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軍産複合体制下のアメリカ教育の一側面
―その1―
増 田 史 郎 亮
序
1961年1月,アイゼンハワーは大統領の座を去るに際し,有名な告別演説を行ったが,
その中で以下のような事を言った。
「……現在……我々は軍需産業を恒久的に持つ事を余儀iなくされてきている。加うるに,
350万に及ぶ男女が直接国防組織に従事している。我々はアメリカの全会社の年間純所得 を上回る額を軍事費の為に消費している。
かかる大規模な軍事組織と巨大な軍需産業との結合はアメリカ史上,かってなかったも のである。その全面的な影響カー経済的,政治的,さらには精神的な影響力までもが,
あらゆる都市,あらゆる州政府・連邦政府のあらゆる官庁に認められる。我々としては,
このような事態の進展がいかんとも避けられないものである事はよく判っているのだが,
その恐るべき意味合いを理解しておく事を怠ってはならない。それには我々の労働が,資 源が,生活が,社会機構そのもの迄がかかわっているからである。……この軍産複合体が
……s当な勢力を獲得しないよう我々は警戒しなければならない。この勢力が誤って台頭 し,破滅的な力をふるう可能性は,現に存在しているし,将来も存在し続けるであろう。」
とω。
多産複合体(制)という言葉は,上記演説の起草者であり,現在ミネソタ大学学長であ るマルコム・ムーズが,軍事国家に対するアイゼンハワーの危惧の念を体して創出したもの の由であるが(2),以上の告別演説で最初に使われて有名になったものである事は周知の所 であろう。
以上の告別演説が米国民に警告したように,軍産複合体(制)がアメリカに種々の意味 で深刻な影響を及ぼして来た事は多くの人々の指摘する所でもあるが,本稿ではそれがア メリカ教育に及ぼして来た側面を切り取って考察してみたいと思うのである。
I
II以下の本文に入るに先立ち,後の説明の都合上,以上に関連した若干の補足説明を1 でしておく事とする。
e 軍産複合体(制) の本来の用語はmilitary−industriaLcomplexで,上記演説でも説 明がなされているが,後述の如く,説明する人々の立場によって若干の差異があるので上 記演説を補充する意味も含んで種々の人々の手になる説明を列挙してみよう。
1961年4月11日号のTimeでは次の如く述べられている。
「それは国防総省と兵器の大メーカーを遙かに越える巨大な無形のコングロメーション
(複合体)である。それは選挙にかねをばらまく軍事施設の存在によって政治的に利益を 受ける議員,国防工場の労働者,その所属する労組,国防総省の寄付を受ける研
究機関や大学の科学者をも含む。さらにそれは軍事基地の御用に応ずる地主,食料品店,
自動車セールスマンから,軍人を顧客とする各店舗にまで拡大されるdと。
1970年のシドニー・レンズ著の「軍産複合体」でレンズは「軍産複合体は第二次大戦と それに勝つために必要であった複雑な兵器とともに起ったものであった。軍事省や戦時生 産局は航空機や大砲,戦車などをつくり出すためには産業に頼らざるをえなかった。電子 工業や原子力が兵器となると共に,頭脳力を供給するために大学が選ばれた。大学は戦争 に勝ち,民主主義を救うための必要な協力者であった。……軍部,産業労働組織及びその 他の友好団体の間の協力な戦後の期間に益々必要であった。というのは我々(アメリカ人)
はその間に新しい外敵一共産主義を獲得していたからであるdと述べている(3}。
1970年のセイモア・メルマン著の「ペンタゴン・キャピタリズム」では「アイクの軍門 複合体は軍の上級将官・企業経営者それに国会議屓が兵器のマーケットをめぐって結ばれ たゆるやかな協力態勢だったdと述べられている(4)。
上記レンズの著述の訳本のあとがきで訳者小原敬士氏は「『軍門複合体』というのは,
アメリカで巨額の軍事支出を中心として,ペンタゴン,産業界,労働界,政界,学界など の緊密な軍国主義的組織が出来上っている状態を指す事は誰でも知っている通りであるd
と述べている(5)。
以上列挙した如く,以上の諸説明は大体大同小異であるかの如く見えて,実は若干の差 異,精粗の別がなくはないようである。以上の説明の中で最も詳しいのはTime,最も 簡にして要を得ているのは小原氏のそれで,この二者を以て代表的説明だと筆者はしたい 筆者の説明もこの二者に近いもので,この上,屋上屋を架するような筆者流のそれはここ では加えぬ事とし,丁丁複合体という用語自体の説明もこの程度で止めたいと思う。
(⇒ 軍産複合体に類似する用語として軍産複合体制,軍産体制,二二(又は二軍)共同 体がある。これらは厳密に言うと相互に異る点がなくはないが(例えば一体と 体制
とは異る等々という風に),一般には混用されているし,本稿でも厳密に規定せず,大体 同義的なものとして考える事とする。但し行文中それらの言葉の使用に当っては意識して 明確に使い分けるよう心掛けたいと思う。
日先より段々述べた所からして,更に米上院議貝ユージン・J・マッカーシーにも「軍 産学複合体」(military, industrial and academic establishment)なる用語,原子力 潜水艦の父と言われるH・G・リコーバー海軍大将に軍学複合体(military−scientific
compIex)なる用語,経済学者K・ボールディングにも亦「科学一一軍事一複合体」な る用語がある所などからしても,軍制複合体(制),軍営官複合体(制),或は軍産官学 複合体(制〉も亦,軍産複合体(制)の類似語として考えていいのでないかと筆者は愚考 する。用語の使用に当っての問題については口と同様に取扱いたい。
四 尚,類似の用語と言えば,経済学者ガルブレイスの「大企業体制」, 「新産業国家」
コロンビア大学教授S・メルマンの「国家経営体」, 「ザ・リッチ・アンド・ザ・スーパ ーリッチ」の著者F・ランドバーグの「企業国家」等も除外する訳に行くまい⑥これらの 用語はそれぞれの個人の持ち味で以て使われているし,厳密に言うと軍産複合体(制)に 全くオーバーラップし切れぬ所があると筆者は考える。然しそれにしてもこれらの用語は 直接間接に軍営体制に関係のある言葉であるし,また同方向の言葉でもあるし,軍産体制 の類似語としてもさして誤りを犯す事にはなるまいと考える。先の例に倣い,ここでもこ
15 軍産複合体制下のアメリカ教育の一側面(増田)
れらの用語の説明などはこれ以上言及しない事とする。
㈲ 尚,類似の用語として「死の商人」という言葉もある。これは軍産複合体の前身に も当る言葉であるが,軍産複合体は既にそれを大きく越えているという事のみ述べて,例 により,この用語についてもこれ以上述べない。
II
軍産体制がどのようにして発達して行ったか,この点はIIIで取扱う事として,その前に このIIでは軍産体制の背景となるもの一特に社会・経済史的背景を一応瞥見する事とし
たい。
今日,アメリカが世界最大の資本主義国家であり,同時に独占資本が最も早くから,而 も最も典型的に,最も高度に発達した独占資本主義国家でもある事は周知の所である。
アメリカは南北戦争(1861〜65年)後,生産力の急激な発展,産業資本の制覇の確立に より僅:か40年余で早くも世界第1位の資本主義国となった。イギリス資本主義がその完成 に2世紀をも要したのに比すると異常な発展というべきであるが,かと言って決して問題 がないではなかった。19世紀末発生した恐慌がそれで,このため資本の集中,集積が促進
され,巨大な独占体(モルガン,ロックフェラー)の発展が促進され,8・90年代にはユ81 もの巨大トラストが形成されるに至った。この頃の庶民生活が「トラストに囲まれた人生 を送った後,死んで葬儀屋のトラストの手に落ちる破目となるd体のものであったクオー
ナーは言う(7)。
この頃から独占資本主義の段階への移行が急速になされた事は言う迄もないが,かかる 傾向が世界で最も早く,而も最も明瞭な形で現われたのがアメリカであった事は上述の通 りである。トラストの弊害を防ぐべくシャーマン反トラスト法が制定されたのは1890年で
あった。
所で19世紀末のアメリカでフロンティアの消滅と西漸運動の終焉が見られた事は注目す べき事であった。というのはそれによって米国内市場の拡大は停止し,アメリカ資本主義 発展の特異性は消滅したからであり,それが延いては資本相互間の競争の激化を招き,や がて独占に転化するに至ったからであった。この頃の資本集中の状態は「トラスト熱狂時 代」とすら表現出来よう。
さて,上述の恐慌,フロンティアの消滅,独古段階への移行という一連の現象は,国内 市場を狭心化せしめ,19世紀末のアメリカをして眼を海外市場の探索に向わしめるに至っ た。その表われが1898年の米西戦争によるキューバの保護領化,ハワイ併合,プエルトリ コ,グアムの獲得,フィリッピンの購入等の対外的進出,それらを基礎にした「ドル外交」
の開始であった。
20世紀に入った当初のアメリカは海外市場への進出をはかって世界的なアメリカへと着 実に成熟し,独占段階のより高度な発展も見られた。先の「トラスト熱狂時代」は20世紀 最初の数年間も続き,1901年,典型的トラスト,USスチールの設立によって最大の金融 資本モルガンの確立をも見た。第一次世界大戦(1914〜18年)迄の間にアメリカ資本主義 は二度の恐慌を経験し,クレイトン法の制定,連邦取引委員会の設置などによるトラスト 抑制政策の強化をも見たにも拘らず依然として発展をし続けた。尚,この前後,農業に於 ける資本主義の発展,それと共に農民層の分化,急進的労働組合たる1・W・Wの成立等 が見られた事も逸せられてなるまい。
第一次大戦の勃発によって軍事需要は急増し,ヨーロッパの生産力が破壊されたために アメリカの工業生産能力は目覚ましい発展を遂げた。農業も亦同様であった。尚大戦中は ウェッブ・ポメリン法の制定その他,トラスト禁止緩和政策がとられた為,独占化は更に 促進した。
第一次大戦によってアメリカが従来の債務国より一転して,一流の帝国主義国,否,最 大の世界勢力になるに至った事は周知の事実である。
1920〜21年にアメリカは戦後の恐慌に見舞われたが,産業合理化によって切抜け,戦後 の相対的安定の基礎,いわゆる「二十年代の繁栄」の原因を作り上げた。但し,上記産業 の合理化は他面,現実的には慢性的失業化を全般化し,企業合同を発展せしめ,独占資本 を強化し,それと共に生産力と消費力の間の矛盾を一層深めるという作用,結果をも随伴 したと言われる。而も合理化の過程で農業恐慌は慢性化し,遂に1919年10月には例の世界 大恐慌が起り,先の「二十年代の繁栄」にも終止符が打たれるに至った。
世界大恐慌は周知のように1919年10月より1933年春迄,足かけ5年に亘ったもので最強 の資本主義国アメリカを根抵からゆすぶるような大事件であった。今でもアメリカ人は,
我々日本人がよく用いる戦前,戦後という言葉よりも寧ろ,パニック前,パニック後とい う言葉を使うという(8)。大恐慌を背景にし書かれた小説の一つがヘミングウェーの「怒り の葡萄」であり,作られた映画がチャップリンの「モダン・タイムス」である事は多くの 人の知る所であろう。大恐慌は失業者1,476万という有史以来の記録を作ったが,言わば この時期はアメリカ危急存亡の秋であったと言って過言でない。
大恐慌によって基礎を弱化させられた独占資本も正常な拡大再生産を自己の手で行う迄 に回復し得なかったため,国家と結びつき,やがてはこれを支配して自己の為に利用し,
一方ではプロレタリアートの台頭を極力抑え乍ら自らの足場を強めた。アメリカの国家独 占資本主義は第一次大戦後,一時後退したものの,再び強化されたと言われるが,実は更 に大恐慌を契機として本格的に発展したと見られる。
大恐慌期,フーヴァーにより恐慌回復策がとられ,フーヴァーに次ぐルーズヴェルトに より資本主義修正策,恐慌回復策たるいわゆるニューディール政策がとられたが,その効 果は後に譲る事として,それらの政策の中にも国家独占資本主義の発展は明白に見られた。
フーヴァーのそれは人為的インフレ政策であり,国家資金を通じての独占資本に対する国 家補償であり,ルーズヴェルトのそれはアメリカ救済を大前提とし,巨額の国家資金の散 布を通じての経済過程に対する国家の干与と調整を中心とする政策であったが,大打撃を 受けた独占資本にとっては何れも有利なものであった。政策の実施に際しては,何れの場 合も独占体は代表を国家の枢要なポストに送り,国家との結びつきをはかった。ルーズヴ ェルトがこの政策は政府とビジネスのパートナーシップであると明言したのも,当時の国 家独占資本主義の進展を示す意として解して可なりであろう。ニューディール諸立法中,
最も重要な全国産業復興法の一つの大きな目標は,国家権力の媒介による生産増進である が,当時の内務長官イッケスによると,この法は産業家自身の要請によるものであり,先 のシャーマン法の適用を部分的に除外する等,事実上も独占体の利益は十分に保護された。
一方,ニューデールは恐慌を契機とする社会不安と経済的危機の激化による労働運動を 抑えるべく,労働者側の要求にも若干の譲歩を示し,彼等の基本的権利を立法化したが,
独占体は労働者達の僅かな要求すらも非難し,恐慌回復の兆しが見えるや,積極的に反対
17 軍産複合体制下のアメり力教育の一側面(増田)
の行動すらとり,中にはファシズム礼讃の声さえも放つ者がいた。
フーヴァーの政策が危機を拾具し得なかった事はもとより,1933年に始まるルーズヴェ ルトのそれも結局の所三つの面の一つ(ニューディールには救済,復興,社会改良の三つ の面があると言われた)社会改良の面を括孤に置けば他の二面の救済・復興という所期の 目的を遂に充分に遂げる事が出来なかった⑨。特殊なタイプの不況を作り出し,極めて短 期間の部分的回復のあった後,1937〜38年再び深刻な恐慌に見舞われる事で終って了つた のである。これもよく言われるように,大恐慌からアメリカを終局的に救い出したのは第 二次世界大戦にほかならなかった。
第二次大戦(1939〜45年)は先の大恐慌を中断し,膨大な軍事需要によりアメリカに無 限とも言うべき国内・外市場を開き,完全操業,完全雇用の状態を現出し,更には生産設 備の大拡張を行い,ここにアメリカ資本主義は未曽有の繁栄を享受する事となった。
先の大恐慌後,本格的に発展した国家独占資本主義もこの大戦で大規模な発展をとげる 事となった。大戦中の戦時国家独占資本主義が第一次大戦当時にもまして,アメリカ資本 家の言わば天国を現出した事は以下述べる通りである。
戦時国家独占資本主義の下で独占体の代表達は先のフーヴァー,ルーズヴェルト時代に も増して国家機関の最も重要なポストを占めた。大戦勃発1月前に設置された戦時資源局 の長官にUSスチール会長,委員にジェネラルモーターズ重役,アメリカ電信電話会社社 長,郵送百貨店シアーズ・ローバックの取締役会長等(学識経験者としてマサチューセッ ツ工科大学風ブルッキングス研究所長も迎えているが,これも後述の如く注目すべきで ある)を迎えたのもそれであり,戦時中の国防諮問委員会の幹部に先のUSスチール会長,
ジェネラル・モーターズ社長,戦時生産局長官にジェネラル・エレクトリック社長を迎え ている等々もそれであった。これらはその代表的な例であり,もっと挙げれば枚挙にいと まがない程である。
尚,政府は軍需生産設備の拡充を政府投資によって行ない,その75%は巨大会社100社 に経営を委託した。而もその場合の経営上の危険は政府が負担し,詰る所,高利潤が独占 体に保証されるような仕組になっていた。而もなお,政府の軍需全発注の約70%は巨大会 社100社に与えられた。上記のような事かち独占体が戦時中に得た戦時利潤は記録的な巨 額に上ったし,他方,経済力の集中に拍車がかけられ,中小企業の没落と巨大産業への合 併が促進された。1940年冬り43年の間に全米企業数は19%も激減し,また63の巨大会社が 小生産会社を7.2万近くも買収合併したと言われる。
「信仰・理工・文明」という著述で,戦時中,ハロルド・ラスキが戦後世界はソ連とア メリカの二大陣営に分れ,両陣営の文明の斗いが始まると予言したのは正しく至言であっ たと言うべきであるが,同時に第二次大戦迄,まだ唯一の強大な帝国主義国ではなかった アメリカ帝国主義が第二次大戦後,資本主義世界に君臨し,「世界の憲兵」としてグロー バルな規模で活躍し始めた事は否むべからざる事実であった⑩。P・バランやP・スウィ ージーも「アメリカは独立と国家的地位を達成する遙か以前から,膨張主義的であり,帝 国建設への志向をもっていた。然しアメリカの初期の指導者達は最高の指導的役割を狙っ て,古くからの帝国主義列強に首尾よく挑戦する事が出来るなどという幻想を抱いてはい なかった。……1914年かち1945年に至る迄の全期間を通じて,アメリカの相対的な力は,
同盟国と敵国の両者の犠牲において多かれ少なかれ,絶え間なく増大した。そして第二次
大戦が終了した時には,アメリカは自他共に許す指導国となり,その資本主義世界におけ る地位は,1815年以後のイギリスの地位と同様に圧倒的なものになったdと言っている(11)。
戦後,世界資本主義体制の諸矛盾が深刻化するさ中にあって,上記戦時国家独占資本主義 の発展を基礎にしてアメリカの独占体は生残った搾りか,その支配力の強化は従前にも増 して一段と高まり目覚ましいものがあった。クーシネンは「アメリカ合衆国における程国 家独占資本主義の発展,大資本の主人達への国家機関の従属が進んでいる国はどこにもな いdと言っている由であるが,正しくその通りであると思われる。或る論者の言うように 戦後のアメリカでは国家は独占体の業務委員会化したと言っても決して過言ぞはあるまい。
而も,先にも述べた如く,独占体の世界支配,グローバル・ポリシイの目的・体質が厳存 している関係から言って,なおさら戦後の国家独占資本主義の発展はアメリカでは必至の 勢いであった。その様相は以下略記する通りである。
戦時中に建設された国営企業の大半は,戦後,原価から償却費を差引いた極めて低い価 格で民間に払い下げられたが,その77.4%は巨大会社250社が入手し,中でも特に重要な 企業はUSスチール, GM, GE,スタンダード石油,アメリカ・アルミニウム,ダグラ ス航空機黒いわゆる巨大独占体傘下の会社が買収した由である。言う迄もなく,以上のよ
うな事であったので生産と資本の集中は著しく進行した。朝鮮戦争(1950〜53年〉を中に はさむ48年より54年迄の製造工業及び鉱業の合併数は1,773件の多きにのぼり,この中で 資産1,000万ドル以上の会社による合併は全体の3分の1を占めたと言われる。合併では基 礎産業の合併が目立ち,特に自動車工業のそれが典型的で,注屓すべき動きは銀行の合併 で,特にモルガン,ロックフェラー両金融資本の占める地位は圧倒的だとも言われる。因 みに1958年のそれぞれの産業の上位4社が占めていたシェアーは次の通りであった。自動 車・同部分品75%,鉄鋼53%,航空機59%,航空機エンジン56%,有機化学55%,タイヤ
・チューブ74%,巻煙草79%,合成繊維78%,トラクター69%(12)。
国家独占資本主義の発展は労働者階級に対する抑圧,弾圧の強化と表裏の関係にあるが,
それを明白に物語る.のは1947年のタフト・パートレー法の制定であった。同法は労働組合に 制限を加え,労使のバランスを図る事を目的とした法律で,ニューディール期,激しい斗 争の末得られたワグナー法はこれで否認され,労働者の基本的権利は剥奪された。以上の 傾向はその後も59年のケネティ・ランドラム法などによって強められた。
更に戦後のアメリカで目立った現象は独占体の国家財政の利用であった。
その一つは特別償却による税制上の優遇措置を独占体が国家から得た事である。、1950年 の償却促進計画の実施,54年の新税法による加速度償却の実施がそれで,これらによって 軍需生産に結びっし・た独占資本は短期(5ケ年)に設備の償却を行なう権利を得た。この方 法は租税負担を国民大衆に押しつけ,国家予算から独占体に補助を与える,方法で,これに
よって独占体は利潤を減価償却基金の中に隠す事が出来た。
もう一つは独占体が政府発注を独占的に一手に確保したと言う事であった。戦時国家独 占資本主年下の政府の軍需発注については既述の通りであるが,これと同様な事が依然と して戦後の平時にも行われて居り,独占体は言わば国家をして莫大な財政支出をせしめて 大規模な軍需生産を行わせていると言っても言い過ぎでない。今日,政府は独占体にとり 最大の購入者であり,国民総生産高の10年余を独占体から購入していると言われ,而も政 府支出の約90%は安全保障の支出であると言われる。更に戦時中と戦後も同様と言えば,
19 軍産複合体制下のアメリカ教育の一側面(増田)
政府発注を自己の手に確保すべく独占体がその代表を政府の重要ポストに送り込むという 点もそうであった。既に1951年当時,米政府の12の軍事関係部局に876人もの産業資本家 出身の高官がいたと言われるが,アイゼンハワー政府は特に多数の実業家出身の閣僚を含 んでいたために「百万長者内閣」と呼ばれ(国防長官はGMの前社長,財務長官はM・A ハンナ会社の前社長),ジョンソン政府の国防長官はフォード自動車会社の幹部(マクナ ナマラ),ニクソン政府の国防次官はビューレット・パッカード会社の前社長(パッカー ド),国防長官は軍需産業関係者(レアード)であった(13)。国防省発表によると1950〜
56年には全軍需発注の63%が,1958〜59年には73.8%(因みに第二次大戦中は67.2%)が 最大会社100社に発注され,独占体にとっては国防は唯一のビジネスになったと迄言われ ている(14>。島恭彦氏も「アメリカ経済の現実をみると,海外投資と軍需生産の源泉から独 占企業のひき出す利潤が一番のびているd 「アメリカ経済の発展を促す推進力はここ三〇 年位の期間,主として軍事費の圧力であったといってもよいdと言っている(15)。石川博友 氏も「国防産業は今やアメリカ最大の産業であるdと言っている(1の。
因みにごζで戦後の米軍事費の諸外国との比較を述べておこう。昭和35年の財政総支出 に占める軍事費の比:率をみると米(48.7%),英(27.6%),西独(26.9%),仏(24.1 丁目,ソ連1(11.9%)の順になって居り,国民総生産に占める軍事費の比率を見ると米
(9.0%)1英(6.2%),ソ連(6.0%),仏(5.4%),西独(2.8%)の順にな っている。昭和44年のそれをみるとそれぞれ米(44.0%),西独(24.7%),英,仏(共 に17.2%),ソ連(12.9%)の順,米(8.6%),ソ連(6.8%),英(4.8%),仏(3.5%)
西独(3.4%)の順となって居り,米が列国中ぬきんでている事が判る(1の。
III
筆者は経済決定論者では勿論ないが,広い意味で経済現象が歴史の基底の一つにあるも のと考えている。而も本稿が問題としている軍産複合体(制)はいう迄もなく,経済面に 非常に深い関係をもっている。筆者から言うとそれの意味でIIは軍産体制の社会経済史的 背景を述べたものであり,かつ一般的背景を述べたものでもある。そう言った事を述べ乍ら も,筆者はIIで軍産体制発生,発展の模様をも随分と述べて来たかと思う。IIで予告した 通り,IIIで筆者は軍産体制発生,発展の模様をもっと詳しく考察してみたい。
レンズがその体制が古くは今次大戦中,新しくは戦後,それぞれの敵に勝つ為,発生し たと言った事は先にも述べた所である。更に軍産複合体(制)なる言葉が最初に使われ,
而・もそれに対する警告を発したのは1961年のアイゼンハワーの有名な告別演説に於てであ った事も先に述べた所である。更にこれに他の論者の解釈をつけ加えれば以下の通りであ る。小原敬士氏はかかる現象は夙に南北戦争当時,故障のあるカービン銃を北陸に売りつけ て巨利を占めたJ・P・モルガンの有名な話に表われていたし,第一次大戦当時は軍需契約 獲得の為に暗躍した軍需会社の団体たる「海軍連盟」にその例が求められ,第二次大戦では 軍需生産局に多くの企業代表を含んでいた(局長にシアーズ・ローバックのD・ネルソン,
顧問団にジョンズ・マンビル社のB・M・バルーク,クライスラー社のK・T・ケラー,U S製鋼のB・F・フェアレス等を擁した)事,戦時中,軍の補給局が1年間に費消した資金 は1789年から1917年迄の期間に亘る連邦政府の全支出より車に数十億ドルを上回る程の巨 額であった事,更に又,当のD・ネルソン迄が陸軍は42年以興米経済の支配権を握るため軍 需生産局の走り使いをするようになったと危惧したという事忌を例に挙げている。然し,同
氏はそう言い乍らも一つの恒常的制度として軍産体制が米社会経済構造の中に定着するよ うになったのは第二次大戦後の五十年代,乃至六十年代の事であったと言う(11
藤村瞬一氏は軍産複合体の起源は第二次大戦前の大恐慌時代ルーズヴェルトが不況克服 策としてとった戦争準備政策およびそれにつづく大戦中の大規模な戦時経済体制にこそ求 めらるべきであると言う㈲。
日高義樹氏は1950年から60年迄の間に「あらゆる産軍共同体の基礎体制が完成した」と 述べている⑳。
岡倉古志郎氏のこれから引用しようとする著述は,以上引用せる如き諸氏の笹身体制研 究を主目的とした論著とは少々類を異にするが,それでも同氏は米国軍産体制の起源をリ ンカーンを怒らせフー「死の商人」J・P・モルガンに見,それが発展した代表例の一つを,
古くからの「火薬トラスト」であり, 「戦争成金」であり, 「死の商人」であるデュポン に見,軍事体制の本格的なものを「百万長者内閣」たるアイゼンハワ「政府に見た㈱。
量産体制の起源は以上見た所からすると論者の解釈によって新,古さまざまだが,恒常 的一つの制度として軍産体制が定着したのは皆一致してアイゼンハワー大統領時代であっ たと見ているようである。国産体制の起源は夙に南北戦争の頃であり,IIで述べた如きア メリカ資本主i義の発展,過言すれば,結局産業資本主義→独占資本主義→国家独占資本主 義に発展した過程そのものが,その軍産体制を益々深刻せしめ,遂にアイゼンハワー政府 時代に決定的な形をとるに至ったのではないかというのが,筆者の解釈である。
然らば,蟻掛体制がアイゼンハワー政府時代なぜ結実したのであるか,この点は今迄も 段々説明した積りであるが,今少し詳しくその点を考えてみたい。
J・K・ガルブレイスは軍産体制がもたらされた原因として(1)官僚制化の深化滲透,
(2)40年代後半より60年代初期迄の対外政策の変化,(3)ソ連の兵器体系への対抗上,機密を 保持し,それを少数部内者にのみ限定する必要があった事,(4)共産主義者の脅威に対する 個人的憎悪,(5)軍産の権力に対するりベラル陣営または保守陣営からの反対がともに沈黙
してしまった平等を挙げて居り⑫2),小原敬士氏は以下のものをその原因としている心(1)
連邦財政の規模が膨張し,いわゆるビッグ・ガバンメント「大型政府」が制度的に確立し た事。政府予算は48年度360億ドルであったのが64年度ユ,200億ドル,68年度1,720億ドル に膨張した。かかる政府予算の急増は例の冷戦による軍事費の絶えざる増大,教育,医療,
住宅,社会保障その他の社会福祉費の増大,米経済成長に基づく所得水準の向上,租税収 入の増大等によって可能となった。(2)米の戦略規模がグローバルとなり,その兵器システ ムが益々複雑かつ広範となると共に,その専門的産業部門としての軍需産業が発生,発展 した事。(筆者が冒頭に掲げたアイゼンハワーの告別演説でもその事が明らかにされてい る。)(3)膨大な生産設備をもつ米大企業群は安定的かつ収益的な国内市場としての軍需の恒 久化,制度化を強く要求した事。(既に第一次大戦中,殊に第二次大戦中にそういう傾向 があった事は筆者も述べた。)1944年,GMのC・E・ウィルソンは大企業と軍部が1亘久的 戦争経済によって結合する必要性がある事を力説し,ガルブレイスも「新産業国家」の中 で大企業は共産圏との冷戦の継続を歓迎し,冷戦のイメージは寧ろ大企業によって作り出 されたと示唆している。(筆者もガルブレイスが同歯で大企業と国家の一体化を述べてい る事をここで指摘しておきたい㈱)。(4)多額の軍事支出の膨張化,恒常化,軍部の権力の拡 大,米経済の全般的な軍事化,国防生産の促進の為の種々の行政措置等々といったような
21 虚病複合体制下のアメリカ教育の一側面(増田)
過程が不可避的に進展した宮町がそれである。
両者の言う所は以上に見た通り,オーバーラップしている面があるが,両者の説明を合 わせると軍馬体制成立の原因は殆んど言い尽されていると思う。但し筆者はこれらの説明 に少々物足らぬものがあり,若干の説明をつけ加えたい(「因みに筆者の見解はどちらかと 言うと小原氏のそれにがより近い)。
e不幸体制が本格化したアイゼンハワー政権時代は53年より61年迄であるが,それ迄は トルーマン政権時代で,この政権の最後の3年が朝鮮戦争であった事は周知の事実であろ う。所で朝鮮戦争と言えば,それを境にして日本もそうであった如く,アメリカでも社会 の種々の面が一新したと言われる。いう迄もなく,朝鮮戦争を中に潤む両政権の場合も亦 然りであった。以上の意味で両政権下のアメリカを対比的に見た方がアイゼンハワー政権 下の諸情況もより明白になるのでないかと筆者は考える。今迄筆者は軍産体制の背景を考 える所があったが,一般的で而も経済中心の傾きがない訳ではなかったので,それらも含 んで以下ここではもっと直接的な時代と,それの経済外的側面を考えてみたいと思う。
トルーマン政権時代というのは「ソ連封じ込め政策」,「冷戦政策」がとられた時代で あり,ソ連の原爆保有,中国革命の達成等により先の封じこめ政策が破綻し,朝鮮戦争が 勃発し,終わった時代であり,またこの政権下の終戦より朝鮮戦争勃発の年1950年迄の期 間はこの国の国防史上,最も低迷した,みじめな時代であったと言えよう。筆者が敢て低 迷云々の表現を用いたのは以下の事情による。50年度の予算は僅か119億ドルで,それ は終戦の年45年度の7分の1に当り,ベトナム戦争下激化時の68年度の780億ドルに比べ ると僅少そのものであった。軍兵力も終戦時の1,000万であったのが146万に減り,78 年度の350万と比べても半分以下,軍需関係産業従業員も52万人で,61年の350万人に 比べると比較にならない。軍事費の国民総生産に占める比率も51年以降は殆んど連年10
%前後であるのに,50年迄は46年の8.9%を除くと連年5%前後であった。成る程,ペン タゴン・キャピタリズムの言葉すら産み出し,現在米政府最大の機関となったペンタゴン が設置されたのは47年ではあったが,まだそれも草創期で現在の形態の国防総省に形成さ れたのはアイゼンハワー政権下であった。
トルーマンの後をうけたアイゼンハワー政権時代は一面先の封じ込め政策を中国に迄拡 大して続けつつも,他面「大量報復政策」, 「まき返し政策」をも新たに展開した。朝鮮 戦争はアイゼンハワーの就任と共に終わったが,上述の如く朝鮮戦争を境にして種々の面 が一変した。国防費は50年度の110億ドルから53年度には477億ドルになり,米軍の総:
兵力も146万人から335人に急上昇した。兵備も陸海師団,空母,艦艇,航空部隊共に 拡張強化された。
更に,アイゼンハワーが国防長官の従来からの権限を更に強化し,文字通り「米国防政 策担当者」に位置づけた事,先に発足していたペンタゴンも彼の手により米国防政策の中 心機構になる許りか,名実共にアメリカを動かす怪物に迄成長した事は忘れてなるまい。
産軍体制は上述の如く,アイゼンハワーが警告して注目され始めたものであるが,実は警 告した当のアイゼンハワー自身がその千軍体制をつくり出した当人でもあったのであり,
自分が作り出した怪物が自分の手から離れて肥大化し,手に負えなくなり,米政府の機構 を踏みつぶし呑みこみ始めたと気付いて発したのが彼の警告であったのであり,延いては それはまた彼の悲鳴ではなかったかと考えられる。現在ペンタゴンは情報機関としても国務
省を遙かに凌ぎ(海外駐在員は国務省5,000人に対し,国防総省1万人),世界中にはり 廻らした通信網によって米政府をも動かし,スパイ衛星によって地球を監視し(自動車の 轍の跡迄確認出来る由),世界最強の破壊力(ソ連は海・空軍で米に遙かに及ばず,中国 はあらゆる点で遙かに米に劣り,西欧諸国・日本の全軍事力を総合するもペンタゴンの持 つ破壊力の1%に満たない)によって世界ににらみをきかしているとすら言われる(24)。
因みに朝鮮戦争後の米軍事力の強化が依然続いた事は次の事を挙げただけでも明白であ る。国防費が60年迄は503億ドルを最高に400億ドル台が多いのに比べ,61年以降は連年
500億ドル台となり,最広義の国防費(公式の国家安全保障費,拡大された国家安全保障 費等々)が連邦政府歳出総計中に占める比率が59年度82.7%,61年度87.5%となり,1950 年より59年に至る間に国民総生産が68%成長しているのに比して国防費は220%も成長し
て居り,62年,67年共に軍事費の国際比較で米が世界一である等々の如くである㈱。
口最近でこそジャーナリズム(クック等),政界(フルブライト,プロクスマイア,E
・M・ケネディ等),反戦・反軍・反公害運動(ラルフ・ネイダー等),学界(ガルブレ イス,メルマン等)等からの軍産体制批判が盛んであるが,当時は二二体制の批判どころか 当然必要の事とされ,讃美され,ソ連への対抗意識が熾烈な時期だっただけに,それに対 する批判には二二国者の烙印すらも押しかねない情況であったようである。例のアイゼン ハワーも悲鳴をあげ乍ら,警告を発し乍らもなおかつ軍産体制は「絶対に必要」と言った。
アイゼンハワー前後はそういう気運のさ中にあったという事を銘記すべきであろう。否,
現在も上記の如き批判が厳存し乍らも,米社会がその完全解体を主張していない事は注目 すべきである。ジャーナリズムの論調も軍産体制を批判し乍らも「絶えず注意深く監視す る必要があるd,「将来も依然必要とされようd等と言っている㈱。
日アイゼンハワーが軍産体制の産みの親である事は屡々繰返した所であるが,61年忌例 の告別演説に先立ち,既に46年米陸軍参謀総長時代,参謀部局等に対する同趣旨のメモが あった事を逸する事は出来まい。この文書はガブリエル・コルコ教授がエール大学・スター
リング図書館のヘリー・L・スチムソン文書の中で発見したものであるが,それによると アイゼンハワーは次のように述べている。 「最近の戦争の教訓は明らかである。勝利のた めに要する軍事的努力は未国陸軍に二二有の責任を課したが,その責任の多くは,わが国 の自然科学や社会科学の分野で蓄積たれた資源や労使双方から提供された能力や経験によ る計り知れない援助があったからこそ効果的に果すことが出来たのである。軍隊はそれ自 身だけでは戦争に勝つ事は出来なかった。科学者と企業家達は敵を打破って勝利を我々に もたらした技術や兵器に貢献した。これらの人々が軍の必要としているものを理解した事 によって高度の協力が可能になった。この形態の結合は平和時の対応関係にも移入されな ければならない。その関係は単に陸軍を科学と産業の進歩へ密着さぜるばかりでなく,我 々の国家安全保障政策の中に国家の防衛に役立ちうるすべての資源をひきこむことになろ う。,……陸軍は明確な政策と行政面での指導性を確立し最近の戦争期以上に,科学,技術,
企業から大きな貢献をひき出す事が出来るようにしなければならない。……:軍と民間の資 源を密接に結合する事は陸軍にとって直接利益となるだけでなく,間接的にも国民の安全 保障に役立つものとなる。なぜなら民間人にしてみれば平和時にえた経験によって緊急時 における自分達の役割に対処出来るようになるからである,。教育機関や産業における軍と 民間人との結合は,両者の間の境界をとり払い,相互理解を増進し,今後の協力のためは
23 軍産複合体制下のアメリカ教育の一側面(増田)
かりしれない価値をもつ友好関係を開拓することになるであろう」{2F}。と。無論46年の発 言と61年のそれとの間には若干のニュアンスの差異があるにしても,重複する部分も大き
く,大体一貫していると見て可なりである。
ともあれ,今迄段々述べて来た所を重ね合せると筆者の軍導体制発達観になるというこ とを再びここで繰返して次の問題に移りたいと思う。
筆者は今迄軍門体制発達の様相を種々述べて来たが,次にその実態または現況を暫く考 えてみたいと思う。尚このIVでは事柄を端的に示すために項目を列挙する形式で述べる事 とする。但し今迄の所と重複する箇所を省略し,述べなかった点は補う意味で述べる事は 言う迄もない。
(1)ペンタゴン,国防費については一部紹介したが,ペンタゴンについては肥大化もその 極に達しているという点をつけ加えて置きたい。S・メルマンは「ペンタゴンの意思決定 権の大きさは一国家の規模にも匹敵している」と言い,ベルギー,イタリー,スウェーデン のGNPより米軍事予算(1970年)が上廻っている事実を挙げて, 「国家経営体は今や一 種のガン細胞国家となった。それは国家の内部にあって国家を食いつぶす国家となったd
とすら言っている㈱。 .
(2)1968年現在の国防契約を結ぶ会社は推定10万社,トップ100社は契約高の約70%を占 め,この中,巨大25社は約45%を占める。主力は航空宇宙会社やGE, AT&T, GMなど である。第1表の示す通りである。
第1表 (3)軍門複合体の直接被雇用者は850万人,
譲67璽その内訳は軍人340万入,ペンタゴン文官130 万人,国防産業労働者380万人で,これはア メリカ労働人口の9人に1人が雇用されてい る事を意味する事になる。(1)(2)(3)を見ても軍 産体制が経済,産業,労働の面で大きな意味 をもっことが判る。
(4)米政府より国防用研究開発費として年間 75億ドルが民間企業や350に上る大学その他 の研究機関に支払われている。この額は全米 の研究開発費の3分の1に当る。この他,N ASA(航空宇宙局)その他の研究開発費を 含めると,米政府は全研究開発費の60%近く を負担している事となる。国防用研究開発契 約会社ならびに非営利機関のランクは第2表 の通りである。民間・大学の研究機関に軍産 体制が大きな影響を及ぼしている事が判る。
(5)ペンタゴンの支出先は殆んど全米に及び 67年,68年では51州,50州に及んでいる。そ の様相は第3表,第4表が示す通りである。
1960年忌時点で州内の全製造業の就業人口に
順 1968年度
社 名 契 約i100万 高ドル)
順 1967年度
@ 位 Ge励。ramy島amic8 Coゆ.
k㏄kheed Aircraft c町P.
fenera置ε1ec¢r量。 Co.
2,1. 239 P,870
@489
234
United Aircraft CorP.
lcDOnnem・Douglas CorP, 1,321@1011.
51
6 American Telephone&Telegraph Co. 776 8
7 Boeing Co. 762 6
9 L量ng・Tem。o・Vo腿ght, Inc. 758 10
9 No曲American Rockwe11 CorP 669 7
10 General Motors CorP. 630 9
11 Grum煽an Aircraft Engineering Corp、 629 12
12 Avoo CorP. 584 16
13 TextronJnc. 50! 11
14 Littou Industries,1nc. 466 36
15 Raytheon Co, 452 19
16 SperηRand(カrP. 44ア 13
17 Martin Marietta CorP. 393 24
18 Kaiser Industrie8 COrP. 386 22
19 Ford Motor Co. 381 18
⑳ Honeywe11, Inc. 352 20
21 01in Mathieso島Chem董ca且COrP. 329 42
22 Northrop Corp. 310 21
23 Ryan Aeronautical Co. 293 25
24 Hughes Aircraft Co. 286 17
25 Standard Oil Co.[N.」.] 274 30
26 Radio Corp. of America 255 27
27 Westinghouse ELectric CorP. 251 15
28 Genera!Tire&Rubber Co. 248 26 29 1ntemat三〇轟a翌Telephone&Telegrapb Corp. 242 28 30 1ntemaUonal Business Machines Corp, 224 34
31 Bendix CorP. 224 23
32 Pan Amerk:an Wor且d Airway8, Inc 206 55
33 FMC Corp. 185 39
34 Newport News Shipbunding&Dry Dock Co. 181 35
35 RMK・B皐J* 176 14
36 Signal Companies, hc. 171 53
37 Hercules, Inc. 171 33
38 E.1.du Pont do Nemours&Co. 171 37 39 Texas Instruments,1nc. 169 64
40 Day&Zimmerma勘, Inc. 166 44
41 General Tdephone&Electronics CorP. 159 45
42 UnirdyaI, Inc. 154 31
43 Chrysler Corp. 146 40
44 S匙andard⑤虹Co.こCalif.] 146 43
45 Norτ蓋s lndustries, Inc. 139 47
46 Texaco, Inc. 138 49
47 Co置1…ns Radio Co. 135 32
48 Goodyear Tire&Rubber Co. 134 41
49 Asiat…c Petro艮eum CorP。 133 52
50 Sanders Asgodates,1nc. 131 50
長崎大学教育学部教育科学研究報告 第22号
第2表
国防用研究開発の契約会社 1967年
社 名・ 契約高 1966年
度順位 (10D万ドル) 度順位
1 Lock』eed Aircraft 709 1 2 Genral Dynamics 461 2 3 General Electric 439 4 4 Western Electric 414 3 5 Mcdonnell−Douglas 237 一 6 North American Aviation 236 6
7 Boeing 220 10
8 Hugぬes AiAircaft 166 7 9 ・lartin Marietta 156 5 10 Westinghous Electric 122 11
11 Avco Corp. 112 18
12 Philco−Ford 102 一
13 Paytheon 98 16
14 TRW. 90 20
15 Sperry Rand 82 14
非営利機関
1967年
x順位 機 関 名 契約高
曹nO万ドル)
1966年
x順位
1 MIT 94 3
2 Johns Hopkins Universlty 71 2
3 Aerospace Corp. 71 1
4 Stanford Researcb Institute 31 6
5 Mitre Corp. 21 5
6 Rand Corp. 19 7
7 System Developme蹴Corp. 19 4 8 University of California 17 11 9 Cornell Heronautical Laboratorv ワ 17 12 10 Cobmbia University 16 10
占める国防産業のそれの比率はカンサス,ワシントン,ユタ,アリゾナ,コネティカット,
カリフォルニア,ニューメキシコ各州では20%より30%に亘っている(2の。以上を見ても軍 産体制が,社会的,政治的にも大きな意味を持っている事が判る。
3 表
順位 州 i1◎0万ドル)総額 に゚る比率
@(%)
順位 州 (舗準率
1 2 3 4 5 6 7 8 9
ユ0 11 ユ2
13 14 15
ユ6
17 18 19 20 21 22
24 25 26
カリフォルニア テ キ サ ス ニューヨーク
ミ ズ 一 リ コネティカット ペンシルヴァニア オ ハ イ オ マサチューセッツ ニ昌一ジャージー ジ ョ 一 ジア イ リ ノ イ ミ シ ガ ン
インディアナ メリーランド フ ロ リ ダ
ヴ7一ジニア ルイ ジアナ
ミ ネ ソ タ ワ シン ト ン テ ネ シ ー
ノース・カロライナ カ ン サ ス ウィスコンシン コロンビァ特別区 ア ラ バ マ
ア イ オ ワ
6、689 3,547 3,262 2,278 1,936 1∂649 1,602 1,422 1,235 ユ、148 1,064 1,034
898
棚
799
鰯
656 650
鰯 轡
399型 謝
358
餅
279
17.9 9.5 8.7 6.1 5.2 4.4 4.3 3.8 3.3 3.1 2.8
28
2」4 2.3 2.1 1.8 1.8 1.7 1.6 1。5 1.2 1.1 ユ.0
1.0 0.8 0.8
27
29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51
ア リ ゾ ナ コ ロ ラ ド ロード・アイランド サウス・カロライナ ユ タ ニユーハンプシヤー オ ク ラ ホマ ウェスト・ヴァージ
ニ・ア
アーカンソー ケンタッキー ミシシッピー
ネブラスカ
ヴァーモント オ レ ゴ ン ア ラ ス カ 昌ユーメキシコ モ ン タ ナ ハ ワ イ メ イ ン デ ラ ウ ェ ア
ワイオミシグ ネ ヴ ァ ダ ノース・ダコタ ア イ ダ ホ サウス・ダコタ
250 210 198 181 179 162 158 142 127 124 115 104 100 99 86 81 78 65 57 52 33 29 17 15
9 ii
羅
ili
l{
}
0.05 以下