目 次 はじめに 一, 日本人の心 二, 日本人の表情
1, 視線と挨拶 2, 視線と笑顔 3, 哭と泣
三, 日本人の言語表現 おわりに
はじめに
近二十年来の中国社会の改革開放政策は, 経済の発展をうながしたばかりか, 一般民衆と諸外国と の接触の機会も増大させることになった。 筆者の勤める大学でも年の夏, 中国の友好大学の教員 と学生の訪問を受け, 両大学の交流会が催された。 この時, 中国人学生の会話を何気なく耳にした筆 者は, 遙か昔の過ぎ去った記憶を思い起こすとともに, 若者の鋭い観察力に感服せざるを得なかった。
その話とは, こうである。
歓迎のセレモニーが講堂で行われ, 両国の教員と学生はそれぞれ両側に分かれて席に着き, 中央の ステージの上には高々と 「熱烈歓迎○○大学訪問我校 (○○大学の我校訪問を熱烈に歓迎する)」 と いう幕が掛かっていた。 セレモニーが終わり, 講堂を出ようとした時, ある中国人学生が傍の学生に こっそりとつぶやいた。
「何が熱烈歓迎だ。 みんな何の表情もないじゃないか」。
筆者が振り向くと, 彼らはすぐに口を噤んだ。 筆者としては, 今回の行事に大学側がかなりの精力 を費やしたことを知っており, いささか残念な気持ちになると同時に, かつて自分自身も来日当時に 同様の感覚を抱いたことを, 否がおうでも思い出したわけだ。
日本人には自然な表情であるものが, 日本に到着して二日も経たない当の学生には, ある種の冷淡 な 「無表情」 に映る。 こうした感覚の落差は, いったいどこから生まれるのだろうか。 今後, 国際社
心・体表現から見た 「間」 の論理
分割思想と日本人 (その6)
王
ワン
霜
シャン
媚
メイ
会の一員として, 外国の様々なレベルとの交流が活発化するにつれ, 日本社会では自然な現象・行為 であるものが, 外の世界の者には不思議に思えることも増えるに違いない。 特に日本社会の 「間
ま
」 の 構造下で形成された一部の心態と行為は, 「間」 外の人が理解するのは容易なことではない。 本論は
「人間」 「仲間」 「世間」 の各種の 「間」 を取り上げ, 中国人の観点と体験からこの問題を検討するこ とを目的とする。
一, 日本人の心
日本語では, 「大和こころ」 「日本人のこころ」 等の言い方で, 日本人全体の心態, 感性あるいは文 化を表現する。 一般の日本人はこれらの言葉に決して違和感を持つことはないし, 逆に日本人の一体 感を喚起さえするだろう。 しかし, もし上の意味を中国語で表現した時, 「漢心」 「中国人的心」 とい う言葉は, 中国語の意味からいっても不自然である1)。 中国語の 「心」 は特別の説明がない限り 「個 人」 の 「心」 を指しており, 集団を含意する 「漢」 「中国人」 と個人を表す 「心」 という言葉とは, いっしょに使用することはほとんど不可能であるからだ。
一方, 「日本人のこころ」 は上に述べたように集団の心理を表している。 異なった文化背景と社会 構造のもと, 日本語の 「こころ」 と中国語の 「心」 の意味は, 全く違ったものになってしまったので ある。 それゆえ日本人の心を観察するには, 個人そのものよりは集団の中で示された個人の心態を分 析する方が, 日本社会と日本人の 「こころ」 の特徴をより明瞭に把握できるであろう。
「心」 を個人の問題と見る中国社会では, 「心」 に関する問題は, 二千年来の議論の主題であった。
中国社会で極めて大きな影響力を持つ儒家思想は, 仁義礼智を人類が生まれながらに具有する良知良 能だとしており, 孟子の性善説はこれに基づいている。 性善説では, 人の行為が仁義礼智の範囲を越 えるのは, 良知良能を主宰する 「心」 が一方に放置 (放心) されたからだと見る。
個人の行為を仁義礼智の準則に合致させようとする時, まずはその 「放心」 状態からの回復を求め るのも, そのためである。 孟子の主張する 「仁は人の心なり。 義は人の路なり。 その路を捨てて由ら ず, その心を放ちて求めるを知らず, 哀しいかな2)」 とは, いかに本源的に具有する 「良」 心を取り 戻すかということであり, ここでの孟子の議論は, 「個人」 の 「良」 心の問題なのだ。
しかし, これらの生まれながらに備わる良知良能の 「仁・義」 は, 「性相近し, 習い相遠き ( 論語 陽貨篇)」 状況下では, 必然的に変化せざるを得ない。 もともと天生の 「性」 「心」 には個人差がなく とも, 後天的な学習環境の異同によって個人の行為の差異を作り上げてしまう。 「性」 善を肯定する 儒家学説では, 人の 「心」 と 「性」 の主な問題は, いかにしてそれを 「性」 善, 良 「心」 なる状況に 戻すかということであった。 これがすなわち, 孟子が一再ならず強調した 「放心」 からの回復である。
そのために儒家が提出した一つの解決法こそ 「反省」 に他ならない。 「一日に三たび省みる」, つまり 一日の内, 自己の行為に対して三回観察を行う。 良 「心」 と 「性」 善の状態を保持するために, 毎日
「心」 と 「性」 に対する注意と鍛錬が求められたのである。
儒家の 「心」 と 「性」 への要求は, このように厳格なものであった。 ただし, 個人の行動が自分自 身の良 「心」 の基準に符合する時, すなわち 「心に問いて愧なき」 状況下では, かえってそれを実践
するように奨励するのも儒家である。 曾子の言う 「自らかえりみて縮なおくんば, 千万人といえども吾往 かん3)」 とは, 行為の準則を自己の 「良心」 で判断した一つの例である。
中国社会で肯定されるこの種の行為は, 日本社会の 「間」 の論理から見れば, 「我侭 (わがまま)」
な行為とみなされるかもしれない。 日本語の 「わがまま」 に相当する中国語の訳語を見つけるのはな かなか困難である。 というのが, 中国人は 「わがまま」 な行為も, 良心および一般的な 「情理」 に反 しない限り, 何ら非難されるべき行為ではないと考えるからだ。 中国社会で非難を受けるのは上述の ような 「放心」 の行為であり, 「心」 「性」 を放任して, 鍛錬・反省しないことこそ非難に値するもの である。 多くの日中辞典は, 「わがまま」 を 「任性 (性に任せる)」 と訳しており, 「任性」 と 「放心」
の意味は互いに近い。 中国人の目から見れば, それらの良知良能から逸脱した行為こそ, 非難の対象 であるわけだ。
分かりやすくいえば, 中国人は自己の良心に反しないように気を付け, 日本人は個人の行動を突出 させないように注意する。 我々は卑近な例からも, 日本人のこの種の心性を観察することができるだ ろう。
日本のバスや電車には常に幾つかの特別席が設けられ, 色を区別した上で 「優先席」 と表示されて いる。 このようにしなければ, 日本の老弱者たちは座れないかのようである。 じじつ優先席が生まれ た背景には, 日本人に席を譲る習慣のないことも多分に関係しているように思われる。 日本人にとり, 衆人環視の中で他人に席を譲ることは必ずしも容易なことではない。 自分自身は譲りたくても, 他人 の視線を気にするあまり, たびたび譲る機会を失してしまったとはよく聞く話だ。 特に席を譲っても, 相手は通常一旦辞退した上で席に着くため, かえって自分の行動が目立ってしまう。 バスや電車のよ うな公衆の面前で, 自分の行動を突出させるのは, 日本人にはいささか勇気を要することなのだ。
大混雑の車中にあって, 優先席だけが空いていることも珍しくはなく, 明確な規則に対しては, 日 本人は疑うこともなく遵守する傾向にある。 しかし, 自分の個別の行動となると, たとえそれが良い 行いであろうとも, 周囲の人の反応を気遣ってともすれば躊躇してしまう。 つまり日本人は潜在的に, 事の善し悪しを必ずしも行動の指標とはせず, 行動前にはむしろ周囲の反応をこそ重要な判断条件と するのである。 極端な例を挙げれば, 「赤信号みんなで渡ればこわくない」 との発想も, 同様の心理 に出るものだろう。 自分自身, 正しくないと認識していても, 周囲の人と行動が一致すれば肯定的な 価値すら得てしまうわけだ。
それゆえ, 外国人には不思議に思える日本人の行動も, 個人の内心に出たものとは限らず, 「仲間」
や 「世間」 など他人の考えを考慮して, そうせざるを得なかった行動であることが多い。 われわれが よく目にするのは, 不幸に遭遇した被害者に対し, マスコミが習慣的に次のような質問をする場面で ある。
「今の感想は?心境は?」
外国人の感覚からすれば, この類の質問は残酷以外の何物でもない。 しかし質問された被害者は個 人の悲哀を抑えて, 真正面からこの質問に答えている。 実際, この種の社会的ニュースは, マスコミ も被害者も 「世間の目」 に対して極端に過敏にならざるを得ない。 マスコミは自身を社会大衆の代弁
者と考えており, 質問の内容はさておき, 「世間の目」 を意識した仕事人の立場に立っている。 この 場合, 個人の内心の感覚は二義的な事柄でしかない。 被害者が個人の感情を抑制してこの堪え難い質 問に答えるのも, 同様の心理に出るものである。 質問する側と質問される側にとり, 重要なのは何を 聞きたいのか, あるいは何を答えたいのかではなく, 大衆の心理を推し量り大衆の心理に従って問答 することなのである。
日本人は 「世間の目」 ばかりか 「仲間の目」 もたえず意識している。 筆者にはある西洋人の友人が おり, その夫は日本人だが, 夫の弟の妻 (義妹) の行動が全く理解できないという。 彼女の話によれ ば, この義妹は日頃は非常に親切なのだが, 家族が一堂に会した時にはその態度がよそよそしくなり, 極力彼女との接触を避けようとするらしい。 友人が分からないのは, 結局どちらの態度が真実なのか ということだ。
実はこの義妹が家族の集まった時に友人に冷淡になるのは, 他人の視線を憚り, 家族の中で突出し た行動を取りたくないからだと考えれば, 理解しやすい。 日本社会では, 日本人は本能的に 「間」 内 の他の成員の心態に合わせて行動する。 このような行為に対して, 日本人自身は決して違和感を感じ ることはない。 しかし外国人には前後不連続の行為と映り, 適切な説明と解釈がなければ常に誤解を 生んでしまう。
また, 日本人が好んで口にする 「一丸となる」 という言葉も, 「一丸」 という字面から分析すれば,
「間」 内の人に 「無我」 あるいは 「没我」 を要求することだろう。 「無我」 「没我」 の状況のもとでは, 個人の気持ちは常に 「大我」 の認めた行動の後ろに隠蔽されるため, そこでの一致した行動が個人の 気持に出るものか否かを判断することは極めて難しい。 当然のことながら, 個人の関心も 「間」 内を 主としたものになるだろう。
海外での事故の報道に際し, われわれが常に目にするマスコミの最初の仕事は, そこに日本人が含 まれているか否かを確認することである。 もし日本人が含まれていなければ, その事故は 「一件落着」
し, 一般の視聴者もそれで安心する。 外国人はこのような報道を見るたびに, 日本人は日本人以外の 犠牲者に全く関心がないのかと疑問を抱いてしまう。 数十年来, この種の報道情況にいささかの変化 もないのは, 不思議といえば不思議なことである。
報道機関は視聴者が日本人の安否にしか関心がないと思い, このような類型的な報道を行っている のか。 あるいはこれが報道機関内での一種の 「決まり」 なのか。 われわれには知るすべがない。 ただ, このような報道が久しく続いている現実は, 外国人に対して容易に次のような印象を持たせることに なるだろう。 つまり, たとえ国際化した今日でも, 日本人は依然として習慣的に人間関係を 「間」 内 と 「間」 外に分割し, 「間」 内に対する関心は高いが, 「間」 外にはほとんど関心がないということを。
もっとも, われわれは同時に次のようなことも知っている。 「間」 はゴムと同様, 伸縮自在で, 拡 大することもできれば縮小することもできる。 また 「瞬間湯沸し器」 のように, その需要に応じて短 時間で成立も解散もできることを4)。 「間」 の伸縮と拡大, 成立と消滅にしたがい, 日本人の相手に 対する人間関係も変化する。 異なった時間, 異なった状況にあって, 互いに 「同心」 の 「間」 内の成 員になったり, 「間」 外の他人になったりするわけだ。 「間」 の有無, 消長により, 日本人の態度は変
化するということなのである。 「間」 の構造下で生活したことのない外国人は, これら瞬間的に転変 する日本人の態度に, ともすれば驚きと奇怪感を抱いてしまう。 一体, どちらの態度が日本人の 「本 心」 なのか, 皆目見当がつかないのである。
実際, 「間」 の構造のもとでの日本人の行動は, どれが 「本心」 に出るものなのか, どれが 「間」
の原理に合わせた行動なのか極めて推測しがたい。
日本人が一人の 「人間」 の 「間
ま
」 の立場で展開した行動は, 他人に対して胸襟を開く中国人の 「心」
や, その他の社会の個人の 「心」 とかなり近く理解しやすい。 しかし日本人が 「仲間」 の中にいる時 に相手に示す 「心態」 は, 相手が 「仲間」 であるか否かによって大きく異なる。 この時日本人が主に 考えるのは, どのようにして 「仲間」 の他の成員と 「同心」 であるかを表現するかということだ。 こ の段階では個人の真正の 「心」 意は, 常に 「仲間」 の 「同心」 によって隠蔽されてしまうのである。
「世間」 の段階になると, 日本人の真の 「心」 はほとんど見出しがたく, 耳にする日本人の言葉は 決まって 「建て前」 の文句, 目にする彼らの行動も慇懃過度な親切なものとなる。 「間」 の構造下で の日本人は, このような多重の 「心」 を具有しているのである。 外国人は日本人を理解するのが困難 だと言ってはならない。 日本人が日本人を理解することも, 決して容易なことでないことは, 以上の 説明からも分かるだろう。
二, 日本人の表情 1, 視線と挨拶
人々の 「視線」 に関しては, すでに多くの臨床心理学者や社会学者の研究があり, 視線恐怖症は対 人恐怖症の一種の症状だとされている。 実際, 多くの日本人は視線恐怖症とまではいわなくとも, た えず他人の視線を避けようとする。 日本社会によくある 「見て見ぬふり」 も, その実, 一種の 「視線 を避ける」 行為だとみなせよう。 明らかに相手を見ているのに 「見て見ぬふり」 をするのは, 外国人 からすれば自分の存在を無視されるに等しい行為である。 しかし日本社会では, 相手の視線を避ける のは必ずしも悪意の表明ではなく, 時にはかえって礼儀でもあることを知らねばならない。
日本社会の 「見て見ぬふり」 とか 「視線を避ける」 行為は, 通常日本社会の 「挨拶」 の習慣と密接 に関係している。 われわれは 「挨拶」 という日本語の語義を少し検討するだけで, それが外国社会の
「挨拶」 と大きな相違のあることに容易に気づくだろう。 「挨拶」 の 「挨」 は 「迫る」 という意味で,
「拶」 は 「心を開く」 ということである。 つまり, 「挨拶」 とは相手に迫って, 自分自身の胸襟を開か せることに他ならない。 字面だけを見ても, 緊迫した気分が感じ取れるではないか。
この 「挨拶」 と正反対にある中国語が, 「打招呼 (
)」 である。 「打招呼」 という用語を 分析すれば, 表面上は 「挨拶」 の意味と類似するが, その語義は必ずしも同じではない。 「打招呼」
の 「打」 は 「する」 という意味で, 「招」 は 「手で呼び寄せる」, 「呼」 は 「呼び寄せる」 ということ である。 言葉の原義からすれば, 手あるいは言語で相手に自己の善意を示す一種の挙動に過ぎず, そ れ以上の特別の意味はない。 このため, 「打招呼」 には義務的な格式もなければ, 声調も平時と大差 はないし, 当然 「決まった姿勢」 や 「決まり文句」 もない5)。 「間」 の構造のない中国社会では, 「打
招呼」 を終わればそれで事は済むわけだ。 しかし, 日本社会の 「間」 の構造下では, 「挨拶」 は 「仲 間」 関係の確認であり, 「仲間入り」 の儀式でもある。
たとえば路上で二人の日本人が会話をしている時に, 二人のいずれかをよく知る第三者が通りかかっ たとする。 この場合, 特別の重要事がない限り, 会話中の両人と第三者とは互いに 「視線を避け」, 挨拶の行動をとることは滅多にない。 しかし中国人はこのような状況下で, もし相手の存在に気づい たならば, 多くの場合軽く笑って会釈するか, 手を振るか, あるいは一言二言短い言葉を交わすのが 普通である。 どうして同じ状況下で, 日本人と中国人とではこうも反応が違うのだろうか。
日本社会で一般的なこの種の 「視線を避ける」 行動は, おそらく日本人の 「分割」 の思考様式と, 日本社会の 「間」 の論理が関係している。 日本人にとり, 二人の当事者が会話をしている時, 二人の あいだには一つの 「間」 が成立している。 この時, 会話の当事者と他人との間に形成される 「間」 は, 少なくとも会話の最中には, 二人にとって 「間」 外の存在とみなされる。 もし当事者が通りがかりの 第三者に 「挨拶」 をしたり, あるいは第三者の方が会話中の当事者に 「挨拶」 をすれば, これは別の
「間」 が 「仲間」 として形成される確認の儀式となる。 二つの 「間」 が並存すれば, 「間」 と 「間」 の 角逐と競争の起こる可能性は非常に高い。 日本人がこの種の状況下で 「視線を避ける」 のは, 本能的 に衝突を回避する行為であり, 「間」 の構造下で生活する日本人の生活の知恵だとみなすことができ るのである。
同じ状況下で, 中国人が決して 「視線を避け」 ないのは, 結局のところどのような心理に基づいて いるのか。 中国人が会話中でも通りがかりの知人に挨拶をするのは, おそらく中国式の 「打招呼
あ い さ つ
」 が 日本の 「挨拶」 よりも簡単で, 実施しやすいからであろう。 しかしもっと重要な理由は, 中国人の他 人に対する交情には, 「分断」 を嫌う心理が働いているためである。 中国人の連続した思考様式は, 彼らの人情に対する見方や態度に影響しており, 基本的に人情を連続したものと考えている。 時間と 場所が多少は行動に影響して, 確かに 「打招呼」 も簡略であったり丁重であったりはする。 しかし, 相手を 「無視」 したと誤解されかねない 「見て見ぬふり」 をする行為は, 絶対にあり得ない。
日本社会に一般的な 「視線を避ける」 とか 「見て見ぬふり」 といった行為は, 筆者も少なからず経 験したことがある。
かつてある地方都市に住んでいた頃, ある市民団体の要請で簡単な講演を行ったことがある。 場所 はホテルの会議室で, 筆者は予定の時間よりも少し早めに到着したため, 数名の幹事が来ているだけ であった。 筆者が椅子に座って待っていると, 当日の参加者たちが次々と部屋に入ってきた。 この日 の参加者はそれほど多くはなく, およそ二十数人だったろうか。 そのほとんどが互いに顔見知りであっ た。 筆者は彼らが入室してくるたびに自然と会釈をした。 しかし彼らは困惑した表情で, どのように 反応したらよいのか分からず, 結局最後は筆者の 「視線を避け」 て, 自分たちだけで話に花を咲かせ 始めたのである。 やがて全員がそろうと, 幹事は参加者に筆者の経歴を紹介し, また参加者に自己紹 介をさせた。 彼らは非常に丁寧で礼儀正しく, 講演後の座談会も和気藹々としたものであった。
また, ある夏休みに妹夫婦が子供たちを連れてきた時のことも, 忘れることができない。 妹たちは 筆者の隣人のためにも, 土産を持参してきた。 筆者がそれを隣人たちに渡し, 妹たちの来訪を告げる
と, 彼らは非常に懇切な態度で筆者に向かって, 妹たちに謝意を伝えるように頼んだ。 その夜, みん なで付近の幼稚園の盆踊りに参加した時, 先の隣人たちも踊っているのが見えた。 しかし, 昼間にあ れほど懇切に謝意を伝えるように頼んだ彼らは, 妹たちを 「見て見ぬふり」 をしたのである。 あの時, 筆者の心中には, 何とも名状しがたい愕きと訝しさが生じたものである。
上述の 「視線を避け」 たり 「見て見ぬふり」 をすることを, 中国人の価値基準で測れば, 非常に大 きな誤解と偏見を生むことになろう。 筆者は市民団体の人たちと二時間以上の接触があり, まして隣 人とは数年以上も付き合っているのだから, 彼らの行動に悪意のないことは重々分かっている。 ただ, 異なった文化背景のもとでは, 個人の心態と行為がかくも相違するのかと驚いただけである。
もし筆者が長く日本に住んでいなければ, 隣人は中国語でいう 「心口不一」 であり, 市民団体の態 度は 「前踞後恭」 だと考えたかもしれない。 「心口不一」 も 「前踞後恭」 も, ともに中国社会では好 い評価を得ていない。 「心口不一」 は心で思ったことと口にした言葉とが一致しないことであり, 「前 踞後恭」 は最初は尊大だが後で卑屈になり恭しい態度を取ることを指す。 連続の思考様式を持ち,
「間」 の構造を経験したことのない中国社会では, 上述の行為に対してこうした評価が下される可能 性が高い。
もちろん, 日本人の行為をその他の社会の価値基準で判断することはできないし, 日本社会の文化 と構造に即して解釈してこそ, 正当な評価を得ることができる。 先の隣人と市民団体の行動も, 日本 社会の 「挨拶」 の習慣と 「間」 の構造から分析すれば, 決して非難される特殊な行為ではないのであ る。
実は筆者が隣人に妹夫婦の来訪を告げた時, 正式に彼らを紹介して互いに知り合いになったわけで はなかった。 両者が 「挨拶」 をしていないこの段階では, 隣人と妹夫婦とはいまだ 「赤の他人」 同士 の関係にとどまっている。 隣人が妹夫婦であることに気づきはしても, 正式の紹介がない以上, 態度 を保留するのは日本社会では正常な反応である。 市民団体の態度が 「挨拶」 を境に一変したのも, 同 様の理由で解釈できる。 彼らが部屋に入ってきた時, たとえ筆者が今日の講演者であると推測できた としても, 「挨拶」 を行う前は見知らぬ他人にすぎない。 そうした他人に 「打招呼
あ い さ つ
」 することは, 日 本社会ではいささか気の引ける行為であるからだ。 彼らがなぜ 「視線を避け」, 筆者に対して 「見て 見ぬふり」 をしたのか, 以上の説明で理解できるだろう。 「挨拶」 を経て, 今日の講演者と聴衆との 立場が全員に確認された後は, お互い一定の 「仲間」 関係になり, 一つの 「間」 が成立するため, 気 分・態度もまったく異なったものになったわけだ。
われわれは, ここに 「挨拶」 が日本社会での 「間」 の形成に際し, 重要なプロセスであることを見 て取ることができる。 この 「挨拶」 の儀式を通過し, 互いに 「仲間」 であるか否かを確認して初めて, 日本人は取るべき行動を決定する。 「挨拶」 の前, あるいは 「間」 が確立する前に, 「也許
(ひょっ として)」 「差不多
(おおよそ)」 の情況に基づき取られた行動様式は, 日本人からすれば
「差不多先生
6)」 を生み出した中国社会のそれであり, 何事もはっきりと 「分 割」 する日本人の取るべき行動では決してないのである。
「視線を避ける」 「見て見ぬふりをする」 ことが, 多くの場合 「挨拶」 の前に発生するのも, 以上
の原因による。 「仲間入り」 の前後では日本人の表情と行為には明らかな違いがあり, 前述の中国人 学生が指摘した 「無表情」 の現象も, その実 「仲間入り」 前の表情であったわけだ。 大学の歓迎セレ モニーは, 講堂での儀式が終了した後, 午餐をとって構内を参観し, 最後に学生討論会が行われた。
もちろん, 討論会の席上では, 学生同士が自己紹介をし 「挨拶」 がなされ, これをきっかけに日中学 生のあいだに一気に話の輪が広がった。 このため, 討論会も終わり司会者が閉会を告げても, 日中の 学生は立ち去りがたい様子であった。 日本人学生の 「無表情」 をなじったあの中国人学生も, 熱心に 討論に参加していた。 「挨拶」 の前後であるか, 「仲間入り」 の儀式を完了したか否かで, 気分は完全 に異なってしまったのである。
2, 視線と笑顔
初めて日本に来た外国人は日本人が車中で本を読んだり居眠りをしているのを見て, 日本人は好学 であるとか, 仕事が過重なのだとか思い, 常に感動したり嘆息したりするものである。 さらに日本が 有数の経済大国になった理由は, 一般庶民も寸暇を惜しむほど勤勉であるからだと考えたりする。 し かし日が経つと, これは車中での日本人の一般的な態度であることに, おのずと気づくことになる。
日本人は視線をどこに向けたらよいのか分からず, ただ居眠りをするか読書をすることで, 互いの視 線による接触を避けているのだと。 なぜ日本人は 「視線を避ける」 行為を取らねばならないのか。 こ の点については, 上述の 「挨拶」 の習慣と関係ある以外に, 日本人の視線に対して抱く観念とも密接 な関係があるようである。
中国人は人と交際する時には, 相手の具体的な言葉使い以外に, 常に相手の 「眼神
(目
つき)」 を観察する。 中国社会では, 「眼神」 によって個人の性格や気分の好し悪しすら判断できると される。 「眼神不正」 とはそれらの 「視線の定まらない人」 を指し, 彼らはその 「心性」 が疑われ, 他人の信用を得ることが非常に難しい7)。
中国語は, 視線の状態を形容する語彙が極めて多い。 「正視」 「注視」 「凝視」 「虎視」 「怒視」 「座視
「忽視」 「無視」 等々で, これらの語彙の中には個人の感情, および相手に対する愛憎が示されている。
視線の交わされるほんの一瞬間に, これらの種々異なる視線を通して, 相手が自分に 「親愛感」 を 持っているか 「敵意」 を抱いているかを判断する8)。 この一瞥した時の感覚から, 次の行動が決定さ れるわけだ。 しかし日本社会では, 相手の視線を避けるのが一般であり, こんなありさまでは, 衝突 は避けられても, 意志疎通の機会すら放棄してしまうことになるだろう。
なぜ日本人は習慣的に視線を避けるのか。 基本的には, 日本人の他人の視線に対する感覚が, それ を 「親愛」 の表現と解釈するよりは, 攻撃あるいは挑戦の象徴とみなしてしまうからだ。 「眼
ガン
をつけ る」 という日本語が示すように, 相手を正視すると敵意の表現だと受け取られかねない。 他人の 「視 線」 を攻撃あるいは挑戦の象徴と捉える傾向は, 実際, 「間」 の構造と密接に関係している。
日本社会には各種の異なった 「間」 が存在し, そこでの個人はいくつかの大小様々な 「間」 に隷属 している。 個人にとり, 規模の大きな 「間」 は 「おそれが多く」, 規模が小さかったり, 関係の近い
「間」 には親密感がある。 後者の 「間」 の中では一体感が強烈であるため, 他の成員に対しても他人
としての感覚が薄く, 視線を避けようとする傾向も前者よりは少ない。 視線を避けることが最も多い のは, 「狭い世間」 という範囲の中である。 この範囲の 「間」 にあっては, 「間」 の 「一心」 「同心」
の原理により, 個人にはそうあらねばならないという気持ちが生まれるが, しかしそれはなかなか達 成しがたい目標である。 このような息苦しい状況下では, 互いに 「視線を避け」 て堪え難い情況から 逃れようとするわけで, これは一種の本能が生み出した行動だということができる9)。
自分と無関係な 「間」 外にいる者には, 一般に 「挨拶」 の必要はない。 もしこうした対象を直視し ようものなら, 日本社会ではそれは自分と相手とが同一の 「間」 内の成員でないことを確認する行為 だとみなされる。 直視された者にとり, これは 「間」 外の者の自分に対する挑戦であり, このような 視線は 「攻撃性」 を具えているため, 容易に衝突を引き起こしかねない。 「視線を避ける」 というこ とは, 実は 「間」 の構造のもと, このような耐えがたい心情や衝突を避けるために生まれた生活の知 恵でもあるわけだ。
さらに, あの若い中国人学生が指摘した 「無表情」 という現象は, われわれに次のような思いを抱 かせるだろう。 なぜ日本人は 「赤の他人」 に対して, なかなか笑顔を見せないのかと。
中国語には 「笑」 という文字に関する語彙が多く, 例えば 「微笑」 「冷笑」 「苦笑」 「嘲笑」 「談笑」
「嗤笑」 等がある。 「笑」 という文字自体には, 肯定的あるいは否定的なニュアンスは必ずしもなく, 上の各種の 「笑」 も他の文字が付加されていなければ, どのような 「笑」 かは想像しがたい。 しかも, これらの笑顔は個人の喜怒哀楽や愛憎が流露するものである以上, もし特別の説明がなければ主に個 人の感情を表すだけで, 個人が所属する集団とは全く関係がない。
しかし, 日本社会でわれわれが目にする日本人の笑顔は, 中国人のそれといささか異なっている。
日本語では, 「笑」 を 「わらう」 あるいは 「えむ」 と訓読みする。 柳田國男氏の研究によると, 「わ らう」 は攻撃的な行為であり, 「えむ」 は親切さの表現だという。 「わらう」 の帯びた攻撃性は, もと もと優性である一方が, 劣勢である他方に加える攻撃性である。 また日本社会では, およそ江戸時代 以来, 「わらわれまい」 ということが個人の努力目標となり, また 「世間」 の個人に対する 「規範」
となった)。 現在でも, 「人に笑われる」 というこの言葉で, 子供を戒め驚かしたりする。 「笑われま い」 は一種の子供に対する 「しつけ」 の手段となり, 日本人の行為の準則となっているのである。
「えむ」 については, 柳田国男氏は次のように説明する。
「 栗がエム とは, あの とげ のある外皮がわれて, (栗の) なかの実が, やさしくのぞいてい ることである)」。
筆者の 「間」 の論理と合わせて考察すれば, あるいは次のように整理することも可能であろう。 つ まり, 「わらう」 は 「世間」 が個人に対して行う攻撃的な行為であり, 「えむ」 は 「仲間」 が個人に対 して行う親切さの表現であると。 「世間」 と 「仲間」 とでは, 「笑」 も異なった意味合いを持つように なったわけだ。 この点が, 「笑」 という文字自体には否定的・肯定的意味合いのない中国社会との最 大の相違である。
要するに, 日本社会で 「笑」 の意味を決定するのは, 個人ではなく 「間」 であった。 自分と相手と には 「間」 の重層的な関係があり, そのため 「笑」 は 「わらい」 と 「えむ」 との異なった意味を具有
するようになった。 「世間」 の自己に対する 「わらい」 は, 自己の行為が世間の行為の準則から逸脱 しないように警戒感を生み出し, 「仲間」 の 「えみ」 は, 相手の自己に対する一体感を表すとともに, 人に安堵感を覚えさせるものなのだ。
「えみ」 をこのように定義した場合, 「えみ」 から派生した 「ホホエミ」 と中国語の 「微笑」 とに も, また違いのあることが分かる。 「笑
」 は上に述べたように, 個人の瞬間的な感情表現であり, 自然な情緒を流露させて相手に愛憎を示すものでもある。 それは同一の対象に対してでも, 異なった 瞬間には各種の笑顔を見せるものだ。 また 「笑
」 には固定した対象がなく, 自己にも他人にも 示される。 他人の中には極めて親しい人もいれば, 疎遠で無関係な人もいる。 中国語の 「微笑」 はこ れらの人々に示される笑顔の中で, 程度の比較的軽い 「笑」 い一般を指すものにすぎない。
日本社会の 「ホホエミ」 は中国式の 「微笑」 と異なり, 自己の情緒を表すとは限らない。 日本人は たとえ極端に悲しい時にも, 顔に 「ホホエミ」 の表情が表れることもある)。 このような日本式の
「ホホエミ」 は, たびたび外国人の誤解を生み出すことになる。 実際, 「ホホエミ」 は相手に対して
「同調」 あるいは 「一心」 の気持ちを表すもので, 特に相手が目上であるとき, この 「同調」 「一心」
の気持ちはより顕著となる。 個人が相手と 「同調」 あるいは 「一心」 となるためには, 当然自分の内 心の情緒を抑えなければならない。 「ホホエミ」 はこうした心理状況の中で, 個人が顔に示す表情な のである。
中国の学生が 「無表情」 な 「表情」 に不満を覚えたのは, その具体的な原因は不明なものの, ある いは校門や講堂に掲げられた 「熱烈歓迎」 の幕と, 自分が目にした 「無表情」 な日本人との落差が, あまりにも大きかったからかもしれない。 この学生が期待したのは, たとえ熱烈に抱擁はしなくとも, 少なくとも 「会釈」 や 「微笑」 でもって, 自分たち一行に歓迎の意を示してくれることであった。
実際, 中国人の習慣としては, 「会釈」 や 「微笑」 が非公式な挨拶あるいは善意の表現となってい る。 しかし, 日本社会の 「挨拶」 「ホホエミ」 の前提は, まずは 「間」 が確立することである。 「間」
の観念のない中国人は, なぜ日本人があのように 「微笑」 を惜しむのか, 当然のことながら想像する ことができない。
3, 哭と泣
「哭」 と 「泣」 は, ともに個人の哀しみの感情を表す文字である。 いうまでもなく, このような感 情表現はどの社会にもある。 しかし, もし日本人と中国人の哀しみの表現を比較すれば, そこには些 か相違のあることに気づくだろう。 「哭」 と 「泣」 はどちらも漢字だが, もとはその形態を異にし,
「哭」 は声を出し, 「泣」 は声を出さない)。 同じように哀しみを表しながら, 「哭」 の動作は明瞭で,
「哭声」 ははっきりと聞き取ることができる。 他方, 「泣」 は比較的抑制した哀しみの表現である。
かつて 「哭」 という行為は, 一種の礼節でもあった。 相手あるいは大衆にこの種の悲哀の感情を伝 えるため, 常に 「捶胸頓足」 などの他の行為がそこに加わった。 「捶胸」 とは 「胸を叩く」 ことで,
「頓足」 とは 「地団太を踏む」 ことである。 それは単に涙を流し哭声をあげるだけでなく, 手足など の動作全体で悲しみを表すことを意味する。 中国の葬礼にある 「哭踊」 の 「踊」 が, この 「頓足」 に
他ならない。 このような葬礼は外国人には見慣れないもので, 時に違和感を覚えさせることも事実で ある。 香港の映画スターであったあのブルース・リーが死亡した時, 香港での葬儀に参加した彼の米 国籍の妻が, 後に中国式葬儀の恐怖感を語ったことは有名な話だ。
「哭」 のこのような伝統は, 中国人が哀しみの感情を表す際の態度や動作を決定することになった。
元来 「哭」 と異なる 「泣」 も現在では 「哭」 の中に含まれ, 現代中国語の用法では, 「哭泣」 と 「哭」
とでは違いはない。 ともかく中国人の示す悲哀の態度は, 日本人の目には常に 「オーバー」 あるいは
「傍若無人」 なものに映るらしい。 かつて日本映画の中で中国人の 「哭泣」 の情景を見たことがある が, その人物は大声をあげて泣き叫び, 手にしたハンカチで涙だけでなく鼻水も拭うというもので, それを見て苦笑を禁じ得なかった。 この監督は実に細やかな所まで観察していると感じ入ったもので ある。 実際, 中国人が 「哭泣」 する時には, 常に涙をいっぱい流して鼻水を垂らすので, 日本人には
「みっともない」 ものに見えるかも知れない。
日本人は中国人の 「哭」 の態度を見慣れないだけでなく, 韓国人の 「哀号」 にもなじまない)。 こ れは日本人が哀しみの感情を表す際, 大げさな動作ではなく, 抑制した心の 「泣」 という態度を主流 とするからである。 たとえ堪え難い悲しみの時でも, 日本人は自分が現在どのような 「間」 にいて, どのように 「本分」 を守るべきかを忘れはしない。 極端な例をいえば, 時には上述の 「ホホエミ」 す ら浮かべることがある。 そこまでいかなくとも, 他人あるいは 「間」 に迷惑をかけないという原則の もと, 日本人は個人の悲しみの感情に対して, できるだけこらえようと努力をする。
日本語には 「泣き笑い」 という言葉があるが, 悲しみを表す 「泣」 と喜びを示す 「笑」 とが, どの ようにして同時に表れるのか, 実に想像しがたい。 中国語にも 「哭笑不得」 とか 「啼笑皆非」 という 言葉があるが, その意味は笑えば好いのか, 泣けば好いのか分からないというにすぎない。 「哭」 と
「笑」 は正反対の情緒を表すものであるため, もし内心に 「哭」 と 「笑」 の両種の感情が生まれた時, 顔の上にどちらの表情を示せばよいか分からないということだ。 この言葉から理解できるのは, 中国 人は 「哭」 と 「笑」 の二つの表情は並存できないと考えていることである。
しかし, 「泣き笑い」 という用語から知られることは, 日本社会では日本人のこの種の表情が, 決 して珍しくないということだ。 これはあるいは日本人の 「エム (笑)」 と 「ナク (泣)」 とがほとんど 無声で, 比較的静止した表情であり, 両者には共存できる可能性があるからかもしれない。
日本人と中国人の悲しみの表現から, 中国人は比較的直接に, かつ具体的に個人の情緒を表現する ことが見て取れる。 中国語には 「人同此心, 心同此理 (人此の心と同じければ, 心此の理と同じ)」
という言葉がある。 もし 「哭」 に 「理」 があれば, どんなに 「みっともなく」 とも了解を得られ,
「至情至性」 の表現だと認められる。 中国社会では 「人情」 「性理」 に対して一定の共通した認識があ り, 「人情」 「性理」 に合致した情緒表現には極めて寛容なのである。
しかし日本社会はいささか趣を異にし, 「間内」 と 「間外」 の論理が必ずしも完全に一致するとは 限らない。 日本人は互いに気心の知れた 「仲間内」 の情緒表現はわりと直接的だが, 他人に対して示 される情緒は抑えがちである。 声を出したり, 表情や動作の大げさな中国人の 「哭」 は, 日本人にと り, 無関係の他人に自分と 「同調」 したり 「一心」 になるように迫る行為に等しい。 「間」 の論理か
らすれば, これは個人の 「分」 を越えた行為に他ならない。
端的に言って, 日本人の情緒表現は, 相手にただ感じさせるだけの状態にとどまっている。 相手に 選択の余地を残しているわけで, 相手はその感じ方の程度の違いや, 「間」 の関係の有無により, 異 なった反応をする。 これこそ 「間」 の構造下で生活する 「人間」 の智恵なのである。 謹んで自分の本 分を守り, できるだけ 「人に迷惑をかけない」 ための一種の表現方法であるわけだ。
三, 日本人の言語表現
「本心を表さない」, 「視線を避ける」, 「笑顔」 と 「泣き顔」 の曖昧な日本人は, 結局のところどの ようにして互いに意思を疎通させるのだろうか。 あの中国人学生は表情のない日本人教師と学生を見 て, それを自分たち一行に対する冷淡な態度だととらえた。 しかし, われわれ外国人からすれば多く の日本人は無表情であるのが一般的で, もし面識のない人に 「にこにこ笑ったり」, 相手もいないの に笑みを浮かべようものなら, 少し問題があるか, さもなくば何か魂胆があるのではないかと疑われ るのが落ちである。 「無表情」 は実は表情を示す前の準備段階であり, むしろ正常な表現であること を知らねばならない。
日本人が他人と意思を交わす時には, 先にも述べたように, 心・体表現による交流は他の社会に比 べて遙かに少ない。 では日本人は, いったい何によって意思の疎通を図るのだろうか。
日本社会では, 心・体表現とは正反対に, 言語表現が十分に発達している。 日本語は孤立語である 中国語と異なり, 粘着語に属す。 語尾が自由に変化するので, 各種の異なった意味を表現でき, 中国 語よりもずっと融通がきく。 また主語・目的語としての人称代名詞も豊富なため, これらの人称代名 詞を見さえすれば, 互いの人間関係や上下尊卑の名分もすぐに理解できる。 また, 同一の動作でも各 種の異なった用語があるため, 相手に対する丁寧・尊敬・謙譲の様々な微細な情緒が, 言語を通して 伝達することができる。 これがいわゆる敬語である。 こうした話し手の関係・名分・丁寧・尊敬・謙 譲等の情緒を自由自在に表現できる言語体系は, 言語自身に自己完結性をあたえることになった。 つ まり, 日本語の 「一人歩き」 という現象を作り出したのである。
言語の 「一人歩き」 とは, 話し手と聞き手の間で相手の心意を直接尋ねたり, 相手の心・体表現を 忖度するのではなく, 言語を媒介に言語によって相手の意向を判断するということを指す。 言語自体 の意味が, 発言者の意思を表していると認識されるわけで, このような状況下では, 人と人との意思 の疎通は言語が非常に大きな比重を占め, 「しつけ」 が重要な項目となる。 日本人は子供に対する
「しつけ」 で 「言葉使い」 を重視するばかりか, 一般の会社でも社員の 「言葉使い」 を重んじ, 特別 の訓練を行っていることは知られる通りである。
しかし, 言語で表現した内容が, もし発言者の内心の考えと一致すれば問題はないが, 両者が一致 しない時には当然矛盾を生み出すことになる。
日本語には 「慇懃無礼」 という熟語があるが, 中国語にはこのような言葉はない。 「慇」 「懃」 とい う二つの文字は, ともに相手に対して頻りに自分の善意を伝達することであり, このような懇切な態 度は中国では決して無礼とはみなされない。 この熟語が生まれた背景には, 日本社会での言語表現の
あり方が密接に関わっている。 日本語の 「慇懃無礼」 は, 「うわべは丁寧だが, 内心はそうでもない」
態度を意味する。 つまり, 言語上は 「慇懃」 だが, 心・体表現はかえって相手に 「無礼」 を感じさせ るということで, このような珍妙な熟語の成立は, 「一人歩き」 の日本 「敬語」 の副産物ということ ができよう。
では中国人の言語表現はどうか。 中国語には 「言為心声 (言は心の声たり)」 という言葉がある。
言語は自分の心意を伝達するということである。 また 「人」 と 「言」 の二文字を組み合わせたのが
「信」 であり, 「信」 の定義は 「誠」, つまり 「真実」 を意味する。 普通の状況下では, 口に出した話 は当然真実性を持ち, 個人の内心の考えと一致するため, もし 「口」 と 「心」 が乖離すれば, 話し手 は 「負」 の評価をあたえられる。 「心口不一」 「口是心非」 とは, 言語と心意の一致しない人を非難す る言葉で, このような人は信用されないし, 時には人格すら疑われてしまう。 「人無信而不立 (人, 信なくば立たず)」 とあるように, 言語と行動の一致しない人は, 社会上自分の居場所を得るのも容 易でないわけだ。
言語と行動の一致が求められる以上, 中国人が話をする時, 心・体表現も通常, 話の内容に即応し たものとなる。 もし話の内容と心・体表現とが一致しなければ, 相手に一種の違和感を覚えさせ, 継 続して意思の疎通を図ることは困難である。 中国社会の敬語が日本語のように発達しなかったのは, 言語体系の問題以外に, 人間関係の中で心・体表現の占める比重が大きかったことも一因であろう。
言語が 「一人歩き」 する日本社会では, 他人の言葉に対して, 中国人のように厳密な検討を加える ことはない。 百貨店の店員の敬語が内心と一致しているか否かを, 気にする者はまずいないだろう。
知られるように, 日本社会では内心と一致しない 「建て前」 の発言が, 社会的に許容されている。 日 本人にとり, たとえ 「建て前」 と 「本音」 が異なっていようとも, 非難されることはないし, 決して
「建て前」 を 「うそ」 とみなすこともないのである。
しかし日本社会の言語表現に疎い外国人は, 「建て前」 を 「うそ」 とは思わなくとも, 発言者の真 意に懐疑心をいだきかねない。 「間」 の論理のもとでは, 個人の言葉と行動は, 言いたいことを言い, やりたい事をやるのではなく, 自分が 「間」 の中でどのような 「役」 を担い, どのような本分を守る べきかで決定される。 当然このような発言は, 「間」 内の成員に受け入れられる範囲を基準とする。
「間」 の規模が大きくなればなるほど, 顧慮すべきことも多くなり, 発言が次第に抽象的かつ原則的 になるのもそのためである。 この時, 個人が内心でどう思っているかは, 二義的なことでしかない。
大衆を対象とする政治家はもちろん, 一般の日本人も日常生活で 「建て前」 と 「本音」 を使い分け ている。 「建て前」 の言葉を聞き慣れ, 言い慣れた日本人は, 自他の発言に対して無頓着かつ無責任 であるかに見える。 なぜ日本の政治家がたびたび失言をしても, 国民は容認できるのか。 政治家が何 事もなかったかのように, 前言を訂正したり撤回したりする様は, 理解に苦しむところである。 失言 は政治家自身の資質の問題であるが, 外国人からすれば, 前言を撤回したことを容認する社会心理の 方が, 政治家の失言よりも不思議である。
政治家だけでなく, 一般の役所や企業も不祥事を起こせば, 常に一般大衆に対して陳謝の意を表す。
しかし, 言う者も聞く者も, これは一つの形式にすぎず, 陳謝の言葉もほとんど千編一律の, いわゆ
る 「建て前」 の原則的な言葉であることを重々知っている。 これらの 「世間」 を対象とする発言は, 必ずしも発言者自身の 「本音」 ではなく, それを履行しようという誠意あるいは決意があるとは限ら ない。
とはいえ, 「建て前」 の発言は, その目的は相手を欺くことではなく, 「うそ」 とは異なるため, 一 般の日本人はこうした 「建て前」 に極めて寛容である。 中国人からすれば, 自分に対する発言で, 最 初から履行する誠意も決意もないこの種の心態は, まったく理解できない。 日本社会では, 「建て前」
と 「本音」 の 「使い分け」 が極端に発展すると, 個人の言葉の真意がどこにあるのか, 忖度するのが 極めて困難になる。 外国人が日本人の言葉に抱く感覚は, 簡単に言えば 「言語明瞭, 心意不明」 とい うことにでもなろうか。
おわりに
私自身の今までの人生を振り返った時, 半分の時間は中国社会の中で生活し, 残りの半分は日本社 会で過ごしたことになる。 若いころ, よく日本人から 「どちらの社会が好いか」 と尋ねられたものだ が, 私の返答は決まって 「どちらにもとりえがある」 というものであった。 長年日本で暮らし, 日本 社会に対してある程度の理解が得られた今でも, 私の解答は依然として同じである。 もともと私の期 待は, 日本社会の中から中国社会の手本となるような原理・法則を見出すことにあった。 だが, 今ま でささやかな考察を行ってきて, 気づいたことは, 日本社会も中国社会と同様, それ自身の悩みがあ るということだ。
年, アジアで初めてのオリンピックが東京で開催された。 当時私は台湾に住んでいたが, 大人 達の話題はオリンピックで持ちっきりで, われわれ子ども達も傍で興味深く彼らの話を聞いていたも のである。 そんな中で最も印象深い話は, 日本では泥棒もオリンピック期間中には行動を自粛すると いうことであった。 泥棒はもともと社会秩序の破壊者であり, むしろオリンピックというイベントの 最中こそ稼ぎ時であるはずだ。 にもかかわらず, なぜ日本の泥棒はこのように愛国心を持つことがで きるのか。 事の真相は不明なものの, この謎はずっと私の心にわだかまりとして残った。私が子ども時代に抱いた疑問に対して現在のところ得た回答は, 日本社会は中国社会と思想も社会 構造もまったく違うという事実である。 分割思想のもと, 個人よりも 「間」 を重視する日本社会は全 体の発展を迅速にし, また 「役」 や 「分」 の観念は社会全体の労働効率を高めるばかりか, 社会秩序 の維持も容易にした。 確かに日本社会には多くの見習うべき点がある。 だが, 同時に私が発見したこ とは, ここで生活する 「人間」 は本当に幸福なのかどうか, はなはだ疑問であるということだ。
試みに自分が生活する社会を想像してみるがいい。 個人は誰に対してもなかなか本心を明かすこと ができない。 人間関係を繋ぐ言語や各種の身体表現, これらはもともと自分の心意や感情を表すもの である。 しかし日本社会では, 個人は決して自分の望むままにそれらを利用することはできない。 ま ず各種の 「間」 の構造や 「間」 内の人間関係を考慮し, 調整を加えねばならないからである。 人間の 自然な感情を流露する表情や言語も常々自己抑制を強いられ, 本心に反する形態で示されることにな る。 日本人自身の感覚はよく分からないが, 私自身の生活感覚で言えば, 日本人が社会全体の高い効
率を追求する中で, 知らず知らずのうちに失ったものもかなり多いのではないか。 日本社会の長所は, じつは日本社会の欠点でもあるという現実に, そろそろ思いをめぐらす段階に至っているのかもしれ ない。
註
1) 日本語の 「大和こころ」 に対応するのは 「唐心」 である。 ただし, この 「唐心」 は日本式漢語であって, 中 国語にはこのような用語はない。
2) 孟子 告子篇,仁人心也。 義仁路也。 舎其路而弗由, 放其心而知不求, 哀哉。
3) 孟子 公孫丑篇, 曾子謂子襄曰, …………自反而不縮, 雖褐寛博, 吾不惴焉。 自反而不縮, 雖千万人, 吾往矣。
4) 王霜媚 「日本社会における 「間」 の論理―分割思想と日本人 (その1) ―」 神戸女子大学紀要 巻, 年, 頁。
5) 多くの外国人は中国人の挨拶を 「好
」 だと考えているが, 必ずしもそうではない。 「好」 という 挨拶はもちろんあるが, もっと多いのは 「上去? (どこに行きますか?)」 「吃飽了 (ご飯を食べました か?)」 等である。 中国人の互いの挨拶は個人の習慣によって異なっており, 日本社会の挨拶のように一致 していない。
6) 中国人の国民性に関して, 胡適 (〜) はかつて 「差不多先生」 という一文を書き, 中国人には科学 的精神と態度が欠乏し, あらゆる事柄に大雑把で行き当たりばったりであることを描写し, 痛烈に風刺した。
7) 中国人は昔から個人の内心を観察する際, 最も簡単な方法は彼の 「眼神 (目つき)」 を観察することだとす る。 孟子 離婁篇にも次のようにある。 孟子曰, 存乎人者, 莫良於眸子。 眸子不能掩其悪。 胸中正, 則眸 子瞭焉。 胸中不正, 則眸子目毛焉。 聴其言也, 観其眸子, 人焉痩哉。
8) 福井康之 まなざしの心理学 「視線と人間関係」, 創元社, 年。
9) 井上忠司 まなざしの人間関係 講談社現代選書, 年。
) 柳田国男 笑の本願 年。 定本 第7巻 筑摩書房, 年に収録。
) 柳田国男 笑の本願 年。 定本 第7巻 筑摩書房, 年に収録。
) 井上忠司, 前掲 「世間体」 の構造 社会心理史への試み Ⅴ 「笑い」 の機能。
) 「哭」 と 「泣」 の違いを, 礼記 「檀弓上」 では 「哭泣之哀, 斉斬之情, 粥之食, 自天子達」 と記し, 孔 頴達の疏では 「哭泣之哀, 謂有声之哭, 無声之泣並為哀」 と解釈する。
) 前掲, 王霜媚 「日本社会における 「間」 の論理―分割思想と日本人 (その1) ―」。