NeverLet.MeGo(2005)の6作 品 を 取 りあ げ る 。 こ れ ら の 作 品 に は 、 人 間 に 限 り な く似 て い な が ら人 間 で は な く 「怪 物 」 と 呼 ば れ て い る ポ ス ト ヒ ュ ー マ ン た ち の 存 在 が 描 か れ て い る。 こ う した 表 象 を 通 じ て 、 人 間 と 人 間 で な い も の を ど の よ う に 差 異 化 し う る の か 、 そ
し て 人 間 と は 何 か と い っ た 問 題 に つ い て 、 文 学 的 に 提 起 され て い る 問 題 を 考 察 す る 。
第1章 「怪物 の誕生 」で は、 メア リ ・シ ェ リー の 『フラ ンケ ンシ ュタイ ン』 を扱 う。 ゴ シ ック小説 と位 置づ け られ るこの作 品は、科 学の力 で新 た な生命 体 を創 り出そ うとす る点 で、SFの 始 ま りとも言 われ て きた。 テ クノ ロジー に よって人 間や 動物 の死体 のつ ぎは ぎ か ら創 り出 された怪物 は、人 間で はない はず が、 内的に は人 間 とほ とん ど変 わ らない よ う な成長 過程 を辿 ってお り、人 間が経験 す る行為 を反復 して い る と言 え るだ ろ う。 人 間だ け の もの とされ てい る言 語 を習得 しなが らも、人間 ではない もの と位置 づ け られ 、苦 しんで い る怪 物 の姿は、怪物 がい かに人 間的で あ るか を示 してい るよ うで あ る。 こ うした位置 づ けに よって、人 間独 自の共 同体で あ る家族 との関係性 に苦 しんでい る怪 物 の様 子 は、第4 章 で考察す る 『わた しを離 さない で』の クロー ンの生徒 た ち と重 な るもので もあ る。また、
家族 関係 のなかで苦悩 す る怪物 の姿 は、作者 メア リ ・シ ェ リー 自身 の家族 関係 にお け る苦 悩 とも重 な るのだ。 そ うした こ とか ら、い かに も人 間の 出産 を思 わせ るよ うに描 かれ てい る この物語 の親 子 関係 を考察 す る ことで、本 章で は怪 物が怪物 となってい くその過程 を考 察 してい く。
第2章 「怪物 の世紀 末」 では、H.G.ウ ェル ズ の 『モ ロー博 士 の島』 とプ ラム ・ス トー カーの 『吸血 鬼 ドラキ ュラ』 を扱 う。 この章 では、 と りわ け優 生学 が流行 した世紀末 の作 品につい て考 察す る こ とで、人々 に怪 物 と見 な され る者 た ちが、 当時の歴 史 的背景 を どの よ うに反映 してい るのか につ いて分析 して い く。そ のなか で、 と りわ け重要 にな って くる のが、CharlesRobertDarwinが1859年 に出版 したOntheOrigr'nOfSρeeiesbyMeans
Of1>iZturalSelectionと そ こか ら派 生す るMaxNordauのDegeneration(1892)で ある。
人 間の進化 と退化 につい ての議 論 が活発 にな るな か、そ うした議 論 が社 会 に もた らした変 化 は、種 の序 列化 と言 えるだ ろ う。 と りわけ、大英帝 国の拡 大 に伴 う帝国主義 的 な営 みの 中で、当時の英 国は、植 民地 の異 人種や原 住民 を文明化 、人 間化 しよ うとす る動 きが あ り、
人種 や ジェ ンダー の境 界 が激 しく揺れ 動い た時代 であった か らだ。 ヨー ロ ッパ 中心主義 や 白人 中心主義 、 あるい は男 性中心主義 的 な考 えの下 、人間 と人 間で ない もの とを画定 しよ うとす る こ うした境 界の線 引 きは、実際 には非常 に恣 意的 な もので あ る。 こ うした 問題 を
明 らか にす るた めに、第1節 の 「動物 と人間 のあいだ 身体 と法 か ら読むTheIsland OfDoctorMoreau」 で は、本 作の 中で描 き出 され る強制的 に急激 な進化 を強 い られ た動 物
と人 間 との 「差異」 に関す る考察 を行 った。 ウェル ズは、動物 と人 間 との境界 を定 め る方 法 と して身体 と法 を とりあげてい るが、そ の どち らともが境界 を設定す るには至 らず 、そ こには境界線 を画 定す る ことの不可能性 が示 され てい る。 そ こか ら、動 物 と人 間 との間 に は本 質的 な違 いが ない とい うこ とを示 す ことで、 こ うした差異 を決定す る基準 それ 自体 が 孕 む恣意性 を明 らかに してい く。続 く、第2節rDraeulaの 図式化 され る二項 対立 が示 す もの」で は、作 中で提 示 され る二項対 立 を取 り上 げ、出版 当時のイ ギ リス の背 景 を考察 し なが ら、吸血鬼 で あるDracula伯 爵 にそ うした背 景がい かに重ね合 わ され てい るか、また、
重 ね合 わ され てい る こ とで怪物 が纏 うこ ととな る役割 につ いて も考察 してい くもの であ る。
第3章 「変身願 望」 では、 ロバ ー ト ・ル イス ・ステ ィー ブ ン ソンの 『ジー キル 博士 とハ イ ド氏』、H.G.ウ ェル ズの 『透 明人間』を取 りあげ る。 どち らも人 間の二面性 を描 き出す 作 品で あるが、科学 の力 に よって解放 され る人間 の内に潜む も う一つ の 自己に注 目す るこ
とで、身 体の役割 につ い て読 み解 いて い く。 こ うした作 品 にみ られ るダブル(double)の 表象 は と りわ け後期 ヴィク トリア朝 の時代 に多 くみ られた。第2章 で述べ た よ うに、世 紀 末 とい う時代 は、様 々 な境界 が揺れ動 か され た時代 であ った。 さらに、イー ス ト ・エ ン ド
とウエス ト ・エ ン ドとい うよ うに都 市内 にお ける貧 富の差 、二極 化 が押 し進 め られ た時代 で もあ った。 そ うした都 市 の二面性 に呼応す るよ うに生み だ された作 品 を、1つ の身体 に 内在 す る善 と悪 とい う個人 レベ ル の身 体 の表象 か ら考 察す るた めに、第1節 「TheStrange CaseOfDr.JekyllandMr.Hydeに お け る媒 介 として の身 体」で は科 学 に よって ジー キル のた めに創 り出 され たハイ ドの身体 が、ハイ ドのみ な らず遭遇 す る人 た ち全 ての欲望 を投 影す る器 と して記号 的 な役割 を果 た してい る とい うこ とを、ハ イ ドの言 い表せ ない 、変容 す る、魅 力 的 とい う三 つの身体 的特徴 に注 目し考察 した。 そ して、第2節 「TheInvisible Manに お ける透 明性 」では、自らの承認 欲求 を満 たす た めに新 しい身 体 を求 め るグ リフィ
ンが、望 んでいた透 明な身体 を手 に入 れた こ とで、示 され るこ ととな る透 明な身体 自体 に
付 与 され た意 味 につ いて論 じてい る。
19世 紀 に端 を発 した第1章 か ら第3章 で取 り上 げ るこ うした問題 は、現在 におい て もな お 、問題 であ り続 けてい る。 この こ とについ て考 えるため に、第4章 「ポ ス トヒュー マ ン の行 方」 では、カ ズオ ・イ シ グロの 『わた しを離 さないで』 を取 りあげ る。 クロー ンの視 点 で物語 が語 られ てい くこの小説 は、人 間 と何 ら違 わない たわい のない 日常生活 を描 いた もので あ り、加 えて、現代作 品で あ るこ とで、現実 に クロー ン技術 が確 立 してい るなかで 書 かれた作 品で もあ る。 この よ うな作 品 を扱 うこ とは、人 間 と人 間ではない もの とを隔て る ものが何 で あるのか を考察 す るにあた って、欠 くこ との で きない重 要な 問題 を提示 して い るよ うに思われ る。 ク ロー ン技術 の進 歩 に よって、恣意 的な境 界 を設 ける こ と自体 が 困 難 にな りつ つ ある こ とは、分類 そ の もの の価値 が 問い直 され てい るか らで あ る。 人 間 と人 間では ない もの との境 界 を揺 るがす19世 紀 当時 の小説 や現代 の ク ロー ン人 間 を描い た小 説 の分析 を通 して 、線 引 きを しよ うとす る行為 そ の ものが孕 む恣意性や 、そ こか ら示 され
る不 安定 な優 劣 関係 を垣 間見 るこ とがで き るだ ろ う。
本論 文 では、怪物 と呼 ばれ 、人 間 と区別 され るポス トヒューマ ンた ちの表象 を検証す る ことで、人 間 とい う概 念 が作 られ てい くプ ロセス を追 ってい く。 そ こか ら、何 が人 間 と し て表象 され 、何が そ うで ない もの と して排 除 され てい るの か とい うこ とを分析 し、人 間 と は何 か につ いて の考 察 を試 みたい。
第1章 怪物 の誕 生
第1節 『フ ラ ン ケ ン シ ュ タイ ン』 の お ぞ ま しい 家 族
メ ア リ ・シ ェ リー の怪 物 的 自伝
1.女 性 ゴシ ック
メア リ ・シ ェ リーが1818年 に19歳 で書 いた 『フ ランケ ンシ ュタイ ン』を、作者 自身 の 女性 としての体験 とよ り合 わせ て読 み、 この小説 が孕 む フェ ミニ ズム的課題 につい て論 じ る とい う批評 の流れ が ある。『フランケ ンシュタイ ン』をめ ぐるこ うした フェ ミニズ ム批 評 は、1976年 にEllenMoersが 発表 した 「女性 ゴシ ック」(『女性 と文 学』所収)に 端 を発 してい る と言 えるだ ろ う。 『フ ランケ ンシ ュタイ ン』 は、 「作者 が母親 で ある とい う事 実 に よって想像力 の 中に宿 った神話 で あ る」、とモ アズ は述べ てい る。モ アズ によれ ば、メア リ の出産体験 、 と りわ け妊娠 ・出産 の トラ ウマ と産後 の憂欝 感が、 この怪 物 をめ ぐる恐 ろ し い ゴシ ック小説 を生 み 出 した とい うのだ(Moers91‑97;一 五一 一一六 四)。 モ アズ の議論
が与 えたイ ンパ ク トは とて も強 く、『フ ランケ ンシュタイ ン』につい て論 じる批評 家 た ちの 多 くがモ アズの論考 を引 き合 い に出す こ ととな った。 さらにモア ズは、 メア リの伝記 的背 景 に も言及 し、正 式 の結婚 によ らない立 て続 けの妊娠 と出産、そ して相 次 ぐ乳児 の死 な ど、
執筆 当時 に安 定 した状 況 になか ったメア リの複 雑 な感 情 を、 この小説 に読み こむ こ とがで き る としてい る。
確 か に、メア リ ・シ ェ リーの 関心 は、 と りわ け生殖 再生産 に寄せ られ てお り、物語 の 内 部 で語 られ る社 会 か ら決 して受 け入れ られ るこ とのない怪物 を創 造す る行為 には、妊娠 ・
出産 にまつ わ るメア リ自身 の屈 曲 した思い が反 映 してい る と言 えるだ ろ う。加 えて 、メア リは この物語 の大 きなテー マで あ る生命 創造 とい う行 為 を、男性 の領域 と考 え られ ていた 科学 の名 において行 わせ る こ とに よ り、女性 の領域 で しかな し得 ない はず の生殖再 生産 を、
VictorFrankensteinと い う男性 に達成 させ てい るのだ。 この よ うに、 ヴィ クター の生命 創造 は、科 学の名 を借 りた出産一 しか も、男性 に よる出産一 で あ り、怪 物 はその よ うな怪 奇 と言わ ざるをえない 「出産 」か ら生まれ たのだ。 そ して 、生命創 造 の この怪 奇性 は、そ の結果 として生 じる親 子 関係 に も及 ば ざるを えない。本 節 では、エ レン ・モ アズの論考 を 踏 ま えた うえで、 この小説 に描 き出 され る 「家族」 につい て考 える。 とりわけ、擬似家族
関係 ともいえ る ヴィクター と怪 物 の関わ りを通 して前 景化 、あ るい は露呈 され る、父権 制 下の家族制度 が孕む 欺隔性 につい て考 察 したい。
2.父 へ の反発
「この わた しほ ど幸せ な子 ども時代 を送 った人 間 もい ないで しょ う。 父母 はま さしく親 切 と寛容 の精神 にあふれ てい ま した」(45;四 九)。 この よ うに、怪 物 を産み だす科 学者 ヴ
ィク ター ・フ ランケ ンシュタイ ンは、そ の語 りの 中で彼 自身 の愛 に恵 まれ た幼少 時代 を語 る。彼 が いか に家族 を愛 し、また家族 か ら愛 され てい るの か を繰 り返 し述べ る とい う、 こ れ らの語 りを通 じて彼 は、 フ ランケ ンシュタイ ン家 のた しかな家族 の絆 を読者 に提示 し続
けてい るのだ。 しか しなが ら、 この よ うに愛情 を受 けて育 ったはず の ヴィクター は、彼 の 子 ども ともい える怪物 に対 して、愛情 とは無縁 な、全 く対照 的な生活 を強い てい る。
BarbaraJohnsonは 、この よ うな 「対 照的 な子 育て の様 式」が物 語 の進 展 に伴 って 「た がい に似 か よって い く人生 」 を生み 出 し、つ い には 「どち らが どち らか見分 けがつ かない ほ どになる」とヴィクター と怪物 の類似 を指摘 してい る(JohnsoǹMyMonster/MySelf'
145;二 五七)。ジ ョン ソンが指摘 す る通 り、二人 の人生 には多 くの共通 点が あ る。例 えば、
両者 が社会 か ら隔絶 してい るこ と、愛 着 を抱 く対象へ の過度 の執着 がみ られ るこ と、家族 的 関係 か らの疎外 を感 じてい るこ とな どが挙 げ られ るだ ろ う。 二人 は、 こ うして全 く違 う 境遇 で成長 した はず が、結局 は似通 った最期 を迎 え るこ とにな るのだ。 そ の要 因 は どこに あ るのだ ろ うか。 この問い に応 え るた め、 そ うした歪 み を登場 人物 た ちに生 じさせ て しま
う親 子 関係 につい て、まず考 察 してい く。
主要 な男性 登場人物 の父親 た ちに対 す る態度 に 目を向 け ると、 あ る共通点 に気 づ くだ ろ う。 それ は、彼 らがほ とん どの場 合、父親 の意 に沿 わない 、あ るい は期 待 を裏切 る よ うな 行動 を選ぶ とい うこ とだ。 まず、物語 全体 の枠組 み を成 す語 り手 のWoltonは 今 ま さに北 極 への航 路発 見へ と乗 り出 してい る最 中で あ る。 しか し、 この 「船乗 り稼 業」(29;ニ ー) は、父親 の遺 言 として禁 じられた行為 な のだ。 さらに、 ヴィクター が熱 心 に読 み漁 るコウ ネ リウス ・アグ リッパ の研 究書 は、そ の理論 を父親 か ら 「しよ うの ない駄 作」 と一蹴 され 、
「こん な もので時 間 を無駄 にす るのはお よ し」(46;五 一)と はっ き り否 定 され た もの で あ り、彼 の この熱 意 は、結果 と して後 に家族 を殺 す怪物 を創 造す る ことへ と繋 が る。 また、
ヴィクター の親 友 であ るHenryは 、父親 の 「学 問嫌 い」(63;七 八)を押 し切 って大学へ入 学 し、DeLacey家 の長男Felixは 、 自身 の軽 率 さ故 に、何不 自由な く暮 らしていた父親 と 妹 を国外追放 とい う身 分 に貝乏め る ことにな る。 この よ うに、登 場す る男性 たち、 と りわ け 一家 の跡継 ぎ となる長 男 たちは皆一様 に、父 の教 え、期 待 に背 いて い る と言 える。 こ うし た男性 た ちの選択 は、エデ ィプス ・コンプ レ ックス克服 に向 けた 自己確 立 を求 める成長 の 一過程 として、読み とる ことがで き るだ ろ う。 しか し、 ヴィクター が繰 り返 し語 る家族 へ
の愛 情 と、それ らの言動 と矛 盾す る彼 の行 動 か らは、そ の選 択 に、「家族 か らの逃避 」とい う側 面が浮 かび上 がって くるのだ。 そ して 、 ヴィク ターが語 る幸せ な家族 のイ メー ジその ものが、 そ もそ も、意 図的 につ く りあげ られ た ものでは ないか とい う疑 念 を抱 かせ て しま うもの とな ってい る。 ヴィクター が ジュネ ー ヴの 自宅 を 「父 の家」(76;一 〇三)と 呼ぶ様 に、 この小説 の男性 た ちが示 す父親 への反発 は、 あ くまで家族 か らの逃避 であ り、父親 に 倣 って一家 の長 にな る とい う責任 か ら常 に逃れ よ うとす る もので あ る。
対 して 、 この小 説 にお け る女性 た ちの存 在 は極 めて 希 薄 と言 え るだ ろ う。AnneK Mellorに よれ ば、ヴィク ター の生命創 造 とい う行 為 は 「再生産 とい う自然 な女性 の役割 を 科学 によって奪 うだ けで な く、女 の怪 物 を作 り出す こ とを拒 む」 もので あ り、 ここか ら、
この小説 の恐 ろ しさは女性 を排 除 した 「男性 だ けの社 会」 を描 いて い るこ とか ら生 まれ て くる と言 うのだ(Mellor"PossessingNature"355)。 メ ラー が指摘す るよ うに、 この小説
に登 場す る女性 た ちは、伝 聞でそ の存在 を伝 え られ るだ けであ り、 フ ランケ ンシュタイ ン 家 の母 親Carolineで さえ も幼 い子 どもたち を残 して物 語序盤 に亡 くな って しま う。そ の結 果 、作 中に残 され る女性 た ちは、家庭 をまだ持 たない未婚 の女性 た ちだ け となって しま う。
こ うした母親 不在 ともい え る状況 は、却 って母親 の重 要性 を示 唆 してい る よ うにも見 える が、 この点 につい て、母親 と息子 との関係分析 を通 して考察 したい。
3.母 へ の固着
父親 に反対 され た研 究 を、後 に得 た知識 と組 み合 わせ る ことでつ い に生命創 造 に成功 し た ヴィクターは、創 り出 した創 造物 の外見 のあま りの醜 さに直面す るこ とが出来ず 、眠 っ て しま う。彼 はそ の時 に見 た夢 を以 下の よ うに語 ってい る。
IthoughtIsawElizabeth,inthebloomofhealth,walkinginthestreetsof
Ingolstadt.Delightedandsurprised,Iem『bracedher;『butasIimprintedthe
firstkissonherlips,they『becamelividwiththehueofdeath;herfeatures
appearedtochange,andIthoughtthatIheldthecorpseofmydeadmother
inmyarms;ashroudenvelopedherform,andIsawthegraveworms
crawlinginthefbldsoftheflanne1.(61)
完成 した怪物 によって引 き起 こ され る夢 にまず 現れ るの は、彼 が嫌悪す る怪物 で はな く愛 情 を抱い てい るはず の婚約 者Elizabethの 姿 で あ り、死 んだ母親 の姿 なのだ。Margaret Homansは 、後 にエ リザベ スが怪 物 に殺 され るこ とを踏 ま えて、エ リザベ スの死ん だ母親 へ の変容 を、彼 女 に訪 れ る死 を暗示 した 「予言 的 な夢 」 と解 してい る(Homans136)。 こ
の よ うに、母親 とい う存在 は ヴィクター に とってそれ 自体 が死 を象徴す る もので あ ると言 え るだ ろ う。 さらに ここでは、エ リザベ スか ら死 んだ母 親へ の変容 が、エ リザベ スへ の 口 づ け によって引 き起 こ され る と語 られ てい るこ とに注 目したい。 呼 吸の停 止 した人 に人 為
的 に空気 を送 り込 も うとす る人工 呼吸が"thekissoflife"と 呼 ばれ るよ うに、 口づ けは それ まで に ヴィクターが行 ってい た科 学的 な作業 、怪物 に命 を吹 き込 む行為 の置 き換 え と 考 え るこ とがで きる。 しか も、 こ こで命 を与 え られ よ うとしてい るのは、エ リザベ スか ら 姿 を変 えた母親 で あ る。そ うで あれ ば、 ヴィクター の怪 物創造 が再び母親 を取 り戻そ うと す る行 為 であ った と見 る こともで き るだ ろ う。 こ こに ヴィク ター の近親 相姦 的願 望 を見い
だす こ とが可能で あ り、 また、死 んでい る母親 へ の屍 姦症 的な思い も見て取 るこ とがで き る。1
悪 夢か ら覚 めた ヴィクターが 目にす るのは、彼 が生命 を与 える ことに成功 した現実 の怪 物 で ある。夢 の 中の母親 か ら怪 物へ の移 行 は、死 んだ母 親 と現 実 に創 りだ した怪 物 との間 の関係 性 を示 して い る と言 え るだ ろ う。DavidCollingsに よれ ば、 ヴィクターは父 的な世 界 に参入す るた めに、母 的な身体 をあき らめ代 理 の女性(エ リザベ ス)を 求 め るこ とに よ ってエデ ィプス ・コンプ レックス を克 服 し成長 す る とい う通 常の道筋 では な く、怪物 を創
りだす こ とで母的 な身体 の回復 を試 みてい る とい うこ とにな る(Collings248)。 ここには、
断念 すべ き母 的 な身 体 を手放 す こ とがで きず 、それ に固着 し、怪 物 を創 りだす こ とに よっ て、そ こに回帰 しよ うとす るヴィクター の姿 を見 出す こ とがで きるだ ろ う。
こ うした母親 固着 は、 フ ランケ ンシ ュタイ ン家 の末 っ子Williamを 殺 した後、Justine を犯 罪者へ と仕 立 て るた めに母 親 カ ロ リー ヌの 肖像画 を彼女 の服 に隠す怪 物 に も見 出す こ とがで きる。 ウィ リアム を殺 した後 、カ ロ リーヌ の像 に魅 入 る怪 物 の視線 は、紛 れ もな く 母 的な存在 に向 け られ た もので あ り、弟 が殺 され、 ジ ュネー ヴの 自宅 に戻 った ヴィク ター
の 「母 の 肖像 を見つ め」 る(76;一 〇三)視 線 とも呼応 してい る。 カ ロ リー ヌ の像 に欲 望 の視線 を向け る怪物 は、「こ うい う美 しい者 たちが あた えて くれ る喜び を、おれ は永久 に奪 われ て い るのだ と思 い 出 した」(127;一 八七)と 語 り、怒 りを爆発 させ るのだ。怪 物 は、
す ぐれた言語 能力 を身 につ けなが ら、社 会 か ら受 け入 れ られ ないそ の醜 い外 見 ゆえに、父 的審級 で あ る象徴界 に参入す るこ とが出来ず 、母的 な想 像界 に強制 的 に留 め置 かれ てい る のであ る。 そ もそ もヴィクター1人 に よって創 造 され 、生物 学的母親 を持 たない怪物 に と
って、そ の喪 失 は補完 され るこ とさえ叶 わない ものなのだ。怪 物 の こ うした母 的 な存在 へ の欲 望 は、 ヴィクターのそれ と共通 の もので もある と言 え るだ ろ う。
母親 の不在 と母親 への欲望 こそ は、 この物語 の大 きなテー マで はないだ ろ うか。 ヴィク ターの怪物創 造 自体 、母親喪 失 を補完 しよ うとす る退行 的 な欲 望充足 の行為 で あ り、その 根底 には常 に母親へ の強い欲 求が窺 え る。一 見す る と希 薄 な存在 に しか見 えない女性 た ち は、実 は父親 以上 に重要 な役割 を担 ってい るこ とが見 えて くるのだ。母親 固着 か ら生 み 出 され た怪物 が端的 に示 してい るよ うに、母親 への欲望 は男性 た ちに強 い影 響力 を持 ってい るのだ。
4.機 能不全 家族
怪 物創 造 の行為 が示 してい るよ うに、母親 を断念 出来 ない ヴィクターは、結果 的 に母親 代理 となるはず のエ リザベ ス との結婚 を先送 りにす る。 それ は、エ リザベ スへ の愛 を語 る 一方 で、全 く相反す る行動 を取 り続 け る とい うヴィ クター の矛盾 した態 度 の一 つ にす ぎな
い 。
許 嫁で あ るエ リザベ ス との結 婚 を、研 究や1呈物 を言 い訳 に延期 し続 ける ヴィクター の態 度 は、 ほかに女 性がい るのでは ない か とい う疑 い を父親Alphonseや エ リザベ ス に抱 かせ るほ どで あ る(133,161;一 九八一二 四六)。エ リザベ スへの愛'1青よ りも怪 物 を作 り出す こ と に情熱 を向け る ヴィ クター は、結婚 を拒否す るこ とに よ り、子 孫 の再 生産 とい う長男 と し ての役 目を も拒ん でい る と言 えるだろ う。そ して、それ を裏付 ける よ うに実行 され るのが、
怪物 によるエ リザベ ス殺害 であ る。 エ リザベ ス殺 害 に よって完 全 に再 生産 の可能性 を断 ち 切 られた ヴィクター は嘆 き悲 しむ が、そ もそ も 「お ま えの婚礼 の夜 に、 きっ と会い にゆ く そ 」(146;二 ニー)と 既 に怪物 に よって その犯行 を予 告 され ていた に もか かわ らず 、エ リ ザベ ス を一人 部屋 に残 す ことに よ り、怪 物 に殺 人可能 な状況 を与 えてい るのだ。 この作 為 的 とも見 え る ヴィク ター の行 動 には、エ リザベ スや未 来の子 を期 待す る家族 に対す る彼 の ア ンビバ レン トな思 いが反 映 してい るよ うに見 える。 この とき怪 物 は、殺 人 とい う行為 を
通 して、 ヴィクター の抱 え る家族へ の違 和感 を読者 に拡大 して見せ てい る よ うに思 え るの だ。 いずれ にせ よ、二人 の繋 が りは創 造主 と被 創造物 、父 と子 とい うだ けではな く様 々 な 因子 を内包 してい る とい え るだ ろ う。 少 な く とも明 らか な ことは、 ヴィクター と怪物 が互 い に互い の再 生産 を阻む存在 で あ るとい うこ とで あ る。
エ リザベ スの死 は、 ヴィクターの再 生産 の可能性 を阻んだ事件 で はあ るが、 その殺人 もま た、別 の再 生産 の可能 性 を阻んだ ことによって引 き起 こ され た ものだ。 す なわ ち、 ヴィク ター による女 の怪物殺 害 であ る。怪物 は ヴィクター に 「おれ の性 と違 う、 同 じくらい おぞ ま しい生 き物 」(129;一 九一)を創 って ほ しい と懇願 す るが 、女 の怪 物 はそ の完成 間近 に、
ヴィクター に よって 「ず たず たにひ きち ぎ」 られ て しま うのだ(145;ニ ー八)。 この破壊行 為 につい て ヴィクター は以 下の よ うな理 由を語 る。
EveniftheyweretoleaveEurope,andinhabitthedesertsofthenewworld,
yetoneofthefirstresultsofthosesympathiesfbrwhichthedaemonthirsted
wouldbechildren,andaraceofdevilswouldbepropagatedupontheearth,
whomightmaketheveryeXistenceofthespeciesofmanacondition
precariousand且 ユ110fterror.(144)
この語 りか ら分 か るよ うに、 ヴィクター が恐 れ てい るの は新 しい怪物 を作 り出す事 に よ って怪 物 が二人 になって しま うとい うこ とではな く、それ に よって もた らされ るだ ろ う「子 どもた ち」、や その 「一族 」の存在 で ある。 ヴィクターの欲望 のベ ク トル は、つ ね に再 生産 を回避 す る方 向へ と向 け られ てい るのだ。 さ らに、その欲望 は再生産 の場 であ る家庭 か ら 再生 産 を排 除 し、実験 室へ とその場 を置 き換 える とい う歪 んだ執着 を も見せ てい る。 ただ 再生 産 を回避 す るだ けで はな く、家庭 か らそれ を排 除 しよ うとす る ヴィクターの この欲 望 を通 して 、読者 は、彼 が抱 く幸せ な家族 像へ の違和感 をよ り一層 印象付 け られ るこ とに な るだ ろ う。
SandraM.GilbertとSusanGubarは 、怪 物創造 を可能 に した ヴィクターの実験 室 を
「子 宮」 と呼んで い る(Gilbert235)。2加 えて、そ こで行 われ てい た実験 は、研 究 とい う 一 見社 会 的な行 為 であ る よ うに見 えなが ら、実際 には、先 に見た よ うにつね に母 親 固着 の 延長線 上 にあ る、プ ライベ ー トな領域 で の退行 的 な行 為で あ る。事 実、「未 完 に終わ るか も しれ ない」(57;七 〇)作 業 を 「現在 のわた しの試 み が将来 の成 功 のせ めて礎 とな る希望 も わきます」(58;七 〇)と 研 究 に遮進す る ヴィクター は、後 の世 代 に伝 えるべ き研 究結果 で あ る生命 の源 に関す る情報や1蚤物創造 の詳細 な方法 に関 して決 して語 るこ とはない。 この 意 味 にお いて、 ヴィ クター は怪 物 が望む社会 的領 域へ の参入 を 自ら拒 み、結果 として怪 物 同様 に母 的領 域 に縛 られ てい る と言 え るだ ろ う。子宮 的 なイ メー ジを付 与 され た実験 室で の作 業 に よって、ヴィクター は女性 だ けに与 え られ た特権 で ある妊娠 、出産 とい う行為 を、
女性 の介入 な しに成 し遂 げ るこ とに成 功す るのだ。 ヴィクター によ る女性 な しに行 われ た こ うした怪物創 造(出 産)は 、既存 の異性愛 を基本 に して成 り立つ家族 制度 を逸脱す る行 為 に他 な らず 、そ うで あれ ば、この よ うに生み 出 され た怪 物 が既 存 の家族 制度 を懐 疑 させ 、 再生 産 を阻害す る もの として表 象 され てい るの も頷 けるだ ろ う。
5.「 家庭 的な愛情 の好 ま しさ」 と 「おぞ ま しい わが子」
『フランケ ンシュタイ ン』 は1818年 にそ の初版 が夫PercyByssheShelleyの 「序 」 と 共 に出版 され 、パー シーの死後 、初版 か ら13年 後 の1831年 に本編 を改訂 し、メア リ自身
の 「ま えがき」 を付 けた版 が出版 され た。 この 「ま えが き」 のなか で メア リは、 自らの作 品を 「おぞ ま しい わが子 」(25;一 二)と 呼んで い る。 作者 が作 品 をこの よ うに 「わが子 」 と呼ぶ こ とで、 この小説 が帯び る家族 的様相 は一層 強調 され 、読者 は、そ こに込 め られ た 意 味の重要性 につ いて改 めて考 え させ られ るこ ととな る。モ アズが この作 品に作者 の伝 記 的背 景 を読 み込ん だ よ うに、や は り、 この作 品 と作者 自身 の家族 観 は切 り離せ ない もので あ る と言 え るだ ろ う。 そ うであれ ば、儲 にわが子 を 「お ぞま しい」 と呼 ばせ る姻 は一 体 どこにあ るのだ ろ うか?
ElizabethBronfenは この小説 の怪 物性 を以下 の よ うに述べ てい る 「この小説 が怪物 的 であ る とすれ ば、 それ は作者 が 自分 の家族 の著作 と、 自分 が作 り直 した家族 のイ メー ジ を っ な ぎ合 わせ てい るか らにほか な らない」(Bronfen38;五 〇一五 一)。ブ ロン フェンは、ハ ロル ド・ブル ー ムに倣 って、偉大 な両親 を持 つ第 二世代 の作 家 たちが抱 え る 「影響 の不安 」 につ いて論 じてい る。3ア ナ ー キス トの ウィ リア ム ・ゴ ドウィン とフェ ミニス トの メア リ ・ ウル ス トン クラフ トとい う、作家 と して広 く知 られ た両親 を持 つ メア リは 、他 の第二世 代 の作 家 同様 に両親 の作品 を誤 読 し、それ を読 み違 え るこ とで影 響 の不安 か ら脱 しよ うと し てい る とブ ロンフェ ンは言 うのだ。確 か にメア リは、両親 が著名 な作 家で あ る とい うこ と で、と りわ け書 く とい うこ とにおいて 、両親 か らの強 い影 響 を受 けて いた と言 えるだ ろ う。
また、 メア リ出産後 、ま もな くして亡 くなった母親 とメア リをつ な ぐもの はその著作 しか な く、母親 に倣 って書 くことで、母 と娘 の繋 が りを示 そ うと してい た と言 え るのか も しれ ない。 偉大 な両親 、そ してパ ー シー を含 む著名 な仲 間た ちに囲まれ た メア リに とって、 も のを書 くことは、 この よ うに ご く自然 な ことで あった よ うに思われ る。 しか しなが ら、両 親 の名 に恥 じない娘 でい るため、そ して知 的な集 団の 中にお いて 自己 を確 立す るた め、 メ
ア リは、 自身 もまた彼 らの よ うな素 晴 らしい作家 にな るこ とを求 め られ た のだ。
そ もそ もこの小説 は、著名 な作家 で ある両親 の下 に生 まれ た メア リが、そ の才能 を受 け 継 いでい るはずだ と考 えるパ ー シー の要請 に よって、着手 され た もので あ る。メア リは 「ま えが き」 のなかで 、書 こ うと しなが らなか なかアイデ ィア を思いっ かない 「か らっぼ」の 状態 を 「作家 の最大 の不幸 」 と嘆 き、パー シーか ら投 げか け られ る 「お話 は考 えつ いたか い 」 とい う言葉 に どれ だ け苦 しめ られ たか を記 して い る(23;九)。 ア ン ・メ ラー は、出版 前 の メア リの原 稿 、1818年 の初版 、そ して1831年 の改訂版 の3つ の版 の異 同を検 証 し、
そ こに 「言葉 づか いや 哲学 的な概念 に注 目す べ き変遷 」が あ るこ とを指 摘 してい る。 メ ラ ー に よれ ば、 「パ ー シー は怪 物 をメア リが想 像 した以上 に怪 物 的に して 、人 間味 を失 わせ 、
ヴィクター の人格上 の欠点 を しば しば過 小評価 してい る」ので あ り、要す るに 「パ ー シー ・ シ ェ リー は妻 の意 図 を理 解 してい ない」 とい うこ とに な る(Mellor,"ChoosingaText"
211)・この よ うにパ ー シー は、怪 物 の 出生 の秘密 や生 い立 ちに関 して考慮す る以 上 に、怪 物 が家族 を殺 す危 険な生物 であ る とい う側面 をよ り強調 し、ま た、ヴィクター に関 しては、
彼 の身勝手 な欲 望 が引 き起 こ した責任 につ いて問 うよ りも、家族 を殺 され た被 害者 であ る とい うこ とを優 先 してい るのだ。 メ ラーが指摘 す る この よ うな違い か らは、パ ー シー が怪 物や ヴィクター を小説 の 中で どの よ うな存在 として位 置づ けたい と考 えてい たのか がわか るので はないだ ろ うか。パ ーシー は、 メア リの原 稿 で曖昧 に されて いた 「家族 」へ の介入 者 の扱 い を、明確 に 「悪」 とす る よ う手 を加 え、 さらに 「序 」の なかで、 この小説 が 「家 庭 的 な愛 情 の好 ま しさ」(26;一 五)を 示す もの で ある と述べ て い る。 しか しな が ら、 この 物語 が、 そ うい った類 い の心地の いい ものではない とい うことは 明 らかだ ろ う。 この作 品 は、作者 であ るメア リの望 む形 そ のまま に生 まれ て きたの ではな く、 ある意 味で物語 の怪 物 同様 に、歪 んだ形 で生み だ され た もので あ る。 メア リは、書 くことを勧 め られ、励 ま さ れ る と同時に、小説 を書 くとい う社会 的行為 への夫 か らの介入 を強 く受 けていたの だ。 そ
して、 これ らの相反す る要請 に対す るメア リの戸惑 いや反発 、強い られ る ことへの否 定的 な思 い は、 この作 品の着想 に関 して 「ひ とつ の事件 も、 ほ とん どひ とつな が りの感 情 も夫 の提案 に負 うこ とはなか った」(24;一 二)と 断言す るメア リの 「ま えが き」 に見 られ る言 葉 か らもはっ き りと理解 す るこ とがで きるだ ろ う。
しか しなが ら、作 品へ の強い思 いを持つ メア リは、少 な くとも初版 の 出版 に際 して、夫 の 「序」 を受 け入れ てい る。 この メア リの態度 は、戦 略的 な もので あ った とい えるので は ないだ ろ うか。DianeLongHoevelerは 、女 性ゴシ ック作家 に特有 の 「職 業(処 世術)と しての女 ら しさ」 を指 摘 してい るが、 メア リの小説 に関 して、そ の登場 人物 は 「誰 もが犠 牲者 で あるが、女性 登場人物 は犠牲者 の中の犠牲者 で あ り、したが って 二重 に哀れ で弱 い」
と述 べて い る(Hoeveler159;一 九七)。 ここには、物語 作家 と して の メア リ独 自の戦 略が あった と言 ってい いだ ろ う。 メア リは一方 で、女性 は 「家庭 の天使」 で あるべ き と考 え ら れ ていた 当時の時代 的要求 に応 え よ うとしたのだ。例 えば、初版 と1831年 版 の どち らも エ リザベ スの病気 を母親 カ ロ リーヌ の死 の原 因 としてい るが、 メラー も指摘 してい るよ う
に、1831年 版 には母親 としてのカ ロ リーヌ の献身的 な看護 の様 子がつ け加 え られてい るの だ(49;五 六)。 メア リは、怪 物 の物語 とい う、女性 が思いつ くこ とさえもはばか られ るよ うなアイデ ィア を小説 にす るこ とと引 き換 えに、登場 す る女性 を過剰 なま でに 「女性 らし く」描 き出す とい う戦略 に出たの だ。 こ うして、一方 で は 「女性 ら しく」夫 の介 入 を受 け 入れ て時代 の要請 に応 えつつ 、一方 では妥協す る ことな く 「男性 的」 な物語 を書 きあげた
ので ある。
メア リは期 待 され る女性 の弱 さを最 大 限に生かす こ とで 、書 くとい う男性 的試 み と向 き 合 ってい たのだ。 メア リの 「ま えが き」が付 け られた第3版 が、夫パ ー シー の死後 に出版
され た こ と、そ して、そ の 「ま えがき」 のなかで夫 の 「序」 を 「そ っ く り夫 の手 にな るも ので あ る」(25;一 二)と暴 露 してい る こ とも、女性 作 家 と して の メア リが抱 えていた違 和 感 を裏 付 けてい る よ うにみ え る。書 く とい う男性 的 な営み を推 奨 され なが ら、 同時 に女性 と しての役割 をはたす こ とを求 め られ る とい うダブル バイ ンデ ィングな状況 を強い られ つ つ生 み 出 され た この作品 か ら、家族愛 とい う名 の下 に行 われ る支配 と、そ の欺 隔性 をメア リがいか に感 じて いたか を窺 い とるこ とが で きるだ ろ う。夫 のパー シーがい か に 「家庭 的 な愛 情の好 ま しさ」 を描い た もの だ と して妻 の小説 を家庭 的領 域 に押 し込 も うとして も、
メア リが書 いた この物 語 は、や は り家族 崩壊 の物語 で しか ないのだ。
6.家 族 のおぞ ま しさ/書 く とい うこ と
『フランケ ンシュ タイ ン』 をフェ ミニ ズム批 評 に とって決 定的 な重 要なテ クス トと して 再発 見 させ るこ とにな った論 考 「わた しの怪物/わ た しの 自己」(1892)の 中で 、バ ーバ ラ ・
ジ ョン ソンは 「『フ ランケ ンシ ュタイ ン』は 『フラ ンケ ンシ ュタイ ン』を書 く体 験 につ いて の物語 として読む こ とが でき る」(Johnson151;二 六 八)と 書 いた。確 か に この小説 は、
偉大 な両親 の娘で あ るこ とに よる周 囲か らの期 待、 そ して書 く とい う男性 の仕 事へ の介入 とい う、小説 を書 く とい うこ とに恐怖 を抱 く著者 が、その小説 を産み だす ことの恐怖 につ い て語 ってい る物語 と言 え る。 書 くこ とで 両親 の娘 であ る ことを立証 したい 、 自己を産 出
したい とい う願 い は、 自分 に与 え られ た役割 にふ さわ しい ものが書 け るの か とい う不安 と 表裏 一体 の もので あった よ うに思 われ る。『フラ ンケ ンシ ュタイ ン』の中で、女性 作家 メア
リの書 くことに対す る恐怖 が、作 中で ヴィク ター が怪物 を生 み出す とい う恐怖 と重 な り合 うのだ。「フラ ンケ ンシ ュタイ ンの物語 は結局 の ところ、女性 の役 割 を奪い取 り、文字 どお りに子 どもを この世 に送 りだす男 の話 」だ とジ ョン ソンは述べ てい るが(Johnson151;二 六 九)、確 かに、この物 語 は女性 が行 うはず の生命 創造 の行為 を男性 がや り遂 げ よ うとす る
ジェ ンダー の逆転 が もた らす 歪み を孕 んで い る。 こ うした歪 み を孕 んだ物語 を、書 くとい う男性 的行為 を通 して女性 のメア リは産み だ した のだが、 この物語 を書 くとい う行為 その ものが、女性 作家 に課 せ られ た書 くこ とへ の制 約へ の戦略 的な反 発 で あった と言 え るだ ろ
う。
ジ ョン ソンは また、 この小説 は 「親 の あ るべ き姿 を示 す適切 なモデル が存在 しない こ と につ いて の研 究」 であ り、 「親子 関係 と怪物 性 の関係 」 を明 らかにす る こ とによって、 「親 子 関係 とい う制度 に批 判 を加 えて い る」 とも指 摘 してい る(Johnson144‑145;二 五七一二 五八)。 ジ ョン ソンが30年 以 上前 に示 した この見解 は今 で もその圧倒 的な力 を失 ってい な い と考 えるJudithButlerは 、 ジ ョンソンの死後 に出版 され た 『メア リ ・シェ リー との人 生』(2014)の た めに書い た 「あ とが き 自伝 を生命化 す る一 バー バ ラ ・ジ ョンソン とメ ア リ ・シェ リー の怪物 」 の中で、 ジ ョン ソンの論考 を解 説 しなが ら 『フランケ ンシュ タイ ン』 とい うテ クス トが孕 む怪物 性 について力 強 く論 じてい る。 バ トラーが と りわ け注 目す るのは、「フ ランケ ンシ ュタイ ンの怪物 は、自分が産 む子 どもに対 して母親 が抱 く怪物 的 な 衝動 を読み解 くた めの屈折 し圧 縮 され た暗号 を提供 す るで あ ろ う」 とい うジ ョン ソンの見 解 で ある。 ジ ョン ソンが示 した この 「驚 くべ き」見解 につ いて、バ トラー は次 の よ うに述 べ てい る
...forthemurderousimpulsethatamotherfeelstowardthechildshe『bears.
Thinkingaboutthisinfanticidalimpulse‑togetherwithitsconverse,the
matricidalwishpulsingthroughthechild‑issurelysomethingquite
aversiveforfeministtheoristsofthematernaltoencounter,especiallythose whoseektoidealizethesceneofearlymother‑daughterbondingasa
pre‑Oedipalarcadia.(Butler37‑38)
ジ ョ ン ソ ン が 言 う て い る 。
「親 子 関係 と怪物性 の関係 」 につ いて 、バ トラー は次 の よ うに解説 し
Andifthechildproducessomethinglike,say,atext,orifthechildherself turnsouttobethekindof"product"(thinkwaste)thatdoesnotreflectupon,
andaugment,theembellishedimageoftheparent,thenthechildbecomes
"monstrous"byfailingtodothedutyofreplicatingtheimageinthemanner required.So,imperfectreplicationimplieseitherthattheparentis
monstrous(foraskingfbrsuchathing)orthatthechildis(byfailingto replicatewhatisrequired),orthatbothare.Indeed,Shelley'snovelimplies thatreplicationsneverturnoutquiteaswemightexpect,thatthereis
somethingmonstrousatthecoreofreplication,andthatthedesirefbrthe perfectcopyofaperfectedimageisnotonlymonstrous,butbreedsfbrmsof
monstrositythatexposeboththeimpossibilityandthecrueltyofsucha demand.(Butler43)
ジ ョ ン ソ ン の 「わ た し の 怪 物/わ た し の 自 己 」 が 、 『フ ラ ン ケ ン シ ュ タ イ ン 』 をNancy
FridayのMyMotherMySelSTheDaughterlsSearehforIdentity(『 わ た し の 母/わ た
し の 自 己 』)とDorothyDinnersteinのTheMermaidandtheMinotaur!Sexual
ArrangementsandHumanMalaise(『 人 魚 と ミ ノ タ ウ ロ ス 』)と 比 較 し な が ら 「親 子 関 係
とい う制度 に批判 を加 えてい る」テ クス トと して論 じてい た こ とを忘れ て はい けない だ ろ う。 ジ ョン ソンに よれ ば、デ ィナー ス タイ ンは 「人 間の幼児 が女性 の手だ けに よって養 育 され るこ とか ら生ず る悪影響 を分析 し」(Johnson144;二 五七)、一方 「父親 を もたず に成 長 したの で、 フランケ ンシュ タイ ンの怪 物 と同 じよ うに、片親 の過程 にあ りが ちな問題 の い くつか を体 験 してい る」 フ ライデ ーは 「あ る娘 のアイデ ンテ ィテ ィ探 究」 を 「共生 か分 離 か、っ ま り母か 自律 的 な 自己か とい う二者択 一 の観 点か ら」見 る こ とを疑 問視 してい る のだ(Johnson147;二 六一 二 六二)。そ して、『フ ランケ ンシュタイ ン』 を この2冊 と比 較 しなが ら、 ジ ョン ソンは こ う書い てい る。
Whatisthreateningabouteachofthesebooksisthewayinwhichitscritique
oftheroleofthemothertouchesonprimitiveterrorsofthemother'srejection
ofthechild.Eachofthesewomenwritersdoesinherwayrejectthechildas
partofhercomingtogripswiththeuntena『blenatureofmotherlove:Nancy
Fridaydecidesnottohavechildren,DorothyDinnersteinarguesthatmanas
wellaswomenshoulddothemothering,andMaryShelleydescribesaparent
whofleesindisgustfromtherepulsivebeingtowhomhehasjustgivenbirth.
(Johnson150)
『フランケ ンシュ タイ ン』 は、子 育て、 とい うよ りは子捨 て をめ ぐる物語 だ と言 うジ ョ ン ソンを受 けて、捏 造 され た親 のイ メー ジの複 製 を生 み 出そ うとす る子育 てが、怪物 的 な 親 と怪 物 的な子 どもを生み 出すの だ、 とバ トラー は主張 してい るのだ。 そ うで ある とす れ ば、『フ ランケ ンシュタイ ン』 とい う小説 に登場す る 「怪 物的 な親 」や 「怪 物的 な子 ども」
は、今 も私 た ちのまわ りにい る とい うこ とにな るだ ろ う。
バ トラー に よる 「怪 物性 」の分析 は、 メア リの書 くこ とへ の思い 、そ して、その思 いか ら産 みだ され た 『フ ランケ ンシ ュタイ ン』 とい う作 品その もの、そ して作 品のなか の怪 物