鰯抄錆 四十四
此ノ宵堕庭ヨリ起ル携骨動豚及ヒ尺昏勤脈︹茸︵ノ経過中互二分離スルアリ或メ上肺些若ク井前鱒二⁚於
テ他ノ動脈⁚ニヨリテ連結スル寸アリ最モ仙早簡ナ﹀ハ或ハ大或ハ小ナル横走ノ結合枝ニョリブ連㊨
ス ル モノナリ此ノ横走ノ血管ニシテ大ナル吝ハ吻合枝ト稀ス此ク前鱒動豚ノ高庭ヨリ分裂シタル
モノヲ肘窩二於ク結⇔スル横走ノ吻合枝ヨリ一ッノ迷走勤豚ヲ生シ筋膜ノ下ヨリ手掌二達シ淺手
掌勅師弓二終ル又タ此ノ吻合枝ヨリ擁骨返廻動豚ヲ生スル寸アリ
王 膳 動 脈 経 過中上鱒二於ブニ警雰レ再ヒ肘窩二於ブ⇔シ更 前鱒勤廊ヲ出ス寸アリ此ノ鍵体ヲ 上 聴 動 師幹二於テ島形ヲ作ルト云フ ︵未完︶
◎ 異常の毛髪獲生及重復子宮
卜゜属Φ09胃氏が十六歳宇の一庭女に就て知見せる慮によれば患者は十四歳の頃より毎月経時不正に
して且劇しき疹痛に悩めウ︑而して其胸部及腹部に於て緻密なる︵一五ー二〇密迷︶細毛の駿生せ
るを謹認せり︑白條下部の駿毛妖態は恰も男子の如く背面の獲毛は引いて腰部會陰部に達せウ︑
毛髪の性質は義毛の如くにして只強く着色せられたり其佗診査上骨盤は小見形にて乳璃は僅に痕
跡を認め且恐くは重復子宮にして出器巨巴︒=・Φぎへ子宮腔経血潴留︶あるものと診知したウ︑ ダもレ實施せられたる手術ーー膣壁の蔵開ヒ膀胱の推去とに次で腫物に刺されし套管針より参見様血腋
を外方に泄出せウーに依り途に此診断を確定ずるを得だ﹀
終に著者は異常の毛髪磯生と他の発育障害との關係ある乙とに就て注目せり則ち吾人は屡々乙れ が爲めに多くの生理的若しくは病理的現象の疑團を解繹し得れば也 ︵b︒Φ寄碧Φ§.O曇三゜︒匡♂已昆8・亙内・言嘗ヒd・声・H・田二・︶
◎子宮及其副器の手術後に來れる精耐病に就て
へ・口日︒・占冨旦忌日障Φ氏によれば子宮及卵巣の手術後に來る精紳障害は稀有に属し通常は只素因ゐ
る婦人に於て︑ζれを憂見するものビす
著者は曾て此ミ例を實験せり
第一患者 は著者が両︐側亜巣を摘出せしに術後幻豊︵出撃︼﹂已○⁝口.9⌒﹇O昌05︶と進跡妄想っ♂﹃︷巳雲潟堕
多︸・曇・三︑とを硬起せう︑但し患者は之れよウ前き二年問癩狂院に在うき
第二患着 三十歳の婦人にて両側の卵菓璽腫別出術を施されしものなり手術後直ちに六週間余︑
嶋抄録 四+五
⑧抄録 四+六
急性躁狂︵巨巨δ尾合⁝㊦︶に罹れウ此婦人も亦曾て精祠愛常ありき
第 三 患 者 四十九歳の婦人にして互大なる子宮繊維腫を膣腔よ0縫去せられしに六週の後急性躁 狂を登し数ヶ月に渡れク
繊維腫は粘膜下に褒生せし爲め子宮と卵巣巴共に摘出する乙と能はぎ0き︑躁狂の輕快後二一ケ
月を経て著者は子宮卵巣を同時に捌出せう此重大なる手術にも係らホ此際一の精祠鍵常をも認め
ぎクき︑又此患者は以前祠経性現象を持し彼の姉独も亦癌狂院に在ウしと云ふ ︵旨毛゜日o口日δ一︒cOO︒°男○°卜︒Φ︶
◎ 肝 臓嚢腫の一例
維 納 の
○穿︒ご許氏の實験に依れば四十六歳の婦人−五年來肝臓部に於て徐々に畿生せる腫瘍を 壼 見 せウ︑黄疽の登症は認めす︑腹部は異常に膨大し︵膳囲=○仙迷︶左側の助骨弓の下部には
多数の小腫物あウ膀の右部には一の小見頭大なる球扶形の腫物を舖れ初めに先づ肝臓包虫︵国︒昌δ
ε8霧︶と診知せウ︑然るに二次的手術上其全く寄生性肝臓嚢腫にあらぎるζとを認めだう︑則ち
嚢腫の多歎は摘出し能はぎウしが故に先づ最も大なるものを縫着し弐で十日の後切開せウ︑之れ が爲め非常に輕快し荷四ヶ月の後も其歌態を保てウ
(弍﹂窪︒二︻言︒ノ司ccゴ︒o︒︒︒︸﹈一芸一︒︒O︒︒Zoに︶
◎ 亜 巣 嚢 腫と誤認せられたる脾臓の格外肥大
﹈︷§邑氏が此一例は實に詳励に報告して頗る典味あるものとす︒四十二歳の患婦最近十年間毅回
嘔 吐を粂允る劇烈なる腹痛褒作に慣め0又腹部に於て漸次腫大せる腫物あるを確認せウ千入百九 十 七 年 七月一日以來患者が再び此縫作に罹れウ此時には熟疲し且前回に超越せる随作なウし腹部
は強く膨儀し極めて惨痛性にして子宮の位置は後傾に在ウ前及後膣弩・罎部井びに全腹部は恰も亜
巣よウ曇生せる如き實冠の腫物に依て填蒲せられき︑術腹膜炎の顯褒せしを認りたるが故に直に
施 術を諭告せ此際此腫物は異大なる脾臓なる乙とを表示したり且其前面に膓管癒着し而も容易
く別離するを得るものな⊃き然れとも借膓管は其後面と固着せるが如く見ぺし故に根治的手術を
避けたり而して腹膜を腹創に脾被膜ピ縫着し大約脾臓の上面より四横指露出せしを上方三分の二
に於て縫ひ沃茂ホルム綿紗を充指宍せ6三虚〜置は︑ジヤプーレー氏渉⁝に摸倣せられカ∵9廿×後一毎日一︑
○ のヒニーンを皮下に注射せ⊃︑疹茄は全く止み便通︑放屍なきあウし体温は始め三十九度に登
う次で直ちに下降せウ綱ぷ坦父換に際し綿紗は殆ん已酒澤色の液に顯潤され纏臓り上面は軟化し毎
回脾臓と腹膜との癒着は自から離解せウ︑四週の後患者は大に輕快し彼は蹴車にて郷裡に蹄⊃︑
●抄録 四十七
●抄鎌 四+八
家聲爾後の虚置を纏任せウ
今排泄は益々移多となウ且数度軟化せる脾臓片が共に壊落せウハ一五〇⊥○○瓦︶
遵院の後十四日糊帯及床は全く斯の液より浸羅せられ創面は増大せるか如く見へし然るに意斗!
これよウ壊死せる幾色の大なる組織片顯はれ︑落痛出血等無く全く自然k大人頭大の牌臓狸物は
胡出し來れウ箕後創面は速に狭小となり四週を経て頗る健全に業務に就︽を得たク
吾人は思ふ此報告の如き實に甚だ注目すべき事項にして叉弘く世人に向つて婿る手術の實試を激
働喚起すべき句のならむと
殊に癒着の劇しき.場合に於ては脾臓切除術は通常其結果殆んと不幸のものなれば也
︵を合﹄8イ﹄Φ︒巨芦︹︒︒⇔ンQ°Z︒・ゴ︶
以 上 四 項
力︑ け 生
沃度﹃加里の初期肺結核k一封する反磨
暑9︒・オ目轟♂プH・妥雪一烏﹈︒︒〇三29さ・
桐【
ニニ︑づΦ硲・︒弩氏を菩て﹁すちしける﹂oo江集2氏の沃度加里は初期肺結核に顯著の反雁を呈すと云へ
る報告をば二十七名の患者に就き實瞼誰明せ0︑而して其方法に至うては今此所に咳噺あウて肺
尖借微の理堅的に証明し得る縫化を有せる患者に沃度加里三︑○を水二〇〇︑○に溶解し一日三
回一食七宛與ふべし︑患者果して結核性なるときは署明の氣管枝加答見を惹起し顯性水泡昔等を
聴 取するに至る而して︑往々路淡を來す此際之れを捻し結核菌を証明し得ム︑<旦︒・︒邑氏は二十七
名中五名は此の成績を得︑他の十九名は僅に氣管炎を呈せしのみ︑而して此等の結核性にあらさ
る所以は結核爾他の症状欠如すると少量﹁ツベワクリン﹂注射の陰性反悪及ひ歎年の親察による忠
者の健全︑なる巴により確實な0巴云ふ
兎に角此cρ管ぎ﹃氏法ば吾人の荷將來㊨研究を要すべき好材料ならん
腎臓炎水違の原因に就さて
e口○昂零宮⁝9巳︵8暮亘ご庁旨目・巨巳・﹂Q︒OQ︒・暑︵︶・ぱ・︶
腎臓炎水腫の原因に關し索らいと寧弦宮基以來幾多學説あウと難岱吾人は爾此の数十年間に於け
る研究乃結果ヒして僅に其︸宇をたに確然説明し得べき定渤を得さるな少
「索らいピ﹂氏は腎願炎水腫ぱ蛋白質ぱ耗の結果にょる蛋自滅少症口嵩巴会目言○︒・①及水血症ロ連云Φ
芸法によウ設明せり術ぐらいんげる︵ぎ⁝品︒弓すてわる於己︒曹・三及びばるてるす門胃㌫兵馨は蛋
自扉具清耗及水分⁝誹謝の不足によウ起る水血性多血症﹃ぷ会器芝m注Φ望Φ︹ぎ6は實に本症の原因な6〜
0
抄録 四+九
③ 抄
鎧 五+
ピ﹁けるピねる﹂Ω§葺害氏は氏等の賛成者となウ徐々に静豚内注入によウ菩て﹁こんはいむ﹂○︒︐
多︒ぎ﹁ウひてはいむ﹂巳己プ夢Φ戸目氏の實験せし如く只に琳巴腺︑内臓及腹控のみならオ術皮唐水
腫をも惹起すべきを實瞼せ・9
「乙んはへむ﹂氏は腎臓炎の或る種類に於ては異常の滲透性を有する皮膚及皮下結締組織血管の炎 症 性 着くは其他の愛状を以て腎臓炎皮膚ポ腫の原因なウと想定せう
せ「なと−−る﹂己︒呂巴自氏は﹁乙んはへむ﹂に同意し事實的に研究せう抑も最も水腫を合併し易き急 性腎臓炎例ば狸紅熱︑マラリヤ︑戚冒に績待せるもの併ぴに妊娠腎炎にゐうては最.初皆糸球腎臓
炎9・§巨言︼3言一昔なりと而して氏は血液中に循環せる一定の毒物作用により最初糸球毛細管を
犯し該毒物の一定の強度を有し且つ作用持績せる時は進んて及虚.漿液膜の血笹をも患へしむるに 至るならんと 余ば﹁ぱせ已I﹂氏病特異の組織鍵化による水腫及心臓肥大L︵乙︒・○嵩ご昆ρ蚤︒汀一・S窪①目Φ臼プ・嵩
゜。
」
一︒c︷這2︒・忘亭嵩︶なる閤題に就き研究し次の決定を得た0︑凡て腎臓炎に於ける腎機能の不 蚕は血.泣中に潜在せる毒物による組織の理學的愛性によるものにし1︑先つ最初に水腫を起し亦一 方には動脈系の緊張及嬢力充進の結果にょる抗摘増進の爲め遂に心臓肥大を來すなう
「らんでれる﹂H・呂霊.︒・氏は﹁局所淋巴併ぴに血液循行による組織緊張﹂なる業績に於て組織理學
的性質纐花は水腫の癸生上欠くべからさる要件なるを確定せう而して亦燈掻⑲潜在性毒物によ⊃
惹起せられ泥る組繍解剖的鍵化は余も亦千入百九十二年腎臓炎水腫の原因ピし想定せ0
吾 人は今進んて腎臓炎に於ける組織は實際理學的に鍵化せるものなら充を組織の⁝機能によウ厄接
に証明せんと欲するな.参
是に於て腎臓病者皮下組織の吸収力を研究せんか爲め健康人︑腎臓病恵者併に心臓病によら欝血
を有するものに付さ試検せう凡て吸収力は各時差淫あうピ難も然も伺豫后断定上少からさる婚妹
あoとオ試瞼の方法ば身体諸部殊に前腱併に下肢の前面背部薦骨部に於て比較的輕皮の塵によウ生理的食 盤 水 の 凡そ五︑○立方セブプメートルを皮下に注入し其吸収力を試験するなぴ︑本法は勿論水腫
の 合 併 せさる腎臓病患者例は原曇性若くは績磯性萎縮腎に施行せ0之れ巳に水腫を有するときは 注 入 液 吸 収 せられ得さるを以てな⊃︑合試験液を注入ダるピきは局部に限局せる隆起を生すと雄
も直に禰蔓し皮膚浮腫欺浸潤ピ愛するに至る
凡て腎臓炎患者は他患雀に比し注入液の吸収不良にしで殆んε吸収し得すピ云ふも亦過言にあら
さるな﹀︑健康人にあうては以上の法によウ注入するときは凡そ=一時間にして消失すと錐も心
臓 病 性欝血家局所欝血症︵ぎ暑ωq︒︶渓は二般欝血部に注人するピきは術二三μ軽度の浮腫を見る面
●
抄 録 五十一
● 抄
鎌 五十二
して腎臓病者には水腫の全く清失に至る少なくも五H乃至十日を要し弦に始めて完全に吸収し鯵
るな・9左に諸氏の行ぴし二三の成績を列記し吸収力遅菰の關係を明かならしめんと欲す
肉芽性腎炎 右前 患者種類 注射
全 薦骨 全 全
績 登 性 萎 縮腎
右 下 下 肢に浮腫を合併せる骨盤結締織炎 左 下 両 下
肢静厭瘤 右下
大 動豚゜孔 狭窄欝血肝一欝プ皿臨貿︵﹂ポ腫ナキ︶
右 下
念性戚冒性腎炎回復期
右 下
部 位
聴
部
肢
肢
肢肢
肢
水 腫持績日数 五
日
︑ 日ノ
五 日
六 日
二 日
宇 口
七時間二 日
慢性實質性腎炎 薦 骨 部 五 日 ︵?︶
以 上 の 結 果によウ腎臓病者の組織内液体吸収は健体に比し甚だ同じからさる事明なり而して此等
の 事 實は腎臓炎水腫の起因に關係を有する少からさるべし 滲 漏 性 及
収吸
性 の 腎 臓炎に際し異常の状体に階るぱ巳に﹁乙らにー・﹂図o窟弓蕊氏により明な亦氏の 曰く腎臓は血液に於ける分解塵物の排除による血液全交流埋を減却せしめつζ組織液の新陳代謝
によδ元進せる交流性緊張力を整然だらしむる一器官なφと是れによ0腎は血液及組織内液体聞
に於ける一定の交流塵差を整然たらしむる大なる任務を有するもの巴す
凡て組織液の正常なる滲漏及吸収は新陳代謝及腎臓機能により齊理せらる倦のな﹀
期くの如きによウ腎臓病者の組織液吸収力の饗化せる♪明にして弦に至ウ嘗τ千入百九十二年腎
臓炎水腫の原因ピして報告せん余の業績をは今や實験的に証明せるを信して疑はさるなウ
近覗手術に就て
e亨mgo臼︵S80﹃目o亭号号窃8
。。ピ
O・。
↓
「ドクトル﹂すピー已氏は千入百九十二年よウ今日に至る六年間に於て年令十一才より六十六オに 蚕る三十入人の近硯患者に四十入眼の手術を行へた蚕中二眼は六十歳にして七は五十汐至六十歳
⑮ 抄 録 五十三
●抄鎌 五+四
三は四十乃至五十歳四は三十乃至四十歳十三は二十乃至三十歳残余の十九眼は十乃至二十歳の批 年なウき手術の治癒経退中創孔よウ傳染若くは虹彩眈等なく爾且水晶体脱出をも合併せさウしと云ふ
すピー澄氏は氏の研究に基き次の成績を列記せウ
三 二
近 硯 眼 手 術は十二D以上のものには危瞼なく行ふを得ふ然れ雌廣汎なる綱膜剥離高度の中 心 眼 底愛化若くは最早中心掘力の望なき新鮮の綱膜出血に禁忌とす 手 術 式は先つ赤道部に注意しつ︺瞳孔中心に於て切開を行へ次て水晶体を按摩し其后可及
的長日月の后軍線歌摘出術自芦雷夢冒宮︒器暮蚕︒9・已を行ふなう︑早期白内障を有する五十
才以上の患者にあウては﹁ふゑるすてる﹂句・Φ邑雲氏の創意せる人工成熟法を行へ次て周囲
辣 歌摘出術吋︒身︸﹈窪罫吉昌Φ算弓㌻︒ぎβを行ふべし不熟透明なる水昌体摘出は著者僅に二回
なしたるのみ而して充分融解せる水昌体は透明水昌体摘出に重要なる複雑且つ困難の塵出
法に反し極めて易く自ら流出するものなるを大書せ殊に前者は虹彩簸入を安全に豫防し
得ると難后者は常になし得さるな少
内墜元進は實に不楡快且つ不穏の歌体に至らしむる者なう故に適當なる豫防法巴して若し
切開を彊孔中心に止むるときは后害をして著しく滅少せしめ若くは一定度に停止せしめ得
るものなウ然れは勿論内墜充進により來る障害を見さるなウ
四
綱
膜 剥離の危瞼を手術の爲め増劇せさるは今日に至るまて諸氏の研究實験によウ確實な0
とす
五
手 術によウ得たる覗力は非常に善良なるか若くは可なり善良なり而して凋り綱膜影像の搬.
大 せらる3により明了となるのみならず付綱膜機能の洞哲をも豫期せらるζな0氏の實繊 には六﹁プアール﹂は手術によめ矯正せられたる観力は四乃至・五倍六瘍合は二倍宇乃至三倍 にして五﹁ブアール﹂は一倍宇乃至二倍宇なうき實に此等の数は后來后白内障2旦羨碧の完 全に治療せられたる際更に増加するを知るべし 六 手 術后調節力を眼に些少の不便を戚せしめさるよウ是れ所調代償性調節機能︵弓巨Φ﹃︶の之 れを償ふによる今之れか實例を上けんに手術后正親眼ピな0無限の距離に調節しあるもの 術 近 部に於て﹁にーでん﹂︵皆Φe旨氏覗力表第三號を入−十四ッオールに保ち績下するを得 る如き瘍合は反覆實験せらる︺なウ其他適皮の凸面によウ矯正せられたる遠覗眼爾同時に ﹁にーでん﹂硯力表第四號を十五乃至二十四ツオールに於て見るを得るあ0是等は其の調節 力の存在を示すな・9
七 手術后屈折作用は全く静止し描失す是れ幼牢の患者に就き四年宇乃至五年の経退中親しく
働 抄 綜 五+五
●抄錯 五+六
實瞼し得だる所な参
入
著者は多くは一眼に手術を行ぴだり然れ巴も両眼覗を得ん爲め適當なる際には二眼に行ム
事あウ是れ巳に蓮べし如く手術せし眼爾良く近便用に用され得るを以て患者に大なる苦痛
を與へさるなり
縫丙障の水性併に該病に虹彩切除の奏効ある理声
や○⇒ト一曇法Φ
急 性 若くは間歌性線内障にあ多ては其原因眼球前部の血管に關係するものにして毛様突起併に虹
彩部に血管鑓張を見るなウ而して此の部の血管鑛張及び収縮を左右する祠経は實に虹彩祠経叢ピ
通過するなウ是れを以て正しき虹彩切除b邑Φ︒ε日厨に際し両者の連關は断縄せちれ從︐声て今や
血管鑛張も滑失に蹄するな歩9
然れとも慢性緑内障には上記都位血管の充盈を見すして只豚絡膜組織に血管鑛張を見る而して之
れ
結か
果として分泌増多を來すと錐も甚だ輕茂にして内墜は多くは漸時に冗進するものなウ︑豚 絡 膜血管鑛張は虹彩血管とは共闘係を異にし之れか支配の祠維亦虹彩紳経叢ピ關係せず故を以て
慢性症に虹彩切除術を施すピ難惑奏効なきな力
眼科に於ける﹁イヒ今オー・ル﹂及﹁イピケアルビン﹂
臨 床上﹁イヒ乎オール﹂ぱ宮ξ・一を身体諸部の籏張せる血管上に収縮作用を呈するの理に薬き﹁う
をるふべるぐ﹂弍亀まΦ肩氏は凡そ四十の患者殊に繰内障虹彩炎に﹁イヒチァルビン﹂を内服せし
めたり本剤は實に爾他の療法を扶助する丁大あう巴云ふ亦本藥憤眼球后部の出血を極めて速に吸
収するの効あウピ
右
五 項 s F 抄謡
◎ 肝 下蒜︵肝影︶ノ硯診二就テ ︵猫乙馨事中央誌第三十六號︶冶 ヒ レ
ル 氏 述 肥厚シタル肝臓ハ腹壁ヲ膨隆セシムルヲ以テ臨床上容易二之ヲ認知スルヲ得ベキハ明ナリトス併
シ
肥厚セサ〃肝臓ニアリテモ其下線ヲ硯診シ從テ其位置ヲ一目確知シ得ル﹁決シ一ブ稀有ナラサル
ノ識㌫貰ヲ長久二簡軍二臨辿ヘント欲ス
此現魚外ハ即チリツプン氏ノ梼驕⌒腺一現壺伽二基クモノニシプム旦鼓腹Wヲ伜ハズ肥瀧㈱セズ一叉緊龍⌒︑度一=過
キサル人二深呼吸ヲ爲サシメ之ヲ注目スル杵ハ屡々吸氣時二當リ肝臓下縁二適當シタル部分ハ陪
Q抄鋸 五十七
●抄銭 五十入
凹ヲ呈シ呼氣時二當ップ膨隆スルーヲ知ル可シ之二反シ安静叉ハ淺表ナル呼吸若クハ著シき肋式
呼吸ヲ螢爲ス〃モノニアリタハ心窩部ノ膨隆ヲ呈セサルガ故二下縁ノ位置ヲ知ルニ由ナシ要言ス
ソ バ深キ腹呼吸二當リテ横隔膜陰影二全ク一致シタル運動ヲ認硯ス可シ之二依タ一見シテ肝臓下
縁ノ講ヲ認知ス蓋シ若シ充分二之ヲ検知シ得サル瘍㊨ニハ打診ニョy叉出來得可クシバ鯛⁝診ニヨ
ップ確定シ得可キナリ
余ハ之ヲ簡単二肝影卜名ケント欲ス而シテ此運勤現象ハ肝右葉二最モ著名ナレ疋左葉ニハ不明ヲ
免レズ人若シ側位ヲ交互交換ス〃杵ハ︸屏各介部分ヲ碗得ルナラヅ併シ鼓膓ヲ呈スル詳ハ此陰影
沿ハ失シ鼓膓滑失スル序ハ再ビ顯出ス此際照光二關シテ瞼者ハリジ・フン氏ノ横隔膜陰影ヲ槍スル
時ノ如ク患者ノ位置ヲ撰ハナルヘカラサルナリ
加〔
此肝⁝臓陰影ぷノ親 察ハリップン氏ノ現象一ノ如クみ谷易ニシテ盟一純ナルガ故二巳三此陰⁝影二就ブ注目 セ
シ モノアリシナラヅ依プ余ハ﹁リタラッー.〃﹂ヲ渉一猿ス〃二左ノ讃明ヲ曇見ジタリ一即呼
第一︑チールフエルデル氏ノ肝疾患説明中二
肝臓ノ僅二肥大シ且硬度僅二増加シタル岸二於クハ薄キ腹壁︐患者二於・ブ上下二運動スル庭 ノ肝下縁二由ブ現ル・溝ヲ認ムル寸ハ稀ナラズト云ヘリ
第一一︑ フヰ・ール・オルト氏ニョレバ
肝 下縁ヲ覗得ル寸ハ稀有ナリトス唯肝ノ韓位渓ハ増大スル序若クハ両者ノ合併ニョリ下降セ
〃﹈場八ロ或ハ腹壁⁝ノ甚ダ薄キモノ ニノミ砲Wル寸ヲ得其他又一深吸宏氣・一際⁝シ横隔陪=連動ト北ハ一一肝二臓
縁ノ下降スル寸ヲ祀得可シト 爾他参考書及ビ致科書ヲ詮索セシト錐田陰影二就テ一モ記載ナカリシ余ハチールフエルド氏説ノ
如ク臓器ノ周リ或ハ硬度ノ壇加ハ必要ナラズトス即呼余ノ一ニノ例ニヨレハ生活時肝臓下縁ヲ明
療二認知セシモ︐−二於ブ死後剖見ニョリテ其肝臓ガ通例ノ大サ及ピ硬度二於ブモ増加ナキモノヲ
實見セリ然り余ハ最早此現象ヲ3丁年モ實際二経験スル所ニシブ両氏ノ云フガ如ク稀有ナ.ルモノ
ニ アラズ殊二小見二於・ブハ多クハ反復甚ダ著名二現ハル・モノナリ其他一一ハ如何ナル方法ニヨリ
テ
肝 下縁ノ位里ヲ定ム可キカニ就・ク猶鰯打ノニ法アー−併シ鰯診ハ悲哉常二用フ可ヵラズ叉打診ハ
雇⁝々談⁝謬二陥⁝ル寸アリ宜ナル哉此肝影ハ他ノ方▽法が否ム揚合二ご凄々希望セラル可キナリ旬患者
二
一
モ障∵栂ヲ與ヘズ且2速二検⁝査ヲバ逐グ得可ク叉屋ぞ々腹壁⁝過敏ニシプ直呼二緊一張ヲ起スモノ三於 タ
鰯診ヲ行フ可ラザル際二安全二代用シ得ラル可キナリ 爾 他 臓器ノ経界モ呼吸二俘フ同意義ノ運動ニヨリ陰影ヲ呈スルモノニシ之胃下縁及下降シタル胃
二
於
プ ハ叉小轡ヲモ知ル可シ叉此際腸ノ陰一影モ晴々現ル︑ーアツ蓋シ屡々明力=一見知り得可キ 外 特 別 ナ ル胃ノ診断上利盆二向ッブ附與スル所少シ然レ缶一目ノ下二腸影ノ現ハル・寸アルヲ以
● 抄 録 五+九
●抄録 六十
タ播⌒張セ声胃ノ爲メニ薄キ腹壁ノ膨隆セルモノト誤ル﹁ナキヲ要ス
前記陰影ハリツテン氏ノ脾臓疾患ノ説明二際シ大ナル脾願瘍ノ前縁ヲ硯ルー二就テ記載サレタル
エ
基
ク モノナタ併シ余目身ハ未タカ︑ル脾繍〃陰財影ヲ見タル一燃当會一ダモナシ
余ハ此報告ガ肝下縁︐位置ヲ定ムル一一ハ輕硯ス可カラサル寸ヲ推奨ス可シ而シタコハ横隔膜陰影
ト丑ハニ・容易ニシ・グ明瞭ナル一観察ナー1併シ︷梢々難⁝プス可キハ彼二比シテ﹂毎回全ク確實二現ハレサル
ノ一事ナリトス
◎呼吸ご際シ胃及膓界ノ硯診二就而
︵猫乙馨事中央誌第四十三號︶
プロフエッソル︑
ス プ
ル ン
氏 池
前キニ濁乙讐事中央誌第三十六號二於テ日ヒレル氏ハ呼吸二俘ヒ肝臓下縁ノ硯得可キ事二就テ簡
軍二報告セル中二其他臓器ノ縄界モ呼吸蓮動二附随シテ陰影ヲ呈スルト云ヘリ即チ胃下縁又ハ下
降セル胃ニア0ブハ爪轡︾モ陰∪影ヲロ王スト實二鉄⁝−1殊⁝レ任氏ハ田目ノ診断上拾⁝査二於テ只⁝僅力昌槽⌒値
アリト云ハプカ余︹其説二服スル能ハズ飽マデ其債値アルノ点ヲ明言ス可シ
余ハ曾グニ年前偶然二之二付ブ注目シタル以來深呼吸二當−−胃ノ概型ヲ覗得ヘキ診断上有益ナル
点ヲ櫻得シタリ即⇒胃ノ下垂セルモノニシテ小轡ノ呼吸時二移動ス声Wハ︼目シグ其位置及籏張
ノ度ヲ認メ得可シ而シ一ブ素ヨヲ強度三歳痩シタルカ或ハ著キ胃ノ膨隆二際シブハ其概形ヲ知ルニ
他ノ法ヲ要セサルハ勿論ナリト難缶其他ノ検査法ヲ用ヰサル可ラサル時晶際シ此硯診法ヲ用ユル
声ハ 一目椿⁝然タラシム
此 際 注意ス可キ要件トシタハ被検者ハ地手位ヲ取ラサル可カラズ叉ヨク照光セラル︑様ニス可シ
(余ハ頭部ノ方ヨリ來ル光線ヲ用ユ︶而シプ叉飴り肥厚緊張ヲ呈セサル腹壁二於テ胃ノ一定度ノ
充盈ト腹壁二接着スル腸ノ充盈ハ緊要ナタトス︑此ノ現象ハリヅプン氏横隔膜現象及ヒ肝下縁ヲ
認知スルト同様ニシテ皆共二呼吸時腹壁膨隆褒化ニヨルモノナフ而シテ之ヲ知ルニハ前要件ヲ悉
クサ︑ル可ラズ併シ胃及腸概型ハ横隔膜現象ヨリ稀二知ラル・寸ハ告ケサル可ラズ余ハ毎隣腹壁 親診二際シ此運動現象ノ債値ヲ謝〜セスシハアルヘカラズ
﹁ピロザール﹂ひ﹁フエノゾール﹂二就テ ︵凋乙讐事週報千入百九十入年十月十三日四十一號︶
一等軍讐︻ ブルクぶルト氏流〜
余ハ︑今回ヘッブス氏ノ命令昌ヨツブ解然蘂若クハ鐘痙薬ノニ新藥ヲ披露ス可シoコノモノハ︑
● 抄 録 六十一
●抄 録 六十二
當地ノ﹁りーデル﹂化土學口印製泣廻所二⊇於ブ捌=m田.セラレ︑第一殴日科大殴﹁クリニツタし二於テ︑實際酪二
年聞治療上二鷹用シッ︑アルモノナリ
甘六一ハ︑﹁ピロサール﹂ト癬シ︑其構成ハ酸性﹁サリチール﹂酷酸︑﹁アンチピフン﹂即チOO口αOO︑
嵩国廿男民○ ナリO茸ハニハ︑﹁フエノゾ!ル﹂ト一稀シ︑﹁サリチール晒酸︑﹁ペー︑フエ子チヂツト﹂○ ニ シテ︑嚢歳次・如シ・きく頴ぎ︒βξ︒︒8両製塑︑芒驚鍼歌或ハ板歌ノ結晶ヲ
形成スル白篇木・;︑言・サ←Lハ﹁サフ了ル﹂轟・き︿︒︒︒︒頴︒︒﹃ヲシ呼ピリンLノ
直 接 混 倉
ニ ョヲ生成スO﹁サリチール﹂醗酸ハ無色一一シグ︑百入十入度二錯鮮シ︑冷水﹁エープル﹂︑及
ヒ﹁ク回ロフホルム﹂二難ク︑執⁝水及﹁アルコホ>﹂とハ容口笏二鮫諒肝ス︑﹁アンチピリン﹂ハ水﹁アルコ
ポ
ル
」、及ヒ﹁エータル﹂二難グ︑百四十九度ー百五十度一一テ鎮鮮シ︑酸及櫨基・一ハ﹁サリピリン﹂二
似テ︑彼ノ成分二分鮮ス
「
フ
ェノ.ゾール﹂ハ﹁サリチール酷酸及ビ﹁ペー︑フェ子チデインしヲ百二+度二熱スルニヨリ生成シ︑
百 入 十 二度ユ乏路解シ︑水﹁エーブル﹂︑及冷﹁アルコホル﹂ニハ困難二︑熟﹁アルコホル﹂ニハ容易二
錯解スモシ﹁ア〆カリ﹂盤ト共・一熟メル詳ハ済鮮ス可シ﹁フエノゾール﹂ノ那篤榴謹檀ハ水二溶解シ
易キ特点アリ
両者ハ︑苦ク叉酸味ヲ呈ス︑併シ尤ヨリ人々一様ナラズト難匿如何二渦敏ナル患者ニァリテモ︑
曾
プ
嫌忌スルモノナシoモシ投樂ノ際﹁オブラート﹂ヲ真フルカ︑又ハ牛乳︑栢々河︑吻排︑或ハ類似
物ト和スルトキハ︑註︹味ヲ﹈徹フ寸ヲ得可シ
此物ハ胃及腸敷二達スレハ更二彼成分二分解シ︑叉尿中﹁サリチー〃﹂酸反鷹フ蕩︑カニ顯出スル
ニヨリ︑其吸収ノ容易ナル寸ヲ知ル︒而シ一ブ患者ハヨク之二堪ユルモノナリ︒副作用トシ一ブ僅ヵ
二
汗 分 泌 元進ヲ呈スト錐臣︑決シテ﹁サリ千ール﹂酸ノ如グ過度ナラスシテ何モ障63ヲ來ス﹁ナシ 爾⁝他耳鳴︑眩軍︑頭痛︑昏階一︑嘔吐︑心悸元進︑褒疹或ハ其他ノ中毒症歌ハ一手來〜セシーナシo 療 法 的 借値二就一ブハ︑其一々ノ成分ガ巳二倭麻質斯薬若クハ鎮痙薬中最モ適當ナルモノニシテ︑
叉實際鷹用二當リブモ︑其一々ヲ用フルヨリモ令用スル吝ハ通例良効ヲ得ルモノナvハ︑無論其
良作用ヲ得ルハ明カナル可シ︒然り實地上二於一ブモ︑誠二有要ナル﹁ヲ証明セラレタリ︑
彼ノ組成二附キ︑術詳言ロスレバ﹁日偵サール﹂ハ五〇︐%ノ﹁アン呼日リン﹂及ヒ三上バー三♪︺%μノ﹁サ
リチール﹂酸ヲO﹁フエノヅール﹂ハ︑五七%ノ﹁フヱナチエチン﹂及ヒ四三%ノ﹁サリチール﹂酸ヲ合
ム
用量ハ共二回○︑五一日二ー六回︑多クハ四ー六回︑稀二ぷ二十四時間中二一−二回二﹀
。
日ロサールノ一︑○︷麺ヲ用ヒタル﹃アリ︑叉少キ蕩〃㊨二戸﹁ブエノサール﹂ノ○︑二五宛ヲ與ヘタ
ル寸モアリL 以上ノ成蹟ヨリ︐−余ハ︑両者ノ聴用上至重ナル﹁ヲ信ズo併シ縷硫質斯叉ハ神経痛患者ノ特効薬 一畷抄 録 エハ十︸二
●抄録 六+四
ト云ブ能ハズo叉急性僕嚇質斯二合併スル﹁多キ助膜炎︑心嚢炎或ハ心丙膜炎ヲ防クノカナシ︑
加之其再褒ヲ防遇スル﹁能ハサルナリo叉時トシテ奏効ノ不確一實ナル寸モアリ︑コハ蓋シ他藥ト
…難
走免ソずル所ナリo而シテ此際陰﹂性ノ結果ハ﹁サリチール﹂酸及從來使用シ來リタルモノニ比シ
其 傷合ハ少シトモ断ズル能ハズo著者ハ︑債患者ノ簡軍ナル病歴ト︑熟度表ヲ示シo之二磨用シ
タル本薬ノ奏効如何ヲ明示セラレタグ
﹁メタクレゾールアニ・﹁ール﹂ノ丹毒療法二就テ
︵猫乙醤事週報一千入百九十入年十月二十七日第四十三號︶
ドクト・ル︑ウィルヘルム︑ケルヅエル氏述 ダ ハイムラート︑レフレル氏ハ︑工剛キニヘルメル氏ガ﹁イヒ呼オール﹂ヨリ得タル﹁アニヂーン﹂及
ヒ﹁アニトール﹂二就ブハ種々ノ試験ヲ施行シテ︑其圭要且ッ興味アルモノニシア︑殊ヱ從來ハ水
溶 液ヲ得ル能ハザリシニ︑今ハ﹁ア一一チン﹂ノ存在ニヨリ有力ナル防腐液ヲ得ル汀ヲ報告シタリ︒
尤ヨリ﹁イヒチ才ール﹂ハ有カナル防腐薬ニシブ︑皮膚及ピ粘膜・一外用スルトキハ︑ヨク組織内二
轟︷取セラル︑ハ巳二明ナリ︑而シプコノ有力ナμ﹁アニ呼ン﹂及ビ一屠強キ殺菌薬ナル﹁アニトー
」〃
ハ︑無論細菌任皮膚及粘膜病症二封シ︑爾他巳知ノ有名ナル滑毒藥ヲ凌駕シプ︑有カナル轄抗ヲ
瞥ムモノナランヵo叉動物組織内二於ブモ︑試験管内ノ親察二等シカル可シo然リ今動物二病毒
つ接種シ喚起シタル︑局部病六竃二︑此樂物ヲ接種又ハ塗擦スルWハ︑其病勢ヲ挫キ或ハ著名ナ ル影響ヲ被ラシムo借次ノ疑問二封シテハ︑ソブレル氏ハ︑實際二︑﹁モルモット﹂ノ傳染劒及之
實二
布 埋里ヲ接橦シブ︑良効ノ結果ヲ収メタルニョリ︑最早一点ノ疑雲ナキヲ致セリo次デ彼ノ
速ヵ二蔓延スル恐ルベキ丹毒ノ試験ハ︑今將サニ試ムベキ秋二至レフ
コ・二於プレフレル氏ハ︑余二動物試瞼講究ヲ命ジ︑殊二此際家兎ノ耳二同菌ヲ接種ゼヨト云ヘ
リ︒是レ本病ハ人ト家兎トぷ同シキ方法︑組織及同種菌ニヨリ惹起セラレ及ピ同様ノ熟経過ヲ取ル
モノナ〆ニョル︑此二於ブカ詳カニ病勢ノ⁝進歩停止ノ状況ヲ知ルヲ得プ今ヤ進ンデ從來人体二於
ブ甚タ難シトスル本病ノ療法上債値ヲ確定セント欲シ此際二種々ノ蘂物ヲ鷹用シタル中︑最モ克
ク﹁メタクソヅールアニトール﹂ エ奏効.ヲ呈スル寸ヲ明知シ得タリ
本薬ハ︑四十%ノ﹁クソゾール﹂ト︑六十%ノ﹁アニチン﹂︵ヘルメ〃ス氏費見ノ三三︑三分ノ一%ノ 水 様液+り︶ヲ合ム︒臆用二當ッテ通例三%︑稀レニ一%ノ溶液ヲ用フ︑但シ%藪ハ﹁メタクレ
ゾール﹂ソ合量ニョリ算定ス可シ ︑ ︵以上四項在祠井入田生抄︶
ー +Tu9−ー6ーパ
●
第 七 號 抄 籏 正 誤
久
保
武
● 抄 録 六+五
●抄
○第一項○同項中
○
第
二項
○同項中
○同項中 O O O
第
O
三.項と訂正す
○同.項中
O O O
O同項中
O に就ての誤植
稀なうの誤解!
むあるは大出血の誤
鎧 六+六
む り
表題中女子生殖の下﹁器し字を脆す
む
む ⑦畠§︒冨弍・口・・ぎ象8は月経過小巴謹して可也 分 娩 後 子 宮 の
』§旨は無力の誤鐸
む む む む む つ つ
第 む ば む 四日にして子宮蚕く9♂庄答︵収縮︶せうは子宮を掻爬せbの大談謬﹈
特「に彼れは馨師たるもの常に先づ﹂の以下 國旨①町ま毒︒邑Φ︷黒2げざロ︵純産褥縛染︶
つ む む り む り む 中度の困難に接するも飴う長き国9ご︒9暮ぞ︵宕然良能を待つ絃︶とあるは臨機の庭置
り む つ ゴ つ つ ロむ むへ叉一檬に筋腫出血に依て起されたる貧血に於ても常に禁忌となすは禁忌に属する乙と
む り む む む む む ロ
筋腫の一側の困難の高度云々中﹁︸側の﹂三字削すべしo伺同項中管︵沿︶耗せる出血と
O
漫
蘂
◎卒坐木生X⁝送るの序
天 高くして水の如く︑月は鮫々巴して鏡の如し︑
桐風樹に鯛れて颯々の聾をなし︑池水清く澄ん
て鴻雁の影を映す︑男見の快心潟んそ此時に過 ぎんや︑況んや讐學の鵬翼漸く成ウ︑名麗の桂
冠を手にし︑進んて赴禽の活路に立ち︑生殺の 大 穫を圭宰し普ねく蒼生の疾苦を濟はん芭する
︑我四高校聲學部四十飴の卒業生が心裡果して
如何ぞや︑是れ偏に諸君か夙夜孜々として能く
螢 雪 の努に耐へ︑錐股の苦に克ちたるの効果に
して今日の快ある量偶然にあらぎるなり︑吾人
ば鼓に諸君の光榮ある卒業を祀すると同時に︑
將 來 盆々最泊の學理を玩味し豊富の學と卓越の 識とを揮つて一意斯學の爲めに力を蓋されん乙
とを望むものな⊃︑思ムに我國の聲學は今や際
⑭ 漫 鎌
然として一瞬干里の進歩をなし︑俄然として萬
國に雄飛し︑・恰も梅花櫻桃李一時に開くの盛観
をなす︑昌なうと謂ふべし︑然りと云へとも學
海は術未だ棚荘として爲すべきの事業一にして
ヘ ト ヘ シ ヘ ソ ト へ ら リ へ ち も ヘ ツ ヘ へ
足らホ︑而も其多くは泰西人のじ漿より絞り出
モ へ も ソ へ リ ヘ へ も シ ト ヘ ヘ ツ ト ヘ ト ヘ へされ︑泰西人の手に養はれつ︺ゐるを思へは︑
ト へ む ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ へ ち ヘ ヘ へ ち ト ト も ち ヘ ヨ
我國聲學者だるものは一日も早く自家猫得の見
ヘ ヘ ト シ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ へ も ト ヘ ヘ へ
識を立て︑彼の長を取うて我が短を補ひ︑東西
も ヘ へ て ヤ ソ ツ ち つ ト ソ ト ソ トず カ ち シ ソ ら ト
融 化 混治して日本欝卑特殊の光輝を縫揚し︑優
ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ シ ヘ シ へ む ヘ ヘ へ ち も ヘ シ ヘ カ トに宇内人士の謄望潟仰するに足る事諜を成就せ・・・・・・⁝
o
ooOooσoooo
ざるべからぎるなう︑諸君は實に此の・山よφも
つ つ つ む む む む む む む
重 且大なる責任を負へるものにあらすや︒
天然の人心を左右するもの甚大なウ山水秀麗の 地 能く偉人傑士を出すと︑吾輩屡々之を耳にし
ぬ︑蓋し我北陸の地︑山秀にして水麗︑白山は
六
十 七
●
漫
銭
魏 乎として高く鍾へ︑信濃川は洋々として清く 流る︑仰かん乎︑以て其美を賞ダべく︑僚さん
乎︑以て其清を喜ふべし︑章乎として青雲を貫
く︑眺めて以て思想を高爾にすべく︑渡々とし
て息まぎる︑臨んて以て希望を遠大にすべし︑
此間堂一大聲豪の出つるなからんや︑奮起せよ
四高校卒業生諸君!
吾 輩は街諸君の健康を所ると共に諸君が本會の 爲めに轟されたるを謝し且つ長へに本曾あるを 忘 れ ぎらん事を切望して止まさるなウ︑
鴉呼松本善次郎先生
四園既に春來の榮を矢ひ樹子請々梧桐の
雨鳥を迎ゑ切々飛雁の聲を聞く萬家秋意
寛 允らさるは次し一夜起て大塞を望めば
苛
、 汗
六十入
明 鏡 の裏萬燭の玉兎を藏めて皓々天地灼
として雪の如し清乎凄乎鐘音遠く到り虫
聾近く襲ム鳴呼身は既に是れ秋天の客擾
々紛々百戚交々至う頭を垂れて沈思する
之と多時忽ちにして蓬々の雲一陣の怪風に從て起
う群峯墨を流して四海遂に瞑朦雨脚漸く
加はり滴々地を打つて聲あ⊃何等の鍵幼
ぞ鬼火明又減悲哉是れ松本︐善次郎先生の
露に因るものならんとは 先 生 起て我校に教鞭を取りしよう既に十 敷 年 聡朋博識子弟敬慕せさるはなし本曾 創 立
の塞あるや東奔西走私皐を棄て會務
に秘掌せらる35來磯行の任にある乙ピ数
年規矩漸く定㌢ウ盛美日に加はらんとす
、砿 ,
天 の 不 仁なる此時に當0て過11の雲巴共 に先生を萬里の地に途る 先 生 敷 年肺疾を病ふ嘗て意となさす知人
之を誠むるゐるも酒然笑ふて答へす春來
⊥
病勢重きを加へ痩削蒼顔弟子密に以て危 しとなす而も未だ業を擁せす起たぎるに
及んて乃ち止む
鳴呼人世五十天賦に生れて天賦に死す死 生素より天にあ然◇と雛も胸裡萬丈の 氣焔を痛めて止む爬み士是より大なるは なく不仁天是よウ大なるはなし不幸勇是 よo大なるはなし
玉 樹推けぬ明昂閨ちぬ北邨・川上一塊の土 長に先生の英骸を藏めて塞く塞月に濁す
● 漫 録
るのみ悲哉
吊意敬で墓廟に詣古れば萬籟樹梢に起ウ
寒鴉唖々凄然涙雨⁝の如し鳴呼悲哉
℃?ー4八
鋪 膓 漫 録 桧原銭腸
︵其入︶ 易水歌
あしはやき
月日のみちに闘やなき
春の色香のさめやらす かべの線うつろいて 秋
の
落葉にしぐれ初め はや木枯のすさびつ≧
きの♪ハは今日の昔かや
れくふかき
六 十 九
● 漫 録 學
び の
庭にわけ入・9て くすしの花を尋ねしは げに四つとせの昔にて すぎにし跡を見返れば うすき霞のだなびきつ はかなき夢のあピ淋し
せ
ひぞなし
苗にや磐ム瀞のが身も
敷への親につちかわれ
の 已けき春の風に浴び
めぐみのつゆに沽ひつ
くれなゐ匂ふ花咲きて 實らんもの巴思ひしに
はかだなし
蓬にた巴ふ寿のが身も
七 十 ま乙どの涙ぬぐひてし 友てふ麻に生ひ立ちて
もつる思をときしすめ
朝な夕なにかたうつ︺
ながく共に巴誓ぴしに
おもはじな
はるは千歳に愛らざる
み 澄0色濃き野の末に
共に歌ひて墓れにしを
あきは萬世朽ちせぎる
月のひかうに酒汲みて
明け行く室を恨みしを
まよはじな
びヒのゆくへは白雲の
あふか巴見れば又散て
森の彼方にわかれ行く み 虎らし川に浮く星は 今もむかしに更らね沿 移0絶ねせぬ世の態に
なげくまヒ
よしや幾重のやま川を
距て︺ともに恨むとも 硯のうみのかわかすば
ムーはなみだに別れつ≧
谷の燕夫路に迷ふとも れなじ高峯に花折らば
うらむまじ
墨田のふちに掠さして つきの桂をいだきつ 今をむかしに語クなば ●漫 録
文
のはやしのれく深く 錦をウなすもみち着て 故郷のみつに爲しなば
× × × × × ×
× × × × × ×
行く水のながれさためぬ飛烏川
VYl!人→ーー またの逢瀬に月そや巴らん
解剖美人 残紅
一
ありし其世の繕もさめ
情けも枯れてけふはしも 固く冷だき蛋の佐に 淋しく伏せる乙女子を
我
れ の
見し時一すじに
七十一
生