金属貨幣と紙鮮
一三 螢弊制皮、の改革
文明は分業を意味L、分党は供給を昔味する、併し需要︵貨幣︶の紋乏せる薦に物情が下沸すれぼ供給は交換に 道教展しない。夫故に文明の進歩は物慣抄下落によつて阻止される。 貨幣と文明とはその盛衰を共にする。失政にマーカンティリストが貸簡を以て富及び文明の精髄であると考 へ、輸入税を課して金の増加を間る経臍政策を梯てたのは必ずしも不都合だとはいへない、その思想は健全であ ったが只その磯硯の什方が不味かつたのだ。マーカンティサストは貨幣と金とを混同し、金はその﹁内在的偶値﹂ により寄蹟む行ひ得ると考へた。彼等の眼中には金のみあつて貨幣がなかつた。彼等は、商品の交攻を妓介し、 並陀分巣により富の増殖を可能ならしめるものは金ではなくして貸簡であることに気付かなかつた。然るに貨幣 目附位階の理論的棍凄日附貨幣の理論的根蝶 ︵二︶
岩
井
︵〓ニ五︶ 二七︵〓ニ六︶ こ八 第九巻 第 こ 輩 と金とは別物であり分離し得るものであることを知や、且つ物慣の安定が肝要であることを知った人達は、仇給 が需要を超過し物慣が下落し始めたときに紙偲を準行し、その道の場合には紙幣を焼却することに常然想到す る.〇 フリエールシサイム︵茎chae−F誉sc訂ぎ︶は余︵ゲゼル︶が此の思想を教案し之を普及した様に云ってゐるが、 余は此の柴替を尉過し、現在の紙簡は只その数鹿を調蘭することによつてのみ供給に適合させられるものであつ て、之丈けではその教典をあげ得ないものであると反駁しなければならぬJ即ち貨幣の数最を調節しただけでそ の流通を統制しなけれぼ、上述の貨幣流通上の矛盾は除かれないのである。 貸簡が一般商品よりも、良い商品と考へられ、世人が貨幣の貯蔵を行ひ、投撥巣窟が市場撹乱の馬めに之を患 用する限りは、貨幣が正笛な歯糞上の利潤以上の買和を取らないで交換媒介の用に供せられる様なことはない。 元来貨幣は﹁市場といふ門を開く絶たるべきもので之を閉す閂であつてはならぬ﹂、叉それは通路たるべきもの で、往来止めの横棒であつてはならぬ、即ち貨幣は交換を助長すべきもので之を阻碍すべきものではない。′叉貸 ブレーキ 簡にして交換手段であると同時に肝臓手段であり、拍車であると同時に制動磯であることはできない。 大政に余は純粋の紙幣本位によつて初めて智行し得る魔の貨幣沈通最の閥家的統制といふことの他に伺交換手 段と貯絨手段とを完全に分離さすことを鍵案する。貯蔵といふことは世界中の凡ゆる財を以てなし得るのに、礪 り貨幣のみを以てせねばならね道理はない。貨幣は貯噛するために作られたものではない。
供給は、その嘗餞たる商品に間有の性質かち、′強制的に行はれるものであるから、之に應じて需要も張細雨元 なされ、従って偵格の決定に封し供給が需要よりも不利な立場に立つことのない様にすることを余は捉柄するの である。供給は商品所有者の意志によつて左右されないから、▲需要も貸簡朝市者の青息により左右されない様に しなけれぼならぬ、かくなれば、商品の生産盈を知れば直ちに供給最のわかるのと同様に、貨幣の存在最を知れ ば直ちに需琴韮を知り得るに相違ない。 此の目的を如何にして達成するかに就いては後に之を述べるが、とに角貨幣を疲制的に耽通させれば供給と需 要とは二激し、恐慌などなくなつて仕舞ふ。 菟に述べた事柄の甫蕾怜を立讃する馬めにフリn−ルシャイムの毒張をもつと詳細に吟味しやうと思ふり殊濫 アルゼンチン、ブラジル、印度などの関々に於ける篭券制度の改革により多大の好結果を収め、紙幣に封する注 意を喚起L、此の紙幣といふ交換手段が将来完成されるに至るとの侶念を抱かしめる様になつたので今之を吟味 することが柏めて肝要である。 上述せる如き葦なる磯葬制度の改革、即ち物慣に臆する様に紙幣最を増減する槽能を国家に輿へんとする詮は 到底不完全のものねるを免れない。蓋し此の場合国家は平均物情を以て貨幣に封する需要を算定すべ.きであつ て、閑寂は物偵の下落するとき箕幣流通嵐を増加し、物慣の騰貴するとき之を減少せLめる。此の紙幣は金や其 他の商品忙兇漢さるべき庵のではない、犬故此の紙幣の所持者にして允換を欲すれぼ之を市場︵持刑して商品を 日附貨幣の理論的横凄 ︵二二七︶ 二九
第九巻 第二罪
二ニス︶ 三〇 買はねぼならぬ、併し此紙幣とても矢張肝臓手段として或は、投機業者の橡備金として濫用される。失政に需嬰 が供給に対して有する優越的な特棟は依然として竣存し∵貨幣桝有者の意志にょり需要が左右される。 此の改革の目的とするところは漫性的珪辟過剰や先発を除き、辟臍熱慌を起さぬ様にし、資本制チを引下げる にある.のだ。 此の賛辞制度改革論の運命は側にか1つて貯笥者の掌中にある、而して先にも述べた如く貯蓄が行はる1限り 物情が下落して恐慌を惹起すのである。之拡封して論者は云ふ、物情の下落庖貨幣の快乏によるのであり、その 快乏は貯蓄に基くのである、そこで貯蓄したい者には膠平に貯蓄をさせ、その貯蓄された金額だけ別の新貨簡を 以て補充すればよい、。若し此の貨幣を借りて家屋やエ場を建設する企柴家の利益が低下するやうになれば、国家 が貨幣を供給するに常つてもそれに應じた磯な低利率を課し、若し必要とあれば無利チで貸出してもよいとい ふ。 此の掟案は簡単で合理的なものゝ療に思へるが、それは素人考へにすぎない。元来貨幣は交竣手段であり、交 換を容易にする篤に存する。従つて或人が虫産物を密れぼ瀬射て他わ生魔物東員ひ﹂以て交換を領了して初めて 貨幣の目的は達成されるのであるが、若しその人が購入を躊躇して交換藍冗了しなければそれ偲貨幣の檻用であ る0 生産物を資つて悪幣を村た着挿畔の貨幣恩以て他の生産物濠購入するか、又は之を錐條件で貸付けるか又は光きの生産物を買戻すかしなければならぬ。然るに此の貨幣を貸して利子をとる者がある、利子をとることは商品
の交換に課税するのと同じ軍であつて、国家は佃人にか1る樺利ありとは認めてゐないのである。どういふ傭件で貨幣を貸借しょうとそれは結局私事であつて閑寂の興り知らないところである。そこで国家虻貯蓄者に封して
奉ひ渡すであらう。汝の窮する餞別金を市場に戻t商品と交換せよ、若し商品の必要がな冊れぼ層啓手形、約束 手形、質入謹書等を買取って、商品を必蓼としつ1之を買入れる貨幣を持たない人にその貨幣を渡せ。馬替手形をどういふ條件で買入れるかば汝の自由だが、汝の持てる貸簡を直ちに市場に引戻すべき絶封的の義務がある、
汝が若し之を躊躇せば、人民は之により損啓を蒙るが故忙、汝は鹿罰せらるべしと。
語弊制度の改革を主張する者はこゝの道理がよくわからぬのでどうしても自詮を驚現させようとするが、葵券
制度の改革だけでは決して貨幣の貯祓が止むことはない。論者はいふき貯寄宥がその刺傲金を貸すのは利子が
得られるからである、ところが閥家がその貯蓄された丈けの貨幣を印刷機を運押させて補乗すれぼ利子が下って
貯蓄者は貯蓄を出めるだらうと。併L貸金の利子が下がれぼ借金の利子も下る。魔設工菜などは之を行って筒利益があるが故に引絞き行はれ、従って貯蓄も引続き行はれる。叉若し紙儒の補充が次々に行はれ、利率が安くな
ると或貯蓄者はかゝる低利で他人に貸金をするより自分の手許にその貨幣を止めて遣いた方がよいと考へ、そこ
に貯蓄が行はれる。著し貨幣が貯蔵されると貨幣局が紙幣を以て補充し、之を年々歳々行っていつたならぼ、重
囲の貯蓄が漸次紙幣に替へられて行くこと㌧なるのである。
日附貸衛の穐論的横磯 ︵二二九︶ニ〓︵仙四〇︶ニ≡
第九巻 第こ既
若し利子がなくなると塘保附の貸付や手形の割引が行はれなくなつて貨幣が退蔵されるから、開家は紙幣を教 行して之を補充しなけれぼならぬ。ところが著しこわ過赦された貨幣が、何等かの珊由により市坂へ現はれた場 合はどうなるか、その時には常嬰に癒する丈けの供給がないだらうから物慣は騰貴し、各人は競って轡H⋮を買は んとするであらう、そこで物憤は益々高くなる。斯くの如く物憤が騰資すれぼ今迄梢んだ貯蓄は殆んで無慣佑の ものとなり、フランス革命常時のアッシニアの如く農夫は紙幣を牛小屋の壁紙にする様になるであらう。 フリふールシャイムは之に反別トて、かゝることが起るわけはない、蕾し問家は過剰の賃懲を引上げて物慣の 騰貴を抑へるからであるとなす。 玄に於て貨幣改革の第二の矛眉に逢着する?︵その第叫の矛盾は、闘家が貨幣の眞の目的即ち商品交換の目的 に必要な以上に貨幣を増磯せざるを得なかった結果として貸幣を貯蓄の手段上して用ひる︼i鮫座するーこと をも許さぬ・ばならなかったことである。︶さて第二の矛眉とは観衆.が雇尭などに貨幣を畿行して渡す︵貸輿︶場合 に、その儀幣む交換手段として用ひてゐないといふことである、即ちその債簡を商品購入の代金として渡すので はなくして手形や櫓保をとつて貸渡すのである1闇夜が此の貨幣を以て商品を買取つて居れぼ、嘗て貯赦されて 打た貨幣が雪崩の如く苗場へ現はれても何等恐れる要はないが、舛利子の質入符薯や、借用詔書や、手形を持っ てゐたのでは之を以て現金と換へることは兇束かない。 かくの如く閥豪が貨幣の椒能を誤用した天罰は腰掛硯はれて、韮に琴この矛府が生する。それは貯蓄者が消費者町立愚に立つて考へる′きは山聾藍の商‖州に刻して百岬芽を支沸はふとするが、貯蓄者として判断するときは 首肺寛掬って商品を貫ふよりも此の百肺寛を持ってゐた方がよいと考へる。そこで貯蓄手段としての百肺寛は、 その中肺克を以て買ひ得る商品よりも以上のものであると考へられる。だから商品を以てかの貯蓄された貨幣を 南瘍に引戻すことはできな小。 かくして交換手段としての貨幣と貯蓄手段としての賛曹とはその怜質を異にLてゐるにも拘らず、閉家は之を 同州のものと考へ、貯蓄の自的で苗場から引上げられた貨幣を補充するに手形や質入諸寄を買入れて之を行つ た。そこでこの手形や質入謹書と貯蓄された貨幣と交換しなければならぬ場合になつてもそれが鷺行できないの である。 此の即は金と茶とが共に饅幣として流通してゐる場合を考へれば叫替明瞭になる。即ち貨幣牽父換手段として 用ひる者にとつては両者共に同等のものといへるが、之を貯蓄手段として屑ひ楼とする者は金を尊蚤し、十肺克 の茶に謝し十肺克の金を渡さないだらう。 貯蓄があれば投梯巣窟は高い利子を寛挑つて之を借入れ投機漬するであらう、そして物債騰貴の傾向がある限 りは之は止まない。如何なる貨幣改革と雄も交換手段を貯蓄草段とトて撰周することを匡正しない以上はどうし ても上記の療育を除去し得ないのである。 今韮に問題となつてゐる貨幣改革論は貯蓄者をしてその貯蓄を再度市婁へ出さしめるに足るだけの利息が彿は 日附且解の理論的櫨墟 ︵〓闇∵︶ 仙ニニ
れるときにのみその効果を辟はすのである。大赦利率が者になつても此の改革が有数に作用するや否や横間であ る。 そこで余は茨に討究した様な蓼券制度の改革の他に鏑次の様な改革をも附加へて行ふのがよいと考へるのであ る、即ち交換手段と貯蓄手段とを切離し、個人の貯蓄を止めさせ、そして何時如何なる時に於ても血般物慣平準 の欒拗を起さすして市場で吸収される程度の貨幣を流通させ得る様な改革を併せて行ふがよい。自由貨幣は此の 目的隼邁ふものである。
二四 ﹁現金なし﹂の取引
所謂現金なしの取引の正豊につきでは諸詮紛々としてゐるが、之は次の様な極端な場合を想定Lてみればよく わかる それは今ライヒス・バンクが全部の紙幣を回収Lて之を焼掩て1しまつたとする、併しその紙幣を提供 した者にはその拉俳額に等しき首座勘定を輿へるものとする。そしてライヒス・バンクは紙幣印刷機を破壊して しまひ、紙幣︵茸は小切手︶畿行樺をかの預金者に輿へたとする。かくすれば紙幣費行の猫占槽は預金者即ち民泉 の手に分興されたこと1なるが、それでもライヒス・バンクは自行の承認を粧すして預金絶顧の増減をなさLめ ないといふ猫占梯を快有しでゐる。之は甚だ極端な様であるが蜜は現行の制度を茂張Lたゞけに過ぎない、そは 今日に於ても南猫逸の国立銀行はライヒス・バンクの敢行櫛を分異されてゐるの′であり、そしてその磯行舶は従 第九令 弟 二 鮨 ︵一四二︶ 三四Uは小切手が敏行されて玄孫はれる迄の平均鶴間に等Lい、而して組べての小切手がこ首問の流通期間を宥す るものとすれば貨幣洗導敦は旦3となるひそこで此の軒の貨幣概念には時間といふ要素が肝要なものと 物憤はⅤによつて左右されること極めて大である。更に所謂﹁現金でない﹂巽幣︵dasba﹁宣d−。SeGe吾も山の 貨幣であり、時間塞間の制約を受ける。 尚も物慣は、此の現金でない貨幣に於ても、金鶴貨幣や紙幣の場合に於けると同棲に需要と供給とによつて決 定される。韮に於て商品に射する需要は抑に等しい。 二及∴貨幣わ良否督識別する標準 米の紙幣流通搬を超えることを得ない様になつてゐるのである そこで常庫勘鑓所有者の著行した紙衛を紙幣と いはすして小切手と云ってもそれは大した間趨ではない、とに角常座勘定は小切手と別物ではないのである。然 かもその小切手は流通期限の限られた紙幣に外ならないのである。 かく考へ来ると桝謂現金なしの取引滝、小切手の如きラ木ヒス・バンクの紙幣と同様の性質を有する貨幣即ち 現金にて行はれてゐるものといはねばならぬ そこで此の郁の貨幣の改行を無制限に放任しては遣けない。此の 桔の貨幣にも他の放べての貸鞄と同様に次の方程式が常飲まる。 ニ、■ .こ 一′. ⋮■ 日附山嵐鞘の理論的機墟 Gは督座勘定鵡頼、mUはその流通過度 Wは商品生産盈、 p二は物償 ︵〓四三︶ 三方
第九巻 弟 二親 ︵二川四︶ 三六 金本位制慶の主張者虚は、過去数十年問に於ける絶封的並に相封的の経済的進歩は之れ全く金本位制魔の賜物 であるといふが、果して然りや否や之が決定の焉には紹の詑明が必要であり、その貨幣の良否を識別する何等か の榛準を以て之を剣豪しなければならぬ。 若し金本位制庶が商品の交換を容易にしたとするならば、その結果交換か一僚安全になり、迅速になり、費踊 のか1らぬものとなつた筈であり、叉姓ひて商品の交換に携はる商人の敬が減少した筈である。然るに欝貰上は その反則の現象を賞してゐる。即ちシュモーラーの述べるところによれば、嘗ては仲介発音の数は礪立の生計を 蕾む者の三乃至克〆であつたものが、二乃至山三%となり時として些三〆に連Lた程である。 かくの如き番蜜を生み出すのは歯糞が柴になつたからではない、金を交換手段として用ひる様になつたから商 繋が益々困難になり、多くの教育と訓繰とを持つ、た人が塾多く要る様になつたのである。之は次の統計によつて も明かである。 かくの如き統計の現はれるのは、浪近数十年間に自己免許が市場強度に改まつた事や多義の商品が産出される 様になつたことなどが原因してゐるのであつて金本他別の欝めではないといふ反剖もあらうが、併し他方其の問 猫逸の人目劇00人中懸巣忙従事する者の数 そ秒中藤業lて従事す る 者 の 数 後者 の 前 者 に 封 す る 割 合 山八八二年 二ハ ;八三 叩 ÷由○% 山八九五年 一−〇 二●五六 一二●八〇% 一九〇七年 二二仙 三。三ニ ー四¢五〇%
に於て貨幣の十進的計算法やメーール法や通信交通の諮横綱などが著しく襲達してゐるので帝柴は容易に営まれ 縛る様になつてゐなければならぬ筈である。そこで暇りに人口の増加と商業制度の能率増進とが相匹敵するもの としても,商共に縦笛する者が﹁∵ふ誓%から叫甲五%に増加した事は金本症血度が論者の貪張する様に有利な ものではないといふことむ立詳してゐる。 かく商葉に碓蜃する者の数が喩えたのみならす商柴による利滑も確かに増大した。小栗鴨段から生産原慣を差 引いた欄のが商業に射する紋別潤であるが、之が今日に於ては全生産物の三分の仙或はそれ以上に上ってゐる。 二ハ 粗質的数最詭が貨幣には連用できぬ理由 商品の慣格は需要と供給とによつて決定される。而して商品の供給はその存在螢によつて左右されるが故に、 商品の慣格は需要と在荷儀と忙よつて決定されると云ひ得る。かく云ひ得ることによつて教養訟の前提條件が非 常にはつきりして釆た。 そこで此の数量詑を貨幣に通庸してみたが、蜜際正於て貨幣の慣格は貨幣の存在量によつて決定されないこと が鮭験上わかった。即ち貨幣の春蚕童が少しも欒らなくてもその供給故は非常に欒化するのである。貨幣の供給 は市況如何によつて大いに左右されるので、そこで商品については需要と供給がその償格を決定するといひ得る のに劃して、貨幣については﹁需要と貨幣所有窟の態度﹂とがその慣格を決定するといひ得るのだ。商品につい 8開化鼠肺の揮論的根城 ︵〓粗五︶ 三七
︵一四六しニス
無九稔 第二択
てはその存在最と供給鼠とは同山であるが、貨幣についてはその布衣薮は世給の故大隈を示すに過ぎないのであ って、それ以下に於て如何程でも拙給される。卦するに信認があれば貨幣は市場に止まり、信認が畝加すれば貨 幣は市場から引上げられる、之れ経験の叡ふるところである。叉貨幣の併給畏はその存布螢と則致せす従つて貨 幣の憤格はその存在蚤によつて左右されないから、貨幣については粗宋的散漫説では役に立たない。叉生発電詮 は生産費が慣格を決定するものだと説くがそれは錐帝費の高低が瑚且商品の敬最即ち春本量に影響を輿へ然る後. 慣格に影響するのであるが、惇東泉と供給量と山致せぬ貨幣にはこの坐蹄費改も通用できない。かくの如く敬蚤 詮も生産費詮も共に貨幣に適用できないのは貨幣素材に金鉄といふ貴命馬が用ひられてゐるからである。金銀が 他の商品の様に減偵することがないからその償楕が需要と供給との耗解法別にょつて左右されることなく、灸ぐ 利益の有無によつてその供給が左右されるのである。大政に利㌣が得られねぼ貨幣は供給されない︵芳吉Zぎs︸ keiコGe左こといひ得る。 今仲故に明かにした様な貨幣の紋隋を排除するには断然たる廃置︵自由貨幣の革参照︶をとらねばならぬが、之 は赦倉の有力な階級から極力反射されるに相違ないから叉それに應する損力な意志の力を必要とするのである。 ところが上述せる魔の批評では此の意志の力新喚起するに不充分於と恩はれるので、之が紋を補ふものとして自 分︵ゲゼル︶が⋮九∵不年初月二十八日にべルンに於てなした講摘を裾線すること1しよう。山七 金 ビ 準 和 ?
敬すベLリクルグを、彼は金を凡ゆる罪悪の根源となせり−−−γこグゴラス 市民の平和が保たれて国民の平和が全きを得るのである。然るに市民の平和と金利を以て衣食する王とは両立 しない。そこで市民の平和、延いては閉民の平和旦草受する焉めには地代や利子を犠庭にしなけれぼなちぬ。 は際聞では紙に書いて平和の條約を締結するのであるが、市民に封する公正を保詮し、不労所得をなくするこ と鱒何等違悪行為でもなぐ、又之をなすのに紙に苦いて示す要もない。 とに角韮に於て述べんとすることはすペて、地上の平和を熱望し、市民の平和と閥民の平和との現存紺係を明 瞭にし更に金が平和の撹乱者であることを暴露せんとするにある。蓋し金は闘民を階級的に分離させる原因を なし、市民の寧︵内乱︶の源となり、終ひには民族的関学の禍根をなすものであるといはねばならぬ。 一八 金本位制は市民の平和ビ観民の卒和ざを調和させ得るか 瓢箪を冒Lて て∵紳の審判となすもの 二、野心家の野望の現れとなすもの 三、生物拳上の淘汰の現象であるとなすもの 日附貨簡の理論的根城 〇四七︶ 三九週、結納上の必要に應する薦めの手段となすもの の四者がある。その中茹では第凹のものにつきて論究するに止めたいと瓜ふのであるが、その他のものは結局第 四の珊由によつて支持されなけれぼ到底その目的を達することはできないから、第四のものが最も肝要である。 然らば鮭沸上の必嬰は何故に生するか、以下此の鮎を考究すること1しよう。 菅噺によると嘗って黄金時代があつたといふことである。ドン・キホーテは此の時代には自分の物と他人の物 との直別がなかつたといつてゐる。それは彼が此の薯金時代を共産幸義の時代であると且つてゐるからである。 そして常時せ人が金をDOradOと云つてゐたのは、竹入が此の濱蛋な金を比較的僅かの努力で得ることが出来た からであつて、経べての人が之を白由に虚分することが出来たからではないと彼は述べこゐる。 私は此の同情ある見解を誤なりと考へる。私は寧ろ反封に、人々は黄金時代と令を交換手段︵即ち隼徹︶として 採用すること∼を直接結び付けて考へねばならぬものだと思ふ。金は病巣や分業の要求に幾分癒する馬めの政和 の交換手段であつたのである。 黄金時代といふ言草を罫に比喩的意味にとれぼとに角、之を硯蜜の貸金時代といふ意味にとる時は金が貨幣と して即ち交換手段として凪ひられる様になり分業が自由に行はれる様になる主に解さねぼならぬ。野春草味の時 代には金の如き性質を持った金属でなけれぼ貸簡素材として用ひられる資格がなかったのである、即ち金貨が出 来て初めて分菜をなすとが出来る様になり、之によつて叉人知は野恕草昧の時代を脱することが出来たのである。 第九令 弟 こ 琉 ︵一摘八︶ 四〇
世人は金を交換手段となす二々之が争奪に汲々としてゐる。之は明かに矛惜した現象の如きも摩はさうではな い。撒人が金の争奪に汲々たるのは金が貨幣だからである。金の寧奪は貨幣の評奪に外ならない。貨循の争奪は その簡幣が金で出水てゐやうと紙で出来てゐやうと銅で出水てゐやうとも攣りはない。 放て金は、上述の如く、人類を野攣革味の状態より高き文化Ⅵ迄導く案内者であつたが、併しその金は不艮な 案内者であつた、そして人類が此の案内者に随つて進むにつれて益々不良な案内者となつた。 苗代の文明閲民例へばギリシャ人やローマ人が如何にしてあの様に急速な進歩を途げたかは今以て謎の中に包 まれてゐる、併L此の謎を解くものは金である、換言すれぼ貨幣と此の柴循を用ひる主により可能となつた分光 とである。この分柴が文化の哉展望玖献すること多大なるものがあるが今日迄之が充分に認められてゐない。け れどもその功績の偉大さは到底絨遣の磯明などの比ではない。貨幣は文化の土盛をなすものであり、この土姦の 上に放べての☆化が築き上げられてゐる。そこで著し此の士芸が崩壊すれぼ、その上に築かれた文化も崩壊して 元の野蟹草味に立ち掃るであらう。かくの如く大切な貨幣は金が後見されてゐたから之によつて作ることができ たのである﹀金がなけれぼ貨幣もなかつたであらう。かのP−マ帝囲も金銀を以て貨幣を作り得たからこそ其の 威を振ふことができたのである。 故人はよくP−マの滅亡はその支配階級の人々が堕落したことに原因Lてゐるといふが、併し之は沢鶴を得た 見解ではない。如何に有力な人閲と輝も数値紀に豆つて全国民の串不章を左右することのできるものはない。偶 日附貨幣の理論的根接 ︵剛四九︶ 四則
人の堕落は偶人の破滅の基となるかも知れないが、之に封して囲民全蔑は何等関するところがない。ローマは分 柴が衰へた馬めに滅亡Lたのであり、その分菜は金が庇早蔑見されなくなつた馬め東棟したのである。 其後愛子年間、ルネッサンスの起る迄ローマは眠ってゐたのである。此のルネッサンスは絶世の磯明、即ち不 平貨幣の黎明によつて起ったものである。方にこの不正貨聴がロ▼−マ並に全欧洲を中世紀の冬眠から呼び覚まし たのである.十五世紀に於て欧洲全土わけても伊太利に於て、ロ!マ時代から造り侍はつた金の不足を禰ふ馬め に銅を参和したのである。か1る鴛簡は不蔽貨憮であるにも拘らず法律ヒの支沸力を充分に傭へてゐたのであ る。かくて鵬デ乱カーテン金貨︵Du訂te⊃︶を以て三 − 五−・1⊥○ − 五Cヂnカーテン或はそれ以上を遭す、 之を以て放べての債務を新柄するに虫九支なかつたのである。ところが素に於てオーガスタス以来常に物偵下落わ 傾向にあつて、商業は危険になり到底算療の持てぬといふところ迄行つてゐたのが、貨幣に銅む蓼和させ為こと となつて物傾が騰り、什入厚情より鴻販発憤格が高くなるので、革圧商業が立行く様になつたのである。叉諸侯 は改鋳利益を掟得する目的を以て常に皮質改環を行った。之れ偽造、贋造と何等選らぶところがない。それはと に角P・−マを滅亡させた者は堕落せる費族諸侯ではなかったのであるが、今度ローマを再興させた者は堕滞せる 諸侯であつた。換言すれば彼等の作つた舵質貨幣といふエセ搾取者〟皮別人︶が分業を再興せさたのだ、苦しルネ ッサンスは結局に於て分柴の復興以外の何ものでもないではないか。そは分業が凡ゆる文化の板床をなすからで ある。かのエセ搾吸着のお蔭により詩人や諦豪がその作品を欝ることができ、かくて従事が細らたなる創作に耽 第九令 弟 二 釈 ︵〓血○︶ 四〓
けることができたのである。印刷術の饅明君グーテンペルヒも亦この人造貨幣、償造貨幣といふ工七搾取者の御 蔭でその套明に成功した様なものである、即ち若しあの際フストの出資がなかつたならばあの尊明も失敗してゐ たかも知れないのである。 此のェセ搾取者が緒触とLて受授されるころには失眼之が製法され、之によつて行はれる交換疲引の金牌に等 しき丈けのエセ搾取者は商品交換力を持つてゐた、だから貨幣として扱はれたものであり、今日に於ても好景気 はこのエセ搾取者が分業老誘聾するのに由ると考へられたのである。 ゾムバルサ教授は云つ允、﹁金の異常なる供給に基かすして起る様な鮭臍上の隆盛期を知らぬ﹂と。併し金は貨 幣としてのみかくの如き影響を及ぼし得るのであつて、エセ搾取者も貨幣であつたればこそ金の仰給増加と同様 の作用を控臍上に輿へ待たのである凋 かくて余は過去の膵阻を次の如く阿分したい。 ∴穴居時代から余計二般的交換手段として採用することにょり介柴 の普及する迄 二、苗代住民が栄枯盛衰をなし路ひに金教見の中絶により全く滅亡する道 三、中世紀の冬眠時代よりエセ搾取者の生まれる迄 四、共後不規則なる金の供給により不確貨な文化の敬展をなLた時代 此の州別の中秋めの三親忙つきては耽忙述べたから之を再説しない。さて十五世紀の末葉に常りコロ人ブスが 日鞘筏幣の理論的根城 C叩五山︶ 四三
アメリカを後見し、その後アメリカの令が欽洲に輸入される様になり、歓洲名士昼箕幣挫折と分発とを営む様に なつセ℃ところがアメリカに於ては金は只不規則的に発見される丈けであつたので、その尊見が乏しく之が供給 の少いときには凡ゆる方面の進歩も停頓せざるを碍なかった。令の供給の少くなつた寄は時々あつたがその最後 の時期は仙八七二年以後であつて、此の時には金従って貨幣の供給不足の蔑め高利貸が各国の法律に於て優遇さ れたのである。 一八九C年以後金の後見が盛になされそれが今日迄︵一九叫六︶緯いてゐる、それが文物慣を昂騰させること1 なつたのである。 著し貨幣の追出が少くなれば物償は麗し下げられ、之が璃め企業心は衷へてしまふっ物煩が下落すれば珪計が 欒になるといふ者があるが、之は短見着流の考である。居候ならば成る程かしる考でゐてもよいかも知れぬが、 さうでない限りはいけない。物慣が低下すれぼ閣民結臍が停頓してしまふ。 上述の如く金肥よつて分菜が確立されたがその結兼はあまり感心する杜ではなかった、その上財の分配につき 常々は金の御蔭を蒙ってるる。金峰資本主義の父である。金が資金魔として弔する物質上の特性と叉之が法律上 の支沸手段として用ひられるといふ法律上の特槽とにより金貨は他の財貨と異つた例外的の取扱を受けた。即ち 金貨は上述の特性により一般的貯蓄手段となり、之が貯苔者は金貨忙利子を附してくれなければ之を手離さぬ様 になつた。.そこで之を交横手段として働かせようとする焉めには利子をつけなけれぼならぬこと1なつた。かく 第九春 菊 二 既 ︵.一五二︶ 四囲
貨幣を交換手段と貯蓄手段との両方に用ひることは相矛盾することであり、交換車虚妄る貨幣の濫用だといはね
ぼならぬ。そして商品の交換に普り利子の附く貨幣を用ひねばなちぬこと1なり、それによつて利子が商品年産の前提傑件となるに至った。
かくして金や分業と鼎伴って利子といふ平和撹乱者がこの俄に硯はれた︵ノ尤も分柴は利子を要求するものではない。只人間は利子を條件として分業といふ紳力、並に人間の蟄富を分つ紳カを授かったのである。金は閣民全
般の章隔を許さない、凡そ金貨と自由なる閣民優満とは椰納れないものである。そして之が人間を労働者と寄生
虫的享楽者とに分けた。金は経済的には曹人の太なる同明菜となつたが叉同時に人類にとり不供戯天の放ともな
った。金は人民の平和を犠牲に供することに於てのみ分業を許Lたのである。それ故に二千五官年も以前にピタゴラスは云った。﹁敬すべしリクルグを、彼は金を凡ゆる罪患の根強となせ
るが故に﹂と。
碓力囲家や階級開家の下にある人聞に基督の平和主義の精神を求めやうとしてもそれは到床出来ない。か1る場合には健力階級が他の階級を歴迫してそこに必ず闘寧を藤賛するであらう。
平和は自由以外の何物でもない、而して己が欲望を充足するに常り己の労働並に紅臍上の地位をたよつて之を
なし得る人こそ白机挙る人である。貧富は共に叫種の鎖である、自由民はか1ろ鎖を見ることを嫌ふ、若し白山民がこの鎖を見たなちば、之を断ち切らなければならぬ。之が平和運動だ。かくて不努所得者を迫彿へ、ブロレ
日附他見幣の現論的械凍 ︵一五三︶ 四五タサアを迫彿へ、利子を迫排へ! ブPレタリアや不労所得者が⋮人でも残ってゐる間は、家の申に、敢命の中 に、圃家の申に、輯民生活の中に、中和はあり得ないのである。叉著し利子︵並に地代︶を排除してしまへぼ、各 人は己が舶に汗して麺如を喰べなければならぬのである。けれども各人の労働により得たる収入を以て日々合す べき麺劾が得られるのである。 労働は平和愛好心を生む、併し覇者があまり痛めつけられると、己が有する特樵を保護する馬めその手段を選 ぼす、終に闘寧に訴へることがある。 金は罪感の瀕であり、人類が相寧ふ幾如かに分れたのは之れ亦一つの罪悪なりとピタゴラスは云った。金は階 級間家を生み、内乱を起した。叉諮問民を離間し、彼等鼎互に武装を凝らさせたのも金である。 金の須する之等の有力な力がせ人の注目を惹き、而Lて之が金の流入を助長Lその洗揖を陀−とする様な提案や 法律となつて甥はれた、マーカンティリストや保護踊検論者の秦張は方にその昔例で.ある。そして輸入には輸入 梯を課し、輸出に蜂奨励金を興へて少Lでも金や貨幣の流入を多くし流出を少くする方策をとつた。 かゝる金政策をとつた蔑めに図民相互間の関係が大いに阻審されるに至った。兜づ個々の圃民が輸旧人め関係 に於て相封正することゝなり、図表は﹁国民的控臍領域﹂を形成する様になつた。商品の輸送も単なる輪迭では なく輸出入として劃々統計た上ること1なつた。そして商品にも画粋が付いて猫逸製﹁計コ︷sc訂sErzeu瓜⊇SSし、 英囲袈︵ヨ已e芳Eコ鼠aコd︶と銘打って扱はれること1なつた。 第九巻 第 二 葉 へり五四︶ 四大
併し良く考へてみると輸出と輸入と厳密に区別されるものでなく、輸出‖仰が輸入されることがあり輸入品が緑 糾されることがある。之は閥についても時々興亡盛衰があり、その閲境の必ずしも小定でないのと同様である。 そこで若し関税線を取除いて仕舞へば現査に於ても閣と園とはもつと接近し、閉と園との融和を促進する機運が 生じて来るであらう。 若し関税がなかったならば駐輪的園境もなく、ノ経済的封立もなく、叉﹁閲民約経済観城﹂といふ様な概念も此の 世に生じ放かつたであらう。限界とか園境とかいふものがあるからこそ人間が之にぶつつかり、人間の生産物が 之に衝き富るのである。かゝる限界や閥境がなければ闇稚の嬰もなく、戟寧や和服の必要もない。結局開疎とい 払、職寧といひ、征服といひ共に異名同館にすぎない。 若し或瑚圃が紳検を設けたならば、その閥は之によつて他の諾閉との戦争の基を築いたものであり、叉会せ界 の団々から之が防止策を講ぜられるものと覚悟しなけれぼならぬ。今日の如く無批判にして矛盾だらけの悶相改 発が是認せらるべ軋ものとするならば、﹁軍備翰少﹂の叫は全く無意味である。 世人は海洋の自由を大いに論じた、海洋をも人間の自由になすことができれば至極結構だが、海洋の自由より も陸地の自由の方がもつと大切だ。如何なる国民と雄もその所有の穐域に排他的の絆利を振はさせてはならぬ。 例へばγメリカの開港が蒙古人に迄も開放され、従って仝せ界の商品が7メリカに入り得る糠にし、その反射に 全≠界がアメリカの薦めに開放される様にならなけれぼならぬ。 臼剛他且常の理論的服墟 ︹叫五五︶ 四七
若し吾人が金を貨幣として用ひる様な考を止め、更に金が不充分な場合に﹁金準備率の引下親筆﹂の名の下に他 閻の準備率を引下げさせて、お五にその金を詐取しやうとする様な肇を止めたならば、無條件的な海洋並に陸地 の自由をも得ることができる。 若し人間が歴史の教へるところを開かず、その示してゐる信脱を見分けなかったなら姐、疲等は滅亡し七姓舞 ふ。叉若し人間がその信枕を誤って判断したならば、それこそ大欒である。ところが吾人は之をやってゐる。そ の符接には、吾等の塵取の案内者は武装の必要を簸き、その武装が戦率を捜させてゐる。倍眈の判読者は樹家を 護るのに尚武的精紳の必要なることを詮き、此の精紳を講年に拝入Lた1そしてその尚武心が範琴をぼ惹起さ せた。 吾人が若し之等の恨象を除き去つてその貰象を慮祀したならば、それが如何に攣った様子を璃はすであらう。 即ち吾人はその際次の様な文字の書いてある椒に波面するであらう1﹁金本位制は盗賊の農焉にして、内乱と 戦寧との毒素の醸成者なり。金本位制は余の武裾を奪ひたり、失政に余は番人の突撃に封抗することを得ざり き。金は余を生み出せり、されど此の鬼女は若芽の如き生命を取去れり。放すべしサクルグを、彼は金を凡ゆる 罪恵の根濾とせなり﹂。
自 由 貨 幣
第九稔 第 二 携 ︹山五六︶ 四入血 自 由 貨 幣
元来貨幣は交旗手段にして、他め何物でもない。従って償衛の職能は物々交換の困難を除き、商品の交換を容 易にするにある。 点き貨幣.即ち良くその日朝を魂す交換手段の備ふべき婁件は次の如くであるゥ 二、商詣の交換を安全ならしめること、ての事は不況とか恐慌とか突発を伴はないことによつて判定し得る。 二、商品わ交換を促進すること、・この尊は商品ストックの減少、商人や商店数の減少、叉それに應じて滑費者 の物置に品物の発つることによつてわかる。 三、交換を安憤忙すること、この事は生産者の仕入慣格と滑費者の支排ふ供格との問の開きの少いととによつ て知られる。 在来の貨幣が交換手放として落第者であることはさきに述べた通りである。貨幣が紋乏せる時に益々引上げら れたり、之が有り傲る時に益々溢れる様な貨幣は到底之を使印するに堪えぬ。此の意味に於て礪逸の金本位制は 不率なものであつた。交換の安全や安償や促進わ目的を之により達することは出来なかった。金生産物に封し消 費量が僅かに≡○解か四〇〆多くとも五〇〆であること、叉恐悦の起ることなど金本位制採用前と少しも攣って ゐない。それに腐人はむやみに.増えた。韮に於て貨幣の絢品交換力が如何に棲力であるかを知るのである。 冒附託酵の理論的根墟 ︹仙五七︶ 四九発九松 男こ貌
︵妄八︶ 五〇貨幣の商品交換力が甚だ乏しいのは貨幣があまり改良され過ぎたこと、即ち貨幣所有者の都合のよい様に之が
過度に改善されたことに基因する。そして商品の生産者や桃給者の立場は全然看過されて什舞ってゐる。貨幣所
有者が自分に都合のよい時期を見計つてその貨幣を掟用し得ることを目標として金を貨幣金属とLて採用したのであるが、その反面に放て商品供給者がそれ迄待たねぼならぬといふことを忘れてゐた。即ち吾が有力な専門家
達は商品のことを忘れ、貨幣がこの商品を交換する矯めのものであること皇心れてゐた。その結兼貨幣が交携手
段とLて無償値なものとなつた。金は他の商品とその性質を異にする。金と蓼琴金と石油、金と絨、金と皮とを比較して鬼篭凡べての商品
は腐敗し、破損するが貨幣︵金︶のみはさうでない。此の輌宥の悍質を同じうして始めて交換が園滑に行くのでぁる。貨幣が新聞の様にすぐ苗新関紙と凝り、馬鈴薯の様に腐り、絨の様に酸化すれば、新聞紙や馬鈴薯や餓に
封する交換手段として及第するのである。か1る貨幣を用ひれば撃手にも買手にも俊越性は存しない。そこで貨幣をより良き交換手段たらしめる馬めには、之をより悪き商品たらしめなけれぼならぬ。
、、︳ヽ ふくて商品と貨幣とが同性質のものとなれぼ、供給は商品所有者の意志により左右されす、叉需要は貨幣所有者の意志により左右される筈はない。
斯くの如く貨幣の特櫻が剥奪できれば、需要は規則正しく市場に硯はれるだらうし、投機業者や賓本家や銀行
屋の小細エも高影響しなくなる。そして種木貨幣のストックと需要とが表しなかつたものが、今度は放べて
の場合に需要は貨幣の蛮行高とその流通速度との舐に等しくなる。 此の禦口に′は私殿せる貨簡を以て公の通貨に干渉することはできない、阿家は欲するま1に貸倦数盈の増減を なすことができる。之によつて商品の交換は妨碍されることなく、恐慌や失柴もなくなる。 斯くの如き状態を期待する薦め陀は、嘗々は昏々が発ったのと同じ分豊丈けの商品を出来る丈け早く貰ふこと をお瓦に誓ふ必要がある。此の相互的な誓約を資行する馬めには、貨幣朗有者をして強制的にその貨幣を商品に 引換へさせる様にしなければならぬ。若しその人が商品を必要としない場合にはその貸簡を他人に貸して、その 人をして上記の引換を行はしめなければならぬ。この後の如き場合には何時でもその貸付は無條件でなければな らぬ。 ところが昔々は製品の安手とLての吾々を束縛してゐる鎖を断ち切る篭めに、吾々が製品の買手として有する 特棟を地乗して之を資行するであらうか。著し吾々にか1ることを行ふ意志ありとすれぼ、この前例のない、叉 革命的な強制需要︵Nwaコ仏SコaCh訂笥︶の超案を精詳細に吟味しよう。 自由貨幣の説明 ︵原啓にほ盈に自由党酵の捺本を示せども本絹には ︳ て自由貨幣はて五、山○、五〇、叫00、仙000肺克︵普通︶穿と郵便切手の様な、、、シンの入ったて五、 叫○、二〇、五〇プフミニツヒの小額発とを撥行する。此の小新券は劇肺寡未満の小成とし用ひられるが庸そ 日附放幣の理論的根城 ︵−五九︶ 五劇
の他に自由貨幣︵普通︶赤々而の小額券貼用の焉めに設けられてゐる場朗へ貼る馬めにも用ひられる。之を貼る こと灯よつて自由貨幣の減債を免れその券面額が維持される。公共棟組︵銀行・郵便局等︶へ沸込まれた小額券 は粥庶流通界へ出されないで新券と取換へられる。 二、自由貨幣は毎痴その薇耐の千分の鵬宛減債し、然かもその損失は之が研覇者の負婿とする。そこで其の駅南 者は自由貨幣に所定の小鶴券を貼つてその低値を緋持しなけれぼならぬ。例へば二〇〇肺克券については毎土 曜日に仙○プフエニッヒの小額券を貼らねぼならぬ。若しその朗有者が之を五週間侍ってゐたとすれば、彼が 之を手離す前に一〇ブフユニツヒ券五枚を貼らねばならぬ。叉若し彼が之富ニケ年間持ってゐたとすれば彼の 損失は二〇ブフエー脚ツヒの五十二倍即ち革二肺克となる、之は券面額の車二勿になる。そこで各人はその所 有する自由貨幣を抽槻させて損失を免れ撲とする。すると貨幣の流通が増し、その結果各人は現金買をなし、 啓伍を支彿ひ、叉徐分の貨幣を貯蓄銀行へ持つて行く。此の銀行は今度は必要に應じて利息を引下げ、その預 金の借手を索めなけれぼならぬ。 三、山年の終に放べての自由貨幣を新券と取壊へる。 謹 白由定常の原理を適用するのに必ずしも上述の方法のみによる必要はない。例へば切手を貼る期限を﹁週間とし、山 牢間の貼付回数き‡六回にしてもよい。叉竺南新券を取換へること1すれば州枚冗〓ニ回貼れぼよい。叉紡錘上の 見地から云って、各所靖者忙切手を貼らせる丈りも、その併有潜の数桐に於て郵便局で自動機城で切手を印刷してやつ 縞 第九巻 発 二 畢 ︵血六〇︶ 五二
てもよい。かやうに切手を貼付したり印刷したりしないでも捉幣硝宿の減少を行ふことができる、即ち接定糾︵笹週子 分の㌻して年吾二%︶丈け滅倍するものとして、何週日には何程の確固忙なるかを衆にして券面に町制しておくの もよい。︵此の議は英浮木忙のみ元㌃こ 掛、自由貨幣の目的は色々あぉが、就軒貨幣の享有してゐた特櫻を打破するにある。 許、短冊局毒筆亡コ山Saヨt︶は自由貸塵︵〓樺の紙幣︶を允携Lないっそは常に使用されてゐる貨幣を免換する必要 がないからである。乍然貨幣局は市場の情況に適する様に貨幣を挙行し、劇般物償平準を安窟させる童紡があ る。夫故貨幣局は物償下落の傾向あるときは貨幣を増渡し、物噴騰貴の際は之を引上げる、何となれば物憤は 商品の現存畳に勤して鴇供される貨幣量によつて決定されるからである。そして貨幣局が牽行した貨幣が直ち 忙商品に勤して瑳供されるといふことが自由健額の特徴である 叉貨幣局は現代の貨幣行政の様に居眠り草し てゐないで、物偶の安定を腐る馬めに大いに活躍する。 六、封外貿易の蜜要件に鑑み、雷替相場の安窟を間ることにつき樹際協定ができたらぼ結構である。併し此の協 定の成立せぬ限りは関内物偶の安定を目標として償侮蔑行をなすペきかそれとも雷替相場の安定を日梗とすべ きかそのどちらかを決めなけれぼならぬ。何となれぼ国際協定のない時に焉替の安定を閉ることは他閥の物僻 平準に追随することになるからである。 七卜金塊管幣を針由貨幣に引換へることは任意に出来る。どうトても食を手簡なすことのできない人はそれを帯 臼附蔑幣の理論的櫨墟 ︵二ハニ 五≡
ってゐてもよい。併し金は嘗ての鋭と同じ様に自由錯造機を失ひ、鍔貸は法貨としての特性を剥奪される。法 定の引換親閲を経過すれぼ鋳貨は囲魔や裁判所に於て受入れられない。 八、封外牧文の受沸については、従釆商人が商品の輸出入につき用ひてゐたと同様の手形を用ひてよろしい。叉 少額の受彿には従来通りの郵便鵠替を利用してもよい。 九、輸出をす.る焉め珂円盤晶を買はんと欲するが之が支排に金より他提供することのできない老、即ち輸入手形 を買取って之が桝臍に充用することの出来ない者には、貨幣局はその金を買上げてやる。叉外因商品を輸入す る馬め金を必要とする老︵輸出手形の菅物がない場合︶には貨幣局は金を資渡してやる。此の場合の金の相場は ﹁六﹂の項で述べた事情によつて興る。 一〇、年五・二郎の減債によれ年々貨幣磯行額の二十分の山宛︵整別の猫逸に放ては二倍乃至二億腕克︶減少す る。之を補充する馬めに貨幣局は年々その減少額だけ新貨幣を賛行しなけれぼならぬ、此の事は取りも鼓さす 貨幣局にそれ丈けの規則的な収入があるといふことである。 一て此の収入はこの貨幣改革に伴って生じた偶然的の副庶物で、大したものではない。此の収入金額の磨分に ついては特別な法律の規定による。
自由貨幣の影響
第九巻 第 こ 渋 ︵二ハ二︶ 五四A、商業へ の影響 鵬、貸魔の流通が闊碍されないこと、従って現金彿が着質に増えること。 二、商品資買が制限されないこと。 三、商業恐慌や経済恐慌を除くこと。 四、物慣や酪穿偵格の崩落を米たす原因を除くこと。 五、景気攣動、即ち商況の良否と物慣の騰落とが夫々交互に起ることを除けること。 六、株式賛裏や投機女排除すること,。 七、商発会般を簡常にし且つ低廉にすること。 八、大多数の店舗貸費を不用になし、之に従東してゐた商糞便用人を益々商品の生産に振向けること。 九、現在は生産品の三〇−四〇%が商業費用であるが之扇二〇−叫瓦〆に引下げること。 一〇、保護閲梯の必要がなくなるので之を厳止し、自由貿易に挿すること。 一山、戦軍の経済的原因を除くこと。 二て凡ゆる閥民の利益の蔑め忙貨幣協定をなし国際貿易を促進すること。 B、資本、努働、賃銀への影響 一、牲幣は利ナを生む力を失ひ、且つ商品や労働と同種類のものに迄引下げられること。 日附僚簡の理論的根城 〇六三︶ 五五
第九巷 第二渋
〓六四︶ 空ハ 二、▼過剰な貨幣は皆生産手段や住宅などに換へられることりたとへ之が有利でなくても行はれること。 三、失業を直ちに無くし且つ今後剋らない様にし、努働の過剰を粂然満城せLめること。 掴J資元利子︵剰飴借欄︶を漸減せしめるこhと、閑際取引に自由貨幣が用ひられる様になれぼ利ナは次第に重度 されるに至ること。 五、賃銀は漸隣し終に剰飴低値をなくしてしまふこと、但し地代は例外にして、之は新たなる十地桝有櫻︵自 由土地︶わ制度により住民金牌に昂屠するものとする。 六、友の珊由により貯蓄を容易にすること。 ㈲従来仔してゐた利子の翼荷が取除かれること。 ㈲財の生産や交換︵商業︶が恐慌により粗碍されないこと。 相生産品の二百丁−由○%が商業要用としてか∼つたもわがその三分の二で足る様になること。 二 観家は如何にして自由貨幣を流通させるか 自由登簡の制度を安雄する様になれば中央銀行︵Re−Chsbaコk︶は紙幣磯行樺を失ひ、政府の貸照局Re告sw賢・ 。。篭ヨt︶が之に代り日々の貨幣舘要を充たす任務を遊行する。貨幣局は何等銀行兼務を営まない、馬替の撃買 もしない、叉偶人と取引をしないり柴幣局はその団に貨幣が紋乏せるとき之を蓼行し、その閉に貨幣が過剰なるとき之を引上げる。之がその仕事の全部だ。 白山貨幣を流速さすのには、放べての公共金棒に従来の金属貨幣や政府紙幣を提供するものには自由貨幣を引 渡す梯指令すればよい。その場合の交換比率は餞貨幣仙肺克に糾し自由貨簡∴肱克の割合である。 此の引換を欲せぬ老には金を保有させで置いてもよい、即ち引換む弧制Lない、併し仙定の引換期間︵二ニケ 丹波は三ケ月︶後は金は箪なる商品となり、資金屡商に於て自由貨幣で或買されることゝなる。従って金には相 場紆婁動が生する。閑寂は公共金庫に封する葺排には自由貨幣のみを繋簡として認める。従つて余で税金などを 支紬ふこ.とはできない℃ 闘家としては銭貨は浪早ないのであるから、近衛磯など賛彿って什舞へばよい。又勝手に錯覚を作るものがあ っても闊豪揉只之を傍敬してゐればよい。 放資商品に勤して自由貨鶴で寛沸む受けることを闊み金を要求する老にはさうさせて置いてよい。併しその金 は地金として或は商品として取引さるべきものであ▼るから、結局その手放と紆螢との得めに之をやめるであら 乙ノ0 ケース 弼家が白西袋幣と引換へて受取つた令は之を蛸や腕輪や時計の側にして弼逸の総ての花嫁に封しその結姉首日 射り物とL贈るのが故もよい。そは閣家は金を少Lも必要としないので、金を賛出して自由貨簡を受取るとすれ ば、嘗て澗逸が鋸本位制顔止後鎚毘演出したときの様に、金の価を引下げることゝなり他の囲民を配らすからで 日附貨幣の理論的根城 ︹一大五︶ 五七
ある。
三 自由貨幣を如何にして統制するか
言自由貨幣が流通する様になり且つ金属貨鶴が引上げられて仕舞へぼ、共後に於ては貨楷局は貨幣と商品と
の交換比率を注疏してゐて、貨幣流導芸増減により物偵平準の安定を闘ること纂念すればよい。此の物情牟
準の算定たは琴二部節七箇に述べ急が参警なる。又かくの如く貨幣流通量を増減する代りに、かの貸微減倍
率の年季二〆といふのを増減しても其の結果は同じであるが、併し苦行方法としては前者の方が好都合であ
る0貸簡を増畿するには、貨幣崗は大蔵省へその新異常を提供すればよい、そして大蔵省が之を併用すればそれだ
げ租税の減額を氷たすことゝなる。
貨幣流通量の減少を因ることはもつと簡罫であぁ。即ち貨幣の減債にょり年々約五%の貨璧宗減少するので之を放置しておけぼそれ丈けの減少となる。庸それでも不充分ならば増税すればよい。叉貨幣局は公債謹書の要
買正よつても貸幡最の増減を観ることができる。
かくて貨幣局は自由貨幣によけ交換手段の供給を完全に統制することができる。貨幣局は貸簡の製逸と供給と
の専制君竜である。
第九巻 第 二琉 ︵〓ハ六︶ 五入四 鹿封的本位制度︵ロie absO一uteW詳−uコ∽︶の統計的茶礎 ︵本節は血九二劇年の執筆にかし︻Ⅵソ、仙九二劇年二目渋の﹁自由経済﹂諸に費表したものである︶ 措著﹁貨幣局諭﹂︵DasReic訂w彗−uコ思a∃tこ氾〇・︶た於て提案した虚は︵礪逸︶閑寂の財政の均衡を掛り、之によつ て有害な紙幣印刷機の運妬む全部休止させることの出来る牒にすることを目的としたのでぁった。 此の提案は、闊民粂鰐の納税力は商品物慣と共に滑長するものであること、即ち物傾が十倍になれぼ取りも直 さず観民の租税負潜を加重することなくして租税収入も十億になるに相違ないといふ見解に基いてゐるものであ る。大政に余は物偵を引下げる様な考を全然地賛して貨ひたい、何となれば物慣を引下げることは租税攻入を引 下げること1同じであり、その結凝滞塵紙衛印刷鹿の御世話にならねぼならぬからである。叉余は或る時期に達 した物偶の状態を永癌的に維持したいのである、かくすれぼ商人や企業家は己が探欝を確賛になすことが出来る からである。 此の計歪の主要部分を成すところの絶封的本位制虔は、一般物慣水準を桜感的通貨政策により永く同一の高さ に碓持して置く可きものであること、従って同山の貨幣額により常に同程度の生計を営み得ることを意味するの である。ところが之は個々の商品の政商償格や故低慣格を仙窟するのではない。個々の慣格は戦前に於けると同 様需要と供給とによつて即座にきまるべきものである。叉その偶格は自由に欒勤させて遣いてよい。併し葉簡局 8附幾幣の理論的根墟 ︵〓ハ七︶ 五九・
︵〓ハ入︶ 六〇
第九巻 第二渋
は物偶の騰落が甥れて来ない様に貨循流通嵐を常に調箇することにする。かゞる積極的遠賀政策を朽ふ基礎は物 暦統計により提供されるのであつて、此の統計により両般物低水準の欒勤がわかるのである。 よく引用されるエコノミストの物憤指数は二十二前の菜要商品の慣格に基いて作られるものである。此の商品 の故は任意に之を増加することができるが、仮令之を増加してもそれでよい結果が得られるものではない、そは 之等の商品の慣格は自然的順位、即ち生産費によつて支配される程度の順位に配列されてゐるからである。夫故 笹蚤要商品の指数が攣らなければその他の商品の偶格も亦攣勤してゐないものと考へなければならぬ。 玄では幾枚類の商品の債格を集めたかといふことよりも、岬々の商品が他の商品と如何なる囲備にあるかを正 しく理解することが肝要である。例へぼ醜貌と胡椒とが食料品として有する意味が同時に装簡統計に反映するの である。虎が之に勤してか1る統計では何等﹁敬啓的﹂に精解な数字は得られないだらうといふ抗議が起るかも知 れぬ、かゝる批評に別して吾人は率直に指数作成の方法は決して完全なものではないと答へる。併しそれでも之 が時と共に改善され得ることば否めない。そは吾人は叫由年も前から麺飽を焼いてゐるのであつてその醜貌焼竃 は不断に進歩してゐるのに尚今以て麺貌を焼いてゐるのと同じである。 指数の作成には燭連流ぶ局年報の数字を利鞘するとい1。そしてその倍格と生耗敏文輸入品はその消費敬嘗 とを掛合はせて直接的比較をなし得る発となすことができるっ 不完全乍ら之が一例を次に示さう。若し此の衣の詔算を凡ゆる尭要商品に適用してみても玉項やC項の線頗があまりかけ離れたものにならないと いふことがわかるであらうっそLて生計費に欒化がなかつたといふことがわかり、貨幣扇がその魔笛を誤らなか
ったといふことを知るであらう。そこで原料品の磯路が攣勤しない場合には製造品の概略にも欒化がないのは恩
然であり、叉貿銀が欒勤すれぼ資本利子や地代に影響すること1なる。 曹−=l生昏藍は大鱒に於て、人口が殆んど叫定してゐるのと同様に叫虚してゐるのであつて、吾人が毎月とかむ過とか毎日の物憤指助を算出する矯めには物偶の攣動だけを調べて屈れぼよいのである。
生産患は相封的に欒勤するのみならす絶劉的にも轡動する、その場合には蓋項の金額を充の数字︵こ1では五 六三制︶に引直す必要がある、例へば裸変の八、五畢∵000噸が八、C00、COC噸となり小穿の五、二閤○、 00U噸が六、000、000噸、柵花の凶、三ハ○、000噸が華00C、000噸などゝいふ様に増減した場合 目附選幣の増論的規墟 石 鉄 桶 小 森 毅 <織 成 ≦蓼 蓼庄屋盈又は輸入魚
噸 八、五五二、000 礪 五、二四〇、000 首籠 四、ニ〓ハ○、000 噸 叫四、七九主、000 ⋮頭 血五二、八二七、00q 劇九劇○年の慣格 二五∴、≡︹︺ ニー血、00 一五て0〇 六大、00 血○、四六 金 額︵Ji︶ 山、三〇二 ∴一〇八 六五〇 六七六 て五九八 五、六三掴 〟九一二野?憫格 こハ入、三〇 二山〇四、0〇 一三裡、0〇 六四、八〇 血○、−六 ︵二ハ九︶ ヰ二 金 顔︵C︶ て四三九 てO﹂ハ入 五入四 九五七 一、末薫二 五、ユハ00発九巻 鱒二渋
〇七〇︶ 六二 Ⅶは、此の新教字を暫偵格に掛合はせその班が空ハ三四の一〇.弊増の六山九七になつたとする。このときには各 品目の生産温から側様に叫○%引き、之を新しい偵格に掛合はせるのである。 そこで通貨が十偶に膨脹Lた婁合に於ける指数を求めるのに昭鷺要商品日録につきその戦前の憤格を十倍にして琴衣すればよい。そして貨幣局は指数が十倍になつたのに應じて仙般物情も之と大差なき様に心懸けるのであ
る。叉各人をして之に準じた計算を行はしめよ。各個人ならば一度大儲けをすれば、少し位の損失を忍ぶことが
できるが、併し貨幣局は絶封的承位㈱虔により拭益の飴地が益々少くなる様に心懸け、且つ指数が時と共に欒動
することのない様にするのみならす、貨幣問題の蔑めに諸慣格の順位が撹乱されない様にする。即ちこの場合、
通貨の檜蟹を米たす様な物偶の欒動があるとそれは甜倍格の順放逐も撹乱するものであること、而トて之は、か
ゝる通貨数濫の欒化が起ると、閣民の各階級の購買力に不均等な彫せを由ハへるものであることを注意しなけれぼ
ならない。若し之を怠れば、或慣格は際貸し他の慣格は下落すること1なる。大政に絶射的*位制度は個々の物慣の欒勤する根本原因をも取除くものである。
瑞四に於ては、瑞酉自由土地自由貸簡同盟があつてこの絶劉的本位制慶の提案を可成暗侍したのであるが、之
に封し金本位論者の方から次の様な駁論があつたのである、それは、金の流出入が直接に物慣に影響するもので
はなく、之には相皆の期間、即ち。コルスンの推算に▼よれば三ケ月を経過して初めてネの影響が硯はれるもので
ぁるから自由貨幣論者の云ふ様な戟極的通貨政策は到底行はれないだらうといふのである。かゝる御心配は誠に
笑止千萬である、少くとも規貨幣制度が上述の制度より土養がしっかりしてゐるといふ許嫁はない0虜の手綱の 締め加減が=妄月経って初めて感ぜられる様な場合たは、その馬を御して行くことはできない、だからその手綱を
取替へなければならぬ。制御できない貸簡や、手ごたえのない手綱などは無益だ。白山簡幣といふ馬モは手綱の
影響壱主ケ月も待つ必要はない。自由貨簡は敏感な資格︵eぎ2ヨPf⋮iハト2rGauCである。貨幣激濃の増減したその雷日、既に々の影響が市場に硯はれる。財界の名士が絶封的本位制度を審さんとする試は常に金本位制慶への
執着かち来てゐ虻のである。
玄 白由貨鮮流通の法則
自由菓常につきもう少し詳論しよう。見づ自由貸簡の朗有者にはどういふことが起るか、白山貨幣望月盲
に叫OC肺鬼あつたものが十二月三十盲には九五肺克になるので、之で岩○肺克の支梯をしようと思ふ者は草賦充足さねぽならぬ。
之政商晶‖について起るところと少しも攣らない。即ち個々の孟子と玉子といふ経済的概念とが造ふやうに蒜
克貨幣と肺克とがちがふのであるっ個々の玉子は辟敗するが玉子の概念には攣りはないやうに、個々の麻克簡幣
は減債するが肺克といふ貨幣罫位は不欒であり、凡ゆる計静の基礎をなす。
元の減債する鴛癖の囲覇者は、玉子の所有者が玉子の保存汝を心得てゐるやうに、この餞幣の保存法を心得て
臼附化鼠懲の理論的相接 〓七こ 六三ゐるだらう。即ちその所有者はその貨幣を他人に渡し、之を州有してゐることから生する損失を他人に梢嫁する めである。 或人が自己の製品を蛍ると貸借を得る。ところがその貨幣が上述の様に減憤する貨幣であるから之を受放るこ とを好まぬとする、此の場合には彼は後日他の商品を直ちに必要とするやうな時迄自己の製品の販賛を延期しな ければならぬ。その中に自己の製品は腐敗し、その他打は下る、その損失は貨幣を所有してゐることより垂する 損失よりも大であらう。即ち製品を持ってゐる歩合には減量、炭質、貯敢費、監理費等の損失が大なのである。 そこで彼は飴儀なく徐勺に減債して行︿ところの貨幣の方を桝有するであらう。併し必要品があれば彼は直ちに それを買ふであらうし、叉その商品の朗頓着は之を賛るであらう。 かくて山方には横倍を輌有してゐるとより鈷する損失を偽れんとLて之を直ちに手離さんとする買手があり、 他方には自己の製品を鹿介したいと思ふ貸手があつて、その魔分慾の強さは同等であるといふ非常に韓日すべき 専資に吾人は兜以て着眼せざるを得ない。此の場合には取引にょり川見手も棄争も共に利益するのであり、∵万が 他方より鹿分慾や所有慾が強いといふことはな心から、取引の僚件蜂公平であり、叉取引が促進される。 扱て此の自由貨幣券が貯蓄者や商人や金満家の手中に入つた傷合を考へてみよう。彼等は此の自由貨幣を所有 してゐるこ七より生する損失を出来る丈け早く他人に緒嫁する馬めに之を手離すことを考へる。併し貯蓄豪や資 本家は差首り商品を必要としないのであるから、今商品を必要とするが併し貨幣を持ってゐない人に之を貸付け 第九徐一+︰第∵こ∴盟 ︹山七二︶ 六四