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しがだい
霊 仙 山
このコーナーで霊
りょう
仙
ぜん
山
ざん
をとりあげると、近江の「散歩」ではなく近江の「登山」になってしまうかもしれないが、私に
とって霊仙山は散歩するように気軽に山歩きを楽しむことができる場所なので、ここで紹介させていただくことにす
る。
霊仙山は鈴鹿山脈の最北端に位置し、最高点は1098m。彦根キャンパスからだと、車で多賀町方面へ芹川上流に向
かって30分も走れば、「今
いま
畑
はた
」の登山口に着く(その他にも登山口はいくつかあるが、大学からはここが一番近くて便
利)。現在は廃村になっている今畑集落を通り過ぎ、曲がりくねった昔の杣
そま
道
みち
を登り、3
ぶな
林を抜けると、「笹峠」に至
る。笹藪を掻き分けてしばらく進めば、霊仙山の西南尾根が眼前に聳える。そこからは急登となるが、春の季節には、
あたり一面が山野草の美しい花々で埋まり、天上の楽園の気分を味わうことができる。最初のピーク(「南霊仙山」あ
るいは「近江展望台」と呼ばれている)まで登ると、そこからは琵琶湖や湖東平野が一望のもとに見渡され、鈴鹿の山
並み、湖の向こう側に屏風のように立つ比良の山々、湖北や福井の山々が遠望でき、ときには雪を被った白山が眺め
られることもある。
霊仙山の頂きは、平坦な尾根道が長々と続く。この山は、伊吹山と同様、ほとんどが石灰岩で出きており、浸食さ
れて尖った岩があちこちに露出していて、いささか歩きにくい。だが、尾根筋を隙間なく飾る花々と雄大な眺望のお
かげで、幸福感と爽快感に満たされたまま、約一時間、素晴らしい尾根歩きを堪能することができる。
1098mの最高点、そして三角点のある本峰の付近には、かつて「霊仙
寺」という大寺院の伽藍が建っていたという言い伝えがある。本峰から
少し離れたところにある「 経
きょう
塚
づか
山」には、その寺院にあった経典が埋め
られているとも言われている。
下りは、まず笹原の中の道を抜け、鳥居の立つ「お虎ケ池」の脇を通
り、「汗ふき峠」を経て、「大洞谷」に降り、登山口に戻る。これで、五
時間ほどの、少しばかり規模の大きな散歩が終了する。
霊仙山は数多くの種類の花が見られるので人気の山となっている。
早春には、好石灰岩植物のフクジュソウが群落をつくり、登山道を明
るく黄金色に輝かせる。春のあいだは、ほかにヒトリシズカ、イチリンソウ、キクザキイチゲの可憐な純白の花が咲
き競い、赤いボケ、紫のヤマエンゴサク、青のハルリンドウとともに極彩色の花園を造りだす。幸運に恵まれれば、
<山の貴婦人>とも言うべき貴重なヤマシャクヤクの花とも出遭える。また初秋には、濃い青紫色のイブキトリカブ
トの大群落が広がり、淡い緑白色のテンニンソウと鮮やかなコントラストをなす。
春と秋の休日、朝起きて快晴を確認すると、私はいそいそと山登りの支度をして、登山口まで車を飛ばす。霊仙山
は私にとって思い立ったら気軽に出かけられる大変近しい山であり、このうえなく贅沢で心地よい近江「散歩」コース
なのである。
金 子 孝 吉(経済学部教授)
【表紙解説】 『近江名所図会』から −勢田橋について−
もっぱら「瀬田の唐橋」の名で親しまれているこの橋は、近江と京都、ひいては東日本と畿内とを結ぶ橋として、歴
史上重要な役割を演じてきました。藤原秀郷(俵藤太)が琵琶湖の龍神に頼まれて大ムカデを退治したという伝説の
舞台としても知られ、近江名所図会の図中に見える「俵藤太祠」と「龍神祠」はこの伝説にちなむものです。また、
近江八景のひとつ「瀬田の夕照」の絶景も、この橋抜きには考えられないでしょう。勢田橋は何度も架け替えられま
したが、文化一二年(1815)の架け替えは、日野の豪商・中井家の分家である中井正治右衛門が幕府に3000両を
寄附して、一手で行ったものです。この事業は、近江商人による社会貢献の一例として注目されます。
青柳 周一(経済学部附属史料館助教授)
霊仙山(鍋尻山からの眺め)
近江の散歩
フクジュソウ