梁
武
帝
撰
「菩
提
達
摩
碑
文
」の
再
検
討
(二
)石
井
公
成
は じ め に 小 島岱
山 氏 が 熊 耳 山 の 「菩
提達
摩 碑 文 」 に 着 目 さ れ た の を き っ か け と し て、 筆者
は 『 宝 林 伝 』 所 載 の 同 碑 文 や 少 林 寺 の 同 碑 文 そ の 他 に 基 づ い て 検 討 を 開 始 し た 。 そ の 結 果、 梁 武帝
撰 と 称す
る こ の碑
文 に つ い て は、 現 存 す る 種 々 の テ キ ス ト のう
ち、金
蔵
本 の 『 宝 林伝
』 の み が 系 統 を 異 に し て い る こ と、 『 涅 槃 経 』 に基
づ く 点 が多
く、 「 不 識 」 に関
す
る 記 述も
そう
で あ っ て、 こ れ が後
世 の不
識
問答
に展
開 す る こ と、 法琳
の 『破
邪 論 』 の言
葉
を か な り 用 い て い る こ と、 な ど が 知 ら れ た た め 、 ユ ね簡
単 な 報告
を
行 っ た 。 こ こ で は 、前
稿 の 不備
を 補う
と と も に、前
稿 で は 詳 し く 扱う
こ と が で き な か っ た 北宗
禅
と の 親近
性
を中
心 に し て 、 い く つ か の 語 句 の 検 討 を 試 み た い 。 現 存 文献
の中
で達
摩
碑 文 と 立 場 が 最 も 近 い の は、 北 宗 文献
、特
に浄
覚
の著
作
で あ る よう
に 思 わ れ る た め で あ る 。 こ の こ と は、伝
衣
に 駒 澤 短 期 大 學 佛 教 論 集 第 六 號 二 〇 〇 〇 年 十 月 触 れ な い 達摩
碑 文 の 解 明 に は、 『 楞 伽 師 資記
』 な ど の 北宗
文 献 が 役 立 つ こ と を意
味 し、 ま た 逆 に 、達
摩 碑 文を
詳 細 に 検 討 す れ ば 、 『楞
伽 師 資記
』 に代
表 さ れ る系
統 の 思 想を
解
明 す るう
え で 役 立 つ こ と を意
味 す る 。 熊 耳 山 碑 文 に つ い て は 、 現 在 は 冒 頭 部 の 写 真 が 公 開 さ れ て い る の み だ が、 近 く 二 祖寺
元 符 寺 の 達 摩 碑 文 と と も に翻
刻 がハ 中
国
の 学 術 誌 上 で 公 表 さ れ る 予 定 と聞
い て い る た め、達
摩碑
文 の厳
密
な校
訂本
文 の 作 成、 お よ び達
摩 碑 文 全 体 の 構 成 の検
討 は 、 翻 刻 の 公 刊 を 待 っ て か ら 行 なう
こ と と し、 本 稿 で は テ キ ス ト と し て は、 少 林 寺 碑 文・P
二 四 六 〇・ 『 宝 林伝
』 ・光
定 『伝
述 一 心戒
文 』 に よ っ て 仮 に復
元 し たも
の を 暫定
的
に 用 い、 問 題 があ
る場
合 は そ の つ ど指
摘す
る こ と に す る 。 二梁 武 帝 と
菩
提 達摩
の 関係
梁武
帝
と 菩 提達
摩
が 関 係 づ け ら れ る の は、 無功
徳
の 問 答 を 三 九梁 武 帝 撰 「 菩 提 達 磨 碑 文 」 の 再 検 討 ( 二 ) ( 石 井 ) 紹 介 し た 神 会 の 『
南
宗 定 是 非 論 』 が最
初 と さ れ て き た 。 こ れ に 対 し、 達 摩 碑 文 で は、武
帝
と達
摩 の対
話 の 場面
は 描 か れ て い な い も の の、 武帝
は、 せ っ か く 達摩
に 会 っ て い な が ら そ の 真 価 を 見 抜 けず
、 「 之 に 遇 へ ど も 遇 はず
、 之 に見
ゆ れ ど も見
え ず ( 遇 之不
遇 、 見 之不
見
) 」 と いう
状 況 で あ っ た こ と を 後悔
し て 嘆 き、 「敢
え て 以 て 之 を 師 と す ( 敢 以 師 之 ) 」 と 明 言 し て お り、 北 地 に 去 っ た達
摩
を こ れ ま で尊
崇
し て き た こ と を 強 調 し て い る 。 し か も、達
摩
碑 文 で は、 菩 提達
摩 は 本 当 は 「 法身
」 で あ り、 達摩
が 亡く
な っ て 葬 ら れ た の は、 「 法 身 は 示 現す
る こ と 無 方 ( 法身
示 現 無方
) 」 と あ る よ う に 、 自 由 自 在 で あ る こ と を 示 し た も の に す ぎ な い こ と が 強 調 さ れ て い る の で あ る 。 こう
し た 武帝
と 達 摩 の関
係
の あ り方
を 考 え るう
え で 、 参 考 に な る の が、 僧達
( 四 七 五 ー 五 五 六 ) の 伝 記 で あ ろう
。 『 高 僧 伝 』 に よ れ ば、 北 魏 の 孝 文帝
に 重 ん じ ら れ た 僧達
は、 論 議 に 巧 み で 南 北 に 知 ら れ、 特 に そ の 「 禅 法 」 は 世 に広
く 行 わ れ た が、 か つ て 梁 に 趣 い た 際、 宝 誌 と 出 会 っ た こ と が あ り 、 宝 誌 が 僧達
を 「 大 福徳
人 」 と し て 絶 賛 し た た め、 梁 の 武帝
も 深 く 敬 い 、 「 北 方 の ( 曇 ) 鸞 法 師 と (僧
)達
禅 師 は 、 肉身
菩
薩
な り 」 と 称 し て、常
に 北 に 向 か っ て 遙 拝 し て い た ほ ど で あ り 、 僧達
ハ ヨ が 没
す
る と、 後 梁 の 宣 帝 は声
を あ げ て 哭 し た と いう
。『 宝 林 伝 』 で は、 達 摩 の 活 躍 以
前
に 没 し た は ず の 宝 誌 が 登 場 し、 武帝
に達
摩 の 意義
を教
え て い る こ と を 考 え る と、 こ の 武帝
お よ 四 〇 び 宣帝
と僧
達 と の 関係
が、 武帝
と菩
提
達摩
の 対 面 に 関す
る伝
ゑ
承
を 生 む素
材 の 一 つ と な っ た こ と は充
分 考 え ら れ る。 こ こ で 重 要 な の は 、僧
達 は、 勒 那摩
提 と慧
光
に 師 事 し た 人物
、 つ ま り 地 論 師 と関
わ る 人 物 だ と いう
こ と で あ る。 後 の禅
宗
で は、 『 楞 伽 経 』 を めぐ
る 姿勢
の違
い か ら か、 地論
師 た ち を ラ イ バ ル 視 し、 菩 提 流支
と 慧光
が菩
提
達
摩 を 毒殺
し よう
と し た とす
る 伝説
ま で 生 み出
し て い る が 、実
際 に は禅
宗
文 献 が 描く
菩 提 達摩
の イ メ ー ジ は、 北 地 の主
流
で あ っ た 地 論 系 の 実 践的
な 僧 た ち と 重 な る 面を
含 ん で い る の で あ る 。達
摩
碑 文 で は 、面
壁 九 年 、 黙 し て 語 ら な い達
摩 の通
常
の イ メ ー ジ と 違 い 、達
摩
の 「 聡 弁 」 の こ と を 「身
子 」 、 す な わ ち、 シ ャ ー リ プ ト ラ に 比 し て 礼讃
し て い る が、 少 林 寺 で 坐禅
に 励 み 、 「身
子 」 に 比 せ ら れ る ほ ど弁
舌 巧 み で あ っ た と さ れ る僧
に、 地論
師 の 系譜
に属
す る 道 憑 が い た こ と は、 前 稿 で 既 に 指 摘 し た 。 ま た、道
宣
は 菩 提 達摩
と な ら ぶ禅
者
と し て 僧稠
を賞
揚 し た が、 僧 稠 は仏
陀 禅 師 に印
可 さ れ て 少 林 寺 で 活 動し
た 経 歴 を持
つ 僧 で あ っ て、僧
稠 も ま た 地 論 系 と交
流 を持
っ て い た こ と で知
ら れ る 。 い わ ゆ る禅
宗 と そ れ 以外
の禅
法 を 考 え る際
、 北 地 の 地 論教
学 を 無ゑ
視
す る こ と は で き な い 。 三「
有
驪 竜 珠 白 毫色
」 達摩
碑 文 の 冒 頭 は 、 『 宝 林 伝 』 以 外 の 諸 テ キ ス ト で は、我 聞 滄 海 之 内、 有 驪 竜 珠 白 毫 色、 天 莫 見 人 不 識。 我 大 師 得 之 矣。 と な っ て い る 。 こ の
う
ち 、 珠 に つ い て 「 天 莫 見 人 不 識 」 と 説 く 部 分 が、 法身
常 住 と 仏性
を 説 く 『 涅 槃 経 』 の 経 文 に 基 づ い て い る こ と、 ま た、 そ う し た 珠 を た だ 一 人 得 た と 説 く の は、 そ の 人 だ け が 真 理 を体
得 し た の意
で あ っ て、 北宗
で は、 伝 法 を 受 け た と の 意 で 用 い ら れ て い る こ と は、 前 稿 で 述 べ た。 こ こ で は、 菩 提達
摩
の み が 体得
し た と いう
そう
し た 真 理 が、 驪 竜 の 「 白 毫 色 」 の 珠 に 譬 え ら れ る 理 由 に つ い て考
え た い 。 こ の 「 白毫
色 」 と いう
語 に つ い て は、 勺 塑 巳竃
餌碧
冒 氏 か さ ち、 人 相学
の 用 語 と し て も 用 い ら れ る む ね、 ご 教 示 を 受 け た 。 海中
で 竜 が 守 っ て い る 宝 珠 と 人 相学
と いう
取 り 合 わ せ に と ま ど っ た が、 達摩
碑
文 が し き り に 用 い て い る 『 涅 槃 経 』 如 来性
品 で は 、 金 剛 力 士 の 額 に 埋 ま っ て し ま っ た 珠 を 仏 性 に 譬 え て い る こ と に 気 づ い た 。 仏 告 迦 葉 。 善 男 子 。 嬖 如 王 家 有 大 力 士 。 其 人 眉 間 有 金 剛 珠 。 与 余 力 士 較 力 相 撲 而 彼 力 士 以 頭 抵 触 其 額 上 。 珠 尋 没 膚 中 都 不 自 知 是 珠 所 在 。 其 処 有 瘡 即 命 良 医 欲 自 療 治 。 時 有 明 医 善 知 方 薬。 即 知 是 瘡 因 珠 入 体 是 珠 入 皮 即 便 停 住 。 是 時 良 医 尋 問 力 士。 卿 額 上 珠 為 何 所 在 。 力 士 驚 答 大 師 医 王 。 我 額 上 珠 乃 無 去 耶 。 是 珠 今 者 為 何 所 在 。 将 非 幻 化 憂 愁 啼 哭。 是 時 良 医 慰 喩 力 士 。 汝 今 不 応 生 大 愁 苦 。 汝 因 闘 時 宝 珠 入 体 今 在 皮 梁 武 帝 撰 「 菩 提 達 磨 碑 文 」 の 再 検 討 ( 二 ) ( 石 井 ) 裏 影 現 於 外。 汝 曹 鬥 時、 瞋 恚 毒 盛、 珠 陥 入 体、 故 不 自 知 。 是 時 力 士 不 信医
言。 若 在 皮裏
膿 血 不 浄 何 縁 不 出 。 若 在 筋 裏 不 応 可 見。 汝 今 云 何 欺 誑 於我
。 時 医 執 鏡 以 照 其 面 。 珠 在 鏡 中 明 了 顕 現。 力 士 見 己、 心 懐 驚 怪 生 奇 特 想 。 善 男 子 。 一 切 衆 生 亦 復 如 是 。 不 能 親 近 善 知 識 故 。 雖 有 仏 性 皆 不 能 見 。 ( 曇 無 讖 訳 『 涅 槃 経 』 巻 七、 大 正 十 二 ・ 四 〇 八 上 ) こ の 場 合 は、 仏 性 の 珠 が 力 士 の 眉 間 に め り こ ん で外
か ら は見
え な く な り、 自 分 で も 気 づ か な い の だ が、 張 説 「 荊州
玉 泉寺
大 通禅
師碑
銘 併 序 」 で は、 銘 の 冒 頭 で 、 額 珠 内 隠、 匪 指 莫 効 。 心 鏡 外 塵、 匪 磨 莫 照 。 ( 柳 田 『 初 期 禅 宗 史 書 の 研 究 』 、 五 〇 一 頁 ) と 述 べ て い る 。 す べ て の 人 は 仏 性 を 額 に め り こ ん だ 珠 の よう
な 形 で 隠 し持
っ て い るも
の の、誰
か が 指 し 示 し て や ら ね ばそ
れ に 気 づ かず
、 心 は 本来
清 ら か で あ る も の の、 塵 を 払 っ て 磨 か な け れ ば 照 る 働 き、 つ ま り 智恵
の 働 き を し な い と す る の で あ る 。柳
田 聖 山 氏 は、右
の 「 額 珠 」 の 譬 喩 が 上記
の 『 涅 槃 経 』 マ ね 如 来 性 品 に 基 づ く こ と を 指 摘 し て お ら れ る 。 ま た 、 王 維 「 大唐
大安
国 寺故
大徳
浄覚
師 碑 銘 」 で は、 「海
澄 ハ ゑ み て、竜
の 額 の 珠 明 ら か な り (海
澄 而 竜額
珠 明 V 」 と あ ワ 、 柳 田 氏 は 、 こ の 箇所
が 『 大 智 度 論 』巻
十 二 に 見 え る釈
尊
の前
身
ユ で あ る能
施
太 子 の故
事
に 基 づ く こ と を指
摘
し て お ら れ る 。碑
銘 で は、 珠 は伝
法 の象
徴
と さ れ て い る の だ が、 こ の よう
に、 四 一梁 武 帝 撰 「 菩 提 達 磨 碑 文 」 の 再 検 討 ( 二 ) ( 石 井 ) 宝 珠 が 額 の 珠 と
結
び つ け ら れ 、 し か も、竜
の 珠 と さ れ て い る 用 例 が 北宗
文 献 に 見 ら れ る の で あ る 。 仏性
に ほ か な ら な い 宝 珠 を、 『 大智
度 論 』 や 『 法 華 経 』 の竜
女 の献
珠 の 譬喩
な ど に よ っ て竜
と 結 び つ け、中
国
風 に 「 驪竜
珠 」 と 表 現 す る場
合、 額 の珠
、 な い し、 額 に め り こ ん で い る 珠 に関
す る 経論
の 記 述 が 念 頭 に あ れ ば 、達
摩 を 仏 と 同 一 視す
る達
摩
碑 文 の作
者 が、 そ の 珠 を 「 白 毫 の 色 」 と 表 現 す る の は 不自
然
で は な い 。 上 の 『 涅 槃 経 』 如来
性 品 の 引 文 で は、力
士 の 額 の 珠 が 体 内 に め り こ ん で し ま っ た の は、 「 瞋 恚 毒 」 に よ る と さ れ て い る が 、 七 世 紀 半 ば 以 前 の 成 立 で あ っ て、初
期
禅
宗
文 献 に 盛 ん に ヨ ぜ 引 用 さ れ た 『 心 王 経 』 で は、 欲 得 現 身 即 凡 為 聖、 莫 著 文 字 邪 見。 … : ・ 竜 王 心 水、 澄 停 清 浄 。 貪 瞋 痴 海、 出 仏 性 珠 。 … … 衆 生 心 浄、 前 念 出 家 、 後 念 成 道。 … … 色 身 自 在。 ( 方 広 娼 編 『 蔵 外 仏 教 文 献 』 第 一 輯、 三 = ニ ー 四 頁 ) と 述 べ て 竜 に 言 及 し、 貪 瞋痴
の 海 に こ そ仏
性 の 珠 が 潜 む こ と を 強 調 し て い る 。 水 が 澄 む と いう
の は 、 泥 水 を 澄 ま す こ と の で き る 摩 尼 宝 珠 を 意 識 し て い る た め であ
ろ う 。 摩尼
宝 珠 に つ い て は、 『続
高
僧 伝 』慧
可条
に 引 か れ る 慧 可 の書
簡 が、 本 迷 摩 尼 謂 瓦 礫。 豁 然 自 覚 是 真 珠。 ( 大 正 四 九 ・ 五 五 二 中 ) と 述 べ て お り 、 ま た 『 楞 伽 師資
記 』慧
可
条
に も、 こ の 箇 所 を 四 二利
用 し た 記 述 が見
ら れ る 。 す な わ ち、自
身 の 仏 性 を 「 摩 尼 」 「 真 珠 」 に 譬 え る の は、慧
可 の 段 階 か ら あ っ た の で あ り、 以後
、 「珠
」 と いう
語 は 「摩
尼 」 に関
す る 『 涅 槃 経 』 そ の 他 の 大乗
経 典 の 記 述 や、 中 国 の 伝 統的
な 発 想を
ま じ え つ つ、 禅宗
文献
中
で 、 そ れ も し ば し ば 伝 法 に 関 わ る 文 脈 で 用 い ら れ て き た の で あ る 。 『 伝法
宝 紀 』 冒 頭 の帰
敬 偈 で も 、 能 令 護 本 心 猶 如 濁 水 中 珠 力 頓 清 現 所 以 今 修 紀 明 此 逓 伝 法 願 当 尽 未 来 広 開 仏 知 見 ( 柳 田 『 初 期 の 禅 史1
』 、 三 二 九 頁 ) と あ り、 濁水
を 澄 ま す 「 珠 」 と 「 本 心 を 護 る 」 こ と と 「伝
法 」 と を 組 み 合 わ せ て 述 べ て い る こ と が 注 目 さ れ る 。 な お、 先 に見
た 「 荊 州 玉 泉寺
大 通禅
師碑
銘 」 で は、 「 額 珠 内 隠、匪
指 莫 効 」 に続
け て、 「 心 鏡 も外
に 塵 つ け ば 、 磨 かず
ん ば 照 す こ と 莫 し ( 心鏡
外 塵、匪
磨
莫 照 ) 」 と 説 い て お り、 塵 を 払う
こ と に よ っ て 智 恵 の輝
き を 増 し て ゆ く 漸修
の 立 場 が 示 さ れ て い る の に対
し、 達 摩碑
文 の 銘 で は 、 達摩
の 雪 の 如 き 心 に つ い て、 「 磨 さず
瑩
か ざ る も、 恒 に 浄 明 な り 。 雲 を被
り 霧 に 巻 か か る も、 心 且 に 徹 す ( 匪 磨 匪瑩
恒 浄 明被
雲 巻霧
心 且徹
) 」 と 述 べ て い る た め、 漸 修 を 否 定 す る 立場
が 示 さ れ て い る よ う に見
え る 。 し か し、 「 い ず れ の 処 に か 塵 埃 有 ら ん (何
処有
塵 埃 ) 」 「 いず
れ の 処 に か 塵 埃 を 染 せ ん ( 何 処 染塵
埃 ) 」 と 説 く 『 六 祖 壇 経 』 の恵
能
の 偈 に 見 ら れ る よう
な 徹 底 し た 否定
の 立 場 で はな い 。 心 そ の も の は 磨 か ず と も 浄 ら か な の だ、 と い
う
点 を 強 調 し て い る に す ぎ な い の であ
る 。 ま た、 達摩
碑 文 のう
ち、 後 半 の 「被
雲巻
霧
心 且徹
」 と いう
句
は、 『 楞 伽 師 資 記 』達
摩
条
が 「 空中
の 雲霧
は、 終 に虚
空 を汚
染 す る あ た は ず 。 然 も よ く 虚 空 を 翳 ら せ 、 明浄
な る を 得 し め ず ( 空中
雲霧
、 終 不能
汚 染 虚 空 。 然能
翳虚
空 、不
得 明 浄 ) 」 と 説 い て い る 箇 所 を 思 わ せ る も の があ
る 。浄
覚 は、 『 注般
若 心 経 』 でも
「 雲 開 い て 月 朗 ら か な ロ ひ り ( 雲 開 月 朗 ) 」 と 述 べ て い る が、 こ の 譬 喩 も、 後 述 す る よう
に 達摩
碑 文 に見
ら れ るも
の な の で あ る 。 四「
我
大
師 」 達摩
碑
文 の 「我
大師
得
之 矣 」 と いう
部
分 のう
ち 、 「 我大
師 」 と いう
言 い方
は 、 釈尊
を
指す
の が 通例
で あ り、 菩 提 達摩
も 法身
扱 い さ れ て い る た め 「 我大
師 」 と呼
ば れ た の で あ ろう
こ と は、前
稿
で記
し た 。 し か し 、普
寂 ( 六 五 一 − 七 三 九 ∀ の 忌 日 に 読 ま れ た 斎 文 と考
え ら れ るS
二 五 一 二 、 「 第 七 祖 大 照 和尚
寂 滅 日 斎 讃 文 」 ( 擬 ) で は、 然 茲 日 者 則 我 大 師 寂 滅 之 晨 也。 我 大 師 所 作 已 弁、 何 頼 斎 功。 然 以 化 導 恩 深、 師 資 義 重 。 況 ハ レ 投 智 印、 密 授 心 珠 。 と あ る よう
に、普
寂
を 「 我大
師 」 と呼
ん で い る。 む ろ ん、 普寂
の 入寂
を 釈 尊 の 入 涅 槃 に な ぞ ら え て の こ と だ が、 こう
し た 梁 武 帝 撰 「 菩 提 達 磨 碑 文 」 の 再 検 討 ( 二 ) ( 石 井 ) こ と は、 亡 き師
を コ 大 師 、 和 尚、禅
師 L な ど の 呼 称 で 呼 ん で き た従
来 に は な か っ た こ と で は な か ろ う か。 王 維 「 大唐
大
安
国
寺故
大徳
浄 覚 師 碑 銘并
序 」 に し て も、 釈尊
を 「我
大 師 」 と呼
ぶ の に 対 し、 浄覚
に つ い て は単
に 「大
師 」 と す る の み で あ へ に セ っ て、 区 別を
つ け て い る 。普
寂 を 「 我大
師 」 と 呼 ぶ こ の斎
讃 文 は、 「 西 天 付属
… … 東 夏伝
灯 」 の普
寂
を 仏教
の 開 祖 た る 釈 尊 と 同 一 視 し て い る の で あ る 。 こ れ は 、 三 朝国
師 と し て の普
寂 の 権 勢 をう
か が わ せ る も の で あ り 、 ま た、 そ の 普寂
よ り 「 密 か に 心 珠 を授
け ら れ 」 た後
継者
と し て こ の 斎 讃 文 を 書 き 、 読 み 上 げ た 僧 の 自 負 を 感 じ さ せ る も の と い え よう
。す
な わ ち、 釈 尊 以 来、写
瓶 の 伝 法 が行
わ れ て き た こ と を前
提 と す る か ら こ そ 、 中国
の禅
師 を 釈尊
と 同 一 視 で き る よう
に な っ た の で あ る 。 こ の 場 合、東
土 の 祖 で あ っ て、 法 身 で あ る 菩 提 達摩
が 「我
大 師 」 と呼
ば れ る の も当
然 と 言 え よう
。 あ る い は 、 菩提
達摩
が 「我
大 師 」 と 呼 ば れ る よう
に な っ て い た か ら こ そ、 そ の 伝法
の 系 譜 を継
ぐ 普寂
も ま た 「我
大
師 」 と 呼 ば れ る よ う に な っ た と も 考 え ら れ る 。 梁 武帝
撰 と さ れ る 達摩
碑 文 と 、 普寂
の 没 後 に書
か れ た こ の斎
讃 文 の ど ち ら が先
か は 不 明 だ が、 同 じ 流 れ に 立 っ て い る こ と は 間違
い な い 。 な お、 少林
寺
碑 文 に は 「震
旦初
祖 菩 提 達磨
大 師 之 碑 」 と あ る ほ か、 『 観 心論
』 に 続 け て 達摩
碑 文 を 書 写 し て い るP
二 四 六 〇 も、 「 第 一 祖 達 摩禅
師梁 武
帝
撰 」 と いう
題 名・ 撰 者名
を持
四 三梁 武 帝 撰 「 菩 提 達 磨 碑 文 」 の 再 検 討 ( 二 ) ( 石 井 ) ち 、 と も に
東
土 の 「 初 祖 」 「第
一 祖 」 と いう
位 置 づ け を し て い る こ と が 注 目 さ れ る 。 ま た 、P
二 四 六 〇 と 同 様 の 形 を と り、達
摩
碑 文 の 題号
・ 撰 者名
を持
つ 敦 煌 出 土 の 『 観 心 論 』 写本
に、竜
谷
大
蔵 所 蔵本
が あ る が、 西 口 芳 男 氏 は、P
二 四 六 〇 は こ の竜
大
本
と 「 同系
の 写本
」 と さ れ、 竜大
本 系 の 『 観 心 論 』 は 既 に達
摩
禅
師作
と見
な さ れ て書
写 さ れ て い た も の と 推 測 し て おむ ら れ る。 こ れ は、 達
摩
碑 文 が ど の よう
な 系 統 の 人 々 の 間 で書
写 さ れ て い っ た か を 考 え るう
え で、 重 要 な こ と で あ る 。 五「 説
無
説
法
、如
闇
室 之 揚 炬、若
朗 月 之 開 雲 」達
摩碑
文 で は、 「 無 説 の法
を 説く
こ と 、 闇室
の 炬 を 揚 ぐ る がお 如 く、
朗
月 の 雲 を開
く が若
し ( 説無
説
法 、 如 闇室
之 揚 炬 、 若朗
月 之開
雲 ) 」 と 述 べ 、達
摩
は 「無
説 の 法 」 を 説 い た と し て い る 。 すぐ
後 に 「無
法
の 法を
説 く ( 説無
法
法 ) 」 と あ る た め、達
摩
碑 文 の 作者
は 「 無 説 の法
を 説 く 」 「 無法
の法
を
説 く 」 こ と を 重 視 し て い た こ と が 知ら
れ る。 銘 の 部 分 で は、 「多
聞
に し て 弁 才 あ るも
、 法 説 無 し (多
聞
弁
才
無法
説
) 」 と し て お り 、 「 無 法 説 」 と いう
点 が 強 調 さ れ て い る が、 「多
聞弁
才 」 と 言 わ れ て お り、 ま た 本 文 でも
「 聡弁
」 ぶり
を シ ャ ー リ プ ト ラ に 譬 え て い る の で あ る か ら 、 「 無 説 」 「 無 法 説 」 と 言 っ て も ひ たす
ら 沈 黙 を 守 る の で は な く 、 言 葉 に と ら わ れ て は な ら な い と いう
こ と を、 自在
に 説 い た とす
る の であ
ろう
。 四 四こ の
う
ち、 「無
説 の 法 」 つ い て は、 王 維 「大
唐
大安
国
寺
故
大徳
浄 覚師
碑 銘 并 序 」 が、先
に 見 た 「 海 澄 而竜
額
珠 明 」 の句
を 示 し て浄
覚
の徳
を 讃 え たす
ぐ 後 で、 皇族
や高
位
高
官
が 浄覚
に 対 し て 「 言 を無
説 に 乞 ふ ( 乞 言 于 無 説 ) 」 た と 述 べ て い る 箇 所 が 想 起 さ れ よう
。 ま た、 そ の 浄覚
の 『 楞 伽 師資
記 』 慧 可条
で は 、 慧 可 の 伝記
を 簡単
に 紹介
し 、 『 四巻
楞 伽 』 を 引 い て 坐禅
の意
義
を 強調
し た の ち 、 五蘊
・ 妄念
の 「雲
霧 」 に 隠 さ れ つ つ も 清 浄 さ を 失 わ な い 仏 性 の働
き を 力説
し、 以 下 の よう
に 続 け て い る 。若 忘 念 不 生、 黙 然 浄 坐、 大 涅 槃 日 、 自 然 明 浄 。 俗 書 云、 氷
生 於 水 而 氷 遏 水、 氷 拌 而 水 通 。 妄 起 於 真 而 妄 迷 真 。 妄 尽 而
真 現 。 即 心 海 澄 清、 法 身 空 浄 也 。 故 学 人 依 文 字 語 言 為 道 者、
如 風 中 灯 不 能 破 闇、 焔 焔 謝 滅 。 若 浄 坐 無 事、 如 密 室 中 灯、
則 解 破 闇、 照 物 分 明 。 ( 中 略 )
是 故 諸 仏 説 説、 或 説 於 不 説 、 諸 法 実 相 中、 無 説 無 不 説 。 解
斯 挙 一 千 従。 ( 柳 田 『 初 期 の 禅 史
1
』 、 一 四 六 − 七 頁 )こ の
う
ち 、 「 諸 法 実 相中
、無
説無
不
説 」 と あ る の は 、 『 無 量義
ま 経 』 の 取
意
で あ り、 『楞
伽 師資
記 』 道 信条
で も こ の部
分 の 取 意ユ の 文 が 引 か れ て い る 。
こ の ほ か 、 「 夫 れ 説 法 と は、 説 無 く、 示
す
無 し ( 夫 説 法者
無説
無 示 ) 」 (大
正 一 四・ 五 四 〇 上 ) と 説 く 『 維摩
経 』 や、 不 説 こ そ 仏 説 と す る 『 楞 伽 経 』 を初
め、 無 説 ・ 不 説 こ そ 真 の 説 法 とす る 大 乗 文 献 は
多
い が、 「 無 説 の 法 を 説 く 」 と いう
主 張 と 室 中 の 灯 火 の 譬 喩 と が 近 い 箇 所 に ま と ま っ て出
て く る 文献
、 そ れも
仏性
を 前 提 と し た 坐 禅 を勧
め る 文 脈 で 出 て く る 文献
が、 『 楞 伽 師資
記 』 慧 可条
な の で あ る 。 「 無 法 の 法 」も
、 法 本 無 法 、 無 法 之 法、 始 名 為 法 。 ( 同 、 二 六 〇 頁 ) と あ る よう
に 、 「無
法
の 法 」 で あ っ て こ そ 真 の法
だ とす
る 主 張 が 道信
条
に 見 え て お り、 達摩
碑 文 と の 共 通 性 が 目 立 つ 。 た だ、 右 で 見 た 慧 可条
の 灯 火 の 喩 は 、 柳 田 氏 が 指摘
さ れ て い る よ う に、 『 大 智度
論 』 の 以 下 の 箇 所 に よ っ て い る 。 此 常 楽 涅 槃 。 従 実 智 慧 生、 実 智 慧 従 一 心 禅 定 生。 譬 如 然 灯 。 灯 雖 能 照、 在 大 風 中、 不 能 為 用 。 若 置 之 密 宇、 其 用 乃 全。 散 心 中 智 慧 亦 如 是。 若 無 禅 定 静 室 。 雖 有 智 慧 其 用 不 全 。 得 禅 定 則 実 智 慧 生 。 ( 『 大 智 度 論 』 巻 十 七、 大 正 二 五 ・ 一 八 下 ∀ こ の 箇 所 は 、 慧 可条
のう
ち、 文 字 に乱
さ れず
に 坐禅
す
る の で な い と 智 恵 は 得 ら れ な い と い う 箇所
の 教 証 と な っ て い る が、 慧 可条
の 引 文 が 強 調す
る 「 破 闇 」 の面
に つ い て は 直接
に は 言 わ れ て い な い 。 ま た 、 慧 可条
に し ても
、 あ げ て い る の は 「 灯 」 の 喩 で あ っ て 、 「 闇室
」 や 「 炬 」 の 語 は 用 い て い な い 。 そ の 点、 こ の 二 つ の 語 を 用 い た 譬 喩 を 出 し て い る の が、 『 伝 法 宝 紀 』 で あ る 。 し か も、 『伝
法
宝 紀 』杜
朏
の 序 で は、 ほ か で も な い 菩 提 達摩
の 来朝
に つ い て、 「 亦 た暗
室 に 大 明 炬 を 発 す る 梁 武 帝 撰 「 菩 提 達 磨 碑 文 」 の 再 検 討 ( 二 ) ( 石 井 ) 如 き か ( 亦 如 暗 室 発 大 明 炬乎
) L と 述 べ て 礼讃
し て い る の で あ る 。 こ の 譬 喩 は、 『 大集
経 』 嬰 珞 品 に 基 づ く も の で あ っ て、 偽 経 の 『 法 王 経 』 にも
見
え て お り、浄
覚 『 般 若 心 経 注 』 で も 引 の か れ る こ と は、 柳 田 氏 の指
摘
さ れ た こ と だ が 、『 大
集
経 』 で は 「 譬 如 一 処 百年
闇室
、 一 灯能
礎
」 と 説 く の に 対 し、 『法
王経
』 む で は、 「 千年
闇室
燃 一炬
灯 、諸
闇 皆 尽 」 と あ っ て 、 「 炬 」 の 語を
用 い て い る た め 、 達 摩 碑 文 は 『法
王 経 』 を 利 用 し て い る 可能
性 が高
い 。 こ の 『 法 王 経 』 は、 『 涅 槃 経 』 と 『 維 摩 経 』 を 基調
とす
る 偽 経 だ が、沖
本 克 己 氏 は、 『大
周刊
定 衆 経 目 録 』 ( 六 九 五 年 ) に 「 法 王 経 一巻
」 ( 大 正 五 五 ・ 四 七 三 上 ) と 録 さ れ て い る こ と か ら、 六 六 四 年 か ら 六 九 五 年 の間
に 成 立 し た も の と見
て お ら れ る 。 そ し て、 本 経 は 南宗
で は 『 百 丈 広語
』 が 引 く 程度
で あ っ て、 あ ま り 用 い ら れ て い な いう
え、 内容
面 で は 北 宗 の中
心 概 念 を 共 有 し て い る た め 、 北 宗 系 と考
え て よ い と し 、 『法
王 経 』 と 浄 ヨ覚
『 般 若 心 経 注 』 と の 類 似 点 を列
挙
さ れ て い る 。『 法 王 経 』 の
う
ち、 達 摩 碑 文 が 引 い た と 思 わ れ る 明 炬 の 譬 喩 の 箇 所 を 北宗
の 『 伝 法 宝 紀 』 が 引 き 、 ま た 浄覚
が そ の 箇 所 を も 含 め て、自
ら の 著作
で 盛 ん に 用 い て い る こ と は 興 味 深 い 。 六「 闇 室 」 と 「 心 灯 」 「 如 闇 室 之 揚 炬 、
若
朗 月 之開
雲 」 の 句 か ら想
起 さ れ る の は 、 四 五梁 武 帝 撰 「 菩 提 達 磨 碑 文 」 の 再 検 討 ( 二 ) ( 石 井 )
達
摩 碑 文 の作
者 と さ れ て い る 武帝
の 子、簡
文帝
の 詩 で あ ろう
。 父 と 同様
、 悲劇
的 な 死 を と げ た簡
文帝
は、 「 暗 室 を 欺 か ず 」 と い う 生 き 方、 す な わ ち、他
人 に は見
え な い 場所
で もう
し ろ め た い こ と は し な い よう
自 ら を律
し て い た よう
で、 こ の 句 を 二 つ の 詩 の 中 で 用 い て い る ほ か、 「 蒙 華林
園戒
詩 」 で は 、 心 灯 朗 暗 室 牢 舟 出 愛 瀛 ま と 詠 じ て い る 。 こ の句
が 注 目 さ れ る の は 、 達摩
碑
文 が 「 暗 室 」 と 「 朗 」 の 語 を 用 い て い る こ と に 加 え、 銘 に お い て、 驪 竜 珠 内 落 心 灯 白 毫 慧 刃 当 鋒 欠 の と 述 べ 、 「 心 灯 」 の語
を 用 い て い る た め で あ る 。 「 驪竜
の珠
の内
心 灯 落 ち 」 と は 、 珠 の中
の 火 が 消 え た こ と 、 つ ま り、 火 が 消 え る よう
に 菩 提達
摩
の 命 が 消 え て 涅 槃 に 入 っ た こ と を 言う
の で あ り、 そ の 火 が 既 に 次 の 火 へ と 移 さ れ た こ と 、す
な わ ち、 伝 法 が 無事
に 終 わ っ た こ と を 示唆
し て い る の だ ろう
。 お そ ら く、 暗 い背
景
に 置 か れ た 白 く て半
透 明 な珠
の よう
な ガ ラ ス製
の 燭 台 な ど を 思 い 浮 か べ 、 そ の中
の 火 が 弱く
な っ て 消 え て ゆ く 様 子 を 描 い て い るも
の と 思 わ れ る 。 心 灯 が 消 え て ゆ く と いう
点 は、達
摩
碑 文 の本
文 で は、 菩 提 達摩
が 慧 可 に 伝法
す
る に際
し 、 大 師 乃 舒 容 而 歎 日、 我 心 将 畢 。 大 教 已 行、 一 真 之 法、 尽 可 有 矣 。 命 之 以 執 手 、 付 之 以 伝 灯 。 と説
い て い るう
ち の、 「 我 が 心、 将 に畢
ら ん と す 」 に当
る 。 こ 四 六 の 表 現 が、法
顕 訳 『 大 般 涅 槃経
』 の 「 為す
べき
所 の 事、皆
な 悉 く 已 に 畢 り ぬ 。今
、 宜 し く応
に 般 涅 槃 に 入 る べ し ( 所為
之 事 皆 悉 已 畢。今
者 宜 応 入 般 涅槃
) 」 ( 大 正 一 ・ 一 九 一 下 ) な ど、 涅 槃 に 入 る 直 前 の釈
尊 の 言 葉 を 踏 ま え て い る こ と は 言う
ま で も な い 。 こ の 「 心 灯 」 と いう
語 は 、唐
代 以 前 の 訳 経 や中
国
文 献 で は あ ま り 用 い ら れ な い 語 だ が、 『 華 厳 経 』 入 法 界 品 で は、 譬 如 小 火 。 随 所 焚 焼 其 焔 転 盛。 菩 提 心 火 亦 復 如 是 。 随 所 縁 法 慧 火 猛 盛 。 譬 如 一 灯。 然 百 千 灯 無 所 損 減。 菩 提 心 灯 亦 復 如 是。 悉 然 三 世 諸 仏 慧 灯。 無 所 損 減。 譬 如 明 灯 入 大 闇 室。 悉 能 照 除 一 切 闇 冥 。 菩 提 心 灯 亦 復 如 是 。 入 心 闇 室。 於 無 量 劫 積 集 痴 闇 。 悉 能 除 滅。 具 足 菩 薩 明 浄 智 慧。 ( 『 華 厳 経 』 巻 五 十 九、 大 正 九 ・ 七 七 八 中 ) と 述 べ 、 小 さ な 火 が 次 々 に 移 っ て大
き く な っ て ゆ く よう
に、 人 か ら 人 へ と働
き か け て い っ て も菩
提 心 は 減 る こ と が な く、 盛 ん に な っ て い く ば か り で あ る こ と か ら、 そう
し た 心 を 「 菩 提 心 灯 」 と 呼 ん で い る 。 し か も 、 こ の 引 文 で は、 心 灯 を暗
室 の 喩 と か ら め て 用 い、 「 菩提
心 灯 」 で あ る 「 明 灯 」 が 煩 悩 の 闇 を 滅 し て 「菩
薩
明 浄 智 恵 」 を 得 さ せ る と 論 じ て い る こ と が 注 意 さ れ よう
。 入 法 界 品 で は、 さ ら に 、 爾 時 ( 勝 日 光 ) 如 来。 観 察 彼 王 及 諸 眷 属 。 白 毫 相 中 放 大 光明。 名 日 一 切 衆 生 心 灯 。 普 照 十 方 無 量 世 界 一 切 諸 王 。 顕 現 如 来 不 可 思 議 自 在 神 力。 応 受 化 者 令 彼 心 浄 。 具 足 不 可 思 議 功 徳 。 超 出 世 間 。 其 身 清 浄 。 ( 『 華 厳 経 』 巻 五 十 六、 大 正 九 ・ 七 五 九 中 ) と 説 き、 勝 日
光
如 来 が 「 白 毫 相 」 か ち 放 っ た 光 明 を 「 一 切 衆 生 心 灯 」 と 呼 ん で い る 。達
摩
碑 文 が 「 心灯
」 と 一体
であ
る 「 驪 竜 珠 」 を 「 白蕚
色 」 と し、 銘 で も 「 心 灯 」 と 「 白毫
」 の語
を 続 け て 用 い る の は、 右 の 経 文 が 背 景 と な っ て い る 可能
性 も あ る 。 こ の光
明 は、 如 来 の 不 可 思 議 自 在神
力 に よ っ て教
化を
受 け る 者 の 「 心 を し て 浄 か ら し め 」 る と 説 か れ て い る 。 浄覚
は、 『 般 若 心 経 』 の 「 大 明 呪 」 の 「 大 明 」 を解
釈
す
る に あ た り、 け ま 行 六 波 羅 蜜、 而 無 所 行 、 心 灯 普 照、 故 日 大 明 也 。 と 述 べ 、 「 心 灯普
照 」 こ そ が そ の意
味 だ と説
い て お り 、 明 ら か に 『 華 厳 経 』 の 上記
の箇
所 を 用 い て い る が 、 そ れ は 「 心 を 浄 か ら し め 」 る と いう
点 が 一 因 と な っ て い よう
。 浄 覚 は 、 『 楞伽
師
資
記
』 弘 忍条
で も 「 心 灯 」 の語
を 用 い て い る 。 そ れ は 、 浄 覚 の 師 で あ る 玄 蹟 の 『 楞 伽 人 法 志 』 を 引 い て 、 弘 忍 か ら 玄 頤 へ の 伝法
を 説 い た 部 分 で あ る 。 そ こ で は、 弘 忍 は、 弟 子 た ち の特
徴 を 評 す る に 当 っ て 真 っ先
に 神 秀 を あ げ、 「我
、神
秀 と 『 楞 伽 経 』 を 論ず
る に、 玄 理 痛 快 た り 。 必ず
利益
多
か ら ん 」 と 述 べ て神
秀 を 称 賛 し、他
の弟
子 た ち を 論 評 し た の ち 、 次 の よ う に 述 べ て い る 。 梁 武 帝 撰 「 菩 提 達 磨 碑 文 」 の 再 検 討 ( 二 ) ( 石 井 ) 又 語 玄 頤 日、 汝 之 兼 行 、 善 自 保 愛、 吾 涅 槃 後、 汝 与 神 秀、 当 以 仏 日 再 暉、 心 灯 重 照。 其 月 十 六 日、 問 日、 汝 今 知 我 心 不 。 玄 頤 奉 答、 不 知 。 大 師 乃 将 手 撚 十 方、 一 一 述 所 証 心 。 已 十 六 中、 面 南 宴 坐、 閉 目 便 終。 春 秋 七 十 四 。 ( 柳 田 『 初 期 の 禅 史1
』 、 二 七 三 頁 )す
な わ ち、 弘 忍 は 玄 蹟 を 評価
し、神
秀 と と も に 「仏
日 を 再 び 暉 か し、 心 灯 を 重 ね て 照 ら す 」 よう
委 嘱 し た と、 『楞
伽 人法
志 』 は主
張 す る の で あ る 。 こ れ は、 弘 忍 の 心 灯 を継
い で、 菩 提達
摩 以 来 の法
を広
め て ゆ く よう
命
じ ら れ た、 と説
く
に 等 し い 。 こ こ で は、 『 楞 伽 人 法 志 』 と いう
書
名
が 示 し、 ま た神
秀 が 『 楞 伽 経 』 に 通 じ て い る こ と が 称 賛 さ れ て い る こ と が 示 す よ う に、菩
提 達摩
が伝
え た 法 と は 『 楞 伽 経 』 を中
心 とす
る 法 門 と み な さ れ て い る と 考 え ち れ る 。 心 灯 を 輝 か す こ と は、 『 楞 伽 経 』 を 心 要 とす
る教
え を広
め る こ と と結
び つ い て い る の で あ る 。 こう
し た 『 楞 伽 経 』 重 視 は 、 玄 蹟 の 頃 に な っ て始
ま る も の で は な い 。 『 唐高
僧 伝 』 慧 可 条 は、 可 乃 奮 其 奇 弁、 呈 其 心 要。 故 得 言 満 天 下、 意 非 建 立 。 玄 籍 遐 覧 未 始 経 心 。 後 以 天 平 之 初 。 北 就 新 鄭 盛 開 秘 苑。 滞 文 之 徒 是 非 紛 挙 。 ( 大 正 五 〇 ・ 五 五 二 上 ) と あ る よ う に 、 慧 可 が 「 奇 弁 を奮
っ て 其 の 必 要 を 呈 し 」 、 そ の 言 葉 が 天 下 に 広 ま っ た と す る が 、 「 意 は建
立 せ ん と に は非
ら 四 七梁 武 帝 撰 「 菩 提 達 磨 碑 文 」 の 再 検 討 ( 二 ) ( 石 井 ∀ ず L と 説 い て い る の は、 慧 可 は 「
滞
文 の 徒 」 が 反 発 す る よ う な奇
矯 な 言 を し き り に 発 し、 悟 境を
ご く簡
潔
な 形 で 示 し た も の の、 相 手 に 応 じ た教
化
の 方便
と し て 用 い た だ け で あ っ て、 そう
し た 教 示 の 言 葉 を 「 建 立 」 し よう
とす
る意
図
、 つ ま り は、普
遍 的 な教
法 と し て確
立 し 広 め よう
とす
る意
図
は な か っ た の で あ る 。 そ の よう
な教
化
法 の 支 え と な る 経典
と し て は、諸
法 の 建 立 の諸
相 を 説 き つ つ 「非
建 立 」 の あ り 方 に つ い て 随所
で 強 調 す る 『楞
伽 経 』 が代
表的
なも
の で あ ろう
。慧
可 条 が そ の や や後
で、慧
可 の弟
子 の 満 に つ い て、 故 満 毎 説 法 云 。 諸 仏 説 心。 令 知 心 相 是 虚 妄 法。 令 乃 重 加 心 相 。 深 違 仏 意。 又 増 論 議 殊 乖 大 理。 故 便 那 満 等 師 、 常 齎 四 巻 楞 伽 以 為 心 要。 ( 同 ・ 五 五 二 下 ) と 述 べ て い る こ と が 示す
よう
に、慧
可 の 弟 子 た ち の中
に は 、 言葉
に と ら わ れ な い 立場
を 重 視 し て 『 楞 伽 経 』 を 盛 ん に 用 い 、 『 四巻
楞 伽 』 を 「 心 要 」 とす
る者
た ち ま で輩
出
し た の は 、 慧 可 の 影 響 と考
え て さ し つ か え な い 。 張 説 の 「 荊州
玉 泉寺
大
通禅
師 碑 銘 」 が、神
秀 に つ い て 「 特奉
楞
伽為
心要
」 と 述 べ て い る の は、 こ う し た 伝統
を 継 ぐ も の で あ る 。 柳 田 聖 山 氏 は 、 楞 伽宗
の 伝 灯 説 は 法 沖 に よ っ て確
立 さ れ た とす
る 説 を 随 所 で 述 べ 、 ま た 玄 蹟 が そ の伝
統 を奪
っ て東
山 法 門 を新
た な 楞 伽宗
と お し て 位 置 づ け た と も 言 わ れ る が、 こ れ は 、禅
宗
に お け る 『 金 剛 般若
経 』伝
授 の 歴 史 が神
会 と そ の弟
子 た ち の創
作
で あ っ た 四 八 こ と を考
慮
し、 そ の 図 式 を変
形 さ せ て 楞伽
宗 に も あ て は め よう
とす
る も の であ
り、従
い が た い 。 菩 提達
摩
が実
際 に 『 楞 伽 経 』 に つ い て どう
見
て い た か は 不 明 で あ るう
え 、 慧 可 以 下 の伝
法 に あ た っ て 『 楞 伽 経 』 の伝
授
が 行 わ れ て い た か どう
か も 確 か で な い が、 『楞
伽 経 』を
実 践 の中
心 的 立場
と み なす
こ と は、 慧 可 以 来 の も の で あ っ た 可能
性 が高
い 。 七 「 心 灯 」補
説 銘 のう
ち の 「 驪竜
珠 内 落 心 灯 」 の 句 に つ い て は、菩
提達
摩 の 命 が消
え て い っ た様
子 を 描 く と と も に 、 そ の 心 灯 が 慧 可 に 受 け 継 が れ て い っ た こ と を 示 唆 し て い る こ と は、先
に 述 べ た 。 こ こ で は、 こ の 「 心 灯 」 の語
が単
な る 譬喩
で は な く 、実
際 に 「 心 」 に 関 わ る 何 ら か の 動作
・ 儀 礼 と 関 わ っ て い た こ と を 指摘
し た い 。 まず
、先
に 触 れ た 『 楞 伽 人 法 志 』 の 引 文 で は、 弘 忍 か ら 玄 蹟 へ の伝
法
の様
子 を 次 の よう
に 描 い て い る 。 又 語 玄 蹟 日、 汝 之 兼 行、 善 自 保 愛、 吾 涅 槃 後 、 汝 与 神 秀、 当 以 仏 日 再 暉、 心 灯 重 照 。 其 月 十 六 日、 問 日、 汝 今 知 我 心 不 。 玄 蹟 奉 答、 不 知 。 大 師 乃 将 手 撚 十 方 、 一 一 述 所 証 心。 已 十 六 中、 面 南 宴 坐、 閉 目 便 終 。 春 秋 七 十 四 。 す な わ ち 、 弘 忍 は 玄 蹟 に 向 か っ て、 神秀
と と も に心
灯 を 再 び 輝 かす
よう
命 じ 、 臨 終 の 日 に あ た っ て 、 「 汝、今
、我
が 心 を 知 る や 」 と 尋 ね、玄
蹟 が 「 知 らず
」 と答
え る と、 弘 忍 は 「 手を 将 っ て 十
方
を擴
し、 一 々 に 証 す る 所 の 心 を 述 L べ た と いう
の で あ る 。 こ の場
合
の 「 十 方 」 と は、 十 の 方 角 を 指 す の で は な く、 「 あ ち こ ち の方
向 」 の意
で あ ろう
。 玄 蹟 は、 手 で あ ち こ ちを
指 し 、指
し たも
の ご と に 「 証 す る 所 の 心 」 、 つ ま り、 自 ら の悟
境
を
説 い た の で あ る 。 『 楞 伽 人法
志 』 に よ れ ば、 弘 忍 は 玄 頤 に 、 智 恵 の 働 き と し て の 「 心 」 そ の も の を 示 し た の で あ り、 「伝
心 」 を行
っ た の で あ る 。 あ れ こ れ の 具 体 的 な 事 物 を指
し て本
質
を 間う
と いう
の は、 ま さ に 『 楞 伽 師 資 記 』 の 言う
「 指事
問義
」 に ほ か な ら な い 。 『 楞 伽 師 資 記 』 で は、 求 那 跋 陀 羅 も 、菩
提
達
摩
も 、 弘 忍 も、 神秀
も こ れ を 行 っ た と し て い る 。 浄覚
は、 自 ち に つ い て も、序
に お い て 玄 蹟 と の 出 会 い を 述 べ 、 浄 覚 宿 世 有 縁、 親 蒙 指 授、 始 知 方 寸 之 内、 具 足 真 如 。 ( 柳 田 『 初 期 の 禅 史1
』 、 五 七 頁 V と あ る よう
に、 玄頤
か ら 「 親 し く 指 授 を蒙
」 っ た こ と を 回 顧 し、 お か げ で 「 始 め て 、 方 寸 (11
心 ) の 内 に 真 如 を 具 足 せ る こ と を 知 る 」 こ と が で き た と感
謝 し て い る 。 教授
に関
し て 「 指 授 」 の 語 を 用 い た の は、手
や指
に関
わ る 動作
・儀
礼、 そ れ も そう
し た 動作
・ 儀礼
に よ っ て 心 の 本 質 に 目覚
め さ せ る動
作 ・ 儀 礼 を 考慮
し て の こ と で あ っ た 可 能 性 が 高 い 。 『楞
伽師
資 記 』 の 求 那 跋 陀 羅条
で は 、 又 云、 従 師 而 学 、 悟 不 由 師 。 凡 教 人 智 慧、 未 甞 説 法 。 就 事 而 徴、 指 樹 葉 是 何 物。 ( 同 ・ 一 二 二 頁 ) 梁 武 帝 撰 「 菩 提 達 磨 碑 文 」 の 再 検 討 ( 二 ∀ ( 石 井 ) と あ り、 ま た 菩提
達
摩条
に お い て も 、 大 師 又 指 事 問 義、 但 指 「 物 、 喚 作 何 物。 衆 物 皆 問 之、 迴 換 物 名、 変 易 問 之 。 又 云、 此 身 有 不 。 身 是 何 身。 又 云、 空 中 雲 霧、 終 不 能 染 汚 虚 空 。 然 能 翳 虚 空、 不 得 明 浄 。 ( 同 ・ 一 四 〇 頁 ) と あ る よ う に、 具 体 的 な 事 物を
示 し て義
を 問う
と いう
形 で 指導
す
る際
に は、 「 指 」 の 語 を 用 い て い る の で あ る 。 『楞
伽 師 資記
』 のう
ち、 当 人 の 著 述 を 利 用 し て書
か れ た道
信条
と違
い、求
那 跋 陀 羅 や 菩提
達 摩 の こう
し た記
述 に つ い て は 、 浄 覚 が見
聞
し た 玄 蹟 や 神秀
の 禅 法 の 在 り 方 が 色濃
く 反 映 さ れ て い よう
。 こ の ほ か 、 初 期禅
宗
文 献 で は、伝
授 の 様 子 を 描 く際
、 「 手 」 を 用 い た 動作
・ 儀 礼 を 行 い 、 「 心 」 と か ら め て論
じ て い る 例 が多
く 、 達 摩碑
文 も 例外
で な い 。 銘 で は 、 「 之 ( 慧 可 ) に 命 じ て 手 を執
り ( 執 ら せP
) 以 て 灯 を 伝 ふ ( 命 之 執 手 以 伝 灯 ) 」 とあ
る 。達
摩
碑 文 を ほ と ん ど そ の ま ま利
用 し て 最 澄 の 事 蹟 に 置 き換
え て い る光
定
『伝
述 一 心 戒 文 』 の 冒 頭 部 分 で は 、 「命
之 以 執 手、 述 心 以伝
灯 」 に作
っ て お り 、 「 伝 灯 」 の前
に 「 述 心 」 の 語 が 入 る 点 で 「 述 所 証 心 」 と す る 『 楞 伽 人 法 志 』 に 通ず
る面
が あ る 。達
摩
碑 文 と の こ の 違 い は光
定
の 文 飾 に よ る の か 、光
定 が 目 に し た テ キ ス ト が 既 に そう
な っ て い た の か は 不 明 で あ る 。 な お、 『 宝 林伝
』 慧 可 碑 文 は 、 菩提
達摩
か ら慧
可 へ の 伝法
に つ い て、 四 九梁 武 帝 撰 「 菩 提 達 磨 碑 文 」 の 再 検 討 ( 二 ) ( 石 井 ) 大 師、 乃 喜 日、 我 心 将 畢、 大 教 已 行 。 一 真 之 法 尽 可 有 矣。 命 之 已 執 手、 黙 付 以 心 灯、 特 奉 楞 伽、 将 為 決 妙 。 と 述 べ て い る。 慧 可