地理空間情報の利用に関する産業界ニーズの調査
杉森純子,今井龍一,落合修,山口 章平,黒岩剛史,関本義秀,南佳孝,柴崎亮介
Study of the industry needs about the use of Geospatial Information
Junko SUGIMORI, Ryuichi IMAI, Osamu OCHIAI, Shohei YAMAGUCHI, Takeshi KUROIWA, Yoshihide SEKIMOTO, Yoshitaka MINAMI, and Ryosuke SHIBASAKI
Abstract: Recent years, services of the geospatial information have been improved remarkably with support from the national policy. In this study, investigation of needs, effectual services and problems about distribution of geospatial information are carried out by means of questionnaire survey. The purpose of this study is to clarify the possibility of the use of geospatial information to the private business.
Keywords: 地理空間情報(Geospatial Information),プラットフォーム(Platform),
アンケート調査(Questionnaire survey),ニーズ調査(Investigation of needs)
1. はじめに
2007 年5 月の地理空間情報活用推進基本法の 制定以降,わが国では地理空間情報をとりまく環 境は大きく変革しようとしている.同年同月に公 表された国土交通分野イノベーション推進大綱 では,「2010年度までに電子化された基盤地図情 報を整備するなど,位置に関する情報を含んだ情 報の幅広い共有化や高度な活用を可能とする地 理空間情報プラットフォームの構築を行うとと もに,公共空間への電子タグやセンサの設置など を通じて,場所やモノに関する情報をいつでもど こでも誰でも入手可能とする基盤を構築」と明記 された.また,同年6月に閣議決定された長期戦 略指針「イノベーション25」では,「国土交通省 をはじめとした関係機関や国民が持つ地理空間 情報を相互に利用しあえる基盤的な仕組みとし て地理空間情報プラットフォームを確立するこ とが重要である」と記されている.
これらの方針を受けて,国土交通省は,地理空 間情報プラットフォームの整備に着手し,省内の 検討や東京大学空間情報科学研究センターとの 共同研究を進め,2008年4月に同プラットフォ 杉森純子:〒350-1165 埼玉県川越市南台3-1-1
朝日航洋株式会社 空間情報事業本部 開発企画室 Tel 049-244-4032
E-mail:[email protected]
ームの試作版を公開した.
試作版の公開時点では,暮らしやすい生活環境,
自然環境への取り組み,安心・安全・防災および 多様性のある地域の形成に係わる地理空間情報 が公開されていた.その後も順次,機能拡充や情 報が追加され,2009 年 6月時点では,ボーリン グ情報や国土数値情報などを含め 33 万件以上の 地理空間情報が公開されている.
しかしながら,33万件の地理空間情報は,国土 交通分野の中でも一部でしかない.したがって,
今後も継続して,散在する多種多様な地理空間情 報を分野横断的に連携させて高度利用を図り,安 全・安心で持続的な質の高い公共サービスの提供 を目指して取り組む必要がある.
地理空間情報プラットフォームへの登録デー タ,すなわち国土交通分野の地理空間情報を流通 させるためには,どの情報を,どのような形で,
どのタイミングで流通(提供)していくべきかを 検討していく必要がある.その際には,情報の提 供者側の都合だけではなく,利用者側の地理空間 情報の流通に関するニーズを十分に考慮するこ とが非常に重要である.しかしながら,具体的に 利用者側のニーズを調査した既往研究は見当た らなかった.
本研究では,国土交通分野に関する地理空間情 報の民間ビジネスへの活用の可能性や要望を明
らかにするために,産業界を対象にしたアンケー ト調査を実施した.
なお,本稿は,国土交通省と東京大学空間情報 科学研究センターとの共同研究の成果の一部を とりまとめたものである.
2. 調査概要
今回のアンケート調査の目的は,国土交通分野 に関する地理空間情報の民間ビジネスへの活用 の可能性や要望を明らかにすることとした.調査 概要は,次のとおりである.
・対象者:業界団体(14団体)を通じて,会員の 各民間企業にアンケート調査を依頼した.
・調査期間:平成20年9月12日〜10月6日
・調査票:地理空間情報の利用ニーズ,情報提供 サービスのニーズ,情報流通の問題点に大別し,
記述形式の設問を中心に設定した.
・回収数:325件
3. 調査結果
3.1. 既存の地理空間情報の利用ニーズ
既存の地理空間情報の利用ニーズを明らかに するため,国土交通省または地方公共団体が所有 していると考えられる地盤情報や気象情報など の情報(105項目)の一覧を提示し,次のことを 設問した.
【設問1】
国土交通省または地方公共団体が保有している と考えられる情報項目の中から,積極的にダウ ンロードして利用(加工・編集・統計処理など)
したいと思う情報項目(上位10個)を挙げてく ださい.
また,その情報項目を利用したいと思う理由(利 用方法など)と,最適なデータ形式(XML,CSV,
HTML,PDF,SXF,DXF,JPG,TIFなど)
をできるだけ具体的に記述してください.
調査結果として得られた利用ニーズの高い地 理空間情報の上位 10 項目を表1に示す.表中の スコアは,1位回答を10点,2位を9点〜10位 を1点として集計した結果を示している.表に示 すとおり,ボーリング情報,基準点,空中写真画 像など,すでに全国あるいは部分的に公開されて いる地理空間情報のニーズが高い結果が得られ た.
本設問の回答で,最も利用したい地理空間情報 として挙げられた情報項目は埋設物情報であっ た.考察として,埋設物情報は,工事計画や施工 の事故防止などに利用できる有効な情報として
表1 利用ニーズの高い地理空間情報
順位 情報項目 スコア
1 埋設物情報 1,235 2 ボーリング情報(柱状図や土
質試験結果) 1,151 3 基準点(位置,点の記) 1,080 4 空中写真画像 1,072 5 交通量データ 728 6 道路ネットワークデータ 638 7 土地利用基本計画図 414 8 レーザプロファイラなどによ
る微地形データ 390 9 ハザードマップ(洪水,内水,
高潮,津波,土砂災害,火山) 337 10 位置参照情報 323 共通認識されている.一方,情報の入手が困難な 情報のひとつとしても認識されており,埋設物の 位置の特定ができないことによる事故発生など の対応に苦心している場合が多いのが要因と考 えられる.
国土交通省が保有する情報BOXや電線共同溝 などの埋設物情報に加え,電力やガスなどのライ フラインに関する埋設物情報の要望も高かった.
このため,地方公共団体やライフライン企業も含 めて収集・提供方法を検討していく必要がある.
上位 10 項目の中には,埋設物情報,道路ネッ トワークデータ,ハザードマップなど,国土交通 省だけではなく地方公共団体が整備主体になっ ている情報も含まれている.したがって,地方公 共団体が保有する情報もあわせて提供されるこ とにより,利用ニーズが満足されると考えられる.
一方,情報提供する際のデータは,加工・編集・
統計処理が可能な形式であることが強く求めら れていた.用途としては,情報をダウンロードし て他の情報と重ね合わせたり,統計処理などの加 工・集計をしたり,シミュレーションを行うなど の回答があった.このため,加工に不適な PDF や画像形式などでは,その要望を満足することが できないことが明らかになった.
設問1に次いで,予め提示した国土交通省また は地方公共団体が所有していると考えられる情 報(105項目)の一覧以外の地理空間情報の利用 ニーズとして,次のことを設問した.
【設問2】
『情報項目リスト』に挙げられた情報項目以外 で,加工・編集・統計処理などを行い利用した いと思う情報項目があればご回答ください.ま た,その情報項目を利用したいと思う理由(利 用方法など)をできるだけ具体的に記述してく ださい.
調査結果として,提示した情報項目以外に利用 したい情報項目は総数で 390 件も挙げられてお り,情報提供に対するニーズが高いことが分かっ た.回答のあった情報項目は,各種分野で多岐に 渡っていたが,大別すると,大縮尺レベルの施設 情報,防災関連情報,履歴情報や統計情報の利用 ニーズが比較的高いことが明らかになった.
・大縮尺レベルの施設情報としては,地下構造物 情報,信号現示データ,街路灯情報,道路施設
(橋梁,トンネルなどの重要施設,ガードレー ルおよび照明,標識などの付属施設)などがあ げられていた.
・防災関連情報では,安全・安心の確保に関する 情報の利用ニーズに該当する防災対策箇所デ ータ,既往災害における被害情報,防災拠点と なる空地(適地)候補データ,道路橋維持管理 情報およびトンネル維持管理情報などが挙げ られていた.
・履歴情報では,舗装工事履歴情報,工事履歴情 報などが挙げられていた.
・統計情報は,観光地の観光客数,交通事故統計 データ(事故形態,発生箇所など),統計情報
(市町村単位),町丁目・年齢別人口データ,
町丁目・障害者別人口データ,町丁目別建築物 諸元データ,医療・福祉や関連機関などの統合 情報など,各種統計情報が挙げられ,分析に活 用したいとの理由が多かった.
3.2. 情報提供サービスのニーズ
ここでは,地理空間情報の流通により,どのよ うな情報提供サービスの実現ニーズがあるのか を明らかにするため,次のことを設問した.
【設問3】
貴方が従前より,「○○のような情報提供サー ビスがあれば・・・」と思っているようなサービ スがあればご回答ください.(「○○のような情 報が提供されればもっと便利になる」,「△△の ようなデータと組み合わせたサービスがあれ ばもっと良い」など.)
調査結果として,全般的に分野を問わず各種情
報の「流通」に対するサービスのニーズが高く,
次のような特徴を持っていることが明らかにな った.
・国の持つデータに限らず,外郭団体や地方公共 団体が持つデータも含めて,キロポストや位置 参照情報などをキーとして各種情報を容易に 検索し,ダウンロードできるサービス
・各種情報を組み合わせて(重ね合わせて)提供 するサービス
・閲覧するだけではなく元となる情報も入手可能 なサービス
また,提供するサービス(データの)更新時期,
更新履歴や更新通知などへの関心が高いことも 明らかになった.
3.3. 情報流通における問題点
地理空間情報の流通に際しての問題点を明ら かにするため,次のことを設問した.
【設問4】
情報を利用する際の課題があれば回答してく ださい.該当するものにチェックをいれてくだ さい.(複数回答可)
設問で提示した選択項目は,表2の8項目であ り,回答数の結果から,整備・提供される情報の 更新に関するニーズが高いことが明らかになっ た.具体的には,更新頻度,作成時期や継続的な 更新を問題点として認識している.
表2 情報を利用する際の課題
チェック項目 回答数 率 情報の更新頻度がわからない 189 58%
もっと詳細な情報を入手したい
ことがある 181 56%
いつ作成されたデータかがわか
らない 169 52%
利用する情報が継続的に更新さ
れ続けていくのかを知りたい 170 52%
情報を利用する際の制約条件(手 続きや権利など)の有無がわから ない
143 44%
情報が有償か無償なのかがわか
らない 133 41%
情報の入手方法がわからない 101 31%
情報の作成者や提供者がわから
ない 65 20%
その他(自由記入) − −
表中の「その他」の自由記入欄では,情報の信 頼性(品質や精度)に関する意見が多く見られた.
情報を提供する際には,品質や精度に関する情報 も明確にしておく必要があるといえる.
加えて,権利関係や無償提供に対する意見もあ り,信頼性と同様に情報提供の際には解決してい かなければならない事案であるといえる.
4. 考察
本章では,アンケート調査結果により明らかに なった利用ニーズを総括する.
・国土交通省だけではなく地方公共団体も含めた 情報の利用ニーズが高い.最も利用したい情報 項目として挙げられた埋設物情報を含め,道路 ネットワークデータやハザードマップなど,地 方公共団体も整備している情報が上位に挙げ られている.
・設問 4 の回答では,「もっと詳細な情報を入手 したいことがある」が全回答数の56%と半数以 上を占めた.予め提示した情報項目以外では,
地下構造物情報,信号現示データ,街路灯情報,
道路施設(橋梁,トンネルなどの重要施設,ガ ードレール,照明,標識などの付属施設),横 断歩道情報および電信柱位置情報などの大縮 尺レベルで利用する情報項目の利用ニーズが 多く挙げられている.これは,情報をそのまま 利用するのではなく,入手後に加工したり解析 したりすることが前提になっているのが理由 と推察される.
・加工・編集・統計処理が可能なデータ形式によ る提供のニーズが高い.情報の利用方法として,
他の情報との重ね合わせ,統計処理,加工・集 計やシミュレーションなどの回答が多く見ら れる.このため,PDFや画像形式などではなく,
加工・編集・統計処理が可能なデータ形式によ る提供が強く求められている.
・提供情報の更新への関心が高い.提供されるデ ータの更新情報(更新時期,更新履歴,更新通 知など)を把握したいニーズが高い.実際に,
設問 4 では,「情報の更新頻度が分からない」
の回答が58%と半数以上を占め,加えて「いつ
作成されたデータかが分からない」および「利 用する情報が継続的に更新され続けていくの かを知りたい」の回答が50%以上となっている.
また,ボーリング情報,空中写真やレーザプロ ファイラなどによる微地形データをはじめ,調 査・測量結果としての情報の利用ニーズが高い ことからも,更新情報の必要性を読み取ること ができる.
・全般的に,分野横断的な各種情報の流通に対す
るニーズが高い.データの利用者は,多岐に渡 る情報の所在や入手方法の違いのために,情報 入手に困難を感じていると推察される.そのた め,横断的な情報を総合的に検索し,ダウンロ ードできるような情報提供サービスが求めら れている.具体的には,情報が流通しやすいよ うにデータの形式および情報の様式を統一す ることや,情報の一括ダウンロードサービスな どの要望があげられている.
・データの権利関係や無償提供,品質・信頼性の 確保に関して危惧する意見が多い.設問4の調 査結果からも,データの利用者は権利関係に敏 感になっていることが見て取れる.また,情報 の信頼性(品質や精度)に関する回答も多く見 られた.提供する情報そのものに加えて,品質 や精度に関する情報も併せて提供することが 求められている.
5. おわりに
本研究では,産業界を対象に,国土交通分野の 地理空間情報の利用に関するニーズ調査を実施 し,要望の高い地理空間情報や利用に際しての課 題などを明らかにした.
今後の取組みとして,本研究で得た成果を国や 他の関係団体に提言し,産業界からの視点から,
地理空間情報プラットフォームの重要性や必要 な機能を具体化するなどの整備促進に寄与する ことが挙げられる.このため,情報提供者の観点 に立った情報提供を円滑に進める方法や,具体的 な流通方法,提供された情報の管理方法などを明 らかにしていくことが,今後の課題である.
謝辞
本研究を遂行するにあたり,アンケート調査に 回答してくださった各業界団体および民間企業 各社,東京大学空間情報社会研究イニシアティブ 寄附研究部門の地理空間情報プラットフォーム タスクフォースのメンバには多大なるご協力を 賜った.ここに記して感謝の意を表する.
参考文献
・地理空間情報活用推進基本法(平成十九年五月 三十日法律第六十三号).
・国土交通省(2007)ICTが変える,私たちの暮 らし〜国土交通分野イノベーション推進大綱〜
・内閣府(2007)イノベーション25.
・小林亘,小原弘志,橋本裕也,成田一真(2008)
社会資本管理のための空間情報連携共通プラ ットフォームの構築に関する研究,土木情報利 用技術論文集,Vol.17:pp.257-262.