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『宗教研究』220号(48巻1輯)

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(1)

――目次――

論文

1,

占領軍の対日宗教政策, 阿部美哉, The Allied Occupation’ Regious Policy for Japan, Yoshiya ABE,

pp.1-23.

2,

「離一多性」による無自性性論証, 江島惠教, Eine Bewiesführung der Niḥsvabhāvatā, Yasunori EJIMA,

pp.25-43.

3,

D.ヒュームの神観念の問題, 渡辺喜勝, About the Idea of “God” of D. Hume, Yoshikatsu WATANABE,

pp.45-61.

4,

ルペルカーリア祭における儀礼と伝承:ジョルジュ・デュメジルの学説を中心に, 植島啓司, Rites et

Legendes de la Fête des Lupercalia, Keiji UESHIMA, pp.63-87.

書評

5,

小口偉一・堀一郎監修『宗教学辞典』, 宗像巌, Iwao MUNAKATA, pp.89-92.

(2)

占領軍の対日宗教政策

Ⅰはじめに

方被 占領国日本の

民主主義連合国に対

による日本占領は二つ

水 占領においては、

性 が比較的よく保た ね 、両者の対決を可能にしたと考えられる。

対日宗教政策の大綱

価値との葛藤がわが 国

ようとするものである。

占領軍の対日宗教政策

阿部美哉

(3)

で 決定されるのが 通

二年一月の カ サフラン

なったポツダム育三音 ︵ 04 ︶

案にあたっては、太平

の策定の主体となって し Ⅰ +, こ ハ 。

陸軍省及び海軍省

策 として決定されるの

よび海軍省の調整 委 ︵ 4 ︶ 員 会であったということができる。

の 四月には、対日戦

全体主義・軍国主義と

しては、これを 独 ・ 伊 ︵ く Ⅰ︶

して非難・攻撃していた。

成された﹁日本・ 信 ︵ ムリ ︶

十五日になっており、 (2) 二

、対日宗教政策の策定

(4)

日本史の教授を つ と えた J.C. ヴィン セ 入っていた。 皇 主義とに区分 家 神道は世界の平和に 守護神を祀る純粋に 宗 持っ施設及び靖国神 6 施設の三種類に分類 右の理解の上にたっ 古神道の神社の存続 を 許可し、四、国家主 役職員を解雇 し 、五、 ロ している。 道 と超国家主義的 ィデオ を 保障すべきであるけれ 道を廃絶し、とくにその たのである。 占 的 要求が示された。 (3)

(5)

、対日宗教政策の実施

側 のもとに、 被 占領

は 、日本占領に備え

S ︶がハーバード、

トレーには特設訓練

語 、軍政府の管理な

ぼっていた。︵ 9 ︶ 日本の占領にお い

、戦犯の処罰、信教

十五日に終戦となっ たのである。

連合軍最高司令官

本 政策を総括的に述

実業団体の禁止、超

、神道という名称は

止は、 後に明らかに であったのである。 (4)

(6)

占領軍の対日宗教政策

とする追放はっ ぃ

一般政策の設定と

令 をもって日本国政

実施を監督させた。 @ O ︵ 0 t ︶

都 省宗教 課 、総司令部においては民間情報教育 口内 凹 ︵ 0 ア古 Ⅰ コ ho ︵ヨ郎ヒ田 ぃ 0 コ

︵ 刃 ①二 %0 コ のし ぎオ琵 0 二︶であっ

信教自由の確立と軍

る 為に、昭和二十年

指令︶を指令し

示教の衣にかくれるこ

指令は、一方で治安

方 このような制限を

放を命じたのである。

一十年十月九日、治

﹁ひとのみち﹂の御末 徳近 、﹁大本﹂の出口 王 仁三郎・出口伊佐男、

郎 、﹁ホーリネス 教

沢孫次 等の諸氏が 釈 (5)

(7)

樹立及び軍国主義

機関、制度、慣習、

かである。

きことは、すでに

たのであるが、この

あ の 既 の 占 の プ "@ よ う としたのである。それは従来信教 に 信教の自由を侵されていた宗教家を たものであり、いわば信教の自由の制 るであろうとの見通しに立つものであ 伸長するには、日本の宗教家はあまり た 。そのような意味で国家神道と国と が 存在していたのである。この癒着を 指令の一層の具体化と実施をめざした っ たということができる。

- の

自由を制限することになっ

解放し、信教の自由を侵害す

限を除去しさえすれば日本人

った

。しかしこのようにして

にも権威主義的であり、日本

癒着のみならず、すべての

厳しく分離することによって

ものが次にのべる神道指令で

(6)

イデオロギーの宣伝

(8)

占領軍の対日宗教政策

制圧は命じられなか っ たのであった。

こない、﹁日本人

は 、日本国政府に 命

は 東京の総司令部で

から国務省あてに ヴ

から返電があり、 同

られた。こうして 神

ての指令の起草が必

たのである。更に十 ︵Ⅱ︶

指令﹂が発せられ、

パガンダの流布は 、

対し、国家神道制度 しなければならない﹂と命令された。

の 指令によって 、

が 命令され、如何な

ば 、官公吏の公葬 (7)

(9)

境内地の譲与等が相 ︵ 埼 @ ︶

隣組等による神道の

更に昭和二十二年四

目 口 内務・文部次官

﹂が通牒された。 こ

離を実現しょうとし たものである。

って軍国主義的な

指令は占領軍の対日

ということができる。

は 最もむずかし い問

きか、あるいは在位

の 可能性があった。

べきか、そしてもし

は 日本軍人の戦闘 意

な 占領を目ざす ァメ

主張があらわれて ぃ

おける天皇と国家 神 (8)

(10)

占領軍の対日宗教政策

神道ないし天皇崇拝

6 場合には、連合軍

樹立して主権を国民 ︵ 腱 ︶

民 との間の神秘的

る 為に極めて重要な

存置されることになったのである。

って大きな障害で

的 暴走を煽動する 可

文を引用しての民主

的 否定を内容とする

る 。

領 軍当局者は、 天

その行為は日本人自

りく天皇自身であり、

。しかし前田多聞の ︵ 幼 ︶

人間宣喜 ロ とはほとん ︵四︶

渡し役をつとめてい (9)

(11)

学の教授となった へ

自由の原則に相反し ね 、天皇の人間言言

い と結論されて ぃ

えてよいであろう。

に 先立って、天皇

に 、天皇の人間育三二口

法を採用したといえるのではなかろうか。

対置されていた。 占

疑 う 余地がないが、

って、これら両者の

れにとって必須の課題である。 国家神道ないし国体に対する宗教的忠誠心は 、

、個人の信仰とし

有機関という施設 と

信教にのみ自由を認

っていた。﹁連合軍

である。

(12)

と アメリカ主義の

型のヒューマニズム

まし、民主的手続に

主義においては、 究

﹂と﹂は、不完全かっ ︵㌍︶

ると考えられている。

ている。日本主義

尽し、奉仕を行うこ

団の代表者というよ

ような日本主義にお

現され、存在化され

ているのである。

、基本的価値の対

ぽかんして両者が示した 教

日 対 の 軍 領 占 ユ 1 (11)

(13)

められていたのであ

の 法律上の地位の問題 は 日米両当局者の折衝の案件となった。

0 ﹁︵ 0 コカ。目的︶ 0 二の ︵ 勿 ︶

日のョ 0 ぺ弗 コ年二ョ﹂として占領軍に示された。 こ の 報告書は①宗教団体

可 が不要とされるこ

休の法人格に関する部

勅令の案がすでに勅裁

尉は十月二十四日に報 ︵ お ︶

と 抵触すると判断され

ないこと、③日本政府

体現した法律が成立さ

許可を得て新たな勅令

と 勧告した。

れたが、バンス 博 ︵ あ ︶

れども、当該勅令 実 の (12) 口

、宗教法人制度の形成

(14)

占領軍の対日宗教政策

軍の承認を求めなけれ

承認しないことに決定したのである。 ︵ 沖 ︶

特別法の必要はな

とが立証されない 限

の 受益者が参与しな

日に 宗教界の代表と会見することを公約した。

0 代表はこの会見に

り 、その起草は文部省

ではないかと提案し

法の制定を全員一致 で 希望したのであった。

不教法人令の認可の

公布施行され、同時

不教団体登記 今 、公衆

6 件が廃止された。

の神社のとりあつ ︵ 鶉 ︶

局 他の宗教団体 と同

二十一年二月二日、 13 (13)

(15)

このような事情から、文部省宗務課 は 法制局の審査を経、二十六年二月二十七 法は 、四月三日公布され、即日施行され 占領下における法律の制定にあたって っていた。したがって本法の制定にあた の 同意を得なければ国会にこれを提出す 渉 が行われ、その記録の一部が現存する た る っ は た 日 昭 とりかかり、二十五年中に 本会議を通過、宗教法人 のである。 なければならないことにな 部民間情報教育局宗教 課 をめぐってさまざまな 交 具体的に検討することが 可

明細 帳 に記載せられ

、従来法人格をみと

、宗教法人として 認 められることになった。

しこれは日本国政 席 および日本宗教界の態度とは異質のものが、

ぅ 事実は争えない。

ておらず、それがあ

なった。更にまた 宗

なるという事態が生

不教法人台のもとでは はい い 難いと考えられた。 (") 14

(16)

占領軍の対日宗教政策 能 なのである。

とって、いわば同床

検討することにす る 。

による乱用の規制

うないのに法律が欠 ︵ ク 舟リ Ⅰ ︶

教育局宗教課の立場

ホ教界に制度をおしっ

を 尊重することを 要 ︵ 訂 ︶

たのに対し、米国側 を 明らかにしていたのである。 そもそも宗教団体の法律的地位の付与の為に 、

の 見解は正反対で

に 、宗教団体 法 にか

かの規制力を持っこ

制度の成立を定める

項 としたのである。

よって ,, ﹂ Ⅱ と 仙 孝三ⅡⅡ ,目ノべ

規定によって宗教団 15 (15)

(17)

つ きりあらわれてい

条 のとりあっかいに

法施行法第二十八条

なる道を開いたと 主 ︵ 銘 ︶

これに反し、日本側

ら 整理したにすぎない

って法人となることは ︵ 鯛 ︶

法の解説と運用﹂に

によって宗教団体が ︵㏄︶

しく対立していたので

ものが、総司令部民

件は 、日本の宗務課

うか。少くとも占領

あって、そのような 考え方にも一理があるのではなかろうか。

した。文部省宗務

張し 、占領中の為 や

をとっていた。しかる (16) 16

(18)

占領軍の対日宗教政策

加 すべきであるのみ

ゅ 見の汲み上げを求め

と 接触をもっことに

罪代表が宗教法人法

あった。しかしこの際

、自主的な判断に基

員 のあり方にかん

表 として責任役員が

見任役員の申から選出

者であって、たとえ

と 信者との関係を鉄道

と 明音 西 しているので ︵㏄︶

決定し、責任役員の互

不教団体の伝統的構造

職者を代表役員とし、

集団の保守的伝統の中 に 埋没してしまったのである。 17 (17)

(19)

(18) 18 / Ⅰ 小 テバ 神 教 占 と 田 領 神 体 重 国 の の 思 自 刃 想 、 治 日

宗教

象 に とそ 徴 の 政 さ 民 策 れ 主 の る 的 基 目 連 木 本 営 は 文 の 化 確 超 を 立 国 統 、 家 会 友 主 す び 義 る 全 的 資 て ィ 質 の デ を 宗 オ 変 数 ロ 草 田 ギ し 体 i よ の と う 地 し と 位 て し の の た 卒 園 0 等 家 で 化 神 あ に ; 直 っ あ の た っ 廃 。 た 止 こ 。 と れ 根 宗 ら 頓 教 の 的 と 政 価 し 策 値 て は の の

火 元 道 権 で の 指 は 存

・、

,、

現 % 七 突 こ 置 あ 説 法 回 た ら 物 の 施 れ そ と っ 明 人 の い れ 質 主 所

括 {c 宗 で 側 妻 に お い

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細りいし す応祷る面祷

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研 い っ の し み 、 は し 穿 る の 。 限 の て

占領

@ かがは 側 けば 主義 まま ( ま

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軍当

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らだ ー ユ

的前 文部 二部 ばあ 括宗 主張 文部 た力 都道 れ け と 例 大 道 ぃ 教 す 省 ら 府 局 っ 側 の 場 に 被 知 庁 万 一 な す 局 め 古 ん え こ 大 鏑 目 と 構 法 好 は て 領 し し と を 囲 と ぃ が 人 ま 対 入 居 米 た て い る と よ 当 庁 考 法 音 双 と 示 な か を り 課 は え 占 定 、 見 べ る あ こ し い つ 稽 古 老 が そ 解 き よ い れ 、 権 こ 所 領 局 司 れ は で ぅ で は 二 蔵 と の 軍 は 能 ぞ 何 あ に も 文 部 の の 所 当 、 部 道 家 妥 荘 周 宗 た の 立 は か の 以 は を 加 数 人 と 価 し 合 ら 所 上 し 疑 事 法 の 三 個 た 理 文 轄 に が っ が 人 所 い 規 の 的 部 に わ る て 道 観 轄 ぅ 範 で 説 大 す た 教 ぃ 当 は 庁 る に あ の 立 る

ま、

明の 目前 べき って 派

総 た であ

、そ

| で ち 可 轄 で 被 宗 司 る の す あ っ し 能 法 る 色 沢 令 と 純 べ

(20)

占領軍の対日宗教政策

本 的には、天皇の人

て 、宗教を個人の信

志は信者から選出さ

付 されるべきである

とどまるべきであっ

にようなければ宗教

懸念から、法人の成

であると認識されて Ⅱ ネハ八 @ - Ⅰ ⅠⅠ。

休の既存の組織と

と 、大多数の被包括

する規則が設けられ

階層的権威が信者の

かならない。

質的に裏返しにさ

員 会が信者は宗教法

なりつるのは宗教法

れぬ底力を示した 事 19 (19)

(21)

滞日したし a@ ︶ ガ 一の 注

﹁嵐の中の神社 神

﹁ め討 ⅠⅡ さ 0 % オヘさ 叩も

本 側の状況については、比較的良く知られていた。 お 領事側の状況や

さ 0 ⅠⅠ 宙 ち白さⅠ め もめ

全部の民政部が 纏 めた﹁ よよ ∼ 汁目 ∼わぬ 0 ﹁ むミ ∼ さ ∼ ぎ ⅩハトⅠ さ ㌧ さギい ㏄㌧∼

為ぬ ∼ a ∼ ぎさめ 0 Ⅰ∼ 討ぬ

および教育に関す

本義和仏 編 ﹁日本

および 刃 0 汀 二回 ミリ ︵曲の・串田・の年の・﹁ づざ 0 % ∼∼∼ ぬ 隠 0 のの ま ㌧ % 安。さもⅡ

ヨ 0 ロ。㏄二ロ @ ヴ ⅡのⅠ セ

りが与えられた 0

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白 @ し ナ " ま れ る @ ・Ⅰ 戸 り 貫 か 的 た

変 個 化 人 を 的

、 主 こ 講 牙 T 口口

Ⅰ 云 ア (20)@ 20

(22)

占領軍の対日宗教政策

間柱・昭和三十八年︶一六頁。

由 Ⅰの コ 一口・︶・ロヱ ニ、

雨ト ∼∼ ie 曲 O も わだ ㌧ さ ∼∼もⅩ・︶

の神曲 田 のの す 一ロ 侍 0, :︶ 由

めも 鍋 l Ⅰ りかめ ・ せ 0 ︶・ 目 ・・

会社・昭和四十三れ︶︵ 年 ︶九五七 |六 0 頁 。

ゴ o Occ 仁 つい ユ 。 巨 リコ 年

査会 ・昭和三三年︶ 第四章。

訳は 、田丸穂首 他編

出版社、昭和四十八年︶二四三 | 四五頁。

京 ・毎日新聞社。一九五二︶二九一 | 九三頁。

臼のレ コざ 隼 ㌧。 ま 串の

0 二口・の 二 C. の 0040 ﹁ コヨのコ ︵㌧﹁ ヂづ ︵ ご 二幅 0 目ヰ Ce, お卜 3.b ㏄の 1 めの

さ ケリ ま ぺ曲馬Ⅰ , Ⅴ ハ Ⅰ メ Ⅰ︵Ⅱ 肚 づ 0 ヴ ﹁ Eu ﹁ セ ︶の ト の︶・のⅡ 1 年 む

め ⅠⅠ ヰ Ⅱ 亜 ハり 0 切札 Q ㌔Ⅱ ド 0 へ

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観念及び天皇観念

に 受容され、ジャ

下の Ⅱ 0 ぺ 0 用 Ⅰ 曲 ㌧の 目 " Ⅰ

の目 ド の肚の︶ , H は︶ 1 ひの・が 七 リスト。

(23)

団め ㏄

和 三十七年三月号︶八四1元 0 頁 。

田 のゆ 1 レ ののはは び, め り印 ︵ ル ︶ 毛 00 卸韓 &, つむの ト に や も On き ㌧ ぬ ∼ れ on. ロ ・ りト ︶

ヴ 0 ﹁︵しのヱ曲 ゴ ・ ま の ド七 ドロ

ののⅡ︶・ ぃ l 目 め ︵ ぬ ︶ セく 00 年いⅠ 隼,づ討ぬト に ぎ曲 Ohc だ ㌧Ⅰ∼∼ on. ワ ㏄ の

ダ 新案連綿﹁戦後宗教回想録﹂三四 | 三六頁。

︶ 申 1 目︶・︵二の﹁のの︵︵の﹁ , 弓く 00 Ⅰが︵ &, 力ミ 憶ぎ さ り Ⅰ な 手札 き宙 ∼ ヤぬ ﹁ の もさめい 俺 さし

口目

レムの1ト の申 ・めのの l ㏄つむ

| 七一頁。文化庁 文

七 セ ー 八一頁。

輻ロ 0% 目の肚の︶ , ㏄・の㏄ l のの (22) 、 p やもめの,肚のの・ 邦 訳 ︵ 抄 ︶は田九徳 善 佃編前掲 書 、二四六 | 四八頁。 22

(24)

占領軍の対日宗教政策

払珊 ﹂ ご 一一

口 0 一頁。

教法人法の 六頁

・ⅠⅠ・ 壌|ト巾 巻 五号︶ 八| 九頁。

十九年︶ 23@ (23)

(25)

「雄一歩, 陛 」による無目性性論証 て 証 を で の い

式埋む

ニ シ

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教 戒 存 で Ⅴ こ - の 式 性 土 庄 あ の ユ タ に は の し 者 る お 他 い う の が い の ず る 無

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坪キ

例え 年 ま | ㏄Ⅱ 1 代

の っ 識 論 と 映像 、 涛 25 (25)

江島

﹁ 雌沖

多性

﹂に

る無自性性論証

(26)

無目性であるとし

めたものとして注目される。 アイデーヴァ︵の 釧コ

式は言及されている。︵ 7

個所においてであっ 無 原因より生起しな

とする論証式を白目

厳 論詰 L のほぼ半分に相当するのであるが、 るカマ ラシー

の㍉ 細

るものの場合が

多を自性とはしない﹂︵

4

として無自性性の

例えば日中観荘厳 目 oln. べ のの︶は同甲 つけているし、また る 論証と件 挙 されて を 著してもいる カマ ラシーラ︵ 本 リヨ 笘団絵 守 り いる。 (26) 26

(27)

冊 証は出てこないし、︵ l l ︶ 27 離 一歩 性 」によ

形式と並列的に取扱

ずしも一定していない。

典く ︶ せのガ 笘の・も の申1 の

からである。しか

げたもので充分であろ 性論

こ 帝 ︶ ︵ 騰 ︶ 上げている。 形式として取り ると、その著 司 恩沢 ︵ 9 ︶

とができるのである。 ている。 さらに、インド仏教を綜合し チベ の 理由﹂と呼ばれるもので、その 典 宰 mL 第一喝に求められているのであ 者によっても採用されているのであ にも アティーシャ以前の論書で彼 田 七円目 p. ㌧ 井ぎ

押文

0. 紹旛 ︶ や

| シ ム Ⅰ︵戸田 抹 poq し Ⅱ つりヨイハ リ口 げる。その第三の形式が﹁雄一歩 察するシュリーグプタの口入真実 由 ﹂はアティーシャ時代の他の学

ていたものと思われる。この 他

中観議案 ヒ ︵ ま注ゴ下ヨ リオ Nq ︵ゴロ・

の 五コ

鯉之

0. の㌧のかりにおいて も ネ 、

(28)

菩提 道

﹂による

は 極めて

バーヴァ の 先輩 ジ 灯論細疏ヒ 無 自性性論 少ない 0 プ ヴィヴェー ュ ニャー ナ し あ の の 文 ュ て 、 る 上 そ で 献 ナ 「 適 間

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し 以 も ガ| 君 辺 研 た 上 ル 案 に 究 も の ジ

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にして 主著﹁ 入 いる論証 法がバ 性で 従っ (28) 28

(29)

「 @% 一 多性 」による無自 性性 論証 ( か 喝 宜 喝 あ

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自 て る 、 の 小生 補 も 五 四 話 を っ 0 % 褐 釈 寓佳 た る の の 書 れ 部 こ 結 要 は て

の 学者であることは

るわけである。

入 真実論 註 b ︵ 円 u. 公也︶

目 ㏄ 舐宙 井目 ヨゅ ︶ が

あったとする記事も ハ俺 ︶

は 別人であろう。 少

グプタは八世紀

29 (29)

(30)

、 心は単一では

理仙 Ⅱに妥当で りがたい。

トはフつ 上しい 二ノロ 五把

が 、そのよう

あろうか。

覚知主体との 関

何を拠り所とす る 係 な 大

数 的なものとなら

子は単一のものではない。

ハ 単一性と多

学派が舌ロうようなし

あるいは 眼 ハ等 口 もそれと同じである。 (30 Ⅰ 30

(31)

「佳一夕 性 」 @c よる無目性性論証

し 三 そ そ 、 れ ま ヰ

在 を 着 {C @ {C 対 真 よ す と っ

持 田 存 り 持 在 が め を な た 見 く め て な に い 材丁 言擢肇 る ば 退 場 " " 車 じ " 台 ど ( と

あ n

退官

事が

l @@

@s

) 生じる嫌悪 で 客 あ 孟 ろ 笘 ぅ ) か 等 の 敵 が 生 じ る し か 31 (31) 実作用をなすのである。 いうし他世間の ハ 世俗において u 論談すべきであって 、 n それ をし誰が否定し よ うか 。

のものとする。

なそれぞれの

る ︵のヰロ ヨ曲 ︶ とし

に 常住な時間・

舌ぢ こでありえ よ うか 。

と 多数性とを排除

とが成立する。

検討されることなく単に ハ 感性的に口 歓 ばし いユ もの︵ 笘 イニの ゅヰ曲田 ︵Ⅱ︶

ができない。

もっそれ︵Ⅱ 刹

(32)

山ヰ 囲 一せ せ ゆく 曲ゴ囲 Ⅱ 曲| ︵ 2 0 ︶

わ なので口はわは いロ 0

無目性なのである。

るということが成立する。

と 同様である。

歓 ばし い 認識 根

りは 、世間的な行

臼 ︶ 叩じ 、理由樹 謬 はない。 u

よって、その 一

存在する。従っ

が 存在しない。

れた所によって

る 。

ゼぎ 轄が︶のために と

匹 て 有 の ・ 情 努 に め 利

キ 乞 - え 目 る 駒 方 と 使 し と て し い @ イ Ⅰ

屋ハ

て 耳 u 巴 コロコリ不都合な

-

) でのユ

11

彼 の 全 ぬ者 ) 32

(33)

し イみ| Ⅰ ナ Ⅰ よ 論証 性 性 無 目 る よ ﹂ 性 多 離 r ﹁ 入 真実論 頚 ﹂ 一 、離一夕性による無目性性論証 式 二 、原子 説 批判 るいは小乗におけ 一色・ 眼 等に対する批判 四 1玉、 識と 形象との関係よりする 識論 批判 ﹁中観荘厳論 頒 : 一 1 一一一一 一四 | 一五 ︵ 二 01 上ハ 0 ︶ L, 特に四三、四九、四六等

の 論証式を提示

念の成立すること

一致するものが 少

る 。 ョ肘受 ︶なることが明らかである。 一休如何なるもの

覚 なきものであ ると把握すべきである。 たこれが中道であ

説かれているのである。

(34)

になっているし、

そのような細かな 議

象 との関係からする 識

削 が看取される

六 ab 、自己覚知 説 批判 六 cd 心所説批判 セ 、刹那波 説 批判

我 ・虚空等 る 批判

一二 |一 三、無自性性の修習

等 の 教説

由 概念と が 不成立という誤謬はない

止 する

し Ⅰ 二 01 二 二、結語 に 対す 0 基体 セ六|セ 八 六二等 六二に対する﹁ 註ヒ 一一 1 一 八四 | @ Ⅰ 三 O / Ⅰト工Ⅰ ノ 一六 | 一九 (34) 34

(35)

「 雄 一夕 性 」による無目性性論証 35 (35) る さ そ プ 冒 明 さ 念 が 実

々 れ 前 の lC fC こ 考 っ お れ 察 い い ら を て て 以 一 は 探 外

め 荘 こ 一 る 厳 と 多 第 論 は ,珪 人 詮 困 」 - 一 - 。 " 難 に 三 褐 に で よ 、 あ あ る 且 『 る る 典蒔 ち 以 と 自 小 息、 i 生 の わ 性 記 れ 論 述 る 証 を

るそ

O の ュリ

グプ

れ は 源を 算 木 タ 一 め や 掲 る シ の べ ャ 論 き l 証 で ン 式 あ タ に ろ う 関 う ク す か シ る 。 タ 撞 こ 以

(36)

これは第六一喝の基に これは既に学者によっ か い ︵ 兜 8 ︶第三四四隅 と ネ 巳はあっ 十 Ⅰも 、三 Ⅰ ハツ 宰卿 にも両者を直接結びっ わけだから、その淵源 う 。しかし我々の今の さてシャーンタラク oooln. のの 0 ︶の口耳 里却旺 三 一六 %cd 等を引用 八 諸存在をある ハ 在口には単一なる なったものとして 重 て 指摘されている 通 ︵㌍︶ 一致する。ところで ま 式の直接的な根拠 けることは困難なの 関心はこの論証 式の を アーリヤデーヴァ シタ はこれ以外に同 釈ヒ ︵ つ ﹁の 目ヲ卸ハ トのく Wq ︵ ヰ している。この中で 様態 u によって精察 様態と多数なる様態

達しのものとする。しかし

∼ 0 ︶の口四百論 ヒ ︵の曲︵ 目廿 れる論証式を補強するもの

すぎる。論理的にも時代的

中観思想の流れの中にある

とは不可能ではないであろ より直接的な起源の方に重きが置かれている。

ルティ︵ し註目 リガ HqH い 、。

喝 、第二一 O 喝 cd 、 第 も 最も重要なのは第三六 0 褐 、即ち

。何故ならばそれらハ話 存 ︵明り︶ とが存在しないからであるⅤ︵第三六 0 褐 ︶ ヘ者 在し ほ ついて する。 谷君 在し 察される限りの ︵Ⅰ︶ な い Ⅴ のものである。 察される限りの ︵ 花 ︶ な い Ⅴ い 。単一のものがないものに多数のものも 存 あらゆる存在者にはどれにも単一性が存在 ノセ ーンタラクシ タ はこれを根拠づけるた しない めに、 。単一性の存在しないもの まずこの 喝と 極めて類似し ナ - Ⅰ に し 次 ム ャ @ 4 の 多 褐 数 レ乞 ,吐 l @. Ⅱ @ ト Ⅰ も 用 存 (36) 36

(37)

「雄一歩 性 」による無目性性論証 であって 、 他は次の如くである。

に 顕現する覚知 ︵ 飴 W ︶

Ⅴ︵第二 0 九 % ︶ ︵ W ︶ 否定されるⅤ︵第二一 O 喝 cd ︶ ︵ W 何 ︶ ハ喝 cd ︶ する個所において、 いることに関して直接 観 開講 L で、﹁雅一歩 もその際には ︵ 四 ︶

Ⅴ せて、これらは 通 計 さ

いることは、ダルマ

関するものであり、

は 異なるとするもの

を 占めるかについて 式 あるいは第六一喝 の の 解釈をまっまでもな

よって埋め合わせて 37 (37)

(38)

も 適用されるよ う に な

といったものを批判 対象に入ってしまう。 めの曲Ⅰ曲の邱 2 目の 0 ㏄ せ弗 ︶ 第 二七 % 行くことは容易ではない。 性 ﹂による識の蛆・目性性に 照 して、既に学者によって ないように思う。 今 我々は するに至っただけであり、 としては﹁ 離 一孝 性 ﹂の 論 タや シャーンタラクシ タ の の 取扱い方等を拠り所とし ダルマキールティは 経量 の 第三章第二一六 0 掲に見ら 無形象論︵ 三 Ⅱ 巴 。目安 卸隼曲 ︶ 教内部に論争が展開され、 タに 明確に見てとれるよ う 言及したモークシャカラグプタが﹁ 離 一孝 両者間の関係を確定することはなされてい | グプタの﹁ 入 真実論 頒 ﹂第一偶を獲得 依然として不明のままである。従って我々 無 自性性論証に至る道程を、シュリーグプ 解釈、時代は下るがモークシャカラグプタ て 推理してみる以外に方法がないわけである。 いて ヨ亘 評釈口を述作したのであるが、 そ 倒 ︵の︶の問題を論じる際に

後に出てくる る

彼 以後は知の形象の有無を廻って 仏 後のシュリーグプタやシャーンタラクシ を 優位におく立場で綜合しようとする学者 (38) 38

(39)

「 離 一夕 性 」による無目性性論証

、 即ち 遍充 関係を帰 ︵㏄︶

法 によって確立すると

もこの論証形式の確立

ねばならないであろう。

して分析することが

理から﹁ 離 一孝 性 ﹂に

39 (39)

賢者 ハ たる中観派口は認めない。何故 ︵ 乾 ︶ いるから、例えば空華と同様であるⅤ

情を反映しているものと思われる。そして

おいて無目性である。何故ならば一考の 自

存在者は真実において無目性である。何故

いては﹁内外の諸存在者﹂であり、後者に

い 何となく認識論的な臭いが残存している

る 無自性性論証は明確な位置を獲得したの

るこの時期にあっては他方で﹁存在性﹂ ならば 一 多の目性を離れて ノュ リーグプタは﹁ 外 ある 性を離れて Ⅱ 卜 V るから @ Ⅰ と 二二口 ならば 一 多の目性を離れて おいては﹁自他の語る諸 存 のに対して、後者はより 外 である。 に 根拠を置く刹那波 性 論証

(40)

Ⅰ 円オ曲し笘 ︵ "

ヴア曲 く曲︵ 一 註

文集 b 一九六四、四

一郷 正道﹁㍉中観

、同 ちのせ コ 0 ロ ムの

仏 所 、 二 01 ニ、 ︵三六︶ 1 ︵四二︶ 百 C 笠 ㌔

㍉の ヨ笘ま, 0 ロ・ ヴぜ ㌧・Ⅰ

ヴゴ 倒く卸の片ロ 仔 円そ山田 のオ

ヴハ イが 円ト Ⅱ

ト,の 1. のセ が㏄ 甘由 Ⅰの |

甘竹口 0 才 笘坤 モ曲 ヴ 甘ゆくゆ ゴ ㏄ そひ Ⅰ 捨ぺ 。 宰ざ自ヴゴ卸 せ りゴ ︵ 5 ︶ 0 ㌧・ ユ ︵・ , ⅠⅠ・ か め 肚 ・の11 % 肚め ・ 煥

頚 ・細流し二曲︵︵ せ p.

て 極めて有効であ ︵ 7 ︶ 壬利 卸並︵一︶ み貧 田川。

綱要であってチャン

中論 疏 LT ププ 倒ゅ ︶ と とバ ラレル な 文があることが注目される。

臼 目ち。お︶ 乙 N. づ Ⅱ む ・田荘1ト の (40) 40

(41)

「 離 一歩 性 」による無目性性論証

下内ユの目玉 ヨの ⅠⅡⅡ幅のオ寸 幅 ユ % かぎ せ 0 住ヨぎつ のⅡ ト年 e 寸口年ヨ 曲 か田 ガせ ロ口ヨ のヰトト

Ⅱ色の寸 隼仁 ヨ口二ロ 才 1

め くり宙の コせ曲セめ毛ごア

吝 Ⅰ こ によって 推 定 した。 ま % 白戸 のヨ

11 ﹂︵東大東洋文

下 ︶を参照。

ち自 不生は第八 %c

論じられる。 ︵ H ︶ 援 0 山田 ヨ曲 ﹁㏄ 曲つ トル 隼 Ⅰ づ u, 口ロ % 安

且捧

のめの 曲

︶のの一の・ 之 ・ 力 oe ﹁ ざォ

0 目 " ㏄ ダ ㌧の円のⅠの す偉 Ⅱ 畦 Ⅰ㏄ひの・ⅠのⅠ ヱコ ︵ づ 0 ォセ 0 ト ののの,の・ ト Ⅱ め ・ ト のの ︵ 騰 ︶の・ 之 ・ 力 omq ざゴ @ 円ゴ のいざの レ 冨田タワ㏄ めむ

であるかは不明である。

ているが本来散文の㍉ 註 L であったと思われる。

6 世俗的な存在を規

一 ゴロⅡ い Ⅰ c ︵・の e 目 0 円い 目

生れた新しい世俗の規定づけとして注目される。

ているがやはり本来㍉註しの 文か 。

曲ヨ がせ聖の旧 す曲 Ⅰ 兜 0 オゆ ・

0 圧が コ円 Ⅰが コ匹ひ曲 0 コ "

(42)

、ト のの㏄ | ㏄の , Ⅰ・㏄ づ

曲 り ロコ コ ︵の コゅコ の ガ ㏄・ ヨせ の コどオ 0- ヨコ 笘 七三 セがヰミ Ⅱ

ぴ 五七頁 註 ︵ 4 ︶参照。

は ﹁雄一歩 性 ﹂とあ

の円 下ゆ方がⅠ笘の卸 コユ、 0

ているから虚妄で

のコ ㏄ 0 曲 任笘ココ ゆの 由

っている︶等が興味を引く。

そ日せの 描 こ㌧ 8 ヨ倒コ|

による。以下も 同じ。

卍 Ⅱ。 つ ・ ゎ一 ︵・ @ で ・㏄のの

曲圧ゴ卸 ⅡⅡ。 づ ・の 一 ︵・・Ⅰ・めのの

コ ︶の オ せ打的の臣 斡の ロオの

︵ 曲づ Ⅱ 曲年 せが 年曲コ笘

㌧Ⅱが ヨ倒 目リイ % Ⅱ田文才 が|

す か セくあ 申せが ゴ Ⅰの q 一 笘ヨゆ コ年ひ 曲ゴ Ⅱ ︵㏄︶ づ uq オのヴ Fm ゆ m. O 口 ・ 黛 ︵・ ,づ ・∼ つ

四頁、特に二七頁 以

与えられたことをここに記しておぎた

のざ ・ " づ ・べ う, 年1旬 @

(43)

「 離 一歩 性 」による無目性性論証

口 ・ 簗皓コオ の ココ の﹁ @ 口 は

曲 ・ ミ N 木 ㏄ 0.. 口ロⅩ年1メロコ・︶のの㏄Ⅱのの, ダ のの ド ︵

せ 0 コが こ せ 0 頭白 Ⅰ 幅笘 ㎏ 斡 コ曲 ヴ ちくい コ ミ

によってサンスク

0 仁キセ 。 円 ⅠのまのⅠ 乎

文、ハ| 九頁、 等 参照︶。

ていること、更に

之 0 ののめりの、 靭 かの ゲ

おぎたい 0 この

ような事情は㍉ 智

を 期することとす 43@ ( , 43)

(44)

D , ヒ, 一ムの神観念の 問題 ろ は て 問

就中 神 観念の

㈲神の木性につい

論じられるべきで

は 問題を明確にす ために、便宜上三分することにした。 本論の目的は、 D . ヒューム︵ 一セ一 を 考察するになる。 ヒュームは 、 彼の﹁自伝﹂︵目せ 0 まコ しかもその領域も成果も実に多彩である はないが、少くとも次の二点が考えられ 他は本論で述べるよ う に、理神論に対す

渡辺

主眼をおき、 Ⅰ毘の ,

大半を研

になった直接の

師 たちに対する る 懐疑である。

彼の宗教思想 究 に没頭し、 動機が定かで ︵ⅠⅠ︶ 批判であり、

D.

ヒュームの神観念

問題

(45)

欠乏・ 生 、死など る 感情の中で不断に 向けさせ、かっ現実 る 種の自然的・必然

において、自己の

宗教の根拠づけの間

しかし 司 自然史 口

、 他の ニ、 三の彼の

神などには極めて 懐

なく、﹁無智な一般 ある。

制約を受けるが 故

殊な 宗教的感情を意

神との関りにおい なるにすぎない。 (46) 46

(46)

いての論証である。 47 ヰ -"

大衆を極めて意図的︶

ろ多 神論的神々に っ

リカ・アフリカ・アジア

近代と古代、地理的に

るので、ここでの論究は控えたい。

のさて、以上の論証から明らかなように、

ようとする。︵

5

︶彼は﹁自然

ぎ田 憶を知ることにな る 。

かも日常的に親し ︵ 4 ︶

ぬ なるものの諸原因 も 、人間の日常的な実践的な生活経験の中で、

くのである。この 過

何らかの﹁超越的な

大なメカニズムに 存

、ひとつの単一な存

﹁人間の思惟の自然

全 なものへと志向する

移りゆくのである。

(47)

、迷信・偶像崇拝

わ,は 一種の知的モチ

釈しているが、多少 ︵ 6 Ⅰ

すところのひとっに

為の問題にあったの

態 をありのままに 認 ︵ ワ, ︶

考えられよ う 。

る 永遠なる一神で

多様に即応して得ら れるものである。

いても可能であろ

について石千考察してみたい。 周知のように、ヒュームの認識論においては、

ちびかれる。従っ

しかし彼の認識論で は 、この問題が積極的に扱われていないため、

どめようと思う。

0 コの㏄︵︶ 0 コで 士のⅥ ワ、

である。前者はたとえば 快 ・不快の如き印象 で、いわば根元的に心 3% ︶ コ 宙に現れるが、その原因は不可知である。

に 対する情意の反応に (48) 48

(48)

D . ヒ, 一々の神観念の 問題

希望・恐怖の如き印象 ︵Ⅰ 0 ︶

場合田 90 ︵日の日。 屯

︶ 0 目 0 Ⅱ笘のの OC ︶がづ片 0 コ 0 Ⅰ ︵ 04 ︶ 日田のの法則に従うものである。

、印象として経験

の 関係の場である心に これらが理解されるにすぎない。たとえば、

ないので、一般観念 のの

三日 8 うとしてもつことはできないが、

︵二ロ・ 簿 ︶とか、 あ

反省なりで経験される

的な在り方なりが理解されることになる。

な 論理で説明され

定の結果を生み出すこ

するのである。これは

にあるのではなく、

ユ ー ム は、ある事物の

いわば習慣的にきめ

︵日日, づ ・㏄のの︶

の レベルにおいて 語 49 (49)

(49)

生の出来事に対す

数 に帰着する。そし

徳性を兼備したもの

てここに展開する 神

様 その営みに関わる

万全な神々﹂ 由ヨ ざの 隼

って自己の生存の安

また商人が目 u*nE ︵ せ 々の一群で充満する﹂︵ 旧 ・ ゃ 下お︶。

変転盛衰の運命に

たる人間本性 ゴ 二︶コロコ ヰ 一 られる。従って、ここでは常に人間の 、、、、、、、、、 最初の神観念の形成の問題にも符合す 以上から、ヒュームの神観念は 、人 緒 に密接に関係した極めてダ イ ナミッ もち、それがいか様に人間生活に関わ 主体的な生活経験が基盤であり、 こ るものであろうと思う。 間の経験から必然的に導出されるも ク なものであることを知った。そこ っているかを以下において考察して み で の の 点でこれは、前述の㍉自然史 L における 囲 ) であり、しかもそれは、人間の感情や情 、かくして得られた神がいかなる本性を - たいと思 う 。

(50)

左右されるもので ・ ヒ,一ム の神観念の問題

11ヒュームの表現

それの準拠するとこ

ふめ 説くこの問題を

つ 。

を 特別な崇拝の対

と 同様な権力をもっ ︵Ⅱ︶

うなものでもなく、

0 局面で求められる 神は常に一神である。

し ヒュームによれ

冊を 、﹁自然史﹂に 従 一 、多神教の起源に関して

こと、そしてそれ

家 であることを知る。

0 対象を表象す る 。 (51)

(51)

解する。 二 、多神教から一神教への転移

足することはできない。

これらの 話 力 め 観念を次第にふくらませる。

小出小合毛 仙る ︵ 3 1 ㎡ 三 、一神教から多神教への転移

、 長く堪えられる ものではない。

半袖半人音 2% 。ナ的な介在者を要求する。

るが、やがてこれ は 、次第に多神の中に沈潜していく。

教へと転回する。

ら 、その原因たる

、 主として人生の不

卸 のく︶はの プ の コ 年下 リのヱ ・

しきれないというこ

の 怒りを鎮めるため、

この称賛が極限にま く 52) 52

(52)

D . ヒュームの神観俳の 問題

直接の創造者として ︵ 1 5 ︶

革 者として描かれるのである。

ては、﹁思惟の進

を 否定するところに 成立するいわぬる唯一神教的なものではなく、

シラーの解釈する 如

であろう。この核心

しかし人間が自らの

述語を帰属させて 求 めた一神は、宗教に対する人間の木性からも、

一 神は再び多神と共 存する。

るのではなく、 常

それの根は人間の精

。しかしこの移り行

い る非合理的な 、む

それ故にこそ必然的 な 自己投入によってみられる過程である。

くる場面を意味し

ない全くの必然性の

(53)

おき、これらの ダ キリスト教との関係

いは正義と悪徳等がしばしば人生 知っている。ヒュームが 埼 自然史しの

ばあるほど、それに結合された悪は

怖 が宗教的虚構や空想の中に同様に ︵ 蝸 ︶

、これは単に彼の三口うような﹁宗教 数 に対する彼の暗々裡の批判ともみれ

した。 一 一 " の 諸事の表裏を成すこと、しか 結論で、﹁我々に小さな実例と より際立っている。そして統一 有神論の純粋な諸原理の中に発 発見されるであろうことは、 自 的 虚構・空想﹂の枠内だけの 意 よう。 い う 興味ある問題提起がなされ ら の 法 み 同 朋 ら 心 に れ 囚 徒 る の う 仲 山 も 0 円 oD 属 の で 性 軌 あ も 跡 る は / 、 入 っ 間 間 ま

のの

理精

ノ ヘ Ⅰ f 何卒 や中 -- 力 作 神 0 席 数 限 で に 界 あ せ 内 り よ {C

け の 神 る 十 数 も 心 に の は せ で 帝 よ あ 望 り

恐れ

そ そ 惰 ら の の の 性 感 神 格 精 々 も と の 人 力 2 座

の斬

性にろう 類 。 跡 似 従 を す っ ・ 仮 る て り

ヰこ の こ 大 で の 円 あ よ と ろ う す 。 な れ 観 は ,点 か そ (54) 54

(54)

D . ヒ、 一ムの神観念の 問題

0 の蛋ののの 0 コの 0 ㍉ コ ︶ コ的

アンテス 0 了い 目 ︶︵ ゴ のの

ヒュームの宗教観を

べきであろう。

確実で自明な真理

は神の存在に関して ︵Ⅱ︶

否定する不敬﹂︵ し巨 ・

ものであり、それは

なのである。従って

に浬神 的行為なので

精神の ユ ﹁ 山 ︵と呼ば

に 何らかの類似をも

存在者・あらゆる 存 ︵ ︶ⅠⅠ 8 往 者・永遠普遍な存在者である。﹂

は 対立する。まず

アポステ オリ なる 立

工匠を神とみるいわ

然の中に、その意図 55 (55)

(55)

って、人間は自己の

ある。従って デノ ア 単に﹁空中の楼閣﹂

間の想像の産物であ

矛盾するからであるという。︵

ヌエ

No さ

情緒作用の中に位置 存在や全知全能・ 不 故にそれはまた多神 時に人間の心を鼓舞 0 そして更にクレア 言 う 神人類似 説が、 せるクレアンテンの たりうるか、という ま ︶といい、また

我々が﹁見知らぬ 国

べて、人間の有する

アの 言う先天的啓示

であり、従ってそれ (56) 56

(56)

D . ヒュームの神観俳の 問題 さ ロ る え な と し れ ッ よ な 三 み か よ ク う い 様 る の 0

位 ク 論 わ が 、

神 レ 的 ち 、 一 l 話 " ヒ 見 の の 明 当 ュ 無 存 在

いも

時 の

l

ム 埋 に が ゆ 当 宗 個 思 、 る 然 散 人 え L, Ⅱ 英 彼 界 の る か 因 め ' ノ ゼ " に し 経 意 思 索 更 し 験 識 想 歴 に て ヒハ

り @ 糸 花 亭 中 の 牙冤 る か

と る た る ぞ 、 い と で 程 れ そ す る 度 に の 究 極

廿 Ⅰ 至

る レ さ ば め 能 と ア た 、 て ,性 ン し 唯 い 等 7 段 テ は 一 た の の ス し 神 と 問 答え の ば の 想 、 題 立 言 在 宅 に は 場 わ 在 し お て い フ、

もれ

る 言倫

fc

もて

ィ、 フ よ 関 、 も ロャ ィ う し そ 、 の L. Ⅰ ロ の

にてれこ

" "

ほこ

つ - ヒ デ ど で 女 {

蔀め

懐 読 ん の 然 れ 疑 も 智 生 と る 6 し 理 学 張 は よ 日牌 ル 解 が す 思 う 57 (57) 院 における崇拝 ぇ 両者の論証

人間の認識力 得るのは、もし

Ⅰ @@ Ⅰ。 @ Ⅴ 張を辿ってき として困難であ 通しているから

っ 点で、また ク

駁 ︵この点で

えよう。こうし 0 対象となるべきものである﹂。︵ P P べの ︶ 性 との て 懐疑 ねば、 かに 考 がここ 性 に対

小 によ 間 の 経 代弁者

(57)

にこそ単に

関して次の

0 人間本性

のだという

経験的にあ

欠陥は 、そ

に 対して ヒ ︵Ⅲ 付 ︶ 批判は向けられるし

た決諭そ ︵何れ︶

ユ ー ム が フ

仰 なり思想

態度を表面

彼の態度が

はあるまい

史 b で語ら

神学者 デメ

なることを

の点につい て フ ァ ね 。 か 的 を ィ 持 「

多口あ

ィ (

6

宗 こ

こり

なな

あ 自

由、 、

に得

口ち

く に る 教 に 歯 る に、 最 な

ュ|

前提れはたら t ま

よう ム こ れ か 理 に 論、 の の た ら 論 指 で (58) 58

(58)

用いた。引用 ぺ|

与田オキ 雙 。臣一の 仁,ヴせメ ・の ヨ ︶円安・ 0 ぉ ︵ 0 巨 、 おひ印 の

︵ 2 ︶ 名 曲︵ 亡 ﹁生年 ず ︵ 0 ﹁ せ 0 ︵ 勾由田一 0 コ、 ︵ 毛,つ ・ トひ の︶

レそ

Ⅰロロ

C

呂馬

, セ

0

す,

1

ろうかと思う。そし

教会においても、破門葉

スト教のもつ奇蹟に

え 評価している。

いう 名辞が示され

用の根ざすところか

の 限界内における 神

0 臣ミヰ Dn ︶ののの中で ヒュームの姿勢を端的に 捉

ほとんどいなかった

さらに一層稀なもの

(59)

、想像力によって 河

袖幅 ei ︶ ぎ のになりうる場合もあるとい,≦。 ︵ ミリ ︶ ヒすプ目、づ ・ ト のの 1 1 % かト

ヒュームは明言して

言う如くになろう。

ヒューム的人間は悩

トは、 深い悩みの

ここではとりあ

に 目を閉じた。 こ

周書の第二・三章 の 論文から本論の作成上多大の教示をいただいた 0

れは反省に起因する

ろ う ﹂︵㎡・ ロ ・ 卜ツの ︶

| ㌍︶を参照された

のように述べ、その

機能に現れる対象

神を想定しても 何

発する。ところが

しろ想像するのさ ぇ 不可能なはずだ﹂︵㎡・ づ ・ ぎお

︵は︶ 山 三口, ぬ ・ 0. ︵ = . ロ ・ A ∼ドート∼㏄ レ

でも述べるが、この (60) 60

(60)

D . ヒュームの神観俳の 問題

れ 四

ス ー ロ コ ス ニ ー

㌧㏄

好 ( ・ ポ 一 まあ に か 信 そえ ヒ 学

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理編で

一 参 も 照 宗 ) 教

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四 生 活 が に 年 き 捕 セ 摩 筑

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対 一 田 昂 い た 性 6 Ⅰ (61)

(61)

ルペ ルカーリア祭における 儀礼と伝承 63 (63) ぃ は 目 れ は り た て

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