奈良教育大学学術リポジトリNEAR
中等教育段階の音声言語能力育成カリキュラム開発 の実践的研究 ―日本語音声の韻律的特徴に着目し た音声言語指導―
著者 吉田 隆
発行年 2009‑03‑25
URL http://hdl.handle.net/10105/9094
平成 20 年度 修士論文
中等教育段階の音声言語能力育成カリキュラム開発の実践的研究
―
日本語音声の韻律的特徴に着目した音声言語指導―
奈良教育大学大学院修士課程 教育学研究科 教科教育専攻 国語教育専修
学籍番号 073109 吉 田 隆
修士論文要旨
論文題目
中等教育段階の音声言語能力育成カリキュラム開発の実践的研究
-日本語音声の韻律的特徴に着目した音声言語指導-
専攻(専修名) 氏
教科教育専攻(国語教育専修) 名 吉田 隆
本研究の目的は、国語科教育の中で実践されてきた音声言語教育の歩みをふまえて、中等教育段階 での音声言語能力を育成するための新たな国語科カリキュラムを開発し、提示するところにある。
なぜ、これまでの音声言語教育が目指してきた方向からの転換が必要なのか。
それは、小学校に国語科が設置された明治
33年以来、日本人が共通に理解し合える日本語をつく りあげるために、国家の政策として標準語教育を国語科の使命としてきたことに由来する。話し言葉 と書き言葉の融合や分離の試行錯誤を繰り返す中で、現代日本語が形作られてきた。国語科の歴史的 な変遷を見ると、日常的な話し言葉の生活よりも、書き言葉の読み書きに重点をおいた指導を展開し てきた。
しかし、21 世紀に必要とされる言語能力とは、「話すこと・聞くこと」「書くこと」「読むこ と」のバランスがとれた言語運用能力である。そしてグローバル化する国際社会の中で、言語を相対 化する視点をもった日本人が求められている。そのためには、日本文化と密接に結びついた日本語の 特質を理解し、日本語によるコミュニケーションの本質とは何かを体得していくことが必要であると 考える。
現在、インターネットや携帯メールなど、生活を簡便にするツールによって、言語運用について新 たな局面を迎えている。これまで私たちが、読み、書くことで伝承してきた文字言語文化を、有効に 機能させていくためにも、話し、聞くことの文化を発達させることが不可欠となっている。
そこで求められる国語科教育は、国語の規範を教える正しさ志向から脱却し、生活言語の実態を学 習対象とする音声言語教育である。生活言語の実態を学習対象とするためには、国語科教育だけでは なく、他の研究領域の知見を利用していくことが必要となる。
本研究では、音声学の分析手法を用い、日本語音声の韻律的特徴(アクセント、イントネーション、
ポーズなど)に着目した。さらに、日本語教育で培われてきた第二言語学習者への実践的知見や、日 本語学で研究されてきた日本語の文法研究の知見なども取り入れ、中等教育段階の
6年一貫音声言語 教育カリキュラムを試案として作成した。
この国語科カリキュラム試案は、1 年から
4年までの段階で、日本語音声の韻律的特徴に着目した 授業を展開し、5・6 年では、4 年までに培った日本語音声への理解を「書くこと」「読むこと」の授 業につないでいくことで、音声言語と文字言語の特質が理解されるものと想定している。1・2 年で はできるだけ体験的な学習を行い、3・4 年ではその体験を基に探究していくことができるように配 慮した。5・6 年の学習計画は、生徒の授業評価による生の声(音声の韻律的特徴を勉強することが どのように役立つのかわからない)に応えるために構想したものである。
日本語音声の韻律的特徴という、母語話者にとっては自然に習得しているがゆえに、日常的にはほ
とんど意識されない側面に着目した本実践研究は、これまでの国語科教育の中では行われてこなかっ
た実践であり、音声言語指導への新たなアプローチを提起している。今後の課題は、日本語の韻律的
特徴に着目したカリキュラムが、中等教育段階に有効であることを検証することである。
目次
はじめに ―研究の目的と方法― ・・・1
第1章 先行研究 ・・・2 第1節 野地潤家 ―音声言語指導における基本問題―
第2節 増田信一 ―音声言語教育実践史の考察―
第3節 高橋俊三 ―音声言語教育の問題点―
第4節 「聞くこと・話すこと」教育から「音声言語」教育への転換 第5節 新たな音声言語指導の必要性
第2章 問題の所在 ―「正しさ志向」からの脱却― ・・・9 第1節 音声学の提言 ―日本語音声の韻律的特徴―
第2節 心理学の提言 ―母語と標準語―
第3節 国語教育の再構築
第3章 日本語音声の韻律的特徴に着目した音声言語能力育成カリキュラム ・・・12 第1節 音声言語指導への新たなアプローチ
第2節 6 年一貫音声言語教育カリキュラム試案 (1) 中等教育学校 1 年(中学 1 年)の授業計画 (2) 中等教育学校 2 年(中学 2 年)の授業計画 (3) 中等教育学校 3 年(中学 3 年)の授業計画 (4) 中等教育学校 4 年(高校 1 年)の授業計画 (5) 中等教育学校 5 年(高校 2 年)の授業計画 (6) 中等教育学校 6 年(高校 3 年)の授業計画 第3節 韻律的特徴に着目した授業の検証
(1) 2 年「方言辞典を作る」授業の検証
(2) 3 年「日本語音声の韻律的特徴を体感する」授業の検証
① 授業内容の詳細
② 授業の検証
③ 成果と課題
おわりに ―本研究の成果と今後の課題― ・・・31
注 ・・・33
参考文献 ・・・39
はじめに ―研究の目的と方法―
本研究の目的は、国語科教育
(注1)の中で実践されてきた音声言語教育の歩みをふまえて、
中等教育段階での音声言語能力を育成するための新たな国語科カリキュラムを提示するとこ ろにある。
本研究では、明治期に国語という科目が設置されて以降、2008 (平成
20)年現在までの国語科教育の歴史的変遷の中で、音声言語教育の課題がどのように推移してきたのかを把握し た上で、今後、音声言語教育の課題解決のために、どのような方向性を志向すべきかを論じ、
これまでの音声言語教育とは違ったアプローチによる、新たな音声言語能力育成の国語科カ リキュラムの開発を目指す。
音声言語教育の通時的変遷については、主として野地潤家著『話しことば教育史研究』
(1980 年・共文社)と増田信一著『音声言語教育実践史研究』
(1994年・学芸図書)の研究成果に立脚し、歴史的な変遷をたどることとした。一方、音声言語教育の課題は、ひとり国語科教育だけの ものではなく、日常生活も含めた幅広い問題であるとの認識から、国語教育以外の研究領域 に視野を広げ、音声学や日本語教育、日本語学から課題へのアプローチを試みた。
特に、音声学における日本語音声の韻律的特徴に着目して、日常の生活言語の実態を音声 言語指導の対象とするところに、本研究が従来の国語科教育とは異なる点がある。
日常の生活言語に内省の光を当てるために、音声学の分析方法を導入した。自分が普段話 している言葉を内省するには、早い段階から耳を鍛える必要がある。しかし、言葉を分析す る方法さえ的確に指導すれば、年齢に関係なく、誰もが自らの言葉を省みることは可能にな る。
初等教育段階において、日本語音声の韻律的特徴に着目することは、これまでも実践され てきた。しかし、中等教育段階では、すでに身についているものとして顧みられることがな かった。中等教育段階で日本語音声の韻律的特徴に着目するのは、小等教育段階とはまった く違った学習のねらいや目標があり、日常の生活言語、すなわち母語の習得のための音声言 語教育ではなく、現代日本語の特質とは何かを知識として理解し、体験的な学習を通して言 語文化を体得していくためである。体験的な学習活動を行いながら、知的な理解活動に結び つけ、日本語について一定の見識を醸成するところにこそ、中等教育独自の目的がある。た とえば、音声をコンピュータソフトで分析し、音声の波形を目で見るなどの方法を取り入れ、
ポーズのもつ意味を理解し、話す・聞く活動を意識的に実践することによって、日本語の特
質を理解した母語話者を育成することができる。本論文では、そのための音声言語能力育成
の国語科カリキュラムを試案として提示し、今後の音声言語教育の課題を明らかにすること
が目的である。
第1章 先行研究
本章では、音声言語指導の課題を明らかにし、新たな提案を志向する上で、野地潤家、増 田信一、高橋俊三の
3名の論考を検討の対象として取り上げる。
野地は、『話しことば学習論』(
1974年・共文社)において、国語教育における話しことば 教育の基本問題を整理している。増田は、『音声言語教育実践史研究』において、野地の『話 しことば教育史研究』と重複しつつも、実践史に着目している。高橋は、『対話能力を磨く
-話し言葉の授業改革-』(
1993年・明治図書)において、平成元年版学習指導要領改訂で取 り上げられた音声言語指導の授業改革を、具体的な実践提案という形で明らかにした。
本章では、これらの論考をふまえて、過去の話し言葉教育(音声言語教育)
(注2)が、現在 の学習指導要領の「話すこと・聞くこと」の指導に、どのように発展継承されてきたかを概 観し、新たな音声言語指導の提案がなぜ必要と考えるに至ったかを論じる。
その上で、音声言語能力育成カリキュラムを提示することによって、本論考の新規性が自 ずと明らかになるものと考える。
第1節 野地潤家 ―音声言語指導における基本問題―
野地潤家は『話しことば教育史研究』において、明治期以降の話しことば教育の歴史を緻 密に考察している。この研究書は、明治から大正、昭和にわたる、話しことば教育がどのよ うに成立し、展開してきたか、また、どういう問題点をもっていたかについて考究している。
明治から昭和前半(1945 年)までの音声言語教育については、『話しことば教育史研究』
の成果をふまえることとし、本研究では、国語教育における音声言語教育について論じる場 合の基本問題を明確にするために、野地の『話しことば学習論』を取り上げる。
野地は、『話しことば学習論』において、話しことばの特質を「①音声の時間的線条性、
②表現の一回的発現性、③対人的直接性」によって構造づけられるとし、話し言葉の機能と しては「人間形成・社会生活にその意味作用・思考作用・通じあい(伝達)作用を軸にして、
根本的にあずかっていくことを確認した。話しことばの根本機能におもいをいたすと、それ は人間形成・社会形成・世界形成の根基にかかわっており、教育そのものの機能と軌を一に するものである」
(注3)と指摘する。
さらに、話し言葉が軽視されるのは、「主として話しことばの不満・不安定な側面に偏見 を抱きやすいからであり」
(注4)、話し言葉が重視されるのは、「主として話しことばの人間 形成・社会生活における不可欠の根本機能に着目するからである」
(注5)とする。
野地は、話し言葉の形態を次の三つに分類している。
(1)
対話(問答)
(2)
会話(討議・会議)
(3)公話(討論・講演)
野地は、「たとえば」と前置きしながらも、「もっとも基本的であり典型的であるのは、
対話形態であるとわかると、話しことば習得について、目標を立てやすく、かつ方法をくふ うすることも容易になってくる」
(注6)と、形態としては対話を重視していくことを提唱して いる。
野地の論考で確認しておかなければならないのは、「話しことばの特質」・「話しことば の機能」・「話しことばの形態」の
3点である。本研究においても、「話しことばの機能」
に挙げられている「人間形成・社会形成・世界形成」が、音声言語指導の最終課題であると いう認識に立脚して、音声の特質(日本語音声の韻律的特徴)に着目している。「話しこと ばの形態」についても、対話を重視する点は同じだが、本研究で「対話」を重視するのは、
話し言葉の音声を学習の対象とする場合、日常の生活語(方言)と標準語(共通語)の問題は 避けて通ることはできないと考えるからである。生活語と標準語の二重生活を強いられてい る日常生活の中で、話し言葉は、一人の人間の中での「対話」(内言)
(注7)が積み重ねられ て、豊かな表現が紡ぎ出されている結果と捉えている。本研究において対話を重要視するの は、以上の問題意識によるものである。
第2節 増田信一 ―音声言語教育実践史の考察―
増田信一は、『音声言語教育実践史研究』の中で、次のように述べている。
これから先の音声言語教育を本質的な意味において盛んにするためには、これまでの 実践を洗い直して、なぜ、音声言語教育の推進が重要なのかを再認識することから出発 しなくてはならない。「実践を洗い直す」ことによって、これまでの実践の意味を問い 直し、未解決な問題に対してどのように切りこんだらよいのか検討していき、新しい提 案をする必要がある。
(注8)増田が述べるように、音声言語教育の推進には、これまでの実践史の洗い直しがまず必要 であり、音声言語教育推進の必要性が明確に規定され、その上に新しい提案を試行するので なければならない。
増田は『音声言語教育実践史研究』で、1873(明治
6)年から1991(平成3)年までに出版された音声言語教育文献に当たり、音声言語教育の歴史には、「三つの山」と「二つの谷」
が見出せると、出版文献数から指摘している。
本研究では、増田が指摘する「第二の谷」(昭和
43年版学習指導要領による音声言語教育 の軽視)以降、現在までの音声言語教育を概観し、これからの音声言語教育がこれまでのも のと何がどのように違っていなければならないかを明確にする。
さて、増田は「第二の谷」について昭和
43年版学習指導要領改訂の中心人物であった森岡 健二の発言を引用することで論を進めている。森岡は、鈴木博(話しことばの会・日本放送 協会)との対談で、次のように述べている。
戦後二十余年間、話し方があれほど大事だ大事だといわれて国語教育でやってはみた
ものの、さっぱり能率があがらない、むしろ私には弊害のほうが出てきたのではないか
と思えます。これはやっぱり話し方に対する認識がまちがっているんじゃないか、方法 もまちがっているし、言語としての性格についてのとらえ方がおかしいんではないかと いう反省から、やはり国語教育では読み書きを軸にして、話し方というのは国語の時間 だけではなしに、学校生活全体のなかで習得させるべき問題であると考えたわけです。
(『国語の教育』24号、1970年・国土社)(注9)
このような考え方のもとに、昭和
43年版中学校学習指導要領では、年間授業時数の
1/10を「聞くこと・話すこと」に充当するように指示している。その後、昭和
52年版の改訂で、
中学校学習指導要領においては、「聞くこと・話すこと」を指導事項の重点からはずすこと になる。
増田は、このように進められた国の法的な規制力をもつ学習指導要領の改訂を、読書指導 の衰退の経緯に照らして、「音声言語教育が軽視された時代(昭和後期)」と位置づけたの である。
(注10)増田は、1991 (平成
3)年までの出版物を対象として音声言語教育実践史を論じているが、平成元年版学習指導要領の改訂によって、音声言語指導が普及していくのは、それ以降のこ とである。
第3節 高橋俊三 ―音声言語教育の問題点―
高橋俊三は、『対話能力を磨く-話し言葉の授業改革-』の中で、平成元年版学習指導要 領改訂時に、音声言語教育が重視されるようになるきっかけを、教育課程審議会答申の「国 語・改善の具体的事項」に言及しながら、音声言語教育の問題点を三つに集約している。
(1)
音声言語教育の前提条件
(注11) (2)音声言語教育の根本的課題
(注12) (3)音声言語教育の実際的課題
(注13)さらに、『対話能力を磨く-話し言葉の授業改革-』の中で、高橋は「聞くこと、話すこ との指導が不振であった原因」を四つ指摘している。それをまとめると、以下のようになる。
(1)
社会全般にある原因
① 活字文化を崇拝し、音声言語を軽視する風潮があった。
② 聞く・話すという行動を躾の上のこととしてとらえていた。
③ 聞く・話すという行動を、相手に対する愛情の問題としてとらえていた。
④ ことさら、聞いたり話したりさせないような訓練をしてきた
(注14)。
⑤ 児童・生徒を自閉させ、言語使用を諦めさせる社会構造ができはじめている。
(2)
国語教育界にある原因
① 国語科教師の養成や研修を担当する機関の教育活動に、音声言語能力の向上を図
る課程が欠けていた。
② 国語科教育研究の大勢が、読むことの指導に傾き、音声言語の指導に全体的な関 心が向けられなかった。
③ 音声言語による創造活動への認識が薄かった。
④ 音声言語の指導法や評価法がむずかしいため、国語の学力として位置づけること ができにくかった。
(3)
国語科の教師にある原因
① 教師自身に、音声言語能力が不足していた。
② 音声言語の実践的な指導を軽視していた。
③ 音声言語の指導法がわからなかった。
(4)
音声言語そのものにある原因
① 文字言語活動に比較して、とらえにくい活動であった。
② 相当な程度まで自然習得された。
③ 身近な言語活動であるため、知的なものでなく、努力の必要が認められなかった。
上記の指摘をした上で、高橋は具体的な活性化策として、「群読」を取り入れることや教 員養成課程の中に音声言語教育に関する講座を設定することなどを提案した。
高橋が指摘したこと(「国語科の教師にある原因」の「①教師自身に、音声言語能力が不 足していた」と「③音声言語の指導法がわからなかった」)は、音声言語教育が振るわない 原因として、2008(平成
20)年現在においても状況はそれほど変わらない。次に、昭和
43年版学習指導要領の改訂以降、平成
20年版学習指導要領改訂までのみちの りを概観する。
第4節 「聞くこと・話すこと」教育から「音声言語」教育への転換
昭和
43年版学習指導要領の「A 聞くこと・話すこと」「B 読むこと」「C 書くこと」
の領域が、昭和
52年版と平成元年版学習指導要領では、「A 表現」「B 理解」の
2領域 1「言語事項」に改められた。領域の変更によって、「話すこと」と「聞くこと」の能力が それぞれ系統化された点は評価されたが、一方で「話す・聞く」は一体的な言語活動であり、
分離を前提とした領域変更は音声言語の本質にそぐわないという批判があった。
(注15)平成元年版学習指導要領から「音声言語」という術語
(注16)が用いられるようになり、従 来用いられてきた「話しことば」に代わって教育界で一般化するところとなった。
「音声言語」教育を目指す中で、「朗読」「音読」「群読」「ディベート」「パネルディ スカッション」などの用語が、実践論文には多く見られるようになったが、これらの活動に ついては批判的な見解も示された。
市毛勝雄は、「音読のねらいは進化している」(
『教育科学国語教育』2002年6月号)で、群 読に関して、次のように厳しく批判した。
生徒をいくつかのグループに分けて、一斉に読ませたり、追いかけ読みをさせたりし
て詩の音楽的効果を楽しむのだと言う。これなどは、大人の集団が演じて生徒を感心さ
せる読み方かもしれないが、学習のための音読とは言えない。(何の学力がつくのか)
(注17)
次に、白石寿文は、「話し言葉教育の戦後
60年史」(
『朝倉国語教育講座〈3〉話し言葉の教 育』2004年・朝倉書店)で、ディベートの問題点について、次のように指摘している。
ディベートは、現在教育に導入されているが、
1906年、樋口勘次郎『話方練習』に討 論題目例として「海と陸との優劣。人間に与ふる利害の点より見るものとす」他を示し ている。戦後も大学対抗討論会でディベートが一時盛んに行われた。結局は利害から結 論づける判定に帰納することから低迷し消えていった。現在は三回目の復活である。デ ィベート甲子園などで、フォーマットを工夫するなどの改善は見られるが、国語科とし て聴取力に支えられた論理的思考育成、作戦タイムの指導、日本人と日本語に馴染まな いなどの問題点が多いと批判する見方も根強い。S・I・ハヤカワ著、大久保忠利訳『思 考と行動における言語』で二値的考え方について論じた中で「二値的考え方は闘争心を 呼び起こすが、それ以外の役に立たない。闘争以外の目的でそれを用いても、実際には 常に所期に反対の結果を得るに過ぎない」
(注18)という指摘は忘れてはいけない。
(注19)さらに、渋谷孝は、「『かなしき』音声言語指導の必要性」(
『教育科学国語教育』1994年9 月号)で、音声言語指導の必要性を認めつつも、その有効な指導方法に関して、次のように 悲観的な見解を示した。
今、音声言語指導の必要性が強調されるのは潜在的には、AとBとの間の個性的な肉 声による通じ合いの機能の復権の願いがあるからではないのか。(略)今後一人ひとり の音声言語に個性が伴うような社会的人間関係は、どのような意味と形で「復活」する 可能性があるだろうか。
(注20)平成元年版学習指導要領の改訂によって、「音声言語」教育の一層の充実が目指され、さ まざまな取組が実施されたが、必ずしもすべての実践が多くの国語教育関係者に受け入れら れたわけではない。その後、平成
10年版学習指導要領の改訂では、学校週
5日制が実施され ることに合わせて、授業時数の削減とともに教科内容のスリム化が課題となり、「生きる力」
を具現化する「総合的な学習の時間」が創設された。「総合的な学習の時間」と国語教育の 関連を図る取組の中に、一部の教員の意欲的な実践として音声言語指導が取り入れられた。
しかし、「総合的な学習の時間」は、平成
20年版学習指導要領の改訂において縮減されるこ
とになった。その背景には、OECD(経済協力開発機構)が実施した
2003(平成 15)年度 PISA調査の結果、国際比較の中で「リーディングリテラシー」の低下が取り沙汰されたこと
が指摘できる。「リーディングリテラシー」が「読解力」と訳されたことが問題を複雑にし
たが、学力低下問題への解決策として、削減された授業時間数が増やされた。概ね平成元年
版学習指導要領改訂時の授業時数に戻ったと言えるだろう。
学習指導要領改訂の変遷から見ると、 昭和
52年版学習指導要領改訂時に
2領域
1言語事項 となったものが、平成
10年版学習指導要領改訂で
3領域
1言語事項に変更されたが、その間 に音声言語教育の重要性が認識されるようになった
(注21)。文字言語の習得・活用に多くの 時間と労力を費やしてきた
(注22)国語科教育にとって、「知識基盤社会」に求められる「生 きる力」をはぐくむ、新しい教育が望まれる段階を迎えた。
第5節 新たな音声言語指導の必要性
2003(平成15)年以降、学力の低下問題がクローズアップされるようになり、その対策が
論議され、文部科学省が実施する教育課程実施状況調査や全国学力・学習状況調査の結果か ら、学力と学習意欲には関連性があることが指摘されてきた。国語については、それ以前か ら読解指導に偏重した学習指導が行われてきたことへの反省が、平成元年版学習指導要領の 改訂時に問題となり、「話すこと・聞くこと」が重視されるようになった。これは、過去の 文字言語教育偏重からの転換を意味するものでもあった。
西尾実は、『言葉とその文化』
(1947年・岩波書店)の中で、すでに次のように論じている。
さらに、われわれが、すでに発達させている読む文化が、科学にしても、哲学にして も、評論にしても、きわめて一部分の専門家か、いわゆる知識人にのみ通用し、国民の 大多数とは無関係なものになっている現状を看ると、読む文化そのものも、このままの 方向を推し進めて行けばよいとはいえないと思う。(略)かくの如き、読む文化の行き づまりは、 単なる漢字制限やかな文字化やローマ字使用だけで打開されるものではない。
そういう文字使用問題の前に、言葉の問題が横たわっており、さらに、その根底には文 化の問題が潜んでいるのだから、そうして、それは、話し言葉を発達させ、話し言葉の 文化を発達させることによってのみ、根本的に解決せられるのであるから、われわれは、
この読む文化の行きづまりを打開して、もっと全国民的な読む文化を確立させるために も、まず話し言葉の文化を開拓することが、欠くことのできない要務であることを思い 知らなくてはならぬ。
(注23)(下線は、本論文論者による)
西尾が上記のように指摘してからすでに
60年が経過した。この
60年間の国語教育の歩み は、西尾の指摘した「読む文化の行きづまりを打開」する課題に対して、果たして解決への 道をたどってきたと言えるのだろうか。
西尾が話し言葉の重要性を指摘した時代は、戦後、占領軍によって教育改革が行われてい たときであり、経験主義教育の導入や民主的な社会のためのコミュニケーションの重要性が 叫ばれたときであった。戦後の日本の教育改革について論じなければならないが、それらに ついては、本論文での中心課題ではないのでひとまず措くとして、話し言葉から音声言語へ と変遷してきた経過の中で、成果と課題を明確に規定しなくては先への展望は開けない。
「対話」「会話」「公話」などの授業形態や、「群読」「ディベート」「ディスカッショ
ン」などの指導技術など、豊かな実践がこの間行われてきた。しかし、これらの実践経験が、
日本文化の礎である日本語の特質を理解することにつながってきたのだろうかという疑念が ある。すなわち、日本語の特質を理解する手立てを系統化して学習指導してきたとは言えな いのではないかということである。これまでの音声言語教育研究は、発達段階に応じて身に つけるべき能力を明らかにしてきたが、知識・理解面での定着を促す学習展開へと発展させ てこなかったと考えている。
初等教育段階での「話すこと・聞くこと」の経験が、中等教育段階では、知識・理解面で 総合化される必要がある。これまでの実践を見ると、中等教育後期(高等学校)段階では、
より高度な「ディベート」や「ディスカッション」が実践されてきた。しかし、日本語の本 質に迫る学習が不足していたと考える。それは、音声言語の指導を国語教育の枠の中でしか 考えてこなかったためである。これからの課題は、国語教育以外の学問研究の成果もふまえ て、日本語とはどのような言語か、日本語の特質は何か、音声言語教育と文字言語教育の関 連はどのように図るべきかなど、国語科教員自身が課題解決のための認識を新たにして、実 践指導していかなければならない。国語科教育のめざすべき本質は、言語の教育にあるとす るならば、技能面の熟達だけではなく、学習者が言語文化そのものの高みに立つような教育 が求められているはずである。そのためには、他領域の研究成果に学ぶ必要がある。
以上が、他領域の研究に学びながら国語教育の再構築をめざす必要があると考える所以で
ある。
第2章 問題の所在 ―「正しさ志向」からの脱却―
第1節 音声学の提言 ―日本語音声の韻律的特徴―
1989(平成元)年から 1993(平成 5)年までの 5 年間、平成元年版学習指導要領の改訂と 同時期に、文部省重点領域研究「日本語音声における韻律的特徴の実態とその教育に関する 総合的研究」(
領域研究代表者杉藤美代子)が、人文系と自然科学系の研究者の共同研究によっ て実施された。その成果物の一つに、『日本語音声の研究』
(全 7 巻)があり、その一巻であ る『教育への提言』(
杉藤美代子著・1999 年・和泉書院)の中で、杉藤は「現在、日本の大きな 課題は教育問題である。その中で我々が日々使っている日本語(国語)の音声言語の教育が 急務となっている。従来、国語は文字という固定観念が根強く、話し言葉を不完全なものと して軽視する傾向があった。これを『音声言語』として教育で扱うことになると、具体的な 方法が把握できないままに議論が先行することになりやすい。が、ここで必要なのは我々が 話し聞く具体的な音声言語そのものへの理解であると思う。」
(注 24)と指摘している。
杉藤らによる文部省重点領域研究の「韻律的特徴」とは、アクセント、イントネーション、
ポーズ、リズムなどを指す。国語教育における音声言語指導でも、これらは基礎的な指導事 項として挙げられてきた。
しかし、これまでの国語教育では、かくあるべしとする正しい言葉の活用に主眼がおかれ、
音声言語の実態から出発するような学習活動は行われてこなかった
(注 25)。明治期以降、近 代国家建設のために、国語教育ではある程度規範性を重んじなければならなかったことは理 解できる。ただ、戦後 60 年以上経った現在においても、正しい発音、正しいアクセントなど の「正しさ志向」から脱却できないでいるところに問題がある
(注 26)。さらに、科学技術の 発展によって、音声がコンピュータ解析し視覚化できるようになるなど、言語研究が進んで きたにもかかわらず、国語教育にはその知見がほとんど取り入れられていない。具体的には、
朗読の際、ポーズの長さを測ることで、感情を込めて朗読するとはどのように読むことかが 指導できるし、語尾のイントネーションの違いによって伝える内容が変化することなど、音 声研究の成果を用いることで、音声を「目で見て確認しながら」学習することができるよう になってきた。
音声言語教育の重要性が指摘されても、音声学や日本語教育等と連携して、具体的な音声 言語指導の方策を講じてこなかったというのが現在の私の認識である。
具体的な方策が講じられなかった理由としては、杉藤が指摘するように、韻律的特徴につ いての具体的な指導方法が把握されていなかったからである。あるいは、国語の授業でコン ピュータを使うことへの忌避感が指導者側にあったこともその原因の一つである。 さらには、
国語教育と音声学等の他領域の学問をまたぐ必要性が指導者に理解されてこなかったからで
ある。そのことは、教員養成のあり方に問題があったとも換言できる。高橋が前掲の『対話
能力を磨く-話し言葉の授業改革-』で、「(2)国語教育界にある原因 ①国語科教師の養成
や研修を担当する機関の教育活動に、音声言語能力の向上を図る課程が欠けていた」(本論
文
p.4参照)と指摘したとおりである。
第2節 心理学の提言 ―母語と標準語―
これからの音声言語教育を模索する上で、岡本夏木の指摘が重要である。
「母語と標準語」について、岡本は「後者が前者を浸食するかたちにおいてではなく、子 どもがそれらの二重言語の使用者として生きるように育てるための教育方法の実質的な確立 の時期に来ているのではないか」
(注 27)と指摘し、さらに「幼少期に生活の中で身につける 母語や方言は不完全で誤り多き歪んだ日本語であり、学校において学ぶ標準語が、完全で正 しく美しい日本語であるとのかたちでとらえられることになりやすい。そこでは、母語や方 言から少しでも早期に脱却することが歓迎され、母語や方言にこめられた自我感情や内言性 は放棄され空洞化して、標準語のばっこだけが子どもの生活を占めてくることになりかねな い」
(注 28)(
『ことばと発達』1985 年・岩波新書)と指摘する。
岡本のいうように、子どもを二重言語の使用者として育てようとするならば、話し言葉の 音声に着目して、標準語(共通語)と自らの生活語(方言)の特徴を理解し、どちらが優れ ているかではなく、それぞれの言葉を相対化する視点をもたせることが必要である。
また、母語や方言という自己と密接に結びついた言葉を尊重できる態度を育てていかなけ れば、言語と切り離しがたく結びついた文化を尊重できる人間の育成は望めない。
第3節 国語教育の再構築
音声学や心理学などの研究成果の恩恵を受けながら、音声言語教育への新たな切り口を模 索するとき、国語教育の再構築を目指さねばならないことに思い至る。
白石寿文は、「生活ことばから照射する言葉の教育」
(『国語科教育学研究の成果と課題』全国 大学国語教育学会編・2002 年・明治図書)の中で、次のように指摘した。
方言が、矯正を求める訛語・俚言とか中央に対する地方語・地域語という術語ではな く、個人に視点を置く生活語・日常語・日常会話・ふだんの話しことば・自分のことば、
など、個人の毎日の生活と密着させた呼び方で、国語教室に導入され、教科書中心で共 通語・標準語本位の授業に改善を、と動いてはいる。
(注 29)白石は、上記のように改善を認めつつも、2001(平成 8)年の段階で約 15 年前の岡本の著 書『ことばと発達』の提言を引用し、母語と標準語の問題は未解決として、「今もなお重く 存在する」と指摘した。
府川源一郎は、『「国語」教育の可能性』
(府川源一郎著・1995 年・教育出版)の中で、次の ように述べている。
筆者が強調したいのは、ことばの世界を、ある観点から見直したとき、それまでとは
異った様相が見えてくることの喜びを、学習を進めていく原動力にすることの重要性で
ある。ここではそうした体験を、「ことばの発見」と称した。とすれば、国語の教師が
しなければならないことは、学習者の持っている言語情報を的確に把握し、それを変換
する装置としてのテクスト(「言語の学習」の場合は、言語それ自体)を媒介にして、
様々なコードを組織的に交流し、学習者自身をことばの発見へと導くような場の設定の 工夫であろう。(略)学習者の内側に「ことばの発見」体験が生まれなければ、国語学 習は成立しないということである。その意味で「ことばを通してことばを発見する」こ とが、国語科教育の目的である、というのが、ここまでの筆者の結論である。
(注30)府川の指摘は、「実際の学習の場においては、今までの知識や理解を新たな角度から照ら し出すような学習上の仕掛けが必要」であるということと、「ことばの世界を、ある観点か ら見直したとき、それまでとは異った様相が見えてくることの喜びを、学習を進めていく原 動力にすること」が重要であるというのである。
言語実態を学習対象とするためには、国語教育がこれまで目指してきた音声言語教育とは 違ったアプローチが必要となる。なぜなら、これまでの国語教育は、生活言語の実態を観察 するのではなく、言葉のあるべき姿を教えることに執心してきたからである。
私が目指す音声言語指導は、生活言語の実態を音声学の分析手法によって科学的に捉え、
日本語の特質を理解し、日常的に使っていてあまり意識しない生活語に内省の光を当てて、
顕在化させることにある。コミュニケーションの場にあって、話すときに何に留意し、聞く ときに何が求められているのかを、日常のコミュニケーションの実態から探っていこうとし ている。そこでは、正しい話し方や正しい聞き方などの正しさ志向が求められているのでは なく、どのように自分は話しているのか、どのように自分は相手の話を聞いているのか、あ るいはコミュニケーションの場そのものを俯瞰した場合に何が見えてくるのかを、学習する ことこそ必要とされているのである。
国語科教育の本質は、言語の教育
(注31)にあると言われて久しい。国語科教育が言語の教 育となるためには、言語使用の実態から出発するよりほかに改善の道はない。その上で、心 情を豊かにし、ものの見方や考え方を深め、日本語の運用能力を育成していくことである。
そして日本語の成り立ちやしくみに興味や関心を持たせ、他の言語と比較しながら異質な他 者(人間だけに限らず文化や言語もふくむ)との出会いを通して、日本の言語文化の独自性 に気づかせることが国語科の使命であると考える。国語教育の中で行われてきた音声言語教 育を、音声学や日本語教育と結びつけることで、日本語の成り立ちやしくみに興味や関心を 持たせられる可能性がさらに広がる。
次章では、音声学の研究によって得られた知見に基づく具体的な実践事例を提起するとと
もに、中等教育段階に求められる音声言語教育カリキュラムを試案として示す。
第3章 日本語音声の韻律的特徴に着目した音声言語能力育成カリキュラム
第1節 音声言語指導への新たなアプローチ
日本語教育では、日本語音声の韻律的特徴に着目させるという指導が行われてきたが、国 語教育において、 日常的に使っている母語の韻律的特徴を母語話者に教える意味があるのか、
という批判が想定される。その批判に対して次の二つの問いを提起する。
(1) 母語の音声言語教育を自然習得に任せておざなりにしてきたのではないか。
(2) 科学技術が進化し、多様な価値観が共有されなければならない現代社会において、言 語を相対化する視点をどのようにして自覚させるか。
母語であるがゆえに、音声言語が自然習得されているのは当たり前である。しかし、アク セント一つとって考えてみても、「あめ」「くも」「はし」などのアクセントを明瞭に説明 できる日本人が何人いるであろうか。日本語の標準語アクセントは明確に規定されているの かと、日本語学習者(日本語を母語としない人たち)に質問されたとき、日本語母語話者は どのように答えるのだろうか。単語のアクセントや文のイントネーション、プロミネンス、
ポーズなど、日本語音声の韻律的特徴については自然習得に任せて、知的な理解を促しては こなかった。
また、言語を相対化するとは、たとえば日本語を西洋の言語と比べて劣った言語と見たり、
日本語こそが優れた言語として絶対視したりしない視点を獲得することである。日本語には 日本の文化を背景とした文法構造があり、 英語には英語文化圏を背景とした文法構造がある。
それぞれの言語には、それぞれの特徴があり、ある言語と他の言語とには対等の関係こそあ れ、優劣はない。しかし、言語間の優劣意識から抜け出せないことが歴史的に繰り返されて きた。
(注 32)上記の二つの問いに答えるための音声言語教育のあり方を構想し、音声言語指導への新た なアプローチを試行錯誤する中で、母語(日本語)の韻律的特徴を分析する学習指導を、国 語科音声言語能力育成カリキュラムに導入した。
第2節 6 年一貫音声言語教育カリキュラム試案
次に示す表が、私が考える 6 年一貫音声言語教育カリキュラム試案である。
本カリキュラム試案は、日本語音声の韻律的特徴を分析することで、日本語に対する知識
・理解の面から「音声言語能力」が育成できると想定した構成をとっている。カリキュラム
「試案」としたのは、私が勤務する奈良女子大学附属中等教育学校での実践を分節化して作
成したものであり、構想の段階にあるものを含んでいるからである。
【6 年一貫音声言語教育カリキュラム試案】
学年 学習内容 知識・理解の系統化
1 年 ★方言の口まね 日本語の多様性を理解する
2 年 ★方言辞典の作成 日本語(語彙)の地域差・世代差を理解する 3 年 ★日本語音声の特質 日本語の韻律的特徴を理解する
4 年 音声文法辞典の作成 日本語の韻律的特徴と文法の結びつきを理解する 5 年 ☆国家と言語の関係 多文化・多言語社会を理解する
6 年 ☆現代日本語の課題 日本語の歴史を理解する
* 1~3 年が前期課程(中学)、4~6 年が後期課程(高校)のことである。
* 1~4 年までが日本語音声の韻律的特徴に着目した実践である。
* 5・6 年に関しては、1~4 年で培った音声や言語に関する知識を、「書くこと」と「読むこと」につなぐ実 践である。
*
上記表中の★印は、すでに実践済みの学習内容であり、☆印は一部実践済みであることを示す。次に 1 年から 6 年までの授業計画の詳細を示す。日本語音声の韻律的特徴に着目する授業 は、4 年までにまとめた。5・6 年は、4 年までに獲得した日本語音声に関する理解の上に、
「書くこと」と「読むこと」の授業を配置した。
6 年一貫音声言語教育カリキュラムを構想するとき、1・2 年次は体験的な学習、3・4 年次
は探究的な学習、5・6 年次は発展的な学習と分節化した。このように分節化して指導するこ
とで、音声言語と文字言語の特質が理解され、それぞれが密接に結びつき、体験的な学習が
知識・理解の深化を促すものと考える。
(1) 中等教育学校 1 年(中学 1 年)の授業計画
□1年「方言の口まねをしてみよう」(全 10 時間)
(注 33)時 学習内容・活動 指導事項
1 1 導入
2 ある一定の規則によって解読できることを知る 3 東北方言(ズーズー弁)の口まね練習をする 4 本時のまとめ
1 沖縄方言を聞き取らせる 2 中舌母音を練習させる
3 それぞれの方言には一定の規則や発音の仕方があることを 理解させることによって、方言に興味を持ち言葉を探索して いく意欲を持たせる
2 1 方言テープによって、方言の聞き取りと文字起 こしを行う
2 方言の音声を文字(カタカナ)でノートに再現 する
3 音声を文字にする際に気づいたことを発表する
1 青森の方言を聞き取らせる 2 宮城の方言を聞き取らせる
3 共通語(あるいは宮崎の言葉)に換えさせる 4 新潟・石川の方言を書き取らせる
5 音声を文字化するためには聴くことが重要であることを体 験的に理解させる
6 音声を文字化することの難しさを理解させ、口まねする時 にはそのことに留意させる
3 1 グループ別に課題(方言)のテープを聴く 2 各自が資料を見ながら口まねする 3 二人ペアになって口まねする 4 グループ内で口まねの発表をし合う
1 方言テープを聴くときに文字化資料も配付する
2 口まねをするためには聴くことの大切さを思い起こさせる 3 グループは8人を基本として5グループとする
4 各自が資料を見ながら口まねする際、文字化資料と音声の 違いをどう表現したらよいか考えさせ、メモさせておく
4 1 方言の特徴を話し合う 2 口まねのコツを発表する 3 グループ内の役割分担をする 4 発表の仕方を考える
1 口まねの際、各自が工夫したことを出し合い、よりよい発 表になるよう促す
2 必要に応じてテープを聴き直し、方言の特徴についてグル ープの考えをまとめるように指示する
3 役割として、司会進行役(1名)・口まね発表者(2名)
・説明係(2名)・方言の特徴まとめ係(3名)に割り振り 発表の仕方を相談させる
5 1 発表の工夫をする 2 口まねの練習をする
1 模造紙・画用紙を配付し、遠隔交流授業の発表にふさわし い工夫をさせる
6 1 グループごとにリハーサルを行う 2 自己評価を記入する
1 グループ内の役割分担を確認し、必ず全員が発言できるよ う配慮する
2 方言の特徴や口まねについてグループ内の全員の意思疎通 を確認する
3 グループ内で個人評価させる 7
8
1 クラス内にてリハーサル発表会を開く 2 他グループの発表から気づいたことをメモし、
発表する
1 優秀なグループを選抜する
2 相互評価をすることで、方言の特徴をまとめさせる 3 1グループ10分を目安とする
9 10
1 テレビ会議を通して発表会を開く 2 相互評価をかく・感想をのべる
1 テレビ会議用リテラシーに留意させる
1 年「方言の口まねをしてみよう」の授業のポイントは、さまざまな方言を聞き取らせて、
日本語の多様性を体験的に理解させるところにある。方言テープ(『全国方言資料』日本放 送協会編)を準備し、方言音声を聞き取って文字化する作業をさせる中で、音声を完全に文 字化することが困難なことを理解させるものである。すなわち、音声言語と文字言語の違い を知識として覚えるのではなく、体験的に習得させるのである。この聞き取りの過程で、「聞 く」ということがいかに難しいことかが理解されていくことになる。
さらに、口まねをする段階で、口腔内の舌の動きを意識させ、顎や唇の動きに着目させる。
このことで音声の韻律的特徴を内省させる契機とする。
1 年次の段階では、方言の特徴を、口まねによって得られた経験知から取り出すことが重 要なのであって、音声研究や方言研究の専門的知見を与えるところにはない。しかし、ここ で東北方言の口まねをした経験が、6 年次の「現代日本語を考える」授業(「明治の〈国語〉
づくりと標準語」)を学習する際に、「イエスシ読本」が国定教科書として登場する理由を 理解するのに役立つこととなる。
また、日本各地の方言を口まねすることで、日本語の多様性を体験し、ひいては自分の話 している言葉への関心をもたせることができる。現代日本語がどのようにして形成されてき たかを、追体験する契機を与えることでもある。標準語対自分の生活語ではなく、多様な方 言が混在した中で、 日本人がどのようにして共通に理解できる日本語を作り上げてきたかが、
身を持って理解されることになる。
(2) 中等教育学校 2 年(中学 2 年)の授業計画
□2年「方言辞典を作る」(全 12 時間)
(注 34)時 学習内容・活動 指導事項
1 1 導入
2 共通語五十音別宮崎(奈良)方言一覧表を作成する 3 本時のまとめ
1 既習の口語文法を確認させる
2 グループ別に宮崎方言(奈良方言)の一覧表を完成 させる
3 それぞれの言葉の使用例を作成させる 2 1 アクセント表を各自が作成する
2 表を完成したものから気づいたことをメモする 3 本時のまとめ
1 指導者がアクセントの例を示す 2 各自のアクセントを記入させる
3 気づいたことを共有できるように配慮する 3 1 活用表を完成する
2 クラスで活用表の確認をする 3 本時のまとめ
1 個々人の活用の違いを共有させる 2 共通語の口語文法との違いを意識させる
4
5
1 方言辞典作成のために、語彙と例文、活用表をデジタル 化する
1 語彙、例文、活用表の入力を分担させる 2 指導者がデータの併合を行う
3 複数の語彙や活用の検討をさせる 6 1 グループ別にアクセント表を完成する
2 担当箇所のアクセントを発表する 3 アクセント表を完成する
1 グループ別に担当箇所を決めて、適否の検証をさせ る
2 各自のアクセントをクラスで共有し、適否の検証を させる
3 アクセントのゆれについて検討させる 7 1 語彙、例文、活用表、アクセント表の確認をする
2 「次の文章を宮崎方言に訳してみよう」の正解(数例)
を作成する 3 正解を音読する
1 方言辞典のデータの確認と訂正をさせる 2 方言に訳す場合、正解を数例作らせる
8
9
1 「奈良方言辞典」と「宮崎方言辞典」の比較をし、違い について発表する
1 グループ別に担当箇所を決めて、違いについてまと めさせる
2 奈良方言に訳す場合のポイントをクラスで共有さ せる
10 1 「次の文章を奈良方言に訳してみよう」を各自考える 2 クラスで正解と思われるものを数例作る
3 その正解を音読する
1 「奈良方言辞典」を参考に訳させる
2 各自の訳を発表させ比較し、正解例を作らせる 3 奈良方言らしく音読させる
11 12
1 テレビ会議を通して発表会を開く 2 相互評価を書く・感想を述べる
1 テレビ会議用リテラシーに留意させる
2 年「方言辞典を作る」授業のポイントは、単なる方言集めではなく、方言の中に含まれ る韻律的特徴に気づかせ、自分の日常話している言葉に内省の視点を当てさせるところにあ る。
アクセント辞典には載っていない、独自のアクセント表を完成させていくとき、単語アク セントと文アクセントの微妙な変化に気づくことができる。そのことによって、言葉を固定 したものと捉えるのではなく、動的な実態として捉える視点を与えることができる。また、
自分のアクセントを内省することから、自分の話している言葉の地域性に気づくことにもな る。
さらに、本実践は、方言を収集する活動を通して、言語の世代差を意識させ、宮崎と奈良 の方言を比較することによって、言語の地域差を考えさせることになる。言語を通時的に捉 えると同時に、共時的に捉える視点を与え、多様な視点から分析することの重要性を理解さ せることにつながる。
(3) 中等教育学校 3 年(中学 3 年)の授業計画
□3年「日本語音声の韻律的特徴を体感する」(全 14 時間)
(注 35)時 学習内容・活動 指導事項
1 1分間スピーチに挑戦する 1 各自にスピーチ原稿で練習させる
2 4~5名のグループでスピーチさせ、評価させる
3 グループの代表者に全員の前でスピーチさせる 4 ふり返りのまとめをさせる
2 1分間に話している文字数を数える 1 1分間スピーチの原稿から文字数を数えさせる 2 ラジオニュースを聞き取らせ、文字数を数えさせる 3 講演会話者の文字数を数えさせる
4 1分間に話す文字数についての個人差を理解させる
3 プロと小学生の朗読音声から考える 1 プロと小学生の朗読を聞き比べ、5つの観点に答えさせる 2 朗読を発話時間とポーズの時間に分けて、その関係を分析させる 3 各自の分析結果を発表させる
4 ポーズの不思議に気付かせる
4 ポーズの不思議を体感する 1 ポーズ除去の音声と圧縮音声を聞き取らせる 2 気付いたことをまとめて発表させる
3 元の音声を聞かせ、ポーズの役割を考えさせる
4 話し手と聞き手にとって、ポーズとはどのような役割を果たしているか を理解させる
5 音声波形の違いから音読の特徴を知る
*「SUGI Speech Analyzer」の音声波形
1 二つの意味に取れる文の読みを工夫させる 2 分数の計算式を読み分けさせる
3 音声波形を目で見、分析させる
4 ピッチ曲線から意味の違いが生じる理由を理解させる
6 早口言葉をとちるわけについて考える
*「声の曼荼羅」より引用
1 早口言葉を練習し、間違えるところをチェックさせる 2 早口言葉をローマ字に変換させて考えさせる 3 なぜとちるのか理由を考えさせる
4 各自の考えを発表させる
5 MRI画像を視聴させる
7 母音と子音のはたらきを体感する 1 母音をリアルタイムフォルマントで確認させる 2 「SUGI Speech Analyzer」で子音の長さを体感させる 3 五十音図の配列の法則性に気付かせる
4 調音作用について理解させる
8 効果的な語りの技術を分析する 1 プロの読みを聞かせ、どのような工夫がなされているか分析させる 2 各自に朗読の練習をさせる
9 10 11
朗読劇に挑戦する 1 朗読する台本をグループで選定させる 2 グループで輪読し、役割分担させる 3 効果的な朗読の工夫をさせる
4 グループで練習させる
5 全員の前で発表させ、相互評価させる
6 ビデオを見ながらふり返り、韻律的特徴について意識させる 12
13 14
プレゼンテーションの基本を知り、ポス ターセッションに挑戦する
1 2分間でポスター発表するための準備をさせる
2 これまでの音声言語授業で学習した内容を実践する場として意識させ る
3 ポスターセッションの場にて発表させ、相互評価させる