真
言
教
化
の
構
造
三大
円
融
無
礙
の教
化
1
眞
保
龍
敞
真 言教化の構 造 (眞保 )序
言
問
題
の所
在
真
言
密
教 の 宗 祖 弘 法 大師
は 、 「 四 恩 の奉
為 に 二部
の 大曼
荼 羅 を 造 る 願 文 」 の中
で 、 げ ん げ ん弟
子 空 海 、 性熏
我 を勸
め て還
源 を 思 と 爲す
。 径 路未
だ知
ら ず 。岐
に 臨 む で幾
た び か 泣く
。精
誠
感 有り
て 、 此 の ( 1 ) 祕 門 を 得 た り と 述懐
し 、 大 師 の 内 な る法
性 よ り 還 源 が 希 求 さ れ 、 所期
と さ れ た 。 そ の法
源
は 、 勿論
釈 尊 の 大 悟 に ほ か な ら な い 。 そ の大
悟 こ そ 四 諦 ・ 八 正 道 ・ 三法
印
の 境 界 で 、 とり
わ け 無 我 ( 雪 ( 2 ) ( 3 ) 倒 自 目 ) の 思 想 は 、梵
我
一 如 に代
表
す
る イ ン ド の伝
統
的 バ ラ モ ン の思
惟
へ の 批 判 、否
定
で あ る と と も に 、世
界
諸 宗 教 思 想 の中
で も 、 こ れ は 独 自 な新
し い 思惟
の 境 地 を 提 起 し た も の と し て 、古
今 に画
期的
な 世 界 的 意 義 を有
す る も の で あ ろう
。釈
尊
は 、 こ こ を法
源
と し て 、 四 十 五 年 の 教 化 を展
開 し て大
涅槃
に 趣 か れ た 。 一27
一智山学報第五 十 七輯
降 っ て 空 海
弘
法
大 師 は 、真
言 密 教 を 組 織大
成 し た が 、 入 唐 受法
よ り御
入 定 へ の真
言 教 化 三 十 年 の 根 本 課 題 を 、実
( 4 ) に ” 無
我
の 大我
” と し て 抉 り 出 し 掘 り 当 て 、根
抵 か ら 見事
に 還 源 を 果 た し て い っ た 、 と 考 え ら れ る 。( 5 )
こ れ を 表 徳 の
実
義
と す れ ば 、 釈 尊 の 主 張 し た 大 悟 の 無 我 は 遮情
の 実義
と いえ
よう
。遮 表 の 実 義 が 闡 明 さ れ る ま で 、 無 慮
千
二 百年
を 要 し た 。 そ の 間 、 先哲
論
師 の論
究
を 重 ね 無我
−
縁 起ー
無 自 性−
空−
本 不 生 と 深達
さ れ て き た 。 原 始 よ り 中 観 、 瑜 伽 唯 識 、 如 来 蔵 、華
厳 を究
尽 し て 、 遂 に 密 乗 に 領 達 し た の で あ る 。今 、
真
言 教化
の構
造 を 綜括
的 に 究 明 す る に 、 先 ず第
一 に 、 真 言 教 化 の 源 底 を踏
ま え 、 第 二 に 、 体 ・ 相 ・ 用 の 綱格
を 『起
信
論 』 に お い て 、 大師
の 深 秘 釈 と し て 摩 訶 衍 の 三 大 を 踏 ま え な が ら 、 『 釈摩
訶 衍 論 』 に お け る 三 大 に つ い て 、 大 師 と覚
鑁 上 人 の 把 捉 の 仕方
も 窺 っ て み た い 。第 三 に 、 真
言
教 化 の 三 大 円 融 無 礙 の 構 造 を 綜 括 し つ つ 、 そ の綱
格 の在
り
方 を探
っ て み た い 。更 に 、 真 言
教
化
の 性質
と要
件 、 そ の 利 益 の 方 向 性 を 検 尋 し 、 三 大 法体
の 論議
の中
か ら 、真
言
教 化 へ の 一 つ の 方向
も模
索
し て み た い 。以 っ て 、 真
言
教 化 の構
造 と そ の構
格 の 大系
を 究 明 し た い と 思う
。 一 28 一 一真
言
教
化
の源
底
釈
尊
は 、 現実
の 生 を 常 、楽
、 我、 浄 と執
す
る 妄 見 を 破 し て 四顛
倒 を説
い た 。 そ の 中 で、 お も ( 6 ) 無 我 を 我 と 謂 ふ 。 是 の 故 に 想 心 に 見 倒 を 生 起 す 。 と 、外
道 の 我執
を 破 し た 。 こ の こ と は 、密
乗
に 至 っ て も 、( 7 ) 愚 童 凡 夫 は 、 我
名
と 我 有 と に 執 著 し て 、 我 の自
性 を 観 ぜ ざ れ ば 、 則 ち 我 と我
所
と を 生 ず 。真言教化の 構造 (眞保 ) ( 8V と 示 し 、 善 無 畏 三 蔵 は こ れ を
愚
童凡
夫 違 理 の 心 と 称 し た 。 こ の無
我
の 縁 起観
を 深 達 し 、大
乗
に 進 め 、 現 生 に お け る無
常 の 実相
と 無自
性 な る 法 性 ・ 性 理 と の 時 空 を 同 時 限 に 把 捉 し て 、 空 観 を体
達 し て い っ た 。 そ し て 佛 と は 、 仏 性 と は 何 か を求
め 、 天親
菩薩
は 『 佛 性 論 』 に 一 切衆
生 、悉
有佛
性 を 標榜
し 、 ( 9 ) 佛 性 と は 、 即 ち 是 れ 人法
二空
、所
顕 の真
如 な り 。 と し 、 法身
、 如 如 、 仏 性 な る 三種
の自
性 を 以 っ て 心 清 浄 界 を 顕 わ し 、如
来
蔵 思 想 を提
起 し た 。 真言
教 化 の 源 底 た る 無 我 に 対 し 、大
師 は 三密
の 中 の 意 密 を 明 か し た 『吽
字
義
』 に お い て 、麼
( 劃 )字
と は 大 日 の 種 子 な り 。 一 切 世 間 は我
我 を計
す と い え ども
、未
だ 実 義 を証
せず
。 た だ 大 日 如 来 の み い ( 10 ) ま し て 、 無 我 の中
に お い て 大 我 を得
た ま え り 。 … こ れ す な わ ち 表 徳 の実
義 な り 。 と 道 破 し た 。 こ れ は 、根
底 に お い て 、 不 空 訳 『 釋 字 母 品 』 の 所 説 に 基 い た も の で は な か ろ う か 。 即 ち 、 〔 11 ) 薮莽
( 麼 )字
門 一切
法 吾 我 不 可 得故
と あ り 、無
我
が如
来 の性
徳
で あ る旨
を 明 示 し て い る の が 下敷
と な っ て い る 。 更 に 積 極 的 に 裏 付 け て い る の が 大師
請
来 の 不 空 訳 『 仁 王 般 若 陀羅
尼 釋 』 の 一 文 で あ ろう
。 即 ち 、摩
字
と い っ ぱ 、 一 切法
無 我 の義
な り 、 無 我 に 二 種 、 人無
我
・ 法 無 我 あ り 。 瑜 伽者
若 し 二 無 我 を証
す れ ば 、 則ち
( 12 )大
普
賢 地 を 出 て 、 眦盧
遮 那 の 百福
荘 厳 円 満清
浄 の 法 身 を證
す
。 と あ り 、 こ の 人 法 二 無 我 を 証 す れ ば 、 遮 那法
身 を證
す
と 断 じ て い る 。 し か も こ の 第 五 帖 に は 『 瑜祇
経
』 が あ り乍
ら 、第
十 四帖
末
の 策 子 総 目録
に 、 大 師 が こ の 策 子 を 「仁
王 隗羅
尼 釋菜
子=
と策
子名
を代
表
せ し め 、 特 に第
五帖
の 見 返 し に は 、自
筆
で し か も朱
で 「仁
王 般若
陥 羅 尼釋
( 以 上 朱 ) 一 巻 」 と 書 き 入 れ ら れ て い る く ら い で あ る 。 こ れ を踏
ま え て 、 先 掲 の 『吽
字 義 』 の 「 た だ 大 日如
来 の み い ま し て 無 我 の 中 に お い て大
我 を得
た ま えり
」 が 導 か れ た の で あ ろ 一29
智由学 報 第五 十 七輯 う 。 更 に 、 大 師 の 「
叡
山
の 澄 法 師 理 趣 釈 経 を求
む る に 答 す る 書 」 ( 「 性 霊 集 』 十、 弘 大 全 三 、 五 五 〇 頁 。 ) に 、 ヘ ヘ ヘ ヘ へ も し 我 が 理 趣を
求
め ば す な わ ち 二 種 の 我 あ り 。 一 に は 五蘊
の 仮 我 、 二 に は 無 裁 の大
我 な り 。 も し 五蘊
の 仮 我 の も と ヘ ヘ ヘ ヘ へ 理 趣 を求
め ば 、す
な わ ち 仮 我 は 実 体 な し 。実
体 な く ん ば 何 に よ つ て か得
る こ と を覓
め ん 。 も し 無 我 の 大 我 を 求 し ゃ な め ば 、 す な わち
遮 那 の 三 密 はす
な わ ち こ れ な り 。 遮那
の 三 密 は いず
れ の 処 に か 遍 ぜ ざ ら ん 。 と 、 仮 我 に 実 体 なく
、 無 我 の 大 我 た る 遮 那 如 来 の 三 密 遍満
の 仏 徳 に寄
せ て 、 『 理 趣 釈 』 の求
め を断
っ て い る 。 ( B } こ の如
来
烹密
の 遍満
は、 も と より
『 大 日経
』 、 『 大 疏 』 に 、 「 一 切 處 起 滅邊
際 不 可得
」 な る 「 毘盧
遮 那 の 遍 一 切 ( 超 身 し に 依拠
し て い る 。 こ こ で 、 無 我 を 阿字
本 不 生 とす
る 大 贓 の根
擬 を み る に 、 吶 大 日経
馳 具縁
品 に 、 ( 15 ) 暗 に 仏 、 一 切如
来 一体
速 疾力
三 眛 に 入 り た ま ふ 。 我 、 本 不 生 を覚
る 。 と あ り 、 大 師 は こ れ を 、特
に 『即
身義
』 に 六 大 法 界 体 性 所 成 の 身 の中
の 地 大 の根
挺
と さ れ て い る 。 更 に 、 経 の 本 文 に つ い て は 、 『 大 疏 』 に、 ( 蜀 ) 我覚
本 不 生 と は 、 謂 く 自 心 は 本 よ り 以来
不 生 な り と覚
れ ば 、 即 ち 是 れ 成 仏 な珍
。 而 も 実 に は覚
も な く 成 も 無 し 。 と あ る 善 無 畏 三 蔵 の釈
を 踏 ま え 、 更 に こ れ と 、 『大
日 経 』 具 縁品
の 真 言 教法
に ( 17 ) 謂 く 、 阿 字 門 は 一 切 諸 法本
不 生 な る が故
に 。 ( 18 } と あ る の と、 『 金 剛 頂 経釈
字
母 口 嬰 と に 基 づ き、 『吽
字 義 』 に 、 阿 字 は 本 不 生 より
一 切 の 法 を 生ず
と し 、 ロ つ 岡 炎 字 の 霙 義 と い つ ば 、 三 義 あ り 。 い は く 、 不 亜 の義
、 空 の義
、有
の 義 な り 、 も し 本 初 あ れ ば す な わ ち こ れ 因 と縁
の法
な り 。故
に 名 づ け有
と な す 。 ま た 阿 と は 無 生 の義
な り 。 も し 法 の 困縁
を 攬 つ て成
ず
る は 、す
な わ ち 自 ら 性 あ る こ と な し 。 こ の故
に 空 と な す 。 ま た い わ ゆ る 、阿
字 門 一 切諸
法 法 不 生 と は 、 阿 字 門真
実 の義
も ま た ま た 一一30
一真 言教化の 構造 (眞保) か く の ご と し 。 一 切 法
義
の 中 に 遍 ず 。 ゆ え は い か ん と な れ ば 、 一 切 の 法 は衆
縁 よ り 生 ぜ ざ る こ と な く 、今
こ の 能 生 の 縁 を 観 ず る に 、 ま た ま た衆
因 縁 より
生 ず 。 展 転 し て 縁 に 従 わ ば 、 誰 を か そ の 本 と せ ん 。 か く の ご と く 観 ヘ ヘ ヘ へ察
す
る と き はす
な わ ち 本 不 生 際 を 知 る 。 こ れ 万 法 の 本 な り 。 な お 一切
の 語言
を 聞 く と き に 、 す な わ ち こ れ 阿 の声
を 聞 く が ご と く 、 か く の ご とく
一 切 の法
の 生 ず る を 見 る と き 、 す な わ ち こ れ本
不
生際
を見
る な り 。 ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ へ も し 本 不 生 際 を見
る も の は 、 こ れ 実 の ご とく
自 心 を 知 る な り 。実
の ご と く自
心 を 知 る は 、 す な わ ち こ れ 一 切 智 、 、 、 、 、 、 ( 19 ) 智 なり
、 故 に毘
盧
遮 那 は た だ こ の 一 字 を も つ て 真 言 と な し た もう
。 こ れ す な わ ち 阿 字 の 実義
な り 。 〔 20 ) と、 『 大 疏 』 七 の文
を 引 証 し て 、 真 言 貫 字 一 字 の 中 に 、 本 不 生 無 我 の 実 義 を 建 立 し た の で あ る 。 ( 21 )更
に 、大
師
は 『即
身
義
』 に 、 金剛
智
訳 の も と ( 22 ) 諸 法 は本
よ り 不 生 な り 、 自 性言
説
を 離 れ た り 、清
浄 に し て 垢 染 な し 。 因業
な り 、 虚 空 に等
し と 、 『 金 剛 頂 経瑜
伽
修 習 毘盧
遮 那 三 摩 地 法 』 の文
証 を 示 さ れ て い る が 、 「諸
法 は 本 よ り 不 生 な り 」 の文
は も と より
、31
六 大 の 中 の 地 大 の根
拠 と し て掲
げ たも
の で あ る 。 万物
の 依住
処 に し て 所依
た る本
不 生 際 を 母 な る 大 地 の 性徳
に象
徴 し た も の で あ る 。 こ の こ と は 、 『 即 身義
』 に依
用 す る 『大
日経
』 の 一 文 に み る に 、 ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ へ 法然
に薩
般若
を 具 足 し て と は 、 大 日 経 に い わく
、 我 れ は 一切
の 本 初 な り 。 号 し て 世 所 依 と名
つ く 。 説法
等
比
な ( 23 ) く 、本
寂
に し て 上 あ る こ と な し 。 と あ る 我 れ は 大 日 尊 、 一 切 の 本 初 は 、 即 ち 、 阿 字本
不 生 際 に し て 、 『 大 日経
開 題 』 に 丶 、 、 、 、 、 、 ( 24 )如
来 の 説法
は ま つ 二 我 の 執 を離
れ し め、 無 我 の大
我 を 證 せ し む 。 と 、 無 我 の 大 我 を 証 せ し む る こ と に お い て、 真 言 教化
の 源底
を 掘り
起 こ し 、究
尽 し 、 還 源 の素
願 を 果 し 達 成 し た も の で あ る 、 と い え よ う 。智山学報第五十七輯 二
三
大
(体
・ 相 ・ 用 )の
綱
格
1
摩
訶
衍
の 三大
『 大 乗 起 信 論 』 無 我 の 大 我 た る 大 日 尊 の 綱 格 に つ き 、 ま ず 大師
は 『 大 乗起
信
論 』 の 如 来蔵
思 想 に 着 目 、 十 住心
の第
九 華 厳 の極
無 自 性住
心 を 通 論 し た の ち 、 そ の 深 秘 釈 と し て 五箇
の 経 論 疏 を掲
げ る 冒 頭 で 、 秘 密 趣 と は 、 自 上 所説
の 極無
自 性住
心 は 、 こ れ 普 賢 菩薩
所
証 の 三 摩 地 門 な り 、 ま た こ れ 大眦
盧
舎
那 如 来 の ( 25 )菩
提 心 の 一 門 な り 。 とく
く り 、 そ の 一 つ に 『 大 乗 起 信 論 』 の 三 大義
を 掲 げ て い る 。 即 ち 、 ま か え ん 摩 訶衍
に は 総 じ て 説 く に 二 種 あ り 。 い か ん が 二 と なす
。 一 に は 法 、 二 に は義
な り 。 い う と こ ろ の 法 と は い わ く 衆 生 心 な り 。 こ の 心 はす
な わ ち 一 切 世 間 の 法 、 出 世 間 の 法 を 摂 す 。 こ の 心 に よ つ て 摩 訶 衍 の義
を 顕 示 す 。 何 を も つ て の故
に 、 こ の 心 真 如 の 相 は す な わ ち摩
訶
衍 の 体 を 示 す が故
に 。 こ の 心 生 滅 因 縁 の 相 は よ く 摩 訶衍
の 自 体 ・ 相 ・ 用 を 示す
が故
に 、 いう
と こ ろ の 義 に は す な わ ち 三 種 あ り 。 い か ん が 三 と な す 。 一 に は体
大 、 い わ く 」 圏 切法
は真
如 平等
に し て 増 減 せ ざ る が 故 に 。 二 に は 相 大 、 い わ く如
来
蔵 は 無 量 の性
功 徳 を 具 足 す る が 故 に 、 三 に 一32
一 ( 26 ) は 用 大 、 い わく
よ く 一 切 の世
間
と 出 世 間 と の 善 の 因 果 を 生 ず る が故
に と 、衆
生 の 菩 提 心 に は 、 世 問 の 心 生 滅 門 と 出 世 聞 の 心 真 如 門 と を 法 と し て 具 摂 し 、 心 生 滅 の 相 に 真如
平等
に し て 増 減 な き 体 大 と 、 無 量 の 性 功 徳 を具
足 す る 相 大 と 、 善 の 因 果 を 生 ず る 用 大 と の 三 大義
を 顕 示 し て い る 、 と す る 。 こ ・ に 大 師 は 、 三 大 義 の 祖 型 を 見 出 し た も の と み ら れ よう
。真言教化の 構造 (眞保 ) し か し 、 こ の 三
大
義
の 仏 は 、真
如
生 滅 二 門 の 仏 に し て 、華
厳
所
説 の 三種
世 間 の 仏 と と も に 、 『 釈 論 』 で いう
種 因 海 の 仏 に し て、 勝徳
な る 不 二 摩 訶 衍 の 法 と そ の 性徳
円 満海
の 仏 に 望 む れ ば 、 劣 な る が 故 に 、 不 二門
の 仏 を 摂 し 得 す( 27 ) る こ と は で き な い と し 、 円 円
海
を 成就
す る こ と は で き な い 、 と し て 、 大師
は こ の 摩 訶 衍 の 三 大 と そ の 境 位 を 十 住 心 の第
九住
心 に 位 置 づ け た の で あ る 。2
不
二摩
訶
衍
の 三大
『 釈 摩 訶 衍 論 』 馬 鳴 菩薩
造 『 大乗
起 信論
』 を釈
し た 龍 樹菩
薩造
『 釈摩
訶 衍論
』 に は 、相
対 界 を絶
し た 不 二摩
訶 衍 の法
が 説 か れ た 。 ・ ξ 上 人 の 『 釈 摩 訶衍
論
指事
』 に は 、 浅 略 に つ け ば 三 十 二 種 は 顕 教修
行
種 因海
応 化身
の 所説
な り 。 不 二 大乗
は密
教性
徳
円 々 海法
身
の 所 説 な り 。不
二 は こ れ大
日 不 二 の 総 体 、 一 心 三大
は こ れ 四 仏前
後 両 重 の 門 、 秘 々 中 の深
秘 に 付 か ば 、 皆 こ れ 大 日如
来 の法
曼
荼
〔 28 ) 羅身
な り 。 と 、 顕劣
密 勝 な る種
因海
に 対 す る 円 々 海 た る不
二 門 が 示 さ れ た 。 そ の 立義
分 の 生 滅 門 三大
義 そ の 顕 示 自 用 大義
門 の 中 で は 、無
相
現 応 門 に 、( 29 ) 自 性
身
の 体 は 空 寂 に し て 像 無 け れ ど も 、能
く
諸 像 を 現ず
と あ る を踏
ま え 、能
現 の 法身
が 報 応 の 仏身
を如
何
に し て 現 じ得
る の か を 、 五 門 を 開 い て 明 か す 。 ( 顕 示 自 用 大 義 門 )1
法身
出 現色
相
門 能現
の法
身 と 所 現 の 色 形 と は体
相 障 礙 な く 、 無 始 より
来 か た 平等
平等
に し て 、唯
一 心 量 の 故 に 、 色 心 不 二 な る が 故 に 。2
顕 示智
身
形相
門智 を も っ て 色 を
摂
し 、 色 性 即智
、 色 心 不 二 な る が 故 に 。3
顕 示 法身
形 相 門色 を 以 っ て
智
を 摂す
る に、=
の 智 と し て 色 に あ らざ
る は な し 。智
性 即 色 な る を法
身
と す る 故 一33
一智 山学 報 第五十 七輯 に 。
4
広 大 円 満無
際
門 智 身 と 理 法 身 と が 、 無 所 不 至 ・ 無 所 不 作 ・ 遍 一 切 処 に 一 一 に 相乱
な き が 故 に 。報
身 と 無 量 の 荘厳
と 各各
差 別 し て 皆 相 い 妨 げ ざ る が故
に 。5
不 可 思議
殊
勝 門 真 如自
在 用 の 義 の 故 に ( 本 論 ) 、法
身 の業
用 は 、 甚 深 極 妙 に し て 独尊
、 殊 勝 な る が晩
腿 。 右 の 真如
生 滅 二 門 か ら 、 左 の 二 種 の 三 大 義 が 示 さ れ る 。 さ ア つ ▽ 無 雙 立 の 三 大 真 如 門 の 中 に約
し て は 、 た だ 各 々 一 門 の義
を 立 て る 。 な ら べ て 立 て る も の が な い か ら 。 さヒ つ ▽ 雙 立 の 三 大 生 滅 門 の 中 に 約 し て は 、 三 種 の 大 義 は 具 足 し 、 な ら べ て 立 て る 。 前後
が な い か ら で あ る 。O
不 二 摩 訶衍
の 法 は 、 因 縁 ・ 機根
・ 建 立 ・ 教 説 を離
る 相 対 を 離 るー
大 師 の 『弁
顕 密 二教
論 』 に 『釈
論 』 を 引 き 、 果 の 境 位 を 示 し 、 ま た い わ く 、 「 何 が 故 に 不 二 摩 訶 衍 の 法 は 因 縁 な き や 。 こ の法
は極
妙
甚 深 に し て独
尊
なり
。 機 根 を 離 れ た る が 故 に 。 機 根 な き が 故 に 。 建 立 に あ ら ざ る 故 に 。 ( 中 略 )性
徳
円満
海 こ れ な り 。 ( 中 略 ) 教説
を 離 れ た る が 故 に 」 ( 腱 ・ と 、 不 二摩
訶 衍 の境
位 は 、 因縁
・ 機 根 ・ 建 立 ・ 教 説 と い う相
対 界 を 超 離 し た 極妙
甚
深
に し て 独 尊 な る 性 徳 円 満 海 の 領 域 で 、 生 そ の も の 、 如 来 の 自 内 証 の 境 位 、本
然 の 一 切 の待
対 を 絶 し た法
尓 自然
の 絶対
界 で あ る 。 こ の 境 位 を 「 釈 論 』 は 、不
二 摩 訶 衍 の 法 は た だ こ れ 不 二 摩 訶衍
の 法 なり
。 ( 32 ) と 言表
し て い る の で あ る 。 一34
一真 言教化の構造 (眞保) ▽ 無 相 現 応 門
こ ・ で 、 前 述 の 教 説 を 絶 し た 境 位 は 如 何 に
表
現 す る か に つ き、 『 釈 論 』 の 顕 示自
用 大 義 門 の中
の無
相
現
応 門 に は 、 既 に 標幟
す
る方
途
が 示 さ れ て い る 。 即 ち 、法
身
の 仏 は唯
し 是 れ 一 々 な り 、 唯 し 是 れ寂
々 な り 、 亦 一 々 に非
ず
、 亦 寂 々 に 非ず
、 心 行 処 滅 し 言 語道
断
せ り 、滅 を 滅 し 断 を
断
じ て 、 唯 し 阿 阿 〔 誕 筆・ 者補
〕 を 作す
が 故 に 、所
以 い か ん と な れ ば 、諸
仏 如 来 は 唯 し自
自 の 身に し て
他
身
無
き が 故 に 、 而 も 諸 の衆
生見
聞 し て 益 を 得 る は 、 自 の 心 量 の中
に 利 益 を 獲 得 す る な り 、法
身
の 体あ つ か ( 33 )
の 中 に は
関 る こ と あ る こ と
無
き が故
に 。 とあ
り
、 「 唯 し 阿、 阿 を作
す
が故
に 」 と 阿 字 に 慓 幟 を 断 じ て い る 。 こ の 阿 ( 虱 ) に つ い て 、 智 山 の覚
眼 ( = ハ 四 三 − 一 七 二 五 〉能
化 の 『釈
摩訶
衍 論 科 註 』 十 五 巻 に は 、( 34 )
若
し 亦 た 可 の釈
に 依 ら ば 、則
ち 謂く
法
身
佛 己 下 に 局 る 可 し 。 二 の 阿 次 の如
く
理智
の 二身
な る が 故 に と註
釈
し 、 二 つ の 阿 は 理 法身
と智
法 身 と で あ る と し て い る 。 阿 は 阿字
本 不 生 に し て 、 現 応す
る 諸 像 は 、 そ の ま ・ 本( 35 ) 不 生 の 生 と し て 法 身
自
体
の功
徳
性
を 具 す る の で あ る 。 こ ・ に 教説
・ 建 立 を 離 れ た 、 絶対
の境
位 は 、 た ず 真 言 ・ 種 子 に象
徴
す
る 法身
如 来 の当
体当
相
当
用 に お い て 、 表 顕 す る道
が 開 か れ た の で あ る 。こ の 虱 字 本 不 生 な る
法
身 如来
を 見 聞 す る仕
方
、 入 証 の方
途 は こ こ に は説
か れ て い な い が 、 如 来 か ら の 法益
を得
る の は 、衆
生 の 側 の 心 量 の 中 に お い て 獲得
す る の で あ っ て 、法
身 の体
の 中 に は 、 本 来 空寂
不 生 で あ る か ら 、 も と よ り 関 るも
の で は な い 道 理 で あ る 。遭
上 人 が 、 こ の不
二摩
訶
衍 の 三大
に つ い て 、( 36 )
能
入所
入 種 々 差 別 と は 不 二総
体
の 上 の 差別
縁 起 の法
な り 。 と 判釈
さ れ た の も 、真
言 へ の内
的
契
機 を 内 在す
る も の と し て 認 定 し た か ら に は ほ か な ら な い 。 一35
一智山学 報第五十七輯
真
言 密教
三 大 の 綱 格 と 教 化 理 念 一 覧 図 ・大眦廬 遮 那 如 來 無 我ノ大 我 ・究竟 法 身 、遍一切処 身{
六大 法 界体 性 所 成 之 身 六 大 法 身・法 界身熱
( 性 徳・ 業 用 ) ・ 地 大 { 堅 持慰
.
『 心 大 〈 こ こ ろ 〉 ( 白 〉 金 剛 不 壊 支 持・ 依 住 潤 洗・ 清 涼 摂 受・ 集 成 〔 教 化 理 念 〕 〈 ゆ る ぎ な い 依 り 処 に 安 住 す る V 諸 法 本 不 生 (an−utpEda )梦
・ め て 清 め 潤 す 〉 離 言 口 説ゐ
燃 焼・ エ ネ ル ギ ー 〈 情 熱 を も や し 熟 成・ 円 成実 り あ る も の に す る 〉 活 動・ 精 進 育 成・ 熏 習 無 呈 礙・ 無 執 着 不 障 包 容・ 大 自 在
}
2
寶 生−
決 断・ 修 行1
阿 悶 ー 発 願・ 簡 択 〈力
を つ く し て自 他 を 〈 執 着 を 離 れ 大 ら か に 〈 願 い を 発 し よ き も の を 選 ぶ 〉 〈 決 断 実 行 し 福 徳 を 積 む 〉 ・.
鮃
量 壽出
籌
知 く筋
蕩
爨
胎 蔵 海会曼 荼 羅 胎 蔵 曼 荼 羅 胎蔵 身撃
塁
一 一真言教化の構造 (眞保) 一
[ ・.
釋
空 成 就窓
・ 勇 猛 く 怖 れ嬉
簗
成 所 作蠶
A翠
羃
・欝 羅 ・ 離一
_4
_3
_2
_1
羯羯
法法
三 三 大大爨
磨毫
曼鯨
昧見
曼 身曼 身荼 身耶 身荼 ) 荼 )羅 )曼 ) 羅羅
荼 羅
難
難
轢
響
丁
鑾
醗
鑼
灘
〔 印⊥
二 摩 地・ 三 昧 〕n
不 邪 見−
覚 悟 〈 い の ち の 使 命 を つ く す 〉竊
成 身 観〔 遮 情 表 徳
無 相 ( 通 達 心、 修 菩 提 心、 成 金 剛 心、 金 剛 身、 金 剛 堅 固 身 )
塾
難
有 相 一 秘 密 無 尽 荘 厳 身〈っ くしあい〉 一 一智
lli
学報 第五 十七輯 弘 法 大師
空
海 は 、第
九 住 心 の 秘密
釈 に お い て 、 当 面 の 不 二 摩 訶 衍 の 三 大 の法
の ほ か 、 『大
日 経 』 と 『 大 疏 』 か ら普
賢 菩 薩 の 《 、 「 理 趣 経 』 と 『 理 趣 釈経
』 か ら 金 剛薩
唾 の 築 、 『 守 護 国 界 主経
』 か ら法
身 の ξ 、等
の 梵 字 種 子 を 示 し、 ( 37 ) か く の ご と く 諸 仏 お よ び 所説
所
証 の 教 理 境 界 は こ と ご とく
一 字 に 摂 し尽
す 。 と、 体 相 用 の 三 大 を内
包 す る 梵字
真
言種
子 へ の象
徴 標 幟 の方
途 を 開 示 さ れ て い っ た 、 と 了 解 せ ら れ る 。3
真
言
密
教
の 三大
前 説 に み て き た 過程
を も 内 包 し つ つ 、 空 海 弘法
大 師 に よ っ て 開 顕 さ れ た真
言 密教
の 三 大 円 融無
礙 の 綱 格 と そ の 大系
を 総覧
し 、 そ こ か ら 真 言 密 教 の 教 化 理 念 を い さ さ か 導 き出
し て ゆ き た い と 思 う 。 真 言密
教
の 三 大 の綱
格 は 、 凡 そ 別 に 示す
真 言密
教 三 大 の 綱格
と 教化
理念
一 覧 図 の 如 く で あ る 。 三 大 は 六大
・ 四 曼 ・ 三 密 が そ れ ぞ れ無
礙 ・ 不 離 ・ 相 応 し 、 総 体 と し て 円 融 無 礙 、 重 々 帝 網 の 関 係 に 統 括 総 持 さ れ て い る 。 ( 38 ) ⊥ ハ 大体
大
の 色 大 と 心 大 ( 識 大 ) で は 、常
に 瑜 伽 に し て 色 即 心 心 即 色 、智
即 境 境 即 智 、 智 即 理 理 即智
、無
障
無
碍
自 在 に 、 互相
に 相 応 渉 入 し て い る と し て 、 大 師 は こ れ を 六 大法
界
体性
所
成 之身
と し 、ぐ
上 人 は 六大
法 身 と称
し た 。 ( 39 ) ( 40 ) 色大
の教
化
理 念 は、 『 大 疏 』 の 五 種 譬 喩 等 の 性 徳 ・ 業 用 か ら 、 そ れ ぞ れ 〈 ゆ る ぎ な い依
り
処 に 安 住 す る 〉 ( 地 大 ) 、 ( 41V ( 42 ) ひ ら ( 醤 ) 〈 心 を こ め て清
め潤
す 〉 ( 水 大 ) 、 〈 情熱
を も や し実
り あ る も の に す る 〉 ( 火 大 ) 、 〈 力 を つく
し て 自 他 を 養 い道
を拓
く
〉 ( 44 ) ( 風 大 ) 、 〈執
着
を 離 れ 、 大 ら か に い の ち を つ く す V ( 空 大 ) と な ろ う 。 ( 45) ( 46 ) 心大
( 識 大 ) の 教 化 理 念 は 、 金 剛 界 五智
の 性 徳 か ら 、1
〈 願 い を 発 し 、 よ き も の を 選 ぶ V ( 大 円 鏡 智 ) 、2
〈 決 断 実 ( 47 ) ( 48 ) ( 49 ) 行 し福
徳
を積
む 〉 ( 平 等 性 智 ) 、3
〈 い の ち の 真 実 を 見 き わ め る 〉 ( 妙 観 察 智 ) 、4
〈怖
れず
喜 び に 安 ら ぐ V ( 成 所 作 智 ) が 開 か れ る 。 そ し て 、 こ れ等
の 四 智 を ま と め方
便 究 竟 す る の が 法 界体
性智
に し て 、 金 剛 界 会 曼茶
羅 と し て 、 色 大 と 一 一真 言教 化の構造 (眞保) ( 50 ) の 関
係
で は 色 心 不 二 、 理 智 金 胎 不 二 一 如 の 六大
法 界 体性
所成
之 身 を構
成 す る の で あ る 。 四種
曼
荼 羅 ( 以 下 四 曼 と い う ) は大
・ 三昧
耶 ・ 法 ・ 羯磨
が そ れ ぞ れ法
界
の 様 相 を 呈 し つ つ 、 相 互 に 無 礙 渉 入相
応 し ( 51 ) 不 離 の 関 係 を な し 、 四 智 印 が 法身
如
来 の 法 界智
印 と し て 統 摂 し 、法
界曼
荼 羅 身 を構
成 す る の であ
る 。 ( 52 ) こ の 四 曼 に お け る ー の 大 曼 荼羅
・ 大 智 印 の教
化 理 念 は く 生 き る姿
勢 を 整 え る V 、2
は 〈特
性 を 生 かす
〉 ( 三 昧 耶 智 ( 53 ) ( 54 ) ( 55 ) 印 ) 、3
は 〈 本筋
を 探 る 〉 ( 法 智 印 ) 、4
は 〈機
能 を 発 揮 す る 〉 ( 羯 磨 智 印 ∀ 、 以 上 の 四 つ の 教 理 理 念 が導
か れ る 。 そ し て こ れ 等 の 四 智 印 を ま と め 重 々 帝 網 に渉
入 相 即す
る の が 法 界智
印
に し て 、 如 来 の法
界 曼茶
羅
身
と し て秘
密 荘厳
さ れ る の で あ る 。 ( 56 ) 三密
加
持 二 二密
相
応 ( 瑜 伽 ) す る 用 大 に つ い て み る に 、 大 日尊
が 自在
神 力 加 持 三 昧 に 住 し て 金 剛 の 幻 を 現 じ 、 自 ( 57 ) 性 身 の 上 の 加 持身
が説
法す
る の で あ る 。 眦 盧 遮 那 如 来加
持 し て身
・ 語 ・ 意 の 三 密 が平
等無
尽 荘厳
蔵
を 奮 迅 示 現 す る 。 ( 58 ) そ れ ぞ れ の 威 儀 は密
印
、音
声
は真
言 、 説法
は 三昧
で な い も の は な い 。 し か もコ
一 の 尊等
し く刹
塵 の 三 密 を 具 し て ( 59 ) 互 相 に加
入 し 、彼
此摂
持 」す
る の で あ る 。 衆 生 の 三 密 も ま た ま た か く の 如 く 、 「 も し真
言 行 人 あ つ て こ の義
を 観察
し て、 手 に 印 契 を 作 し 、 口 に 真 言 を 誦 じ 、 ( 60 ) 心 三 摩 地 に 住 す れ ば 、 三密
相
応 し て 加 持す
る が故
に 、早
く
大 悉 地 を 得 現身
に速
疾
に 本 有 の 三 身 を 顕 現 し 証 得 す 。 」 とす
る 三密
相 応 が大
師
の 成 仏 へ の 基 本 的極
則 で あ る 。 大 師 は こ の 現 身成
仏 の法
を “ 速 疾 力 不 思 議 神 通 三 摩地
法
” と名
づ け ら れ た 。 こ こ で 、 少 し く成
仏 に お け る “ 身 ” ト ト ノ ノ の在
り 方 を み る に 、 「縦
横
重 重 に し て 鏡 中 の影
像
と 燈光
と の渉
入 す る が ご と し 」 と し 、 「 我身
佛身
衆
生 身 」 と が 「彼
ハ レ ノ ナ リ ノ ハ レ ノ レ ノ ノ レ ニ シ テ ナ リ ニ シ テ ナ リ ( 61 )身
即 是 此身
。 此 身 即是
彼身
。 佛 身 即 是 衆 生身
。衆
生 身 即是
佛
身 。 不 同而 同 。 不 異 而 異 。 」 と し て い る 。 ( 62 ) ( 63 )
右
の こ の 境 位 に 至 る 三 摩 地法
の 根 拠 は 『 金 剛 頂 経 』所
説
の 真 言 宗 不 共 の 五相
成 身 観 に あ り 、 『 菩提
心 論 』 に も 掲 げ ら れ て あ る 。 こ の 五 相 に は 内 的 に 心 か ら身
へ の 大 転換
が あ る 。即
ち 、 三 相 ま で は 、 通 達 心 ・修
菩
提
心 ・成
金 剛 心 一 一智 山学報 第五十七輯 と 心 位 に お
け
る内
観
を 深 め 、 第 四 金 剛身
( 。 ゼ く畳
鋤 § 鋳 。. 7聾
) の 酬 冖 ヨ 爵 ゜ に 至 っ て は 一 転 し て身
体 に 、 大 日如
来 が潅
頂
を 契 機 に加
持 さ れ て 入我
し 、 金 剛身
を 成 ず る の で あ る 。 そ し て 、 第 五相
三 摩 地菩
提 心 仏身
円 満 に 至 り 、行
者 と如
来
と の 一 如 円 満 な る 金 剛 堅 固 の 仏 身 が 成 満 す る 。 こ の 法身
( 金 剛身
) 円満
の 経 証 と し て 『 即身
義 』 に 「 三 密 の 金 剛 を 以 て 増 上縁
と な し て よ く 眦 盧 遮 那 三身
の 果 位 ( 64 ) ( 65 ) を 證 す 」 と掲
げ ら れ た 経 が 、 大 師 新請
来
の 『 金 剛 頂瑜
伽 五 秘密
修
行
儀
軌 』 一巻
で 、 『 三 十帖
策
子 』 第 二 十 一帖
に も こ の 文 言 が あ り 、法
・ 報 ・ 化 、字
(旦
印 ( 三 昧 ) 形 ( 身 ) の各
三 と 四 種 法 身 ( 自 性 ・ 受 用 ・ 変 化 ・ 等 流 ) が 大 日尊
の果
位
の 内 証 と し て 円 成 す る の で あ る 。 現 身 に 即身
成 仏 す る 経証
は 『 大 日 経 』 に 〔 66 ) 不 捨 於 此 身逮 得 神 境 通
遊 歩 大 空 位
而 成 身 祕 密 ヘ へ と
あ
り 、 「 こ の身
を捨
て ず し て 、 身 秘 密 を 成ず
」 に お い て 具体
的 に 即 身 成 仏 が 完 成 す る の で あ る 。 も と よ り こ の身
ノ ( 67 )秘
密
が 「 無 我 大 我 」 を 内証
と し て い る こ と に は 変 り は な い 。 し か も 、 こ の身
語 意 三 密 円 融 無 礙 に つ き 、 「 三 法 は 平等
平等
に し て 一 な り 。 一 に し て 無 量 な り 。無
量 に し て 一 な ( 68 )り
。 し か も つ い に雑
乱 せず
。 」 と 不雑
乱 を断
っ て 念 を 入 れ て あ る の は 、 モ 〔 69 ) 平等
平 等 一 皆 無 レ 有 二 別 異 一各
摂 二 諸 法 一 故然
終
不 二 雑 乱 】 と の 『 釈 論 』 の 不 二 摩 訶 衍 の在
り 方 に準
じ た も の と み ら れ る 。 三 密 相 応 の 用 大 は 、 総 じ て 法身
説法
で あ る 。 事 相 の 次 第 で は 、 入 我 我 入 観 ・ 正 念 誦 ・ 字輪
観 に よ っ て 即 身 成 仏 を体
現
し 、 大覚
位 を 証 す る の で あ る 。 こ れ を 教 化 の 現 場 に 開 け ば 遮表
二徳
の 身 三 ・ 口 四 ・ 意 三 の 十 善業
と な り 、 図 の 如 く 無 相 の 教 化 理 念 が 導 か れ よう
。有
相
の 三 密 行 と し て は 、 そ れぐ
本尊
へ の 帰命
・ 合掌
・ 御 宝号
に絞
ら れ る 。 一40
一真 言教 化の構造 (眞保)
右
、 速 疾 力 不 思 議神
通 三摩
地 法 に よ り 、 三 大 円 融 無 礙 の 秘 密無
尽 荘厳
身
が体
達
さ れ る こ と と な る 。右
の 如 く 無 我 の 大 我 た る法
身
如 来 の 三 大 円 融 無 礙 な る 綱格
を 、 一 言 で表
現
す
れ ば 、 〈 つ く し あ い 〉 と な る か と 思う
。 〈 つく
しあ
い 〉 は、 秘密
無 尽 荘厳
身 の 現 代語
に お け る 構造
的 把 捉 の 教 化 理 念 で あ る 。三
真
言
教
化
の
本
質
1
真
言
の大
覚
真
言 教化
の 本 質 は 、 も と よ り真
言
の 大覚
に 根 ざ し 、 志 向 す る も の で な け れ ば な ら な い 。即 ち 、 『 大 日 経 』 住 心 品 に 、
ン カ ト ナ ラ バ ク ク ノ ル ナ リ ヲ ニ ス ト ヒ ト ヲ ク ノ ハ ヲ シ ト ヲ シ ト ヲ ス
云 何
菩
提
謂
如
レ実
知 一 自 心 一 自 心尋
隶
菩 提 及 一 切 智 一 如 レ 是 智 慧 菩 提 心為
レ 因大
悲
為
二根
本 一 方便
為
ニト ( 70 )
究 竟 一 と あ る 如 く 、
自
心 の 実体
が 本 性清
浄 で あ る無
我 の 大 我 な る こ と を 如 実 に覚
知 す る こ と に あ る 。 し か も そ の覚
知 す る 智 慧 は 、菩
提 心 と 如 来 の 大悲
と 絶 対 的 供 養行
と を 、 因根
究
竟
とす
る 三句
の 法 門 で な く て は な ら な い 。こ れ を
大
師
は 、 『 十 住 心論
』 に、 総 摂 し 、レ ノ シ ヲ ノ 秘
密
荘
厳
隻
購
罐
驢
嚢
鞭
難
聽 繝鍛
、髞
曝
と 心身
一如
を 内 包 す る 秘 密 荘 厳住
心 と統
称
さ れ た の で あ る 。 一 一智山学 報第五十七輯
2
真
言教
化
の特
質
真
言 教 化 の 特 質 に つ い て 、 『 金 剛 頂 経 』 に 対 す る 大 師 の 次 の 注 釈 か ら 、探
っ て み た い 。 金 剛 頂 経 大 師 の 注 釈 ニ テ 一 時 薄 伽 梵 金 剛 界 遍 照 如 来 常於
ニ ノ ヲ 以 三 世 . 不 壊 化 身 。 メ ヲ ン ト メ ク モ ム 7 利一 楽 有 情 一 無 一 時 暫 息 一 [ 『 十 住 心 論 』 弘 大 全 一 、 四 〇 七 頁 『 二 教 論 』 弘 大 全 一 、 五 〇 一 頁 〕 ク ト 謂 三 世 者 三 密 也 。 ト ノー ハ ス ヲ ト 不 壊 表 二 金 剛 而 化 者 業 用 。 ク ニ テ ノ ノ ヲ 言 常 以 二 金 剛 三 密 業 用 一 テ ニ 亘於
三 世 の ム ノ ヲ ノ ケ ノ ヲ 令 三 自 他 有 情 受 一妙
法 楽 一 也 大 日尊
の 常 恒 の 三 世 に 亘 る 生 命活
動 を、 大 師 は、 「 三 世 と い っ ぱ 三 密 な り 」 と 釈 し 、 如 来 の身
ロ 意 の 三 密 活 動 と メ セ ハ ハ ナ リ ヲ ソ ニ す る 。 「 不壊
と は 金 剛 を表
す 」 は 「 金 剛 般若
経 開 題 』 に も 「約
二 三 大 一釈
。 金 剛躰
不 壊 法身
名
二 金 剛 一 約 二 四種
法身
一 セ ハ ヲ ナ リ ( 72 ) 釈 レ 之 。 金 剛 者 自 性 法身
。 常 恒 不 変 故 。 」 と 無 我 の 大 我 た る自
性
法 身 の 体 の 常 恒 不 変 の 妙徳
に 寄 せ て 金 剛 と い っ た が 、 経 の化
身
の 化 に つ き 「 化 と は 業 用 な り 」 と 釈 し 、 「 金 剛 の 三密
の業
用 」 と いう
如 来 法 身 の 常 恒 不 壊 の 生命
活 動 そ の も の の 中 に 自 も他
も こ の身
を 捨 てず
し て 生 を転
化 し 、依
住 さ せ 、 安住
せ し め る こ と が 、真
言
教 化 の 特 質 で あ る こ と を 示 し て い る 。 こ の 三 密 の 業 用 、 即 ち如
来 の 三 密活
動
の 中 に 入 住 す る こ と に よ っ て は じ め て 、 不 思 議 な法
楽 を受
けう
る こ と に な る の で あ る 。 一42
一四
真
言
教
化
の
要
件
真言教化の構造 (眞保) 教 化 は 他 者 の み に
向
け ら れ る の で は な い 。受
け難
き 人身
と し て の自
分 と の 出 合 、 死 す べ き 自 身 を如
何 に 度 す か が 、 す べ て の 手前
に あ る 。 自 身 を 度 せ な い 者 が 、如
何
に し て 他 者 を 度 す こ と が で き よう
。 『 三 昧 耶戒
序
』 に 、 秘密
三 摩 耶 仏 戒 を 説き
、 こ の乗
( 秘 密 仏 乗 ) に住
す る も の は 、 こ の 戒 を も つ て 自 の身
心 を 檢知
し 、 他 の衆
生 を 教 化 す 。 す な わ ち こ れ祕
( 73 ∀ 密 三摩
耶 佛戒
な り 。 と あ る 。自
の 身 心 が 無我
の 大 我 な る こ と を、 シ テ ノ ヲ 秘 密 三摩
耶
靉
露
叢
幾
△
獅
畑鞠
、 よ く よく
自
分
の 身 心 を 檢 知 の 上 の 教化
が 、 秘 密 仏乗
に 住 す る 者 の 基 本 要件
で あ る 。五
真
言
教
化
の
利
益
真
言 教化
の利
益 の 在り
方
を 『菩
提 心 論 』 に つ い て み る に 、 初 め に行
願 ( 菩 提 心 V と は 、 い は く 、修
習
の 人 、常
に是
の 如 く の 心 を懐
く べ し 。 我 れ当
に 無余
の 有 情 界 を利
益 ガ ン ジ キ し 安楽
す べ し 、 と 。 十方
の含
識 を 観 る こ と、 猶 し 己 身 の 如 し 。カ ン ポ ツ 言 ふ と こ ろ の 利
益
と は 、 い は く、 一 切有
情 を勧
発
し て こ と ご と く無
上 菩提
に 安住
せ し む 。今
、真
言 行 人 応 に( 74 )
知
る べ し 、 一 切 有情
は み な如
来 蔵 の 性 を含
し 、 み な 無 上菩
提 に 安 住す
る に堪
任 せ り 。 ガ ン ジ キ と 、 十 方 の 含 識 ( 喜 窪算
斜 喜 g 母 生 き と し 生 け る も の ) を 観 る 時 、常
に 己身
と し て 、 自 分 だ っ た ら 、 と 己 の 身 に な っ て利
益 し安
楽
す べ し 、 と す る 。 一43
一智 山学 報第五 十七輯 か ん ぽ つ そ の 利 益 と は、 勧 発 し て 無 ヒ 菩
提
に 安 住 せ し む る こ と だ と いう
。 そ れ は 、 三 密 行 を修
し 、 三 摩 地 菩 提 心 を 修 し 、 修 せ し む る こ と で あ り 、 如 来 内 証 の境
界 に 人 住 し安
住 せ し む る こ と に よ っ て 実 現 す る 。 そ れ は 、 皆 、 如 来蔵
の 性 を 本有
に含
じ て い て 、 む し ろ も と も と 仏 と し て 堪 え う る力
を も っ て い る か ら 可 能 で あ る と す る 。 こ れ が 真 言教
化 の 大 利益
で あ る 。六
三
大
法
体
の論
議
と
教
化
智
積
院 第 三 世 口誉
能
化 ( 一 五 六 六 一 六 四 〇 ) の 頃 は 、 夏 の 『釈
論 』論
議 が 二 月 二 十 四 日 か ら 四 月 十 二 日 ま で 五 十 〔 75 ) 日 に 亘 っ て 執 行 さ れ た が 、 そ の 『 釈 論 』 百 条 の内
、 当 面 の 三 大 に 寄 せ て 、 運 敞 能化
( 一 六 一 四一 六 九 三 ) の 『 釈 論 ( 76 ) 談
義
』 『 釈 論 百条
第
二 重 』 に お け る 三 大 法 体 の 論議
に つ い て 、摘
要
を み つ つ 、 教 化 へ の糸
口 を 模 索 し て み た い 。 こ の 論 議 は 、 『談
議 』 に あ る が 如 く 、 「所
入 の 三 大 の 巾 の相
用 二 大 は 、 倶 に 理 な る べ き か否
や の 」 論議
で あ る 。難
勢 は 、 「今
の 論 文 を 後 重 の 所 入 を 明す
に 付 き て 、 且 く相
用 二 大 は 倶 に 理 な り と 云 ふ べ し や 」 と 糺 す 。 答 者 は 「 然 る 可 き 也 」 と答
す 。 そ の 由 は 、 所 入 の 法 体 は真
俗 不 二 の 中道
に し て 諸 法 所依
の 体 性 で あ る か ら で あ る 、 と 。 更 に 「 生 滅 門 の 三 大 を 思 は ば 、 智徳
色 相 を 以 て 相 用 二 大 と 為 す と 見 え た り 。何
ぞ 倶 に 理 な り と 云う
耶
」 と 難 ず る に 、 「 会 し て 云く
、 所 入 は 一 味 の体
な る が 故 に 」 と 会 通 し 、 「 相 用 二 大 は 倶 に 理 な る べ き 也 」 と答
し て い る 。 こ の こ と に つ い て は 、 「 釈 論 』 六 に 、自
相 大義
門 を 説 き 、 か け た る 円満
功 徳 門 と は 其 の 相 云 何 ん 。謂
く 真 体 ( 真 如 の 法 体 ) の 中 に は 一切
の功
徳
を 円 満 し て 、少 と こ ろ
無
き が 故 ( 77 ) に 」 ( 78 ) と し て 、 『 起 信 論 』 を 土 台 に 、 次 の 六種
性
義 を掲
げ て い る 。 一真 言教化の構造 (眞保)
大 智
慧
光
明 の義
遍
照
法
界 の 義真
実
識 知 の 義自
性
清
浄 心 の義
常
楽
我 浄 の義
清
凉
不
変
自在
の 義 こ の 六 種 性 義 に つ い て は ・大
師
も 『( 79 )
釈
論
指事
』 で ・ そ れ ぞ れ に 釈 を 施 し て 覚智
の 相 大 と所
入 体 用 二 大 と の 無 礙 円 融 を 明 ら か に さ れ て い る 。覚
・ 輒 上 人 も 、 三 十 八 法 門 の 差 別 に つ い て 、( 80 ) 「 能 入 所 入 種
種
差 別 と は 、不
二 総 体 の 上 の 差 別 縁 起 の 法 な り 。 」 と 不 二 摩訶
衍 た る 法身
如
来 の つ く し あう
風光
の 在 り 方 を明
ら か に し て い る 。 『 釈 論 第 二 重 』 に 「 所 入 一味
の 体 な る が故
に 」 と あ る 円 融 無礙
な る秘
密
荘
厳 身 に直
入す
る直
修
と し て 、 既 に 三 密( 81 ) 用
大
の段
で 意 密 の 三 摩 地 直 修 を論
じ た 。 今 、 口 密真
言念
誦 に 『 般 若 理 趣経
』 を 了 っ て 合 殺 が あ る 。 「 眦 盧 遮 那佛
」 十 一句
の 仏名
を 連 誦 す る 讃歎
と な っ て 、 読 経 の 最 後 に究
竟
は 、 本尊
の念
仏 に な る 。 唯 、 至 心 に 名号
を 念 誦す
る 口 密 に 帰命
( 三 摩 地 ) と 合掌
( 密 印 ) が 有 相 の 三 密 相 応 し て 三 大 法体
に 趣 入 す る の で あ る 。 た ず 最 極 に は 、 音声
は 消 え て 無 言念
仏 三 昧 に な る で あ ろう
。 や が て 無相
の 三 密 と なり
、 三大
法
体 の 秘 密 無 尽 荘厳
身
そ の も の の 生命
活
動
だ け の境
界 と な っ て、 真 言 教 化 が円
成す
る こ と と な る 。結
善五 ロ ロ げ ん げ ん 還 源 を希
求
さ れ た 空 海 弘法
大 師 は 、 釈尊
の 大悟
の 中 核 が 無 我 に あ る こ と を突
き と め 、 そ の 無 我 の根
抵 に ” 無我
の 大我
” な る み仏
が 、 常 恒不
壊 に 森 羅 万象
と な っ て厳
存
し て い る 神 秘 を 探 り あ て 、 そ の み 仏 か ら の 正系
を 、命
を賭
し 一 一智 山学報第五 十 七輯 て、