埼玉大学紀要 教育学部 ,5 7( 2): 1 4 5‑1 5 6( 2 0 0 8)
新概念 日本語教学法 第三部 ( 1)
竹長 吉正*
[ 内容 目次]
今回のテーマ :書 くことの基礎理論 第 1 9 請 人はなぜ書 くのか
第 20 講 熱中して書 くこと‑その場をどうやって作るか‑
第 21 講 「 おどろく心」と 「 書 く意欲」
キーワー ド :書 くこ と、作 文、作業主義、意欲 、場作 り
第 1 9 講 人 はなぜ書 くの か
あるところに一人の娘 とその父親が住んでい た。娘は25 歳 を過 ぎていて独身である。父親は
「この子はどうして、家 を離れて一人で、 もし くは他人 と暮 らす気 にならないのだろうか ?」
と日々、いぶか しく思っていた。子は親の付属 物でない、父親はそのことは重々承知 していた が、娘の考えていることを知 りたい と思った。
ある日、娘は朝のアルバイ ト ( 郵便物の仕分 け作業)か ら帰ると、客間の一室に閉 じこもり、
せっせ とパ ソコンを打 っている。打 ち終えて台 所へ コーヒーを飲みに来たとき、新聞を読んで いた父親 とばった り、顔 を合わせた。
父親 :おはよう。
娘 :おはよう。
父親 :何 を打 っているの ?
娘 :きょう、あったこと。 まあ、 日記の ようなものかな。
父親 :へ えっ ! そう、 日記ね。
' 埼玉大学教育学部国語教育講座
父親はパ ソコンで 日記 を書 くことに少々、驚 いた。 自分ならパ ソコンで 日記 を書 くなんて、
そのようなことはぜ ったいにしないと心 に決め ているか らである。
父親 :見 られて も恥ずか しくないの ? 娘 :いやだね。見せてあげないよ。
父親 :お いお い、早 まるな よ。おれが見 るって言ってるん じゃない。そんな ふ うに画面に映 し出せるんだか ら、
機械の操作がで きれば他の誰にで も 読めるって言ってるんだよ。
娘 :それは有 り得 る。
父親 :自分の したことや考えたことを後で もう一度、読んでみたいんだろう ? 娘 :それ もある。で も、 まずは、 自分の
したことや考えたことを形にして残 してお きたいんだ。パ ソコ ンに向 かって書いているとき、 しぜんに心 が開いてい く
。父親 :おれ と話 してるときは、オープンマ イン ドにならないの ?
娘 :そ りゃね、私 だって もう、子 ども
ー 1 4 5‑
じゃないか ら。親の前で、いつ もい つ も、オープ ンマイン ドになれるわ けがない じゃない。
娘は、父親が 自分の考えていることを知 りた いのだ と気づいた。 しか し、父親が どう思って いるにせ よ、父親に話 した くないこと、 自分の 胸だけに しまってお きたいことがた くさんあ り、
心 を全開にするなんてで きないことだと考えた。
一つ屋根の下で一緒に暮 らしていて も、それは 仕方のないことだ と娘は思った。
父親 :それ もそうだ。ただ、時には心 を開 いて、お前 も自分の考えをはっきり 言 えよ。 もちろん、おれ もはっきり 言 う。お互いに気兼ね して黙った り 避けた りしていた ら、 どうにもなら
んだろう。
娘 :そ りゃ、私だってこのままでいいな んて思っていない。黙っていた り避 けていた りして卑怯だ と自分で も思 う。 しか し、これまでのことがいろ いろとあるんだよ。それが尾 を引い ているの。父 さんと私 との関係 は、
‑‑ ( 一瞬、言葉が途切れた)愛 と 憎 しみが半々っていうか、かわいが られた り怒 られた り殴 られた り助け られた り、いろいろあったで しょう。
だか ら、オープンマインドになろう として もなれないんだよ。
父親は急に目の前が真 っ暗になった。仕事に 追われて、 とっ くの昔に忘れていた 「 あの忌 ま わ しい記憶」が まざまざとよみがえった。 この 子 を育てる上でおれはいったい、何 をしてあげ ただろうか、 と。親 として、 どのような責任 を 果た しただろうか、 と。 自らを省みて僚恨たる 思いであった。 この娘は、 もしかすると、巣立 つ上での充分な栄養 をもらっていないので飛び 立つことがで きないのか もしれない、そう思っ て父親は絶句 した。
以上は、ある人か ら聞いた話 をもとに私がシ
ナ リオ風 に再現 したものである。ここで考えて みたいのは、娘はなぜ、パ ソコンに向かって 日 記 を書いたのか ということである。
今 日、ブログとい う言葉で名づけ られるこの 種の自己表現はもはや 日常化 したが、私が この 話 を聞いたのは 1 5 年ほど前である。そのころは pHS が流行 りだ して高校生が よ くそれ を持 っ ていた。携帯電話は会社員の間で少 しずつ広が りだ した程度であ り、今 日のように一般人にま で普及するという状態ではなかった。
ところで、父親に向かい合 っていると別に言 いたいこともな く、 また、オープンマインドに なれない。だが、パ ソコンならオープンマイン ドになれる。ここら辺に現代人の抱 えている表 現問題が潜んでいる。携帯電話の電子メールに よる表現問題にもつながってい く。 この娘は 1 5 年後の今 であれば、携帯 のメールで父親 とコ
ミュニケーションが取れたか もしれない。 もち ろん、その父親が携帯のメールが使 えるという 前碇があってのことである。いずれにしても、
現代人の表現問題はまず、機械が使 えることが 前提 になる。機械が使 えない と彼 らの輪の中に 入っていけない。それか らもうーっ、機械の使 い方のマナーや注意事項がある。 これをわきま えていない と表現が暴走する。 これをどうする か という大 きな教育的問題が存在する。
ところで、話題 を本筋 にもどして、この娘の 表現問題について考えてみる。娘はたぶん、 自 分の世界 を作 りたかったのではないだろうか。
誰か らも煩わされることな く、誰の E lも気にせ ず、 自分が これまで どんなふ うに生 きてきたか を確かめたかったのだろう。そ して、 これか ら どんなふ うに生 きていった らいいのかをパ ソコ ンの 「 無」の画面 を見なが ら考えてみたかった のだろう。
人はなぜ書 くのか と問うと、実に様々な答 え
が返って くる。ある人は、他者 と通信 をとるた
め と答 える。その人は友だちに手紙を書いて自
分の行動や考えを伝 え、そのことで喜びを感 じ
ている。 また、 自分が送った手紙 とほぼ同 じ内
容の手紙 を友だちか らもらうことで喜びを感 じ ている。この場合、書 くことは他者 と通 じ合 う ためである。すなわち、 コミュニケーションを とることで もた らされる喜びのために書 くので ある。
しか し、この文章の冒頭で紹介 したような娘 さんの場合は、 どうであろうか。それは、誰か、
ある特定の他者 と通 じ合いた くて善 くというよ うなものではない。誰かに向かって という意識 が全 くないか、 もしくは希薄である。いや、そ うではな く、心の どこか片隅でひそかに 「 不特 定の読者」 を想定 しているのか もしれない。 し か し、「 不特定の読者」などというものは存在 し ないことも有 り得 る。だがそれで も人は書 くと 私は判断する。いったい、なぜ書 くのだろうか。
父親に心 を開いていけない娘 さんは、パ ソコ ンという機械 に父親の代理を見て、 自分の心 を それに書 くことで開いていこうとしているのだ ろうか。そうだとするなら、 この娘 さんはやは り、心のどこか片隅で他者 との通 じ合いを求め ているのだと言い得 る。
従来、人が書 くことには二つあって、その一 つはコミュニケーシ ョンの表現であ り、 もう一 つは自己表現であると、 よく言われた。今で も このようにいわれることがある。 しか し、 自己 表現 とは、そ もそ も、 自己だけに目が向いてい る表現なのだろうか。一見、 自分のことしか書 いていないように見える表現であって も、書 き 手の無意識的な部分の どこかに他者 とのかかわ
りを想定 しているのではないだろうか。
先に私は娘 さんはパ ソコンに父親の代理 を見 ているのではと書いたが、それは一つの見立て 的な解釈である。解釈 は所詮、解釈 に過 ぎない。
なぜ なら、 よく考えてみれば、パ ソコンと父親 とは明 らかに違 うか らである。パ ソコンが現実 の父親の本当の代理になるのなら、こんなにオ メデタイことは他 にない。 まさに慶賀すべ きこ とであ り、世の父親は安心 して職場の仕事 に専 念 し、子 どものために時間を割 くことなど考え な くてすむ とい うものだ。「 パ ソコンは理想の
父親」 という見立てはなかなか魅力的なのだが、
テ レビが 「 理想の子守 り」 とならないように、
つし \ この見立ては現実 を直視すればあえな く潰え去 る。
娘 さんは、理想的存在であるか どうかはとも か くとして、 自分のそばにいて くれて自分の話 を聞いて くれる存在 を求めていたのではないだ ろうか。そ うした願いのサイン (しるし)が書 くことだったのではなかろうか。彼女は自分の ことを書 き綴 りなが ら他者 を求めていたのであ る。
自分のことを書 くのは自分の したことや考 え たことを他者に吹聴 した り披露 した りすること を願 っての ものだ と断定することはで きない。
また、 自分の備忘のため、 もしくは自分の秘め 事 として胸 にしまってお きたいがため と断定す ることもで きない。 自分の胸 にしまってお きた くもあ り、 また、少 しは誰かにも知って もらい た くもあ り、そんな宙ぶ らりんの状態で人は自 分のことを書いているのである。
そんな宙ぶ らりんの状態的気分の根源を求め さ か のぼ
て、ずんずん川の上流 を遡ってい くと、こんな 場面が見えて くる。それは自分の生の終わ りの 場面である。人は自らの最後 をどのようにして 迎えるのだろうか。病院で、あるいは自宅で、
などという場所のことは不問にして、その とき、
自分はどのような状況で息絶えるのかが見 えて くる。その時、 自分の周 りには誰 もいな くて、
あるのは医療器械 ばか りか もしれない。いや、
家族など親 しい人に見守 られているか もしれな い。 しか し、あちら側 ( 彼岸) に向か うのは自 分一人であ り、こち ら側 ( 此岸)にとどまるの は器械や見守る人である。人間はこの瞬間、孤 独 をまざまざと知る。
私は人が書 くのは、終局的には、 この絶対的 な孤独感か らの離脱 を求めてであると認識 して いる。つ まり、誰かが 「ここに共にいて くれる こと」 を願って人は書 き始め、書 き続けるので はないだろうか。
私は米寿 を過 ぎて元気 に一人暮 らしを続けて
‑ 1 47‑
いるあるお婆 さんを知っている。そのお婆 さん は息子や娘、孫、友人に向けてた くさんの手紙 を書 く。 また、その一方で、毎 日、 日記を書 き 続けている。 このお婆 さんはなぜ、そんなに善 くのだろうか。私は長い間不思議に思っていた が、あるときお婆 さんか らこんな話を聞いた。
私 :お一人で住んでいて寂 しくあ りません か ?
婆 :そ りゃ寂 しいです よ。
私 :どんなとき、寂 しい と感 じますか ? 婆 :息子や娘か ら何 も言ってこないときだ
ね。 また、近所の友だちが次々に死ん で遊びに行けな くなった。そんなとき、
よく夢 を見る。いっそ、首で もくくっ て死んでみ ようかって。
私 :寂 しいときはどうしますか ?
婆 :早 く布団に入って寝て しまうね。 どう して も眠れない ときは、起 きて大声で 歌 をうたうんです。そうすると誰かが 傍 にいて聞いて くれているような気が
して安心 して眠れるんです。
誰 も聞 き手のいない家の中で一人で声 を出 し て歌 をうたう‑ これはお婆 さんが毎 日、 日記 を書 くこととつながっているのではないだろう か。お婆 さんはなにかある実用性のために書い ているのではない。ある誰かを呼び出 し、その 人 と共にいる状況を現前 させ ようとして書いて いるのである。
「 絶対的孤独」 ( 究極の孤独)の凝視 に耐えら れず人は書 くことを始めるのだ。 したがって、
どんな自己表現であれ、内閉 ・自足 しているも のはな く、必ず どこかで、それは他者 とのかか わ りを求めているものなのだ。現実の父親に心 を開いていけない娘 さんは、心のどこかで父親 のことを意識 している。そ して父親が 自分に対 して何 もして くれな くてもいい、ただここに自 分 と共にいて くれることだけを願っているのか
もしれない。
したがって、書 くことには実用的な目的だけ があるのではない。つ まり、人は実用的な目的 のためにだけ善 くのではない。実用的な目的を 持たず、 また、ある特定の読み手を想定 してい な くても、人は書 く。書 くことは本質的に、他 者への呼びかけ行動なのである。そ して残念か つ不幸 なことに、その呼びかけに対 して何の反 応 (レスポ ンス、 リアクション)が得 られな く ても、人は打ちひしがれることな く書 き続ける。
その場合、書 き手によって想定 されているの は 「 現実の他者」である場合 もあるが、その殆 んどは 「 架空の他者」である。娘 さんは、書い ているうちに、いつ しか父親のことを考えな く なる。父親 を越 えて、友だちを越えて、ついに
「 架空の他者」 を作 り出 している。すなわち、
書 くことには現実の他者 を越 えて架空の他者 を 作 り出す とい う作用がある。架空の他者が出現 する、その喜びのために人は書 くのである。
一人暮 らしのお婆 さんは寂 しさに耐え切れず、
ついに大声 を出 してうたうという。それは現実 の娘や息子、孫のことを考えての ものではない。
架空の他者 ( 聞 き手)が瞬時において出現する、
その喜びのためにうたいだすのである。
うたうことや書 くことに専念 ・没頭 している とき、人は誰かが 自分 と共にいると実感する。
一人でうたうことや一人で書 くことは自己 との 対話だ と言 う人がいるが、私はそうではないと 考える。 自己との対話などではな く、他者 との 対話なのだ。すなわち、書 くことや うたうこと によって、その現場に共にいて くれる架空の他 者 を作 り出す ( 呼び出す) ことがで きるか ら、
その喜びのために人は書いた りうたった りする のである。
書 くことが好 きな人、 もしくは書かずにはい
られない人 とい うのは、書 くことに時間を割 く
のをい とわない人である。 また、書 くことに伴
う肉体的疲労をいとわない人である。いつの間
にかペ ンを持 っていたとか、いつの間にか机 に
向かっていたとかいうのは、こうした架空の他
者 を作 り出す喜び、それをひそかに知っている
か らだ。その反対に書 くことが嫌いな人、 もし くは書 くのが面倒だという人は、書 くことに時 間を割 くのを極力減 らそうとする。つ まり、書 くことを早 く切 り上げようとする。
書 くことを好 きになろうとするなら、書 くこ とそれ自体 にまず、たっぷ りと自分の時間を差 し出すべ きだろう。それこそ、惜 しみな く差 し 出すべ きだ。そ して、書 くことによって呼び出 される架空の他者 と共に時間を過 ごす喜びを知 るべ きだろう。
書 くことは本質的に他者 を求める行為 なので ある。つ まり、現実の他者であれ架空の他者で あれ、他者 を想定 しない書 くことは有 り得 ない。
また、書 くことは何か他のことのために有用 だというのではな く、書 くことそれ自体が有用 なのだ。つ まり、書 く事柄 ・内容が どうである か という価値の問題 も存するが、それ以前 に書 くという行為 ・行動 自体が人の 「 絶対的孤独」
か ら人を救い出す、いわゆる 「ケア 」( c a r e ) に なっているのである。
さらに、書 くことには時間の問題が関与 して いる。書 くことに人が 自分の時間をゆだねるの は、それがたとえ一瞬の間であろうともそれが 喜びをもた らすか らである。 まさに、書いてい る時こそ、至福 ( bl i s s ) の時なのである。
学校 において書 くことの教育 を実践 しようと する際、以上のことは念頭 においてよいことだ と考える。そ して教師は次のことを目指すべ き である。
1 書 くことに対 して子 どもが 自分の時間 を差 し出すのをいとわないように育て てい く。
2 書 くことは、その子 どもにとって自分 の世界作 りであ り、教師はそれの実現 に向けて支援する。
3 書 くことは究極的には他者 とのかかわ りを求めているものだか ら、現実の他 者あるいは架空の他者 を意識 して書か せるようにする。
第 20 講 熱 中 して書 くこ と‑ その場 を ど うや って作 るか‑
書 くことに熱中 し時の立つのを忘れた という 経験 を持 っている人は多い。その人はそれが ど のような場 ( 状況)であったかを想起 してもら いたい。
いやいや善 くという経験が積み重なってい く と、その人は書 くことが嫌いになる。人 と人 と が会 う場合 も、会 うことがお互いにとって楽 し ければ、 また、会いた くなる。それと同 じこと が、書 くことについても言える。 したがって教 師はまず、子 どもたちが書 くことに熱中する場 を作 る必要がある。
子 どもたちはいったい、 どのような場で表現 を始めるのだろうか。それは何 と言って も感動 である。 しぜんに自分の心がゆすぶ られ誰かに 向かって伝 えたい、あるいは、 自分の後の備忘 のために残 してお きたい と思 う、そのような場 に直面 させることである。それはつ まり、一種 の感動体験である。体験 は、見た り聞いた り、
あるいは、読んだ りという比較的 目立たないも のか ら、はては、 自分で体 を動か して労働 をし た り物 を作 った りといった行動性の 目立つ もの まで実に様 々に存在する。
そこで想起 されるのはわが国における作業主 義 の教 育 法 で あ る。昭和 の初 め、昭和 2 年 ( 1 9 2 7 ) 頃か ら北洋種‑ ( 東京女子高等師範学 校教授)によって提唱された作業主義の教育理 念 と教育方法 をみてみよう。 ドイツのケルシェ ンシュタイナー、7‑ゴー ・ガウディツヒ、ラ イブチ ッヒの小学教員グループ等によって推進 されたものをわが国の教育界 に移植 しようとし たものであ り、北洋の勤務 していた東京女子高 等師範学校及びその附属小学校が拠点 とな り、
徐 々に全国へ広がっていった。和歌山県師範学 校附属小学校、宮崎県女子師範学校附属小学校、
さらに当時、 日本の植民地であった朝鮮の光州 小学校 などで作業主義の教育が実践 された( 1 ) 0 北洋によれば 「 作業学校」( アルバ イツ ・シュー
‑ 1 4 9‑
レ 、Ar be i t ss c hul e ) とは、「 学 習学校」 (レル ン・シュー レ 、Le r ns c hul e ) に代わるものだ と い う
(2)0「 学習学校」の第一の特色 は書物 中心 であ るこ と。教科書 を中心教具 として言語文 字 ・数字やその他た くさんの知識 を子 どもたち の頭 に詰め込 もうとする。第二の特色は記憶中 心であること・ .言語文字で知識 を記憶 させ るこ とを主眼 とする。 これに対 して 「 作業学校」は 知識の詰め込みを排 し、書物 よりも作業 を重視 する。書物 を全 く使わないわけではないが、書 物のみの教育、書物中心の教育に偏 しないので ある。 また、知識の記憶 ( 暗記) よりも体験 を 重視 し、子 どもたちが足や手などの身体器官を 大いに動か して作業 し活動するのを奨励する。
つ ま り、活用 しない知識 を蓄えさせるのでな く、
生活の中で活用する知識 を身体的な作業や活動 を通 して習得 させ ようとするのである。
作業主義の国語教育について知るには、その リーダーの一人 と目される浅黄俊次郎 ( 東京女 子高等師範学校附属小学校訓導)の主張 を見 る のが妥当である。彼の主張 をまとめると次のよ うになる。
「 ( 児童の)生活か ら離れての言語教授や語桑 の拡充は概念的な死語の蓄積教授 に終 る」( 3 )と して、彼は 「 国語教授の生活化」 を提唱する。
すなわち、 まず 「 児童」があ り 「 児童の生活」
があって、それ らに基づいた ( もしくは、それ らに近づ く)国語教育 というものを彼 は志向す る。例えば文字や単語の指導において、初めに
「 ハ」 と 「 ナ」の文字が教授 され次に 「 ハナ」
という単語教授が行われるというのではな く、
児童が生活の中で何気な くつぶやいた 「ア、キ レイナ サクラノハナ !」 とい う、そのような 日常生活経験的な文をまず話 し言葉 として取 り 上げ、その中か ら 「 ハナ」 という単語、そ して、
その単語 を構成する文字 ( ハ とナ)が注 目され る。漢字の指導において も、児童の生活に密接 な関係 を有するものか ら提示 して習得 させ ると いう方法 をとる。
作業主義の国語教育が特色 とすることの第一
点は、このように 「 学習の生活化」である。 ま た、特色の第二点は、「 学習の作業化」である。
この点に関 して浅黄は 、「 ( 児童の)文意識 は視 読することよりも、書 き綴 ることによって獲得 される」と述べ、「 書 く」という学習活動の作業 性 に注 目している ( 4 ) 0
また、浅黄 と同 じ職場 ( 東京女子高等師範学 校附属小学校)に勤めていた坂本豊 ( 同校訓導)
は小学校六年間の国語教育を、次のように構造 的 に体 系 化 して いる
(5) 。す な わ ち、低 学 年 (1・2 年) における合科的扱いの国語教育 と、
中学年 (3・4 年)高学年 (5・6 年) における 分科的扱いの国語教育である。低学年 を合科的 扱いにするという考えは坂本独 自の ものでな く、
浅黄にも見 られる。そ して、 これは当時の東京 女子高等師範学校附属小学校全体 に見 られる共 通理解事項だったのである。
低学年における合科的学習の様式 を坂本は次 の三つに分類する(
6)。すなわち、A.直観学習、
B. 生産構成の学習、C. 遊戯活動の学習、の三つ である 。A は例えば、「 郷土直観」というのであ れば、児童が学校 もしくは自分の住む町のあれ これ ( 商店、寺社、地形、道路など) を自分の 目 ・耳 ・足 ・手 を使 って調べる。そ して、調べ たことをまとめて級友に報告する。 こうした一 連の学習 を行 うのである。実物 を我が 目で見る とい うことが重視 されるのである 。B では児童 が じっさいに何かを作 る ( 生産する) というこ とが重視 される。例えばお年寄 りか ら聞いた話 をもとに ミニ新聞を作 った り絵本 を作 った りす るとい う学習である 。C は例 えば 「 言葉遊び」
( なぞなぞ問答、 しりとりゲームなど) をする ための問題を考え、それが作れたらそれで じっ さいに遊んでみるというものである。そ して、
これ ら三つ ( 直観、生産、遊戯)はそれぞれ独 立 して行われる学習様式であるとともに、 また、
それ らを二乃至三、組み合わせて行 うことの可 能な学習様式で もある。
ところで、中学年以降の分科的扱いの国語教
育の中身 として坂本は、次のようなものをあげ
ている( 7 ) 0
(1 )児童が 自分の書いた文章 を整理 して一 冊の本 にまとめる、いわゆる 「 一冊の本作 り 」
の学習。研究調査の記録 を整理 してまとめた り、
生活文や文芸的創作の文 をとじてまとめた りす る。 これには編集の能力が必要 とされる。
(2 )国語教科書を用いての作業学習。「 読み 方指導」で は 「 作者 の意見 の具体 的解説」 を
「 発表」 させた り、あるいは児童の 「 精神的労 作」に訴えて文章の 「 想像的説明」 をなさしめ た り、あるいは文章の 「 改作」 をなさしめた り する。つまり、教材文章の 「 読み深め 」 「 読み広 げ」を 「 精神的労作」( 思考力 を使 う作業、思考 力 とい うエネルギーの費消 を促す精神的労働の 作業) と捉 えている。
(3 )E g I 書館 を利用する学習O/ ト学 3 年では
「 読書趣味 を養 ひ、広 く読む態度 に導 く」、小 学 4 年では 「自由読書 に於ては読書趣味の滴養 を主 として広 く読 ませ る」、小学 5・6 年では
「自由読書に於ては良書 を選択 して正 しく読む 態度 に導 く」。 この ように図書館 を積極的に利 用 し 「自由読書」 を行 うよう指導 している。
(4)「 分団」( グループ)による学習。児童の
「 能力差」 を考慮 して 「 五人ずつの分団」 を作 り協同学習 させる。
以上見て くると作業主義の国語教育には従来 の国語教育にはなかった特徴があった と判断で きるのである。それをいま少 し別の角度か ら考 えてみる。
第 1 に、教科書前提主義 ・教科書至上主義を とらないということ。従来の国語教育の大方は
「 国語陶冶 を行ふために、読本の文章を読 ませ ることを主 とする」 という考えであった。 これ に対 して作業主義は児童の生活現象の中か ら学 習内容や学習材料 を見出 して くるとい うもので ある。例 えば、子 どもたちの身の回 りにある新 聞を学習材 として用いる。
第 2 に、実物 ・直接体験 を重視すること。間
接的なものを通 して学ぶ ということよりも、直 接 この 目で見、 この耳で聞き、 この手でさわっ て確かめるという行 き方 を重視する。例 えば、
「 新聞」 を学習材 として取 り上げた場合、 じっ さいの新聞を用いることのほかに、近 くの新聞 社 を見学 し新聞が どのようにして作 られるのか
を観察 し体験する。
第 3 に、「 精神 的労作」 と 「 筋 肉的労作」の
「 連関的活動」 を重ん じるということ。国語科 では 「 筋肉的労作」 ということは余 りピンと来 ない。それは体育ならピンと来る。 しか し、 よ く考えてみれば例えば音読は口やノ ドとい う一 部の器官だけで行われるのではな く、腹か ら声 を出すのだか ら腹筋の力が ものをいう。教室の 端か ら端 まで 自分の声 を送 り届けるには口先や ノ ド先だけでの発声では不可能である。 また、
文字や文 を書 くことは、速 く、かつ、正確 に書 くということを目指 した筋肉運動である。それ は頭 を使 うだけでな く手や腕 を使 うか らである。
「 書 くこと」 はまさにそのような意味において、
手工 に似た 「 筋肉的労作」 に他 ならない。
作業主義の国語教育にはこのような三つの特 徴 を指摘することができるが、特 に第 3 の特徴 こそ最 も際立った特徴だということがで きる。
国語教育を単に 「 精神的労作の活動」 と規定せ ず 「 精神的労作 と筋肉的労作 との連関的活動」
と規定 したところに作業主義国語教育の理念的 な最 も大 きな特徴 を見出す ことがで きる。
ところで、 このような作業主義国語教育につ いて次のような批判がある。
‑‑‑( 前略)読書 (*ママ、正 しくは 「 読方 」 )
を作業化 させる必要があると言ふ人があ ります。
作業 とは、私達は読む事であると考へ るのです が、此の人の作業化は、手真似 をした り、シャ ボン玉 と言ふ言葉が出ると、其のシャボ ン玉 を 実際に作 らせた りする事で、読方教育の本道で はない。読方の作業は、言葉 を中心にした表現 を教材 として扱ふ事であって、 どこ迄 も読みそ の ものであ ります。此の人のや り方 は、「 読書
‑ 1 51‑
百遍意 自ら通ず」 といふや り方を否定 した もの であ ります
(8) 0
この批判者 は 「 読み」 ( 読む とい う行為 ・活 動)その ものが即、「 作業」 ( 労作)であると考 える立場である。 したがって、「 手真似」 ( 演劇 化 ・動作化) させた り 「シャボ ン玉を実際に作 らせた りすること」( 言葉か ら実物 を作 らせるこ と)等の学習活動は、い くら 「 読みの発展」だ とはいえ、「 読み」その ものをおろそかにするこ と、もしくは、「 読み」か ら遊離することだと考 えている。
はた して、この批判は正鵠 を得ているのだろ うか。
第一に問題 となるのは両者の 「 作業」観の違 いである。「 読み」その ものが即、「 作業」であ る とす る場合 の 「 作業」 は殆 ん ど、「 精神 的労 作」に限定 されている。作業主義の提唱者が考 えてい る 「 作 業」の内実 は、既 に見 た ように
「 精神的労作 と筋肉的労作」である。 この敵寵 を指摘することがで きる。
第二に問題 となるのは 「 読み」の授業が批判 者 の言 うよ うな、「 読 み」そ の もの に徹 す る ( 「 読みに始 まって読みに終る 」 ) といった 「 読 方教育の本道」 に終始 して、それでいいのだろ うか とい うことである。学習者の 「 読み」その ものをおろそかにする授業はよくないが、だか らといって、「 読み」 に終始す るばか りで、動 作化 ・演劇化、あるいは、実物の工作 ・実演 と いう 「 読みの発展的学習活動」が全 く考慮 され ないでいいものだろうか。
答えは明白である。先の批判者は 「 言葉に関 する精神的労作」 という究極のものを見据 える 余 り、言葉 を発 した り言葉 を用いた りする上で の全身的労作 ( 筋肉的労作 を含む) という観点 を見落 としている。 また、「 読方教育の本道」と いうものに縛 られて、その 「 本道」か ら発展 し た り派生 した りする幾つかの多様 な道筋 を考慮 せずに終 って しまっている。
ところで、こうした批判 に似たものとして当
時、次のような批判があった。それは 「 作業主 義 は 『 手の仕事』を重視す る。 しか し、『 筋 肉 ( ママ、的)労作』ばか りによって言語能力の 陶冶 は企 て られ る もので はない。」 とい う批 判( 9 ) である。 これに対 して坂本 は、それは 「 作 莱 ‑手の仕事」 と狭 く考えているところに誤解 があるといい、「われわれの考 える作業 とは、
精神的労作 と筋肉的労作 との連関的活動」
(10)と 持論 を繰 り返 して抗弁 している。
また、「 作業主義 は発表 とか劇化 とかを重ん ずる。 さかんに児童劇 ・発表会 ・討論式学習な どをや らせている。 しか し、こんなことばか り では国語教育全般の要求に応ずることが出来な い。」とい う批判( l l ) がある。「 国語教育全般の要 求」 というものが具体的にどのようなことを指 しているのか定かでないが、 もしそれが当時の
「 いかにも読方 らしい読方、綴方 らしい綴方、
話方 らしい話方、聴方 らしい聴方」 というもの を意味 しているのだ とすれば、 この批判の意味 をある程度理解することがで きる。それはつ ま り、発展的応用的な学習活動ばか りでは不安だ というのである。 もっと基礎的基本的な国語学 習をどこかで用意すべ きではないか という意見 だと捉 えることが可能である。 もしそうだ とし た ら作業主義の提唱者はどのように答えたであ ろうか。 「 児童の生活 に即す る」単元構成 を優 先するという主張、及び、そ うした単元構成で 基礎的基本的な国語能力の育成が十分図れると の主張を楯 として批判の矢 をかわ しただろうか。
さらに、「 児童劇 ・発表会 ・討論式学習 な ど といった発表や劇化 を重視する学習活動は、能 力や興味のある一部の児童のみに有効 ・有意義 であ り、学級児童の大部分には向かない。 」とす る批判がある
(12)。 これに対 して坂本 は、「 分団 学習」など学習形態の工夫をした りして一部児 童の活動 に終始 しないように留意 した り、机間 をしばしば往来することで個別的に支援 した り していると述べている
(13)。
作業主義国語教育に対するこれ らの批判 とそ
れ らの抗弁を検討 してい くと、次第に今 日の国
語教育 における問題点 に類似 した ものに逢着す る。
そ して、 ここで一つの まとめ をつ ける とすれ ば、 わが国昭和初年 (2 年 〜 8 年) の作業主義 国語教育 は、読本 ( 教科書) 中心 の注入型 国語 学習 ( それは学習者 の側か らすれば受容型国語 学習) に大 きな変更 を迫 る ものだった と言 うこ とがで きる。それは何 よ りも学習者 ( 児童) の 表現意欲 ・発表意欲 の喚起 を促 し、教 師の注入 的態度 を抑 え児童の能動 的 自発 的態度 を奨励 し、
かつ、支援す る ものだった。それはあ ま りに も 時代 に先駆す る試みであ った。それ故、例 えば、
その ような学習観や学習方法 は学級 の 「 一部の 児童」 のみ に有効 ・有意義であ り大半 の児童 に は不 向 きである と当時の教 師たちに判断 された。
しか し、時代 が変 わって今 日に至 る と、 む しろ、
この ような学習観 や学習方法 こそ、「 多 くの児 童」 に とって必要 とされ る もの となった。例 え ば 「 書 くことの学習」一つ をとってみて も、子 どもたちが 自ら進 んで書 くような 「 場作 り」 を どうす るか といった点で作業主義 国語教育 は今 日の教 師に多 くの ヒン トを与 えて くれる。
子 どもたちが熱 中 して書 くのは どんな時か ? そ うや って、「 実 の場」作 りの提 案 や協議 が今
日、いろんな所 で行 われてい る。今 日の子 ども たちを取 り巻いている 「 生活環境」 は、昭和初 年 の子 どもたちを取 り巻 いていたそれ と大 き く 変化 している。 したが って、昭和初年 の教 師た ちが子 どもたちのため に考 えた 「 実の場」 と、
今 日の教 師たちが今 の子 どもたちのために考 え る 「 実の場」 は、同 じではあ りえない。 しか し、
教育の根本理念 はそれほ ど違 っていない。我 々 はその ことを確認 してお きたい。
子 どもの表現意欲 を喚起 しようとす る とき、
教 師はいつ も、 この作業主義 国語教育 とい う原 点 に帰 ってい く必要がある。その ことのために わざわざ、遠 回 りを したのである。
注
(1)和歌山県師範学校附属小学校編 『 労作教育に よる各教科各学級経営の実際』 ( 東京 ・ 章華社 1 9 3 1 年 5 月) 、宮崎県女子師範学校附属小学 校編 『 作業教育の理論 と実際』 ( 宮崎 ・ 平和印 刷所 1 9 3 2 年 6 月) 、安田保則 『 作為教育の建 設 と帰趨』( 郁文書院 1 9 3 1 年 5 月) 。これらの 中で第三番 目の著書について若干、付言する。
著者の安田は当時、朝鮮の光州公立尋常高等 小学校校長 。1 9 3 0 年 8 月、同地に招かれて講 演 ・講義を行った北洋種‑が 「 序」を寄せて いる。また、表題の 「 作為」は ドイツ語 「アル バイ ト」に対応する訳語であ り、既 に佐藤熊 治郎 ( 広島高等 師範学校教授)が使用 してい る。 しか し、北 洋が 「 作業」 と訳 してい る
「 アルバイ ト」を安田がなぜ 「 作為」 として 用いたのかについては明確な説明は記 されて いない。
(2 )北揮種‑ 『 作業教育序説』 ( 目黒書 店 1 9 2 9 年 1 1月)参照。なお、本書は昭和 2 年 ( 1 9 2 7 ) 夏、児童教育研究会 ( 東京女子高等師範学校 の内で組織 された研究団体)の講演速記に増 補 したもの。作業教育に関する北洋の多 くの 著作の中で、比較的早い時期のものである。
(3 )堀七歳編 『 各科作業教育 』 ( 東洋図書 1 9 3 1 年 1 0
月 2 5 日初版)所収、浅黄俊次郎 「『 作業主義国 語教育』の要諦」。編者の堀は東京女子高等師 範学校教授で、北洋の後 を受けて附属小学校 主事 とな り作業主義教育の実践 を推進 した、
この本は附属小学校の全教員が捻力を結集 し て取 り組んだ著作で、菊判 3 9 5 ページの大冊 である。昭和 7 年 ( 1 9 3 2 )1 月 2 0 日に第八版を 出している。
(4 )前出 3 『 各科作業教育』所収の浅黄論文を参 照。なお、同様のことは浅黄俊次郎 『 作業主 義国語教育の精髄』 ( 目黒書 店 1 9 3 2 年 5 月) p p. 9 8 ‑ 1 0 2 , 1 4 9 ‑ 1 5 0 に述べ られている。
(5 )前出 3 『 各科作業教育』所収、坂本豊 「 作業 精神の国語国文教育」 。
(6 )前出 5 参照。
(7)前出 5 参照。但 し、以下の説明において若干、
竹長が加筆 した。坂本の言葉では、 (1)は
「 創作修鉄の方法」 ( あるいは 「 研究調査の記
‑ 1 5 3‑
録整理」 ) 、( 2) は 「 教科書による国語指導」、
(3)は 「 図書館活動による指導法」 、 (4) は
「 社会性の原理に基づ く指導の実際」である。
(8) 西尾実 『 新読本を中心 としたる国語教育に就 いて』( 長野 ・信濃教育会諏訪部会中部職員会 1 9 3 9 年 2 月) p . 3 8 . この本は 9 2 ページの小冊子 で、西尾が昭和 1 3 年 ( 1 9 3 8 )1 0 月 2 5 、2 6 の両 日に亘って中部職員会で講演 したものの速記 録である。
(9 )この批判は前出 5 で紹介されている。
( 1 0 ) 前出 5 参照。
( ll ) この批判は前出 5 で紹介されている。
( 1 2) 前出 5 参照。
( 1 3) 前出 5 参照。具体的には前出 7 の (4) 「 社会 性の原理に基づ く指導の実際 」 ( 『 各科作業教 育 』pユ4 7 . ) が工夫の一例である。
第 2 1 講 「お どろ く心」と 「 書 く内容」の充 実
国木 田独歩 ( 1 8 7 1‑1 9 0 8 ) はその著 『 欺か ざるの記』の中で、次の ように述べている。
あ ゝわが願 ひは驚異せ んこと也。あ ゝわが 心の眠 り居 る事 を自覚せ る事 な り( 1 ) 0
「 驚異せ んこと」 とは、つ ま り、「 お どろ くこ と」であるが、それはいったい、 どんなことに 対 して驚 くのであろうか。独歩の場合、それは 宇宙 ・自然の神秘 に触れて驚 くのである。つ ま り、宇宙 ・自然の神秘 に触れて、それ まで 自分 の心 に 「眠っていた」( 覚醒 していなかった)こ とを悟 った とい うのである。 これは一種の浪漫 主義 もしくは神秘主義 とで も名づ け られる考 え 方であるが、人間の表現意欲 を突 き動か してい くものの一つであるか ら、今少 しこのことにつ いて考察す る。
独歩の詩 「山林 に自由存す」 の後半二連 は、
次の通 りである
(2)。ま なじり
骨 を決 して天外 を望めば
た か
ね
をちかたの高峰の雪の朝 日影
あ