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マルクス主義理論史研究の課題(Ⅹ)―岡田和彦著『レーニンの市場と計画の理論』によせて―

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岡山大学経済学会雑誌

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マルクス主義理論史研究 の課題

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岡田和彦著 『レーニ ンの市場 と計画の理論』 に

よせて-太

仁 樹 1 レーニンは,マル クス主義理論史のなかで も際だ って重要な人物である。 レーニンの理論に賛成す る人で も反対す る人でも,この ことについて異を唱 える人は少ないであろ う。しか し,「レーニン研究」と称 して,自らの政治的 プロパガンダをお こなお うとす る著作は汗牛充棟であるが(l),日本 の学界 は レーニンを対象 とす る研究を数える程 しか産出 していない。 た とえば,岩波版 『経済学辞典 第3版』において, レーニンの項 目 (和 田春樹執筆)であげ られている,日本人に よる レーニン研究の著作は,わず かに6点である(2)。すなわち,①太 田仁樹 『レーニンの経済学』(御茶の水書 戻

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年),②河合秀和 『レーニ ン』 (中公新 書

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71

年),③雀都幸隆 『レーニンの ロシア革命像』 (未来社

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年),④ 田中真晴 『ロシア経済思 想史 の研究』 (ミネル ヴァ書房

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年),⑤和 田春樹編 『レーニン (世界の 思想家22)』 (平凡社

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年),⑥渡辺寛 『レーニンの農業理論』 (御茶の水 書房

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年)の

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冊である。 この うち② と⑤は, レーニンの生涯 と著作についての解説本であ り, レー ニンの言説の本格的分析を 目指 した ものとはいえない。③の雀部幸隆氏の著 作 は浩翰な ものであ り,氏独 自の レーニン把捉を試みてはいるが , レーニン

(2)

の言説の一部のみを基礎 として,氏の ロシア革命観を語 った ものにす ぎず , しか もその後 ,雀部氏が この著作におけ る自分 自身の ロシア革命認識を放棄 しているので(3),今 日の時点では全 く説得力を欠 くものであると評価 されね ばな らない。④の田中真情氏の著作は ,綿密 な研究 では あ るが ,プ レ- ノ 7,ダニ- 1)ソン,ス トルーヴェ, トゥガン ・パ ラノフスキーな ど-の周到 な分析に較べて, レーニンの言説に対 してほ本格的な分析を回避 しているの が惜 しまれ る。 日本において, レーニンの言説に対 して,真 っ向か ら批判的な分析 のメス をふるお うとい う蛮勇を発揮 したのは,⑥ の故渡辺寛氏の著作 と,①の拙著 のみ とい うことになる。渡辺氏の著作は, レーニンの言説に対 して批判的な 分析を加えた最初の学問的著作 とい うべ きで,研究史上画期的な位置を占め ている。 しか しなが ら,その批判的立場はいわゆる 「宇野理論」に立脚す る ものであ り, レーニンに対す る批判は外在的なものに終始 し, レーニンの各 時期の言説の内的矛盾を摘 出す るにはいた らなか った。①の拙著は,渡辺氏 と田中氏の著作に学びつつ も,あ くまで レーニンの言説に内在 し,その内的 連関 と論理構造を解明 し,各時期の レーニンの言説が内包 していた矛盾を摘 出 し,その理論的変容の論理的必然性を解 明 しようとした ものである(4)0 ヒルファデ ィソグ研究な どは,枚挙にい とまのないほ ど多 くの研究書が出 版 されているのに,歴史的にはるかに大 きな影響を与えた カウツキーな どの フィギ ャアに対す る学問的研究が回避 されていることは,日本の研究の大 き な歪みであるが, レーニンに関す る研究 もその例であった といえ よう。

2

こうした歪んだ 日本の研究状況のなかで

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月 ,岡田和彦氏によっ て

,

『レーニンの市場 と計画の理論』が上梓 された(5)O拙著出版以来8年 目の 本格的 レーニン研究の出現である。従来の研究が,理論的であれ時論的であ -

(3)

54-マル クス主義理論史研究の課題 (Ⅹ) 277 れ , レーニンの資本主義認識にかかわ る言説に焦点をあて,その特徴を明ら かにす るとい う作業をお こなって きたのに対 し,岡田氏の この著作は,資本 主義論その ものではな く,十月革命後 の社会主義建設に関す る レーニンの言 説を吟味 し,そ こか ら資本主義認識 の重大な飛躍につながるような理論的内 容を と りだそ うとしている。 岡田氏が注 目しているのは,「戦時共産主義」か ら 「ネ ップ」への政策転換 にかかわ る レーニンの言説の変化である。 この時期の レーニンの変化に関 し ては,渡辺氏 も私 も,何 らかの積極的内容を剃扶す るとい うことは していな いので,ここに岡田氏の この著作 の独 自性があるといえ ようo 渡辺氏は,「戦時共産主義」か ら 「ネ ップ」-の レーニンの政策転換につい て,次の ように述べている。 「レーニンが新経済政策に よって明らかに した ,農民層の広汎に存続 して いる国における社会主義への過渡期の基本的過程- 農民経済 と社会主義的 工業 との商品交換- は, レーニンの資本主義論に内在 している弱点のため に,は っき りした理論的基礎を得ないままに,たんに 「技術的に」,「実践的 に」処理 されてゆ くべ きものとして把捉 され ることになったのである0I レーニンの新経済政策 とい う画期的実践が依然 として,それを裏付ける理論 を得ないで,理論 と実践 との疑似二元論の主張の もとに,実際には市場の理 論 とい うレーニン自身が十月革命にいた る半年 の間 に一度 は実質 的に棄 て 去 った理論が温存 され ることになった

」(6) 渡辺に よる レーニン批判は,「宇野理論」の立場か らのものである。すなわ ち, レーニンはその理論活動の開始以来 ,農民的商品経済が資本主義化す る 側面を強調す る 「市場の理論」 の立場に立 っていたために,後発資本主義国 ロシアにおける大工業 と小農経営 との共存 とい う事情を理論的に説明す るこ とがで きず ,革命戦略的に も動揺 をきた していた。十月革命間近に従来の立 場か ら一時的に脱却す るが ,その後 ,旧来の 「市場の理論」へ と理論的に後 退 し,ネ ヅプ-の政策転換についても理論的に説明できず , したが って 「技

(4)

術的」,「実践的」 な転換に とどまらざるを得なか った ,とい うものである。 拙著におけ る分析 も,もっぱ ら資本主義に関す る レーニンの言説を対象 と しているので,「戦時共産主義」か ら 「ネ ップ」に転換す る時期の レーニン議 論について詳 しい言及はな されなか った。拙著本論の末尾で,私は 「レーニ ンは ,その死の床にあって ,自分のもっていた分析用具を再検討す る必要に 直面 していた といえ よう」 と指摘 している(7)。拙著では,初期お よび中期 の レーニンの資本主義認識が ,問題を内包す るものであることを指摘す るとと もに ,十月革命以後 の彼 の資本主義認識 もまた完成 された ものではなか った ことを明らかに した。そ こでは,「戦時共産主義」か ら 「ネ ップ」 - の転換 は,詳細 な理論的分析の対象 となる樫の内容を もたない と判断 されていた0 近刊の 『経済思想史辞典』 では ,私は十月革命以後を第3期 として捉 え,そ の時期の レーニンについて次の ように述べているo 「第3期は,ポ リシェヴィキに よる武装蜂起 の指導 ,政権獲得後の内戦の 指導 , ドイツや連合国 との交渉 ,戦時共産主義か らネ ップ (新経済政策)へ の転換等 ,めま ぐるしい政治活動に レーニンが忙殺 された時期で,ロシアの 現状や旧 ロシア社会の性格について,また世界経済 と国際政治について断片 的な記述が残 されているが ,まとまった分析は どの分野に関 して も残 されて いない。死の直前の 「レ一二ソ最後 の闘争」の時期には ,集団化 の進め方 , ロシアの文化的後進性について,従来 とは異な った見方が示 されているが , 体系的なものとはいえない。ネ ップ-の転換 も,それを基礎づけ る経済政策 思想の転換に よって導かれた ものであるとは言い難いのである。」(8) 初期お よび中期の レーニンの資本主義認識の性格については,私 と渡辺氏 では相違があるが ,私の評価 も渡辺氏の評価 も,「ネ ップ」-の転換が ,理論 的に裏付け られた ものではな く,「技術的」,「実践的」な ものであった とい う 点では,一致 しているO この評価は通説 となっているといってもよいであろ う。 岡田氏の この著作 は,「戦時共産主義」か ら 「ネ ップ」-の転換に,理論的 -

(5)

56-マルクス主義理論史研究の課題 (Ⅹ) 279 に重要な意義を認めるものであ り,上記の ような研究史の流れを振 り返 って みると,この ような内容の研究が現れた ことが画期的な ものであることが理 解できる。そ こで,その内容が如何なるものであるかが問題 となるo

3

岡田氏の著作は,以下の ような構成にな っている。 序章 ネ ップと現代 第

1

章 レーニンのネ ップ 第2章 計画理論 の旋回 第3章 市場理論の回転 第

4

章 ポス ト・レーニンのネ ップ 補論 ネ ップ前夜の経済計画論争 終章 市場経済 と社会主義 第

4

草は, レーニン死後 の論争 ,とくにブ-- リン,プ レオブラジェソス キーを中心 とす る市場 と計画の接合に関す る論争を扱 った ものであ り,補論 はチ ャヤーノ7,ス トル ミ- 1)ソ,ヴァルガに よる経済計算に関す る論争を 対象 とした ものである。 どちらも興味深 い論述 であ るが ,本稿 の 目的 は , レーニン研究史のなかで,岡田氏の議論を位置づけ ようとす るものであるか ら,第

4

章 と補論 とは検討の対象か らはず し,その他の諸章におけ る岡田氏 に よる レーニンの分析を検討 してい こう。 岡田氏が レーニンのネ ップ諭を研究 しようとす る背景には

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年の ソ連 邦解体以降に蔓延す る社会主義不可能論 と市場万能論 とに対す る反対の意志 があるOそれは,社会主義 のもとでの市場経済の可能性を追求 しようとした ペ レス トロイカの志を継承 しようとす るものでもある。 「ペ レス トロイ カが

(6)

提起 したのほ,すでに生命力を枯渇 させた行政的-指令的計画経済を よ り弾 力的で効率的な新 しい計画経済 として転生 さすべ く,市場経済を大胆に導入 す る際の,市場 と計画の共生関係のあ りかた

」(2

頁)だ った と捉える岡田氏 は,ソ連型でない社会主義の可能性を模索す るのであるが,その模索はすで に,ネ ップ期の論争に見出され るのではないか , と考 え るので あ るo これ が,彼を してネ ップ期の研究にお もむかせた問題意識である。 ネ ップ期の経済政策論争については,E.H.カーの研究以来多 くの研究が積 み重ね られてお り,岡田氏 も当然それ らを知悉 している。岡田氏の特徴は, 従来のネ ップ期の研究では前置 き的に しか扱われていなか った レーニンの言 説に焦点をあて,「市場 と計画の共生関係のあ りかた」について 「社会主義崩 壊後」 の今 日に も意義 のあるものがそ こか ら掘 り出せ ると主張す るところに ある。序章では,この観点か ら,レーニンの転換は 「技術的上 「実践的」な ものであった とす る渡辺寛氏の評価に批判 が加 え られ てい るO 岡 田氏 自身 が,「宇野理論」を 自らの思考のベース としているので,渡辺氏の議論は批判 しやすか ったのであろ う。 岡田氏は,渡辺氏が 「純粋資本主義」論の立場に立 っているので, レーニ ンの転換の 「理論的意味の検討が放棄 された」 と批判 してい る。 この批判 は,渡辺氏の レーニン認識の誤謬の方法論的基礎にまでさかのぼるものでめ り,岡田氏が宇野弘蔵-鈴木鴻一郎-伊藤誠 の諸氏の理論的立場を継承す る ことを表明す るもので もある。渡辺氏は宇野氏 自身 の直弟子 で あ る ことを 誇 っていた人であるか ら(9),この系譜関係は 「宇野理論」の外部にい るもの に とって も-応理解 しうることである.問題は この 「宇野-鈴木-伊藤」の 流れに立つ こととレーニンを内在的に理解す ることが-致す るものであるか 否かであろ う。 さて ,本論に入 ってい こう。第

1

章では

,

「レーニンのネ ップ理念を政治的 形態 と経済的内容において確定す る」 として, レーニンのネ ップ理念の転換 -

(7)

58-マル クス主義理論史研究の課題 (Ⅹ) 281 の過程を跡づけているo レーニン理解におけ る岡田氏の独 自性は, レーニン のネ ップ論を時期的に二つに分けて捉えることである。氏 自身は次の ように まとめている。 「レーニンのネ ップ理念は1921年秋を境に,ネ ップを国民経済の崩壊的状 況-の実践的 ,技術的対応 とす る客観主義的な認識か ら,社会主義経済建設 における自らの誤 りを是正す る方策 とす るより理論的な認識に転換 した。 し か も,後者の理論的下 向はさらに1921年10月末 ,ネ ップを国家資本主義への 「退却」 とす る認識か ら,社会主義経済建設の 「迂回」路線 とす る認識-の 転換を導いたのであった

」(46頁) すなわち,ネ ップは 「技術的上 「実践的」な転換であった とい う通説は, 1921年秋以降の レーニンの認識 の理論的地平を看過す る謬説 であるとい うの である。岡田説が研究史において独 自性を主張す る所以は ここにあるといえ よう。 この岡田説の論証が,第2章 と第3章においてお こなわれている。 第2章で,岡田氏は計画理論に関す る レーニンの言説の変化をあとづけ , 1921年秋以降の レーニンの到達点の理論的な意義を確定 しようとしている。 レーニンの計画理論 として,岡田氏はまず1890年代の レーニンのナ ロー ドニ キ批判を と りあげている。 この時期の レーニンの議論を 「計画理論」 として 扱 うのは奇異な感をいだかせ るか もしれないが,ここで岡田氏が問題に して いる論点は,「生産 の社会的性格 と領有の私的性格の矛盾」にかかわ る,いわ ゆ る 「実現理論」である。 この時期の レーニンの 「実現理論」は,「共産主義 の第一段階-向けて,生産手段を社会的所有に転 じ市場を廃す ること-の強 調-導いた」(62頁)のであ り,後の時期の計画に関す る レーニンの構想を考 える際の比較 の基準を与えるものである,と岡田氏は把握 しているようであ るO 狭義の計画理論 としては, レーニンには3つ の タイ プが見 られ る とされ る.第 1の計画理論は,十月革命以前の レーニンの計画についての構想であ るO岡田氏に よれば,この理論は,技術革新の展開 と生産 の社会化の進展を

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一方的に強調する,「実現理論」を基礎 とする素朴な市場利用諭であ り,「市 場経済の調整機構たる価値法則は十分には認識 されていなか った

」 (93頁) 第2の計画理論は,戦時共産主義の時期の,電化に依拠 して国民経済の計 画的な復興 と再編 とを同時に追求す る構想である。岡田氏によれば,この理 論は,「社会的再生産過程の再生産表式論 的分析に立脚す るもの」で あ り, 「社会的再生産過程の全面的な計画化を予定 して,市場 と計画の接合関係を 排斥 し,社会経済の調整機能をもっぱ ら計画に委ねるものである

」 (同) 第3の計画理論は,1921年の秋頃か ら芽生えた,市場を利用 して計画に至 るとい う認識である。岡田氏は,この認識のなかに,「社会経済の調整機構論 的認識が認められ」るとしている。それは,「市場 と計画の作用領域を区別 し た うえで市場の自然発生的作用を規制 しようとす るものである

」 (同) 以上のように,レーニンの計画理論は,①できあいの制度および機構を利 用するとい う市場経済利用論 ,②市場経済廃止論 ,③経済調整機構 としての 市場経済利用論の,3段階を経て発展 していった (94頁)。計画理論について の レーニンの認識について,岡田氏は大要以上のように把握 している。 この 間題についての岡田氏の把握の特徴は,社会主義の計画理論 と資本主義認識 における 「実現理論」 とが密接に連関 していると理解す ることであ り,その うえで 「第3の経済理論」がそれ以前の認識 と水準を異に しているとする理 解である。 この点は,市場理論を検討 している第3章でも強調 される。 第'3章では,市場理論に関するレーニンの言説の変化をあとづけ ,1921年 秋以降の レーニンの到達点の理論的な意味を さらに明確 に しよ うとしてい る。岡田氏は,初期 レーニンでは,「社会的再生産過程の分業の自然必然的展 開を所与の前提 とした うえで,商品経済はこの分業 と,したがって社会的再 生産過程 と密着 したものとして認識 されている」 と指摘 し,このような認識 を 「商品生産-生産実体一体論」 と呼ぶ (111貢)。 この 「商品経済-生産実 体一体論」は,「社会が生産力発展 とともに全面的に純粋資本主義化 してい くことを自然史過程 として想定す る,単線的かつ一元的な市場理論」を導 く

(9)

-60-マルクス主義理論史研究の課題 (Ⅹ) 283 もの として把握 され る (115頁)O この ような レーニンの認識では,社会主義 の もとでは商品経済の存在はあ りえないものであった。 この ような レーニンの市場理論 は,「2つの道」論や,「帝国主義論」にお いては相対化 されていき,十月革命直前には,社会主義建設のために 「資本 主義」を利用す るとい う

,

「第

2

の見解」が登場す る。この見解は,金融資本 論に依拠 した統一的銀行網利用論 とウクラー ド論に依拠 した国家資本主義利 用論の2つの方 向か らな っている。岡田氏は,国家資本主義利用論は従来の レーニンの市場 と整合的であるが,銀行網利用論 はそれ とは異質 で あ る と し,この時点での レーニンの戦略は,「依拠すべ き市場理論のないまま,混乱 した社会経済-の実践的対応」を した ものだ と評価 している (120頁)0 1921年3月の第10回党大会で, レーニンは新機軸を打 ちだすO 「市場 に依 拠 して異なるウクラー ド間の経済的な接合を創出す る方 向が示唆 されたので ある

」(121頁) この時期の資本主義利用論は,「小農民間での農産物 とクス ター 1)工業製品 との商品交換を一応容認 し,そ こか ら生ず るはずの無政府主 義的傾 向や資本主義的諸関係の発展を阻止す ることを予定」 した ものであっ た (123貢)。しか し,この時期の ロシアで,「商品取引に実質的影響力を及ぼ しうるのは政治権力」であったので

,

「商品交換の 「簿記 と監査」は商品交換 の国家統制 とな らざるをえなか った」 と,岡田氏は この時期の レーニンの構 想の不十分 さを指摘 している。 この不十分性を突破 したのが,1921年秋 の レーニンの飛躍であった。 この 年の12月,「第9回全 ロシア ・ソヴェ ト大会」で,レーニンはネ ップを 「労働 者階級 と農民のスムィチカ [接合

]

」と総括 した。岡田氏は,これ以後 の レー ニンの認識に注 目す るのである。 「初期ネ ップ後半 , レーニ ンは商 品交換 の 国家的統制か ら商業の国家的調整-の転換を表 明 した。・-- しか も,商品流 通をあ りうべ く方 向づけ る方法は,政治権力に依拠 した直接的手段に よる市 場-の干渉ではな く,商業原則に則 った間接的な経済的手段に よる市場への 順応に求め られた。 こうして,当面の任務は商業を適度に活気づけつつ調整

(10)

す ることとされた。商業は労働者 と農民のスムィチカの経済的手段であると ともに,国民経済の全活動の試金石であった

Q

」(138頁)この転換の理論的意 味の解明 こそ ,岡田氏が もっとも強調 しようとす るところである。 岡田氏に よれば,ネ ップ以前の レーニンの市場理論は,「商 品生産 -生産 実体一体論」を基礎 とす るもので,商品経済の内発的発展論 と資本主義経済 の同質的発展論 として展開 された。岡田氏は この ような認識を 「商品経済の 生産実体論的認識」 と呼ぶ (139頁)O この市場理論は,その論理的展開の起 点に 「独立生産者の社会」を想定す るものであるがゆえに誤謬である,と岡 田氏は論定す る。そ して,この ような誤 った市場理論は,ネ ップの展開のな かで,是正 されねばな らなか った し, レーニンは是正 したのだ ,と岡田氏は 主張す るのである。 「1921年10月半ばまでは従来の市場理論 が動揺す る時期 であ る。 この時 期 ,市場への対応は商品交換の国家的組織化 として,市場を政治権力に依拠 した直接的手段に より統制す るとい う能動的なものであった。 ところが10月 末以降 ,市場に順応すべ きことが強調 され るようになる。-・-それは,社会 主義経済建設のために商品経済の流通諸形態を利用 しうるとい う,新たな市 場理論を予定す るものであった

」(145貢)では,この予定 された新たな市場 理論の内容が如何なるものか ,岡田氏は次の ように続け るO 初期ネ ップ後半の,商品経済におけ る国家の調整者的役割を強調す る戦略 では

,

「商品経済の流通諸形態は社会主義経済建設のため利 用 し うる とされ た。商品経済は必ず しも資本主義に成長転化す るわけではないのであった。 こうして,国営大工業 ,小農民的農業お よび小工業の接合は,商品経済の流 通形態的展開 としての市場的方法に委ね られ ることにな った。 これは,商品 経済の流通形態論的認識を 自らの立脚すべ き市場理論 として予定す る戦略で あったoか くして, レーニンの市場理論は商品経済の生産実体論的認識か ら 商品経済の流通形態論的認識- と実践的に飛躍 した。つ ま り転回を遂げたの である

」 (148貢) -621

(11)

マルクス主義理論史研究の課題(Ⅹ) 285 この 「商品経済の生産実体論的認識」 か ら 「商 品経済 の流通形態論的認 識」への転回 こそ ,本書で もっとも重要なものである。岡田氏に とっては, この転回 こそ経済学 の発展の内容をなす ものだか らであ る。 岡 田氏は,「商 品経済の生産実体論的認識」の原型をアダム ・ス ミスに求め,D.リカー ドも それを継承 しているし,マル クスは,「商品経済をその流通形態 か ら捉 えた うえで,商品経済の資本主義経済 としての確立を,商品経済の流通諸形態に よる社会経済 の生産実体 の包摂 と して説 く方 向を開示」 した としてい る (146頁)。 しか し,マル クスにおいて もこの 「商 品経済 の生産実体論 的認 識」か ら 「商品経済の流通形態論的認識」への転回は不十分であ り,両者は マル クスのなかに併存 していたのである。ただ し,『資本論』にも認め られ る 「商品経済の生産実体論的認識」は,単な る併存ではな く,「商品経済の流通 形態論的認識」 としての 「正 しいマル クス」 的市場理論か ら 「ス ミス- リ カー ド的市場理論-の後退」 である,と岡田氏は認識 している。あるがまま のマル クスではな く,「正 しいマル クス」にのみ依拠す るのが,岡田氏の立場 である。 この 「正 しいマル クス」的な市場理論を よ り厳密に転回 したのが宇 野弘蔵 とい うことになる。マル クスのなかに,古典派の残浮 と宇野的な側面 とを兄いだ し,徐 々に宇野的な認識に接近 してい くと見 るのが宇野理論か ら 見たマル クス観であるが ,岡田氏は同様の ことを レーニンのなかに兄いだ し てい くのである。 「商品経済の生産実体論的認識」を古典派的認識 とし,「商品経済の流通形 態論的認識」を 「正 しいマル クス」 -宇野的認識 とす るな らば,1921年秋の レーニンの飛躍は,それ までの古典派的水準か ら 「正 しいマル クス」 -宇野 的水準-の飛躍 と捉えることがで きるのであろ う。岡田氏は このことを次の ように表現 している。 「レーニンの市場理論は商品経済の生産実体論的認識か ら商品経済の流通 形態論的認識- と転回 した。 レーニンは,商品経済の流通諸形態が社会的再 生産過程にたい して一定の独立性を有 し,資本主義的生産関係のみならず社

(12)

会主義的生産関係に も付着 しうる,との認識を実践的に獲得 したのである。 こうして,商品 ,貨幣が存在 して も社会は必ず しも資本主義化す るとは限 ら ない こと,プ ロレタ リアー ト独裁下での国家に よる経済 「撤制高地」の掌蛙 を前提すれば,商品経済の流通諸形態を社会主義建設のために利用 しうるこ とが承認 された。そ して,社会経済発展の社会主義的方 向性を保障すべ く, 市場を適度に活気づけつつ市場独 自の道具で意識的に制御す ることが追求 さ れたのである

」(

1

4

9

貢) レーニンの1921年の転回が ,岡田氏の言 うように 「商品経済の生産実体論 的認識」か ら 「商品経済の流通形態論的認識」-の転回 と性格づけて よいの か香かが最大の問題であるが ,上記の引用におけ る 「商品経済の流通諸形態 が社会主義的生産関係に も付着 しうる」あるいは 「社会主義経済発展の社会 主義的方 向性を保障すべ く,市場を適度に活気づけつつ市場独 自の道具で意 識的に制御す る」 とい うことの意味について,岡田氏の所説を もうす こし見 てみ よう。 「市場を適度に活気づけつつ市場独 自の道具で意識的に制御す る」 ような 状態が,社会主義社会におけ るあるべ き商品経済の姿であると岡田氏は考え ているようである。 これは1960年代に ソ連で展開された 「利潤導入」論の よ うな状態の社会なのか ,あるいは1970年代の東欧の異論派が唱えた 「市場社 会主義」論の ようなものを考えれば よいのだ ろ うか。 岡田氏 は ,第 4章 で は, レーニン死後のネ ップ期の論争参加者のなかに正解があった とは認めて いないが ,終章では ,ネ ップを破棄 したスター リンの理論的基礎は 「商品経 済の生産実体論的認識」であった と性格づけている。 さらに,社会主義にお け る商品経済論 として注 目すべ きもの として,3つのタイプが掲げ られてい る.第 1のタイプは,伊藤誠や D.-ル ソンの構想であ り,第2のタイプは, コルナィ,ブルス,ローマ-らの 「市場社 会主義」 であ り,第3の タイ プ は,ポポフの 「ポス ト工業化社会-の移行」論である (226貢)。 この ような 市場利用論の諸類型は,最晩年の レーニンが向き合 った問題に対す る今 日的

-6

(13)

4-マルクス主義理論史研究の課題 (Ⅹ) 287 な解答の模索である,と岡田氏は捉えている。 しか し,岡田氏 自身のイメー ジは積極的に語 られていない。

4

以上が岡田氏の この著作 の概要である。 この著作を一読 して受け る強い印 象は,岡田氏が レーニンの言説を検討す る際に,基準 としている理論的枠組 の強国さである。それは,古典派か らマル クスを経て宇野弘蔵にいたる理論 経済学の発展を

,

「商品経済の生産実体論的認識」か ら 「商品経済の流通形態 論的認識」への発展 と捉え,到達点である 「商品経済の流通形態論的認識」 の立場か ら,各時期の レーニンの言説を裁断 してい くとい うことを意味 して いる。 この点で, レーニン自身の言説に出来 るだけ内在 し,言説相互の理論 的連関を検討 し,各時期の レーニンの言説全体のなかに内包 され る矛盾が , その時期の彼 の資本主義認識 の維持を不可能に していった ことを明らかに し た拙著 『レーニンの経済学』 とは,アプ ローチの方法が異な り(10),渡辺寛氏 の 『レーニンの農業理論』 と同様のアプ ローチであ る とい って よいであろ う。 しか し,岡田氏に よる レーニンの裁断は,渡辺氏に よるものとは大いに こ となっている。む しろ岡田氏はその研究に際 して,対決すべ き先行研究 とし て渡辺氏の著作を念頭においているよ うに思われ る。 岡田氏 は ,渡辺氏 に よって 「レーニンの経済理論 の客観的把捉の方向が打ち出された」 と評価 し つつ ,批判の手を緩めない。 すでに見た ように,渡辺氏はネ ップ期の レーニンの転換は

,

「技術的J

,

「実 践的」なものであった としていたのであるが ,岡田氏は

,

「レーニンは自らの 市場理論の変容の経済学的意味を 自覚 してはいなか った。 とはいえそれは, レーニンの うちに新たな市場理論が芽生えた ことを否定す るものではない」 と指摘 し,さらに

,

「渡辺は この萌芽を理論的に位置づけなか った。それは よ

(14)

り根本的には,資本主義経済の原理論を 「純粋資本主義」モデル として論理 的に再構成す る方法論に起 因 しよう」と非難す るo岡田氏に よれば,「この方 法論では,原理論は歴史的事実 との接点を必ず しも確保 しえない。 とい うの ち,対象 との接点をいったん切断 した うえで,理論を純粋論理的に展開す る ことになるのである。そ こか ら,レーニンの経済理論の検討に際 して も,「純 粋資本主義」論の枠組みで処理 しえないものは検討の対象外 とされ るのみな らず ,それがあたか もレーニンにおける欠落であるかの ように論 じられ るこ とになる」(6頁) のである。 岡田氏が認識できて,渡辺氏が認識できなか った もの,それはネ ップ期の レーニンにおける 「商品経済の生産実体論的認識」か ら 「商品経済の流通形 態論的認識」-の飛躍である。 この飛躍 は ,経済学発展 の歴 史 のなか で も もっとも重要な理論 的飛躍 とそ の 内容 を同 じくす るもので あ る とされ る。 「商品経済の流通形態論的認識」の内容については,岡田氏は伊藤誠氏に依 拠 して(ll),「商品経済の流通諸形態は,社会の労働の生産過程 に対 して本来 外来的な経済関係 として,いかなる生産関係に も外的に付着 してきた し,付 着 しうるとす るものである」 とい う認識であるとしている (148頁)。渡辺氏 は,宇野理論 内部の 「純粋資本主義」論の立場にた っていたがゆえに,この 正 しい認識に立つ ことができなか った。 したが って, レーニンの飛躍を見過 ごして しまった ,とい うことであろ う。 ネ ップ期の レーニンの飛躍の見過 ごしだけではないO初期 レーニンの商品 経済発展の過大評価の問題について,渡辺 氏が レーニ ンの商 品経済 「内生 論」がその原因であるとしていることに対 して も,岡田氏 は厳 し く批判す るO レーニンに よる商品経済発展の 「この過大評価 の根源はむ しろ商品経済 -生産実体一体論に求め られ よう」 と,岡田氏は渡辺氏の レーニン批判の不 十分性を指摘す る

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頁)。 この ように して,初期 レーニンの誤謬の基底に 紘,理論経済学の到達点である 「商品経済の流通形態論的認識」 と対比 され る 「商品経済の生産実体論的認識」があった ことが明らかにされて,初めて -6

(15)

6-マルクス主義理論史研究の課題 (X) 289 その誤謬 の意味が理解できるとい うのである.渡辺氏の ように初期 レーニン の言説を単なる誤審であると片づけたのでは,ネ ップ期の レーニンの飛躍 の 意味 も理解 しえな くなる,とい うのであろ う。 この ように,渡辺氏は 「純粋資本主義」 論 の立場 に立 つがゆ えに ,そ の レーニン論 も不十分性をまぬがれなか った と非難 され る。 この ように言 う岡 田氏の立脚点は,もちろん宇野理論内部のいわゆ る 「世界資本主義」論の立 場である(12)。この 「世界資本主義」論の立場に立つ ことに より,「商品経済の 生産実体論的認識」 と 「商品経済の流通形態論的認識」の区別ができ,ネ ッ プ以前の レーニンの誤謬 の意味 も理解 できるとい うのであるo この2つの認 識の違いは岡田氏に とって重要であるO初期以来の商品経済の内生的発展論 と資本主義の同質的発展論 お よび発展段階の過大評価 ,十月革命直前の銀行 網を利用す る社会主義化諭 ,戦時共産 主義期 の市場 と計 画 の接合 関係 の排 斥 ,初期ネ ップ前半期にも見 られ るウクラー ド論に依拠 した国家資本主義刺 用論 ,これ らはみな 「商品経済の生産 実体論 的認識」 か ら派 生す る誤謬 で あったO それに対 し,「商品経済の流通形態論的認識」に対応す る政策は,商業の国 家的調整である。 この認識は,「社会の労働の生産過程に対 して本来外来的 な経済関係 として,いかなる生産関係に も外的に付着 してきた し,付着 しう るとす るものである」 とい う内容で,本来は資本主義的商品経済に関す る認 識であった。岡田氏は,この 「商品経 済 の流通形態論 的認識」 に よって こ そ ,初めて社会主義における市場経済が位置づけが可能になるとい うのでめ る。資本主義的商品経済認識 レベルの問題であった,「商 品経済 の生産実体 論的認識」か 「商品経済の流通形態論的認識」か とい う問題が ,社会主義経 済における計画 と市場の問題 とつなが っているとい う一見意外な関連が ,岡 田氏のなかでは無理な く成立す る。 ここに岡田氏に よる渡辺氏批判 の眼 目が ある。 か くして,渡辺氏が取 り阻む必要のなか った新 しい課題を,岡田氏は解決

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しなければならないことになる。それは,ネ ヅプ-の政策転換のなかで見せ た レーニンの転回が,岡田氏の言 うような 「商品経済の生産実体論的認識」 から 「商品経済の流通形態論的認識」への飛躍であった ことを証明するとい う課題である。 とくに,最晩年の レーニンが,「商品経済 の流通形態論的認 識」の立場に立脚 していた ことの証明が必須であるo岡田氏の言 う 「商品経 済の流通形態論的認識」 とは宇野理論のなかでも 「世界資本主義」論の立場 に立つ人だけが理解できるもので,宇野理論でも 「純粋資本主義」論の立場 に立つ渡辺氏は理解できなかったものであるOその立場に レーニンは立 って いた ことを,岡田氏は証明せねばらならい。 だが岡田氏は,「商品経済の流通形態論的認識」に レーニンが立 っていた とい うことを,レーニン自身の文言に よって証明することはできていない。 先に引用 しておいた著書の

1

4

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貢では,ネ ップ期の後半

,

「レーニンの市場理 論は商品経済の生産実体論的認識か ら商品経済の流通形態論的認識- と実践 的に飛躍 した。つま り転回を遂げたのである」 とい う断言があるだけであ る。しか し,この断言はなかなかに理解 しがたいものである。認識 (「レーニ ンの市場理論

)

が 「実践的に飛躍 した」とい う表現は,日本語表現 として奇 妙である。また,レーニンの転回が

,

「実践的」なものだった とす るなら,岡 田氏があれほど批判 した,レーニンの転換- 「技術的」,「実践的」 とい う渡 辺氏の理解 とどれほど違 うのだろ うか。 レーニンは,初期ネ ップの前半では,国家資本主義を社会的再生産の阻織 化 と生産力向上のために利用す るとい う立場であったが,徐 々に商品経済を 社会的再生産過程の活性化のため利用す るとい う戦略に移行 した。岡田氏に よれば,前者の戦略は 「商品経済の生産実体論的認識」に対応す るものであ り,後者の戦略は 「商品経済の流通形態論的認識」に対応する。戦略の転換 は,すなわちその基礎 となる商品経済認識の飛躍を伴 っているはずであるa つま り商品経済の 「生産実体論的認識」か ら 「流通形態論的認識」-の転回 があったに違いない,とい うことであろ う。

一6

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8-マルクス主義理論史研究の課題 (Ⅹ) 291 「商品経済の生産実体論的認識」 と 「商 品経 済 の流通形態論 的認識」 と い って も,それは レーニンの用語ではないO宇野理論の内部の 「世界資本主 義」論的立場にたつ岡田氏が命名 した用語 で あ る。 思 えば この造語 こそが レーニン研究史におけ る岡田氏の創見であ り,この ような純経済理論的な概 念が,社会主義建設論の適否を判断す るのに役立つ とい うことを証 明で きた とすれば,宇野理論に対 しても大 きな寄与 となるのか もしれない。 しか し,初期ネ ップ期の レーニンの転換 と,岡田氏がい う二つの 「商品経 済認識」の転換はその内容を異にす るのではないであろ うかO まず第一に岡 田氏い う二つの 「商品経済認識」が社会主義建設に対す る異なった構想を も た らす として も,それは抽象度の相当に高い レベルでの問題であると思われ るOその レベル とは ,岡田氏がその著書の最後で述べている,-つの完成 し た社会 システムとしての 「市場を内包す る社会主義」を,資本主義に対抗す るシステムとして構想す る レベルである。ネ ップ期に,諸論者の多様な市場 利用論があった として,それは岡田氏が考えるような もの としての社会 シス テムとして構想 されたのであろ うか ,疑問である。 資本主義に原理的に対抗す るシステムについて,『共産党宣言』では,「各 人の 自由な発展が万人の 自由な発展 の条件であるような結 合社会 (Assozi a-tion)」(13)と述べ られている。 また,『資本論』においては,「共同の生産手段 で労働 し自分たちのた くさんの個人的労働力を 自分で意識 して一つの社会的 労働力 として支出す る自由な人 々の結合体 (Verein)」(14)と表現 されている。 問題は この ような 「結合社会」や 「結合体」を,岡田氏がではな く,当時の マル クス主義者たちが どの ような もの とイメージしていたか であ るO『資本 論』の記述が 「第一章 商品」を締め くくる位置のものであ り,商品生産社 会 -市場社会の物神性構造を暴露す るための対比 として展開されていること を考えるな ら,この 「結合社会」を市場を内包す る社会 システムとは考えが たい。非市場的な社会 システムと考えるべ きであろ うO だが,非市場的な 「結合社会」を想定 した上でも,社会主義建設途上にお

(18)

ける市場の利用について考 えることはで きる。『ゴータ綱領批判』におけ る, 「過渡期」 と呼ばれ る時期についての ことである(15)Oマル クス主義者の権力 獲得の時期 と非市場的 「結合社会」 の確立の時期のあいだには,市場の残存 す る時期があるのほ当然であ り,この時期に市場に対 して どの ような政策を 採 るべ きかは,当然重要な問題 となる。 この ような理解は,エ ンゲルスや カ ウツキーの著作のなかに見て とれ るし,マル クスの著作 と背馳す るもので も な く,第 2イ ンター期 のマル クス主義者に共通の理解 といえ よう。そ して, この ような理解は,岡田氏がい う 「商品経済の生産実体論的認識」の立場 と なん ら矛盾す るものではない。広い意味での過渡期に市場の利用を考 えるの は,岡田氏が問題にす る二つの立場 (「商品経済の生産実体論的認識」と 「商 品経済の流通形態論的認識」) の区別 とは別の次元の問題 で あ り, どち らの 立場に立 とうとも,権力獲得後一定の時期に市場利用の問題を解決 しなけれ ばな らないのである。 岡田氏は,戦時共産主義期 までの レーニンが 「商品経済の生産実体論的認 識」の立場に立 っていた と述べ るとき,その立場に立つ ことと市場利用論を もっていなか った こととか さね合わせているように思われ るOすなわち,岡 田氏の頭の中では,市場利用論の欠如

-

「商品経済の生産実体論的認識」 の 立場 ,市場利用論の存在- 「商品経済 の流通形態論的認識」の立場 ,とい う 図式が存在 していて,市場利用論 と 「商品経済の流通形態論的認識」 とは不 可分なものとされているようである。岡田氏の思考について この ように考 え ることで, レーニンが 「商品経済の生産実体論的認識」の立場か ら 「商品経 済の流通形態論的認識」の立場へ と転回 した とい う岡田氏の主張の意味が分 か って くる。岡田氏は,市場利用論の変化 -商品経済認識 の変化 と考 えてい るので,市場利用論の変化を論証すれば,商品経済認識の変化 も論証 した こ とになる,と考えているようである。 しか し,市場利用諭は,岡田氏のい う 「商品経済の生産実体論的認識」の 立場において も可能である。 とい うよりも市場を利用す ることは,権力獲得 -70

(19)

-マル クス 主義確論史研究の課過 (x) 293 後にせざるをえない政策であるとい うことは,第2イ ンターのマル クス主義 者のほ とん どに とって当然の課題 と予測 されていたはずである。問題は市場 利用の具体的なあ り方について,権力獲得以前のマル クス主義者は,ほ とん ど誰 も具体的なイメージを持 っていなか った ことである。 ヒルファデ ィソグ の 「総 カルテル」論(16)や ,レーニンの 「簿記 と監査」論に しても,市場利用 否定論に直接結びつ くものではない(17)o戦時共産主義期の レーニンの一挙的 共産主義化の主張は,内戦期のポ リシェヴィズムの 「共産熱」の問題 として 解明すべ き問題であ り。商品経済認識 とい う純経済理論 レベルでの認識の転 換の問題 と結びつけ るべ きものではないであろ う。 戦時共産主義か らネ ップ-の転換の裏付になる レーニンの認識 としては, 市場 との長期共存はやむな しとい う内容以上のものは,岡田氏 も引 きだす こ とが出来なか った ようであるO 「レーニンの市場理論は商品経 済 の生産実体 論的認識か ら商品経済の流通形態論的認識- と実践的に飛躍 した」(148頁) とい う,奇妙な表現をせざるをえなか ったのは,これを示 している。岡田氏 が渡辺寛氏 と違 うのは,「商品経済の生産実体論的認識か ら商 品経 済 の流通 形態論的認識- と」 とい う修飾句をつけ ることが出来た ことであ る。 「世界 資本主義」論の立場に立つ岡田氏が,「純粋資本主義」諭の渡辺氏に対 して優 位に立つ ことの存在証明が ,この修飾句なのか もしれない。 しか し,この修 飾句が意味を持つためには,先に も述べた ように,市場利用論の欠如- 「商 品経済の生産実体論的認識」の立場 ,市場利用論の存在-「商品経済の流通 形態論的認識」 の立場 とい う図式が証 明されねばな らない。特に,市場利用 論の存在は 「商品経済の生産実体論的認識」の立場を超克 していることを示 す ,とい うことが論証 されねばな らないであろ う。 非市場的な 「結合社会」を将来社会像 とす る者で も,「過渡期」に市場が存 在す ることを認めることはできる。 しか し,そ の底 に商 品経済 に対す る不 宿 ,商品経済の増大に対す る恐怖があれば,権力が危機にある時には商品経 済に対す る攻撃がお こなわれ る。将来社会の完成形態を非市場社会であると

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想定す る限 りそ うであろ う。マル クス主義の将来社会像

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「自由な人 々の結 合体」は,その ような商品経済観 と結びつ くもの と考え られてきた し,第2 イ ンター期の諸 マル クス主義者たちもその ような将来社会像 と商品経済観を 共有 していたO レーニンだけが,それ と異質な商品経済観を持 っていた と主 張す るならば,そ もそ も商品経済 とは どの ようなものであるか と言 うことを 論 じている,レーニン自身の言説を提示 しなければな らないであろ うO市場 利用諭の差異 と商品経済認識 の差異が一体不可分であることの論証を抜 きに して,市場利用論についての発言が変わ ったか らとい って,商品経済認識 も 飛躍 した とす ることは,如何に も無理ではないだろ うか。 そ もそ も 「商品経済の流通形態論的認識」は,宇野弘蔵が従来の レーニン を含めたマル クス主義者に よる 『資本論』理解に満足せず ,宇野が 自分の責 任で理論体系を構築す る営みのなかで獲得 してい った ものではないだ ろ う か(18)。だ とすれば,ネ ップ期のマル クス主義者の論争のなかに

,

「商 品経済 の生産実体論的認識」か ら 「商品経済の流通形態論的認識」の飛躍を読み込 む ことは,宇野の営為 の独 自性を低めることにこそなれ ,その意義を高める ことにはな らないであろ うD 注 (1) この ような傾 向の著作は,現在 もやむ ことな く生産 されている。た とえば,不破哲三 『レーニンと 『資本論』① :市場理論 とロシア資本主義』(新 日本出版社,1998年),同 『レーニンと 『資本論』②:1905年革命前後』 (新 日本 出版社,1999年),同 『レーニン と 『資本論』③ :マル クス主義論』(新 日本出版社,1999年)がある。政治的プ ロパガ ン ダではないが , レーニンを 「ダシ」に して,自分の 「思想」を 自由に展開 している最近 の著作 として ,中沢新一 『は じま りの レーニン』 (岩波書店,1994年)がある。 (2)『経済学辞典』 (岩波書店,1992年),1322貢O (3)雀部幸隆 「ウェーバーの ロシア論 (上)」(『ユーラシア研究』第7号,1995年)お i:び 同 「ウェーバーの ロシア論 (下)」 (同誌 ,第8号,1995年)を参照o (4)個 々の論点についての,雀部 ,田中,渡辺の各氏の見解に対す る私の評価 は,拙著に おけ るそれぞれの証を参照。 (5)岡田和彦 『レーニンの市場 と計画の理論』 (時潮社,1997年)O

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マル クス主義理論史研 究 の課題 (Ⅹ) 295 (6)渡辺寛 『レーニンの農業理論』 (御茶 の水書房,1963年),250-251頁。 (7)太 田仁樹 『レーニンの経済学』 (御茶の水書房,1989年),217頁Q (8)経済学史学会辞典編集委員会 『経済思想史辞典』丸善 ,近刊予定O (9)渡辺寛 「法政の ころ」(『宇野弘蔵著作集 第1巻』月報 ,1973年)を参照。 (10)レーニンを 「経済学史」の対象 とす ることを意図 した拙著の意図は,岡田氏には理解 されなか った ようである。150頁の注8),152頁の注28)におけ る拙著に対す る批判 は それを示 しているo (ll) 岡田氏が依拠す るのは,伊藤誠 『価値 と資本の理論』(岩波書店,1981年)の17頁か ら 26頁に展開 されている,宇野理論の発展についての伊藤氏の記述であろ う。 (12)マル クス 自身のなかに ,古典派的な認識 レベルか ら

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「世界資本主義」論的 な認識 レ ベルへの飛躍を認める,宇野理論の立場か らの研究に,俺美光彦 『世界資本主義 : 『資 本論』と帝国主義論』(日本評論社,1980年)の第1篇第 1章 「世界資本主義論 としての 『資本論』体系」があるO

(13)KarlMarxIFriedrichEngelsWerke(MEW),Bd.4,DietzVerlag,1959,S482.邦訳 『マル クス ・エ ンゲルス全集』第4巻 ,大月書店 ,1960年,496京O

(14)MEW,Bd23,S.92.邦訳 ,第23a巻 ,105頁。

(15) この 「過渡期」の長 さを どの ように捉 えるかについては,中 ソ論争を頂点 として膨大 な論争があるが ,ここではそれについて言及す る必要はない。

(16)Hilferding,R.[1909],DasFinanZkapital,EuropaischeVerlaganstalt,1968.邦訳 『金 融資本論』上 ,中,下 ,岩波書店,1955-56年。 (17) 岡田氏は, レーニンの 「一国一工場」論について,ヒル フ ァデ ィングの 「総 カル テ ル」論に刺激 された もの と述べているが ,レーニンは 「総 カルテル」論には批判的であ る。 しか し,ヒル ファデ ィソグもレーニンも,非市場的な 「結合社会」を将来社会像 と して共有 している。将来社会像を非市場的社会 とす る理解は,第2イ ンター期のマル ク ス主義者に共通 した ものであるOなお,岡田氏は,『資本論』第1巻第12章 「分業 とマ ニュファクチ ュア」の一節 (MEW,Bd23,377.邦訳 ,466-67頁)を根拠に

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「マル ク スは 「一国一工場」論に批判的であった」 と述べて(157頁),マル クスが非市場的社会 を将来像 としていなか った ようなニュアンスの叙述を して い るが ,マル クスの将来社 会像についての岡田氏 自身の理解は明瞭ではないo (18)マル クスの向か っていた方 向と,宇野理論の 「世界資本主義」論の立場 とが一致 して いるか否かは,別個 の検討課題であるが ,マル クス との一致ゆえに 自説を正 しい と主張 す る 「世界資本主義」論者がいた とすれば,それは旧来の 「マル クス主義経済学者」の レベルへの転落を意味す るにす ぎない。 レーニンとの一致 の主張 につ いて も同様 で あ るO

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