博 士 ( 農 学 ) 宍 戸 理 恵 子
学 位 論 文 題 名
IVIOLECULAR CYTOGENETICAL STUDIES ON THE GENETIC DIVERSITY IN THE GENUS 〇 RYZA
( イ ネ 属 植 物 に お け る 遺 伝 的 多 様 性 に 関 す る 分 子 細 胞 遺 伝 学 的 研 究 )
学位論文内容の要旨
本研究は 、螢光in situハ イブリダ イゼーシ ョン(FISH)法 を用い て、イネ属植物の系 統分 類 関 係を 分子細 胞学的観 点から解 析した ものであ る。FISH法 は新しい 分子細 胞学 的手 法 の ひと つ で あり , 標 識さ れ たDNA断片( プ口ーブ )を染 色体上に 直接分 子交雑 し , 蛍 光 色 素 で 検 出 す る も の で あ る 。 核 よ り 抽出 し た 全 ゲノ ムDNA、45Sお よ びSS リボ ソ ー ム遺 伝子(45S rDNA,SS rDNA)の3種の プ口ー ブを種々 のイネ 属植物染 色体上 に位 置 づ けた 。またFISH法を用い て遺伝 子のコピ ー数あ るいは長 さを定量 化する 手法 を開発し た。材 料には螢 光の強 いオオム ギ染色体のFISH像を用い,光量子を定量した。
1.GISH法を用いたゲノム同定法の開発
〇. officinalis (CC)より 抽出した 全ゲノ ムDNAを プ口ー ブに用い たジェノミックm situハイブ リダイゼ ーション(GISH)法をCCDDゲノムを有する複2倍体種〇.latifoliaに 適用し, 各々の 染色体の 所属ゲ ノムを明 らかにした。極めて小さい染色体を有するイネ 属植 物 で のGISH法 の適用 はこれま でに報 告がなく 、本研 究が最初 の報告例 である 。微 細な螢光を正確に解析するため、画像解析法の導入をはじめとする様々な工夫を行った。
そ の 結 果 , 未 だ2倍 体 種 が 発 見 さ れ て い な いDゲ ノ ム 由 来の 染 色 体をCCDDゲ ノ ム中 に同 定 し た。GISH法 はDゲ ノ ム 由 来の 染 色体にっ いての 情報を得 るための 唯一の 方法 であり、本研究において十分にその効果が認められたといえる。
2. GISH法によるイネゲノム間の類縁性の解析
イネB,C,Dゲノム間 の類縁 程度を解 析するた めに、全ゲノムDNAを〇,officinalis (CC)より抽出してプ口ーブに用いたGISHを〇.latifolia (CCDD)および〇.minuta (BBCC) ―795―
に適用し、得られた螢光シグナルの 相対強度を各ゲノム間で比較した。その結果、相対 螢 光 強 度 か ら 推 定 さ れ た 分 子 雑種 形成 程度 か らは ,Cゲノ ムとDゲノ ムはCゲノ ムと Bゲ ノム の問 より 類縁 程度 が高 いこ とが 推察 さ れた 。ま た最 近、 従来 報告 のあ るAか らFまで のイ ネの ゲノ ムに 加え てG、Hお よびJで表 され る新 しい ゲノ ムを 有 する 種が 全ゲ ノムDNAを プ口 ーブ に用 いた サザ ンハ イ ブリ ダイ ゼ― ションにより報告されてい る。これらの新しく認められたゲノ ムの個々の染色体からみた特徴付け、類縁度をGISH 法に より 推定 す る事 はイ ネ属 植物の系 統分類関係に関する新たな知見を今後加えるも のとして考えられる。
3. GISH法 の利用による塩基DNAレベル での多様性解析
イ ネ 属 植 物 に お け るGISH法 の確 立に より ,全 ゲ ノムDNAの染 色体 との 分子 雑 種形 成程度という新たな視点でゲノムの特 徴を明らかにする可能性が開かれた。本手法をレ ーザ ーダ イセ クシ ョ ン法 と組 み合 わせ るこ とに より 、GISH法により 同定されたDゲノ ム由来の染色体のみを回収してダイレ クトク口一ニング、シークェンスを行うことも可 能である。
今 後 は ゲ ノ ム 特 異 的DNAの 単 離な どを 通じ てGISH法 によ り塗 り分 けら れた ゲ ノム の特 徴を 塩基DNAレ ベル で解 析す るな ど次 のス テ ップ ヘの 利用を計ることが重要にな ってくると考えられる。
4. SS rDNA遺伝子座の物理的マッピングによる多様性解析
AA、BB、CC、EEお よ びFFゲ ノ ム を 有 す る2倍 体 種 の 染 色 体 上 にSS rDNAを 物 理 的にマッピングした。SS rDNA座は〇.australierzsis (EE)および〇.brachyanthロ(FF)を除 く全ての供試材料において第11染色体 上の短腕の動原体近傍に検出された。一方、〇.
australiensisおよび〇.brachyanthaについては第7染色体の短腕の動原体近傍に位置し てい た。 すな わち,5種イネ属 植物間で遺伝子座の位置についての若干の多様性が検出 さ れ た が , 遺 伝 子 座 の 数 に つ い て は 極 め て よ く 保 存 さ れ て い る と 結 諭 で き る 。
5. 45S rDNA遺 伝 子 座 の 物 理 的 マ ッ ピ ン グ に よ る 多 様 性 解 析 Aか らFゲ ノ ム を 有 す る2倍 体 種 の 染 色 体 上 に45S rDNAの 物 理 的 マ ッ ピ ン グ を行 ‑ 796ー
った。そ の結果 、数、位 置およ び螢光シ グナル強 度から 推定されるコピ一数が5S rDNA 遺伝子座 とは対 照的に極 めて変 異に富む ことが明 らかに なった。栽培イネ〇.sロtiva (AA)の亜 種 で ある イ ン ド型 お よ び 日本 型 種 にお い て もそ れ ぞ れ第9お よび 第10染 色 1
体 の2ケ 所 お よ び 第9染 色 体 の1ケ 所 に 遺 伝 子 座 が 検 出 さ れ多 様 性 が認 め ら れた 。 野生イネに関して、〇I punctata (BB),〇.australiensisおよび〇.brロchyanthaにおいて は 第9染 色 体 の1ケ 所 に 検 出 さ れ た 。 以 上 の 第9, 第10染色 体 で は,45S rDNA座 は 全て短腕の端部に検出された。一方、Cゲノムを有する〇. eichingeriおよび〇,officinalis に お い て は 、 第4,9お よ び11染 色 体 上 の3ケ 所 の45S rDNA座 が 検出 さ れ た 。そ の 位置 は 第4お よ び9染 色 体 につ い て は 短腕 端 部 であ っ たが、 第11染色 体につい ては短 腕の動原体近傍であり,SS rDNA遺伝子座の間近に位置していた。
6. rDNA遺伝子座の多様性とその機構
上述 の 結 果は、種 々のイ ネ科植物 におい て遺伝子 の配列が 高度に 保存され ている 事 実 と は極 め て対照 的であ り、rDNAがブ ロック として種 分化の 過程でゲ ノム内を 活発に 移動しているシンテニーの例外的存在であるということを示唆している。種により位置,
数 が 異な る な どrDNAの 転 移 がイ ネ 属 植物 の 遺 伝 的多 様 性 ある い はゲ ノムの安 定性に 関し て重要な 役割を はたして いる可 能性も示 唆されることから、今後、ゲノムの大部分 を し める 様 々 な反 復DNAの 分 布状 況 を 染色 体の構造 と併せて 探るこ とはイネ 属植物 の 進 化 ・ 分 化 の 機 構 を 解 明 す る 上 で 重 要 な ア プ 口 ー チ と な る と 考 え ら れ る 。
7.フ ォ ト ン カ ウ ン テ イ ン グ 法 を 用 い た 螢 光 シ グ ナ ル の 定 量 法 の 開 発 rDNAをプ ロ ー ブに 用 い たFISHか ら 得 られ る 螢 光シグナ ルの強度 からコ ピー数を 明 らか にし,イ ネ属植 物の多様性を遺伝子のコピー数から推定するために、フォトンカウ ンテ イング法 の開発 に取り組んだ。本来は生物発光などの微量な光子を検出するために 開発 されたフ ォトン カウンテ イングカ メラシ ステムを 螢光シ グナルに 適用可 能にする ため に減光フ ィルタ ーの設置など測定条件の調整、工夫を行った。この手法の有効性を 確認 するため に、4つの異 なる螢光 強度を もつ集団 で構成されている螢光ビーズを無作 為 に 測定 し た 結果 、 そ の測 定 値 は螢 光 ビ ーズ の 特性を ほば反映 したも のとなっ た。
8.
螢光シグナルの定量と多様性解析における利用
オオムギ染色体の
rDNA座より発せられる螢光シグナルをフォトンカウンティング 法を用いて解析した結果、
2つの
NOR染色体の相対的なコピー数の違いを定量的に表 すことが可能となった。これにより、これまでのス口ットブ口ットハイブリダイゼー シ ョンのよ うにメン ブレン上 の
DNAとのハイ ブリダイゼーションの程度から目的
DNAの コピー数 を算定す る方法に 比べて、目 的
DNAの染色体
DNAとの直接的なハイ ブリダイゼーションの程度から位置情報と遺伝子のコピー数との情報が同時に得られ る た め よ り 詳 細 な 多 様 性 解 析 に 関 す る 有 用 な 情 報 が 取 得 で き る 。
以上、本論文で開発したGISH 法,フォトンカウンテイング法又それに加えてFISH
法を用いて明らかにされたイネ属植物の遺伝的多様性に関する新知見を土台にして、今
後さらに新しい手法を取り入れ、イネ属植物の系統分類関係及び進化・分化の過程が解
明されることを期待したい。
学位論文審査の要旨
主 査 教授 佐野 芳雄 副 査 教授 島本 義也 副 査 教授 三上 哲夫
副 査研 究室長 福 井希 一(農 林水産省北陸農業試験 場 イネ育 種工 学研 究室)
学位論 文題名
IvIOLECULAR CYTOGENETICAL STUDIES ON THE GENETIC DIVERSITY IN THE GENUS 〇 貿 YZA
(イネ属植物における遺伝的多様性に関する分子細胞遺伝学的研究)
本論文は総頁数90 頁の英文で、表3 、図14 、引用文献99 を含む、6 章から梢 成されている。別に、参考論文4 編が添えられている。
核ゲノムの遺伝情報は、可視的に観察できる染色体上に記載されている。染色体の 構造が生物種特有であることから、染色体研究はゲノム分化の主要な研究領域を形成 してきたといえる。従来、染色体の分化は形態と減数分裂時の染色体対合から調査さ れてきたが、分子生物学的手法の導入によって、ゲノム分化を分子レベルで比較する ことが可能になってきた。染色体微細部位を可視化する技術は、他の種から有用遺伝 子を導入する場合にも有効な育種手法になると期待されている。本研究では、染色体 分化を分子レベルで明らかにする目的で、螢光m situ}¥ イブリダイゼーション(FISI‑I) 法を応用してイネ(〇ryza) 属植物の染色体を解析した。得られた結果は以下のよう に要約される。
1
.複2 倍体種が保持する異なるゲノムの可視的検山
〇,ぬ
ti follaは南米原産のCCDD ゲノムをもつ複2 倍体
(2n=48)であるが、D ゲノ ムをもつ2 倍体種の存在は報告されていない。根端分裂網‖胞を用いて、
Cゲノムの全
DNAをプローブとしてゲノミック
msltu}xイブリダイゼーション(GISH) 法を行ったと ころ、CCDD ゲノムの|・1 ニI から24 本のC ゲノム染色体だけを標識することができた。
このことは、未知の
Dゲノム染色体を始めてスライド上で同定できたことを意味して
い る。ゲノ ム間の類 似度を比 較するため に、
CCDDおよ びBBCC ゲノムをもつ2 種の
複
2倍体を供試して同様の
GISH法を行った。相対的な分子雑種形成を螢光シグナル強
度に基づいて推定した結果から、C ゲノムが
Bゲノムより
Dゲノムと高い類似度をもつ
と結論できた。本結果に基づく新しいゲノムの特徴付けは、イネ属植物のゲノムlilF 究
に新たな知見を加えるものと考えられる。
2. ライボ ソーマルRNA遺 伝子クラ スターの 転移
5S rI NAと45S rRNA遺 伝 子 は共 に 染 色体 の 特 定部 位にクラ スターを 形成し て存在 す る多 瓜 遺 伝子 族 で あ る。 異 な るゲ ノ ム を有 す る2倍体種 を供試 して、5S rRNAの染 色 体座 乗 翻j他 をFISH法 に よっ て 調 査し た 。A、BおよびCゲ ノムを有 する種 では、5S rRNA遺 伝 子 が 第11染 色 体 上 の 勳 原 体 近 傍 に ク ラ ス タ ー と し て 位 置 し て い た 。 一 力 、Eお よ びFゲ ノ ム を有 す る 穏で は 、5S rRNA遺 伝子ク ラスター が第7染色体 の勁原 体j丘防に 位置する ことが 判った。
次に 、/|5S rlNA遺伝予クラスターについて同様の比較を行った結果、クラスター の数、 位置お よび螢光 シグナ ル強度か ら推定 されるコ ピー数が 同一ゲ ノムをも つ系統 川でも 蕃しく 興なるこ とがI叨らか になった 。すな わち、Aゲノ ムを有す るアジア 栽培 イネは イン1ミ型お よび日 本型1羈種群に 大別さ れるが、 インド 型品種で は45S rRNA遺 伝 予 ク ラ ス タ ー が 第9お よ び 第10染 色 体 の 短 腕 端 部2ケ 所 に 、 日本 型 品 種で は 第9 染色体 の短腕 端音|5にの み存征し た。Bゲノム 、Eゲ ノムおよびFゲノムを有する2倍休 野 生称 に お いて 、45S rIZNA遺 伝子 ク ラ スタ ー は いず れ も 第9染 色 体 の短 腕 端部1ケ 所 に検 凵Jされ た 。 一 方、Cゲノム を有す る2倍 体野生種 におい ては、45S rRNA遺伝予 ク ラス タ ー が3ケ 所 で 検fuさ れ、 そ の 座乗 位 置 は第4お よび9染 色体 の 短 腕 端部 と第 1.L染 色体短腕 の動原体 近隣で あった。
これ らの結果 は、イネ 科植物 における 遺伝子 の配列が 高度に 保存され ていると いう 最近の 分予遺 伝学的知 見とは 暑亟めて対照的であり、多重遺伝子族が種分化の過程で染 色体間 を動l的に転 移して おり、イ ネ属植物 のゲノ ム分化の1要 因となる ことを示 して いる。
3.ライボソーマルRNA遺伝子のコピー数の推定
[71SI‑I法 を用いて45S rRNA遺伝子 のコピ ー数を定 量化するため、螢光の強いオオム ギ染色体 を用い たフォト ン計測 法を開発 した。生 物発光 などの微 量な光 子を検出 する ために開 発され たフォト ン計みWカメ ラを利用 して、 螢光シグナル強度を測定するため に減 光 フ ィル タ ー の設 置 条 件の 調 整 、 工夫 を 行 った 。 オオムギ では、45S rRNA遺伝 予が2ケ所の 仁形成部 位にクラ スター として存 在して いた。考 案した 本方法に より、4 5S rI<NAJtt伝 子クラス ターか ら発する 螢光シ グナルを 測定した 結果、2ケ所 の仁形 成 舟K他に行ね!するコピー数の* II対fIくJ違いを定量的に表すことが可能となった。本実験手 法では、 染色休 上の|‖ 同配列 を分子雑種形成によって鋭敏に検山でき、位置情報と遺 伝予数の 情報を 同時に得 ること ができる ので、今 後有効 な染色体 解析法 になると 則待 できる。
以上のように、ホlilfiY:はイネ属植物のゲノム分化を分予細|胞遺伝学的に明らかにし た も の で あ り 、 そ の 成 果 は 学 術 お よ び 応 用 の 両 面 で 高 く 評 価 で き る 。 よっ て、秦査 員一同 は宍戸理 恵子が 博士(農 学)の 学位を受けるに十分な資格を有 するものと認めた。