カ ン ボ ジ ャ 傳 承 の マ ハ ー ワ ン サ と 南 傳 大 藏 経 中 の 大 王 統 史 と の 量 的 差 異 ( 東 元 ) 二 一 八
カ
ン
ボ
ジ
ャ
傳
承
の
マ
ハ
ー
ワ
ン
サ
と
南
傳
大
藏
経
中
の
大
王
統
史
と
の
量
的
差
異
東
元
慶
喜
幽 カ ン ボ ジ ャ の マ ハ ー ワ ン サ マ ハ ー ワ ン サMahavamsa と い う こ と ば の も つ 意 味 に は、 廣 義 の マ ハ ー リ ン サ と、 狡 義 の マ ハ ー ワ ン サ と 二 通 り あ る。 廣 義 の マ ハ ー ワ ン サ と い う の は 第 一 〇 一 章 第 二 九 偶、 す な わ ち 西 暦 一 八 一 五 年 英 人 が セ イ ロ ン を 占 領 す る ま で の 出 來 事 を 記 し た も の で あ る。 狭 義 の マ ハ ー ワ ン サ と は 第 三 七 章 第 五 一 偶 ま で を 指 す も の で あ り、 そ れ よ り あ と の 部 分 を チ ュ ー ラ ワ ン サCulavamsa ( 小 王 統 史、 南 傳 巻 六 一 ) と よ ぶ。 マ ラ ラ セ ケ ラMalalasekera 博 士 が 出 さ れ た イ ク ス テ ン デ ィ ド ・ マ ハ ー ワ ン サ 国Extended Mahavamsa と い う 書 名 を み た と き に、 う か つ に も わ た く し は 今 述 べ た 廣 義 の マ ハ ー ワ ン サ、 す な わ ち 一 八 一 五 年 英 人 の セ イ ロ ン 完 全 占 領 ま で を 記 し た 歴 史 書 の さ ら に 績 編 を も 含 む も の で あ る か の 如 く 誤 解 し た。 と こ ろ が そ れ を 手 に 入 れ て ひ も と い て み る と、 そ う で は な く て、 狭 義 の マ ハ ー ワ ン サ、 す な わ ち 大 王 統 史 ( 南 傳 巻 六 〇 ) に さ ら に 手 を 加 え て 書 き の は し た も の で あ る こ と が わ か つ た。 こ の イ ク ス テ ン デ ィ ド ・ マ ハ ー ワ ン サ こ そ カ ン ボ ジ ャ に 傳 承 さ れ た マ ハ ー ワ ン サ に ほ か な ら な い。 二 最 初 の 獲 見 者 カ ン ボ ジ ャ 傳 承 の マ ハ ー ワ ン サ を 最 初 に 獲 見 し 知 つ て い た の は、 パ リ ー の ビ ブ リ ォ テ ー ク ・ ナ シ ョ ナ ル ( 國 立 圖 書 館 ) の レ オ ン ・ フ ェ ー ルLeon Feer ( 一 八 三 〇 -一 九 〇 二 ) 氏 で あ つ た。 一 八 八 四 年 か ら 一 八 九 八 年 ま で か か つ て サ ン ユ ッ タ ・ ニ カ ー ヤ ( 相 慮 部 経 典 ) の 原 文 第 一 巻 よ り 第 五 巻 ま で を ロ ー マ ナ イ ズ し て 巴 利 聖 典 協 會 よ り 出 期 し、 ま た 同 協 會 の 雑 誌 に パ ン チ ャ ・ ガ テ ィ ・ デ ィ ー パ ニ ーpanca-gati-dipani バ ニ ー を ロ ー マ 字 に 直 し て 獲 表 し た 人 で あ る。-596-し か し フ ェ ー ル 氏 は こ の カ ン ボ ジ ャ 傳 承 の マ ハ ー ワ ン サ に つ い て は 何 も 獲 表 せ ら れ な か つ た よ う で あ る。 三 最 初 の 獲 表 者 パ リ ー の 國 立 圖 書 館 に マ ハ ー ワ ン サ の 爲 本 を さ が し て 來 館 し た の が、 エ ド ム ン ド ・ バ ー デ ィEdmund Hardy 氏 ( 一 八 五 二-一 九 〇 四 ) で あ つ た。 バ ー デ ィ 氏 は フ ェ ー ル 氏 よ り 二 十 二 歳 年 少 で あ つ た。 業 績 と し て は リ チ ャ ー ド ・ モ リ
スRev. Richard Morris
師 に よ つ て 一 八 八 五 年 に ア ン グ ッ タ ラ ニ カ ー ヤ ( 増 支 部 経 典 ハ) の 第 一 巻、 一 八 八 八 年 に 第 二 巻 が 出 さ れ た が、 そ の あ と を つ い で、 一 八 九 七 年 に 第 三 巻 を、 一 八 九 八 年 に 第 四 巻 を、 一 九 〇 〇 年 に 第 五 巻 を 出 版 し た。 時 間 は あ と も ど り す る が、 一 八 九 四 年 ベ ー タ ワ ッ ト ウ ( 餓 鬼 事、 南 傳 巻 二 五 )Petavatthu 一 九 〇 一 年 に は ウ ィ マ ー ナ ワ ッ ト ゥVimanavatthu ( 天 宮 事、 南 傳 巻 二 四 ) 一 九 〇 二 年 に は ネ ッ テ ィ ッ パ カ ラ ナNettippakaraa を 醗 字 し て 出 版 し た。 エ ド ム ン ド ・ バ ー デ ィ 氏 は マ ハ ー ワ ン サ の 爲 本 を さ が す た め に パ リ ー の 國 立 圖 書 館 に 來 て、 こ の カ ン ボ ジ ャ 版 の マ ハ ー ワ ン サ に 出 く わ し た。 カ ン ボ ジ ャ 版 の マ ハ ー ワ ン サ の 獲 見 は 一 九 〇 二 年 ( 明 治 三 五 年 ) 當 時 の 佛 領 イ ン ド シ ナ、 ハ ノ イ で 開 か れ た 第 十 三 同 萬 國 東 洋 學
會The Thirteenth International Congress of
Orientalists で 獲 表 さ れ た。 さ ら に 一 九 〇 二 年、Journal of
the Royal Asiatic Sosietv
と 一 九 〇 二 年 か ら 三 年 に か け て
Journal of the Pali Text Society
の 紙 上 に 掲 載 し た。 エ ド ム ン ド ・ バ ー デ ィ 氏 は 連 績 的 に カ ン ボ ジ ャ の マ ハ ー ワ ン サ を 醗 字 紹 介 す る つ も り で あ つ た が、 不 幸 に し て 志 を は た さ ず 死 去 さ れ た。 四 事 業 の 縫 承 者 エ ド ム ン ド ・ バ ー デ ィ 氏 が ロ ー マ 字 に 轄 爲 し た コ ッ ピ イ は、 他 の 資 料 と と も に ウ ィ ル ヘ ル ム ・ ガ イ ゲ ルwilhelm Geiger お 霞 教 授 ( 一 八 五 六 -一 九 四 三 ) に 遺 言 に 從 つ て 贈 ら れ た。 ガ ィ ゲ ル 氏 は 一 九 〇 八 年、 狭 義 の マ ハ ﹂ ワ ン サ、 す な わ ち マ ハ ー ワ ン サ の 第 一 章 か ら 第 七 章 五 〇 偶 ま で を 融 字 し て 出 版 し、 一 九 一 二 年 そ の 英 課 を 世 に お く つ た。 ガ イ ゲ ル 氏 は 一 九 二 五 年 か ら 二 七 年 に か け て、 マ ハ ー ワ ン サ の 績 編、 第 三 十 七 章 第 五 一 偶 よ り 第 一 〇 一 章 第 二 九 偶 に 至 る、 別 名 を チ ュ ー ラ ワ ン サ と よ ば れ る 部 分 の ロ ー マ 字 本 を 出 版 し、 さ ら に 一 九 二 九 年 か ら 三 〇 年 に か け て、 そ の 英 課 を 公 け に し た。 五 南 傳 大 藏 経 中 の 大 王 統 史 立 花 俊 道 師 が 南 傳 大 藏 経 中 に 大 王 統 史 と し て 醗 課 さ れ た の は、 一 八 九 五 年 に セ イ ロ ン 島 コ ロ ン ボ に お い て、 ヒ ッ カ ド ゥ ウ ェ ・ ス マ ン ガ. ラHikkaduve Sumangala 長 老 に よ つ て、 セ ヵ ン ポ ジ ャ 傳 承 の マ ハ ー ワ ン サ と 南 傳 大 藏 絶 中 の 大 王 統 史 と の 量 的 差 異 ( 東 元 ) 一 二 九
-597-カ ン ボ ジ ャ 傳 承 の マ ハ ー ワ ン サ と 南 傳 大 藏 経 中 の 大 王 統 史 と の 量 的 差 異 ( 東 元 ) 硝 ご 一〇 イ ロ ン 文 字 で 出 版 さ れ た マ ハ ー ワ ン サ ・ テ ィ ー カMaha-vamsatika す な わ ち、 ワ ン サ ッ タ ッ パ カ ー シ ーvamsat thappakasini を 底 本 と し、 前 述 の ガ イ ゲ ル 氏 の ロ ー マ 字 本 を 参 照 に し た も の で あ る。 こ の マ ハ ー ワ ン サ ・ テ ィ ー カ ー は 傳 読 的 に は マ ハ ー ナ ー マ Mahanama 長 老 の 著 と せ ら れ て い る。 し か し こ れ は 疑 わ し い。 南 傳 大 藏 経 の 大 王 統 史 の 巻 頭 に 立 花 先 生 は 大 王 統 史 の 著 者 名 を ダ ル マ キ ー ル テ ィDharmakirti ( 法 稻 ) 比 丘 と 記 し て お ら れ る が、 こ れ は い か が な も の で あ ろ う か。 狭 義 の マ ハ ー ワ ン サ の 著 者 は 普 通 に は マ ハ ー ナ ー マ と 考 え ら れ て い る。 こ れ に 績 く 第 三 七 章 五 一 偶 よ り 第 七 九 章 に 至 る い わ ゆ る チ ュ ー ラ ワ ン サ ( 小 王 統 史 ) の 巻 頭 を 飾 る 部 分 は ダ ン マ キ ッ テ ィ Dhammakitti 長 老 の 作 と い わ れ る が、 こ れ が 立 花 先 生 の ダ ル マ キ ー ル テ ィ と 同 一 人 か ど う か わ た く し に は わ か ら な い。 マ ハ ー ワ ジ サ テ ィ ー カ ー は 西 暦 第 九 世 紀 の 作 と い わ れ る。 六 大 王 統 史 と カ ン ポ ジ ャ 傳 承 の マ ハ ー ワ ン サ の 量 的 差 異 南 傳 大 藏 経 の 大 王 統 史 は 一 八 九 五 年 に 出 版 さ れ た セ イ ロ ン 文 字 の マ ハ ー ワ ン サ ・ テ ィ ー カ ー を 底 本 と し た こ と は す で に の べ た。 こ の テ ィ ー カ ー の ロ ー マ 字 本 は、 一 九 三 五 年、 マ ラ ラ セ ケ ラ 博 士 に よ つ て 刊 行 さ れ た。 博 士 は つ づ い て 一 九 三 七 年 に 前 掲 の イ ク ス テ ン デ ィ ド ・ マ ハ ー ワ ン サ す な わ ち カ ン ボ ジ ャ に 傳 承 さ れ る マ ハ ー ワ ン サ を 醗 字 ・校 合 し て 出 版 さ れ た。 南 傳 大 藏 経 の 大 王 統 史 と カ ン ボ ジ ャ 傳 承 の マ ハ ー ワ ン サ を 封 照 し て 研 究 す る と、 著 し く 異 な つ た 鮎 が あ る こ ど が わ か る。 く わ し い 研 究 は 將 來 に ま た ね ば な ら な い が、 い ま そ の 爾 者 の 量 的 差 異 を 指 摘 す る。 (大) 王 統 史 の 第 ( 一 ) 章 ﹁ 如 來 來 降 ﹂ は 八 四 偶 よ り な る が ン ポ ジ ャ 版 で は 七 二 一 偶 で あ る。 以 下 略 記 し て 表 示 す る。 ( 二 ) 三 三 ・ 八 七。 ( 三 ) 四 二。 ( 四 二。 ( 四 ) 六 六 ・ 八 六。 ( 五 ) (大) 二 八 二 ・ ((カ) 六 四 五。 ( 六 ) 四 七 ・ 五 六 蛤 ( 七 ) 七 四 ・ (董) 八 ○。 ( 八 ) (大) 二 八 ・ (分 )三 一。 ( 九 ) (大) 二 九 ・ の )三 六。 ( 一 〇 ) (大) 一 〇 六 ・ (笈) 一 二 五。 ( 一 一 ) (大) 四 二 ・ (董) 四 二。 ( 一 二 ) (塞) 五 五 ・ (竃ノ 六 二。 ( 一 三 ) (大) 二 一 ・ ((也) 二 九。 ( 一 四 ) (大) 六 五 ・ (分) )八 ○。 ( 一 五 ) (大) 二 一 四 ・ (竃) 二 四 四。 ( 一 六 ) (大) 一 八 ・ (袋) 二 二。 ( 一 七 ) (大) 六 五 ・ (竃) 一 一 九。 ( 一 八 ) (大) 六 八 ・ (竃) 一 二 四。 ( 一 九 ) (大) 八 五 ・ の 二 八 九。 ( 二 〇 ) (大) 五 九 ・ (1) 八 二。 ( 二 一 ) (大) 三 四 ・ (董) 六 一。 ( 二 二 ) (大) 八 八 ・ (董) 二 一 五。 ( 二 三 ) (大) 一 〇 二 ・ (璽) 一 六 五。 ( 二 四 ) (大) 五 九 ・ (重) 一 一 〇。 ( 二 五 ) (琴) 一 一 六 ・ ((也) 二 九 二.。 ( 二 六 ) (大) 二 六 ・ (葦) 四 一。 ( 二 七 ) (大) 四 八 ・ (竃) 八 五。 ( 二 八 ) (大) 四 三 ・ (董) 九 八。 ( 二 九 ) (大) 七 〇 ・ (茜) 二 〇 二。 ( 三 〇 ) (大) 一 〇 〇 ・ (菱) 三 七 八。 ( 三 一 ) (大) 一 二 五 ・ (麦) 四 六 〇。 ( 三 二 ) (大) 八 四 ・ ((重) 二 五 〇。 ( 三 三 ) (大) 一 〇 五 ・ (董) 一 〇 六。 ( 三 四 ) (大) 九 四 ・ (竃) 九 六。 ( 三
-598-五 ) (大) 一 二 七 ・ (菱) 一 二 八。 ( 三 六 ) (き) 一 三 三 ・ ((カ) 一 三 三。 ( 三 七 ) (大) 五 〇 ・ (竃) 五 〇。 南 傳 大 藏 経 の 大 王 統 史 と、 マ ラ ラ セ ケ ラ 博 士 の イ ク ス テ ン デ ィ ド ・ マ ハ ー ワ ン サ す な わ ち カ ン ボ ジ ャ 傳 承 の マ ハ ー ワ ン サ と は、 各 章 の タ イ ト ル は ほ と ん ど 同 一 で あ る。 パ ー リ 文 で は 長 た ら し い こ と ば で あ る の を、 課 文 で は 簡 潔 に 省 略 し て あ る の や、 パ ー リ 文 に は そ の よ う な こ と ば は 見 當 ら な い の に、 理 解 を し や す く す る た め に、 語 を お ぎ な つ た の や、 い ろ い ろ あ る け れ ど も、 大 膿 に お い て 同 一 で あ る。 第 二 十 一 章 が 大 王 統 史 で は ﹁ 六 王 章 ﹂ と な つ て い る の に、 イ ク ス テ ン デ ィ ド ・ マ ハ ー ワ ン サ で は ﹁ パ ン チ ャ ラ ー ジ ャ カ ﹂ Pancarajaka す な わ ち ﹁ 五 王 章 ﹂ と な つ て い る の が 歴 史 書 で あ る だ け に 重 大 な 相 違 の よ う に 考 え ら れ る か も 知 れ な い。 こ れ は 大 王 統 史 に お い て は タ ミ ル 人 の 名 を セ ー ナ と グ ッ タ カ の 一 一人 の 意 味 に 解 繹 し て あ る と こ ろ を、 イ ク ス テ ン デ ィ ド ・ マ ハ ﹂ ワ ン サ で は 一 人 と と つ た た め に 生 じ た 差 異 で あ る。 以 上 で 各 章 の タ イ ト ル に は、 と り た て て い う ほ ど の 相 違 の 見 ら れ ぬ こ と が わ か つ た。 と こ ろ で そ の 内 容 を 見 る と、 た だ な ら ぬ 差 異 の あ る こ と が わ か る。 大 王 統 史 の 第 一 章 ﹁ 如 來 來 降 ﹂ は イ ク ス テ ン デ ィ ド ・ マ ハ ー ワ ン サ のTathagatadhigamana に 相 當 す る が、 前 者 が わ ず か 八 四 偶 で あ る の に く ら べ て、 後 者 は 七 二 一 偶 よ り な る。 以 下 三 十 七 章 を 一 々 吟 味 す る と、 第 三 章 ・ 第 一 一 章 ・ 第 三 六 章 ・ 第 三 七 章 の 如 く、 爾 者 の 偶 の 敷 が 全 く 同 じ も の も あ る が、 他 の 章 は 悉 く 多 少 な り と も 偶 の 数 が 多 く な っ て い る。 七 著 者 と 製 作 年 代 に つ い て マ ラ ラ セ ケ ラ 博 士 の イ ク ス テ ン デ ィ ド ・ マ ハ ー ワ ン サ に は コ ロ フ ォ ン す な わ ち パ ー リ 文 の 践 文 が つ い て い て、 そ れ に よ る と て の 書 物 が モ ッ ガ ッ ラ ー ナMoggallana と い う 比 丘 に よ つ て 著 わ さ れ た こ と が わ か る。 そ の モ ッ ガ ッ ラ ー ナ と い う 人 は 文 才 の ゆ た か な 人 で は な く て、 文 法 に も さ ほ ど 通 じ で い る と は 考 え ら れ な い。 こ の 鮎 か ら も 第 十 二 世 紀 の 文 法 家 モ ッ ガ ッ ラ ー ナ、 ま た 同 世 紀 の ア ビ ダ ー ナ ッ パ デ ィ ー ピ カ 1 の 著 者、 モ ッ ガ ッ ラ ー ナ と 同 一 人 と は 考 え ら れ な い。 ま た ウ ッ タ ラ ム ー ラ ニ カ ー ヤUttaramual nikaya の 長 で あ つ た モ ッ ガ ッ ラ ー ナ と も 考 え ら れ な い。 そ の 著 者 が 比 丘 で あ る こ と は モ ッ ガ ッ ラ ー ナ と い う 名 に よ つ て も 推 察 で き る。 そ の 人 は お そ ら く セ イ ロ ン 人 で あ ろ う。 し か し 断 言 は で き な い と マ ラ ラ セ ケ ラ 博 士 は の べ て い る。 カ ン ボ ジ ャ 傳 承 の マ ハ ー ワ ン サ の 製 作 年 代 に つ い て マ ラ ラ セ ケ ラ 博 士 は 次 の よ う に 結 論 し て い る。 ﹁ こ の 書 物 は マ ハ ー ワ ン サ ・ テ ィ ー カ ー よ り は の ち の も の で あ り、 お そ ら く パ ラ ッ カ マ バ ー フRarakkamabah 二 世 ( 一 二 三 六 -六 八 ) よ り は 以 前 の 作 で あ ろ う。 ﹂ カ ン ボ ジ ャ 傳 承 の マ ハ ー ワ ン サ と 南 傳 大 藏 経 中 の 大 王 統 史 と の 量 的 差 異 ( 東 元 ) 一 一