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同性婚とアメリカ合衆国憲法 (中村和夫先生・古口 章先生退職記念号)

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(1)

章先生退職記念号)

著者 根本 猛

雑誌名 静岡法務雑誌

巻 8

ページ 5‑37

発行年 2016‑04‑28

出版者 静岡大学法科大学院

URL http://doi.org/10.14945/00009667

(2)

■論 説 ■

同性婚 とアメ リカ合衆 国憲法

根  本

は じめに

同性婚 を認 めない州法 は合衆国憲法 に違反す るかが争われたオーバ ーゲ フェル判 (1)が2015年 6月末、世界を駆 け巡 った。

ミシガ ン、 ケ ンタッキー、オハイオ、テネシーの各州 は、結婚をひとりの男性 とひ とりの女性 の結合 と定義 している。原告 (上訴人)ら‑14組の同性 カ ップル と同性 パー トナーを亡 くした2人の男性 は、原告 らに結婚の権利を否定 し、また他州で合法 的 に行われた同性婚 に完全 な承認を受 ける権利を否定す ることで、被告 (被上訴人)

各州 は第14修正 に違反 していると主張 して、 それぞれの州の連邦地方裁判所 に提訴 し た。各連邦地裁 は原告勝訴の判決を下 したが、第6巡回区連邦控訴裁判所 は、原判決 を破棄 し原告を敗訴 させたので、事件 は連邦最高裁判所 にきた。

2年前 の結婚防衛法 (DOMA)違憲判決9)と 同 じ予想 どお りの ライ ンナ ップの1 票差で、最高裁 は、原告の主張 どお り、第14修正 は、州 に対 して、同性の2人の結婚 を認め、州外で合法的に行われた同性婚を承認す るよう要求 していると判断 した。 こ れに対 して、首席裁判官 ら4裁判官が、反対意見を述べている。

本稿では、 このオーバーゲフェル判決を詳細 に紹介するとともに、その意味を検討 してみたい。

Obergefell v Hodges,135 S Ct 258412015)本 判決 についての簡潔な紹介 として、大林啓 吾「 同性婚問題 に ピリオ ド?―― アメ リカの同性婚禁止違憲判決 をよむ」法学教室423号 38頁 (2015年)が有意義である。

United States v Windsor,133 S Ct 2675(2013)

(3)

  判 決

ケネデ ィー裁判官の法廷意見 (リ ベ ラル派4裁判官同調)

憲法 はすべての人 に自由を約束 している。その自由は、人々が法 に違反 しない限 り、

自身のアイデ ンティティーを決め表現す るある種の権利を包含 している。本件 におい て上訴人 らは、同性の誰か と結婚 し、その結婚を異性婚 と同一の条件で合法 とみな し て もらうことによって、その自由をみつけようとしている。

I(事実の概要)

憲法原理や先例を検討する前 に、当裁判所の前 にある問題の歴史 を振 り返 るのが適 当である。

異性の2人の結合であるとい う結婚の歴史が、本件の出発点 になっている。被上 訴人 にとっては、結婚を同性 カ ップルにも拡張す ることは時を超えた制度 を台無 しに す ることだろう。 しか し、原告 らは、結婚を貶めるどころか、原告 ら自身の経験が示 すように、結婚の権利 と責任 に対す る彼 らの尊重 と必要性か ら、結婚を求 めているの である。

結婚の歴史 は、継続 と変化の歴史である。許嫁婚の衰退や妻の無能力制度の撤廃 といった変化 は、結婚の枠組みの深 い変容を もた らし、かつて本質 とみ られた結婚の 諸側面 に影響 を与えている。 こうした新 たな洞察 は、結婚 とい う制度を弱めるのでは な く強めて きた。変化す る結婚 の理解 は、新 しい段階の自由が新 しい世代 に顕著 に なっているこの国の特徴である。

この ダイナ ミズムは、同性愛 の権利 に関す る全米 の経験 に もみ られ る。20世紀 に 入 って も、多 くの州 は、同性間の親密な関係 を不道徳 と非難 し、同性愛 は病気 と扱わ れていた。世紀 の後半、文化的 。政治的変化が、同性 カ ップルによリオープ ンでパ ブ リックな生活 を許容す るようになった。国民の考え方の変化 とともに公私両面で広範 な議論が続いた。

同性愛者の法的取 り扱 いの問題がまもな く裁判所 にや ってきて、法 に関す る公式な 対話 において議論 された。2003年、当裁判所 は、同性愛行為を処罰するジョージア州 法 を支持 したバ ウワーズ判決を判例変更 して、同性愛行為を犯罪 とする州法 は、同性 愛者の生活を貶めるものであると結論 した。2013年、結婚防衛法がやはり違憲 と判断

された。

(4)

(本章の番号 は、判決の シラバスに従 って、筆者が付 した ものである)

(1)第14修正の適正手続条項 によれば、州 は「法の適正手続 な しに何人か らも生命、

自由または財産 を奪 ってはな らない」。同条項が保護す る基本的 自由には、権利章典 に列挙 された権利の大部分が含 まれている。それに加えて、 この自由には、個人の尊 厳 と自律 の中心 にある個人 の選択 も含 まれ る。 この選択 とは、個人のアイデ ンテ ィ ティーや信念を画す親密な選択である。

基本的権利を見つけ出 し保護す ることは憲法を解釈す る司法の仕事の長年の一部で ある。しか し、その責任 は「何 らかの公式 には還元 されて こなか った」。歴史 と伝統 は、

この検討のガイ ドとな り統率す るものであるが、その外縁を画 していない。 この手法 は、我々の歴史を尊重 し歴史か ら学ぶが、過去 によってのみ現在が支配 され ることを 許 してはいない。

不正義 は、現代においてそのすべてを見通せるものではない。権利章典や第14修 を起草 し批准 した世代 は、 自由のすべてを知 っているとは考えなか った。彼 らはすべ ての人が自由―その意味を我々は知 っている一を享受す る権利を保護す る憲章を将来 の世代 に託 したのである。新たな洞察によって、憲法の中核的な保護 と受け入れたれ た法体系 との衝突が明 らかになれば、 自由の主張が検討 されなければな らない。

こうした考え方 によって、当裁半J所は長 い間、結婚の権利が憲法によって保護 され ると判断 して きた。 た とえば ラビング判決 は異人種婚 の禁止 を違憲 と判断 し、 ター ナー判決 は囚人 も結婚の権利を否定 されないと判断 した。た しかにこれ らの先例 は異 性間の関係 にかかわるものだった し、1972年には、同性 カ ップルに結婚を認 めないこ とは実質的な連邦問題を提起 していないという1行だけのベーカー対 ネルソン判決が ある。 しか しロー レンス判決などは、 より広範な憲法原理を表明 している。 これ らの 先例 は、歴史、伝統、 そ して他の憲法上の自由に由来す る結婚の権利の本質的な属性 をつ きとめた。 これ らの先例の拘束力 と理 由づ けが同性 カップルにも適用 されるか判 断するには、結婚の権利が長い問保護 されて きた根本的な理由を尊重 しなければな ら ない。

(2)こ うした分析 によれば、同性 カ ップルに も結婚の権利 はあるという結論 は必然で ある。検討 されるべ き 4つ の原則 と伝統 は、憲法上結婚 は基本的権利であるという理 由が同性 カ ップルにも同様 に当てはまることを示 している。

第 1に 、結婚 に関す る個人の選択 の権利 は、個人の自律 に内在す る概念である。結 婚 と自由のこうした永続的な関係ゆえに、 ラビング判決 は異人種婚の禁止を適正手続 条項に反す るとした。結婚 に関す る決定 は、個人がす る最 も親密な決定であ り、その 選択 は、人々の人生を形づ くる。結婚の本質 は、永続的な絆を通 じて、ともに2人が、

表情、親密 さ、高尚 さといった別の自由をみつけるものであ り、 このことは性的嗜好 にかかわ らずすべての人 にあてはまる。

(5)

2に、結婚が基本的権利 とされ るのは、結婚 によって、各人への重要性 におい て、他の結合 とは異 なる2人の結合をサポー トするか らである。結婚の権利が保護す る親密な関係が、結婚 したカ ップルの避妊の権利が憲法上保護 され ると判断 したグ リ ズウォル ド判決の肝だ った。囚人だか らといって結婚の権利を否定 されないと判断 し たターナー判決で も確認 されている。

ロー レンス判決が示すように、同性カップルも、親密な関係を享受するという異性 カ ップルと同様の権利がある。そ して この権利 は、刑事罰を免れるにとどまるもので はない。処罰 しないことはひとつの前進だが、完全な自由の達成 には不十分である。

第 3に 、結婚 は子 どもと家族を守 り、育児、生殖、教育 という関連す る権利か らも 有意義な ものであり、子 どもと家族 に、物質的な利益だけでな くもっと深遠な利益 も もた らす。すべての当事者が認めているように、多 くの同性 カ ップルは彼 らの子 ども に愛情 と家庭 を提供 している。現在、何十万人 もの子 どもが同性カ ップルによって養 育 されている。

すなわち同性 カ ップルを結婚か ら排除す ることは、結婚の権利の中核的前提 と衝突 す る。結婚が もた らす承認、安定、予測可能性がないと、子 どもは、彼 らの家族がい くらか劣 っていると思 うスティグマを被 る。彼 らは、結婚 していない両親 に育て られ、

困難で不安定 な家庭生活を送 るという実質的な損害をも被 る。本件で争点 となってい る婚姻法 は、 このように同性 カップルの子 どもを害するのである。

このことは、結婚の権利が子 どものいない人 たちにとって意味が小 さいとい うこと ではない。先例 によれば、生殖 の能力や意思 は結婚の条件ではな く、結婚の権利 には

さまざまな側面があ り、育児 はそのひとつにす ぎない。

最後 に、結婚 はわが国の社会秩序の要石である。2世紀前、 トックビルは「 アメ リ カほど結婚の絆が尊重 されている国は世界中にひとつ もない」と、この真理を認 めた。

当裁判所 も、結婚 は「家族 と社会の礎であ り、それな くしては文明 も進歩 もなか った」

と同調 している。

こうした理 由か ら、各州 は、法や社会秩序の中心に結婚を据え ることで、結婚の大 事な性質 に貢献 して きた。すなわち、歴史を通 して、税制、相続、財産権などに関す

る権利、利益、そ して責任を拡張す るか否か、結婚を根拠 に してきたのである。

このことに同性 カップルか異性 カ ップルかの違いはない。同性 カ ップルは、各州が 結婚 に リンクさせた利益を杏定 され、多 くの異性カ ップルな ら耐え られない不安定 な 状態 に置かれている。同性カ ップル も結婚の崇高な目的を熱望 しているのだか ら、彼

らをこの社会の中核的制度か ら締め出す ことは彼 らを卑 しめるものである。

結婚 を異性 カ ップルに限定す ることは、長 い間、 自然で正 しいことと思われて きた が、現在、結婚 という基本的権利の中核的意義 に反す ることは明 らかである。

被上訴人 らは、上訴人 らが求めているのは、結婚の権利ではな く同性婚 とい う新 し

(6)

い権利だと反論 している。 しか し、 これは当裁判所のアプローチと矛盾する。 ラビン グ判決や ターナー判決などは、異人種婚の権利や囚人の結婚の権利が求 め られたので はない。いずれの事件で も、広 い意味での結婚の権利が求め られたのである。

この原則 は本件 にも妥当する。 もし権利が過去 において行使で きた者に限定 される な ら、制限の現状それ 自体が制限の正当化理 由とな り、新 しいグループは否定 された 権利を援用で きないことになる。

結婚 は歴史 と伝統か ら基本的権利であるが、現代 において も重要 な自由である。宗 教的 。哲学的見地か ら同性婚 は誤 っていると考える人がお り、その信念 は本件で否定 されない。 しか し、その信念が法になると、結婚の自由を否定 された人々を貶め傷つ けることになる。憲法の下で、同性 カ ップルは結婚 において、異性 カ ップルと同 じ法 的取 り扱 いを求 めている。彼 らに結婚の権利を否定す ることは、彼 らの選択を軽ん じ 彼 らの人格を傷つ けることになる。

(3)同性婚の権利 は、第14修正 の平等保護の保障にも由来する。 自由と平等 は別個 の 概念であ り常 に共存 しているわけではない。 しか し一方が他方の意味 と適用範囲を理 解す るのに有益 となる場合 もある。

結婚の権利 にかかわる先例 は、 こうしたダイナ ミズムを示 している。異人種婚の禁 止を違憲 とした ラビング判決で当裁判所 は、 まず異人種 カップルの不平等 な取 り扱 い を理 由とした。続いて判決 は、この禁止が 自由の中核的概念を も侵害す ると判断 した。

結婚が基本的権利である理由は、異人種婚を禁ずる法律か ら生ずる害悪を完全 に認識 す ることで、 より明確で説得的な ものになる。 このことは、子の養育費の支払 いを怠 る父親の再婚を禁 じた法律を違憲 としたザプロッキ判決 において も同様である。結婚 の権利の本質が、 この法律 は平等の要求 と相容れないことを明 らかに した。

実際、 当裁判所 は、平等保護条項の解釈 にあた って、新たな洞察 と社会的理解が、

かつては意識 されず批判 も受 けなか った基本的制度 における不平等を明 らかにで きる と認識 して きた。1970年代か ら1980年代 に、20世紀 には普通だ った結婚 における性差 別 に対応すべ く、当裁判所 は平等保護原則を援用 して、結婚に関 して男女の不平等を 課す法律を違憲 と判断 して きた し、 自由と平等の関係 を再確認 した。

ロー レンス判決 も、同性愛者の法的取 り扱いにおける、 こうした憲法上の保障の連 動的性質を承認 した。判決 は適正手続条項 に基づ く判断だ ったが、同性愛者の親密 さ を犯罪 とす る法律か ら生ず る継続的不平等を認め是正 しようとした。すなわち、州 は

「彼 らの私的な性行為を犯罪 とす ることによ って彼 らの存在を卑 じめ彼 らの運命を支 配することはできない」 と判断 したロー レンス判決 は、同性愛者の権利 を定義 し保護 す る自由 と平等の原理の うえに成 り立 っている。

このダイナ ミズムが同性婚に もあてはまる。問題の法律が、同性カップルの自由に 重荷を負 わせていることは今や明白で、 さ らに平等の中核的概念を も侵害 している。

(7)

各州の婚姻法 は本質的に不平等である。同性カ ップルは、異性 カップルに与え られる すべての利益 を否定 され基本的権利の行使を妨 げ られているのだか ら。特 に、同性愛 関係の不承認 という長 い歴史 に照 らす とき、同性 カ ップルに結婚の権利 を認めないこ とは、重大かつ継続的な害悪を もた らし、同性愛者 を軽蔑 し劣位に置 くことにつかえ る。適正手続条項 と同様、平等保護条項 も結婚の権利の不正な侵害を禁止するもので ある。

(4)結婚の権利 は、人々の自由に内在す る基本的権利であり、第14修正の適正手続条 項 と平等保護条項 に基づ き同性 カ ップルは、その権利 と自由を奪われない。同性 カッ プルは、結婚の基本的権利を行使で きる。同性婚の排除が連邦問題を提起 していない とした1972年のベーカー対 ネルソン判決 は判例変更 される。本件で争われている各州 法 は、同性 カ ップルに異性 カ ップル と同一 の条件で結婚を認めていない範囲で違憲 。 無効である。

本件 において、 もう少 し立法、訴訟、そ して論争 を待 ってはどうか とい う考え方 は あ りうる。各州や原判決の多数意見 も同様の議論を している。 しか し、議論 はもう十 分 に行 われて きた。住民投票、州議会 での議論、草 の根 の運動、学術研究や他 の文 献、 そ して州裁判所や連邦裁判所でのおびただ しい訴訟 によって、 この争点の理解 は 高 まってきた。

もちろん憲法 は、基本的権利が侵害 されない限 り、変化の適切なプロセスとして民 主主義を想定 している。 しか し、人権が侵害 されたときは、民主的な意思決定 には普 遍的な価値があるにもかかわ らず、憲法 は裁判所 による救済を要求 している。 この こ とは、人権の保護の結果、最大級の重要性 と微妙 さに影響を与えるときで も同 じであ る。

害を被 った個人 は、基本的権利 を主張す るのに、立法府 の活動を待つ必要 はない。

害を被 ったときは憲法上の権利を援用できるのであ り、たとえ、国民の多 くが反対で も立法府が拒否 して も同 じである。憲法の考え方 は、「 一定の事柄 を政治的論争 の変 転か ら遠 ざけ、多数者 と公務員の決定の彼方に置 き、そ うした事柄を裁判所が適用す る法原則 として確立す ることである」。本件で当裁判所 にある争点 は、憲法が同性 カ ッ プルの結婚の権利を保護 しているのか という法的問題である。

バ ウワーズ判決はぎりぎりの多数決で、同性愛行為を処罰する法律を支持 した。そ のアプローチは、民主主義のプロセスを慎重 に支持 したと評価 され うるものだ った。

にもかかわ らずバ ウワーズ判決 は、同性愛者 に基本的権利を否定す る州の活動を支持 する効果があった。同判決 はその後判例変更 されたが、それまでに痛みと困惑が降 り かか り、判例変更の後 もず っとこうした損害の影響が続 いていることは疑いない。

(8)

同性 カ ップルを敗訴 させ る判決 は同様の効果を もち、第14修正 の下で許 されない。

上訴人 らの人生 は、当裁判所 に提起 されている争点 の緊急性を示 してお り、当裁判所 にはこの問題 に回答す る義務がある。

また各州 は、同性 カップルに結婚を許す と、異性婚が減少することになって、結婚 制度 に害を もた らす と主張 している。 しか しこの主張 は、異性 カ ップルが結婚 した り 子をもうけた りするときにどのように決めるかに関す る直感的におか しな見方 に基づ いている。そうした決定 は、個人的で ロマンティックな実際的考慮に基づ くものであ り、同性 カ ップルが結婚可能だか ら異性 カップルは結婚を選択 しないとい う結論 は非 現実的であ り、各州 は、 その主張の根拠 も示 していない。 この主張 に関 しては、本件 2人の同意 した成人の権利のみにかかわるもので、 その結婚は彼 ら自身や第二者へ の リスクを及ぼすものでないことに注 目することが適切である。

最後 に、第 1修 (表現 の自由や宗教 の自由を保障す る)は、宗教団体や信者が、

神の教えにより同性婚 は許 されないとい う真摯な信念を説 き続 けることを保障 してい る。 この ことは他の理由か ら同性婚に反対す る人 々について も同 じである。 しか し憲 法 は、州が同性婚を禁ず ることを許 していない。

V

14修正 は、州外で合法的に行われた同性婚を各州が承認す ることを求めている。

今や同性 カ ップルは、すべての州で結婚の権利を行使で きるのだか ら、州が州外で行 われた合法的な同性婚を、同性間であるとい う理由で州が拒否で きる法的根拠 は存在

しない。

結婚 ほど深遠な結合 はない。 というのは、愛、忠誠、献身、犠牲、家族 といった崇 高な理想を結婚 は具体化 しているか らである。結婚 という結合 によって、2人は以前 よ り偉大な ものになる。本件の被上訴人 らの何人かのように、結婚は死後 も続 く愛を 具体化する。彼 らが結婚の考え方を尊重 していないと言 うことは、 こうした男女を誤 解 している。彼 らの願 いは、彼 らがか くも深 く結婚を尊重するがゆえに彼 ら自身 につ いて も結婚の成就を望むというのである。彼 らの希望は、文明最古の制度のひとつか ら排除されて孤独 に生 きよと宣告 されないことであ り、法の観点 において も平等な尊 厳を求めている。憲法 は、彼 らにその権利 を与えている。

反対意見

(1)ロ パーツ首席裁判官の反対意見 (ス カ リア、

 

トーマス各裁半」官同調)

上訴人 らは、社会政策 と公正の考慮 に基づ く強力な主張を している。異性 カ ップル と同様、同性 カ ップルは結婚を通 じて、愛 とコ ミッ トメン トを確認することを許 され

(9)

るべ きだ と主張 している。 この立場が アピールす るものであることは否定できない。

過去6年間にわたって、11州DCの有権者 と州議会 は、同性の2人の結婚を許すよ うに州法を改正 して きた。

しか し、当裁判所 は州議会ではない。同性婚が良 い考えか否かは当裁判所 には何の 関係 もないはずである。憲法の下で、裁判官 は何が法であるかを言 う権限を与え られ ているが、法がどうあるべ きかを言 う権限ではない。憲法を批准 した人々が裁判所 に 授権 したのは、「力や意見の押 しつけではな く法的判断だけである」

結婚を同性 カ ップルにも広 げるという政策的主張 は強力か もしれないが、それを要 求す る法的主張 は強力ではない。結婚 という基本的権利 は、州 に結婚の定義を変えさ せ る権利を含んでいない。そ して、人類の歴史を通 じてあ らゆる文化において一貫 し て きた結婚 の意味を維持す るという州 の決定 は、不合理であるとはとて も呼べない。

要す るに、我 々の憲法 は、結婚について、特定の理論を規定 していない。州民 は、同 性 カ ップルに も結婚を広 げるか、歴史的定義を維持す るか 自由である。

しか し、本 日、当裁判所 は、すべての州 に同性婚を認めるよう命ずるとい う途方 も ない一歩を歩んでいる。多 くの人々はこの判決を祝福す るだろうし、私 は彼 らの祝福 をいとうものではない。 しか し、人の支配ではな く法の支配を確信する者 は深 い落胆 にある。同性婚の支持者 は、彼 らの見解を採用 させ るために、民主的プロセスを通 じ て同輩の市民 を説得 し相当な成果を収めてきたが、本 日終わ った。5人の裁判官が論 争を終わ らせ、彼 ら自身の結婚観を憲法解釈 として制定 したのである。人民の意志か らこの争点 を奪 うことは、 より受 け入れがたい劇的な社会的変化 を作 り出す ことで、

同性婚 に暗雲を投げかけるものである。

法廷意見 は、法的判断ではな く意見 の表明 (an act of will)で ある。宣言 された 権利 は、憲法 にも先例 にも何の根拠 もない。法廷意見 には謙虚 さの装いさえな く、社 会を自らの「 不正義の本質についての新たな洞察」 に合わせて作 り変えたいという欲 求 にあか らさまに基づ くものである。結果 として、当裁判所 は、半数以上の州の婚姻 法を違憲 として、何千年 もの間、 プッシュマ ンや漢民族 など人類社会の基礎を形作 っ てきた社会制度の変革を命 じたのである。いったい我 々は何人 (なに じん)なんだろ

うか?

自身の好み と法の要求 とを混同す ることは裁判官にとって魅力的なことである。 し か し、憲法 は「根本的に異 なる見解を持つ人々のために作 られている」 ことを、当裁 判所 は歴史 を通 じて認識 してきた。 したが って、「 裁判所 は、政策や立法が賢明かに 関与 しない」。法廷意見 は、本 日、司法 の役割 についての こうした抑制的な考え方を 無視 している。憲法が人民 に委ねた問題を横取 りして、憲法の中立的な原理ではな く、

「 どんな自由があるべきか」についての自身の理解 に基づいて答えを出 している。

この反対意見の本意 は次のとお りである。同性 カップル も含むように結婚制度 を変

(10)

更すべ きかが問題ではない。我々の民主政治 において、 この決定が、代表者を通 じて 行動す る人民 に委ね られているのか、法的紛争を法 に従 って解決す る仕事 にたまたま 就 いている5人の裁判官 に委ね られているのかが問題である。憲法がその答えを残 し ていることは疑 いない。

I

上訴人 らは、結婚の権利 とその平等が重要であることに依拠 している。憲法が双方 を保護 していることに争 いはない。本件 における真の問題 は、「結婚Jと は何かを誰 が決めるかである。

法廷意見や上訴人 も認めているように、すべての文明において何千年 もの間、結 婚 は、 ひとりの男性 とひとりの女性の結合だ った。結婚の定義 は、何かの運動の結果 生 まれたのではな く、 ま してや同性愛者を除外す る決定の結果で もなか った。生涯 に わたる安定的な環境 において育児 にコミッ トす る父母 によって子 どもが生 まれること を保障す るという切実な必要を満たすために自然 にそ うな ったのである。人類 は生殖 な しには生 き延 びていけない し、生殖 は男女間の性行為 による。それゆえ、子 どもに とって も社会 にとって も、生殖に結 びつ く性行為 は、永続す る絆にコミットす る男女 間においてのみ行われるべ きであり、社会 は、その絆を結婚 として認めて きた。法廷 意見 も「建国時、結婚 は男女間の自発的な契約だ ったJと認めている。

憲法は、結婚について何 も語 っていない。 ウイ ンザー判決 もいうように、憲法の起 草者 は、各州 に委ねたのである。建国時のすべての州が、結婚を伝統的に定義 してい

たことは議論の余地がない。有名な辞書などで も同 じである。

当裁判所 の先例 も繰 り返 し、結婚を伝統的な意味で叙述 してきた。法廷意見がい う ように、時を経て、結婚 は変化 した側面 もある。 しか し、男女間の結合 とい う中核 の 意味は一貫 している。

B(同

性婚をめ ぐる最近の動 きと本件の経緯)

法廷意見 は、当裁判所の先例に、同性婚の基本的権利を支持する 4つ の「原理 と伝 統」をみつけようとしている。 しか し実際には、法廷意見のアプローチは、 ロクナー 判決 にみ られる司法による政策決定 という原則を欠 いた伝統以外 には、原理にも伝統 にも根拠がないものである。 まぶ しい レトリックを剥 ぎ取 ると、法廷意見 は、彼 らや 社会にとって善 となるがゆえに、適正手続条項 は同性 カ ップルに結婚の基本的権利 を 与えているというのである。立法者だった ら、私 は社会政策の問題 としてその見解を

(11)

検討 したい。 しか し、裁判官 と して私 は、法廷意見 の立場 は憲法解釈 と して擁護で き ない と考え る。

上訴人 らは、表現の 自由のよ うな列挙 された憲法上 の権利が侵害 されたと主張 し てい るわ けで はない。彼 らは、 自由を「法 の適正手続」 な しに奪 ってはな らないとい

う第 14修正 の要求 に含 まれ る権利が侵害 されていると主張 している。

当裁判所 は、適正手続条項が実体的な権利 を保護す る もの と解釈 して きた。 すなわ ち、我 ら人民 の伝統 と良心 に根づ き基本 的 とランクされ る権利 は、非常 に強力 な正当 化理 由な しに奪 ってはな らない。選挙で選 ばれていない連邦裁判官が どの権利 を基本 的 とランクす るかを決 めることを許すのは司法 の役割 に関す る懸念 を生 じさせ ること は明 らかである。 したが って、我 々の先例 は、適正手続条項が保護す る自由が当裁判 所 の裁判官 の政策的好 みに変質す ることがないよ う裁判官 は最大 の注意 を払 うことを 求 めて きた。

実体的適正手続 とい う劇薬 の使用 に対す る自制 の必要性 は、当裁判所が困難 な時代 に学 んだ教訓 である。 当裁判所が実体的適正手続 を初 めて適用 したのは ドレッ ド・ ス コ ッ ト判決 だ った。 この判決 で、奴隷制度 を制約す る立法が奴隷主の黙示的権利 を侵 害す るとい う理 由で ミズー リ協定を違憲 と した。

ドレッ ド・ スコ ッ ト判決 は、南北戦争 とその後 の憲法改正 によって覆 されたが、適 正手続条項 につ いての このアプ ローチは再 び現れた。一連 の判決で、当裁判所 は、個 人 の権利 に対す るお節介 な干渉で契約 の自由に対す る不 当な干渉であるとして、州法 を違憲 と した。 ロクナー判決 で は、労働 時間の制限 を、「我 々の判断で は、保健法 と

して必要 または適切 と判断す る合理的根拠が ない」 とい う理 由で違憲 と判断 した。

反対意見 は、 この州法が労働者 の健康 に対す る州議会 の懸念 に基づ く合理的な対応 とみ ることがで き、法廷意見 の結論 は、憲法がひ とつの経済理論 一国民 の大部分が信 奉 していない―を採用 していないか ぎり支持で きない と述べた。 ホームズ裁判官 によ れば、憲法 は、「 特定 の経済理論 を具体化 した もので はない。憲法 は、根本 的 に異 な る見解 を持つ人 々のために制定 された。我 々が、 ある見解 を 自然であ りな じみ深 い も の とみ るか、逆 に新奇で シ ョッキ ングな もの とみ るか は、 それを具体化 した法律が違 憲か否かの結論 を左右すべ きで はない」

ロクナー判決後 しば らくの間、最高裁判所 は個人 の 自由を侵害す ると して200近 く の法律 を違憲 と判断 したが、つ いに過 ちを認 め繰 り返 さない ことを誓 った。「適正手 続条項が、裁判所 に立法が賢明で はないと考え るときに違憲判決 をす る権限 を与 えて いるとい う理論 は、廃棄 されて久 しい。我 々は、法律 を制定す るために選挙 された立 法府 の判断 に、裁判所 は自らの社会経済政策 の信念 を代位 しないとい う憲法本来 の立 場 に回帰 した」。 したが って、最高裁判所 が「 賢明で はない とか先見 の明が ない とか

(12)

特定の経済理論 にそ ぐわないとか」の理由で法律 を違憲 と判断 しないことは確立 され たルールにな っている。

ロクナー判決の過ちを繰 り返 さないために、我々の先例は、実体的適正手続条項が 保護す る黙示的権利 は「客観的な ものでなければな らず、わが国の歴史 と伝統 に根 ざ

し、秩序ある自由の概念 に内在す るものである」 ことを求めて きた。

明文の憲法規定がない領域での責任 ある判断形成 には指針が ほとんどないことに鑑 みれば、歴史 に根拠を置 くアプローチが、司法 に対 して、他の抽象的な公式 に基づ く

ものよ り意味のある制約 となる。権利 を突然、劇的 に拡張す ることは権利 を元々の ルーッか ら引き裂 く可能性が強い。 このデ リケー トな試みにおける自制を確保する唯 一の方法 は、「歴史 の教えの尊重 を絶 えず こだわ ること、我 々の社会の根底にある基 本的価値を しっか り認識す ること、そ して連邦制 と権力分立の大 きな役割を賢明に評 価す ることである」

法廷意見 は、 こうした理論的な背景を全 く認識 していない。だか らこそ、長年 の 先例 と激 しく対立 し、最高裁判所を無原則なロクナー・ アプローチに戻す実体的適正 手続の積極的な適用になったのである。

法廷意見を駆 り立てたテーマは、結婚 は望 ま しい ものであり上訴人 らが結婚を望 んでいるとい うことである。法廷意見 は、結婚の卓越 した重要性を指摘 し、上訴人 ら は、結婚を貶 めた り、 その価値を切 り下げた り、傷つ けた り、ばかに した りしようと していないと繰 り返 し主張 している。 た しかにその とお りであるも実際、上訴人 らの 個々の切迫 した事情 は、同性 カ ップル も結婚を許 され るべ きではないか と多 くのアメ リカ人が頭を切 り替えた一番の理由になりそ うである。しか し、憲法の問題 としては、

上訴人 らの希望のま じめさは無関係である。

法廷意見 は、法の問題 としては、主 に結婚の基本的権利 に関する先例に依拠 してい る。 もちろん、 これ らの先例 は、結婚 したい人 は誰で も結婚する憲法上の権利がある と判断 したわけではない。結婚への障壁には正当化事 由が必要であることを州 に要求 しているのである。

これ らの事件で争われた法は、男女の結合 という結婚の中核的定義を変更 しようと は していなか った。法廷意見 も認めるように、 これ らすべての事件で検討 された「異 性パー トナーの関係を前提 としていた」

要約す ると、結婚の権利 に関する判例 は、伝統的に定義 された結婚へのアクセスに 対する個々の制約が適正手続 に違反す るという、重要ではあるが限定的な立場 に立つ ものである。 これ らの先例 は、上訴人 らが本件で求 めている、州 に結婚の定義を変更 させる権利 については何 も語 っていない。上訴人 らも法廷意見 も、そ うした憲法上の 権利の根拠 となるひとつの判例 もひとつの法的資料 も引用 していない。そんな ものは 15

(13)

存在 しない し、 この ことは上訴人 らの主張を否定す るのに十分である。

法廷意見が挙 げるロー レンス判決やプライバ シーにかかわる他の判決 は、上訴人 らが本件で主張 している権利を支持するものではない。避妊や同性愛行為を禁止する 刑事法 とは違 い、本件で争われている婚姻法 は、政府の介入 に関するものではない し、

刑罰 を科す もので もない。プライバ シーに関す る先例が、法廷意見の根拠 とな らない 理 由は、上訴人 らが求めているのがプライバ シーではないか らである。正反対 に、彼 らは彼 らの関係の公的な承認を求めているのである。 したが って、先例が承認 したプ ライバ シー権 は、同性 カップルの親密な行為を保護す る役割を果たすが、結婚の定義 を変えた り本件で争われている法律を違憲 とする根拠 とはな らない。

結局、法廷意見の方法論を唯一支持す るのはロクナー判決である。本 日の判決 は、

彼 らが結婚を望んでお り結婚を否定す ることは彼 らの選択をさげすみ彼 らの人格を貶 めるか ら同性 カ ップルは結婚を許 されるべ きという多数派裁判官 自身の確信以外 に根 拠がない。道徳的な問題 として、そ うした信念 にどんな力があったとして も、憲法上 の根拠がない点では、 ロクナー判決で採 られた裸の政策的選択 と同 じである。

法廷意見の立場が招 く差 し迫 った問題のひとつが結婚を2人の結合 とする定義を各 州 は維持で きるのかである。法廷意見のあちこちに「2人Jという形容詞が挿入 さ れているが、結婚の核心の定義 として、男女の要素 はそ うではないのに 2人 の要素 は 維持 され るのか全 く説明がない。実際、歴史 と伝統の観点か らは、異性婚か ら同性婚 への距離 は、2人の結合か ら複数での結合 ―世界中のい くつかの文明に深いルーツが ある一への距離 よ りはるかに大 きい。法廷意見 は大 きな一歩を喜んで したのだか ら、

小 さな一歩 にどうしてノーと言 うのだろうか。

法廷意見の理由づけは複婚の基本的権利の主張 にぴった りと当てはまる。結婚を望 2人の男性や2人の女性の絆 とそ うした深 い選択を した彼 らの自律が尊 いな らば、

同様の状況の3人の絆 と自律 はどうして尊 くないのだろうか

彼 らの子 どもが 自ら の家族が劣位 にあるという汚名 を被 るゆえに同性 カ ップルには結婚の権利があるな ら、子 どもを育て る3人以上の複婚の家族 に同 じ理由は当てはまらないのだろうか ?

結婚の機会を認めないことが同性愛 カ ップルを貶め劣位 に置 くというな ら、同 じこ とはどうして複婚を望む人々を貶め劣位 に置 くことにな らないのだろうか ?

私 は、同性婚 と複婚がすべての点で同 じだ と言 っているわけではない。異なる法的 分析が必要 となる相違 はあるか もしれない。 しか し、 日頭弁論で複婚 について質問さ れたとき、被上訴人 らは、州 には「そ うした制度 はない」 と答えるだけだった。だが、

これ こそがポイ ン トである。本件で争点 となっている各州 には、同性婚の制度 もまた ない。

法廷意見 は終わ りのほうで、 自らの判断についての、たぶん最 も明晰な洞察を し ている。結婚を同性 カップルにも認めることは「彼 ら自身や第二者 に害悪を もた らす

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リスクがない」というのである。再 びこの主張は「本件のよ うな法律 は、公衆の安全、

道徳 または福祉 に関係す るものではな く、公衆 の利益 はいささか も影響 を受 けない」

とい う主張 に依拠 したロクナー判決 に共鳴す る。

過去 にも現在 において も他者危害の原則 (harm principle)の 主張 は、法 よりも哲 学 において聞かれる。その当否 は道徳哲学 においては分かれるだろう。 しか し裁判官 の任務 は、「適正手続」の回実で善良な市民 に特定の道徳的、哲学的または社会的洞 察を押 しつ けることではない。 こうした争点 に適切 なプロセスは、民主制 のプロセス である。 こうした理解 を尊重す るには、 当裁判所が、特定 の社会思想 ではな く法 に よって導かれ る必要がある。 ロクナー判決のホームズ反対意見流に言 うな ら、第14修 正 は、 スペ ンサーの社会静態論 を具体化 した ものでないのと同様、 ミルの自由論を具 体化 した もので もない。そ して、特定の結婚概念を具体化 していないこともた しかで

ある。

上訴人 らは、州が同性婚を承認 しなければな らない根拠 として平等保護条項を も主 張 している。 しか し、本件で争われている婚姻法 は平等保護条項 に違反するものでは ない。異性 カ ップルと同性 カ ップルの区別 は、「伝統的な婚姻を維持す るという正 当 な州の利益」 に合理的に関連 しているか らである。

当裁判所の正統性 は、究極的にはその判断に与え られ る敬意 に左右 される。その敬 意 は、憲法 と法律に従 い判決を下す際に謙虚 さと自制を行 っているとい う認識 ―そ し て現実 一か ら生 まれる。 しか し本 日の法廷意見が描 く最高裁判所の役割 は、謙虚で も 自制で もない。法廷意見 は繰 り返 し、社会的変化を実現す る司法の役害Jを称賛 してい る。法廷意見の言葉を借 りるな ら「新 しい世代 に顕者 になっている新 しい段階の自由」

を作 る責任があるのは、人民ではな く裁判所である。

わが国 を建国 した人 々は、司法 の役割 について法廷意見 の考え方を認 めないだろ う。彼 らは、 自らの生活 と運命を自己統治の大事な権利 に委ねた。彼 らは決 して、社 会政策を決定す るこの権利が、政治的責任 を負わず選挙 によ らない裁判官 に服従す る

とは考えなか った。「真 に十分 な議論Jの後な らば政策判断を裁判官が覆す システム に、彼 らが満足 しなか っただろうことは間違 いない。我々の民主主義 において、法の 内容 に関す る議論が行われたか らといって、裁判所が 自らの意思を強制できる十分条 件 とはな らない。「憲法 は、立法部や大統領府を、一定 の時間が経 って問題が未解決 な ら連邦司法部が ブザーを押 して自ら答えを示すテ レビのクイズ番組の立場に置いて いない」。有権者が、品位 ある合理的な根拠で この微妙 な争点を解決する能力がない

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と推定す るのは民主主義のプロセスを貶 めることになる。

最高裁判所 の権力の蓄積 は真空の状態で起 きるわ けではない。それは人民の犠牲の うえにもた らされる。そ して人民 はその ことを知 っている。わが国で、そ して海外で、

人民 は、同性婚 の争点 について真剣で思慮深 い論争 の真 っただ中にいる。有権者や政 治家などが この問題を検討 し同性婚 に賛成 した り、反対す るのを見ている。外国にお いて も、民主主義のプロセスにおいて同様の ことが行われているのを見ている。

民主的な方法で決定 され ると、 その結論 に不満 な人が生 まれ ることは避 け られな い。 しか し、 自身の見解が受け入れられなかった人々も、少な くとも自分の意見が言 えたことは理解 し、公正で正直な議論の結果を甘受す る。 さらに、彼 らはその争点を 後 に提起 し、再考 させ るべ く勝者 を説得 しようと考 える。「 これ こそが、我 々の統治

システムが機能す ることを想定 されている方法である」

しか し、本 日、最高裁判所 はそれをすべて止めた。憲法 に基づ きこの問題を判断す ることによ って、民主 的決定 の領域か ら取 り去 ったのである。声を否定 された人民 は、裁判所が通常判断すべ きと思われない争点 についての裁判所の判決を受 け入れな いものである。本 日、同性婚の支持者が どれだけ喜んだとして も、彼 らが失 ったもの を知 ってお くのは意味がある。善良な市民に彼 らの主張の正 しさを説得す ることか ら

もた らされる真の受容 を得 る機会を永久 に。

性的嗜好 にかかわ らず、同性婚の拡大を好む多 くのアメ リカ人のひとりな ら、 とも か く本 日の判決を祝福すれば良い。望 ましいゴールの達成 に、パー トナーとの関係の 新たな形 に、そ して新たな恩恵が得 られることに祝福を。 しか し、憲法を祝福す るこ

とはで きない。憲法 とは全 く関係がないのだか ら。

(2)スカ リア裁判官の反対意見 (ト ーマス裁判官同調)

法が結婚 をどう規定 していようが、私にとって特別な重要性 はない。 しか し、私を 統治 しているのが誰かは途方 もな く重要なことである。本 日の判決 は、私の統治者 は、

そ して3億2000万人 のアメ リカ国民の統治者 は、最高裁判所の 9人 の法律家の過半数 だ と言 っている。憲法が言及 していない「権利」を最高裁判所が創造する権限を極限 まで拡張す ることは、人民か ら最 も重要な自由―自己統治の自由を奪 うものである。

I

裁判所が待 ったをかけるまで、同性婚をめ ぐる公的な論争 は、最善のアメ リカの民 主主義 を示す ものだ った。双方 は、熱心 に、 しか も敬意を もって、市民 に彼 らに同調 するよう説得 してきた。 アメ リカ国民 は議論 を検討 し、問題を投票 にか けた。11州 伝統的な結婚の定義を拡張することを選択 し、他の多 くの州 は拒んだ。勝 って も負 け

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て も双方 は、 自 らの主張を続 け、負 けは将来 の勝利で取 り返せ るか もしれないと思 い 安心 した。 これは、我 々の統治 システムが期待 どお りに機能 した結果である。

憲法 は、表現 の自由の制約 など、自己統治 にい くつかの制限を加 えている。 しか し、

こうした人権規定 を別 にすれば、 自己統治 の権限を州 や州民 に留保 して いる。本件で 我 々が問われているのは、第14修正が同性婚 を認 めるよ う州 に要求 しているかである。

もちろんそ うで はない。法廷意見が、連邦憲法 に結婚 につ いての指示 を見つ けだ し たのは驚 きであ る。 同調す る裁判官 も同 じ組 み合 わせで法廷意見 の裁判官 は、 た った

2年前、我 々に こう言 った。

家族関係 の規律 は長 い間、 ほとん ど排他的 に州 の領域 と見 なされて きた。

歴史 を通 じて連邦政府 は、家族関係 に関す る州法 の決定 を尊重 して きた。

しか し、憶測 の必要 はない。第14修正 が批准 された1868年、すべての州で結婚 は男 女間 に限 られ、誰 もその合憲性 を疑わなか った。本件 はこれで解決 され る。 同性婚 を め ぐる公的な論争を継続 させれば良 いのである。

しか し、 当裁判所 は、法 の装 いはわずかにさえない法廷意見で、 この論争 を終わ ら せた。第14修正 を批准 した人民が どう考えよ うとも、 同修正 は、司法部が「合理的な 判断」 において、保護 され るべ きと考え る権利 を保護 していると、正直で驚 くべ き主 張を してい る。 その理 由は「権利章典 や第14修正 を起草 し批准 した世代 は、 自由のす べてを知 って いるとは考 えなか ったJから。普通 は、「 それゆえ、彼 らは憲法改正 の 手段 を用意 したJあ るいは「 同性婚の 自由のよ うな付加的な権利の創造 を、立法過程 を通 じて、人民 に委 ねた」 と続 くものだ ろ う。 しか し、「彼 らはすべての人 が 自由―

その意味 を我 々は知 っている― を享受す る権利 を保護 す る憲章 を将来 の世代 に託 した のである」。「我 々Jとは言 うまで もな く、我 々9人の裁判官である。つ ま り、何が権 利かについて、批准時や現在 の人民 の理解 に焦点 を当て るのではな く、法廷意見の見 解 において、州が結婚 を男女間に限定す ることを禁ず る4つの「原則 と伝統Jに焦点 を当てたのである。

これ は、我 々の統治形態 とは根本的に異 な る、司法 による超立法権 の裸 の主張であ る。人民 を9人の選挙 されない法律家の委員会 の下 に置 く統治形態 は、民主主義 と呼 ぶ に値 しない。

法廷 意 見 を構成 す る5人の裁 判官 は、 す べ て の州 は、 第14修正 の批 准 か らマサ チ ューセ ッツ州が同性婚 を認 めた2003年 まで135年 間憲法 に違反 して きた と結論 して 全 く愉快で ある。彼 らは、第14修正 に、同修正批准時 に生 きていたすべての人 とその 後 の世代 の大部分が見落 と していた「基本 的権利」 を発見 したのであ る。 ホームズ、

19

(17)

ブランダイスや ブラックなど先達が見つけられなか った権利 を。 そ して、彼 らは、わ ずか15年前 まですべての世代 とすべての社会の全員一致の判断に執着す るすべての市 民 は憲法 に逆 らっていると言いたいのである。

法廷意見 は、内容が自己中心的であるばか りかスタイル も自惚れである。最高裁判 所 の個別意見 に、放縦 (extravagances)、 ときにはばかげた放縦があ った として も 仕方ない。 しか し、法廷意見 にそうした放縦があれば別物である。法 においては、論 理 と正確 さが期待 される。本 日の法廷意見に含 まれる戯言 は、明晰な思考 と賢明な判 断 という当裁判所 の評判を減 じるに違いない。

(3)ト ーマス裁判官の反対意見 (スカ リア裁判官同調)

本 日の判決 は、憲法 と矛盾するばか りではな く、わが国の建国の原理 にも反す るも のである。1787年以前か ら、 自由とは政府 に給付を求める資格ではな く、政府の行為 か らの自由を意味す ると理解 されてきた。起草者 は、 自由の この理解を維持す るため に憲法を作 った。 しか し、法廷意見 は、起草者が認 めない自由の名 において憲法を持 ち出 し、起草者が保護 しようとした自由を台無 しに している。法廷意見 は、人間の尊 厳 は固有のものであるという独立宣言 にもある考え方を否定 し、人間の尊厳 は政府 に 由来す ると示唆 している。 この憲法の捻 じ曲げは、文言を無視するだけではな く、個 人 と国家の関係 を変更す るものあり、私 はこれに反対す る。

I

法廷意見 は、生命、 自由、財産を奪 う前 に適正手続を保障す る条文 にその根拠を求 めている。私 は別 の判決 において、適正手続条項を実体的権利の源泉 として扱 うこと の危険性を説明 して きた。

憲法 の条文か ら外れ、実体的適正手続 は人民の犠牲 の うえに裁判官 の地位 を高 め る。上訴人 らは、当裁判所の9人の裁判官 に、彼 らの結婚の定義を連邦憲法 に書 き込 み、通常の民主主義のプロセスの範囲外 に置 くよう求めている。

たとえ実体的適正手続の理論 に何 らかの擁護すべ き点があるとして も、なお上訴人 らの主張の根拠 にな らない。実体的にせよ手続的にせよ適正手続条項の保護を援用す るには、「 生命、 自由または財産」が奪われた ことを証明 しなければな らない。法廷 意見 は、各州法が上訴人 らか ら「 自由」を奪 ったと主張 しているが、その「 自由」の 概念 は、適正手続条項で使われて きた自由の もっともらしい意味 とは似て も似つかぬ

ものである。

歴史的に、適正手続条項の「 自由」は身体的な制約を受 けないことを意味 して きた。

(18)

この定義 は我 々 の憲法 の文 言 と構 造 に合 致 す る。

同条項の「 自由Jが身体的制約か らの自由に限定 されないと仮定 したとして も、法 廷意見が主張す るような権利 は含 まれない。 アメ リカ法の伝統 において、 自由は、政 府の特定の資格を受 ける権利ではな く、政府の行為か らの自由 と理解 されて きた。

どち らの意味で定義 して も、上訴人 らは自由を奪われてはいない。上訴人 らは、同 性愛関係 によって、各州か ら投獄 された り身体的な拘束を受 けていない。反対 に、平 穏 に同居 し子 どもを育てることがで きた。 また、各州 は、上訴人 らが同性愛関係 に入 り、そのパ ー トナーと結婚式を して誓約 を交わ し、家庭を築 き子 どもを育てることに 何の制約 も加えて こなか った。

各州 は、上訴人 らに政府が認 める結婚 という承認を与えなか っただけである。起草 者が認 めていた結婚の権利 は、政府の承認や恩恵 まで含む ものではなか った。

上訴人 らの誤解 は、結婚の権利 に関す る先例の理解 にも及んでいる。 ラビング判決 などは、結婚 につなが る私的な行為 の刑罰 を伴 う絶対的な禁上 に関す るものだ った。

いずれの事件 も、本件よ うな政府の承認 と恩恵の拒否 にかかわるものではなか った。

自由の本来の意味についての法廷意見の捻 じ曲げは、 自由を保護す る我々の憲法秩 序 に別の副次的 ダメージを もた らすだろう。

明 らかに法廷意見 は、自由の擁護 と しての統治過程を無視 している。憲法の枠内で、

人民 は自然権を行使す る権限を留保 している。 このプロセスは州 レベルでは、主 に代 表民主制 によっている。結婚の定義 も各州の論争のテーマとな って きた。35州におい ては州民投票が行われ、 うち32州は結婚の伝統的定義が選ばれた。上訴人 らはこの結 果 に不満だろうが、 このプロセスの正統性 は変わ らない。

法廷意見 は長 く保護 されて きた宗教の自由を脅かす。我々の社会において、結婚 は 政府の制度であるばか りか宗教的な制度で もある。本 日の判決 は前者を変更す るだろ うが、後者 を変えることはできない。個人や教会が同性 カップルの結婚式 に参加 した り祝福す る必要 に直面 したとき、双方 に衝突が起 きることはほとん ど不可避である。

宗教 の自由には、宗教的な事項一般 についての行為の自由が含 まれ、宗教的活動 に課 される世俗 の制約 に直接関係する (宗教的な理 由で同性婚を認 めない教会や個人 も同 性婚を容認 させ られ るという意味で)。

おそ らく本件が本当の意味での 自由にかかわ るものでないことが分か っているの で、法廷意見 は、判決が同性 カ ップルの「尊厳」を増進するものだと主張 している。

この理由づ けの誤 りは、憲法 には「尊厳」条項がないことである。か りにそ うではな

(19)

いとして も、尊厳 は政府が与えたり奪 ったりできないものである。

このように法廷意見の誤用 は根深い ものだが、法廷意見が貶めた人々―各州側の訴 訟当事者や違憲 とされた婚姻法の定義 に賛成 した人々、伝統的な結婚の定義 に執着 し 続 ける人々、 そ して建国時の自由や尊厳の理解を信 じ続 ける人々の尊厳 には何の影響

もない。

独立宣言 と同様、我々の憲法 はひとつのシンプルな真実を前提 としていた。自由は、

尊厳 には言及す ることな く、国家によって与え られるのではな く、国家か ら保護 され ることを意味す るのである。本 日の判決 は、 この真実を退 けるものである。望んだ結 論 を急 ぐあまり、法廷意見 は、実体的な権利を生み出すために「 適正な手続」 に焦点 をあてた条項を誤 って適用 し、適正手続条項が保護す る「 自由」の最 も正 しい理解を 無視 し、 この国が拠 ってたつ原理を台無 しに した。本判決 は、我々の憲法 と社会 に予 想で きない影響を与えるだろう。

(4)ア リ トー裁判官の反対意見 (スカ リア裁判官、 トーマス裁判官同調)

連邦裁判所が介入するまで、 アメ リカ国民 は、その州が同性婚を認めるべ きか否か の論争を して きた。 しか し、本件で問われているのは、州が同性婚をどう扱 うべ きか ではな く、憲法がその答えを用意 しているかである。憲法 は、 自ら答えを用意せず、

各州の人民の決定 に委ねている。

I

憲法 は同性婚の権利 について何 も言及 していないが、法廷意見は、適正手続条項の

「 自由」 にはこの権利が含 まれ ると判断 している。わが国は、すべての人 は譲 り渡す ことがで きない権利を有す るという原理のうえに作 られているが、 自由という言葉に は多様な意味がある。本 日の法廷意見 にとっては、著 しくポス トモダンな意味を持 っ ている。

選挙 によ らない5人の裁判官が自らの好みをアメ リカ国民 に押 し付 けることがない よう、当裁判所 は、適正手続条項の「 自由」は、「 この国の歴史 と伝統 に深 く根づ いた」

権利のみを保護す ると判断 して きた。同性婚の権利が こうした権利 に当た らないこと は、議論の余地がない。本 日の法廷意見 にとつて、同性婚の権利が深いルーッを欠 く ことや長 く確立 された伝統 に反 していることはどうで もよいことである。法廷意見の 裁判官 は、 自らが基本的 と信ずるという理由だけで、同性婚の権利 に憲法上の保護を 与える権限を主張 しているのである。

法廷意見が持 ち出 してきたのは、平等取 り扱いの権利 とい う争点である。結婚 は基

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