ホッブズにおける人間と社会 : 自然法,誓約,市 民社会
その他のタイトル Hobbes on Man and Society : Law of Nature, Covenant and Civil Society
著者 妹尾 剛光
雑誌名 関西大学社会学部紀要
巻 14
号 2
ページ 1‑21
発行年 1983‑03‑28
URL http://hdl.handle.net/10112/00022778
ホ ッ ブ ズ に お け る 人 間 と 社 会
-—自然法,誓約,市民社会—
妹 尾 剛 光
ー
人間はもともと「すべての物に対する権利」を持っているというホップズの考えを前提にする
. . . . . . . . . . . . . . . .
ならば,平和に生きることが善であるという自然法は,
. . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
「どの人間も,自然において持っている すぺての物に対する権利を手放すべきである」1)ということを命ずることになる。 しかし,権利 の中でも,自然法に適う権利は平和を壊さないから,「自然法は,持ち続ければ平和を失うこと になる権利以外のものを手放すことを命じてはいない。」2)とホップズは考えている。人間が持ち 続けても平和を失うことにならない権利は,「すべての物に対する権利」ではなく,「自分が持っ ている力のすべてを使って,自分の生命,身体を守る権利」でもない,「自分が持ち続けること を要求する権利はすべて,それを自分以外のすべての人間が持ち続けることを認めるべき。」3)と いう自然法を基にして初めて成り立つ権利である。この自然法の核心は,人間が自分の権利を手 放すということにあるのではなくて,自分以外の人間の権利を互いに認め合うということにある。ホップズも,この自然法は,「どの人間も,自分以外の人間を自分と対等のものと認めるべき。」4)
この論文は,拙論「ホップズにおける人間と社会ー一人間の自然,自然権,自然法一」 (行沢・田中•平
井•山口編『社会科学の方法と歴史」ミネルヴァ書房, 1978年,所収)の続きとして書かれた。
引用文などで言及したホップズの著作は次の通り。
1. The Et切 吻tsof Law, Natural and Politic. Edited with a Preface and Critical Notes by Ferdi‑ nand Tennies, PH. D., London: Simpkin, Marshall, And Co., 1889. 2nd ed., London : Frank Cass
& Co. Ltd., 1969. 以下ELと呼ぶ。引用文などの該当個所は, Part, Chapter, Section. の順に数字で示 した。
2. Philosophical Rudiments concerning Government and Society. London, 1651. Reprinted in "The English Works of Thomas Hobbes of Malmesbury; now first Collected and Edited by Sir Wil‑ liam Molesworth, Bart. Vol. ]I." London, 1841. 以下PRと呼ぶ。引用文などの該当個所は, Chapter, Section. の順に数字で示した。
3. Leviathan, or The Matter, Forme, & Power of a Common‑Wealth Ecclesiastical/ a叫 Civil!.Lon‑ don: Andrew Crooke, 1651. Reprinted with an Essay by the Late W. G. Pogson Smith, Oxford: at the Clarendon Press, 1909. 以下Lと呼ぶ。引用文などの該当個所は, Part,Chapter, Page (初版)
の順に数字で示した。
引用文中( )は原文の括弧,〔 〕内は引用者。
1) EL, l, 15, 2. cf. PR, JI, 3. IV, 4. L, 1. 14, pp. 6465. 2, 26, pp.138139. 2) EL,1,11,2. cf. PR, X,1. XIII,15,17. XIV,6. L,1,14,pp.6465. 3) EL,1,17,2. cf. EL, 1,18,7. PR, 皿,14. IV, 12. L, 1, 14, p. 65. 1, 15, p. 77. 4) EL, 1, 17, 1. cf. EL, 1, 18, 6. PR, 皿,13. IV, 11. L, 1, 15, p. 77.
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関西大学「社会学部紀要』第14巻第2号
という自然法を基にしていると考えている。
しかし,ホッブズは,自然状態ではすべての人間に「すべての物に対する権利」があると考え ていたから,この自然法が現実に働くためには,まず,すべての人間がこの権利を手放さなけれ ばならないと考えた。人間が権利を手放すということについて,ホッブズは次のように考えてい る。人間が権利を手放すということは,その権利を自分以外のすべての人間に対して棄てるとい うことであるか,それとも,それを特定の人間に譲り渡すということであるかどちらかである凡 自分の権利を特定の人間に譲り渡すときを,ホッブズは, ELでは,報いの利益を考えずに譲り 渡すとき(無償贈与 freegift)6lと,報いの利益を考えて譲り渡すとき(契約 contract)7lとに 区別している。 しかし, PR,Lでは,人間が権利を譲り渡すのは常に,それと引き替えに何か の利益を得るということを考えてのことである8)ということを明らかにして叫それに,相手の 人間からそれと引き替えに権利の譲り渡しがあるという保証なしに権利を譲り渡すとき(無償贈 与)10)と,権利を互いに譲り渡すとき(契約)11)とがあると書いている。契約したことが契約した 時に行われるのでないときには,そのことを行うと契約した人間は,未来にそのことを行うこと を相手の人間に信頼されていることになる。このとき,信頼されている人間の契約をホッブズは 誓約covenantと呼んでいる12)。
ホップズは,自分の権利を手放すという明確な意志表示がその人間の義務obligation,dutyを 作り出す,誓約の時には,誓約の相手の人間が約束を守ることが確実であるときの誓約が義務を 作り出すと考えている13)0
人間の個々の義務を作るには,それぞれの人間が或る具体的な権利を手放すという個々の意思 表示が必要である。しかし,義務は人間の心に根差したものであるから,自分が誓約したことを 行うということを自分の義務であると受け取っていない人間は,どんな誓約を立てたとしても,
誓約を立てたことによって義務を負ったということにはならない。即ち,或ることが或る人間に とって義務となるためには,その人間は自分の持っている或る権利を手放すと言うだけでなくて,
そのように言ったことを行うことは自分の義務であると受け取っていなければならない。だから,
. . . . .
人間が自分の誓約したことを自分の義務であると受け取るためには,その人間は,「どの人間も,
. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
自分が立てる誓約を守り,行わなければならない」14)ということを受け容れていなければならな
5) EL, 1, 15, 3. PR,Il, 4. L, 1, 14, p. 65. 6) EL, 1, 15, 7.
7) EL, 1, 15, 8.
8) ELでそう考えられているところもある。 cf.EL, 1, 16, 6.
9) PR, Il, 8. L, 1, 14, pp. 6566. 1, 15, p. 75. cf. 人間が自分の権利を手放すときの唯一つの目的は,「死,
傷,投獄を避けるということ」である (L,1, 14, pp. 6970.)。 10) PR, Il, 8. L, 1, 14, p. 66.
11) PR, Il, 9. L, 1, 14, p. 66.
12) EL, 1, 15, 9. PR, Il, 9. L, 1, 14, p. 66.
13) EL, 1, 15, 7. 1, 15, 9. 1, 15, 10. PR, II, 8, 10, 11. L, 1, 14, pp. 6568.
14) EL, 1, 16, 1. cf. EL, 1, 18, 5. PR, Il, 17. 皿1. IV, 5. L, 1, 15, p. 71. 2, 26, p. 138. 3, 43, p. 322.
ホッブズにおける人間と社会(妹尾)
い15)
ホップズは,このことを自然法の原則の一つであると考えている。自然法が現実に行われると゜
いうことの基には,人間がそれぞれに,「すべての物に対する権利」を手放すという誓約を立て て,その誓約を守り,行うということがなければならないからである。しかし,自然法の原則の 核心は,「すべての物に対する権利」を手放すという誓約を立てて,その誓約を行うということ ではなくて,平和に生きるという誓約を立てて,その誓約を行うということである。人間が誓約 したことの内容が平和に生きるということに反することであるならば,それを行うことは自然法 を破ることである。だから,人間は自分が立てた誓約を,それがどんな内容の誓約であっても,
守るべきであるということは,自然法に適うことではない。自然法に適うことは,人間が誓約を 立てるときには,平和に生きるということに反しない内容の誓約を立てるべきであるということ であるし,そのような誓約を立てたときには,その誓約を守るべきであるということである。こ のことを受け容れた人間の場合に初めて,人間の義務は自然法に適う義務である。ホップズにも
「善の約束は約束した者を縛るけれども,しかし,脅し,即ち,悪の約束は縛らない」16)と書い ているところがある。
ホップズはまた,自分が立てた誓約を破るということは誓約した相手の人間に対して不当なこ とinjuryであって,だから,不正な unjustこと(行為のレヴェルでの不正)であると書いて いる17)。injuryという言葉は,普通,人間が誓約しているかどうかに係わりなく,自分以外の 人間に害を加える行いを意味する言葉であるから,その点でホップズのこの言葉遣いには問題が あるけれども, ホップズがこの言葉を, 自分が立てた誓約を破るということに限って使ってい る18)ということは,そのことが持つ独自な意味にホップズが気付いていたということを示してい る。
しかし,ホップズの考えでは,不正 injusticeは,誓約した相手の人間に不当なことをすると いうことだけではなくて,基本的には自然法を破るということであった19)。正義justiceは,自 然法を行うということであった20)。そうであれば,何が正しく,何が不正であるかという判断の 根源には,自然法に従うという誓約を行うことが正しいということがある。そうであれば,人間 が自然法に反する内容の誓約をしたときには,その誓約を破ることが不正であるということ以上 に,自然法を破ることが不正であるということが,深くでその人間の行為の正,不正を決めてい ることになる。
15) L,2,21,p. lll. 2,30,pp.175176. 16) L, 3, 38, p. 248.
17) EL,1,16,25. PR, III,3, 5. L,1,14, p.65. 1,15,P,71. p.74. 2,26,p.138. 18) EL, l, 16, 3. PR, W, 14. L, 1, 15, p. 75.
19) PR, ill, 4, annotation. XIV,18, 23. L, 1, 13, p. 63. 4, 46, p. 376.
20) EL, 2, 6, 10. PR, XVII,10. XVIII, 3, 12. L, 1, 13, p. 63. 1, 14, p. 65. 1, 15, pp. 7274. pp. 7980.
2,30,p.179. 3,43,p.322.
関西大学『社会学部紀要』第14巻第2号
しかし,ホップズは,すぺての誓約を同じ性格のものと考えて,どんな誓約でも誓約を守るこ とが自然法に従うことであると考えたために,このことを明確にしていない。それだけでなくて,
そう考えたために,誓約や誓約に基づく人間の法が自然法と矛盾しているときでも,人間は誓約 や人間の法に従うぺきである,それに従わないということは不正である21り あるいは,「市民法 Civill Lawに従うということもまた自然法の一部である。」22) 「どんな市民法でも,神の非難ヘ と向かわないものであれば,……自然法に反しているということは,どう考えてみてもありえな い。」28)と考えている。 しかし, 自然法に従わなくても不正ではない24り あるいは,或る行為が 正義に適う行為であるかどうかはその行為の具体的な性格とは関係がない,ということはおかし しヽ。
ホップズは,しかし,人間は誓約したことをすべて守らなければならないとは考えていない。
「正義の本質は,有効な valid誓約を守ることにある」25)とホップズは書いている。有効な誓約 とはどんな誓約であるかということは,当事者の双方が誓約したときに問題となることであるけ れども,この問題についてホップズが書いていることには矛盾がある。
ホップズは,一方では,誓約した後で当事者のどちらかに正しい just,あるいは,理にかなっ た reasonable疑いがおこるときには, 自然状態での誓約は無効であると書いている26)。 この 考えに従うならば,自然状態でも正しい疑いが誓約した後でおこらないときには誓約は有効であ る27)。しかし,別のところでは,誓約が互いに相手を強制できない者(対等の人間の間であれば,
当然のことである)の間で立てられたときには,何事をも自分の利益のために利用しようとする 人間の性質を考えるならば,一方の側が誓約したことを行ったとしても相手の人間は誓約したこ とを行うとは限らない,誓約したことを先に行った者は相手の人間の強欲に身を任せるだけであ るから,そのような誓約は無効である,だから,自然状態では不法な行為はないし,正,不正は ない,しかし,当事者双方の上に両者の誓約の実行を強制できるだけの力があるときには,誓約 は有効であって,誓約を行わないことは不正であると書いている28)0
誓約が自然状態ではいつも無効であるとするならば,市民社会を作ろうとする誓約はいつも無 効である29)。なぜならば,誓約当事者のすべてに誓約の実行を強制できるだけの市民社会の力は,
市民社会を作ろうとする誓約が実行されたときに初めて作り出されるからである。だから,自然 状態の中から市民社会が作られるためには,自然状態の中で既に,自然法を行うという誓約が有
21) EL, 2, 2, 3. 2, 8, 5. PR, XI[,2. XIV,10. L, 1, 16, p. 81. 2, 29, pp. 168169. 3, 42, pp. 284285.
22) L, 2, 26, p. 138. cf. PR, XVII,1012. XVIII,3. L, 2, 27, p. 153. 2, 30, pp. l 75176. 3, 39, p. 248. 3, 42, p. 279. p. 310. p. 312. pp. 317318. 3, 43, p. 322. p. 330. 4, 46, p. 376.
23) PR, XIV, 10. 24) L, 3,43,p.322.
25) L, 1, 15, p. 72. cf. L, 2, 26, p. 138.
26) PR, Il,11. XIII,7. L, 1,14,p.68. 2,22,p.122.
27) cf. EL, 1,17,3,annotation. PR, lX,6. L, 1,14,p.69. 2,20,p.103. 2,22,p.121122. 28) EL, 1, 15, 10. 1, 19, 1. PR, V ,1. XIV,2. L, 1, 14, p. 68. 1, 15, pp. 7172. 2, 17, p. 85. 29) cf. PR, XIV,21. L, 1, 15, p. 75. 2, 20, p.102.
ホップズにおける人間と社会(妹尾)
効な誓約として守られていなければならない。それだけでなくて,人間は,絶対に不利益を受け ないという保障のあるところでしか自然法を守らないとするならば,自然状態の中から社会を作 ることはできない30)。このことは,言い換えれば,人間が社会を作って生きている根底には,絶 対に不利益を受けないという保障のないところで,人間が自然法を守って生きているということ があるということを示している。
ホップズは,誓約が義務づけるのは約束したことをしようと最善の努力をするということ以上 ではない31l, 神が人間に求めておられることは神に従おうとする心以上のものではない32), と考 えている。しかし,自然法はいつも人間の良心に働きかけているとするならば,それは,人間の 良心に働くことを通して,その人間の行為をいつも或る方向に向けるように働いていると言うこ とができる。ホップズが挙げている自然法は,良心の働きを通して,人間に行為の方向を指し示 す性格のものである33)。ELでは,戦争においても,「自分の良心の中で未来に何の利益も見通 せないような,現在の情念の残酷さを満足させるべきでない」34) という自然法が働くと考えられ ている。 PRでこれと対応するところでは,戦争では自然法は人間の行為には働かない35)と書か れているけれども,別のところでは,戦争においても働いている自然法がある36)と書かれている。
Lでは,上述の自然法は自然状態で現実に行われる唯一つの法である37)と書かれており,それは,
後で述べる復讐についての自然法に含まれると考えられていたと思われる。だから,ホップズの 考える自然法は,人間の良心に働くことを通して,自然状態においても,状況の如何にかかわら ずいつもではないけれども,状況によっては,人間にそれに従った行為をさせるものであると言
うことができる。
自然法が自然状態でもこのようにして働いているとするならば, 「人間のさまざまな欲求やそ の他の情念は,それ自体としては罪Sinではない」38), あるいは, 自然状態には法がないから不 正はない39), と言うことはできないし,自然状態では何をしても正しい,と言うことは勿論でき ない。ホップズにも「自然状態では,正しいこと,正しくないことは,行為者の行為によってで はなくて,その考えや良心によって評価される。やむをえずなされること,平和への,自分が生 き続けることへの努力からなされることは,正しくなされているのであり,そうでなくて人間に 加えられる害はどれも,自然法を破ることであり,神に対する不当行為であろう。」40)と書いてい 30) cf. A. D. Lindsay, "Introduction" to Hobbes Leviathan, Everyman's Library, Dent, London,
1965, p. xxii.
31) EL, 1, 15, 18. 2, 6, 14. PR, II, 14. L, 1, 14, p. 69. 32) EL, 2,6,10. PR, XVII,7,8. L, 3,43,p.322. 33) cf. EL, 2, 10, 7. PR, XIV,14, 18, 21. 34) EL, 1, 19, 2.
35) PR, V,2.
36) PR, 璽,27,annotation. 37) L, 2, 17, p. 85. 38) L, 1, 13, p. 62.
39) PR, XII,1. L, 1, 13, p. 63. 3, 42, p. 284.
40) PR, 皿,27,annotation.cf. L, 2,27,pp.151152.
関西大学「社会学部紀要」第14巻第2号
るところがある。
ホップズは自然法の原則として,小論でこれまでに挙げたもの以外にも,次の原則を挙げてい る。
「人間は誰でも,愛,即ち,その人間に対する好意にこうして(誓約を得ていないのに利益を 与えて)信頼している人間を,その信頼の故により悪い状態に陥れてはならない。」41)
「どの人間も,自分の身に危険がなく,自分を支え,守る手段を失うことなしにできる限りで,
互いに助け合うべきであり,便宜を与え合うよう努めるべきである。」42>PRでは,「どの人 間も,自分以外の人間に役に立つものになるべきである。」43>Lでは,「どの人間も, 自分を 自分以外の人間に合わせるよう努めるべきである。」44)
「人間は,自分に悪を行った人間を,彼が悔い改めて,未来に対する保証を与えるならば,赦 すぺきである。」45)
「復讐は,過去の罪だけではなくて,未来の利益を考えてすべきである。」46)
「人間は誰でも,自分以外の人間を非難し,悪口を言い,あざ笑い,また,それ以外の仕方で 自分の憎しみ,軽蔑,侮りを示すべきではない。」47)
「人間は,商業,取引を互いに,差別なしにさせるぺきである。」48'PR, Lでは削除。
「平和のためのすべての使者,そして,人間と人間との間に友好関係を作り出し,それを支え ることを仕事としている人々が安全に行き来できるようにすること。」49)
それ以外の内容の誓約がないとき,「分けることができないものは,共同で使うべき……。」50)
分けることも共同で使うこともできないものは,「交替で使うか,簸で利益を譲るか, どち らかにすべき。」 PR,Lでは,交替の順番も簸によるぺき,を追加51)。
簸を引かないときには,最初にそれを手に入れた者,あるいは,長男に与える52)0
「論争のときはすべて,その当事者は,ともに信頼する仲裁者について互いに同意し,その仲 裁者がその点について与える裁決を守るということを互いに誓約すべきである。」53)
仲裁者は, 1. その論争に利害を持っていてはならない, 2. 当事者の一方の側との間で,
41) EL, 1,16,6. cf. EL, 1,18,5. PR, Ill,8. IV,6. L, 1,15,p.75. 42) EL, 1, 16, 8. cf. EL, 1, 18, 8.
43) PR, Ill,9. cf. PR, IV,7,16. 44) L, 1, 15, p. 76.
45) EL, 1,16,9. cf. EL, 1,18,8. PR, Ill,10. IV,8. L, 1,15,p.76.
46) EL, 1,16,10. cf. EL, 1,18,11. 1,19,2. PR, Ill,11. IV,9. XIII,16. L, 1,15,p.76. 47) EL, 1,16,11. cf. EL, 1,18,8. PR, Ill,12. IV,10. L, 1,15,p.76.
48) EL, 1, 16, 12.
49) EL, 1,16,13. cf. PR, Ill,19. L, 1,15,p.78. 50) EL, 1,17,3. cf. PR, Ill,16. IV,14. L, 1,15,p.77. 51) EL, 1,17,4. 1,18,7. PR, Ill,17. IV,15. L, 1,15,p.78.
52) EL, 1,17,5. では,これは自然法と明示されていないが, PR, Ill,18. IV,15. L, 1,15,p.78. では,そ う明示されている。
53) EL, 1,17,6. cf. PR, 皿,20. IV, 16. L, 1, 15, p. 78.
ホップズにおける人間と社会(妹尾)
その人間に有利な裁決をするという誓約をしてはならない, 3. 当事者が同意しなければ仲 裁者となってはならない。 1.は, PR,Lでは二項目に分けて詳しくされている。 2.は, L では削除。 3.は, PR,Lでは明示されていない54)。
「人間は誰でも,聞きたくないとはっきり言っている人間に,忠告や助言を押し付けるべきで ない。」55>PR, Lでは削除。
PR, Lでは, これらの自然法の幾つかが細かな点で修正されたほか, 次の法が付け加えられ た。
「人間は誰でも,自分以外の人間に権利を分けるときに,どの当事者にも平等であるべき。」56)
仲裁者は「事実についての確かな印がないときには,両当事者に対してともに中立と思える 証人に基づいて裁決を作らなければならない。」57)
酔払いや暴食家は,わざと理性の力を壊し,弱めているので,自然法に反する58)。
Lでは,更に,「どの人間も,平和なときに自分を守ってくれる権威を,戦争のときに自分に できる限りのことをして守るよう,自然によって縛られている。」59)ということが付け加えられた。
取り上げられたこれらの自然法は, 「不和からおこる危険に抗して自分を生き続けさせるとい うことに係わる」60)自然法だけであると PRでは書かれている。 Lでは,市民社会を作るという ことに係わる自然法だけを取り上げているということが明確に意識されている61)。これらの自然 法の核心にあることは,人間が自分以外の人間を自分と対等と認めて,互いにそのように対する
ことを通して,独立している人間同士を平和に生きさせるということである。
II
ホップズは,人間が社会を作ることができるためには,その社会を作ろうとするそれぞれの人 間が,自然法を行うという誓約を互いの間で交して,その誓約を行うということがなければなら ないし62), その上に,その社会に係わる個々の問題についてのこの人々の行為が一つの方向に向 くように,この人々の間で意志の一致が誓約によって作り出されなければならない63)と考えてい る。しかし,人間は,自分の利益のためにはどんなことでもするというのがその本性であるとい 54) EL, 1,17,7. 1, cf. PR, ill, 21, 22. IV,16,17. L, 1,15,p.78. 2, cf. PR, ill,24. N,17. 3, cf. PR,
ill,20. N,16.
55) EL, 1,17,8. cf. EL, 1,18,8.
56) PR, ill, 15. cf. PR, N, 13. XIV, 14. L, 1. 15, p. 77. しかし, これは, ELにも実質上あった。 cf. EL, 1,17, 7.
57) PR, ill, 23. cf. PR, N, 18. L, 1, 15, p. 78.
58) PR, ill,25. N,19. Lでは, これは自然法であるけれども, 市民社会を作ることに係わる自然法では ない,として削除。 cf.L, 1, 15, pp. 7879.
59) L, Review,p. 390. 60) PR, ill, 32. 61) L, 1, 15, pp. 7879.
62) EL, 1, 19, 1. 1. 19, 4. 1, 19, 5. PR, V, 3 5. VI, 4. L, 2, 17, pp. 8587. 2, 31, p.186. 63) EL, 1, 19, 4. 1, 19, 5. 2, 1. 2. PR, V, 4, 5. L, 2, 17, p. 86.
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