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負債測定論序説

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Ⅰ は じ め に

近年,負債の測定,とりわけ時価または公正価値による測定が問題となっ てきている1)。この問題については,筆者もすでに拙稿2)において若干の考察 を行ったところであるが,最近では国際財務報告基準のアドプション論議と

1)例えば,田中建二「負債の時価評価序説」JICPAジャーナル,第467号(1994 1月),今福愛志「資産負債アプローチと負債評価」企業会計,第46巻第8

(19948月),佐藤信彦「負債の測定と割引現在価値計算の本質」会計,第147 巻第5号(19955月),岩村充「金融負債の時価評価を巡って」COFRIジャーナ ル,第26号(19973月),醍醐聰「負債の時価評価と利益計算」会計,第152 巻第6号(199812月)などがあげられる。

2)長束 航「負債の公正価値測定の問題点」税経通信,第55巻第3号(20003 月),209214頁。

負債測定論序説

長 束 航

目 次

Ⅰ はじめに

Ⅱ 会計における測定問題の意義と負債の測定

Ⅲ 利害調整と負債の測定問題 1 利害調整の意義

2 利害調整と負債の測定属性

Ⅳ 情報提供と負債の測定問題 1 情報提供の意義 2 負債概念の本質

3 情報提供と負債の測定属性

Ⅴ 結びにかえて

−427−

( 1 )

(2)

も相俟って,議論がより活発になりつつあるように思われる。しかし,負債 の測定問題については多種多様な論点が含まれており,かかる論点を整理し たうえでより根本的な検討を行う必要があると考えられる。本稿は,負債の 測定問題を考察するにあたり,いかなる視点をもって考察を進めるべきであ ると考えられるのか,またその視点と負債の測定問題はどのように関係して いるのかについて,基本的な問題に立ち返って検討することを目的としてい る。

財務会計における負債の測定問題は,具体的には会計基準という形で決着 がつけられるので,負債の測定問題考察のための視点は,ほぼ会計基準を設 定するための視点に一致するといってもよいように思われる。わが国におい ては,会計基準を設定するための視点として,一般に,利害調整と情報提供 という視点が考えられている3)。したがって,負債の測定問題を考察する場 合にも,基本的には,この2つの視点から考察するのが妥当であろう。本稿 においても,負債の測定問題考察のための視点として,利害調整および情報 提供をとりあげたい。

しかし,その前に,そもそも会計における測定問題とはいかなる問題なの かを明らかにしておくことが,以後の考察に役立つであろうと思われるので,

まずそれについて考察を行い,次に利害調整と負債の測定問題の関係につい て,さらに情報提供と負債の測定問題の関係について検討していきたい。

Ⅱ 会計における測定問題の意義と負債の測定

一般的に,会計とは,「経済主体が営む経済活動および経済事象を測定・

報告する行為4)」であるとか,「特定の経済主体が営む経済活動およびこれに

3)広瀬義州「『企業会計原則』の見直しに伴う課題」商事法務,第1446号(1997 125日),23頁。

4)広瀬義州「財務会計(第9版)」中央経済社,2009年,2頁。

−428−

( 2 )

(3)

関連する経済的事象を主として貨幣額で測定し,記録し,かつ伝達する行 為5)」であると説明されているように思われる。しかし,報告または記録・

伝達するためには,あらかじめ「測定されていることが前提である6)」こと から,測定問題は会計における中心的課題であるということができよう。そ れでは,この「測定」とはいかなる行為なのであろうか。

井尻雄士教授は,その著書「会計測定の基礎7)」のなかで,測定(measure- ment)について説明しておられるが,それについて要約すれば,次のとおり である。まず,言語による表現は,実世界の現象のなかから「比較的独立し た部分を物(object)として識別し,そしてその性質(property)を説明する という方法8)」をとるのであるが,測定は,その言語による表現のなかでも 特殊な表現方法であり9),数字を物に割り当てることによって実世界の現象 を表現する行為であるという10)。また,このような表現方法をとる場合には,

「数の間のどの関係が物の間のどの関係を表現するのに用いられているかを 指示11)」する必要があり,それにより順序付けなどの物と物の関係を示すこ とが可能になる12)

さらに,スターリング教授は,測定に関して,次のように述べている13)。 測定は,ある特定の性質に関して物を比較またはランクづけする過程である が,物は様々な性質を有しており,そのすべてを完全に記述することは,ほ とんど不可能であるし,また必要とされない。したがって,どの性質を測定

5)新井清光「新版財務会計論(第2版)」中央経済社,1991年,1頁。

6)広瀬義州,前掲(4),2頁。

7)井尻雄士「会計測定の基礎」東洋経済新報社,1968年。

8)同上,18頁。

9)同上,25頁を参照。

10)同上,28頁を参照。

11)同上,38頁。

12)同上,3839頁を参照。

13) R. R. Sterling,Theory of the Measurement of Enterprise Income, The University Press of Kansas, 1970, pp.65115.(上野清貴訳「スターリング企業利益測定論」同文舘,

1990年,58105頁。)

負債測定論序説(長束) −429−

( 3 )

(4)

し,どの性質を無視するかを測定の目的にそって決定することが必要になる。

また,ある特定の性質について測定を行うさいには,比較を一般化するため に(多数の物を比較できるようにするために)単位を用いたほうがよい。

以上にしたがえば,測定とは,実世界の現象のなかから測定対象(物)を 識別し,それにつき測定されるべき性質を決定し,また必要であれば測定単 位または測定尺度を決定して,物に数を割り当てる(数量化する)プロセス であるということができると思われる。これを卑近な例を用いて敷延すれば,

例えば実世界の現象のなかからヒトを測定対象として識別する場合には,そ の測定されるべき性質として身長,体重,思考力,財力などさまざまなもの が考えられる。また,測定単位または測定尺度としてそれぞれメートル,キ ログラム,IQ,円などを用いることにより,その測定値が一般化され,い かなるヒトどうしであっても比較が行えるようになると考えられるであろう。

会計上の測定においては,「実世界の現象」が「経済実体が営む経済活動 および経済事象」であり,特に財務会計においては,資産,負債,資本,収 益,費用など14)が識別すべき測定対象である(測定対象はより詳細に識別す ることも多い)といえよう。本稿において問題とするのは,負債を測定対象 とする測定問題である。上で述べた測定の定義を前提とすれば,この測定問 題には,負債について,いかなる「測定されるべき性質」を選択するべきな のかという問題およびいかなる「測定単位または測定尺度」を選択するべき なのかという問題の2つの問題が含まれることがわかる。

このうち,「測定単位または測定尺度」については,名目貨幣単位と一般 購買力単位のいずれかを選択することになるが15),歴史的にほとんどの国々 14)これらの概念が,財務会計における基本的な識別単位であるということは,財 務会計のパラダイムとして成立しているといっても差し支えないように思われる。

15) FASB, DISCUSSION MEMORANDUM ; Conceptual Framework for Financial Ac- counting and Reporting : Elements of Financial Statements and Their Measurements, FASB, Dec. 1976, pars.335336 and 384.(津守常弘監訳「FASB財務会計の概念フ レームワーク」中央経済社,1997年,225226および281282頁。)

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( 4 )

(5)

において財務会計上の測定は名目貨幣単位でなされてきており,これからも 基本的にそれが継続する可能性が高いこと,測定のために選択されるべき各 性質は名目貨幣単位においても購買力単位においても等しく測定することが できることなどの理由により16),ひとまず貨幣単位を選択しておくことにし てもそれほど問題があるとはいえないであろう。したがって,負債の測定問 題を検討するさいには,さしあたり名目貨幣単位での測定を前提とすること が妥当であると考えられる。購買力単位での測定問題は,負債の測定問題に 限定されない会計全体の問題であり,負債の測定について考察するさいにと りあげることは必ずしも意義があるものとはいえないと思われる。

以上から,負債の測定問題において取り扱うべき問題は,「測定されるべ き性質」の選択問題であるといえよう。しかしここで財務会計において測定 されるべき性質を選択する問題が通常の測定問題と著しく異なる点を指摘し ておけば,それは財務会計における主要な報告手段である17)財務諸表18)にお いては,測定されるべき性質を1つしか選択できない点である19)。特に負債 の測定の場合には,この点は重要であるように思われる。後述するように,

負債の本質の1つは将来における経済的便益の犠牲であるので,負債の測定 には少なからず将来についての見積りという要素が関わってくると考えられ 16)Ibid., pars.385387(同上,282頁)およびFASB,SFAC No.5 ; Recognition and Meas- urements in Financial Statements of Business Enterprises, Dec. 1984, pars.7172.(平松 一夫・広瀬義州訳「FASB財務会計の諸概念[増補版]」中央経済社,2002年,245 頁。)

17)広瀬義州,前掲(4),770771頁。

18)会計情報の最も重要な伝達手段である財務諸表本体を意味している。なお,広 瀬義州教授は,その著書「会計基準論」(中央経済社,1995年)のなかで,財務諸 表本体の意義について明らかにしている。すなわち,財務諸表は,「企業の財政状 態および経営成績に関する情報の主たる伝達手段である」(203頁)基本財務諸表 と,「従たる伝達手段である」(同頁)補足財務諸表とからなり,さらに,基本財 務諸表は,「試算表等式を計算構造的に成立させるために不可欠な情報,いいかえ れば財務諸表の構成要素に係る基本的な情報」(212頁)を伝達する財務諸表本体 と,財務諸表本体において「開示される情報の補完,補足または説明機能をもつ 情報」(同頁)を伝達する注記等に画定される。

負債測定論序説(長束) −431−

( 5 )

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る。しかるに,それを1つの数値で表現した場合には,「外見上あたかも決 定論的な体裁20)」になってしまうように思われる。ビーバー教授は,これを

「パラドックス21)」といっているが,パラドックスとまではいわないまでも,

負債について,測定されるべき性質をただ1つ選択するさいには,さまざま な視点から検討をくわえ,慎重にそれを決定することが必要になるとはいえ るであろう。すでに述べたように,本稿においては,利害調整と情報提供と いう2つの視点からこれを検討する。

なお,アメリカ財務報告基準審議会(Financial Accounting Standards Board ; FASB)は,「『property(性質)』とは,テーブルの長さまたは石の重さのよ うに,通常,科学において測定される対象の特質または性質を述べるために 用いられるものである。しかし,『property』という用語を用いると,財務報 告においては『不動産』を意味するので,土地および建物と混同されるおそ れ22)」があるために,かわりに「会計学の文献において普及している『attrib-

ute(属性)』という用語を用いている23)」と述べ,「測定されるべき性質」と

いう用語ではなく「測定属性」という用語を用いている。また,国際会計基 準審議会(International Accounting Standards Board ; IASB)は,「測定の基礎

(basis of measurement)」という用語を用いている24)。しかし,測定の意義に

19)これにはさまざまな理由が考えられるが,最も大きな理由として,財務会計に おいては,測定値を加減算してただ1つの利益数値を計算しなければならないと いう点があげられよう。なお,ビーバー教授は,「利益とは,多面的な企業の経済 活動および経済事象を,単一の数値に収斂させる試みである」(W.H. Beaver, Prob- lems and Paradoxes in the Financial Reporting of Future Events, Accounting Horizons, Dec. 1991, p.133.)と述べている。

20) W.H. Beaver,op. cit., supranote (19), p.126.

21)Ibid.

22) FASB,SFAC No.1 ; Objectives of Financial Reporting by Business Enterprises, FASB, Nov. 1978, par.2 (footnote).(平松一夫・広瀬義州,前掲訳書(16),11頁。)

23)Ibid.(同上,同頁。)

24) IASC,Framework for the Preparation and Presentation of Financial Statements, IASC, July 1989, par.99.

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( 6 )

(7)

関する考え方については,FASBもIASBも,上で述べた考え方と基本的に 異ならない考え方をとっているといえよう。すなわち,FASBは,「測定と は,十分な信頼性をもってある項目を貨幣単位で数量化するために,目的適 合的な属性を決定するプロセスである25)」と定義し,また「属性は測定より も狭い概念である。測定には測定属性の識別のみならず,測定単位の選択も 含まれる26)」と述べている。また,IASBは,「測定とは,財務諸表の構成要 素が貸借対照表および損益計算書において認識および計上されるべき貨幣額 を決定するプロセスである。このプロセスには,特定の測定の基礎の選択が 含まれる27)」と定義している。

本稿においては,以下,FASBに倣って,測定されるべき性質という用語 の代わりに,測定属性または測定されるべき属性という用語を用いることに する。

Ⅲ 利害調整と負債の測定問題

1 利害調整の意義

利害調整とは,主として,株式会社の分配可能な剰余金の大部分を構成す る処分可能利益の算定を通じて企業の利害関係者間の利害対立を調整するこ とである28)。この企業の利害関係者間の利害対立の第一は,株主と会社債権 者の利害対立であると考えられる29)。これは,処分可能利益の算定という考 え方が,「もともと有限責任制度に基づく株式会社の生成,発展とともに形 成されたもの30)」であるといわれていることからも容易に想定できよう。す 25) L.T. Johnson,Future Events : A Conceptual Study of Their Significance for Recogni-

tion and Measurements, FASB, 1994, p.22.

26) FASB,op. cit., supranote (22).(平松一夫・広瀬義州,前掲訳書(16),11頁参照。)

27) IASC,op. cit., supranote (24).

28)広瀬義州,前掲(3),2頁。

29)鈴木竹雄「新版会社法 全訂第3版」弘文堂,1991年,210頁。

負債測定論序説(長束) −433−

( 7 )

(8)

なわち会社法上,株式会社においては,株主は,会社に対してその有する株 式の引受価額を限度とする有限の出資義務を負うだけであり,会社債権者に 対しては何ら責任を負わないので,会社債権者にとって求償の対象となる財 産は会社財産のみであり31),したがって社外に流出させてもよい会社財産の 金額を示す処分可能利益の金額は,多ければ多いほど会社債権者にとって不 利であり,反対に株主にとっては有利であることになるといえよう。

企業の利害関係者間の利害対立の第二は,現在の株主と将来の株主の利害 対立であると思われる。財務会計を,すべての期間に対する利益の配分計算 であると考えれば32),現在の期間に処分可能利益を多く配分することは,一 般に,将来の期間に配分される処分可能利益が少なくなることを意味してい る。したがって,処分可能利益の金額が多ければ多いほど現在の株主にとっ て有利であり,反対に将来の株主にとっては不利であることになると考えら れる。

上記以外にも,企業においてはさまざまな利害対立が考えられるであろう。

しかし,その調整は,上述のように,おもに処分可能利益の算定を通じて行 われるといってもよいように思われる。

一般に,「処分可能利益の算定を行うのに最も適合している33)」のは,取 得原価主義会計とよばれる会計方式であると考えられている。ここに,取得 原価主義会計とは,「企業会計におけるすべての資源の原初入帳数値は,原 則として,交換市場において独立の当事者(売手と買手)間で成立した価額

(原初取引価額)に基礎をおき,この価額が損益計算のための出発点となり,

かつ,その価額すなわち取得原価は,当該資源が企業内に保有されている期

30)広瀬義州「取得原価主義会計の再検討」企業会計,第47巻第1号(19951月),

38頁。なお,新井清光「企業会計原則論」森山書店,1985年,21頁参照。

31)鈴木竹雄,前掲(29),210頁。

32)斎藤静樹「企業会計」東京大学出版会,1988年を参照。

33)広瀬義州,前掲(30),38頁。

−434−

( 8 )

(9)

間中ずっとその意味をもちつづける会計方式34)」である。

この定義から考えるに,取得原価主義会計の計算構造上の特徴35)としては,

資産の計上金額が,原初取引価額を基礎とした配分によって決定され,かつ,

原初取引価額を上限として決定されるために,検証可能性が高く,かつ,保 守主義性が強い会計情報が提供されるという特徴があげられよう。それゆえ に,取得原価主義会計は,財務諸表監査に適合し36),また,利害関係者のう ち特に会社債権者および将来の株主を保護するために確定した利益のみを計 上できる37)という点において,処分可能利益の算定に適合した計算構造上の 特徴をもっていると考えられているのであろう。なお,ここで述べた「配 分」という手続は,会計上,「過去に記帳された金額(通常は原価または現 金受領額)から誘導して資産または負債の金額の変動を認識する38)」ことで あり,したがって,ある資産または負債についての配分方法と帳簿記録の2 つから,当該資産または負債の各期末における計上金額が決定されるような 方法,すなわち企業外部の環境の変化等に左右されない方法だけが,会計上 の配分として認められると考えられる。というのも,この条件が満たされる ことにより,検証可能性を損ねずに原初取引価額から離れることが可能にな

34)広瀬義州「会計基準論」中央経済社,1995年,182頁。

35)新井清光「会計公準論[増補版]」中央経済社,1978年,344348頁,広瀬義州

「取得原価主義会計の存立基盤」早稲田商学,第373号(19977月),4041 などを参照。

36)広瀬義州,前掲(35),4345頁。

37)利害関係者のうち,現在の株主は,制度上,会社の意思決定権を有しているの で,それほど保護する必要はなく,特に債権者および将来の株主が保護されるべ きあると考えられている(斎藤静樹「日本の会計基準とディスクロージャー制度」

金融研究,第12巻第3号(19939月),83頁)。なお,広瀬義州教授は,処分 可能利益の要件として,「売却取引をとおさなくても現金または現金請求権へ転換 することが保証されている」こと,すなわち「測定値が確定」していることをあ げておられる(広瀬義州,前掲(34),194195頁)。

38) FASB, DISCUSSION MEMORANDUM ; Present Value-Based Measurements in Ac- counting, FASB, Dec. 1990, par.24.(企業財務制度研究会訳「現在価値 ―― キャッ シュフローを用いた会計測定 ―― 」中央経済社,1999年,9頁参照。)

負債測定論序説(長束) −435−

( 9 )

(10)

ると考えられるからである。

しかし,ここでもう一歩ふみこんで考えてみると,ただ単に検証可能性が 高かったり,保守主義性が強かったりするだけの会計情報では,利害調整と いう財務会計の目的が果たされているとはいえないであろう。「原初取引価 額を基礎とした配分」の方法が恣意的であったり,また保守主義を重視する あまりつねに資産をゼロ評価したりしたのでは,利害調整がなされていると はいえないように思われる。先に述べた処分可能利益の算定を通じた利害調 整の意義を前提とすれば,利害調整が達成されているのは,各利害関係者間 の合意に基づいて配分の方法が決定されているかぎりにおいてであるという ことができるであろう。取得原価主義会計においては,定額法,定率法等の 償却性資産の減価償却方法,先入先出法,平均法等の棚卸資産の原価配分方 法など,利害関係者の合意に基づいた原価配分(「企業会計原則」第三,五 を参照)を行うことにより,利害調整機能が果たされていると考えられる。

以上の考察から,利害調整を重視した財務会計においては,!1財務諸表監 査に適合するという意味において会計数値の検証可能性,!2会社債権者およ び将来の株主を保護するという意味において会計数値の保守主義性,および

!

3会計数値の決定方法に対する利害関係者間の合意というおもに3つの要素 を考慮して測定属性を決定する必要があるといえるように思われる。利害調 整という視点からみれば,取得原価主義会計においては,その本来的な計算 構造上の特徴から,!1および!2の要素がおのずからクリアされ,!3の要素,

すなわちいかなる原価配分方法を採用すれば利害調整が達成されるかという 問題だけが俎上にのぼることになる。取得原価主義会計以外を採用した場合 には,!3だけでなく,!1および!2の要素も考慮する必要があることになる。

この点が,利害調整という視点からみた場合の取得原価主義会計の優位性で あろう。

しかし,会計数値の決定方法に対する利害関係者間の合意という問題は,

−436−

( 10 )

(11)

各々の利害関係者が合意するかしないかという問題であるので,絶対的に正 しい解を理論的に導きだすのは困難というよりも不可能な問題であろう。し たがって,我々が検討すべき課題は,まず,現行財務会計においてはこの利 害対立が均衡しているという仮定のもと,その均衡状態を分析し,なぜその 均衡点が成立しているのかを明らかにしておくことであろう。そうすれば,

新たな会計問題が生じたとき,または代替的な会計処理方法が提案されたと きに,ある会計処理をすればどの利害関係者にとって有利であるか,または 不利であるかを考えるための基礎を提供することができるように思われる。

2 利害調整と負債の測定属性

以上の議論を負債の測定問題に適用してみよう。負債の測定においても,

基本的には同じことがいえるように思われる。すなわち,会計の利害調整と いう機能に着目した場合には,まず,会計数値の検証可能性および保守主義 性を重視して測定属性が決定されなければならないといえるであろう。その うえで,現行財務会計における負債の測定属性の選択が各利害関係者の合意 に基づいて行われているという仮定のもと,その測定属性が選択されている 意味を考えてみる必要があるであろう。ただし,負債の測定の場合には,さ らに留意すべき点があるように思われる。それは,すでに述べたように負債 の測定の場合には,資産の測定と比較した場合に過去にそれほど活発な議論 がかわされてきたとは思われないという背景があり,現行財務会計における 負債の測定に関する利害関係者間の合意が,資産の測定における合意ほど強 固なものではないかもしれないという点である。したがって,負債の測定に おいては,明らかにいずれかの利害関係者にとって不利であるような測定属 性が選択されており,客観的に見ても著しく不公正である部分が残されてい るかもしれない。そのような場合には,あるべき合意の均衡点を提言してい くことも必要であるように思われる。特に,オフバランスの負債は,オフバ

負債測定論序説(長束) −437−

( 11 )

(12)

ランスの資産と異なり,保守主義という観点からは問題があるといえよう。

Ⅳ 情報提供と負債の測定問題

1 情報提供の意義

一方,情報提供とは,主として投資者が意思決定を行うために有用な企業 の経済活動および経済事象に関する情報を広く利害関係者に提供することで ある39)。情報提供を重視した財務会計においては,「その会計システムとし て法形式よりも経済的実態開示が重視(実質優先主義)され40)」,また目的 適合性または有用性,表現の忠実性,適時性,比較可能性,理解可能性など の情報特性が重視されるといわれている41)。この財務会計の情報提供機能を 重視する傾向は,一般に,アメリカの1933年証券法および1934年証券取引所 法に基づくSECディスクロージャー制度にその端緒があるといわれ42),わ が国においても,最近ではこの機能が「重視される傾向が顕著である43)」と いわれている。

しかし,ひとくちに投資者が意思決定を行うために有用な情報といっても,

それがどのようなものであるのかは,「あまりはっきりしていないのが現状 である44)」といえよう。広瀬義州教授は,「投資意思決定情報提供機能を重 視する見地から会計基準を設定しているFASBでさえも,投資意思決定情報 の説明については,抽象的であり,具体性を欠いている45)」と指摘し,さら に「投資意思決定情報といえども,処分可能利益情報こそが最も重要46)」で

39)広瀬義州,前掲(3),3頁。

40)広瀬義州,前掲(30),38頁。

41)広瀬義州,前掲(3),3頁。

42)同上,同頁。

43)広瀬義州,前掲(30),38頁。

44)同上,39頁。

45)同上,同頁。

46)同上。

−438−

( 12 )

(13)

あると述べておられる。そうであるならば,上述の利害調整という視点と情 報提供という視点は一致することになり,2つの視点は対立しないことにな る。

ここでは,負債という概念をその本質に促して忠実に表現することが,情 報提供という視点からは最も望ましく,したがって,利害調整という視点と 情報提供という視点とは必ずしも一致しないという前提で議論を進めたい。

このような前提に対しては,負債概念の本質自体が財務会計の目的により変 化するので,循環論になるのではないかとの反論が予想される。確かに,トッ プ・ダウン・アプローチに基づく概念フレームワーク47)においては,財務会 計の目的から資産,負債などの概念も導き出されると説明されることが多 い48)ように思われる。しかし,いかなる財務会計の目的が設定されようとも,

貸借対照表は資産,負債および資本からなり,損益計算書は収益および費用 からなるという財務会計のパラダイムは変化しないと考えられることから49), 負債概念にも財務会計の目的とは無関係な,いわば財務会計に固有の本質的 な要素があるように思われる。そのような本質を有する負債に関する情報が,

何らかの役に立つと考えられるから,投資意思決定のために利用されるよう になったと考えるほうが,むしろ自然であろう。したがって,そのような負 債概念の本質を忠実に表現することが,情報提供という視点からは最も好ま しいと考えるのである50)

47)これについては,広瀬義州,前掲(34),120121頁を参照。

48)例えば,D.E. Kieso, J.J. Weygandt and T.D. Warfield,Intermediate Accounting, 12th edition, John Wiley & Sons, 2007, pp.2836.

49) FASBの概念フレームワークにおいても,営利企業と非営利事業体とで財務報告

の目的は異なるが,財務諸表の構成要素の定義は同一のものを用いている。FASB, SFAC No.6 ; Elements of Financial Statements, FASB, Dec. 1985, par.2.(平松一夫・広 瀬義州,前掲訳書(16),284285頁。)

50) FASBによれば,企業の債務を返済する能力を評価することが,情報利用者の意

思決定に役立つという。(FASB,op. cit., supranote (22), par.37.(平松一夫・広瀬義 州,前掲訳書(16),28頁。))

負債測定論序説(長束) −439−

( 13 )

(14)

2 負債概念の本質

それでは,財務会計における負債概念の本質とは,いかなるものなのであ ろうか。

負債概念の本質に関する議論は,アメリカにおいては,1960年のムーニッ ツ教授の論文51)が契機となって,活発に行われるようになったといわれてい る52)。また,わが国においては,1960年に法務省民事局が公表した「株式会 社の計算の内容に関する商法改正要綱民事局試案」を契機とした引当金論争 により,負債概念が考察されるようになったといわれている53)

周知のように,現在,アメリカにおいては「財務会計諸概念に関するステー トメント(Statement of Financial Accounting Concepts ; SFAC)」として概念 フレームワークが公表され,そこで負債の定義が示されているので54),負債 の測定に関する議論もそのフレームワーク内でなされている55)。この点は,

確定的な概念フレームワークが存在しない56)わが国の場合と著しく異なると ころである。わが国の場合には,負債概念の本質に即した測定属性を考える 場合にも,まず負債概念の本質とは何かを考える必要がある。

しかしこれについてはすでに拙稿57)において検討してきたところであるの で,結論的に述べれば,負債概念の本質は,!1将来の経済的便益の犠牲であ

51) M. Moonitz,The Changing Concept of Liabilities, The Journal of Accountancy, May 1960.

52)アメリカにおける負債概念に関する議論については,徳賀芳弘「伝統的な負債 概念から新しい負債概念へ」企業会計,第46巻第8号(19948月)を参照。

53)中村 忠「会計上の負債」会計人コース,19931月号,4頁。

54) FASB,op. cit., supra note (50), par.35.(平松一夫・広瀬義州,前掲訳書(16),301 頁。)

55)例えば,次の文献では注(54)の負債の定義を前提として議論することを明言し ている。L. Lorensen,Accounting Research Monograph No.4 ; Accounting for Liabilities, AICPA, 1992, pp.19, and R.A. Samuelson, “Accounting for Liabilities to Perform Serv- ices,”Accounting Horizons, Sep. 1993, p.32.

56)企業会計基準委員会から公表されている「財務会計の概念フレームワーク」

(200612月)は,現在のところ討議資料の段階である。

−440−

( 14 )

(15)

り,かつ!2企業の現在の債務から生じるものであり,特に!2の本質について は主として法的債務性が重視されるといえよう。

3 情報提供と負債の測定属性

上述のように,情報提供という視点からは,負債概念の本質を忠実に表現 することが最も好ましく,また,負債概念の本質が,!1将来の経済的便益の 犠牲であり,かつ,!2企業の現在の債務から生じるものであるとするならば,

その本質を忠実に表現する測定属性とはいかなる属性なのかが問題となろう。

まず,!1の本質に関連して,企業の将来のアウトフローを示すものでなけ ればならないであろう。しかし,それだけでは不十分であり,!2の本質に関 連して,債務が企業にとってどれほどの負担になっているかを示すものでな ければならないといえよう。すなわち,1年後に1億円を支払う債務が,10 年後に1億円を支払う債務よりも現在の企業にとって重い負担であると考え られるならば,その負担の相違が明確になるような測定属性が選択される必 要があると思われる。スプローズ教授およびムーニッツ教授が,「負債を測 定することは貸借対照表日現在における債務の『重さ』(weight)または『負 担』(burden)を確かめることである58)」と述べたのは,まさにこのことを指 しているといえよう。

また,この!2の本質は,資産の測定と負債の測定の関係を考えるうえでも 重要である。すなわち,!1の本質だけをみるならば,資産概念の本質は将来

57)長束 航「負債概念の再検討 ―― 債務性を中心として ―― 」福岡大学商学論叢,

49巻第1号(20046月),159179頁。なお,最近の動向については長束 航

「投資情報の拡大と負債概念 ―― 会計基準設定の国際的動向からの考察 ―― 」企業 会計,第62巻第10号(201010月),104112頁を参照。

58) R.T. Sprouse, and M. Moonitz, Accounting Research Study No.3 ; A Tentative Set of Broad Accounting Principles for Business Enterprises, AICPA, 1962, p.39.(佐藤孝一・

新井清光訳「アメリカ公認会計士協会 会計公準と会計原則」中央経済社,1962 年,158頁参照。)

負債測定論序説(長束) −441−

( 15 )

(16)

の経済的便益であるので,資産概念と負債概念は,正負は逆ではあるが,そ の本質は同じであるといえるように思われる59)。したがって,負債をその本 質に即して忠実に表現するように測定しようとする場合には,資産と同一

(正負は逆)の測定属性を選択するべきであるということになろう。しかし,

負債には,!2の本質もある。したがって,「財務諸表において資産と負債を 異なる属性で測定することを支持するほどに,支払うべき債務を負っている という特性が支払われるべき権利を有しているという特性と十分に異なって いるかどうか60)」を慎重に考慮する必要があるように思われる。

なお,FASBは,資産の測定と負債の測定の考慮すべき一般的な相違点と して,次の2点をあげている61)。まず第1に,例えば,債権としての社債を 保有している企業は,その社債に関連したリスクを統制可能ではないのに対 して,債務としての社債を発行している企業は,その社債に関連したリスク をある程度は統制できるという点である。第2に,企業は,債務を返済する ということに比較して,資産を処分するさいにはほとんど制約を受けない点 である。なぜならば,債務の返済には,通常,現金が必要であるのに対して,

資産の処分は現金を増加させるだけであるからである。

Ⅴ 結びにかえて

以上,本稿ではまず負債の測定問題を考察するための基礎として測定の意 義について明らかにしたのち,議論のための2つの視点,すなわち利害調整 と情報提供の視点について,これらの視点と負債の測定問題がいかに関係し てくるかを考察した。負債の測定問題の検討においては測定属性の選択問題 が中心となるが,利害調整という視点からは,現行財務会計制度においてい 59)佐藤信彦教授は,これを「概念的依存性」とよんでおられる(佐藤信彦「資産・

負債の概念的依存性と貸借対照表表示」産業経理,第52巻第2号(19927月))。

60) FASB,op. cit., supranote (15), par.529.(津守常弘,前掲訳書(15),354頁。)

61)Ibid.(同上,同頁。)

−442−

( 16 )

(17)

かなる負債の測定属性が選択されており,それがどのような意味をもってい るのかを検討する必要があること,情報提供という視点からは,負債概念の 本質である「債務性」という性質が,負債の測定問題に対して資産の場合と は異なる結論をもたらす可能性があるために,特別な考慮を行う必要がある ことが明らかになった。

したがって上記2つの問題が今後の検討課題となるように思われるが,そ の検討のためには,負債の測定属性にはいかなるものがあり,またそれらは どのような特徴および問題点を有しているのかを理解しておく必要があると 思われる。

しかし,負債の測定属性にはどのようなものがあるのかについて包括的に 扱っている文献は,必ずしも多いとはいえない。その主なものとして,FASB の討議資料「財務諸表の構成要素とその測定62)」およびローレンセン「負債 の会計63)」をあげることができる。この2つの文献において扱われている負 債の測定属性は,ともに5つであり,用いられている用語は異なるとはいえ,

その内容はほぼ一致しているように思われる。その5つとは,!1実際現金受 領額,!2現在現金受領額,!3現在決済価額,!4債務金額および!5割引現在価 値である64)

これらの測定属性がもつ特徴と問題点についての検討は,稿を改めてより 詳細に行っていくことにする。

追記

本稿は,2010年度日本学術振興会科学研究費補助金(基盤研究(C)・代表 62) FASB,op. cit., supranote (15).(津守常弘,前掲訳書(15)。)

63) L. Lorensen,op. cit., supra note (55). なお,本文献については佐藤信彦「確定額 払い借入金の会計測定」経済集志,第64巻第2号(19947月)を参照。

64)これらの用語は,FASBともローレンセンとも完全には一致していない筆者なり の用語である。これらの測定属性の意義については,長束 航,前掲(2)において 若干の考察を行っている。

負債測定論序説(長束) −443−

( 17 )

(18)

阪 智香関西学院大学教授)に係る研究成果の一部である。なお,末筆なが ら,古賀 勉先生の古稀を心からお祝い申し上げるとともに,長年賜ったご 高配に感謝申し上げ,本稿を締めくくることにしたい。

−444−

( 18 )

参照

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