康有為『康子内外篇』の思想史的意義――「天欲」
と「人理」――(上)
著者 冨田 昇
雑誌名 東北学院大学論集. 一般教育
号 89
ページ 103‑140
発行年 1987‑11‑30
URL http://id.nii.ac.jp/1204/00024093/
目次
はじめに︵上︶
第
一
一一一
一一
-- -﹁康子内外
- 9の世界観﹂
l-
↓
基本的構造C :0基本的意義
第二章西洋自然科学の受容:
- :
-
↓
康有為の他の著作l- :
︶
進化論の受容国西洋医学説の受容
〇明末清初西洋医学説の受容 康有為﹁康子内外篇﹂の思想史的意義
103
-
1康 有 為 ﹃ 康 子 内 外 篇 ﹄ の 思 想 史 的 意 義 l ﹁ 天 欲 ﹂ と ﹁ 人 理 ﹂ 1 ︵ 上 ︶
冨 田
昇
東北学院大学論集
一
般教育第八十九号︵
b---- f末近代西洋医学説の受容︵
1︶ 一
般的情況︵
2︶
基本的文献第三
一
軍﹁康子内外- 9﹂の秩序観︵下︶一 一
:理
-塑人
︵
a︶
欲望観及び民衆観︵
b︶
仁-不忍人之心おわりに
104
2
-
はじめに
︵1︶近年ようやくその全体が
一
親一
一︿一るようになった康有為︵ 一
八五八-一九二七年︶ ﹁
康子内外篇﹂
十五篇は︑康の自編年譜に従えば︑光緒十二年
︵ 一
八八六年︶
から翌十三年にかけて著述された﹁
内外康子篇﹄︵
また単に﹁内外爲﹂︶
に︒
知為の期思想形成上康最有力資料で考れ有初当在す思現れえでなるある︑ろまわを相︑
のでらととるもるとこ ︶︶︵︵ 23同書は︑自編年譜に
﹁
内篇は天地人物の理を言い︑外篇は政教藝樂の事を言う﹂
とあるように︑内外篇の区別は明瞭ではないが
︑
何より世界観の書である︒特に注意されるのは︑その執筆時期︵ 一
八八六;七年︶が変法論の嚆矢として知られる康の第
一
上書︵ 一
八八八年︶
とほぼ対応し︑しかもその内容が同上書失敗を契機とする今文経学説導入以前の
︑
初期思想形成の原像を示していることである︒小論の日的は︑同書の世界観を検討し︑康の初期思想形成における特質を考察することにあるが︑さしあた
り第
一
上書を分析し︑内外篇執筆の思想的背景を明らかにしておきたい︒さて︑康有為を布衣上書に踏み切らせたのは︑
﹁
強隣外に四逼し︑教︵
奸︶
民内に乱を蓄う﹂
とあるように︑琉球・安南等の旧朝貢国喪失後
︑
とくに清仏戦争︵一八八四 ;五年︶敗北後に顕在化してくる外国資本主義列強の中国本土に対する侵略の企図
︵
日本の対朝鮮進出︑英国の対チベット進出︑一 一
シアのシべリァ鉄道延長など︶︑及び教民・
会党
・
窮民らによる内乱-
農民蜂起再発の可能性に対する切迫した危機感であった︒
- 3
-
しかし康は︑内憂外患に対処し得ぬ内政の細紀弛緩よりはむしろ︑その頂点に立つ皇太后︵西太后
︶
と皇上︵光結帝
︶
の政治に対する意欲と関心の欠如︑っ
まり天下万民の保全に対する責任感︑自覚の甘さを間題の本源と捉え︑その責任をきびしく追求した上で︑
﹁
聖心﹂
の密起による変法自強︑即ち内一 一
愛外患を克服すべき富強の実現とその陣害となっている伝統的政治制度の変革を強く迫るのである
︒
このように第
一
上書は︑
変法︵
変成法・通下情・領左右︶
を提言した点で画期を成すが︑その本質的意義は︑変康有為﹁康子内外篇﹂の思想史的意義
l 0 5
東北学院大学論集一般教青第八十九号
法の政治的主体として皇太后
・
皇上u
皇帝権力を明瞭に提示し︑また上書-1
直言極諌による﹁
聖心﹂
の覚醒を︑
一
布衣たる自己の責務として康が明確に自覚したことにあった︒
即ち︑第一
上書︵ 一
八八八年︶
において日清戦争
︵
一八九四-五年︶
以後の上書活動の原型と変法思想の基軸が形成されたのである︒
ところでこうした康の士人
1
経世済民意識の形成に注目する時︑ ﹁
自編年譜﹂ ︵
後年の回想で全面的には信用できない
︶
の記述が参照されよう︒
それによれば︑注目すべき転機が郷試失敗︵ 一
八七六年・十九才︶
後より従学していた朱次琦の門を光緒四年
︵ 一
八七八年︶
に辞去する際に訪れている︒
即ち康は﹁
靜坐養心﹂
に入つたおりに
﹁
忽ちにして天地萬物皆我と一
體︑大いに光明を放つを見て︑
自ら以て聖人と爲せば則ち欣喜して笑う︒忽 ちにして蒼生の困苦を思えば則ち悶然として哭す﹂
経験をした旨を記しているが︑ここで康は︑宇宙生命と自 己との本来的一
体性に覚醒することにより︑
万民の困苦を救済し︑その生々を保全することを自己の責務と自覚したのである
︒
そしてこの万物一
体観に基づ︿経世済民意識の噴出が︑
実践的契機に欠ける考拠・
八股等の伝統的学間
へ
の不満を爆発させ︑
同時に香港︵ 一
八七九年︶ ・
上海︵ 一
八八二年︶
遊覧を機に︑西洋の文物制度に対する関心を高め
︑
自然科学を中心とする西学の精力的学習を促す所以となる︒
そして光緒十年
︵ 一
八八四年・二十七オ︶
に至り︑
西学の成果を通して得られた万物斉同観︵
顯徴観-大小齋同︑電機光線1久速常同
︶
に基づき︑
相対差別に苦悩する衆生を︑平等至公の極楽太平の世界へ
救済すべく志した旨が記され
︑
ここに大同的意識の萌芽的形成が︵
指摘されている通り︑
後年の仮託であろうが︶
告げられる︒
-
4-
l06
小論は
︑
ほぽ以上のような見通しに立つて︑以下に内外篇を分析し︑
康の初期思想形成における特質を明ら康有為
﹁
康子内外f 9﹂の思想史的意義107
っ
まり︑
康は︑万物一
体観に基づく経世済民意識の喊出︵ 一
八七八年・二十一
才︶
に促され︑
独り思想的棋索を続けていたが
︑
清仏戦争︵ 一
八八四-五年︶
敗北に強い衝撃を受け︑
更に四年を経て第一
上書の提出︵一
八八八年・三十一才
︶
に踏み切つたのである︒
その課題は︑
内に農民蜂起を防ぎ外に列強の侵略に対抗すぺく︑
富強の実現 によって王朝体制の再建強化を図ることにあったが︑
その際︑伝統的政治制度の改革︵
及び伝統的思想学間の転換
︶
を正面に掲げ︑その主体として皇帝権力を明示し︑ ﹁
聖心﹂
の覚醒を一
布衣たる自己の責務と自覚することによって
︑
大官僚層に主導され西洋軍事技術の導入模倣にとどまった洋務運動の枠を︑明らかに越えたのである
︒
即ち︑
ここに西洋政治制度に範をとる制度変革とその主体を明示する変法自強論の骨子が︑
先駆的に形成されたのである
︒
とするなら︑第
一
上書の成立を背景とし︑
それに先行する﹁
康子内外篇﹂
は︑
いかなる思想的課題を負つて思想形成の起点に位置しているのであろうか
︒
西洋自然科学と政治制度の導入︑体制教学批判︑
万物一
体観の展開- :・等々︑
.西学の受容と伝統思想の転換を通して
︑
救国1
富強の実現をもたらすぺき変法それ自体の正当化根拠
︑
いいかえれば個々の具体的政策論を根底で統一
し支持する変革の基本的理念I
新たな秩序原理が︑旧来の聖人観︑伝統秩序観の転換を軸に︑模索されたことであろう︒
-
5-
東北学院大学論集一般教育第八十九号
かにすることを通して︑
察したい︒ その思想史的意義-先駆的変法論の基礎をなす伝統的秩序原理転換の構造と意味を考
108
注
'
i
、﹁康子内外用﹂は︑- ll-貴願﹁萬木革
一
一一一
H過稿外編﹂︵台湾︑成文出版︑一九七八-︶に全て十五篇が収録されたが︑同- l -
の﹁国
ll l
a
篤﹂より﹁覺識篇﹂
に至る前半の九-lfは︑﹁満議報﹂第十一
︑十三︑十五︑十七︑十八fl l l︵光解二十五年︵一八九九︶三月 l五月︶の
﹁
支那哲學﹂
制に掲一
一一 一
一されている︒因に内外備の研究に先鞭をっけられた坂出祥仲氏︵﹁
威有為初期の思想1﹁康 子内外一爾﹂の考察1﹂一
中中 西
国大
近学代
の
i
思学1
置
!論料延
量第
量同三
i1 :
l合一1ljl
出 。 版第
一
i
一fし 、
八
̲
三九年 八
所
11i
収年
、
一
後及 'び﹁康有為ュートビアの開花﹂
︵
M英によれば︑
一
將氏が依拠したのはスタンフォード大学フーバーインスティチューシgン所蔵の﹁
康有為通稿﹂
︵マイクnフィルム︶に基づくという︒本密の執整時期にっき考証してぉくと︑第一上書失敗後の長興里における識学の指針を示した﹁長興學記﹂︵光結十七年︑一八九一年︶は︑廖平の今文学説︵﹁知整
一 一
:一
﹂など︶を測窃したおよその年次とされる一八八九-九〇年より以後の著作であ るが︑それに見える性論は︑本書に見える性論と基本的に共通した見解を示している︒しかし︑﹃長興學記﹂は︑早くも 孔子改制や劃飲の古文経偽造について言及し︑明らかに今文経学の影響を受けているのに対し︑本一一
一一
一一
には︑今文経学の 影響を直接に示す記述がほとんど見当らない︒従つて︑少なくとも本- l l-
は
一
八九一年より以前の執 : l一 一 一
であることを一
期わせると同時に︑今文経学の影響を受ける以前の最初期の思想構造を示しうる時点に位置している︑といえょう︒また執- ll-時期の上限に関しては︑本一一
一
一-l -
には-三年而規棋成︑十年而本末舉︑二十年而爲政於地球︑三十年而適化成矣︒於以
一 一
ョ一 :i一・
一
'不之償恥︑恢華
;
ll-之聲数︑存里倫於將根︑維王数於漸隊一︑威乎威乎 '千收一時也︒︵国- f
- l l-
︶
-
6-
第
一
章﹃康子内外篇﹄の世界観H基本的構造康有為は︑
﹁
天地の理︑陰陽のみ﹂
︵温熱一 一一 一 ︶
︑﹁
:・天下氣質を舍きて豈に異物有らんや﹂ ︵
愛悪一 一 一 ︶
︑﹁
天地の若き1 0 9
康有為﹁康子内外
一 一一 一
﹂の思想史的意義 という :執一
一一 一
︐年次を推測させる記述が見えるが︑その表現は︑第一
上密の-講求變法之宜︑而次第行之︑精神一變︑歳月之間︑紀紹一
變︑十年之内︑富張可致︑至二十年︑久道化成︑以恢一屬地而雪仇恥不難矣︒という記述と比較的類似性のあることが︑指摘されよう︒本書は恐らく一八九一
年より以前の︵っまり日清戦争敗北︵一
八九五年︶より以前の︶執
一
難であり︑しかも第一上書との類似も一応認められるから︑﹁
祖宗之憤恥﹂
という記述は︑清仏戦争の敗北を意識した表現とみられよう︒従つて本書執筆の上限も恐らく一
八八四-五年以後のことと思われる︒以上により︑本書の執証- l-時期は︑後年の加筆- l l-正の可能性がないとは言いきれぬが︑ほぼ自編年諾の記述に従い︑一八
八六-七年前後としてよいであろう︒﹁萬木草堂通稿外編﹂には︑青年期の思想形成を示す資料として︑他に﹁民功解﹂﹁賀理公法全密﹂等が収録されている︒﹁民功篇﹂は︑人類の社会進化に関する資料を古典から収集し︑これに康の評語を附したものであるが︑同-l-中既に r大同之世﹂︵
一
〇六一⁝一一
一︶の一路が見える︒また﹁ E一a
一
理公法全書﹂は︑康の﹁自-l 9年譜﹂に見える﹁人類公理﹂︵光結十一年︵一八 八五︶-理十二年︶1大同一響の原形とされる1との関連がっとに指摘されているが︑坂出氏も指摘するように︑同
﹇
l-中に r按西暦一千八百九十一年巴黎版籍所列-﹂
とみえ︑しかもその用語に日清戰争後多用されるものが含まれている︒総じて 前二一
M一 一
は比較的後年の資料に属するものと思われ︑今のところ︑最初期の主たる著作と見なし得るのは︑﹁康子内外篇﹂だけのようである︒
-
7-
東北学院大学論集
一
般教育第八十九号 は則ち光電熱重相摩し相化すのみ︑
何ぞ所調る理あらんや﹂ ︵
理氣構︶
と述べるように︑明らかに所調る気の哲学の立場に立ち
︑
天を気=
自然とみなしている︒それ故︑﹁
夫れ性とは︑
氣質の發する所:::響えば附子の性は熱
︑
大黄の性は涼︑
氣質の之れを爲すが如きなり﹂ ︵
愛悪篇︶とあるように︑
性を気質に規定された人や物の天性自然の素質として捉える
︒
人も﹁
陰陽之氣﹂
を票けて生まれ︑自然の所与︵
天所先與︶
である血気と心知から構成されるが︑この血氣
︵
形・質︶ っ
まり肉体を有するため︑ o
凡そ血氣爲るの倫︑必ず欲有り-︵
不忍篇︶
〇-故に欲とは
︑
天なり︒︵
理氣篇︶ o
人性の自然とは︑
食色なり:・︵
性學篇︶
とあるょうに
︑
生物生命体として必然自然に生存︵
食色︶
欲をもっ︒と
一
︐ -これに対し︑人のもう
一 っ
の自然である心知1 1 ﹁
智﹂
は︑︵
心の︶
内に無形で存まっているが︑
肉体︵
質︶
の司一
の・一一・一一・る生命作用︵
食味・別聲・被色︶
において︑
適﹁
宜﹂
なものは﹁
愛﹂
み︑﹁
不宣﹂
なものは﹁
悪﹂
うとぃう︑プリ︐
l︐ o・・n :ミティプな反応を
︑ ︵
心の︶
外に発す︒
いいかえると︑
愛悪の発動根拠が︵
心の︶
内なる﹁
智﹂
︑即ち﹁
性﹂
で あり︑その︵
心︶
外における発動状態が﹁
情﹂
である︵
以上﹁
愛悪爲﹂ ︶ ︒
このように愛惡の情は︑本来生理的な反応
︑
感覚のレベルにあるが︑欲とは
︑
愛の徴なり︒
喜とは︑愛の至りなり︒樂とは︑又た其の極至なり︒哀とは︑
愛の極至にして得ざる︑
8
-
1i0
即ち所謂る仁なり
︑
皆陽氣の發なり︒怒とは︑悪の徴なり︒
一體とは︑
悪の極至にして得ざる︑
即ち所謂る義なり
︑
皆陰氣の發なり︒ ︵
愛悪篇︶
とあるょうに︑その発動状態に
︑ ﹁
喜欲樂哀﹂ =
愛之一一
刷︑﹁ 一
體怒﹂ - 1
惡之一屬と措定されるような︑
複雑な起伏・
バリェイションが生ずる段階になると
︑
それは哀躍-1
仁義をピークとする高度な人間的感情のレベルに達する︒
要孩は沌純にして
︑
愛悪有るも哀一
體なし︒
故に人の生まるるや惟だに愛惡有るのみ︒
哀一 一
mの生ずるや︑
人のl-智自り出ずるなり
︒ ︵
愛悪篇︶ っ
まり︑
人間は︑智︵
性︶
の発達段階や︑
後述するょうな智の生来的な資質程度に応じて︑情の発動に相対的な段差を生じるのである︒人の初生より固有なより生理的
︑
感覚的な情の発動を愛悪︑
知能の発達に伴うょりメンタルな情の発動を哀Mn
一1 1
仁義とよび︑
この両者は︑﹁
人の生有る︑愛悪仁義是れなり﹂ ︵
愛悪一 一
用︶
とあるように︑人の智的営為の全体を覆うのである︒
さて
︑
以上に明らかなょうに︑天-
自然の一
物とされた人間は︑その智的側面においても︑性︵
智︶
情︵
愛惡仁義
︶
の体用関係が︑
気の自らなるメカ一一
ズムとして機能的に把握されることで︑依然として天の領域にあった︒それ故︑性情自体は︑
﹁
所調る善悪無き﹂
ものとあるように︑
人為的な価値の領域から分離され︑
善悪の価値判断に関らぬ無記性なものとされる
︒
のみならず
︑
この人間に固有かに見えた智・
愛悪の体用関係は︑
康有為﹁康子内外
一 一
開﹂の思想史的意義lii
-
9東北学院大学論集
一
般教育第八十九号o
然りと雖も︑愛悪仁義は惟だに人心之れを有するのみにあらず︑
禽獸の心と雖も亦た有す︒ :-豈に徒だに禽獸のみならんや
︒
草木も亦た愛悪有り︑特だ愈々徴なるのみ︵
愛悪篇︶ o
蓋し氣質窮する有れば︑
智も亦た窮する有り︑
而して哀體も亦た窮する有るなり︒︵
同右︶ o
智無ければ則ち愛悪無し︒ ︵
同右︶
とあるように︑禽獣
︵
愛悪仁義︶
︑草木︵
愛惡︶ ︑
から無生物︵
愛惡︶
をも含め︑万物に普遍的な個別性の原理として
一
般化される︒112 いいかえれば︑万物に共通し共有される究極の構成要素である気
︵
質︶
が︑個々物々に智を限定することを通して︑物の個別性を決するということである︒こうして個物からすれば︑個別性の直接的根拠となる智
・
愛悪は
︑
その万物へ
の遍在が確認される時︑人と物︑人と人とを平等視する契機となるが︑その反面︑﹁
其の愛悪大なる者は︑其の智の大なるを見︑其の愛悪少なる者は
︑
其の智の少なるを験す︑
皆氣質之れを爲すなり:・﹂ ︵
愛悪篇
︶
とあるように︑気質に限定された相対的格差の発生が承認される時︑
万物に種別区分を与える差別性の根拠ともなるのである
︒
それ故に︑人と禽一獣が異なるのは
﹁
其の智において異なるのみ﹂
とされるのは︑人の智が気質に限定されて-
10-
強大であり︑万物に隔絶した秀逸性をも
っ
ことをとらえてのことである︒
だから︑o
其の智愈々推して愈々廣ければ︑
則ち其の愛惡愈々大にして愈々節有り︒是に于て政教禮義文章生ず︑
皆智の推なり︒
︵
愛悪篇︶
〇--惟だ智無し
︑
故に禽獸に安ずるのみ︒
人惟だ智有れば︑
能く飲食宮室衣服を造作し︑之れを飾るに禮樂政事文章を以てし
︑
之れを條するに倫常を以てし︑之れを結するに義理を以てす︑
皆智の來なり︒ ︵
仁智病︶
とあるように︑人は票受した強大な智
︑
即ち理智の所産として︑人にのみ固有可能な作為・
価値の世界︑っまり物質文明と社会秩序を形成するのである
︒
いいかえれば︑ ﹁
若し欲無ければ︑則ち惟だ死するのみ﹂ ︵
不忍一爾︶
とあるように︑天与の自然である食色の
﹁
欲﹂
は︑
本来禁絶不能であり︑
むしろそれは遂げさせるべきものであるが
︑
人のみ︑智の所産として1 ︵ っ
まり自然を変容加工し︑
新たな物的価値を創造する固有の生産能力の所産として
︶ 1 ﹁
飲食・
宮室・
衣服﹂
等の物質文明を開花発展させ︑
個体の生命的欲求をより積極的に充足させうるのである
︒
他方︑
﹁
欲有れば︑
則ち之れを縱いままにせざるは莫し﹂ ︵
不忍爲︶
とあるように︑人性の自然である食色の欲は
︑
本来きゎまりなく︑人情の自然である喜怒哀楽は︑
本来むきだしのままであるが︑
人のみ︑智の所産として
︑
この内なる自然本性に﹁
逆﹂
らい︑それを﹁
節﹂
制し︑情欲に秩序を与える固有の自制能力︑
即ち﹁
学﹂
を備えており︑人はこの
﹁
学﹂
を方途として︑﹁
禮樂・
政敎・
倫理﹂
等の規範・
秩序を設定遵守することによって︑
康有為﹁康子内外篇﹂の思想史的意義
li3
-
1i-
C :-
︶
基本的意義彼の基本的世界観とは大体このようなものである︒ここで
︑
その思想史的意味をひとまず整理しておく︒康自らも︑例えば
︑
-程朱は則ち以て性は本善
︑
其の悪なる者は情なりと爲す︑
皆性情を知らざる者なり︒︵
愛惡一用︶
等というように︑本書を通読するとその世界観が程朱の所調る理学を意識し
︑
それに対抗して構築されたこと 東北学院大学論集一
般教育第八十九号社会秩序を形成するのである︒
夫れ人の形有りて而る後に智有り
︑
智有りて而る後に理有り︑理とは︑
人の立つる所なり︒ ︵
理氣篇︶
人は︑智を根拠に
︑
人の作為において自然を加工し︑己の内なる自然をょり積極的に遂げっつ︑
しかもその欲望追求に節度を生じ
︑
人倫秩序- 1 ﹁
理﹂
を形成する︒しかし︑
それは﹁
天理﹂
即ち天与の先験的規範ではなく︑人の智に基づく後天的作為の結晶としての
﹁
人理﹂
であった︒
更に︑人間本性は︑本来相近く
︑
善悪の価値判断に関らない自然の素材であるが︑﹁
学﹂
と﹁
習﹂
即ち後天的人為に属する修養と反復習慣のいかんに規定されて︑相違き度量の格差を生ずるのである
︒
また後者の﹁
習﹂
︑っ
まり人為・
人事の積み重ねの結果として︑人の価値領域において善悪の相違が生ずるが︑﹁
善﹂
とはもとより﹁
天理﹂
にはあらざる﹁
人事之宜﹂
であった︒︵
愛悪篇︶
-
12-
1i4
性として読み換えられ
︑
むしろ積極的に肯定された︒康有為﹁康子内外一用﹂の思想史的意義 は明らかである
︒
この理学は︑形而上の理を万物の構成要素である形而下の気に優位させ︑理を気の主宰とするが︑人間観においても
︑
天の権威に保証された本来性としての﹁
義理之性﹂
︑っまり天の道徳賦命として先天的に人間本性に組み込まれた
﹁
仁義礼智︐ T
封建倫常を︑
先験的﹁
至善﹂
とする︒
またそれは︑気質と結合した現実態としての
﹁
気質之性﹂
及びそれに固有の﹁
情欲﹂ ︑ っ
まり道徳本性の発現を阻害し倫常秩序にもとる私的欲望に
︑
悪へ
の契機を認めていた︒即ち︑
天に人間の道徳根拠を求め︑気・
情欲に規範秩序からの逸脱の不可避的可能性をみ
︑
気質の変更是正による本性へ
の復帰を説くところに︑
理学的特色があるが︑ ﹁
天理を存して人欲を去る
﹂
とは︑
正にその口号であった︒
これに対して康は︑まず天を気
u
自然と提え直すことで︑道徳規範の根源とされた天の理法的権威性を否定した
︒
これと表要して︑性は気質に規定された個物の天性自然を意味することになり︑かくてそれは先天的な道徳賦命としての意味を失い
︑
先験的な善の価値規定から自由となり︑
総じて機能ないし素材自体として無記的に把握されるに至る
︒
こうして︑
程朱理学において最も基本的な構造をなしていた﹁
天理1
人性﹂
の結合が根底から分断され
︑
人は気=自然の一
物として︑
天理の束縛から解き放たれるのである︒ここに︑この新しい世界観を支える哲学的基軸が︑気を拠点として
︑
性情の構造的意味転換を図ることによって構築された︒
即ち︑従来︑気の所成として悪
へ
の契機をはらむとされた人欲1
情は︑
自然必然の人間本然の発露︑
っまり天欲1
人-
13そしてこの性
u
智の発動状態を示すのが﹁
情﹂
であるが︑その意味内容にっいても転換が図られている︒
注目すべきは︑
﹁
愛惡﹂
という個物にとっての適・不適を属性形成の根本的契機とみなす即物的観点に立脚し︑これまで封建倫常の要に位置づけられていた仁義を
︑
それを愛悪に連動させることによって︑気=
性=智の発動である
﹁
情﹂
のうちに吸収したことである︒
こうして仁義は愛悪と対を成して情の内容を構成し︑
更にこの両者は︑万物の属性を包括する最も基本的な範時となり
︑
人間にあっては感覚︵
愛悪︶
感情︵
仁義︶
など︑心身作用に関る機能を意味し
︑
それ自体はニュートラルなものとして把握されていた︒そして人間の万物に対する秀逸性の根拠とされたのが︑気
1 1
自然の所為として人間にのみ高度に発達した強大な知能
I
総じて﹁
智﹂
であった
︒
具体的には︑人の自然本性である欲望をより積極的に充足させる︵
外の︶
自然に対する能動性としての生-
14-
東北学院大学論集
一
般教育第八十九号次いで︑天理
1
人性の内実である四徳︑
五常の一 っ
として︑仁に統轄︵
仁之分別︶されるに過ぎなかった﹁
智﹂
が
︑
気質=
性の究極唯一
の内容として規定し直された︒
即ち︑
恰も原子が分子を構成し︑分子が物性を決定するように︑元来層位
︵
厚薄・偏全・昏明・清濁など︶
の措定されていない無記なる気質が︑個々物々に内在する智を
︑
相対大小のパリェイションにおいて規定し︑
ここに万殊の発生が保証されると同時に︑この気質に限定された個物内在の智が︑
︵
道徳本性ではない︶
機能素材としての個別性を直接に決定するのである︒
こうして気質=
性=智︵
大小︶
←個別性u
万殊という気の一
貢したメカニズムが組み上げられる︒1i6
産能力と︑欲望追求を節制する
︵
内の︶
白然に対する規制力としての秩序形成能力とを意味する︒その所産が文明と社会であるが
︑
それは人為︑作為の後天的世界︑
善悪の価値的世界の中核をなし︑
またその作為性故に︑﹁
人理﹂
と表現されるに至るのである︒
'-
.︐ ﹂うして︑自然の
一
物とされた人間は︑天の道徳賦命に依拠することなく︑あくまで気u
自然のメカ一 一
ズムの中で
︑
天性自然の秀逸な資質である﹁
智﹂
を根拠に︑天︵
理︶
に対し人理を主張するのである︒
しかし︑ここでむしろ注日すべきは
︑
以下の点である︒
tとぅち〇智なる者は︑外人世に積み︑内人聰に溶し︑
其の然る所以を知らず︑所調る天に受けて自ら已︵
己を已に改む︶
む能わざるなり
︒ ︵
理學爲︶
〇 :⁝・而して此の四者
︵
仁義礼信1筆者注︶
有る所以の者は︑
皆智に由る︒
人の大腦小腦有るや︑
腦氣筋の靈有るや
︑
都其の然るを知らざるなり︒
::︵
里人︶
萬億人の腦を合して智日に生ず︑
億萬世の人の腦を合して智日 に益々生ず︑是に於て理出ず︒ ︵
理氣解︶ o
・- :故に惟だ智のみ能く萬理を生ず︒︵
仁智一
用︶
即ち
︑
康は︑気=
自然の立場から︑ ﹁
人理﹂
形成の根拠である﹁
智﹂
を︑
理学のように道徳本性として抽象化するのでも
︑
その存在の場を心臓に求めるのでもなく︑
まだ脳の発達や機能を生物進化のメカ一 一
ズムとして十分に説明しえてはいないが
︑
正に人の頭脳1
ノウミソを︑
智の自然的物理的実体的根拠として把握しようとした康有為﹁康子内外篇﹂の思想史的意義
1 l 7
-
15総じてi'
o
夫れ天の始め︑吾得て知らざるなり︒
氣を積みて天と成爲り︑摩一
動の久しくして︑熱重の力生じ︑光電生じ︑原質變化して成るが若し︒是に於て日を生じ︑日地を生じ
︑
地物を生ず︒︵
理氣 a刷︶ o
天地の理︑
陰陽のみ︒其れ氣に發して︑陽は温熱と爲り︑
陰は乾冷と爲る︒
濕熱は則ち生發︑乾冷は則ち枯摘--諸天は皆な此の濕熱の氣を得て︑展轉して相生ず︒近天濕熱の氣を得て︑乃ち諸日を生ず
︒
日濕熱の氣を得て︑乃ち諸地を生ず
︒
地濕熱の氣を得て︑蒸鬱して草木生ず︒而して禽獸生ず︒
已にして人類生ず︒
人濕熱の氣を得て︑上其の腦を養い︑下其の心を養う︒濕なれば則ち仁愛生ず︑熱なれば則ち智勇出ず
︒
仁愛智勇を積みて宮室飲食衣服以て其の身を養う有り︒仁愛智勇を積みて禮樂政敎倫理以て其の治を成す有り︒
-
16-
東北学院大学論集
一
般教育第八十九号のである︒
︵
更にいえば︑
恐らく康は︑人間及び動物等︑現に脳を内蔵するものにっいては︑ ﹁
智﹂
の具在︵
人之智張而牛馬雄犬之智弱也
︶ ︑
及び愛悪︵
感覚︶
ないしは仁義︵
感情︶
の発動を考え︑
植物や無生物については︑むしろ
﹁
愛悪﹂
という原初的な属性の顕現から︑
逆に個別性の根拠である無形の﹁
智﹂
の潜在を推定する︵
智無形也︑見之于愛悪
︶
︑という段差を考えていたように思われる︒
ここで万物に遍在する﹁
智﹂
の﹁
大小﹂ ﹁
強弱﹂
を︑
万物における脳の無有ないしはその発達程度差として読み換える時︑康が
一
応の合理性をもって智及びその差等段差
︵
愛惡の発動段差︶
を設け︑個別性n
万殊の物理的根拠として脳を意識していたことが︑推測される︒ ︶
118
︵
濕熱爲︶
︵1︶とあるように︑康は︑宇宙を物理現象とみなし︑地質︑生物等における進化の基本的メカニズム︑とくに人類 における智-脳の特異な発達とその意味をある程度に認識していたのである︒そしてこの理解の上に立つて︑自然進化の到達点を示すと同時に︑社会進化の起点をなす︑換言すると
﹁
気﹂
- 1
自然と
﹁
理﹂
=社会文明を結びっけるハァイフォンとして︑自然的物理的実体である頭脳︑ないしその機能を意味する
﹁
智﹂ 1
つまり人類進化の鍵
-
を見出したのであろう︒ここに︑清末気の哲学は︑西洋自然科学の成果を背景に︑主に初歩的進化論の洗礼を通して︑性-
1
天性自然を智
︵
脳︶
と規定し︑気1 1
性1 1
智︵
脳︶ 1
人理という大枠を組み︑性情の構造的意味転換を図ることによって︑o
所謂る性情無きなり︒ ︵
愛悪 E一 一 ︶ o
所調る善悪無きなり︒ ︵
同右︶
〇何ぞ所調る理あらんや
︒ ︵
理氣浦︶
とあるように
︑
程朱理学の基本的構造である天理1
人性︑
っまり道徳根拠としての天から脱却したのである︒
換言すれば康は︑なぉ伝統的タームに依拠しながらも
︑
その思考の基軸において︑自然科学的人間理解へ
顕著な接近を示しっっ︑その論理的帰結︑即ち気の哲学の清末的展開の帰結を
蓋し天欲にして人理なり
︒ ︵
理氣篇︶
康有為﹁康子内外篇﹂の思想史的意義
119
-
l 7東北学院大学論集
一
般教育第八十九号という
一
句に集約し︑
正に天理1
人欲の程朱理学の構造を百八十度顯倒せしめ︑とりわけて人﹁
智﹂ -
脳を根拠とする
﹁
人理﹂
=人倫秩序の後天的作為性を關明したのである︒
1
m
l注
︵ l︶地球人民之盛︑視其続日之遠近︒営其始與日甚近︑則熟太甚︑人不能営之︑惟有大革大木盛焉︒西人論石-ilili -
︑調地下之煤︑爲大木所化是也︒繞日漸遠︑大合
一
大欧出驚︑西伯利部有巨欧骨是也︒若夫人類之生︑亦観地球之向日︒⁝⁝︵一
e-
域
一
国︶第二章西洋自然科学の受容
本章では︑前章での検討の結果予想される康有為の西洋自然科学受容の問題︑とくに生物進化にっき︑彼自
身の著作や同時代の関連資料を通して︑更に掘り下げて検討したい︒
-
18-
-康有為の他の著作
まず康有為自身の他の著作を検討してみると︑第
一
上書︵ 一
八八八年︶
失敗後の蟄居中の研究成果であり︑特色ある書論として知られる﹃廣藝舟雙福﹄
︵
一八九一
年刊︶﹁
原書第こ
に︑文字は何を以て生ずるや︒人の智より生ずるなり︒虎豺の張
︑
龍風の奇も文字を造爲する能わざるに︑
而る に人獨り能く之れを創るは︑何ぞや︒
其の身峙立し︑首函清陽にして︑
血氣の濁の一照ずる所と爲らざるを以てなり
︑
故に智獨り靈なり︑凡そ物の中︑
倒植の身︑横立の身は︑
則ち必ず大愚︑必ず文字無し︒
血氣其の首を
一
照ずるを以てなり︑
故に聰明弱きなり︒
- :・故に凡そ峙立の身爲る︑
人體と日う者は︑必ず文字有りと調うなり︒其の智萬物に首出し
︑
自ら能く制造し︑自ら已む能わざるを以てなり︒と見えているのが︑注意される︒
ここでは
︑
人類にのみ普通的に文字創造をもたらした直接的根拠とされる人間の﹁
智﹂
力が︑
何故にそれを可能とする程の傑出した霊妙な機能を生じ得たのかが
︑
動植物との比較において考察されている︒
かくて︑地に首 ︹根つ子 ︺を
っ
っこみ逆さに生ずる植物︵
倒植︶
とも︑横だぉしになって地を這う動物︵
横立︶
とも異なる人0た- '1
類に国有の形態上の特質として直立 ︹歩行 ︺
︵
時立︶
が注意される︒更に︑
直立歩行と人間の頭蓋の特異な発達との因果関係をある程度に意識した上であろうか
︑
人間の頭蓋︵
首西︶
に秘められた清逸な機能が︑
動植物とは異なって生命的欲望に翻弄されることを抑止し
︑
ひとり人類に靈妙な智力の結実をもたらした究極的根拠と見なされている
︒
また
︑
執筆年次は不明であるが︑人類の進化にっ
いて考察している﹁
民功篇﹂
に︑無極の始︑氣を積みて熱を生じ︑熱を積みて金を生じ︑金
︵
を積みて︶
土石を生じ︑
土石を積みて草木を生康有為﹁康子内外-- 9﹂の思想史的意義
l21
-
19東北学院大学論集
一
般教育第八十九号じ
︑
草木を積みて蟲を生じ︑蟲を積みて禽獸を生じ︑
禽獸を積みて人を生じ︑
人を積みて聖哲を生ず︒
草木は側生にして無知
︑
蟲は横生にして能く動く︑
禽獸は形體を節する人と同じ︑蓋し遠く草木蟲魚に別つ︑而るに横生に滞れば︑血氣之れに灌し
︑
其の靈明を濁す︒
惟だ人のみ天を載き地を履み︑一 一
以然翹立し︑萬物の上に絶出し
︑
然る後に出でて最智︑以て萬物に君たる者なり︒
とある︒
動植物の分類が明細となっているが
︑
それらの包括的な分類基準が︑生物の基本的な形態上の特質である側生
︵
植物︶
︑横生︵
虫・一
一岡一一
一一 一 ︶
︑一 一
以然組立1 1
直立歩行
︵
人類︶
の三者におかれている点は︑前引資料と変つていない︒
ここでは︑素朴ながらも
︑
進化の観念が明示されていることに注日しておきたい︒
即ち︑宇宙ないしは地球進化の過程で生命が発生し
︑
しかも後生のものほど発達進化が著しく︑人類が最後出でかっ
最智と位置づけられている点である︒
更に
︑
最も注目すべき資料は︑
十年来の収集になる日本書の密目であり︑
変法論形成の f影一
一一 一 一
たる知的源泉としても興味深い
﹁
日本書目誌﹂ ︵
一八九七年刊︶
に見える次の一
節︵
巻一
︑生理門︶
である︒
夫れ天の物を生ずる︑機人の機を製するが如︿︑其の精粗の異に因りて
︑
以て靈蠢の殊と爲る︒倒生の者は愚
︑
直生の者は智︑横生の者は愚智半ばす︒
腦の國會の者は智︑點綫の者は愚︑小國の者は點蚩半ばす︒
體を製する
︑
人の腦國に至りては︑電機の大にして繁多︑機の物にして奇巧︑
天地の内自り︑
未だ之れに比す20
-
li