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心臓移植の歴史と現況

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総 説

〔書璽擁、第犠,劉卸

心臓移植の歴史と現況

コヤナギ 小柳 エイシ

江石

東京女子医科大学 循環器外科 ヒトシ サカキバラ ナオヒデ キタムラ マサヤ ヒラタ

仁・榊原 尚豪・北村 昌也・平田

キヨユキ ハチダ ミツヒロ エンドウ マサヒロ ハシモト

清行・八田 光弘・遠藤 真弘・橋本

(受付 平成元年9月19日) キンや 欽也 アキマサ 明政 1.心臓移植の歴史 心臓移植が医学史に登場してきたのぱ,異所性 心臓移植として今世紀初頭のAlexis Carrelにさ かのぼる,Carre11)は針と糸を用いる血管吻合法の 創始者であるが,その吻合法を用いて様々な臓器 の移植を行った.心臓では仔イヌの心臓を成犬の 頚部に移植し,2時間に及ぶ心拍持続をみた.1933 年,Mayo ClinicのMan112)がこの方法を再びとり あげ,手技を改良して現在広く行われている頚部 移植法の基礎を確立した.1964年Abbott3)はラッ トの腹腔内に心臓を移植する方法を考案し,つい でOno−Lindsey4)が改良を加え,この異所性移植 が近年心臓移植の基礎的研究に広く利用されるよ うになった. ある臓器が本来生体内で占めている位置に移植 する方法を同所性移植といい,置換という言葉を 用いることもでぎる.腎臓や内分泌臓器でぱ同所 性に移植しなくても十分その機能を発揮させるこ とができるが,心臓の場合循環中枢としての機能 を持たせるには同所性移植によらなけれぽならな い.この分野での先駆者としてはDemikov5)の業 績を忘れることはできない.彼が多くの実験を 行った1940年代の後半にはまだ体外循環の手法が 確立されておらず,レシピエントの生命を維持し ながら心置換を行うには多くの工夫が必要であっ た.まずレシピエントの循環の一部を移植心に代 行させることを考え,レシピエントの心臓と平行 に移植心を植え込み(pararell heart)両者によっ て循環が行われる方法を考案した.ついで心肺合 併移植による完全置換法をも試みている.ドナー の心臓と肺を拍動下に摘出し,乱頭動脈と上大静 脈をレシピエントのそれと手早く吻合し頭部への 循環を移植心にとってかわらせ,つづいて大動脈 と下大静脈の吻合を行うという二段がまえで,体 外循環法や低体温法のなかった時代に心置換を可 能にするための巧妙な手法であった.この方法で 67回の実験を行い,14頭が1∼6日生存した.1951 年には心臓のみの置換法に着手したがこのときす でに現在のような左房壁吻合法を試みている. 一方米国では1953年Neptune5)が21∼24℃の低 体温法を用いて心臓と肺を置換し,イヌは最長6 時間生存した,1957年から1958年にかけて,体外 循環法の発達と共にこれを応用した心置換実験が

Webb7), Blanco8), Golbergら9)によって発表され

た.Golbergらの方法はDemikovの左心房吻合 法を応用したもので,これがさらにWlllman, Cooper, HanlonらSt. Louis派の心臓移植法の 基礎となった10).Willmanらはこの手技を用いて 多くの基礎的研究を行ったが,術後心不全をきた すことが多く,右心房後壁に散在するbarorece− ptorの除去がその原因ではないかと思われた.

1960年,Lower, Shumwayら’1)は左右両心房後壁

Hitoshi K:OYANAGI, Naohide SAKAKIBARA, Masaya KITAMURA, Kinya HIRATA, Kiyoyuki EIS田, Mitsuhiro HACHIDA, Masahiro ENDO and Akimasa HASHIMOTO〔Department of

Cardiovascular Surgery, Tokyo Women’s Medical College〕:The history and recent progress in cardiactransplantation

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を残す方法を考案した.両心房後壁のbarorece− ptorは完全に温存され,イヌは長期にわたり生存 した.これが現在臨床でも行われている心臓移植 法の寸法である. 1965年Kondo12)は仔イヌの心臓を超低体温下

にShumwayの方法によって置換する方法を試

み,長期生存を得た. 1960年Shumwayの動物実験の成功以後,米国 を中心にいくつかの施設で心臓移植の実験が重ね られ,刺激伝導系を損傷しない細辛手技の開発, 除神経心の生理学的解明などが進められた.Stan− ford大学の実験プログラムは詳細をきわめ,自家 移植犬の迷走神経再生の証明,兎抗胸腺グロブリ ンの開発など画期的な進歩を生んだ.また心臓移 植そのものの成績も安定し外科的手技に関しては 実験開発をほぼ終了した.1960年代初頭,本邦で もShumway, Kondoらの報告に刺激され,数施 設で心臓移植実験プログラムが開始されている. 時を同じくして日本移植学会が創設され,心臓移 植,肺移植の実験的報告もなされている. 一つの外科手術を実験段階から臨床応用にまで 高めてゆく過程は過去の例でも様々である.心臓 移植についても先頭を走るStanford大学の基礎 的検討の進展からみて臨床応用の時期は早晩やっ てくるとは予想ぱされていたが,その時期につい ては予測がつかなかった,1964年ミシシッピ大学 のJ.Hardyは心筋症の患者にチンパンジーの心 臓を用いて置換手術を行った13).類人猿の心臓ぱ 成人の3分の1のサイズで全身循環を支えきれず 人工心肺離脱後1時間で患者は死亡した.これが 同所性心臓移植の臨床応用第1例となったが,ヒ ト間の同種移植はさらにこの3年後となる. 1967年12,月3日,南ア連邦の首都ケープタウン, フルート・スキュール病院においてC.Barnard により同種同所性心移植の臨床第1例が行われ た14>.つづいてKantrowitz, Shumwayにより2, 3,4例目が行われ,!967年の最後の12月に4例 の心臓移植臨床が施行された. 明けて1968年,米国の有力心臓外科診療施設ぱ 心臓移植臨床に,相次いで参入した.この年世界 の心臓移植臨床例は約100例となった.世界の心臓 移植の通算30例目に本邦唯一の心臓移植臨床例が 行われた.これが後に大きな波紋をひきおこし, 日本における心臓移植臨床に対する問題を提起す ることとなってゆくのである15). 心臓移植ブームにきそって参入した施設の多く ぱ,移植後の拒絶反応,患者の精神的不安定,訴 訟問題などの難問に直面し翌1969年には波がひく ように心臓移植手術から手をひいていった.1968 年の100例にくらべ翌1969年は計30例という激減 である.辛うじてStanford大学のみが年間20例 前後の心臓移植臨床を継続した. しかしこの心臓移植ブームは脳死下の臓器移植 に関して重大なbreakthroughをなしとげるこ ととなる.1968年にはいち早く脳死に関するハー バード大学の基準が生まれ,1974年カリフォルニ ア州はさらに簡潔な脳死の基準を制定した.これ

らに支援されShumwayらは臨床成績の向上に

努力を傾倒した.1974年Cavesは,心臓移植の適 応とされた患者の平均予命が28日間であったこ と,1968年から1973年の問の心臓移植患者の1年 生存率は40%,5年生存率は20%であったと発表 した16).この生存率は当時の屍体腎移植の成績と ほぼ匹敵するものであった.この事実から心臓移 植手術がきわめて重症の末期心不全に対して行わ れていること,また手術成績が予想以上に安定し ていることが関心を呼び有力施設が心臓移植再開 を決定し再び臨床例の増加傾向をみるのである. 1980年にはCyclosporine Aの臨床への導入が行 われ,どの施設でも安定した成績が得られるよう になったことから参入施設はさらに増加した.ま た1980年には心肺移植の臨床第1例が行われてい る17). 1981年にはMayo Clinicが心臓移植とA−Cバ イパスの両者のcost−bene飢ratioを考察し,心臓 移植がまさっているという報告を行い遅ればせな がら再開にふみきった18). 1980年,国際心臓移植学会が創設され,世界中 の症例の登録が行われるようになった.1989年末 までの心臓移植,心肺移植の総数は1万例をこえ るところまできている.全症例の10年生存率を見 ると,1年生存率約80%,5年生存率75%,10年

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生存率70%強とぎわめて良好な結果が得られてい る.免疫抑制療法が三者併用療法になった最近の 2,500例にかぎると,1年生存率は87%とさらに向 上し,5年生存率も実に85%に達している.驚く べきことは,生存率のみでなく,移植をうけた患 者のquality of lifeであり,実に73%の患者が完 全に社会復帰をなしとげている。 2.本邦における心臓移植臨床例について 1968年8月8日置札幌医大胸部外科,和田寿郎 教授は進行した連合弁膜症に心房細動,くりかえ す心不全を伴った18歳男子に対して磨水後,蘇生 術が不成功に終った心臓提供者よりの心臓移植を 施行した15).8月8日の夕刊一面は「日本初の心臓 移植」と報道19),翌日朝刊も経過が良好ですでに自 発呼吸も出ていること20),提供者の両親は複雑な 気持であることなどを報じている21).また翌8月 9日当時の園田直厚相は臓器移植の法制化のため 準備委員会を作ると閣議で提案し素早い立ち上が りをみせている22). 世界の心臓移植臨床開始とほぼ同時期に本邦で の臨床第1例が行われたことは,ジャーナリズム によって好感をもって報道され,現代科学技術の 勝利と喧伝された. しかしこの心臓移植については,当初よりいく つかの問題点が指摘されていた.和田移植につい ての医学的問題点とは次のごとき内容に集約され る. 1)レシピエントの病理所見23)からみた心臓移 植の適応 (1)僧帽弁は,和田教授の主張,臨床所見と一 致している. (2)三尖弁は病理学的に所見がなかった. (3)大動脈弁は心臓摘出前に切除されており, その切口が切り離された弁の断端と接合しない. 切離弁は他の患者の弁とされる. 2)ドナーの死の判定24) 死の判定を移植チームが行っている.脳波の平 坦化をオッシロスコープで観察し確認したとされ ているが脳波の記録がのこっていない. 3)ドナーの蘇生術15} 蘇生術として大腿動静脈バイパスを人工心肺を 用いて施行しているが当時としても蘇生術として は不適当なのではないか. 4)麻酔医の不参加15> ドナーに移植手術直前まで生の徴候を認めてい た麻酔科医師が移植手術では不参加であった. 以上の各項のように多くの医学的問題点が提起 されている. 患者は術後83日目に慢性拒絶反応および感染に て死亡した2‘)26).その山本症例に対して医学会,法 曹界を中心に国民各層から多くの疑問が呈され, ジャーナリズムの術直後とは打って変わった激し い批判の嵐とあいまって,その後の本邦の心臓移 植に対する社会一般の,根拠は不明確でぱあるも のの,かなり強固な不信感を形成していったこと は否定できない.ここに至る過程を事実に基づい て整理してみよう. 3.和田移植の法的推移と社会的環境 ・昭和43年8月8日,本邦初の心臓移植が行われ た. ・昭和43年10月29日,患者は慢性拒絶反応と感染 にて術後83日目に死亡した. ・昭和43年秋の日本胸部外科学会総会では「心臓 移植の臨床」と題して和田教授がレシピエソトの 経過について詳細な学会発表を行い,適応,手術 手技,術後管理の概要を報告した.これに対し阪 大曲直部教授,東京女子医科大学榊原教授が適応, 術後免疫抑制療法などにつき質問し,和田教授が これに答えるかたちで討論がもたれている27).し かし,これ以降日本胸部外科学会では和田移植に ついての学術発表は後続がなく,昭和46年の理事 会でも心臓移植についての討論は学会員の希望が ないので学会の方針としてはとりあげないとの議 事録がのこっている28). ・昭和43年12月3日,和田教授,大阪府の漠方医 ら6人より告発される29). ・昭和44年4月,日本外科学会総会における一般 演題30),昭和44年7月,日本胸部疾患学会における 座談会31),昭和44年10月,日本移植学会におけるシ ンポジウム「日本と世界における臓器移植の現 状」32),昭和45年,日本臨床外科医学会におけるシ ンポジウム「臓器移植」33),昭和45年3月,日本循

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環器学会総会における懇話会「心臓移植の問題 点」34)などで,この臨床例についての発表ないし討 論が行われている.しかしこれ以降,この臨床例 についての発表討論は途絶え,告発に対する検察 の判断を待つかたちとなった. ・昭和44年5月,札幌地検は捜査を開始し,手術 の全経過を文書で提出を求め,病理解剖を担当し た病理学教授23),レシピエントの主治医であった 内科学教授35)からも事情を聴取した. ・昭和45年4月8日,札幌地検の鑑定依頼に対し 鑑定人のうち唯一の臨床医である東京女子医科大 学榊原任教授は循環器病分野の他の4人の学老の 意見をも勘案し,肯定的鑑定を提出した36),札幌地 検が榊原教授に鑑定を依頼してきたのは,1)心臓 移植は当時許されていた治療法だったか,2)移植 を受けた宮崎信夫君の病気はその治療法(心臓移 植)の適応であったか,3)術後の処置は適切だっ たかの3点である.榊原教授は地検からの資科を 基に4人の循環器内科および外科の権威と相談し 見解をまとめ鑑定書として提出した. 鑑定書は,1)非常に卓越した心臓外科医には心 臓移植という治療法は許されていた,2)レシピエ ソトの重症度からみて妥当である,3)拒絶反応の 処置についても当時として最善の処置をした,な どの和田教授を支持した内容となっている. ・昭和45年5月12日,札幌医大病理学藤本輝夫教 授は,当該レシピエントについて僧帽弁変化につ いては和田教授の発表した所見と一致するとしな がら,大動脈弁,三尖症については病理学的に異 なる所見を示し,和田教授の手術後の主張である 末期的連合弁膜症で三軒疾患であることに反論し た23)37) ・同月,東大病理学太田邦夫教授は和田移植のレ シピエソトの病理所見から非妥当性を含む鑑定書 を提出した38)。 ・昭和45年6.月21日,時実利彦京大教授はドナー の死の判定に疑問を提起する鑑定書を提出し た39).以上で鑑定が出揃った. ・昭和45年7月28日,元厚相2人を含む13氏が病 者のための人権宣言を発表し,和田教授を告発し た40). ・昭和45年8月21日札幌地検,札幌高検は最終的 に和田教授の不起訴処分を決定した41).法的判断 が下された世界初の例となる.ドナーの脳死の客 観的材料がなく,レシピエントの重症度にも疑問 は残るが医学的鑑定に不一致があり,起訴に至ら なかったと考えられている.正式発表は9月2日 であったが心臓移植実施後,満2年を経過してい た. ・昭和46年4月,日本医学会総会で,札幌医大病 理学藤本教授と和田教授の間で,レシピエントの 病理所見について討論があった42). ・昭和46年8月24日,日弁連人権擁護i委員会「心 臓移植事件調査特別委」は,和田移植は犯罪とし て成立すると指摘した43). ・昭和47年8月14日,札幌検察審査会から不起訴 は不当と再捜査の要請を受けていた札幌地検は再 び不起訴処分を決定した44>. 一つの外科手術がこのように犯罪として告発さ れたこと,告発されるだけの不明瞭の部分が医学 的にもあったことは,不起訴になったとはいえ, 国民各層に脳死下の臓器移植についての不信感を うえつける一因となったことは否定できない45>. 確かに心臓移植という重症心不全に対する画期 的な治療法の登場は諸外国でも多くの論議を呼 び,告発,起訴も珍しくなかった.スウェーデン のように脳死下の臓器移植を法制化するため20年 を費やした国もある. 腎臓のようなbilateral organと異なり,心臓移 植の大前提となるのは他の個体の死である.この ことについて1970年代前半,欧米先進国は脳死に ついての合意を作るため医師および医学会が職能 団体の機能を十分目発揮し自らがガイドラインを 作り現場からのフィードバック機構を整備した. 本邦においても,遅ればせながら,この自己管理 体制の整備が考えられるべきであろう. 我が国では貴重な第1例についての医学的デー タをもとにした討論も昭和45年以降ほとんど途絶 え,本症例に対する判断を検察にゆだねることに なった.この第1例は心臓外科医が直面すべき事 柄であったと考える.新しい医療が登場したとき に,問題点も含めて当該医療をいかに進めるべき 4

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かを検討する学会機能をもつべきrであったという 反省が当然生じてくる.具体的にぱシンポジウム, 特別委員会の設置などを通して問題の検討を継続 すべきであったという考え方もあろう.20年前の 出来事を今日の時点で批判することは難しいし, 当時としてはやむを得なかったことも含まれてい る.この20年の空白を無駄にしないためには,和 田移植に含まれる示唆にとんだ反省点を分析し, その反省を基礎として我々の指針を構築すべきで あると考える. 4.心移植の現況 現況 心移植は,全世界の年間症例数が1986年以降は いずれも2,000例を越え,通算では10,000例を越え た4D.その全体の1年生存率は約80%,10年生存率 が70%強であり,最近の3剤併用療法の導入後は 1年生存率は約87%,5年生存率は約85%である, また30日死亡率は10%前後と低く,極めて安定し た治療法となった47)48). 1)レシピエント 心移植のレシピエントは下記のような選択基準 によって選び出されている.この基準は全世界で ほぼ同様のものが使用されているが,実際のレシ ピエントの選択では,各施設で多少の差が見られ る. 1989年の国際心臓移植学会の集計では,レシピ エソトの疾患は,心筋症が53%,冠動脈疾患が 40%,弁膜症が約5%,先天性心疾患が約3%と なっている.このように心移植のレシピエントは, 心筋症と冠動脈疾患の末期の患者が大部分を占め ている.先天性心疾患や弁膜症の末期で,重篤な 心不全に苦しむ患者は多いが,これらの患者は通 常高い肺血管抵抗を合併しているため,心移植の 適応となるものは少ない. レシピエントの選択基準49)∼51) (1)重症心不全末期の患者で,最善の内科的, 外科的治療で延命が望めず,今後1年以内に死亡 する可能性の高いもの. (2)年齢が60歳以下であること. (3)精神的に安定で,心移植後の自己管理を確 実に遂行可能なもの. (4)心移植後の生存や社会復帰の可能性を低下 させる病変が無いこと. レシピエントの年齢ぱ,心移植の成績の向上と 共に引き上げられる傾向にあり,これまでの最高 齢は70歳である.高齢者群の移植成績は,それ以 下の年齢群に比して遜色のない結果を示してい る. 心移植に禁忌とされる病変も,移植成績の向上 と共に変化してきている.感染症,悪性腫瘍,高 い肺血管抵抗,腎機能障害,肝機能障害,高度の 末梢血管病変などを持つ患者は除外されるが,以 前は禁忌とされていたインシュリンを必要とする 糖尿病,肥満,アミロイドーシスなどの全身性疾 患等を合併するものに対しては心移植が行なわれ ており,レシピエントの選択が以前ほど厳密でな くなってきている. 2)ドナー ドナーとなるのは,心機能の正常な脳死者であ る.発生原因としては,交通事故,特にオートバ イ事故がもっとも多く,次いで脳血管障害による ものの順となっている.こういつた原因で脳死状 態に陥ったもののうち,次の条件を満たす症例の 心臓が移植されている。 ドナーの選択基準 (1)脳死状態であること. (2)男性35歳以下,女性40歳以下. (3)心臓が正常であること. (4)感染カヨ無いこと。 (5)胸部に大きな外傷が無いこと. (6)悪性腫瘍が無いこと(原発性脳腫瘍は例 外). このほかドナーとレシピエント間で,原則とし ては血液型が一致すること,リンパ球のクロス マッチが陰性であること,体のザイズがほぼ同じ であること等の条件が必要とされている.リンパ 球の直接クロスマッチは,ドナーとレシピエソト の病院が互いに遠距離にある場合は行なうことが 困難なため,省略されることが多い.レシピエソ トの心膜腔は,長期の心不全による心拡大のた め大きく,ドナーがレシピエントより大きな場合 は,まず問題がない.一方,ドナーがレシピエン

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トより小さい場合は,体重差で20%までが限度と されている. 最近のドナーの深刻な不足を反映して,ドナー の選択基準も緩和される傾向にある. ドナー獲得のシステム どの臓器の移植においても,ドナー不足は深刻 な問題であり臓器移植の最大の障害となってい る.そのためいずれの国でもドナーの獲得を増加 するため種々の努力がなされている. アメリカを例にとると,ドナー側とレシピエソ

ト側の連携ぱUnited Network for Organ Shar

ing(UNOS)が中心となって行なわれている.医 師は受け持ち患者を心移植の候補者とすることを 決定した場合,ドナーの待機リストに載せるため, UNOSに臓器移植の候補者として登録する.登録 事項は,臓器移植を行なう病院の名称と住所,候 補者の名前,性別,年齢,生年月日,国籍,人種, .血液型,身長,体重,本籍,現住所,候補者の重 症度,以前の移植の有無,HLAダイビング, HLA に対する既存抗体の有無などである. 脳死者が発生した場合,その受け持ち医はその 家族にドナーとして臓器を提供するよう依頼し, 承諾が得られたらUNOSに連絡し,ドナーの登 録をする.登録事項は,ドナーの病院の名称と住 所,ドナーの名前,住所,性別,生年月日,年齢, 国籍,人種,死因,ドナーに投与した薬剤や処置 の詳細などである.UNOSではコンピューターに より登録されたレシピエントの中から,身長,体 重,病院間の距離などの点で,最も適当な5人の 心移植候補者が優先順位を付けて選択され,それ ぞれの病院へ通知される.UNOSの選択には医学 的判断はなされていないため,各病院のレシピエ ントの受け持ち医は,2時間以内にそのドナーの 臓器がレシピエントに適当かどうか医学的に判断 し,移植を行なうかどうかをUNOSに返答しな けれぽならない.移植が決定されれぽ,臓器摘出 チームが,ドナー病院へ出張する.国際心臓移植 学会の集計によれぽ,現在半数以上の臓器が遠隔 地の病院で摘出され運ばれている.しかし,虚血 時間が長くなるほど,移植30日以内の致死率が高 くなっているため,移植臓器の保存法の改善が必 6 要である. 3)麻酔 ドナーは脳死状態のため麻酔薬は使おれない. 通常過度の筋痙李を避けるため筋弛緩剤のみ使用 される.血圧が上昇するような場合には,血管拡 張剤が使用される. レシピエソトに対する前投薬は通常投与されな い.患者の不安が強い場合でも,手術室へ入室し, 麻酔医の常時監視下にはいるまでは,高度の前投 薬は投与されない. レシピエントの麻酔は,主としてナルゴティッ ク麻酔が使用されている.レシピエントは最重症 の心不全の患者であり,その血行動態は不安定で あるため,心筋の収縮力を抑制する吸入麻酔剤は 使用されない.また,笑気も,心筋抑制,肺血管 抵抗増大,等の作用があるため,通常使用されな い.しかしながら,ナルゴティックによる麻酔の 補助に低濃度の吸入麻酔薬が使用されることは, しぼしぼ行なわれている. 心移植手術は原則として緊急で行なわれるた め,患者は術前の絶食は必ずしも行なわれず,ま たサイクロスポリンを経口投与されるため,胃内 容は最低30ml程度はある.そのため,導入ぱ急速 導入で行なわれる. 手術後は,レシピエソトは肺感染症の予防のた め,可能なかぎり早期の抜管が必要である.その ため術後の早期の覚醒を可能とするよう,ナルコ ティクスの投与量は通常の場合より少量に押えら れる. 麻酔回路やその他の器具はすべて減菌されたも のを使用し,麻酔回路の両側に細菌フィルターを 挿入する.麻酔回路のチェックも清潔な手袋を使 用して行なわれ,感染を避けるため十分な注意が 払われる. 移植後の感染症の予防のための麻酔操作の清潔 度は,最近次第に緩和される傾向にあり,血管確 保や挿管等の操作も,以前ほど厳密に清潔に行な われていない. 4)手術 くドナーの手術〉 胸骨正中切開,心膜切開後,心臓が正常である

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かどうかを,肉眼的に確認する.上下大静脈,大 動脈,主肺動脈および左右の肺動脈周囲を末梢ま で十分に剥離する.ヘパリン投与後,心筋保護液 のラインを大動脈起始部に挿入する.上大静脈を 洞結節から十分に離れた位置で二重結紮して,そ の間で切断,下大静脈を横隔膜直上で鉗子で遮断 しその心臓側で切断後,大動脈を遮断する.心筋 保護液で冠動脈を潅流すると同時に心臓周囲から も冷却液にて心臓を冷やす.この時左上肺静脈を 切開して,左心系の拡張を防止する.また心膜内 にも冷却した生理食塩水を満たす.潅流が終了し たら,左右の肺動脈を切断,大動脈を可能なかぎ り上方で切離,肺動脈を切断して,心臓を摘出す る. 〈ドナー肺を肺移植に使用する場合〉 ドナーの両側の肺を移植する場合には,肺静脈 の切断を避けて,左房後壁を4本の肺静脈の周り でそれぞれより0.5cm離して,縫合に充分な縫い しろを残すように切開する.肺動脈は,心移植お よび両側肺移植共に十分な肺動脈が得られるよ う,肺動脈弁と分岐部の真ん中で切断する,両側 肺移植片は必要があれぽさらに左右に分けて,二 人のレシピエントに片側肺移植を行なうことが可 能である. 摘出された心臓は,4℃に冷却した生理食塩水 を満たしたプラスチックバッグの中に二重に入れ られ,アイスボックスに収容して運搬される.こ の方法で,4時間までの虚血時間は安全とされて いる. 〈レシピエントの手術〉 大動脈を立頭動脈直下まで剥離する.体外循環 開始後,大動脈を腕頭動脈直下で遮断,洞結節を 傷害しないよう注意しながら同房より切開を開始 する.房室間溝に沿って,心耳をも含めて心房を 切除し,大動脈,肺動脈を弁直上で切断する.心 臓を摘出する. ドナー心を前野に運び,まず大動脈と肺動脈間 を冠動脈を障害しないよう剥離する.次いで, transverse sinusに沿って,肺動脈と肺静脈問を 剥離する.肺動脈は,レシピエントの肺動脈が太 いため,左右の肺動脈を切開して,分岐部で大き な開口部が得られるようトリミングする.また左 房後壁の4本の肺静脈に囲まれた部分を切除し, 大きな一つの開口部にする. 縫合は,左房,心房,大動脈,肺動脈の順に行 なう,まず左房の左上肺静脈の部位より縫合を開 始し,まず反時計回り,次いで時計回り方向に進 み,心房中隔下部で結紮する.次にドナー心の坑 底を,下大静脈開口後部から右心耳基部に向かっ て,洞結節や冠静脈洞を傷つけないように切開す る.書房は中隔中部よりまず反時計回り,次いで 時計回り方向に縫合を行ない,右房外側の中間部 で結紮する。大動脈の縫合終了と共に,大動脈の 遮断を解除し,次いで肺動脈の縫合を行ない終了 する. 5)術後管理 移植後のドナー心は,長時間の無酸素状態,手 術の影響などにより,しぼしぼ機能の低下が見ら れる.通常,体外循環終了間際より,イソプロテ レノール,ドーパミンなどの点滴を開始して,正 常な心拍出量が得られるようになるまで継続す る.著しい低心拍出量状態が持続するような場合 は,拒絶反応を疑って心筋生検が緊急で行なわれ る.移植手術直後は往々にしてやや徐脈を示すた め,イソプロテレノールはよく使用される.洞結 節の機能障害,上室性,結節性の不整脈は普通に 見られる.移植後2∼3週経過しても徐脈が続く 場合は,ペースメーカーの植え込みが行なわれる が,そういった症例は少数である. 移植後のレシピエントは易感染性宿主であり, 感染症は移植後の最大の死因である.国際心臓移 植学会によれぽ,移植後の死亡の原因は,感染症 (42%),急性拒絶反応(37%),心臓死(13%), 慢性拒絶反応(6%),肺梗塞(2%)となってい る.従って,その予防は極めて重要であるが,近 年成績の向上を背景に,感染の予防処置は次第に 緩和される傾向にある. 移植直後はICUの個室に収容され,入室者には ガウン,グラブ,マスクの着用を義務付けている 施設が多い.その他,静注時,点滴ライン交換時 など,細心の注意をもって行なわれる.また,肺 感染を予防するため,気管チューブの抜管は可能

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なかぎり早期に行なわれる.また抗生物質の予防 投与は,通常移植後2∼3日間行なわれる.菌交 代現象を避けるためこれより長期の投与は避けら れる.施設によっては胸腔ドレナージチューブ等 が除去されるまで抗生剤を投与するところもある が,それが必要であるかどうかは不明である. 〈免疫抑制療法〉 サイクロスポリン,アザチオプリン,プレドニ ゾンの3剤併用療法が,ほとんどの施設で行なわ れるようになって以来,心移心後の感染症,拒絶 反応共に著しく減少した.移植直後の腎不全を避 けるため,サイクロスポリンのローティソグドー ズは4∼6ng/kgと低く,維持血中濃度も最初の6 ヵ月は100∼200ng/kg,6ヵ月以降は50∼150ng/ kg(血清, HPLC)程度と比較的低く保たれる傾 向にある.施設によっては移植直後の3日から1 週間程度の間,ATGやOKT3を使用する.拒絶反 応の治療にはソルメドロール1gの3日間の投与 が一般的であり,拒絶反応が高度の場合には,必

要に応じてATGやOKT3が追加される.

〈その他の薬剤〉 カンディダ感染症に対する予防のため,ナイス タチンの鼻腔スプレー,経口うがい剤,膣錠等が 使用される.またニューモシスティスカリニイ, ノカルディアなどの感染症に対する予防として, サルファメトキサゾール十トリメトプリムが移植 後長期にわたって投与される.ステロイドの水分 貯留作用に対して利尿剤十カリウム剤,ステロイ ド潰瘍の予防に制酸剤,また移植後の冠動脈硬化 症の予防のため,アスピリン,ディピリダモール などが投与される.またサイクロスポリンによる 高血圧症を合併した場合には,各種降圧剤の中か ら適宜に選択して投与され,血圧は,正常範囲内 にコントロールされる. 〈移植後の経過〉 移植後レシピエントは合併症を引きF起こさない かぎり,通常1週間から2週間で退院する.レシ ピエントは移植前の心不全状態のための運動制限 や移植後のステロイドの使用による筋力低下のた め,リハビリは重要であり積極的に行なわれる. 移植後3ヵ月間は,拒絶反応,感染症共に危険が 最も高いため,心生検,感染症のスクリーニング 共に頻回に行なわれるが,6ヵ月以降は共に危険 性が低下するため検査の頻度も少なくなる. 外来受診時には感染,拒絶反応,悪性腫瘍,冠 動脈硬化症,腎機能障害,肝機能障害,ステロイ ドの副作用の状態などのチェックを行なう. 6)合併症 心移植後の合併症にぱ,拒絶反応,免疫抑制剤 の副作用など種々のものがあるが,そのうち移植 後の死亡の大きな原因となるのぱ,感染症,急性 拒絶反応,冠動脈硬化症,肺塞栓症,悪性腫瘍な どである. 〈感染症〉 感染症ぱ移植後の最大の死因であり,移植後患 者にとって大きな問題である.その原因となる病 原体は,細菌,ウイルス,真菌,原虫,ノカルディ ア等であるが,その中で特に問題となるのは,ヘ ルペスウイルス,サイトメガロウイルス,アスペ ルギルス,カンディダ,クリプトコッカス,ニュー モシスティスカリニイ,トキソプラズマゴンディ, ノカルディア等による感染症であり,中でもサイ トメガロウイルス,アスペルギルスによる感染症 は,移植患者にとって最大の脅威である.その予 防としては,レシピエソトやドナーに対する感染 の有無のチェックを厳格に行なうこと,手術操作 は勿論,麻酔操作や術後管理を可能なかぎりク リーンに行なうなどの注意が払われる.また,感 染症に罹患した場合は,早期診断早期治療を可能 とするため,種々の診断法がとられている.感染 部位としては,肺,尿路,中枢神経などが多く, 特に肺感染症が大部分を占めるため,移植後ぱ定 期的に血清抗体価の測定,疾,尿などの塗沫染色 や培養検査,胸部レントゲン検査,血液検査など が行なわれる.感染症が疑われた場合は,所謂 シ・ットガン治療は真菌などの混合感染を招いて 危険なため,原則として種々の方法により原因と なる病原体を同定してから,特異的な薬剤を使用 して治療される.肺感染症の場合は,経皮気管吸 引,気管支鏡,経皮肺生検,開胸肺生検などによ り,また中枢神経の感染症が疑われた場合は,腰 椎穿刺,脳生検などにより,検体を採取,染色, 8

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培養を行ない,病原体の同定と特異的な治療が行 なわれる.しかし,必ずしも常に原因病原体の同 定が可能とは限らず,しぼしぼ臨床所見からそれ を予想して治療を行なわなけれぽならない場合も ある, 感染症に対する治療薬は以下のものが使用され ている. (1)細菌…セファロスポリン等の広域抗生剤 (2)真菌…アンフォテリシンB,時に5一フルオ ロサイトシンを併用. (3)Nocardia…サルファ剤 (4)原虫…サルファ剤+トリメトプリム

(5)Herpes virus(simplex, zoster)∴・アシク ロビル (6)Cytomegalo virus…ガンシクロビル 〈急性拒絶反応〉 急性拒絶反応の診断に有用な方法は,現在のと ころ侵襲的な心筋生検により採取した検体の病理 学的診断がgolden standardとなっている.非侵 襲的な拒絶反応の診断法の開発に,心臓の電気生 理,RI, MRI,心エコー,細胞免疫学的モニター などを使った種々の試みがなされたが,未だに信 頼できる方法が得られていない.心筋生検は,セ ルジンガー法による右内頚静脈よりのアプローチ が最も良く行なわれており,右室または中隔の心 尖部心筋片を3から5個採取する.これらの標本 はフォルマリン固定されて,ヘマトキシリソ エ オジン,トリクローム,メチルグリーンピロニン 等の従来の染色法および最近では免疫病理学的方 法による検査が行なわれる.病理所見の診断,分 類法は,施設により種々基準が用いられているが, いずれも,リンパ球の浸潤の範囲,密度,好中球 の浸潤や出血の有無,等の所見により判断され, スタンフォード大学の分類では,mild, moderate, severeの3段階に分けられる. Mild rejection:血管周囲のピロニン好性の単 核細胞の浸潤.心筋壊死は余り見られない. Moderate rejection:mildより増加した血管周 囲および間質内の主として単核細胞の浸潤.サイ クロスポリン治療下では好酸球が出現する場合も ある.心筋壊死は細胞浸潤の激しい部位に見られ ることが多い. Severe rejection:好中球,好酸球を含む細胞浸 潤の増加.間質内出血,浮腫,心筋壊死などを認 める. 拒絶反応を治療した場合の治療効果判定も心筋 生検によって行ない,回復していればresolving, resolvedと診断される. 心筋生検は,移植後3ヵ月以内は原則として毎 週行なわれるが,これ以外にも,心機能の障害が 見られた場合,原因不明の発熱,不快感などが現 れた場合は,直ちに行なわれる. 移植後のサイクロスポリンによる慢性腎不全, 高血圧症などが重篤になり,サイクロスポリンを 中止しなけれぽならない場合がある.サイクロス ポリン中止後は,拒絶反応の進行は早く,病理所 見も異なるため,その診断には注意が必要である. サイクロスポリン使用時にぱ指標とならなかった 臨床所見,心電図所見などが重要な診断法となり, 病理所見で拒絶反応の診断がなされたら,その程 度にかかわらず直ちに治療が必要となる. 〈悪性腫瘍〉 一般に臓器移植後の免疫抑制剤を投与された患 者群は,悪性腫瘍の合併率が高いが,サイクロス ポリンやATGなどの免疫抑制剤の投与量の減少 と共にその頻度は次第に低下して,心移植後の死 因の1%程度になった.腫瘍の種類としては,リ ンフォーマ,皮膚癌,肺癌,直腸の腺癌,急性骨 髄性白血病等で,リソフォーマはEBウイルス感 染との関連が報告されている.腫瘍に対する治療 は通常の場合と同様であるが,免疫抑制剤は減量, 変更などの処置が取られる. 〈肺塞栓症〉 国際心臓移植学会の集計では,移植後の死因の 約2%を占めているが,もともとこの疾患は欧米 で多く日本で極めて少ないものである,従って, 日本で心移植が行なわれた場合,この合併症がど んな意味をもつかは不明である. 〈冠動脈硬化症〉 冠動脈硬化症は,移植後期の死亡の最大の原囚 の一つであり,長期生存者にとって最大の脅威と なっている.この原因は詳しくわかっていないが, 9

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細胞性,抗体性の血管内皮の傷害により.,血小板 が凝集,付着して,冠動脈の狭窄,閉塞を来たす と考えられている.サイクロスポリンが心移植の 免疫抑制に使用される以前と以後の2群を比較す ると,サイクロスポリン使用群の方が高率に冠動 脈硬化症を発症しており,これはサイクロスポリ ンの毒性によるもの,プレドニゾン使用量が減少 したことによるものなどいくつかの理由が考えら れているが,詳細はわかっていない, 移植心ぱ神経支配を喪失しているため,冠動脈 狭窄が起こっても狭心痛はない.このため症状は 初期にはなく,無痛性心筋梗塞が起こって心不全 の影響が,運動能の低下,不快感,不整脈,体重 減少などの形で現れる.不整脈や広範囲の心筋梗 塞による突然死も珍しくない. このため定期的に心電図,心エコー,心筋シン チスキャン,毎年1回から2回の冠動脈造影など の検査を行ない,重篤な状態に陥る前に診断する ことが重要である.冠動脈造影の所一見はdiffuse, concentricな3枝病変が多く,しぼしば冠動脈造 影によっても発見されない場合がある,治療とし ては再移植が唯一のものである.このため予防が 極めて重要であり,この合併症を予防するため, 運動とカロリー制限,脂肪摂取制限などの食:事療 法による標準体重の維持,血中コレステロール, 中性脂肪の正常範囲内の維持,禁煙,予防的薬剤 の投与などが行なわれているが,冠動脈硬化症は 心移植後の長期生存患者の死因の大ぎな部分を占 めている. 文 献

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参照

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