平成 25 年度修士論文
首都大学東京大学院都市環境科学研究科 建築学域
分譲集合住宅における「住みながら改修」に関する研究
−居住者に及ぶ工事影響と設計監理・施工管理業務に着目して−
11886427
Chu Kaito
忠 快仁
指導教員
角田 誠
目次
目次
目次
論文要旨 6 第1章 序章
1−1 研究の背景...10
1−2 研究の目的...11
1−3 用語の定義...12
1−3 既往関連研究と本論文の位置付け...13
1−5 本研究の流れ...15
第2章 「住みながら改修」の現状 2−1 本章の概要...18
2−1−1 本章の目的... 18
2−1−2 調査方法... 18
2−2 分譲集合住宅の改修背景...19
2−2−1 区分所有者の特性... 19
2−2−2 「住みながら改修」の必要性... 20
2−2−3 賃貸と分譲の相違点... 21
2−3 分譲集合住宅の改修工事...22
2−3−1 改修項目の分類... 22
2−3−2 改修項目と居住者への影響... 23
2−3−3 工事影響と性能向上の関連性... 25
2−4 まとめ...26
第3章 「住みながら改修」の工事影響と対応業務 3−1 本章の概要...29
3−1−1 本章の目的... 29
3−1−2 調査方法... 29
3−2 工事影響と 3 種の対応...30
3−3 「大規模修繕工事」の対応業務...32
3−3−1 工事説明書の記載内容... 32
3−3−2 各社に見る特別な対応... 33
3−3−3 各項目の影響期間... 34
3−4 「耐震補強工事」の対応業務...35
-4-
目次
3−5 「設備配管工事」の対応業務...38
3−6 設計監理者・施工管理者の対応業務...40
3−6−1 発注方式の違い... 40
3−6−2 「住みながら改修」の対応業務... 42
3−7 まとめ...43
第4章 「住みながら改修」現場の実態 4−1 本章の概要...45
4−1−1 本章の目的... 45
4−1−2 調査方法... 45
4−2 改修の概要...46
4−2−1 建物概要... 46
4−2−2 改修に至るまでの経緯... 47
4−2−3 改修計画概要... 48
4−2−4 現場管理体制... 50
4−3 工事影響と現場対応...51
4−3−1 着工前の対策... 52
4−3−2 現場に見る影響と対応... 53
4−3−3 工程表に見る影響と対応... 56
4−3−4 工事日報にみる影響と対応... 58
4−3−5 施工者の現場対応... 60
4−4 改修現場から生じた要望・問題...61
4−4−1 調査方法... 61
4−4−2 居住者への工事影響度合い... 62
4−4−3 居住者配慮が求められる項目... 63
4−4−4 理事からの要望... 64
4−4−5 要求・問題の分類... 64
4−5 要求・問題への設計監理・施工管理対応...65
4−5−1 CASE-A への対応・施工管理者の対応... 65
4−5−2 CASE-B への対応・設計監理者の対応... 66
4−5−3 CASE-C への対応・理事会の対応... 67
4−5−4 工事関連主体の対応関係... 68
4−6 まとめ...69
目次
第5章 「住みながら改修」計画の要点
5−1 本章の目的...72
5−2 設計監理・施工管理業務フロー...72
5−3 着工前の要点...73
5−4 施工中の要点...75
5−5 まとめ...76
第6章 終章 6−1 本研究の成果...78
6−2 「住みながら改修」の今後の展望...80
6−3 今後の研究課題...81
謝辞 ...82
資料編 ...85
論文要旨
東日本大震災の発生や耐震改修促進法の改正を受けて、既存建築物への安全性や維持 管理への意識が高まり、改修や建替えなど具体的な検討が進められ始めている。しかし、
2011 年度の一年間で建替えが完了した分譲集合住宅は 167 件と、住民全体の合意形成を 得た上で建替えを選択することへの格調の高さが伺える。そのような状況で特に分譲集合 住宅ストックにおいて、耐震基準に満たないものや設備機器等の更新が必要なものについ ては、性能向上に資する改修などにより、区分所有される建物の維持保全が図られている。
耐震補強技術やその他改修工法の技術工学の革新は進む一方で、集合住宅の改修は「住 みながら」という施工計画全体に影響する大きな制約の中で、より住民に配慮した改修計 画が求められる。特に分譲集合住宅では、区分所有者の移り住みや専有部に立ち入っての 改修は難しいため、強度や機能の性能向上を図る改修においても、「住みながら改修」を 選択することが必然となる。建物の維持保全・性能向上に資する改修が、住民の合意形成 を図ることができず先送りされる現状において、居住者が工事によって被る影響を正確に 理解し、工事関係者が適切な対処方法を把握することは、「住みながら改修」を円滑に進 める上でも欠かすことのできない要素であろう。さらに、「住みながら改修」の施工計画 上のリスクや制約、またそれらに対応するための設計監理・施工管理手法に着目すること で、分譲集合住宅の改修の促進に有用な知見が得られると考える。
本研究では、 「住みながら」という条件によって発生する様々な工事影響を明らかにし、
「住みながら改修」の現場で求められる合理的な設計監理・施工管理手法を提示すること を目的とする。
本論文は6章により構成されている。
第1章では、研究の背景と目的を示すとともに、集合住宅の改修に関する既往研究を概 観し、本研究の位置付けを明確化している。
第2章では、分譲集合住宅ストックの現状把握をした上で、「住みながら改修」におけ る各工事が居住者に及ぼす影響の整理を行う。その整理に基づき、分譲集合住宅の「住み ながら改修」を、定期的な大規模修繕工事で行われる「建築工事」、大規模な架構や工事 が必要な「耐震補強工事」、ライフラインの停止等を伴う「設備配管工事」、さらにそれら の工事を効率的に包括して行う「総合的改修」に分類した。
第3章では、2章で分類した工事種目に関して事例調査を行い、「住みながら改修」の 居住者に及ぶ影響と施工者・設計者の対応という観点から考察を加えた。「建築工事」に 関しては、10 社のマンション工事会社から入手した工事説明書調査を通し、発生し得る 工事影響と施工者が行っている対応や対策を分析した。また、 「耐震補強工事」においては、
生活空間からの距離に応じて耐震補強方法を分類することで、それら補強方法が区分所有
者に与える影響を考察した。3章のまとめとして各種工事の調査結果をもとに、「住みな
論文要旨-8- 示した。
第4章では、「住みながら改修」現場で実際に居住者・施工者に及ぶ工事影響と、その 影響に対する各工事関連主体の対応を、改修現場の実態調査により明らかにした。この対 象事例は専有部に立ち入ることなく、共用廊下側に RC 打増し補強や新設 PS を設けるな どの「総合的改修」を行っている事例である。まず、工程表に本工事が居住者に及ぼす影 響と事前告知内容を重ねることで、事前告知→工事→影響という流れを居住者にも理解し やすい形で明示する手法を提示した。さらに、改修現場で発生した要望・問題と、それに 対する施工者・設計者・理事会(管理会社)の対応手法を調査・分析した。「住みながら 改修」で起こり得る問題と対応は、①施工管理者が対応に当たるべき、「工事内容に関す る要望・問題」②設計者が住民に対し、設計の意図や根拠についての対応を行う「設計内 容に関する要望・問題」③理事会と協力して対応にあたるべき「付随発生業務に関する要 望・問題」、の 3 つに分類できる。このような問題に対して、各工事関連主体がそれぞれ の役割を明確化した上で工事対応に当たることが望まれる。
第5章では、第2、3、4 章で明らかにした工事影響やそれに対する設計監理・施工管 理手法を統合し、総合的改修のように工事影響の大きい「住みながら改修」計画を円滑に 進めるための要点をフローマップとして提案している。着工前と着工後でどのような目的 を持ってどのような検討を進める必要があるか、施工者・設計者・理事会(住民)の担う べき役割と求められる対応を提示した。明快かつ入念な住民説明を行うことに加え、各主 体の役割の明確化、要望・問題の情報共有と対応支援関係の構築、などが要点として挙げ られる。
第6章は本論文のまとめであり、各章の総括を行っている。
以上、本論文では分譲集合住宅における「住みながら改修」の工事影響やその対応手法 を明らかにし、改修内容が複雑化した際の合理的な設計監理・施工管理業務フローの要点 を導いた。
論文要旨
第1章 序章
第1章 序章
-10- 1−1 研究の背景
1995 年の阪神淡路大震災や 2011 年の東日本大震災以降、既存建築物への維持保全に 対する意識はより一層高まっている。2013 年には 2 度目となる耐震改修促進法の改訂が 行われるなど、耐震診断を促し、耐震性を高めるための具体的な動きも多く見られるよう になった。特に増加し続ける分譲集合住宅
注1)は、平成 24 年末時点で総ストック戸数約 590 万戸(図1−1)に達し、これら集合住宅ストックに具体的な対策を講じることは、
喫緊の課題であると言える。既存の集合住宅は大きく分けて建替えか改修によって老朽化 への対策が講じられることとなる。しかし、2011 年度の一年間で建替えが完了した分譲 集合住宅は 167 件
1−1)と、住民全体の合意形成を得た上で建替えを選択することへの難 しさが伺える。つまり、立ち退きが強制できず合意形成を図ることが困難な分譲集合住宅 において、従来日本で繰り返されてきたスクラップアンドビルドという方法を容易に適用 することは難しいと言える。そのような状況で、分譲集合住宅は「住みながら」という条 件の下、性能向上に資する改修などにより区分所有される建物の維持保全が図られている。
耐震補強技術やその他改修工法の技術工学の革新は進み、分譲集合住宅の具体的な再 生手法は国土交通省のマニュアル等
1−3), 1−4)にもまとめられている。そのようなことか ら、技術工学的な面では集合住宅の改修を阻害する要因はなくなりつつあると言える。し かし、実際の施工現場では、改修計画全体に影響を及ぼす「住みながら」という条件によっ て、具体的にどのような工事影響が発生し、どのような対応・対策が図られるべきか、施 工時の実態に関しては未だ不明瞭な部分も多い。さらに、補修に留まらず性能向上に資す るような大規模な「住みながら改修」工事では、居住者に及ぶ影響や施工者が受ける制約 は大きくなると考えられる。
2012 2010
2000
1995 2005
1990
1981
1975
旧耐震基準1985
1968
589.7
0 0 5 10 15 20 25 30 35
新規供給戸数
ストック戸数
100 200 300 400 500 600
(万戸)
(万戸)
ストック戸数
新規供給戸数
新耐震基準
図 1-1 全国の分譲集合住宅ストック戸数1−2)
第1章 序章
建物の維持保全・性能向上に資する改修が、住民の合意形成を図ることができず先送り される現状において、居住者が工事によって被る影響を理解し、工事関係者が適切な対処 方法を把握することは、「住みながら改修」を円滑に進める上でも欠かすことのできない 要素であろう。特に分譲集合住宅という区分所有者が多数存在する建物の改修では、区分 所有者全員が発注者となり、居住者一人一人により一層の工事理解が求められる。
これまで多くの分譲集合住宅で、補修やメンテナンスを行うことで建物性能を維持する、
いわゆる大規模修繕工事は行われてきたが、社会的変化によって向上し続ける住宅性能水 準に追随するためには、やはり建物の経年変化の中で住宅性能の向上に資する「住みなが ら改修」が求められると考えられる。
「住みながら改修」と「性能向上」というトレードオフの関係にある両者を踏まえ、工 事影響と工事対応という視点から改修現場の実態を明らかにする必要がある。
1−2 研究の目的
「住みながら改修」は何よりも居住者へ配慮した施工計画が求められるが、そのために 居住者である発注者を含めた工事関連者は、工事によって発生する影響をどのように認識 し、対応に当たるべきなのか。「住みながら改修」の施工計画上のリスクや制約、またそ れらに対応するための設計監理・施工管理手法に着目することで、分譲集合住宅の改修の 促進に有用な知見が得られると考える。
本研究では、「住みながら」という条件によって発生する様々な工事影響を明らかにし、
「住みながら改修」の現場で求められる合理的な設計監理・施工管理手法を提示すること
を目的とする。
第1章 序章
-12- 1−3 用語の定義
本論文における各語彙の定義を以下に示す。
【修繕】
劣化した躯体、部材、部品、機器などの性能あるいは機能を現状あるいは実用上支障のな い状態まで回復すること
1−5)。性能の向上は含まず、あくまで建物性能を元に戻すまたは 維持することが目的のもの。
【改修】
劣化した建築物の等の性能、機能を初期の水準以上に改善すること。これは修繕を包含す る
1−5)。
【住みながら改修】
特に集合住宅において、住宅の性能を保持し居住者が通常通り生活しながら改修・修繕等 の工事を行うこと。
【設計監理業務・施工管理業務】
設計監理者・施工管理者が現場で行う通常業務に加え、「住みながら」によって発生する 住民対応などの付随的な業務も含む。
【工事影響】
「住みながら改修」を実施することで、工事によってもたらされる居住者及び設計者・施 工者への影響のことをいう。
騒音や粉塵、通行難、ライフライン停止、施工上の制約など。
【管理組合・理事会】
改修工事において、住民を代表して結成された発注者としての組合を指し、本論文で両者
はほぼ同義で用いている。
第1章 序章
1−3 既往関連研究と本論文の位置付け
本研究に関連のある既往研究から、本研究の位置付けを明確にする。
■「住みながら改修」・「居ながら改修」に関する研究
・既存建築物の再生手法に関する研究〜賃貸集合住宅の「住みながら再生」によるリファ インの事例を中心として〜
:青木茂 2007 年
集合住宅の既存入居者の問題に着目し、実際の老朽化した賃貸集合住宅再生の設計・監 理を通して「住みながら再生」によるリファイン建築の手法を開発することで、実際の事 例を通して実践研究に取り組んだ研究である。具体的な調査から居住者の合意形成、また、
「住みながら再生」のプランニングとして、ライフラインの更新や耐震補強、維持保全計 画を取り上げることで、一貫した再生プロセスを提示している。また補修及び補強の記録 を取ることの意義を唱え、実際に現場で行われた再生の細かな “ カルテ ” を作成している。
・集合住宅の居ながら改修における工程と工事部位の効果的な組合せに関する分析 :高橋
佑也 2010 年 首都大学東京大学院建築学域修士論文
賃貸集合住宅及び分譲集合住宅の 5 事例の改修工事が実施された建物部位の分析を行 い、各事例の工事影響箇所を比較分析することで、多くの合意形成が必要で工事が困難な 部位や、影響範囲が大きく居ながら施工を行いづらい工事項目などを明らかにしている。
その上で、居ながら改修において、建物性能の適切な維持向上と、円滑な工事の実施を両 立させるための工事部位の効果的な組み合わせを見いだすことを目的としている。
・複合施設の耐震補強を伴う居ながら改修計画のプロセス分析〜浜松サーラビルリファイ ン計画を事例として〜
:井出亨 2010 年 首都大学東京大学院建築学域修士論文
耐震改修を伴う「居ながら改修」を行った民間複合施設の事例を通して、計画における 要求から決定までの詳細なプロセスと影響関係を分析し、その改修手法を明らかにしてい る。「居ながら改修」によって生じる制約等にも触れ、要求からの各改修項目へと繋がる 影響関係が改修計画上のフローマップとして提示している。
■分譲集合住宅の合意形成に関する研究
・分譲集合住宅における修繕工事発注の意思決定に関する研究
第1章 序章
-14- 攻 修士論文
分譲マンションで修繕工事を発注するにあたり管理組合がどのような決定・発注をして いるのか、その実態を把握することで、修繕工事発注において管理組合が持つ選択肢を提 示することを目的としている。修繕工事の発注において、発注先、業務範囲の選択肢は多 様化しており、それらの決定には工事内容や工事の実施時期が関係している。これらを決 定要素として各管理組合はそれぞれに異なる形態で修繕工事発注を行っている。
■大規模修繕工事に関する研究・マニュアル
・分譲集合住宅大規模修繕における業務役割分担の研究
:黒川めぐみ、古阪秀三 2009 年 京都大学大学院工学研究室
分譲集合住宅の大規模修繕工事にはどのような主体が関わり、業務割がされているの か。業務フローを明示した上でそれぞれに期待される役割を分析し、修繕後の継続した業 務委託など、長期的な計画を含めた役割分担の有用性を解説している。
・マンションにおける大規模修繕工事の実態調査その2〜築年数グループ分けによる見積 書の分析〜
:熊田智文、粟田啓介、李祥準、小松幸夫 2008 年 日本建築学会学術講演梗概集 実際に実施された大規模修繕工事の「設計見積書」を分析し、築年数や規模、構造が改 修費用にどのように影響しているかの分析を行っている。結果として、マンションの築年 数は大規模修繕費にあまり関係がなく、延べ床面積と建築面積が修繕費に関係性があると いうことを明らかにしている。
・改修によるマンションの再生手法に関するマニュアル :国土交通省 平成 16 年 6 月 平成 22 年 7 月改訂
居住環境を改善しつつマンションの長寿命化を図る上で重要となる改修について、その 手法の普及を図り、改修によるマンション再生の可能性についての認識を深めることを目 的として作成されたマニュアルである。管理組合も理解できるよう、具体的な計画の進め 方から、細かな修繕項目の工法の解説まで、改修計画を幅広く網羅している。
以上より、「住みながら改修」においては賃貸集合住宅の再生手法が具体的な事例を通
して研究としてまとめられている他、改修に至るまでの合意形成や具体的な工法について
は既往研究が多く存在する。しかし、「住みながら」という条件に着目し、それにより生
まれる制約や対応方法などに言及した研究論文は見当たらない。合意形成の手法や技術工
学を超えて、「住みながら改修」の実態を明らかにすることは有用であると考える。
第1章 序章
1−5 本研究の流れ
本研究の流れをまとめると図1−2のようになる。
3章の事例調査を通して、設計監理者・施工管理者は工事影響に対してどのような対応 業務を行っているのか、その業務内容を明らかにする。
4章では「住みながら改修」の総合的改修を実施した集合住宅の、改修現場の実態調査 を行うことで、実際に現場で発生した工事影響を調査し、そのような影響を受け住民から どのような要望が発生したのかを把握する。また、設計監理者・施工管理者・理事会(管 理組合)はどのような連携を通して、それら要望や問題に対応したのか分析を加える。
5章では3章で明らかになった対応業務や、4章で明らかになった各工事関連主体の連 携や求められる役割を通し、「住みながら改修」における工事影響に対応するための合理 的なフローマップを提示する。
1章 序論
6章 終章
2章 分譲集合住宅の改修工事の現状
3章 事例分析にみる「住みながら改修」の 工事影響と対応業務
・工事影響に対する施工者、居住者の対応
・工事説明書を通した「建築工事」の施工者対応
・「耐震補強工事」「設備配管工事」の居住者影響
・分譲集合住宅で「住みながら改修」が求められる背景
・分譲集合住宅で実施される工事種目の分類
・主な工事項目と居住者に及ぶ工事影響の有無
・設計者・施工者・管理組合を中心としたフローマップの提示
・「住みながら」の総合的改修に求められる主体間の関係性と要点
→事例調査 →実態調査
・工事項目ごとの事前告知との工事影響
・工事を通して発生した居住者の要望
・実例を通した要望や問題への対応方法の分析 4章 「住みながら改修」現場の 工事影響と対応方法
5章 「住みながら改修」計画の設計監理・施工管理手法の要点
図 1-2 論文構成
第1章 序章
-16-
注注1) ここでいう分譲集合住宅とは、中高層(3階建て以上)・共同建で、鉄筋コンクリート、鉄骨鉄 筋コンクリート又は鉄骨造の住宅をいう。
参考文献
1−1) 国土交通省:マンション建替え事業の実施状況 (2012 年 10 月 1 日時点)
国土交通省調査による建替え実績及び地方公共団体に対する建替えの相談等の件数を集計 1−2) 2013 年 国土交通省調査
1−3) 国土交通省:改修によるマンションの再生手法に関するマニュアル 平成22年7月改訂 1−4) 国土交通省:マンション耐震化マニュアル 平成 19 年 6 月
1−5) 松村秀一(編集委員長):建築再生の進め方−ストック時代の建築学入門− 2007 年 10 月
市ヶ谷出版社
第2章 「住みながら改修」の現状
第2章 分譲集合住宅の改修工事の現状
-18- 2−1 本章の概要
2−1−1 本章の目的
本章では、分譲集合住宅で「住みながら改修」が求められる背景にはどのような要因が あるのか、既往の調査などを整理することで、現在分譲集合住宅の改修の置かれている状 況を把握する。また、実際に分譲集合住宅の改修で行われている工事項目を、改修目的や 改修頻度、工事影響の大きさなどの観点から分類し、修繕工事および性能向上に資する「住 みながら改修」の工事項目ごとの工事影響に対する考察を行う。現状の整理をもとに「住 みながら改修」において着目すべき改修項目を明確にし、それら改修項目が及ぼす工事影 響を明らかにすることが本章の目的である。
2−1−2 調査方法
本章は以下のような手順で調査を行った。
①国土交通省などから発表されている既往の調査
2−1),2−2),2−3)や既往論文調査
2−4),2−5)を通し、分譲集合住宅や「住みながら改修」をキーワードに背景の整理を行う。
②分譲集合住宅改修における工事項目を把握するため、国土交通省から出されているマ ニュアル
1−3), 1−4)や文献調査
2−6,)2−7), 2−8)、その他調査
2−9)を通し、工事項目の分 類とそれぞれ工事における特徴を把握する。
③本章で得られた工事項目の分類に加え、前述の調査や実際の改修現場での実態調査を通
し、各工事は居住者に対しどのような影響を及ぼすのか、工事項目ごとの影響の有無を考
察する。
第2章 分譲集合住宅の改修工事の現状
2−2 分譲集合住宅の改修背景 2−2−1 区分所有者の特性
分譲集合住宅ストックの現状や、老朽化に対する対策として改修に代わる建替えは思う ように進んでいない現状については1章で述べたが、調査から得られた結果を参考に本項 区分所有者の特性に着目し考察を加える。
図 2-1 に分譲集合住宅における区分所有者の永住意識と世帯主の年齢の変化、図 2-2 に管理組合の建替えの検討状況に関する調査結果を示す。
集合住宅ストックの老朽化に伴い世帯主の年齢も徐々に高齢化している、いわゆる二つ の老いともいえる傾向が見て取れるが、それに加え、居住者のその住戸への永住意識も近 年高まっている。管理組合の意向としては現時点で建替えを検討している集合住宅は少な く、修繕工事によって現状を維持することで建物の老朽化に対応する傾向が見られる。し かし、性能を向上させるような積極的な建物の維持保全に対する姿勢は見られない。
分譲集合住宅の建替えには区分所有者の 4/5 の合意が必要
注1)であるが、その検討状況 や居住者意識を見ると、合意形成を図った上で建替えによって建物を刷新することは現実 的に難しい。そのような背景から、過半数の合意で実施可能な耐震改修
注2)や、3/4 の合 意で実施可能な共用部の改修
注3)などにより建物の維持保全を図る必要があると考えられ る。
19.2 38.4
57.0
41.4
21.7 31.1
41.1
39.0
43.7
49.9
19.4
31.0 31.5
28.2 24.2
18.2 7.9
7.3 1.6 1.2 0.8
13.2 11.9
22.9
24.1
26.4 13.0 25.8
28.0
21.5 0.210.2 27.9
25.1
18.4
0.5 7.3 0.9
0%
10%
20%
30%
40%
50%
60%
2008年 0%
2003年 1999年
1993年 1987年
1980年
100%
30歳未満 30歳代 40歳代 50歳代 60歳代 70歳以上 永住する 不明
つもり いずれは 住み替える
世帯主の年齢 所有者の永住意識
図 2-1 区分所有者の永住意識と世帯主の年齢の変化2−1)
第2章 分譲集合住宅の改修工事の現状
-20- 2−2−2 「住みながら改修」の必要性
今後経年変化によって建物が老朽化していく中で、社会の変化などにより向上する住宅 性能水準を満たすために、建物性能を回復する修繕工事以上の、建物性能を向上させる改 修を行う必要が出てくると考えられる。建替えに代わる選択肢として「住みながら改修」
が求められる背景を表 2-1 にまとめた。積立金不足により、建替えや改修を実施できない 集合住宅も多く存在するが
2−1)、それに加え、現行法遡及によって建替え時の条件が不利 になる集合住宅も存在する。また、平等性や高齢化する居住者属性を踏まえると、移り住 みや専有部立ち入りによる改修を実施することも難しい。
以上のような背景から、建替えによって建物を刷新することが困難なため改修が選択さ れることが多く、改修を行う際には必然的に「住みながら改修」が求められるといえる。
表 2-1 「住みながら改修」が求められる主な背景
①建替えによる法規 制の影響
②区分所有権の弊害
③資金問題
④合意形成の難しさ
⑤居住者属性
建替え時、現行法への遡及によって面積の低減などの区 分所有者に不利な条件が加わるため
立ち退き、専有部内改修が出来ないため、共用部のみで 補修・補強を行う区分所有者に対して平等な改修が必要 長期修繕計画において、耐震補強や改修を行う際の移り 住み費用を見越した改修費を積立てていない
分譲集合住宅の建替えは、より高度な合意形成が必要 築年数の長い老朽化した建物は、高齢である区分所有者 も多く、移り住みが困難であり永住意識も高い。
図 2-2 建替えの検討状況2−1)
86.2
0.5 2.6 0.3 60.1
28.1
0.9 0.8 72.5
13.1 1.0 0.9
65.7
13.8 1.4 0.5 0.0
10.0
1993年度
n=980 1999年度
n=907 2003年度
n=1058 2008年度 n=2167 20.0
30.0 40.0 50.0 60.0 70.0 80.0 90.0
(%)
全く検討していない 建替えよりも当面は修繕工事で対応予定
検討しているが問題があり進んでいない 具体的に検討している
第2章 分譲集合住宅の改修工事の現状
2−2−3 賃貸と分譲の相違点
賃貸と分譲では「住みながら改修」に求められる条件が異なる(表 2-2)。賃貸集合住 宅の住みながら改修について書かれた既往論文
2−5)では、住戸間の移り住みを行いなが ら住戸内への耐震補強を実施しているが、分譲集合住宅での移り住みは各住戸が区分所有 されているため、集合住宅内部での移り住みは難しい。
また、居住者が建物の所有者から部屋を借りている場合、建替えや改修というやむを得 ない理由により、所有者の意向で居住者に引っ越しを依頼した後に改修を実施することも 可能である。しかし分譲集合住宅では区分所有権を持っている居住者の追い出しは困難で あり、区分所有者の合意を得るためには専有部に立ち入ることのない、共用部のみの施工 が求められる。
賃貸集合住宅であれば、居住者が引っ越して部屋が空いている期間に耐震補強や設備改 修などを施し、部屋ごとのグレードを変更することができる。しかし、区分所有者それぞ れが平等な権利を持ってることから、建物の形状や劣化状況に関わらず、ブレースを入れ る位置等を含め、どの住戸にも平等な補強計画や改修計画でないと、区分所有者の合意を 得ることは難しい。
結果として、分譲集合住宅の改修は共用部のみで耐震補強などの「住みながら改修」を 施さなければならないといえる。
表 2-2 改修時の賃貸と分譲の相違点 賃貸
相違点
個人所有 個人所有者
オーナーの個人負担 共用部+専有部改修 各戸で優劣のある改修可能 建物内での移り住み可能 居住者の立ち退き要請可能 建物の所有権
意思決定権 改修費用負担 改修可能部分 住戸平等性 移り住み
区分所有
区分所有者による合意形成 積立金または一時徴収金 共用部のみの改修・補強 各戸で平等な改修 建物内での移り住み不可 区分所有者の立ち退き困難
分譲
第2章 分譲集合住宅の改修工事の現状
-22- 2−3 分譲集合住宅の改修工事
2−3−1 改修項目の分類
経年変化の中で必ず行う必要のある具体的な改修工事項目を、改修の目的に応じ大きく 分けて表 2-3 の 3 種に分類した。外壁補修や防水・塗装など、建物性能の維持を図る大 規模修繕で主に行われる「建築工事」、耐震性能を向上させるために行う「耐震補強工事」、
ライフライン等の設備機器の更新工事を「設備配管工事」とし、それら 3 種類の工事を 包括的に行い建物の性能向上を図る改修を「総合的改修」と位置付けている。(図 2-3)。
改修周期の平均値を見ると、「建築工事」は大規模修繕の一般的な改修周期である 12 年 に 1 度、「設備配管工事」は 20 年から 30 年に 1 度、改修を実施している。
表 2-3 3 種の工事と主な改修項目(文献1−4), 2−10)を参考に作成)
図 2-3 改修時の賃貸と分譲の相違点
237 14.6
179 13.5 件数 平均値
84 12.7 164 13.3 174 14.0 241 15.1 191 14.3 238 14.4 237 14.4 179 13.2 263 14.6 144 11.5 145 12.5 168 12.0 139 11.1 67 11.8 35 13.9 39 23.7 22 28.0 44 24.9 内部
外部 シーリング タイル張り
外壁塗装吹付
建具 ドア
とい・とい受金物 物干金物 手すり バルコニー床防水 開放廊下・階段室等床防水 屋根防水(保護防水)
屋根防水(露出防水)
庇・笠木等防水
外部付属物 外部建具 内部付属物 内部建具
自転車置場 コンクリート補修 屋根防水
科目
外壁塗装等
建築工事 設備配管工事耐震補強工事
鉄部塗装
建具・
金物等
建物付属物
浮き・欠損補修 タイル洗浄 シーリング躯体目地 シーリング建具廻り
改修周期(年)
8 29.4
電気 幹線
件数 平均値 77 26.5
9 30.9 12 28.5 31 26.9 6 26.719.5 12 25.8 36 22.3 20 22.7 給水管
給湯管受水槽 給水
雑排水管 排水 給水ポンプ
ガス設備 ガス
空調設備 換気設備 照明器具 電気設備
科目 改修周期(年)
エレベーターかご内装改修 昇降機
強度の向上
工法のねらい 耐震補強工法
強度の向上・
鉄骨ブレース RC壁増設 増打ち壁そで壁強 外付けフレーム
柱鋼板巻き立て 柱炭素繊維巻き 耐震スリット
免震構造化 靭性能の向上
バランス改善 バランス改善
地震力の低減 機械設備
33
耐震性向上 総合的改修
設備配管工事 耐震補強工事
建築工事
改修あり設備
強 用 美
強 用 美
強 美 用
強 用 美
・大規模修繕で行う
・12 年に 1 度
・仮設足場を伴う 定期的に行う工事
旧耐震基準 各性能の低下
・耐震調査が必要
・補強工法の検討
・各住戸に平等な補 強方法が必至
・包括的に行う再生
・高効率な改修
・各種性能向上
・多大な工事影響
・設備配管の更新
・築 15〜30 年
・ライフライン停止 を伴う工事影響
設備老朽化
第2章 分譲集合住宅の改修工事の現状
2−3−2 改修項目と居住者への影響
縦軸に居住者に及ぶ主な工事影響を、横軸に 3 種の工事における改修項目をとることで、
各種工事項目が居住者に及ぼす影響を表 2-4 に示す。マニュアル
1−3)や書籍
2−7)、4章 で行った「住みながら改修」現場の実態調査をもとに作成した。
「建築工事」は、大規模修繕の際に行う工事であり、工事項目が多いためそれぞれ影響 は異なるが、基本的に住戸専有部に立ち入らずに工事を進めることができる。図 2-3 に示 したように、主に外壁や屋上、バルコニーの防水など、建物の外観意匠などの “ 美 ” を取 り戻すために、各部位を補修する工事になる。そのため、性能向上を図るような工事はあ まり行われないが、定期的に行い性能を取り戻すために必要な工事であるといえる。
「建築工事」の中で最も居住者への影響が大きい項目のひとつとして、バルコニー廻り の専有部に近い仮設足場を組んで行う工事が挙げられる。騒音等の短期的な影響に加え、
仮設足場設置期間は日照低減、換気難、プライバシーへの影響など、居住者は持続的に工 事影響を被ることになる。
騒音 振動 粉塵 臭気 汚れ 日照低減 換気難 通行難・接触 プライバシー LL停止 在宅義務 専有部立入り 仮設足場
躯体外壁補修 外壁仕上げ 鉄部塗装 内壁内装修繕建築工事シーリング 屋上・バル防水 廊下防水 サッシ ドア 金物更新 設備配管解体設備工事設備配管新設 照明器具工事 エレベーター 耐震補強工事はつり・解体 RC増設補強 ブレース補強 柱補強 スリット補強 仮設足場
居住者への影響
工事種・工事場所に よって影響有 工事影響有
表 2-4 各種工事と居住者への主な工事影響
第2章 分譲集合住宅の改修工事の現状
-24-
「設備配管工事」における最も大きな工事影響は、ライフラインの停止や住戸立入りの 可能性など、住戸専有部内での生活に直接影響する工事が含まれることである。建物の
“ 用 ” にあたる設備配管は、改修項目の中で居住者の生活に最も密接に関わる部位である ため、影響項目の数は少ないが居住者への影響を十分に配慮すべき改修工事となる。その 工事期間の長短に関わらず、水道・ガスの停止や停電などのライフライン停止影響は大き い。さらに細かく給排水設備工事の特徴をみると、表 2-5 のような事柄が挙げられる。
専有部と共用部にまたがった設備機器であること、PS にまとめられているため改修時 に道連れ工事として他の設備配管にも波及して影響が及ぶことなど、「設備配管工事」な らではの工事影響も見られる。また排水管の径が大きいことも、改修の際に他の配管の切 り回しを誘発し、結果的にライフラインの停止を招くなど、工事影響を一層大きくしてい る一因であるといえる。
「耐震補強工事」の工事影響は主に 1981 年以前の、旧耐震基準で建てられた集合住宅 で必要とされる、建物の耐震性のなどの “ 強 ” を高める改修である。補強工法や補強箇所 によりその影響は異なるが、いずれも大規模な工事となることが予想されるため、騒音・
振動、通行難、さらに設備配管の切り回し等によるライフラインの停止など、居住者に様々 な工事影響が及ぶ。特にはつり・解体工事が含まれる場合は、一層大きな騒音・粉塵に加 え、解体時に見えない部分のライフライン切断リスクがあることなど、建築工事に比べ工 事リスクを含めた様々な影響が及ぶと考えられる。
また、ライフラインの停止や大規模な架構工事が含まれる場合、日々の工事後における 現状復帰作業などの居住者配慮により、居住者のいない工事に比べ工期が伸びることが考 えられる。つまり、「住みながら」という条件によって、工事の効率性が低下する。結果 として、居住者への配慮によって工期の長期化を招き、工期の長期化によって居住者に及 ぶ工事影響が長く大きくなってしまう。工事影響の大きさと工期への影響は避けることの できない対応関係にあるといえる。
①生活必須設備 日常生活に支障がないように工事を行う
→仮設配管、工事時間外復旧措置などが必要 共用部・専有部が絡み、複雑な工事になる
→専有部立入り施工、道連れ工事の可能性 管径が大きく勾配が必要なため大工事になる
→PS 内排水立て管の取替え、位置変更が難儀
②中央式・多管種
③排水管の大きさ
表 2-5 給排水管工事の特徴(文献2− 11)を参考に作成
第2章 分譲集合住宅の改修工事の現状
2−3−3 工事影響と性能向上の関連性
従来行われてきた大規模修繕工事が性能を元に戻す工事であったのに対し、総合的改修 を行うことで各種性能向上をもたらすと共に、包括的な改修工事によって主に以下のよう なメリットが得られると考えられる。
①総工費の低減
仮設足場が必要な工事の集約や、管理費をはじめとする各種費用の圧縮が図られ、これ まで小規模に個別に行ってきた工事を包括することで総コストの削減が可能になる。
②工期集約による工事影響期間の短縮
長期的に細かな改修を繰り返すことに比べ、相対的に工期の短縮を図ることができるた め、結果的に工事影響が及ぶ期間も短くなると考えられる。
③社会的寿命を延ばす資産価値の向上
建物本体の構造性能、設備のグレード、共用部のデザインなどの各種性能向上を伴う改 修を同時に行うことで、建物の物理的寿命を延ばす(修繕によって性能を回復する)だけ でなく、社会的寿命を引き上げる(市場価値を高める)ことに繋がる。
「総合的改修」は合理的に改修を進めることができる一方で、工事項目が増えることで 改修現場では表 2-4 に示したような様々な工事影響がもたらされると考えられる。性能向 上を伴う総合的改修の概念図を図 2-4 に示す。
分譲集合住宅として資産価値を保つためには、社会の変化などに伴って向上する住宅性 能水準に準ずるために、総合的改修によって性能向上を図る必要がある。そのためには改 修項目が増えるに従い、「住みながら改修」によって居住者に及ぶ工事影響も大きくなる。
この性能向上と「住みながら改修」の工事影響というトレードオフの関係にある両者を踏 まえた上で、綿密な工事計画を練る必要があると考える。
総合的改修
性能価値
時間 向上する住宅性能水準
初期性能
保守・点検
性能向上 総合的改修 性能向上
大規模修繕 大規模修繕
工事影響 改修項目
社会的寿命 の延命
多い 大きい
少ない 小さい 物理的寿命
の延命
・耐震補強
・設備配管更新
・デザイン性向上
・共用部改修 等
図 2-4 総合的改修の概念図
第2章 分譲集合住宅の改修工事の現状
-26- 2−4 まとめ
2章では分譲集合住宅の改修における背景を整理し、どのような工事がどのような影響 を居住者に及ぼすのか、「住みながら改修」の現状を明らかにした。
まず、建物を維持保全していく上で、分譲集合住宅においては「住みながら改修」が必 然的に求められる背景や根拠を示した。その中で、「住みながら改修」で実際に行われて いる工事として、「建築工事」「設備配管工事」「耐震改修工事」に分類し、そこから見え てきた工事影響を表 2-4 に整理した。長期的な視点で建物の維持保全を考える中でで、性 能向上を図る改修を行う必要があることを述べ、その性能向上と工事影響の関連性を提示 した。 次章以降、3章では工事影響に対する対応を工事種ごとに調査し、4章では「住 みながら改修」の工事現場の実態調査を通し、現場における工事影響と対応を明らかにし ていく。
■ 注
注1) 2014 年 1 月現在の区分所有法では原則として、マンションの建て替えには所有者の5分の4以 上の同意に加え、所有者が所有面積に応じて持つ議決権の5分の4以上の同意が必要としている。
注2) 耐震改修の促進に関する法律の一部改正(平成 25 年 5 月)によって、区分所有建築物の耐震改 修の必要性に係る認定制度を創設し、当該認定を受けた区分所有建築物については、区分所有者の集 会の決議(過半数)により 耐震改修を行うことができることとなった。(国土交通省 HP より)
注3) 区分所有法第 17 条より、共用部分の変更(その形状又は効用の著しい変更を伴わないものを除 く。)は、区分所有者及び議決権の各四分の三以上の多数による集会の決議で決する。ただし、この区 分所有者の定数は、規約でその過半数まで減ずることができる。
■ 参考文献
2−1) 国土交通省:平成 20 年度マンション総合調査 2−2) 東京都都市整備局:2013 年 マンション実態調査
2−3) 国土交通省:持続可能社会における既存共同住宅ストックの再生に向けた勉強会 2012 年 2−4) 高橋
佑也:2010 年 首都大学東京大学院建築学域修士論文
集合住宅の居ながら改修における工程と工事部位の効果的な組合せに関する分析
2−5) 青木茂:既存建築物の再生手法に関する研究〜賃貸集合住宅の「住みながら再生」によるリファ
第2章 分譲集合住宅の改修工事の現状
インの事例を中心として〜 2007 年
2−6) (財)住宅総合研究財団マンション大規模修繕研究委員会:
事例に学ぶマンションの大規模修繕 学芸出版社 , 2010 年改訂版
2−7) マンション大規模修繕研究会:世界で一番やさしいマンション大規模修繕 2−8) 財団法人 建設物価調査会 総合研究所:
改修工事(集合住宅)のマクロ的価格傾向に関する研究 その5 2−9) 国土交通省:建築物リフォーム・リニューアル調査
2− 10) テツアドー出版:REFORM 2013.7 p.36 〜 p.41 マンション大規模修繕の管理手法 p.51 〜 p.57 ストックマンションとその改修技術の進展
2− 11) テツアドー出版:REFORM 2012.10 p.54 〜 p.63 マンションの給排水設備を考える
第3章 「住みながら改修」の工事影響と対応業務
第3章 「住みながら改修」の工事影響と対応業務
3−1 本章の概要 3−1−1 本章の目的
本章では、前章で分類した工事種目ごとに、設計監理者・施工管理者によって実際にど のような業務対応・対策が行われているのか、主に事例調査を通して明らかにする。まず、
「住みながら改修」で生じる工事影響に対して行う対応の分類をした後、各工事種目ごと の対応方法の分析を行い、設計監理者・施工管理者・理事会など住民それぞれに求められ る対応業務を提示することを目的とする。
3−1−2 調査方法
本章は以下のような手順で調査を行った。
①実際に大規模修繕工事現場の工事説明会で用いられた工事説明書を工事会社 11 社より 入手し、施工者が予め把握している「住みながら改修」で起こる影響やリスクを調査した。
その上で、施工者・住民に改修現場で求められる管理上の対応業務を明らかにした。
②「設備配管工事」を行った事例と、「耐震補強工事」を行った事例を文献
2−6), 3−1), 3−2)3−3)
やヒアリングなどを通して調査し、それぞれの工事において各工事関連主体に求
められる管理業務を明らかにした。「耐震補強工事」に関しては補強工法ごとに実施事例 を調査し、それぞれの工事が居住者にもたらす影響と求められる対応業務を考察した。
工事説明書、書籍等から入手した調査対象事例一覧及び詳細は巻末資料編に示す。
工事説明書を入手した事例に関しては建物概要の情報は少ないが、住民に行った説明内容 や工程表、仮設計画等の情報を巻末資料編に掲載した。
「耐震補強工事」を行った事例は、各補強工法ごとの事例を調査し、その工法の特徴や「住
みながら改修」で補強を行う上での設計上の留意点等を中心に分析した。
第3章 「住みながら改修」の工事影響と対応業務
-30- 3−2 工事影響と 3 種の対応
工事説明書の分析を通して、「住みながら改修」の工事影響に対して行うべき対応を、
居住者と施工者の視点から 3 つに分類した(図 3-1)。工事影響に対する対応の種類を明 確に定義することで、各工事関連主体が「住みながら改修」現場で求められる対応を把握 しやすくした。
■施工対応
施工時に施工者、専門工事会社が居住者に及ぶ工事影響を軽減させるために実施する、
構工法上のハード面における対応のことを施工対応と定義する。工事によって騒音や粉塵、
通行難など、居住者が生活をする上で様々な不便が生じるが、そのような不便を軽減する ために施工者は様々な工法上の工夫を用いる。工事影響を抑制することで効率性が落ち、
工期の長期化を招くこともあるが、居住者に及ぶ工事影響は軽減することができる。仮設 の間仕切りを設置することで解体時に発生する粉塵を遮断するなど、着工前の施工計画時 に施工者が工夫を加えることができる対策であるといえる。
具体的には低騒音・低振動の機器を用いるサイレント工法や、粉塵を抑制するため水を かけながら行う湿式工法のような構工法上の工夫がある。それに加え、防音パネルの設置 や仮設間仕切りによる騒音・粉塵の抑制などの施工計画上の工夫などの対応も施工対応に 含まれる。
「住みながら改修」によって発生する工事影響 現場対応
施工対応 管理対応 居住者対応
施工時に構工法上の、ハード 面における工夫によって工事 影響を軽減させる対応。
例 . 防音パネル、散水処理
施工者が管理上の、主にソフ ト面における工夫によって工 事影響に対して行う対応。
例 . 工事告知、クレーム対応
居住者自身が工事のために行 わなければならない、工事協 力のための対応。
例 . 私有物・駐車場の移動 図 3-1 工事影響に対する各種対応の定義
fig.1 防音シートによる施工対応
第3章 「住みながら改修」の工事影響と対応業務
■管理対応
施工管理者が居住者への工事説明・理解など、主にソフト面のマネジメントによって工 事影響に対して行う対応のことを管理対応と定義する。このような対応業務は通常の施工 管理業務に加え、居住者がいる「住みながら改修」という場合において求められる対応で ある。工事影響が大きくなるに従い構工法では解決できないような影響も多く及ぶため、
より丁寧で精緻な管理によって居住者への配慮を行い、工事影響に対応する必要がある。
具体的にはセキュリティやプライバシーへの対策や、資材置場の計画的な管理による通 路確保、施工管理者が住民に対して工事理解のために行う工事告知などが含まれる。
■居住者対応
居住者自身が工事影響に対して行う必要のある対応のことを居住者対応と定義する。専 有部や私有物など、プライペートな部分に及ぶ工事影響に対しては、居住者自身で対応を 行う必要がある。工事に対して素人であり、発注者としての立場でもある居住者にそのよ うな対応を促すために、施工管理者は早い段階で工事協力の依頼を行うことが重要である。
具体的に居住者対応として、バルコニー私有物の移動や駐車場の一時移動、ライフライ ン停止後の再可動チェックなど、設計監理者や施工管理者が踏み込めないまたは代替でき ないような対応が求められる。
fig.2 通路確保のための管理対応
fig.3 私有物を移動させる居住者対応
第3章 「住みながら改修」の工事影響と対応業務
-32- 3−3 「大規模修繕工事」の対応業務 3−3−1 工事説明書の記載内容
大規模修繕の着工前に行う工事説明会では、施工者が住民に対して工事説明書を作成し、
工事で起こりうる影響や、管理体制、住民に協力を依頼する内容などの説明を行う。この 工事説明書を調査分析することで、「住みながら改修」で求められる対応の具体的な内容 を明らかにする。表 3-1 に、事前に居住者に告知された工事影響・施工者対応・居住者対 応の内容と記載率を示す。この工事説明書は「建築工事」を主に実施した大規模修繕で用 いられた資料である。
ここに記載された主な内容は、「住みながら改修」において居住者が把握すべき工事影 響への対応であり、施工管理者が居住者に及ぶ工事影響に対して配慮する必要のある項目 であるといえる。
表に記載された内容は、「住みながら改修」の改修現場において、施工管理者と住民に 求められる対応業務である。これら対応業務内容は、基本的には居住者がいない限り発生 しない業務であり、「住みながら改修」でのみ発生しうる付随業務・対応業務であるとい える。
居住者対応において各項目をみると、バルコニー廻りに対する対応協力が多く求められ、
また、管理対応ではセキュリティやプライバシー対策など、仮設足場によって生じる影響 に関する項目が記載されている。このことからも、管理対応において専有部に近くなるバ ルコニー廻りや仮設足場に関わる工事は、「住みながら改修」において特に配慮すべき工 事項目であるといえる。
項目ごとの記載率を見るとどの項目に関しても高い記載率であることから、「建築工事」
においては、各マンション工事業者が工事影響や行うべき対応に関して同様の認識を持っ ており、施工管理業務においても同等な現場対応が行われていると考えられる。
居住者対応 通行難・動線の変更 駐車・駐輪場所の変更 洗濯物干し場の制限 換気・開口部の開閉 網戸の取り外し 私有物の移動 室外機の一時撤去 セキュリティ対応 プライバシー対応
記載率 (%) 記載率 (%)
管理対応 セキュリティ対策 プライバシーへの配慮 作業時間・作業員情報 工事車輌の出入り 工事資材置き場 雨天時対応 近隣対応に関して 工事内容・工程表の解説 工事告知方法
騒音 振動 臭気 粉塵
通行難・動線の変更 風通し
塗りたて注意
記載率 (%) 居住者への工事影響
50 100 82 64 64 91 73 82
20 50 80
20 50 80 91
45 91 82 91 100 91 100 82 100
82 100 91 100 64 18 100 100
表 3-1 工事説明書に記載された工事影響と各種対応の記載率
第3章 「住みながら改修」の工事影響と対応業務
3−3−2 各社に見る特別な対応
一般的に記載されている表 3-1 のような対応に加え、各社ごとに居住者に及ぶ工事影響 を軽減する工夫が工事説明書から読み取れる。居住者への工夫を凝らした対応によって工 事影響を軽減することは、「住みながら改修」の施工管理業務において重要な要素である。
その工夫の一例を図 3-2 に示す。
HP による工事進行状況の告知や、居住者の一員である子供に工事の説明を行うなど、
大規模修繕工事では工事影響に対する対応を行った上で、工事会社独自のサービス提供を 行っている。「住みながら改修」では住民理解のための努力は欠かすことのできない管理 対応であり、そこには施工管理会社各社の工夫が求められる。「住みながら改修」だから こそ求められるこのようなサービス提供は、今後管理対応の一環としてより一層求められ るのではないだろうか。一見工事の内容とは関係のない業務であるが、「住みながら改修」
が一般化していく中で工事会社ごとの技術の差が小さくなるに従い、居住者へ配慮した サービスは多様化していくものと考える。
図 3-2 工事説明書に見る居住者に向けた各社のサービス HP による工事の告知3−4)
子ども向け工事説明会の開催3−5)
第3章 「住みながら改修」の工事影響と対応業務
-34- 3−3−3 各項目の影響期間
工事説明書に添付された「建築工事」における各種工事の工事期間を抽出し、その平均 値を算出した。各種工事における工事期間と表 2-4 の工事影響の項目を対応させて比較す ることで、その工事によってどのような影響がおおよそどれくらいの期間及ぶのか、工事 項目と工期の傾向を読み取ることができる。なお、団地等の大規模な改修工事は含まず、
100 戸以下の集合住宅の工事説明書より工事事例を抽出した。
バルコニーに関わる項目であるシーリングや防水は住戸数が多い程工期が長い。鉄部塗 装は塗装箇所によって大規模修繕工事よりも頻繁に (5 年に一度程度 ) で行われる場合も あるため、その劣化の進行具合により建物ごとにかかる工期もそれぞれ変わってくると考 えられる。屋根防水は部分補修か、全面改修かで工期の大きな違いが見られた。
また、抑えコンクリートのはつり作業等が含まれる場合、その工期はさらに長くなり、
当然コンクリートのはつり作業は騒音等の大きな居住者影響が及ぶ。共用廊下防水は塩ビ シートを用いることで、それぞれの事例ごとに大きな工期の差異は見られなかった。
工事順 工事項目 工事期間(日)
※日、祝日の工事停止期間も含む
鉄部等塗装工事
⑤ 外壁仕上げ・塗装工事
④
直接仮設設置工事
①
下地・躯体補修工事
②
シーリング工事
③
共用廊下防水工事
⑦
屋上・バルコニー防水工事
⑥
10 20 30 40 50 60
表 3-2 工事項目ごとの工事期間の最小・最大・平均値