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茨城大学教育学部学校保健 内 山   源

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Academic year: 2021

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(1)

における理論モデルの必要性とその検討

茨城大学教育学部学校保健 内 山   源

1.は じ め に

現実の保健教材との関連について追求し,問題点を明らかにしてみよう。

そこで,これまでの論文の主なものについて簡単に触れ理解のたすけとすることにしよう。保健教 育内容の選択・構成の原理・基準は次の図1に示すとおりであるが,これは教育内容を構成する際,

「何から」選択してくるかということと「どのような基準で」「何を」選択するかが主要な問題とな るため,その関連を示したものである。

すなわち,我々が学校教育というフォーマルな教育の場と条件の中で,保健教育を実践する場合,

我々の家庭,社会,環境における無限の健康,安全,災害等の諸現象・諸事実に関する情報や知識を,

それが科学的な成果とされる場合でも直接的に教育内容に導入するわけにはいかない。

そこには必然的に教育的な情報知識の選択が要求されてくるのである。というのは選択なしに保健 の科学・安全の科学とそのまま教育内容とするならば先ずその臓大な量において,そして次には多様      ℃

ネ質において,そして次には多様な質において教育・学校教育における意図的計画的な教育は成立し 得ないということになるからである。

つまり,教育においては,学校教育においては,その対象となる学習者の条件があり,教授の条件

・内的事項の条件があるからであり,また,外的事項の条件が関連して,学習時間量等を規定してい るからである。

そこで,「選択する」という作業をすすめる場合の教育的配慮が不可欠となり,選択基準。原理の 設定が必要となってくるのである。

図1 保健教育内容の選択。構成の原理

A      B      C       D

①保健・安全に関する科学知馳

ケそ鱒理

臨参禽罐}⇒〔護袋綴案 囎嘉野 心身髄購 B豪青働

激劇 ∫ r

亀)教授・孚習理諭

負撫ω仁(3欝測 b)教青価値,目的論

④国昆的,人類的腺魍から@昌 一ド

  Sochh路α且8と飾。i●1 re蓋ono●

梭ナ的縦軸

(保健教育内響のTi鵬hの

(2)

図1の横軸4基準はそれらをそれらの関連を示したものであるが,これらの各基準の内容について の説明は部分的にしかなされておらず,前報では基準①の概念図式・思考枠・モデルについて,理論 枠・モデルの有すべき条件と現実の各種モデルとの関連について簡単に検討した。

しかし,ここでは,個々のモデルないし概念図式について分類し,それぞれのもつ問題点と教材構 成との関連には殆んどふれることができなかった。選択・構成の原理基準①には(a)の他に㈲の構造図 式があるが,ここでは(b)の理論的な検討にはふれず,(a)の検討と具体的な保健教材・保健教材領域構 成との関連についてふれてみることにしたい。

2モデルの意味及びその機能と保健教育内容研究との関連について

保健教育内容の理論枠ないしモデルのもつべき条件を上げる前に,少しばかり「モデル」の機能に ついて述べることにする。

先ずモデルの意味であるが,これは「型。模型浮本,繭乳されており,さらに詳しくは「一

般には,客観的実在や科学のある一完の領域におけるもろもろの対象,性質,関係が,その同じ領域 あるいはその他の領域における比較的見通しのよい構造と類以関係において,模写されたものを意味 する。模型ともいわれる。………理論的モデルは科学方法論のうえでもっとも重要なものであって,

蹴讐1卑欝鞭確購塗難驚鰍離重騨して全体的

つまり,「保健の科学におけるモデルとは,模写の対象が①保健,安全の現象であれ,②認識の体 系・知識理論であれ,③認識,探究のアプローチの過程であれ,それを原型として,その原型を構成 する要素及び要素間の構造を提示するところの写像である」と定義してよいであろう。

したがって,保健現象,安全現象のモデルもあれば,そのモデル,理論のモデルもあるわけであり,

モデル発見,創造に至る探究,認識過程のモデルもあり,また,それを原型とするならば,そのモデ ルも存在するわけである。つまり,モデルのモデルということになる。

そして,これらの中には,保健安全の諸現象を全体的統一的に模写しようとするマクロなモデルも あれば,ごく細み部分の事実を説明するたあ部分的な中位モデルや局所的小位モデルも考えすること が可能なわけである。

さて,次はモデルの機能であるが,これについてはA.Tafskiが分類を行なっている。すなわち,

①理論構成(theory formation)②単純化(simplification)③還元(reductron)④伸展拡大

(extension〕⑤十全化(adequation)⑥説明(explanation)⑦具体化(concretization)⑧全体化

(globalisation)⑨行動化(action)⑩実験(experimentation)である。

A.Tarskiがこのようにモデル機能を一般的に捉えているのであるが,ここではこの内容の説明 に一一触れないことにしても,これらの機能を認めるとすれば,保健,安全の科学・技術領域におけ るモデル・概念図式に如何ほど適合するかを検討することも必要であることと思われる。また,モデ ル機能の適合性の検討というよりも,これらの一般的モデル機能を基準において,保健,安全の科学

・技術領域において,個々に殆んど構造的連関を意識せずに存在し,使用されているモデル群,そし

てこれらの中から保健教育教材として個々ばらばらに採用されているモデル群等を追究検討すること

は一層,保健教育研究にとっては重要かと考える。

(3)

領域において十分に適合し得ない部分があるとしても,他の学問領域では,例えば物理学,工学等の 領域では十分にその機能を発揮し得ているとすれば,この点については改あて緊急に問う必要もない

ものと思われる。

そこで,先述のとおり,このモデル機能の分類を基準においての,われわれの関与する保健安全の,

特に保健,安全教育の教育内容・教材として用いられている,しかもそれはこれらの諸機能に関して の検討もなく,ましてや,そのようなことであるからこそ,モデル間の関連構造など意識もされずに,

教材領域ごとに適当に採択されたものが存在するので,これらの点を追究検討することが重要と考え るのである。

つまり,どのモデルはどの機能を有するものであり,何の機能が欠けているか,さらにその機能を 果すに当っての有効性は,等といった検討である。

さて,モデルの保健教育領域における必要ないし,重要性であるが,保健,安全現象や諸事実に関 する認識とか保健,安全の科学技術に関する情報,知識体系・理論の認識においても,われわれ「モ デル」を用いて理解認識・学習することが多い。

また,そうであるからこそ数限りないほどのモデル群を,人間はその認識方法の一つとしてもち,

複雑で混沌とした認識の対象を「より直観的に簡明,単純に理解でき,しかもそれによって対象の操 作を可能にするもの」として発見し,創造したのである。

モデルについての認識論的検討はこれまで多くなされており,きわめて興味を呼ぶ領域でありテー マであると思われるのであるが,すなわち,保健,完全教育内容の選択・構成原理及びこれに関わる 学習・教授活動において「モデル・概念型」の果する役割の認識論的及び教育・発達的認識論上の追 究と検討であるが,ここではふれないで先い進めることにしよう。

a保健教育領域におけるモデル論

 保健教育関係でモデルの重要性を長い間一貫して提唱している人に,保健教育研究者として著名な        ⑧Hd職rd S Hbymanがいる。彼は1965年のthe Journal of School Healthにおいて,「An

ecologic m⊃del of health and Disease」を発表し,その後も1971年の同誌にも「Human

?メB1。即and Health。ducati。n&提唱し,そして、974年1こはもっと包括的に,緬的1こ

「M⊃dels of H血1an nature and their impact on health education」を示し,その中で,

Systematicmodelsはuseful conceptua1なtoolsであるとし,その価直は多くの分野で広く 理解されてきていると述べている。そしてSystematicmodelというものは科学的知識や類比的思 考,直観的洞察,審美的感覚,知的総合などに裏付けられた概念構成体(Construct)であると述べ ている。

さらに,モデルというCoustrucUま,これが構成されないでいるとしたら混沌とした意味のとれな いものが,このモデルによって未発達な関係を理解することもできるし,理論化も,考究することも,

探究することも,可能となるものであるとして,「我々は健康や健康教育の相互関連的モデルの開発

が,人間本性の現代的モデルと関連づけて必要である」と述べている。

(4)

ここでは人間性を全体的包括的に示す①The christian modelからThe psychoanalytic一 mode1及びThe Behavioral model,The Humanistic model,The Existential mode1,

The ecological modelまで論及され,これまでの主張を一貫してecological modelが保健教 育においてpanaceaでないことを認めながらその重要性を説いている。

もっともHoymanは保健教育において保健のmodelとしてecological modelが如何に重要であ るかを説き,そこで自己の主張するモデル図式を紹介はするが,そのモデルとしての内容については モデル論的に詳細に検討追求はされていない。つまり,先述のモデルの「機能」とか「有効性」から の自己の提唱するモデルの検討である。

この点については既に筆者は日本学校保健学会において発表したのであるが,後に新たな検討も含 めて論及することにしたい。

ところで,このような先駆的Hoymanの優れた保健モデルの提唱があるにも拘らず我が国では,こ のことについての反応は全ぐといってよいほどみられず現場では相も変らずの保健習慣形成の実践が 進められており,認知的側面でもこれといった前進はみられず表面的表層的現代化論がブーム現象と して通過してしまったかに見えるのである。一方,研究者はとみると,この種の研究に対する冷淡さ はつきもののようで,「学者の絵空ごと」とか「机上の空論」よりも「もっと現物に密着した実践か

らの研究を」をスローガンとしたような研究者集団もあるようで,「現場の実践を 観る目 の重要 性,必要性を忘れたかのような」密着した研究もみられるのである。

保健教育内容の研究においても「モデル」が現実の保健教育の実践において有効性をもたないもの であるとしたら,それは現場の現実を離れたものとして「空論」とされても仕方のないことであろう。

しかし,筆者とてもこの点には十分な配慮をもって「机の上だけでモデルをこねまわしている」わけ ではない。

そのたあ,実際に自身が保健の授業を担当しているのである。そして「努力しても,どんな努力を しても,頑張るだけ泥沼に足をとられた感じ」を味あわされているのである。すなわち,保健教材に 関していうなら,理論的連関のない「ばらばら教材」の存在であり,論理・一貫した論理が何である か不明な保健教材,既習・既知概念は何であることが必要であるかも示されぬ保健の科学に,高次概 念やその表現形式である用語・記号の存在,諸概念図式・概念型・モデル間の関連の不明確さなどが それである。

したがって,どんなに時間をさいて同一題材を集中的に教授・学習してみたところで「泥沼に埋没」

の感はまぬがれないのである。このような問題認識なしに,保健教材観なしに,「現場に,子どもに 密着した」ところで「観る目」が自然に生じるわけではない。現場の保健授業をどんなに真面目に観 察し,授業記録をあらゆる最新の機器を利用して情報,データを収集してみたところで,「観る目」

「分析する頭脳」がない限り,情報とかデータは「法則」になり,「理論」になりはしないのである。

「データ,事実をたくさん収集すれば自然に仮設になったり法則になったり,理論になったりするわ けではない」のである。

とすると現場の実践を結合することの重要性は今更いうまでもないが,それのみでにすまされぬ

「理論的構築の方向」での理論化の方向への努力が必要なのである。

その一つに理論モデル構成やその検討があるといってよいであろう。

(5)

むしろ,その重要性において促進したい意見をもつものである。

「学校医としての,衛生学者としての細菌学者としての,薬理学者としての保健教育への取り組み 方」には,現場の保健教育の実践と距離を感じさせる観念的,上意下達的,衛生講話的な「保健教育」

であったことも確かである。その意味では現場の保健の実践との結合を密にすべきことはいうまでも ないであろう。

しかし,このことが,基本となる「理論」を「理論と実践の結合統一」を忘れ,無視することにな れば問題であるということである。

さて論をもとに戻して,保健教育内容面における「モデル」ないし「コンストラクト」であるが,

これを強力的に理論化をはかったものとして上げなくてはならないものにSchool Health Educat一 ion Studyの概念図式がある。

アれはかなり前に森農槍鹸よって部分的に紹介されてはいるが汗騒モデル」としての検

討は全くなされていないといえる。無論,このSHESのtriad概念図式に対してアメリカでは反 論,反証といったものも近年,僅かではあるが発表されている。しかしここでも,筆者の保健教育内 容の選択・構成の原理基準の①のaに位置する「理論モデル」としての,先述の如き考究は皆無であ

り,あるのは,原理基準の③のaに位置する「現実の保健教育実践における評価」からの批判であり,

部分的反証である。

その詳細な検討は別に行なうとして,SHESのtriadに簡単にふれておきたい。

ただ先に述べておきたいことは,小倉教授を初あとする筆者らの研究集団が昭和36年頃保健教材 領域の構成原理としてLeavell&clarkのDiagramが有効であるとしてとらえ,その時小倉氏に よって「5領域試案」が提示されたが,これを上述のような観点でみるとき,先に述べたような理論 モデルの機能を基礎において構成された教材として,限界をみるものの,高く評価すべきものと考える。

というのは,これまでの保健教材の領域といえば「医学における知識体系」の「医学教育における カリキュラム」の「ばらばら写像」といってよいほどの,単眼的保健教材領域像であり,概念的,経 験的,恣意的な産物であったといえよう。それに対して,保健,安全現象の理解,説明の機能を「簡

明単純に,しかも直観的に把握可能なDi agram」を基準して構成されたことは,モデル自体が教材で

(昭和48年の保健教科書において記載された)あることと共に領域構成としても有用であり,有効で , あったわけである。

ところが,アメリカにおいては,我が国でこのDi agramによる教材領域構成がなされている時点前 にも,その後,SHESのTr iad構成までの間は, TUrnerやWnguos,Irwin,mayshark,Haag Andersonらのそれは,筆者らの保健教材の構成観からすれば「ばらばらな生活経験中心主義の保健 教材領域の構成・piecemeal and fragmentary process」であったのである。それが1964〜

@        ⑫1967年のSHESのconceptual aproachにおいて急拠保健教材の構成において,

「a, The un量ty of health,量ts integrated nature, and the interd ependence and

interrelatedness of health problems shou豆d be reflected in the components of

the framework.

(6)

b, Anew pattern for curriculum organization in heaIth edueation could help to identify and Stru℃ture the most representation and significant ideas from the field.」

などといった考え方から,すなわち,認識対象の構造枠の関連要素を反映していることや教材内容構 威における対象領域分野の内容構造を最大に代表する重要な概念・観念を学習せしめるものという観 点において「The triad of Health Education」を提示したのである。

そして,このTr量adは健康教育へのhumanistic appoachを象徴したものであって,人間を身体 的,精神的,社会的次元の関連総体として理解することをねらっており,「成長発達」と「人間の意 思決定による行動」と「人間との相互作用」とを力動的な関係においてまとめたものであるとしてい るのである。

およそ以上に示した考え方から「ACouceptual Model for the Health Education Curric一 ulun」が誕生したということになる。ここでは,これまでのChild centered Subjectやinterest centered eontents, need centered areaなどの保健教育カリキュラムにみられなかった「概念 図式・概念型(Conceptual model)」の概念が明確に打出されている点は,きわあて大きな特徴で あり,大きな労作とみて高く評価したいのである。というのは,このSHESの中の叙述にもあるよ

うにプラグマティズの流れに沿った生活経験中心主義のpiece meal and fragmentalな従前の保健 教育のあり方を超えようとするものだからである。

但し,Conceptual mode1というからにはそれなりの①写像のもつ特性や性能・機能についての考 究や②原型についての説明がなされ,しかも③それらの「論理的連関」が明示されるべきなのである が,Concept as End Resultsと述べておりながらConceptual modelにおける諸概念とそれら の連関はEnd Resu豆tsを示していないのである。

さらに述べるなら,Factors in Background studyでかなりの調査研究をしながら,そしてカ リキュラム構成においてこれらのFactorsの重要性を認めながら,たとえば, the growth and devdopmeut charcteristics of learners, the needs and interests of studentsなど,

Conceptual modelにおける諸概念の構成に,これらがどのように関連づけたかの説明,論理が明白 でないのである。

このようにみてくると,保健教育の内容計画・カリキュラム構成において,その基礎に「概念枠・

思考図式・モデル」が必要であり,重要であることが,ちょうど他の科学領域において多く用いられ ている理論モデルと同じように,保健教育の内容の選択・構成の際にもその原理として考慮されなけ ればならないことが示されるのである。

SHESの詳細な検討は別にしてあるのでここではこれ以上ふれないことにして先に進あるとしよ

う。

4 保健教育内容として考究開発されるべき保健安全モデルの表現形式と有効性

モデル構成において,先述の機能をより効率的に果すためには,モデルのもつ「表現形式」も重要

なものとなる。つまり,モデル諸機能と表現形式とは,それを理解認識したり操作関連づけたりする

際に密接に関連しているということである。たとえば,Aというモデルが数学形式。微分方程式で表わ

(7)

別のCモデルとの関連を求める場合,それが図式で示されているとしたら,別の複雑な関連論理を追 究しなければならないなどということである。Leave l&ClarkのDi agramは保健現象における健 康成立の平衡関係を図示したものであるが,このDiagramと理論疫学(Theoretical epidemi(「一

logy)における感染症に関する流行の数理モデル,たとえばFrost Reedの式との関連や関連構造 における位置をみる場合に,両者に疫学理論・疫学知識体系の中で,或は保健の科学の中で,全く無 関連な独立分離したものか,そうではなく体系的知識の集合体・理論として統合され,位置づけられ るものかなどといった「保健の,保健教育の理論構築」の際に,不可欠で重要なのであるが,この場 合の関連論理が表現決式と関係しているということである。

さて,モデルのタイプであるが,保健安全の科学,保健教育に関するものに主点をおいてみるなら,

①模型・モデル(有形モデル),②図示,図式モデル,③言語,記号モデル,④数学形式モデル,⑤ シュミレーション・模擬実験モデル〈有形モデル)などを上げることができる。

もっとも,これらのモデルタイプは完全に独立したものではなくて,何らかの言語による説明が付 いており,それによってモデル認識や理解が成立しているわけである。したがって図示モデルとか図 示モデルといっても図形表現のみでモデルが成立しているのではなく,これらの中に言語,記号によ るモデル表現がなされているのである。

このモデルタイプ・表現形式に関する設定の基準は,モデルが何を目的として構成されているかに ほゴ規定されるのであるが,これは保健教育の目的,目標に応じてということになるので,これも保 健教育内容構成の原理基準に準じて③の㈲に相当して考察すればよいといらことになる。

しかし,他の基準について考慮するなら,特に基準の②とか③のaについてみると,たとえば Leavell&ClarkのDiagramを用いて教授・学習する際に,これを単なるそのままの②の図式モデ ルとしないで,①の模型モデルに交換して,具体的な天秤模型を作成して,Ho s t要因やAgent要因,

Enviro㎜ent要因の平衡関係と荷重や移動によって,直観的に把握させることカi可能となるわけで ある。モデルの教授・学習上の:有効性は先述したように「単純で明確な直観的理解,認識を助けるも の」でなくてはならないわけであるから,これらの諸点は,③のaの基準において教育実践・実験を 通じて確認されなければならないことである。

保健教育にも保健教材研究という重要な研究領域があり,上記に示したような意味においても新し い教材研究のあり方が問われ,追求されねばならないのである。保健教育における教具,・教育機器に おいても単に理科的亜流の実験実習を体験させるというものではなくて,このようなモデルによる理 解をすすある上での教具等の開発が重要と考える。

参考引 用文献

① 内 山   源;保健教育内容現代化の視点,Vol20,魚8「体育科教育」1972

② 内 山   源;保健教育の現代的課題,Vol22,舩9「体育科教育」1974

③ 内 山   源;保健教育内容の現代化と保健教育内容の選択・構成原理との関連についてp46

一29一

(8)

「第21回学校保健学会講演集」1974

④ 内 山   源;保健教科書批判の問題点,Vo 117,血8 「学校保健研究」1975

⑤ 内 山   源;保健教育内容・教科書内容批判のための基本的観点について 磁8

「茨大教育研究所紀要」1975

⑥ 広  辞  苑;モデル,p2193,岩波書店 1972

⑦哲 学 辞 典;モデル,p1396,平凡社 1975

⑧ Hoyman  ;An ecologic model of health and Disease,March, pllo, J of Sch

He 1965

⑨ Hoyman   ;Human ecology and Health edueation皿, p538, J of Sch He 1971

⑩ 森   昭 三;「健康教育学」p54,迫遙書院 1967

⑪ 小 倉   学;現代教育研究 15,p154〜,日本標準テスト研究会,1969

⑫ S H E S;Health Education, A Conceptra1 Approach to Curriculum

Design, pXiV, 1967

参照

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