• 検索結果がありません。

残余利益モデルからみた会計基準の 合理性

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "残余利益モデルからみた会計基準の 合理性"

Copied!
34
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

1.は じ め に

 会計情報が具備すべき最も重要な質的特性とされる投資意思決定有用性 の1つの重要な意味内容は,株主にとっての企業価値,すなわち株式の本

源的価値intrinsic valueの推定に役立つことである。本源的価値は,あ

るべき理論価値ともよばれ,市場の株価がこれより低ければ割安株として 買い推奨の対象となり,株価が本源的価値より高どまりしている株式は売 り推奨の対象とされる。そのような本源的価値を推定するための企業価値 評価モデルには種々のものがあるが,内外の学界で最も多くの支持を得て いるのは残余利益モデルである。

 本稿の目的は,残余利益モデルを実践適用するに際して用いられる会計  41 商学論纂(中央大学)第57巻第34号(2016年3月)

残余利益モデルからみた会計基準の 合理性

桜 井 久 勝

   目   次 1.は じ め に

2.投資意思決定有用性の意味内容 3.企業価値評価モデル

4.残余利益モデルの実践適用 5.混合的測定の合理性 6.知的財産のオフバランス処理

7.利益の区分測定による予測可能性の促進

8.むすびに代えて──投資意思決定有用性の社会的効用

(2)

情報をとりあげ,その作成と伝達を規定する会計基準の基礎に存する諸概 念,たとえば事業資産の原価評価や自己創設のれんのオフバランス処理な どの合理性を考察することである。

 そこで最初に,投資意思決定有用性の概念の諸側面の中で,「株式の本 源的価値の推定への役立ち」という目的規定がどのように位置づけられる かを明らかにする(第2節)。続いて,この目的のために考案されてきた 種々の企業価値評価モデルの体系の中で,残余利益モデルが有する特徴を 整理し(第3節),モデルの適用方法を仮設例で実践的に分析することによ り,実践に必要とされる会計情報とそれが具備すべき特徴を考察する(第 4節)

 金融商品取引法によるディスクロージャー制度は,そのような会計情報 を提供しようとするものであり,その基礎を成す現行の会計基準にはいく つかの特徴がある。金融資産と事業用資産を区分する混合的測定(第5 節),研究開発支出の費用計上と知的財産のオフバランス処理(第6節) 段階的に測定した多様な利益情報の表示(第7節)などがそれである。本 稿は,これらを規定する会計基準が,残余利益モデルの実践適用に利用さ れる会計情報を生み出すうえで,それぞれ十分な合理性をもつことを明ら かにする。

2.投資意思決定有用性の意味内容

⑴ ポートフォリオ理論と資本資産評価モデル

 財務報告が投資者の意思決定に有用な情報を提供すべきであるとの目的 規定は,ディスクロージャー制度の整備とともに台頭してきたが,当初の うちは投資意思決定有用性の概念が明確に定義されることはなかった。せ いぜい,証券売買や貸付の意思決定を行うには,まず対象企業の現状を知 る必要があり,その必要性を満たす最も包括的な情報として財務諸表を中

(3)

心とする会計情報が役に立つという程度の,きわめて常識的な説明しか行 われていなかったのである。

 この原因は,投資者の意思決定の構造や市場での証券価格の決定メカニ ズムに関する知識が欠如していたことにある。しかし近年に開発されたポ ートフォリオ理論や資本資産評価モデルによって,株式の市場価格が決定 されるメカニズムが説明されるようになって初めて,会計情報が具備すべ き投資意思決定有用性の概念を厳密かつ具体的に定義することが可能とな った。そこで以下では,まずこれらの理論やモデルの要点を要約しつつ,

投資意思決定有用性の意味内容を明らかにする。

 ポートフォリオ理論の要点は,証券投資から得られる投資利益とそのリ スクを総合的に勘案した場合に,投資者は自己の資金を単独の銘柄に集中 投資するよりも,十分に多数の対象へ分散して投資する方が有利なことを 明らかにした点にある。また資本資産評価モデルは,すべての投資者がポ ートフォリオ理論の指示する分散投資の方法に従って投資意思決定を実行 した場合に,資本市場の均衡時に次式およびこれを図示した図表1で示さ れる関係が成立することを明らかにしている。

   E(R i)=R f+[E(R mR f)]βi ただしβicov(Ri, Rm)/σ(R2 m

 この式の左辺のER i)は,企業iの株式について[(将来配当+将来株 価−現在株価)÷現在株価]として計算される将来期間の投資収益率R 期待値である。また右辺のER m)は,市場全体の投資収益率の期待値で あり,たとえば東証株価指数や日経平均株価指数を用いて,企業iの株式 の投資収益率と同様に計算される。なおR fは,現在時点で将来の投資収 益率が確定している国債のような無リスク証券の利子率を表している。

 したがってこの数式は,図表1の証券市場線からも明らかなように,① 均衡状態における株式iの投資収益率が,無リスク利子率R fに,リスク・

(4)

プレミアム[ER mR f)]βiを加えた値に等しくなるように決定されるこ と,および②βiの大きさを,証券iへの投資に係るリスク量の尺度とし て利用できることを示している。したがって資本資産評価モデルは,投資 者が負担するリスクが大きいほど投資収益率も大きくなるという,周知の ハイリスク・ハイリターンの関係を表現したものと解釈できる。

⑵ 積極的投資戦略と消極的投資戦略

 資本資産評価モデルが表す関係は,あくまで資本市場が均衡に達した場 合に成立するものであり,現実の市場では常に何らかの不均衡が存在して いるものと思われる。すなわち証券のなかには,図表1の点Bで示され たように,証券市場線から外れて位置づけられるものが存在するであろ う。しかし重要なことは,そのような証券に対して,常に証券市場線の上

 

  図表1 投資収益率とリスクの関係 投資収益率

(リスク量)

証券市場線

超過収益率

正常収益率

無リスク 利子率 リスク・

プレミアム 傾き Rm−Rf

β1 0

Rf

A B ERi

(5)

へ戻そうとする力が作用することである。

 たとえば点Bで示される株式は,現在の株価が過度に低くなっている ため,将来期間での値上がりによって超過的な投資収益率が得られる証券 である。したがって投資者が先を争って当該株式を購入するため,現在の 株価が上昇する結果,将来に期待される投資収益率が低下して,点A 水準にまで戻って均衡に到達するのである。リスク負担に見合う以上の超 過収益を得ようとする投資者は,このような証券を発見して購入すればよ い。逆に,証券市場線よりも下側に位置づけられる株式は,現在価格が過 度に高くなっているため,信用取引制度を利用して売却を行ったうえで価 格低下を待つことにより,超過収益が得られる。このようにして市場で戦 うことにより,超過収益の獲得を目指す投資戦略は,積極的投資戦略とか 攻撃的投資戦略とよばれる。

 このことから投資意思決定有用性の第1の概念は,「過小に(または過大 に)価格形成されているため,将来に価格上昇(または価格低下)する証券 の発見を通じて,投資者が超過収益を獲得するのに役立つこと」として定 義できるであろう。したがってこの定義は,会計情報が証券価格の将来の 変化の方向や程度を予測するのに役立つことと同義である。本論文で考察 する残余利益モデルは,まさにそのような将来のあるべき証券価格を科学 的に予想する手段として位置づけられる。

 以上が超過収益の獲得をめざす投資者にとって,会計情報に期待される 有用性の1つの意味内容であるが,証券投資の意思決定における会計情報 の有用性概念として,もう1つの意味内容を考えることができる。それ は,会計情報が「証券投資に伴うリスクの評価や予測に役立つ」という意 味での有用性である。

 図表1が示すように,資本資産評価モデルの世界では,投資者が高い投 資収益率を得ようとすれば高水準のリスクを負担しなければならず,逆に

(6)

低い投資収益率でもよければ,負担するリスクも低くてすむという関係が 平均的に成立している。したがって超過収益の追求をやめ,自己が負担す るリスク量と釣り合った水準の投資収益率を得ることで満足する投資者も 存在する。このような投資戦略は消極的投資戦略とか防衛的投資戦略とよ ばれるが,それらの投資者にとって必要な情報は,個々の証券が有するリ スク量に関する情報であることになる。すなわち投資者がリスク水準を選 択すれば,それと釣り合った投資収益率が平均的に達成されるのである。

 そのようなリスク水準の尺度として資本資産評価モデルが指定するの は,[βicovR i, R m)/σ2 R m)]として定義されるベータ値である。し たがって投資リスクの評価と予測のための有用性は,会計情報がこのベー タ値の評価と予測に役立つことである。

 なお,投資者が負担するリスク量と釣り合った水準の投資収益率は,そ の証券への資金投下の見返りとして投資者が要求する最低限の報酬,すな わちその証券によって調達された資金の資本コストでもある。そしてこの 資本コストは,将来の利益やキャッシュフローの予測額を割り引いた現在 価値で企業価値を評価するに際しての割引率としても用いられる。したが って投資リスクの評価と予測のために有用な会計情報は,同時に,企業価 値評価のための有用性をも兼ね備えているということができる。

3.企業価値評価モデル

⑴ 会計情報を活用する企業価値評価モデル

 株式市場での競争に打ち勝つ能力を有すると自負する投資者が,積極的 投資戦略を展開する場合に必要となるのは,各銘柄の現在の価格が割安か 割高かを判断する標準となる企業価値の評価額である。株式に関するこの 評価額は,株式の本源的価値とか内在価値など,さまざまな名称で呼ばれ ている。そしてこれまで,そのような本源的価値を算定するために,各種

(7)

の実践的な評価方法や企業価値評価モデルが考案されてきた。

 それらのうち,財務諸表によって伝達される情報や,それに基づいて予 測される会計数値を明示的に組み込んで企業価値を評価しようとするモデ ルは,乗数モデルと割引現在価値モデルに大別することができる。

 乗数モデルはさらに,利益や資本など,どの会計数値に乗数を乗じて算 定した金額をもって株式価値とみるかにより細分類されるが,伝統的に多 用されてきたのはPERモデルとPBRモデルである。⒜PERモデルでは,

株価を1株当たり純利益額で除した倍数を意味するPERPrice Earnings

Ratio;株価純利益倍率と呼ぶべきであるが,株価収益率と訳されることが多い)

を指標とし,評価対象企業の1株当たり純利益額にこの倍数を乗じること によって,株式の本源的価値が算定される。他方,⒝PBRモデルでは,

株 価 を 帳 簿 上 の 自 己 資 本 額 で 除 し た 倍 数 を 意 味 す るPBRPrice Book

Ratio;株価純資産倍率)を指標とし,評価対象企業の貸借対照表の自己資本

額にこの倍数を乗じて得た金額が,株式の本源的価値であるとされる。

 乗数モデルは直感的にわかりやすく適用も簡便であるが,1株当たりの 純利益や自己資本に乗じるべき倍数の選択を主観的な判断に頼らざるを得 ないという固有の欠陥がある。これを回避するために考案されてきたのが 割引現在価値モデルである。

 割引現在価値に基づく企業評価モデルは,将来期間に関するどの業績指 標を割引計算の対象とするかにより細分類される。これに属する代表的な モデルは,⒞その株式から得られる将来の配当額を割り引く「配当割引 モデル」DDM ; Discounted Dividend Model,⒟その企業の将来のフリー・

キャッシュフローの流列を割り引く「割引キャッシュフロー・モデル」

DCFM ; Discounted Cash Flow Model,および将来の企業利益額から資 本コストを控除して算定される残余利益を割り引く「残余利益モデル」

RIM ; Residual Income Modelである。以下ではそれぞれを簡単に概説す

(8)

る。

 株式に限らずどんな資産であっても,その価値評価の出発点は,当該資 産が生み出す将来キャッシュフローの割引現在価値である。株式の場合,

それが生み出す将来のキャッシュフローは配当であることに注目して,配 当割引モデルでは,将来の予測配当を割り引いて自己資本の価値が算定さ れる。この計算で用いられる割引率は,株主の要求する投資収益率,すな わち自己資本コストである。しかし配当は,企業価値の分配の指標であっ ても,決して価値創出の指標ではない。企業が創出する価値の指標と考え ることができる会計指標には,キャッシュフローと純利益がある。

 そこで割引キャッシュフロー・モデルは,企業が創出する価値としてフ リー・キャッシュフローに着目し,これを割り引くことで企業価値を算定 する。このモデルでは,負債と自己資本の両方で調達された事業資産全体 の価値が,キャッシュフローを割り引いて算定される。割引対象となるの は,事業の遂行に必要な生産設備や運転資本への必要投資を行い,税金も 支払ったうえでの余剰資金としてのフリー・キャッシュフローである。通 常この金額は,[営業利益×(1−税率)+減価償却費−設備投資額−運転 資本増加額]として算定される。また,割引率として利用する資本コスト は,負債利子率と自己資本コストを負債と自己資本の大きさでウェイトづ けした加重平均資本コストである。このようにして算出した事業資産全体 の価値評価額から,負債の金額を控除した残額が,株主に帰属する企業価 値となる。

 他方,企業が創出する価値の指標をキャッシュフローではなく純利益に 求めるのが残余利益モデルである。このモデルは配当と純利益が財務諸表 において[期首自己資本+当期純利益−配当=期末純資産]という関係に あることに着目し,これを変形して得られる[配当=当期純利益+期首自 己資本−期末自己資本]という関係式を,配当割引モデルへ代入すること

(9)

により,次の式で表される企業価値評価モデルを導出する(計算過程は 桜井[2015],288‑289頁で詳述されている)

        A1BV0×r1  A2BV1×r2

   企業価値=BV0+───────+───────+……         1+r1   (1+r1(1+r2

BVは各時点の自己資本の簿価,Aは将来期間の予想利益,rは自己資 本コストとしての割引率である。

 このモデル式は,所定の仮定(具体的には,利益Aと割引率rと自己資本 BVが毎期一定という仮定)のもとで,次の式のように単純化して示すこ とができる。右辺の第2項の分子は,利益Aが資本コストBV0×rを上 回る額であることから残余利益とよばれ,モデル名もこれに由来する。

       利益A−自己資本BV0×資本コストr    企業価値=自己資本BV0+────────────────         資本コストr

 モデル式が明示するように,このモデルの実践適用には次の3つの財務 データが必要とされる。第1は,貸借対照表で表示されている現時点の自 己資本の簿価BV,第2に,損益計算書等での実績利益情報に基づいて予 想する将来期間の利益A,第3に,現在価値計算の割引率として用いる自 己資本コストrである。

⑵ 3 つの割引現在価値モデルの優劣比較

 割引現在価値によって株式の本源的価値を評価するために,こんにちま でに提唱されてきたモデルにはこれら3つがある。そしてこれら3モデル は,数学的にはまったく同値であり,もしモデルの実践適用に必要な予測 データが完全に入手可能であれば,相互に同一の企業価値評価額が導かれ ることがよく知られている(後述の第4節で例示)。したがって3つのモデ

(10)

ル間での優劣は,実践適用面での特徴に依存して判断されることになる。

そのような判断には定性的な判断と実証的な判断がある。

 定性的な判断に際して重要な評価基準としては,⒜モデルの適用が不 可能または無意味であるようなケースの存否,⒝モデルが必要とする将 来データの予測の難易度,⒞モデルの実践的な適用時に必要となるター ミナル価値への依存度などを挙げることができる。これら3つの評価基準 を順に適用するとき,3つのモデルの優劣は次のように判断されるであろ う。

 モデルの適用が不可能または無意味なケースとして,配当割引モデルに 関しては,配当をゼロに抑制している企業や,1株当たり配当を定額に定 めている企業がある。また割引キャッシュフロー・モデルに関しては,成 長期の設備投資や運転資本の増加に起因して,フリー・キャッシュフロー がマイナスになっている企業には適用できないことが指摘される。しかし 残余利益モデルの適用に問題があると考えられるようなケースは想定され ない。

 モデルが必要とする将来データの予測の難易度の観点から,配当割引モ デルが必要とする配当額は,企業が利益を配当する時期を裁量的に決定で きるがゆえに,その予測は困難である。割引キャッシュフロー・モデルに 関しても,予測対象となるフリー・キャッシュフローの構成要素に,企業 が裁量的に決定できる項目が含まれる。生産設備と運転資本への投資額,

および加重平均資本コストの計算に関係する他人資本の借入がそれであ る。

 これに対し,残余利益モデルの適用に必要な利益額には,配当額・設備 投資額・他人資本借入について企業が有するほどの裁量可能性はない。も ちろん会計基準が許容する範囲内で企業が利益の捻出や圧縮を行うことは 十分に考えられるところであるが,発生主義会計の利益測定は取引に伴う

(11)

キャッシュフローを期間配分しているにすぎない。したがって有形固定資 産の減価償却方法を定率法から定額法へ変更するなどの方法で,先の年度 で利益捻出を行えば,後の年度の利益は自動的に圧縮されるのであり,逆 もまた真である。

 このようにして発生主義会計で行われるキャッシュフローの期間配分に より利益のボラティリティーはキャッシュフローより小さいから,その予 測が容易であるだけでなく,会計上の見積もりや会計方法の選択を通じた 会計利益の操作可能性は,致命的な欠陥にはならない。したがってモデル が必要とする将来データの予測可能性が最も高いのは,残余利益モデルの 当期純利益である。

 定性的な評価基準の第3は,ターミナル価値(端末価値ともいう)への依 存度である。各モデルで必要な将来期間のデータを的確に予想するのは困 難な場合が多いから,実践的には将来5年程度の配当やキャッシュフロー または純利益を予想し,これに5年後の株式売却で回収できる現金を予想 して割引計算に含める方法が広く採用される。この株式売却収入の評価額 をターミナル価値という。この金額は,配当割引モデルでは,5年先時点 での将来配当の現在価値であり,割引キャッシュフロー・モデルでは,5 年先時点で展望した将来フリー・キャッシュフローの現在価値であるか ら,そのウェイトは相対的に大きい。これに対し,残余利益モデルのター ミナル価値は,5年先でみた将来期間の当期純利益そのものでなく,そこ から[自己資本額×自己資本コスト]を控除した残額である残余利益の現 在価値であるから,そのウェイトは明らかに小さい。したがってターミナ ル価値に起因して生じる企業価値評価額の誤差は,残余利益モデルが最も 小さいと期待してよいであろう。

 このようにして定性的な3つの優劣評価基準からみる限り,残余利益モ デルの優位性が高いという暫定的な判断を行うことができる。このような

(12)

定性的評価に加えて,実証分析による定量的な評価も行われてきた。

現時点において市場で実際に成立している株価を最もうまく説明する のは,どのモデルか。⒝各モデルから導出される本源的価値と比べて,

割安と判断される銘柄を購入し,割高と判断される銘柄を売却する投資戦 略を実践した場合に,最も良好な投資収益率をもたらすのは,どのモデル を用いた場合か,という統計的な検証がそれである。

 ここでは紙面の制約のため,検証方法の詳細な紹介に基づく実証結果の 比較は差し控えるが,土田(2010)の包括的なレビューが示すとおり,少 なくともの観点では残余利益の優位性を裏づけている研究が優勢であ り,⒝の観点でも残余利益モデルが配当割引モデルや割引キャッシュフ ロー・モデルと同等か,やや優れているという暫定的な結論を提示しても よいと考えられる。

 したがって本稿では,残余利益モデルを用いた企業価値評価を実践する ために利用するデータとして,現行の会計基準が生み出す財務諸表の情報 の適合性や合理性を考察する。

4.残余利益モデルの実践適用

 残余利益モデルによる企業価値評価の例示を通じて,財務諸表の基礎に 存する会計基準の合理性を考察するために,財務諸表と企業価値評価を結 びつける次のような仮設例を考えよう。

 投資者は,20X1年の実績財務諸表をふまえて,将来の各年度の財務諸 表を図表2のように予想し,前述の第3節式として示した残余利 益モデルに基づいて,20X1年の期末時点で企業価値評価を行うものとす る。残余利益モデルとしては式の方が単純であるが,②式では割引率 となる自己資本コスト(ここでは毎期6%とする)だけでなく,当期純利益 と自己資本額も毎期一定という,よりいっそう強い仮定が必要となる。し

(13)

たがってここでは利益と資本が年度によって変化するケースにも対応でき るように,①式を選択しているのである。

 図表2の予測財務諸表は次の前提に基づいて作成されている。⒜貸借 対照表の各項目は,20X1年度末の実績額に対して最初の2年間はすべて

10%で成長するが,その後は成長しない。⒝資産・負債はすべて事業活

動に関連して生じたものであり,借入による負債や,余剰資金の運用のた めに保有する金融資産は存在しない。⒞売上高は,20X1年の実績額に対 して最初の3年間は10%で成長するが,その後は成長しない。⒟損益計 算書の各項目の売上高に対する比率は,20X1年実績のまま将来も変化し ない。⒠減価償却費は前期末の固定資産の金額の10%である(耐用年数10 年,残存価額ゼロとする定額法)

図表2 企業価値評価モデルを例示するための会計データ 財務諸表/年度 20X1実績 20X2予測 20X3予測 20X4予測 20X5予測 貸借対照表(期末)

 流動資産 1,000 1,100 1,210 1,210 1,210  固定資産 1,000 1,100 1,210 1,210 1,210  流動負債 1,000 1,100 1,210 1,210 1,210

 固定負債 0 0 0 0 0

 自己資本 1,000 1,100 1,210 1,210 1,210 損益計算書

 売上高 1,000 1,100 1,210 1,331 1,331  営業費用 600 660 726 798.6 798.6  (うち減価償却費) 100 110 121 121  営業利益 400 440 484 532.4 532.4  税金費用 200 220 242 266.2 266.2  当期純利益 200 220 242 266.2 266.2

(14)

 このとき20X2〜20X4年の残余利益は次のように算定される。また20X4 年末のターミナル価値は,それよりさらに将来の年度で生じる毎期205.7 の残余利益を,自己資本コスト6%で割り引いた現在価値の総和であるか ら,[193.6÷0.06=3,226.7]である。20X1年末の自己資本1,000に,残余利 益とターミナル価値の割引現在価値を加えた企業価値評価額は図表3のと おりである。

 次に同じ企業に,割引キャッシュフロー・モデルを適用して価値評価額 を試算してみよう。このモデルで割引対象となるフリー・キャッシュフロ ーは図表4のように算定される。このうち設備投資額は,[前期末の固定 資産−減価償却費+設備投資=当期末の固定資産]という関係式に基づい て算定すればよい。流動資産と流動負債の差額は運転資本とよばれるが,

前期末から当期末へのこの差額の増加分が運転資本増加である。他方,割 引率に関しては,この設例では,借入による有利子負債がないことを前提 としているから,加重平均資本コストは自己資本コストに等しい。したが

って20X4年末のターミナル価値は,それよりさらに将来の年度で生じる

毎期266.2のフリー・キャッシュフローを,自己資本コスト6%で割り引 いた現在価値の総和であるから,[266.2÷0.06=4,436.7]として算定すれ

図表3 残余利益モデルの適用

残余利益の計算 20X2予測 20X3予測 20X4予測 20X5予測 当期純利益 ⒜ 220 242 266.2 266.2 期首の自己資本 ⒝ 1,000 1,100 1,210 1,210 自己資本コスト ⒞=⒝×0.05 60 66 72.6 72.6 残余利益 ⒟=⒜ − ⒞ 160 176 193.6 193.6          160  176  193.6  3,226.7

企業価値=1,000+──+───+───+────

         1.06 1.062 1.0631.063     =1,000150.9156.6162.62,709.24,179.3

(15)

ばよい。各年の残余利益とこのターミナル価値の割引現在価値を合計して 算定した企業価値評価額は図表4のとおりである。

 これらの試算を対比すれば,前述のとおり,残余利益モデル(図表3)

によろうと割引キャッシュフロー・モデル(図表4)によろうと,モデル に投入する予測データが同じである限り,算出される企業価値評価額は等 しくなることを確認することができる。

 最後に,配当割引モデルによる企業価値も算定しておこう。このモデル で割引対象となる毎期の配当額は,[当期純利益−利益留保による自己資 本増加額]として算定することができる。たとえば20X2年の配当額は[当 期純利益220−自己資本増加額100=120]である。同様にして20X3年は 132,20X4年とそれ以後の各年が266.2となり,図表4に示すフリー・キャ ッシュフローと等しい。したがってこれらを割り引いて算定した企業価値 評価額もまた同額になることがわかる。

 この節では,残余利益モデルの実践適用を中心として,仮設例に基づい 図表4 割引キャッシュフロー・モデルの適用

フリー・キャッシュフローの

計算 20X2予測 20X3予測 20X4予測 20X5予測 営業利益 ⒜ 440 484 532.4 532.4 税金費用 ⒝ 220 242 266.2 266.2 減価償却費 ⒞ 100 110 121 121 設備投資 ⒟=⒞+固定資産

の増加 200 220 121 121

運転資本増加 ⒠ 0 0 0 0 FCF=⒜ − ⒝+⒞ − ⒟ − ⒠ 120 132 266.2 266.2       120  132  266.2  4,436.7

企業価値=──+───+───+────

     1.06 (1.062 1.0631.063     =113.2117.5223.53,725.14,179.3

(16)

て企業価値評価を例示した。ただしこの仮設例では,現実の企業と著しく 異なった2つの単純化が行われている。その1つは,借入による有利子負 債が存在しないことである。もし有利子負債があれば,加重平均資本コス トの計算が必要となり,企業価値評価の手順がよりいっそう複雑になると ともに,有利子の金融負債を発生時の原価と決算日の公正価値のいずれで 評価すべきかを考察する必要が生じる。

 いま1つの単純化は,多くの企業が余剰資金を運用するために金融資産 を保有するのが現実であるが,図表2では企業の資産と負債がすべて事業 活動に関連して生じたものと仮定されていることである。これについて現 行の会計基準のもとでは,事業用資産は取得原価で評価し,金融資産は公 正価値で評価するという混合的測定が採用されている。

 本稿では残余利益モデルへの投入するための良好な財務データを生み出 すという目的に照らして,現行の財務諸表の基礎となっている会計基準や その基礎概念のいくつかを考察することを目的としている。そのような論 点の1つが,事業用資産と金融資産で適用する評価基準を異にする混合的 測定の合理性である。

5.混合的測定の合理性

⑴ 混合的測定の規定と論理的説明

 日本の現行の会計基準は,資産を2種類に分類したうえで,取得原価と 時価による評価を次のように区分して適用している。この状況は混合的測 定とよばれる。残余利益モデルを適用するための基礎情報として,混合的 測定が持つ意味を考察するに先立って,混合的測定の規定そのものと,そ れを正当化する一般的な論拠を概観しておこう。

 企業が保有する資産のうち,生産や販売など企業が営む本業に用いる事 業用資産については,取得原価が原則的な基準として採用される。たとえ

(17)

ば「貸借対照表に記載する資産の価額は,原則として,当該資産の取得原 価を基礎として計上しなければならない」(企業会計原則・第三・五)とす る一般規定がそれである。

 他方,余剰資金の運用として保有する所定の金融資産は,現在の市場価 格を中心とした時価で評価される。たとえば「時価の変動により利益を得 ることを目的として保有する有価証券は,時価をもって貸借対照評価額と し,……」(金融商品に関する会計基準15項)という規定がその一例である。

この時価には,観察可能な市場価格だけでなく,合理的に算定された将来 キャッシュフローの割引現在価値も,公正な評価額として含まれるため,

時価に代えて公正価値という用語が用いられることもある。

 このようにして事業用資産と金融資産で異なった評価基準を適用するこ との正当性を説明するために,次のような論理が展開されることが多い。

短期利殖のための保有株式のように,余剰資金を運用した結果として企業 が保有する金融資産の顕著な特徴は,誰にとっても市場価格に等しいだけ の価値を有しており,本業の遂行に影響することなく市場価格での容易な 売却が可能な点である。また市場での売却以外に,投資の目的を達成する 方法はない。したがってこのような金融資産は,市場価格を中心とした時 価で評価するのが適切である。

 これに対し,原材料や機械装置のような事業用資産は,もともと時価変 動による利益獲得を目的にして保有されているわけではないし,転売して しまえば本業の遂行に大きな影響が生じる。しかもこれらの事業用資産の 価値は,誰がどんな目的で保有するかによって異なるのである。たとえば 都心の中心部の土地の価値は,平地のまま賃貸駐車場として利用する場合 と,高層ビルを建てて賃貸する場合とでは,賃貸収入に大差が生じるか ら,同じ土地でもその価値はどの企業が何の用途に利用するのかによって 異なる。

(18)

 さらに重要なことには,そのような価値を見込んで企業が一群の資産を 保有していても,それはその企業の期待にすぎず,必ずしも期待どおりに 達成される保証はない。これらの特徴を考えると,事業用資産は,それを 利用して生産した製品やサービスが市場で販売され,企業が意図した価値 が実現するまでは,取得原価で評価しておくのが合理的である。

 取得原価での資産評価は,資産の取得時の支出額を基礎としているか ら,企業が調達した資金の使途や流れを追跡するのに適した方法である。

また支出額を通じて客観的な測定が可能であるだけでなく,後日その金額 の正当性を契約書や支払記録を用いて確認できるという意味で,検証可能 性も具備している。財務会計の利益額は,企業価値や経営者の能力の評価 および配当・課税の基礎として利用されるから,利益測定に影響する資産 評価額は,異論の生じない客観的なものでなければならない。取得原価が 事業用資産の評価基準として採用されているのは,取得原価がこの要請に 合致しているためである。

⑵ 残余利益モデルからみた混合的測定の意味

 このようにして混合的測定が行われた財務諸表を利用して,残余利益モ デルで企業価値を評価する場合に,まず最初に留意すべき事項は,企業全 体を包括する形でモデルが適用されるのではないことである。すなわち企 業活動は,生産・販売など企業の本業ともいうべき事業活動と,余剰資金 を運用する金融活動に区分され,事業活動から生じる価値の評価に対して だけ残余利益モデルが適用されるのである。金融活動の成果は,これとは 別個に把握したうえで,事業活動の価値評価額に加算されることになる。

 前述のとおり,余剰資金を運用した金融資産は事業用資産と異なり,誰 にとっても市場価格と同額の価値しか有しておらず,本業の遂行に影響す ることなくいつでも容易に市場価格で売却して,余剰資金の運用という投

(19)

資目的を達成することができるだけでなく,売却以外に目的達成の方法が ない。したがって事業活動とは関係のない金融資産は,企業価値評価の時 点での時価を集計して把握した金額を,本業の価値評価額に追加するのが 通常の手順である。この点で,余剰資金を運用した結果として企業が保有 する金融資産の時価評価を求める現行の規定は,企業価値評価の目的にも 適合しているといえる。

 同じ理由により,トレーディング目的で保有される棚卸資産を決算時点 の市場価格で貸借対照表に計上することを求める企業会計基準第9号「棚 卸資産の評価に関する会計基準」の規定も軌を一にする。企業がトレーデ ィング目的で保有する資産は,外見的には棚卸資産であっても,転売して 換金する以外に保有目的を達成する方法はなく,また事業の遂行を妨げる ことなくいつでも市場価格での換金が可能であるから,企業価値評価でも 金融商品と同様の取扱をすればよい。さらには投資不動産や遊休不動産の 時価情報の開示を求める企業会計基準第20号「賃貸等不動産の時価等の開 示に関する会計基準」も同じであると考えられる。

 他方,事業用資産を取得原価で評価することを求める原則規定は,残余 利益モデルによる企業価値評価の体系の中で,その合理性についてどのよ うに考えることができるであろうか。この問題の論点を直感的に理解でき るようにするため,ここでは前述の第3節②式として示した残余利 益モデルに基づいて,図表5のような仮設例を考える。残余利益モデルと して,①式ではなく②式を用いるためには,自己資本コストだけでなく,

当期純利益と自己資本額も毎期一定という,よりいっそう強い仮定が必要 となるが,それによって議論の本質が損なわれるわけではない。

 図表5のAは,原価主義会計のもとでの企業価値評価を例示するため に,現時点の株主資本の帳簿価額を500,将来の予想利益を45,自己資本 コストを6%とする仮設例が示されている。このとき企業価値は,株主資

(20)

本500に,毎期45ずつ生じる予想利益から,500×6%として算定される資 本コスト30を引いて得られる毎期15ずつの残余利益を,6%で資本還元し て導出した250を加えて,[500+(45−500×0.06)÷0.06=500+250=750]

と算定される。

 次に図表5のBは,事業用資産の一部が公正価値で評価されたことに より,未実現の評価差額によって資産が増額され,それに伴って自己資本 も同額だけ増加した状態を表している。このようにして資産・負債の一部 ないし全部に公正価値評価が導入されると,資本と利益のデータには次の 2通りの組合せが生じる。1つは株主資本と当期純利益の組合せであり,

いま1つは時価評価差額も含めた純資産と包括利益の組合せである。価値 評価の対象たる株式は,子会社ではなく親会社の株式であり,将来に発行 される株式ではなく発行済の株式であるから,純資産のうち非支配株主持 分と新株予約権を埒外とすれば,時価評価差額の期末累計額である「その 他の包括利益累計額」が株主資本と純資産の相違項目となる。また当期純 利益と包括利益の差は,「その他の包括利益」すなわち時価評価差額の期 中変化額である。したがって残余利益モデルと関連づけた投資意思決定有 用性の観点から,会計情報の優劣を定性的に比較するには,利益だけを独

図表5 公正価値評価の影響に関する仮設例

A 原価主義の財務諸表 B 公正価値評価の導入

資  産 700 負  債 200

資  産 800

負  債 200 株主資本 500 株主資本 500 評価差額 100 仮設例の前提条件:将来の予想利益は毎期45,自己資本コストは6%

残余利益モデルを適用した企業価値評価額

 ケースA:500+(45500×0.06)÷0.06500250750  ケースB:600+(45600×0.06)÷0.06600150750

(21)

立に考察するのではなく,純資産とも関連づけた評価が必要となる。

 この関係を所与とすれば,現行の日本基準に基づく貸借対照表で株主資 本と並んで「その他の包括利益累計額」が報告されている以上,これと整 合的な利益概念として,当期純利益ではなく包括利益を把握し予想するこ とが不可欠になると思われるかもしれない。しかし残余利益モデルへのイ ンプット情報としては,必ずしもそのような必然性がないことを,図表5 の簡単な数値例を用いて示しておこう。

 公正価値会計が導入された場合の企業の自己資本は,株主資本と時価評 価差額から構成される純資産であり,設例では600と算定される。他方,

包括利益の予想額は45とするのが最も合理的であろう。なぜならば,包括 利益と純利益の差を構成する「その他の包括利益」に属する項目は,いず れも期中の時価変動額であり,多くの財貨市場が近似的に効率的市場であ るならば,将来の時価変動額の期待値はゼロと考えられるからである。あ るいは効率的市場でなくとも,財貨やサービスの将来の市場価格を予想す ることはできないから,投資意思決定に際して時価評価差額の期待値はゼ ロと考えざるを得ない。

 このとき現時点の自己資本600と,予想される包括利益45を基礎とした 企業価値は,[600+(45−600×0.06)÷0.06=600+150=750]となり,ケ ースAの場合と等しい。自己資本が500から600へと増加した分だけ,残 余利益の現在価値が250から150へと減少した結果,企業価値の評価額は変 化しない。すなわち,事業用資産の一部に公正価値評価を導入しても,そ の他の包括利益の期待値がゼロである限り,残余利益モデルから算定され る株式の本源的価値は影響を受けず,また当期純利益は依然としてその情 報価値を失わないのである。

 資産評価の基準については,これまでしばしば次のような議論が行われ ることがあった。企業が保有する資産の評価基準としては,公正価値こそ

(22)

が理想的な尺度として最大の目的適合性を有するが,多くの場合はその信 頼性に疑問があるため,目的適合性を少し犠牲にして取得原価が採用され ているという説明がそれである。すなわち取引される市場が存在しなかっ たり,その市場が完全競争市場ではないような財貨に関しては,公正価値 の最も優れた指標となる市場価格が観察可能ではない。したがって無理な 推定値でこれを代用すると信頼性が損なわれるから,所定の水準の信頼性 を尊重するために取得原価による資産評価が行われているのであり,これ によって目的適合性が少し犠牲にされているという理解がそれである。

 しかし図表5の数値例は,残余利益モデルによる企業価値の評価という 目的から観察する限り,公正価値評価を放棄して取得原価による資産評価 を採用しても,決してその目的適合性が損なわれるわけではないことを示 している。すなわち資産を公正価値で評価しようと取得原価で評価しよう と,企業価値評価額に変化は生じていないのである。

6.知的財産のオフバランス処理

⑴ 資産負債アプローチによるオンバランス項目の拡大

 公正価値評価の拡大と並んで,近年における会計基準の変遷を先導して きたもう1つの概念は,資産負債アプローチの進展である。伝統的な利益 測定の考え方である収益費用アプローチと対比する形で,資産負債アプロ ーチにつながる利益測定の考え方を明示的に提示することにより,こんに ちの議論の出発点となったのはアメリカの財務会計基準審議会の討議資料

FASB(1976))である。この文献は,概念フレームワーク・プロジェクト の一環として『財務会計と報告の概念フレームワーク:財務諸表の要素と その測定』という表題のもとに1976年に公表された。

 そこでは利益測定を支える基礎概念の体系として,次の2通りの見解が 識別されている。1つは,収益と費用を中心に位置づけて両者の差額とし

(23)

て利益を把握しようとする収益費用中心観Revenue and Expence View あり,いま1つは,資産と負債を中心に位置づけてそこから導出される純 資産の増加分として利益を把握しようとする資産負債中心観Asset and Liability Viewである。

 このように対比すると,両者は概念的には二者択一的に鋭く対立してい るようにみえるが,複式簿記を適用した財務諸表の作成を前提とする限 り,資産・負債と収益・費用が不可分な連携関係にあることは自明であ る。すなわち収益と費用の差額として測定された利益は,包括利益まで含 めて考えると,資本取引がない限り,資産と負債から導出される純資産の 期中変動額と合致する。したがってこれら2つのアプローチの間での選択 は,財務諸表の構成要素を定義するに際し,収益・費用と資産・負債のど ちらをよりいっそう基本的な概念として先に定義したうえで,全体の連携 関係を構成するかという問題に帰着する。

 伝統的な収益費用アプローチでは,収益は経済活動によって企業に流入 した価値であり,費用はその過程で消費されて流出した価値であると定義 されてきた。これに対し資産負債アプローチでは,資産と負債が先に定義 され,それらに依存して収益と費用が定義される。たとえば日本の概念フ レームワークに沿ってこの関係を簡略化して示せば,資産とは経済的資源 であり,負債とはそれを引渡すべき義務であるという定義が先に行われ る。そしてこれに依存して,収益は資産の増加や負債の減少を伴って生じ る利益の増加項目,費用は資産の減少や負債の増加を伴って生じる利益の 減少項目として定義されるのである(第3章の4,5,13,15項)

 収益費用アプローチにおいて用いられる経済的価値の流入や流出という 概念は抽象度が高い。これに対して資産負債アプローチにおける経済的資 源やその引渡義務という概念は,観察や経験に照らして具体的かつ厳密に 理解することが相対的に容易である。このため,たとえば定義に合致しな

(24)

い異質項目の混入を防ぐうえでも,資産および負債の方がその有効性を発 揮する余地が大きい。したがって財務諸表の掲載項目の純化を通じて会計 情報の改善を模索しようとする人々にとって,資産負債アプローチが有効 な手段として支持を得てきたことは極めて自然な帰結であったといえよ う。

 事実,資産負債アプローチは貸借対照表のリアリティを回復するための 推進力として作用し,財務諸表によって伝達される会計情報を改善するう えで多くの効用をもたらしてきた。

 その第1は,収益や費用の認識に伴う相手勘定として貸借対照表の資産 の部や負債の部において将来年度の損益計算のために繰り延べられてきた 項目のうち,資産・負債の定義を満たさない項目を排除することにより,

財務諸表に掲載される情報を純化したことである。その代表例として,失 敗が確定した研究開発活動に関する支出額はもとより,資産の定義に合致 しない研究開発支出の費用処理を挙げることができるであろう。

 他方,負債に関しても類似の動向が生起しつつある。企業会計原則の注 解18が修繕引当金を負債の項目として例示しているのに対し,企業会計基 準委員会が2009年9月に公表した「引当金に関する論点の整理」は,国際 会計基準37号を引用して,これが負債に該当しない可能性を示唆してい る。その根拠は,企業が操業の停止や対象設備の廃棄を行う場合には修繕 が不必要になるため,修繕の必要性が経済的資源を引き渡すべき義務とま ではいえないことである。このほか,かつては負債とされていた繰延割賦 利益や新株予約権および在外子会社にかかる貸方差額の為替換算調整勘定 も,現在では負債から排除されて,その性質を反映した区分に収容される ようになっている。

 第2の効用として,従来はオフバランスとして処理されてきた項目で も,それが資産・負債の定義を満たして測定可能な限り,貸借対照表に資

参照

関連したドキュメント

⦿ ─ .() / An Analysis of Issues Related to Conceptual Framework for Financial Accounting and Reporting: Elements of Financial Statements and

・FASB, Statements of Financial Accounting Standards No.19, Financial Accounting and Reporting by Oil and Gas Producing Companies , December 1977. ・FASB, Discussion Memorandum:

An Analysis of Issues Related to Conceptual Framework for Financial Accounting and Reporting: Elements of Financial Statements and Their Measurement. Stamford, CT:

(田中弘・原光世訳(1994)『イギリス財務報告基準』, Financial Accounting Standards Board (FASB)(1985), Statement of Financial Accounting Concepts

Financial Accounting Standards Board 2014, Exposure Draft: Conceptual Framework for Financial Reporting Chapter 8 : Notes to Financial Statements, FASB.. Mittelstaedt 1999,

FASB [2008] Exposure Draft ; Conceptual Framework for Financial Reporting: The Objective of Financial Reporting and Qualitative Characteristics and Constraints of

15) FASB, DISCUSSION MEMORANDUM ; Conceptual Framework for Financial Ac- counting and Reporting : Elements of Financial Statements and Their Measurements, FASB,

6, Elements of Financial Statements, December 1985.(平松一夫,広瀬 義州訳『 FASB 財務会計の諸概念[増補版]』 中央経済社,2004 年.) FASB,