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(1)

〈書   評〉

石川明著『仮の権利保護をめぐる諸問題』

上村雄一

(2)

石川明著『仮の権利保護をめぐる諸問題』

181 

本 書 は , 労 働 仮 処 分 に つ い て 積 極 的 な 問 題 提 起 を 試 み ら れ て い る 筆 者 の 論 文 集 で あ る 。 労 働 仮 処 分 に 関 す る 五 編 の 論 文 の ほ か , 出 版 禁 止 の 仮 処 分 を め ぐる論文二編,仮執行に関する論文二編も収録されているが,本書評では労 働仮処分に関する諸論文に限定して紹介・検討する。

本 書 で 検 討 さ れ て い る 労 働 仮 処 分 を め ぐ る 論 点 を 私 な り に 要 約 す れ ば 次 の 三 点 で あ る 。 い ず れ も 重 要 論 点 で あ り , こ と に 第 一 と 第 二 の 論 点 は 周 知 の よ

うに目下論争状態にある。

第 一 に , 地 位 保 全 仮 処 分 の 許 容 性 で あ る 。 解 雇 事 件 の 場 合 , 被 解 雇 労 働 者 が 解 雇 無 効 を 主 張 し て 賃 金 仮 払 仮 処 分 ( 仮 払 仮 処 分 ) と と も に 地 位 保 全 の 仮 処 分 ( 地 位 保 全 仮 処 分 ) を 並 列 し て 申 請 す る 事 例 が 少 な く な い が , 仮 払 仮 処 分 に 加 え て 地 位 保 全 仮 処 分 を 発 令 す る 必 要 が 果 た し て 存 在 す る か で あ る 。 こ の論点には賃金以外の利益(会社施設の利用権など)の保全の必要性の問題も 含まれる。

第 二 に , 仮 払 仮 処 分 の 性 格 で あ る 。 具 体 的 に は , 仮 処 分 命 令 が 発 令 さ れ た の ち に 本 案 訴 訟 で 仮 処 分 債 権 者 で あ る 労 働 者 の 敗 訴 が 確 定 し た 場 合 , あ る い は , 仮 処 分 命 令 が 異 議 ま た は 控 訴 で 取 り 消 さ れ て 失 効 し た 場 合 , 労 働 者 ( 債 権者)は受領した仮払金を使用者(債務者)に返還する義務を負うかである。

宝運輸事件最高裁判決(最三小判昭

63

3

15

民集

42

3

170

頁 ) 以 降 本 格 化

(1)

収録論文は次の通りである(本書巻末の「収録論文一覧(掲載順

)J

による)。

「地位保全仮処分の必要性

J~民事訴訟法の現代的構築~

(染野義信博士古希記念論文集)

(1989

年)

「従業員たる地位保全仮処分をめぐる若干の問題

j

法学政治学論究

1 0989

年)

「日本おける賃金仮払仮処分の形成力」カルル・ハインツ・シュワープ博士

70

歳記念論 文集

0990

年)

「労組法上の救済命令・緊急命令と地位保全ないし賃金仮払仮処分」法学研究

62

1

(1989

年)

「私立大学における教授の法的地位と地位保全の仮処分J

Conflict and Integration:  Coparative Law in the World Today 0988

年)

「文章配布差止の仮処分の適法性」慶隆義塾創立

125

年記念論文集・法学部法律学関係

0983年)

「新聞・雑誌等の配布差止仮処分の問題点」

「仮執行・仮払仮処分の例外性」

「仮執行の免脱の立担保と仮執行」

判例評論

183 (1974

年)

判例時報

962 0980

年)

判例時報

1254 0988

年)

(3)

した

5

命点である。

第三に,労組法上の救済命令・緊急命令と地位保全仮処分ないし仮払仮処 分の関係である。労働委員会の救済方法と裁判所の救済方法(仮処分)の関 係をどのように理解すべきかという理論的に重要な論点につながる問題であ る。具体的には,前者は後者の必要性を姐却するか,または後者は前者の必 要性を阻却するかという形で検討されている。

以下,各別に紹介・検討してみる。

地位保全仮処分の許容性

(1)結論を先取りしていうと,この論点について石川教授は否定的である。

教授は,まず,裁判例の一部が「債権者は賃金を唯一の生活の資とする労働 者と認められるから,本件解雇によりその生活は困窮し,回復し難い損害を 受けるおそれがある」などの定型的文言で仮払仮処分と地位保全仮処分の両 者を並列的・同時的に発令している事実に触れ,これら裁判例を疑問視する。

石川教授によれば,この種の定型的文言は仮払仮処分の必要性に関するもの で,地位保全仮処分の必要性を理由づけてはいない。両処分が同一内容であ れば同ーの説明でよいが,両者は同ーの処分ではない。労働者たる地位は賃 金請求権を含む包括的地位であり,後者より範囲が広い。したがって地位保 全仮処分を発令する場合には,賃金仮処分の必要とは別に地位保全仮処分自 体の必要性を説明することが求められる。実際,両者の必要性を別個に判示 している裁判例も存在し,そうした裁判例のほうが前記定型的判示のみをも って両処分を発令する裁判例に較べ「丁寧」であるとされる

(7

頁 ) 。

この定型的文言をめぐる問題点は以前から指摘されていたところで了)地位

(2)

鈴木正裕「仮の地位を定める仮処分と保全の必要性」吉川還暦論文集(上)

218

頁,萩沢 清彦「解雇と仮処分」実務民事訴訟講座

9

巻行政訴訟

E

労働訴訟

228

頁,加藤俊平「地位 保全の仮処分」実務民事訴訟講座

9

巻行政訴訟

E

労働訴訟

266

頁,吉川正昭「解雇をめぐ る紛争の際の保全処分」実務法律体系 8巻4 4 5頁,長門栄吉「地位保全仮処分の必要性」

裁判実務体系

5

労働訴訟法

202

頁など。

(4)

石川明著『仮の権利保護をめぐる諸問題』

183 

保全仮処分の位置を考えるうえで重要な意味をもっ。すなわち地位保全仮処 分は被解雇労働者の従業員としての地位を概括的に保全する任意の履行を期 待する仮処分として出発したが,その後,これを履行しない事例が登場する ようになり,地位保全仮処分に加えて具体的執行を予定する仮払仮処分を並 列的に申請する事例が生じた事情がある。そのさい,地位保全仮処分が予定 する中心的利益である賃金債権について特に仮払仮処分で直接に実現するだ けであって,両者は互いに排斥しないという理解が背景に伏在している。し かしながら,そうだとすれば,仮払仮処分を発令する以上それに重ねて地位 保全仮処分を発令する必要はあるのかという疑問が生じる。石川教授の指摘 はこの点をついたものである。予定されている利益を仮払仮処分で実現でき るのであれば地位保全仮処分は不要であり,もし地位保全仮処分の発令が必 要であるならば仮払仮処分で実現できない利益の存在について疎明すべきと いうことになる

(31

頁 ) 。

同様のことは賃金以外の利益の保全の必要性についても妥当する。たとえ ば賃金以外の利益としては,従業員として取り扱われないことによる有形無

(3 

)矢崎秀一「労働仮処分の必要性

J

(西山俊彦ほか編『労働争訟の課題と展望』別冊判例タ イムス

5

112

頁)は,吉永論文

(r

任意の履行に期待する第一次仮処分と賃金仮払第二 次仮処分の関係・解雇無効と昇給・賃金仮払の必要性」判例評論

127

28

頁)を引用しつ つ,定型的言文化による必要性認定の緩和傾向を指摘して,

r

このような実務の一般的傾 向は,一般の仮処分の必要性に関する裁判所の判断傾向と著しく異なっており,そもそ も民訴法七六

O

条の趣旨に沿うものか疑問である」と指摘している。なお,吉永論文は 次のように述べていた。「現在の判例の趨勢は,労働者が賃金で生活していた場合には,

賃金の支払を受けられないというだけで仮処分の必要性があるとするものが多く, しか も,労働者は使用者からの賃金によって生活していると見るのが通例であるから,賃金 仮払の必要性について労働者側から積極的に立証(疎明)する必要はなくなってきてい ると云っても過言ではない。却って,使用者の側より特別に必要性のないことを主張立 証しない限り,労働者側が著しい損害を受けるおそれがあると推定してしまうのであり,

訴訟の実際も,使用者側において必要性の不存在について主張立証するのが通例である」

(28

頁)。矢崎判事の批判は昭和

52

年段階のものである。現在の実務は,賃金仮払仮処分 について著しく厳格になっている。後注

(7)

の文献のうち仮払仮処分に関する論文参照。

他方,吉永論文指摘の実務の傾向は,解雇についての「権利濫用説」・「正当事由説」

と無関係ではない。若林安雄「労働仮処分と本案訴訟」現代労働法講座

14

巻労働訴訟

258

頁参照。

(5)

形 の 不 利 益 ・ 苦 痛 の 救 済 , 会 社 施 設 の 利 用 権 の 保 全 , 使 用 者 に よ る 組 合 活 動 妨 害 の 禁 止 , 不 就 労 に よ る 労 働 者 の 技 術 低 下 の 防 止 な ど が 考 え ら れ る が , こ れ ら の 利 益 を 保 全 す る 必 要 が あ る と き に は ( 石 川 教 授 は こ れ ら に つ い て は 保 全 の 必 要 性 の 点 で 概 ね 否 定 的 で あ る ) そ れ ぞ れ に つ い て 保 全 の 必 要 性 の 釈 明 を 求 め た う え で , そ れ ら 利 益 を 保 全 す る 仮 処 分 を 個 別 に 発 令 す れ ば 足 り , 地 位 保 全 仮 処 分 を 発 令 す る 必 要 は な い 。 し た が っ て , 仮 払 仮 処 分 の 必 要 性 と は 別 に

(4)

石川教授によれば次のようである。

(a)

会社施設の利用権については雇用契約上の権利で ある場合とそうでない場合とがある。雇用契約上の権利であっても,その利用を妨げる ことが被用者にとって著しい損害ないし急迫の強暴になるほど重大なものであるという ことはできなし、。 ( b ) 組合活動上の支障についていえば,まず,これが雇用契約上の権利 であるか問題であり,もし雇用契約上の権利であるとしても,その妨害によって,当該 労働者が著しい損害を受けたり急迫な強暴に曝されるとはいえない。組合についても同 様である。

(c)

就労請求権についても,使用者による業務上の必要による配置転換が適法 であることを考えれば,原則として技術の低下は就労請求権を根拠づけないといえる。

技術低下を理由に就労請求権を肯定するにしても,それは被保全権利を肯定するにすぎ ないのであって,保全の必要性まで肯定したことにはならない。技術低下が就労請求権 発生の根拠にならない理由が,そのまま技術低下が保全の必要性にならない根拠として 援用できるのではないか(以上,

1112

頁)。なお,石川教授は大学教員については就労 請求権を原則として肯定される。本書

65

頁以下および「大学教員に対する自宅待機命令 と仮処分」慶陸義塾大学法学部法律学科開設百年記念論文集参照。後者論文は大学施設 利用権および教授会出席権を労働契約上の権利であると明言する。ただし大学施設利用 権について必要性の観点から保全の必要を否定した四天王寺国際仏教大学事件・大阪高 裁決定(平元.

2.  8.

労働法律旬報

121563

頁)を妥当であるとされている。同事件 については不十分ながら私む検討したことがある

Cf

大学教員に対する自宅待機命令とそ の無効確認の必要」労働法律旬報

122611

頁以下

)0(e)

厚生年金および健康保険の取扱い については保全の必要性を肯定されるようである

(57

頁)が,明言されていない。

(5)

このような立場から,石川教授は納谷判事補の処理方法に賛成されている。すなわち,

同判事補は次のように述べられている。「地位保全の仮処分の被保全権利は,通常,賃金 請求権が考えられるにすぎな

L

、。そこで,私は地位保全仮処分が申請された場合には,

債権者に対し,賃金請求権のほかに保全しようと考えている権利ないし利益があるのか,

あるとすればそれは具体的に何であるのかを釈明することとしていた。その結果,例え ば,社宅を利用しようとする権利・利益を主張する場合には,社宅使用妨害禁止の仮処 分に申請を変更するように促すのである。しかし,賃金請求権以外に主張するものがな い場合には,原則として執行力を有する賃金仮払仮処分が認容される限り,更に地位保 全の仮処分の必要性はないと考え,そのように取り扱った」。納屋肇「従業員の地位保全 伝処分及び賃金仮払仮処分の必要性について」判例時報

12704

頁。納匡論文が対象と

している時期は昭和

60

年から

63

年である。

(6)

石川明著『仮の権利保護をめぐる諸問題』

185 

これら利益の存在を地位保全の仮処分の必要の理由として挙げる裁判例は,

前記定型的判示で仮払仮処分と地位保全仮処分を並列的に認める裁判例より も「丁寧」であるにしても,地位保全仮処分の必要性の根拠としては不十分 である。個別的権利の保全の必要性の説明とは別に,地位保全仮処分の必要 性自体を説明する必要があるとされる。

石川教授はこのように地位保全仮処分を認める裁判例・学説を批判される のであるが,他方,地位保全仮処分に効用がないこと,つまり債務者の任意 履行を期待する以外に内容実現の強制方法がないことを理由に許容性を否定 する見解に対しても批判的である。教授によれば, r 地位保全の仮処分によ って仮の地位が形成されること,およびそれを形成しておくことの意味はこ れを認めざるを得ない」のであり,効用の欠如を地位保全仮処分否定の理由 にはできない(1

2

頁)。第一に,地位保全仮処分は,仮処分債務者に仮処分 債権者に対する関係で仮処分を尊重すべき義務を課し,これを否定して仮の 地位を侵害して債務者を困窮させ,または凶暴を避けることができなかった ことによって発生した損害を賠償すべき義務を債務者に負担させる法的効果 をもっ(1

2‑3

頁)。第二に,仮処分によって実体法上ではなく手続法上に すぎないとしても従業員たる地位を保全することにより,たとえば仮処分存 続中は仮払賃金を不当利得として返還の請求を受けなくてよい効果をもっ ( 1

9

頁)。第三に,事実上の実効性がないことを理由に地位保全の仮処分を 否定するのであれば訓示規定の存在理由を疑わざるをえず,執行できない債 務について裁判する利益も否定されて不都合である

(20‑21

頁)。第四に,

地位保全仮処分は裁判上一定の法的行為規範を示す

(21

頁)。それ故,任意 履行を求めうるにすぎないことを理由に地位保全の仮処分の必要性を否定す るのは正しくない。

地位保全仮処分を否定すべき根拠は,石川教授によると,実効性の欠如で はなく,この種の仮処分による地位形成の例外性・暫定性にある。第一に,

(6)

具体的には,西山敏彦・保全処分概論

140. 148

頁に対する批判である。これに対して,

松野嘉貞「地位保全仮処分の諸問題」新・実務民事訴訟講座

11

労働訴訟

43

頁は,西山判

事の見解を理論的に「説明性を有している」と評価する。

(7)

判決の仮執行でさえ財産上の請求に限定されている。これに対して地位保全 は財産権を含む包括的な法的地位の保全である。判決の仮執行以上にその例 外性を認めなければならない。第二に,そうした例外性を考えるならば,仮 処分債務者に与えるダメージを最小限に抑制する必要がある。雇用契約上の 被用者たる法的地位を包括的に保全するのではなく,原則として雇用契約上 の最も重要な権利である賃金請求権を保全することをもって足り,一歩譲っ て雇用契約上のその他の権利の保全の必要を認める場合があるとしても,そ れらについては個別に保全すれば十分で被用者たる地位を包括的に保全する 必要はない(1

3

頁 ,

131

頁)。更に, r 紛争の一挙抜本的解決」ないし「紛争発 生予防」を理由に地位保全仮処分を許容する見解があるが,紛争の保全的機 能は最小限でなければならず,地位保全という包括的な形で一挙抜本的にな されるべきではないのであるから,賛成できない(1

3

頁 ) 。

(2)

石川教授はおよそ以上のように主張される。教授が指摘されるように,

執行による満足は確定判決によるべきであり,それが裁判制度の本則である。

仮処分はあくまでも仮処分であり,仮処分の仮定性・暫定性・例外性を考え るならば,保全の必要性・範囲ないし処分内容については厳格な判断が要求 される。その意味において石川教授の指摘はきわめて説得的である。近年,

同様の趣旨から,労働仮処分について必要性の要件を厳格に解する傾向が強 まっているが,それなりの制度的根拠をもった傾向であるといってよい。

(7)新・実務民事訴訟講座11労働訴訟所収の沖野威「労働事件における本案訴訟と仮処分の 役割j,松野嘉貞・前掲「地位保全仮処分の諸問題j,中込秀樹「いわゆる非典型的労働 仮処分の諸問題j,古館清吾「賃金・退職金仮払の仮処分の必要性」の各論文および裁判 実務体系5労働訴訟法所収の滝津考臣「賃金仮払仮処分の必要性(l)j,塚原朋ー「賃金仮 払仮処分の必要性(2)J,長門栄吉・前掲「地位保全仮処分の必要性」の各論文を参照。

(8)こうした必要性認定の厳格化傾向は,昭和56年の労働民事担当裁判官の「中央協議会」

および昭和57年の「裁判官会同」とそれをまとめた「部外秘」の『労働訴訟の審理につ いて.n(最高裁判所事務総局行政局編)以降顕著である旨が指摘されている。各古道功「労 働仮処分の必要性」片岡先生還暦記念・労働法学の理論と課題425頁以下,井上直行「労 働仮処分に関する裁判官協議会と裁判統制」労働法律旬報119050頁以下,岩出誠「解 雇事件における労働仮処分の必要性」日本労働協会雑誌22頁以下,長沸j満男「労働訴訟 の現状」法の科学1454頁以下,森井利和「労働仮処分の最近の傾向と裁判官会同の問 題点」季刊労働法15476頁以下,同「労働事件における仮処分の必要」労働法の争点(新 版)288頁など。『労働訴訟の審理について』を読んでみると確かに対応関係を感じる。

しかし重要なことは,厳格化傾向を法理論的にどのように評価するかである。

(8)

石川明著『仮の権利保護をめぐる諸問題』

187 

しかしながら,それにもかかわらず,教授の提案には幾つかの疑問と必ず しも同意できない点が残る。

第一に教授は,地位保全仮処分を原則的に否定する理由として,この種仮 処分の保全範囲の包括性を指摘されている。たしかに,地位保全仮処分は従 業員たる地位の保全であるから保全範囲は包括的である。しかしながら,通 説は地位保全仮処分に執行力を認めていないし,石川教授も実効性が薄いこ とを否定されていない。だが,そうだとすれば, r 被用者の雇用契約上の請 求権として賃金請求以外のものを認めるとして,それらに対応した各別の仮 処分を個別的に幅広く認めることは,結果的に地位保全仮処分を認めること と変わらなくなるとの批判もありえよう。しかし問題は原則の立て方であ る。各別の仮処分を個別的に幅広く認めることは地位保全の仮処分を認める ことと変わらなくというのは結果論であ(る ) J ( 1

5‑6

頁)との指摘は理解 しがたい。「各別の仮処分を個別的に幅広く認めること」と「地位保全の仮 処分を認める」こととは別問題である。各別の仮処分を個別的に幅広く認め ても結果的に地位保全仮処分を認めるという結論にはならないと思われる。

労働契約の特定の側面を被保全権利として保全するとき,判決・決定の主 文にもよるが,執行力をもっ処分の可能性が強く,必要性の判断も地位保全 仮処分よりも厳格になる。たとえば仮払仮処分と地位保全仮処分を較べてみ るとき,後者より前者が保全の程度は強度で使用者に与えるダメージも大き く,それゆえに必要性の判断も一般に厳格になると予想される。地位保全処 分の単独申請から地位保全と仮払仮処分の並列申請への移行はその例証にな っている。したがって,石川教授は地位保全仮処分否定の根拠として仮処分 債務者に与えるダメージを最小限に抑制する必要を強調されるけれども,ダ メージという点では地位保全仮処分はむしろ最小限の効力しかなく,これを 否定する根拠として必ずしも説得的ではないように思える。ただし教授は原 則として賃金請求権を保全することをもって足りるとの立場であるから,地

(9)

萩沢清彦「労働仮処分手続の問題点」成路大学政治経済論叢

18

l

2合併号127

頁,同

・前掲「解雇と仮処分」実務民事訴訟講座

9

巻行政訴訟

E

労働訴訟

228

頁 。

(10)

萩沢清彦・前掲「解雇と仮処分」実務民事訴訟講座

9

巻行政訴訟

E

労働訴訟

227

頁 。

(9)

位保全仮処分の否定は「仮処分債務者に与えるダメージを最小限に抑制する」

という教授の目的意識と調和しないわけではない。

第二に,保全範囲の観点から地位保全仮処分を否定する教授の論理が仮払 仮処分に影響するかも気になる。後述するように,教授は仮払仮払分によっ て暫定的にしろ実体的労働関係が形成されるとの立場であるから,仮払賃金 額については従前の賃金と同額という結論になると予想される。しかし,こ れに反して,仮処分の例外性・仮定性の観点から保全範囲を縮減すべきだと いう論理が仮払仮処分にもおよぶとすれば,仮払賃金額の算定にも影響がで てくる。教授は「仮払仮処分の場合,特に現在の生活上の窮境からの救済の 必要性という仮処分の必要性が,仮払を命ずべき範囲を限定する

J

( 1

40

頁), 

あるいは,

i

例えば仮処分債権者が未成年者で親の扶養をうけており,且つ 扶養義務者が十分な扶養能力をもつような場合,生活の危機を理由に仮払仮 処分が許されるかという点が問題になる。否定的に解すべきであろう。...

仮払仮処分の例外性に由来する

J

( 1

41

頁)と述べられており,保全範囲の縮 減に賛成される可能性もある。しかしそのときには,教授の一方の主張で ある,仮払仮処分の労務対価性との関係が問題になる。このことについては 次節でも触れる。

第三に,地位保全仮処分の否定は従業員としての地位をめぐる紛争を個別 的権利をめぐる紛争に分解する考え方である。従業員という地位から派生す る利益はさまざまで,法的権利・利益として表現困難な利益も多数含まれ ているが,地位保全仮処分の否定はそれら利益の救済を断念することであ る。そこまで断定的に踏み込んでよいものか,目下のところ私は臨時せざる をえない。

地位保全仮処分否定が一般化するとき,保全請求の個別化・詳細化の要請 が強まる。石川教授は原則として賃金請求権の保全で十分であるとの立場だ が,その他の被保全権利の保全の必要性を完全に否定されているわけではな

(11)地位保全仮処分の目的のひとつがそれら利益の救済にあったことは周知のとおりである。

加藤和夫「任意の履行を求める仮処分」労働法判例百選(第三版)328頁など。

(10)

石川明著「仮の権利保護をめぐる諸問題』

189 

い。たとえば保全の必要性のみならず被保全権利の存在についても否定的な 態度を示されている就労請求権,会社施設の利用権,事業所内での組合活動 権

(11

頁)についても,すべての場合に否定する趣旨ではない。むしろ被保 全権利と保全の必要性が疎明されるならば容認する立場である。社宅・寄宿 舎の利用,従業員に対する各種資金の貸付制度,社内預金制度,健康保険,

厚生年金の適用関係についても同様であろう。したがって,地位保全仮処分 を原則的に否定する場合,これら個別的権利の保全要求が同時に並列的に申 請される可能性を前提にしなければならず,かえって審理の複雑化をまねく のではなし、かとし、う疑問が残る。

第四に,石川教授は,金銭債権保全の場合の疎明程度につき, I 仮払仮処 分が仮処分でありながら満足段階まで進むというその例外性を考えた場合,

仮払仮処分を含む満足的仮処分にあっては,他の仮処分や仮差押におけるよ りもより高度の疎明を必要とするというべきであろう」と指摘されている ( 1

41

頁)。このように「高度の疎明」を要求するのであれば,その結果とし て,解雇無効の証明に近い疎明にいたる事例が生じる可能性を否定できない。

そのときでも,地位保全仮処分の包括性ゆえに,その発令を謙抑しなければ ならないのかという疑問が生じる。これは「高度の疎明」を要求する満足的 仮処分におけるジレンマでもあるが,そういう場合,裁判所としてはどうい う態度をとるべきかという問題である。その時でも裁判所は発令を自制しな ければならないのだろうか。

第五に,地位保全仮処分の歴史的な労働法的合意の評価である。周知のよ うに地位保全仮処分は,労使紛争の解決は労使の自主的解決によるべきであ るという政策的配慮を濃厚に包含した仮処分として出発し,そのような仮処 分として肯定的に評価されてきた。たとえば,柳川員佐夫判事は「労使紛争 は本来当事者の自主的解決が最大限尊重されるべきものであるから,使用者 の任意の履行に期待する仮処分こそ,労使関係の特質に最もよく合致する」

と主張し

(W

労働仮処分の諸問題』司法研究報告書一五輯六号六四頁),田辺公二 判事も「戦後の地位保全仮処分のもたらした最大の社会的効果はともすれば,

恋意的に陥りやすい使用者の解雇権の行使を抑制して合理化し,企業におけ

(11)

る労働者の地位を安定せしめている点に帰することができょう」と指摘して,

「健全な近代的労使関係を確立するために,必要適切なー支柱となっている ことは否めな L 、」と肯定的に評価された

CW

労働紛争と裁判

j

3 2 5 頁)。この歴 史的経緯をどう評価すべきかである。既述のように,石川教授は「労使紛争 の自主的解決を促進するというのは,地位保全仮処分の事実上の効果であっ て法律上の効果ではない。そのような事実上の効果は制度的利益ないし必要 性を理由づける根拠とはならない

J

( 1

8

頁)と否定的である。確かに,厳密 に区分すれば,労使紛争の自主的解決の促進は地位保全仮処分の法的効果で はなく事実上の効果であるかもしれない。しかしながら「労使紛争の自主的 解決の促進」は,教授も確認されているように,地位保全仮処分の被保全権 利を雇用関係存在確認請求であるとする理解を前提にしたうえで,そうした 事実上の効果の有意味性を評価し,そうした機能を実現する方法として地位 保全仮処分を位置づけるところに特徴がある。紛争の自主的解決自体は地位 保全仮処分の直接の法的効果でないにしろ,雇用関係の暫定的形成を媒介す ることにより,その法的根拠は十分に基礎づけられている。その場合の雇用 関係の暫定的形成は労働者に有利な処分であるが,具体的執行を予定しない 点で使用者に決定的ダメージを与えるものでなく,それゆえ裁判所に比較的 容易に採用されてきた事情もある。労働仮処分事件も保全訴訟の一つである かぎり保全訴訟としての制度的制約を受けるのは当然にしても,そのさい労 使紛争の特質ないし労働法的要素を考慮する必要はないという結論にはなら ないし,少なくとも地位保全仮処分はそのようなものとして機能し承認され

(12)

柳川員佐夫「地位保全仮処分の回想」野村先生還暦記念・団結活動の法理 5 8 5 頁以下も参

0

0

功萩沢教授は戦後における地位保全仮処分の導入の重要な契機として「労働訴訟の全身訴

訟的性格」を挙げ, I 当該仮処分申請が許容されるかどうかが労使関係のあらゆる面に決

定的あるいは甚大な影響を及ぼすことを考慮すれば,一方では迅速処理を要請されなが

らも,裁判所としてはドラスティックな結論を差し控える傾向にはしりやすい。したが

って当事者の任意の履行に期待しつつ概括的な判断を示すことになったものではなかろ

うか」と説明されている。萩沢清彦・前掲「解雇と仮処分」実務民事訴訟講座 9巻行政

訴訟

E

労働訴訟

224

頁。全身訴訟については柳川員佐夫・『労働仮処分の諸問題』司法研

究報告書

5

6

3頁参照。

(12)

石川明著『仮の権利保護をめぐる諸問題』 191 

てきたのであって,その歴史的使命が終了したとも思えない。

以上の理由から私は,その論理的説得力にもかかわらず,地位保全仮処分 を否定される石川教授の見解に直ちに賛成できないでいる。

仮払仮処分の性格

(1)石川教授はこれについて考え方を次の三つに分類されている。第一に,

仮払仮処分による仮払賃金は,地位保全の仮処分が別に存するときでも,本 案訴訟で解雇有効と判断されたならば,不当利得になり使用者への返還義務 が発生するとする見解 (A 説),第二に,仮払仮処分が地位保全の仮処分と 並行的に発令されているときには,本案訴訟で解雇有効と判断されても不当 利得は成立しないとする見解

(B

説),第三に,仮払仮処分に加えて地位保 全の仮処分が発令されていなくても,仮払仮処分さえ存在していれば不当利 得にならないとする見解

(C

説)である。

判例・通説は

A

説であるが,最近の議論状況を概観するかぎり

B

説も有力 である。石川教授は C説である

(37

頁 ) 。

A

説は,教授の整理によれば,仮の地位を「訴訟法上」暫定的に確定ない し形成された地位にすぎず「実体法」的地位の性格を有しないとする見解で ある。この立場では,仮払仮処分ないし地位保全仮処分によって実体法上の 雇用関係は暫定的にも形成されないと解されるため,仮払賃金は労務の対価

(14)判例・学説の整理については,伊藤員「賃金仮払いの仮処分の失効と不当利得」判例評 32121頁(判例時報1163191頁),野村秀敏「賃金仮払仮処分の失効と仮払金の返還 義務」判例タイムス70515頁,河野正憲・宝運輸事件最高裁判決評釈・判例評論367 46頁(判例時報1315208頁),篠原勝美・最高裁判所判例解説・法曹時報422635 参照。

(15)どの判例・学説がAB, Cのいずれに該当するかの判断は必ずしむ容易ではない。た だし, A説には宝運輸事件最高裁判決の多数意見,野村秀敏「賃金仮払仮処分の失効と 仮払金の返還義務」判例タイムス70515頁,同・「賃金仮払仮処分の失効と仮払金の返 還義務(補論)J 成城法学33123頁が該当し, B説には伊藤少数意見,伊藤良・「賃金 仮払いの仮処分の失効と不当利得」判例評論32121頁(判例時報1163191頁)が該当 するであろう。

(13)

の意味をもたず, したがって上訴ないし異議で仮処分が取り消されたときや 本案で解雇が有効と判断されたときには,仮払賃金は不当利得として使用者 に返還すべきとの結論になる(同)。

B

説は,地位保全仮処分が発令されているときには労働契約上の従業員た る地位が暫定的にであれ実体法上形成されるとし,被解雇労働者(仮払債権 者)がそれにもとづいて労務を提供すれば使用者(仮払債権者)が労務を受 領しなくても賃金債権が発生し,仮払賃金は不当利得とならないとする見解 である

(38

頁 ,

58‑60

頁)。仮処分が取り消された場合や本案訴訟で解雇が有 効と判断された場合には,その時点から将来に向かつて仮の地位が消滅する とする。この点で,発令時に遡って仮の地位は消滅すると解する

A

説と対立 する

(38

頁)。またこの見解では,仮払仮処分だけで被解雇労働者の従業員 の地位が形成されるとは解しないため,仮払仮処分に加えて地位保全仮処分 が発令されていなければ不当利得成立の余地がでてくる。つまり,

B

説では 地位保全仮処分の発令には仮払仮処分の不当利得性を遮断するうえで重大な 意味があり

(22

頁 ,

39

頁).そのかぎりで,仮払賃金の不当利得返還の可能性 を否定しつつ地位保全仮処分の許容性を否定する石川教授の見解と相違す る 。

石川教授は

C

説である。しかし

.C

説と地位保全仮処分を否定する見解(教 授の見解)とは矛盾しない。地位保全仮処分肯定説の立場に立脚しつつ. c 

説を採用することは論理的に可能である。すなわち

C

説は,仮払仮処分を単

に賃金相当の金員の仮払を命じるにすぎない仮処分ではなく,賃金の仮払に

対応する限りで実体的雇用関係を暫定的に形成する処分ととらえる見解であ

る。地位保全のように包括的な雇用関係を形成せず,賃金の仮払に対応する

限りで雇用関係を暫定的に形成するとする。したがって,地位保全仮処分を

媒介しなくても,仮払賃金の不当利得返還の可能性は否定される

(40

頁 ) 。

ただいすべての場合に否定されるのではなく,たとえば発令要件を満足し

ていないにもかかわらず発令された仮払仮処分を控訴審が取り消した場合に

は不当利得が成立する。石川教授によれば,宝運輸事件はこの場合に該当し

結論として最高裁多数意見は妥当である(私は,宝運輸事件はこの場合に該当

(14)

石川明著『仮の権利保護をめぐる諸問題』

193 

しないと考え,伊藤正己裁判官の少数意見に賛成である)。他方,仮処分命令の発 令後に保全の必要が消滅したなどの事情があって,控訴審が仮処分命令を取 消 し た と き に は 不 当 利 得 は 成 立 し な い

(41

頁)。解雇有効が明白であること を理由に控訴審が仮払仮処分を取消したときには,第一審段階ですでにそれ が明白であった場合と控訴審段階で初めて明白になった場合とを区別し,前 者にあっては不当利得の成立を認め後者ではこれを否定する余地があるとさ れる

(42

頁 ) 。

石 川 教 授 が

C

説を採用する理由は次のようである。「仮払仮処分や地位保 全仮処分は,債権者の生活上の急迫な状態を回避するために発令されるもの である。急迫な状態を回避するためには,将来仮処分が取消されたり本案で 解雇が有効とされた場合返還するべき仮払金が仮処分により支払われるだけ では不十分であり,返還を予定しない賃金の支払を必要とするものといって よい。賃金が労働の対価として支払われる必要があり,労働の対価性を抜き にしてただ単に賃金さえ支払えば仮処分債権者の生活上の急迫な危険を回避 できるという性質のものではない

J(38

頁 ) , I 賃金仮払仮処分を単に賃金相 当金員の仮払を命じるにすぎない仮処分と解するならば,仮払に対応する労 務提供義務,さらにはこれらに対応する雇用関係が実体的に形成されていな いことになる。しかし,そのように考えたのでは,仮処分債権者の生活上の 急迫状態を救済することはできない。したがって,その救済のためには,仮 払仮処分により支払われる賃金に対応する限りでの雇用関係が実体的暫定的 に形成されなければならない。仮払仮処分によって単に賃金相当の金員が仮

(16)住吉博・本件評釈・民商法雑誌100

3499頁,萩屋昌志・宝運輸事件最高裁判決評釈 法学534472頁,河野正憲・前掲評釈・判例評論36748頁(判例時報1315210頁)

等参照。本件事実をみると,仮払仮処分後に被解雇労働者は別に就業するに

L

、たったの

であるから,第一審段階で仮払仮処分の必要性がなかったわけではない。仮払仮処分後

から新たな職につくまでは仮払仮処分の必要性はあった。この点につき,伊藤少数意見

は「本件仮処分二審判決は,上告人らが解雇後に他で就労し収入を得るに至ったことを

理由に賃金仮払の必要性を否定し,その申請を却下するものであるところ,本件各仮払

金の額が上告人らの解雇後右就労時までの聞の各仮払金合計額に概ね相当するものであ

ることが窺われる」と説示している。

(15)

払されるのではなく,賃金の支払に対応する限りで実体的雇用関係が暫定的 に形成されると考えるべきなのである

J(40

頁 ) 。

(2)

以上の石川教授の主張に対して,野村秀敏教授より,結局,労働者保 護のためには返還義務を否定することが必要であるという議論にほかならず 積極的理由づけに欠けているとの批判がなされている ( 1 仮払仮処分の失効と 仮払金の返還義務」判例タイムス7

05

23

頁 ) 。

野村教授の指摘のように,石川教授は,仮払賃金の労務対価性を強調され るが,上記引用にみられるように,仮払賃金は労務対価性を有するゆえに不 当利得にならないというのではなく,不当利得の成立を否定するためには仮 払賃金の労務対価性を肯定すべきだという理解に立脚し,そのうえで, I 仮 処分債権者の生活上の急迫状態を救済する」という目的的観点から仮払賃金 の法的性格を選択されているようである。その意味では,野村教授が批判さ れるように,理論構成上の積極性に欠けるようにも思える。

しかしながら,逆説的であるが, I 不当利得の成立を否定する」こと自体 に重要な意味があると考えるべきである。仮払仮処分は被解雇労働者の急迫 状態の救済を目的として発令されるのであり,現実に急迫状態にあった被解 雇労働者について不当利得の成立をみとめることは,被解雇労働者が仮払賃 金を生活費として消費するのを抑止する効果をもち,結果的に,急迫状態に あるが故に仮払仮処分を発令するという意味を失わせかねない。この観点か らみるとき「返還を予定しない賃金の支払を必要とする」との提案は説得的 で,仮処分による被解雇労働者の救済の制度的意義を充分に考慮した議論で あるといえる。石川教授はこの観点を強調し,地位保全仮処分については否 定的であるにもかかわらず,

B

説について「不当利得による返還を制限する 理論構成として,……高く評価することができるものと考える」と指摘され ている

(39

頁 ) 。

問題があるとすれば,それは,例外的な場合に限定されているとはいえ,

C 説の中核をしめる仮払賃金の労務対価性の論理を一貫させていない点だろ

う。仮払仮処分を単に賃金相当の金員の仮払を命じるにすぎない仮処分では

なく,賃金の仮払に対応する限りで実体的雇用関係を暫定的に形成する処分

(16)

石川明著『仮の権利保護をめぐる諸問題』

195 

ととらえる C説に立脚しつつ,石川教授は仮払仮処分の失効の場合に不当利 得成立の例を認められる。しかし,それは論理矛盾と思われる。急迫状態に ないにもかかわらず仮払仮処分が発令された場合には,仮処分制度の予定し ている保護以上の利益をえているのであるから不当利得の成立を認める結論 の妥当性は確認できるが,実体的関係が形成されて仮払賃金は労務対価性を 帯び不当利得成立の余地はなくなると解したほうが C説の論理としては一貫 するであろう。権利保全(被解雇労働者保護)の必要がなかったときには仮 払仮処分は遡及的に失効するとの理解は, i 仮処分債権者の生活上の急迫状 態を救済する」という目的とは適合的であるが, c 説のいう仮払仮処分の雇 用関係形成機能とは適合しない。

C

説は,従業員としての地位の疎明を前提にしている。しかも石川教授の

場合,既述のように「高度の疎明」を要求する立場である。つまり被解雇労

務者(仮処分債権者)の急迫状態だけが観念されているのではなく,解雇無

効の疎明も前提になっている。一見明白に解雇有効のときには,被解雇労働

者の生活状態が急迫していても仮払仮処分は発令されないのであり,そこに

仮定的・暫定的とはいえ仮払仮処分の地位形成力を認める理論的根拠がある

と考えられる。私はその意味を含めて菅充行弁護士の見解を目下支持してい

る。すなわち同弁護士は「賃金仮払仮処分は………単に金銭給付を命じるに

とどまらず,当事者間に仮の労働契約を形成し・…一賃金の支払いは労働者と

使用者との間の仮の労働契約関係の形成にもとづき労働者が労務を提供すべ

きことを当然の前提として命じられている。このことは賃金仮払仮処分に合

わせて地位保全仮処分が発せられている場合にはより明確であるが,賃金仮

払仮処分だけの場合も同様である。したがってもし賃金仮払仮処分が出され

たにも拘らず,労働者が何ら労務の提供をなさないときには,使用者には賃

金支払義務は発生することなく,使用者は仮処分異議等の手続により仮処分

の取消を求めることができる」と説明されている ( r 仮処分による仮払賃金の

返還義務」労働判例

415

6‑7

頁)。石川教授の C説も内容的には菅弁護士の

立論と同じ趣旨だと考えられる。ただし,石川教授は控訴審での仮払仮処分

の取消の可能性を認めるのに対して,菅弁護士はこれを否定する点で相違す

(17)

る。必要性要件の有無によって仮払賃金の法的性格すなわち労務対価性は変 化しないというべきで菅弁護士の見解が論理的であるように思える。

しかし既述のように,判例は

A

説である。最高裁は宝運輸事件判決でそ の立場を明確にした。)石川教授は同判決について「本判決は,あくまでも仮 払仮処分が控訴審で取消された場合について仮払金の不当利得の成立を認め たものであって,その射程距離は,仮払仮処分が適法に発令されたがその後 保全の必要性の消滅等事情の変更により取消されたり,本案訴訟で解雇の有 効が確定されたような場合にまで及ぶものではなく,これらの場合には仮払 金につき不当利得の成立を認めることができないように思われる」と述べら れている

(42

)0

r 保全の必要性の消滅等事情の変更」の事例は確かに本件 判決の射程外である。しかし, r 本案訴訟で解雇の有効が確定された」事例 は判決の射程内であろう。宝運輸事件判決は本案が未確定の場合について不 当利得の成立を認めたのであって,本案敗訴の場合にはいっそう明確に不当 利得の成立を容認すると考えられるからである。同判決の多数意見は, r 仮 払仮処分は,使用者による就労拒絶という事態を前提とし,これが将来も続 くことを予想して発せられるのが通例であって,仮処分債権者に対し労務の 給付またはその提供を義務づけるものではなく,仮処分債務者の仮払金支払 義務も当該仮処分手続内における訴訟法上のものとして仮に形成されるにと どまり」と述べており,実質上

C

説を否定していると考えられる。

B

説につ いても, r 地位保全仮処分も,雇用関係が存続する状態における仮処分債権 者の包括的な地位を訴訟法上仮に形成し,その任意の履行に期待するものに すぎず,これを前提として更に裁判上請求できるような賃金請求権を発生さ

。カ宝運輸事件最高裁判決の評釈・解説としては,注1(

4 )

(15),こ挙げたもののほかに,小山昇・

判例タイムス67651頁,野村秀敏・前掲「賃金仮払仮処分の失効と仮払金の返還義務(補 論 )J成城法学33123頁,小笠原昭夫・ジュリスト935号(昭和63年度重要解説),野川 忍・ジュリスト946135頁,同・学会誌労働法74115頁,松浦馨・民商法雑誌100

1 80頁,伊藤員「地位保全・賃金仮処分とその取消し」労働法の争点(新版)292頁など がある,石川教授の評釈もあり,そこではC説の立場から多数意見を否定されている。

法学研究623116頁参照。

(18)

石川明著『仮の権利保護をめぐる諸問題』

197 

せるものではないから,右仮処分が仮払仮処分と同時に発せられていたとき であっても,同様に解すべきであって,仮処分債権者がこれを契機として仮 払金と対価的関係に立つ現実の就労をしたなどの特段の事情がない限り,地 位保全仮処分の存在によって仮払金返還請求権が左右されるべき合理的な根 拠はなし、」との説示からみて,否定していると考えられる。

すなわち最高裁多数意見 (A説)は仮払金について本来の賃金とは別のも のと理解する立場である。篠原勝美調査官 ( 1最高裁判所判例解説」法曹時報4

2

2

626

頁)の言葉をかりていえば,仮払仮処分は「給付判決の形式をとっ ていても被保全権利たる実体的な賃金債権の給付を命ずるものではなく,こ れとは別に,訴訟法上の保全状態を創設し,賃金相当額の金員支払義務に新 たに発生させるもの

J(639

頁)にすぎない。この立場からは仮処分の仮定性 を理由に仮払賃金(相当)額の減額要求がでてきやすく,労働者敗訴の場合 の仮払賃金(相当)額の返還を認められることによる労働者の危険は労働者 が「自己の危険においてこの制度を利用している

J(647

頁)ことの帰結と理 解されることになる。

A

説は仮処分の仮定性から考えるとき,当然、の見解のようにみえる。

B

説 , C 説は,結局,本案確定までという時間的限定はあるにせよ,本案勝訴の場 合と同様の終局的効果を仮処分に与えることになるからである。しかしなが ら,それにもかかわらず,労働仮処分事件の場合に妥当な結論にいたるのか 疑問が残る。 A 説は説得的であり理論的吟味がさらに必要であるが,仮払賃 金の労務対価性の主張に同意して,私はひとまず菅弁護士の見解を支持した いと考える。

(18)

野村秀敏・前掲「賃金仮払仮処分の失効と仮払金の返還義務(補論

)J

成城法学

33123

頁以下参照。

(19)A

説の

B

,C 説に対する批判の詳細は野村秀敏「賃金仮払仮処分の失効と仮払金の返還 義務」判例タイムス7

0515

頁以下,篠原勝美・最高裁判所判例解説・法曹時報4

22 635

頁以下参照。

。。住吉博・本件評釈・民商法雑誌1

00

3499

頁も管弁護士の見解を支持する。

(19)

救済命令・緊急命令と地位保全仮処分・仮払仮処分の関係

(1)冒頭で触れたように,石川教授はこの問題を両者の一方が発令されて い る 場 合 , 後 発 の 命 令 は 抑 制 ・ 制 限 さ れ る か と い う 実 践 的 な 視 点 か ら 検 討 さ れている。

当 該 解 雇 が 不 当 労 働 行 為 で あ る 場 合 , 当 該 解 雇 は 労 組 法

7

1

号 の 不 利 益 取扱に該当し,原則として現職復帰(不利益取扱前の地位への復帰)とパック ペイ (不利益取扱がなかったならば得たであろう賃金相当額の支払)による救済の 対 象 に な る が , 命 令 の 射 程 は 必 ず し も 明 確 で は な い 。 現 職 復 帰 ・ パ ッ ク ペ イ の 命 令 の 効 力 に つ い て は 松 本 光 一 郎 判 事

(1

緊急命令(

6)

仮処分」裁判実務体系

5

労働訴訟法5

19

頁 ) の 整 理 が あ り , 石 川 教 授 も 松 本 判 事 の 整 理 に 依 拠 さ れ て い る。すなわち,松本判事は大きく二つに分類できると述べられる。

A

説は,現場復帰を命ずる救済命令は解雇がなかったと同様な事実状態に戻し従前 の労働条件をもって働かせることを命じているものであり,そのため,復職に際し,

あるいは復職後間もなく,賃金その他の労働条件を切り下げたりすれば命令違反にな るとする。

B

説は,現職復帰命令は使用者において労働者に対し現職に復帰するよう に申し入れることを命じているものであり,これをすれば命令による公法上の義務は 一応尽くしたことになるとする。このため,現職復帰(の申入)後の賃金支払につい ては,

A

説によれば従前と同様の賃金相当額を支払うべきことが命令の内容に含まれ ているとされ賃金仮払仮処分との実質的な内容の重複があることになるが,

B

説から すると,現職復帰の申入をするまでの賃金相当額の支払は命令の内容に含まれるけれ ども,その後の賃金の問題は私法上の賃金請求権の問題にすぎず命令の内容に含まれ ないとされ仮処分とは直接的な重なり合いはないことになる。

石川教授は, I 復 職 後 間 も な く 賃 金 そ の 他 の 労 働 条 件 を 切 り 下 げ て も 救 済

)1

この論点を扱った論文は他にはみあたらない。しかし,論点としては重要である。両論

文が引用している各事例を参照のこと。

(20)

石川明著『仮の権利保護をめぐる諸問題』

199 

命令等の違反にならないとすれば,救済命令等の効用は著しく減殺されるこ とになるだろう」との理由から,

A

説に賛成される

(53

頁 ) 。

このように A 説を支持する旨を示されたのち,教授はまず先行処分として 救済命令が発令されている事例について検討し,将来の地位保全については,

救済命令と地位保全仮処分(教授は地位保全仮処分について否定的であるが,こ こでは有効であると仮定して議論をすすめられている)はオーバーラップし,地 位保全の仮処分は必要性を否定されることになるようにみえるが,救済命令 が過料の制裁などの間接強制に止まっているのに対して,地位保全仮処分に は救済命令にはない効用(不遵守の場合に使用者に不遵守から生じた損害賠償の 責任を負わせる効用と仮払仮処分の基礎を提供するという効用)が認められるので,

救済命令が遵守されていないときには,救済命令の発令を理由に仮処分の必 要性を否定できないとされる

(57‑8

頁)。他方,

B

説に立脚するとき,現 職復帰後の地位保全は救済命令の対象外であるから救済命令は地位保全仮処 分の必要性を当然阻却しないことになる。地位保全仮処分を否定する立場(教 授の立場)からすれば,命令不遵守の場合には,仮払仮処分などの個別的請 求権を被保全利権利とする仮処分の発令が許される

(57

頁)。結局,救済命 令不遵守の事例では,

A

, 

B

のいずれの説であれ,地位保全仮処分ないし仮 払仮処分をはじめとする個別的具体的処分は認められるとの結論になる。

次に,使用者が救済命令を遵守している事例の場合,

B

説では,復職後の 賃金債権などの労働契約上の諸権利に命令の効力は及ばないのであるから,

救済命令と仮処分はオーバラップせず, したがって救済命令の存在が仮処分 の必要性を当然に排除するするものではない

(61

頁)。他方,

A

説の場合に は,救済命令と仮処分とはオーバラップすると考えることもできるが,就労

・賃金支払を拒否していないとしても,中労委に再審査の申立をするなど救

済命令を争っている事例や解雇有効を主張して本訴を提起している事例で

は,賃金支払が確実に予測できるとはいえず,仮処分(仮払仮処分)は認め

られるとする

(61

頁)。つまり,使用者が中労委に再審査を申し立てず,解

雇有効を前提とする本訴を提起していないときにかぎって仮処分(仮払仮処

分)の必要性は阻却されるとの見解である

(61

頁 ) 。

(21)

また,先行処分として仮処分が発令されている事例の場合,使用者がこれ を遵守しているときには,現職復帰・賃金仮払の双方につき救済命令の必要 がないと考える余地もあるが,地位保全の仮処分は労働者たる地位を仮に定 めるのに対して,救済命令は労働者たる地位を形成するもので,両者は機能 を具にするから,前者の発令は後者の必要性を困却しないとされる

(62

頁 ) 。 不遵守のときは,両者の機能の相違という事情に加えて,現職復帰の救済命 令は過料による間接強制で担保されているのであるから,これを発令する利 益が十分にあるということになる

(62

頁)。仮払仮処分が発令されている場 合には,現職復帰命令が広範囲であり前者の存在はその遵守のいかんにかか わらず救済命令の必要性を排除しない。賃金の支払を命じる救済命令(パッ クペイ)も仮払仮処分の存在によって必要性を否定されない。両者は機能を 異にするからである

(62

頁 ) 。

要するに救済命令と仮処分は,目的・機能を異にするので,原則として一 方の存在が他方の存在が他方の必要性を阻却することはないというのが石川 教授の結論である。唯一の例外は,救済命令の結果,仮処分の保全の必要性 が失われた場合ということになる

(64

頁 ) 。

(2)

これに対して,前記松本判事の結論は石川教授と相当に異なっている。

たとえば,救済命令が発せられたにもかかわらず使用者がこれにしたがわず

再審査請求しているときには,地位保全仮処分を発してみても使用者がこれ

にしたがうことを期待できないのであるから,裁判所の判断であれば使用者

はしたがう旨の特段の事情が認められないかぎり,保全の必要性を欠くとさ

れる(前掲論文 5 2 7 頁)。同じく,現職復帰の救済命令と緊急命令が発せられ

たが,使用者が命令にしたがっていない場合にも保全の必要性は認められな

いとされる。緊急命令も裁判所の発する公権的判断であるという点では仮処

分と同様の性質のものであり,加えて,不履行の場合の過料の制裁制度が相

当の実効性を有しているのに対して,地位保全仮処分には実効性確保の制度

がまったく備わっていないのであるから,緊急命令にしたがわない使用者に

地位保全仮処分を発して任意履行を期待してみても一般に実益がないからで

あるとする(同5 2 7頁)。更に仮払仮処分が発令されている事例について,仮

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