ある離散可積分系の解の数理構造について
On Mathematical Structure of Solutions to Some Discrete Integrable Systems
2009 年 12 月
早稲田大学大学院 基幹理工学研究科 数学応用数理専攻
長井 秀友
Hidetomo NAGAI
目 次
第1章 序論 3
1.1 背景 . . . . 3
1.2 本論文の目的 . . . . 5
1.3 可積分離散写像 . . . . 7
1.4 超離散化 . . . . 9
1.5 超離散ソリトン方程式 . . . . 10
1.6 本論文の構成 . . . . 13
第2章 可積分離散写像の高階化 15 2.1 高階化の方法 . . . . 15
2.2 高階可積分離散写像の例 . . . . 18
2.2.1 QRT系から生成される3階離散写像 . . . . 18
2.2.2 QRT系から生成される4階離散写像 . . . . 20
2.2.3 離散Painlev´e方程式から生成される3階離散写像I . . . . 21
2.2.4 離散Painlev´e方程式から生成される3階離散写像II. . . . 22
2.2.5 離散Painlev´e方程式から生成される3階離散写像III . . . . 23
2.2.6 QRT系から生成される5階離散写像 . . . . 23
第3章 超離散mKdV方程式と超離散戸田方程式 25 3.1 はじめに . . . . 25
3.2 超離散mKdV方程式 . . . . 28
3.3 超離散戸田方程式 . . . . 31
第4章 一般化超離散ソリトン解 34 4.1 一般化超離散ソリトン解が満たす超離散ソリトン方程式 . . . . 34
4.2 一般化超離散ソリトン解が満たす超離散B¨acklund変換 . . . . 36
第5章 条件付き超離散Pl¨ucker関係式 40 5.1 条件付き超離散Pl¨ucker関係式 . . . . 40
5.2 超離散2次元戸田方程式の証明 . . . . 41
5.3 超離散KP方程式の証明 . . . . 46
第6章 まとめ 51
謝辞 53
付 録A (3.8), (3.49)の証明 54
A.1 (3.8)の証明 . . . . 54 A.2 (3.49)の証明 . . . . 55 付 録B 条件付き超離散Pl¨ucker関係式の証明 58 B.1 準備 . . . . 58 B.2 条件付き超離散Pl¨ucker関係式 . . . . 61
付 録C Ψ(k1, k2)の性質の証明 67
C.1 (5.36)の証明 . . . . 67 C.2 (5.37)の証明 . . . . 68
参考文献 70
第 1 章 序論
1.1 背景
可積分系とは,天体運動のような古典力学系に端を発する概念であり,元来の意味としては何らかの意味で線 形化可能である,あるいは,線形系と関連づけられる非線形力学系のことを指す[40].2体問題や振り子の運動は その典型である.これら運動を記述する微分方程式には,方程式を求積法によって解くために必要な個数の独立 な保存量が存在している.また,解は初等関数や特殊関数を用いて陽に表現することが可能である.
このような古典力学系を出発点とする可積分系の理論は,ソリトン系の発見および系の数理構造に関する理論 の構築によって大きく発展する.1960年代におけるFermi, Pasta, Ulamによる非線形格子における再帰現象の 発見や,Zabusky, KruskalによるKorteweg–de Vries (KdV)方程式の初期値問題における安定な孤立波と再帰現 象の発見などに端を発して,ソリトン理論の歴史は始まる[1].ソリトン方程式は,相互作用にかかわらず安定な 複数の孤立波が共存する解を有するような非線形偏微分方程式の総称であり,可算無限個の保存量を有する,Lax 形式で記述することができるというような,一般の非線形方程式と比べて非常に特別な性質を共有している.そ してKdV方程式,sine-Gordon方程式,Kadomtsev–Petviashvili (KP)方程式,戸田方程式など続々とソリトン 方程式が発見され,解の性質が詳しく調べられていく[57].
それら成果はGardner, Greene, Kruskal, MiuraによるKdV方程式に対する逆散乱法によって集大成を見る.
すなわち,初期値問題を解く手続きを散乱問題による波動関数の固有値問題とその時間発展に書き換えることに よって,原理的に線形の手続きで方程式を解くことが可能となったのである.以上のような経緯により,ソリト ン方程式は古典力学系を引き継ぐ可積分系の主要なテーマとなる.
このように当初は解析学的側面が強かったソリトン理論であるが,理論体系が整理されて行くにつれて解の代 数学的数理構造にも光が当てられる.まず1970年代に広田の双線形化法によって次々とソリトン方程式が双線形 方程式に書き換えられ,多ソリトン解を初等関数によって明示的に表現が可能になる[7, 8, 9, 10].そして,薩摩 によるKdV方程式および変形KdV (mKdV)方程式のソリトン解のWronski行列式表現[48]を経由して,1980 年頃にいわゆる佐藤理論によってひとつの頂点を迎える[30].理論によれば,KPヒエラルキーと呼ばれる無限 次元のソリトン方程式の系列があり,それまでに発見されたほぼすべてのソリトン方程式はこのヒエラルキーの どれかに属する.また,ソリトン解は共通の行列式表現で統一的に表現され,その時間発展はPl¨ucker座標によ る無限次元Grassmann多様体上の軌道によって表すことが可能となる.さらに,Lie代数や対称群の表現論など 重要な数学的概念との関連も明らかになった.そしてこれら理論全体の指し示す分野として代数解析学という新 しい学問分野が登場する.すなわち,解析学の対象と捉えられていた微分方程式の中に,非常に強い代数構造を 持った非線形偏微分方程式,すなわちソリトン方程式があるという事実が認識されるのである.
佐藤理論の登場はソリトン理論が成熟した段階に入ったことを意味しており,ソリトン方程式を対象とする限り 理論が提示した代数構造を逃れることが難しいようにも思われた.ところが,1970年代に別の方向へのソリトン理 論の発展の契機が再び広田によって与えられていたのである.広田は微分ソリトン方程式の差分化に着目し,従来 のソリトン方程式の独立変数を離散化した差分ソリトン方程式およびその解を次々と提出する[12, 13, 14, 15, 16].
当時はそれほど注目されていなかったが,ソリトン理論の代数的側面が重視されることは,より離散的な性質が 強調されることでもあり,変数の離散化の研究は非常に自然な流れであった.
微分ソリトン方程式の解がWronski行列式で表現されることに対応して,差分ソリトン方程式の解はCasorati 行列式で表現でき,どちらも解の証明に行列式のPl¨ucker関係式やJacobiの恒等式を利用する[33].また,差分 ソリトン方程式を行列の時間発展として表現すると,固有値が時間によらないことから可算無限個の保存量の存 在も確認できる.数値計算の分野において,差分方程式は微分方程式の近似方程式としての役割が強調されるが,
ソリトン方程式においては両者は相互に呼応する対等の存在であり,むしろ差分方程式の解構造を保つ連続極限 として微分方程式を捉える方が自然となる.
さらに,1990年代に入ると超離散化という新たな離散化手法が発見される[21].高橋,薩摩による箱玉系と呼 ばれるソリトン・セルオートマトンの発見がその発端となり,箱玉系と従来のソリトン方程式の直接的関連を説 明するための手法として超離散化が提案された.内容を大まかに説明すると,差分方程式の従属変数に対してパ ラメータを含む指数型の変数変換を用いて方程式を書き換え,そのパラメータの極限を取ることにより,方程式 をmax演算(あるいはmin演算を含む)区分線形型の方程式に書き換える手続きが超離散化である.さらに,初 期値や方程式のパラメータをうまく選ぶことによって,極限をとった従属変数をも離散変数とみなすことが可能 となる.すると,差分方程式で独立変数が既に離散化されているので,超離散化により独立・従属のすべて変数 が離散化され,離散化というよりもデジタル化と呼ぶにふさわしい究極の離散化が完成する.また,微分や四則 演算を基本とする微分方程式から,四則演算のみを基本とする差分方程式へ,そして比較演算であるmaxと和差 を基本とする超離散方程式というふうに,離散化が進むにつれて基本の演算のセットがシンプルなものに移行し ていく.これも理論の代数化への反映と見なすことができる.
以上でソリトン方程式,さらにその離散化を中心に,可積分系の発展の歴史を駆け足で振り返ったが,もちろ ん他の研究の流れも数多く存在する.それらのうち本博士論文に特に関係ないものは割愛するが,関係するもの としては,Painlev´e方程式,可積分離散写像が筆頭に挙げられる.
Painlev´e方程式は1900年頃にPainlev´eによって提案された6種類の方程式である[39, 37].有理型の2階常微 分方程式のうち,位置が初期値に依存する特異点(動く特異点)を持たないもののうち,変換によって線形方程式 や楕円関数の微分方程式などに帰着しないものは上記の6つのPainlev´e方程式に帰着する.ソリトン方程式に対 して進行波解や相似解の仮定をおいて方程式のリダクションを行うと,しばしばPainlev´e方程式が得られること が知られている.この事実から,与えられた非線形偏微分方程式のリダクションからPainlev´e方程式が得られる か否かによって可積分性を判定するPainlev´eテストというテストも存在する[1].このPainlev´e方程式の研究は 岡本らの先駆的研究を契機に飛躍的に発展し,2000年前後に代数的および幾何的構造が解明され,離散Painlev´e 方程式とともにアフィンWyle群の作用として表現され,非常に対称性の高い解構造を有していることが解明さ れた[37].
可積分離散写像は,十分な個数の保存量を有している可積分写像であり,非線形常差分方程式つまり非線形の漸 化式の形式に従う.よく知られた例として,スピン系の時間発展の研究から生まれたQuispel–Roberts–Thompson 写像がある[41, 42].この写像は2階の差分方程式の形式をとり,保存量がひとつ存在し,解を楕円関数で明示 することができる.このような「良い」数理構造を有する離散写像は,さまざまな理論の基礎をなすものであり,
応用も数多い.さらに,いくつかの可積分離散写像は上述の超離散化が適用可能であり,得られる方程式は区分 線型写像であり,相空間内の解軌道が多角形で構成される.この事実は,可積分系の研究が区分線型写像におい てさえ翻訳可能であるということを意味している.
さらに差分・超離散可積分系の研究は現在もますます拡がりつつあり,それらを列挙してみよう.たとえば,離 散ソリトン方程式は非常にすぐれた固有値の数値計算法のアルゴリズムを提供している[33, 4].伝染病の感染モ デルとして可積分離散・超離散写像に関連する写像が用いられ,漸近的挙動が調べられている[45].微分方程式に
対するParinlev´eテストと同様に,与えられた離散系が可積分か否かを判定する方法として,特異点閉じ込め法
や代数的エントロピーによる判定法が提案され,現在も理論面の強化および方程式の収集が精力的になされてい
る[5, 6].量子可積分系において超離散化に対応する概念としてクリスタル基底というものがあり,頂点作用素,
アフィン量子群などの観点から研究が盛んに行われている[26].超離散化の幾何学的翻訳として多項式の極限に よって得られる多角形の幾何学が発展中であり,トロピカル幾何学という名称で多くの研究者の注目を集めてい
る[29, 36].超離散化の応用として車の自然渋滞の形成の基礎モデルがBurgers方程式の超離散化等によって与え
られており,非対称排他過程(ASEP)と呼ばれる統計モデルと深く関連しつつ,モデルの数理的構造の解明が行 われつつある[34, 35, 53].可積分系そのものではないが,離散Painlev´e方程式は解の数理構造にまだ不明な部分 が多く,多くのPainlev´e研究者によって研究がなされている[44, 43, 25].
以上のように,可積分系分野は時代とともに進化を遂げ,離散・超離散可積分系の研究が(すべてではないが)
最先端かつ最重要な課題を提供している.また上に見てきたように,可積分系はますます他分野への拡がりが加 速しており,その拡がりは代数的,幾何的側面が強く,離散可積分系の重要度はたいへん高い.
1.2 本論文の目的
本論文では,前節で述べた背景をもとに,いくつかの離散可積分系を対象として解の数理構造に関する研究を 行った.内容は大きく分けて二つに別れ,前半は可積分離散写像について,後半は超離散ソリトン方程式につい てである.
まず,前半の可積分離散写像についてであるが,従来知られているこのタイプの写像が2階のものがほとんど であることに着目し,高階の可積分離散写像について研究を行った.可積分離散写像に対応する連続系として,
可積分常微分方程式が考えられる.しかしながら,可積分常微分方程式については2階までの研究がほとんどで あり,高階のものについては数学的な基礎も含めて手つかずの状態であるのが現状である.したがって高階の可 積分常微分方程式も有意義な研究対象であるが,連続系については微分可能性,解の存在や一意性など数学的な 基礎付けが難しい.そこで,その部分については自由度の高い離散写像を研究対象として選択した.将来的には,
得られた成果の連続極限を取ることにより微分方程式の理論に発展する可能性があることを指摘しておく.
高階の可積分離散写像については,先行の研究がいくつかある[3, 47, 2].たとえばCapel, Sahadevanらはシ ンプレクティック性に着目して可積分な高階写像を求めた.先行研究においても統一的な理論的枠組みというも のはまだ解明されていおらず,可積分構造のある観点に着目して写像を定義し,その可積分構造に従うものは何 かというようなアプローチがほとんどである.また,得られた高階の可積分写像は常に低階(2階)の写像の組 み合わせに帰着する.可積分系であるならば,保存量や対称性から低階のものに帰着することは自然である.
そこで本論文では,従来のアプローチを逆に捉え,2階の可積分離散写像の組み合わせから,高階のものを生 成する一般的な手法について研究を行った.ただし,単に2階のものを組み合わせて高階の方程式が作れるわけ ではないことを注意しておく.たとえば2つの2階の方程式を形式的に連立させても,それらをまとめた1つの 高階の方程式を得るのは通常困難である.そこで本論文では,2階のものをうまく利用することにより高階の可 積分離散写像の候補となる写像を生成し,可積分判定法等により候補を絞り,それらのうちから再び2階のもの に分離できるものを探すことで最終的な写像を同定するという手法を採用した.この方法により,新しい高階の 可積分離散写像が多数得ることが可能となった.また,2階のものを組み合わせる際に非自励パラメータを含め ることで,2階の離散Painlev´e方程式に分離できる高階の非自励差分方程式を得ることも可能となった.
次に後半の超離散ソリトン方程式についてであるが,方程式や量を超離散化する際に「負の問題」と呼ばれる 問題が手法自体に内在しており,手法の適用の際の大きな困難となることがしばしばある.具体的には後に述べ るが,負の問題は超離散化の際の極限において極限値がwell-definedにならないような場合に起こる[21].別の 表現をすると,差分方程式における和,商,積の演算は極限で常にwell-definedであるのに対して,差の演算が
well-definedでないことに由来する.もっと端的には,超離散化では指数関数型の変数変換を前提とし,変数に何
らかの意味での正値性(等符号性)を要求するのに対し,正負の符号が変わりうることが本質的な量については,
この変数変換が機能しないのである.したがって,超離散化をとる対象に差の演算や符号の変化が含まれている と,形式的に極限をあてはめることまではできても,極限をとった後の方程式や解がうまく導出できない.
ソリトン方程式においては,離散ソリトン方程式とその解の超離散化は多くの場合で成功している[55, 27, 52, 56, 23, 31].これらの結果は負の問題をうまく回避できているからであり,逆の見方をすれば負の問題をうまく回 避できているような部分についてのみ超離散化が成功している.ところが,前節でも触れたようにソリトン方程 式の数理構造には行列式とその恒等式が非常に重要な役割を果たし,解が方程式を満たすことの証明にはPl¨ucker 関係式と呼ばれる行列式の恒等式が用いられる.このような行列式表現はソリトン理論における根幹部分の具体 的実現であり,これを避けては統一理論を作ることが不可能となる.
ところが,超離散化において行列式は負の問題に直接抵触する量であり,行列式による解の表現を超離散化に よって直接的に翻訳できた成功例はいまだに存在しない.もちろん解の証明に必要とされるPl¨ucker関係式につ いても,行列式が直接に関わるのであるから同様である.
本論文でも上述の負の問題の直接的解決には到っていない.しかしながら,行列式に置き換わり,行列式と呼 応する数理構造を有する解表現を新たに提案するというのが本論文の主眼である.まず,超離散ソリトン方程式 におけるソリトン解を,行列式の符号を取り払ったパーマネントと呼ばれる量の超離散化,すなわち超離散パー マネントによって表現する[51].行列式の符号を取り払った時点で行列式による離散ソリトン解との関連がやや 不明となる.しかしながら,符号の部分以外の点において,行列式と超離散パーマネントは非常にうまく対応し,
いくつかのソリトン方程式において超離散パーマネントの解表現が有効に機能する.その具体例を超離散mKdV 方程式,超離散戸田方程式に対して具体的に超離散パーマネントによるソリトン解を提示し,解の証明を行う.
次に,これら具体的な例を拡張し,ソリトン解の表現をさらに一般化した一般化超離散ソリトン解を定義し,そ れが満たす超離散ソリトン方程式および超離散B¨acklund変換を提出する[50, 22].これらは,超離散パーマネン トが汎用性の高い解表現であることの証拠であり,超離散系においては行列式に相当する量として機能すること を示唆している.
さらに,Pl¨ucker関係式の超離散版を提案する.しかしながら,この関係式自体は行列式の場合と違い,一般の 行列式についての汎用な公式ではなく,超離散パーマネントによるソリトン解を代入すればこの関係式が解の証 明に役立つというものである.この意味で本論文ではこのソリトン解を代入した関係式のことを「条件付き超離
散Pl¨ucker関係式」と呼ぶ.このように限定的とはいえ,超離散解の証明に行列式に相当する量とその関係式が
用いられたことは新しく,ソリトン理論の超離散版への完全翻訳のための重要な手がかりを与えることが予想さ れる.
以上述べたように,本論文では高階可積分離散写像および超離散ソリトン方程式に関する研究を行い,成果の 報告を行う.第2章以降で具体的な成果について順に詳しく述べるが,その前にそれらの章で必要となる基本概 念についての解説を次の節以降で与える.
1.3 可積分離散写像
差分方程式において常差分タイプのものを離散写像とよぶ.特にxn+1がxn, . . . , xn−s+1によって定まるとき,
すなわち
xn+1=f(xn, xn−1, . . . , xn−s+1) (1.1) で与えられるとき,(1.1)をs階の離散写像とよぶ.また,s階離散写像がs−1個以上の保存量をもつとき可積 分であると定義する.可積分離散写像として代表的なものはQuispel–Roberts–Thompson(QRT)系が挙げられ る.QRT系は次で定義される[41, 42].
xn+1= f1(yn)−xnf2(yn) f2(yn)−xnf3(yn),
yn+1=g1(xn+1)−yng2(xn+1) g2(xn+1)−yng3(xn+1)
(1.2)
ここで,fi(x),gi(y)は3×3の行列A= (aij)1≤i,j≤3,B = (bij)1≤i,j≤3によって
f1(x) f2(x) f3(x)
=A
x2
x 1
×B
x2
x 1
,
g1(y) g2(y) g3(y)
=AT
y2
y 1
×BT
y2
y 1
(1.3)
xn xn+1
図 1.1: (1.6)の相平面(xn, xn+1)における解軌道(a=√
2, (x0, x1) = (3,4))
で定義される.また,×は外積を,T は転置を表す.とくにA,Bが対称行列のとき,(1.2)は次のような2階離 散写像で表される.
xn+1=f1(xn)−xn−1f2(xn)
f2(xn)−xn−1f3(xn) (1.4) 区別のため行列A,Bがともに対称行列であるとき対称QRT系と呼び,そうでないときを非対称QRT系と呼ぶ.
対称,非対称に限らずQRT系は保存量を一つ持ち,さらに解は楕円関数を用いて与えられることが示されてい る.簡単な例としてA,Bを
A=
0 1 1
1 0 1 +a
1 1 +a a
, B=
0 0 0 0 1 0 0 0 0
(1.5)
と与えた際,(1.4)は
xn+1=a+xn
xn−1
(1.6) で与えられ,保存量Hは
H = x2n−1xn+x2n−1+xn−1x2n+ (1 +a)xn−1+x2n+ (1 +a)xn+a xn−1xn
(1.7) で与えられる.また相平面上では図1.1のような閉曲線の軌道を描く.一方で3階以上の高階な可積分離散写像に ついては,[3, 47, 2]などで研究されているがQRT系のような系は生成されておらず数本が散見されている程度 である.これは方程式が高階になればなるほど,必要な保存量が多くなることがひとつの原因に挙げられる.こ れに対して近年,保存量を明示しなくとも,与えられた離散写像が可積分かどうかの目安となる代数的エントロ ピーテストと呼ばれるテストが提示された[6].代数的エントロピーEとは,解を初期値の有理多項式で表現し,
n回マッピングしたときの次数をdnとした際,次式で定義される.
E= lim
n→∞
1
nlogdn (1.8)
そしてE= 0ならば可積分,E >0ならば非可積分と判定するのが代数的エントロピーテストである.特にdn が多項式のオーダで増大するならばE = 0,指数関数的に増えるならばE > 0である.本論文ではn回マッ ピングしたときの有理多項式解の分子の次数をdnとする.このテスト自体は可積分性を完全に保証するもので はないが現在までのところ反例は見つかっていない.例として先ほどの(1.6)に対して解の次数dn を調べると dn = 0,1,1,2,2,2,4,5,6,7,8,10,12,14, . . . となり,多項式のオーダーで増えていくことから可積分であると判定 される.逆に,カオスな挙動をすることで知られている2階離散写像
xn+1= a
x2n −xn−xn−1 (1.9)
ではdn = 1,3,8,23,63,172, . . . と指数関数的に増えていき,非可積分であると判断される.この代数的エントロ ピーテストを用いることで,[20]では可積分であると判定される3階の可積分離散写像を提示し,実際に[28]に おいてこれらの方程式がQRT系である可積分離散写像を二つ内包した式であることが示された.
QRT系のほかに2階の離散写像でよく研究されているものとして離散Painlev´e方程式があげられる.(微分)
Painlev´e方程式はPIからPVIの6つに分類される[39, 37].例としてPIは d2y
dx2 = 6y2+x (1.10)
で与えられる.ただしy,xをそれぞれ従属変数,独立変数とする.一方で離散Painlev´e方程式は名前の通りPainlev´e 方程式の離散版であり,同様にしてdPIからdPVIの6つに分類される2階の離散写像である[44, 43, 25].これ らの方程式は離散系におけるPainlev´e性といえる特異点閉じ込めとよばれる性質を持ち[5],連続極限をとること でPainlev´e方程式になる.特に離散Painlev´e方程式はPainlev´e方程式と異なりさまざまな形式が存在する.た とえばdPIとして
xn+1xn−1=aqn+ b xn
xn+1xn−1=axn+bqn
(1.11) などが挙げられるが,これらは連続極限をとることで(1.10)になる.
1.4 超離散化
微分方程式から差分方程式を生成するように,差分方程式に超離散化と呼ばれる極限操作を行うことで超離散 方程式が得られる[55, 21].再びQRT系である(1.6)を例にとって超離散化の手順を説明する.まず(1.6)内の変 数に対して正の定数εを用いてxn=eXn/ε,a=eA/εと変数変換を行う.ただしこの変換を行うにはxn,aが正 であるという条件が必要である.この変換により(1.6)は
eXn+1/ε= eA/ε+eXn/ε
eXn−1/ε (1.12)
となる.次に両辺にlimε→+0εlogを作用させる.
Xn+1= lim
ε→+0εlog(eA/ε+eXn/ε)−Xn−1 (1.13)
Xn Xn+1
図1.2: (1.15)の相平面(Xn, Xn+1)における解軌道(A=√
2, (X0, X1) = (3,4))
ここで超離散化の鍵となる公式
ε→lim+0εlog(eA/ε+eB/ε) = max(A, B) (1.14) を用いることで超離散方程式
Xn+1= max(A, Xn)−Xn−1 (1.15)
を得る.この一連の操作を超離散化と呼ぶ.超離散化前の(1.6)と超離散化された(1.15)を比べると和,商がそ
れぞれmax,差へと変化していることがわかる.このほかに超離散化では積が和へと変化する.一方で差に対し
てはlimε→+0εlog(eA/ε−eB/ε)が定義されないために一般には超離散化をすることはできない.これを負の問題 という.したがって差分方程式によっては超離散化ができない場合が存在する.しかしながら負の問題を回避し て得られた超離散方程式は元の差分方程式の数理構造を残すという特徴をもつ.たとえば(1.15)の保存量はもと の差分方程式の保存量である(1.7)を超離散化した
H= max(Xn−1, Xn, Xn−1−Xn, Xn−Xn−1,max(0, A) + max(−Xn,−Xn−1), A−Xn−Xn−1) (1.16) で与えられ,また解軌道は閉曲線の性質を保った図1.2で表される.近年ではこのような,QRT系を超離散化し た超離散QRT系と楕円曲線の超離散版といえるトロピカル楕円曲線との関連が指摘されており,トロピカル幾 何学という分野で発展している[29, 36].また離散Painlev´e方程式についても同様に超離散化が試みられている [46].
1.5 超離散ソリトン方程式
ソリトン系は可積分系の中でも微分,差分,超離散それぞれの対応が最も顕著にみられる系である.例として 双線形形式で表したKdV方程式
3fxx2 −fxft−4fxf3x+f ftx+f f4x= 0 (f =f(x, t)) (1.17)
を挙げる.(1.17)に対応する離散KdV方程式は
Fi+1n+1Fin−1= (1−δ)Fi+1n Fin+δFi+1n−1Fin+1 (1.18) で与えられる1[12].さらに(1.18)に超離散化を行うことで超離散KdV方程式が得られる[56].
fi+1n+1+fin−1= max(fi+1n +fin, fi+1n−1+fin+1−2) (1.19) ここでn,iはそれぞれ時間,空間変数,δは差分間隔とする.(1.17), (1.18), (1.19)はそれぞれソリトン解を持つ.
たとえば(1.17)の2ソリトン解は
f(x, t) = 1 +eη1+eη2+
(k1−k2 k1+k2
)2
eη1+η2, (1.20)
ηj(x, t) =kjx−kj3t+cj, (1.21) で与えられ,(1.18)の離散ソリトン解は
Fin= 1 +eη1+eη2+A12eη1+η2 (1.22)
ηj=Pjn−Qji+Cj
Qj= log
( δ+ePj 1 +δePj
)
, A12=
( eP1−eP2
−1 +eP1+P2
)2 (1.23)
で与えられる.(1.19)の超離散ソリトン解は(1.22), (1.23)を超離散化して得られる.
fin= max(0, s1, s2, s1+s2−a12) (1.24)
sj=pjn−qji+cj qj= 1
2(|pj+ 1| − |pj−1|), a12=|p1+p2| − |p1−p2| (1.25) 本論文では(1.20), (1.22), (1.24)の形式の解を摂動形式解と呼ぶことにする.図1.3, 1.4, 1.5にそれぞれの解の 挙動をあらわした. これからわかるようにソリトンの性質をそれぞれが持っている.この例のように従来の研究 では,離散ソリトン系の結果に超離散化を行うことで超離散ソリトン系での対応物を求めることが主流であった.
実際超離散KdV方程式に限らず他のソリトン方程式やB¨acklund変換についても超離散化によって対応物が導か れている[27, 52, 23, 31, 22].B¨acklund変換とは方程式の解同士が満たす関係式であり,微分,離散ソリトン系 のどちらもが持つ可積分系にとって重要な性質の一つである[17, 11, 33].一方で数多く存在する微分ソリトン方 程式を統一的に解釈可能にしたのが佐藤幹夫氏による佐藤理論である.佐藤理論によれば双線形形式のソリトン 方程式は行列式と適当な分散関係式によって与えられるPl¨ucker関係式であり,この理論によって各ソリトン方
1ここでは離散系,超離散系をそれぞれ大文字,小文字で表した.
-6 -4 -2 0 2 4 6x 2
4 6 8 10u
-6 -4 -2 0 2 4 6x 2
4 6 8 10u
-6 -4 -2 0 2 4 6x 2
4 6 8 10u
図 1.3: (1.20)に変換u(x, t) = 2(logf(x, t))xxを行った解のプロット
ææææææææææææææææ æ æ æ æ æ æ æ ææ æ æ æ æ æ æ æ æ æ æ
ææææææææææææææææææææææææææææææææææææææææææææææææææææææææææææææææææææææææææææææææææææææææææææææææææææææææææææææææææææææææææææææææææææææææææææææææææææææææææææææææææææææ
-40 -20 0 20 40 i 1.2
1.4 1.6 1.8 2.0U
æ
ææææææææææææææææææææææææææææææææææææææææææææææææææææææææææææææææææææææææææææææææææ ææ æ æ æ æ æ æ æ ææææ
æ æ æ æ æ æ æ æ æ ææ
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-40 -20 0 20 40 i 1.2
1.4 1.6 1.8 2.0U
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-40 -20 0 20 40 i 1.2
1.4 1.6 1.8 2.0U
図1.4: (1.22)に変換Uin=Fin+1Fi+1n /(FinFi+1n+1)を行った解のプロット
程式のヒエラルキーが構築され体系的にまとめあげられた.また,離散ソリトン系においても同様に行列式形式 の解を考えることで佐藤理論が適用でき,統一的な解釈が可能になる.例としてソリトン方程式であるKP方程 式を考えよう.KP方程式(双線形形式)はτ=τ(x, y, t)を用いて
1
12(τ τ4x−4τxτ3x+ 3τxx2 )−1
3(τ τxt−τxτt) +1
4(τ τyy−τy2) = 0 (1.26) で与えられる.これに対して行列式解は
τ(t, x, y) = det
f1 f1′ . . . f1(N−1) ... ... . .. ... fN fN′ . . . fN(N−1)
(1.27)
で表される.ただしfi(j)のj はxのj 回微分を表し,各fiは次の分散関係式を満たすものとする.
∂fi
∂y =∂2fi
∂x2, ∂fi
∂t = ∂3fi
∂x3. (1.28)
ææ æææ
ææææ æ
æææææææææææ
-10 -5 0 5 10i
0.5 1.0 1.5 2.0u
ææææææææ ææ
æ ææ
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-10 -5 0 5 10i
0.5 1.0 1.5 2.0u
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ææææ æææ
ææ
-10 -5 0 5 10i 0.5
1.0 1.5 2.0u
図1.5: (1.24)に変換uni =fi+1n +fin+1−fin−fi+1n+1を行った解のプロット
解(1.27)を(1.26)の左辺に代入し分散関係式を用いて計算していくと最終的に次のPl¨ucker関係式に帰着され,
解であることが示される.
|a1 a2· · ·aN−1 b1| × |a1a2· · ·aN−2 b3 b2|
−|a1 a2· · ·aN−1 b2| × |a1a2· · ·aN−2 b3 b1| +|a1 a2· · ·aN−1 b3| × |a1a2· · ·aN−2 b2 b1|= 0
(1.29)
離散ソリトン方程式についても同様の方法で分散関係式およびPl¨ucker関係式を用いることで解の証明が行われ る.では超離散系でも同様の対応を与えることができるであろうか.そのためには超離散系における行列式に相 当するものを求める必要がある.摂動形式解の場合を考慮すれば行列式を超離散化することで超離散系における 対応物が与えられると予測される.しかしながらこの場合,行列式の定義から必ず負の問題に抵触してしまい,超 離散化ができない.たとえば先ほど挙げた離散KdV方程式(1.18)の2ソリトン解は行列式で
F˜in=
˜
η1(n, i) η˜1(n+ 2, i)
˜
η2(n, i) η˜2(n+ 2, i)
(1.30)
˜
ηj(n, i) =CjP˜jnQ˜ij+ Cj
P˜jnQ˜ij, Q˜2j =1 + ˜Pj2δ
P˜j2+δ (1.31)
と表されるが,この解は
F˜in= ˜η1(n, i)˜η2(n+ 2, i)−η˜1(n+ 2, i)˜η2(n, i) (1.32) と展開され,負の問題に抵触する.これに対し,近年超離散パーマネントと呼ばれる形式解が発見され,超離散系 における行列式に相当する解の存在が提示された[51].ここで超離散パーマネントとはN次正方行列(aij)1≤i,j≤N
に対して次で定義されるものである.
max[aij] = max
πi
(a1π1+a2π2+· · ·+aN πN) (1.33) ただし(π1, π2, . . . , πN)はNを自然数としたときの1からNまでのあらゆる組み合わせの集合とする.この定義 によって超離散KdV方程式(1.19)のソリトン解は(1.25)を用いて
fin= max
|s1(n, i)| |s1(n+ 2, i)| . . . |s1(n+ 2(N−1), i)|
... ... . .. ...
|sN(n, i)| |sN(n+ 2, i)| . . . |sN(n+ 2(N−1), i)|
(1.34)
で与えられる.なお| · |は絶対値を表す.
1.6 本論文の構成
以上を踏まえ本論文の構成を以下に述べる.第2章では離散写像を対象にし,2階可積分離散写像をもとに3 階以上の高階な可積分離散写像を生成する手法を提案する.さらに解構造をみるために得られた高階写像を既知
の可積分写像に分離する.また,この手法を離散Painlev´e方程式にも試みる.第3章以降では超離散ソリトン系,
特に超離散パーマネントを研究対象にする.第3章では超離散変形KdV方程式,超離散戸田方程式に対して超 離散パーマネント解を与え証明を行う.第4章では超離散KdV方程式を含む一般化された超離散パーマネント解 が満たす方程式,および超離散B¨acklund変換を与える.第5章では超離散系におけるPl¨ucker関係式の対応物 を与え,その関係式を用いて超離散2次元戸田方程式および超離散KP方程式の証明を試みる.
第 2 章 可積分離散写像の高階化
2.1 高階化の方法
本章では[28]において行われた偶奇分離の手順を考察し,可積分離散写像をもとに,より高階な可積分離散 写像を生成する方法を提示する.[28]に見られる3階離散写像の偶奇分離の大半は図2.1のような手順によっ て示されている.まず,3 階離散写像を左辺にまとめたf(xn−1, xn, xn+1, xn+2) = 0とnを1 だけずらした f(xn, xn+1, xn+2, xn+3) = 0の2式から得られる等式
f(xn−1, xn, xn+1xn+2)±f(xn, xn+1, xn+2, xn+3) = 0 (2.1) に対し,適当な変形を行い両辺のnが2だけずれている等式
Hc(xn−1, xn, xn+1) =Hc(xn+1, xn+2, xn+3) (2.2) を導く.次にそこから得られる
Hc(xn−1, xn, xn+1) =cn (cn=cn−2,すなわちnの偶奇によって定まるパラメータ) (2.3) についてnの偶奇に分けた
Hc(x2n−1, x2n, x2n+1) =c0 (またはx2n=Hc′(x2n−1, x2n+1, c0)), Hc(x2n, x2n+1, x2n+2) =c1 (またはx2n+1=Hc′(x2n, x2n+2, c1))
(2.4)
からx2n,x2n+1それぞれで閉じた2階離散写像
x2n+2=φ(x2n, x2n−2, c0, c1), x2n+3=ψ(x2n+1, x2n−1, c0, c1) (2.5) へ分離を行う.
以上が[28]の偶奇分離の概要であるが,本研究はこの手続きを検討し,逆に2階の離散写像から3階(以上)
の離散写像を生成する方法を考案した.記法を簡単にするため,Hc(xn−1, xn, xn+1)をHc(n)と表すことにする.
まず,図2.1の手続きのHc(n) =cnについて,cnをnの偶奇によらない定数cに置き換えた離散写像Hc(n) =c が2階の可積分離散写像であることに注目し,ここを出発点にして手続きを逆にたどっていく.すなわち,可積 分な2階離散写像を適当に選び,式中の適当なパラメータcを右辺に残す形でHc(n) =cと書き換える.次に定 数cをnの偶奇によって変わるパラメータcnであると仮定し,Hc(n)とHc(n+ 1)を用いて
Hc(n) +Hc(n+ 1) =c0+c1=α (2.6)