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日本食と食品企業の国際化

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日本食と食品企業の国際化

-中小食品企業の海外展開-

宮 下 清 1.はじめに

近年,日本食が世界中に広まり,その人気は継続的に高まっている。しょうゆ,み そ,日本酒などの食材や寿司,刺身,すき焼き,天ぷら等伝統的な日本食は古くから 海外でも知られ一定の評価を得ていただろう。それらの多くは家庭料理などの日常的 な食ではなく,宴会や祝い事などでの特別な食事とされていたと思われる。しかし,

最近の日本食ブームはアメリカ,ヨーロッパなどの先進国やそこでの富裕層向けに限 らず,アジア,中東を含め全世界の一般消費者によるもので,対象となる国,消費者 層,食品の種類などすべてにおいて,1990年代までとは格段の広がりを見せている。

日本食も特別な食事ではなく,日常の食事や食品になりつつある〔(24)〕

日本の代表的な食品企業である味の素は,創業まもない1910(明治43)年,台湾に

特約店,1917(大正6)年にニューヨーク事務所,1918年に上海事務所を開設したよう

に,当初から海外市場を視野に入れていた〔(1):末尾の「参考文献および参考ウェブサ イトURL一覧」の(1)を参照のこと。以下同様〕。第二次世界大戦中,これら同社の海外事 務所はいったん閉鎖されたが,1947(昭和22)年に輸出が再開され,1950年代にはア メリカ,中南米,ヨーロッパ,アジアへと次々に拠点が設立され,海外展開を本格化 させた。またキッコーマンのしょうゆ(Soy Sauce)も1950年代にアメリカ進出,1970 年代にヨーロッパへ進出しており、日本食の国際展開の基盤は1960年代に形成された と考えられる。

近年の日本食の世界的な人気は味の素やキッコーマンのような大企業のみならず , 中小の食品企業や個人経営の料理店,そしてそれらを国内外で利用する多くの日本 人・外国人によって支えられている。また日本食と言っても日本産の食材や日本人が 調理する食品に限らず,外国産や海外でアレンジされたものも増えている。そうした 食品にはインスタントの袋めん,カップめん,うどん,ラーメンを含めためん類,カ

(2)

2 レールーとレストランでのカレー,緑茶,日本酒,ビールなどの飲料,菓子パン,和

菓子,さらにリンゴ,メロン,イチゴといった高級果物などが含まれる。

2010年,経済産業省はクール・ジャパン室を創設した〔(12bis)〕。クール・ジャ

パンの対象商品にはアニメ,コミック,ゲーム,玩具,伝統産業等に加え,日本食も あげられている。このように,日本食の世界進出に向けての環境整備は徐々に行われ ている。そうした日本食ブームをさらに後押しするかのように,2013年12月,和食が 国連教育科学文化機関(ユネスコ)の無形文化遺産に登録されることが決まった

〔(28ter)〕。「和食:日本人の伝統的食文化」としての登録で,食の分野ではフラ ンス料理,地中海料理,メキシコ伝統料理,トルコ伝統料理に続いて5件目である。

これにより日本食の国際的な評価が確立し,さらに2020年の東京オリンピックの開 催も決まり,ますます日本や日本食への関心が高まることが見込まれる。こうした日 本食ブームやそれによる日本食の国際化は日本の食材や農産加工品の売上増,日本食 レストランの顧客増につながり,日本びいきの消費者を増やせる可能性が高い。その 結果,日本への観光客の増加,日本製品の売上げ増,日本の音楽,アニメ,映画など 芸能・文化等への関心の高まりなど様々な波及効果が生じると考えられる。

食材や食品を収穫,加工,また調理,販売する食品や飲食店のビジネスでは,農林 水産漁業によって得られる天然資源がベースになる。農産物の収穫やその加工は作業 効率や品質維持からも産地の生産者や中小の企業・組織で行われることが一般的であ る。中小の企業や団体以外にも農家,個人事業者そして行政や農協などの公的組織の 役割も大きい。本稿では,この日本食に関わる食品企業の国際化,とりわけ海外にも 展開しつつある中小企業や組織を経営学の視点から考察しながら,海外展開における 課題や重要点を明確にしていきたい。

以下,2章では,日本食ブームと食品ビジネスの現状を概観し,食品分野が今後の 日本ビジネスの成長分野であり,重要なビジネス・ドメインとなることを論じる。続 く3章では,さらに食品ビジネスと食品企業の国際化に関する経営学の理論や考え方 を先行研究として提示する。4章では,いち早く世界に進出した食品業界の先駆的企 業の国際ビジネス展開について,その概要と進出の要因を考える。また5章では世界 への挑戦を始めている食品業界の中小企業について考察する。6章では先行研究で示 した国際経営や経営戦略の理論や枠組みに基づき,食品企業とその海外展開について 評価し,海外展開のための課題や論点を明らかにする。7章では評価結果についての

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3 考察と国際化への提言を行い,最後の8章ではまとめとする。

2.日本食ブームと食品ビジネス

2-1. 世界で高まる日本食の評価

1960年代以降の高度成長期に,日本の製品は世界で高い品質を確立し,日本企業は そうした評価を受けて成長し,豊かな社会が形成されていった。日本企業の強みはカ メラなどの精密機器,テレビや冷蔵庫などの電機製品,そして自動車など工業製品の 製造技術や製品品質に発揮されていることはよく知られている。日本企業ではカンバ ン方式やQCサークルなどの生産性や品質を高める経営活動が行われ,高い性能と競 争力のある価格を持つ製品が製造された。このように日本製品はアメリカはじめ先進 国市場で各国の消費者から高く評価されてきた。さらに近年では日本の優れた点が工 業製品の品質だけではなく,流通,サービス,そして食品など多くに及んでいること が注目されてきた。

2011年3月の東日本大震災では避難所や配給所で人々がパニックにならずに列に並 び,助け合っていたが,そうした姿が世界から驚かれ,また賞賛された。史上まれに みる大きな被害をもたらし,今なお復興が続くこの天災の傷跡は癒えていない。しか し,日本人がその伝統と言える長期的な人間関係や集団の和と絆を大切にするという 社会の優れた点を見直すきっかけをもたらしている。

日本食ブームと言われるほど世界で日本食が人気を博したことは,日本人が日本と その生活に自信を取り戻した,もう一つの理由でもあるように思われる。これまでに も欧米をはじめとして世界の健康志向の人々から日本人の生活や食事は注目されてき た。そうした人々の多くは欧米の富裕層であり,彼らが靴を脱いで襖や障子がある畳 の部屋に暮らし,布団を寝具としていることは趣味がよく,また格好良い(クール)

とみられていた。さらにご飯,みそ汁,豆腐,緑茶などの日本食は自然で健康によく,

味覚や風味も好まれている。天然資源である食品と関連し,自然を生活に取り入れる 植木や盆栽などにも高い関心が寄せられている。

海外で日本食の人気が高まっていることは調査結果からも示されている。2012年秋,

日本貿易振興機構(ジェトロ)が中国,香港,台湾,韓国,アメリカ,フランス,イ タリアの7カ国(地域)の消費者2,800人を対象に調査した所,「好きな料理かつ外食

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4 で食べる外国料理は何か」との質問(調査実施国の料理は除く)では,アメリカを除

く6カ国(地域)で日本料理がイタリア料理やタイ料理,中国料理などを抑えてトップ となった〔(21)〕。またその7カ国(地域)全体でも日本料理が21.1%でトップ,2 位はイタリア料理の12.8%,3位はタイ料理の10.5%,4位は中国料理の9.3%,5位 は韓国料理の8.5%となった。寿司・刺身,焼き鳥,天ぷらに加え,アジアやアメリカ ではラーメンが,ヨーロッパではカレーライスが人気である。このように,日本食は 世界中でその評価を高めており,新たな日本の強みになっている。

日本食の評価が向上している ことは海外の日本食レストランの増加 からも示され ている。ジェトロの調査(2010)によると,アメリカの日本食レストランは,2010年に は14,129店で,5年前の2005年(9,182店)の約1.5倍,10年前の2000年(5,988店)の 2倍以上,初回調査の1992年(3,051店)の5倍近くにもなっている〔( 22)〕。この ように日本食レストランの急速な増加を確認することができる。州別には西海岸のカ リフォルニア州が3,963店でアメリカ全体の約3割とトップ,以下東海岸のニューヨー ク州,フロリダ州,ワシントン州,ニュージャージー州が上位を占めている。日本食 レストランはカリフォルニア州とニューヨーク州などには多いものの,100店に満たな い州も27あり,東西の海岸地域とそれ以外の地域ではかなり差がある。

農林水産省(2006)の統計によると,世界の日本食レストランの多い地域は,北米が 約10,000店で最も多く,次いでアジアの6,000~9,000店,ヨーロッパの約2,000店,中 南米の約1,500店となっている〔(27)〕。アメリカ以外で日本食レストランの多いい くつかの国をみてみると,イギリスの日本食レストランは約300~400店あり,直近の 5年で3倍も増加している。現地のファイナンシャル・タイムズ紙では高級な寿司レ ストランから,安価なヌードル店まで日本食レストランは急速に伸びており,2004年 だけで店舗数は20%も伸びたとしている。

フランスでは1970~80年代に日本人や日本企業によって日本食レストランの多く が開業された。1990年代からはそうした日本食レストランや日本料理店で働いた経験 のある非日系人が経営する日本食レストランが急増した〔(27)〕。パリ市内には200

~300店の日本食レストランが存在するといわれ,中でも1区・2区には日本企業による 和食レストランが集中している。日系人が経営する「高級店」と非日系人が経営する

「大衆店」に二極化し,「大衆店」では中華レストランもブームに便乗し,日本食レ ストランを名乗っており,こうした所では衛生管理,食材や調理方法などが日本料理

(5)

5 と異なっていても現地フランス人からは「日本食」と認識されつつあるという状況が

みられる。

同じ農林水産省の統計(2006)によると,中国でも経済成長が著しい上海では飲食業 の売上高は2002年以降,急速に増加し,2006年に上海市内の日本食レストランは200 店以上となっているという〔(27)〕。上海では日本人をターゲットにしたレストラン や現地中国人をターゲットとする日系企業の日本食レストランが急速に展開され,日 本料理から焼肉,ラーメン,ファミリーレストラン,お好み焼き等多様なレストラン が開業している。

中国や台湾では日本式のメニューや調理方法,接客法,店舗デザイン等は「日式(に っしき)」とされ,他店舗とは一ランク上のレストランと位置づけられている。日本 食レストランは個人経営が多く,この中には日本で調理を経験した中国人が経営する 日本食レストランも次第に増えつつあるとされる。さらに,日本人旅行客や富裕層が 多い香港や今後の急速な経済発展が見込まれる北京でも,日系企業等が現地法人を設 立し,フランチャイズ方式による多店舗展開が行われている。

このように日本食の評価は高まり,日本食ブームと言える状況が出来ている。各地 域での現地化といえる日本食の変化もあるが,まず日本食ブームで日本の世界におけ る知名度や好感度があがることは,日本社会や経済にとって好ましいことであろう。

日本食の人気は日本製品の売上げや日本への観光客の増加など多くの面でよい影響を もたらすからである。

2-2. 新たな日本の強みとなる食品ビジネス

農林水産省によると,2009年の世界の食市場(加工食品・外食産業)は340兆円で あり,2020年には680兆円へと倍増が見込まれる〔(28bis)〕。とりわけ中国とインドを 含むアジアでの市場規模は,2009年の82兆円から229兆円へと約3倍に増えることが見 込まれる。これらの予測を踏まえて,農林水産物・食品の輸出額は,2020年までに1 兆円への拡大が目標となっている。

そうした市場の拡大が見込まれるため,特にアジアでより多くの人に日本食の良さ を知らせる機会となっているのが日本食品の見本市である。例えば2013年10月にシン ガポールで行われた日本食品見本市「Oishii JAPAN 2013」は「クール・ジャパン」

として注目されている日本食を広く知らせるための国際的なイベントである〔(7)〕

(6)

6 この見本市は2013年で2回目であり,日本の農林水産品,めん類(ラーメン,うどん,

そば,パスタなど),酒・焼酎・泡盛,飲料,菓子・スイーツ,食器・伝統工芸品の 他に,調理器具,店舗設備,食品機械,飲食店フランチャイズなどが含まれ,日本の 食に関するビジネス全般が対象となっている。初回の2012年には220社・団体が出展し,

5千人以上が来場したという。

同時に農林水産省による被災地産品の輸出回復プロモーション,シンガポール農水 産物・食品輸出ミッション(ジェトロ主催),新潟県酒造組合主催の「Niigata Sake

Festival」等が開かれた。2014年には250社・団体の出展と約6,000人の来場を見込んで

いるとのことである〔(7)〕。初日と2日目は食品メーカー,食品・飲料仕入れ責任 者(レストラン,ホテル,ケータリング,スーパー・百貨店・小売,商社・卸業者な ど),ビジネスオーナー,投資関係者などのビジネス関係者向けであり,最終日の3 日目には一般も入場が可能となる。

シンガポールの見本市のような海外のイベントでは,日本食の品質・魅力,関連ビ ジネスの「ジャパンブランド」を発信し,商談機会の創出,輸出の増大,外食産業の 海外展開促進が図られている。経済成長が著しく,6億人市場というASEANや人口12 億人のインド市場,オーストラリアや中東地域への波及効果も期待できる。このよう に食品やその関連では日本食品を広く知らせ,より多くの日本食の経験者,愛好者を 増やす活動が特にアジア地域で増えている。この背景にあるのは,欧米からアジアへ の経済活動や消費市場のシフト,そして機械や電子部品などの工業ビジネスからサー ビスや農産加工・食品ビジネスへの産業の変化である。

食品ビジネスおよび食品企業の国際化はこれまでは顧客,技術や制度などの制約か ら,海外展開ができる地域や市場は限られていた。しかし,欧米で日本食が本格的に 浸透してきたことやアジア市場で購買層となる顧客が急増してきたこと,さらに日本 の国内市場での成長は期待できないことから,海外市場への展開が期待されている。

その実現のためには商品,技術,流通といった目に見える問題だけでなく,農林水産 業を基盤とする食品ビジネスをどうコントロールするかといった新たな経営システム としての取り組みが求められている。

食品ビジネスは今後の日本社会を継続的に発展させるために大変重要となる分野 である。食品はもちろん,その基盤になる農産品,工芸品等あらゆる日本のものが高 品質であると世界中で評価され始めていることも追い風になっている。日本の食品を

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7 取り巻く気候,文化,日本人の丁寧な仕事ぶり,温かい雰囲気,人々の感性と調和,

それらすべてが日本食の味に反映されている。食品ビジネスは日本の伝統や自然への 回帰,そして再生につながるきっかけさえも与えてくれる。そうした食品ビジネスを 担う企業はどうあるべきか,そしてどのように海外展開を進めるか,それらについて 考える上で経営学の視点が有効になるだろう。

3.国際企業をとらえる経営学の視点

このように日本食が人気を博し,今後の日本では食材や食品に関わるビジネスの成 長が期待される。続く4章では,味の素やキッコーマンなど日本の食品業界の国際化 をリードする企業について,また5章では,規模は小さいが新たに世界市場に進出を はじめた企業を事例として概観する。これらを通して国際化を進める食品ビジネスの 企業が,どのような経営理念を持ち,どのような理由で国際化に踏み切ったのか,ま たどのような商品を開発し,販売に携わっているかなどについて考えることができる。

その後,国際化の理由とその進展段階,経営戦略,競争優位などについて経営学の 理論や枠組みを通して評価分析を行う。そのため,本章では先行研究として企業の事 例に続く分析で用いる国際経営と経営戦略の理論と枠組みについて示しておきたい。

ここで取り上げる国際経営の理論と枠組みは,1.多国籍企業の定義,2.国際化の発展 段階,3.製品・市場戦略,4.企業の競争優位性,である。これらは1960年代から2000 年前後に主張されはじめた考え方であり,アメリカの多国籍企業それも製造業の国際 化を主たる対象として構築されている。こうした理論や枠組みに基づき,ヨーロッパ や日本の企業についても分析され,アメリカ企業との国際化のあり方の違いや特徴も 明らかになっている。しかし,これまで欧米や日本における国際経営の主対象は自動 車や電機製品であった。

従って,現在から将来にかけての日本の食品ビジネスにこうした国際経営論を適用 する際は,時代による経済情勢や対象想定国・地域による違い,業界や企業規模によ る違いなどを考慮する必要がある。つまり,経営戦略や組織理論は一つの共通な枠組 みや評価尺度であり,それをベースにして時代や状況に合わせて用いなければならな い。業務経験や実験の蓄積である経営学の学術的成果を食品ビジネスの分野で ,また 小さな組織の海外展開に有益に生かしていきたい。

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8

3-1. 多国籍企業の定義

多国籍企業(Multinational Corporation: MNC)とはアメリカの大企業の呼称としてよ く聞かれるように,1960年代初頭のアメリカで議論されはじめ,国連によって命名さ れた。そこで多国籍企業の定義とは「本拠のある国以外で生産またはその設備を所有 もしくは支配している企業(公的組織を含む)」というものである。この国連の定義は 広義であり,より明確な基準として,対外直接投資を2カ国以上で行っている企業や 6カ国以上で事業活動をしていることを要件とする定義もある。

国際経営学者のヒーナンとパールミュッターは,多国籍企業であるためには,客観 的指標として構造基準,成果基準,姿勢基準という3つの基準を提示した( 図1を参 照)〔(9)〕。構造基準とは海外子会社の数と所有形態,トップの国籍などであり,成果 基準とは海外所得,売上高,資産,雇用数の絶対額と相対額などである。また姿勢基 準とはトップの経営志向性についてである。これらを基準にして食品ビジネス企業が 多国籍企業であるか,またどのような多国籍企業であるかを考察したい。

3-2. 国際化の発展段階

ロビンソンは多国籍企業に至る企業の国際化・グローバル化の発展段階を示してい 〔(29)〕。この発展段階は,国内企業,輸出企業,国際企業,多国籍企業,超国 家企 業の5段階で企業の国際化の進展を示す基本的な考え方となっている。まず第1段階

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9 である国内企業(domestic)においては国内市場を基盤として事業が行われる。たとえ輸

出があっても,商社など外部組織によって行われる。次に第2段階の輸出企業(export) では,輸出の開拓や海外との窓口部門として,輸出部や海外部といった組織が設置さ れる。商品の輸出を通じて国際化が行われている段階である。

第3段階となる国際企業(inter-national)では海外対応スタッフ部署や海外事業部門 が設置される。海外での生産活動が始まるが,部品を供給し組立生産や現地組織との 合弁事業であることが多い。生産活動がない場合でも,複数の海外販売子会社によっ て商品企画が影響され,海外向けの対応がなされている。第4段階の多国籍企業 (multi-national)では,全社的に国際化に対応した組織体制が構築される。海外子会社は 自立する海外事業を統合する必要性が高まり,地域統括会社を設立する。本社のある 母国への忠誠心は弱まり,グローバル最適化を模索し地球規模での事業展開も可能と なる。最終の第5段階となる超国家企業(supra-national)では世界統合マネジメントが実 現される,世界的視野を有する真のグローバル企業となり,企業の国籍は意味をなさ ない。法的規制に抵触しないかぎり自由な資源分配や活動をする企業で欧米の多国籍 企業が進化した形態とされる。

このロビンソンの示した段階とほぼ同様に5段階で日本の多国籍企業の発展段階 を表したモデルが図2である。このモデルでは各段階での企業内職務・機能の海外移

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10 管と推進組織が示されており,国際化の発展段階がより明確になる。この企業の国際

化の発展段階を食品ビジネスの企業・組織に当てはめることで,当該組織がどのよう な段階にあるのか,また何が今後の課題となるかを明らかにしたい。

3-3. 製品・市場戦略

製品・市場戦略とはアンゾフによる製品・市場マトリックスによる戦略のことであ 〔(2)〕。これは企業がどのような方向に拡大するか,つまり成長ベクトルを定める ためには製品と市場の組合せが重要との考え方に基づいている。表1に示されるとお り,まず現在の製品で,現在の市場に浸透を図る,つまり現在市場での占有率を高め,

成長しようとするのが市場浸透戦略である。次に新しい製品を開発し,既存の市場に 投入することで成長を図るのが製品開発戦略である。また現在の製品を,新たな市場 に投入し,そこで売上げの拡大を図ろうとするのが市場開発戦略である。最後に,新 製品を開発し,新しい市場に進出することで成長しようとするのが多角化戦略である。

国際化を進めることは,国内市場に留まらず,新たな市場(顧客)を海外に求める ことになり,それは市場開発戦略の一つである。もちろん,国内でもこれまで販売が 少なかった地域や顧客層に対しての売上げを増やすことも市場開発戦略と言える。ま た,新しい製品で海外など新しい市場で販売を進めるという多角化戦略も国際化を進 める戦略の一つである。このように製品と市場を分けて分類することで,当該企業の 方向性とその戦略が明らかになる。食品ビジネスの企業についても,製品・市場マト

(11)

11 リックスを活用することで,その基本的戦略を整理し,国内の新たな顧客や海外市場

を開発するための現状や方向性を考察するための基礎情報として活用することができ る。

3-4. 企業の競争優位性

バーニーは組織の内部環境である経営資源を重視して資源ベース戦略論(Resource

Based View: RBV)を主張した〔(3)〕。経営資源とは人(人的資本),物(物的資本),

金(財務資本),組織(組織資本)の4つを意味している。資源ベース戦略では企業内 部の強み・弱みに基づいて企業の競争優位性を分析することができる。

その分析とは経営資源の経済価値(Value),希少性(Rarity),模倣困難性(Imitability),

組織活用(Organization)について問うことで行われる(表2を参照)。そうした4つ の問いを用いる分析の枠組みはVRIOフレームワークとされる。食品ビジネスの企業に ついても,このVRIOフレームワークに基づき,どのような持続的競争優位があるかを 明確にしたい。

このように国際経営と経営戦略の先行研究の成果を生かすことで,ある程度は客観

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12 的に企業の国際化,方向性や戦略について評価することが出来る。これまでの経営学

の発展経緯から,どうしても大企業それも製造業が経営学の対象となることが多かっ た。それに対して食品分野ではその品質や流通面からも地域が限定され,ローカルビ ジネスであることが多く,大規模化や国際化についても他の製造業に比べて遅れがち である。しかし,それは遅れるというより,その事業にあった発展の形なのかもしれ ない。これらの経営学の理論や枠組みを農産物の加工や販売,サービスの分野にも適 用し,食品ビジネス企業の国際化を考察する上で役立てたい。

4.日本を代表する国際食品企業

4-1. 食品企業の海外展開

日本の食品市場は,2000年代を通じて縮小傾向にある。通信,医療,住居など他の 消費支出が増えている中で,食品の消費支出は減少している。高齢化や人口減少の影 響を受けていることが主たる要因と考えられる。こうした食品市場の縮小は,高齢化 と人口減少傾向を抱える多くの先進国に共通する現象である。それに対して,人口と 所得の増加により,中国やアジア新興国では食品市場の成長が続いている。そのため,

欧米先進国の主要な食品企業は海外での売上げを増やし,その成長と利益を確保して きている。食品企業の売上や利益を分析した 三井物産戦略研究所の調査(2013)による と,日本の食品企業の海外売上高比率は10%未満が大半だが,ヨーロッパの食品企業

では10%以上が多くなっている〔(18)〕。世界の食品大企業50社の営業利益率平均は

ヨーロッパ企業で17%,アメリカ企業は12%,日本企業は4%であり,欧米と日本の 企業では明らかに差がついている。

日本の食品企業は,産業革命による欧米の機械技術を明治時代に導入し,製糖や製 油などの工業化をはかり,20世紀初頭に現在の食品大手企業ないしはその前身企業の 多くが設立されている。欧米企業の中でも海外展開の先駆的な企業であるネスレやコ カコーラは第二次世界大戦前の1920~30年代に海外進出を本格化させている。日本企 業も味の素などはその時期に海外進出を行っていたが,第二次世界大戦に入ると海外 事業は途絶えた。戦後は国内で高度経済成長期になり,日本市場が成長し続けたため,

海外進出の必要性は弱まり国内事業の展開が中心となった。このような歴史的な背景 もあり,食品企業は国内市場依存型になっており,その国際化は電機,精密機械,自

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13 動車など他の製造業に比べて遅れている。しかし,日本企業の中にも国際化をリード

している食品企業はいくつかある。

神戸大学による日本の多国籍企業の調査結果等に基づき,高橋が示した日本の代表 的多国籍企業には自動車のトヨタ,日産,ホンダ,機械の三菱重工,コマツ,YKK,

電気の日立,東芝,パナソニック,ソニー,生活用品の花王,資生堂,ライオンなど よく知られた国際企業がリストアップされている〔(31);(36)〕。これは売上高,海外 直接投資の対象国と規模が重視された結果である。その中の食品業界をみると,キリ ンビール,アサヒビール,サッポロビール,ヤクルト,サントリー,大塚ホールディ ングス,味の素,キッコーマンがあげられている。その多くは飲料とくにビール等酒 類の企業であるが,本稿では飲料以外の食品企業を対象にしている。

高橋は海外の製造・販売拠点数や海外従業員比率なども考慮し,海外志向の会社と して約400社についてもリストアップしている〔(31)〕。その食品分野では上記8社に 加え,不二製油,日清食品,明治製菓,山崎製パン,UCCホールディングス,ロッテ,

伊藤ハム,カゴメ,ニチレイがあげられている。これら多国籍企業の中から,味の素,

キッコーマン,日清食品の海外展開を概観し,食品企業・組織の国際化に重要な要素 を明らかにしたい。今後,食品に関わる企業の海外展開を考察する上で,取り上げた 3社はいずれも先駆的で,目標になる企業と考えられる。

4-2. 味の素

味の素は日本ではもちろん世界でもよく知られた食品企業であり,産業界をリード し,日本の食を支えている大企業の一つである〔(1)〕。社名にもなっている「味の素」

はグ ル タ ミ ン 酸 ナ ト リ ウ ム か ら 作 ら れ る 調味料で,1909 年 か ら 生 産 ・ 販 売 さ れ て い る 。そ の 後 多 く の 調 味 料 が 市 場 に 出 て い る が ,味 の 素 は 現代日本の家庭料理の味,

食文化の伝道者とも言える存在となっている。

日本の食品業界の大企業も世界の食品企業に比べれば小さく,世界最高の評価を得 るようになった日本食のポジションに肩を並べるまでには至っていない。そんな中で,

味の素は早くから海外進出を果たしてきた日本の代表的食品企業である。同社は,1910

(明治 43)年に台湾と朝鮮に特約店を設置し,1917( 大 正 6) 年 に ニ ュ ー ヨ ー ク 事

務 所 を 開 設 し て い る 。ま た 海 外 売 上 高 比 率 が 33% と い う こ と か ら も ,日 本 企 業 の 中 で 際 立 っ て 早 い 国 際 化 を 果 た し て き た こ と が わ か る 。

(14)

14 他 業 界 の 海 外 展 開 , 例 え ば 日 産 が 輸 出 を 開 始 し た の が 1930 年 代 ( 昭 和 初 期 ) ,

ト ヨ タ の ア メ リ カ 販 売 会 社 設 立 が 1950 年 代 ,パ ナ ソ ニ ッ ク( 松 下 )や 東 芝 の 海 外 生 産 開 始 が 1960 年 代 で あ る こ と と 比 較 す る と 味 の 素 の 国 際 化 が い か に 早 い か が 明 ら か に な る 。 ま た 食 品 業 界 で は 日 清 製 粉 , 明 治 , 森 永 , ニ チ レ イ な ど の 業 界 大 手 企 業 の 海 外 売 上 比 率 が , い ず れ も 5% 程 度 で あ る こ と か ら , 味 の 素 の 海 外 事 業 の 進 展 は 際 立 っ て い る 。30% 程 度 の 海 外 販 売 比 率 は 精 密 機 械 や 自 動 車 な ど 他 の 業 界 で は 決 し て 高 い 割 合 で は な い が , 国 内 市 場 に 注 力 し て き た 日 本 の 食 品 業 界 に お い て , 味 の 素 が 海 外 展 開 の ト ッ プ ラ ン ナ ー で あ る こ と は 明 ら か で あ る 。

味 の 素 グ ル ー プ の 連 結 人 員 数 は 国 内 が 約 1 万 1000 人 , 海 外 は 約 1 6000 人 で あ り , 海外拠点は約 70 法人に及ぶ。120 カ国での海外売上比率は約 30%であり,利

益比率は59%と高い。味の素は国際経営における今後の目標として,2016年度には海

外の売上比率を50%,海外利益比率は75%に引き上げ,売上高15000億円以上を 達成し,世界の食品メーカーのトップ10に入ることを掲げている。

4-3. キッコーマン

キッコーマンはよく知られるように,日本の伝統的な調味料であるしょうゆのトッ プメーカーである〔(13)〕。しょうゆ製造業界はキッコーマンを筆頭にヤマサ,ヒゲタ,

ヒガシマル,マルキンの大手5社で生産量の約半分を占めている。しかし,中小のし ょうゆ製造業者が 1,500 社と多く,地方企業のしょうゆも地元の味として浸透してい る。キッコーマンはみりん,つゆ,ソースなどの調味料,トマトジュース,ワイン,

梅酒などを生産販売している総合食品企業であり,また海外展開の先駆企業でもある。

キッコーマンHPの企業情報によると,第二次世界大戦後,来日した多くのアメリ カ人がしょうゆの味に親しむ姿から,「しょうゆには世界に通用するおいしさがある」

と確信したと記されている。このように早くから国際化を志向してきた同社であるが,

現在の経営理念にも「食文化の国際交流を進める」ことが明記されており,グローバ ル展開が経営方針になっている。

1957年,サンフランシスコに販売会社を設立し,北米への本格的な輸出が始まった。

そ れ か ら 半 世 紀 以 上 が 経 ち , 今 や ア メ リ カ の 半 分 近 い 家 庭 に し ょ う ゆ が あ り ,

「KIKKOMAN」はしょうゆ(Soy Sauce)の代名詞にもなっている。現在,世界100カ国 以上で販売され,7か所の海外生産拠点をもつキッコーマンの国際化は 1950年代の北

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15 米を皮切りに,1970年代にはヨーロッパ,1980年代にはアジアへと展開し現在に至る

までその市場を拡大している。

北米に次いでしょうゆ市場が伸びているヨーロッパへの進出は 1972 年,ドイツの デュッセルドルフの鉄板焼きレストラン設立から始まっている。デュッセルドルフは 日系企業が集積し,日本人駐在員はじめ日本人が多く住む街であり,日本食レストラ ンも多いため,ヨーロッパ進出の拠点としたことは合理的である。その後,1997年に はオランダにヨーロッパ初の工場を設立し,ヨーロッパ全域への製造・流通の拠点と している。近年ではロシアや中東欧への出荷も増え,ますます世界の調味料となって いる。

アジアについては 1983 年,シンガポールに東南アジア,オセアニアへの輸出を目 的に「キッコーマン・シンガポール社」を設立した。欧米よりアジアへの展開が遅い ことは意外にも思えるが,商品の需要や購買力のある消費者の存在を考えると,アジ アでは類似する調味料の存在や物価水準の違いなどから,これまでは欧米への進出を 優先してきたと考えられる。

1984 年にはシンガポール工場が稼働し,1990 年には台湾最大の食品企業「統一 企業グループ」と合弁で「統萬股份有限公司」を台湾に設立している。2000年には同 企業グループと共に中国の拠点「昆山統万微生物科技有限公司」を上海近郊に設立し,

2002 年より出荷を開始した。さらに同社は 2008 年,北京および天津に参入のため統 一企業グループと共に,中国に第2の拠点「統万珍極食品有限公司」を設立し,2009 年より出荷を開始している。このように1990年代からは,キッコーマンのアジア展開 が急速に進んでいる。

日本の伝統的な調味料であるしょうゆが世界で人気を博してきたことで,今後,し ょうゆ以外の日本食品や料理(和食)も世界で受入れられる可能性が示されたといえ る。海外での日本食品の販売を高める上で,これまでにキッコーマンが果たした役割 は大きい。キッコーマンが取り組んできたような海外での活動がなければ,世界中で しょうゆが知られるようになるにはずっと多くの時間がかかっただろう。中小の製造 業者による販売活動だけでもしょうゆは次第に浸透しただろうが,ターゲット市場で の集中的な広告宣伝,商品開発やマーケティングなどを通じた大規模なビジネス活動 が市場の開拓を早めたと言えよう。キッコーマンが北米はじめ海外に生産拠点を設立 し現地生産を実現したことで,しょうゆの市場をさらに拡大させたものと考えられる。

(16)

16

4-4. 日清食品

調味料としょうゆの代表的なメーカーである 味の素とキッコーマンを食品業界の 先駆的国際企業として概観してきたが,もう一つの国際的な食品企業として日清食品 を取り上げたい〔(25)〕。チキンラーメンやカップヌードルで知られる日清食品は即席 めん(インスタントラーメン)のトップ企業である。同社の海外事業は1970年のアメ リカ進出から始まる。チキンラーメンが発売された時から「インスタントラーメンは 世界の市場でも必ず受け入れられる」と創業者の安藤百福は確信していたという。そ れから40年,インスタントラーメンは世界で親しまれる食品になった。現在,アメリ カ地域は70億食に近い巨大市場に成長し,日清食品の「Top Ramen」「Cup Noodles」

は代表的ブランドとして浸透している。

世界の即席めん需要の 40%強を占める中国は日清食品の海外戦略においても重要 な地域であり,同時に多くの食品企業がひしめく激戦地でもある。1985年に香港に進 出し「出前一丁」を中心に販売を進め,現在では香港地域でのシェア60%を日清食品 グループの製品が占めている。2001年には上海に投資会社設立し,香港,上海を軸に 広東・珠海・深センなどのエリアで事業を展開した。さらに中国全土を網羅する事業 戦略を構築し,2010 11 月には,日本でもおなじみの「拉王 (ラ王) 」を広東と 上海で同時発売した。

アジア地域は各国固有のめん文化があり,インスタントラーメンも広く受け入れら れる。同時に地元の即席めんも多くあり,日清食品等の即席めんとよく似た製品を生 産販売している業者は少なくない。アジアでは1991年のインドを皮切りに,インドネ シア,タイ,フィリピン,シンガポールに進出している。2012年4月にはシンガポー ルにアジア地域統括会社を設置し,さらなる事業展開,プラットフォーム体制の強化 を図っている。またベトナムに新事業拠点を設立し,20127月より新製品発売をス タートさせている。

ヨーロッパ市場へは 1991 年に進出し,その後,1993 年に設立したドイツ日清を販 売拠点に,2004 年設立のハンガリー日清を生産拠点として,EU 市場の販売拡大に取 り組んでいる。定番製品「CUP NOODLES」(ドイツ),「Smack」(ハンガリー) に加 え,20113月,新ブランド「Soba」を発売した。ドイツ,イギリスを中心に日本食 人気が高まる中,特に人気の焼そばを手軽に食べられる製品として,カップめんと袋 めん双方で展開している。

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5.世界に挑戦する中小の食品企業

5-1. 中小食品企業の海外進出

食品ビジネスでは機械部品等の製造業や装置産業のように,大規模な投資や設備を 必要としない。そのため工業地帯から離れた地方の小さな企業や個人事業として行わ れることも少なくない。地場産業とされる多くの食品ビジネスでは産地と消費地が限 定されており,労働集約的で市場規模が小さい。このように中小企業のメリットが発 揮できるため,大企業が常に高い優位性を有するとは言えない。さらに国内市場に十 分な需要があれば海外進出により市場を確保する必要性はあまりなかった。しかし,

日本の高齢化少子化の進展により,国内需要が減少しつつある現在,新たな市場を海 外に求めることは,中小規模の企業にとっても取り組むべき方向になると考えられる。

海外進出となると単独の中小企業や個人事業では,資金やリスクなどの面から難し いと考えるのが一般的であろう。海外の市場調査,製品開発とそのための技術,流通 と販売チャネル,売上金回収,法規対応,品質保証,サービスなどあらゆる業務で専 門性が増し,業務の質量共に小規模な組織では対応が困難になる。大企業など大規模 組織では,商品開発,生産,販売,サービスなど一連の業務を適切に行うため,各業 務を専門部署が担当し,専門機関や海外取引先と連携することで,業務が遂行されて いる。このように海外進出をする際にはその事業を遂行する組織能力と経験のある大 企業との差が鮮明になる。

しかし,海外市場で順調に事業を展開しつつある中小規模の食品企業もみられ,単 に企業・組織の大小だけでは海外進出の成否を決めることはできない。ここでは国際 化の先駆者としての食品ビジネスの大企業ではなく,中小企業の海外進出についても 取り上げたい。これらの企業はまだ完全に海外事業を定着させて,確固たる評価を得 たとは言えないかもしれないが,今後に続く中小企業や個人事業の海外進出のために 何が重要かのヒントを示すことができよう。本稿では中小の食品企業が新たに海外進 出をするための課題や重要点を明確にすると共に,それらの問題解決につながるため の一助とすることを目的としている。そのためには,大企業と中小企業の海外進出の 先駆者の事例を示し,そこからどのような課題や成功のための要因があるかを考える 必要がある。

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5-2. 海外に進出する菓子企業

野菜,果物,肉,魚,牛乳,卵などの農産物,畜産物,魚介類そのものを育成,収 穫するのは農業者や漁業者であることが多く,食品企業などはそうした食材を加工し 商品化する。企業が自然の産物をそのまま海外市場に輸送し販売することも,海外進 出の一方法として考えられるが,技術や市場などの制約から現実的なものとはなって いない。やはり取りたての新鮮な野菜や果物などの出荷は数日間に限られ,地域の市 場や東京・大阪など国内大都市に出荷されるものがほとんどである。

企業がこの農産物の分野でビジネスを展開する,それも海外進出を目指すとなると,

農産物を加工して商品化し,それに一定の保存日数があることが重要な要件となる。

そうした商品となると,既に海外進出の先駆者として取り上げたキッコーマンのしょ うゆや日清食品のインスタントラーメンが代表的な加工食品となる。他にもみそ,酒,

ハム,チーズ・バターなどの乳製品,調味料などの食品が加工食品に該当する。さら に洋菓子,和菓子を含むスイーツも,元来は農畜産物から作られるものであり,その 製造販売は小さな企業・組織で行われることが多い。近年,中小規模の食品企業の海 外進出には和菓子や洋菓子などの生産販売を行う菓子企業が目立っている。ここでは 創業当初の小さな会社の頃から海外進出を果たし,着々と海外拠点を増やしている中 小規模の日本の菓子企業を概観する。

(1) 源吉兆庵

1947年に岡山で菓子製造販売をはじめ,1969年に有限会社桃乃屋本舗を設立,その 後 , 株 式 会 社 と な り ,1977 年 に 現 在 の 社 名 で あ る 株 式 会 社 源 吉 兆 庵 が 設 立 さ れ た

〔(16);(17)〕。創業地岡山の自然の恵みである果実を使った和菓子が人気となり,国 内約140店を展開するなど源吉兆庵は早い成長を遂げている。おそらく和菓子の老舗 としては比較的新しい会社と言えるだろうが,源吉兆庵との社名は歴史を感じさせ,

和菓子のイメージに合致している。同社には和菓子を通じて,日本文化を世界中の人 に広く知ってもらいたいという強い理念があり,菓子製造は岡山市内の3つの工場と 鳥取県米子市の工場で行われている。

早くから積極的に海外展開を図ってきた源吉兆庵は 1993 年のシンガポール店をは じめ,1994 年の台湾店,アメリカ拠点,1995 年のニューヨーク店,1996 年の香港拠

(19)

19 点,1997 年のロンドン店など 1990 年代半ばから,海外の店舗や販売拠点を次々と設

立している。2000年以降もロサンゼルス,バンコク,サンフランシスコ,台北と店舗 を開設し,現在7ヵ国11都市に 16の海外販売拠点を有している。このように最近20 年で国内外の支店を増やしている同社は注目を集めている。

源吉兆庵は海外でも商社や代理店ではなく,自らの販売拠点を通して直接販売して いる。それは人と人との出会い,和菓子を通した心と心の懸け橋とのコンセプトを大 切にするためである。また対面で販売することで,現地の顧客の好みや商品別の購入 年齢層などを分析して商品開発に生かすことができるとしている〔(23)〕。こうした 経営方針は、一般的なものと思えるが,海外でも日本の販売方法を貫き,着々と成長 できている点には同社の優れた経営が示されている。

(2) 麦の穂

1997年に創業した麦の穂は,「ビアードパパ」ブランドで約300のシュークリーム専 門店を日本で展開している〔(17bis)〕。海外でも2001年の香港出店を皮切りに,2002 年に韓国,台湾,シンガポール,2004年にインドネシア,アメリカと海外展開を進め,

現在は世界17ヵ国・地域に約180店を直営とフランチャイズで展開している。創業から 5年も経たずに海外進出をはじめ,10数年で世界中での海外展開ができた同社は異例 なほど早く国際ビジネスを進めた小さな食品企業と言える。

ビアードパパの店舗は商品であるシュークリームを焼き上げて販売する持ち帰り専 用ファーストフード店に近いものである。麦の穂の成功要因は出来たてシュークリー ムの対面販売というオリジナリティを保ち,ニューヨークでは日本にないキャラメル 味を商品化するなど,進出先の嗜好に合った商品を開発していることとされる〔(23)〕 シュークリームは欧米が発祥の洋菓子で本場はフランスであり,日本製であること は,強みにならないのではと思えるが,アメリカはじめ海外の顧客には良いもの美味 しいものは受け入れられている。出来たての日本のシュークリームをアメリカの多く の家庭に届けたい,スイーツを超えて質の高い日本文化を世界に紹介する役割を果た したいという麦の穂はその理念を海外で実現させている。また同社HPには英語版も示 され,海外販売を意識したものとなっている。なお,新しい動きとして,2013年10月,

大手食品会社の永谷園が約100億円で麦の穂を買収したが,それによる広告の変化や事 業への影響などは現段階(2014年1月現在)で外部からはみられない。

(20)

20 (3) 丸京製菓

1958年に鳥取県米子市に設立された丸京製菓株式会社は,従業員は215名ほどと中小 規模ながら,年間1億2千万個のどら焼きを生産し国内外に出荷している〔(12)〕。丸 京製菓は当初,OEM製造が多かったが,オリジナルブランドに転換し知名度をあげて いる。海外展開も積極的に行い,販売エリアはアメリカ,韓国,台湾,オーストラリ ア,ヨーロッパと広がっており,どら焼き生産量は世界一である。

丸京製菓は元は製餡メーカーで,1970~80年代には栗饅頭などで売上げを増やして いた〔(17ter)〕。どら焼きの製造を開始したのは 1980 年代末からと比較的新しく,

現社長が就任してからである。鳥取県の立地から物流コストの高さ,出荷から販売ま でのリードタイムが全国展開のネックであったが,解決策となったのは地域固有の技 術とされる氷温技術である。氷温技術とは1970年,鳥取県食品加工研究所での二十世 紀梨の長期貯蔵の研究中,保冷庫が零下になっても,梨がみずみずしい美味しさを保 っていたことから,山根昭実博士によって発見されたものである。この氷温技術は農 畜産物の高鮮度化に利用されており,丸京製菓はこの技術を活かすことで,どら焼き にうま味やコクが増し,日持ちする商品とすることができたとされる。2002年に氷温 技術を導入した新工場を建設し,翌年から生産を開始した。賞味期限を倍増させなが ら 新 鮮 さ を 保 て る こ と で 他 社 と の 差 別 化 が 図 ら れ , 本 格 的 な 輸 出 が 可 能 と な っ た

〔(14)〕

丸京製菓は北米を皮切りに,中国,韓国,台湾,オーストラリア,ヨーロッパなど 世界15か国以上で1億3千万個(国内含む)にどら焼きをはじめとした和菓子を販売 している。地域的には北米が約4割,中国が約3割を占めている。同社HPの会社情報 によると,2004年にアメリカ,韓国,台湾,香港で海外事業としてプロモーションを 実施し,その後,中国・大連,アメリカ・ロサンジェルス,英国・ロンドンにも駐在 員事務所を設立した。さらに2012年8月からは台湾での生産も開始した。同社のHPは 英語,中国語,韓国語表示もあり,海外での販売をサポートするものとなっている。

丸京製菓の海外展開が成功した理由として,社長が直接海外に出向き,現地の取引 先や消費者の情報を取り入れ,現地で即断即決が出来ていることがあげられる〔(12)〕 これは社長のメッセージや積極的な行動からもうかがえる。次に販売プロモーション と現地代理店等とのコミュニケーションを重視していることである。和菓子を食べた

(21)

21 ことのない海外の消費者を対象に試食会や展示会を繰り返し実施することや現地の販

売に重要な役割を果たす代理店等の取引先を頻繁に行き来し,良好な人間関係を築く ことに注力している。そして最後に日本式を貫いていることである。これは日本の食 文化や商品の味に自信を持っているためで,現地に合わせることなく,日本で製造し ている商品をそのまま販売している。

5-3. 新市場に挑む地方農産企業

これまで食品ビジネスにおいて国際化を進めている企業を概観してきた。それらは 日本の多国籍企業のモデルとなる伝統ある大企業から,新しくまた中小規模でありな がらも急速に海外へ販売を拡大させている和菓子・洋菓子の企業であった。続いて農 産加工品を扱う中小規模の地方企業で今後,海外展開の可能性のある企業・組織を考 察したい。それは食品ビジネスに携わる企業の多くは地方の小さな組織で現在は地域 への販売が主であっても,将来の需要を考えると海外進出の可能性も高まると考えら れるからである。具体的には大分県日田市にある木の花ガルテン(大山町農業協同組 合),株式会社つえエーピー,合名会社まるはら,という3つの企業・組織である〔(15);

(32);(8)〕

これらの企業や団体のように地元の食品・物産を独自に加工・販売している組織は 限られており,今回取り上げた九州・日田にある木の花ガルテンとつえエーピーは全 国的にも先駆的な組織と言える。とりわけ木の花ガルテンを運営する大山町農協によ るNPC運動は後に,当時の平松守彦大分県知事によって提唱された「一村一品運動」

の原点(中小機構,2013)であり,これまでの経緯を踏まえ,現在と今後のあり方を考察 することは大変意義深いことと思われる〔(4);(30);(33)〕

この一村一品運動は第1次産業部門(農業)の生産性を向上させ,第2次産業(工 業),第3次産業(サービス業)を結びつけて新産業を創出する,今でいう農業の6 次産業化につながる活動である。本稿ではこれまでの事例と同様に経営,商品および 海外展開の可能性などを概観しているが,これら3つの組織については20138月に 現地でのヒアリング調査を実施しており,現場(店舗,作業所等)の見学とヒアリン グから得た情報も加えておきたい。

これら3つの組織が立地する大分県日田地区は伝統的な農業や農産加工地であり,

事例とした企業・組織は次のような要件を備えている。その要件とは①地元の農産物

(22)

22 及び加工品を長年にわたり取り扱っていること,②国内の消費者から商品の品質にお

いて高い評価を得ていること,③海外販売の実績がある,または海外販売の可能性が あること,以上である。このような要件を満たす企業であるため,今後,地方で生産 される高品質な日本食品の経営や海外展開を考察する上で有効な知見が見出せるもの と思われる。

(1) 木の花ガルテン

木の花ガルテンは,大山町農業協同組合の農産物販売店やレストランで使われる名 称であるが,農協の活動に広く使われ,同農協の別名や愛称のようになっている〔(15)〕 これは1990年に全国に先駆けて立ち上げた農業者によるバザールの直売所として「木 の花ガルテン」との命名以来のものである。その名称の由来は大阪花の万国博覧会の 咲耶(さくや)木(この)花館(はなかん)」とドイツの市民農園クラインガルテンに ある。大山町農協では1961年よりはじまった NPC運動(働く,学ぶ,愛し合う)の 基本理念が示され,強力なリーダーシップのもと,田んぼに梅を植え,畑に栗を植え ようというムラおこし運動があった。同農協HPで組合長が記しているように,1950 年代までの同村は日本一貧しい村であり,耕地にも立地にも天然資源にも恵まれず,

交通の便にも人材にも恵まれず,問題を抱える後進途上の村であったとされる。梅と 栗で村おこしが始まり,えのき茸を栽培し,キノコ類の栽培で1990年代に高い売上げ をあげることが出来た。

大山町農協ではその原点である農家の経営と生活を守り,所得増大のための営農活 動の活発化を図ってきた。生産・加工・流通・販売・サービスという高次元の農業を 進めることで希望と活力に満ちた輝かしい未来が広がると信じているのである。農協 の経営理念では,一致団結して豊かな活力ある農村作りをすること,地球環境と生命 体を大切にした生産と包装をすること,生活者に評価される産品を開発し新鮮で安全 なものを提供すること,快適で文化の享受できる農村社会を興し次世代に引き継ぐこ と,そして都市と農村の交流の輪を広げていくことが記されている。

つまり良いものを生産し収益をあげるという経営や収益といった要素だけではな く,豊かな社会(農村)を作り,次世代に引き継ぐことや世界の街,村,都市と農村 の交流の輪を広げるという共同体や社会的な要素が含まれている。ここに示されてい ることは,時代に即した商品開発や流通など経営改善を進めつつ,親子三代が農業で

(23)

23 豊かになり,文化を創造し都市と農村の交流も進めて幸せになるといる理想社会の実

現である。その実現のために,1961年からの第一次NPC(New Plum and Chestnuts)

運動は「梅栗植えてハワイに行こう」をキャッチフレーズに示されるように所得向上を めざしていた。

続く1965年からの第二次 NPC(New Personality Combination)運動では所得ばかり でなく心も豊かな人を作ろうと,各種の学習や行事を催し,住民には国内や海外研修 旅行を勧め,ハワイ,中国,イスラエルと友好関係を結び,親善交流を盛んにした。

そして1969年からの第三次 NPC(New Paradise Community)では,住みよい環境づく り運動となった。これは所得向上の目標が達成され,豊かな心を持った隣人に恵まれ ても若者は都会に出てしまうのは,大山には文化・娯楽・教養などの環境整備が遅れ ているためとし,便利な文化生活施設を集積していこうとの考えであった。

このような背景や経緯をもって,木の花ガルテンでは農産物や加工品の直売が行わ れている。販売される商品は野菜,山菜などの作物,梅やゆずを原料としたジャム,

こしょう,ようかんなど加工品と焼きたてのパンである。具体的な商品の例としては

「完熟うめジャム」「梅エキス」「ゆずごしょう」「柚子みつ」「栗ようかん」など である。またオーガニック農園というレストランが併設されており,農家もてなしバ イキングという旬の野菜や山菜を使った料理を自由に取って食べられるコースが人気 を集めている。

ヒアリングでは,木の花ガルテンは現段階では海外進出については考えていないと のことであった。現在は支店も福岡や大分など近隣範囲に限られ,東京などや海外へ の展開は新鮮な作物を提供できないので難しいとしている。もちろん,これは生鮮農 産物の販売についてのことであり,ジャムなど加工品では事情は異なると思われる。

現にネット販売では首都圏からの注文が多いということで,日本にいる外国人からフ ァンが広がる可能性はある。

当面は国内対応で手一杯なのかもしれないが,将来のそして安定的な市場確保のた め,海外市場展開の道筋をつけておくことも考えられる。日本より高価格となっても,

木の花ガルテンの商品が欲しいという顧客を海外で増やすことも可能と思われる。こ れまでにも海外フェアなどで出展がなされていたが,今後は輸入代理店,販売店を確 保した後,アジア,とりわけ上海,香港,台北などでの販売も考えられよう。海外で は輸入国の法規や規制の状況把握,そして安全や品質面でのクレーム対応など信頼で

参照

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