一 115 一
東医大誌 52(2):115,1994
教育改革の原点
東京慈恵会医科大学学長
岡 村 哲 夫
大学設置基準の大綱化により,大学は自己の責任の下に,自由に,特色のある教育・研究活動を 展開出来るようになった.しかし医学部あるいは医科大学の場合には,他の学部とは異なり医師国 家試験があるため,それほど自由に,独自性を発揮出来ないのが現実であろう.
各医科大学・医学部の教育改革の現状を見ていると,結果的には同じような到達目標を掲げてい ても,各大学はそれぞれの建学の精神あるいは教育理念に基づいて,特色を出そうとしていること が伺える.この各大学の独自性こそ,大学改革の原点でなければならない.それも外的条件の変更 に対応する機会を捉え,大学それ自体が内包する,あるいは現在の医学そのものが内包する問題点 を解決することを改革の原点にしたい.カリキュラムの改編は次の問題であろう.
しかし改革は言うまでもなく,それほど安易なものではない.今後の百年を見据えての理念構築 の難しさは,カリキュラム改編などの比ではない.
独自性を創造することはまさに産みの苦しみである.このような時,我々の先輩は外国に範を求 めてきた.当時の状況を考えれば当然のことではあった.現在でも状況はあまり変っていないよう に思える.現在各国で行っている新しい方策を真似するのが,確かに苦労は少ない.しかしそれで 良いのであろうか.
我が国がドイツ医学を導入した際,あるいは第二次大戦後に,米国の医学を導入した際,追いつ くのに精一杯で,それぞれの医学の真髄を,負の面も含めて,正しく認識していたか否か極めて疑
わしい.
日本民俗得意の知恵で,移入した外国の文化を,日本に合ったように改造し,改編してしまった のではないか.現在医学教育の改革に当たって,また外国を範とするのも良い.得意のアレンジを 施すのも良い.しかしまたその真髄を認識せずに,その形骸だけに新しい装いを施し,トレンディ であると自己満足する愚は避けるべきであろう.現状をみていると,些か危惧の念を抱く.
西洋文化とくに科学は,その限界を露呈している.二十一世紀を主導するものは,西洋ゐ論理と 東洋の精神とを止揚したものであろう.教育改革に当たっても,この点を熟慮すべき時である.
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