東
大
寺
本
尊
に
就
て
岩
上
智
量
東 大 寺 金 堂 本 尊 は 盧 舎 那 佛 で あ る。 東 大 寺 が 國 分 寺 で あ る と 共 に、 其 の 大 佛 か 一 つ の 重 要 な る 一 部 門 を 司 ど つ て ゐ る 事 は 有 名 な 事 實 で あ る か、 こ の 大 佛 は 天 準 十 五 年 十 月 十 日 の 詔 勅 に 依 り て そ の 建 設 か 始 め ら れ た。 こ の 十 五 年 十 月 十 日 の 詔 勅 は 東 大 寺 を 形 成 し た 最 初 の 根 源 で あ る と 共 に、 又 大 佛 に 關 し て の 詔 勅 で あ る。 天 皇 は こ の 大 事 業 を 國 家 全 睦 の 協 力 に よ り て 建 設 し、 そ の 輻 利 は 又 國 家 國 民 全 睦 か 受 べ き も の と さ れ て こ の 工 事 に 着 手 さ せ ら れ た。 如 何 に こ の 大 佛 鋳 造 か 大 難 事 業 で あ つ た か は 推 察 す る に 絵 り あ る。 而 し て こ の 大 事 業 を 行 は れ る に 至 つ た の は、 當 時 の 國 分 寺 建 立 の 大 成 と 同 じ く 突 如 と し て 天 皇 の 御 考 へ に な つ た も の で は な く、 こ れ に は 種 々 多 教 の 動 機 か あ り、 や か て 今 の 大 佛 鋳 逡 の 詔 勅 を 出 さ し め ら れ る に 至 つ た も の ゝ や う で あ る か、 こ れ に 就 い て 述 ぶ る こ と は 略 し て、 次 の 問 題 へ 進 み た い。 大 佛 建 立 に 關 す る 天 平 十 五 年 の 詔 勅 か 嚢 せ ら れ る 時 分 に は、 も は や す で に 多 分 の 準 備 は 出 來 上 り、 國 分 寺 建 設 と 關 聯 を も つ ( 註 一 ) て 其 の 年 の 十 月 二 十 日 に は、 紫 香 樂 宮 に 寺 地 を 開 き こ の 大 佛 像 達 成 の 工 事 を 開 始 せ ら れ た の で あ る。 天 李 十 六 年 十 一 月 に は こ の 地 に 慮 舎 那 佛 骨 柱 建 設 の 事 が あ り、 十 五 年 十 月 に 寺 地 を 開 か れ て よ り 滴 一 年 を 経 た 時 で、 そ の 骨 柱 は 鋳 造 前 の 模 型 の 像 柱 を 建 て た も の で、 そ れ よ り 僅 か 孚 年 の 後 に は も は や 紫 香 樂 の 地 に は 工 事 か 中 止 せ ら れ、 李 城 の 京 に 移 さ れ た の で あ る。 勿 論 こ の 奈 良 に 移 輔 さ れ た 事 は 奈 艮 へ の 蓬 都 に 從 つ て 最 初 か ら 豫 定 さ れ た 事 で あ つ た 様 で あ る。 工 事 か 奈 (註 二 ) 良 に 移 つ た 後 竜 猶 こ ゐ 甲 訂 寺 に 匠 遙 佛 尋 旬 の 重 務 は 残 つ て ゐ た ( 註 三 ) も の と 考 へ ら れ る。 叉 甲 可 寺 造 佛 所 よ ら 金 光 明 寺 造 佛 官 に 封 す る 佛 像 引 纏 の 文 書 等 に よ の、 鋳 造 前 の 模 型 に ま で 工 事 か 進 ん で を の、 そ れ 等 か 奈 良 に 移 る と 同 時 に 直 ぐ 再 び 工 事 か 行 は れ た の ( 耗 四 ) で な い か と 思 は れ る 鮎 な ど か あ り、 又 東 大 寺 要 録 所 引 中 の 縁 起 文 中 に 奈 良 に 於 け る 鋳 造 の 工 事 を 天 李 十 九 年 歳 次 丁 亥 九 月 二 十 九 日 よ り 始 め、 天 準 勝 費 元 年 歳 次 己 丑 十 月 二 十 四 日 に 至 る ま で 纒 じ て 三 箇 年 鑛 る に 八 箇 度 を 以 て す と 云 ふ 文 あ る に よ つ て 見 て も、 そ の 間 の 清 息 か 大 膿 に 於 て う か か は れ る。 工 事 か 甲 可 寺 よ り 奈 艮 に 移 つ て か ら は 金 鐘 寺 の 寺 内 に 於 て 工 裏 大 寺 奉 尊 に 就 て 二 三 七東 大 寺 本 尊 に 就 て 二 三 八 事 が 行 は れ、 天 李 十 九 年 よ り 勝 寳 元 年 に 至 る 三 箇 年 八 ケ 度 の 鑛 造 を 輕 て そ の 外 形 は 出 來 上 つ た も の で あ る。 天 李 勝 費 三 年 よ ら 渡 金 を 始 め、 渡 金 牛 に し て 開 眼 供 養 が 行 は れ、 大 佛 が 完 全 に 出 來 上 つ た の は そ れ よ り 以 後 の 事 で、 そ の 聞 の 清 息 は 東 大 寺 要 録 及 び 同 書 所 引 の 實 忠 の 二 十 九 箇 條 中 等 に よ り、 其 の 大 き さ 及 び 工 事 の 進 展 の 状 態 を 知 り 得 る 事 が 出 來 る。 註 一、 績 日 本 紀 の 丈 註 二、 正 倉 院 文 書 天 平 十 七 年 十 月 二 十 二 日 の 造 甲 可 寺 所 解。 註 三、 同 天 李 十 九 年 正 月 十 九 日 甲 可 寺 逡 佛 所 謹 牒 金 光 明 寺 造 佛 官。 註 四、 東 大 寺 大 佛 殿 線 起 碑 文 ( 日 本 佛 教 全 書 東 大 寺 叢 書 第 一 ) 天 亭 十 九 年 九 月 二 十 九 日 に 錦 造 の 事 が 始 め ら れ 六 が そ れ 以 前 十 七 年 に に 金 鐘 寺 の 地 に 工 事 ぽ 移 さ れ て ゐ 六 の で あ る。 か く て 東 大 寺 盧 舎 那 佛 建 立 は 聖 武 天 皇 の 御 護 願 に 依 る も の で あ る が、 然 ら ば こ の 東 大 寺 の 大 佛 は 何 輕 に よ り て 造 顯 さ れ た か、 換 言 す れ ば 如 何 な る 純 典 に よ り て 盧 舎 那 佛 と し て 表 現 さ れ た の で あ ら う か。 古 來 佛 像 を 造 顯 す る に は、 そ れ 相 當 の 儀 軌、 或 は 輕 典 に よ り そ の 所 説 の 軌 に 從 ひ て 造 顯 せ ら れ る を 通 例 と す る の で あ る。 盧 舎 那 佛 と は 即 ち 毘 盧 舎 那 佛 の こ と な れ ど、 今 は 漂 滴 と 鐸 し、 密 教 で 云 ふ 大 H 如 來 と 一 段 階 を 異 に す る こ と に な つ て ゐ る。 華 嚴 経 及 び 梵 網 経 の 本 尊 に し て、 梵 網 纏 の 所 説 に よ れ ば、 蓮 華 藏 世 界 に 於 て 一 大 蓮 華 の 中 毫 に 坐 し 多 く の 菩 薩 に 園 ま れ 説 法 さ れ る。 そ の 蓮 華 に 千 葉 あ り、 各 葉 各 に 繹 迦 が 現 じ そ の 羅 迦 の 教 化 の 加 は る 所 が 三 千 大 千 世 界 に し て、 三 千 大 千 世 界 の 各 一 國 に 一 人 の 繹 迦 が 現 じ て 教 化 す る の で あ る。 三 千 大 千 世 界 に は 百 億 の 國 あ る が 故 に 百 億 の 羅 迦 が 現 ず る 事 に な る。 之 を 換 言 す れ ば 一 葉 百 億 の 繹 迦、 千 葉 の 千 覆 迦、 華 毫 上 の 報 身 本 佛 と な る の で あ る。 華 嚴 輕 の 所 説 の も の は、 梵 網 経 所 読 と は 梢 々 趣 を 異 に し て 居 る が、 思 想 と し て は 梵 網 経 所 説 の も の と 同 じ で あ る。 東 大 寺 大 佛 は 要 録 第 一 本 願 第 一 章 に ﹁ 十 世 界 海 盧 舎 那 佛。 助 二 鉄 藁 上 凶 而 青 蓮 開 瞼。 千 百 億 國 繹 迦 文 佛。 端 二 坐 葉 里 而 丹 菓 鮎 レ膚。 ﹂ と 云 ふ に あ た り、 梵 網 輕 所 読 の 如 く 一 葉 各 に 一 人 の 繹 迦 設 法 と 多 敷 の 聴 聞 の 菩 薩 を 線 刻 に 圖 示 し、 色 界 の 下 に 各 須 彌 山 あ り て 百 億 國 の 澤 迦 が 圖 示 せ ら れ て 居 る。 又 そ の 光 背 に は 五 百 絵 腔 の 化 佛 の 繹 迦 が 造 ら れ、 造 像 例 と し て は 唐 招 提 寺 金 堂 本 奪 の 盧 舎 那 佛 と 同 じ で あ る。 斯 の 如 き の 東 大 寺 の 盧 舎 那 佛 は 然 ら ば そ の 華 嚴、 梵 網 爾 纏 何 れ の 所 説 に 基 て 造 顯 せ ら れ た も の で あ ら う か。 古 來 こ の 問 題 に 關 し て 種 々 論 議 さ れ 種 々 な る 意 見 が 出 さ れ て 居 る。 今 之 等 の 論 設 を 見 る に 大 盟 に 於 て 三 つ の 説 を あ げ 得 る。 (註 一 ) 即 ち、 一 っ は 華 嚴 纏 の 所 読 に 基 て 浩 顯 せ ら れ た も の で あ る と 云 ( 注二 ) ふ 説、 二 つ に は 梵 綱 纏 に も と つ い て 造 顯 せ ら れ た と 云 ふ 説、 三 ( 註 三 ) つ に は 梵 網 纏 は 華 嚴 纏 の 結 纏 な る か 故 に 梵 網 華 嚴 爾 纒 の 本 奪 は 同 一 で あ る か 爲、 そ の 説 相 ほ 梵 網 経 所 説 の も の に し て、 其 の 精
瀞 は 華 嚴 脛 に あ る も、 餐 教 主 論 は 贈 時 廣 く 行 に れ た 天 毫 に 依 葱 し た も の で あ る と す る 説 で あ る。 第 一 の 華 嚴 纏 所 説 に 基 て 造 顯 せ ら れ た と す る 説 は う 即 ち 東 大 寺 大 佛 蓮 辮 に は 梵 網 纏 に 説 く 一 華 百 億 國 一 國 一 繹 迦 云 云 の 如 く 圖 示 さ れ て ゐ る が、 然 し 華 嚴 纏 に も 表 現 さ れ て ゐ る も の で あ つ て、 即 ち 一 千 の 蓮 辮 に そ れ ぐ 葉 上 の 繹 迦 が 現 は れ、 そ の 縄 迦 の 懸 化 身 は 各 一 百 萬 の 三 千 大 千 世 界 に 衆 生 を 化 度 せ ん が 爲 に 百 億 の 纏 迦 が 華 嚴 纏 を 説 く と 云 ふ 意 昧 が 見 え て ゐ る。 帥 ち こ れ 一 多 融 合 の 原 理 に 基 く 蓮 華 藏 世 界 を 物 語 る も の で あ り、 然 も 反 面 大 佛 開 眼 供 養 の 當 日 講 説 さ れ た も の は 華 嚴 輕 で あ る か ら、 東 大 寺 本 律 は 華 嚴 経 教 主 の 盧 舎 那 佛 と す べ き で あ る と 云 ふ の で あ (注 四 ) る 。 又 夫 李 時 代 め 患 頽 寡 ほ 至 く 韮 巖 息 想 の 奎 盛 認 代 で 颪 万、 土 下 の 節 依 渇 仰 の 的 で あ り、 而 も 大 佛 開 眼 供 養 に 於 け る 華 嚴 脛 講, 説 等 に よ り 華 嚴 脛 教 主 の 盧 含 那 佛 た る こ と は 疑 な き 所 で あ り、 た と へ 蓮 辮 に 梵 網 縄 所 読 の 聞 相 を 現 は し て い た と し て も 梵 網 纏 は 華 嚴 輕 の 結 紹 で あ り、 華 嚴 脛 に よ る 華 藏 世 界 が 重 々 無 鑑 に し て と う て い 開 示 出 來 な い か ら、 一 提 の 世 界 に な る 梵 網 輕 所 説 の も の を も つ て 櫨 う て ゐ る と 読 く の で あ る。 此 の 説 に 於 て は 或 は 一 懸 當 時 の 佛 教 界 そ の も の の 内 容 に つ い て も、 叉 華 嚴 輕 の 講 説 研 究 に つ い て も 共 に 華 嚴 教 理 の 護 展 は 事 實 で あ り 開 眼 供 養 式 の 華 嚴 講 読 の 如 き 事 實 よ り し て 是 な り と 考 へ 得 ら れ る 鮎 が あ る も、 然 し 今 一 歩 深 く 入 つ て 考 へ て 見 る 時、 何 物 か 物 足 り な い 鮎 が あ る。 即 ち 本 奪 に 封 す る 狭 侍 の 菩 薩 像 の 問 題 等 よ り す れ ば、 華 嚴 教 理 の み に よ つ て 出 來 上 つ た も の と は 解 せ ら れ な い。 こ の 瓢 不 浦 足 の 感 を 抱 か ざ る を 得 な い。 第 二 の 説 は、 即 ち 梵 網 輕 所 説 に 基 て 造 顯 せ ら れ た も の で あ る と す る。 即 ち 東 大 寺 大 佛 は 華 嚴 の 教 主 に あ ら ず し て 梵 網 α 教 主 な り。 此 の 事 は 十 五 年 の 詔 勅 の 中 に も 毎 月 月 牛 の 戒 翔 磨 を 踊 せ よ と 云 は れ て ゐ る に 反 し て、 華 嚴 の 一 端 を も 現 は さ れ て を ら な い 鮎、 又 大 佛 の 狭 侍 の 観 音、 盧 室 藏 に し て、 盧 舎 那 佛 の 狭 侍 に 襯 音 と 虚 室 藏 と を 配 置 す る こ と は、 観 虚 室 藏 経 よ り 出 で た も の で、 観 虚 空 藏 纏 所 説 の 虚 塞 藏 菩 薩 は、 戒 を律 の 本 愈 に し て こ れ と 盧 舎 那 佛 を 配 す る 所、 梵 網 の 本 尊 た る 事 に 疑 な い。 叉 東 大 寺 大 佛 蓮 辮 刻 書 の 圖 相 が、 梵 網 経 の 我 今 盧 舎 那、 方 坐 蓮 華 毫、 周 匠 千 華 上、 各 坐 菩 提 樹 云 云 の も の と 合 致 し、 國 分 寺 と の 關 係 が こ の 事 に 一 致 し、 又 鑑 眞 大 和 尚 の 請 召 及 び 大 佛 殿 前 に 於 け る 御 受 戒、 戒 壇 院 建 立 等 は、 こ れ 皆 梵 網 経 所 説 め 高 遠 な る 思 想 を 表 現 し た も の で、 東 大 寺 大 佛 が 梵 網 教 主 た る 事 は 疑 な き 所 で あ る と す る。 次 に 第 三 の 説 は、 梵 網 輕 は 華 嚴 経 の 結 趣 で あ り、 純 梓 華 嚴 教 學 の 上 よ り 見 れ ば、 華 嚴 の 盧 舎 那 佛 と 梵 網 の 盧 舎 那 佛 と は そ の 趣 を 異 に し て ゐ る の で あ る が、 今 奈 良 朝 時 代 の 華 嚴 教 學 系 を 見 る に、 そ は 純 粋 華 嚴 系 で は な く、 む し ろ 天 台 系 の 二 輕 同 佛 を 説 く 方 が 多 か つ た の で は な い か と 考 へ 得 ら れ る、 叉 天 李 七 年 に 來 朝 し た 碧 溶 の 如 き 華 嚴 に 通 じ て を り つ つ も 梵 網 の 解 羅 は 天 台 系 に よ つ て い た 馳 か ら し て も、 こ の 東 大 寺 盧 舎 那 佛 の 造 顯 に 封 東 大 寺 本 尊 に 就 て 二 三 九
東 大 寺 本 尊 に 就 て 二 四 〇 す る 考 へ は 根 本 は 華 嚴 の 教 義 に あ る も 其 の 教 主 論 は 寧 ろ 當 時 に 廣 く 行 は れ た と 考 へ る 理 由 の あ る 天 台 に 依 葱 し た も の で あ る と 考 へ る。 之 等 よ り し て 日 本 華 嚴 宗 の 本 奪 は、 支 那 純 梓 華 嚴 宗 の 説 に よ つ た も の で は な く し て、 華 嚴、 梵 網 二 経 同 佛 の 天 台 の 教 義 に 依 つ た も の で あ り、 そ の 天 台 の 説 に 基 て 梵 網 輕 は 華 嚴 輕 の 結 輕 な り と 見、 二 輕 同 佛 と す る 時 は 華 嚴 の 思 想 忙 は 必 然 大 乗 戒 と 云 ふ も の が 之 に 随 俘 し て 起 る べ き 理 由 が あ る の で、 日 太 華 嚴 宗 に 梵 網 の 思 想 が 關 聯 し て 興 起 し て 來 た の は 當 然 の 事 な り と す る と 説 い て ゐ る。 註 一、 橋 川 正 著 綜 合 日 本 佛 教 吏。 註 二、 小 野 博 士 佛 教 之 美 術 及 歴 史。 註 三、 境 野 博 士 日 本 佛 教 史 講 話。 註 四、 寧 樂 十 號、 華 嚴 教 圭 と し て の 大 佛 北 河 原 公 海 述。 今 案 ず る に、 東 大 寺 盧 舎 那 佛 は 梵 網 纏 所 読 に も と つ い て 表 は さ れ て 居 る 事 は、 こ の 爾 設 共 一 致 す る も、 た ゞ そ の 軍 一 な る が 華 嚴 と 關 聯 し あ る か の 相 異 が 爾 説 を 分 つ て ゐ る。 即 ち 律 の 本 奪 な る か、 さ に あ ら ざ る か で あ る。 今 こ の 問 題 を 解 決 す る 以 前 に 於 て、 當 時 の 梵 網 纏 研 究 並 に 天 台 の 教 學 に っ い て 一 見 を な し、 之 等 の 問 題 の 解 羅 に 利 せ ん と 考 へ る の で あ る。 (註 一) 奈 良 朝 に 梵 網 脛 が 入 つ た の は 天 亭 五 年 で あ り、 又 纏 疏 が 入 つ た の は 天 亭 十 八 年 に 義 寂 の 名 が 出 て ゐ る。 勿 論 之 は 文 献 上 に 出 た も の で 各 人 又 は 名 の 出 で な い も の が そ れ 以 前 に 存 せ し 事 は た し か と 考 へ ら れ る が、 奈 艮 時 代 日 本 に 傳 は つ た 疏 は 元 曉 ・義 寂 ・ 勝 蕪 ・ 智 周 ・ 太 賢 ・ 賓 法 師 ・ 髪 漢 繹 子 ・ 五 明 法 師 ・ 無 名 等 の 十 部 で あ る。 之 等 十 部 も の 疏 が 日 本 に 渡 來 し た 馳 よ り 見 て、 當 時 梵 網 律 が 重 ぜ ら れ て ゐ た 事 が 想 像 出 來 る。 今 之 等 疏 の 教 系 を 見 る に、 元 曉 は 華 嚴 學 者 な る も 賢 首 系 で は な く、 勝 蕪 智 周 太 賢 は 法 相 の 借 に し て、 勝 荘 智 周 は 支 那 な る も 元 曉 義 寂 太 賢 は 新 羅 で あ る 瓢 か ら、 石 田 氏 は 我 が 奈 良 時 代 の 梵 網 律 の 研 究 は 賢 首 や 天 台 の 思 想 を 租 述 す る も の で は な く、 非 常 に 薪 羅 臭 い も の で、 又 法 相 宗 と の 關 係 が あ つ た も の で は な か ら う か、 然 し そ の 疏 の 藏 さ れ て 居 る 所 を 見 る に、 華 嚴 宗 に 關 係 深 い 所 の み で あ る か ら そ の 研 究 さ れ た 實 際 は 我 が 華 嚴 の 學 徒 に よ つ て 研 究 さ れ た 様 に 見 え る と 云 つ て 居 る。 註 一、 東 洋 文 庫 十 一 石 田 茂 作 著 窟 纏 上 よ り 見 た る 奈 良 佛 教 の 研 究。 思 ふ に 當 時 華 嚴 學 老 が こ の 梵 網 律 を 研 究 し た 事 は 大 塗 注 目 す べ き 事 で あ る。 支 那 に 於 て も こ の 梵 網 律 を 研 究 し た も の は 律 宗 に 於 て 行 は れ ず 華 嚴 と 天 台 の 信 が 行 つ た も の で あ る。 而 し て こ れ が 奈 良 朝 に 於 て も 華 嚴 學 者 に 於 て 行 は れ た の で あ る。 良 辮 が 金 鐘 寺 に 道 融 さ し て 梵 網 輕 を 講 説 せ し め た と 云 ふ 事 等 よ り し て も、 華 嚴 學 徒 の 彼 が 梵 綱 を 研 究 し た 事 が 知 ら れ る。 斯 様 に 奈 良 朝 時 代 に あ り て は 華 嚴 學 徒 に よ り て 梵 網 律 が 研 究 さ れ 而 も そ れ が 朝 鮮 系 の も の に し ろ 盛 ん に 研 究 さ れ た。 然 し 元 曉 太 賢 等 の 疏 が 傳 は つ た の は、 天 準 時 代 の 初 期 で は な い 様 に 考 へ ら れ る 馳 か ら し て、 こ の 東 大 寺 盧 舎 那 造 顯 の 時 に 於 て そ の 所 依 の 問 題 に 關
し て は、 之 等 の 疏 よ り も 道 溶 這 融 等 の 行 つ た 梵 網 研 究 が 重 要 な る 役 割 を 演 ず る も の で は な か ら う か。 兎 に 角 東 大 寺 大 佛 は 梵 網 経 に よ ら て 作 ら れ た が、 そ の 精 酔 に 於 て は 華 嚴 脛 が 力 を い た し て ゐ る と 去 ふ 事 に な る。 然 し 又 一 面、 大 佛 か 律 と 關 係 が あ る 事 は そ の 狭 侍 菩 薩 と の 關 係 を も つ て 見 て も わ か る が 如 く、 之 等 よ り す れ ば 當 然 大 佛 は 梵 網、 華 嚴、 天 台、 其 の 他 の 見 界 等 が 種 々 集 り て 大 成 さ れ た も の で は な い だ ら う か、 そ れ 故 輩 に 華 嚴 の み、 梵 網 の み な り と 云 ふ 事 は、 或 ほ こ の 鮎 不 満 足 で は な い で は な い か と 考 へ る。 こ の 事 は な ほ 大 佛 蓮 露 の 實 際 の 圖 相 に つ き 研 究 す れ ば 到 然 と わ か る。 大 佛 蓮 辮 は 立 蓮 辮 大 小 合 し て 二 十 八 枚、 伏 蓮 辮 大 小 二 十 八 枚 あ る。 高 さ 及 び 周 園 の 長 さ は 大 佛 殿 縁 起 文、 そ の 他 に 出 て ゐ る 所 で あ る が、 今 そ の 梵 綱 脛 の 所 説 に も と つ い て 圖 示 せ ら れ て ゐ る の は そ の 立 蓮 辮 で あ つ て、 太 い 細 い の な い 形 式 化 さ れ た 線 で 刻 さ れ た 圖 は 天 李 時 代 の 糟 書 的 要 素 を 残 し、 又 當 時 の 本 尊 の 面 影 を し の ぶ 唯 一 の 材 料 で あ る。 今 こ の 蓮 辮 に 刻 さ れ て ゐ る の は 前 述 の 如 く 梵 網 輕 に 説 く 所 で、 一 葉 の 蓮 鱒 各 に 中 央 に 多 敷 の 聴 聞 の 菩 薩 衆 に 取 廻 か れ て 繹 迦 が 説 法 を し、 上 室 に は 供 養 の 天 人 が 種 々 の 供 物 を 捧 げ て 飛 雲 に の つ て 居 る。 麗 迦 の 下 方 は 色 界、 欲 界 を 経 て 大 蓮 辮 に は 七 つ、 小 蓮 辮 に は 三 つ の 須 彌 四 州 の 世 界 を 圓 示 し、 そ の 外 に は 大 海 を 表 は し そ の 下 に は 一 大 蓮 華 を 現 は し て 居 る。 こ れ が 二 十 八 枚 あ る が 現 在 で は そ の う ち 刻 豊 が 残 っ て ゐ る の は 僅 で あ る。 そ れ は 建 設 以 來 幾 多 の 大 火 に 會 ひ て 破 壌 せ し が 爲 で あ る。 綴 迦 設 法 下 方 の 色 界 及 び 欲 界 の 間 に は 二 十 五 段 の 段 階 に 別 た れ、 そ の 中 に は 種 々 の 家 屋 の 画 や 宮 殿 や 叉 そ の 聞 に は 佛 の 頭 部 を 表 は し た も の が 澤 山 圖 示 さ れ て 居 る。 又 須 彌 山 の 下 に は 龍 と 金 翅 鳥 が 見 ら れ、 或 る 部 分 の 南 閻 浮 州 に は 纏 迦 三 尊 の 読 法 相 を 出 せ る も の が あ る。 こ れ 即 ち 百 億 國 の 繹 迦 で 印 度 に 生 れ 佛 陀 と な つ た 繹 迦 を 表 は し た も の で あ る。 千 の 羅 迦 は 色 界 の 頂 の 大 自 在 天 に 於 て 読 法 す る の で あ る が、 今 そ の 圖 相 を 見 る に 何 れ の 蓮 辮 に 於 て も 繹 迦 を 中 心 に 左 右 十 二 人 の 菩 薩 衆 が 集 り 而 も 何 れ も 同 じ 方 向 を 向 い た 云 は ゞ 一 つ の 模 本 を 幾 つ も 作 つ た と 思 は れ る 檬 な 形 式 化 さ れ た 囲 相 で あ る。 そ の 美 的 方 面 は さ て お き、 今 こ の 圖 相 に つ き て 考 へ る に そ も く こ の 蓮 辮 に 出 さ れ た も の は 梵 網 経 所 説 の み で あ ら う か ど う か、 即 ち 梵 網 経 に 設 く、 方 坐 蓮 華 毫、 周 匠 千 華 上 云 云 の 文 に よ つ て の み 作 り 出 さ れ た も の で あ ら う か ど う か と 云 ふ 問 題 が 生 じ て 來 る の で あ る。 勿 論 梵 網 脛 所 説 に も と つ い て 造 ら れ た、 も の な る 事 は 確 か な る も、 今 精 細 に 圖 相 を 見 る に 梵 綱 脛 の み の 読 で な く、 こ れ に 華 嚴 脛 の 設 が 入 つ て ゐ る 事 を 知 る の で あ る。 即 ち、 色 界 及 び 欲 界 の 四 天 を 加 へ た 二 十 五 段 の 段 階 の 問 題 で あ る。 換 言 す れ ば 色 界 の 諸 天 の 問 題 で あ る。 元 來 色 界 の 諸 天 に つ き て は 古 來 種 々 の 議 論 が あ り 阿 含、 倶 舎 等 そ の 諸 天 の 数 を 異 に し て ゐ る 所 で あ る が、 今 梵 網 輕 に 於 て は 十 八 天 を 数 へ る も の で あ る、 而 し て 又 華 嚴 輕 に 於 て は 二 十 二 天 を 教 へ る。 此 威 に 於 て 問 題 と な る 事 は 今 こ の 大 佛 蓮 繋 の 色 界 の 東 大 寺 本 奪 に 就 て 二 四 一
東 大 寺 本 尊 に 就 て 二 四 二 ( 註 一 ) 籔 は ど う し て も 二 十 一 天 と な る の で あ る。 然 る 時 に 於 て 梵 綱 輕 に 於 て は 十 八 天 を 籔 へ る と す れ ば そ の 欲 界 の 諸 天 を 入 れ て 二 十 二 天 と な る。 邸 ち 二 十 二 段 と な る の で あ る。 然 ら ば 二 十 五 段 に 於 て は 三 段 の 不 用 を 來 た す の で あ る。 小 野 博 士 は そ の 佛 教 の 美 術 及 び 歴 史 に ﹁ 大 佛 蓮 辮 中 に 於 て 大 千 國 土 中 唯 欲 色 二 界 の 諸 天 を 圖 し て 無 色 界 を 出 さ ざ る は、 無 色 界 は 形 象 の 岡 す べ き も の 無 き を 以 て 之 れ を 圖 出 す る 必 要 な き が 故 な ら む。 ﹂ 又 阿 佛 教 美 術 講 話 に、 ﹁ 須 彌 の 上 方 に 多 数 の 界 歎 が あ つ て、 其 の 中 に 屋 形 及 び 人 形 の 豊 か れ た 境 界 が 二 十 二 あ る、 こ れ は 欲 界 中 の 室 居 の 四 天 と 色 界 の 十 八 天 と を 示 し た も の で あ る。 云 云 と 云 は れ て 居 る。 こ の 二 つ に 依 の て 見 れ ば、 無 色 界 に 圖 出 す る 必 要 な き が 爲 に 岡 示 せ ず と 言 は れ、 而 も 又、 二 十 二 天 を 圖 示 し た も の な り ﹂ と 云 は れ て 居 る、 然 ら ば 後 の 二 十 二 天 を 圖 示 し た も の な れ ば、 事 實 に 於 て 三 天 の 絵 り が あ る。 こ れ は 又 反 面、 こ の 二 十 五 段 中 に 於 て 二 十 二 段 が 色 界 及 び 欲 界 諸 天 を 表 現 し た も の に し て、 其 の 他 は 無 色 界 を 表 は す が 爲、 菩 薩、 家 屋 等 を 表 現 せ ず と 云 ふ こ と に な る と し て も、 こ の 無 色 界 な る も の ほ そ の 敷 四 天 を 敏 へ る を 普 通 と す る の で あ る。 然 ら ば 既 庭 に 一 天 の 不 足 を 來 た す 事 に な る。 叉、 報 身 の 糧 迦 は 色 界 の 頂、 印 ち 摩 醗 首 籍 犬 宮 に 於 て 多 数 の 菩 薩 に 園 饒 せ ら れ 読 法 さ れ る の で あ る。 此 の 摩 醗 首 羅 天 宮 が 色 界 の 頂 に あ る も の な る が 故 に、 こ の 圖 様 よ り し て 當 然 二 十 五 段 の 段 線 の 頂 が こ の 摩 酸 首 羅 天 宮 に 位 置 す る 事 に あ る、 然 り と す れ ぱ、 こ の 二 十 二 段 同 上 の 三 段 は 當 然 色 界 の 諸 天 を 表 は す 事 に な ら ね ば な ら な い 事 に な る。 此 庭 に 於 て、 梵 網 経 所 読 の み に も と つ い て こ の 圓 が 書 刻 さ れ た と す る 時 に は、 必 然 こ の 色 界 の 問 題 に 於 て 實 物 と 相 違 を 來 た し て 來 る の で あ る。 然 り と す れ ば、 こ の 事 を 如 何 に 解 決 す べ き で あ ら う か。 華 嚴 輕 は 色 界 を 二 十 二 天 籔 へ る、 然 る が 故 に 二 十 六 段 と な ら ね ば な ら な い。 而 し 今 仔 細 に 考 察 す る に、 望 月 信 亭 氏 著 の 佛 教 辞 典 の 色 界 の 部 に、 ﹁ 奮 華 嚴 輕 第 十 三、 新 華 嚴 輕 第 二 十 一。 大 般 若 輕 第 四 百 二、 佛 本 行 集 経 第 九 等 に は、 二 十 一 天 を 読 ぐ ﹂ と な し、 又 華 嚴 探 玄 記 第 七 (大 正 三 十 五 ) に 華 嚴 の 二 十 一 天 を 羅 し て、 ﹁ 然 る に 飴 庭 に は 四 輝 の 中 に 於 て 各 三 天 あ り と 説 き、 此 に 各 四 と 云 ふ は 皆 一 ほ 是 れ 総 に し て 飴 の 三 つ は こ れ 別 な る が 故 な り。 謂 は く、 初 輝 中 の 梵 春 燭 天、 二 輝 中 の 光 天、 三 輝 中 の 浮 天、 四 輝 中 の 密 身 天 は 此 れ 各 是 総 な り、 故 に 同 じ か ら ざ る な り。 と 云 ひ、 叉 佛 教 僻 典 は こ れ に つ き て、 各 総 名 と な し 総 別 並 翠 す る が 故 に 二 十 一 天 あ の と な す も 實 は 唯 十 七 天 に す ぎ ず と な す の 意 な り と 註 を 加 へ て 居 る。 こ れ に 依 れ ほ 華 嚴 糎 は 三 十 一 天 と な り、 然 る に 二 十 二 天 を 数 へ る は 如 何 と 云 ふ に、 纏 に 於 て は 初 輝 に 五 天 を 敷 へ る。 印 ち 梵 天、 梵 身 天、 梵 輔 天、 梵 春 麗 天、 大 梵 天 な り。 こ れ 探 玄 記 に 説 く 所 と 梢 々 敏 を 異 に す る 所 で あ る。 然 し 乍 ら、 今 こ れ を 解 繹 す る 事 の 出 來 る 鮎 は、 こ の 五 天 の う ち 梵 身 天 と 梵 谷 圏 天 (梵 衆 天 ) と は 同 天 で あ る と 云 ふ 事 で あ る。 同 天 な る が 故
に 一 天 数 が 多 い 事 に な る 爲 こ れ は 二 十 一 天 と な り 得 る の で あ る。 こ の 梵 身 天 と 梵 衆 天 が 同 天 で あ る 事 は、 佛 本 行 集 纏 第 九 (大 正 本 線 部 ) の 初 輝 の 数 を 見 て も 梵 天、 梵 衆 天、 梵 輔 天、 大 梵 天 と な り て 梵 身 天 は な く、 又 澄 観 撰 の 大 方 廣 佛 華 嚴 纏 疏 巻 第 二 十 四 (大 正 三 十 五 ) に よ る も ﹁ 若 然 身 亦 衆 義 ﹂ と 云 つ て を り。 叉、 慧 遠 述 の 大 乗 嚢 章 (大 正 四 四、 卍 績 二 ・ 一 ) に は ﹁ 著 し 華 嚴 に 依 ら ば 色 界 に 具 さ に 二 十 二 天 有 の、 初 輝 に 四 有 り、 一 に は 是 れ 梵 天、 二 に は 梵 衆 天 亦 梵 身 と 各 つ く、 既 の 前 の 爾 天 は 小 梵 の 生 庭 な り、 三 に は 梵 輔 天 貴 梵 の 生 庭 な り。 四 に は 大 梵 天 是 れ 中 聞 の 輝 梵 王 の 生 庭 な り。 (中 略 ) 四 輝 に 十 あ り ﹂ と し て ゐ る。 こ の 説 は 二 十 二 天 あ り と す る も、 四 輝 に 無 想 天 を 入 れ て ゐ る の で 普 通 の 見 方 よ り す れ ば 二 十 一 天 に な る の が 當 然 で、 こ の 説 の 初 輝 も 四 天 で あ る。 斯 く 纏 に 於 て 云 ふ が 如 く 初 輝 に 五 天 を お く の は 同 名 の 天 が 重 複 し て 居 る 爲 で あ る 故 に、 華 嚴 純 の 色 界 の 諸 天 は 二 十 一 天 と な る の で あ る。 華 嚴 経 の 色 界 の 諸 天 が 二 十 一 天 と な れ ば、 欲 界 の 四 天 が 加 は つ て 當 然 二 十 五 天、 即 ち 二 十 五 段 と な る。 こ ゝ に 於 て 大 佛 蓮 辮 を 見 る に、 二 十 五 段 の 線 を 引 い て 居 る 鮎 合 致 す る 所 が あ る。 換 言 す れ ば 大 佛 蓮 辮 の 二 十 五 段 階 の 色 欲 界 は、 華 嚴 輕 の 読 に し て 梵 網 の 説 く 所 に あ ら ず と 云 ふ 事 に な る。 猶 又 一 つ 考 へ ね ば な ら な い 事 が あ る。 即 ち 大 佛 蓮 辮 の 須 彌 四 州 の 最 外 端 の 下 に 一 大 蓮 辮 を 刻 せ る 事 で あ る。 こ れ は 華 藏 世 界 を 支 へ て 居 る 全 輪 の 最 上 に あ る 一 大 蓮 華 で 香 撰 光 明 薙 嚴 と 名 付 け ら れ る も の で は な い だ ら う か。 梵 網 纏 に 於 て は、 華 藏 世 界 は 一 大 蓮 華 の 中 に 印 ち 千 葉 の 花 上 に 存 す る の で あ つ て、 蓮 華 そ の も の が 大 世 界 を な し て ゐ る。 華 嚴 糎 に 於 て ほ、 今 言 つ た 如 く、 最 上 全 輪 を 支 へ る 大 蓮 華 の 上 に 猶 微 塵 敷 の 世 界 海 が 存 し、 そ れ 等 の 世 界 海 を 統 一 支 持 す る の が こ の 香 謹 光 明 蕪 嚴 で あ る。 故 に 今 蓮 華 岡 様 の 最 下 部 に 表 現 さ れ て 居 る 蓮 花 は こ れ 香 撞 光 明 蕪 嚴 で あ る と 思 は れ る の で あ る 以 上 の 鮎 よ 吻 要 約 す れ ば、 こ の 東 大 寺 の 大 佛 蓮 辮 は 勿 論 梵 網 純 の 所 読 に 基 づ い て 圖 示 せ ら れ て 居 る が、 其 の 中 に 華 嚴 所 読 の も の も 混 入 し ご 居 る と 解 す べ き で あ る。 こ の 大 佛. 蓮 辮 の 岡 相 が 華 嚴 纏 の 華 藏 世 界 品 所 読 の 佛 租 統 紀 に の せ ら れ て ゐ る 様 な 世 界 相 で は な く、 た し か に 梵 網 輕 所 読 の も の で あ る が、 而 し そ の 中 に 色 界 の 問 題 大 蓮 華 の 問 題 等 は 華 嚴 所 説 の 考 へ が 混 入 さ れ て 出 來 上 つ て 居 る の で あ る。 こ の 事 は 前 述 し た 如 く、 奈 良 朝 當 時 の 華 嚴 學 徒 が 梵 網 を 研 究 し、 而 も そ れ が 天 台 系 の 華 嚴 梵 網 二 輕 同 佛 の 思 想 で あ つ た と す る 時、 大 佛 蓮 辮 の 圖 相 に そ れ 等 の 一 々 が 現 出 さ れ て 來 る の は 必 然 的 の 事 で あ ら う と 考 へ る も の で あ る。 斯 く の 如 く に し て、 造 顯 せ ら れ た 盧 舎 那 佛 及 び 其 の 蓮 辮 に 刻 さ れ た 圓 相 は、 諸 國 々 分 寺 と 本 末 關 係 を 持 ち、 諸 國 々 分 寺 の 繹 迦 は 蓮 華 藏 世 界 に 於 け る 小 纏 迦 で あ り、 東 大 寺 の 盧 舎 那 佛 が 之 等 の 小 纏 迦 を 綜 合 統 一 す る も の で あ つ て、 大 佛 蓮 辮 の 繹 迦 は 各 國 分 寺 安 置 の 羅 迦 を 代 表 し て 居 る と も 見 ち れ る。 又 こ の 本 末 關 係 を 政 治 的 に あ て は め て も 解 繹 す る 事 が 出 來 日 本 全 膣 を 一 世 界 と 見 な し て も こ れ を 解 繹 が 出 來 る。 斯 く の 如 き、 政 治 的 統 一 の 理 想、 ひ い て は 東 大 寺 と 國 分 寺 の 本 末 的 關 係 は 何 等 歴 史 的 文 献 上 徴 す べ き も の は な い が、 而 し そ の 大 佛 像 の 持 っ 氣 風 と 華 嚴 の 教 理 梵 網 の 教 理 よ り し て、 必 然 的 に 肯 定 し 得 る 事 と 思 は れ る。 註 一、 廿 玉 天 申 欲 界 の 四 天 が 入 る か ら 色 界 ば 廿 一 天 と な る。 東 大 寺 本 尊 に 就 て 二 四 三