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日本の心理学の発展にとって文化歴史理論、活動理論及び批判心理学の意義

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日本の心理学の発展にとって

文化歴史理論、活動理論及び批判心理学の意義

Die Bedeutung der Kulturhistorichen Psychologie, Tätigkeitstheorie und

Kritische Psychologie für Entwicklung der japanisches Psychologie.

百合草 禎 二

YURIKUSA Teiji

はじめに  1970 年代に新しい心理学が台頭した。その前兆は、すでに 50 年代に訪れていた。その一つは心理学 における「第三の波」と言われていた「人間性心理学」である。人間性心理学は、実存主義・現象学な どの哲学的な人間観を基礎に、当時世界の心理学界を席捲していた心理学、つまり行動主義心理学であ り、精神分析的心理学の人間理解を批判し、主体的な心理学を志向した。カール・ロジャーズによって 高らかに宣言された『独立宣言』には「心理学のみならず、いろいろな分野にみられる力強いこの現象 学的- 実存主義的動向を理解しようとしてみた結果、私の判断では、それは新しい哲学的強調点を示し ているように思う。ここには、自分自身のための大声でさけんでいる主体的人間の声が聞かれるのであ る。長い間、人間は人生において人形に過ぎないと感じてきた。―経済的力や、無意識の力、環境の力 によって形成されるものであると感じてきた。彼は人間や制度や心理学的理論の奴隷にされてきた。し かし彼は今や断固として新しい独立宣言を公にしている。・・人間は、この非常に困難な、しかもしば しば悲劇的な世界の中で、自分自身になるよう努力すること―人形ではなく、奴隷でもなくまた機械で もなく独自の自己自身になること―を望んでいるのである」(1)と心理学へ人間性の復権が宣言されてい る。  また戦後には、人間性心理学の潮流だけでなく、その他にも心理学のあり方への批判的な潮流が台頭 していた。彼らが主に主張しようとしたことは既存の「主流派心理学」に潜む受動的人間観、主体なき 人間観への疑問であった。そのような批判勢力として、ブルーナーの「ニュールック・サイコロジー」(2) や「動機づけの再考」を提案したホワイトの見解(3)などを挙げるだけで十分であろう。  このように既存の心理学、特に主流派の心理学に対する批判は、様々な角度からなされてきている。 しかしその後、これらの心理学によってしてもなされなかった視点から批判し、再考するという心理学 が台頭した。それがドイツ批判心理学(Kritische Psychologie in Deutchland)である。ドイツ批判心理学は、 1975 年に“Kritische Psychologie”(1978 年から “Forum Kritische Psychologie” と改題)が創刊され、1977 年に第一回国際批判心理学会が開催される。本稿では、ドイツ批判心理学の理論的・方法論的基礎に影

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- 40 - 響を与えたであろうと考えられる文化歴史理論(文化歴史学派)、活動理論の見解を取りあげ、現代心 理学の再考にあたって意義を考察したい。 2、文化歴史理論、活動理論及びドイツ批判心理学  ドイツ批判心理学は、先に述べたようにドイツの自由ベルリン大学心理学研究所において誕生した。 その理論的方法論的基礎となっている文化歴史理論と活動理論は、旧ソビエト心理学、特にモスクワ大 学心理学研究所における研究集団によって構築された理論である。これら三つの理論は、大きな赤い糸 で結ばれていた。それらを明らかにしよう。 2.1. 文化歴史理論(文化歴史学派)  文化歴史理論、あるいは文化歴史学派というのは、旧ソビエト心理学にあった四大学派(科学アカデ ミー心理学研究所を拠点とし、“人格的アプローチ”のルビンシュテイン学派、グルジア共和国を中心 に“構え理論”を発展させたウズナッゼ学派、レーニングラード大学を拠点としている“人間学的アプ ローチ”のアナニエフ学派、そして文化=歴史学派)のうちの一つであり、旧ソビエト心理学の創設・ 発展において中核的な指導的役割を果したし、現在もなおモスクワ大学を拠点に活躍している研究グ ループであり、エリ・エス・ヴィゴツキー(Л.C.Выготский 1896 ~ 1934)を代表に、ア・エル・ルリ ア(А.Р.Лу́рия 1902 ~ 1977)、ア・エヌ・レオンチエフ(A.H.Лео́нтьев 1904 ~ 1979)のいわゆる“ト ロイカ”体制によって 1925 年に結成された。このトロイカ体制は、いかに可能となったのか?  ア・エヌ・レオンチェフは、モスクワ大学の心理学研究所の初級研究員であり、ア・エル・ルリアは、 カザン大学出身で当時カザンにあった精神分析学会の学術書記から、モスクワに 1923 年に移籍してい る。モスクワに精神分析学会の設立のためにカザンからモスクワに移り住んだ(4)。さらに 1924 年の秋に、 エリ・エス・ヴィゴツキーは、ゴメリ市からモスクワ大学心理学研究所のコロニロフの招聘でモスクワ に移った。ヴィゴツキーが招聘される背景には、その年にレーニングラードで開催された「第二回精神 神経学会議」でのヴィゴツキーの発表(エリ・エス・ヴィゴツキー「反射学的研究と心理学的研究の方 法」1924)がきっかけとなった。その会議で、ヴィゴツキーは、当時、流行の客観的心理学の流れに抗 して、「意識がキー概念として心理学に留どまるべきであるという立場を防衛した。しかも客観的方法 によって研究されねばならないと議論した」という。コロニロフは、主観的なものと客観的なもとの統 一の下で研究すべきとして「反応学」(Peaĸтология)を構想していたので、それが評価に繋がったので あろう。ア・エル・ルリアは、自らの回想録の中で「ヴィゴツキーは、自分の見解の正しさを総ての人 に確信させるには失敗したけれども、西ロシアある小さな地方の町から来たこの男が、聴かせるだけの 知的能力の持ち主であることは明らかであった」。そして「ヴィゴツキーは、モスクワの新しく組織さ れた心理学研究所の若いスタッフの仲間となるようにと勧められた。その年の秋に、研究所に到着し、 共同研究が始まり、その十年後彼の死が訪れるまで続いた」(5)と述べている。  文化歴史学派の基本的な考え方は、ヴィゴツキーの「子どもの文化的発達の問題」(1928)(6)が奔りで、 1927-28 年にかけて開催された「第一回児童学大会」において、ヴィゴツキーは「児童学における道具 主義的方法」(7)を、ルリアは「道具主義的- 心理学的研究の方法について」(8)を前後して発表している。 そして、この構想は『高次精神機能の発達史』(1930-31)(9)としてまとめられている。また「道具主義

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的方法」(1930)(10)では、この文化歴史的な思想が簡潔に表現されている。またヴィゴツキーの見解に 依拠した具体的な研究としてア・エル・ルリアの『認識過程の史的発達について』(1931~1932)(11) あるし、同じくア・エヌ・レオンチエフの『記憶の発達』(1928~1930)(12)がある。しかし先のルリア の研究は、数奇な歴史を経ている。  文化歴史学派の基本的な考え方は、「道具主義的方法」と呼ばれているが、一般的には「二重刺激の 機能的方法」(функциональный метод двойной стумуляйии)と称されている。「二重刺激法」というのは、 ヴィゴツキーによれば、「心理学における自然科学的な方法によって提起されてきた刺激―反応(刺激 物―反射)という一般的な関係の内部に、道具主義的方法は、行動と外的現象との間に存在する二重の 関係を区別する。すなわち、ある場合には外的現象(刺激)は、個人の前にたてられたあれこれの課題 を解決する行動作用(なにかを記銘したり、比較したり、選択したり、評価したり、秤量したりするこ と)がそれに向けられるところの客体の役割を果たし、また別の場合には、われわれがその助けをかり て、課題の解決に必要な心理的操作(記銘、比較、選択、等々)を方向づけたり実現したりするところ の手段の役割を果たすのである。」、またそれは「子どものあらゆる自然的諸機能がある教育階梯におい てどのように再構成されていくのかを明らかにするという目標を立て、自然的発達と教育の過程を単一 の合金として研究する」という「歴史的―発生論的方法」でもある(13)  さて、文化歴史学派と活動理論との橋渡し的研究グループとして、ハリコフ学派の研究活動を押さえ ておかなくてはならない。ア・ア・レオンチエフによると、ハリコフ学派は、1931 年から 1940 年に、 政治だけでなく、学問の世界にもスターリン主義化が拡がる頃、運良くとでも言えるかのように、丁度、 研究拠点がウクライナ共和国へと移ることから始まった。  31 年にウクライナ精神神経研究所、32 年には、全ウクライナ精神神経アカデミー内部に心理学部門 の設置に伴い、そこの指導者として招聘されたからである。ルリアは部門の主任となり、レオンチェフ が児童発生的心理学の部長であった。ルリアはすぐにモスクワに戻るが、ボショビッチ(Л.И.Божович) とザポロジェツ(А.В.Запорожец)が移り、ヴィゴツキーは、時々行き、移らなかったとのことである。 レオンチェフ・ザポロジェツ・ボショビッチ・ガリペリン(П.Я.Гальперин)のグループが成立し、同 時にハリコフ教育大学心理学部と教育科学研究所をベースにジンチェンコ(В.П.Зинченко)・ルコフ (Г.Д.Луков)・アスニン(В.И.Аснин)などの院生が誕生した。  ここで簡単にハリコフ学派の歴史を概観することにしたい。当初、ハリコフ学派は、30 年代初頭に、 ヴィゴツキーが興味をもった問題に集中したという「実践的活動と意識」の関係であった。ヴィゴツキー は、「30 年から 31 年の選択は、二者択一でなく、心理学研究運動の必然的な路線であった。~か~か でなく、絶対に~と~とであった」と述べている(これは、ヴィゴツキーとハリコフ学派との継承性を 主張するア・ア・レオンチェフからの引用である)。ハリコフ学派の発展は、ア・ア・レオンチエフに よると、四期にわけられている(14) 第一期(1932-1933)  この期は、《像と過程》の関係が検討された。この期の結果は、第一に、「転回」(Перенос)において、 意義と一般化が明らかにされただけでなく、形成もされるということ、「転回」は、一般化(ヴィゴツキー) の適切な方法であるだけでなく、一般化の過程そのものであると言う命題である。その際、コミュニケー ションは、「転回」の部分的な条件である。第二に、二つの異なる「転回」という状態は、それは、異

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- 42 - なる水準の一般化であると考えられている。この期における、主な具体的な研究は、以下の通りである。  ・「言語と実際的知能との相互関係」(エリ・イ・ボショビッチ)  ・「就学前児の推論的思考と意義の発達」(ア・ベ・ザポロジェッツ)  ・「学習過程における概念の習得」(ア・エヌ・レオンチェフ) 第二期(1934-1935)  この期の目的は、研究されるべき諸過程を《外へ》持ち出し、これを外的活動という形で徹底的に研 究する。ここから対象としての道具(社会的に仕上げられたやり方が結晶化されている)の問題が生ま れる。その際に、手段(《自然的心理学》に従属される)と道具とは違うと考えられている。  この期の結果は、「道具の獲得は、意義の獲得と同様に、過程・操作の獲得を意味している。これが コミュニケーションにおいて行われようと、《発明品》において行われようとどうでもいいことである」 (ア・エヌ・レオンチェフ)。  「操作」は、以下のように規定される。第一に、対象の客観的な特性。第二に、対象がどのように現 れるか、人間との関係、全体としての過程に依存している。従って、この<過程こそ、生活である>と される。具体的な研究として、ペー・ヤー・ガリペリンの実験、ペー・イ・ジンチェンコとベ・イ・ア スニンの研究、ア・ベ・ザポロジェッツとエリ・イ・ボショビッチの研究がある。 第三期(1935-1936)  この期の基本的な考えは、「意識の形態学への鍵は、活動の形態学にある」という命題である。ベ・イ・ アスニン、ティ・オ・ギネフスキー、ベ・ベ・ミスチューク、カー・イェー・ホメンコの研究が挙げら れている。ゲー・デー・ルコフの研究では、遊び過程において自覚化を素材にして理論的活動と実際的 活動の相互関係の実験、ベー・イ・アスニンの研究では、全体としての活動構造という考えが生まれた、 つまり課題解決の効果が、目的、動機、あらゆる活動の性格に依存するという考えである。    第四期(1936-1940)  この期の出発点は、「あらゆる内的諸過程は、外的活動をモデルに組み立てられ、それと同一の構造 をもっている」である。具体的な研究は、ペー・イ・ジンチェンコの非随意的記憶の研究(行為として の記憶)、ア・ベ・ザポロジェッツの行為としての知覚、ゲー・デー・ルコフの遊びについての研究(意 味と意義の実験的《分離》)などが挙げられている。  ア・ア・レオンチェフは、この期のハリコフ学派が行った研究を纏めるにあたって、エス・エル・ル ビンシュテインの見解(『一般心理学の基礎』)を援用している。  「これらの研究によって確立されたのは、知的諸行為が発達の最も早い段階で人間に特有な性格をもっ ているということである。このことは次の事実から確認される。子どもは、生まれた最初の日から、人 間的な対象 ― 人間的労働の産物であるような諸対象 ― に囲まれている、そして何よりもまず、 実際に、これら対象との人間的関係、つまりこれらの対象と人間的にどう行うかの方法を獲得する。・・・ 子どもの人間に固有な実際的行為の発達の基礎は、まず第一に、次の事実にある。子どもは、他の人々 との実際的な交通(コミュニケーション)に参加する。その助けで、子どもは自分の欲求を充足するこ

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とができる」(288、317-318 頁)(15)と。  このように、ハリコフ学派の研究は、ヴィゴツキーの問題点を克服しようとして、対象的活動と心理 過程との関係を明らかにする方向で研究がなされたと言ってもいいだろう。  ハリコフでの研究活動にヴィゴツキー、ルリア、レオンチエフらが関わっていたことは事実であるが、 ア・ア・レオンチエフによれば、ヴィゴツキーの記号媒介論から、記号の背後にある生活、あるいは活 動を一次的なものとみなし、記号を二次的派生物としてみなし、主体と生活との関係を重視する方向へ と転換されたといわれている。正に文化歴史理論から活動理論への移行が勧められたのである。またこ の時期の研究活動が、十分に紹介されなかったため、後のヴィゴツキーの思想の継承性の問題へと発展 したと考えられる。 2.2. 活動理論(「対象的活動理論」「文化歴史的活動理論」)  活動理論は、幾つかの異なる流れの集約として旧ソビエト心理学の遺産として今日でも発展させられ ている。活動理論の成立においてヴィゴツキーの役割を主張する見解もあるが、ヴィゴツキーを活動理 論の系譜の中に位置づけるのは、誤りであるとする見解も存在している(主に中村和夫)。筆者も、ヴィ ゴツキーは、活動理論家ではないとする立場をとっている。  旧ソ連邦における活動理論の嚆矢は誰か?あるいは活動理論を心理学の問題として俎上に挙げたのは 誰か?恐らく、エス・エリ・ルビンシュテイン(Рубинштейн,С.Л.)であると言っても過言ではない。 今日では、活動理論においてルビンシュテインの名前は、ほとんど触れられないけれども、やはり 1934 年に彼によって書かれた「カール・マルクスの諸労作における心理学の諸問題」は、心理学にお いて活動概念が浮上する上での重要な基礎テキストとして位置づけられるべきであろう。この論文の中 で、ルビンシュテインは、20 年代後半にあった心理学の方法論的危機(様々な心理学理論の乱立による) をどう克服すべきかという課題を提起し、心理学にある《方法論上の危機》を克服しうるのは、ビュー ラーのような分裂した諸心理学の折衷的統一(16)によってでなく、諸心理学の基礎にある諸概念(意識 や行動など)の書き直し、方法論の唯物弁証法による再構築によってであると主張した。つまり「活動 と意識の統一」という命題によってこの危機の克服を図ろうとした。また「心理は活動の中で形成され る」というソビエト心理学の公認された一般命題となった。  活動理論の考え方には、様々な見解があり、ここでは紙幅の関係で詳細は省くが、少なくとも心理学 に「活動」概念を導入すべきであるという主張には、ソビエト心理学においては公認された見解となる と同時に、従来の心理学にある社会との隔絶を批判し、人間が生きている生活世界、正に資本主義社会 の中で生きていくという営為の心理学的意味を問う点は共有されている。  特に、世界で受け入れられている見解を述べれば、ユーリョ・エンゲストローム(Yrjö Engeström)(17) の見解を挙げることができる。彼によれば、今日の活動理論を三つの世代に分けて発展を記述している。  第一世代は、エリ・エス・ヴィゴツキーの文化歴史学派が提起するA-X-B モデルに代表されるように、 心理学的道具、記号による媒介理論であるという(心理学研究における道具主義的方法、二重刺激法な ど)。私見では、この考えは必ずしも活動理論として位置づけることはできないのではないかと考えるが、 ここでは問わない(18)。この第一世代の活動理論は、個人の活動が議論の焦点化されている点が問題と している。

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- 44 -  第二世代は、ア・エヌ・レオンチエフを中心とする活動理論で、ヴィゴツキーの個人に限局された理 解を集団レベルまで拡張した点に意義があると述べ、しかしこの第二世代の活動理論の限界は、文化的 多様性について考察が至らなかったと批判する。この事は、私見では、レオンチエフの理論が、文化歴 史的アプローチと言いながら、そこには近代化論・文明論的な史的一元論を構想しているところから来 ているし、また人間活動のモデルが労働モデルを基礎にしていることから来ているのでないだろうか。  さて、これを乗り越える第三世代の活動理論は、エンゲストローム自身が構想してきている立場で、「対 話、多様なものの見方の枠組みや声、そして相互作用する活動システムのネットワークを理解できる概 念的ツールの開発」(19)であるとしている。  第一世代の意義は、道具主義的方法の提案にある。労働を媒介している技術的道具のアナロジーして、 心理学的道具(記号)を導入し、自然過程を文化的なものへと変換していく所にある。  第二世代の意義は、人間の労働をモデルにして構築して、人間の活動の構造を構想した点にある。こ れは当時の労働生産の向上という課題に応えるという時代的背景があるが、人間の活動構造を活動―行 為―操作、それぞれに対応する形で動機―目的―遂行条件を想定して、人間の活動を全体としてみる視 点を提供した。  第三世代の意義は、「発展的労働研究」に基づき、それまでの活動理論が個人の活動に焦点を当てて いる点を批判し 、 共同的活動へと拡張することが必要だとして、マルクスの『経済批判要綱』にある「消 費と生産」の弁証法的把握にヒントを得て、共同的活動構造モデルを提案した(20)  以下、活動モデルを図示する。 2.3. ドイツ批判心理学  ドイツ批判心理学は、すでに述べたように 70 年代にベルリンにある自由大学において結成された心 理学研究集団である。この研究活動の公開は、『フォーラム批判心理学』を中心に、様々なシリーズも の と し て 公 開 さ れ て き て い る。 こ の 研 究 グ ル ー プ の 主 唱 者 は、 ク ラ ウ ス・ ホ ル ツ カ ン プ(Klaus Holzkamp 1927-1995)であり、彼を中心に、ウテ・ホルツカンプ・オスターカンプ(Ute Holzkamp-Osterkamp)、フォルカー・シューリッヒ(Volker Schurig)、イルミンガード・ストーブル(Irmingard Staeuble)、ギゼラ・ウールマン(Gisela Ulmann)、フリガ・フォウグ(Frigga Haug)、ライナー・ザイデ ル(Rainer Seidel)、カールーハインツ・ブラウン(Karl-Heinz Braun)らを中心に研究活動が展開され ている(21)。その後、今日に至るまで研究集団を支えているのは、モーグス・マルカート(Morus Markard)やヴォルフガング・マイヤー(Wolfgang Maiers)である(22)  ドイツ批判心理学の定義は、1977 年にマールブルクで開催された『第一回批判心理学国際会議』の

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ドイツ批判心理学

ドイツ批判心理学は、すでに述べたように  年代にベルリンにある自由大学

において結成された心理学研究集団である。この研究活動の公開は、

『フォーラ

ム批判心理学』を中心に、様々なシリーズものとして公開されてきている。こ

の研究グループの主唱者は、クラウス・ホルツカンプ(.ODXV+RO]NDPS)

で あ り 、 彼 を 中 心 に 、 ウ テ ・ ホ ル ツ カ ン プ ・ オ ス タ ー カ ン プ ( 8WH

+RO]NDPS2VWHUNDPS)

、フォルカー・シューリッヒ(

Volker Schurig)、イリミン

ガード・ストーブル(,UPLQJDUG6WDHXEOH)

、ギゼラ・ウールマン(*LVHOD8OPDQQ)

フリガ・フォウグ()ULJJD+DXJ)、ライナー・ザイデル(5DLQHU6HLGHO)、カ

ールーハインツ・ブラウン(.DUO+HLQ]%UDXQ)らを中心に研究活動が展開さ

れている()

。その後、今日に至るまで研究集団を支えているのは、モーグス・

マルカート(0RUXV0DUNDUG)やヴォルフガング・マイヤー(

Wolfgang Maiers)

である()

。

ドイツ批判心理学の定義は、 年にマールブルクで開催された『第一回批

判心理学国際会議』の報告集では、

「批判心理学は、西ベルリンにある自由大学

の心理学研究所における唯物論的心理学研究と実践のユニークな構想として生

成した」と規定され()

、また「ソビエト心理学の“文化歴史学派”の決定的

衝撃に負っている」

()と表明している。そしてこうした運動が「民主主義運

動の一環」としても位置づけられている()

。

批判心理学は、時代的にはフランクフルト学派の影響下にあるようにも見える

が、決してそうではなく、独自な批判運動である。そのため、彼らは大文字の .

(つまり .ULWLVFKH3V\FKRORJLH)と小文字の N(NULWLVFKH3V\FKRORJLH)と

に表記分けをして、大文字の . が«ドイツ批判心理学»であり、他方、フランク

フルト学派の影響を受けているグループを指す場合は、

小文字の N としている。

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報告集では、「批判心理学は、西ベルリンにある自由大学の心理学研究所における唯物論的心理学研究 と実践のユニークな構想として生成した」と規定され(23)、また「ソビエト心理学の“文化歴史学派” の決定的衝撃に負っている」(24)と表明している。そしてこうした運動が「民主主義運動の一環」として も位置づけられている(25)  批判心理学は、時代的にはフランクフルト学派の影響下にあるようにも見えるが、決してそうではな く、独自な批判運動である。そのため、彼らは大文字のK(つまり Kritische Psychologie)と小文字の k (kritische Psychologie)とに表記分けをして、大文字の K が《ドイツ批判心理学》であり、他方、フラ ンクフルト学派の影響を受けているグループを指す場合は、小文字のk としている。これは押さえて おきたい観点である。これは、恐らく、英米の心理学界における批判心理学に対しても言えそうである。 つまり彼の批判心理学は、Critical Psychology と呼び、Kritische Psychologie とは分けた方が、誤解を生 起させないであろう。  さて、批判心理学は、クラウス・ホルツカンプの存在なしに成立しなかった。  クラウス・ホルツカンプは、1949 年にベルリン自由大学の心理学研究所で研究活動を始めた。彼の 業績から判断すれば、批判心理学を主唱する以前は、生粋の実験社会心理学系の研究者で主流派である ことは明らかである。例えば、「社会的距離について」(1962)、「心理学における理論と実験、基礎批判 的研究」(1964)、「見えの大きさとみえの距離の間にある関係の問題について」(1966)のような研究が ある。従って、1972 年に書かれた『批判心理学:準備労作』は、主流派からの決別書とでも言える書 である(26)  この著書は、5つの論文とその総括論文からなっている。「実践にとっての心理学的研究の意義の問題」 (1970)、「一般心理学の隠された人類学的前提」(1969)、「批判的―解放的心理学の科学理論的前提」 (1970)、「協約主義と構成主義」(1971)、「盲目的批判主義としての《批判的合理主義》」(1971)、そし て「心理学的研究の社会的意義と科学的認識内容との間にある関係」(1972)の6論文である。彼がもっ とも重要な論文として位置づけているのが、心理学研究所の歴史とそれまでの論文の批判的検討を行っ ている総括論文である。この論文を通して、批判心理学誕生の契機とホルツカンプ自身の葛藤の内的過 程が明らかになった。  ここで批判心理学の発展の歴史を簡単に概観したい。すでに明らかのように、批判心理学は、70 年 代初頭に西ドイツ自由ベルリン大学にある心理学研究所を拠点に誕生し、発展した。研究活動は、「国 際批判心理学学会」(Internationalen Kritische Psychologie)、「国際自由大学・批判心理学」(Internationalen Ferienuniversität Kritische Psychologie)などとして不定期に開催さ、「フォーラム批判心理学」(Forum Kritische Psychologie)が研究誌として刊行されている。  「国際批判心理学会」は、1997 年に第四回が「認識と党派性」として開催され、「国際自由大学―批 判心理学」が、2010 年に第七回目が開催されている。第一回国際批判心理学会には 3000 人の参加者が 内外からあったとのことである。当時のドイツ心理学界にあって批判心理学への期待が伺えられる。し かしドイツ批判心理学も、クラウス・ホルツカンプの亡き後、牙城としていたベルリン自由大学心理学 研究所の閉鎖でもって、停滞を余儀なくされたという(27)。しかしその後も今日のドイツ批判心理学の 後継者であるマルカートらによって継承されている(28)  批判心理学の基本的な考え方について触れておきたい。  クラウス・ホルツカンプによれば、「批判心理学の基本概念」(1985)と題する論文(29)の中で五つの

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- 46 - 点を議論している。第一に、《社会》の理解、第二に、《行為能力》の概念、第三に、《心理的なもの》、《情 動》あるいは《動機づけ》の問題、第四に、《行為能力の制限された選択》ということ 、第五に、《障 害や葛藤の心理学化・人格化》の問題である。この中で最も重要な概念、つまり他の心理学との違いは、 《社会》(抽象的な社会でなく、この資本主義社会)との関係ではないだろうか。一般的に、心理学者に 問えば、社会と全く無関係と言い切る人はあまりいないであろう。社会あっての個人だからだ。しかし 伝統的心理学にとって、社会は、「独立変数」として登場し、個人は「従属変数」として扱われる。従っ て、その場合、階層とか、社会経済的な階層として見なされ、それがどのように個人の行動等に影響を 与えるのかという問題提起をすることになる。他方、「個人は社会関係の総体である」と考える人たちも、 個人は、社会の諸条件によって規定されると考える。しかし問題は、この生活諸条件や生活手段そのも のが「生産される」ということを考えるべきだというのがホルツカンプの理解である。ホルツカンプは、 「人間は、社会的諸条件のもとにあるけれども、この社会的諸条件も創造されるという二重関係から心 理的なもの、あるいは主体性を発展させること」が批判心理学の課題であると述べている。次に、これ また重要で中核的な《行為能力》(Handlungsfähigkeit)というカテゴリーについては、「《行為能力》は、 決して個人的な可能性ではなく、個人的な生活活動と社会的な生活活動の間の媒介である」と述べ、「媒 介概念」として捉える。《行為能力》のもとで理解される能力は、私のその時々の個人的に重要な生活 諸条件を思うままにできることとの兼ね合いで得る能力の事である。「我々が発展させ、我々の研究で 基礎づけようと試みている中心的な心理学的な根本概念は、行為能力の種類や程度と主体の精神状態の 質との間の連関である」として、「私の行為可能性が、私の行為可能性の制限であるのと同じように、 私の精神状態が私の行為能力の程度や種類の主体的局面である」としている。  最後に、《主体》ということについて考えてみよう。《ドイツ批判心理学》が、伝統的心理学、あるい は主流派に心理学、はっきり言えば実験心理学的心理学、あるいは量的心理学への批判として登場して、 今日はっきり《主体科学としての心理学》と自らの心理学を同定した。彼らの言う《主体性》(Subjektivität) とは何か、1984 年に発表されたホルツカンプの論文「自己経験と科学的客観性 ― 止揚しえない矛 盾か ―」(30)にその解答はある。彼は、心理学の中に主体を取り入れるべきだという主張と科学的客観 性を得るために「主体否認」を行わなくてはならないとする主張との対立をどのように止揚すべきか? と言う問いから始める。一般的に実験―統計的な研究図式においては、主体は妨害条件として扱われる。 例えば、エビングハウスの「記憶」の実験での記憶材料である「無意味綴り」を考えれば分かりやすい。 無意味綴りを考案することで記憶材料の「中性化」あるいは被験者の主体的関わりを排除しようとした。 結局、生態学的記憶論のバートレットによって批判される結果となったが、長いこと実験的心理学のモ デルとされた。  ホルツカンプが、心理学として本来課題とすべきことは、「主体科学的な認識関心は、個人の存在諸 条件を自己の裁量によって処理することを拡大していくこと、つまり主体的な生活の質を高めることに、 彼の利害関心の普遍化された形式があることを証明することである。」であり、それ故、「主体科学的な 理論と手続きは、人間に“ついて”の理論と手続きではなく、人間の“ための”理論と手続きである。」 と批判心理学の立場を主張している。

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3、三つの心理学が現代の心理学に問いかけるもの  以上、三つの心理学理論を紹介してきた。これらの理論が問いかけるものは何か?最後に、考えてみ たい。これらの心理学理論によって提起された事は、様々あるが、中核としては、一つには「文化」の 問題、第二に「人間の活動」の問題、第三に、「人間の主体」の問題である。  第一の「文化」の問題。高次の精神機能の発生 ・ 発展を考えれば、文化的なものは、心理と引き離し がたく結ばれている。ヴィゴツキーが主張した文化媒介論の評価はここにある。しかし文化は、ヴィゴ ツキー的に言えば「記号」へと還元され、最近では、「アーティファックト(人工物)」概念で論じられ ている。文化媒介論は、内在的な媒介で留まっていて、いいのであろうかと筆者は疑問に感じている。 文化でもつて考えるべきことは、立場は違うが、敢えてナイサーの発言に注目している。ナイサーは、『認 識と現実』(翻訳『認知の構図』)の中で、心理学は、人間についての学問であるという前提のもと、故 に、人間性に関する基本的問題を避けて通れないとそして、「もし認知心理学がこのモデルにあくまで 我が身をしばりつけるならば、おそらく前途に困難が予想されよう。生態学的妥当性を欠いた、文化に 注意をはらわない、さらに、日常生活の中で起こっている知覚や記憶のある種の重要な特徴を見過ごし てすらいるような心理学は、狭くて、興味のない特殊な分野となってしまう可能性がある。」と指摘し、 さらに「第一に、認知心理学は、日常の環境内および自然の目的的な活動の文脈の中で起こっているも のとして、認知を理解するようにもっと努力しなければならない。これは実験室内の実験を打ち切ると いうことを言っているのではなく、容易に操作しやすい変数より、むしろ生態学的に重要な変数につい て研究に専念すべきだということを意味している。第二に、知覚し、思考する人々が現に住んでいる世 界の細部、そして、その世界が人々に役立つような情報の微細な構造にもっと注意を払うことが必要で あろう。われわれは心についての仮説的モデルにあまりにも多くの努力を向けてきている一方、心がう まく適応してきた環境についての分析に関しては十分ではない。第三に、心理学は、人々が実際に獲得 することが可能な認知的技能の巧みさとその複雑さ、及び、このような技能が組織的に発達していくと いう事実をともかくも認めなければならない。見慣れない、無意味な課題をするというほんらいの短い 機会を未経験の被験者に与えるような実験では、人間の認知に関する満足し得るような理論の確立はほ とんど無理であろう。最後に、認知心理学者は、より基本的な疑問に対する自分達の研究の意味を吟味 しなければならないー人間性の問題は行動主義者や精神分析学者に任せておくにはあまりにも重要な課 題である」(31)と指弾している。この指摘は、極めて重要である。この指摘に従えば、「文化」が単なる 記号媒介やアーティファクト媒介でなく、目的意識的に生きている人々の生態学的な場としての文化媒 介と考えることが妥当である。  第二に、「活動」の問題。人間の活動は、動物の行動とは違う。なぜなら人間の活動とは、意識的目 的的に外界に働きかけ、外界を変革すると同時に、自らも変えるということであるが、活動主体と活動 の生態学的場、つまりブロフェンブレンナー的意味での「生態学的環境」であり、マクロ的に言えば、 現代資本主義社会ということになるが、それらの連関の中で心理が議論されねばならない。心理学的概 念の多くは、こうした社会のシステムを反映して、意識化されている。人間の心に内在的にあるかのよ うに語られるけれども、実際は、そうでなく、社会のあり方が色濃く反映しているということは、知能 概念、能力の概念、アイデンティティ概念など社会との関連なしに本質は捕まれない。そうした社会と の媒介するものこそが、人間の活動である。従って、活動の分析こそ、人間心理の了解への糸口である。

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- 48 -  第三に、「主体」の問題。自然科学をモデルとした心理学にあっては、「主体」は、妨害要因としてあ くまでも排斥されるものであった。しかしこの「主体」なしに、人間心理の理解は可能であろうか?と いう事を何よりもまず第一に問わねばならない。それは、ブルーナーが指摘しているように、人間の心 が「信じる、欲求する、意図する、意味を把握するといったような志向的状態」として理解されねばな らないからである。人間の心の志向性、何ものかを志向していること、これである。希望、生きる意味 などの人間学的概念がこそ主体の意識的側面である。  結局、人間の主体(心)は、生態学的な文化・社会の中で、人間の活動を媒介として形成・発展させ られるということである。 引用文献 (1) カール・ロジャーズ(1900)『人間論』459 頁

(2) Jerome S. Bruner and Cecile C. Goodman (1947), Value and Need as Organizing Factors in Perception, Journal of Abnormal and Social Psychology, 42, 33-44.

(3) ホワイト(1900)「動機づけ理論の再考ー<コンピテンス>の概念」所収『環境心理学』誠信書房 (4) A.R.Luria.Internationale Zeitschrift für Psychoanalyse,1922-1930

(5) А.Р4.Лурия, Этапы пройденного пути, Научнная автобиография, Изд-во Моск.ун-та, 1982 (A.R.Luria , The Making of Mind. A Personal Account of Soviet Psychology,1979)

(6) エリ・エス・ヴィゴツキー(1928)「子どもの文化的発達の問題」所収『ソ連邦における児童学の 基本的な諸問題』(1927.12.27-1928.1.3)158 頁(ロシア語) (7) エリ・エス・ヴィゴツキー(1928)「児童学における道具主義的方法」所収『ソ連邦における児童 学の基本的な諸問題』(1927.12.27-1928.1.3)159 頁(ロシア語) (8) ア・エル・ルリア(1928)「道具主義的 - 心理学的研究の方法について」(ロシア語) (9) エリ・エス・ヴィゴツキー(1930-31)『高次精神機能の発達史』(柴田義松監訳『文化的―歴史的 精神発達の理論』2005 学文社) (10) エル・エス・ヴィゴツキー(1930)「心理学における道具主義的方法」(エヌ・カ・クループスカ ヤ記念共産主義教育アカデミーにおける報告) (11) ア・エル・ルリア(1931~1932)『認識過程の史的発達について』(森岡訳『認識の歴史的発達』 1976 明治図書) (12) ア・エヌ・レオンチエフ「記憶の発達」(ア・エヌ・レオンチエフ『子どもの精神発達』122 頁~ 162 頁の中に抄訳がある。) (13) エル・エス・ヴィゴツキー(1930)同上. (14) ア・ア・レオンチェフ 1983 「アレクセイ・ニコラエヴィッチ・レオンチエフの創造の道」『ア・エ ヌ・レオンチエフと現代の心理学』 А.А.Леонтьев,Творческий путь Алексея Николаевича Леонтьева, А.В.Запорожца,В.П.Зинченко,О. В.Овчинниковой,О.К.Тихамирова (под ред), А.Н.Леонтьев и современная психология. (15) エリ・エス・ルビンシュテイン(1935)『一般心理学の基礎』明治図書 (16) 「第一は、行為者の私的経験の視点、すなわち内観。第二は、具体的状況における行為者の観察可 能な行動の視点、すなわち行動主義。第三は、行為によって生じた産物の視点、すなわち投映心理

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学(精神心理学)」(ラザラスフェルト『質的方法』)とみなし、人間の行為の研究にはこれら三つの 視点が不可欠であるとし、この三つの立場の統一こそ心理学の方法論的危機を救うことができると 提起した (17) ユーリア・エンゲストローム 1986『拡張による学習』新曜社 (18) 百合草禎二 2000 「ヴィゴツキー理論は活動理論か」『ヴィゴツキー学』第 10 号 (19) ユーリア・エンゲストローム 1986 同上 4頁 (20) カール・マルクス 1857-58『経済学批判要綱(草案)』10 頁~ 20 頁、大月書店 1953 (21) 彼らの研究領域は、心理学一般の領域をカヴァーしている。

Ute Holzkamp-Osterkamp1975 Grundlagen der psychologischen Motivations-forschung 1&2. Campus Verlag

Volker Schurig 1976 Die Entstehung des Bewußtseins.Campus Verlag Volker Schurig 1975 Naturgeschichte des Psychischen 1&2.Campus Verlag

Siegfried Jaeger & Irmingard Staeuble 1978 Die gesellschaftliche Genese der Psychologie. Campus Verlag Gisela Ulmann 1975 Sprache und Wahrnemung.Campus Verlag

Rainer Seidel 1976 Denken,Psychologische Analyse der Entstehung und Lösung von Problemen. Campus Verlag

(22) Morus Markard Wolfgang Maiers(Hg.) 1987 Kritische Psychologie als Subjektwissenschaft.Klaus Holzkamp zum 60.Geburtstag.Campus.

(23) Karl-Heinz Braun & Klaus Holzkamp(Hrsg),Kritische Psychologie.Berichit über den 1.Internationalen Kongreß Kritische Psychologie vom 13-15.Mai 1977 in Marburg.s.5

(24) Henkel et al.1975 Kritische Psychologie(1).Argument Studienhefte SH24.s.1 (25) Klaus Holzkamp(Hrsg.) 1978 Forum Kritische Psychologie 3.s.4

(26) Klaus Holzkamp 1972 Kritische Psychologie.Vorbereitende Arbeiten.Fischer Taschenbuch Verlag. (27) Daniel Pichert 2000 Zur institutionellen Situation der Kritischen Psychologie, Vortrag.

(28) Lorenz Huck,Christina Kaindl,Vanessa Lux,Thomas Pappriz,Katrin Reimer & Michael Zander(Hg.) 2008 »Abstrakt negiert ist halb kapiert« Beiträge zur marxistischen Subjektwissenschaft.Morus Markard zum 60. Geburstag. BdWi-Verlag

(29) Klaus Holzkamp 1985 Grundkonzepte der Kritischen Psychologie. http://www.kritische-psychologie.de/texte/kh1985a.html

(30) Klaus Holzkamp 1984 Selbsterfahrung und wissenschaftliche Objektivität unaufhebbarer Widerspruch? in Karl-Heinz Braun,Klaus Holzkamp(Hg.). Subjektivität als Problem psychologischer Methodik,3 Internationaler Kongress Kritische Psychologie, Marburg, Campus

(31) Neisser, Ulic 1976 Cognition and Reality,Principles and Implication of Cognitive Psychology(翻訳、『認 知の構図ー人間は現実をどのようにとらえているか』サイエンス社、1978) 2-8 頁

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参照

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