――目次――
論文
1,
占領軍の対日宗教政策, 阿部美哉, The Allied Occupation’ Regious Policy for Japan, Yoshiya ABE,
pp.1-23.
2,
「離一多性」による無自性性論証, 江島惠教, Eine Bewiesführung der Niḥsvabhāvatā, Yasunori EJIMA,
pp.25-43.
3,
D.ヒュームの神観念の問題, 渡辺喜勝, About the Idea of “God” of D. Hume, Yoshikatsu WATANABE,
pp.45-61.
4,
ルペルカーリア祭における儀礼と伝承:ジョルジュ・デュメジルの学説を中心に, 植島啓司, Rites et
Legendes de la Fête des Lupercalia, Keiji UESHIMA, pp.63-87.
書評
5,
小口偉一・堀一郎監修『宗教学辞典』, 宗像巌, Iwao MUNAKATA, pp.89-92.
占領軍の対日宗教政策
Ⅰはじめに
方被 占領国日本の
民主主義連合国に対
による日本占領は二つ
水 占領においては、
性 が比較的よく保た ね 、両者の対決を可能にしたと考えられる。
対日宗教政策の大綱
価値との葛藤がわが 国
ようとするものである。
占領軍の対日宗教政策
阿部美哉
で 決定されるのが 通
二年一月の カ サフラン
なったポツダム育三音 ︵ 04 ︶
案にあたっては、太平
の策定の主体となって し Ⅰ +, こ ハ 。
陸軍省及び海軍省
策 として決定されるの
よび海軍省の調整 委 ︵ 4 ︶ 員 会であったということができる。
の 四月には、対日戦
全体主義・軍国主義と
しては、これを 独 ・ 伊 ︵ く Ⅰ︶
して非難・攻撃していた。
成された﹁日本・ 信 ︵ ムリ ︶
十五日になっており、 (2) 二
、対日宗教政策の策定
日本史の教授を つ と えた J.C. ヴィン セ 入っていた。 皇 主義とに区分 家 神道は世界の平和に 守護神を祀る純粋に 宗 持っ施設及び靖国神 6 施設の三種類に分類 右の理解の上にたっ 古神道の神社の存続 を 許可し、四、国家主 役職員を解雇 し 、五、 ロ している。 道 と超国家主義的 ィデオ を 保障すべきであるけれ 道を廃絶し、とくにその たのである。 占 的 要求が示された。 (3)
三
、対日宗教政策の実施
側 のもとに、 被 占領
は 、日本占領に備え
S ︶がハーバード、
トレーには特設訓練
語 、軍政府の管理な
ぼっていた。︵ 9 ︶ 日本の占領にお い
、戦犯の処罰、信教
十五日に終戦となっ たのである。
連合軍最高司令官
本 政策を総括的に述
実業団体の禁止、超
、神道という名称は
止は、 後に明らかに であったのである。 (4)
占領軍の対日宗教政策
とする追放はっ ぃ
一般政策の設定と
令 をもって日本国政
実施を監督させた。 @ O ︵ 0 t ︶
都 省宗教 課 、総司令部においては民間情報教育 口内 凹 ︵ 0 ア古 Ⅰ コ ho ︵ヨ郎ヒ田 ぃ 0 コ
︵ 刃 ①二 %0 コ のし ぎオ琵 0 二︶であっ
信教自由の確立と軍
る 為に、昭和二十年
権
指令︶を指令し
示教の衣にかくれるこ
指令は、一方で治安
方 このような制限を
放を命じたのである。
一十年十月九日、治
﹁ひとのみち﹂の御末 徳近 、﹁大本﹂の出口 王 仁三郎・出口伊佐男、
郎 、﹁ホーリネス 教
沢孫次 等の諸氏が 釈 (5)
な
樹立及び軍国主義
機関、制度、慣習、
かである。
きことは、すでに
たのであるが、この
あ の 既 の 占 の プ "@ よ う としたのである。それは従来信教 に 信教の自由を侵されていた宗教家を たものであり、いわば信教の自由の制 るであろうとの見通しに立つものであ 伸長するには、日本の宗教家はあまり た 。そのような意味で国家神道と国と が 存在していたのである。この癒着を 指令の一層の具体化と実施をめざした っ たということができる。- の
自由を制限することになっ
解放し、信教の自由を侵害す
限を除去しさえすれば日本人
った
。しかしこのようにして
にも権威主義的であり、日本
の
癒着のみならず、すべての
厳しく分離することによって
ものが次にのべる神道指令で
(6)イデオロギーの宣伝
占領軍の対日宗教政策
制圧は命じられなか っ たのであった。
こない、﹁日本人
は 、日本国政府に 命
は 東京の総司令部で
から国務省あてに ヴ
から返電があり、 同
られた。こうして 神
ての指令の起草が必
たのである。更に十 ︵Ⅱ︶
指令﹂が発せられ、
パガンダの流布は 、
対し、国家神道制度 しなければならない﹂と命令された。
の 指令によって 、
が 命令され、如何な
ば 、官公吏の公葬 (7)
境内地の譲与等が相 ︵ 埼 @ ︶
隣組等による神道の
更に昭和二十二年四
目 口 内務・文部次官
﹂が通牒された。 こ
離を実現しょうとし たものである。
って軍国主義的な
指令は占領軍の対日
ということができる。
は 最もむずかし い問
きか、あるいは在位
の 可能性があった。
べきか、そしてもし
は 日本軍人の戦闘 意
な 占領を目ざす ァメ
主張があらわれて ぃ
おける天皇と国家 神 (8)
占領軍の対日宗教政策
神道ないし天皇崇拝
6 場合には、連合軍
樹立して主権を国民 ︵ 腱 ︶
民 との間の神秘的
る 為に極めて重要な
存置されることになったのである。
って大きな障害で
的 暴走を煽動する 可
文を引用しての民主
的 否定を内容とする
る 。
領 軍当局者は、 天
その行為は日本人自
りく天皇自身であり、
。しかし前田多聞の ︵ 幼 ︶
人間宣喜 ロ とはほとん ︵四︶
渡し役をつとめてい (9)
学の教授となった へ
自由の原則に相反し ね 、天皇の人間言言
い と結論されて ぃ
えてよいであろう。
に 先立って、天皇
に 、天皇の人間育三二口
法を採用したといえるのではなかろうか。
対置されていた。 占
疑 う 余地がないが、
って、これら両者の
れにとって必須の課題である。 国家神道ないし国体に対する宗教的忠誠心は 、
、個人の信仰とし
有機関という施設 と
信教にのみ自由を認
っていた。﹁連合軍
である。
と アメリカ主義の
型のヒューマニズム
まし、民主的手続に
主義においては、 究
﹂と﹂は、不完全かっ ︵㌍︶
ると考えられている。
ている。日本主義
尽し、奉仕を行うこ
団の代表者というよ
ような日本主義にお
現され、存在化され
ているのである。
、基本的価値の対
ぽかんして両者が示した 教
日 対 の 軍 領 占 ユ 1 (11)
められていたのであ
の 法律上の地位の問題 は 日米両当局者の折衝の案件となった。
0 ﹁︵ 0 コカ。目的︶ 0 二の ︵ 勿 ︶
日のョ 0 ぺ弗 コ年二ョ﹂として占領軍に示された。 こ の 報告書は①宗教団体
可 が不要とされるこ
休の法人格に関する部
勅令の案がすでに勅裁
尉は十月二十四日に報 ︵ お ︶
と 抵触すると判断され
ないこと、③日本政府
体現した法律が成立さ
許可を得て新たな勅令
と 勧告した。
れたが、バンス 博 ︵ あ ︶
れども、当該勅令 実 の (12) 口
、宗教法人制度の形成
占領軍の対日宗教政策
軍の承認を求めなけれ
承認しないことに決定したのである。 ︵ 沖 ︶
特別法の必要はな
とが立証されない 限
の 受益者が参与しな
日に 宗教界の代表と会見することを公約した。
0 代表はこの会見に
り 、その起草は文部省
ではないかと提案し
法の制定を全員一致 で 希望したのであった。
不教法人令の認可の
公布施行され、同時
不教団体登記 今 、公衆
6 件が廃止された。
の神社のとりあつ ︵ 鶉 ︶
局 他の宗教団体 と同
二十一年二月二日、 13 (13)
このような事情から、文部省宗務課 は 法制局の審査を経、二十六年二月二十七 法は 、四月三日公布され、即日施行され 占領下における法律の制定にあたって っていた。したがって本法の制定にあた の 同意を得なければ国会にこれを提出す 渉 が行われ、その記録の一部が現存する た る っ は た 日 昭 とりかかり、二十五年中に 本会議を通過、宗教法人 のである。 なければならないことにな 部民間情報教育局宗教 課 をめぐってさまざまな 交 具体的に検討することが 可
明細 帳 に記載せられ
、従来法人格をみと
、宗教法人として 認 められることになった。
しこれは日本国政 席 および日本宗教界の態度とは異質のものが、
ぅ 事実は争えない。
ておらず、それがあ
なった。更にまた 宗
なるという事態が生
不教法人台のもとでは はい い 難いと考えられた。 (") 14
占領軍の対日宗教政策 能 なのである。
とって、いわば同床
検討することにす る 。
による乱用の規制
うないのに法律が欠 ︵ ク 舟リ Ⅰ ︶
教育局宗教課の立場
ホ教界に制度をおしっ
を 尊重することを 要 ︵ 訂 ︶
たのに対し、米国側 を 明らかにしていたのである。 そもそも宗教団体の法律的地位の付与の為に 、
の 見解は正反対で
に 、宗教団体 法 にか
かの規制力を持っこ
制度の成立を定める
項 としたのである。
よって ,, ﹂ Ⅱ と 仙 孝三ⅡⅡ ,目ノべ
規定によって宗教団 15 (15)
つ きりあらわれてい
条 のとりあっかいに
法施行法第二十八条
なる道を開いたと 主 ︵ 銘 ︶
これに反し、日本側
ら 整理したにすぎない
って法人となることは ︵ 鯛 ︶
法の解説と運用﹂に
によって宗教団体が ︵㏄︶
しく対立していたので
ものが、総司令部民
件は 、日本の宗務課
うか。少くとも占領
あって、そのような 考え方にも一理があるのではなかろうか。
した。文部省宗務
張し 、占領中の為 や
をとっていた。しかる (16) 16
占領軍の対日宗教政策
加 すべきであるのみ
ゅ 見の汲み上げを求め
と 接触をもっことに
罪代表が宗教法人法
あった。しかしこの際
、自主的な判断に基
員 のあり方にかん
表 として責任役員が
見任役員の申から選出
者であって、たとえ
と 信者との関係を鉄道
と 明音 西 しているので ︵㏄︶
決定し、責任役員の互
不教団体の伝統的構造
職者を代表役員とし、
集団の保守的伝統の中 に 埋没してしまったのである。 17 (17)
(18) 18 / Ⅰ 小 テバ 神 教 占 と 田 領 神 体 重 国 の の 思 自 刃 想 、 治 日
宗教
象 に とそ 徴 の 政 さ 民 策 れ 主 の る 的 基 目 連 木 本 営 は 文 の 化 確 超 を 立 国 統 、 家 会 友 主 す び 義 る 全 的 資 て ィ 質 の デ を 宗 オ 変 数 ロ 草 田 ギ し 体 i よ の と う 地 し と 位 て し の の た 卒 園 0 等 家 で 化 神 あ に ; 直 っ あ の た っ 廃 。 た 止 こ 。 と れ 根 宗 ら 頓 教 の 的 と 政 価 し 策 値 て は の の火 元 道 権 で の 指 は 存
あ
ノ・、
,、
、
現 % 七 突 こ 置 あ 説 法 回 た ら 物 の 施 れ そ と っ 明 人 の い れ 質 主 所括 {c 宗 で 側 妻 に お い
て察にはにか
観細りいし す応祷る面祷
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るに
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@ かがは 側 けば 主義 まま ( ま、
体の、色
性を るに てい する軍当
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り、
らだ ー ユ、
的前 文部 二部 ばあ 括宗 主張 文部 た力 都道 れ け と 例 大 道 ぃ 教 す 省 ら 府 局 っ 側 の 場 に 被 知 庁 万 一 な す 局 め 古 ん え こ 大 鏑 目 と 構 法 好 は て 領 し し と を 囲 と ぃ が 人 ま 対 入 居 米 た て い る と よ 当 庁 考 法 音 双 と 示 な か を り 課 は え 占 定 、 見 べ る あ こ し い つ 稽 古 老 が そ 解 き よ い れ 、 権 こ 所 領 局 司 れ は で ぅ で は 二 蔵 と の 軍 は 能 ぞ 何 あ に も 文 部 の の 所 当 、 部 道 家 妥 荘 周 宗 た の 立 は か の 以 は を 加 数 人 と 価 し 合 ら 所 上 し 疑 事 法 の 三 個 た 理 文 轄 に が っ が 人 所 い 規 の 的 部 に わ る て 道 観 轄 ぅ 範 で 説 大 す た 教 ぃ 当 は 庁 る に あ の 立 るま、
明の 目前 べき って 派、
総 た であ、そ
| で ち 可 轄 で 被 宗 司 る の す あ っ し 能 法 る 色 沢 令 と 純 べ占領軍の対日宗教政策
本 的には、天皇の人
て 、宗教を個人の信
志は信者から選出さ
付 されるべきである
とどまるべきであっ
にようなければ宗教
懸念から、法人の成
であると認識されて Ⅱ ネハ八 @ - Ⅰ ⅠⅠ。
休の既存の組織と
と 、大多数の被包括
する規則が設けられ
階層的権威が信者の
かならない。
質的に裏返しにさ
員 会が信者は宗教法
なりつるのは宗教法
れぬ底力を示した 事 19 (19)
滞日したし a@ ︶ ガ 一の 注
﹁嵐の中の神社 神
﹁ め討 ⅠⅡ さ 0 % オヘさ 叩も
本 側の状況については、比較的良く知られていた。 お 領事側の状況や
さ 0 ⅠⅠ 宙 ち白さⅠ め もめ
全部の民政部が 纏 めた﹁ よよ ∼ 汁目 ∼わぬ 0 ﹁ むミ ∼ さ ∼ ぎ ⅩハトⅠ さ ㌧ さギい ㏄㌧∼
為ぬ ∼ a ∼ ぎさめ 0 Ⅰ∼ 討ぬ
および教育に関す
本義和仏 編 ﹁日本
および 刃 0 汀 二回 ミリ ︵曲の・串田・の年の・﹁ づざ 0 % ∼∼∼ ぬ 隠 0 のの ま ㌧ % 安。さもⅡ
ヨ 0 ロ。㏄二ロ @ ヴ ⅡのⅠ セ
りが与えられた 0
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Ⅰ 云 ア (20)@ 20占領軍の対日宗教政策
間柱・昭和三十八年︶一六頁。
由 Ⅰの コ 一口・︶・ロヱ ニ、
雨ト ∼∼ ie 曲 O も わだ ㌧ さ ∼∼もⅩ・︶
の神曲 田 のの す 一ロ 侍 0, :︶ 由
めも 鍋 l Ⅰ りかめ ・ せ 0 ︶・ 目 ・・
会社・昭和四十三れ︶︵ 年 ︶九五七 |六 0 頁 。
ゴ o Occ 仁 つい ユ 。 巨 リコ 年
査会 ・昭和三三年︶ 第四章。
訳は 、田丸穂首 他編
出版社、昭和四十八年︶二四三 | 四五頁。
京 ・毎日新聞社。一九五二︶二九一 | 九三頁。
臼のレ コざ 隼 ㌧。 ま 串の
0 二口・の 二 C. の 0040 ﹁ コヨのコ ︵㌧﹁ ヂづ ︵ ご 二幅 0 目ヰ Ce, お卜 3.b ㏄の 1 めの
さ ケリ ま ぺ曲馬Ⅰ , Ⅴ ハ Ⅰ メ Ⅰ︵Ⅱ 肚 づ 0 ヴ ﹁ Eu ﹁ セ ︶の ト の︶・のⅡ 1 年 む
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観念及び天皇観念
に 受容され、ジャ
下の Ⅱ 0 ぺ 0 用 Ⅰ 曲 ㌧の 目 " Ⅰ
の目 ド の肚の︶ , H は︶ 1 ひの・が 七 リスト。
団め ㏄
和 三十七年三月号︶八四1元 0 頁 。
田 のゆ 1 レ ののはは び, め り印 ︵ ル ︶ 毛 00 卸韓 &, つむの ト に や も On き ㌧ ぬ ∼ れ on. ロ ・ りト ︶
ヴ 0 ﹁︵しのヱ曲 ゴ ・ ま の ド七 ドロ
ののⅡ︶・ ぃ l 目 め ︵ ぬ ︶ セく 00 年いⅠ 隼,づ討ぬト に ぎ曲 Ohc だ ㌧Ⅰ∼∼ on. ワ ㏄ の
ダ 新案連綿﹁戦後宗教回想録﹂三四 | 三六頁。
︶ 申 1 目︶・︵二の﹁のの︵︵の﹁ , 弓く 00 Ⅰが︵ &, 力ミ 憶ぎ さ り Ⅰ な 手札 き宙 ∼ ヤぬ ﹁ の もさめい 俺 さし
口目
レムの1ト の申 ・めのの l ㏄つむ
| 七一頁。文化庁 文
七 セ ー 八一頁。
輻ロ 0% 目の肚の︶ , ㏄・の㏄ l のの (22) 、 p やもめの,肚のの・ 邦 訳 ︵ 抄 ︶は田九徳 善 佃編前掲 書 、二四六 | 四八頁。 22
占領軍の対日宗教政策
払珊 ﹂ ご 一一
口 0 一頁。
教法人法の 六頁
・ⅠⅠ・ 壌|ト巾 巻 五号︶ 八| 九頁。
十九年︶ 23@ (23)
「雄一歩, 陛 」による無目性性論証 て 証 を で Ⅰ の い
式埋む
ニ シし で 一 向 念 始 様 他 Z ン て , 」 性 に と ま で の P タ い の
教 戒 存 で Ⅴ こ - の 式 性 土 庄 あ の ユ タ に は の し 者 る お 他 い う の が い の ず る 無
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者
は 自 と 、 t 生 ォ t 、 t 生 も 具 性 は 極 , 性 結 体 を 「 び 約 論 難 め " 一 - - Ⅰ ム 冊 て 証 つ に 証 一重 の か は し 多 り Ⅰ @ . 1 トコ 要 形 な 諸 よ 性 て 視 式 申 ll さ と
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自 金 側 筆 致 中生 呂 ク を
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例え 年 ま | ㏄Ⅱ 1 代の っ 識 論 と 映像 、 涛 25 (25)
教
江島
恵
﹁ 雌沖
多性
﹂に
よ
る無自性性論証
に
無目性であるとし
めたものとして注目される。 アイデーヴァ︵の 釧コ・
式は言及されている。︵ 7︶
個所においてであっ 無 原因より生起しな念
とする論証式を白目
厳 論詰 L のほぼ半分に相当するのであるが、 るカマ ラシーう
の㍉ 細るものの場合が
多を自性とはしない﹂︵
4
︶
沖
として無自性性の
例えば日中観荘厳 目 oln. べ のの︶は同甲 つけているし、また る 論証と件 挙 されて を 著してもいる カマ ラシーラ︵ 本 リヨ 笘団絵 守 り いる。 (26) 26
冊 証は出てこないし、︵ l l ︶ 27 離 一歩 性 」によ
形式と並列的に取扱
ずしも一定していない。
典く ︶ せのガ 笘の・も の申1 の
ぱ
よ
い
からである。しか
げたもので充分であろ 性論
こ 帝 ︶ ︵ 騰 ︶ 上げている。 形式として取り ると、その著 司 恩沢 ︵ 9 ︶
とができるのである。 ている。 さらに、インド仏教を綜合し チベ の 理由﹂と呼ばれるもので、その 典 宰 mL 第一喝に求められているのであ 者によっても採用されているのであ にも アティーシャ以前の論書で彼 田 七円目 p. ㌧ 井ぎ
押文
0. 紹旛 ︶ や| シ ム Ⅰ︵戸田 抹 poq し Ⅱ つりヨイハ リ口 げる。その第三の形式が﹁雄一歩 察するシュリーグプタの口入真実 由 ﹂はアティーシャ時代の他の学
ていたものと思われる。この 他
中観議案 ヒ ︵ ま注ゴ下ヨ リオ Nq ︵ゴロ・
の 五コ
鯉之
0. の㌧のかりにおいて も ネ 、
菩提 道
﹂による
は 極めて
バーヴァ の 先輩 ジ 灯論細疏ヒ 無 自性性論 少ない 0 プ ヴィヴェー ュ ニャー ナ し あ の の 文 ュ て 、 る 上 そ で 献 ナ 「 適 間
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言 Ⅱ 笘 論 今 る 青侍 に Ⅰ コ 曲 に Ⅰ 証 ま し 証 お 、 よ 式 で 、 が い 0 6 の ほ か ど て し 掘 真 と っ の自性
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代 球 種 に さ 不 無 れ 生 自 て に る 性 き よ ヰ生 た る 論 の も 証 で の の は の
形 な よ 式 い う と と に し し 中 て な 観 固 け 派 走 れ の 的 は 創
な な 始 た と 荘 る 仕 ら 者 い こ 厳 こ 。 の 論 と 書 頒 は
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「 @% 一 多性 」による無自 性性 論証 ( か 喝 宜 喝 あ
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る。「
実 多 {C 釈 性 Ⅰ お い ま @@@ て 不 無成 自 。 訴 人 黍 四 項 立 十生 で @@ は あ ナよ る い
加 の 何 ¥@/ 故 ナ よ @ り = ま | 多 の
自 て る 、 の 小生 補 も 五 四 話 を っ 0 % 褐 釈 寓佳 た る の の 書 れ 部 こ 結 要 は て
い
の 学者であることは
るわけである。
入 真実論 註 b ︵ 円 u. 公也︶
目 ㏄ 舐宙 井目 ヨゅ ︶ が
あったとする記事も ハ俺 ︶
は 別人であろう。 少
|
グプタは八世紀
初
29 (29)、 心は単一では
理仙 Ⅱに妥当で りがたい。
トはフつ 上しい 二ノロ 五把
が 、そのよう
あろうか。
覚知主体との 関
何を拠り所とす る 係 な 大
な
あ数 的なものとなら
子は単一のものではない。
ハ 単一性と多
学派が舌ロうようなし
あるいは 眼 ハ等 口 もそれと同じである。 (30 Ⅰ 30
「佳一夕 性 」 @c よる無目性性論証
し 三 そ そ 、 れ ま ヰ
在 を 着 {C @ {C 対 真 よ す と っ
持 田 存 り 持 在 が め を な た 見 く め て な に い 材丁 言擢肇 る ば 退 場 " " 車 じ " 台 ど ( と
あ n
退官
事が
l @@@s
が,
) 生じる嫌悪 で 客 あ 孟 ろ 笘 ぅ ) か 等 の 敵 が 生 じ る し か 31 (31) 実作用をなすのである。 いうし他世間の ハ 世俗において u 論談すべきであって 、 n それ をし誰が否定し よ うか 。のものとする。
なそれぞれの
現
る ︵のヰロ ヨ曲 ︶ とし
に 常住な時間・
舌ぢ こでありえ よ うか 。
と 多数性とを排除
とが成立する。
検討されることなく単に ハ 感性的に口 歓 ばし いユ もの︵ 笘 イニの ゅヰ曲田 ︵Ⅱ︶
ができない。
もっそれ︵Ⅱ 刹
一
山ヰ 囲 一せ せ ゆく 曲ゴ囲 Ⅱ 曲| ︵ 2 0 ︶
わ なので口はわは いロ 0
無目性なのである。
るということが成立する。
と 同様である。
歓 ばし い 認識 根
りは 、世間的な行
臼 ︶ 叩じ 、理由樹 謬 はない。 u
よって、その 一
存在する。従っ
が 存在しない。
れた所によって
る 。
ゼぎ 轄が︶のために と
し
匹 て 有 の ・ 情 努 に め 利キ 乞 - え 目 る 駒 方 と 使 し と て し い @ イ Ⅰ
屋ハ
て 耳 u 巴 コロコリ不都合な
-
) でのユ11
・彼 の 全 ぬ者 ) 32
し イみ| Ⅰ ナ Ⅰ よ 論証 性 性 無 目 る よ ﹂ 性 多 離 r ﹁ 入 真実論 頚 ﹂ 一 、離一夕性による無目性性論証 式 二 、原子 説 批判 るいは小乗におけ 一色・ 眼 等に対する批判 四 1玉、 識と 形象との関係よりする 識論 批判 ﹁中観荘厳論 頒 : 一 1 一一一一 一四 | 一五 ︵ 二 01 上ハ 0 ︶ L, 特に四三、四九、四六等
の 論証式を提示
念の成立すること
一致するものが 少
る 。 ョ肘受 ︶なることが明らかである。 一休如何なるもの
覚 なきものであ ると把握すべきである。 たこれが中道であ
説かれているのである。
になっているし、
そのような細かな 議
象 との関係からする 識
削 が看取される
|
六 ab 、自己覚知 説 批判 六 cd 心所説批判 セ 、刹那波 説 批判我 ・虚空等 る 批判
一二 |一 三、無自性性の修習
等 の 教説
由 概念と が 不成立という誤謬はない
止 する
し Ⅰ 二 01 二 二、結語 に 対す 0 基体 セ六|セ 八 六二等 六二に対する﹁ 註ヒ 一一 1 一 八四 | @ Ⅰ 三 O / Ⅰト工Ⅰ ノ 一六 | 一九 (34) 34
「 雄 一夕 性 」による無目性性論証 35 (35) る さ そ プ 冒 明 さ 念 が 実
々 れ 前 の lC fC こ 考 っ お れ 察 い い ら を て て 以 一 は 探 外
め 荘 こ 一 る 厳 と 多 第 論 は ,珪 人 詮 困 」 - 一 - 。 " 難 に 三 褐 に で よ 、 あ あ る 且 『 る る 典蒔 ち 以 と 自 小 息、 i 生 の わ 性 記 れ 論 述 る 証 を
るそ
O の ュリグプ
れ は 源を 算 木 タ 一 め や 掲 る シ の べ ャ 論 き l 証 で ン 式 あ タ に ろ う 関 う ク す か シ る 。 タ 撞 こ 以これは第六一喝の基に これは既に学者によっ か い ︵ 兜 8 ︶第三四四隅 と ネ 巳はあっ 十 Ⅰも 、三 Ⅰ ハツ 宰卿 にも両者を直接結びっ わけだから、その淵源 う 。しかし我々の今の さてシャーンタラク oooln. のの 0 ︶の口耳 里却旺 三 一六 %cd 等を引用 八 諸存在をある ハ 在口には単一なる なったものとして 重 て 指摘されている 通 ︵㌍︶ 一致する。ところで ま 式の直接的な根拠 けることは困難なの 関心はこの論証 式の を アーリヤデーヴァ シタ はこれ以外に同 釈ヒ ︵ つ ﹁の 目ヲ卸ハ トのく Wq ︵ ヰ している。この中で 様態 u によって精察 様態と多数なる様態
達しのものとする。しかし
∼ 0 ︶の口四百論 ヒ ︵の曲︵ 目廿 れる論証式を補強するもの
すぎる。論理的にも時代的
中観思想の流れの中にある
とは不可能ではないであろ より直接的な起源の方に重きが置かれている。
ルティ︵ し註目 リガ HqH い 、。
喝 、第二一 O 喝 cd 、 第 も 最も重要なのは第三六 0 褐 、即ち
。何故ならばそれらハ話 存 ︵明り︶ とが存在しないからであるⅤ︵第三六 0 褐 ︶ ヘ者 在し ほ ついて する。 谷君 在し 察される限りの ︵Ⅰ︶ な い Ⅴ のものである。 察される限りの ︵ 花 ︶ な い Ⅴ い 。単一のものがないものに多数のものも 存 あらゆる存在者にはどれにも単一性が存在 ノセ ーンタラクシ タ はこれを根拠づけるた しない めに、 。単一性の存在しないもの まずこの 喝と 極めて類似し ナ - Ⅰ に し 次 ム ャ @ 4 の 多 褐 数 レ乞 ,吐 l @. Ⅱ @ ト Ⅰ も 用 存 (36) 36
「雄一歩 性 」による無目性性論証 であって 、 他は次の如くである。
に 顕現する覚知 ︵ 飴 W ︶
Ⅴ︵第二 0 九 % ︶ ︵ W ︶ 否定されるⅤ︵第二一 O 喝 cd ︶ ︵ W 何 ︶ ハ喝 cd ︶ する個所において、 いることに関して直接 観 開講 L で、﹁雅一歩 もその際には ︵ 四 ︶
Ⅴ せて、これらは 通 計 さ
いることは、ダルマ
関するものであり、
は 異なるとするもの
を 占めるかについて 式 あるいは第六一喝 の の 解釈をまっまでもな
よって埋め合わせて 37 (37)
も 適用されるよ う に な
といったものを批判 対象に入ってしまう。 めの曲Ⅰ曲の邱 2 目の 0 ㏄ せ弗 ︶ 第 二七 % 行くことは容易ではない。 性 ﹂による識の蛆・目性性に 照 して、既に学者によって ないように思う。 今 我々は するに至っただけであり、 としては﹁ 離 一孝 性 ﹂の 論 タや シャーンタラクシ タ の の 取扱い方等を拠り所とし ダルマキールティは 経量 の 第三章第二一六 0 掲に見ら 無形象論︵ 三 Ⅱ 巴 。目安 卸隼曲 ︶ 教内部に論争が展開され、 タに 明確に見てとれるよ う 言及したモークシャカラグプタが﹁ 離 一孝 両者間の関係を確定することはなされてい | グプタの﹁ 入 真実論 頒 ﹂第一偶を獲得 依然として不明のままである。従って我々 無 自性性論証に至る道程を、シュリーグプ 解釈、時代は下るがモークシャカラグプタ て 推理してみる以外に方法がないわけである。 いて ヨ亘 評釈口を述作したのであるが、 そ 倒 ︵の︶の問題を論じる際に
、
後に出てくる る。
彼 以後は知の形象の有無を廻って 仏 後のシュリーグプタやシャーンタラクシ を 優位におく立場で綜合しようとする学者 (38) 38「 離 一夕 性 」による無目性性論証
、 即ち 遍充 関係を帰 ︵㏄︶
法 によって確立すると
もこの論証形式の確立
ねばならないであろう。
して分析することが
理から﹁ 離 一孝 性 ﹂に
39 (39)
賢者 ハ たる中観派口は認めない。何故 ︵ 乾 ︶ いるから、例えば空華と同様であるⅤ
情を反映しているものと思われる。そして
おいて無目性である。何故ならば一考の 自
存在者は真実において無目性である。何故
いては﹁内外の諸存在者﹂であり、後者に
い 何となく認識論的な臭いが残存している
る 無自性性論証は明確な位置を獲得したの
るこの時期にあっては他方で﹁存在性﹂ ならば 一 多の目性を離れて ノュ リーグプタは﹁ 外 ある 性を離れて Ⅱ 卜 V るから @ Ⅰ と 二二口 ならば 一 多の目性を離れて おいては﹁自他の語る諸 存 のに対して、後者はより 外 である。 に 根拠を置く刹那波 性 論証
Ⅰ 円オ曲し笘 ︵ "
ヴア曲 く曲︵ 一 註
文集 b 一九六四、四
一郷 正道﹁㍉中観
、同 ちのせ コ 0 ロ ムの
仏 所 、 二 01 ニ、 ︵三六︶ 1 ︵四二︶ 百 C 笠 ㌔
㍉の ヨ笘ま, 0 ロ・ ヴぜ ㌧・Ⅰ
ヴゴ 倒く卸の片ロ 仔 円そ山田 のオ
ヴハ イが 円ト Ⅱ
ト,の 1. のセ が㏄ 甘由 Ⅰの |
甘竹口 0 才 笘坤 モ曲 ヴ 甘ゆくゆ ゴ ㏄ そひ Ⅰ 捨ぺ 。 宰ざ自ヴゴ卸 せ りゴ ︵ 5 ︶ 0 ㌧・ ユ ︵・ , ⅠⅠ・ か め 肚 ・の11 % 肚め ・ 煥
頚 ・細流し二曲︵︵ せ p.
て 極めて有効であ ︵ 7 ︶ 壬利 卸並︵一︶ み貧 田川。
綱要であってチャン
中論 疏 LT ププ 倒ゅ ︶ と とバ ラレル な 文があることが注目される。
臼 目ち。お︶ 乙 N. づ Ⅱ む ・田荘1ト の (40) 40
「 離 一歩 性 」による無目性性論証
下内ユの目玉 ヨの ⅠⅡⅡ幅のオ寸 幅 ユ % かぎ せ 0 住ヨぎつ のⅡ ト年 e 寸口年ヨ 曲 か田 ガせ ロ口ヨ のヰトト
Ⅱ色の寸 隼仁 ヨ口二ロ 才 1
め くり宙の コせ曲セめ毛ごア
吝 Ⅰ こ によって 推 定 した。 ま % 白戸 のヨ
11 ﹂︵東大東洋文
下 ︶を参照。
ち自 不生は第八 %c
論じられる。 ︵ H ︶ 援 0 山田 ヨ曲 ﹁㏄ 曲つ トル 隼 Ⅰ づ u, 口ロ % 安
且捧
のめの 曲︶のの一の・ 之 ・ 力 oe ﹁ ざォ
0 目 " ㏄ ダ ㌧の円のⅠの す偉 Ⅱ 畦 Ⅰ㏄ひの・ⅠのⅠ ヱコ ︵ づ 0 ォセ 0 ト ののの,の・ ト Ⅱ め ・ ト のの ︵ 騰 ︶の・ 之 ・ 力 omq ざゴ @ 円ゴ のいざの レ 冨田タワ㏄ めむ
であるかは不明である。
ているが本来散文の㍉ 註 L であったと思われる。
6 世俗的な存在を規
一 ゴロⅡ い Ⅰ c ︵・の e 目 0 円い 目
生れた新しい世俗の規定づけとして注目される。
ているがやはり本来㍉註しの 文か 。
曲ヨ がせ聖の旧 す曲 Ⅰ 兜 0 オゆ ・
0 圧が コ円 Ⅰが コ匹ひ曲 0 コ "
、ト のの㏄ | ㏄の , Ⅰ・㏄ づ
曲 り ロコ コ ︵の コゅコ の ガ ㏄・ ヨせ の コどオ 0- ヨコ 笘 七三 セがヰミ Ⅱ
ぴ 五七頁 註 ︵ 4 ︶参照。
は ﹁雄一歩 性 ﹂とあ
の円 下ゆ方がⅠ笘の卸 コユ、 0
ているから虚妄で
のコ ㏄ 0 曲 任笘ココ ゆの 由
っている︶等が興味を引く。
そ日せの 描 こ㌧ 8 ヨ倒コ|
による。以下も 同じ。
卍 Ⅱ。 つ ・ ゎ一 ︵・ @ で ・㏄のの
曲圧ゴ卸 ⅡⅡ。 づ ・の 一 ︵・・Ⅰ・めのの
コ ︶の オ せ打的の臣 斡の ロオの
︵ 曲づ Ⅱ 曲年 せが 年曲コ笘
㌧Ⅱが ヨ倒 目リイ % Ⅱ田文才 が|
す か セくあ 申せが ゴ Ⅰの q 一 笘ヨゆ コ年ひ 曲ゴ Ⅱ ︵㏄︶ づ uq オのヴ Fm ゆ m. O 口 ・ 黛 ︵・ ,づ ・∼ つ
四頁、特に二七頁 以
与えられたことをここに記しておぎた
のざ ・ " づ ・べ う, 年1旬 @
「 離 一歩 性 」による無目性性論証
口 ・ 簗皓コオ の ココ の﹁ @ 口 は
曲 ・ ミ N 木 ㏄ 0.. 口ロⅩ年1メロコ・︶のの㏄Ⅱのの, ダ のの ド ︵
せ 0 コが こ せ 0 頭白 Ⅰ 幅笘 ㎏ 斡 コ曲 ヴ ちくい コ ミ
によってサンスク
0 仁キセ 。 円 ⅠのまのⅠ 乎
文、ハ| 九頁、 等 参照︶。
ていること、更に
之 0 ののめりの、 靭 かの ゲ
おぎたい 0 この
ような事情は㍉ 智
を 期することとす 43@ ( , 43)
D , ヒ, 一ムの神観念の 問題 ろ は て 問
就中 神 観念の
㈲神の木性につい
論じられるべきで
は 問題を明確にす ために、便宜上三分することにした。 本論の目的は、 D . ヒューム︵ 一セ一 を 考察するになる。 ヒュームは 、 彼の﹁自伝﹂︵目せ 0 まコ しかもその領域も成果も実に多彩である はないが、少くとも次の二点が考えられ 他は本論で述べるよ う に、理神論に対す
渡辺
喜
主眼をおき、 Ⅰ毘の ,
大半を研
になった直接の
師 たちに対する る 懐疑である。
勝
彼の宗教思想 究 に没頭し、 動機が定かで ︵ⅠⅠ︶ 批判であり、D.
ヒュームの神観念
の
問題
欠乏・ 生 、死など る 感情の中で不断に 向けさせ、かっ現実 る 種の自然的・必然
において、自己の
宗教の根拠づけの間
しかし 司 自然史 口
、 他の ニ、 三の彼の
神などには極めて 懐
なく、﹁無智な一般 ある。
制約を受けるが 故
殊な 宗教的感情を意
神との関りにおい なるにすぎない。 (46) 46
いての論証である。 47 ヰ -"
大衆を極めて意図的︶
ろ多 神論的神々に っ
リカ・アフリカ・アジア
は
近代と古代、地理的に
るので、ここでの論究は控えたい。
のさて、以上の論証から明らかなように、
ようとする。︵
5
︶彼は﹁自然
問
ぎ田 憶を知ることにな る 。
かも日常的に親し ︵ 4 ︶
ぬ なるものの諸原因 も 、人間の日常的な実践的な生活経験の中で、
くのである。この 過
何らかの﹁超越的な
大なメカニズムに 存
、ひとつの単一な存
﹁人間の思惟の自然
全 なものへと志向する
移りゆくのである。
、迷信・偶像崇拝
わ,は 一種の知的モチ
釈しているが、多少 ︵ 6 Ⅰ
すところのひとっに
為の問題にあったの
態 をありのままに 認 ︵ ワ, ︶
考えられよ う 。
る 永遠なる一神で
多様に即応して得ら れるものである。
いても可能であろ
について石千考察してみたい。 周知のように、ヒュームの認識論においては、
ちびかれる。従っ
しかし彼の認識論で は 、この問題が積極的に扱われていないため、
どめようと思う。
0 コの㏄︵︶ 0 コで 士のⅥ ワ、
である。前者はたとえば 快 ・不快の如き印象 で、いわば根元的に心 3% ︶ コ 宙に現れるが、その原因は不可知である。
に 対する情意の反応に (48) 48
D . ヒ, 一々の神観念の 問題
希望・恐怖の如き印象 ︵Ⅰ 0 ︶
場合田 90 ︵日の日。 屯
︶ 0 目 0 Ⅱ笘のの OC ︶がづ片 0 コ 0 Ⅰ ︵ 04 ︶ 日田のの法則に従うものである。
、印象として経験
の 関係の場である心に これらが理解されるにすぎない。たとえば、
ないので、一般観念 のの
目
三日 8 うとしてもつことはできないが、︵二ロ・ 簿 ︶とか、 あ
反省なりで経験される
的な在り方なりが理解されることになる。
な 論理で説明され
定の結果を生み出すこ
するのである。これは
にあるのではなく、
ユ ー ム は、ある事物の
いわば習慣的にきめ
︵日日, づ ・㏄のの︶
の レベルにおいて 語 49 (49)
生の出来事に対す
数 に帰着する。そし
徳性を兼備したもの
てここに展開する 神
様 その営みに関わる
万全な神々﹂ 由ヨ ざの 隼
って自己の生存の安
また商人が目 u*nE ︵ せ 々の一群で充満する﹂︵ 旧 ・ ゃ 下お︶。
変転盛衰の運命に
たる人間本性 ゴ 二︶コロコ ヰ 一 られる。従って、ここでは常に人間の 、、、、、、、、、 最初の神観念の形成の問題にも符合す 以上から、ヒュームの神観念は 、人 緒 に密接に関係した極めてダ イ ナミッ もち、それがいか様に人間生活に関わ 主体的な生活経験が基盤であり、 こ るものであろうと思う。 間の経験から必然的に導出されるも ク なものであることを知った。そこ っているかを以下において考察して み で の の 点でこれは、前述の㍉自然史 L における 囲 ) であり、しかもそれは、人間の感情や情 、かくして得られた神がいかなる本性を - たいと思 う 。
左右されるもので ・ ヒ,一ム の神観念の問題
11ヒュームの表現
それの準拠するとこ
ふめ 説くこの問題を
つ 。
を 特別な崇拝の対
と 同様な権力をもっ ︵Ⅱ︶
うなものでもなく、
0 局面で求められる 神は常に一神である。
し ヒュームによれ
冊を 、﹁自然史﹂に 従 一 、多神教の起源に関して
こと、そしてそれ
家 であることを知る。
0 対象を表象す る 。 (51)
解する。 二 、多神教から一神教への転移
足することはできない。
これらの 話 力 め 観念を次第にふくらませる。
小出小合毛 仙る ︵ 3 1 ㎡ 三 、一神教から多神教への転移
、 長く堪えられる ものではない。
半袖半人音 2% 。ナ的な介在者を要求する。
るが、やがてこれ は 、次第に多神の中に沈潜していく。
教へと転回する。
ら 、その原因たる
、 主として人生の不
卸 のく︶はの プ の コ 年下 リのヱ ・
しきれないというこ
の 怒りを鎮めるため、
この称賛が極限にま く 52) 52
D . ヒュームの神観俳の 問題
直接の創造者として ︵ 1 5 ︶
革 者として描かれるのである。
ては、﹁思惟の進
を 否定するところに 成立するいわぬる唯一神教的なものではなく、
シラーの解釈する 如
であろう。この核心
しかし人間が自らの
述語を帰属させて 求 めた一神は、宗教に対する人間の木性からも、
一 神は再び多神と共 存する。
るのではなく、 常
それの根は人間の精
。しかしこの移り行
い る非合理的な 、む
それ故にこそ必然的 な 自己投入によってみられる過程である。
くる場面を意味し
ない全くの必然性の
おき、これらの ダ キリスト教との関係
いは正義と悪徳等がしばしば人生 知っている。ヒュームが 埼 自然史しの
ばあるほど、それに結合された悪は
怖 が宗教的虚構や空想の中に同様に ︵ 蝸 ︶
、これは単に彼の三口うような﹁宗教 数 に対する彼の暗々裡の批判ともみれ
した。 一 一 " の 諸事の表裏を成すこと、しか 結論で、﹁我々に小さな実例と より際立っている。そして統一 有神論の純粋な諸原理の中に発 発見されるであろうことは、 自 的 虚構・空想﹂の枠内だけの 意 よう。 い う 興味ある問題提起がなされ ら の 法 み 同 朋 ら 心 に れ 囚 徒 る の う 仲 山 も 0 円 oD 属 の で 性 軌 あ も 跡 る は / 、 入 っ 間 間 ま
のの
理精
ノ ヘ Ⅰ f 何卒 や中 -- 力 作 神 0 席 数 限 で に 界 あ せ 内 り よ {Cけ の 神 る 十 数 も 心 に の は せ で 帝 よ あ 望 り
、
・恐れ
そ そ 惰 ら の の の 性 感 神 格 精 々 も と の 人 力 2 座の斬
性にろう 類 。 跡 似 従 を す っ ・ 仮 る て りも
ヰこ の こ 大 で の 円 あ よ と ろ う す 。 な れ 観 は ,点 か そ (54) 54D . ヒ、 一ムの神観念の 問題
0 の蛋ののの 0 コの 0 ㍉ コ ︶ コ的
アンテス 0 了い 目 ︶︵ ゴ のの
ヒュームの宗教観を
べきであろう。
確実で自明な真理
は神の存在に関して ︵Ⅱ︶
否定する不敬﹂︵ し巨 ・
ものであり、それは
なのである。従って
に浬神 的行為なので
精神の ユ ﹁ 山 ︵と呼ば
に 何らかの類似をも
存在者・あらゆる 存 ︵ ︶ⅠⅠ 8 往 者・永遠普遍な存在者である。﹂
は 対立する。まず
アポステ オリ なる 立
工匠を神とみるいわ
然の中に、その意図 55 (55)
って、人間は自己の
ある。従って デノ ア 単に﹁空中の楼閣﹂
間の想像の産物であ
に
矛盾するからであるという。︵
ヌエ
No さ情緒作用の中に位置 存在や全知全能・ 不 故にそれはまた多神 時に人間の心を鼓舞 0 そして更にクレア 言 う 神人類似 説が、 せるクレアンテンの たりうるか、という ま ︶といい、また
我々が﹁見知らぬ 国
べて、人間の有する
アの 言う先天的啓示
であり、従ってそれ (56) 56
D . ヒュームの神観俳の 問題 さ ロ る え な と し れ ッ よ な 三 み か よ ク う い 様 る の 0
位 ク 論 わ が 、
神 レ 的 ち 、 一 l 話 " ヒ 見 の の 明 当 ュ 無 存 在
いも
め、
時 のl
ム 埋 に が ゆ 当 宗 個 思 、 る 然 散 人 え L, Ⅱ 英 彼 界 の る か 因 め ' ノ ゼ " に し 経 意 思 索 更 し 験 識 想 歴 に て ヒハり @ 糸 花 亭 中 の 牙冤 る か
と る た る ぞ 、 い と で 程 れ そ す る 度 に の 究 極
廿 Ⅰ 至
る レ さ ば め 能 と ア た 、 て ,性 ン し 唯 い 等 7 段 テ は 一 た の の ス し 神 と 問 答え の ば の 想 、 題 立 言 在 宅 に は 場 わ 在 し お て い フ、
もれ
、
る 言倫fc
もて
ィ、 フ よ 関 、 も ロャ ィ う し そ 、 の L. Ⅰ ロ のにてれこ
" "ほこ
つ - ヒ デ ど で 女 {蔀め
懐 読 ん の 然 れ 疑 も 智 生 と る 6 し 理 学 張 は よ 日牌 ル 解 が す 思 う 57 (57) 院 における崇拝 ぇ 両者の論証人間の認識力 得るのは、もし
Ⅰ @@ Ⅰ。 @ Ⅴ 張を辿ってき として困難であ 通しているから
っ 点で、また ク
駁 ︵この点で
えよう。こうし 0 対象となるべきものである﹂。︵ P P べの ︶ 性 との て 懐疑 ねば、 かに 考 がここ 性 に対
小 によ 間 の 経 代弁者
にこそ単に
関して次の
0 人間本性
のだという
経験的にあ
欠陥は 、そ
に 対して ヒ ︵Ⅲ 付 ︶ 批判は向けられるし
た決諭そ ︵何れ︶
ユ ー ム が フ
仰 なり思想
態度を表面
彼の態度が
はあるまい
史 b で語ら
神学者 デメ
なることを
の点につい て フ ァ ね 。 か 的 を ィ 持 「
多口あ
ィ (6
宗 ここり
なな
あ 自由、 、
に得
口ち
く に る 教 に 歯 る に、 最 な理
ュ|神
前提れはたら t ま、
よう ム こ れ か 理 に 論、 の の た ら 論 指 で (58) 58用いた。引用 ぺ|
与田オキ 雙 。臣一の 仁,ヴせメ ・の ヨ ︶円安・ 0 ぉ ︵ 0 巨 、 おひ印 の
︵ 2 ︶ 名 曲︵ 亡 ﹁生年 ず ︵ 0 ﹁ せ 0 ︵ 勾由田一 0 コ、 ︵ 毛,つ ・ トひ の︶
レそ
Ⅰロロ
C
呂馬
, セ
0
す,
Ⅰ
1
毛
ろうかと思う。そし
教会においても、破門葉
スト教のもつ奇蹟に
え 評価している。いう 名辞が示され
用の根ざすところか
の 限界内における 神
0 臣ミヰ Dn ︶ののの中で ヒュームの姿勢を端的に 捉
ほとんどいなかった
さらに一層稀なもの
、想像力によって 河
袖幅 ei ︶ ぎ のになりうる場合もあるとい,≦。 ︵ ミリ ︶ ヒすプ目、づ ・ ト のの 1 1 % かト
ヒュームは明言して
言う如くになろう。
ヒューム的人間は悩
トは、 深い悩みの
ここではとりあ
に 目を閉じた。 こ
周書の第二・三章 の 論文から本論の作成上多大の教示をいただいた 0
れは反省に起因する
ろ う ﹂︵㎡・ ロ ・ 卜ツの ︶
| ㌍︶を参照された
のように述べ、その
機能に現れる対象
神を想定しても 何
発する。ところが
しろ想像するのさ ぇ 不可能なはずだ﹂︵㎡・ づ ・ ぎお
︵は︶ 山 三口, ぬ ・ 0. ︵ = . ロ ・ A ∼ドート∼㏄ レ
でも述べるが、この (60) 60
D . ヒュームの神観俳の 問題
れ 四
密
ス ー ロ コ ス ニ ー
㌧㏄
目
好 ( ・ ポ 一 まあ に か 信 そえ ヒ 学
繍ヌ
之 Ⅰ く ほら仰のば
ュ 0音(
訳 eo い ま l 倫産デ
・ Ⅱ で ム理編で
一 参 も 照 宗 ) 教自立
勤倹
四 生 活 が に 年 き 捕 セ 摩 筑あ 推 譲 入 。 こ れ す っ薦 中 書 欲
た さ 央 望 ほう
な。
わ ち" レ "- 忍 不
るまこ
o たの 安 た ィ 艮 一知らに
ら " ょ だ り 神 れ 破 っ 感 彼 に は 情、た
るの仝
。
不 啓 れ く 教 そ 及 示 が ま 思、 れ や 人 で 思 は 手 神 奇 問 も ゆ ょ 段 蹟 を 人な 超 間 ど 越 の にと 反 " 人
対 一 田 昂 い た 性 6 Ⅰ (61)
ルペ ルカーリア祭における 儀礼と伝承 63 (63) ぃ は 目 れ は り た て