長野工業高等専門学校紀要 ・第23号 (1991) 19
ゾル ・ゲル法 による強磁性鉄酸化物の作成
蔵之内 真 一
Preparation of Magnetic lron・Oxide by Sol‑Gel Synthesis
Shinichi KURANOUCHI
Wereportedthattransparentfe汀Omagneticiron‑oXide丘1mswhichpreparedby sol・gelsythesisanddriedgelspowderwereexaminedmagneticpropertiesandcrystal structure.Afterheatedinatmosphere,the丘lmsshowedhightransparencyandweek saturationmagnetization47rMs.Wehavebeenobtainedlarge47lMsfilmsbyreduction treatmentinhydrogenatmosphereandcontinuouslyannealed.
Thepowdersampleswerecomparedwithmaghemitepowderwhichpreparedby coprecipitationmethod.Asaresultofpowdersamplescomparison,itwasfoundthat gelspreparedbysol・gelsynthesiswereveryreactivesomaghemitewasoxidized hematiteatlowheatedtemperature.
1. ま え が さ
ゾル ・ゲル法は, ガラス ・セラ ミックスの低温合成法 として知 られてお り, ニューガラス やニューセラ ミックスといった高度な均質性を要求 される新素材関連分野で注目される技術 である. この方法は溶媒中に微細 なコロイ ド粒子が分散 した状態 (ゾル)か ら, コロイ ドの 凝集によ り流動性の消失 したゲルを経て,焼結により目的の組成のセラ ミックスを作成す る 方法であ り,液相法の一種である. このため固相法によっては困難な高度の均質性 が容易 に 達成 されることや,バルク体や薄膜等多様 なものが得 られる特長を持つ.またスパ ッタ,蒸 着法 といった材料研究の諸手法 に比べて生産効率が高 く, これ らを補 う手法 として有用であ ると考えられる. このため,遷移元素を含むガラスコーテ ィング膜(1)に始ま り,強誘電材料 (BaTiO 3(2),PbTiO 3(3))や,YBCO系の高温超電導体(4)の作成 といった多 くの電子機能 セ ラ ミックスの合成が試み られている.
筆者 らはゾル ・ゲル法の優れた特長 に着 日して,磁性材料開発 の観点から研究 を行 ってき た.その一つの試み としてゾル ・ゲル法による高透光性 の酸化鉄薄膜の作成 について述べ る
と共 に,粉体の特性 について共沈法 による酸化鉄粉体 と比較検討 したので報告す る.
2.試 料 作 成 方 法
作成手順 を図1に示す.出発原料 にはエテ レソグ リコール (HOCH2CH20H)と硝酸鉄
ⅡⅠ9水和物 (Fe(NO 3)3・9H20)を用いた.溶媒 のエチ レング リコールに対 し14‑28.5wt
%の硝酸鉄を溶解 し,還流冷却器付 フラスコを用いて窒素雰囲気 中で按 はんしなが ら80
o C
に保つ と,金属 アル コキシ ドの一種である鉄‑エチレソグ リコラー トが生成 され,溶液 はし
20 蔵之内 真 一
だいに粘度を増 して流動性の消失 したゲルにな る. ゲル化時間は硝酸鉄の濃度を増す と短 くな る。
蒲膜の作成は,ゲル化前 の粘調 な液体 をガラ ス基板上 にスピンコー トしてゲル化 させ,乾燥 して熱処理を施 して強固な膜 とした.粉末試料 には充分 に反応 の完了 したゲルを,ホ ットプレ ー ト上でゆっくりと乾燥 させて乳鉢で粉砕 した ものを用いた.
また, ゾル ・ゲル法で作成 した酸化鉄粉末 と 比較す る対象 として,共沈法によるマグネタイ ト粉末 (Fe304)を作成 した.原料 には塩化第 一鉄 (FeC12) と塩化第二鉄 (FeCl。) を用 い,
この水溶液を水酸化ナ トリウム (NaOH)で中 和 してマグネタイ ト沈澱を得た. これを乾燥 し
て試料 とした.
この試料に種々の熱処理を施 して試料 の結晶 構造 と磁気特性 について比較 した.
St'lrring
CoQting l Drying Prel0XildQtion
Qt400OC 0.5h l
Drying Reduction inH2 I Qt300「4500C 2h
A
nne Q
Ling Post‑oxidQtion clt2 0 0 ‑ 6 6 0 0
C2h Qt4000C 2h図1 作成フローチャー ト
3.薄 膜 の 特 性
ゾル ・ゲル法 によって作成 した酸化鉄粉末についての比較をす る前に, この方法で作 られ た薄膜の特性について述べ る.薄膜 はガラス基板上 にゾルをスピンコー トす ることにより形 成 し,ゲル化 ・乾燥後の膜厚 は約4000Åである. これを熱処理す ると,膜厚 は2000‑2800Å に減少す る. このようにして作成 された膜 は,つづ く熱処理によっても剥離 しない強固で平 滑な膜であ り赤褐色で高い透光性 を持つ.
図2は薄膜を熱処理温度を変 えて大気中5時間熱処理 した後のⅩ線回折パ ターンである.
10 20 30 40 20 (de匂)
50 60
図2 大気中で熟処理した薄膜の
Ⅹ線回折パターン
(Cu:Kα)
図3 大気中で熟処理した 薄膜の磁化曲線
ゾル・ゲル法による強磁性鉄酸化物の作成
400oC以下では明確 など‑クが見 られず X線 アモル ファスを示 したが,400oC以 上 では常磁性体 であ る‑マタイ ト(α‑
Fe20。)の回折線が観測 された.
図3に400oCで熱処理 した薄膜 の磁化 曲線を示す. また図4は飽和磁化 の熱処 理温度依存性 であ る.熱処理温度450
o C
のときの試料で得 られた最大の飽和磁化 47rMs‑0.74kGは バ ル ク のstoi・
(9
)S≡ビ寸21
000
5000
。 / ‑ ヘ \
ANNEAuNGTEMPERATURE(oC) 図4 飽和磁化の熱処理温度依存性 Chiometricγ‑Fe20。の値5.2kG(5)と比較 して14%程度 と小 さい.
このようにⅩ線回折では結晶が観察 されないにもかかわ らず弱いなが ら磁化曲線 が観察 さ れるのは,薄膜 の大部分 はα‑Fe203などの常磁性の結晶あるいはアモルファスで構成 され, その中に強磁性の超微粒子が分散 しているため と考 えられる. これ らの測定結果か らゾルを スピソコー トして作成 した薄膜では熱処理によっても結晶化がそれほど進んでいない ことが わかる.
強磁性体であるγ‑Fe20。はFe30一と同様 にス ピネル構造 で,Fe304を過酸化 したため空 格子点をもつ結晶で,
(Fe3+[Fe3+5/。□1/。]04) であ らわ され る.
γ‑Fe203を約400oC以上 に熱す ると空格子点が無 くな り,常磁性体である菱面体晶のα‑
Fe203に変態す る. (5)
上述の薄膜 は,大気中での熱処理で酸化が進みα‑Fe20。が形成 されてい ると考 えられ る ので,酸素欠損 を作 るため, これに水素雰囲気中で還元処理を施 してみた.処理を施 した試 料は, もっとも大 きな飽和磁化を示 した熱処理温度400oCのもので,300か ら450oCで2時間 水素雰囲気中で熟処理 して還元処理を行 なった.
還元処理を行 った薄膜 は不透明で金属光沢を持つ. さらにこの膜を再度,大気中で400oC, Fe304
20 30 40 50 60 70 20(degI
図5 Ⅹ線回折パターン(Cu:Kα) (a)還元処理した蒋膜
(b)(a)を大気中で熱処理した薄膜
くつ 三3
≡t! ヽー
I t ′/,■I∫ (b)(a)
‑J.5 ‑I.0‑0,5 ∫∫lt 1l o.5 LOHEkOe)l.5
̲, i ‑̲I/ ′
図6 磁化曲線
(a)還元処理した薄膜
(b) (a)を大気中で熟処理した薄膜
22 蔵之内 裏 ‑ 3時間熱処理を施す と,還元処理 loo
前 と同様 な赤褐色の透光性 の高い 膜 に戻 った.
図5にそれぞれのⅩ線回折パ タ ーンを示す.還元処理を行 なった 膜 で は (110)方 向 に配 向 した Fe,0.の ど‑クが観察 され,再度 大気 中で熱処理す る とγ‑Fe203 に変態 していることがわか る. こ の こ とか らα一Fe203の結晶が還 元処理により酸素量 の少 ないFe3
04に変態 し, さらに酸化処理 に よ りγ‑Fe203に結晶構造 が変化
500 1000 J500 2000 2500
WAVELENGTH(nm)
図7 分光透過特性 (a)還元処理した薄膜
(b)(a)を大気中で熟処理した薄膜 していると考えられ る.
これ らの試料 の磁化曲線 を図6に示す.還元処理後 の飽和磁化 の最大値 は47rMs‑3kG と,処理前の値 の4倍に達 し,再度熱処理を施 した試料で も同程度の飽和磁化を得た。
さらに熱処理温度を変えて実験を行なった結果,後 の大気中での熱処理温度は試料 の磁気 特性 にほとんど影響 しないことがわかった.
図7に試料の分光透過特性を示す.(a)は還元処理 した膜の分光透過率で,透過率は40%程 度 と低い. これを再度熱処理 したのが(b)で,可視から近赤外域 にかけて90%以上の高い透過 率を示す.還元処理を行 な う前の薄膜の分光透過特性は(b)とほとんど同様であった.
4.粉 体 の 特 性
上述のように,還元処理 と再度の大気中熱処理によ り可視か ら近赤外にかけて透明で大 き な飽和磁化を持つ薄膜 が得 られ る. しか しなが らゲルか ら乾燥 して大気中で熟処理 した膜で は小 さな飽和磁化 しか現れず,Ⅹ線回折測定によっても大 きな結晶の形成が観察 されなかっ た. しか しなが ら,熱処理温度 を上 げることによりα‑Fe203の成長が見 られることか ら上 述 したようにγ‑Fe203(超微粒子)のα‑Fe203‑の変態が起 こっていると考 えられる.
このように薄膜ではⅩ線回折 によって結晶構造の解析がで きない.そこで, ゾル ・ゲル法 で得 られたゲル と通常のγ‑Fe203粉末で,熱処理 による結晶構造 の変化の比較 をお こなっ た.作成法の所 で述べた ように,ゲルはゆ っ くり乾燥 して溶媒 を除 き粉末 とした.γ‑Fez
03は共沈法によ り作成 したFe。0.を200oCで熟処理 して得た. これ らを乳鉢で粉砕 して大 気中で種々の温度で10時間,熱処理をお こなった.
図8にゲル(a)とγ‑Fe20,(b)の飽和磁化の熱処理温度依存性 を示す. ゲルか ら得た粉末 を 熱処理 した もの(a)の飽和磁化 は300oCで急増 し,400oCの熱処理で急激 に減少す る.一方, γ」Fe20。を熱処理 した もの(b)は400oCまで35emu/g程度の大 きさであるが,500oCの熱処理 でやは り急激に減少 した.
これらの試料 の結晶構造 を調べるためにX線回折測定 をお こなった.測定 は,鉄を大量 に 含む試料では蛍光Ⅹ線 の励起 に よるバ ックグラウン ドの増加 でP/Bが悪 くなるのを防 く●た
ゾル ・ゲル法による強磁性鉄酸化物の作成
I握ATIN3TEMFm yqE'(℃J
(a) ゲルを熟処理した試料
60
40
ロ1
24)
=tr1200
t I
HEATINGTEMPER#rURE(●C) (b) γ‑Fe203を熱処理した試料 図8 粉末試料の飽和磁化の熱処理温度依存性
叶Fe'q ・d‑Fe,ら 2αPC
or‑Fe,q ・cI‑Fe,a
2 0 30 40 50 60 70 80 90
20(de匂)
(a) ゲルを熱処理した試料
30 45 60
20ltlegJ
75 50
(b) γ‑Fe203を熟処理した試料
23
図9 粉末のⅩ線回折′(クーソ(Fe:Kα)
め,Fe線源を用いて行 った.図9にゲル(a)とγ‑Fe20,(b)の熱処理温度 によるX線回折バ タ ーソの変化を示す.ゲルか ら得 られた粉末(a)では300oCの熱処理で,γ‑Fe203の他にα‑Fez 03が同時に形成 されているのがわかる.α‑Fe203は400oCの熱処理で急激 に成長す る一方 , γ‑Fe203は姿を消 し500oCではほとんど観察されな くなる.また, γ‑Fe203を熟処理 した試 料(b)では,300oCの熱処理 まではγ‑Fe20。のみで400oC以上 でα‑Fe203に結晶構造 が変化
してい る.
このように, この二つの試料 はいずれも熱処理によ りγ‑Fe203か らα‑Fe203‑の変態 を 起 こす. しか し,γ‑Fe20。粉末 を処理 した試料 は400oCで変態す るのに対 して, ゾル ・ゲル 法 によ り作成 した試料では低い熱処理温度で もγ‑Fe20。と同時 にα‑Fe203が形成 され,γ ー α変態も普通 より低温度で起 こゝていることがわかった.
5.検 討
ゾル ・ゲル法で作成 した薄膜では大気中で熱処理 しても実用的に有用な大 きさの飽和磁化 を持つ強磁性薄膜 は得 られない. しか しながらこの薄膜を一旦還元処理 して,再 び大気中で 熱処理 した試料 はγ‑Fe203を形成 し可視 から近赤外 にかけて透明で,かつ大 きな飽和磁化 をもつ.他方,ゲルを乾燥 して粉末 としてその結晶構造を調べてみ ると,普通 よ りも低い熱 処理温度でα‑Fe203が形成 されγ‑α変態 も低温度で起 こることがわか った. この ことか ら
24 蔵之内 実 ‑
薄膜では,同時に形成 される常磁性体 のα‑Fe203がγ‑Fe203の成長 を妨 げるとともに,γ‑ α変態が起 こり強磁性相が成長 しないため小 さな飽和磁化 しか現れないと考えられる.特 に 薄膜 とい うことと乾燥 したゲルは多孔質であること(6)が,大気 との境界面横を大 きくして酸 化 を進めα‑Fe203の形成を早めていることも考 えられる.
このように,薄膜 に大気中で熱処理 を施 しただけでは大 きな磁化 をもつ膜 は得 られ ない が,α‑Fe20。の生成を抑 えγ‑Fe203の膜 が形成 できれば十分 に大 きな磁化を持 った薄膜 を 得 ることがで きる.そこで酸化を防 ぐために真空中や,不活性気体中でと熱処理,あ るいは,
なるべ く低温で処理で きるように薄い膜 を重ね塗 りす ることが考えられる.
6.む す び
ゾル ・ゲル法による電子機能セラミックス作成 の研究の一つ として,酸化鉄薄膜 と粉体 に 関 して磁気特性 と結晶構造の検討をお こなった.薄膜 では還元処理 と再度 の熱処理によ り可 視か ら近赤外 に架けて透明で,室温の飽和磁化が47tMs‑3kGに達す るものが得 られ る. こ れは同様 に透明な磁性体であるYIG (1.7kG)に比べ大 きく,大 きな磁気光学効果を持つこ とが期待 される.一方,粉末の検討によりゾル ・ゲル法により酸化鉄を作成す ると,低 い熱 処理温度でも酸化が進 んでα‑Fe203が形成 されてしまうことが分かった.
今後.α‑Fe203の形成を抑 えてγ‑Fe20,薄膜 を形成す ると共 に,他の強磁性酸化物 (メ リウムフェライ ト:BaFe12019,ス トロンチ ウムフェライ ト:SrFe1201。,等)の薄膜化 に ついても検討 したい.
参 考 文 献 (1) H.Dislich:∫.Non・Crystal.Solids,57,(1983),371‑388.
(2) S.SakkaandT.Kokubo:∫.Appl.Physics,γol.22,Supplement22‑2,(1983)3‑7. (3) E.Wu,K.C.chenandJ.D.Mackenzie:Mat.Res.Soc.symp.Proc.,γol.32,(1984)169‑174. (4) E.A.Hayri,M.Greenblatt,K.V.RamanujacharyandM.Nagano:J.Mater.Res.,Vol.4
No.5,(1989),1099‑1102.
(5)近角 :強磁性体の物理,(1978),裳華房
(6)作花 :ゾル ・ゲル法の科学,(1988),アグネ承風社