第三次日英同盟更新問題
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(2) 第三訳日英同盟更新問題. 二七六. ︵二七六︶. 合は︑他の同盟國は該同盟國に援助を與え︑共同作戦に當ることを規定した︒第二次日英同盟では同盟の適用範圏を. インドまで横張し︑日本は韓國に封して指導︑監理︑保護の措置をとることが認められ︑日韓併合への道を開き︑同. 盟の性質も攻守同盟とした︒日本は日露戦箏以後のロシアの復讐および戦後の日本の獲展に封する列國の翼抗を豫想 ︵二︶ し︑同盟を從來の防禦的なものから攻守同盟とすることを希望したものである︵明治三八年五月二四日閣議決定︶︒. 第三家日英同盟では同様に東亜およびインドを同盟の適用範園としたが︑その際アメリカを同盟の封象から除くこと. 玉した︒當時移民問題やカリフォルニア州土地問題︑および日露戦雪以後の日本の急速な満洲進出に封するアメリカ. の封抗︵ハリマンの満鐵共同脛螢案︑新法鐵道輕螢計書︑錦愛鐵道計畜︑満鐵國際管理案︑満洲銀行設立案︑満洲借. 款案等︶などから日米關係は悪化していた︒そこでイギリスは日米問の紛箏からイギリスが日本を援助してアメリカ. と職わなけれぼならないような事態の生ずるのを避けるため︑一九二年アメリカとの間に仲裁裁到條約を結ぶ一方︑. 第三亥日英同盟第四條に︑締約國の一方が第三國と総括的仲裁裁到條約を締結した場合は︑その存績期間中右の第三. 國と交職する義務を該締約國から免除すること﹂した︒しかしアメリカ上院は︑紛箏を仲裁裁到に付託すべきか否か. を決定する合同委員會の灌限がアメリカの主灌を犯すものとして︑仲裁裁到條約の批准を拒否したので︑一九一四年. 九月一五日國際委員會の審査中宣戦布告を抑止する英米紛雪李和庭理條約︑所謂ブライアン︵≦まQ旨﹄︒ω曙き︶條. 約を締結し︑九塁二日イギリス政府は︑同條約を日英同盟第四條に謂う仲裁裁到條約とみなす旨を日本に通告した︒ ︵三︶. 日本政府はこの措置によつてアメリカを日英同盟の封象から除くことに反封しなかつたが︑この畳書に明確な受諾の. 意思表示も行わなかつた︒このようにしてアメリカとの關係において日英同盟の矛眉は第三次同盟締結當時から表面.
(3) 化しているが︑第一次世界大戦以後極東における日米封立が激化するとともに日英同盟は再検討を鯨儀なくされ︑一. 九二一年七月の同盟の満期を控えて同盟縫績の是非はイギリスにおいて激しく論ぜられたのである︒. 第一次世界大戦の勃獲後︑一九一四年八月七日イギリスは日本に︑参戦してドイッ武装巡洋艦を撃破することを要 ︵吸 講し︑加藤外相は日英同盟の友誼と︑この機會に極東における日本の國際的地位を高める目的から大戦に参加するこ. ととした︒一九一四年八月九日の封英寛書では参戦の根嫁を日英同盟にもとめ︑ドイツの侵略的行動の結果東亜にお ︵五︶ ける一般的李和と日英の特殊利盆が侵されているので︑イギリスの援助要講にこたえて参戦すると述べている︒イギ. リスは却つて滲戦要請を取浦したが︑當時中國はアメリカに中國領域の中立化を提議し︑極東問題にアメリカの介入 ︵六︶. する可能性が考えられたので︑イギリスとしては日本の作戦活動によつてアメリカの感情に悪影響を及ぼすことを懸. 念しなければならなかつた︒イギリスは更に日本軍の戦闘地域局限の保障を取つけようとLたが果せず︑結局一九一. 四年八月一五日︑目本は﹁現下ノ欺勢二於テ極東ノ李和ヲ素鰍スヘキ源泉ヲ除去シ日英同盟ノ豫期セル全般ノ利盆ヲ. 防護スルノ措置ヲ講スルハ該協約ノ目的トスル東亜ノ李和ヲ永遠二確保スルカ爲二極メテ緊要﹂としてドイツに最後. 通牒を獲し︑﹄ドイッが受諾しなかつたので二三日封凋宣職布告を獲した︒しかもイギリス側は一方的に︑月本軍の行. 動範團が制限されるものと諒解する旨を聲明し︑加藤外相も各國に領土横張の野心のないことを表明して九月五日に. は連合國の輩濁不講和宣言に参加したが︑アメリカ政府は八月一二日︑日本に畳書を襲し︑高李・ルート協定︵第四條︶︑ ︵七﹀. 日英同盟︵前文︶の︑中國の濁立領土保全︑機會均等の原則にもとずいて︑領土不鑛張につき日本の注意を喚起し. 二七七. ︵二七さ. た︒しかも日本は二月一〇日青島を接牧したのを﹁サイコロジカル・モーメント﹂として封華一ニケ條要求をつき 第三次日英同盟更新問題.
(4) 第三次日英同盟更新間題. 二七八. ︵コ七八︶. つけ︑一九一五年五月二五日修正の上これを中國に受諾せしめた︒この所謂一二ヶ條條約によつて日本は山東省︑南. 満洲︑東部内蒙古のドイツ灌盆の接牧︑鐵道の敷設︑管理輕螢︑鑛山探掘︑その他の灌盆︑漢冶捧公司︑中國沿岸不. 割譲等廣範にわたる特灌を獲得し︑さらに第五號希望條項は日本が撤回したが︵福建省浩岸に關しては公文交換︑警. 察の日華含同は撤回︶他日の交渉に留保すること﹄した︒一二ヶ條條約はこれまでの日本の大陸進出の集大成された ︵八︶ ものであり︑その意味でアジア大陸に向つて膨脹する日本帝國主義の第一の頂黙とされるものであつたが︑これに劃. し最も強硬に反封したのはアメリカであつた︒アメリカは交渉中二月二〇日および三月一二日︑日本に抗議畳書を獲. し︑更に四月二九日および五月五日のブライアンの牛公信において日本の封華要求を批到し︑アメリヵ人の既得灌盆 ︵九︶ を侵害しないよう要求し︑最後の段階では封日共同鋤告に訴えようとした︒日華條約が成立すると國務省は五月一一. 日︑日華爾國に︑中國における合衆國とその人民の條約上の灌利を殿損し︑中國の濁立領土保全︑および門戸開放主. 義の原則に反するような協定を承認しない旨の不承認通告を獲した︵一三日日本政府に提出︶︒中國の現状維持およ ︵一〇︶ び商業機會均等に關する高李・ルート協定︵特に第五條︶はアメリカの封日抗議の根擦をなしていたが︑日華條約の 成立に伴つて不承認主義に護展したものである︒. 二一ヶ條條約によつて中國は︑ドイッが山東省に關し保有する一切の灌盆に關する戦後の日凋協定を承認すること. 製したが︑日本は封濁最後通牒において膠州灘租借地全部を中國に還附する目的をもつて日本に引渡すことを要求し︑ ︵二︶ 更に一九一七年にはイギリス︑フヲンス︑ロシア︑イタリーの各國と資書を交換し︑講和會議において山東に關する. 日本の要求に封する支持を取つけた︒ヴュルサイユ會議では中國はその封濁宣戦︵一九一七年︶を楯に山東省権盆の.
(5) 中國への直接還附を主張し︑ウイルソンは日本の要求に批到的であつたが︑牧野全灌が︑日本は脛濟的特灌と青島居. 留地設定灌を除いて將來山東灌盆を中國に返還することを聲名した上で︑山東省奮凋灌盆の日本への譲渡に關するヴ ︵二一︶. ュルサイユ條約第一五六−五八條渉成立した︒アメリカの譲歩は日本の提出した人種李等要求を撤回せしめるための. 安協であるとともに︑反面英佛等列國の日本に封する前記密約のためにアメリカ︑中國の主張が十分の國際的支持を ︵一三︶ 得られないことに封するウィルソンの屈服であつた︒. ヴェルサイユ會議ではドイツ植民地庭分が問題となつたが太李洋では南洋諸島の問題があつた︒日本は赤道以北の. 蕾濁領諸島の併合を主張したが︑フランス︑オーストラリアその他の諸國が反封し︑ウィルソンも併合には反封して. 連盟の委任統治を主張した︒結局それらをC式委任統治下におき︑實質的には受任國の併合にもひとしいものとして︑ ︵一四︶ その統治を日本に委任して一慮の落着をみたが︑イギリスは一九一七年の日本との畳書において︑日本の山東省ドイ. シ灌盆の縫承とともに︑赤道以北ドイツ領諸島の保有を認め︑その代償として赤道以南ドイツ領諸島のイギリスヘの. 割譲を認めさせ宅いるので︑併合に反封する立場になかつた︒しかも赤道以北南洋諸島のうち無線電信の仲綴基地に. なつているヤップ島については︑アメリカはヴェルサイユ會議で國際管理を提案し︑日本の委任統治の決定後もアメ. リカは留保を行つたと主張した︒一九二〇年二一月一七日國際蓮盟理事會は︑赤道以北薦猫領諸島の無條件の統治を. 日本に委任したことを再確認したが︑アメリカはこの決定に抗議し︑一九二一年四月五日には︑アメリカは國際連盟 ︵一五︶. 二七九. ︵二七九︶. 理事會の決定に絢束されず︑右の決定はアメリカに勤しては効力をもたないと聲明して︑日米問の懸案に襲展するに 至つた︒. 第三次日英同盟更新問題.
(6) 第三次日英同盟更新問題. 二八○. ︵二八○︶. これらはいずれも薔濁灌盆の庭分問題であるが︑そこには日本が参戦理由の根檬をもとめた日英同盟が問接に作用. していると認めることができる︒更に日本は封華借款團の結成︵一九二〇年︶に際しては満蒙における特殊利盆を主. 張して英米佛の抵抗を招き︑シベリア出兵では連合軍の撤兵後も日本は駐兵を綾け︑一九二一年五旦三日には︑ア. メリカは︑日本のシベリア占領にもとずくいかなる灌原をも認めない旨の不承認通告を獲するのである︒石井・ラン. シング協定にみられるような安協の試ろみもみられるけれども︑全般的には日本の大陸獲展をめぐり日米封立が激化. するとともに︑イギリスにとつてはアメリカとの關係において日英同盟の再検討がもとめられるのである.︶そして同 ︵一六︶ 盟再檎討論のうち中國側からの要因については既に研究があるので割愛し︑ここではその他の黙について考察し︑同 盟再検討の場としてのワシントン會議の提案に及ぶこと鼠したい︒. ニ イギリス外務省内部の日英同盟批到. 日英同盟更新問題に當つて︑はじめに日英同盟は第一次大職後の歌況では何等かの修正を必要とされた︒帥ち國際. 連盟規約第二〇條は﹁聯盟國ハ本規約ノ條項ト爾立セサル聯盟國相互問ノ義務又ハ了解力各自國ノ關スル限リ総テ本. 聯盟國ト爲ル以前本規約ノ條項ト爾立セサル義務ヲ負措シタル聯盟國ハ直二該義務ノ解除ノ措置ヲ執ルコ. 條約ユ擦リ慶棄セラルヘキモノナルコトヲ承認シ且今後本規約ノ條項ト爾立セサル一切ノ約定ヲ締結セサルヘキコト ヲ誓約ス. トヲ要ス﹂と規定されている︒日英同盟は攻守同盟の基礎に立ち︑特に第二條の相互援助義務は︑連盟規約の紛雫李. 和的庭理條項︵第一〇ー一七條︶と矛盾するものであつた︒從つて同盟更新論も︑第三次同盟をそのままの形で縫績.
(7) するものではなく︑連盟規約乃至は戦後の状況に調和し得るような何等かの修正を加えた上での更新論であつた︒. カーゾン︵ぎ鑑○霞N書︶外相はそのような更新論の立場であつたが︑更新の是非はイギリス外務省内部でも論ぜ. られた︒一九一九年一〇月七日オールストン︵国aξ︾吏馨︶駐日代理公使は個人的見解として同盟縫纏に疑義を示. し︑日英同盟が目的とした極東における特殊利盆の擁護は︑濁露からの脅威が消滅した現在ρ日本がアメリカを特殊. 利盆に封する脅威とみなすのでない限り︑それが脅かされる恐れはなく︑日英同盟の存在理由は消滅したと述べて︑. 日本とは同盟より竜友好的協力關係が望ましく︑更にアメリカの態度の方が日本との協調よりも重要であり︑イギリ. スが日米間の調停者︵目a艮自︶となることが望ましく︑同盟は友好的諒解に韓化させるべきだ︑と主張している︒. 更にオールストン報告に添附されたウィングフィールド︵ζ●ρ≦ぎαq留匡駐日大使館一等書記官︶の寛書では︑彼. は︑まずイギリスの政策が軍國主義的日本との協調か︑民主主義的なアメリカおよび國際連盟との協調にあるのかを. 明らかにすることを要求し︑日英同盟︵前交︶にいう東亜およびインドにおける一般的李和および中國の濁立領土保. 全は國際連盟規約︵第一〇條︶と一致するが︑同地域における締結國の領土灌の維持および特殊利盆の擁護は規約の. 目的と一致せず︑目英同盟のもとにおける日本の封華政策や︑中國の猫立︑商工業機會均等に關する日本の解繹が︑. イギリスや國際連盟の精神と一致しないことを指摘している︒茅︑して彼は︑猫露からの脅威が消滅した現在日英同盟. から得る利盆は乏しく︵むしろ日本は大國として取扱われる︶︑却つて同盟によつてアメリカや中國との關係を傷け ︵一七︶ るおそれがあるとして︑結局同盟の慶棄︑少くも修正を主張している︒イギリス外務省は猫暫く同盟を維持しようと. 二八一. ︵二八嚇︶. して︑たとえば日英同盟を屡棄した場合日本が急速に濁ソ側に與するおそれがあり︑他方英米協定の締結がなお困難 第三次日英同盟更新問題.
(8) 第三次日英同盟更新問題. ︵一八︶. 二八二. ︵二八二︶. なことや︑あるいは太準洋におけるイギリス海軍の劣勢から日本との友好關係が必要とされていることが指摘されて ︵一聾. いるが︑外務省の立場で特に興味のあるのは︑一九二〇年二月二八日の︑日英同盟の外交關係におよぼす効果につい. ての覧書である︒これは外務省極東部員ベンティック︵○.零田昌舞︶が起草し︑カ;ゾンの見解を容れて修正したも. のであるが︑日英同盟の更新を必要としながら︑日英間の利害の封立を認め︑日英米關係の調整を必要として︑後の. 太李洋會議提案に通ずるものがある︒寛書は冒頭︑中國における英米の利害は同一であるが日英の利害は屡々封立す. ると述べ︑近い將來濁ノが極東問題で從來以上に重要となることを豫想し︑他にベルギー︑オランダ︑ポルトガルの. 諸國が極東に利害關係をもつていることをあげている︒畳書はこれら諸國につき個別的に考察し︑日本については︑. 日露戦孚や第一亥世界大戦において日英同盟が極東の安全に寄與したことを認めながら︑中國南北政灌統一問題︵日. 本は中國が分裂して弱騰であることを望むが︑イギリスは中國が近隣國からの侵略に封し防衛し得るだけに統一︑強. 化されていることを希望する︶︑日本の過剰人口のはけ口としての中國︑その極東におけるヘゲモニーの主張︑経濟的. 封抗關係︵極東における商業上のライバル︶︑太李洋︑極東における進出︵香港︑海峡植民地︑揚子江流域における. イギリスの地位を脅かし︑満蒙︑山東︑シベリアに進出︶︑イギリスの世界的護展に封するジェラシー︑および人種. 問題などの利害の諸封立黙をあげている︒これに封しアメリカとの間には人種問題︑太李洋における領土︑中國にお. ける復樺︵おざ巨ぎぎo︶影よび機會均等の期待︑英語國民としての共通性︑日本の侵略的態度と商業道徳に封する. アングロサクノン人の協調的傾向︑などの諸共通鮎を指摘している︒蟹書は更に︑イギリスは︑利害が封立關係にあ. る日本との同盟關係と︑人種・傳統・利害關係・理念の各面で結びついている友人︵アメリヵ︶との問の困難な道を.
(9) 歩まねばならず︑イギリスの利盆がそれを要求すると述べている︒その他の國については猫ソが依然將來の脅威とな. ることを懸念し︑目本を孤立させることによつて日本が猫ソ勢力に参加することを恐れ︑そうした面から Qも同盟を修 正して縫績する必要を認めている︒畳書は結論として日英同盟の更新を必要とし︑それでなけれぼ強力な海軍力を擁. する日本を敵とすることになろうと述べながら︑アメリカとの友好關係はその利害關係や人種的關係から冥冒①冒マ. o旨彗8であると述べ︑極東問題について日英米︵乃至佛︶による何等かの諒解に達することが望ましいが︑それが. 不可能ならば次善の策として日英同盟を纒績しながら︑米佛との協調を保持することに漏足すべきだ︑と主張してい. る︒この畳書が日英米關係の矛盾を認めながら何等かの調整をもとめようとするのに封し︑一九二〇年三月二一二日の ︵二〇︶ アシュトン・ガットキン︵閏蚕評↓邑9毛曙︾村浄畦壽ぼ86乏§二爵ぎ︶の畳書は︑日本の國内政治との關連からであ. るが︑同盟更新の引延しを主張している︒同覧書は日本の知識層と勢働者の畳醒による普選蓮動の進展によつて近い. 將來に一層民主的な政府が出現し︑そこでは從來の侵略的軍閥外交やボイコットや軍横政策は轄換され︑從來の封華 ︵一二︶. ︵二二︶. 外交は改善されて︑日本が極東においてイギリスの脅威となることは減少し︑日米關係は緩和されるであろうと齪測. している︒毘書はこうした前提に立つて︑日本の情勢は猶確定せず︑日英同盟更新は却つて現寡頭政府を強化し︑日. 本を孤立させることは︑濁ノヘの接近ではなく︑むしろ彼等現支配暦の立場を弱めると到断している︒アシュトン・. ガットキンは︑從つて︑日本が民主化されるまで同盟更新で言質を與えるのを引延ばすことを主張している︒. この畳書は少なからぬ反響を呼んだ︒まず極東部のベンティックは︑一九二〇年三月二六日︑日本の封華政策を改. 二八三. ︵二八三﹀. 善させるのは英米であり︑同盟を屡棄して日本に新たな同盟をもとめさせるべきでないと一般的に更新論を唱え︑ア 第三次日英同盟更新問題.
(10) 第三次日英同盟更新問題. 二八四. ︵二八四︶. シュトン・ガットキンの見解に封しては︑同盟に勤しては日本の軍國主義者もその反封者も支持しているので︑どち. らの側が政罐を澹つているかを重覗する必要はなく︑同盟更新の引延ばしが慶棄を意味するならば︑そのような危険 を冒すべきでない︑と主張している︒. またイギリス駐日大便館日本語参事官パーレット︵葬P評号εは︑三月二七日︑日本の軍事寡頭制が弱まつて. いること︑山縣が死ねば一層弱膿化することを認めながら︑同盟更新が現政椹を張化するとも考えられず︑日英同盟. が日本の何れの勢力にも支持されているとの黙でベンティックに同調し︑更新拒否は日本の親英分子を失望させ︑む. しろ非友好的分子を激働する結果になる︑と更新を支持している︒しかしその際アメリカとの關係では︑日米のうち. 一層保守的な立場から︑日本の. アメリカを友として選ぶべきであり︑アメリカの協調と支持につき明確な約東を取つけることなくして︑日本を孤立 化し潜在的な敵とすべきではない︑と主張した︒ 更にイギリス駐日大使館のハムプデン︵中客頃o密二寓㊤営且窪︶は一二月二八日︑. 民主主義が勝利したとしても︑國民のナショナリスチックな感情までも消滅するとは思われず︑商工業襲展や人口増. 加のために日本の太︑平洋進出は必然で︑その際日英同盟は日本に抑制的な塵力を加えるとして︑日英同盟が日本の帝. 國主義的襲展を促進しているとの考え方に反封し︑更に日本の民主化が赤化に轄化する恐れのあることを指摘し︑な. お同盟を慶棄する場合には一方的慶棄ではなく︑相互的な費書によることが望ましいと述べている︒. また外務省は同盟更新問題につき軍部の意見をもとめた︒一月二一日に外務省が海軍に邊った書翰︵同様の書翰は. インド銅︑植民地相︑陸相にも途付︶では︑カーゾンは︑太李洋における海軍の地位から日本との友好關係を必要と.
(11) 認め︑何等かの形の日英問の協定が日本の政策全般に緩和化の影響を與えることを期待し︑將來中國において日英關. 係が困難になることは認めながら︑その場合もルーズな結合による場合︑または日本がドイッの同盟國となる場合よ. りも困難は少い︑と述べて同盟の必要を主張している.またこの書簡では太李洋におけるイギリス海軍の劣勢に鑑み︑. イギリスの威信を増し︑勤日交渉を有利に導くため︑シンガポールに艦除をおくことを提案している︒これに封する. 海軍側の回答︵二月一二日︶は梢よ明確を訣くが︑現在の形式の日英同盟は必要でもなく望ましくもないが︑財政上. 日本に翼し強硬政策をとるのに充分の兵力を維持し得ないので︑日本の政策を緩和化させる趣旨での日英間の何等か. の協定に達することが可能であると述べ︑シンガポ可ルに艦除を設置することにも同意した︒. 陸軍は一属明確に封米關係を重硯した︒陸軍の回答︵二月一四日︶は軍事的立場から︑封日戦に充分の用意がない. 鮎から艮本との何等かの同盟または諒解に達することが望ましく︑また同盟は將來の濁ソの結合に封抗し︑または日. 本がそれに加わるのを阻止すると述べながら︑同様に軍事的効果からアメリカと敵封關係に立つべきでなく︑アメリ. カとの關係の方が冨壁蔓ぼ零旨慧8であり︑3昆塁菅αQ穿葺であるとして︑日米双方とも友好關係をもつよう. ︵二三︶ な鰯定を交渉すべきで︑また日本に封し不確定的な義務を負うことは避けるべきだと指摘している︒. このようにして日英同盟更新問題は外務省内部で活渡に論議されたが︑いずれにせよアメリカとの關係が今や一属. 重要とされ︑日英米關係の何等かの調整を鯨儀なくされるのである︒更にイギリス植民地諸國の一部では一層張く同. ︵二八五︶. 盟慶棄が主張され︑同年秋に豫定されていたイギリス帝國會議で討議することユなつたが︑それに先立つて一九二〇. コ八五. 年七月︑差當つて日英同盟と國際連盟規約との關係に關する第一次國際連盟宛通告が襲せられた︒ 第三亥日英同盟更新問題.
(12) 第三次日英同盟更新間題. 三第一次國際連盟宛通告. 二八六. ︵二八六︶. 第三次日英同盟の期限については第六條に一〇年と定め︵締結は一九一一年七月一三日︶︑﹁右十年ノ終了二至ル十. 二月前二爾締盟國ノ敦レヨリモ本協約ヲ慶棄スルノ意思ヲ通告セサルトキハ本協約ハ爾締盟國ノ一方力慶棄ノ意思ヲ. 表示シタル當日ヨリ一年の終了二至ル迄引綾キ効力ヲ有ス﹂と定められている︒從つて同盟は一九一二年七月には満. 期に達し︑これを慶棄するためにはその一年前に屡棄通告を行わねばならない︒當時イギリス外務省で更新の是非が. 論ぜられたのは前述の通りであり︑そこでは修正は必至の勢であつたが︑そうした政治的考慮を除いても日英同盟と. 國際連盟規約の一致せざる馳の存することからも︑第三次同盟のま曳の形式での更新は許されなかつた︒. 一九二〇年五月一九日︑新任のエリオット︵ω畔○富匿のZo旨窪国凝︒葺目三︒田巨︶イギリス駐日大使が内田外相. を訪問した際︑大使は日英同盟と國際蓮盟規約との法的關係に關する畳書を朗讃した︒この覧書は内田外相が借覧す. ることができなかつたが︑國際連盟が豫期の効果を奏し得ないか︑または何等かの事情でその蓮用を全うし得ない場. 合は日英同盟に依捺するとの趣旨であり︑また大使は同盟更新の場合は何等かの修正を必要とすると述べ︑内田外相 ︵二四︶ はこれに同意し︑その際必ずしも七月一三日までに同盟改定を完了する必要はないことについても一致をみた︒日本 ︵二五︶ 政府は二一日の閣議で同盟更新に決定し︑二二日附でエリォット大使に傳えた︒その後イギリス側は︑更新問題は關. 係方面と協議する必要があり︑時日を要すると傳えてきたので︑日本側もこれを放置した︒六月七日になつてエリォ. ット大使は︑イギリスは國際連盟規約と矛眉しない形式で同盟を縫績することを國際連盟に通告したい意向であるこ.
(13) ︵壬ハ︶. とを傳え︑なお同盟改定の最終的態度決定は同年秋に豫定されている帝國會議の終了後にしたいと述べた︒エリオッ ︵二七︶ ︵二八︶ ト大使は翌八日次の通告文私案を携行し︑一七日の私信によれば︑カーゾン外相はこれを承認した︒. −&○奮5葺善富く自︒暮δ蓉8登琶自昏コぽ蓉葺嘱︒ず浮§ま墾 畠①○︒§馨①墓︒ご巷き9. ①蟄凝げ︒暑①窪膏ぼ暑︒8§巳β蓉轟三昌訂§︒ξ言三ぎω旨ぎコ﹃︒○︒く︒昌⇔三︒︷夢①ピ︒帥αq皿︒︒︷. 目①ω℃①O↓. z善撰一ω§︒昌①一矯8鼠ω善碁浮魯︒一︒ぎ吋︒︷ぎ8︒<§塁善浮げ︒夢o︒く︒H言︒昌一の$目け︒の・一置︒ω一H︒ 一〇. ↓ぎコ§匡邑菩鴛夢①ぎ§ユ・琶コ︒艮︒琶壽胃韓2富=げ2§︒αqp一の︒昏︒℃目一ロ︒琶︒夢⇔ニゲ︒. ω⇔こ↓﹃$蔓︒窪〇三望げ︒8ロ臨自&聾R冒望お曽︾ぎ餌出9旨≦露3一ωぎ二暮︒昌の一ω一︒艮註夢魯帥一〇︒<o猛鼻. 日本側は六月二一日の外交調査會および閣議において右通告文案を承認し︑た穿原案の一円.帥2は︑日英同盟が批. 准を要しない協約︵︾αq吋8旨︒巨︶なので字句を修正し︵原案の馨ゆぐ9⇔臣き8を︾昌αQ一︒ら⇔℃⇔口︒︑︒︾ひQ目︒︒旨︒ロ一︒︷. ︸三鴫一ρおごと修正︑隆α霞$受を隆阜謎お︒き︒旨と修正︶︑なお外相訓電は︑通告文は日英爾國で護表し︑護 表文中に︑爾國は主義上同盟縫綾を希望することを表明しておきたい︑と述べた︒. 珍田大使は二四日カーゾン外相に日本修正案を提出すると同時に︑イギリス案では同盟縫綾の意向が表明されず︑. 却つて同盟纏綾の意思がないような印象を與える恐れがあると述.へて︑この黙を明確化することをもとめた︒カーゾ. ン外相は蓉聾蔓の字句修正には同意したが︑更新問題は帝國會議に提議する關係上デリケートであるとしつ﹄︑日. 二八七. ︵二八七︶. 本の懸念を容れそ︑原案の38鵬巳の︒浮︒旨蓉包︒以下を跨四ニコ腎︑⇔箆︾αq目︒︒旨︒口一ぴ①︒︒p鼠昌q︒傷四︷一①吋匂gぐ. 第三衣日英同盟更新問題.
(14) 第三次日英同盟更新問題 ︵三〇︶. 二八八 ︵二八八︶. ︵二九︶ 一8どぱB場一ぎ冒9営旨≦ゲ一9硫8二蓉o諺聾Φ糞註チ酔葺Ooぎ猛艮と修正することを提案した︒七月三日の. ︵三三︶. エリオット大使の私信では︑更に日本の希望にそうため︑帝國會議をまたずに︑七月八日國際連盟に共同で通告する ︵二二︶ ことを提案した︒内田外相はこれらの修正痴よび提案に同意したが︑通告交襲表についてはむしろ見合せるべく︑連. 盟事務當局にもその含みで折衝するよう命じた︒訓電によれば先に通告文獲表を希望したのは封議會策にょり︑本件. につき議會の質問は終つたので護表の必要はないというのであつた︒しかしこの希望は實現困難であつた︒イギリス. 側の説明によればイギリスは七月九日︑通告文を八日附で國際連盟に途り獲表問題は國際連盟に一任し︑かつ連盟は. 通告を秘密にする條件では受諾が困難であり︑イギリスとしても護表の用意を進め︑議會との關係からも通告問題に ︵三二︶ 鰯れない謹にゆかないということであつた︒しかしイギリス側も︑議會で質問のあつた時は輩に通告の事實のみを答 ︵三四︶ え︑それ以上説明しないことを提案し︑内田外相もこれを諒承した︒第一次國際連盟宛通告は日本側では樋密院會議 ︵三五︶ の議を纏て︑七月二三日︑日英爾國から護表された︒ 四 帝國會議︵第二亥國際連盟宛通告と太卒洋・極東會議案︶. 日英同盟は更新されるとしても修正は必至であり︑しかも輩に國際連盟規約に調和せしめるような字句修正にと穿. まらず︑イギリスとしては翼米關係を顧慮した何等かの調整を試ろみざるを得ない情勢にあつた︒そうした主張を一 層強く打出七たのは自治領諸國であり︑同盟慶棄論も強力に唱えられた︒. イギリス帝國會議は從來の植民地會議︵Oo一8芭Oo旨R窪8︶が改組されたもので︑一九コ年に第一回會議が開.
(15) かれ︑以後四年毎に一回開會する豫定であつたが︑大戦の勃獲によつて果されず︵一九一七年影よび一九一八年に帝. 國軍事内閣ぼ需計一≦貰O魯ぎ象と帝國軍事會義冒需量一≦巽OS醇窪︒︒が開かれた︶︑戦後は戦箏途行に掛. するインドやカナダの協力から自治領諸國の地位がたかまつたので帝國會議を再開すること﹄なり︑そこではそうし. た自治領諸國の地位向上を反映した英連邦の構成に關する問題︑イギリスの國防に關連して海軍問題︑その効果が自 治領諸國にまで影響を及ぼす外交問題として日英同盟問題が議題に豫想された︒. この帝國會議は都合により翌一九一二年六月中旬に延期されたが︑たまく英米紛箏李和慮理條約を日英同盟第四. 條にいう仲裁裁到條約とみなすという先のイギリスの封日通告︵一九一四年九月二一日︶をめぐり︑日英問の諒解の. ︵三八︶. 不一致か露呈され︑あらためて封米關係を顧慮した何等かの日英米關係の調整の必要が認められた︒護端は一九二〇 ︵三六︶ 年一二月三〇日のタイムズ紙がこの通告を暴露したことにあり︑内田外相は直ちに︑この通告が外交上の機密文書で ︵三七︶ あり︑當事國の同意なくして護表すべき文書でないことを注意したが︑林大使の報告によれば︑イギリスは同文書を ︵三九︶. 機密とするのを希望しなかつた︒内田外相は︑同通告が第三次日英同盟締結當時の交渉内容を相當程度記述している. のでこれを機密文書と認めたが︑林駐英大使は却つてイギリスの見解に同調し︑むしろ日本から英米紛雫李和慮理條. 約を日英同盟にいう仲裁裁到條約とみなす旨を護表した方が大勢上有利で︑﹁日米開戦ノ場合英國ヲシテ我二加据セ ︵四〇︶. シメント爲ルカ如キハ我朝野ノ豫想セサル所ナル以上本問題ノ黙ヲ明ラカニシ以テ日英米問國交二關スル誤解若クハ. 中傷ヲ阻止スルニ努メ度シ﹂と主張してきた︒内田外相は爾條約の關係につき法律的には愼重であつたが︑政治的に. 二八九 ︵二八九︶. これを解繹してイギリスや林大使の主張に接近しようとした︒内田外相は二月四日の衆議院豫算委員會第一分科會に 第三次日英同盟更新間題.
(16) 第三次日英同盟更新問題. 二九〇. ︵二九〇︶. おいて植原悦二郎議員の質問に答え︑イギリスの通告は軍に見解で關するもので公表し得ず︑﹁條約文二關係スルコ. トハ是ハ其條約面ノ解繹二委ネルヨリ外ナイ﹂が日英の解繹を提示するのは得策でない︑と述べて暗にイギリス側の. 解繹に同調し得ないことを明らかにしたが︑雨條約の關係はそのように法律的にとらえるよりも︑一暦政治的に理解. 裁到條約が批准されたか否かは︑實際問題としては重要でない︑と述べている︒二月五日の内田外相の訓電でも同様. して︑日英同盟第四條を挿入髪醗筒盟をアメリカに適用しないこと蟻環成立し奮ので︑同條にいう仲裁 ︵四二︶. に本件を輩に法律問題としてのみ取扱わないことを主張し︑必要の場合何等かの形式の共同措置をとることをも得策. と認めている︒林大使は二月八日附でこの趣旨に浩つて︑紛箏李和庭理條約と仲裁裁到條約とは法律的には同一でな ︵四三︶ く︑一九一四年のイギリスの通告を政治的なものと理解する旨を申入れた︒イギリス議會においても本件につき質問. があつたのでな齢日英の意見調整の上︑三月一日︑イギリス臨時外務参政官より︑日英雨國の見解は合致し︑法律上 ︵四四︶ 紛孚李和慮理條約は仲裁裁到條約と異るが︑その目的は同一である旨答辮した︒なお七月四日に至り幣原駐米大使は. 聲明を襲し︑日英爾國はアメリカに不利な如く本同盟を適用する意圖はなく︑第三次同盟に第四條を挿入したのもそ ︵四五︶. の精帥に基き︑そのような日本政府の政策は英米仲裁裁到條約がアメリカの批准を得られなかつた事實により左右さ れない︑と表明した︒. 日英同盟は一九二一年七月一三日に満期となるが︑帝國會議の開會は六月であるので︑期限満了前に新協約を締結. することが困難と認められた︒そこで内田外相は四月一一日︑帝國會議が終了しなければ非公式交渉も行わないのか︑ ︵四六︶ または帝國會議の承認を條件に同盟具艦案を作成してよいのかをた父させた︒林大使の打診では帝國會議終了前の交.
(17) ︵四七︶. 日英同盟は現欺のま瓦では國際連盟規約と一致せず︑二. 一九二一年七月. 渉には否定的であつたが︑五月九日力ーゾン外相は︑同盟の有効期限を七月より三ヶ月延長してその期間に交渉を行 ︵四八︶ ︵四九︶ うことを提案した︒しかしその後五月二〇日イギリス駐日大使は日英同盟の効力について猫自の見解を提出した︒そ れによれば前年の國際連盟宛通告は︑一. 以降同盟を縫縛ナる場合には國際連盟規約と一致する形式でなされること︑印ち現行協約のま﹄の形式では更新され. ないことを表明しているので︑現行同盟は第六條の規定にも拘らず七月以降失効するというのであつた︒エリオット. 同期間中同盟と國際連盟規約とを調和させる趣旨の一條項を挿入すること︑を. 大使はこの解繹を個人的見解と述べたが︑イギリス政府も同様に考えているであろうと述べ︑なお政府案として︑一. 同盟の有効期限を三ヶ月延長し︑二. 提案し︑なおカーゾンの主張ではないとしたが︑第二次國際連盟宛通告を護することを提案した︒この解繹によれば ︵五〇︶. 三ヶ月の延長期問内に新たな措置をとらない時は同盟は消滅することになるので︑日本政府は閣議および外交調査會. の議を経て︑五月三〇日回答書翰を襲した︒この回答は︑前年の國際連盟宛通告は日英同盟第六條に影響するもので. ︵省略︶︒六月九日エリォット大使は内田外相を訪. はなく︑通告文修正の経過︵前章︶によるも︑當時の意圖が︑本年七月までに更新交渉が終らない場合同盟を慶棄す るとしたものでないことを主張し︑別に連盟宛通告案を添附した. 問しイギリス法律專門家の見解として重ねて先の立場を繰返し︑前年の連盟宛通告は日英同盟第六條の慶棄通告とみ. なすべきであり︑七月以降同盟の効力を存績させるためには︑別の手績により明確とすることを要する︑と述べ九日 附で次の通告文案を提出した︒. 二九一. ︵二九一︶. ︒爵葺夢2器8叩 ≦ゲR$の昏︒Oo<o誉旨o日のo囲一碧き四昌自O器葺犀一§⇔ぎ出o噌日&チゆい8αqまo略Z帥ぎロ︒ 第三攻日翼同盟更新問題.
(18) 第三次日英同盟更新問題. 二九二. ︵二九二︶. 艮の&浮o蔑ぎ息三Φ魯帥一鴫魯の>昌αq一9冒冨ま器︾ぴqNΦo日o巨o晒冒ぞ一qo﹂O二﹂の8旨凶昌自&鉱8﹃﹃三嘱一8一﹂↓営窃け. げ①ぎ⇔︷o目β≦窪3一の8二p8霧一︒︒お導記浮チ︒Ooく窪きε断普①い8αqΩρ跨2き≦嘆80器8負δ昌3露の℃︒ユ︑ O餌δ○食oげ段一ω︒一㊤曽●. 罷身ユ認浮曾ぼ8匿o巨げ︒︒・団冥・一〇凝&・昌§賓の一ε毘8鼠の︒のぎ≦ゲ凶3渉︒實︒8αξ①鷲︒︒D︒善&ξ爵2︒苧. 目のo︷跨o︾αQおo目o艮一のぎ8ω一の一〇巨要幽壁夢o員8aξo鷺o︒︒Rまaげ堵夢oOo<op餌巨o噛夢oい$αq琴o︷2簿一〇葛ゆ. ..δ︒算Φ&旨の℃&&︑︑の字句は明瞭を訣き︑同盟は七月一三日一旦失効し︑. 夢聲渉o鷺08α貫Φ嘆oωoユび&ぴ嘱昏oの母飢Oo<o轟艮路㊤=びo&o営a窪傷の富一一嘆①葛出○<R島葺賞Φω︒ユぴa げ畷夢Φ︾αq同8 B Φ 巨 ︒. 日本側はイギリス案のうち︑一. さらにこれを延長する趣旨に解繹し得る︑二..身は凝魯︒叶ぼ8Bo巨富亀窟90お蝕9︑︑とあるのは同盟自腱の延. 長と解繹され︑その場合は少くも三ヶ月の延長期問輕過後は同盟は消滅すること玉なるので︑ 一を..讐誇受日︒穿 ︵五一︶. 夢一巴讐・︑︑︑二を..げ9080葺3R蜀這曽︑.と修正して六月一〇日イギリス大使に邊附した︒要するに日本は七月. または一〇月に同盟が自然消滅するような事態に極力反封したのである︒第一次通告に封するこのイギリスの解繹自. 身政治的なものと解し得るのであり︵後述︶︑二八日までほ父同様の見解を持しているが︵註六五︶︑イギリスは七月. 二日に至りその解繹を逆韓させた︒そうした態度急攣は六月二〇日に漸く開會された帝國會議との關連において考え なけれぼならない︒. イギリス帝國で日英同盟更新に最も批到的であつたのはカナダのメーゲン︵㌻#﹃霞ζ︒一αQゲ窪︶首相であつた︒彼.
(19) は既に二月上旬日英同盟に反封してロイド・ジョージ︵09︒<崔口o凱08おΦ︶イギリス首柑に︑日米華を招請して ︵五二︶ ︵五三︶ 太李洋會議を開くことを提議した︒太李洋におけるアメリカのヘゲモニーに封する直接的障害は今や日本であつたが︑ ︵五四︶. 日米間の緊張の増大に件い︑萬一日米戦箏が生じてしかも同盟がアメリカに封しても適用されるものとなれば︑カナ. ダはその南の隣接國に封して敵封關係に立たなければならない︒しかも前述の如く第一次大戦以後自治領諸國の護言 ︵五五︶ 樺が塘大し︑カナダ議會においても日英同盟を批到し︑一部ではアメリカとの防禦同盟すらも唱えられた︒たとえば. 四月末のカナダ下院において與窯のローウエル︵菊︒≦象︶議員は︑カナダは國際連盟規約を嚴守し攻守同盟に蓼加す. るのを避けるべき蓉あり︑英連邦とアメリカとの問の重要問題はまずカナダに協議した後に決定し︑特に專らカナダ. の利害に關係のあることが明らかな問題にづいては︑カナダの意見により決定すべきだと論じた︒また野黛のラロイ ︵五六︶. ンテ︵9§巨︒︶議員は︑カナダはカナダ議會の承認しない條約には拘束されず︑日英同盟は更新されるとしてもカ. ナダ議會の承認を受けるべきであるとした︒アメリカとの卒和關係の奪重が自衛上第一條件であるとの意響は窯派の ︵五七︶ ・ 別なく抱かれていたが︑メτゲン首相は帝國會議の冒頭から日英同盟更新に張く反封した︒ことに六月二八日︑イギ ︵五八︶ リス閣議が︑國際連盟規約に調和せしめ太李洋問題について協定に達するのを條件に︑日英同盟更新方針をきめたの ︵五九︶. に封し︑メーゲンは︑日英同盟は國際連盟の理念と一致せず︑アメリカや中國はか髭る同盟を信用しないであろうと. 述べ︑英米親善こそイギリス外交の試金石であると強調した︒彼は更に回欺を獲し︑日英同盟が更新されるならばカ ︵六〇︶ ナダ議會が承認しなければカナダを拘束せず︑特に軍事關係の條項には選畢民は張く反封していることを訴えた︒オ. ︐. 二九三 ︵二九三︶. ーストラリアは同盟更新を支持したが︑その場合にもアメリカの満足する如き同盟であることが條件で︑オーストラ 第三次日英 同 盟 更 新 間 題.
(20) 第三亥日英同盟更新問題. 二九四. ︵二九四︶. ︵六一︶ リアが何等かの犠牲を沸わねぱならないならばこれを認めない立場であつた︒帝國會議で同盟更新問題で8旨目9. ︷R日三帥を見出そうとする試ろみはかくして失敗した︒メーゲン首相は日英同盟が國際連盟規約に調和し得るように. 修正された際にアメリカを加えた太李洋會議を開くことを構想していたが︑ゲデス︵ωぽ︾8冠き餌O︒臣8︶イギリ. ス駐米大使の報告によれば︑ヒューズ︵Oゲ畳8国くきω鵠廊ぎの︶アメリカ國務長官は同盟更新には強く反封したが︑. ︵日英米︶三國による行動には關心を示し︑このことはカーゾン外相によつて會議に報告され︑メーゲンはロイド・. ジョージおよびカーゾンに三國乃至四國會議の開催を考慮することをもとめた︒同盟更新を條件附で支持するヒュー. ズ︵≦一一薮冒ζ︒コ罐ぼω︶オτストラリア首相も帝國會議の二日目に︑ロイド・ジョージ首相に日英同盟にかわる三 ︵六二︶ 國條約締結交渉のため日米爾國を招請することを提案したが︑ロイド・ジョージも次第に國際會議に傾ぎ︑それらの ︵六三︶ 要求によつてカーゾン外相は七月一日︑日米英華による太李洋會議開催の計歪のあることを襲表した︒. 第二次國際連盟宛通告のイギリス案が從來の立場から逆韓したのも︑この過程においてであつた︒當時ロイド・ジ. ョージの努力で日英同盟の効力につき大法官バーケンヘッド︵≦零2讐里詩︒嘗$儀︶の解繹をもとめたところ︑大. 法官は︑いずれかの當事國からの慶棄通告がなければ同盟は引績き縫績されるものと解繹すべきで︑かつ慶棄通告後 ︵六四︶ 一年間は効力を有する︑との意見で︑またこの問題は政治的意義をも有すると述べた︒これは日本側解繹と一致し得. るもので︑カーゾン外相は七月二日林駐英大使に新たな寛書を獲し︑日本が前年の國際連盟宛共同通告に同意したの. は日英同盟第六條により同盟を慶棄する意圖によるものでないことを確かめ得たので︑イギリスは當初の解繹に固執 ︵六五︶ せず新たな攣化に順慮するような共伺通告を行いたい︑と構して︑さきの日本側修正案を取入れた案丈を提出した︒.
(21) ムハムハロ. 呆磐葎同意し・背昔附竃つて第羨屡鵡宛碧が馨ら紮.イギリスの態度麩に書七月四日. 力ーゾン籍森大健・身は第茨連盟宛通告巖甕告と考え蕊が︑イギース法律專門家笹蓉肇通告. とみなすとの意皐あつたの婁の旨通報したが︑帝國會議に蓼て奔討議を急速︵盤隆い事能糞生したので. 硬嘉糞墾鷺籍枢難難縫ゲΩ遡欝燈雛懸掃. の署通盲製至ソン笹つて是新反嵩を意識し姦鵠ゼスチュアと轟蟹れるの雰る.この通告に より同盟が一〇且讐有効霧三た鐘盟規警抵鰯す垂態の告た時鐘盟規約釜る︶ことは認めら紮. が・穿葎せ高盟摯るすべての轟が指麺誤籔米關係の調警︑奉洋會議で行菊ることき莞.. 四日の會見で㌘ご外相は林大健︑同盟締結當時の霧竺響︑アメリカ︑中國には同盟更新に疑念を抱ξ. のがすくなくないので・同盟燕攣るとと芝︑日︑英︑米︑中國による奉洋會攣嬰懸萎譲することが適. 當で萱英帝國各領土・垂読響フンス︑粟蔑電加え︑開催地はアメリカ︑時期は同年末薙竺九二. 星始め与詮とを非公式髭議した.アメリカ籔しては七月吾→ヴェイ︵︒..・−︑.頃・困く.鴫︶アメリカ駐英. 大使を通じて・ハーディング︵ぎ§P窪α甚アメリ ヵ大ロ統禦奉洋.極東の諸問題の論的解決のために︑ ふハ. 二九五. ︵二九五︶. 海軍攣の除去蟹簡題電含め歳際金議を開く考要請し︑別に中國に響て轟萎紮.奉洋會議の開 催につ陰は二早睦書て・千・ジ7固音相奮報告され︑イギリスの署米華關係亙本の政策籍び つけ・奉洋に存る海軍畜負蓼揺し︑極東に存るすべての正統歳家的裂の震を確保し夜と諾 第三次日英同盟更新問題.
(22) 第三次日英同盟更新問題. ︵七〇︶. 二九六. ︵二九六︶. し︑なおイギリスの外交政策の第一原則はアメリカとの友好協力關係にあるが︑ 日本との緊密な友好協力關係も希望 すると述べた︒. 五 結. の封慮の仕方など大正政治史の諸問題が今後の重要な研究課題として残されている︒. 脛過について考察した︒勿論この問題だけでも残された問題は山積し︑ことに關係イギリス外交文書の未公刊や日本. た展開へのε旨一凝唇一算とななつたワシントン會議の開催過程の更に一部の問題として第三次日英同盟更新問題の. 交の名をもつて講される協調外交が展開され︑その性格はあらためて検討されなければならないが︑こNではそうし. 四ヶ國條約が結ばれ日本外交は全面的に後退を飴儀なくされ︑海軍についても軍縮協定が結ばれた︒これ以後幣原外. 批到され︑山東灌盆は還附すること﹄なり︑日英同盟は慶棄され︑新たに中國︑太李洋問題についての九ヶ國條約︑. 爾者の提案が相合してアメリカによるワシントン會議招請となつた︒ワシントン會議では日本の極東政策は徹底的に. 局太李洋・極東會議で日英米華關係の調整をはかること﹄された︒しかし當時アメリカでは海軍競箏問題から國際會 ︵七一︶ 議を召集すること玉して七月八日出先大使に訓電を護しているが︑ハーヴェイの報告に接して直ちにこれを採用し︑. され︑封米關係調整および新たな國際連盟規約との關係上その修正は必至であり︑慶棄論も彊力に主張された渉︑結. 三次にわたる日英同盟は︑この間に日本が大陸護展をとげると同時に日米關係の緊張がたかまることによつて批到. び.
(23) ﹁日本外交年表蚊主要文書﹂. 上巻︵昭和三〇年︶二三七ー三八頁. ︵二︶. この黙は後に同盟更新交渉の過程で問題とされた︒一九一四年の交渉の内容についてはこ﹄では省くが︑以下に必要な限. 伊藤正徳﹁加藤高明﹂. 下巻︵昭和四年︶七三︑七八ー七九頁. ︵四︶. 上巻︵昭和一三年︶参照. ほかに伊藤氏前掲書︑田対幸策教授﹁最. 日本の参戦経緯については既に幾つかの文献があるが︑こ﹄では直接外交文書を引用したものとして長岡新治郎﹁欧州大. 近支那外交史﹂ ︵六︶長岡氏前掲論文二九ー三〇頁. ﹁極東國際政治史序読ー二十郵箇條要求の研究﹂. ︵昭和三三年︶四〇一ー二頁. ︵七︶ 同上論文三五ー三六頁 留目斥一固品αQ浮巨︒︒申↓ぽO艮&ω聾窃霧m白9匡℃o矩R﹂3ρω鼠&︒一3ρマ80. 同上書二二七ー二八︑二五一︑二七三ー七四︑二八六ー八八︑三〇〇ー三〇一頁︑石田榮雄教授コニ箇條問題と列國の抵. ︵八︶ 堀川武夫教授. ー八八頁︶︒. 名o馨色≦︐≦白○茜げξい司oHΦ蒔p覆αq窪ω餌&H艮Roω酔︒ DぎO岳量一一露ρやGoSムOO. ︵一〇︶ω①且ωも℃●鼻y鱒一一 ︵一一︶. 第三次日英同盟更新問題. 二九七 ︵二九七︶. 冒窓ロ営>目9︒き評窪︒Oロ鉱9﹂器8℃﹂旨占○︒ アメリカ以外の國は一慮の關心を示したがアメリカほど積極的で はなく︑むしろ日華交渉の李和的安結に満足した︵堀川教授前掲書一七一ー八二︑二五〇;五二︑二七一ー七三︑二七八. 抗﹂︵國際政治一九五八年夏季號 日本外交史研究ー大正時代︶︑なおアメリカ新聞の批到等については匹︒き9↓唇需二. ︵九︶. 。. 戦参加問題﹂︵國際政治一九五八年夏季號 日本外交史研究ー大正時代︶二八頁. ︵五︶. ωけ緯窃一むωO. d算&ω馨①の即民9ゲR℃・墓おZ︒αq︒萄一&げ園島Φ毘go壁び一︒ミ旨弾旨匂●犀︸.即pω︒R︒一震図o臣ω童︒oP冨d艮&. っ8葺↓話鎚蔚の♂同匪o︾象習8導①導焦勺窪8望ヨo聲酔o り論及する︒なおブヲイアン條約については冒日9野o毒pG. ︵三︶. ︵一︶拙稿﹁日露戦雫と満韓問題﹂︵上︶近代日本史研究第五號︑三頁以下. 註.
(24) 第三衣日英同盟更新問題. 三四ー三七 頁 ・. ︵一二︶ 一又正雄教授﹃日米移民問題と﹁國内問題﹂﹄︵﹁神川先生還暦記念. 二九八. ︵二九八︶. 近代日本外交史の研究﹂ー昭和三一年ー所牧︶四. 昭和八年︶所牧の﹁帝國委. ミ崔o轟浮ざ8﹄霊マω零60︒南洋諸島分割の黙約は一九一五年に遡り得る浮且ωもや︒答℃﹄に. ︵一三︶ Oげ毒αQ粕qO冨昌αq甲↓ゲΦ︾鑛一〇山巷きo器≧評昌oρ一〇ωドP謡ω. ︵一四︶. 任統治關係文書﹂︵外務省條約局編︶ヤップ島問題の背後には戦略的問題︑帥ち日本がヤップ島電信仲纏基地を掌握するこ. ︵一五︶ 關係交書は外務省公表集 第二輯一四九頁以下︑﹁南洋委任統治問題﹂︵國際聯盟協會叢書. 重光藏教授﹁日英同盟の終末について﹂︵大分大學経濟論集. 第七巻第一︑二︑四號︶. と浴︑ハワイーグァム島ーフィリピンを結ぶアメリカ太李洋戦略に重要な影響を及ぼすことが認められなければならない︒ ︵一六︶. イギリス外務省の懸念する反英的日濁ソ同盟は︑一九四〇年の三國同盟に際し日濁から希望された︒. 国・い︒ゑo&項貰山き自勾畠き劇琶R&しUOsヨ睾記gω旨一号問黛o蒔昌℃oぽざド箪9お8︶巨器比霧く〇一︶≦︵お 9︶29匿㎝︵以下ωUと略す︶. ︵一七︶ ︵一八︶ 一び一伽﹂20●①嵩. oO 一露飢﹂Z9刈Q. 一庄ρ 2 9 お 一. 日露戦箏以後政府の軍蹟計書が常に議會の抵抗にあい︑政窯政治の護達とともに普選蓮動︑勢働蓮動はこの時期に本格. ︵一九︶. ︵二一︶. ︵二〇︶. 日本軍部が日英同盟更新を希望していたことについては一九一九年一〇月五日イギリス駐日大使館附陸軍武官報告︵ω. 的に護展した︒ しかしこの時期の政治史の側からの間題については本稿では鰯れる鯨裕がない︒アシュトン・ガットキン費 書も鰯れ︑ ワシントン會議の開催にも關連する尾崎行雄の主張については曾村保信﹁ワシントン會議の一考察﹂︵國際政治 一九五八年夏季號 日本外交史研究ー大正時代︶ ︵二二︶. U 20●認o ︒︶政府筋もほ父更新に賛成であるが︑日本内部の情勢は必ずしも軍純ではないし︑そこに本文に述べたようなイ. これらの文書はいずれも切U29温Oに添附. ギリス側の諸解繹の生ずる鯨地があるが︑前註と同様の理由で將來の研究に期したい︒ ︵二三︶.
(25) ︵二四︶大正九年五月壬百内田外相より珍田駐英大使宛電報︵第二二九號極秘︶ー外務省文書﹁日英協約更新一件﹂︵本件. 原文書は僥失したが︑寺嶋廣文元大使館参事官が筆爲した文書が外務省に保管されている︒外務省文書は戦後アメリカ軍に. ギリス外交文書は未公表である︒︶エリオット畳書には幣原駐米大使が批到している︒大正九年六月八日︵本省着︶幣原大. よつて撮影されているがこれはその際漏れた交書である︒以下に引用する日本外交交書はすべて同資料に檬る︒なお關係イ. 使より内田外相宛電報︵第二八三號極秘︶ 大正九年六月九日内田外相より珍田大使宛電報︵第二六四號. 通告文は大正九年五月二二日内田外相より珍田駐英大使宛電報︵第壬二〇號︶. 大正九年六月一七日在京英大使より内田外相宛書翰︵極秘︶珍田大使の報告によれば︑カーゾンは通告案を内田外相の. 同上別電第二六五號︐本件は一〇日の外交調査會に提出された︒. 極秘︶. ︵二六︶. ︵二五︶ ︵二七︶. 第五一七號. 至急︶および一九二〇年七月一日在京英大使より内田. 極秘︶︒この貼力ーゾン外相とエリオット大使との間に何等かの食違いがあるようにも. 提案にょるものと誤解し︑なお更新問題は同年秋の帝國會議に提出すると述べている︵大正九年六月一九日本省着珍田大使. ︵二八︶. より内田外相宛電報 思われる︒ 外相宛書翰︵秘︶︵Zo.お︒︶. ︵二九︶ 大正九年六月二七日珍田大使より内田外相宛電報︵第五五五號. ︵第五八二號. 極秘︶. ︵三〇︶ 一九二〇年七月三日在京英大使より内田外田宛書翰︵秘密︶︑なお大正九年七月三日永井代理大使より内田外相宛電報. ︵政ー機密邊. 第二九號. 極秘︶. 大正九年七月七日内田外相より永井代理大使宛電報︵第三八三號. 極秘︶. ︵コニ︶ 大正九年七月四日内田外相より在京英大使宛書翰︵秘密︶︑大正九年七月五日内田外務大臣護在本邦英國大使宛書翰 ︵三二︶. 二九九. ︵二九九︶. ︵三三︶ 一九二〇隼七月一〇日在京英大使より内田外相宛書翰︵Zo﹂瞳︶︑大正九年七月二日永井代理大使より内田外相宛電 報︵第五九六號 極秘︶. 第三衣日英同盟更新澗題.
(26) 第三六號︶. 大正九年七月一二日在京英大使より内田外相宛書翰. 第三次日英同盟更新問題 ︵三四﹀. 三〇〇. ︵三〇〇︶. 大正一〇年一月一日︵本省着︶林大使より内田外相宛電報︵第一一〇四號︶. 極秘︶︑大正九年七月二一百内田外相より在本邦英. 大正一〇年一月一九日内田外相より林大使宛電報︵第二四號. ︵第一四七號. ︵三六︶. 大正一〇年一月二六日︵本省着︶林大使より内田外相宛電報︵第一〇〇〇號︶. 外務省公表集 第一輯 二一コー三二頁. 國大使宛書翰︵政ー機密邊. ︵三七︶. ︑︵三五︶. ︵二八︶. 大正一〇年一月三一日︵本省着︶林大使より内田外相宛電報︵第一二〇號︶なお同二月三日 ︵本省着︶電報︵第二一七. 大正一〇年一月二八日内田外相より林大使宛電報︵第四五號︶. 第四十四回帝國議會衆議院委員會議録 豫算委員第一分科會議録第三回︵大正十年二月四日︶六頁. 至急︶. ︵四〇︶. ︵二九︶. ︵四一︶. 一九二一年二月八日附書翰︵第一四號︶. 大正一〇年二月五日内田外相より林大使宛電報︵第六一二號︶. 號︶. ︵四二︶. 大正一〇年三月四日︵本省着︶林大使より内田外相宛電報︵第二六四號︶︑同三月三日︵本省着︶ 林大使より内田外相. ︵四三︶. ︵四四︶. 外務省公表集. 一九九−二〇六頁. ︵四五︶. 大正一〇年四月二日内田外相より林大使宛電報︵第二一二〇號. 第二輯. ︵四六︶. 大正一〇年五月一四日︵本省着︶林大使より内田外相宛電報︵第五八八號︶. 大正一〇年四月一六日︵本省着︶林大使より内田外相宛電報︵第四六七號 極秘︶. 宛電報︵第二六五號︶. ︵四七︶. 極秘︶. ︵四八︶. 極秘︶︒. この條約解繹は五月九日のカτゾン目林會談後に成立したもの 林大使より内田外相宛電報第七〇三號. 一九二一年五月二〇日在京英大使より内田外相宛書翰. 一九一二年五月三〇日内田外相より在本邦英國大使宛書翰︵秘︶. と思われる︵六月五日本省着. ︵四九︶. ︵五〇︶.
(27) 大正一〇年六月一一日内田外桐より林大使宛電報︵第三七〇號. 極秘. 至急︶および同別紙資料. なおカーゾンは公文. 交換を希望した︵六月二日内田外相より林大使宛電報第三七三號 極秘︑および同日の林大使より内田外相宛電報第七一. ︵五輔︶ 五號極秘︶︒. 匂﹂ド昌憲甲魯ま同ないO窪&辞跨Φ︾薦一9智冨ま器︾岳き8醤餌帥ゲ①≦器げぎαQδロOO氏角窪︒9︑︑℃〇一一膏巴ω息窪80午. 貧§ぎ<〇一﹄020﹂も.認︵なお本論文については鹿島守之助 ﹁帝國外交の基本政策﹂1昭和二二年ー三五一頁以下︶. ︵五二︶. 望目すβ鼻︒℃﹄N一. アメリカに壽いても當時まだ日米戦雫の場合︑イギリスが日本側に立つことが懸念されていた. ︵五三︶ >Oo&80Φ毛Φ頴↓ぽOo巨良○霧きα臣巳oe8罰↓箒9器島旨Oo馨匡ぴ葺びp︿o一曹員一総Pマ①o. ︵O冨昌αq︾8・︒F℃︒O総︶︒. ︵五四︶. やお旧卑Φび口Φ斜o℃9︒ド℃■お1窃O. 大正一〇年四月二八日在オタワ清水総領事より内田外相宛電報︵第二六號︶. Uo名oざoワ9. ︵五六︶. ︵五五︶. ︵五七︶. 冨ぴ器二8.鼻●℃.竃. 大正一〇年四月二九日清水纒領事より内田外相宛電報︵第二七號︶. ︵五九︶. 一獣α﹂℃●認. は中國政府顧問で排日論者として著名なシムプソン. ヒユーズ︵≦旨節旨塞鑓夷ぼの︶首相の四月七日下院演読︵大正一〇年四月八日玉木シドニー駐剤縄領事代理より内田. ωおぴ昌Φ♪o℃●99℃︒蜜占9=○≧一撃いO話讐ω跨巴昌磐飢酔①¢良侍&ω侍簿8ψお㎝声Pお令ω㎝. Uo名oざob︒o一戸℃︒ミ. 三〇一 ︵三〇一︶. ︵六二︶. 第三次日英同盟更新澗題. ︵六三︶. 外.相宛電報 第五〇號︶. ︵六一︶. ︵閃段霞鎖臼い①8図ω一簿膓目︶ のペンネームであるQ. ースラリアほかねて同盟更新を支持している︒ なお℃葺猛目≦Φ巴①. 盟を國民投票に付するとの噂がひろまり︑ これがイギリスが同盟の三ヶ月延長をもとめた理由であると述べている︒が︑オ. 娼舞暴B譲の巴曾︾旨旨島零器皿Oぼ○良︒﹃ヰoヨ島①評︒臨Pお旨℃﹂零−・︒また彼はカナダ︑オーストラリアでは同. ︵五八︶. o. ︵六〇︶. じu.
(28) 第三亥日 英 同 盟 更 新 問 題 ︵六四︶ ω器ぼ90やo登ヤ㎝ε留o巴8. 三〇二. ︵三〇二︶. イ一魯跨器拝↓ぼ乏帥筈げαqδ口Oo馬霞窪8き侮︾富さ一800りや刈. ︵六五︶大正一〇年七月四日︵本省着︶林大使より内田外相宛電報︵第八〇三號至急極秘および第八〇四號︑第八〇五號至. 提案したが︑これによつても同延長期問内に改定交渉が成立しない時は同盟は失効すること﹄なる︵大正一〇年六月三〇日. 急︶これに先立つて六月二八日力iゾンは林大使宛書翰により同盟期限を三ヶ月延長することを國際連盟に通告することを. その内容は外務省公表集 第二輯 二〇七ー八頁. おーN一. 本省着林大使より内田外相宛電報第七八三號︑七八四號︑二九日着第七八五號︶︒林大使はこ﹄で︑日本側解繹を固執して. ︵六六︶. 大正一〇年七月六日︵本省着︶林大使より内田外相宛電報︵第八一三號極秘︶. も一年の相違にすぎず︑止むを得ない時はイギリスの解繹を受諾するよう主張した︒. ︵六七︶. ℃巷Φ誘琶呂躍δ賠Φ問o邑αQ昌即Φ巨一〇霧o幽爵の¢づぎ傷ω翼①ψ﹂旨ド︿o一●一︵這ω①yり. 林灌助述. ︵昭和一〇年︶三七六頁. ︵六八︶. ︵七〇︶. 評℃①葺℃●一〇. U①奉ざβ葺℃︒ミ為︒︒ 一︒匡訂ω耳︒サ葺ワ下︒︒いゑ︒ 一ρβ鼻や匡や這. ﹁わが七十年を語る﹂. ︵六九︶. ︵七一︶. 本稿に外務省文書を使用し得たことは外務省外交文書室の好意によるものである︒なお︑本記録﹁日英協. 約更新一件﹂の閲覧には今井庄次事務官の御配慮を受けた︒併せて深甚の謝意を表する次第である︒. ︻後記︼. 。.
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