九州大学学術情報リポジトリ
Kyushu University Institutional Repository
教師の「ディスカッション教育」技能の開発と教育 支援システム作り
丸野, 俊一
九州大学大学院人間環境学研究院
http://hdl.handle.net/2324/13253
出版情報:2005-05 バージョン:
権利関係:
シンポジウム
「小学校でディスカッション技能を育むためには何が必要か」
企画者 丸野俊一,加藤和生 司会者 丸野俊一
話題提供者:後藤弘子,仮屋園昭彦,佐藤公治
・「小学校でディスカッション技能を育むためには何が必要か」からの学び
・シンポジウム企画趣旨
・話題提供者の内容とフロアとのやりとり
自主シンポジウム(日本教育心理学会第44回大会;2002:於:熊本大学)
「小学校でディスカッション技能を育むためには何が必要か」からの学び
丸野 俊一(九州大学大学院人間環境学研究院)
1.はじめに:
この自主シンポジウムは,以下のページに示すような企画趣旨のもとに行われたものである.
シンポジウム当日は,最初に企画趣旨を踏まえ,企画者の丸野によってシンポジウム場面での議 論の絡み合いの活性化を図る目的から,対話状況の発達的変化(図1参照),対話場面(空間)
への参加形態の変容過程(図2参照),そうした対話空間で必要とされる,あるいは育まれる対 話技能に関する発達モデル案(図3参照)が示された.
その後,後藤氏が小,中学校での実践を踏まえた実践(経験)知から「話し合う力を育むため には,小学校時代に何を体験,取得させるべきか」について,次に,佐藤氏が,知の構成に関す る最近の社会・文化的アプローチや社会的構成主義の考えに基づきながら,教室での対話活動状 況に潜在する,知の生成を引き起こす諸機能や諸側面に関して理論的視点からの提案があり,最 後に,仮屋園氏が,単式学級,複式学級に属する生徒にディスカッションを実施させ,その過程 分析の中から見出された知見に基づき,ディスカッションを展開していく上で必要不可欠な諸技 能とはどのようなものかについての提案があった.その後,各話題提供者が提案した内容を踏ま
えて聴衆者(フロアー)との間の活発な議論が行われた.
各話題提供者と聴衆者(フロアー)との実際のやり取りの内容は,以下に示す通りであるが,
ここでは,まず最初に,このシンポジウムを通して,「子どもの聴く力・話す力」を育成するた めには何が重要かについて,話題提供者及びフロアーとのやり取りから明確になったことを,次 のページに箇条書きに述べておく:
2.「話題提供者/フロアーとのやり取り」からの学び:
1)「自分の考えをはっきり表現する」「他者の話をきっちりと聞き取る」カが根底にあって,
はじめて話し合い活動が成立するが,その中でも「他者の話を聞く力と態度作り」が最も 基本的なことである.
2)話し合い活動の中での聞くと言う行為の中には,少なくとも3つの方向性がある.一つは,
「課題やテーマの内容を聞き取る」(課題に向かう),二つ目は「他者の考え/意見を聞 く」(他者に向かう),三つ目は「自分で自分に聞く/確かめる」(自己に向かう).
3)聞く行為と話す行為は切るに切り離せない相互関係にある.聞く力の中には話す力が関係 しているし,話す力には聞く力が関係しているだけに,聞く力だけを単独に取り出し教育 するということには無理がある.
4)聞く力,話す力を育むためには,子どもたちが「話したい/聞きたい」という興味関心を 必然的に起こすような教材や文脈を教師が準備し,巧く子どもの可能性を引き出すような 関わり方が不可欠である.しかし,実際には,現場の教師の技能は非常に貧弱である.
5)子どもに聞く関わりの姿勢としては,『体と体の絡み合い』(体全体でまるごと受け止める,体 で感じ/分かる),『心と心の絡み合い』(心で感じ/分かる),『ことば(論理)とことば(論 理)の絡み合い』(頭で論理的に理解する)がある.この中で最も基本的なものは,『体と体の 絡み合い』『心と心の絡み合い』である.また発達的にも『体と体の絡み合い』→『心と心の 絡み合い』→『ことばとことばの絡み合い』といった順で,話し合い活動が進行していく.
6)活動に支えられた状況では,幼児であっても創造的なディスカッションを遂行できる.
7)話し合うカを育む上で,小学校段階(少なくとも低学年)で大切な技能は,「自分の考えを はっきりとひとまとまりの文にできる」「自分の立場(賛成か反対か,何処が分かり何処が 分かっていないか,など)をはっきりと表明できる」,それに加えf各自の立場の違いを,
心から素直に認め合い,受け止める態度を作る」ことである.
8)話し合い活動を支えるカとしては,自分の思考過程を制御する力,議論を組み立てる力,
互いの考えを繋ぎ合わせながら新しいものを創出していく繋がり感覚が重要である.
9)大人になって,創造的なディスカッションができるようになるためには,小学生段階で 「話し合い活動は問題解決を行う上で重要な道具である」という実感を持つような体験を することが極めて大切である.
10)リアルタイムで,論理的に矛盾しないように,他者や自己の考えを批判的に吟味・検討しなが ら創造的にディスカッションできるようになるまでには,少なくとも小学校段階で,課題文を 読み,それに対する自分なりの意見や考えを文章にはっきりと表現する体験を積み重ねること が大切である.ひとたび自分の考えを外在化し,論理的に矛盾がないように表現できるような 具体的な体験が内化されることで,リアルタイムでの論理的なやり取りも可能になる.
2002年 日本教育心理学会自主シンポジウム18(発表論文集S52−S53)
小学校でディスカッション技能を育むためには何が必要か
「企画趣旨」
企 画 者 司 会 者 話題提供者
丸野 丸野 俊一 後藤 弘子 仮屋園昭彦 佐藤 公治
俊一・加藤 和生 (九州大学大学院人間環境学研究理)
(九州大学大学院人間環境学研究院)
(大分県玖珠町立杉川内小学校)
(鹿児島大学教育学部)
(北海道大学教育学部)
21世紀の国際的競争社会の中では,文化の異な る人々と個を明確に発揮し相手と協調しながら創 造的にコミュニケートしたり,ものの見方や考え 方や価値観ゐ異なる他者と一緒になり,真摯にデ ィスカッションする事を通して,複雑で多様な問 題を創造的に解決したりしていかねばならない機 会や状況が益々増えてきている.だが,そうした 場で不可欠なディスカッションに関する技能や知 識・態度を日本人はほとんど身につけて来ていな い.それは,従来の日本の学校教育が,さらには
日本文化自体がディスカッションという行為を軽 視してきたためである.しかし,文部科学省も漸
く21世紀の学校教育においてその重要性を強く 打ち出し,その教育の促進を強調するようになっ た.それを受け,様々な取り組みが始まっている が,現実にはどのようなカリキュラムのもとに,
どのような技能を,どのような方法のもとに育ん でいったらよいかの適切な教授・指導方策は皆無 の状態である.
「コミュニケートする力」の育成は,「コミュニ ケーション教育」それ自体を 手段とするか,目 的とするか で大いに異なる.「話し合い活動」を 中心にした授業を積極的に実施しているうちに結 果的に子どもの中に「ディスカッション技能」が 育まれるといった手段的/楽観的な見方や捉え方 が現状ではないか.そうではなく,目的的に捉え た時に,どのような技能をどの段階で,どのよう に実践していったらよいかの方策を創出し,本格 的に実践・教育していかなければ,日本の学校教 育ないしは文化の中に自己表現力やディスカッシ ョン技能の重要性に対する価値観が根付いていか ないのではないかと考える.本シンポジウムでは そうした視点に依拠し,今後の新たな方策の創出
「話題提供」
話し合う力を育むために
後藤 弘子(大分県玖珠町立明川内小学校)
新学習指導要領による実践が始まる.小学校の 子どもたちに,どのような「話す」力,「聞く」力,
「話し合う」力を育てることが必要であろうか.
一番の基本は,「自分の考えをくっきり話し表 す力」「人の話を一度できっちり聞き取る力」であ ると考えている.簡単なようで,実はこれがなか なかできない.中学生になっても難しい.学びの 出発である小学校では,繰り返しこの力の育成に 配慮したい.この力が根底にあって,はじめて「話
し合う」ことの学習が成立する.
まず,「自分の考えをくっきり話し表す」ために は,話す内容の構成力,声量,態度の育成,さら には目的意識・相手意識が必要である.構成力に は,順序性,因果関係や比較などの論理的思考力,
多様なものの見方,考え方(視点)等も,児童の 発達段階に応じて鍛えていく必要がある.次に,
「人の話を一度できっちり聞き取る」ためには話 の中心に気をつけて聞く,相手の意図を捉える,
自分なりの感想を持つ,といった聞くことの訓練 が必要になる.当然,語彙力,言語感覚も育てて おきたい.そうした「話す」「聞く」力,ことばの キャッチボール(対話・会話)が成立するように なってはじめて,話し合うことができるようにな る.話し合いは聞き合いでもある.話し合うため には,自分の立場や意図を明確にして効果的に話
し表すカ,自他の考えの相違点・共通点を聞き分 ける力が必要である.子どもにとって価値ある話 題を話し合わせる過程で,上記の話し合う力を育 てる.自己評価・相互評価によって,自己の学び の姿を振り返り,友のすばらしさに巡り合わせ,
自己修正能力を育てる.「話し合って,よかった」
基礎となる三つの力(制御する力,組み立てる力,
つながり感覚)
仮屋園 昭彦(鹿児島大学)
現在,私は,小学校の単式学級,および複式学 級に所属する児童を対象に,ディスカッション過 程の分析を行っている.今回のシンポジウムでは,
これらの研究から得られた知見に基づき,ディス カッション技能を育むために必要な諸能力につい て考えてみたい.
まず第一に必要な力は思考を制御する力である.
私の研究から,小学生の場合,話がたびたび脱線 したり,一つの話題についての議論が長続きせず,
短時間で話題が頻繁に変わる,という現象がみら れた.しかし,経験を積むにつれ,話が脱線しそ うなとき,その状況に気づき,修正できるように なり,また,気まぐれ的に話題が転換せず,一定 期間同じ話題を継続できるようになった.思考を 制御する力がこれらの現象を支えていると言える.
第二に必要な力は,組み立てを行い,段取りを つける力である.私の研究から,ディスカッショ ンの当初は,次にどうするか,何を話し合うか,
といった議論の組み立てに関する発話が多く見ら れた.そして経験を積み,議論の組み立てができ
るようになってはじめて,多様な意見が出始めた.
すなわち,議論の組み立てや段取りがわかっては じめて,メンバーは安心して多様な意見を出せる のではなかろうか.特になじみの薄い,新規なテ ーマに関してはこのことがあてはまる.組み立て を行ったり,段取りをつける力は,ディスカッシ ョンのみならず多くの協同作業のなかでも要求さ れる力ではなかろうか.
第三に必要な力は,メンバー同士の信頼感,つ ながり感覚である.どのような発言でも受け入れ ることができる集団の器,メンバー同士の信頼感 があってこそ,自由な意見のやりとりが成立する.
小学校のディスカッション技能を育むためには 以上のような力に着目する必要がある.そしてこ れらの力は,集団のやりとりを通して個人のなか
に取り込まれていく.そのことで個人の器が成長 する.そして集団を構成する個人の器が成長する ことで集団の器もまた成長していく.こうした成 長の循環過程にディスカッション体験の意義があ
ると思われる.
創造的対話の経験と対話的価値め形成
佐藤 公治(北海道大学)
学校の授業を協同的学習や対話・討論といった 関係論的発想から捉えていこうという動きが始ま っている.ここでは,協同的学習の理論的背景と して,ヴィゴツキー派社会・文化的アプローチ,
社会的構築主義の研究などを取り上げ,同時に小 学校の教室における協同的学習が展開される条件
として,以下の諸点について検討する.
1.対話的活動への価値づけと対話の組織化 対話や議論の形態は直接的な対面場面で情報が
交換されることを基本としている.ここが他のコ ミュニケーションと異なっている.具体的な他者 との関わりや人間関係の在り様が対話活動を左右 する.Watzlawick, P.ら(1967)は相互作用では メッセージの内容と同時に関係レベルの情報も交 換されるという.教室の対話場面では対話的活動 への価値が教師と児童の間の相互作用から創られ,
同時に一つひとつの相互作用の在り様を方向づけ
る.
2.他者の異質性の:尊重と関係主体の確立 言語学者,Bakhtin, M.肱は一方向的な情報の伝
達・受容からは新しい意味は創造されないと言う.
双方向的な情報の交換,相互批判を可能にする対 話活動だけがそれを可能にする.このような言語 活動を「内的説得力のある言葉」と呼んでいる.
劇作家・平田オリザも次のように言う.「対話とは,
他者との異なった価値観の摺り合わせだ.そして その摺り合わせの過程で,自分の当初の価値観が 変わっていくことを潔しとすること,あるいはさ
らにその変化を喜びにさえ感じることが対話の基 本的な態度である」(「対話のレッスン」).双方向 の関わりが出来るためには主体的に関係を結べる ことが大事である.それは小学校の6年間という 長いタームの中での経験を通して形成される.
3.「メタ」としての対話技法とそれを生み出す教 室の中の対話活動
かってBerkowitz, M. W.らは,対話者相互の理解 を促進するような対話活動として「操作的トラン ザクション」なるものを指摘した.いわば,相互 の矛盾点を指摘し,相互批判しあう言明であるが,
この種の議論の経験や時1こは対話技法を三三伝え ることも必要になる。
3.「話題提供者の内容と実際のやり取り」:
シンポジウム当日の話題提供者の内容と,それを踏まえてフロア(聴衆者)との間でやり取り された議論内容(そのままの生の声ではなくて議論が流れるように,発言者の趣旨を歪めないよ うに配慮しながら,一部を取り出し,修正を加えたものである)をとりまとめたものが,次のも
のである.
このシンポジウムの企画の主目的は,「小学校でディスカッション技能を育むためには何が必要 か」について,具体的な教育実践の在り方や教師の関わり方などを検討し,よりよい学習・教育 環境作りに向けての方策を探ることにある.そのためには,学校・教室文化という独特な文脈の 中で,小中学校の教師(教育実践家)が,日頃どのように実践している(しょうとしている)か,
どんな側面に問題を抱えているかなどを,できるだけ具体的に洗い出すことが先決である.そし て,その実践体験の中から提案される問題や内容を巡って,教育実践家と研究者が一緒になり創 造的なコラボレーションを重ねる中で,新たな打開策を求めていくことが大切であると考える.
そのために,教育実践家の後藤氏の提案内容に関しては,生の声をできるだけ生かすことにする.
それに対し,理論的視点から対話活動や対話状況の意味についての論じる佐藤氏並びに実験科学 的知(研究者が仮想的に設定したながら特定の実験状況の中で見出される知)に基づきディスカ ッション技能の育成を提案する仮屋園氏の内容については,本人の提案趣旨を歪めないように配 慮しながら全体の議論を展開していく上で必要な要旨をピックアップすることに留める.
なお,各話題提供者の提案内容の中に出てくる「小見出し」は筆者(丸野)が分かりやすくす るために,提案内容の趣旨を踏まえて随意につけたものである.また提案内容の中で特に筆者が 注目していただきたいと考えた箇所には,「ゴシック」で強調するようにした.そうしたいくつか のゴシックの箇所も,まったく筆者の独断によるものであることを断っておく.また,話題提供 者,コメンターとして名前の上がっている人の発言はそのまま明記してあるが,フロアからの発 言者は,発言者1,2というように仮称で表記していることにもご注意いただきたい.
丸野の提案内容:丸野は,ディスカッション 技能が,どのような対話環境の中で,どのよ うな参加形態を体験する中で,どのように育 まれていくかを考えるに当たって,次に示す 三つの視点からの素朴なモデルを提出した.
第一は,幼児期から青年期までの間に,人 間関係や状況の変化に応じて,子どもたちが 体験していく可能性のある対話状況の変化を 時系列的に示したもの(図1参照)である.
第二は,そうしたざまざまな対話空間の中に,
子どもはどのような志向性をもって参加して いるのか,あるいは参加していくのかに関す る参加形態の変容過程を描き出した素朴モデ ル(図2参照)である.第三は,さまざまな 対話空間のなかでの多様な参加形態を体験し ながら,子どもは次第に創造的なディスカッ ションが行うのに必要不可欠な態度や諸技能 を獲得していくのであるが,それぞれの発達 段階において体験する対話空間の中ではどの ような諸技能が必要とされるか,あるいはど のような諸技能が獲得されるかについて素描
した素朴な発達モデル(図3参照)である.
1)「対話状況・空間の発達的変化:個人の関 わるエコシステムの広がり」:
図1は,幼児期から青年期にかけて,発達
とともに体験していく可能性のある対話状況 を素描したものである.この対話状況の変化 からまず推測されることは,それぞれの対話 状況の中での,対話の内容,関わり方,必要 とされる諸技能が異なるのではないかという ことである.まず,対話の内容について簡単 に取り上げ,関わり方については図2で,諸 技能については図3で述べることにする.
子どもが最初に体験する対話状況らしい場 面での内容は,親との間に繰り広げられる,
日常生活を営むうえで必要不可欠な内容や問 題を巡ってである.この発達初期の状況での 内容は,子どもが今の自分の生理的欲求不満 の状態を相手(大部分は親)に表出する,あ るいは,ある体験した出来事に対する喜びや 驚きや悲しみや恐れを感じたときにそれを表 出するといった,自分の生理的状態や対象世 界の動きや変化に対して自分の内面で感じて いる情動的なものが主である.またその出来 事の大部分は,家庭という限られた時空間の 中での いま,ここの世界 で体験している 見る,触れる,感じる,驚く,悲しむといっ た直接的に自分が見れる,触れる,動ける時 空間の範囲の中で起きた出来事ないしはそれ に付随して揺り動かされた内的な情動の世界
関わりの場 職業活動から派生した活動
職業活動
地域活動,NGαポ多7テイア
大学教育
アルバイhサークル1 関係に基づく巴礫窟 小学校教育
図1
コ ロ
幼児期一一一1一→ 児童期一一→一一レ青年期
ぜ◆
・づ
ピゆrL卜
鷲
個人の関わる エコシステムの広がり
個人の関わるエコシステムの広がり
のものである.しかも,その多くは,子ども と親とが同時に体験できる世界に限られた,
まさに時空間を共有する中で体験されるもの
である.
しかし,子どもの発達と共に,コミュニケ ーションの世界が広がり, いま,ここの世 界 の出来事から次第に,近所の子どもとの 触れ合い,戸外での遊び,幼稚園での出来事 などへと時空問が広がるにつれて,子ども同 士の対話空間・状況,子どもと保育士との間 の対話空間・状況へと変化していく.家庭の 中での親との問での対話空間・状況が包み込 まれる関係の中で成立していたのに対し,い まや,対等の関係での対話状況・空間へと大 きく変化していく.しかもここでの相手は,
今までのように自分を全て分かってくれてい た他者ではない.全く自分のことを知らない,
しかも自分とは全く異なる体験や思いや感情 を抱いている他者であり,時には自分ともの の見方や考え方や利害関係が激しく衝突する こともある他者である.それだけに,自分の 思う通りにならない体験を常に感じる,引く
に引けないぶつかり合いを頻繁に体験する対 話状況・空間に出会うのである.
対話する相手が異なるだけでなく,対話す る内容にも大きな変化が生じる.家庭の中で の対話状況では,子ども自身の行動や感情を 表出すればその背景にある意図や意味をでき るだけ正確に読み取り,聞き入れてくれる他 者(親)がいるために,子ども自身はそれほ ど相手(親)の気持ちや意図を強く意識する 必要はない.しかし,幼稚園や学校での対話 状況になると,話し手あるいは聞き手として
の自分を意識するのみでなく,同時に,話し 手あるいは聞き手としての他者を強く意識し なければならない.また話すあるいは聞く内 容も,ある課題や状況を巡って生じる事象の ことであったり,自分の気持ちや考えであっ たり,他者の気持ちや考えであったりと,複 数のものが瞬時に変化する.
ここでは,また状況依存的に話し手や聞き 手が変化するだけに,その変化に応じて話題 の内容をも変化させねばならない.実際に目 にした状況の変化や事象の変化を正確に語る
(あるいは説明する)ことが求められるだけ でなく,自分が何をしたいのか何を望んでい るのか,逆に他者は何をしたいのかなど,頭 の中や心の中にある目に見えないものを見え る形で言葉にしなければならないことが強く 求められる.体験した内容をただ語り合うだ けでなく,体験した時の自他の内面世界をも 語り合う , 聴き合う 響き合う ことが 求められるのである.それだけに,行動の背 景や言語表出の背景にある自他の意図や願望 までをも理解しなければならないような対話 内容が増大していく。
特に学校場面では,一つのテーマや問題を 巡って,互いの思いや考えを出し合いながら,
それらを繋ぎ合わせて,よりよい解決策を新 たに創出したり,文章の意味を深める/広め るための 話し合う , 聴き合う 響き合 う 対話状況をも体験していく.一つの意味 を深く追及していくためには,時には実際に 自分自身が体験してきた文脈を離れて仮想的 な文脈や世界に思いを馳せながら,相互の意 見や考えを吟味・検討することが必要になつ
ミ年申騨頸蜘榔eぐ三里濫馴O愚亭ロR総密囲 § N図
ゆ冥ゆ︽9㊦島陰二如︽輿eΦ幻々e回罪やP﹂越り鰯刊匝甲勾峠.耐員11一踵e甲勾峠刃塩謙・緊◎
﹇⊃禍D鍾e三三雀旧皿﹈︒9症11一旧皿阜︵甲勾序e摯・塩蒲・緊︶湘同心縄に賠姻e甲勾呼◎
極翼三和訟11婆わe︾﹂刃ぐ勲爵欄一蕾匝刃一くλ凶.届蔭皿藩・聚㊥
極喫啓阜勾庫網予州e姻車掴θ 二麺和魚十並二如鴫潔e舶匝甲勾峠.築極舶伽二等︽潔eO寿O匙凶刃桶P誕e甲羅庫眉頭藩・聚◎ ゆ£銀椥疸甲覇勾峠e摯.﹀絶好+一製塩韓・緊血路中濡猷eや勾呼◎癬鵬︸ハi︑握逆匝選密姻 軍細や勾峠ゆ毛廼⊃爵宿禰属吏租ぐ杓択礫築塩聴・聚㊥ 嗣静11覇勾庫9渥累・聚り糞蝿粍葺州e製畢掴θ 二三爬二三瞭潔e宕O亘踵e長淵や勾序.踵e却や勾庫盛塩懸・聚◎
忌ニレニ愕一霜庫e摯.喚ゆニレ9救厘り舶旧藩・聚三三に三三e甲三二◎
象十隆築⑫恒刃50%や杓畏輸11︸ハー︑楼遡匝琿租姐卑姻や勾峠築塩藩・聚@
畏輸廿租騨鼻2螂e献襲の如﹂賠ゆ築廼冥杓癬縮11一宴申桶覇勾庫.⊃槍和生韓盛田端州e望畢掴θ
員礁塗骨・d︑避零物W譲eぐ尽嵐窓則・d︑憩食物位取騨§遺勲溜脚鼻
ハー︑輝難匝逼 密姻韓→1←
鵠較9旧皿
霧鐘ツ 舎■盟
羅
︵鍵翠一魚÷︶驚儲
︵避翠一魚十粍︶騨唾︵製
てくるだけに,可能性の世界について語り合 わねばならないこともある.さらには,こう した場面での対話内容には,テーマに関する 問題や意味を理解するだけでなく,また相互 の考え方や見方を吟味検討し合うだけでなく,
その議論の進め方や思考の展開の仕方の是非 や矛盾点を巡っていまグループで取り組んで いる思考過程そのものをも対象化し,再びそ こに働き掛けるという,まさに 思考の営み の過程について思考する,対話する という メタ認知的な対話内容をも含まれてくる.
その後に体験する友人関係での対話状況で は,相互の趣味の世界や将来の進路に関する 時問的展望など未来から位置づけた現在,現 在から予想される将来の在り方など,時間的 空間的な広がりの中で遭遇するかもしれない 未知の将来の自分の振る舞いや存在について 対話することもある.時には,日頃は意識の 水面下にあり自分自身ではあまり意識するこ とのない生き方や価値観などについて対話す ることもある.青年期における対話状況での 内容は,急なる世界の諸事象についての外見 的な側面や実際の体験内容そのものについて 語り合うというよりも,相互の内面世界に漂 っている心の葛藤や悩み苦しみについて語り 合い,共(響)了し合うというような対話内 容が中心を占めるようになる.「人は他者を介 してしか考えることができない,他者を介す ることにより自分単独では気付きにくい側面 を新たに自覚することができる」といったこ とを強く実感する時である.
このように,子どもの発達とともに,子ど もが関わるエコシステムが家庭から外の世界 へと広がりに連れて,対話内容・状況は,幼 児期の自分を中心にした日常生活の文脈で遭 遇する出来事の世界から,現実世界を離れた 想像の世界や願望の世界の話し合い,学校で の教材を巡っての真偽についての話し合い,
友達の悩みや苦しみなどまだ自分が体験した ことのない内面世界への洞察,自分の生き方 や人生観,自分たちを取り巻く社会の成り立
ち,現実の社会情勢や世界の動向さらには将 来の生活設計や社会の在り方などと,質的に
も大きく変化していくのである.
対話内容・状況が質的に変化するというこ とは,当然のことではあるが,同時に,対話 内容・状況を理解し合う時に使う道具そのも のも変化するということだ.対話内容・状況 を正確に捉えようとすれば,それに相応しい 道具が必要である.話し手の意図や願望や感
情を理解するには,言外の意味を一歩深く踏 み込んで聴き取らねばならない.そのために は,ことばだけに頼るのではなく,体全体で その話し手に対峙し,話し手が話す過程で示 す心の動揺や表情が語るものの気持ちをまる ごと受け止め,それに自分の気持ちや感情を 重ね合わせながら響凹し合う(感情的に共振 する)必要がある.
子どもは,さまざまな人間関係での多様な 対話状況/内容を体験する過程を通して,相 互の気持ちや考えを分かり合う道具として,
少なくとも三つのコミュニケーション様式,
すなわち,身体で感じ身体で分かる(身体的 様式),心で感じ心で分かる(気持ちが通じる,
共感できる:共感的様式),頭で分かる論理的 に分かる(論理的様式)を体得し,どの状況 ではどの様式を使用したらよいか,臨機応変 にしかも意図的にあるいは無意面的に使い分 けられるようになっていく.
幼児期での親との対話状況で培った対話様 式をベースにしながら,子どもは,その後に 子どもが関わるエコシステムの変化に応じて 多様な対話状況・内容を体験して行くのであ るが,また家庭の中での対話状況・内容さら には関わり方という関係性の取り方も,子ど もの発達に応じて,同時に多様にしかも質的 にも変化していく.時にはあるいはテーマに よっては,対等の関係で対話が生まれ,子ど もが親の考えを批判したり,親の考えに反論 したり,新しいアイディアを提供したりする
こともある.
子どもと親との間の対話は生涯を通じて営 まれていくのであるが,そこに展開する対話 の内容や対話するときの関係性の変化と,家 庭の外で子どもが発達に応じて体験していく エコシステムの中での対話状況・内容さらに は関係性の在り方との間には,密接な関連が あり,両者は平行関係を維持しながら変化・
発達していくといってもよい.換言するなら ば,家庭の中での親子の対話状況・内容や関 係性の変化には,子どもが外で体験した人に 関わるエコシステムの縮図の変化の歩みが再 現/反映されているということができよう.
2)「参加形態の変容過程:物理的参加から心 理的参加へ」:
図2は,対話状況での参加形態の変容過程 を示したものである.このモデルは,参加形 態の発達的変化そのものを示しているのでは なく,参加者の関わり方によって参加形態が 質的に変化しうることを示したものである.
確かに幼児期初期の段階においては,自分 の意図通りに他者を動かすとか,他者の意図 に応えて自分の意見や考えや思いを調整しな がら他者間対話を繰り返すという,心理的参 加による話し合い活動は難しい.しかし,あ る発達段階,少なくとも学童期になると,仲 間との間や親子との間や教室での教師との間 での話し合い活動状況において,話題内容が 自分の生活体験と密接に関係しているならば,
また安心して発言できるような話し手と聞き 手との間に信頼関係が成立して(保証され て)いるならば,その状況へ心を開き,心理 的参加による対話を営むことが出来るように なる.ということは,学童期になると,対話 状況への子どもの参加の在り方(物理的/心 理的参加)は,子ども自身のコミュニケーシ ョン技能そのものよりも,子どもが主体的に 発言できるような話題や文脈であるか否か,
まさに話し手と聞き手との関係性に大きく規 定されるということである.
まず,自分の意図を自由に表出したり,他 者の意図を自由にくみ取りながら,自分の思 いや考えと他者の思いや考えとを相互に繋ぎ 合わせることによって意図を共有する,ある いは問題解決するといった,双方向性の対話 を遂行することが出来ない未熟な幼児期段階 での家庭での子どもの参加形態について考え
てみよう.
幼児期初期においては,子どもは,相手に 分かってもらいたいとか,相手を自分の意図 通りに動かそうというのではなく,ただ身体 全体で(表情,身体の動きなど)自分の今の 気持ちや感情を表出しているだけである.こ の状況は,親が子どもの振る舞いや表出の中 に何か特定の意味や意図があるかのように感 じ取り,子どもの気持ちに寄り添い,その意 図や意味を聴き取ろうとする親からの能動的 な関わり(働きかけ)があって,初めて対話 らしきものが成立しているかのように思われ る状況である.子どもからの何気ない情動表 出の中に,子どもの気持ちや意図を聴き取り,
それに適切にしかも積極的に応えようとする 親の振る舞いや関わりの姿勢が無ければ,一 つのやり取りの関係性さえもが成立しない状 況であるといってよい.話し合うという対話 状況というよりも,子どもが発する体全体か らのサインやメッセージの内容を,親が 味 わい , 探り , 聴き取ろう としている状 況であるといった方が適切だ.
一見すると,情動的なものを仲立ちにして,
形の上では,子どもと親との間に,やり取り という双方向性の関係性が成立しているかの ように見えるが,意図や意味を相互に理解し 合うという双方向性の関係性が成立している わけではない.子どもは,子どもの状態を全 て分かってくれている親に包み込まれた関係 の中で,子どもが双方向性の動きに乗せられ ているといった感じである.子どもが激しく 情動表出し,親とぶつかるような場合にも,
親が一歩自分の気持ちを引いて,子どもを受 け入れてくれるために,第三者の目には,子 どもがあたかも自分の思い通りに,その状況 を動かしているかのように映るかもしれない.
あるいは子どもは,自分の思い通りに状況が 動いているというような体験をしているかの ようにも感じ取れるかもしれない.子どもの 内面世界で何が生じているかをはっきりと断 言することは出来ないが,しかし,こうした 状況であっても,行動面に注目すると,対話 を特徴づける双方向性のやり取り,すなわち
「自分が動く⇔相手が動かされる」「相手が動 く⇔自分が動かされる」といった双方向のや り取りが垣間見られる.
この段階では,「双方の意図や気持ちが通じ 合っている」という実感を,子どもと親が同 時に感じとっているとは言い難い.親は子ど もの意図や気持ちが分かる/分かっている
(つもり)という確信を抱いているかもしれ ないが,子どもの側に親の意図や気持ちを分 かっているという確信があるとは思えない.
子どもの側にあるのは,自分の不快な生理的 状態が解消されたとか,自分の不安が取り除 かれた,満足できたといった一種の安堵感的 なものかもしれない.その意味では,双方の 意図や考えを聴き合い,絡め合いながら意図 や思いの共有を図るといった双方向の対話レ ベルまでには至っていない.子どもが主体的 に心理的参加による対話を営んでいるわけで はなく,物理的に参加し(実際には参加せざ るにはおれないのである)ながら,対話状況 に乗せられているという感じである.
しかし,こういう状況であっても,子ども は,「子どもがある生理的/心理的状態(P)
を表出する,親が反応する(R),すると子ども がPを少し変形してPaを表出する,それに対し 親が始めのRを少し変形してRaを返す」といっ た一連の関わりの行為系列を体験する.この 一連の体験の場は,次第に 何かを表出する とそれに対する何らかの反応が返ってくる,
それに満足しなければ始めの表出を修正して
相手に返す という,対話の基本的な関わり 方のシェマを,子どもが形成していく重要な 学びの場となる.
子どもが,他者との間の関わり方のシェマ を形成すると同時に,コミュニケーションの 手段としてのことばを獲得し始めると,子ど もは積極的に他者(親)との間で会話を楽し むようになる.この他者(親)と一緒になっ て楽しむ会話状況は,子どもの単語レベルの 話に親がことばを補完しながら相互のことば
を繋ぎ合わせていくことで,まとまりのある 話しになることが多い.子どもは親とのコミ ュニケーションの場で何を伝えたいのかを適 切に推論してもらい,ことばを返してもらう ことで,ことばと意味の世界を作りだしてい くのである.こうした体験過程を通して,子 どもは, ことばは完全でなくても自分の伝え たいことがあれば,他者と関わる(他者に助 けられる)ことによって,その伝えたいこと が他者にも分かってもらえる ことに次第に 気づいていく.また他者との関わりの中で,
会話は本質的にいろいろな方向に広がる/深 まる性質を持っている(対話の変更性)こと に気づいていくかもしれないし,他者に対し て自分の心を開くことの大切に気づいていく かもしれない.さらには,他者に自分を閉ざ
さないことで,いろいろ柔軟に変わりうる自 分に気づくこともあるかもしれない.
親との対話状況の中で,こうしたさまざま な気づきが子どもの中に生まれるためには,
対話状況そのものは, 子どもが自由に発言で きる,活き活きと参加できる,不完全でも認 めてもらえる,支えてもらえる,安心出来る 暖かい雰囲気である ことが望ましい.
子ども自ら,心と心が絡み合う心理的参加 を作り出すことは不十分であったとしても,
親の誘導的な責任性に支えられた暖かい対話 状況(環境)の中で積極的に発言するやり取 りの関係を体験することによって,子どもは,
将来において創造的対話を生成するのに必要 不可欠な基本的態度や関わりの姿勢,すなわ ち,「関わりの基本的シェマの形成」「対話の 持つ変更性という特性への気づき」「心を開く ことの大切さの自覚」「他者に関わることで変 わりうる自分への気づき」「話し合うことの楽 しさ大切さ」などを学び取っていくといえる.
幼児期の家庭の中での子どもと親との間の 対話は,親の責任性に誘導されることによっ て成立していくが,その後に体験する保育園
/幼稚園での保育士との間の話し合い活動で
も,大人がその場を誘導する責任性を持つと いう点では同じである.しかし,この段階に なると,子ども同士の主体性を尊重した話し 合い活動を見守る姿勢が保育士にあるならば,
子ども達は,不完全ではあっても,相互の体 験をことばに出し合いながら,一つのストー
リーを構成していくことも可能になる.
可能になるといっても,話し合い活動の背 景に具体的な体験世界の支えがないと難しい.
例えば,読んでもらった絵本を題材にした話 し合い状況で,子ども達は自分なりの思いや 感じを個々バラバラに述べ合うことはできる.
だが,自分の思いや考えと他者の思いや感じ や考えとが何故異なるのかなど,子どもたち 同士でそれらを一つひとつ吟味検討しながら,
絵本から感じ取った互いの感じや思いを繋 ぎあわせて,新たな感情体験の世界を一緒に 構築していく といったような交流的対話は
まだ十分ではない.
あるいは,ものの取り合いを契機にした口 論や喧嘩の状況を手がかりにして,友達同士 仲良くするための手だてを探るような話し合 い状況においても,相互の考えを主張しあっ たり,他者を非難したり,他者に反論したり することはあっても,互いの主張や非難や反 論を認めた上で,それらを繋ぎ合わせ,絡め 合いながら,よりよい解決策を探ると言った ような創造的対話までには至らない.そうし た対話が生まれない,出来ない理由の一つに,
対話の相手として,子どもは保育士を意識し 保育士に向かって発言することはあっても,
対話場面に参加している一人ひとりの子ども に向って発言していないということが考えら
れる.
つまり,自分たちで,協力し合いながら,
話しの場を構成していくという姿勢や関わり の自覚が十分でない.あるいは関わりの自覚 はあっても,相互の思いや考えを自分たちで 繋ぎ合わせていけない.子どもは,自分の感 情や思いや考えを相互にぶつけ合うことはあ っても,最後まで他者の発言を聴き取ること ができない.さらには,「今は自分の考えや気 持ちを主張するよりも,他者の気持ちや考え を認め受け入れることが大切であるので,自 分のものは一時的に引き下げる」といったよ
うな,状況に応じた「感情の綱引き」や「考 えの綱引き」が十分にできない.子ども同士 の対話状況の中に,感情をまるごとぶつけ合 うという意味での心理的参加をみることはで きるが,互いの気持ちや心を分かり/認め合
いながら心と心を繋ぎあわせて互いに納得で きるような解決策を探るといった,真の意味 での心理的参加による交流的対話や創造的対 話を観察するまでには至らない.
心と心とが一体になり,一他者の気持ちを分 かる,自分の気持ちを分かってもらうといっ た相互の気持ちや考えが通じ合う対話が生成 されるためには,一方的に自分の気持ちや考 えを他者に向けて発話するだけでなく,その 発話が他者にはどのように映っているか,他 者はどのように受け止めているか,他者の心 の状態を自分の中で再び省察する,思考の対 象にすることが必要になる.小学校段階にな ると,そうしたメタ認知的思考をも発達して くるだけに,子ども同士が一体となって,自 分たちで対話状況での責任性を発揮しながら,
心理的参加による話しあい活動を行うことが 出来るようになる.子どもが興味や関心のあ るテーマや問題であれば,それらを巡って,
先ず,皆の前(社会的協同構成ゾーン)に互 いの意見を出し合い,その出された多くの意 見を子どもたち全員が一緒になって吟味・検 討しながら,よりよい案や考えにまとめ上げ ていく,論理的に矛盾がないように整理して いくといった対話活動を示す.
社会的協同構成ゾーンに出て来た一つ一つ の意見や考えは,そこに参加している一人一 人の子どもの思考の営みを映し出す鏡をなっ てくれる.それだけに,子どもたちは,そこ に映し出された自分の思考の営みと他者の営 みとの違いを比較検討することで,何処に問 題があるかに気付きやすく,新たな考え方を 生み出すことも可能になる.社会的協同構成 ゾーンという,いろいろな考え方が渦巻く知 的アリーナは,まさに,新たな異なる考え方 に触れる場であるだけでなく,それまでの自 分の考え方の枠組みを根本から解体し,新た な枠組みを構築している場でもある.
こうした創造的対話ができるためには,少 なくとも,3つの方向性のジグザグ運動に支 えられた対話(知的営み)を,状況に応じて,
臨機応変に使い分けられることが不可欠であ る.一つの対話は,個人の頭の中に閉じたゾ ーン(アイディアを生み出すために自分の内 面世界へもっぱら注意を向けて自己内対話を 繰り返す)での自己内対話である.ここでは 自分の考えの整合性や一貫性を高めたり納得 のいく考えの創出を求めて,時には話の流れ の方向とは逆行しながら,主体が話題の展開 の前後を往復運動しながら対話を繰り返すの
である.他の一つは,自分が直接に相手にす る他者との間で他者間対話を繰り返したり,
あるいは,他者と他者のやり取りを観察しな がら間接的に他者間対話に参加することで,
自他の認識を深めていくものである.三つ目 は,個人ゾーンと社会的協同構成ゾーン(メ ンバーが一緒になって作り出すゾーン)の間 を絶えず行き来しながら,自分自身の思考や アイディアを生成したり,他者の意見や考え を吟味しながら,グループ全体にとってのよ りよい考えの創出に参加していく対話である.
心理的参加による創造的対話を生成するた めには,いま述べた三方向の対話,その中で も特に,個人ゾーンと社会的協同構成ゾーン を行き来するジグザグ運動の方向性は極めて 重要である.なぜなら,その方向性のジグザ グ運動ができないということは,せっかく他 者との間に開かれた知的探索の場が個人の中 に閉じてしまい,そこでの個人の 内なる 声 (アイディアの創出や思い)は孤立化して しまい他者に届かないことになる.いろいろ 異なる互いの 麗なる声 を交換しあえる社 会的協同構成ゾーンの場においてこそ,はじ めて相互交流的な対話が生まれ,そこから新 しいアイディアや意見が生まれるのである.
もちろん個人ゾーンと社会的協同構成ゾー ンを行き来するジグザグ運動ができるために は,社会的協同構成ゾーンに投げ出す,ある いは語りかける自分なりの意見やアイディア を持っている,準備できていることが必要で ある.しかし,何もその意見やアイディアは 完壁なもの,理路整然としているものである 必要はない.もし,その意見や考えがまった く曖昧でなく,誰もケチのつけようがない完 壁なものであるならば,あえて他者と交換し あう必要もない.さらには,その考えや意見 をもって,例え他者と対話したとしても自己 の中に新たな変化や発見が起こる可能性は非 常に低いからである.
児童期になると,子どもは,自他のものの 見方考え方感じ方の違いを分かり,その違い を認めたうえで,状況依存的に「感情的な綱 引き」や「論理的な綱引き」を試みながら,
心理的に参加しながら創造的対話を生成でき るようになると述べたが,何時いかなる状況 においてもそれが可能というわけではない.
対話を生成していく責任性が子ども達に委ね られている,子どもたちが必要とするときに は話題の流れを軌道修正したり足りない情報 を補完したり,矛盾点を明確にしてくれるよ
うな手がかりやヒントや心理的サポートが親 や教師から与えられるという状況が保証され
るならば,子どもたちは活き活きとかっ創造 的対話を繰り返すことができる.
だが,学童期にしばしば体験する知識伝達 型授業場面のように,大人が自分の頭の中に 予め想定したプラン通りに授業を進めたり,
子どもとの話しあい活動を展開するならば,
子どもはその対話状況を時空間的には共有
(物理的に参加)できたとしても,なかなか 心を開いて心理的に参加しながら大人の意図 や意味を聴き取ろうとはしない.そこには,
大人から子どもへの一方的な働きかけは合っ ても,相互に双方の意図や気持ちや考えを分 かり合う,響き合う,聴き合うといった双方 向性の心理的な絡み合いは期待できない.
3)「創造的批判的対話が成立するまでの発達 過程モデル」 図3は,ものの見方考え方や 価値観の異なる者同士が一つのテーマや問題 を巡って,創造的批判的な対話が成立するた めには,どのような体験を積み重ねる中で,
どのような技能を獲i得していく必要があるか をモデル化したものである.
真の創造的批判的な対話の過程とは, 意味 の深まりや新たな解決策を求めて,子ども同 士の間で,あるいは子どもと教師との間で,
質問を繰り返し,自分の考えと他者の考えを 比較したり,繋ぎ合わせたりしながら,曖昧 な部分や矛盾した所の明確化を図ることによ り,より納得のいく意味の追求が絶え間なく 営まれていく過程 である.そこは,一つの 正解を発見すれば終わりという過程ではなく,
いろいろな可能性を吟味・検討し続ける推論 の過程そのものである.それだけに,ここで は,ひとり一人の児童・生徒が,自己の考え や立場を絶対化せず,また単眼的にものごと を捉えるのではなく,複眼的視点から,自分 や他者が発言することばの意味を絶えず問い 直し続けねばならない.「前向きな批判は創造 の母胎である」という相互の認識のもとに,
積極的に自分の心を開き,他者の発言に耳を 傾けながら,主体的に問題解決や意味の深化 に取り組む探求者となることが必要である.
他者との対話の過程では,他者の考えや思 考に便乗するかたちで自分の考えや思考が構 築されていくので,新たなアイディアが創出 されやすい.それと同時に,自分のものの見 方や考え方が壊され,新たなものに作り替え られていく可能性が常に潜在している.それ だけに,その過程に巧く参加することは容易
ではない.そうした創造的対話ができるよう になるまでには,子どもは多様な対話技能を 育んでいかねばならない.
図1,2の所で述べた内容からも容易に推 察できるように,幼児期の家庭の中での子ど もの対話は一対一の直接的な他者間対話が主 である.ところが,子どもが保育園や幼稚園 に進むに連れて,他者との間の一対一の直接 的な対話に加え,一対一あるいは一対多の直 接的ないしは間接的他者間対話への参加も増 大していく.少なくとも,この段階で必要な 技能は,「話し合いの状況に不安なく参加でき る」,「他者の話を聴く」「他者の話に興味を示 す」「他者と関わる」という基本的態度や「恐 れずに自分の言いたいことを言える」「自分の 意志をはっきりと表示する」「分からない所は 訊ねる」勇気とカである.それに加え,「自分 の思いや気持ちや感じ」を第三者にも分かる ように,「ことばのレベルに置き直す,置き換 える」語彙や単語,さらには文にして表現す るカが必要になる.しかし,この段階での子 どもの「ことば」の表現は,断片的/飛躍的 で,完結したひとまとまりの文としての表現 力に欠ける,あるいは非常に個人的色彩の強 い独自な表現が多いという特徴を示す.
また自分を中心に据えての事象の捉え方や 体験の感じや思いの自己中心的表現が主であ り,その表現が他者にどのように映るか,他 者に伝わるか否かなど,他者の立場を考慮し ての表現ではない.さらには,自分が直接対 話するのではなく他者同士で話し合っている 場に出会い,その中に自分もその対話の中に 間接的に参加していくという間接的対話は十 分ではない。だが,例え,このような自己中 心的な不完全なことばによる表現や関わり方 であっても,「頭や心の中にある思いや感じを 自分のことばで表現すれば,他者の手助けに よって,自分の気持ちや感じや思いを他者に 分かってもらえる」という体験を通して,「自 分のことばで表現する」ことの重要性に気づ いていく.その中でも特に,将来の創造的対 話に繋がる技能としては,他者のことばかけ に一方的に従うのではなく,「自分の気持ちに 合うか否か」「何が分からないか」など自分の 立場を表明することが大切だ.この自分の立 場を表明するということは,他者との対話に 交流的な繋がりを生み出すうえで極めて重要 な役割を果たす.なぜなら,立場の表明によ って,何処が同じで何処が異なるのか,何が 分かり何が分かっていないか,両者の間で何
ミ隼申騨金壷姻eP幡ゆ恒淵需供麗夜密昇誤霊製﹁硬e砿 oり区
蝦耀e避軽濫町回姑凶
■■
贋
圏
■ 蜀
口
報娼e謳e出置劃覆騒白蜜劃蝋甲 撫暎濫緬輿・
只ゆ極詫鰹歩曾−一嚢輪郭・拝見罹・ ゆ士縛︒細嘆撃e睾皿・
㎜
霞榔eP﹂寂ゆ槍e⊃惜鳶・伽や賦・駅織e興廠・
皿想・ξ誕eぐ摯一網・ o伺雇霜e㌍摯・
裸瓢網耐榊 濫O喜旧皿・ 鴎榔レ﹂噛︑ψ乾厭e象皿・
︑鞠﹂難e却Uゆ極醐姻・碍榔屈皿・ O虚・轡賦e︽撫摯・
し●◎︸・響7臨.陶
︵輪較1︶濡較霊挫踵b舶紹︵1較1︶楓聴較密挫裡 一 77.三 .憾・・.繊 ︑燧裡e飛ゆ胴劇演椒景廼無難㍗三陶 麗夜濫麗裡一州華盤網嚢雑章蒸一 舶崔軽・遅毅濫穫輔 や尋杓刃醸槍 極聖皿網姻轟 ・如塚.抽℃綴り︸誕婁e旧識刃曝欄e刃㌍摯︐怪裡S只ゆ極醸霞糠蝦絹..
﹀℃恢U一腰網e刃㌍皐.P⊃頻細⊃却⊃皐e却㌍型
亘1」
噸
葡 一
∵燧糎e只﹀謹甚ヌ七千﹁.三三留e蛛瀾
串槍﹂眠踊り噛田園⊃順樹餐葦9匝 皿製eぐ坦華駁 罧雪裡 一罧翻噌 一罪眠爵
処にズレがあるかなどを,相互に理解し合う ことが可能になるからである.子どもたちが,
気軽に自分の立場を表明できるためには,互 いに立場の違いや考え方の違いを認め合い,
それを受け止める基本的な態度がなければな らない.この基本的な態度作りもこの発達段 階での重要な課題である.
その後,学童期になると一対多の直接的対 話や間接的対話のなかに自由に参加できるよ うになる.ここで,同じ対話空間において一 対多の直接的対話や間接的対話が可能になる
ということは,他者に投げかけられる(た)
問いや質問は,他者だけのものではなく,そ れは同時に自分に向けられた問いや質問であ ると受け止め,引き受けていく力が備わって きたということである.それに加え,この時 期になると,それまでとは大きく異なり,次 第に自己内対話も見られるようになる.この 自己内対話の生成をもたらす一つの原因にな っているのが, 包まれる関係 の中での対話 状況から 対等の関係 の中での対話状況へ の変化である. 包まれる関係 の中での他者 間対話状況では,気心の知れた人との間での 既知体験や共有体験についての語り合いが主 であり,ここでは,子どもは他者の間に展開 する発言の内容の矛盾や曖昧点をあまり意識 することなく, 感情的に何となく分かり合
う 対話様式を取るだけである.なぜなら,
包み込む関係 の中では子どもに関わって くれる他者(親や保育士)が,矛盾や曖昧が ないように,子どもの発話内容やことばの表 現を整理しながら,巧く繋いでくれるからで
ある.
ところが, 対等の関係 の中での他者間対 話状況では, 気心の知れた人との間での既知 体験や共有体験についての語り合う ことも 無いわけではないが, 未知の人に自分の感情 や体験や考えを語る ことがその大部分を占 めるようになる.この他者との間で共有して いない未知な体験を他者に分かるように話す ためには,自分と同じようにその場を体験し たかのようにビビッドに全体描写を語るとと もに,誤解や了解不能にならないように順序 よく筋道を立てて表現しなければならない.
しかもその筋道立った論の流れや文脈を自分 で構成していく,あるいは,他者とのやり取 りの中で協同構成していかねばならない.だ が,この段階では,他者にも分かるように,
一つのまとまりのある筋道の立った文にして 表現する力がまだ十分に育ってはいないし,
また自分中心に自分の思いや考えや感情をぶ つけ合うだけで,他者の立場や視点を考慮で きない.そのために,今までは他者のサポー トを介して,一見スムーズに展開していたよ うに思えた他者間対話が巧く行かなくなり,
他者との間に 分かりえない 通じない 衝 突をいやというほど体験することになる.子
どもは心理的葛藤状況に追い込まれていく.
この心理的葛藤の壁は,子どもが自分の意 志を貫き通そうとすればするほど, これまで 通じていたはずの表現の仕方や他者への関わ り方が,どうして,いまや,巧く機能しない のだろうか と自らの他者への関わり方の反 省を子どもに迫ることになる.子どもは,他 者に巧く関われない自分と必然的に対峙する ことになる.ここに自己内対話が生まれる起 源がある.自己内対話とは,自分の中に自分 の思考の営みや振る舞いを対象化するもう一 人の自分(視点)が生まれ,その視点から自 分の営みを振り返るような対話である.すな わち,自分の考えや感じや体験を表現する自 分とそれを対象化する自分とが対話すること である.この自己内対話が生起することによ り,自分の考え方や見方を相対化する視点が 生まれるために,それまでの自己中心的な見 方/考え方から次第に脱却し,結果的に,脱 中心化が生じ,子どもはいまや他者の視点を 考慮した語り合いができるようになる.
自己内対話の生成に大きな影響を与えるも う一つの要因は,学校教育の中で特に求めら れる説明する行為,すなわち「自分の判断に 対して説明を求められる」「他者にも分かるよ うに説明する」「他者を説得する,納得させ る」という知的行為である.説明するために は,ただの思いつきを述べるだけではいけな い.その根拠を述べねばならない.自分が何 処から,また何を根拠にそのように感じたの か,考えたのか,自分の考えや感じの発生の 起源についても触れる必要がでてくる.この 根拠や考えが生み出されて来た起源(ソー ス)を確かめるためには,その根拠やソース は過去に自分自身が体験した経験や既有知識 の中にあるのか,あるいは他者とのやり取り を聞き取る中で生成されたものなのか,とい ったように再び自分の思考過程を吟味するス テップを踏む必要があり,自己内対話は避け
られない.
また「他者を説得する,納得させる」ため に,自分一人で意見を構成し述べる場合にも,
頭の中に聞き手を想定して,A先生, B君な
らこう考えるだろうというように,自分の頭 の中に他者の考えや視点を設定する.そして,
自分の頭の中で,自分の視点と他者の視点と で対話を繰り返しながら,自分のこの表現で 他者に伝わるか否かを慎重に吟味・検討する 必要がある.あるいは実際に他者間対話を繰 り返しているオンライン(リアルタイム)に おいてさえも,自分の発言の意味と他者の発 言の意味とが同じであるか否か,視点に違い がないか否か,考える前提条件や範囲にズレ がないか否かなど,瞬時に判断評価しなけれ ばならない.もし自分の考えの中にある矛盾 に気づいたならば,その矛盾が何処から発生 しているのかを追求し,論の立て直しをしな ければならない.逆に,他者の考えの中に矛 盾を見いだしたならば,その矛盾を他者に理 解,納得させ,新たな視点からその矛盾を克 服していけるように,他者になったつもりで,
他者の思考過程に自分が入り込み,他者にな ったつもりの私の視点と他者の視点との問で 対話を繰り返さねばならない.ここに,「新た な認識の起源は他者との間に拓かれている」
ということを実感する場が立ち現れてくる.
こうした他者や状況に拓かれた自己内対話 や他者間対話ができるようになるためには,
自分の思考過程を対象化し,第三者の立場に 立って,それを批判/検討するという分析力,
批判力を習得する必要がある.あるいは,誤 った自分の考え方を素直に修正したり,変更 する柔軟さも必要となる.他者の考えと自分 の考えを巧く繋ぎ合わせて論理的に矛盾のな い考えを他者と一緒になって協同構成してい くといった知的コラボレーション能力も必要 だ.さらには,状況の流れを読む,先の見通 しを立てるといった状況判断力や先見の眼も 必要になる.
このように,「他者の視点に立つ,他者の視 点を取り入れる」「自分の思考過程を振り返 る」という行為が可能になると,自分の意見 と相手の意見の違いを認め,その違いを巧く 活かしながら,繋ぎ合わせ,単独では到底考
えも及ばない新たなアイディアを創出する創 造的な交流的対話が生起しやすくなる.自己 内対話ができ,他者の視点に立つことができ,
自分の思考過程を対象化できるようになると,
子どもは次第に,現実世界の出来事だけでな く,仮想的な文脈の中で生起する仮想世界の 出来事についても議論し合うことができるよ うになる.可能性の世界について議論するた めには,現実の文脈の中から遊離して自由な
発想で議論し合うことが必要ではあるが,と きには可能性の世界の出来事を現実の文脈の 中に重ね合わせてみる,逆に現実世界の出来 事を可能性の世界で考えてみるといった,現 実世界と可能世界の間を往復運動する思考の 仕方も大切になる.こうした思考を状況依存 的にしかも臨機応変に使い分けながら創造的 対話を営むのは,青年期にならないと難しい.
後藤氏の提案: 私の具体的な実践経験は中 学校が主です.現在は小学校長という管理職 についていることから,小学校では多くの先 生が出張されるときの自習監督とか,帰りの 会とかを観察する中で,話し合い活動の内容 について体験し,考えていますので,それら を中心に提案したいと思います.
「話し合い活動の短所,長所」:まず私自身の 実践を通して,話し合う,討議,討論の長所,
短所をまとめてみました.ディベートやポス ターセッション等を通すと,子どもたちは,
「話を精密に聞く力」「主張をわかりやすく説 明するカ」が育ちます.また,「質の高い情報 を収集する力」「分析する力」が育ち,その過 程で「主体的に聞き,話し,読み,書き,要 点を的確にとらえる力」が育ちます.また,
それらの結果が子どもたち自身の生活に反映 されると,話し合いの成果を深く実感させる ことができます.学習者は,学級や班での自 分の意見の位置や価値を測ります.自己理解,
学級における自分の存在感や連帯感,自尊:感 情というものを育てることができます.また,
自他の主張を超えた合意を形成することによ って,場合によっては合意が形成されなくて もよいと思いますが,新たな認識を獲得しま す.他者理解とか,知的な感動を呼びます.
そして,言葉の学び手として,言語感覚を大 変短時間の間に深く伸ばすことができます.
しかし,問題もあります.話し合いの過程 で,特にディベートの場合ですと,学習者が,
自己を見失なったり,自己の感情から離れて しまうことがあります.また,学習者がそれ ぞれ自立した意見を出せないとき,また指導 者からのよい支援の手が加わらないときは,
時間の無駄であり,ボス的存在の学習者に支 配されてしまうときもあります.わがままと いいますか,話が深まっていかないというこ とが起こります.また,時期にかなった議題 でなければ,良い情報がなかなか収集されま せんし,学級全体の聞き,話し,読み,書く