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アフ リカ文学 と

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人文論叢 (二 重大学 )第 28号  20H

アフ リカ文学 と Oral Literature(8)

―『 ビー ドル』論 一

赤 岩 隆

要 旨 :前 回に引き続 き、 ポー リン・ ス ミスを取 り上 げ、 それによって書かれた唯一の長篇小説 である『 ビー ドル』について論 じる。 これは、タイ トルの有 り様か らして、問題含みとみな し得 る作品であ り、そのことと、なにより短篇小説家だった作者 との関係について考察する。その際、

役に立つのは、前回の『 リトル・ カルー』をめ ぐる議論であ り、それに拠 りなが ら、 この一風変 わった長篇小説を読み解いてゆ く。

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『 リ トル・ カル ー』 とい う密度 の濃 い短 篇集 を漸 く 43歳 にな って上梓 で きたポー リン・ ス ミスだ ったが、 それだけで は 目標 を達成 した ことにはな らなか った。話 は 20世 紀初 めの こと である。長篇小説 を もの して こそ小説家であるとい う 19世 紀 的な考 え方 は、 なお も根強 く残 っ ていた。 ま してや、師 と仰 ぐ小説家 は、 旧弊 な とまで は云 わないに して も、 なによ り長篇小説 を得意 とす るアー ノル ド・ ベネ ッ トだ った。 師 に就 いて十数年、人並 み外れて内向的だ った彼 女 にすれ ば、長 篇小説執筆 をめ ぐる再三 の失敗 の果 て に、想 いはあ る種 トラウマのよ うな様相 を呈 して いた と も考 え られ る。 ポー リン・ ス ミスの唯一 の長 篇小説『 ビー ドル』 (1926)は 、 その よ うに して書 かれた。 自ず と生 まれた とい うよ りは、 む しろ絞 り出され るように作品化 さ れた ものだ った。 この ことと、 ポー リン 0ス ミス とい う作家 が もともと短篇小説 の ほ うに こそ むいていたので はないか とい う強 い印象 とは、 あわせて念頭 に置 いておいて もよいだろう。 じっ さい、 そ う したずれ、 あるいは、苦闘を伴 う力業 は、 この作 品 にきわめて特徴的な歪みを もた らす ことに もな っている。本稿 においては、 ひ とつ には、 そのよ うに して物語 に現 出 した歪 み とその由来 につ いて考 えてみたい と思 っている。

もうひ とつ の議論 は、 い うまで もな く、 oral literatureの 観点 か ら行 なわれ る。前 回の『 リ トル・ カル ー』 をめ ぐる考察か らも明 らかな よ うに、 ポー リン 0ス ミス とい う作家 は、聞 き取 りを通 じて の、諸 々の声 や いわゆ る oralityと い つた ものか ら、 多 く恩恵 を被 りなが ら仕事 を した作家 だ った。創作 の起点 とな った故郷南 アフ リカを巡 る旅 は、取材 のため とい う、当初 の、

む しろあ りあゝ れ た 目的を遠 く超 えて、 自身 のアイデ ンテ ィテ ィとも深 く関わ る失 われた時の回 復 とい うラデ ィカル な試 みへ と自ず と彼女 を連 れ 出 して い った。『 リ トル 0カ ルー』 に収 め ら れた諸短篇 とは、 その末 に得 られた成果 だ ったのだが、翌年 に出版 された『 ビー ドル』 も、 当 然 の よ うに、 それ と出 自を同 じくす るはずで ある。 に もかかわ らず、取材 の多 くが短篇小説 と い う形 を取 るなか、唯一『 ビー ドル』 のみが長篇小説 と して結実 した。 ここで浮上す るのは、

よ うす るに、『 ビー ドル』 もまた、 もとは短篇小説 と して発想 されたのではなか ったか とい う 疑 いであ る。 それが長篇小説へ と発展 した。文学 的 にはめず らし くもない現象 だが、 もしもそ うだ と した ら、 この ことと上述 の歪 み とは、 あ るいは、 そ もそ もの oral literature的 な出 自と

一 ‑1‑一

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は、 け っして無 関係 ではないだろ う。 なにゆえ『 ビー ドル』一作 のみが、例外的な道筋 を辿 る ことにな ったのか。 その理 由について考えてみたい と思 っている。

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二般 には読 まれることの稀な作品である。 まずはその概略について紹介 してお くことに しよ う。舞台 とな るのは、前作 同様、 リ トル 0カ ルーである。 その うちの、 これまた前作所収 の短 篇小説 とも重複す る、ハーモニーの谷 にある農場 とその周辺 が主要 な舞台 とな る。 お もな登場 人物 は、 もちろん、 ほぼ全員 がアフ リカーナである。農場主夫妻 と、農場主 が建てた教会 の堂 守、 その堂守 が同居す るあ、た りの姉妹 と若 い姪、 そ して、病気 の療養 を兼ねて農業 を習 いに く るイギ リス人等 々である。 この うち、主人公 は若 い姪であ る。それがイギ リス人の手管 にかか り、妊娠 させ られた末 に棄 て られ る。話 といえば、 わずかその程度 の ものである。 だが、 これ に重 い過去 の事件 が絡んで くる。

Sゝ

た りの姉妹 には、 もうひと り末 の妹がいて、 これが若 い姪 の、 いまは亡 き母親 なのだが、 それをめ ぐる過去 の出来事 である。 この末 の妹が農場 の暮 らし を嫌 い、町 に出て妊娠 し、娘 を産む と同時 に死んで しま った。 そ うした不幸 にはあ、た りの姉 と 堂守 も関係 しているが、暗い過去 の一事件 と して、詳細 の多 くは伏せ られたまま物語 は進 め ら れてゆ く。 それで も、真 ん中の妹 と堂守 がかつてよい仲 だ った こと、長姉 と堂守 の確執等 々、

おぼ ろげなが ら事件 の有 り様 がみえて くる。 そ して、最後 に到 って、子 どもを産 む若 い姪が、

じつ は 自分 の子 であると堂守 自ら告 白 し、物語 は結末へ とむか うことにな る。

端折 るだけ端折 ってあ らま しを説 明すれば、 おおよそそのよ うにな る。現在 と過去 の織 りな す二重 の物語 とい うわけだが、 よ り直接的に両者の接点 とな るのは、い うまで もな く、主人公 =

若 い姪 のはず であ る。 ところが、彼女 は極端 に控 えめな性格 であ り、 しか も、 その度 があま り に も過 ぎてお り、結果、人物 としてはむ しろ平板 にな らざるを得 な くな って しまっている。 た しか に物語 は彼女 を軸 に進行 してゆ く。 だが、みよ うによっては、主人公 とい う点か らすれば、

名 ばか りと呼ぶのがせいぜい とい ったバゝうにみえない こともない。先 に触れた物語 の歪み とは、

い っぱ うでは、 これを指す。主人公の存在感のなさ、唯 々諾 々と流 されてゆ くだけともみえ る 積極性 の欠如 であ る。本来 な ら、物語 のタイ トルは、主人公 の名前 を取 って、「 ア ン ドリーナ」

とな るべ きである。 に もかかわ らず、 じっさいそ うな っていないのは、 なぜなのか。作者 自身 も主人公のひ弱 さを ことさら意識 しての ことなのか。 あるいは、 ほかになにか特別の理 由があ っ ての ことなのか。 そ もそ も、 なにゆえタイ トルが「 ビー ドル」 でなければな らないのか。

ビー ドル とは、 もちろん、堂守 を指す。 だが、 これ もまた主人公 とはな り得ない。 ほかの人 物 同様、物語 との関係 か らいえば、 けっして脇役 の域 を出ない。 に もかかわ らず、 タイ トル に その名 が挙 げ られているのは、 ひとつ には、現在 と過去 の二重の物語 の うち過去 のぶんに堂守 が もっとも強 く関わ っているか らだろうが、 とい って、読者 の 目のまえで明 らかに展開 してゆ くのは、 ア ン ドリーナを中心 とす る現在 の物語 にほかな らない。 そのなかでは、 間違 いな く堂 守 は脇役 のひ と りなのであ る。 この矛盾 =歪 みを、 どの よ うに理解すればよいのだ ろうか。 い ずれ に しろ、 どのよ うな『 ビニ ドル』論 も、 この問題解決抜 きにはあ り得 ないだろ う。 これが (二 重 の )物 語 の根本 に関わ る問題 だか らである。 あるいは、 そ もそ も、 な にゆえ二重 なのか。

もっといえば、 なにゆえ過去 なのか。 そ うした疑 間を足 がか りに しつつ、作 品を読 み解 いてゆ

くことに しよ う。

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赤岩   隆   ア フ リカ文学 と Oral Literature(8)一 『 ビー ドル』論 ―

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繰 り返 しにな るが、 いか ほ ど物語 が現在 と過去 の二重 にな らざるを得 ない と して も、 あ るい は、 いか ほど主人公が ひ弱 な存在 だ と して も、通常 な ら、物語 の タイ トルは「 ア ン ドリーナ」

とな るべ きであ る。 に もかかわ らず、 そ うな っていないのはヽ ひ とつ には、過去 の出来事 が作 者 に とってそれ だ け重要 だ ったか らに違 ぃない。 この意 味か らいえば、 た しか に堂守 こそは、

主人公 とまでは云 わないに して も、過去 においてそれが果 た した役柄 とい う点で、生存者 中誰 よ りも重 い存在 である。 じっさい、 この作 品は、現在 の物語 を表面 に しなが ら、裏面 を成す過 去 の物語 の謎 を読 み解 いてゆ くとい った、一種 ミステ リー仕立 ての体裁 を採 ってい ると云えな い こともない。 もちろん、 そ こまで積極 的に表 の物語 =女 主人公 を蔑 ろにす るな らば、 それ こ そ作 品それ 自体 が台 な しにな って しま うのだろうが、 なには ともあれ、作者 が ことさ ら重 きを 置 く過去 の事件 とは どの よ うな ものだ ったのか、 みてみ ることに しよ う。

大枠 は先 に述 べ た とお りだが、与 え られ る情報 はさ して多 くない。ハ ーモニーの農場で小作 を務 め る謹厳 な父親 と 3人 の娘。母親 は、末娘 の クララが まだ小 さい うちに死 に、以後、謹厳 さでは父親 に負 けない長姉 の ヨハ ンナが家 を任 され一切 を切 り盛 りす ることにな った。 それに 対 して、歳 の離 れ た妹 の クララは、生来 陽気 さを好 み、 また、美人 だ った所為 もあ り、 とか く 反抗 的な態度 を取 った。 い っぱ う、堂守 はその ころはまだ、村 と村 を往 き来 しなが ら荷運 びで 生計 を立 てていた。 これが温和 しい二番 めの姉 ヤ コバ を好 きにな る。堂守 はヤ コバ に求婚 し、

ヤ コバ もそれを受 けるのだが、姉 の ヨハ ンナが結婚 に強 く反対す る。 クララと違 って従順 なヤ コバ を、 自身 の支配下か ら手放 した くなか った とい うのが理 由である。か くて、堂守 とヨハ ン ナの衝突が は じまるのだが、 ここにクララが割 り込 んで くる。死 んだ母親 の遠 いい とこが、離 れた町で コー ヒー・ ハ ウスをや ってい る。ハ ーモニーでの田舎暮 らしを棄 てて、 なん として も そ こで暮 らしたい。現 に、積極 的な誘 いの手紙 も町か ら届 いてい る。 だが、 そ こにゆ くには堂 守 の力 がぜ ひ と も必要 であ る。 クララは堂守 とヤ コバ の結婚 に味方 し、 それを梃子 に して堂守 に近づ き、秘密 の計画 を打 ち明 ける。堂守 は頼 みを聞 き入 れ、 クララを 目的地 まで連 れてゆ く ことにな るのだが、 ここで妙 な ことが起 きる。町 に到着す るまでのあいだに、堂守 は、 ヤ コバ か らクララヘ と心変 わ りを して しま うのである。 そ うだ と気づ いたのはヤ コバだけだ ったが、

控 え 目な彼女 は、相手 が クララな ら致 し方 な しと容認 して しま う。 ところが、 クララは堂守 の 想 いにい っこうに応 え よ うとせず、 それ どころか、評判 の悪 い男 と結 ばれて しま う。案 の定、

男 に棄 て られ、 コー ヒー 0ハ ウスに戻 ってきた彼女 は、 ア ン ドリーナを出産す るとともに死ぬ。

報せ を受 けた父親 とヨノ )ン ナが牛車 を借 り、町 まで赤 ん坊 を引 き取 りにい った。堂守 はその と きカラハ リ砂漠 にいて、運搬 の仕事 に戻 っていたが、 その際ハーモニーの農場主 の息子 を助 け、

功績 を買 われた彼 は、 3人 娘 の死 んだ父親 の後釜 に坐 る形 で、農場 の小作 とな る。 と同時 に新 築 された教会 の堂守 の仕事 を任 され、 ヨハ ンナ、 ヤ コバ、 ア ン ドリーナ と奇妙 な同居生活 をは

じめ る。 ア ン ドリーナはその ときすで に 4歳 にな っていた。

それか ら 13年 の月 日が経過 し、『 ビー ドル』 の物語 が は じまるのはそ こか らなのだがく じつ はア ン ドリーナの父親 である堂守が、 そ うだ とい うことを他人 に隠 しなが ら女 たちと奇妙 な同 居 を続 けるのは、 ほかで もない、我 が子 の成長 を近 くか ら見守 りたか ったためであ る。 もっと 云えば、母親 の よ うに娘 が罪 に堕 ちるのを防 ぎたか った。 だが、物語 にあるとお り、母親 同様 美 しく育 った娘 は、皮 肉に もそれ と同 じ道 を歩 む ことにな るのだが、重要 なのは ここか らであ

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る。 とい うの も、あ、た りの人生 は、 きわめてよ く似 て いると して も、 まった く同 じとい うわ け で はなか ったか らである。 じっさい、母親 は出産 と同時 に命 を落 とすが、娘 は早産 なが ら無事 お産 を済 ませ、我 が子 とともに生 き残 る。物語 の最終行 においては、 自身の父親 との和解す ら 達成す る。 これ らは彼女 の母親 には、 け っして望 み得 なか った ことである。 なにゆえ、 そ うし た違 いが生 じるのか。考 えなければな らないのは、 む しろこち らのほ うである。

4

『 ビー ドル』 において、終始物語 に付 きま とうの は、宗教 の問題、 あ るいは、 それぞれの信 仰 の有 り様 にほかな らない。 この輛 か ら脱 しているのは、他所者 であるイギ リス人 と、ハーモ ニーで雑貨屋 を営むユダヤ人の女だけである。 その理 由は、単純 に、彼 らがアフ リカーナでは な いか らで あ る。物語 で扱 われているのは、 『 リ トル・ カルー』 同様、 いまだ近代化 =都 市化 され る以前 の旧い社会である。病気 にな った ところで、医者 は もちろん、薬す らま ともに手 に 入 らない。買 い物 の支払 い も、 お金ではな く、物 によ って行 なわれ る前近代的な社会 である。

縫 り付 くことがで きるのは、唯一聖書 のみ とい った、 旧態依然 と した社会 であ る。 それゆえ に こそ、農場主 は農場 に教会 を建て、近隣の貧 しい者 た ちの便宜 を図 り、町か ら牧師を招 いてサ クラメ ン トや感謝祭 を主催す る。 じっさい、 この物語 は、春 のサ クラメ ン トには じま り冬の感 謝祭 で終 わ る とい う

Sゝ

うに、教会の儀式 の暦 に添 いなが ら進行 してゆ く。前者 においては、 ア ン ドリーナが大人 の仲間入 りを し、後者 において は、堂守 が秘密 を告 白す るのだが、 そ うした 社会 において は、 日々の細 々と した出来事 は もちろん、 まさに一挙手一投足 に到 るまで、各 々 の信仰 の有 り様、唯一絶対 の神 との関係が問われ ることにな る。 そ う したや りと りは、 い うま で もな く、個 々人 の内面 において進行す ることにな るか ら、 その意味か らいえば、 『 ビー ドル』

を一 篇の心理小説 とみな した ところで少 しも間違 いで はない。作 中 もっとも強 く問われている のは、 ア ン ドリーナ及 び遮、た りの伯母 と堂守 の内面 (心理 )=信 仰 の有 り様 であ る。信仰 とい う言葉 を存在 とい う言葉 で置 き換えて もい っこうに差 し支 えないような書 き方 である。人物 と 信仰 の有 り様 とがそ こまで一体化 しているか らであ る。 また、 それゆえにこそ、先 に問題提起 しておいた よ うに、 ア ン ドリーナの主人公 としてのひ弱 さや不充分 さが際立つ ことに もな る。

よ うす るに、先 に提起 した問題の答え とは、彼女 の信仰 の有 り様、唯一絶対 の神 との関係 にお いて求 め られ るべ き ものだ ったのである。

ア ン ドリーナの生 き方 は、 なによ り受動的なのを特徴 とす る 6人 に対 して も、物事 に対 して も、一貫 してそ うである。 およそ逆 らうことを しない娘であ る。 とりわけ人 に対 しては、役 に 立 つ ことを 旨と し、 じっさい周囲か らは大 いに重宝が られ、手伝 いに呼ばれれば、嬉 々と して それ に応 じるのがつねである。 ところが、 その所為 で彼女 は身 の破滅 を招 くことにな る。 とい うの も、 自分 の ことを体 のよい遊 び相手 としかみない、 日先 だけのイギ リス人 に対 して も、 同 じ対応、態度 を取 り続 けるか らである。処女 を捧 げるとき も、身勝手 な理 由か らいきな り帰国 を決 めた とき も、 そ うである。控 え 目に、一歩 も二歩 も引 き下 が り、 よ く云えば己を空 しくし て、 ひたす ら相手 の意 向を受 け入れ る。 そ うした とき、彼女 のあゝるまいの正 しさの後 ろ盾 =保

障 とな って い るのは、つね に神であ る。 それへの篤 い信仰 で あ る。 自身 の身 に起 こって くるこ

とは、 どんな ことで も、究極 的には神 の配慮 による。 だ と した ら、 どうしてそれを受 け入れな

いでお られ よ うか。 どんな窮地か らも、 きっと自分 は救 い出 され る。進 むべ き道 を、 きっと神

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赤岩   隆   アフリカ文学と Oral Literature(8)一 『 ビー ドル』論一 はお示 し下 さるだ ろ う。

ア ン ドリーナの信仰 の有 り様 とは、 そ うした ものである。極端 にす ぎると誰 しも呆 れ返 って 当然 だが、忘 れてな らないのは、 これが けっして リア リズムを裏切 る ものではない とい う事実 である。極端 だ ったのは、先 に触 れたように、現実の リ トル 0カ ルーの前近代性のほうである。

それがア ン ドリーナにみ られ るよ うな信仰 の有 り様 を可能 に した。 とはい うものの、一篇の物 語 の主人公 と して どうか とな ると、 自ず と話 は別である。 ある種 の不謹慎 さをア ン ドリーナの 生 き様 に認 めた と して も、 ことさらきつ く彼女 に当た った ことにはな らないだろう。 じっさい、

『 ビー ドル』 は、 ボス トンで は出版禁止 の処分 を受 けて い る。 とな る と、疑 わ しいの は、 む し ろ作者 の意 図のほ うであ る。 ポー リン 。ス ミスは、 ア ン ドリーナを主人公 にす ることで、 い っ た いなにを しよ うと したのだろ うか。

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生 き様 において変 わ らないのが身上 とばか りに、頑固す ぎるほ どに頑 固なア ン ドリーナだが、

物語 の終 わ りに到 って、 ひ とつ だ け大 きな変貌 を遂 げ る。 しか も、 その変貌 が宗教 に関わ ると なれば、なお さら事 は重大 である。 ア ン ドリーナの信仰 は、 いかに もアフ リカーナ らしく、根 っ か ら旧約的な性質 の ものだが、 これが新約的な ものへ と変 わ ってゆ く。鍵 となるのは、 ほかで もない、 キ リス トである。 それを理解す ることを通 じて、 ア ン ドリーナは人 間 として生 まれ変 わ ってゆ く。

彼女 に とってキ リス トとは遠 い存在 の ものだ った。無理 もない、 キ リス トについては、誰 も 教 えて くれなか ったか らで あ る。 それを彼女 は、辛 い経験 を通 じて、独力 で学 び取 ってゆ く。

物語 中において彼女 が味 わ う苦難 とはみんなそのための ものだ った。 ほん とうにそのよ うに読 んで よいな ら、『 ビー ドル』 とは、 ア ン ドリーナの宗教的新生 の物語 とみなせないこともない。

もっとも、 それな らそれで、 なお さ ら物語 のタイ トル は「 ア ン ドリーナ」 とな るべ きはずなの だが。

ア ン ドリーナに理解 で きないのは、贖 い主 としてのキ リス トである。 それ に対す る疑 いは、

牧 師が町か らや って きて、大人 の仲 間入 りのための試 間が行 なわれ る最初 のサ クラメ ン トの際 に浮上す る。彼女 は 自問す る。「ネ 申の子 は 自分 が神 の子 で あ る ことを知 らなか ったのか」。「 自 分 が蘇 り、父 の もとにゆ くことを知 らなか ったのか」。「 もしもキ リス トが神 の子でな くヨセ フ の息子 だ ったな ら、 もしもキ リス トが蘇 った りせず、永遠 に墓 のなか に横 たわ り、 そのために 彼 が死 ぬのな ら、理解 もで きる し、愛す ることもで きるのだが」。最 終 的 に報 いを受 ける犠牲 とは、真 に犠牲 とは云えない。 これが彼女 の基本的な考 え方 であ る。 それゆえ、 イギ リス人 と の関係 において も、無理 に結婚 とい う報 いを求 めなか った。 ひたす ら与 え続 けて こそ、愛であ り、犠牲 である。 そ うした生 き方 に自分 は殉 じたい と して、 イギ リス人 との別 れに、 その結婚 相手 に対 して覚 え る嫉妬 に彼女 は耐 え続 ける。転機 は容易 に訪 れなか ったが、 どん底 に到 って、

つ いに救 いの手 が伸べ られ る。

イギ リス人 が農場 を去 ると同時 に、 ア ン ドリーナは、 グ レー ト0カ ルーに住 む農場主夫妻 の 息子家族 の手伝 いに遣 られ る。 そ こで彼女 は 自分が身籠 もってい ることを知 るのだが、 当然 の こと、 その事実 は息子夫妻 の知 るところ ともな る。 お腹 の子が不義 の子 であるのは、誰 の 目に も明 らかだ ったか ら、辛 く当た られ、居 たたまれ られな くな った彼女 は、ハーモニーに戻 りた

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い と涙 なが らに訴 え るが、受 け入れ られず、苦 し紛 れ も同然 に、 それまでは死 んだ と聞か され て きた行方知 れずの父親 を探 しにゆ こうと考 え る。運搬業 で生計 を立て る老人 が、彼女 の名字 を耳 に して、彼女 の父親 と思 しき男 の噂を聞いた と口にす る。 どこに も居場所 を喪 くし窮地 に 陥 った ア ン ドリーナにすれば、藁 に も縫 るよ うな想 いだ った に違 いない。彼女 は秘 か に老人 の 荷車 に潜 り込 む。 そ して、 ゆ っ くりと進 むそれ に揺 られ、変化 が起 きる。

その動 きに慰 め られ、安心感 を覚えた。何世代 も、彼女 の民族 は荷車 のなか に安心 を見 出 し、何世代 も、民族 の女 たちは、荷車 のみを唯一 の家 と し、 その後 ろの地面 に膝 を突 き、子 ど もを産んできた。優 しい娘だ ったが、 ア ン ドリーナ も、 そ うした忍耐力、意識 しない勇気 を持 っていた。 (2̀B̀α ル ,p.180)

腹 の子 の ことを知 って も、老人 はア ン ドリーナを邪 険 に扱 わなか った。 それ どころか、娘 の 探 そ うと して い るのが、評判 のよ くない男 だ とい うことを心配す る。彼女が これ以上不幸 に陥

らない よ う配慮 し、一時、 自分 の妹 の家 に身 を寄せては どうか と提案す る。

ア ン ドリーナにすれば、 どうもこうもなか った。 ここで もまた、天 に坐す父 は配慮 をお示 し下 さった。 キ リス トの優 しさが、 この 目の前 の老人 とい う形 を取 って、現実 の もの とされ たの だ。

「 どこな りと、 ご自由にお連れ下 さい」。彼女 は応 えた。 「 こうして出会 うことができたのは、

すべ て神様 のおかげなのですか ら」 (p.182)

そん な遮ゝうに、 ア ン ドリーナはキ リス トを発見す る。ハ ンスお じさんの示す優 しさとい う形 でキ リス トが顕現 したのである。

やがて、 自らの罪 を告 白 した堂守 が、 はるばる娘 を探 しに くる。不思議な気持 ちで、彼女 は 彼 を受 け入 れ る。 そ して、

人生 とい うものは、 い っぱ うか らみれば奇妙奇天烈 だが、見方 を変 えれば、単純至極 な も ので あ る。 もちろん、ハ ンスお じさん に とって、人生 とは奇妙で もなんで もなか った。 ハ ン スお じさんは、 キ リス トも同然である。 もしもキ リス トが長生 きを して年老 いた と した ら、

ハ ンスお じさんのようにな っていただろう一一 日の優 しさといい、顔 に浮かぶ微笑み といい。

そ うだ、ハ ンスお じさんは、 キ リス トそ っ くりだ…。 (pp.192‑3)

そ して、物語 のまさに結末。

ハ ンス・ ラ ドマイヤーお じさんの、優 しく情 に溢れ る声が、最後に彼女の思考 に割 って入 っ た。「 さあ、 いいね、 なかに入れ るよ。 ご案 内す るよ。 ほ ら、涙を拭 いて、 呼び入れ るか ら ね」

彼女 は涙 を拭 い、枕 の うえに身体 を起 こ した。 と同時 に、堂守が扉 を開 いた。

「 い らっ しゃい、 お とうさん」。彼女 は云 った。「 い らっ しゃい。丸 い禿頭 の、 ご自分 の小 さ

な孫 をみて ち ょうだい」 (p.193)

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赤岩   隆   アフリカ文学 と Oral Literature(8)一 『 ビー ドル』論 一

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け っき ょ くの ところ、 どんなあゝうに しろ、 『 ビー ドル』 を恋愛物語 や それか ら派生 す る成長 の物語 と して読 むのは間違 いなのだ ろ う。上記 のように、 ア ン ドリーナの信仰 の有 り様 に関心 を寄せて読 んで こそ、 は じめて内実 らしき ものがみえて くると した ら、 た しか にそ うである。

だが、 そのためには、並 はずれた我慢 が必要 とされ る。 なに しろ、 その内実 とは、控 え 目な主 人公 同様 内へ と引 きこ も り、 あ るいは、主人公 の母親 をめ ぐる過去 の事件 同様秘密 に隠 されて いることが多 いか らであ る。 そのなか、前面 において展開 してゆ くのは、 イギ リス人 の恋愛遊 戯 であ り虚仮威 しであ る。読者 の視線 は、 当然 の よ うに、 そ ち らに奪 われ、 同時 に、主人公 ら

しか らぬ主人公 の側面 が露 わにな ってゆ く。 そ うした構 図を もの ともせず に、 内実 のみを追 い なが ら物語 を読 め ると した ら、 それ こそ大 した ものである。 ゆえ に、通常 の読書 に従 えば、煮 え切 らない作 品 と読 まれた と して も仕方 がない。 そ うした読書 の誘惑 に容易 に逆 らえない とし た ら、 あるいは、意 図的な読 み直 しがぜ ひ とも必要 なのだ と した ら、 た しか にそ うである。

『 ビー ドル』 とは、 ひとつ には、春 のサ クラメ ン トか ら冬 の感謝祭へ と到 る宗教的時間のゆ っ くりと した流 れを綴 った物語 であ る。聖書 を除 けば、 これ とい ってな に もない荒野 の話 である。

だが、 それだか らこそ、 内面 における神 との対話 は 日常的に行 なわれ る し、宗教的な節 目が特 別重要視 され もす る。春 のサ クラメ ン トが、大人 の仲 間入 りを果 たす ア ン ドリーナだけの もの でなか ったの と同様 に、冬 の感謝祭 も、一世一代の告 白をす る堂守 のためだけの ものではなか っ た。 さまざまな名 もない人 たちが、ハーモニーの教会 に集 い、野営のテ ン トを張 り、 あるいは、

ユダヤ人 の女の店 に出向いて必要 な買 い物 を済 ます。 そ うしたバゝるまいは、 なによ り信心の表 れであ り、 自分 が 自分 であ るとい うアイデ ンテ ィテ ィを確認す るための欠 かせない機会 とな っ てい る。 それゆえ、教会 に務 め るとい う重要 な役 目を負 いなが ら、気 も漫 ろに、 あるいは、陰 鬱 な想 いを抱 いてそれ に加 わ る堂守 は、誰 よ りも惨 めで あ り不幸 で あ る。『 リ トル 0カ ルー』

所収 の「粉屋」の主人公 同様 のや り方で、人物 としての堂守が浮上す るのは、そ うしたネガテ ィ ヴ ィテ ィ =悲 劇性 を通 してで あ る。 この意 味で、 『 ビー ドル』 は、 間違 いな く一篇 の悲劇 と云 え るだ ろ う。

節 日と節 目を繋 ぐのは、神 との 日常 的な対話 であ る。 それな くして は、儀式 はただの祭 りに 堕す る。 イギ リス人 がま さにこの堕落 した位置 にいる。彼 を指 して軽蔑すべ き存在 と云え るの は、 その所為 である。彼 に とっての牧師 とは、 たかだか「 ジ ョニー」 や「 ニニー」 で しかない。

もっとも尊敬 されて然 るべ き牧 師をそのよ うに呼ぶのを聞いて、 と りわ け信心深 いわけで もな い リンダおばさん まで もが、 唖然 とす るの も無理 はない。 リ トル 0カ ルーに根 を下 ろ し暮 らす アフ リカーナ と、他所者 =訪 問者 で しかないイギ リス人 との彼我 の距離 が もっとも如実 に示 さ れ る瞬間 とも云 え るだろ う。 イギ リス人 の一挙手一投足が虚仮威 しに しかな らない理 由 もここ にあ る。 ところが、 ア ン ドリーナは、 これ らを歪 めて受 け止 め、 いわば誤解 の限 りを尽 くす。

結果 と して、読者 は、堪 らない苛立 ちを覚 え、 あ るいは、道徳 的 に不謹慎 と無事 の罪 を彼女 に 負わす ことにな る。

神 との対話 は、 な によ リー対一 の関係 において行 なわれ る。荒野 に暮 らす ア フ リカーナにす

れば、 なによ りそれが重要 だ った。 あ るいは、何世代 も互 いに離 れ ばなれ にな りなが ら暮 らし

てきた結果 として、 それ以外 の方法 では神 との関係 を提 え られな くな って しま っていた。 白い

ア フ リカ人 と して黒人 の地 に土着 す る とい うのは、 そ うい うことを意 味 した。 結果 と して、

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『 ビー ドル』 は、先 に も述べた とお り、 ある種心理小説 の様相 を呈す ることにな る。 『 ビー ドル』

が 出版 された 1926年 とい う年 を考 え るな ら、奇 し くもモダニズムの時代 に属 し、 その意 味か らいえば、 この作品は、 ヨー ロ ッパか ら遠 く離 れた僻遠 の地 を舞台 として達成 された慎 ま しや かな快挙 と云 えない こともない。 しか も、 その内実 が、底 の浅 い恋愛小説 な どには及 び も付か ない、神 との対話 とい う長 い歴史 と伝統 に接続す る もの となれば、なおさらである。堂守 もア ン ドリーナの遮ゝた りの伯母 も、 その深みへ とどっぷ り首 まで浸か っている。 それは、 ひ とつ に は、貧 しさの悲劇 で もある。 じっさい、作 中においては、農場主夫妻 をは じめ と して、貧 しさ か ら解放 されている人物 ほど、神 との対話 の度合 いは薄 くな る。 といって、軽薄なイギ リス人 の よ うにな りたいわけではない。牧師を「 ジ ョニー」 呼ばわ りす るようでは、 それ こそアフ リ カーナでな くな る。民族 の歴史や伝統 か ら無縁 とな った人間 とは、真 に不幸 な存在である。 だ と した ら、貧 しさがなにほどの もの と云え よ うか。 いや、 む しろプア・ ホワイ トこそ、 アフ リ カーナの正 しい姿 である。子 どもは、荷車 の「後 ろの地面 に膝を突 き」産むのである。 それが 負 け惜 しみでないのは、ハ ンス・ ラ ドマイヤーをみれば解 る。 ア ン ドリーナが彼 をキ リス トと 並 べ称す るのは、無知 の所為 で もなんで もない。彼 こそは、荒野 における信仰 の、絶 え ざる神

との対話 の結 晶にほかな らないか らである。

とす るな ら、 ア フ リカーナに とっての時間 とは、 な によ り古錆 びていて こそ価値 が あ る。

『 ビー ドル』 において過去 が優遇 され る所以 で あ る。 ゆえ に、十数年 まえの出来事 も、現 在 と い う時間のなかで時 々刻 々息づ き、堂守 を、あぃた りの伯母 を苦 しめる。容易 にそれか ら解 き放 たれ ることはな く、ず るず ると引き摺 り続 けてゆ くのであ る。 イギ リス人な どには理解 で きな い生 き方 だが、 これを是 とす るような描写が作 中には幾つ もある。 た とえば、次のよ うな描写 が それであ る。

最後 の皿 が片づ け られ ると、 巨大 な聖書 が主人 のまえに置かれ る。戸棚 の引 き出 しか ら、

ア ン ドリーナが讃美歌 の本 を取 り出す――食卓 に就 いたひとりひとりにそれが手渡 され、 イ ギ リス人 に も一冊配 られた。台所か ら黒人 の召使 いたち も出てきて、戸 口に群 が る。 みんな 部屋 には入 らず、床へ としゃがみ込 む。聖書 が朗読 され、讃美歌 が合唱 され る。 ヤ ンチは、

椅子 か ら滑 り下 りると、祖父 の膝 もとへ と移動 し、夕べの祈 りを唱えた。年季奉公 の召使 い の子供 たち も、戸 日か らまえに進み出て、主人の膝 の ところまで くると、祈 りを繰 り返 した。

「 おお、主 よ、奥様 に従順で い られ ます よ うに」 と、 スパ ッシーが荒れて頃れた声 で祈 った。

「 ご主人様 がお呼 びの とき、急 いで駆 けつ ける ことがで きます よ うに」 と、 クラースが祈 り を捧 げた。 (p.137)

日々の食事 を欠か さないの と同 じよ うに、何世代 に も渡 って営 々と続 け られて きた儀式 であ

る。 同席す る他所者 のイギ リス人 にすれば、鼻 白む以外 なか ったろうが、形式 こそ精神 の裏付

けを成す とい うのは、 い っぽ うにおいて真理 であ る。 あるいは、それが古 けれ ば古 いほ ど、威

厳 は増 す。古 びていればいるほ ど、価値 を持つ。時間 も経験 も同様 とい うわけだが、 そ う した

有 り様 は、 『 リ トル │カ ルー』 の諸短 篇 にお いて も一貫 して認 め られた特徴 で あ る。 まえ にむ

か って生 きるため、敢えて後 ろむきに視線 を走 らせ るという逆説である。 もちろん、ア ン ドリー

ナ もこれの虜 にな っていた。 イギ リス人が彼女 をみて、繰 り返 し「謎 めいている」 と思 うの も

無理 はない。物質的か否か とい う意味か らすれば、彼女 は、及 び も付かない、 あま りに も高 尚

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赤岩   隆   アフ リカ文学 と Oral Literature(8)― 『 ビー ドル』論 一 な存在 だ ったか らである。

た とえば上記 のよ うに、『 ビー ドル』 とい う作 品 は、 あたか も『 リ トル・ カルー』 の諸短篇 をまえ に したかの よ うに、意 図的な読 み直 しを強 く要求す る。 そ うした読 み に従 えば、 イギ リ ス人 の存在な ど、耳障 りな雑音 も同然 とな るのだが、 とはい うものの、 あ くまで もこれ は、意 図的な読 みを行 な った うえで、 は じめてみえて くる作 品の姿 で ある。放置すれ ば、 『 ビー ドル』

は、 イギ リス人 に対す る女主人公 同様、 どこまで もひ弱 な作 品であ り続 ける。 そ うな るのは、

い うまで もな く、 ただの雑音 で しかない存在 をあま りに も前面 に押 し出 しす ぎた結果 である。

しか しなが ら、 そ うで もしない と、作者 に とっては至上命題 とも云え る長篇執筆 が成 り立 たな くな る。水増 しとまでは云 わないに して も、物語 を長 引かせ るための 口実 を必要 と した。結果 と して、物語 に歪みを生 じ、 あるいは、意 図的 に長 さを調節 して物語 を読 む とい った奇妙な負 荷 を読者 に強 い ることに もな ったわ けだが、 いずれ に しろ、 この意味か らすれ ば、 『 ビー ドル』

とは、ず っと短 くて も済 んだ作 品 には違 いない。 けれ ども、 だか らとい って作者 を責 めた りし た ら、 それ こそ酷 とい うものだ ろ う。多少 とも作者 の伝記 を知 っているな ら、 そ うである。 と す るな ら、読者 にできることは、雑音 に惑 わ され ることな く、 あたか も『 リ トル・ カルー』 の 諸短篇 を手 に した とき と同 じや り方 で、 さ らに『 ビー ドル』 を読 み進 めてみ ることであ る。

『 リ トル 0カ ル ー』 の諸短 篇 同様 、 『 ビー ドル』 に も、 モデルが認 め られて い る。前 回 も世 話 にな ったハ ロル ド0シ ュー ブ編纂 の 日記『 シー ク レッ ト0フ ァイヤー』 の 189ペ ー ジに、 そ の記載 がある。文字 どお り「 ビー ドル」 とタイ トルの付 された ご く短 い項 目だが、 あ、た りの老 女 と長年 にわた り奇妙 な同居 を続 ける堂守 の住 まいを訪 ねた話 がそ こに出て くる。作 中の家 同 様、泥壁 の住 まいである。部屋 が三つ あ り、べつ に料理 のための小屋があるの も、粗末 だが隅 々 まで小綺麗 にされている点 も、物語 と同様 である。姉妹 のひ とりは、 と りわけ恥ずか しが り屋 の性格 で、 その点物語 の登場人物 ヤ コバ によ く似 ている。堂守 は不在 だ ったが、 それ につ いて も話 を聞いた。話 によれば、何年 もまえの こと、彼 は姉妹 のひ とりと婚約 したのだが、反対が 生 じたので、結婚 はあき らめ、代 わ りにあゝた りと同居す るよ うにな った とい う。 そ して、以来 ず っと、姉妹 のいずれ に対 して も、 つね に乱暴 な態度 を取 り続 けているとい うのだが、理 由は 欠 けて い る ものの、 これ らの点 において も、物語 の設定 とびた りと重 な る。

『 ビー ドル』 の物語 は、 その よ うに始動 した。つ いで にな された よ うな取材 だ ったが、強烈 な印象 に作者 は取 り憑 かれ た。 1913年 の ことであ る。以来十数年、不思議 な堂守 の話 は、熟 成 され、一篇 の物語 の核 を構成す るに到 った。欠 けてい る理 由が補填 され、物語 に必要 な肉付 けがな されて い った。 なにゆえ堂守 は結婚 をあき らめたのか。反対 とは どのよ うな障碍 だ った のか。等 々。 か くて、実在 しない末 の妹 が想定 され る。 これがあ、た りの姉 と堂守 を巻 き込 む事 件 を引 き起 こす。 もちろん、事件 は恋愛沙汰 でな ければな らなか った。母親 は死 んで しま った が、厳格 な父親 はなお も健在 である。家系 は、物語 中 リンダおばさんが半分捏造 しなが ら説 く よ うな、 由緒正 しい ものであ る。

… ステー ンキ ャンプ家 は、 いまは ご く貧 しい家族 だが、先祖 は 18世 紀 の は じめ に植民地 へ と移住 して きた教師だ った。 その最初 のステー ンキ ャンプが教 え るだけでな く、説教 もし

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た とい うのは、大 いにあ り得 ることである。 き っとそ うだ ったに違 いない。 したが って、彼 は牧師だ った と云 った ところで、 おそ らく間違 いではないだろう。 だ とした ら、牧師の子孫 に対 して、 どんな難癖 が付 け られ よ うか。 いか に貧 しい とはいえ、 それで もなお彼女 らは牧 師の子孫であ り、 とい うことはつ ま り、良家 の出だ とい うことなのだか ら。 (p.70)

あ るいは、

…彼女の先祖 である牧師のステー ンキ ャンプは、 その名前が植民地 の歴史 を綴 った書物 に 出て くる人物 で ある。 じっさい、 その名前 は、オ ラ ンダ東 印度会社時代 の植民者 の名簿 に も 載 ってい る。

(p◆

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現 時点での貧 しさと、 それ と裏腹 に誇 り得 る家系 の立派 さ。 これ こそ、 ア フ リカーナに とっ て、 アイデ ンテ ィテ ィの核心部分 を構成すべ き もののひ とつである。 そ こか ら起動 しては じめ て、物語 は特別 の意味 も価値 も持つだろ う。

最初期 の『 ビー ドル』 は、以上 のよ うに想定 されていたに違 いない。 ここか ら長 篇小説 への 道 が は じま った。恋愛沙汰 の延長線上 にア ン ドリーナが産 まれ、成長 し、 いまや大人 の仲 間入 りを しよ うと している。 そ こに他所者 のイギ リス人が登場 し、彼女 は母親 と同 じ道 を歩 み出す。

文字 どお りの因縁諄であるも過去 の物語 と現在 の物語 が重 な る。 もちろん、主役 は作 品が想定 された順序 に したが って、前者 が務 め るべ き ものであ る。後者 は、 けっして直接具体 的 には語 られ ることのない前者 の物語 を、 暗示 し投影 す る役 目を背負 う。読 まれ るべ きは、 あ くまで も 主役 たる過去 の物語 なのだが、 むろん、 そ ううま く事 が運ぶわけ もな く、現在 の物語 が、主役 の地位 を脅か しは じめる。物語 に葛藤が生 じ、 とりわけア ン ドリーナの性格か らは、積極性 が 徹底 して剥奪 され る。 ある意味 どっち付かず のまま物語 は進行 し、恋が破綻 し、 ア ン ドリーナ は妊娠す る。 ここまで くるのに、 じつ に物語 の四分 の三以上 がすでに経過 している。 あ とには 長篇小説 を成 り立 たせ るのに十分 な量 の原稿 が残 された。 ここに到 って漸 く現在 の物語 は過去 の物語 に追 いつ く。 いわばこの時点か ら、『 ビー ドル』 の物語 は、長 い準備 を終 えて真 には じ め られ ることにな る。道 な らぬ恋 と、 その証 にほかな らぬ不義 の子。男 に棄 て られてのち判 明 す る妊娠 と、 出産。 ア ン ドリーナはそれを どのように切 り抜 け、あるいは、そ もそ もア ン ドリー ナの母親 は、 どの ようにそれを切 り抜 けよ うと して失敗 し命 を喪 くしたのか。

S、

たつ の物語 を 結 びつ けることので きるただひ と りの人物 である堂守 が、長す ぎる待機 を経 て動 き出す。 ここ で長す ぎる待機 と苦情 を呈す ることがで きるのは、『 ビー ドル』 とは、 もともとは、奇妙 な同 居 を続 けるひ と りの堂守 の物語 だ ったはずだか らであ る。 その堂守 が、 自分 こそはア ン ドリー ナの父親であると告 白す る。 その場面か らあ とが真 の『 ビー ドル』の物語 を構成す る。すなわ ち、 4部 構成 の最終部 の、第 6章 の終 わ り以 降 とい うことになる。本稿の使用 しているテ クス トで いえ ば、残 されたペー ジは、 わずか 20ペ ー ジ程度 にす ぎないが、意義深 くも、 その頁数 は、一篇の短篇小説 を構成す るのにち ょうどよい長 さで もあ る。

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以上 の よ うに、『 ビー ドル』 とは、 じつ に奇妙 な長篇小説 である。長す ぎる短 篇小説 と云 え

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赤岩   隆   アフリカ文学と Oral Literature(8)一 『 ビー ドル』論―

ない こと もないのだろうが、 ほん とうにそれだけだ ったのな ら、 出版 当初 の好評 を受 けること もなか っただ ろ う し、 いま現在 もそのテ クス トがペーパ ーバ ックで手 に入 るとい った状況 もな か った に違 いな い。 よ うす るに、『 ビー ドル』 には、 それ以上 に論 じられて当然 のな にかがあ るとい うことなのだが、 したが って、本稿 も、残 りの頁 を使 って、 いよいよ物語 の核心部分へ と踏 み込 む ことにな る。

解 ってい るの は、堂守 の告 白、 あ るいは、 その前後 か ら、物語 は真 に始動 しは じめ るとい う ことであ る。 グ レー ト0カ ルーの農場 に去 ったア ン ドリーナか ら手紙 が届 く。珍 しくも、 ヨハ ンナではな く、 ヤ コバ に宛 てた手紙 である。堂守 はそれを携 え、彼女 を捜 しにゆ く。彼女 は果 樹 園でみつか り、堂守 は彼女 に手紙 を手渡 す。 かつての求婚相手 にほかな らない彼女 であ る。

奇妙 な同居 をは じめて十数年、 モデル とな った堂守 同様、 む しろ冷 た く、 ぶ っき らぼ うに扱 っ て きた。姉 の ヨハ ンナ とは、 もとか ら犬猿 の仲 だ ったが、妹 のヤ コバ とは、心通 わすなにかが あ って も奇異 しくない。 ところが、 じっさいそ うな っていないのはなぜなのか。 いまひとつは っ き りしないのは、 あ、た りの姉妹 が どこまで堂守 の秘密 を知 っているのか とい うことである。す なわ ち、あゝた りが堂守 の共犯者 か否 か とい う点である。 この点の曖味 さが、堂守 とヤ コバ のあ いだを妙 な具合 に疎遠 に している。 モデル との関係 を考慮 に入 れれば、 この謎 が もともとのエ ピソー ドの最深部 を占めているはずであ る。 あ るいは、 それゆえにこそ、 あえて謎 は謎 のまま 残 された とい うことなのだ ろ うか。 いずれ に しろ、 その結果、物語 の進行 を遅 らせ るのには思 惑 どお り役 に立 っているのだか ら。

問題 の手紙 は、 ア ン ドリーナが ま さに どん底 か ら救 いを求 めて書 いた手紙 で あ る。苦 しい胸 の裡 を理解 して くれ るのはヤ コバ しかいない と、涙で文字 を滲 ませなが ら書 いた手紙 であ る。

だが、貴重 この うえない この手紙 を、 ヤ コバ は 自由に読 む ことがで きない。以前 か ら具合 のよ くなか った心臓 が、最近頓 に悪化 し、苦痛 で文字 を追 うことができなか ったか らであ る。苦痛 に堪 えなが ら、拾 い読 みをす るよ うに彼女 は手紙 に 目を通 してゆ く。 だが、手紙 を書 くア ン ド

リーナの ほ うも、読 み手 に劣 らず、平常心 か らは遠 く離 れた精神状態 にな っている。 ただで さ え解 りに くい文面 が、心臓 の痛 み と相侯 って、 いよいよ解読 で きな くな ってゆ く。幻想 に急 か されたヤ コバ は、大急 ぎで ヨハ ンナを探 し出 さな ければ と思 う。 ヨハ ンナ と堂守 との仲違 いを なん と して も解消 しなければ と思 う。心臓 のためには避 けなければな らない と知 りなが ら、一 刻 も早 くと彼女 は走 った。果樹 園を出て、 ヨハ ンナの腕 のなか に倒 れ込 む。 そ して、譜言 のよ

うに切 れ切 れの言葉 を口に しなが ら事切 れ る。

この手紙 と同 じ便 で、農場主 の妻 に も息子 か ら手紙 が届 き、 ア ン ドリーナが不義 の子 を身籠 もって い ること、父親 を捜す と云 って 自分 たちの もとを秘か に去 った 旨知 らせて くる。悲劇 の うえの悲劇。恥 の上塗 りとも云 え る。折悪 しく感謝祭 と時期 が重な っていた。事 は集 ま って く る人 び との好奇心 を掻 き立 て る。 ヨハ ンナ と堂守 の和解 とい うヤ コバ の望 みは叶わないが、代 わ りに、牧 師の説教 に促 され るよ うに堂守 が告 白す る。「責 め るな ら、 ア ン ドリーナでな くわ た しを責 め るがいい」。「 わた しが犯 した罪 に比べれば、 ア ン ドリーナの犯 した罪 は ものの数 で はない」 と。 自分 はヤコバ と結婚す ることにな っていた。 に もかかわ らず、 その妹 か ら、与 え られ るはずのない ものを奪 い取 った。 ア ン ドリーナの父親 は 自分 であ る。母親 が男 に棄 て られ たの はその所為 であ り、 出産 に際 して母親 が死 んだの も、 わた しが犯 した罪 の所為 なのだ と。

もはやハ ーモニーの農場 に用 はない。荷物 をま とめ住 み馴れた家 を堂守 はあ とにす る。 これ まで は表立 ってで きなか った親 らしい援助 を、思 う存分我が子 に注 ぐために。 そ して、 ここで

一 H一

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も、不思議 とキ リス トが顔 を出す。

…なお も身体 は壮健 だか ら、 どこに住 む ことになろ うとも、娘 と孫のために働 くことがで きるだろ う。罪 を告 白 しなか った所為で、神 は どんな犠牲 もお受 け取 りにな ろ うと しなか っ たが、御子 であ る世 の贖 い主 に免 じて、 いまはわた しを憐れみ下 さ り、 こう して働 く力 を付 与 して下 さる。 (p.184)

あゝ た りの姉妹 に負 けず劣 らず、堂守 の信仰 もまた、 旧約的 に凝 り固まっていたはずであ る。

それが、最後の最後 に到 って、 キ リス トに支 えを求 める。 同 じころ、遠 く離 れた荒野 で は、我 が子 が同様 にキ リス トをみつ けだ していた。 これ はただの奇遇ではないだろ う。 これ によ り、

現在 と過去 のバ、 たつの物語 が、現在 と過去 のバゝたつの罪 が、救 い と新生 の大 いな る見込 み とと もに、切 って も切 れない関係 を結ぶ ことにな るか らであ る。一体化 と云 って もけ っ して過言 で はな い関係 である。長 い手続 きを経 て、『 ビー ドル』 が、作者 のポー リン・ ス ミスが、達成 し たい と望んだのは、 じつ に この一体化 にほかな らなか ったのである。

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『 リ トル 0カ ル ー』 の諸短 篇 同様、 『 ビー ドル』 に もモデルが認 め られ る。 ほか に も必要 な 条件 は十分 に揃 ってお り、 したが って、普通 な ら、 これを起点 に して一篇 の短 篇小説 に仕上 げ ればよか ったわ けだが、懸案 の長篇小説執筆 とい う内な る要請 に従 い、作者 は勇気 を出 して冒 険 に乗 り出す ことにな る。 とい って、作者 には、 それを果 たすための特別 な小説作法 の準備 が あ るわ けではなか った。身 に付 いているのは、一連 の短篇小説 の執筆 を経 て習得 した手法 のみ であ る。 これは、取材 を通 じて、忘却 の淵 に沈潜す る声 を丹念 に拾 い上 げ、 それ に形 を与 え る とい ったや り方 で成立 した作者独 自の手法 だ った。 なによ りそれ は、 oral literatureと の接触 な くして成 り立 ち得 ない ものだ ったが、 もちろん、 日前 の冒険 において もそれ は生 か されなけ ればな らなか った。 とはい うものの、 そ っ くりそのまま採用 したのでは、長篇小説執筆 に通用 しないのは 目にみえている。 そ こで、作者 が採 った苦 肉の策が、遅延 とい う方法 だ った。 これ によ り、短篇小説 の実現 を遅 らせ るのであ る。遅 らせたぶんだけ、作品 は長 くな るとい うわけ だが、 むろん、実行す るのは、 日で云 うほ ど簡単 な ことではない。 その機微 を最後 にま とめて お くことに しよう。

ひ とつ には、物語 は、 まさに一行 めか らは じま っていなければな らない とい うことである。

その緊張感が、短篇小説 と して、 どこまで も維持・ 継続 されなければな らない。 そのため、作 者 は、主人公の出生 の謎 とい うひ とつの興味を措定す る。 しか も、関係者 の 口を巧妙 に塞 いで、

容易 に秘密が露見 しないよ うに した。 そのや り方 が巧妙 だ ったのは、 当事者 それぞれの性格 や

生 き様、信仰の有 り様 にまで事情 が絡 むよ う、設計 されている点である。緊張感 は、 自ず と維

持 されな ければ意 味がない。 この点、思惑 は有効 に機能 した。 とはい うものの、 日を塞 いで い

るだ けでは、物語 は沈滞す るばか りである。 そ こで、 いわば狂言廻 じと して登場す るのが、 イ

ギ リス人 である。苦 肉の策 といえば、 む しろこち らのほ うか もしれないが、幸 い、成功 してい

る先行作品が手近 に存在 した。 た とえば、前 回の議論 において も言及 した、オ リー ヴ・ シュラ

イナーの『 アフ リカ農場物語』がそ うである。 それにおいて も、 ボナパル ト・ ブ レンキ ンズ と

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赤岩   隆   アフ リカ文学 と Oral Literature(8)一 『 ビー ドル』論 ― い う、 軽 薄 この うえな いイギ リス人 が 出て くるの だが、 その年 み に倣 お うと した。 狂 言 廻 しで あ る以 上 は、 物 語 に どん な深 い傷 痕 を残 す こ と もな く、 いず れ舞 台 か ら退 場 して ゆ く。『 ビー ドル』 にお いて は、遅 延 に資 す る役 割 を そ う した他 所 者 =イ ギ リス人 に負 わす こ とが で きた。

す な わ ち、 ア ン ドリー ナ に子 ど もを身 籠 も らせ る とい う役 割 で あ る。 oral literaturcら し く、

いわ ゆ る因縁 諄 が作 品 の根底 に想定 され て い る以 上 、 いず れ誰 か が果 た さな けれ ばな らな い役 割 に は違 いな か ったが、 それ が単 な る役 割 で しか な い証 拠 に は、 イ ギ リス人 本 人 は、 そ う とは 一 切 知 らぬ ま ま本 国へ と去 って ゆ く。『 ア フ リカ農 場 物語 』 の ボ ナパ ル ト 0ブ レ ンキ ンズ が ま さにそ うだ った よ うに、所詮狂言廻 しは狂言廻 しにす ぎないか ら、 それ に頼 るの に も限界 が あ っ て 当然 で あ る。 この点、 結 果 か らみ れ ば、『 ビー ドル』 の作 者 も見 切 りを誤 った とい うほか な いが、 同時 に事 態 が取 り返 しよ う もな く悪 化 す る こ とが な い よ う手 を打 って もい る。

ひ とつ に は、 対 比 とい う手段 で あ る。 イギ リス と南 ア、 あ るい は、 リ トル 0カ ル ー。 イギ リ ス人 とア フ リカー ナ。 そ う した対 比 には、 む ろん、 支 配 と被 支配 とい うよ り現 実 的 な敵 対 関係 が荷 担 す る。 い うまで もな く、 悪 役 は狂言 廻 しの ほ うだが、 ポー リン 0ス ミス とい う作 家 が こ の種 の対 比 を得 意 とす る こ とは、『 リ トル・ カル ー』 の諸 短 篇 にお いてす で に実 証 済 み で あ っ た。『 ビー ドル』 にお いて も、 た とえ ば先 に紹 介 した食 後 の祈 りの場 面 の 引用 が示 す とお り、

意 図 的 に過 去 や伝 統 に重 きを置 いて、 あ たか も近 代 以 前 を礼讃 す るか の よ うな描 写 が幾 つ も散 見 され る。 そ う した描 写 を成 り立 たせ る後 ろ向 きの視 線 の有効 性 につ いて は、 前 回 の議 論 にお いて詳 し く述 べ た とお りだが、 それ が こ こで もうま く機 能 して、 狂言 廻 しの軽 薄 さを 中和 す る の に成功 して い る。 しか も、 この手 法 は、 それ 自体 で ひ とつ の イデオ ロギ ー を構 成 して い る と 云 え な い こ と もな いか ら、 その意 味 で も、 中和 の効 果 は よ りい っそ う促進 され る こ とにな った。

た だ し、 描 写 は あ くまで も描写 で あ り、 どん な に優 秀 で あ って も、 断片 的 に しか物 語 に貢献 で きな い。 そ こで、 そ う した弱 み を補 完 す べ く、 さ らな る手 段 が採 られ る こ とにな る。

先 に も述 べ た とお り、『 ビー ドル』 の物 語 の 時 間 は、 春 の サ ク ラメ ン トと冬 の感 謝 祭 に よ っ て、 最 初 と最 後 が切 り取 られ て い る。 いず れ も、 ア フ リカー ナ に と って は、 アイ デ ンテ ィテ ィ の根 幹 に関 わ るよ うな儀 式 で あ る。 しか も、 それ らは、 時 間 の面 か ら物語 を制 御 す る もので あ るか ら、 断 片 的 にな らざ るを得 な い とい った描 写 の弱 み とは、本 質 的 に無 関係 で あ る。 自ず と 備 わ った、 そ の よ うな好 条 件 の もと、 物 語 の時 間 の最 終 的 な支 配 権 は、 つ ね に 自陣 に確 保 す る こ とが で きた。 くわえて、上 記 の描 写 とい う手 段 と手 を携 え るよ うに して、 た とえ ば、 次 の よ うな、 あ たか も『 リ トル 0カ ル ー』 の諸 短 篇 を思 わす よ うな、場 面 の提示 に も成 功 して い る。

少 々長 くな るが、 ここは原 文 の ま ま引用 して お こ う。

In the church̲land,and round about itin the open veld,they Outspanned,pitched thcir tents or spread thcir wagOn― sails,and built their fires for coffec― rnaking.  ハ1l had brOught with them provisions 10r their stay:coffee,biltong,dried rusks in little kidskin bags,husked and pounded mealies for pap,rneal for griddlc― cakes and salted goat― ribs to brander On the coals Of their wood― fires. Bclow each cart and wagon hung a threc―legged pot,a big black kettle,a w00den cask for water,a folding stool strung with thongs Ofleather. Many brought with thern alsO,On swinging bed― frames strung with lcather, thcir feather beds and pillows, and their gay patchwork quilts.

In the Aangenaarrl vaney,cut off from both Platkops dorp and PrincestOwn villagc,rnen and

‑13‑一

(14)

women still retained many ofthe old customs which had already died out elsewhereo Hcre the older men still rrlight be seen wcaring kidskin trousers and soft,widettbrirrlmed felt hats,while the women, like  ohanna and JaCOba steenkamp, wore black calico gowns over many

petticoats,and black calico sun― bonnets called kaJeSe veld― schoen were worn by all alikc,and but for their veld― schoen the fect of lnany were bare. AInong the younger people coloured prints were slowly corrling into fashion for the women and girls,and cord trousers and cloth waist̲coats for the men. With their coloured prints the women wore stif■ y starched plain white sun― bonnets,like miniature wagon― tcntse rrhe rrlaking and cording of these sun― bonnets, the starching and irOning, was a work of art needing long practicc. Only the wives of the wcalthier farmers,and only the most daring ofthese,worc hats。 (p.54)

サ ク ラメ ン トを受 け るた め、 ほ うぼ うか ら集 ま って きた人 た ちの描 写 で あ る。 サ ク ラ メ ン ト とい う時 間 と、 伝 統 あ るい は古 き良 き時代 とい うイ デオ ロギ ー の結 合。 下 石 二 鳥 とは、 ま さに これ で あ る。

そ の よ うに して巧 み に作 者 は短 篇 小 説 の進 行 を遅 らせ て ゆ く。 そ して、 先 に述 べ た よ うに、

イ ギ リス人 =狂 言 廻 しの退 場 と と もに、 い よい よ遠 慮 な く短 篇小 説 の完 成 へ とむ か う こ とにな るわ けだが、 その詳 細 につ いて はす で に論 じた とお りで あ る。 か くて、 と りあえず の緊 張感 は、

一 行 めか ら維 持 され た ま ま、 物 語 は結 末 へ とむか って ゆ く。 それか らす れ ば、 試 み は成 功 した とみ な して よ いの だ ろ うが、 そ う した緊 張感 の正 体 とは、 い うまで もな く、 短 篇 小 説 の それ で あ り、 いか に上 記 の よ うな重 ね合 わせ =一 体 化 が奇 蹟 的 にな され た とは いえ、 こ こで も自ず と 限界 が あ って 当然 で あ る。 そ の な に よ りの証 拠 が、 ほか で もな い、 作 品 の タイ トル に現 わ れ て い る。 タイ トル が、「 ア ン ドリー ナ」 で な く「 ビー ドル」 で な けれ ばな らな か った の は、 作 品 化 す べ き もと もとのエ ピソー ドの所 在 が、前者 で な く後者 にあ ったか らに ほか な らな い。 『 ビー ドル』 とい う作 品 の正 体 が、 見 た 目の長 篇 小 説 で は な く、『 リ トル 0カ ル ー』 の諸 短 篇 同様 、 短 篇 小 説 で あ る こ との動 か ぬ証 拠 と も云 え るだ ろ う。 同様 に、 そ こま で取 材 =oral literature 的要 素 の イ ンパ ク トとい う もの が、 この作 品 にお いて も強 か った と云 え るの だ ろ う し、 作 者 が

自身 の強 み に対 して ど こまで も忠 実 だ った と考 え る こ と もで き るだ ろ う。 oral literatureと の 関係 か らす れ ば、 『 ビー ドル』 の場 合 、 『 リ トル・ カル ー』 とは違 い、 一 筋縄 で は ゆか な いが、

む しろそ こに こそ作 者 の並 々な らぬ献 身 と骨 折 りの跡 を み るべ きだ ろ う し、 ハ ロル ド 0シ ュー ブ編纂 の 日記 にお け る短 い記述 と、一 冊 の書物 と して完成 され た『 ビー ドル』 とい う作 品 との、

気 の遠 くな るよ うな距 離 を慮 るべ きで あ る。 そ して、 そ う した距 離 を越 え な が ら も、 な おかつ oral literature的 出 自を物 語 に生 か し続 けた快 挙 に心 か ら快 哉 を送 るべ きだ ろ う。

参考文献

Smith,Pauline.1989.動 θ

 Bθ

αグル .David PhiliP,cape Town&Johannesburg。

― ¨ ― ― ― ― ― ― ¨ ― ― ― ― ― 中 ― ― ‐ ― ― ― 。  Harold Scheub,ed. 1997.Sec餃 グ

J¬j″

. Univ.of Natal Press,Pietermaritzburg。

参照

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