ジャンティーレ・ダ・ファブリアーノ「マギ(東方三博士)の礼持(142~ 年) Jの読解的鑑賞(試案)
一鑑賞教材開発の準備段階の研究(テキストと時間構造を中心に):
鑑賞教育における読解的鑑賞法と対象作品の分析一
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2
3
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)
I
はじめに
本稿では,「絵を読む(r
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g
)」を核とす
る鑑賞指導メソッ
ド
(
も
しくは,鑑
賞授業プ
ログラム)として
位置付ける「読解的鑑賞」に関し,筆者が継続するこれまで
の研究
1)
も踏
まえ
,次の手
Jll
買
で
論考を進める
こととする
。
先ず読解的鑑賞の基礎を成す「読解」について明らかとし
続いて読解
的鑑賞と連関する
2
つの
鑑賞教育論を検討
し そ
こを経て
7
段階鑑賞法をまとめ,最後に本稿で鑑賞対象とし
た表題の祭壇画(後述)における絵とテキストの照応,画面
と時間の構造的関係等を調べ,そこまでを本稿の論考範囲と
定めたい。学習者
は中学生を想定する
2
)
。教材研究的性格の
濃い本稿に基づく読解的鑑賞を具体
化した授業案の提示は,
紙数の関係から別稿を準備したい。
I
I
読解とテキスト
(
「
PISA資料」を基に
)
初めに読解的鑑賞の前提となる「読解」に関し,当用語が
注目されるようになった動向も含め考察を展開したい。
文部科学省(以下,文科省と略記)が「読解力(r
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r
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c
y
)」の育成を超教科的に打ち出した背景に,平成
1
5
年
7
月に結果公表となった,
OECD
(経済協力開発機構)に
よ
る「生徒の学習
到達度調
査」
即ち
PISA
調査
(正式名称
:
Programme
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Assessment
)がある
。
日本の高校
1
年生が,「読解力」「数学的リテラシーj「科学的
リテラシー」「問題解決能力」の
4
分野から成る問題群に挑ん
だが,その内,
他国
(殊にフィンランド)の成績が優れる中,
読解力の得点が
振るわなか
った
3
)。それを踏
まえ
,
平成
1
7
年
1
2
月,文科省は「読解力向上に関する指導資料−
PISA
調査(読
解力)の結果分析と改善の方向」(以下,「PISA
資料jと略記)
をまとめ,読解力育成は,平成
2
0
年
3
月改訂
・
告示の小・中
の『学習指導要領
J
に盛り込まれる形とな
った。
「
PISA
資料」
には
,前稿
4
)
で一部指摘したように,読解に
関し,鑑賞教
育を考える上でも有益かっ
重要な枠組が示され
ている
。
l
つは,「テキストの
2
種形式(表
1
)
」
,
も
う
l
つは,「読
解の
3
過程(表
2
)」である。
ここでテキス
トとは何らかの読解対象を指す。その
2
種形
式の
内,「連続型」は
言語的
テキスト,「非連続型」は図解的(も
信州大学
岡 田 匡 史
表
1
テキス卜の 2種形式
①連続型 文と段落から構成され,物語.解説,記述,議論・説得.指示,
文章または記録などに分類できる。
②非連続型 データを視覚的に表現した図・グラフ,表・マトリクス,技術
的な説明などの図,地図, 書式などに分類できる。
表
2
読解の 3過程
①情報の取り出しテキストに替かれている情報を正確に取り出すこと。
②解釈・・舎かれた情報がどのような意味を持っかを理解したり,推論したり
すること。
③熱考・評価・0・テキストに書かれていることを知識や考え方,経験と結び付
けること。
しくは視覚的)テキストと解すことができる。そこ
で,絵画・
彫刻等,視覚芸術全般を図解の一様態と捉え,非連続型テキ
ス
ト
の一種と考えるなら,絵の鑑賞も読解と
して位置付ける
道が開けてこよう
。
本稿で採り上げる祭壇画にもテキストなる概念が適用可能
となる訳だが,文字表記を含む祭壇画も稀でなく,その場合,
その絵は連続型・非連続型の両要素が融合するテキストと看
倣しうることとなる
5
)
。さ
らには祭壇画に一典型を見る訳だが,
絵が或話(言語的テキスト)を諸手法で視覚化した絵解き的
表現
となれば,その絵は両型の
重層
化したテキストと解せる
こととなる(第
V
章参照)
。
すると,絵を読み解く点に主眼を置く「読解的鑑賞」は,
広く「読解」と措定でき,ここで扱う鑑賞教育の目的を,「美
術作品を読み解く力(r
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)
」
,また
は,フィリップ
・
イェナワイン(P
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pY
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)カ
f
「
{
象
の
中に意味を見出す能力J
6
)
と定
義する「視覚
リテラシー
(
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r
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c
y
」
)
7
)
を培うことだと一般化して考えられるようになる
。
つまり読解力の育成に辿り着く
。
絵をテキス
ト
と解した上で,表
2
を下敷としその
3
段階
の読解過程を考えてみると,表
3
のような整理が可能となる
8
。
)
表
3
テキストとしての絵の読解的鑑賞の
3
過程
①情報の取り出し・・絵に描かれている情報を正確に取り出すこと。
②解釈…描かれた情報がどのような意味を持っかを理解したり,推論したり
すること。
③熟考・評価絵に描かれていることを知識や考え方,経験と結び付けること
よって,こう考えたい。絵の読解の①には,解釈の過程が
内在する
。「これは一体何だろう?J
「何が描かれているのだ
ろう?」と鑑賞者が画中要素に関し自問自答し
ながら解を探
る場合,その次元は既に解釈に属すと考えるからである。
ただここでは
P
ISA
調査のような記述主体の試験ではなく,
絵の鑑賞を想定するため,上掲
3
過程だけでは足りない。読
-10
3
-バランスよき活用が大切と説く。
第
3
の「考えること」は,見ること(観察)と知ること(知
識獲得)を前提に,作品の意味や価値を複数の切り口から探
り
,
そのために「知識を活用し運用する
J
2
4
1
行為である
。吉
II
J
はこれを「読む
こ
と(=解釈)
J
と同列視する
。
なお吉
川
は受
動的な「見る
」
と「知る
」
を「受容
・
蓄積
・
修得・受胎
J
と
いう語群で,能動的な「考える」を「消費
・
蕩尽
・
活用
・
産
出
」
という語群で対
比
的に示す
。
そして,吉
川
は次の睦目すべき結論を書く
。
「鑑賞行為は,その最終的な形態においては,言語による「表
現」なのである。つまり,鑑賞行為は,「直観jによって始まり,
言
語表現によって完結するので、ある。」
}
お
全過程が言語表現をベ
ー
スとしながら
,最
終的に学習者が
自らの考えを言葉でまとめる意義を説く吉
川
の見解が, P
I
SA
型読解における前記諸側面を先取り
し
ている点も高く評価さ
れよう
。
と共に
,「数学
的思考や言語的思考といささか異なる
性格をもっ,イマ
ー
ジュに
よ
る思考
j26
)
が考える過程には含ま
れる点も補完的に説く
。
吉
川
は別稿で,鑑賞の基盤を成す見る
こ
との訓練の必要性
も説く。また解説に終始するような知識注入型の鑑賞授業
を認めず,知識は蓄積より運用を優先すべきで,ゆえに考え
ることが大事だと説く。そういう視座から小・中の鑑賞授業
を展望
し
,
「小学校での鑑賞行為の基本路線は,「見る」から「考
える」で、あったが,中学校ではそれは,「知る」から「考える」
へと軸足を移す
こ
とになる
J
2
7
1
と書く
。読
解的鑑賞を行う好適
期を中学校段階
と
考える筆者も同感である。
松本孝一郎(熊本県
・
宇城市立不知火中学校[平成
1
7
年
度当時
]
)は,中学校での検証授業を通じ,
「
見る
・
知る・考
える」が中核を成す吉
川
の鑑賞学理論の,中学校段階にお
け
る有効性を明証
し
た
お
)
。
その時に立てた仮説お
)
が
, P
I
SA型読
解過程と重なる所があり,知る過程を特に重視する読解的鑑
賞の立場からも示唆に富む。
絵は書物とは違う。が,数え切れぬ解読可能な情報を盛り
込める視覚伝達媒体でもあるから,読解可能なテキストと解
される初)。対話型鑑賞だと,自由
・
無
制
約下での解釈の連鎖
的進展を支持する傾向が強い。学習者と教師が,絵を前に,
相互間の啓発
・
受容・理解をベ
ー
スと
し
て楽
し
く学び合える
対話空間を成立させる試みは感性への刺激,想像の拡がり,
知的探索を促し美術を身近に感じさせる効果もあるから大
切である
。
また,考えを正しく伝える
こ
とも求められるため
,
自ずと言語能力が練られる。が,鑑賞教育がそれだけで充足
してはいけないだろう
。
金子一夫は,授業が幾ら楽
し
くとも,「授業に
よ
って学習者
の認識構造が高度
化・
深
化
しなければ教育とは言えない
j31
)
と
説く。
ま
た石
川
は,知る範囲の狭さ(知識の偏り・少なさとも
換言できる)が作品を歴史的文脈から隔離してしまう点に
言
及
し
,「理論的,体系的な芸術批評が早くから試みられた西洋
の場合,歴史的視点の欠落は,かえって作品に対する理解を
困難にするはずである」
32
)
と説く
。
歴史的視点(と関わる知識)
を持つことが,作品理解を画一化
・
残個性化するという先入
見とは逆の見識と言えよう。
人は何かを考え
判
断する際
,
既得の知識,理解の枠組,価
値軸等を必ず利用している
。教育
とは,それらを土台としつつ
新たな知識
・
理解
・
価値軸等を伝え,学習者の見方や考え方
の更新と再組織
化
を図り続ける営みである
。
変幻自在で夢想、
と似る拡散的解釈も目的に応じ必要となるが
,
健全な思考力
を鍛えるには,むしろ堅実な根拠に立つ推論が有効で、あろう
と思う
。
そ
れは鑑賞教育にも該当する
。本稿
はこ
こ
を前提とする
。
r
v
知る契機を重んじる
7
段階鑑賞法の提案
石
川
と吉
川
から学んだ点も参考とし,読解的鑑賞をどういう
手
l
I
l
夏
・
段取り・プログラムで実際に組み立てればよいか,それ
を模索することが次に求められてくる
。
その際,筆者が参照す
るのが,エ
ド
ムンド
・
パ
ー
ク・フェルドマン(
E
d
mundBurke
Fe
l
d
man
)が考案した
4
段階批評鑑賞メソッ
ド
であるお)
。鑑
賞授業を設計する上で\有益な視点と方法を提供してくれる。
表
4
フェ
ルド
マンの美
術批評
4
過程
第l客観的に作品の主題を指摘する記述(Description)の段階
第 2点・線・形などの形式面における造形要素の形式分析(FormalAnalysis)
の段階
第3第1・第2の段階の総括も踏まえ.批評者が独自の意味付けをする解
釈(Interpretation)の段階
第 4作品の良し悪しを決定する判断/評価〔Judgment/Evaluation)の段階
表
5
指
導
手
順の概略
(
7
段階の鑑賞法)本
7
段階の
内
,
5
と
6
が副題と関わる
。
l観 察 と 記 述 群 衆・禽獣の拝めく絢測豪華な中央図初め,祭壇画全パー
トを限なく見視、・発見できた内容を学習カードに記録。一覧表を作成
し 発表し合う 学友の意見を書き足す)。
2視線の誘導(観察の焦点化)見てもらいたいポイントを教師が幾っか精
選し助言的に示す(遠景の三連場面や3制連接するプレデ‘ノラ[裳画]等)。
3読解の試み:「何が捕かれていたり「登場人物は誰?
J
「場所はどこ?」「何
の場面?」「何をしているところ刊を中心的問として.対話型鑑賞を展開(正
解は求めず,多様な推論・解釈がありうることを学び合う点を重視)。
4調査調べ学習の時間を設け,作者,その活動範囲.時代背景。 Gde F
Magiの成立経緯・素材・技法・様式的特徴等について知識を得る。
5テキストの理解・主テキストの福音書(新改訳・新共同訳両版)の当該記
事(マタイ 2:1-12)を読み,どこをどう絵画化したかを確認する。副テキ
ストも可能な限り参考とする(理想は自ら調べる)。
6時間構造の学習・話の内容・進行を伝える種々図示法を理解し,時間構造
を学ぶ。7)ー情景の内に,起こった時間が異なる諸場面を描く(異時同図法)。
イ)複数の継起場面を連接により,また,帥絵的に表す。ウ)その他。
7作品評価と発表「私はこう思う。なぜなら
J
と鑑賞作品に関し。省
察を基に感想や評価とその理由を語り合う。
表
4
は
,
和
田学が概述
し
た
4
段階の特質を一覧
化し
たもの
であるお
)
。第
1
・
2
が「見ること」,第
3
・
4
が「考える
こ
と
」
に該当する
。
ただ吉
川
が重要性を強調した「知る
こ
と
J
を扱
う段階がない
。
これを石
|
川
は,「知識を援用する以前の感覚を
通じて作品を記述する描写と分析の段階を重視しているj
お
)
と
積極的に解
し
たが,
筆者
は
,第
3
の解釈に続けて調査と再解
ハ
U
釈を加え,
6
段階とする修正案を前稿で提起した
36
)。知ること
が学習の根幹と考えるからである。
本稿では,描写要素の図像学的解読も助けとしながら,絵
が語る内容を,自由読解を経,最終的にはテキストとの関係
の中で読み取る点を重視することとする
37
。
)
そこで,今回は,前稿で示した
6
段階の指導の流れに手を
加え,構造を練り,
7
段階の鑑
賞法(表
5
)を提起
した
く思うお)。
v
鑑賞対象:ファブリアーノ
「
マギの礼拝(
1
423
年
)
」
1
概容と
画
題及びテ
キ
ス
卜
本稿で鑑賞対象としたのは,「ゴシック美術とルネサンス
美
術の連結点に位置する
国際ゴシック様式の大御所」
39
)
と
認
J
めうる,ジャンティーレ・ダ・ファブリア
ー
ノ(
G
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F
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b
r
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n
o
1
3
7
0
年頃
−
1
4
2
7
年
)の「マギの
礼拝
(
1
4
2
3
年)」で
ある。メデイチ家の老コジモ(
Cosimo
d
e
’
M
e
d
i
c
i
)と敵対し
た大富豪,パッラ・デイ・オノフリオ・ストロッツイ(
P
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O
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f
r
i
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S
t
r
o
z
z
i
)が依頼した,サンタ・トリニタ聖堂聖具室
を飾る祭壇画である。ファブリアーノの絵は日本での知名度
が低いものの,美術史的評価は高く,本作は数ある三王礼拝
図の内でも,傑作中の傑作と評される。
本作は,現在ウフィツィ美術館(フィレンツェ)に蔵され,金箔・
金泥を多用した極めて装飾的なテンペラ画で,額装も含め,物
質的なコンデイションは圧倒的で\その醍醐味は実見せぬと解
らない。遠山公ーは,その絢澗豪華な趣をこう記す。「そこに
は金属箔が貼りめぐらされ,あるいは盛り上げた漆喰に金泥を
塗り込めた上に,線影や編目や点摘があらゆる技巧を
駆使し
て加えられている
。
」
40
)
さらに遠山は,今や黒変した銀の部分も,
描かれた当時はさぞや埋めいていたであろうと想像する。そこ
で,筆者は今夏現地を訪れ,国際ゴシック様式を扱う企画展
41
)
の
ー出品作ともなっていた本作を展示環境と共に味わい尽
くす機会を得,実
物鑑賞の意義を改めて確信することができた
。
本画題「マギの礼拝」は,イタリア語だと「
Adoraz
i
o
n
e
d
e
i
Magi
」,英語だと「
TheA
d
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f
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Magi
」となる
。
「
A
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z
i
o
n
巴/
A
d
o
r
a
t
i
o
n
」は礼拝(=神への熱心な崇敬・愛慕・
祈り)を意味する。この話は,『新約聖書
J
「マタイの福音書」
2
章
1
-
1
2
節に出てくる(図
1
[新改訳版
42
)]参照)。
本稿で,画家の名前と画題を圧縮し,
G
.
d
e
F
.
Magi
と記す
場合,本祭壇画の略記と了承戴きたい。
久保尋二は,「起源の古さ」
43)
「中世ーからルネサンスにかけ
ての連綿たる持続の長さ
j44
)
,「そのときどきの時代の内容を構
築させた民衆の感性の確かな表出」
45
)
の
3
点を根拠に,「マギ
の礼拝」を「キリスト教美術のもっとも代表的な画題」
46
)と位
置付けた。そこにルネサンス期の精神史的要素の豊富な包蔵
を認め,「ルネサンスの名ある美術家のほとんどが筆を染め
j47)
た画題でもあると聞記しそれゆえ,数ある伝統的な宗教画
主題の中からマギの礼拝を研究対象に選んだと書く。
イエスがへロデ王の時代に,ユダヤのベツレヘムでお生まれになったとき。
見よ 東方の博土たちがエルサレムにやって来て.こう言った。「ユダヤ人の
王としてお生まれになった方はどこにおいでになりますか。私たちは。東の
ほうでその方の星を見たので,拝みにまいりました。」それを聞いて。ヘロデ
王は恐れ惑った。エルサレム中の人も王と同様であった。そこで,王は 民
の祭司長たち,学者たちをみな集めて,キリストはどこで生まれるのかと聞
いただした。彼らは王に言った。「ユダヤのベツレヘムです。預言者によって
こう書かれているからです。『ユダの地,ベツレへム。あなたはユダを治める
者たちの中で,決して一番小さくはなし、。わたしの民イスラエルを治める支
配者があなたから出るのだから。j」そこで,へロデはひそかに博士たちを
呼んで,彼らから星の出現の時間を突き止めた。そしてこう言って彼らを
ベツレヘムに送った。「行って幼子のことを詳しく調べ.わかったら知らせて
もらいたい。私も行って拝むから。」彼らは王の言ったことを聞いて出かけた。
すると,見よ,東方で見た星が彼らを先導し。ついに幼子のおられる所まで
進んで行き。その上にとどまった。その星を見て,彼らはこの上もなく喜んだ。
そしてその家に入って。母マリヤとともにおられる幼子を見,ひれ伏して拝
んだ。そして,宝の箱をあけて,黄金,乳香。没薬を贈り物としてささげた。
それから夢でヘロデのところへ戻るなという戒めを受けたので, ~lj の道か
ら自分の国へ帰って行った。
図
1
テキスト:
『
新約聖書
』
マタイの福音書
2
章
1
-
1
2
節
宗教
画鑑
賞が西洋文
化理解
(日常生活から信
仰観まで
)も
伏線的目的とすべきと解す筆者は,久保と同様な認識を抱き,
好適な鑑賞対象として
G
.
d
e
F
.
Magi
を選定した。
それと今回は絵とテキストの関係や絵に内在する時間構造
への理解を深めたい
。
G
.d
e
F
.
Magi
は
,
金 が 輝 台 着
飾る彩
しき人々が
登場する
祝
祭的な「見る絵」であるばかりではな
い。主・副の多様なテキストが凝集する「読める絵」でもあり,
読み手である観者の興味を湧き立たせ,学習の多角的アプロ
ー
チを可能にすると期待する。これも選定理由の
l
つである。
マタイの福音書他
2
6
篇を収めた『新約聖書』は,総てギ
リシア語で
書か
れている
。
画題ともなり,博士達と訳出され
る「マギ(
magi
)」は,魔術師(英語で
m
a
g
i
c
i
a
n[
m
a
g
i
から
の派生語])の意も含むラテン語の「マグス(
magus
)」の複
数形で,元のギリシア語は「マゴス (
μayoc;
)
」,その複数形
が「マゴイ(
μ
α
y0
L
)
」である。
ところで,画題だと
,その訳は「東方三博
士(または
三賢者
・
三
王)」が一般的だが,新改訳版注解書は,「星の運行で運勢
を占う,占星学者たち
j48
)
と説き
,新共
同訳版
49
)は,<占星
術
の学者たち>と訳す。また,聖書はマギと複数形で示すものの,
人数は明記しない。名称・人数に闘し注解書では,こう説
明が続
く。「
この博士たちが
三人
と
言われるのは
,
三種類の贈
り物をささげたことからの推測にすぎない
。
伝承によると,彼
らは王でもあった。
j50)
3
種の贈り物とは,<黄金,乳香,没薬(マタイ
2
:
1
1 [
2
章
1
1
節の意|以下同様
f
])>である。後者
2
つは耳慣れぬが,
乳香は撤檀科の木より採取した良質の樹脂で,香として焚く
(甘き香りが漂う)
。
没薬も同様で,ただこちらは香りょくさら
に殺菌作用もあるため遺骸の防腐剤として使われた。よって,
初代教父達の間では
3
つをキリストと結び付け,「黄金=キリ
ストの神性,乳香=キリストの聖性,没薬=キリストの死」と,
それぞれの象徴的意味が解釈された
51
。
)
ハ
U
さて,生徒なら
3
種の贈り物をどう解釈するだろうか。脱
線した面白い意見も出てきそうだ。久保も,「マリアが貧しい
ので黄金を,馬小屋(ルカ伝第二章)の悪臭を消すために乳
香を,聖児の手足に力をつけかっ害虫を駆除するために没薬
を
」
52
)
という俗説を紹介している
。様々な考えに
触れる過程で
,
テキストの理解に奥行が出てくる。
マタイ
2
:
1
-
1
2
の記事からは種々伝承が生じ,
3
人の差異化
も進み,それらも絵画化を補うテキストとして,
G
.
d
e
F
.
Magi
を初めとするマギ礼拝図で活用された
。
久保によると,マギ
を
3
人としたのは,
3
世紀に活躍したアレクサンドリアのオリ
ゲネス(
O
r
i
g
e
n
e
sAdamantius
神学者)である(オリゲネス『創
世記講
話
J
H
o
m
i
l
i
a
e
仇
Genesim
X
N
,
3
参照)臼
。
)
また
,マ
ルセル・パコ(
M
a
r
c
e
lP
a
c
a
u
t
)によれば,ヤコボ・デ・ヴァラツ
ツェ
(
J
a
c
o
p
o
d
a
V
a
r
a
z
z
e
)が,名前と年齢について,メルキオー
ル(
M
e
l
c
h
i
o
r
)が
6
0
歳,パルタザール(
B
a
l
t
h
a
s
a
r
)が
4
0
歳
,
カスパ
ー
ル(
C
a
s
p
a
r
)が
2
0
歳と伝える臼
。
)
久保は,メルキオ
ー
ルをヨーロッパ,パルタザールをアジア,カスパ
ー
ルをアフリ
カの徴と解し,肌を白
・
褐色
・
黒と描き分けるという,人種別
の確立にも触れる問
。
G
.
d
e
F
.
Magi
でマギのイエス拝謁の場景を描く時,参考と
なった想源は,主情報の他に,出産場所の洞窟と産婆
2
人を
記す「ヤコブ原福音書(新約外典)」
5
6
)
1
7
-
2
0
章や
,マギー行の
旅程を綴るヤコブス・デ・ウォラギネ
(
J
a
c
o
b
u
sd
e
V
o
r
a
g
i
n
e
)
『
黄
金伝説
J
「
1
4
主の
ご公現」
57
)
等と考えられる
。
東方(今なら中東[イスラム圏])が喚起するイメージも,
画面を飾り立てるのに寄与したはずだ。久保は,東方的イメー
ジの体現に画家は苦慮したと想像し,「僧帽,服装,装身具,
礼物の器,等はいうにおよばず,果ては騎舵,麟麟,駐鳥,虎,猿,
等
までも採り入れて,はるばる東方の固から来たことの暗示
に懸命であった」部
)
と記す
。
G
.
d
e
F
.
Magi
もまさしくその
類の
作例である
59)0
ダニエル・アラス(
D
a
n
i
e
l
A
r
a
s
s
e
)は
,
G
.
d
e
F
.
Magi
に
ついて,「ひじように豪華で\金の浮き彫りを用い,無秩序な
までに物語を詰めこんだ,過剰この上ないもの」
ω
と記す
。
2
.
宗教画とテキスト
第
I
章で
'
.
PISA
調査におけるテキストの
2
類型を検討し
中でも絵をテキストと解すラジカルな視点を確認した。これを
踏まえ本節では,絵をイメージ豊かに成立させることとなっ
た言語テキストを扱い,絵とテキストの関係を精査したい
。
本を読み,印象に残る情景や感動した場面を絵に表したもの
を,「読書感想画」と呼ぶ
。言葉
が紡ぐ内容には,感情(喜怒哀楽)・
身体感覚といった不可視な要素や,友情
・
正義
・
博愛等の抽
象度の高い主題
・
理念も混ざり込み,それを視覚化することが
柱となる
。
ここで本は絵にするための情報を満載したテキスト
と位
置
付けられ,絵とするのに要すテキスト内の情報の探索と
抽出により読む力が増すと解される
。
またできた絵は
話を集
約的
(
時に象徴的)に図解するアイコンと認められる
61)
。
本稿で扱う
G
.
d
e
F
.
Magi
は,読書感想画の一種とも言え
,
西洋で発達を見た宗教画
(
殊
にキリスト教絵画)
全般が原理
的にそうである。ただ一般的な読書感想画だと,テキストと
絵の関係は l対 lだが,宗教画だと複数活用されることもあ
る
。
加
えてテ
キストの分
量も
宗教画だとほんの数行と極端
に短いこともある。一例を挙げよう。降誕図は,『新約聖
書
』
「
l
レ
カの福
音書
」の次の
2
章
6
-
7
節を出典とする。<彼ら(ヨセ
フとマリア[筆者補記])がベツレヘムにいるうちに,マリア
は月が満ちて,初めての子を産み,布に
くるんで飼い葉桶に
寝かせた
。
>この短さに対し,
G
.
d
e
F
.
Magi
の礼拝場面の出
典は,図
l
に示すように
ー
篇の物語の規模を有す。
ここで問題となるのが
,テ
キストの場面選択をどうするか
である
。
さらには時間を空間にどう変換するか,
一
続きの話
の流れ,その継時的展開を,区劃
・
限定された
l
つの画面空
間内にどう配置構成するかである
。
『ラオ
コーン
.162
)
で
,
ゴ
、
ツ
トホルト・エフライム・レ
ッシング
(
G
o
t
t
h
o
l
d
Ephraim
L
e
s
s
i
n
g
)
は
,色や形で或瞬間の状態を
表せる絵や彫像を「空間芸術」,言語により時間的推移の中
でメッセージを伝えうる文学や演劇を
「
時間芸術」と論じた。
確かにメッセージを逐次的に読み取らせる文は時間を容易に
表せる
。
が
,
動画なら可能だとしても,像が静止し空間的
在り様が
一
瞥的に捉えられる絵や彫像だと,それができない
。
しかし,語を絵に翻訳し
,
テキストに則り視覚表象を描か
ざるを得ぬ宗教画は
,
その両者の境を越える方略を必要とし
た
。
そして,対象を関係付けたり,画面を分節したり,遠近
を利用したりと,様々な表し方を成熟させた
。
それと,絵は
全体が一瞥できても,細部とか部分間の配列関係とかは
一
瞥
できぬ点も見逃せない
ω
。
それが時聞を要す見方を促す
。
3
.
画面の組立とテキス卜の絵画化
そこで,進行し諸場面が続くテキストの内容を
l
つの画面
に統
合する方法を,表
6
に概
略を添え掲げることとする
。
表 6
テキ
ストの絵画化の 8つの方法
C
I
:
代表 法 読後,一番印象に残る, ま た 最 も重要だと判断される出来事を
lつ選び,その場面を摘し
②象徴法絵を見る者の連想・予備知識も想定して,説明的に図解せず.象
徴的図像を表すだけで.物語の主題を包括的に示す。
a
:
集約法・lつの話の特徴的部分を幾つか寄せ集め,l枚の画面を構成(合成)する。
④連続法。反復的に列成したり.或方向を向いたりする一群により,時間経過
(含運動的要素)を感じさせ.行く先が未来,進行中の状態が現在.後方が
過去と構造化されもする。
⑤時差遠近法前崇が現在,中・遠景は過去か未来に属すと解し,主要場面
と他の場面の問の時間的推移を表す。
⑥異時同図法:主要場面を中心部に置き,その周りに継起時刻(時系列)の
異なる副次的諸場面を配し 全体をー繋がりの統一的情景とする(同じ人
物やモチーフが複数回登場する結果となったりもする)。
⑦異所同置法.違う場所で同時発生した出来事を,同じ空間にまとめて表す。
③ 齢 制 法 漫画と似た働割を施し,話の流れに沿う諸場面を各齢に描く。
-ので,フ。レデッラ中央と右の前後関係も解釈が難しくなる。
最後に中央トップのメダイヨンに目を移す。そこに裸童の約
3
0
年後の顔貌を認め,その仕種が最後の審判だと判る時,『旧・
新約』の最終章たる「ヨハネの黙示録」が想起され,キリス
ト再臨の超時空的イメージも拡がる。当事象は未来に属す
671
。
さて,一群の中,カスパールの後ろで鷹を手に立つターバ
ンの男が,本祭壇画注文主のパッラ,その左が息子との見方
がある(生田園が当説を紹介鎚))。とするなら,完成当時にお
いて,現存の親子を描き込むことで,絵が示す時間帯と現在
とが同置され結び着く結果となる。そういう超時空的配列も
絵ならできる訳である。
V
I
まとめ
本稿の考察は以上となる。続いて課されるのは,
G
de
F
.
Magi
を用いた鑑賞題材の開発である。そのための手順的枠組は,前
述した
7
段階鑑賞法が示すプログラムの通りであり,次稿で具
体的な鑑賞授業案を提示できたらベストである。本稿への忌俸
なき意見・批判も賜りながら,生徒達が絵を存分に楽しむことの
できる実践的価値の高い読解的鑑賞題材を構想する所存である。
なお,本稿前半で論じた読解的鑑賞に対し,なぜ絵を読ま
ねばならぬのか,知識や理屈は必要なのか,絵を目が享受し
たら直ぐ様感動に到ってもよいのではないか等の疑問・批判
もあろう。これに対し筆者が示したいのは,作品鑑賞ガイ
ドでなく,生徒達が何を学ぶかを基軸とした鑑賞学習の在り
方であると,現段階では応えておくこととする。金田晋は,美
学者の立場から,絵を「読むとは無限に迂遠な回路を自覚的
に歩むことを要請する」
69
)
と書くが,学習だとそれに近いスタ
ンスが求められる。その上で,可能な限り生徒達にとり濃密
な体験が持てる題材を今後提起したく思う。
(参考図版)
ジャンティーレ・ダ.77'ブリ
'·"~'··
アノ(Gentile
da Fabriano)「マ
ギの礼拝」 1423年板,テンペ
ラ , 金 全 体300x 282cm/主
画 面173×220cm フィレン
ツ工,ウフィツィ美術館(図
版典拠ステファノ・ズッフィ
編[宮下規久朗訳]『イタリア
絵画一中世から20世紀までの
画家とその作品』日本経済新
聞社, 2001,p.51. La pittura
italiana, i maθstri diogni
tempo e i taro capolavori,testi
di Stefano Zuffi, Milano, Electa
Mondadori, 1997.)
(附記〉本研究に当たり, 日本学術振興会の平成24年度科学研究費助成
事業(学術研究助成基金助成金(基盤研究(
C
))「鑑賞教育における図
像学的読解メソッドの研究」(課題番号23531179)の援助を受けた。
註
1)先行する拙稿4篇を列記する。①「読解的鑑賞の提案一「放蕩息子
J
6点を読む」『信州大学教育学部紀要』第gg号, 2000,pp.9 19.②「対
話型鑑賞,鑑賞能力(美的感受性)の発達,鑑賞指導メソッドの研究一
読解的鑑賞の準備的論察」『美術教育学
J
第31号,2010,pp.139150.③「読
解的鑑賞の論察(再提案)ーレオナルド・ダ・ヴインチ「最後の晩餐(149598
年)」を読む」『大学美術教育学会誌』第42号,2010,pp.55-62.④「ジョウ、ア
ンニ・デイ・パオロ 「天地創造と楽園追放(1445年)」の読解的鑑賞−
6
段階鑑賞i去の提案」『大学美術教育学会誌』第44号,2012, pp.143-150.
2)岡田②.上掲参照。
3)「PISA資料」によると,読解力分野での日本の平均得点は, 2000年
調査時の522点(8位)に対し, 2003年調査時は 498点(14位)と後
退した。2回共 540点を上回ったフィンランドは,連続 l位。同じ東ア
ジア圏の韓国は, 525点(6位)から 534点(2位)と成績を上げた。
4)「V C&Eへの 6段階鑑賞法の適用」岡田④,前掲, p.145.
5) 2要素を複雑に複合した読み方が求められ,読者の成熟によりそれ
が可能となっている様式として,漫画・絵本の類も挙げるべきであろう。
ただこれは鑑賞者が文字を読めることを前提とした話である。本稿で鑑
賞対象とする祭壇画は15世紀前半の作で,一部文字表記があるが,そ
の頃だとイタリアでは公衆の識字率は著しく低く,画中の文字は殆ど読
まれなかったはず、である。ダニエル・アラスは,自著で,ではなぜ絵の
中に文字を書くのかと問い,文字は「言葉のイメージ」のためにあると
解した。ダニエル・アラス(吉田典子訳)『モナリザの秘密 絵画をめ
ぐる25章
I
.
2007. 白水社, p.129.参照。 DanielArasse,Histoiγ・es de
peintures, France Cultur巴/Denoel.2004.
6) PhilipYenawine,“Thoughts on Visual Literacy'’.p 1.originally
publishedin Harばbookof Researchon TeachingLiteracy through the
Communicatirnα凶 V叩wlArts. Available athttpノ:/www.川shorn巴org/
7) ibid.,the same page.
8)ただ絵は視認上の|凌味さを伴うがゆえ,情報を画中からいつも正確に
抽出し特定できるとは限らない。まして菅の外国の絵,殊に宗教図像を
多種盛り込む祭壇画類の場合,のみならず19位紀末から20世紀初め
にかけての都市風俗を扱う印象派諸作て、あっても,日用品ですら情報の
即断的視認が困難となる場合を認めうる。異邦人たる日本人には特にそ
うである(逆もまた同様である)。
9)次のURLを参照。
http:/ /kjd.edu-ctr.pref.kanagawa.jp/hl8kenkyu/html/Dokl王ai.htm
10)「中学校美術科の学習と「読解力」」
http://kjd.edu-ctr.pref.kanagawa.jp/hl8ke口kyu/pdf/Dokl泊iidj0600.pdf
11)読解的鑑賞は,映像リテラシーにおいて国語科とクロスする点が少な
くない。藤森裕治「国語科教育における映像メディアの教育内容 メディ
ア・リテラシーの視点から」 『国語科教育』第53号,全国大学国語教育
学会, 2003,pp.18 25.参照。
12)石川千佳子「美術史方法論を踏まえた美術鑑賞の実践」『宮崎大学教
育文化学部紀要芸術・保健体育・家政・技術』第25・26号, 2012.p.l.
13)同, p.3.
14)同, p.4.
15)同,同頁。
16)同,同頁。
17)同, p.7.
18)!OJ,p.4.
19)この考えは,『中学校学習指導要領1第
6
節美術冒頭の目標の文を構
成する以下2箇所,「美術を愛好する心情を育てる」,「豊かな情操を養う」
と関わる。
20)吉!||笠「行為としての鑑賞一鑑賞学の序章としての鑑賞行為の分析」
『大学美術教育学会誌』第25号, 1993, pp.4149.参照。
21)同. p.42.
22)同, p.43.
23)同,同頁。
24)同, p.45.
25)同, p.47
26)同, p.45
27)吉川登「鑑賞学実践研究の特質と可能性」『熊本大学教育実践研究』
第25号, 2008, p.35.
28)松本孝一郎「中学校美術科における鑑賞を深める指導法の研究一「鑑
賞学」の手法を取り入れた授業展開の工夫
J
熊本県立教育センター教科教
育研修部図工・美術科の平成17年度国内留学研究(研修成果), pp.14.
http:/ I sakural.higo.ed.jp/ edu c/kokuryu/hl 7pdf/matsumoto.pdf
29)以下筆者の理解も加え仮説をまとめる。「見る
J
に関しては,作品から
受けた印象の説明(言語化)や指導者からの視点の提供(焦点化)が,
細部に亙る詳細な観察を導く。「知る」に関しては,比較鑑賞から「作
品の内部的知識(様式・技法等,作品自体から確認可能な情報)」を.
文献資料を使う解説から「作品の外部的知識(作者の人格や時代背景
等)」を得る。 「考える」に関しては, 「「見る
J
「知るjの段階で得た情
報を組み合わせて作品の解釈を行う。」
30)「開かれた作品」を標携するウンベルト・エーコ(UmbertoEco)なら,
絵からの情報抽出も,その情報の分析・解釈も,また絵の理解も,原
日 可
d
ハU