﹁離脱の意思表明とその了承フォーミュラ﹂の成立と解消︵都法五十七
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一︶ 一四九﹁離脱の意思表明とその了承フォーミュラ﹂の成立と解消
││共犯関係の解消・共犯の離脱に関する一考察││星 周 一 郎
目 次 はじめに 一 戦前の議論の展開││共犯の解消に関する大審院判例と戦前の学説 二 戦後昭和期の議論││最決平成元年六月三〇日までの展開 三 共謀共同正犯論の変容 四 最決平成元年六月二六日と最決平成二一年六月三〇日 五 むすびに代えて はじめに
共犯関係の解消︵共犯の離脱︶については︑その理論的根拠および共犯関係の解消を認めるための具体的な判断
一五〇
基準等に関して︑学説においても数多くの議論が展開されてきている︒そして︑従来の議論では︑共犯者の離脱を
実行の着手前の離脱と実行の着手後の離脱とに分け︑共犯関係の解消を認めるには︑前者では︑﹁離脱の意思表明
と他の関与者の了承﹂があれば足りるが︑後者では︑それに加えて結果発生防止のための真剣な努力が必要である
ことが︑共犯関係の解消を認めるためのあたかも﹁要件﹂であるかのように論じられることも多かった
︵
︒
1 ︶
ところが︑科刑上一罪︵牽連犯︶の関係にある住居侵入と強盗を遂行する旨の共謀を遂げ︑共犯者の一部が住居
侵入に着手した段階で︑残余の共犯者︵被告人︶が現場から離脱した場合の共犯関係の解消を否定した最決平成二
一年六月三〇日︵刑集六三巻五号四七五頁︶に関する担当調査官解説は︑﹁実行の着手前の離脱についていわれて
いる﹃離脱意思の表明と了承﹄という要件は︑絶対的なものと捉えるべきではなく︑因果性の遮断を認定するため
の一つの指針に過ぎないといえるであろう﹂として︑﹁離脱の意思表明とその了承﹂が絶対的な要件ではないこと
を指摘した︒そのうえで︑共犯関係の解消の成否については︑﹁実質的には︑共犯行為による物理的因果性及び心
理的因果性の両者を遮断したかどうかという観点で具体的に判断するという枠組みが重要であるといえる︒そし
て︑この枠組み自体は︑実行着手前と実行着手後とで変わりがない︒したがって︑単に実行の着手前後で区別すれ
ば足りるというわけではなく︑事案に応じた具体的な事情を考慮して︑共犯関係︵共謀関係︶の解消を判断すべ
き﹂であるとしたのである
︵
︒
2 ︶
また︑この平成二一年決定の前後から︑学説においても︑共犯関係解消の判断につき︑いわゆる因果的共犯論に
依りつつ因果関係の遮断の有無を用いる見解︵因果性遮断説︶を前提にするならば︑﹁実行の着手の前後によって︑
共犯関係の解消を肯定する基準に違いが生ずることには疑問﹂があり
︵
︑﹁実行の着手前後とで異なった論理が妥当
3 ︶
するものではないと解される
︵
﹂とする指摘も有力になされるようになっている︒
4 ︶
﹁離脱の意思表明とその了承フォーミュラ﹂の成立と解消︵都法五十七
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一︶ 一五一 たしかに︑現実にもっとも問題とされることの多い共同正犯において︑そこにおける共犯関係の解消の有無というのは︑離脱者に関して﹁共同実行が行われたとは評価できない事態に至った﹂といえるか否かという問題であ
り︑条文上は︑刑法六〇条の反対解釈の問題であるはずである︒それにもかかわらず︑先にも見たように︑共犯関
係の解消を実行の着手前と着手後とに分けたうえで︑実行の着手前に関しては﹁離脱の意思表明とその了承﹂があ
れば共犯関係の解消が認められるが︑実行の着手後には︑それに加えて﹁結果発生の防止措置が必要﹂という定式
が︑条文上の根拠に基づくこともなく︑あたかもアプリオリな要件であるかのように論じられてきた感があったわ
けである︒これは︑いかなる事情に基づくものだったのであろうか︒
本稿では︑右に述べたような問題意識から︑﹁離脱の意思表明とその了承﹂というフォーミュラが︑いかにして
﹁成立﹂し︑共犯の解消・離脱に関する﹁要件﹂であるかのように論じられ︑その後それがどのように変容してき
たのかについて︑従来の議論の系譜を明らかにすることにしたい︒以下では︑まず︑戦前における判例および学説
の議論を概観し︑その後に︑戦後の判例および学説の展開を鳥瞰することにする︒戦後の展開に関しては︑共犯関
係の解消に関する議論に多大な影響を与えたもう一つの最高裁判例である最決平成元年六月二六日︵刑集四三巻六
号五六七頁︶までを一つの区切りとして︑それまでの議論状況をたどることにしたい︒それらを踏まえ︑最後に︑
若干の検討を行うことにする︒
一 戦前の議論の展開
― ―
共犯の解消に関する大審院判例と戦前の学説共犯の解消に関しては︑すでに見たように︑実行の着手前︑着手後既遂前および着手後既遂後︵および継続犯に
一五二
おける既遂後の離脱︶とに分けて論じられることが一般である︒もちろん︑後にも論ずるように︑そのことには一
定の理由がある︒そこで本稿においても︑とりあえずはこの区別に従いつつ︑まず︑戦前の大審院判例から概観し
ていくことにする︒
1 大審院時代の判例
⑴ 実行の着手前の離脱が問題となった事案
実行の着手前の共犯関係の解消の有無が問題となりうる事案に対する大審院時代の判例として︑①大判昭和九年
二月一〇日︵刑集一三巻一二七頁︶が挙げられる︒これは︑変造有価証券の入手方を依頼されたXが︑依頼主Yを
他の共犯者に紹介するなどしたものの︑分け前に関する理由から︑XがYらにより当該犯行計画から排除され︑そ
の後︑Yらにおいて︑入手した変造有価証券を行使し詐欺を実行したという事実関係において︑Xの幇助犯の成否
が問題となった事案であった︒大審院は︑﹁Xに於て自己の行爲に因りYの変造株券行使詐欺の実行を阻止し之を
して右犯罪を実行するに至らしめざりし場合は格別Xに於て何等実行阻止の手段を講ずることなくYに於て判示変
造株券行使詐欺の実行を遂行した﹂以上は︑Xには幇助犯が成立するとした︒なお︑大審院は︑傍論としてである
が︑﹁両者関係の断絶はXが前示幇助行為遂行後の事に属するを以て正犯たるYに於て任意に変造株券行使詐欺の
犯行を中止せざる限りXに対し中止犯に依る刑の減免を為すべきものにあらざる﹂としており︑正犯が中止犯にあ
たる場合にのみ︑幇助犯にも中止犯の効果が及ぶとする見解を示していた︒
﹁離脱の意思表明とその了承フォーミュラ﹂の成立と解消︵都法五十七
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一︶ 一五三⑵ 実行の着手後の離脱が問題となった事案
だが︑この①大審院昭和九年判決を除くと︑この時代に示された共犯関係の解消が問題となりうる事案に対する大審院判決は︑実行の着手後に関する事案であった︒
②大判大正一二年七月二日︵刑集二巻六一〇頁︶は︑XとYが被害者を恐喝することを共謀し︑この共謀に基づ
き実行に着手したが︑Xは︑金を受け取ることが恐ろしくなってそのまま自宅に帰り︑Yがさらに恐喝をしようと
したが遂げなかったという事案について︑﹁Xは犯行に著手したるも恐怖の余り之を遂行することを思ひ止りたり
とするも本件はYとの共謀に係る犯罪に外ならざるを以て共謀者の実行を防止すべき手段を講じたる事跡︹を︺も
認むべきものなき場合に於ては其の為したる行為の結果に付責を免るるを得ざる﹂として︑恐喝の障礙未遂の共同
正犯の成立を認めている︒
また︑③大判昭和一〇年六月二〇日︵刑集一四巻七二二頁︶は︑XとYが︑共謀に基づき賭場を開設したが︑そ
の後Xが途中で犯意を翻したので中止犯の成立を認めるべきとする弁護人の主張に対し︑﹁共謀者たるYの共同犯
意に基く実行行為を阻止せざる限りXのみに付中止犯として論ずることを得ざるを以て其の共犯者の行為に依りて
実行せられたる犯罪の責任を免るるを得ず﹂との見解を示した︒もっとも本件では︑Xが途中で犯意を翻した事実
は認められないとしており︑この判示は傍論にすぎないものであった︒
さらに︑④大判昭和一二年一二月二四日︵刑集一六巻一七二八頁︶は︑﹁二人以上共同して犯罪の実行行為に出
一五四
で︑而かも其の行為既に完了せるが如き場合に於て︑共犯者中の一人に中止犯の成立を認むるには︑少くとも其の
者に於て共同犯行に因る結果の発生を防止するの作為に出で︑而かも其の結果の発生を防止し得たることを要す
る﹂との見解を示した︒そして︑大審院は︑その根拠として︑いわゆる実行未遂の場合に中止犯を認めるために
は︑行為者が進んで結果発生を防止する行為を行い︑しかも︑現実に結果の発生を防止できたことを必要とすると
いう︑中止犯の一般論を援用していた︒ただ本件でも︑数人で被害会社を恐喝する旨を共謀し金員を喝取したが︑
実行の着手後︑既遂に至る前の段階で︑被告人が翻意したとする弁護人の主張について︑そのような事実は認めら
れないとする原判決の認定を前提にしており︑以上の見解は︑やはり傍論として示されたものであった︒
このように︑①大審院昭和九年判決を除く大審院判例の事案は︑実行の着手後に犯意を翻す等した者について判
断したものであった︒そして︑これらの判例は︑それを︑離脱者に対する中止犯規定︵刑法四三条但書︶の適用の
可否の問題として位置づけていたのである︒
2 学説の展開 このような大審院判例に影響された面も大きいと思われるが︑共犯関係の解消については︑戦前の学説でも︑中
止犯論の一部として若干の論者による簡単な検討がなされるのみであった︒
その論者の一人として挙げられるのが︑宮本英脩博士である︒宮本博士は︑﹁共犯と中止犯との関係﹂という観
点から︑﹁共犯者は自己の行為を中止するのみならず︑自己の共犯行為の影響を受けた他の犯人の行為及びその結
果をも防止しなければ中止犯とならない﹂としていた︒これは︑まさに中止犯規定の適用の可否を論じたものであ
﹁離脱の意思表明とその了承フォーミュラ﹂の成立と解消︵都法五十七
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一︶ 一五五 り︑また︑実行の着手後に共犯者の一人が実行を中止したという﹁実行の着手後の離脱﹂を主として念頭に置いた 論述であったように思われる︵
︒
5 ︶
これに対し︑大場茂馬博士は︑数人で窃盗をしようとした場合において︑そのうちの一人が倉庫の鍵を開けたと
ころ︑その鍵を開けた者だけが窃盗を思いとどまって退去したという事例を挙げ︑すでに行った解錠行為は他の共
犯者をして犯罪完成に至らしめる原因たる効力を有するものであるから︑単にその場から退去するだけでは犯罪完
成の防止に関して何ら影響を及ぼすものではなく︑この場合に当該行為者に中止犯を認めるには︑鍵を閉じるとい
う︑解錠状態を他の共犯者が利用する事態を妨げる行為を要するとしていた
︵
︒これは︑関与者が結果に対して与
6 ︶
えた因果力の遮断という観点に基づく考察と捉えることができるが
︵
︑そこでは︑離脱の意思表明やその了承とい
7 ︶
った関与者間での意思的要素に関連づけた議論は︑やはり展開されていなかった︒
だが︑戦前においては︑この論点に関する議論は総じて低調であった︒たとえば︑泉二新熊博士は︑実行終結前
に一人が中止したとしても︑他の者が進んで結果を生ぜしめたときは︑中止犯の効果はまったく認められないとす
るのが通説であると簡単に論及するのみであった
︵
︒このことからも︑学説においては︑それほどの関心が向かれ
8 ︶
ることのないテーマであったことがうかがわれる︒
二 戦後昭和期の議論││最決平成元年六月三〇日までの展開
戦後に至り︑実行の着手後の離脱が問題となりうる類型について︑最高裁による判断も示される︒だがそれ以上
に︑実行の着手前の段階における共犯関係の解消が争点とされた事案が︑いくつかの下級審判例において現れるよ
一五六
うになる︒そこで︑昭和二〇年代から︑共犯関係の解消論に大きな影響を与えた最決平成元年六月三〇日が登場す
る以前の昭和六〇年代に至るまでの時期において︑実行の着手前の共犯関係の解消と実行の着手後のそれとに関す
る判例・下級審判例を︑それぞれ概観することにしたい︒
1 実行の着手前の共犯関係の解消に関する下級審判例
⑴ 共犯関係の解消が肯定された事例
実行の着手前の共犯関係の解消について︑それを肯定した﹁下級審判例のリーディング・ケース﹂ともいえるの
が︑⑤東京高判昭和二五年九月一四日︵高刑集三巻三号四〇七頁︶である︒これは︑仲間三人とともに窃盗の共謀
をし︑その現場に向かっていたXが︑自らが執行猶予中であることを思い出し︑途中で引き返したが︑他のYらは
﹁今さら何を言うか帰るなんて﹂と言い捨てて︑そのまま窃盗を行った︑という事案に関するものであった︒東京
高裁は︑﹁一旦他の者と犯罪の遂行を共謀した者でもその着手前他の共謀者にもこれが実行を中止する旨を明示し
て他の共謀者がこれが諒承し︑同人等だけの共謀に基き犯罪を実行した場合には前の共謀は全くこれなかりしと同
一に評価すべきものであって︑他の共犯者の実行した犯罪の責を分担すべきものでない﹂として︑被告人を窃盗の
共同正犯で有罪とした原判決を破棄し︑Xを無罪とした︒なお︑この判決について︑掲載判例集における﹁判決要
旨﹂は︑﹁犯罪の遂行を共謀した者でも︑犯罪の実行着手前共謀の仲間から脱退を表明し︑他の共謀者がこれを認
め同人等だけで犯罪を遂行した場合には︑脱退した者は刑責を負担しない﹂としていた︒
﹁離脱の意思表明とその了承フォーミュラ﹂の成立と解消︵都法五十七
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一︶ 一五七 さらに︑数人で強盗を共謀し︑凶器に使う﹁匕首﹂を磨くなどの強盗の予備を行った後︑被告人が︑その非を悟り︑当該犯行から離脱するため現場を立ち去ったという事案について︑⑥福岡高判昭和二八年一月一二日︵高刑集
六巻一号一頁︶は︑﹁たとい︑その者が他の共謀者に対し︑犯行を阻止せず︑又該犯行から離脱すベき旨明示的に
表意しなくても︑他の共謀者において︑右離脱者の離脱の事実を意識して残余の共謀者のみで犯行を遂行せんこと
を謀つた上該犯行に出でたときは︑残余の共謀者は離脱者の離脱すべき黙示の表意を受領したものと認めるのが相
当であるから︑かかる場合︑右離脱者は当初の共謀による強盗の予備の責任を負うに止まり︑その後の強盗につき
共同正犯の責任を負うべきものではない﹂とした︒その際︑﹁一旦強盗を共謀した者と雖も︑該強盗に着手前︑他
の共謀者に対しこれより離脱すべき旨表意し該共謀関係から離脱した以上︑たとい後日他の共謀者において︑該犯
行を遂行してもそれは︑該離脱者の共謀による犯意を遂行したものということができないし︑しかも右離脱の表意
は必ずしも明示的に出るの要がなく︑黙示的の表意によるも何等妨げとなるものではない﹂とする判断を示してい
た︒
以上の二件の高裁判例では︑いずれも共犯関係の解消が認められるためには︑﹁離脱者による離脱の意思表明が
あり︑他の関与者がこれを了承した﹂という事実が必要である旨を︑離脱の意思表明が黙示的なもので足りるか否
かという点でニュアンスの相違はあるものの︑明示している︒だが︑なぜ﹁離脱の意思表明とその了承﹂があれ
ば︑当初の共謀関係がなくなり共犯関係の解消が認められるのかについての明確な根拠は︑示されてはいなかっ
た︒
⑦大阪高判昭和四一年六月二四日︵高刑集一九巻四号三七五頁︶は︑被告人らが︑強姦の共謀を遂げて︑被害者
を旅館に連れこんだが︑うちA・B・Cは︑旅館主から入室を拒絶されたため︑強姦の実行着手前に︑当該共謀に