英語の音素頻度
著者 乾 隆
雑誌名 英語英文学研究
巻 8
ページ 75‑80
発行年 2002‑09
出版者 東京家政大学文学部英語英文学科
URL http://id.nii.ac.jp/1653/00009641/
英語の音素頻度
乾 隆
1.はじめに
日本語は「ん」などを除いて、一っの子音の後には母音が続く開音節言語 であるのに対して、英語は子音連続を許しかっ子音で音節を閉じることが多 い閉音節言語である。したがってstrike, spritのように二っ以上の子音が 連続することも珍しくない。また、飛行機の目的地を表す略称にJapanを JPNだけで表すように、子音だけでも表示上意味がわかることもある。こ のようなことから英語では日本語以上に子音が重要な働きをしているのでは ないかと思える。
子音の中でも[1][r]の区別は日本人が不得意と言うことで有名であるが、
意外にできないのが[j]の発音だと言われている。[1][r]の場合は日本人自身 が不得意であるとの自覚があるので、発音する際に意識して矯正することが できる。ところが[j]の場合は自分ができていないとの自覚がないのでyear をearと同じに発音したり、 yesを[ies]と発音して全然気にしない。これは
[j]を[i]と発音しても文脈上あまり誤解が生じなかったり聴き取りの上でも あまり問題にならないからであろう。
[j]の他の子音で、日本人の学習者が不得意の自覚がないものに、無声歯 茎閉鎖音の[t]ある。この音は発音と聴き取りの両面で日本人学習者には困 難であると思われる。
[t]が日本人学習者に発音上困難な原因は日本語の「た」行音の類推によ る。日本語の「た」行音は「ち」を除いて歯音である。英語の[t]もth音の 前では歯音になるが、基本的には歯茎音である。聴き取りの面での[t]の困
難点は、この音が環境に応じて音変化をする点である。たとえば、アメリカ 英語では、water, letter, butterなどの[t]に見るように母音間に挟まれ、
後の母音に強勢がない場合[t]は有声化され、日本語の「ら」行音に似た歯 茎弾音になる傾向が強い。イギリス英語では、この音声環境で[t]は声門閉 鎖音になることがある。また[t]を含めた閉鎖音は、後続音が閉鎖音や摩擦 音の場合、あるいは文末の場合、呼気を解放しない非破裂の場合が多いので、
この点も聴解上困難点となる。
筆者はどのくらいの頻度で母音間に挟まれた[t]の有声化が起こるか調べ てみた。すると語中のみならず、Put it in.のように語の境界を挟んだ場合 でも、punctuationがない限り、上記の条件さえ満たせばほとんどの場合、
何らかの有声化が生じていることがわかった。
この調査はNHKのラジオ英会話のテキストを使ったのであるが、手順と してはスクリプトで該当する音環境を特定してから、準拠の音声教材(CDロ ム)で一箇所ずつ音変化の有無を調べたのである。
この過程で、スクリプト中[t]の音声に該当する箇所が他の音声に比べ頻 出するような気がした。もし[t]が特別に頻度が高いなら、上記の音変化が 生ずる環境の頻度も高くなるであろうから、日本人にとって要注意の音とし て、重点的に指導する必要性を感じ、英語の各音素の分布にっいて調べるこ
ととした。
2.調査資料
標準的なアメリカ英語の教材として、NHKラジオテキストの2001年度の 4月号を選んだ。選択の理由は、日本の一般の英語会話学習者が最も利用す る教材であること、特に4月号はテキストの販売部数が年間を通して一番多 いそうである。また、モデルのネイティブスピーカーが複数名で個人的な偏 りがなく、速度や発音の面からも極めて自然な英語に近いと思われたからで
ある。
テキストの内容は一週間分でひとまとまりの話になっている。調査に使っ
たのは対話分の部分だけで、卜書きや解説の部分は使わなかった。調査語数 は延べ1,305語となった。ただしllm, that sなどは2語と数え、否定形の don°t, can tなど辞書で見出し語扱いされているものは一語と数えた。
3.調査手1順
まず、全テキストを発音記号に書き直した。書き直すのは原則として辞書 に載っているcitation formで行ったが、冠詞、前置詞、接続詞などの機能 語は文脈に応じて弱形の発音記号を用いた。音素の設定は、概ねLadefoged
(2001)に依ったが、3重母音[ai司などは採用しなかったし、表記も研究社の
『英和中辞典』のものに統一をした。また[ts][dz]の破擦音を独立した音素 として扱った。
この方針で発音記号に転記したテキストの音素を一っ一っ数え上げて表に まとあた。
4.調査結果と考察
4.1 母音の各音素の頻度
母音は延べ数で1,780個出現した、頻度の高いものから並べると次のとお りである。
1.0 2.i
3.a(:)
4.e
5.i:
6.ai 7.A
338 (19.0%)
327 (18.4%)
185 (10.4%)
132 ( 7.4%)
130 ( 7.3%)
112 ( 6.3%)
102 ( 5.7%)
8,ju:
9.ei 10.ee 11.ou 12.α
13.0 14,0:
68 ( 3.8%)
63 ( 3.5%)
61 ( 3.4%)
50 ( 2.8%)
43 ( 2.4%)
38 ( 2.1%)
37 ( 2.1%)
15.u:
16.u 17.au
18.α:
18.oi
34 ( 1.9%)
25 ( 1.4%)
25 ( 1.4%)
5 (0.3%)
5 (0.3%)
mid−central vowelである[e]の頻度が断然高いことがわかる。英語は強 勢のない母音は曖昧化してこの音になる傾向があるので、これが最も頻度が
高いことはうなづける。次に頻度が高いのはhigh−front vowelの[i]である が、この音も緊張を伴わない弛緩母音(lax vowel)である。3番目に頻度が高 いのはmid−central vowelの[a(:)]であるが、これはアメリカ英語に特徴的 な母音でr音化されたschwaと呼ばれる、一番頻度の高い[e]に比べてかな り強い音であり、異なる音であることに注意しなけばならない。なお[a]に っいては乾(1997)で詳しく述べた。これら3っの音素の頻度を足すと47.8%
となり、母音のほぼ半分を占めることになるから驚きである。
日本人の英語学習者にとっては極めて英語的と思われる[ae]の頻度は意外 に低く3.4%であった。
二重母音は全体で18.1%で、単純に考えると母音の1/5は二重母音という ことになり、やはり無視できない頻度である。
4.2 子音の各音素の頻度
子音は延べ数で2,263個出現した、頻度の高いものから並べると次のとお りである。数値は出現回数と母音全体に占める百分率である。
1.t 2.n 3.s 4.1 5.d 6.m 7.6 8.b 9.Z 10.v
349 G5。4%)
295 (13.04%)
176 ( 7.9%)
15翼 ( 6.7%)
139 ( 6.1%)
128 ( 5.7%)
109 (4.8%)
104 ( 4.6%)
96 ( 4.2%)
90 (4.0%)
11.h 12.w
蓋3.f
14・P 15・9 16,0 17.ts l8.∫
19・t∫
20.d5
68 ( 3.8%)
63 ( 3.5%)
61 (3.4%)
50 ( 2.9%)
43 ( 2.3%)
38 ( 2.2%)
37 ( 1.9%)
37 ( 1.9%)
37 ( L5%)
37 ( 1.4%)
2Lj
22.θ
23.k 24.dz 25.5
34 ( Ll%)
25 ( 1.1%)
25 ( 0.5%)
5 (1.2%)
0 (0.0%)
調査前に予想した通り[t]の頻度が子音中15.4%と大変高いことがわかっ た。しかも,母音も含めた全音素中でも[t]が最も頻度が高いことは、筆者に
は驚きであった。同様に、歯茎鼻音[n]が13.0%で2番目の高頻度であるこ とも、見過ごし易い点であろう。3番目の無声歯茎摩擦音[s]の7.8%は複数 形態素や三人称単数現在形の形態素の一一sの発音などから推してうなずける気 がする。以下[1]6.7%、[d]6.1%と続くが、これら上位の5位までの音素で 子音全体の約50%を占める。
この5っの音素を調音方法の観点から見ると、順に閉鎖音、鼻音、摩擦音、
接近音(側音)、閉鎖音であり、各種の調音方法の代表選手が頑張っている ようで面白い。
一度も出現しなかった[]は、単独で出現するのはgarageなど、限られ た外来語の中だけあり、英語ではほとんどの場合破擦音として[d]と共起し て、[d3]として現れる。頻度は低いが日本人には[3]と[d3]の区別が付かな い者が多いので気を付けなければならない。
子音全体で、調音方法毎に頻度を見ると以下の通りである。閉鎖音が一 番頻度が高いのであるが、顕著と言えるほどではなく、英語は比較的平均し て各調音方法を使う言語と言えよう。破擦音が少ないのは、これは閉鎖音と 摩擦音が並置されたものと考えれば、それぞれの調音方法に吸収されるので、
特に注目すべきことではない。
閉鎖音 31.9%
摩擦音 27.1%
鼻音 20.9%
接近音 15.2%
破擦音 5.0%
4.3 母音と子音の割合
(p,t, k, b, d, g)
(f,0,S,∫,V,6,Z,S)
(m,n,0)
(1,w,j,h,r>
(tS, dz, ts, dz)
全音素の延べ数は4,043であり、そのうち母音の延べ数は1,780(44%)、子 音の延べ数は2,263(56%)であり、子音の方が母音よりおよそ1割多く出現 することがわかり、英語は子音中心の言語であることが裏付けられた。
5.まとめ
本論では、口語英語の音素分析をおこなった。分析資料の延べ語数は 1,305語と比較的少ないが、本論で得られた数値の割合の傾向は、調査を開 始したときとほとんど変化がなかったので、全体のサンプル数を増やしても、
各音素が占める割合に大きな変動はないと思われる。
英語教育の観点から考えると、母音ではschwa[e]やhooked schwa[a]な どがうまく発音できないと、これらは頻度が高い音なので、英語らしく聞こ えなくなることがわかるし、子音では無声閉鎖子音の[t]の頻度が高いので、
注意を要することがわかる。逆に、最初に述べた[j]は頻度がかなり低いの で、あまり神経質にならなくても良いのかもかもしれない等といったことが、
この分析から示唆される。
参考文献
乾隆(1997)「r音化されたschwa」『英語英文学研究』第3号、東京家政大 学英語英文学会.
竹林滋、斉藤弘子(1998)『英語音声学入門』大修館書店。
Blakemore, Diane(1992), Understαndingσtterαnces, Blackwell Publishers Ltd.
Bradford, Barbara(1988),1ntonαtion in Context, Cambridge University Press.
Brown, Gillian(1993), Listening to Sρohen English. Longman.
Catford, J. Cunnison(2001), APrαcticαl Introduction to Phonetics,
Oxford University Press.
Ladefoged, Peter(1993),.4 Course In Phonetics, Harcourt Brace Jovanovich College Publishers.
Cruttenden, Alan(2001),απLsoη1袷Pronunciαtion of English, Arnold.