密 教 文 化
マ
ン
ダ
ラ
研
究
史
山
本
智
教
大 村 西 崖 略 伝 近 代 に お け る 密 教 ま た は マ ン ダ ラ の い ち ば ん 目 立 つ て い る さ い し ょ の 研 究 者 は 大 村 西 崖 (敬 称 略 ) で あ つ た。 大 村 は 僧 で な い け れ ど も、 そ の 研 究 は 一 頭 地 を 抜 い て お り、 幅 が ひ ろ く ま た 深 い の で、 そ の 略 歴 を う か が い 敬 意 を 表 す る こ と は 末 学 の 任 務 で あ ろ う。 そ の 大 著 ﹁密 教 発 達 志 ﹂ の 巻 末 に 自 己 の 伝 記 を 書 い て あ る の で、 彼 の 活 動 を 知 る の に 便 利 で あ る。 そ の 誕 生 は 明 治 元 年 ( 一 八 六 八 ) で あ つ た。 明 治 二 十 二 年 に 東 京 美 術 学 校 に 入 学、 二 十 六 年 卒 業 と 同 時 に 京 都 美 術 工 芸 学 校 教 諭、 二 十 八 年 東 京 に 移 り、 翌 二 十 九 年 東 京 美 術 学 校 助 教 授 と な り、 縮 刷 蔵 経 を よ み、 仏 教 美 術 史 と 密 教 の 研 究 を は じ め た。 古 社 寺 保 存 会 の 仕 事 を し、 官 命 に よ つ て 五 畿 内、 紀 江、 武 相 の 名 刹 の 図 像 を 見、 中 尊 寺 経 を 見 る。 校 長 岡 倉 天 心 と 意 気 投 合 口 せ ず 退 官、 し か し 岡 倉 が や め て 校 長 が 代 わ る と、 直 ち に 再 び 東 京 美 術 学 校 助 教 授 と な る。 森 鴎 外 と 共 編 の 洋 画 手 引 草 を 出 し、 明 治 三 十 七 年 に 欧 米 を 視 察 し、 つ い で 審 美 綱 要 二 巻 を 出 し た。 彼 の 仕 事 は 美 術 品 の 制 作 を 教 え る こ と よ り も 美 術 史 の 研 究 に 向 け ら れ た。 明 治 三 十 入 年 に 帰 朝 し、 そ の 春 に ﹁ 東 洋 美 術 小 史 ﹂ を 出 し た。 こ れ は 中 国 美 術 史 を 中 国 の 記 録 と 遺 品 に よ つ て 示 し た も の で、 今 で も そ の 価 値 を 失 な つ て い な い。 田 島 志 一 と 相 知 り、 審 美 書 院 を 創 立 し た。 明 治 三 十 入 年 か ら 大 正 七 年 ま で 多 く の 書 を 編 集 し て、 そ こ か ら 矢 つ ぎ 早 に 出 し て い る。 そ の 主 な も の は 真 美 大 観 十 巻、 日 本 名 画 百 選 二 巻、 浮 世 絵 派 画 集 二 巻、 東 湖 珠 光 六 巻、 東 洋 美 術 大 観、 鴎 外 と の 共 著 阿 育 王 事 蹟、 正 倉 院 志 ( 明 四 三 )、 日 本 及 支 那 絵 画 小 史、 諸 神 伝 四 巻 ( 明 治 四 十 四 )。 こ れ ら の 書 の 解 説 は い ず れも 西 崖 の 筆 に か か る。 そ の 超 人 的 な 活 躍 が う か が わ れ る。 と く に 東 潔 珠 光 は 毎 年 秋 に 曝 涼 さ れ る 正 倉 院 の 宝 物 を 撮 影 し て こ れ を 大 型 の 写 真 版 で 紹 介 し た も の で、 今 日 な お 価 値 あ る も の で あ る。 彼 の 関 心 が 仏 教 に 向 け ら れ、 ま た 仏 教 か ら イ ン ド に 向 け ら れ て、 変 り 種 の 阿 育 王 事 蹟 な ど が 手 が け ら れ た。 こ の 頃 か ら イ ン ド 古 代 美 術 の 研 究 と 同 時 に サ ン ス ク リ ツ ト 語 の 学 習 を は じ め、 ま た 密 教 の 研 究 に う ち こ み、 明 治 四 十 四 年 豊 山 大 学 々 長 権 田 雷 斧 か ら 受 明 潅 頂 を う け た ほ ど で あ つ た が、 当 時 密 教 の 典 籍 の 世 に 行 な わ れ る も の が 少 な か つ た の で、 こ れ を 入 手 す る の に 苦 し ん だ と い つ て い る。 そ う い う 事 情 に 促 が さ れ て、 仏 教 研 究 資 料 の 提 供 と い う 大 事 な 事 業 を 思 い 立 ち、 当 時 一 流 の 仏 教 学 イ ン ド 学 の 権 威 で あ つ た 南 条 文 雄、 高 楠 順 次 郎、 望 月 信 享 と 相 謀 つ て、 明 治 四 十 五 年 春 仏 書 刊 行 会 を 設 立 し た。 大 村 氏 が こ れ に 関 係 し た の は わ ず か 一 年 半 で あ つ た け れ ど も、 そ れ が 後 に ﹁ 大 日 本 仏 教 全 書 ﹂ と い う も の に な つ た の だ か ら、 彼 が こ の 中 に 密 教 図 像 書 で あ る 阿 娑 縛 抄 や 諸 説 不 同 記 の 挿 図 に 努 力 し た の は 大 き な 功 績 で あ つ た。 大 正 元 年 の 冬 に 密 教 発 達 流 伝 年 表 を つ く り、 大 正 二 年 春 二 百 部 を 印 刷 し た。 当 時 御 室 派 の 管 長 で あ つ た 土 宣 法 龍 師 の 懲 悪 に よ り、 東 寺 真 言 宗 大 学 で こ れ を 講 じ た。 ﹁ 三 本 両 部 曼 茶 羅 集 ﹂ を 編 み、 三 百 部 印 刷 し た。 こ れ に つ い て は 後 説 す る。 夏 に は 曼 茶 羅 集 所 載 両 部 諸 尊 梵 名 索 引 を 二 百 部 刷 る。 権 田 雷 斧 師 に 請 い 越 後 で 三 昧 耶 戒、 両 部 大 法 伝 法 潅 頂 を 受 け る。 こ れ に よ つ て 密 教 に つ い て の 永 年 の 疑 問 が 氷 解 し た と い つ て い る。 冬 は 高 楠 順 次 郎 ら と 河 内 高 貴 寺 の 伎 人 戒 心 和 尚 に 依 頼 し て 悉 曇 の 伝 授 を う け、 自 分 で 梵 字 を か い て 東 京 の 印 刷 会 社 の 活 字 を つ く る。 大 正 六 年 以 来 極 力 中 国 彫 刻 史 の 資 料 を あ つ め、 大 正 四 年 春 に こ れ を 卒 え て 脱 稿 し た。 こ の 書 は ﹁ 支 那 美 術 史 彫 塑 篇 ﹂ と 題 し、 上 下 二 巻 の テ キ ス ト と 写 真 版 一 冊 を ふ く み、 最 初 期 か ら 近 代 ま で の 中 国 彫 刻 に つ い て 入 念 に 資 料 を あ つ め、 日 本 で は 今 日 ま で こ れ に 匹 敵 す る 類 書 は な い。 す ぐ れ た 書 で あ る。 大 正 四 年 権 田 雷 斧 か ら 両 部 曼 茶 羅 講 伝 を う け る。 冬 に は 仏 書 刊 行 会 図 像 部 を 分 立 し て こ れ を 監 督 し、 は じ め に 三 十 帖 策 子 を 出 す。 わ が 宗 の 重 宝 が 大 村 氏 に よ つ て 逸 早 く 複 製 さ れ た こ と は 真 言 宗 徒 と し て 感 謝 し な け れ ば な ら な い。 大 正 四 年 か ら ﹁ 仏 教 図 像 集 古 ﹂ と し て と く に 密 教 図 像 を い く つ も 複 製 し て 出 し た。 こ れ に つ い て は 後 に 述 べ る。 大 正 五 年 阿 蜜 哩 多 軍 茶 利 法 を 校 刊 す る。 力 作 ﹁ 支 那 美 術 史 彫 塑 篇 ﹂ が す で に 出 た の で マ ン ダ ラ 研 究 史
密 教 文 化 次 は、 早 く か ら 多 年 に わ た つ て 研 鑛 し て い た 密 教 史 を ま と め る た め 沸 大 正 六 年 二 月 に 焚 香 執 筆 し、 早 く も 五 月 に は そ の 初 稿 を 終 え て い る。 そ の 速 筆 は 驚 く 他 な い。 密 教 が お こ つ て か ら、 イ ン ド 中 国 を へ て 日 本 の 入 家 請 来 ま で を 全 五 巻 と し て 因 襲 や 宗 派 の 伝 承 に と ら わ れ ず、 真 実 を 実 証 的 に 明 ら か に す る 学 問 的 な 態 度 を 貫 ぬ く。 一 知 半 解 の 徒 の 信 仰 を 傷 つ け、 ま た 誤 解 を お こ す こ と を お そ れ て、 す べ て 漢 文 で 書 く。 そ の 内 容 に つ い て は 後 に く わ し く の べ ね ば な ら な い。 大 正 六 年 入 月 こ れ を も つ て 高 野 山 に 登 り、 そ の 梗 概 を 大 師 教 会 本 部 で 約 二 十 日 に わ た つ て 講 義 し た。 聴 衆 七 十 人 の 中 に 高 野 山 管 長 密 門 宥 範 師、 東 寺 派 管 長 鎌 田 観 応 師 も い た。 し か し 大 村 も ま た 密 門 の 胎 蔵 曼 茶 羅 の 講 義 や 観 応 師 の 所 説 に 耳 を 傾 け た。 土 宜 法 龍 師 に つ い て は、 和 上 が 人 を 愛 し 法 を 護 る 態 度 に 対 し て 感 謝 を も つ て 述 懐 す る。 ﹁ 法 龍 和 上 亦 頗 愛 予。 有 所 諮 問。 毎 傾 書 秘 底。 時 自 騰 古 砂 以 付 与。 秘 書 珍 籍 皆 出 而 令 読 之 ﹂ と。 ﹁ 密 教 発 達 志 ﹂ が 出 た の は 大 正 七 年 夏 で あ つ た。 こ の 書 は 類 書 の 少 な い 密 教 史 に お い て 今 な お 光 つ て お り、 こ こ に 示 さ れ る 方 法 が 充 分 に 追 跡 さ れ、 さ ら に 発 展 さ せ ら れ る こ と が 望 ま し い。 大 村 西 崖 編 ﹁ 三 本 両 部 曼 茶 羅 集 ﹂ 三 本 両 部 曼 茶 羅 と は 日 本 に 伝 わ つ た 現 図 両 部 マ ン ダ ラ の 基 本 的 な 本 で あ る 高 雄 本、 子 島 本、 東 寺 本 を 意 味 す る。 高 雄 曼 茶 羅 は 弘 法 大 師 が 中 国 か ら 請 来 し た 彩 色 の 両 部 曼 茶 羅 を 紺 紙 金 銀 泥 に 模 写 し た 本 で、 そ の 製 作 は 天 長 後 半 期 と 見 ら れ る。 子 島 曼 茶 羅 は 寛 弘 元 年 十 月 十 四 日 七 十 一 才 で 寂 し た 真 興 の 住 寺 大 和 子 島 寺 に 伝 わ る 紺 紙 金 泥 の 両 部 各 六 副 の マ ン ダ ラ で あ つ て、 そ の 写 真 版 を 高 雄 マ ン ダ ラ の 写 真 版 と 共 に 出 す。 東 寺 マ ン ダ ラ は 弘 法 大 師 御 請 来 本 の 転 写 本 で あ る。 い く つ か の 転 写 本 が あ る 中 で 第 四 転 写 本 ( 元 禄 六 年 一 六 九 三 年 ) を 写 真 版 で 出 す。 東 寺 本 に つ い て は 後 に 説 く。 以 上 の 三 本 の 写 真 版 の 他 に 御 室 版 高 雄 マ ン ダ ラ の 木 版 刷 を そ え る。 大 村 氏 に よ る と そ れ は 弘 法 大 師 二 百 回 忌 に 兼 意 が つ く つ た 白 描 模 本 が 益 田 孝 氏 蔵 に な つ て い た の を、 明 治 二 年 に 志 摩 の 僧 法 雲 阿 閣 梨 尊 峯 が 原 本 と し て 木 版 彫 工 に 彫 刻 さ せ た も の で あ る。 し か し な が ら 柳 沢 孝 氏 ( 東 京 国 立 文 化 財 研 究 所、 高 雄 曼 茶 羅 の 研 究、 附 載 一、 高 雄 曼 茶 羅 の 白 描 本 ) に よ る と、 御 室 版 高 雄 マ ン ダ ラ の 底 本 は 兼 意 の 写 本 そ の も の で な く、 そ の 転 写 本 で あ る。 ま た 兼 意 が 高 雄 マ ン ダ ラ を う つ し た の は 高 祖 大 師 二 百 回 忌 で な く
三 百 回 忌 ( 二 三 五 年 ) で あ る。 兼 意 は こ の 写 本 を そ の 弟 子 で あ る 心 覚 に ゆ ず つ た。 心 覚 は 有 名 な 別 尊 雑 記 の 撰 者 で あ る。 兼 意 の 写 本 を 鎌 倉 末 期 こ ろ に 転 写 し た 本 が 高 山 寺 に 伝 わ り、 今 は 寺 を 出 て 酒 井 氏 の 蔵 と な つ て い る。 そ れ が 御 室 版 の 底 本 と な つ た。 こ れ が 大 村 氏 に よ つ て 印 行 さ れ た だ け で な く、 そ の 後 小 野 玄 妙 先 生 に よ つ て 大 正 蔵 経 図 像 部 第 一 巻 に も 収 録 さ れ た。 大 村 西 崖、 密 教 発 達 志 全 五 巻 中 国 の 訳 経 史 上 に 反 映 す る イ ン ド 密 教 の 姿 を 年 代 順 に 追 及 す る 大 労 作 で あ り、 著 者 が 心 血 を そ そ い だ 傑 作 で あ り、 当 時 学 士 院 賞 を 受 け た。 第 一 巻 は 密 教 思 想 の お こ り か ら 階 代 ま で を ふ く み、 ダ ラ ニ と か 呪 が 仏 教 経 典 に 入 る 過 程 を 追 及 す る。 第 二 巻 は 初 唐 の 智 通、 阿 地 撰 多、 義 浄、 阿 爾 真 那、 菩 提 流 志 な ど の 訳 経 中 の 密 教 的 要 素 を あ つ め る。 第 三 巻 は 盛 唐 に あ た り、 す で に 純 密 に 入 る。 す な わ ち 善 無 畏、 金 剛 智 両 三 蔵 の 訳 経 と そ の 付 法 の 弟 子 ら に つ い て の べ、 第 四 巻 は 中 唐 の 不 空 の 訳 経 と 不 空 の 付 法 に つ い て の べ る。 第 五 巻 は 中 唐 の の こ り か ら 晩 唐 に 至 る。 す な わ ち 般 若 三 蔵、 牟 尼 室 利 の 訳 経、 恵 果 和 尚 の 伝 法 と そ の 付 法 の 弟 子 ら、 義 操 と そ の 弟 子、 義 真、 智 慧 輪、 達 磨 栖 那、 法 全、 さ ら に わ が 日 本 の 入 唐 入 家 と 台 東 両 密、 さ い ご に イ ン ド と 中 国 で の 密 教 の 末 運 を の べ る。 こ の 中 で 著 者 は 経 所 説 の 曼 茶 羅 を 説 明 す る こ め に、 各 マ ン ダ ラ 内 に お け る 諸 尊 の 位 置、 す な わ ち 尊 位 の 配 置 を 示 す 略 図 を そ え て 読 者 の 理 解 に 便 す る。 第 二 巻 で は 阿 地 盟 多 と 南 天 菩 提 流 志 の 訳 経 中 に と く 諸 種 の マ ン ダ ラ を 示 し、 第 三 巻 で は 大 日 経 の 述 作 年 代 と し て、 義 浄 入 竺 の 時 に 大 日 経 は ま だ な か つ た の に、 無 行 が 中 国 の 年 代 で 垂 換 に あ た る 時 に 大 日 経 を 入 手 し て い る か ら、 大 日 経 述 作 は 高 宗 の 末 年 で あ る と 見 る。 高 宗 の 治 世 は 六 五 〇-六 入 三 年 で あ る。 大 日 経 の 広 略 の 原 本 に つ い て は、 善 無 畏 の 原 本 は 二 五 〇 〇 偶 を 有 し、 こ れ を 訳 し て 六 巻 と し た の で、 十 万 偶 と い う 広 本 は な か つ た と、 そ の 存 在 を 否 定 す る。 同 巻 三 入 三 頁 以 下 に 諸 種 の マ ン ダ ラ の 尊 位 を 示 す。 第 一 三 図 に 大 日 経 所 説 の 胎 蔵 マ ン ダ ラ、 一 四 図 に 胎 蔵 図 像、 一 五 図 に 胎 蔵 旧 図 様、 一 六 図 に 大 日 経 疏 の 阿 閨 梨 所 伝 の 曼 茶 羅、 一 七 図 に 摂 大 儀 軌 の マ ン ダ ラ、 一 入 図 に 広 大 儀 軌 の マ ン ダ ラ、 四 〇 二 頁 に 大 悲 胎 蔵 三 昧 耶 略 曼 茶 羅 図、 四 一 二 頁、 四 一 三 頁 に 蘇 悉 地 諸 種 曼 茶 羅 尊 位 図 を 出 す。 金 剛 智 と 善 無 畏 の マ ン ダ ラ 研 究 史
密 教 文 化 関 係 に つ い て は、 在 来 の 金 善 互 授 説 を 認 め、 善 無 畏 所 伝 の 五 部 心 観 は 金 剛 智 所 訳 の 略 出 経 ( 金 剛 頂 喩 伽 中 略 出 念 諦 経 ) に よ る も の と し て い る。 金 剛 頂 経 に つ い て は 大 本 は 存 し な い で 略 本 が 全 本 で あ る と 見 る。 第 三 三 図 か ら 第 五 九 図 ま で は、 不 空 訳 理 趣 会 の 諸 尊 配 置 図、 そ の 他 い ろ い ろ の 曼 茶 羅 を 示 す。 第 五 巻 で は 現 図 曼 茶 羅 は 恵 果 和 尚 に は じ ま る と 決 め て い る。 す な わ ち、 善 無 畏、 金 剛 智、 不 空 の 時 に ま だ な く て、 弘 法 大 師 が 恵 果 和 尚 か ら 受 法 し た の で あ る か ら、 そ れ が 恵 果 の 意 匠 で あ る こ と は 疑 な い。 六 〇 図 か ら 六 五 図 ま で に 現 図 両 界 マ ン ダ ラ ( 高 雄 本 ) な ど を 示 す。 大 村 西 崖 編 ﹁ 仏 教 図 像 集 古 ﹂ 胎 蔵 図 像 こ れ は 主 と し て 密 教 図 像 の 集 成 で あ つ て、 そ の 主 題 の 選 択 に お い て も、 そ の 複 製 の 技 術 と そ の 扱 い 方 に お い て も 一 流 で あ つ て、 大 正 蔵 図 像 部 が 出 た 後 の 今 日 と い え ど も、 な お 充 分 に 使 用 に 堪 え る 独 自 の 価 値 を も つ。 ﹁ 胎 蔵 図 像 ﹂ は 明 治 三 十 年 ( 一 八 九 七 ) 大 村 が 内 務 省 の 命 に よ り 近 畿 の 古 社 寺 を 調 査 し た 時、 江 州 東 浅 井 郡 速 水 村 で 発 見 し た 古 写 本 の 一 つ で あ る。 も と 同 村 の 曼 茶 羅 堂 に 伝 え ら れ て い た 密 教 図 像 が 明 治 維 新 の 廃 仏 棄 釈 の 時 に 堂 か ら 出 て 村 人 南 部 晋 が 胎 蔵 図 像 を、 藤 田 勝 太 郎 が 胎 蔵 旧 図 様、 金 剛 界 三 摩 耶 形、 五 部 心 観 の 写 本 を 所 蔵 し て い た。 胎 蔵 図 像 は の ち 転 じ て 京 都 鳩 居 堂 の 所 有 と な つ た。 大 村 氏 は こ れ を 複 製 し た。 こ の 本 は も と 一 巻 で あ つ た が、 智 証 大 師 が 入 手 し て こ れ を 二 巻 に 分 け た。 こ の 本 の 原 本 は 善 無 畏 三 蔵 が 大 日 経 を 訳 す る と き に 描 い た も の で あ る。 下 巻 の 末 尾 に ﹁ 中 天 竺 国 那 蘭 陀 寺 三 蔵 法 師 善 無 畏 於 大 唐 東 都 河 南 府 大 聖 善 寺 訳 出 ﹂ と し て、 柄 香 炉 と 蓮 花 と 数 珠 を も つ て 胡 脆 す る 善 無 畏 三 蔵 そ の 人 を え が く。 善 無 畏 の 本 は 智 証 大 師 が 請 来 し た が、 こ こ で 発 見 さ れ た 本 は 請 来 本 そ の も の で な く て、 そ の 第 三 転 写 本 で あ る。 こ の 本 は 現 図 曼 茶 羅 以 前 の 善 無 畏 系 統 の マ ン ダ ラ を 知 る た め の 第 一 資 料 で あ る。 尊 名 が 欠 け た も の も あ る け れ ど も、 三 昧 耶 略 曼 茶 羅 に よ つ て 大 村 氏 が 補 な つ た。 大 村 西 崖 編 仏 教 図 像 集 古 胎 蔵 旧 図 様 一 巻 胎 蔵 旧 図 様 は 胎 蔵 図 像 と 同 じ く 智 証 大 師 円 珍 の 請 来 品 で あ つ て、 請 来 後 三 井 園 城 寺 に あ つ た。 こ れ は そ の 転 写 本 で あ る。 大 村 氏 は こ の 図 像 の 重 要 性 を 認 め て こ れ を 巻 子 装 に 複 製 し
た。 胎 蔵 旧 図 様 は 胎 蔵 図 像 と ち が い、 ま た 現 図 マ ン ダ ラ と も ち が つ て い る。 そ れ ら の 詳 細 に つ い て は 最 近 の 研 究 者 の 業 績 が あ る。 智 証 大 師 は 大 中 入 年 ( 八 五 四 ) 冬、 越 州 開 元 寺 で 本 国 か ら 持 参 し た 紙 に 同 伴 の 弟 子 豊 智 と 共 に こ の 巻 を う つ し た 旨 の 銘 記 が あ る。 ま た 奥 書 に よ る と、 こ の 原 本 の 第 一 転 写 本 は 永 久 二 年 ( 一 一 一 四 ) に 鳥 羽 僧 正 覚 猷 が 当 時 一 流 の 絵 仏 師 応 源 に 模 写 さ せ た も の で、 そ れ は 覚 猷 の 住 房 三 井 法 輪 院 に あ つ た。 治 承 五 年 ( 一 一 八 一 ) 真 円 が こ れ を 写 さ せ た。 そ れ が 第 二 転 写 本 で あ る。 建 久 四 年 ( 一 一 九 三 ) 禅 覚 が 第 二 転 写 本 を 模 写 し た。 こ れ が 第 三 転 写 本 で あ る。 大 村 西 崖 編 仏 教 図 像 集 古 五 部 心 観 奥 書 に ﹁ 伝 教 大 阿 閣 梨 法 号 法 全 和 上 手 中 主 持 本。 特 分 付 弟 子 智 恵 金 剛 此 円 珍 法 号 也。 六 会 具 足 也。 大 中 九 年 ﹂。 ま た ﹁ 浬 多 僧 藥 羅 五 部 心 観 一 巻。 此 本 是 青 龍 和 上 手 中 真 本。 分 付 円 珍 ﹂ と あ つ て、 も と 法 全 和 上 が も つ て い た 本 を 円 珍 が も ら い 受 け て 来 た こ と が わ か る。 円 珍 が 大 中 九 年 に 上 都 に 行 き、 青 龍 寺 法 全 に つ い て 潅 頂 受 法 し た と き に、 法 全 が こ れ を 円 珍 に 与 え た の で あ る。 背 書 に ﹁ 此 無 畏 和 上 真 也。 与 釆 色 異 也。 可 拠 真 本 ﹂ と あ り、 終 り に 善 無 畏 三 蔵 が 柄 香 炉 を も つ て 胡 脆 す る 図 を え が く。 こ れ に よ る と、 善 無 畏 が え が い た 五 部 心 観 は 彩 色 本 で あ つ た。 そ れ を 誰 か が 白 描 本 に 転 写 し た の が こ れ で あ る。 智 証 大 師 請 来 本 は 唐 人 が 写 し た こ と は 信 じ て よ い。 大 師 請 来 後、 こ の 本 だ け は い ま も 園 城 寺 宝 蔵 に の こ る の は 幸 で あ る。 そ れ に は 請 来 本 と 模 本 が あ る。 寺 伝 に よ る と 請 来 本 は 一 部 脱 落 の あ る 欠 本、 模 本 は 完 本 で あ る と さ れ、 大 村 氏 も そ れ を 信 じ て い る よ う だ が、 事 実 は 逆 で あ る こ と が、 そ の 後 の 学 者 に よ つ て 証 明 さ れ た。 す な わ ち、 完 本 こ そ 大 師 請 来 本 で あ る と 見 ら れ る こ と に な つ た。 そ れ に つ い て は 後 に 説 こ う。 大 村 西 崖 編 仏 教 図 像 集 古 四 種 護 摩 鐘 形 及 び 金 剛 界 諸 尊 契 印 は じ め に 四 種 護 摩 鐘 形 を 図 し、 諸 尊 の 坐 位 を 観 想 し 金 剛 界 曼 茶 羅 諸 尊 の 契 印 を 図 す る。 そ れ は と こ ろ ど こ ろ 現 図 マ ン ダ ラ と ち が う。 原 本 に 梵 字 が あ つ た け れ ど も、 不 分 明 で あ る た め 写 本 に 欠 く と い う が、 惜 し い こ と で あ る。 背 書 に ﹁ 越 州 開 元 寺 搦 巻 首、 本 国 紙 云 々 ﹂ と い う。 胎 蔵 図 像、 胎 蔵 旧 図 様、 五 マ ン ダ ラ 研 究 史
密 教 文 化 部 心 観 は み な 智 証 大 師 の 請 来 に か か る も の で あ つ た。 こ の 巻 だ 直け は 転 写 の 識 語 を 欠 く。 け れ ど も 巻 中 の 字 体 は 他 の 諸 巻 と 同 じ で あ る か ら、 こ の 図 像 本 も 智 証 大 師 請 来 本 と 見 ら れ る。 胎 蔵 旧 図 様 と 同 様 に 建 久 四、 五 年 に 禅 覚 が 模 写 し た も の で あ る。 大 村 西 崖 編 仏 教 図 像 集 古 四 種 護 摩 鐘 形 等 及 胎 蔵 外 部 大 村 氏 の 践 語 に よ る と、 こ の 巻 の 原 本 の 所 伝 は 不 明 で あ る。 そ の 古 い 写 本 は 醍 醐 寺 に あ つ た。 明 治 三 十 一 年 帝 室 博 物 館 美 術 部 長 岡 倉 天 心 が こ れ を 借 り 出 し、 溝 口 宗 文 が こ れ を 模 写 し た。 そ の 巻 の 影 印 本 が こ れ で あ る。 弘 法 大 師 の 弟 子 智 泉 大 徳 の 弘 仁 十 二 年 の 識 語 に よ る と、 こ れ は 大 師 請 来 録 以 外 の ﹁ 護 摩 壇 様 一 巻 ﹂ と い う も の か も し れ な い。 背 書 に よ る と、 智 泉 本 が 高 野 山 麓 の 慈 尊 院 に あ つ た も の を 後 人 が 油 紙 で 模 写 し た も の と 見 ら れ る。 巻 首 に 見 え る 六 尊 の 大 き な 動 き の あ る 形 像 の 出 拠 は 不 明 で あ る。 そ の 次 の 四 種 護 摩 鐘 形 は 智 証 大 師 請 来 本 と 大 同 小 異 で あ る。 次 に は 普 賢 延 命、 准 砥、 兜 践 毘 沙 門、 勝 仏 頂 曼 茶 羅、 異 本 胎 蔵 曼 茶 羅 外 金 剛 部 が あ る。 こ の 本 と 胎 蔵 図 像、 胎 蔵 旧 図 (様 な ど を 比 較 す べ き で あ る。 密 教 図 像 学 上 の 小 野 玄 妙 博 士 の 功 績 小 野 玄 妙 先 生 は 仏 教 美 術 研 究 の 先 駆 者 で あ り、 ま た 大 蔵 経 の 編 集 出 版 者 と し て も 広 く 知 ら れ て い る。 先 生 が 仏 教 美 術 を 研 究 し た 動 機 は 仏 教 そ の も の の 理 解 の た め で あ つ て、 美 的 評 価 を 主 眼 と す る も の で は な い。 美 術 史 上 の 先 生 の 業 績 は 美 術 作 品 を 解 釈 す る 資 料 と し て の 経 証 を 発 見 し、 作 品 と 文 献 の 比 定 ( identification)を 主 と す る も の で あ つ た。 美 術 関 係 の 著 書 と し て は ﹁ 仏 教 の 美 術 及 び 歴 史 ﹂ と い う 早 い 著 作 と、 ﹁ 仏 教 の 美 術 と 歴 史 ﹂ と い う 後 の 著 作 が 主 な も の で あ る。 美 術 史 に 関 す る そ の 他 に も あ る 霧 し い 著 作 に も か か わ ら ず、 先 生 の 本 領 は や は り 仏 教 文 献 学 す な わ ち 大 蔵 経 に あ る と い え よ う。 先 に は 大 日 本 仏 教 全 書、 後 に は 大 正 新 修 大 蔵 経 百 巻 を 完 成 さ れ た。 そ の 最 後 の 部 分 が 図 像 部 十 二 巻 で あ つ て、 密 教 図 像 学 者 と し て の 小 野 先 生 の こ の 業 績 は 永 久 に 不 朽 で あ る。 ま た 仏 教 文 献 学 者 と し て は ﹁ 仏 書 解 説 大 辞 典 ﹂ が あ つ て、 学 徒 に 多 大 の 便 益 を 与 え、 す で に 再 版 も 出 て い る。 仏 教 文 献 学 者 小 野 玄 妙 先 生 の 名 は 海 外 に ま で 知 ら れ て い る ( L. Renou et J
Fillioxat cssique Tome II中
国 仏 教 資 料De mieville執 筆 )。 し か し な が ら、 こ こ で は 密 教 図 像 学 者 と し
て の 先 生 の 一 面 だ け を 注 意 し よ う。 そ れ は ﹁ 仏 教 の 美 術 と 歴 史 ﹂ ( 昭 和 十 二 年 ) の 中 の 第 四 篇 ﹁ 唐 代 所 伝 の 密 教 美 術 ﹂ (pp. 295-542)に よ つ て う か が う こ と が で き よ う。 第 一 章 大 悲 胎 蔵 三 昧 耶 曼 茶 羅 に つ い て (大 正 八 年 ) 石 山 寺 と 醍 醐 寺 に 胎 蔵 三 昧 耶 曼 茶 羅 図 の 録 外 請 来 本 の 写 本 が あ る。 そ の 原 本 は 慈 覚 大 師 請 来 で あ つ て、 も と 善 無 畏 三 蔵 が 大 日 経 の 秘 密 曼 茶 羅 品 に よ つ て 自 画 し た 本 で あ る。 こ れ は ま た 大 日 経 具 縁 品 と 一 致 す る ﹁ 胎 蔵 図 像 ﹂ と 相 応 ず る も の で あ り、 従 つ て 大 日 経、 大 日 経 疏、 阿 闊 梨 所 伝 の 曼 茶 羅 の 説 に 一 致 す る。 こ の 本 の 内 容 は 大 正 蔵 経 図 像 部 第 二 巻 に 出 さ れ た。 善 無 畏 三 蔵 は 胎 蔵 図 像 そ の 他 の 胎 蔵 法 を 伝 え た が、 ま た 五 部 心 観 を 全 剛 頂 経 大 本 の 梵 本 か ら 伝 え た。 と こ ろ で 金 剛 智 三 蔵 は も ち ろ ん 金 剛 頂 経 を 伝 え た が、 そ の 他 に 伝 え た 白 繰 大 曼 茶 羅 四 面 四 十 七 尊 と い う の が 胎 蔵 法 で あ る と す れ ば、 ま た 智 泉 大 徳 筆 の 胎 蔵 外 部 と い う の が、 金 剛 智 三 蔵 請 来 の 白 繰 大 曼 茶 羅 の 転 写 で あ る と す れ ば、 従 来、 善 無 畏 は 胎 蔵 法 だ け、 金 剛 智 は 金 剛 界 だ け を 伝 え て、 互 い に 授 け た と い う、 い わ ゆ る 金 善 互 授 の 伝 承 は 事 実 で な い と し て 崩 れ 去 る こ と に な ろ う。 い わ ゆ る 胎 蔵 金 剛 の 両 部 曼 茶 羅 は 善 無 畏 と 金 剛 智 の 所 伝 を 綜 合 し、 そ の 粋 を あ つ め、 不 空 か ら 恵 果 に 至 る 間 に 両 部 一 双 と し て 翻 案 大 成 さ れ た も の で あ る。 い わ ゆ る 現 図 曼 茶 羅 な る い ぎ よ う も の は、 阿 閨 梨 の 意 楽 に よ つ て 取 捨 選 択 し て 形 式 を と と の え た も の で、 不 空 の 案 か 恵 果 の 作 か は 不 明 で あ る。 不 空 が 密 乗 の 大 成 者 と し て 多 く の 弟 子 の た め に 必 要 に せ ま ら れ て 勘 定 し た か も し れ な い。 小 野 玄 妙、 仏 教 の 美 術 と 歴 史(pp.372-487)﹁胎 蔵 図 像 ﹂ に つ い て 胎 蔵 図 像 は 善 無 畏 三 蔵 所 伝 の 胎 蔵 図 で あ る。 巻 首 に ﹁ 大 毘 盧 遮 那 成 仏 神 変 加 持 経 中 訳 出 大 悲 胎 蔵 生 秘 密 曼 茶 羅 主 画 像 図 ﹂ と あ り、 奥 書 に ﹁ 中 天 竺 国 那 蘭 陀 寺 三 蔵 法 師 於 大 唐 東 都 河 南 府 大 聖 善 寺 訳 出 ﹂ と あ る。 大 日 経 は 大 綱 だ け を 示 し、 大 日 経 疏 は や や く わ し く の べ る が、 マ ン ダ ラ の 全 貌 の 細 部 は 図 に よ つ て 具 体 化 さ れ る わ け で あ る。 胎 蔵 図 像 は 阿 闊 梨 所 伝 曼 茶 羅 図 と 同 様 に 経 の 具 縁 品 に よ つ て 図 出 さ れ た も の で あ る。 小 野 玄 妙 五 部 心 観 小 野 先 生 は 京 都 粟 田 青 蓮 院 宝 蔵 で ﹁ 六 種 曼 茶 羅 略 釈 ﹂ 二 巻 マ ン タ ラ 研 究 史
密 教 文 化 を 発 見 さ れ た。 こ れ は 五 部 心 観 に 附 随 す る 一 具 の 口 訣 で あ つ て、 こ れ に よ つ て 五 部 心 観 を 理 解 し 得 る。 こ の 一 具 の 文 献 に よ つ て 次 の こ と が 知 ら れ る。 す な わ ち、 善 無 畏 三 蔵 は 金 剛 智 三 蔵 の 来 唐 以 前 に 金 剛 頂 経 の 梵 本 を 携 行 し て 来 た。 五 部 心 観 は 善 無 畏 自 ら が 梵 本 に よ つ て そ の 図 像、 標 幟、 印 契、 真 言 を 訳 出 し た も の で あ る。 そ の 六 会 具 足 の マ ン ダ ラ と し て 印 言 は 弘 法 大 師 請 来 の 現 図 金 剛 頂 宗 や そ の マ ン ダ ラ と 軌 を 一 に し な い。 大 村 西 崖 氏 は 五 部 心 観 は 金 剛 智 訳 の 金 剛 頂 略 出 経 の 意 に よ つ て、 善 無 畏 が 金 善 互 授 の 後 に 自 分 の 観 行 の た め に 画 作 し た も の と 見 る。 け れ ど も そ れ は 略 出 経 と ち が う 点 が あ る。 尊 名 や 尊 位 が ち が う。 す る と、 善 無 畏 の こ の 書 は 胎 蔵 図 像 と 同 じ よ う 三 蔵 が 親 し く 梵 本 に よ つ て 図 出 し た こ と に な る。 換 言 す る と、 梵 本 金 剛 頂 経 諭 伽 金 剛 界 品 に ょ る 六 会 具 足 の マ ン ダ ラ、 そ れ が 五 部 心 観 で あ る。 六 種 曼 茶 羅 略 釈 の 原 本 は 五 部 心 観 と 共 に 智 証 大 師 の 録 外 請 来 品 と し て 三 井 の 唐 院 に 秘 蔵 さ れ て い た が 今 は な い。 こ の 原 本 の 写 本 が 良 祐 本 で あ る。 建 長 入 年 に 青 蓮 院 初 代 天 台 座 主 行 玄 が 良 祐 本 を 筆 写 し た の が、 小 野 博 士 に よ つ て 発 見 さ れ 大 正 蔵 図 像 部 第 二 巻 に 収 め ら れ た の が そ れ で あ る。 そ れ は 金 剛 頂 大 教 王 経 の 初 品 の 六 種 曼 茶 羅 に つ い て、 尊 像、 標 幟、 印 契 等 の 図 を 略 釈 解 明 し、 註 記 の 梵 文 を 記 述 し、 あ わ せ て 密 言 を 出 し、 序 分 を 添 え る。 も と は 一 巻 で あ つ た が、 い ま は 上 下 二 帖 に な つ て い る 五 部 心 観 は 智 証 大 師 が 青 龍 寺 の 法 全 阿 閣 梨 か ら 受 け た も の で あ る が、 六 種 曼 茶 羅 略 釈 は そ の 法 全 の 作 か も し れ な い。 六 種 曼 茶 羅 と は 一、 金 剛 界 大 曼 茶 羅、 二、 金 剛 界 秘 密 陀 羅 尼 曼 茶 羅、 三、 金 剛 界 微 細 曼 茶 羅、 四、 金 剛 界 掲 磨 供 養 曼 茶 羅、 五、 金 剛 界 四 印 曼 茶 羅 (、 六、 金 剛 界 一 印 曼 茶 羅。 小 野 玄 妙 編、 大 正 新 脩 大 蔵 経 図 像 部 十 二 巻 の 主 な 内 容 第 一 巻-秘 蔵 記、 諸 説 不 同 記、 胎 蔵 界 曼 茶 羅 七 十 四 問、 石 山 七 集、 金 剛 界 七 集、 そ の 他 両 部 曼 茶 羅 に 関 す る 解 説 書 約 二 五 部、 両 部 マ ン ダ ラ 図 の 仁 和 寺 版、 長 谷 寺 版、 石 山 寺 版、 高 野 山 勧 学 院 版 な ど、 そ の 他 の 曼 茶 羅 図 い く つ か。 第 二 巻-六 種 曼 茶 羅 略 釈、 五 部 心 観、 胎 蔵 図 像、 大 悲 胎 蔵 三 昧 耶 曼 茶 羅、 胎 蔵 旧 図 様、 叡 山 本 大 悲 胎 蔵 大 曼 茶 羅、 叡 山 本 金 剛 界 大 曼 茶 羅、 胎 蔵 曼 茶 羅 略 記、 そ の 他 叡 山 系 の マ ン ダ ラ。 第 三 巻-心 覚 筆 別 尊 雑 記 五 七 巻。 心 覚 筆 諸 尊 図 像 二 巻、 四
家 砂 図 像 三 巻、 恵 什 筆 図 像 抄 十 巻 第 四 巻 -仁 和 寺 唐 本 曼 茶 羅、 醍 醐 寺 図 像、 久 原 本 図 像、 興 然 曼 茶 羅 集 三 巻、 玄 証 筆 曼 茶 羅 集、 興 然 図 像 集 七 巻、 覚 (禅 筆 仁 王 経 法、 覚 禅 砂 ( 第 一 巻 -第 五 六 巻 ) 勧 修 寺 蔵 本 第 五 巻 -覚 禅 砂 第 五 六 巻 -第 一 三 六 巻 第 六 巻 -醍 醐 寺 八 大 菩 薩 像、 観 智 院 唐 本 廿 五 菩 薩 像、 光 明 院 図 像 法 華 経 法、 仁 和 寺 如 意 輪 像、 そ の 他、 醍 醐 寺、 東 寺、 仁 和 寺、 石 山 寺、 高 山 寺 な ど の 珍 ら し い 別 尊 の 図 像。 白 宝 口 抄 第 一 巻 -第 九 五 巻、 高 野 山 金 剛 三 昧 院 本 第 七 巻-白 宝 口 抄 第 九 六-第 一 六 七、 高 野 山 金 剛 三 昧 院 本。 薬 師 十 二 神 将、 二 十 入 部 衆、 四 天 王、 毘 沙 門、 大 黒 天、 善 女 龍 王、 十 天、 十 二 天、 妙 見、 北 斗、 九 曜、 二 十 入 宿、 護 摩 坦 な ど に つ い て の 諸 寺 の 図 像 第 入 巻-東 寺 の 蘇 悉 地 儀 軌 契 印 図 の 他、 各 種 の 印 図、 石 山 寺 の 四 種 壇 法 そ の 他 の 護 摩 壇 図、 叡 山 文 庫 天 海 蔵 本 阿 娑 縛 抄 巻 第 一-五 七 第 九 巻 -阿 娑 縛 抄 巻 第 五 入-第 二 二 七 第 十 巻 -醍 醐 寺 本 澄 円 集 白 宝 抄 一 五 一 巻。 袈 裟 図、 潅 頂 道 具、 数 珠、 三 宝 物、 高 僧 図 な ど。 第 十 一 巻-香 薬 抄 な ど。 青 蓮 院 蔵 門 葉 記 ( 巻 一-八 九 ) 第 十 二 巻-門 葉 記 巻 第 九 一 -一 入 四。 石 山 寺 大 悲 胎 蔵 漫 茶 羅 尊 位、 他 の 胎 蔵 金 剛 界 曼 茶 羅、 釈 迦 像、 薬 師 入 大 菩 薩、 大 日 金 輪、 東 寺 仁 王 経 五 方 曼 茶 羅、 高 野 山 普 賢 院 五 大 力 像、 石 山 寺 仁 王 曼 茶 羅、 理 趣 経 曼 茶 羅、 諸 種 の 観 音 像、 文 殊 像、 普 賢 延 命 像、 不 動 (尊 像、 降 三 世 明 王 像、 愛 染、 双 身 毘 沙 門 天、 帝 釈 天、 焔 摩 天 曼 茶 羅、 十 界 曼 茶 羅、 法 身 三 密 観 図、 そ の 他 従 来 の 巻 に 洩 れ た 補 遺 的 な も の を 網 羅 し た。 権 田 雷 斧 著 曼 茶 羅 通 解 (大 正 五 年 ) 本 文 一 六 二 頁 こ れ は 現 図 両 界 マ ン ダ ラ の 伝 統 的 解 釈 の 委 曲 を つ く す も の で あ る。 そ れ は 理 論 的 と い う よ り も 象 徴 的 便 宜 的 解 釈 で あ つ て、 そ う い う 意 味 で こ の 書 の 右 に 出 る も の は な く、 そ の 点 で 読 者 を 納 得 さ せ る。 第 一 編 は 序 説 で 概 括 論 で あ る。 ま ず 現 図 曼 茶 羅 の 作 者 に つ い て は 古 来 い ろ い ろ の 説 が あ る が、 著 者 は 善 無 畏 時 代 に 現 図 は な く、 金 剛 智 不 空 の 軌 に 九 会 が な い の だ か ら、 現 図 マ ン ダ ラ は 恵 果 阿 闊 梨 が 高 祖 大 師 の た め に 経 所 説 の マ ン ダ ラ と 阿 閣 梨 所 伝 の マ ン ダ ラ に ょ つ て 図 画 し た も の で 大 師 請 来 本 は 恵 果 和 尚 が 李 真 な ら び に 十 余 人 の 画 師 に 図 画 さ マ ン ダ ラ 研 究 史
密 教 文 化 せ た も の で あ る。 次 に マ ン ダ ラ の 語 義 を の べ、 普 門 一 門 の 別、 大 三 法 掲 の 四 種 を 説 く。 次 に 両 部 を 一 具 と し た 時 に 胎 は 従 因 向 果、 本 有、 理、 平 等、 前 五 大、 因、 東 に 対 し て 金 は 従 果 向 因、 始 覚、 智、 差 別、 識 大、 果、 西 と そ の 対 照 を 説 く。 第 二 編 に 胎 蔵 を 説 く。 ま ず 大 日 経、 経 疏 に よ る 四 種 円 壇 の 建 立、 彩 色 マ ン ダ ラ、 支 分 生 マ ン ダ ラ を 一 言 し、 次 に、 十 三 大 院 を 説 明 す る。 中 台 入 葉 院 の 中 尊 大 日 は 第 九 蕎 摩 羅 識 に 相 当 し 法 界 体 性 智 を あ ら わ す。 同 様 に 東 方 宝 瞳 仏 は 第 入 阿 頼 耶 識 即 ち 大 円 鏡 智、 南 方 開 敷 華 仏 は 第 七 末 那 識 即 ち 平 等 性 智、 西 方 阿 弥 陀 仏 は 第 六 識 即 ち 妙 観 察 智、 北 方 天 鼓 雷 音 仏 は 前 五 識 即 ち 成 所 作 智 を あ ら わ す。 こ れ は 本 有 の 果 で あ つ て、 こ れ に 対 し 本 有 の 因 行 は 普 賢、 文 殊、 弥 勒、 観 音 で あ る。 遍 知 院 は 主 一 伴 四 侍 者 二 羅 漢 よ り 成 り、 三 角 知 印、 仏 眼 仏 母、 七 倶 砥 仏 母、 大 安 楽 不 空 真 実 菩 薩、 大 勇 猛 菩 薩 を 説 く。 持 明 院 に は 主 五 尊 が あ つ て、 ま た 五 大 院、 仏 母 院 と も い う。 仏 部 の 正 法 輪 身 た る 般 若 菩 薩 を 中 心 に 仏 部 の 教 令 輪 身 不 動 明 王、 金 剛 部 の 教 令 輪 身 降 三 世、 蓮 花 部 の 教 令 輪 身 大 威 徳、 お よ び 勝 三 世 を お く。 観 音 院 は 主 尊 ニ 一、 春 属 一 六 の 計 三 七 尊 よ り 成 り、 金 剛 手 院 の 智 に 対 し て 悲 で あ る。 そ こ に 聖 観 音、 如 意 輪、 馬 頭 明 王 な ど が あ る。 金 剛 手 院 は 薩 垣 院 と も い い、 主 二 一 尊、 伴 一 二 尊 計 三 三 尊 よ り 成 る。 著 し い の は 金 剛 部 発 生 ボ サ ツ、 金 剛 鈎 女 ボ サ ツ、 金 剛 サ ツ タ ボ サ ツ、 金 剛 軍 茶 利 な ど。 釈 迦 院 は 三 九 尊 よ り 成 り、 釈 迦 は 変 化 身 で あ る。 こ れ に 附 し て 入 仏 頂、 仏 弟 子、 辟 支 仏 な ど を お さ め る。 除 蓋 障 院 は 九 尊 で 智 を 表 し、 地 蔵 院 は 九 尊 で 悲 を 表 す る。 虚 空 蔵 院 と 蘇 悉 地 院 は 三 具 の も の で、 そ の 主 な 尊 は 虚 空 蔵 ボ サ ツ、 十 波 羅 蜜 ボ サ ツ、 金 剛 蔵 ボ サ ツ、 十 一 面 観 音 な ど で あ る。 外 金 剛 部 院 は 十 二 天 を あ ら わ す。 十 二 天 は 帝 釈 ( 東 )、 水 天 ( 西 )、 炎 魔 天 ( 南 )、 毘 沙 門 天 ( 北 一 )、 火 天 ( 東 南 )、 羅 刹 天 ( 西 南 )、 風 天 ( 西 北 )、 伊 舎 那 ( 東 北 ) の 入 方 天 に 梵 天 ( 東 )、 地 天 ( 東 )、 日 天 ( 東 )、 月 天 ( 西 ) を 合 し た も の で あ る。 十 二 宮 は 四 方 に 三 宮 ず つ あ つ て 計 十 二 宮、 二 十 八 宿 は 四 方 に 各 七 宿 あ つ て 二 十 入 宿 で あ る。 七 曜 に 羅 喉、 計 都 二 星 を 加 え て 九 曜 と す る。 第 三 編 は 金 剛 界 マ ン ダ ラ に あ て る。 そ れ は 金 剛 頂 経 初 会 金 剛 界 品、 降 三 世 品、 偏 調 伏 品、 一 切 義 成 就 品 に 説 く 六 曼 茶 羅 が 現 図 の 前 六 会 で あ り、 第 七 会 は 理 趣 経 所 説 の 金 剛 薩 垣 十 七 尊 マ ン ダ ラ で あ る。 第 八、 第 九 会 は 初 会 降 三 世 品 の 第 一 第 二 マ ン ダ ラ で あ る。 成 身 会 は 一 〇 六 一 尊 よ り 成 り、 そ の
内 訳 は 五 仏 ( 毘 盧 遮 那、 阿 閾、 宝 生、 無 量 寿、 不 空 成 就 )、 四 波 羅 蜜 ボ サ ツ、 十 六 大 ボ サ ツ ( 法 利 因 語、 業 護 牙 拳、 薩 王 愛 喜、 宝 光 瞳 笑 )、 内 四 供 ( 嬉 髭 歌 舞 )、 外 四 供 ( 香 華 灯 塗 )、 四 摂 ( 鈎 索 錬 鈴 )、 四 天 ( 火、 水、 風、 地 )、 第 二 重 の 賢 劫 千 仏 と 第 三 重 の 外 金 剛 部 二 十 天 で あ る。 成 身 会 が 大 マ ン ダ ラ な ら ば 本 誓、 平 等、 驚 覚、 除 障 な ど の 義 を 有 す る 三 昧 耶 会 と は 三 昧 耶 マ ン ダ ラ で あ り、 掲 磨 会 は 微 細 会 と も い い 法 マ ン ダ ラ で あ り、 供 養 会 は 掲 磨 マ ン ダ ラ に あ て ら れ る。 四 印 会 は 十 三 尊 よ り 成 る。 即 ち、 中 央 毘 盧 遮 那、 東 方 金 剛 薩 垣、 南 方 金 剛 宝 ( 虚 空 蔵 )、 西 方 金 剛 法 ( 観 音 )、 北 方 金 剛 業 ( 毘 首 掲 磨 ボ サ ツ )、 金 宝 法 業 の 四 波 羅 蜜 と 嬉 量 歌 舞 の 内 四 供 で あ る。 こ れ は 大 三 法 掲 の 四 種 曼 茶 を 一 処 に 会 し、 四 曼 各 不 離 を 表 わ す。 一 印 会 の 一 印 と は 智 拳 印 で あ つ て、 独 一 毘 盧 遮 那 で あ る。 こ れ に 四 賢 瓶 を 配 す る。 理 趣 会 は 理 趣 経 十 七 尊 す な わ ち 金 剛 サ ツ タ、 欲 金 剛、 触 金 剛、 愛 金 剛、 慢 金 剛、 意 気 金 剛 女、 意 生 金 剛 女、 計 里 吉 羅 金 剛 女、 愛 楽 金 剛 女 ( 外 四 供 ) お よ び 内 四 供 と 四 摂 の 各 ボ サ ツ で あ る。 降 三 世 謁 磨 会 は 教 令 輪 身 降 三 世 明 王 が 念 怒 拳 に 住 す る。 さ い ご は 降 三 世 三 昧 耶 会 で あ る。 以 上 の 如 き 諸 会 の 細 部 に つ い て 象 徴 的 に 説 明 す る。 栂 尾 祥 雲 著 曼 茶 羅 の 研 究 ( 昭 和 二 年 ) 栂 尾 先 生 は マ ン ダ ラ の 研 究 で チ ベ ツ ト 語 の 資 料 を 用 い て 新 し い 分 野 を 開 拓 さ れ た。 ま ず マ ン ダ ラ の 語 義 に つ い て は 漢 訳 で は 輪 円、 壇、 集 会 処、 チ ベ ッ ト 語 で は 本 質 の (義 を と る。 マ ン ダ ラ と は 何 か と い え ば、 そ れ は 仏 自 証 の 境 地 を 図 示 し た も の で あ る。 マ ン ダ ラ の 種 類 に 法 身 マ ン ダ ラ、 俗 諦 マ ン ダ ラ、 観 想 マ ン ダ ラ、 形 像 マ ン ダ ラ を 区 別 し、 形 像 マ ン ダ ラ に 大 三 法 謁 の 四 種 を 認 め る。 そ の 他 の 分 類 に 都 会、 部 会、 別 尊 の 別 が あ る。 初 期 の マ ン ダ ラ と し て 梁 代 失 訳 の 牟 梨 曼 茶 羅 経、 唐 智 通 の ﹁ 千 眼 千 管 観 世 音 菩 薩 陀 羅 尼 神 呪 経 ﹂、 阿 地 擢 多 ﹁ 陀 羅 尼 集 経 ﹂ を あ げ る。 陀 羅 尼 集 経 に ょ つ て イ ン ド の 土 壇 マ ン ダ ラ を 説 く。 し か し 当 麻 マ ン ダ ラ な ど の 浄 土 変 相 図 を マ ン ダ ラ の 中 に 入 れ る の は 適 当 で な い。 次 に 胎 蔵 マ ン ダ ラ を 説 く。 ま ず 胎 蔵 マ ン ダ ラ の 意 義 と 経 の 本 説 を 示 す。 す な わ ち 善 無 畏 訳 大 日 経 と 一 行 の 大 日 経 疏、 チ ベ ッ ト 訳 大 日 経 と Buddaguhyaの 総 義 釈 と 疏 釈 を 示 す。 釈 迦 を 第 二 重 に お く 漢 訳 大 日 経 の 経 文 を 善 無 畏 は 故 意 の 乱 脱 と 見 て 第 三 重 に お く。 胎 蔵 マ ン ダ ラ の 異 図 と し て 阿 闊 梨 所 伝 の マ ン ダ ラ、 大 日 経 疏 第 六、 善 無 畏 の 胎 蔵 図 像、 摂 大 軌、 広 大 マ ン ダ ラ 研 究 史
密 教 文 化 軌 の マ ン ダ ラ を 引 く。 胎 蔵 旧 図 様 の 尊 位 が ふ つ う と ち が つ て い る の で、 こ れ を 不 空、 B u d d h aguhyaの 系 統 と 見 る。 玄 法 寺 軌 の マ ン ダ ラ に つ い て 現 図 マ ン ダ ラ を 説 明 す る。 現 図 と は 現 に 流 布 す る マ ン ダ ラ の 意 と す る。 現 図 マ ン ダ ラ の 考 案 者 を 恵 果 和 尚 と 見 る。 現 図 マ ン ダ ラ の 古 本 と 開 版 に つ い て、 弘 法 大 師 請 来 正 本 と 東 寺 正 伝 の 第 一、 第 二、 第 三、 第 四 転 写 本 が あ る。 高 野 山 引 摂 院 の 常 塔 は 東 寺 正 伝 の マ ン ダ ラ を 模 写 さ せ て、 安 永 二 年 之 を 板 に 刻 し て 流 布 し た。 そ れ は 原 本 の 四 分 の 一 の 大 き さ で あ つ た。 し か し そ の 版 木 は 焼 失 し た。 天 保 五 年 ( 一 八 三 四 ) 豊 山 の 有 光 と 海 如 が 長 谷 川 等 叔 を し て 東 寺 正 伝 本 に よ つ て 両 部 マ ン ダ ラ を 描 か せ た。 そ れ が 豊 山 版 即 ち 長 谷 寺 版 で あ る。 大 師 請 来 の 根 本 マ ン ダ ラ か ら う つ し た 現 存 最 古 の マ ン ダ ラ は 高 雄 マ ン ダ ラ で あ る。 高 雄 本 の 御 室 版 の こ と は 前 に の べ た。 子 島 マ ン ダ ラ も 有 名 で あ る。 次 に 金 剛 界 マ ン ダ ラ と そ の 本 経 を 示 す。 金 剛 頂 経 は 不 空 の 十 八 会 指 帰 に よ る と 十 入 会 あ る は ず だ が、 不 空 は 初 会 だ け を 訳 し た。 後 に 施 護 が 初 会 を 三 十 巻 教 王 経 と し て 訳 し た。 九 会 マ ン ダ ラ は 金 剛 頂 経 の 初 会 に あ る。 即 ち 金 剛 界 品 に 六 マ ン ダ ラ、 降 三 世 品 に ニ マ ン ダ ラ が あ る。 台 密 で 用 い る 入 十 一 尊 マ ン ダ ラ は 金 剛 界 の 成 身 会 で あ る。 し か し 諸 尊 の 座 は 蓮 花 座 で な く、 鳥 獣 座 で あ る。 鳥 獣 座 は 略 出 念 論 経 に 説 か れ る。 次 に 成 身 会 の 本 説、 構 造、 五 智 五 仏、 十 六 大 ボ サ ツ、 内 外 入 供、 四 摂、 二 十 天 を 釈 す る。 そ の 所 説 は 文 秘 の 秘 蔵 記 と 一 致 す る。 次 に 三 昧 耶 会、 微 細 会、 供 養 会、 四 印 会、 一 印 会、 理 趣 会、 降 三 世 会、 降 三 世 三 昧 耶 会 の 特 質、 経 の 本 説、 形 像 を 具 説 す る。 さ い ご に 第 四 部 で は 諸 仏、 諸 経 法、 諸 ボ サ ツ、 明 王、 諸 天 の マ ン ダ ラ を 説 く。 吉 祥 真 雄、 曼 茶 羅 図 説 ( 昭 和 十 年 ) マ ン ダ ラ の 意 義 と か 種 類、 両 部 の 伝 来 な ど に つ い て 説 く 第 三 編 序 論 は 栂 尾 博 士 の 所 説 を 出 な い。 現 図 マ ン ダ ラ は 恵 果 和 上 の 建 立 で あ ろ う し、 玄 法 寺 儀 軌、 青 龍 寺 儀 軌 は 恵 果 の 孫 弟 子 に あ た る 法 全 の 作 で あ る か ら、 現 図 に よ つ て 記 述 し た も の で あ ろ う。 高 雄 マ ン ダ ラ は 弘 法 大 師 の 描 い た も の と 見 る。 こ れ は 通 説 に 合 わ な い。 大 日 経 に 三 種 の 胎 蔵 マ ン ダ ラ を 説 く 中 で、 具 縁 品 の も の が 基 本 で あ る。 大 日 経 疏 は 第 二 重 の 釈 迦 と そ の 巻 属 を 第 三 重 に、 第 三 重 の 文 殊、 除 蓋 障、 虚 空 蔵、 地 蔵 を 第 二 重 に 転 置 せ よ と 説 く。 阿 閨 梨 所 伝 曼 茶 羅 は 大 目 経 に 説
か れ な い 諸 ボ サ ツ、 諸 天 を 加 え た が、 大 体 の 組 織 は 疏 に 釈 す る 具 縁 品 曼 茶 羅 と 大 差 は な い。 胎 蔵 図 像 で は ボ サ ツ や 天 部 が 阿 闊 梨 所 伝 よ り も 少 な い。 遍 知、 持 明、 蓮 華 部、 金 剛 手 の 各 院 の 外 側 に、 文 殊、 除 蓋 障 な ど の 諸 ボ サ ツ と の 問 に 四 大 護 を 加 え る。 胎 蔵 旧 図 様 は 中 台 と 第 一 重 は 他 の マ ン ダ ラ と 同 様 で あ り、 第 二 重 は 釈 迦 マ ン ダ ラ で あ る。 第 三 重 は 諸 ボ サ ツ で あ る が、 方 位 が ち が う。 第 四 重 に 外 部 諸 天 を 列 ね る。 玄 法 寺 儀 軌 の マ ン ダ ラ は 現 図 と ほ ぼ 同 じ。 青 龍 寺 儀 軌 は 現 図 マ ン ダ ラ の 説 明 で あ る。 次 に 現 図 胎 蔵 界 十 二 院 の 結 構 と 細 部 の 説 明 と 同 時 に 現 図 以 外 の 異 本 と の 同 異 を 説 く。 金 剛 界 マ ン ダ ラ は 金 剛 頂 略 出 念 諦 経 に よ る。 九 会 は も と 独 立 の 九 マ ン ダ ラ で あ る。 九 会 の 他 に 入 十 一 尊 曼 茶 羅、 百 入 尊 曼 茶 羅、 五 部 心 観 な ど が あ る。 百 入 尊 曼 茶 羅 は 秘 蔵 記 に 説 く。 次 に 金 剛 界 九 会 を 現 図 に よ つ て 説 明 し、 現 図 以 外 の も の を も 併 説 す る。 さ い ご に 蘇 悉 地 経 に 説 く マ ン ダ ラ を 示 す。 大 山 公 淳 著 曼 茶 羅 通 釈 ( 昭 和 二 四 年 ) マ ン ダ ラ と は 覚 の 境 地 で あ つ て、 法 身 大 日 の 実 体 で あ る と い う。 し か し 何 故 に そ う い え る か の 説 明 は な い。 マ ン ダ ラ の 種 類 に つ い て は 栂 尾 師 の 所 説 を 出 な い。 現 図 マ ン ダ ラ は 恵 果 の 創 始 と 見 る。 次 に 弘 法 大 師 請 来 マ ン ダ ラ の 転 写 本、 そ の 他 長 谷 寺 本、 石 山 寺 本、 高 雄 マ ン ダ ラ と そ の 御 室 版、 子 島 マ ン ダ ラ な ど を 説 く。 そ れ か ら 現 図 胎 蔵 マ ン ダ ラ、 金 剛 界 マ ン ダ ラ を 説 く、 特 に 目 立 つ た 特 色 は な い。 田 島 隆 純 著
Les grands mandaas doctro
qe lesorisme Shin 1958 1 大 日 経 所 説 の マ ン ダ ラ、 2 阿 闊 梨 所 伝 の マ ン ダ ラ、 3 現 図 マ ン ダ ラ と そ の 類 例、 4 長 谷 寺 マ ン ダ ラ 序 説-1 秘 密 仏 教 に 先 だ つ も の、 2 真 言 秘 密 教、 弘 法 大 師 ナ ー ラ ン ダ、 ヴ ィ ク ラ マ シ ー ラ、 善 無 畏、 真 言 密 教、 3 大 日 経 と 密 教 経 典 中 の 地 位、 入 唐 入 家、 4 大 日 経 梗 概、 大 日 経 疏 ( 一 行 ) 二 十 巻、 大 日 経 義 釈 ( 智 假、 温 古 ) 十 四 巻、 5、 大 日 経 の 本 質 的 概 念-如 実 知 自 心、 浄 菩 提 心、 6 欧 州 に お け る 大 日 経-チ ベ ッ ト 語 大 蔵 経 の 断 片、 7 真 言 宗 の 聖 典、 -善 無 畏 大 日 経 七 巻、 不 空 大 教 王 経 三 巻、 金 剛 智 略 出 念 諦 経、 善 無 畏 蘇 悉 地 経 三 巻、 金 剛 智 玲 祇 経、 不 空 菩 提 心 論、 筏 提 摩 多 釈 摩 詞 術 論、 施 護 訳 大 教 王 経 三 十 巻、 8 両 部 大 マ ン マ ン ダ ラ 研 究 史
密 教 文 化 ダ ラ、 9 真 言 祖 伝 に 関 す る 伝 承、 付 法 八 祖、 伝 持 八 祖、 龍 猛、 龍 智、 金 剛 智、 不 空、 善 無 畏、 一 行、 恵 果、 弘 法。 9 真 言 宗 の そ の 後 の 発 展-古 義 と 新 義、 覚 鍵 ( 一 〇 九 五-一 一 四 四 ) 第 一 部 曼 茶 羅 研 究 序 説 1 マ ン ダ ラ の 語 義、 2 マ ン ダ ラ の 性 質 と 目 的、 3 マ ン ダ ラ の 種 類-大、 三、 法、 謁 4 マ ン ダ ラ の 分 類-胎 蔵 法、 金 剛 界、 都 会 マ ン ダ ラ、 別 尊 マ ン ダ ラ、 仏 部、 金 剛 部、 蓮 花 部、 自 性、 観 想、 形 像、 5 地 面 に つ く る マ ン ダ ラ、 七 目 作 壇 法、 大、 三、 法、 掲。 6 両 部 マ ン ダ ラ の 基 礎 と な る 原 理-凡 聖 不 二、 理 智、 本 有、 修 正、 因 果、 東 西、 7 胎 マ ン と 金 マ ン の 関 係、 六 大 法 身、 理 法 身、 智 法 身、 理 智 不 二、 8 両 部 マ ン ダ ラ の 性 格 の 相 違 第 二 部 胎 蔵 マ ン ダ ラ 1 胎 蔵 マ ン ダ ラ の 意 義-因、 根、 究 竜、 2 胎 マ ン 建 立 の た め の 諸 法 則、 現 図 マ ン ダ ラ は 主 と し て 具 縁 品 に よ り、 併 せ て 曼 茶 羅 品 の 趣 意 を と る。 し か し 阿 闊 梨 の 意 楽 に よ る 点 も あ る。 3 胎 蔵 マ ン ダ ラ の 結 構、 現 図 は 東 方 を 四 重 に し た の で、 均 衡 上 西 方 で 虚 空 蔵 と 蘇 悉 地 を 分 け た。 4 中 台 八 葉 院-大 悲 ( 蓮 花 )、 大 智 ( 金 剛 杵 )、 大 定 ( 入 葉 蓮 花 に 坐 す る 諸 尊 ) 5 五 仏 四 ボ サ ツ の 教 理 的 説 明。 遍 知 院 以 下 外 金 剛 部 院 ま で に つ い て は、 大 日 経 の 経 文 を 引 用 し、 つ づ い て 簡 単 に 記 述 す る。 そ こ に 正 統 的 な 伝 承 的 な 解 釈 を 示 す。 た と え ば 権 田 雷 斧 の 曼 茶 羅 通 解 な ど に 見 る も の で あ つ て、 独 創 的 な 見 解 は な い。 密 教 や マ ン ダ ラ の 用 語 を フ ラ ン ス 語 に 訳 し た の は 一 つ の 労 作 で あ る が、 そ の 説 明 に と り 立 て て い う べ き 特 色 は な い。 第 三 部 金 剛 界 マ ン ダ ラ 1 金 剛 界 九 会 の 原 理、 2Vajradhatuの 語 義、 3 金 剛 界 マ ン ダ ラ 建 立 の 基 礎、 金 剛 智 訳 略 出 念 諦 経 の 所 説 の 引 用、 4 成 身 会 す な わ ち 金 剛 界 マ ン ダ ラ の 意 義、 5 金 剛 界 マ ン ダ ラ の 配 位、 6 三 十 七 尊 名 と 配 位、 7 三 十 七 尊 の 存 在 理 由、 8 三 十 七 尊 略 述 は 略 出 念 調 経 と 秘 蔵 記 に よ る。 9 他 の 諸 尊 と 標 幟 の 略 述、 10 金 剛 界 八 会 の 略 述 第 四 部 で は 真 言 の 教 説 の 大 綱 を の べ る。 附 録 一 で 両 部 マ ン ダ ラ 附 言 と し て、 天 保 五 年 ( 一 八 三 四 ) 弘 法 大 師 一 千 年 忌 記 念 に つ く ら れ た 長 谷 川 等 叔 の 模 写 本 を 説 明 す る。 高 崎 光 哲、 東 寺 国 宝 両 界 曼 茶 羅、 ﹁ 宝 雲 ﹂ 第 14 号 ( 昭 一 〇
p p. 7 3-86) 安 元 三 年 宮 中 真 言 院 が 焼 け、 そ れ ま で そ こ に あ つ た 両 界 マ ン ダ ラ 一 禎 九 副 の 絹 本 彩 絵 マ ン ダ ラ も 焼 け た。 養 和 二 年 こ ろ 波 多 板 に 図 絵 さ れ た 板 絵 マ ン ダ ラ が 用 い ら れ、 康 永 ( 南 北 朝 初 期 ) 以 前 に 敷 マ ン ダ ラ が 用 い ら れ た。 康 永 以 後 は も と の よ う に 両 界 彩 色 マ ン ダ ラ が 用 い ら れ た。 し か し 一 鋪 三 副 の 両 界 マ ン ダ ラ が 東 寺 に 現 存 す る。 そ の 箱 蓋 裏 の 朱 漆 銘 に ﹁ 奉 入 櫃 昌 泰 二 年 ( 八 九 九 ) 歳 次 己 未 六 月 十 五 日 丁 丑 檀 越 従 入 位 下 粟 田 朝 臣 福 琴 ﹂ と あ る。 こ の マ ン ダ ラ は た ぶ ん そ の 頃 の も の で あ ろ う。 こ の マ ン ダ ラ は 現 図 マ ン ダ ラ と 大 同 小 異 で あ つ て、 や は り 東 密 の 現 図 マ ン ダ ラ の ( 例 で あ る。 素 地 に 文 様 を え が か な い の が 特 色 で、 賦 彩 の 濃 厚 華 麗 な も の で あ る。 高 田 修、 東 寺 と 正 系 現 図 曼 茶 羅 の 相 承 -新 出 大 幅 彩 色 古 曼 茶 羅 三 本 の 調 査 概 報 ﹁ 仏 教 芸 術 ﹂ 24 号 ( 昭 30 年 ) 近 年 の マ ン ダ ラ 研 究 で は 高 田 修 氏 の 活 動 が 目 立 つ て い る。 そ の 仕 事 は 東 寺、 高 雄、 醍 醐 と 現 存 の 現 図 マ ン ダ ラ 古 本 に つ い て 精 細 な 研 究 を と げ た。 ま ず 東 寺 の マ ン ダ ラ に つ い て、 従 来 知 ら れ て い る の は 元 禄 本 現 図 マ ン ダ ラ ( 大 師 請 来 本 の 第 四 転 写 本 ) と 真 言 院 マ ン ダ ラ だ け で あ つ た。 と こ ろ が 昭 和 二 十 九 年 秋 か ら 東 寺 宝 蔵 の 解 体 修 理 が 行 な わ れ、 同 宝 蔵 内 の 大 小 の マ ン ダ ラ 類 が 調 査 さ れ た と き、 大 幅 の 古 マ ン ダ ラ 三 本 が 発 見 さ れ た の を 簡 単 に 報 告 す る も の で あ る。 三 本 の う ち A 本、 ( 絹 本 着 色 両 部 マ ン ダ ラ ) は 描 線 は 巧 み だ が 弱 く、 全 体 に 豊 雅 な も の で、 様 式 は 藤 原 後 期 式 で あ る。 尊 位 は 高 雄 本 に 近 い か 全 同 で あ ろ う。 B 本 も 絹 本 着 色 の 両 部 マ ン ダ ラ だ が、 断 片 し か の こ ら な い。 し か し 彩 色 は よ く の こ る。 各 尊 の 顔 が 丸 く て 豊 頬、 口 は 小 さ く、 真 言 院 マ ン ダ ラ に 近 い。 時 代 は や や お そ く、 描 線 は 一 様 に 太 く、 流 暢 さ と 変 化 に 乏 し い。 C 本 も 絹 本 着 色 両 部 マ ン ダ ラ で あ る が、 剥 落 ひ ど く、 色 彩 は ほ と ん ど の こ ら な い。 鎌 倉 後 期 の も の だ ろ う。 尊 位 は 高 雄 本 に 近 い 現 図 マ ン ダ ラ で あ る。 以 上 三 本 を 東 寺 の 根 本 マ ン ダ ラ の 転 写 本 に 比 定 す る と、 A 本 は 第 二 転 写 本 ( 建 久 本 )、 C 本 は 第 三 写 本 ( 永 仁 本 )、 B 本 は 不 明 で あ る。 高 田 修、 東 寺 の 両 界 曼 茶 羅 ﹁ 仏 教 芸 術 ﹂ 四 七 号 胎 蔵 マ ン ダ ラ 十 二 院、 金 剛 界 マ ン ダ ラ 九 会、 こ の 二 幅 を 一 具 と す る 現 図 両 界 マ ン ダ ラ は た し か に 恵 果 に ょ つ て 成 立 し マ ン ダ ラ 研 究 史
密 教 文 化 た。 現 存 最 古 の マ ン ダ ラ は 神 護 寺 の 高 雄 マ ン ダ ラ ( 入 二 四 年 頃 )、 子 島 マ ン ダ ラ ( 平 安 中 期 ) で あ り、 彩 色 本 で は 東 寺 の 三 副 本 が 古 い。 板 絵 に は 醍 醐 寺 五 重 塔 の 板 絵 が あ る。 他 に 高 野 山 の 血 マ ン ダ ラ と、 東 寺 の 第 四 転 写 本 現 図 マ ン ダ ラ す な わ ち 元 禄 本 が あ る。 こ こ で 東 寺 に 存 す る 両 界 マ ン ダ ラ 都 合 六 本 を 略 述 す る。 (1)三 副 古 本 両 界 マ ン ダ ラ ( 国 宝 ) す な わ ち 伝 真 言 院 マ ン ダ ラ で あ る。 先 に 高 崎 氏 が 紹 介 し た も の で、 昭 和 九 年 に 発 見 さ れ た。 制 作 は 平 安 前 期 の 最 末 期。 黒 漆 塗 の 箱 の 蓋 裏 に 昌 泰 二 年 ( 八 九 九 ) の 朱 漆 銘 が あ る。 し か し 銘 に 問 題 が あ る。 こ の 箱 と マ ン ダ ラ は も と も と 関 係 は な い。 し か し 様 式 的 に 九 〇 〇 年 頃 と さ れ る。 色 彩 は 鮮 や か に の こ る。 尊 像 の 円 顔、 相 連 る 両 眉、 切 長 の 眼、 媚 笑、 細 い 鼻 と 小 さ い 口 が 目 立 つ て い る。 (2)敷 マ ン ダ ラ 図 ( 重 文 ) 金 剛 界 は 成 身 会 の 入 十 一 尊 マ ン ダ ラ で あ る。 こ れ は 天 永 三 年 ( 一 二 二 ) 大 法 師 賢 禅 の 画 で あ る。 胎 蔵 界 は い た み が 甚 だ し い。 描 線 は 熟 練 し て い る が、 丁 寧 で な く 簡 略 で あ り、 色 彩 の 変 化 に 乏 し い。 (3)両 界 マ ン ダ ラ 図 甲 本 ( 重 文 ) 絹 本 着 色、 仮 表 装、 前 に の べ た A 本 で あ る。 描 線 は 繊 細、 筆 勢 な し、 諸 尊 は 女 性 的 で あ る。 様 式 は 和 様 化 し て い る。 彩 色 現 図 マ ン ダ ラ を 原 本 と し て の 写 本 で あ る。 補 彩 補 筆 な し。 藤 原 末 (4)両 界 マ ン ダ ラ 乙 本 ( 重 文 ) 絹 本 着 色、 仮 表 装、 前 述 の B 本 に あ た る。 画 面 は 保 存 よ く 鮮 や か な 彩 色。 画 幅 は 現 存 の う ち 最 大 で あ つ て、 実 に 高 雄 マ ン ダ ラ よ り 大 き い。 諸 尊 は 丸 顔 豊 頬 で、 両 眉 が せ ま り、 眼 は 切 れ 長、 体 躯 は お お ら か で 力 に み ち、 堂 々 た る 偉 容 を 示 す。 表 現 は 三 副 古 本 の 表 現 に 近 い。 色 彩 は 濃 厚 で、 顔 料 は 質 が あ ら い。 補 彩 な し。 一 三 四 〇 年-一 三 四 三 年 の 東 寺 長 者 寛 恵 が 他 か ら 施 入 し た も の と 見 ら れ る。 年 代 不 明。 (5)両 界 マ ン ダ ラ 永 仁 本 ( 重 文 ) 絹 横 つ ぎ の 絹 本 著 色、 掛 幅 装、 前 述 の C 本 に あ た る。 画 面 荒 れ、 彩 色 も 剥 落、 使 用 期 間 が 長 か つ た。 東 宝 記 潅 頂 院 の 条 に ﹁ 当 時 所 懸 両 界 曼 茶 羅 者 願 行 憲 静 上 人 大 勧 進 時 永 仁 年 中 令 図 絵 之。 寒 典 主 画 之 ﹂ と あ る。 (6)両 界 マ ン ダ ラ 元 禄 本 ( 重 文 ) 絹 本 着 色 掛 幅 装、 元 禄 六 年 ( 一 六 九 三 ) 十 一 月 二 日。 施 主 桂 昌 院、 筆 者 宗 覚 律 師 が ﹁ 諸 説 不 同 記 ﹂ に よ つ て 描 く。 高 田 修、 秋 山 光 和、 柳 沢 孝、 神 谷 栄 子 共 著 高 雄 曼 茶 羅 の
研 究 東 京 国 立 文 化 財 研 究 所 ( 昭 和 四 二 年 ) 第 一 章 神 護 寺 と 高 雄 曼 茶 羅 ( 高 田 )-神 護 寺 の 創 建、 高 雄 マ ン ダ ラ の 製 作 ( 天 長 の 後 半 )、 平 安 時 代 の 神 護 寺、 文 覚 の 再 興 と 両 界 マ ン ダ ラ、 そ の 後 の 神 護 寺 と 両 界 マ ン ダ ラ 第 二 章 高 雄 マ ン ダ ラ の 形 状 と 材 質 ( 秋 山、 柳 沢 ) 第 三 章 高 雄 マ ン ダ ラ の 図 像 ー 高 雄 マ ン ダ ラ は 大 師 請 来 本 を 忠 実 に う つ し た も の で あ る。 そ れ は 現 存 最 古 の 現 図 マ ン ダ ラ で あ る。 現 図 マ ン ダ ラ の 組 織、 諸 尊 の 配 位 は 恵 果 の 創 意 で あ り、 胎 蔵 マ ン ダ ラ を 十 二 院 に し た の は 恵 果 で あ る。 上 下 四 重、 左 右 三 重 で あ る。 そ れ は 上 方 の 釈 迦 院 を ひ ら い て 虚 空 蔵、 蘇 悉 地 の 二 院 と し て 均 衡 を は か つ た。 日 本 で は 東 密 だ け で な く 台 密 で も 現 図 マ ン ダ ラ が 行 な わ れ た。 高 雄 マ ン ダ ラ の 諸 尊 の 比 定 の た め に 真 寂 の 諸 説 不 同 記 を 用 い た。 現 図 胎 蔵 マ ン ダ ラ の 錯 誤 と さ れ る の は 除 蓋 障 ボ サ ツ が 除 蓋 障 院 に な い こ と で あ る。 こ れ を 訂 正 す る に は 不 思 議 恵 を 除 蓋 障 と し、 日 光 を 不 思 議 恵 と し、 地 蔵 院 の 除 蓋 障 を 除 き、 そ の 代 り に 日 光 を 配 す れ ば よ い。 金 剛 界 曼 茶 羅 と し て は 東 密 で は 九 会、 台 密 で は 主 と し て 八 十 一 尊 マ ン ダ ラ を 用 い る。 入 十 一 尊 マ ン ダ ラ と は 成 身 会 の こ と で あ る。 成 身 会 で は 賢 劫 千 仏 と 六 十 一 尊 で あ る の に、 入 十 一 尊 マ ン ダ ラ で は 賢 劫 十 六 尊、 最 外 院 四 尊 と 六 十 一 尊 計 入 十 一 尊 で あ る。 金 剛 界 マ ン ダ ラ の 本 拠 た る 金 剛 頂 経 と は ふ つ う 金 剛 智 訳 の 略 出 念 論 経 と 不 空 の ﹁ 大 教 王 経 ﹂ 三 巻 と く に 後 者 を さ す。 不 空 の 十 入 会 指 帰 に は ﹁ 広 本 金 剛 頂 経 ﹂ の 初 会 の 初 品 に 六 会 を と く と い う。 現 図 マ ン ダ ラ の 九 会 の 中 の は じ め の 六 会 は こ れ に よ つ た も の で あ り、 五 部 心 観 の 六 種 曼 茶 羅 と も 大 同 で、 第 二 マ ン ダ ラ だ け が ち が う。 理 趣 会 は 広 本 金 剛 頂 経 の 第 六 で あ る 般 若 理 趣 経 に 基 づ く し、 降 三 世 会 と 降 三 世 三 昧 耶 会 は 広 本 金 剛 頂 経 の 初 会 の 降 三 世 品 に 基 づ く。 三 昧 耶 会、 微 細 会、 供 養 会 の 配 位 が 成 身 会 と ち が う と こ ろ は 第 二 院 の 賢 劫 千 仏 の 代 り に 賢 劫 十 六 大 ボ サ ツ を 各 面 に 四 尊 つ つ 配 し た こ と で あ る。 金 剛 界 三 十 七 尊 に は 五 仏、 四 波 羅 蜜、 十 六 大 ボ サ ツ、 内 外 八 供 養 ボ サ ツ、 四 摂 ボ サ ツ で あ る。 本 来 の マ ン ダ ラ の 構 成 と し て 各 尊 は 中 尊 の 方 を 向 く。 本 来 は 立 体 マ ン ダ ラ ま た は 土 壇 に 描 く マ ン ダ ラ で あ る か ら、 各 尊 は 中 尊 の 方 を 向 く。 と こ ろ が 中 国 で は 掛 マ ン ダ ラ が 主 で あ る か ら、 各 尊 が 行 者 に 向 く よ う に 描 い た。 第 四 章 高 雄 マ ン ダ ラ の 様 式 と 技 法 ( 秋 山、 柳 沢 )-描 マ ン ダ ラ 研 究 史
密 教 文 化 法 は 正 確 無 比 で 整 然 と し て 乱 れ な い。 描 き 直 し も な い。 高 雄 マ ン ダ ラ は 請 来 し た 彩 色 マ ン ダ ラ の 忠 実 な、 し か し 金 銀 泥 に よ る 写 し で あ る。 東 寺 の 甲 本 マ ン ダ ラ は 彩 色 本 だ が 高 雄 本 と 一 致 す る と こ ろ が 多 い。 第 五 章 高 雄 マ ン ダ ラ を め ぐ る 絵 画 史 的 展 望-こ の マ ン ダ ラ の 各 区 画 の 単 位 と な つ た も の は 唐 尺 の 一 尺 五 寸 で あ る。 こ の 単 位 の 倍 数 ま た は 分 数 を も つ て す べ て の 長 さ を 割 り 出 す。 附 載-高 雄 マ ン ダ ラ の 白 描 本 ( 柳 沢 ) (1)長 谷 寺 本 巻 子 装 六 巻、 但 し 欠 巻 あ り、 現 在 奈 良 博 に 寄 托。 胎 蔵 界 四 巻、 金 剛 界 二 巻、 東 寺 の 勝 賢 ( 一 一 三 八-一 一 九 六 ) の 所 持 本 が 弟 子 成 賢 に ゅ ず り 渡 さ れ た。 勝 賢 が 高 野 山 で 心 覚 の 本 か ら う つ し た か も し れ な い。 十 二 世 紀 中 葉 す ぎ の す ぐ れ た 白 描 図 像 で あ る。 (2) 高 山 寺 本 二 帖 こ れ は 前 に の べ た よ う に、 弘 法 大 師 三 百 回 忌 に 兼 意 が 高 雄 マ ン ダ ラ を 白 描 模 写 し、 そ れ を 弟 子 の 心 覚 に ゆ ず つ た。 こ の 白 描 写 本 を (鎌 倉 末 期 に 転 写 し た の が 高 山 寺 本 で あ る が、 今 は 酒 井 氏 の 有 に 帰 し て い る。 明 治 二 年 に 志 摩 の 法 雲 阿 閣 梨 尊 峯 が こ れ を 底 本 と し て 版 木 に 彫 ら せ、 そ れ に ょ つ て 印 行 し た の が 御 室 版 高 雄 マ ン ダ ラ で あ る。 大 村 西 崖 氏 が 同 じ 版 木 に よ つ て も う 一 度 印 刷 し た も の が ﹁ 三 本 両 部 曼 茶 羅 集 ﹂ に 入 つ て い る。 (3)醍 醐 寺 本-こ れ は 鎌 倉 中 期 を 下 ら ぬ 古 い 写 本 だ が、 金 剛 界 成 身 会 と 微 細 会 の 一 部 に す ぎ な い。 そ れ は 大 正 蔵 図 像 部 巻 一 に 金 剛 界 曼 茶 羅 の 題 名 で 複 製 さ れ た。 四 文 政 入 年 ( 一 八 二 五 ) 転 写 本 光 格 天 皇 御 願 昭 道 筆 高 田 修 外 数 名 共 著 醍 醐 寺 五 重 塔 の 壁 画 ( 昭 三 四 年 ) 醍 醐 寺 五 重 塔 壁 画 と そ の 調 査 高 田 修 醍 醐 寺 五 重 塔 内 部 の 覆 板、 羽 目 板、 天 井 板 な ど の 板 絵 は 十 世 紀 中 頃 の 標 準 的 な 絵 画 で あ る。 そ の 主 体 は 両 界 マ ン ダ ラ で あ り、 こ れ に 真 言 入 祖 像 を 加 え る。 諸 尊 の 配 置 は 計 画 的 で あ り、 彩 色 も す ぐ れ て い る。 様 式 は 東 寺 両 界 マ ン ダ ラ 図 乙 本 に 近 い。 五 重 塔 は 天 暦 五 年 (九 五 一 ) 落 慶、 板 絵 は 天 暦 五 年 か 六 年 の 制 作 で あ ろ う。 五 重 塔 中 心 柱 の 覆 板 が 四 面 に あ る 中 で、 東 面 に は 金 剛 界 の 中 央 の 縦 の 三 会 す な わ ち 上 か ら 下 へ 順 に 一 印 会、 成 身 会、 三 昧 耶 会 を あ ら わ し、 南 面 西 面 北 面 を あ わ せ て、 胎 蔵 マ ン ダ ラ の 縦 の 中 央 部 と す る。 三 面 に わ た り 中 央 部 に 大 き く 中 台 入 葉 院 の 諸 尊 を 配 し、 そ の 上 方 に 遍 知 院 全 部、
釈 迦 院 上 段、 文 殊 院 ほ と ん ど 全 部 を、 下 方 に 五 大 院 全 部、 虚 空 蔵 院 上 段、 蘇 悉 地 院 全 部 を あ ら わ す。 四 天 柱 の う ち 二 柱 は 側 柱 と し て 転 用 さ れ て い た。 そ れ に 三 段 八 列 に 尊 像 を 布 置 す る。 西 北 柱 に は 胎 蔵 マ ン ダ ラ の 蓮 華 院 地 蔵 院、 釈 迦 院、 虚 空 蔵 院 下 段 の 左 側 一 部、 西 南 柱 に は 胎 蔵 マ ン ダ ラ の 金 剛 手 院、 除 蓋 障 院、 釈 迦 院、 虚 空 蔵 院 下 段 の 右 側 一 部 を あ ら わ す。 失 な わ れ て 今 は な い 二 柱 即 ち 東 南 柱 に は 金 剛 界 の 左 側 三 会 即 ち 四 印 会、 供 養 会、 微 細 会 が あ つ た 筈 で あ り、 東 北 柱 に は 金 剛 界 の 右 側 三 会 即 ち 理 趣 会、 降 三 世 掲 磨 会、 降 三 世 三 昧 耶 会 が あ つ た は ず で あ る。 連 子 窓 羽 目 板 絵 七 面 分 の 東 半 分 は 金 剛 界 マ ン ダ ラ 外 院 の 二 十 天 と 四 念 怒 尊 と そ れ ぞ れ の 標 幟 ( 三 昧 耶 形 ) 二 十 四 対 ( 現 存 は 十 六 尊 と 十 二 標 幟、 西 半 分 は 胎 蔵 外 金 剛 部 中 の 諸 尊 か ら 選 択 し て 四 十 尊 を 現 わ し た ( 既 存 三 十 四 尊 )。 中 心 柱 覆 板 の 絵 は 四 天 柱 の 絵 と 同 じ 作 者 の 手 に 成 り、 彩 色 と 描 線 と も に 綿 密 精 緻 で 格 調 が 高 い。 こ れ ら の 壁 画 は 平 安 前 期 の 様 式 を う け つ ぎ、 し か も 次 の 時 代 を 思 わ せ る や わ ら か み の あ る 線 と 形 を も つ。 そ れ は 様 式 上 東 寺 の 乙 本 マ ン ダ ラ に 近 い。 観 察 者 は さ ら に、 東 寺 の 乙 本 の 原 本 が 同 時 に こ の 壁 画 の 原 本 で あ つ た と 思 わ れ る と い つ て い る。 園 城 寺 蔵 五 部 心 観 複 製 本 解 説 田 中 一 松 ( 昭 14 ) 五 部 心 観 は 善 無 畏 が 十 万 余 偶 の 梵 本 に 基 づ い て 描 い た も の で あ る。 そ の 転 写 本 を 大 中 九 年 智 証 大 師 が そ の 師 で あ る 青 龍 寺 法 全 か ら も ら い う け て 帰 つ た。 そ れ が 園 城 寺 に あ る。 そ れ は 仏 部、 金 剛 部、 宝 部、 蓮 花 部、 掲 磨 部 の 五 部 の 諸 尊 を 図 示 し た も の で あ る。 そ れ が 金 剛 界 大 曼 茶 羅 第 一、 金 剛 界 秘 密 陀 羅 尼 曼 茶 羅 第 二、 金 剛 界 微 細 曼 茶 羅 第 三、 金 剛 界 謁 磨 供 養 曼 茶 羅 第 四、 金 剛 界 四 印 曼 茶 羅 第 五、 金 剛 界 一 印 曼 茶 羅 第 六 よ り 成 り、 尊 数 は 現 図 マ ン ダ ラ で 三 十 七 尊 で あ る が、 こ こ で は 三 十 三 尊 ま た は 三 十 四 尊 で あ る。 園 域 寺 円 満 院 に は 五 部 心 観 の 写 本 が 二 種 あ る。 完 全 な 本 と 脱 落 の あ る 本 で あ る。 従 来 の 寺 伝 で は 欠 本 を 請 来 本、 完 本 を そ の 写 本 と 見 て い た。 し か し 田 中 一 松 氏 は そ の 逆 に 完 本 を 請 来 本、 欠 本 を 写 本 と 考 え た。 そ の わ け は、 漢 字 の 註 記 な ど か ら、 完 本 を 写 本 と 見 る こ と は 困 難 で あ り、 欠 本 を 請 来 本 と 見 る こ と は さ ら に 困 難 で あ る か ら で あ る。 完 本 の 裏 書 は 筆 致 細 勤 で 和 臭 が な く、 唐 人 の 筆 で あ る。 図 像 を 見 て も、 完 本 を 請 来 本 と 見 る こ と を 妥 当 と す る。 欠 本 は 藤 原 初 期 の 書 写 で あ る。 マ ン ダ ラ 研 究 史
密 教 文 化 高 田 修、 五 部 心 観 の 研 究-そ の 記 入 梵 語 に 基 く 考 察 ﹁ 美 術 研 究 ﹂ 一 七 三 号 ( 昭 29 ) 園 域 寺 円 満 院 の 五 部 心 観 の 完 本 と 欠 本 の 梵 字 を 比 較 す る こ と に よ つ て、 完 本 が 原 本 で、 欠 本 は そ の 写 本 で あ る こ と が わ か つ た。 す な わ ち 田 中 氏 の 発 見 を 裏 書 す る こ と に な つ た。 つ い で な が ら 高 野 山 西 南 院 本 は 円 満 院 完 本 の 写 し で あ る。 園 域 寺 法 明 院 蔵 の 江 戸 末 の 写 本 は 前 半 が 請 来 本 に 一 致 す る が、 中 途 ( 27 ) 以 後 は 欠 本 に よ つ て う つ し た も の で あ る。 醍 醐 寺 蔵 本 の 博 物 館 模 写 本 の 梵 語 に 誤 が あ る。 小 野 玄 妙 先 生 発 見 の 六 種 曼 茶 羅 略 釈 と 五 部 心 観 と の 関 係 は ど う か。 略 釈 の 漢 字 真 言 は 大 体 正 し い 写 音 で あ る。 そ の 正 確 度 は 請 来 本 五 部 心 観 の 梵 語 の そ れ よ り も ま さ る。 請 来 本 以 前 に 原 本 が あ つ た は ず で あ り、 略 釈 に も 原 本 が あ つ た。 原 五 部 心 観 に よ つ て 略 釈 が 書 か れ た。 請 来 五 部 心 観 が 原 本 の 写 し で あ る か、 そ れ と も 何 回 目 か の 転 写 本 で あ る か わ か ら な い。 柳 沢 孝、 青 蓮 院 伝 来 の 白 描 金 剛 界 曼 茶 羅 諸 尊 図 様 ﹁ 美 術 研 究 ﹂ 二 四 一、 二 四 二 号 京 都 青 蓮 院 吉 水 蔵 に 十 六 紙 よ り 成 る 白 描 図 像 写 本 が あ る。 金 剛 界 三 十 七 尊 は お だ や か で 潤 い の あ る 描 線 で え が か れ る。 奥 書 に 永 保 三 年 ( 一 〇 八 三 ) 歳 次 癸 亥 九 月 廿 八 日 以 前 唐 院 御 本 写 畢 ﹂ と あ る。 五 部 心 観 の 図 像 に 比 し、 和 様 化 し た お だ や か さ が 特 色 で あ る。 目 立 つ た 点 は 五 部 心 観 の よ う に 鳥 獣 座 で あ る こ と、 如 来 以 外 の 三 十 二 尊 が 頭 上 に 五 仏 冠 を い た だ く こ と で あ る。 印 相 持 物 な ど も 五 部 心 観 に 近 い。 本 図 巻 の 三 十 七 尊 は マ ン ダ ラ を 分 解 し た 描 き よ う で あ つ て、 鳥 獣 座 の 向 き が そ れ に 合 う よ う に な つ て い る。 こ の 図 巻 に は 三 十 七 尊 の 他 に 無 能 勝 と 降 三 世 の 二 明 王、 そ れ に 二 大 神 お よ び 入 天 を あ ら わ す。 こ の 図 巻 の 三 十 七 尊 は 図 像 上 の 特 色 は 五 部 心 観 と 同 じ 系 統 に 属 し、 し か も そ れ よ り も 発 達 し た 段 階 を 示 す。 こ れ は 善 無 畏 の 系 統 で あ つ て 現 図 と は ち が つ て い る。 嘉 保 二 年 ( 一 〇 九 五 ) の 前 唐 院 見 在 書 目 録 に ﹁ 金 剛 界 三 十 七 (尊 形 像 一 巻 ﹂ と あ る の は こ の 図 巻 の 原 本 で あ る。 そ れ は 伝 教 大 師 の 請 来 で あ つ た か も し れ な い。 石 田 尚 豊 ﹁胎 蔵 旧 図 様 ﹂ に お け る 智 証 記 入 尊 名 の 矛 盾 に つ い て ﹁ 美 術 史 ﹂ 43 号 (昭 三 七 年 二 月 )