古典教材をめぐる単語指導について
著者 高見 よ志子
雑誌名 金沢大学語学・文学研究
巻 7
ページ 26‑32
発行年 1977‑03‑31
URL http://hdl.handle.net/2297/23709
かつて学部の「教科教育学の研究」の一環として、国語科教育研究班は「単語指導」の研究にとり組んでいた時期がある。(教科教育研究」4号・5号)二年間の研究のうち、第一次の研究は、単語指導の理論的研究と小学校における実践(おもに単語の一般的意味の理解と定着)であり、第二次の研究は、中学校における実践(単語の感情的意味の理解と定着)および国語科教科書における単語指導の実態調査である。その第二次の研究段階に参加し、研究室の先生方と教材分析の結果、いくつかの単語をひろいあげて、読み方指導における「単語指導の位置づけに重点をおきながら、単語のもつ「感情的意味」の指導を実践してみた。毎日の授業で、無自覚に随意的に、いわばカンのようなもので行なってきた「単語指導」が読み方のどの段階に位置づけられるのか、どの単語をどんな観点でどんな方法で指導したらよいのかが、その時になってようやく明確になってきたように思われた。扱った教材は、小説・随筆の分野と、説明文の分野だった。ところでわたしは、古典単元を指導しているうちに、この単語指導の方法なり理論なりを、古語の指導に生かしていくことができるのではないか、古語の意味を正しく理解することが、古典の大きな はじめに 古典教材をめぐる単語指導について
目標であるところの、古人のものの見方や感じ方を知るという点に密接につながっていく大切な道なのではないかと思いはじめた。一年に一単元、全体の単元の一割弱にすぎぬ古典ではあるが、単語指導の視点から少しずつ意識的に生徒へ定着をはかってきたので、その一端をここにまとめておきたいと思う。
次の学年と教材に焦点をしぼって考えていくことにする。二年徒然草(堀池の僧正、高名の木のぼり、聖海上人の感涙)
( )
一一一年枕草子うつくしきもの、五月ばかりの山里川を渡る野分のまたの日いずれも随筆である。この中で、指導を必要とする単語を、次の三つに分類してみた。’
とりあげる単語と指導の位置づけ
且8回何くいT、王匠
,
一同見よ志子
26 A現代語に残っていないもの せうといと腹あ…はべり…:・侯下繭…ばら(複数)きがなしおきつ 野分ありくたたざまにいみじ『7 徒然草枕草子
さて、以上のような単語の指導は、古典の読み方のどの段階でまたどんな方法でやったらよいのだろうか。古典単元のうち随筆分野の指導過程を、わたしはおおむね次のように考えている。1音読を繰り返して古文に読み慣れ、そのリズムを体得する段階2脚注を参考にしたり、辞書をひいたりして、部分部分を正確に読みとり、文章全体の意味を把握する段階3文章の主題を考えたり、作者のものの見方.感じ方を探ったり自己の日常体験と比較して感想を持つ段階4語句や語法をとりたてて指導する段階以上を略して1段階・2段階・3段階・4段階と称する‐段階l音醜この段階の指導は、教材を音読させるに際して、生徒のつまづ U□ きがどこにあるかを指摘し、即座に正しく文節に区切れるよう訂正してやることである。たとえば、徒然草の「高名の木のぼり」には、「はべり」という単語が、「ことばをかけはべりをし、」・「申しはべりしかば」.「おのれが恐れはくれば」・「かならず落つとはくるやらん」と、四回出てくる。範読をひととおりやっているにもかかわらず、これが現代語にないために生徒にとってたいへん困難な単語なのである。先の四つは「コトバヲカケワ、ベリシヲ」・「モーシワ・ベリシカバ」というふうに、とんでもない箇所で切ってしまうことになる。教科書の脚注に「はべり」は丁寧語「……ます」の意とあるので、そこに注目させ「はべり」という単語があるのだと認識させたい。同様のことが、「さがなきわらはべども」を「サガナキワ、ラハベドモ」というふうに現われる。これも「わらはべ」という単語の認識の欠如をものがたっている。誤読に即して「わらはべども」というのが一つの単語であることを指摘したい。このような段階で特に注意して読ませなければならないのは次のような語である。①古語であるため一単語として認識できない、すなわち、おかしなところで文節として区切ったり、切らなければならないのを一つづきにして読んでしまうもの(例)いざ(たまへ)・…・…・…とぞいひけるいと(めづらし)あな(めでたや)申しはべりしかば、現代語にもあるが、かなづかいの相違のために誤るもの(例)をのこ(男)出雲をがみにねづ鳴きするにをどり来るいとをかしげなるおよび
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いみじくゆかしがるあまたゆゆしく{艀bはくつかまつる
C昔の生活様式にあらわれるものごとをさししめすもの B
凛曇
の異る のも
に墓る
が
まり(けまり)僧正 坊しる(領知する)おとなしかたしめでたしおのれおぼゆ聞こゆ
あまそぎ牛車の屋形立蔀透垣前栽格子のつぼ さつき(五月)ちごつれなしうつくしをかしあはれをかしげおぼゆ
2段階I内容把握①あまそぎ車(牛車)の屋形立益即透垣けまり11↓視覚化Cに分類される単語である。古典に頻出、しかもこれらはことばによる規定よりも、百間一見にしかず、図示することによって理解、定着のはかれる語である、黒板に示す方法、掛図を利用する方法、OHPのシートを作成しておく方法等がある。OHP利用の方が、そのスクリーン効果、映像効果による印象が深く、視覚的に定着すると考えられる。たとえば、枕草子「五月ばかりの山里」に「垣にあるものの枝などの、車の屋形にさし入るをいそぎ析らんとするほどに」という部分の読みにおいては、牛車の絵を映し出し、屋形とはどの部分をいうか、車全体の大きさはどれほどか、何人くらい乗れるものなのか、どこから乗り、どこから降りるものなのか、木の枝がふいにはいってくるのはどの部分なのかを、説明することによって、「いそぎとらへて折らんとするほどに」にひそむ無邪気な心のはずみ、「ふとすぎてはずれたるこそいとくちをしけれ」にみられる、卒直な感情表出、車の中の女一男同志のはなやかなはしやぎょうがわかってくるではないか。次に出てくる「よもぎの車におしひしがれたるがまわるにつれて近ううちかかりたるもいとをかし」においても、車の構造、輪の大きさがわかってこそ、よもぎをつぶした車輪の部分が回転して人の鼻先近くにかおってくる状態がはっきりしてくるわけである。教科書の脚注による単なる現代語へのおきかえだけでは、とうてい古人の住む世界は理解できまい、まして現代とは隔った生活様式の理解は、できるだけ視覚的に定着させてやりたい。、②脚注利用中学校で扱う教材は、原文を提供すると同時にできるだけ語注を多くして、内容の理解を助ける工夫がなされている。したがっ 3段階l主題追究・鑑賞・批評①めでたしねらいl丹波の大社に参詣した聖海上人が感じたことを表わす語句を順に列挙させることで感激家としての聖海上人の性格を明らかにし、度をすごすあまりに失敗した話をユーモラスにとらえさせたい。展開T先に「ゆゆしく信おこしたり」「いみじく感じて」とりました。その次に「あな、めでたや」という上人のことばが書いてあるわけでしよ。「あな」も「わあ」というような感激のことば「めでたや」というのは「めでたし」が言い切りなのですが、現代語とはちよ て、傍線をほどこしてある部分の脚注をたどれば、かなり理解されるわけであるが、機械的な口語訳に陥ることなく、Cに分類される単語は視覚化を工夫し、A、Bは脚注はもちろんのこと、補足説明による深化をはかりたい。例えば「堀池の僧正」の「きこえしは」が謙譲表現(脚注l申し上げた方は)であることと僧正という地位、従二位という兄の官位とは無関係ではないことかここで指導される。また「坊」という話は中学生の言語感覚としては、人物をさす場合が多いので、僧侶の住む建物そのものが本来の意味であることも定着させたいと思う。この段階で注意しなければならないのは単語指導があくまでも内容理解のためのものであって、深入りして授業の流れを中断してはならないということである。例えば「せうと」にしてもこの時は「兄」でよいのであり、それが一般的な意味としては「男のきょうだい」をさしており、兄と限定されるのではないことなど別の機会(とりたて指導)にまわすべきだと考える。
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②あやしねらいl下賎の者の言ったことばなのに聖人の戒しめに一致している点が兼好を感動させたのである。「あやし」が奇怪の意味で使われているのではなく「いやしい」「身分の低い」という意味。この定着をはかることが貴族階級であるところの兼好からみて、この木のぼりの言が驚嘆に値するものだった.点と結びついていくことになる。 っとちがうようね。まず現在使っているのは、どんな時かしら。Pだれかの病気がなおった時とか。いいこと。Pおめでた。Tどんな?P結婚したりね、赤ちゃんができたり。Pそれから、おめでたい人っていう言い方。これいつも頭の中が春のようで……。P人が良すぎてだまされやすい人です。Tそうですね。現代語では、お祝いをするような、うれしいこと、よろこばしいこと、おの字をつければお人よしの意味ですね。ところで聖海上人の場合はどう。どんな意味でしたか。P「結構なことだ』ですT何を見てそう言ったの。P建物、大社P大社全体のふんいきです。Tすると「お祝いごと」とは意味がちがっているのですね。この時上人のようすは「いみじく感じて」とあります。たいそう感激する気持ちを表わしている語です。したがって結構なことだでもいいし、それから……。Pすばらしい、すてきだ。PオーワンダフルTそうこの語はもちろん現代語のような意味も含んでいるのですが、すばらしいという意味もあったのですね。(板書でまとめ)てはこの時の上人の感動の気持ちを出して「あな、めでたや」を言ってごらん。
鞭溌璽
を見なれていなOHP(例文による拡充)いものだから、変だといぶかしく思い、見下げて見苦しいと思うでしよ。だから、みすぼらしいのや身分の低いのを「あやし」というわけですよ。結局、あやしには大体二とおりの意味があって、現代語ではその一部分だけを使っているのですよ。ところで本文に(板書で定着)
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ることばが意外や意外、見ぐるしいはずの身分の低い人から出たということなのですね。相当な身分の人の言動なら兼好は書かなかったかもしれない。ところで兼好自身はどうなの。P木のぼりのようないやしい身分じゃない。P歌人で、最高の知識人とありました。だから貴族の側です。③その他聖海上人の感涙lめでたし(感激家しての上人を考える)枕草子1,つくし(小譽:のへの愛情…:女性的心情)五月(季節感の把握、王朝女性の感受性)をかし(「川を渡る」こまやかな自然観)
4段階lとりたて①せうとねらいlこの単語はショートと音読する.せうとに注目させ「せ」+「ひと」の二語から成り立ち「せひと」が「せうと」と説したという語構成をまず明らかにしたい。教科書の脚注に「兄」とある。大意把握の段階ではそれでよいだろうが「せうと」-「兄」と単に覚えてしまっては単語を理解したことにはならないと思う。辞書をひかせて、兄だけをさすのではなく「兄弟」をさすということをわからせたい。そうすれば関連して「姉妹」を「いもうと」ということ、さらには「せ」に対応するのはRも」ということまでわからせたい。ここまで指導するのは万葉集の歌を鑑賞する際(教科書掲載の歌のみならず東歌・防人歌をプリントで補充) もどりますと、兼好の感動したのは、聖人のいましめに匹敵す
園
に、多く出てくるからである。展開Tきょうは、これまで学習した徒然草の中から大切だと思われることばをいくつか取りあげて、もう一度その意味を確認したいと思います。「堀池の僧正」を音読しておきましょう。暗唱できる人は本から目を離しなさい。P(一斉に読む)Tここに出てきた良覚僧正というのは、公世という人とどんな関係でしたかP公世の二位の兄さんです。T兄さんということをあらわしていることばは?Pせうと。Tそうでしたね。きょうはこの「せうと」ということばの意味と、それに関係あることばを勉強してみたいと思います。みんな辞書でひいてください。ショートではなくセウトでひくのですよ。(板書せうと)はい。ひいた部分を読んでみてくだき尾P(読む、つかえながらでも大きな声で読む生徒を指名する)せ・うと〔兄人〕ショート〔「兄人」の音便〕①女から男のきょうだいを呼ぶ語「兄」をさす場合もあり「弟」をさす場合もある。「二条の后に忍びて参りけると、世のきこえありければ、l(I兄たちの守らせ給ひけるとぞ」〈伊勢〉「かのl(Ⅱ弟)の、童なるゐておはす」〈源氏・手習〉↑↓いもL7と②男のきょうだい,「公世(-人名)の二位のI(-公世ノ兄マタハ第ノー説がある)に、良覚僧正と聞こえしは極めて腹あしき人なりけり」〈徒然草.四五〉T「せひと」がなまって「せうと」になったんですね。男のきょうだいを呼ぶ時の名であって、兄とは限らなかったわけです。弟のときも「せひと」ね。(転訓の過程を板書して整理・定着)では、いまの辞書でわかったことは「せうと」に対して女のきょうだいをどう言ったかということですね。
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②ゆかしねらいl古文には割合よく出てくる語である.現代語の「ゆかしい」「奥ゆかしい」とどう関連してくるかを理解させたい。教科書では「ゆかしがる」の動詞の形である。そこから形容詞を導き、意味を定着させたい。展開T「上人なほゆかしがりて」の部分を考えてみましょう。ここは「上人はなお知りたいと思って」の意味でしたね。(OHPで確認) PいもうとTそう、整理しておきますよ、(板書)次にこの表から考えてみると、「せ」に対するのが「いも」だということがわかりますねPいも、いも(笑い)(板書による定着)T「いも」とか「せ」という場合兄弟や姉妹の関係にとどまらず、男のほうからみて親しい女の人つまり姉さん、妹、妻、恋人そういう人ね。「せ」はその反対、兄弟、夫、恋人をいいますね。万葉集の歌にね、こんなふうによくでてくるのです。(OHPによる例文提示l定着)
・信濃路はいまの鋤避刈りば根に足踏ましなむ
せくつはけわが背(万葉集)・昔見しいもが垣根は荒れにけり(徒然草)(昔会った恋人の家の垣根は荒れてしまった) いも(妹)一せ(兄背夫) ツフ
恋人妻姉妹←→恋人夫兄弟 思う」の意味でしょう。まずそれをしっかり覚えておきましょう、ところで、この動詞のように「・・…・…がる」という形をもつ動詞ほかに知りませんか。もちろん現代語です。Pかわいがるつらがる悲しがる痛がる(どんどん出てくるものを三、四板書して語構成を調べさせる。)Tそうするとこれはみんな「形容詞+がる」ということですね。そこから類推すれば「ゆかしがる」は「ゆかし」という形容詞からできてきているをいうことです。「ゆかし」はそうするとどんな意味になりますか。P「知りたい」です(OHPで再び見せる)Tそうなりますね。ところでみんな現代語に「ゆかしい」ということばがあること知っていますか。P(わからない)P…………「奥ゆかしい」といっしょかな。Tそう。奥ゆかしいというのはどんな状態。どんなふうに使うの。P奥ゆかしい人Tそうね。誰か国語辞典ひいてみてくれませんか。Pあります。上品だとか、深みがある、気品がある状態です。(板書)Tそうすると、古語の「知りたい」という意味とどう関連があるのでしょうね。この「ゆかし」の説明が先生の手もとの辞書にはこう出ています。動詞の「ゆく」から出来た形容詞なのね、(OHP) そうすると「ゆかしがる」という動詞は「知りたいと
動詞「行く」の形容詞化(語感)心が対象物に向かって強く引かれる感じ
’①鯏川川uⅦ⑭
(OHP)|些乢は魂躁噸刎は朴化思ってて31
い』も、フル) せうと
いも十ひと(妹人一女のきょうだい せ十ひと(兄人)男のきょうだい
Tですから現代語になおすと「知りたい」とか「見たい」とか、「好奇心」があるということになります。枕草子にね、こんなふうに出ていますよ。人に赤ちゃんができたとするでしょう。誰だって男か女かはやく知りたいわね。
それから、心が行くという意味では、心がひかれる、なんとなく幕わしい、なつかしいという状態ね。小学校のときならった俳句で芭蕪の「山路来て何やらゆかしすみれ草」あの心の状態がそうです。(OHPで俳句を提示する)そういうところから現代語の奥ゆかしいがでてくるわけですね。なんとなく奥の方に心がひかれる、つまり相手は深みがあるのですね。(以上を板書しながら定着させる) 読んでみてごらん。
OHP
知りたい①見たい・聞きたい好奇心がある③ゆかし(形)心ひかれる②なつかしい
②ゆかしい人Ⅲ上品深みがある(奥ゆかしい気品のある) 咳‐ロハ〆炉兀達終わりに以上、古典の指導を古語の意味を大切にしながらやってみたことの記録である。何分、古典単元は学年全体の十分の一、教材の量も限られている。その中の古語であるから、取り上げるものも、場当たり的な感じを免れないが、入門期の古典だからといって古語をいいかげんにはできないという気がしている。日本人の考えや感覚がことばにどう反映しているのか、時代によってどうことばの意味が変遷しているのかといった指導もまたいつの日か考えてみたい。(金沢大学教育学部付属中学校教諭)
紀要第五巻神戸女子大学学会文芸と思想第四○号福岡女子大学文学部大妻国文七大妻女子大学国文学会紀要第八号大妻女子大学文学部文林第九号松蔭女子学院大学国文学研究室文芸論叢一一一立正女子大学短期大学部文芸科紀要三九号相模女子大学語文第四一輯日本大学国文学会国語教育第一号富山大学国語教育学会日本文化研究所紀要第一一一六・三七輯国学院大学日本文化研究所報一一一’一一一・四・一一一一’一・二・一一一国学院大学 ③その他枕草子『フつ〃く1)をかし月の異名 (意味の変遷)(意味の変遷および現代語とのちがい)(ゆたかな生活の知恵から生まれたことば)
・二・一一一国学院大学(四四ページヘ続く)
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