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公共調達(工事)の最低制限価格制度が競争政策に与える影響について
政策研究大学院大学 まちづくりプログラム MJU15601 青木 亮
1 はじめに
地方公共団体の普通建設事業費は歳出の大きな 部分を占めており、その額は平成 25 年度において 14 兆 1,914 億円であり歳出額全体の 14.6%となっ ているため、効率的な調達が求められる。
調達は価格による競争を基本としているが、品 質確保や産業発展などのため、入札価格の制限や 競争参加者の制限をする政策が導入されている。
本稿では、入札価格を制限する政策である最低 制限価格制度が政策目的実現のために望ましい制 度なのか、入札価格に影響を及ぼしているのでは ないかについて理論とデータ検証により分析する。
2 予定価格制度及び最低制限価格制度 2.1 予定価格制度
予決令によって公共調達では予定価格を定める こととしており、価格には適正性が求められてい る。予定価格は原則入札価格の上限拘束となり、予 定価格を 1 円でも上回った申込者は失格となる。
2.2 最低制限価格制度
公共工事入札契約適正化法に基づく指針におい て、最低制限価格制度の導入を努力義務化してお り、2014 年 4 月 1 日時点で地方公共団体の 81.3%
が導入している。
最低制限価格は予定価格から算出されるが、そ の算定式は多くの地方自治体が中央公契連のモデ ルを用いている。予定価格の上限拘束とは逆に、入 札価格の厳密な下限拘束となり、最低制限価格を 1 円でも下回った申込者は即失格となる。
落札率が 85%以下になると下請企業が赤字にな る、平均点未満の工事の割合が増えるとのことか ら、徐々に基準価格の引上げ変更が行われている。
3 理論分析 3.1 低価格の問題
最低制限価格制度の導入目的と低価格により生 じる問題として指摘されているものからメリット を整理すると品質確保、安全管理、産業保護、略奪 的価格の抑止、ホールドアップ問題の回避となる。
しかし、表 1 の整理のとおり、最低制限価格制度 のメリットとされているものについて価格制限政 策以外の政策により対応可能な状況であり、また、
問題は必ずしも低価格それのみによって生じると いうわけではないと考えられる。だが、現時点で代 替政策が十分に機能しているともいえず、情報量 やその内容の強化が必要である。
表 1:最低制限価格制度のメリットと代替政策等
メリット 価格制限以外の政策等
品質確保 ・公共工事実績データベース
・設計・監理基準
・契約保証金、経営事項審査
・工事成績評定
安全管理 ・設計・監理基準
・安衛法などの技術的指針
産業保護 ・公契約条例
略奪的価格の抑止 ・比較的参入が容易な建設産 業において成立は困難 ホールドアップ問題
の回避
・低価格の場合のみ生じる問 題ではない
3.2 予定価格の適正性
予定価格には適正性が求められている。しかし、
労務や資材の価格は日々変動し、また、企業のコス ト構造は様々で工事内容や時期によってコスト構 造が変化する。求められる適正とはどの時点で、誰 に対してのものなのかという問題があることから、
価格制限政策に適正性を認めることは困難である。
3.3 理論モデル
最低制限価格が設定されている入札において合 理的な企業がどのような入札価格を選択するのか、
また、最低制限価格の引上げによって企業の入札 価格がどのように変化するのかを、ベイジアン・ナ ッシュ均衡を導き出すことで確認する。モデルの 変数は次のとおりとする。
Ci:企業 i の真のコスト b i:企業 i の入札価格 n:入札参加可能企業数 m:最低制限価格
条件としてCiは予定価格を 1 として0≦Ci≦1に一 様に分布しこの分布から独立に実現する、企業は 他の企業のコストは分からないがその確率分布は 分かっており対照的であるとする。まず、最低制限 価格が設定されていない入札において企業の期待 利得を最大化する入札価格は(1)のとおりとなる。
= 1 + ( − 1) (1) 次に、最低制限価格がある入札において、入札価格 をmとした場合とb iの場合で期待利得が同値とな る企業の真のコスト と最低制限価格mの関係を 求めることにより、最低制限価格の引上げにより 企業の入札価格の選択行動がどのように変化する かを明らかにする。ここでの条件として、企業の入 札価格はC ≦ Cのときb = m、C>Cのときの入札価 格は(1)によるものとする。また、最低制限価格m
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で入札したときで他の企業の入札価格も同様にm である場合は等確率のくじ引きで落札者を決定す るものとする。入札価格mのときの期待利得は(2)、入札価格b iのときの期待利得は(3)となる。
( | ) −
= ∑!" Cα(1-C)!" "α
α#$ n-1Cn-1-α'( ) ( − ) (2)
( | )( − ) = 1 − n
(3) (2)と(3)から同値となるmと を導くと、入札参加 可能企業数が一定で最低制限価格が引上げられる と、引上げ以上の割合で入札価格が最低制限価格 となる可能性が高まることから、入札価格が最低 制限価格近傍となる可能性が高まり、結果として 最低制限価格近傍の落札が増加すると考えられる。
3.4 考察
本章の整理から、品質確保や産業保護などの政 策目的を実現するための代替政策があり、代替政 策が十分に機能すれば価格制限政策によって実現 する必要性はなく、予定価格の適正性の問題から 価格制限政策の適正性は認められないと考える。
また、理論モデルから最低制限価格の引上げは 最低制限価格近傍での落札が増加すると予想され るが、落札価格は上昇することも考えられる。この 場合、最低制限価格は企業の入札価格決定の指標 となっており、企業の費用削減のインセンティブ を阻害することとなる。また、効率的な企業の技術 的優位性を阻害し、非効率な企業が落札する可能 性を高めると共に温存することとなる。財政支出 が増加すれば新たな税の徴収もしくは他の財源か らの補填を必要とするため、結果として国民が不 利益を被ることとなるといった問題が考えられる。
4 データ検証
4.1 データ検証内容及び使用データ
本章では、理論分析で整理した内容と実際の入 札結果を比較することを主とし、3 つの検証を行う。
検証 1:最低制限価格の引上げは落札価格を上昇さ せているのではないか。
検証 2:最低制限価格が引上げられると最低制限価 格近傍での落札が増加するのではないか。
検証 3:最低制限価格が設けられていると企業の入 札価格選択に影響を与えるのではないか。
使用するデータは横浜市の予定価格 1 億円未満、
入札方式条件付一般競争入札、工種土木のものと する。検証 1、検証 2 のデータ情報は表 2、検証 3 のデータ情報は表 3 となる。最低制限価格の算定 式は徐々に引上げの方向で変更されているため、
表 2 では算定式別に 5 つの期間に分類している。
また、入札において高い落札率のものと最低制限 価格に近い落札価格ものがあり、両者の入札価格
の違いもみるため検証 3 のデータは 2 つに分類し ている。分類間でサンプル数に差があるが、入札参 加者数の差があるためであり、どちらも 152 件の 入札データを収集したものである。
表 2:検証 1、検証 2 データ情報
期間 サンプル数 平均最低制限価格率
期間① 865 79.51%
期間② 1,277 81.02%
期間③ 1,300 83.25%
期間④ 668 86.33%
期間⑤ 1,090 88.21%
期間①:平成 20 年 4 月 1 日~平成 21 年 6 月 30 日 期間②:平成 21 年 7 月 1 日~平成 23 年 4 月 30 日 期間③:平成 23 年 5 月 1 日~平成 25 年 5 月 27 日 期間④:平成 25 年 5 月 28 日~平成 26 年 6 月 4 日 期間⑤:平成 26 年 6 月 5 日~平成 27 年 12 月 31 日 最低制限価格率:最低制限価格を予定価格で除した率 表 3:検証 3 データ情報
分類 サンプル数 最低制限価格率 予定価格
分類 1 483
88.58%
92.31%
84.62%
19,658 千円 89,580 千円 2,540 千円
分類 2 1,659
88.23%
94.26%
84.80%
19,131 千円 87,220 千円 4,260 千円 分類 1:落札率 95%以上での落札案件
分類 2:最低制限価格近くでの落札案件
最低制限価格率:上段 Ave、中断 Max、下段 Min
予定価格:上段 Ave、中断 Max、下段 Min 4.2 横浜市の入札制度
入札方式は原則条件付一般競争入札としている。
条件付一般競争入札では工種区分、等級区分、所在 地区分などの条件により入札参加を制限するもの である。予定価格は 1 億円未満のものについては 入札執行前に公表されている。最低制限価格は事 後公表としているが、最低制限価格の算定式は公 表されている。
4.3 検証 1
図 1 は横軸を予定価格、縦軸を落札率とした落 札率分布図である。各期間の平均落札率を横破線 でプロットしている。
・期間① ・期間② ・期間③ ・期間④ ・期間⑤ 図 1:落札率分布図
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最低制限価格の引上げに伴い全体的に落札率分 布が上方へスライドしており、期間①から期間② への最低制限価格引上げを除いて平均落札率は上 昇していることから、最低制限価格の引上げは落 札価格を上昇させていることが見てとれる。4.4 検証 2
図 2 は予定価格を 100%、最低制限価格を 0%とす ることで各入札の尺度を統一し、5%単位で階級分 けした累積度数分布図である。横軸を階級、縦軸を 落札件数割合としている。最低制限価格近傍の落 札が増えると緩やかな曲線を描くことになる。
期間① 期間② 期間③ 期間④ 期間⑤ 図 2:累積度数分布図
期間①から期間②への最低制限価格引上げでは 曲線が緩やかになっており、理論予測と整合した 結果となっている。しかし、以降では最低制限価格 引上げ変更の都度曲線が急になっており、理論予 測とは逆の結果となっている。つまり、最低制限価 格の引上げは必ずしも最低制限価格近傍での落札 件数を増加させるわけではないことが分かる。
しかし、予定価格の適正性の問題があり、最低制 限価格が引上げられたのと同時期に予定価格が市 場価格に近似したことで、予定価格に近い落札が 増加したという要因も考えられる。
4.5 検証 3
図 3、図 4 は図 2 と同様に各入札案件の尺度を統 一し、5%単位で階級分けをした度数分布図である。
横軸を階級、縦軸を入札サンプル数としている。な お、図においてマイナスの階級に分布しているも のは、最低制限価格を下回った入札価格であった ため失格になったものである。
いずれも、最低制限価格付近に多くの入札価格 が集まっている。しかし、図 3 では最低制限価格を 下回ったところに山ができているという特徴が見 てとれる。なお、図 3 において最低制限価格より僅 かに上に分布している入札価格があるが、これら は契約の辞退や入札参加資格なしなどの理由によ り落札者とはならなかった入札価格である。
■落札者以外 ■落札者 図 3:入札価格分布(分類 1)
■落札者以外 ■落札者 図 4:入札価格分布(分類 2)
次に、詳細に検証するため-10%から+10%の範囲 について 1%単位で階級分けをして整理したものが 図 5、図 6 である。前述のとおりサンプルには無効 な入札価格があるため本整理では除外している。
■落札者以外 ■落札者 図 5:入札価格分布(分類 1)
■落札者以外 ■落札者 図 6:入札価格分布(分類 2)
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図 6 は最低制限価格を軸に正規分布の様な分布 をしているのに対し、図 5 は最低制限価格を境と してマイナス階級にのみ分布しており、不自然な 分布であることがわかる。なお、分類 1 の全ての入 札案件において落札者以外の入札価格が最低制限 価格を下回っているわけでなく、落札者が最低価 格であった案件などもある。4.6 考察
検証 1 から、最低制限価格の引上げは落札価格 を上昇させていることが示され、最低制限価格は 企業の入札価格決定において指標になっている可 能性が高く、企業の費用削減のインセンティブを 阻害していると考えられる。また、効率的な企業の 技術的優位性を阻害し、非効率な企業が落札して いる可能性もあると考えられる。
検証 3 から、分類 1 の入札価格分布は不自然で あるといわざるを得ない。潜在的な企業も含めた 競争参加可能な企業が少なかったということも考 えられるが、分類 2 の入札価格分布との比較、失格 とはなっているが最低制限価格近傍での入札があ ること、また、落札者と落札者以外の入札価格の間 に不自然に入札価格が存在しないことから、協調 的行動がとられた可能性は否定できない。仮に協 調行動があったとするならば、検証 2 において理 論予測とは逆の結果が生じることは考えられる。
5 政策提言
まず、検証2での理論予測との不整合、検証3で の不自然な入札価格分布から考えられる協調行動 に対しての提言をする。検証の結果から最低制限 価格は手段の一つとして利用されている可能性が 極めて高い。最低制限価格は事前公表されていな いこと、無作為に抽出して得た数を乗じて最終的 な最低制限価格が決定されることから、どの企業 においても積算を誤りうるということが利用され る理由として考えられる。最低制限価格により非 競争的な状況が生じているのであれば、無作為抽 出の数を乗じる算定方式は止めるべきであり、価 格を事前公表すべきである。これにより、若干では あるが抑止効果が見込め、また、競争当局の監視の 負担も軽減されるであろう。
しかし、この提言は当然ながら問題の抜本的な 解決にはならない。なぜなら、協調行動を成立させ るための手段の一つでしかないからである。抜本 的な解決方法については本研究の範囲を超えるた め詳述しないが、非競争的な市場が形成されてし まう現在の入札制度は根本から見直す必要がある ことは確かであろう。
次に、制度の導入目的の効果や企業の入札価格 選択への影響について、理論分析及びデータ検証 で整理した内容から提言する。まず、品質確保、安
全管理及び産業保護について代替政策が十分に機 能するよう改善することで、最低制限価格制度の メリットを補うことは可能である。また、予定価格 の適正性の問題、データ検証から最低制限価格が 指標になっているとの結果から、競争的市場であ るならば効率的な企業は技術的な優位性を阻害さ れ、更には非効率な企業が落札する可能性が生じ ると共に温存されることとなれば当然に政府の支 出は増大し、その増大分は新たな税の徴収もしく は他の財源から補填する必要が生じることから国 民が不利益を被ることとなる。最低制限価格の引 上げの根拠の 1 つとして低い落札率だと平均点未 満の工事となる割合が増えるというものがあるが、
工事成績評定は評価基準が必ずしも明確ではなく、
工事の履行状況を正確に反映しているものとはい えないことから、これを根拠とすることには問題 がある。よって、明確な根拠なく最低制限価格を引 上げることは止めるべきであり、また、導入目的の 効果と入札価格の下限拘束による非効率性を比較 衡量した設定へと見直すべきである。そして、既存 の代替政策の改善や価格制限政策以外の新たな代 替政策の導入を推進することで、将来的には最低 制限価格制度の廃止も検討すべきである。
最後に、真に産業発展やその結果としての品質 向上を達成するため、そして、協調行動を抑止する ために提言する。公共調達においては入札参加可 能企業を制限する地域要件やランク制といった制 度が存在する。いずれの制度も導入目的とそのメ リットはある。一方で、競争制限により生じうる協 調行動のデメリットも考慮しなければならない。
また、建設産業に限らずあらゆる産業において企 業間競争が行われ、自然淘汰を通じて産業発展し てきたことは歴史的経緯から明らかである。よっ て、地域要件やランク制などの競争参加を制限す る政策は、現在のような画一的な運用ではなく制 度のメリットとデメリットを比較衡量した上で緩 和することが望ましい。
6 今後の課題
政府として目指すべき公共調達システムは、国 民の利益を確保しつつ産業発展とその結果として の品質確保などをいかに実現するかである。その ためには、過剰な産業保護から脱却し、競争当局と 一体となって入札制度の抜本的見直しを本格的に 進めるべきであろう。
主な参考文献
金本良嗣(1999)「公共工事の発注システム」,金本良嗣編,『日本 の建設産業』,日本経済新聞社,pp.69-130.
鈴木彩子ほか(2012)「低価格入札に関する研究」,CR 04-12,競 争政策センター.
大橋弘(2014)「入札契約制度改革の方向性を探る-産業の健全 な発展をめざして」,『都市問題』,105,pp.85-93.