「ストーリーの社会学」の可能性 : 個人的な経験 のナラティブからの出発
著者 小林 多寿子
雑誌名 同志社社会学研究
号 1
ページ 31‑37
発行年 1997‑03‑31
権利 同志社社会学研究学会
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000011919
「 ス トーリーの社会学」の可能性
一個人的な経験のナラテ イヴか らの出発 -
小林 多寿子
KOBAYASHITazuko
1.K ・プラマー F テリング ・セクシャル ・ス トーリーズ 」 1995 年 -
イギ リスの社会学者K・プラマ-は、1983年の rドキュメンツ ・オブ ・ライ
7
日 邦訳 「生活記録の 社会学11991年] 1の著者 として知 られ、1980年代 に ひろがったライフヒス トリ一法再評価 とい う潮流の なかで も早い時期か らライフヒス トリーを論 じた社 会学者である.そのプラマ-が1995年 にあ らわ した rテリング ・セクシャル ・ス トー リーズ」
2は、「ス ト ー リーの社会学」 とい う新 しい立場 を うちだ して、たいへん興味深い本 となっている。 この本は、お も にカミングアウ ト・ス トーリー、 レイプス トーリー、
性的な被害か らの回復のス トー リー とい うセクシャ ル ・ス トーリーを具体的にとりあげ、 これ らのス ト ー リーの検討 をもとに、現代 のセクシャリテ ィにつ いて再考 をめ ざす ものである。そ して本書は、かつ てライフヒス トリー論 を展開 したプラマ-が新たに
「ス トー リーの社会学
」
の構築 をめ ざ したい とい う 意欲 あふれる試みで もある。だか ら、現代のセ クシ ャリテ ィの問題 もさることなが ら、「ス トー リーの 社会学」 を提起 したところにとくに注 目したい。そ のポイン トとして、つ ぎのような三点 をとりあえず 指摘で きる。一つ には、「ス トー リーの社会学」 とい う新 しい 視角が、プラマ-自身の個人的な二つの経験か ら立 ち上がってきた ものであることにある。プラマ-は、
理論的にはシンボ リック相互作用論の立場 とい うス タンスを一貫 して とり続けなが ら、1970年代 よ りイ
ンタビューを中心 としたフィール ドワークをお こな ってきた。だが、1978年 にとりくんだ 「性的な多様 性」調査で うまく進 まな くなった経緯があ り、その ことが17年 ものちの 「ス トー リーの社会学」の着想 の下敷 きになっている。それに加 え、プラマ-自身 のカ ミングアウ ト・ス トーリーが短いなが らも綴 ら れているが、そのス トー リーには、本書のテーマで ある 「セ クシャリテ ィの社会学
」
と 「ス トー リーの 社会学」 とい う二つのテーマが重なってお り、ひ じ ょうに興味深い。二つには、「ス トー リーの社会学」
の応用可能性がかな り高いのではないか と予想 され ることである。彼 自身、「ス トー リーの社会学
」
の 観点か らセクシャリテ ィをとりあげるのは一つのテ ーマ にす ぎない と述べ ている。三つには、「ス トー リーの社会学」 とい う魅力的な視角は、1980年代の ライフヒス トリー論のなにを受 け継 ぎ、なにを新た に視角 として とりいれたのか とい う、いわば学説的 な展開への関心がひきおこされることである。本稿では、プラマ-の二つの個人的な経験のナラ テ イヴを手がか りとして、かれの提起する 「ス トー リーの社会学
」
はどのような ものであるのかをラフ なかたちで措いてみたい。ほんとうは、本書のお も しろ さは、「ス トー リーの社会学」 とい う糸で貫か れなが ら、縦横 にち りばめ られたた くさんのセ クシ ャル ・ス トーリーその ものにこそあるとお もう。読 者は、 ともす ると、個 々のス トーリーのお もしろ さに引 きづ られそ うになるが、けっ してそのス トー リ ーの位置 を見失 って しまうことはない。 「ス トー リ ーの社会学」の枠組みに支えられ、それぞれのス ト
31
同同志社社会学研究 NO.1,1997
-リーは活か されている。その枠組み 自体がかれの み込 まれた一部 なのであ る とい う認識 を さしてい 個人的なス トー リーか ら引 き出 された ものなのであ る。
る。 だが、プラマ-は 「この苦境 は私 だけのことでは
なかった」 とい う。再考するなら、その ような疑問
プラマ-の 「 個人的な経験のナラテイヴ」
をいだ さ、 自己覚醒 にいたったこと自体、プラマ- もまた時代 の流れを体現 していたことに気づいた。年代の人類学者たちが 自覚 しは じめたフィール l
sona
2.
プラマ-の 「個 人的 な経験 のナラテ イヴper 1980 er m t のひとつは、1 年 にお こなっ
た性的多様性のインタビュー調査での経験 を語 った ものである。プラマ-は、SSRC(社会科学調査 カウ ンシル)の助成 によ り、「性的 に変わった経験 をも ちつづけて きた男女」の調査 を手がけは じめた。そ の調査 は、た とえば 「小児性愛者
」
「異性装者」
「サ8 7 i」ve 9
iencen
exp ドワークとエスノグラフイーの政治性の問題 に、彼
自身 も直面 したのであった。
いまひとつの個人的な経験の話は、プラマ-のカ ミングアウ ト・ス トー リーの断片である。プラマ- は、プロローグで、つ ぎのような短い 自伝的な話 を 載せている。
ドマゾヒス ト
」
などのライフヒス トリーを社会学的 に分析するプロジェク トであった。 ところが調査は、当初、 うま くいっていたが、 しだいに困難 にな り、
進 まな くなった。結局、その ときインタビューをお こなってえたデータの大半は、論文 に使 われること もな く、ファイル ・キャビネッ トに眠ったままにな ってお り、わずか一部が この本 にす こ し引用 されて いるだけなのである。
なぜその調査がい きづ まったのか ?インタビュー し、テープ起 こ しまで したのに、なぜ手つかずのま まなのか ?プラマ-は、当時のプロセスを再考 しな が ら、疑問がふつふつ とわ き出て、 しだいに調査 を 続けられな くなったのは、社会科学者 としての 自己
6 9
10年代のなかごろ、プラマ-が青年期 にさしか かった とき、かれは苦悩 をかかえていた。ある晩、
その苦悩 に耐えられな くなった。 自宅の居間で両親 はテレビを見、彼は ドナル ド・ウエス トの 「同性愛」
とい う本 を読 んでいた。突然、「それはぼ くの こと だ
」
と叫び、わあーつと泣 き出 して しまった。両親 は困惑 して狼狽 した。当時の親たちにとっては、そ れは 「悪いこと」であっただけでな く、彼 らの理解 をこえていた。精神科医 にみて もらうことになった。脳波の検査 を し、異常がないことがわかると、医者 は、ゲ イであることを受 け入れることがで きるか と 尋ねた。で きると答 えると、その医者は、それなら 気 にすることはないといった。
覚醒
だ している。つ まり、無反省で無批判のままに、調 査で集め られたセクシャル ・ス トー リーが 「単純 に 想定 された現実の直接のコピー と理解することはで きない
」
とい う認識 にめ ざめた とい うことである。「調査 は、倫理、エスノセ ン トリズム、解釈、政治 の諸問題 にとりか こまれている」 とい う理解にいた ったか らである。それは、社会科学者 自身が、調査 のプロセスの一部であ り、社会的なものであるとい う自覚、つ まり社会科学者 自身が、観察 され、分析 され、そ して書かれる対象 となる調査 プロセスに組
l
se-fawarenessにあったのだ とい う一つの答 えを ここで、プラマ- 自身が 「わた しはゲ イである」
ことをカ ミングアウ トしている。
このス トー リーは、 きわめてプライベー トで個人 的なものである。だが、個人的なナラテ イヴである か らこそ、ス トーリーとはなにかを考える議論の き っかけとして も、またセ クシャル ・ス トー リーを論
じる発端 として もここで語 ることは適 しているとプ ラマ-は考える。
つまり、なぜあのとき、両親に話そうとしたのか、
なぜ ここで このス トー リーを持 ち出す ことにしたの か、ス トー リーを語 ることで、語 る人 と聞いた人、
2 3
3 3 そ して社会にどのような役割 をはた したのか、そ し れる。だか ら、ス トー リーは共同行為 として考 える てス トー リーを語 らなかったら、 どうなっていただ ことがで きる。
ろうか。 このように問いかけるとき、すでにプラマ 共同行為 としてス トー リーをみると、ス トーリー -は 「ス トー リーの社会学」の問題意識 を表明 して は、「語 り手、誘導者coaxer、テクス ト、読者、ス ト
いる。 ー リーが語 られるコンテクス ト、これ らのあいだで
この二つの個人的な経験 は、プラマ-が 「ス トー 循環するたえざる流れに依存 している」 ことになる。
リーの社 会学」 を提 起 す る出発点 になってい る。 まずス トー リーを生みだす語 り手がいる。ス トー 8
7 9
1 年の 「性的多様性」のインタビュー調査の話か リーの語 り手は、ス トー リーの生産者である。 イン らは、聞 き手 となった調査者 として、ス トー リーの
生 まれる現場 に幾度 とな く身をお くなかで、ス トー リーを反省的に再考する契機 になった。プラマ-自 身のカ ミングアウ ト・ス トーリーか らは、ス トー リ ーの語 り手 自身 として、ス トー リーを語 る動機や戦 略、その政治性 をとらえることがで きたのである。
タビューの場面での語 り手だけでな く、自伝や 日記、
手紙の書 き手 もまたス トー リーの生産者であ り、 自 分たちのス トーリーを産出する。
ついで、プラマ-は1970年代 にお こなった調査 を 思い返 して、社会学者 としての 自分の役割は、誘導 者であった とい う。 つ まりこれまで語ったことのな いス トー リーを語 らせるところまで人びとを誘い出 し、一定の方法で語 るように導いた。だか らス トー リーの生 まれる場面には第二の生産者 asecordkirkl
cer f opr
共同行為としてのス トーリー
du がいることを指摘 している。第二の生産 経験 は、ス トー リーのは らんでいる問題性 を気づか 者は、語 り手 に緊密 に結びついて、人びとか らス ト
3.
年の インタビュー調査がたちいかな くなった 8
7 9 1
血 tac
せ、ス トーリーを共同行初oin 1として考える視 ーリーを引 き出す力をもつ ものである。 インタビュ 点 を導いた。 プラマ-は、多 くのセ クシャル ・ス ト
ー リーを聞 きなが ら、ス トー リーを聞いて、 どうす るのか と自問す るうち、「私 の関心 は、人び とが語 ることにあるのではな く、語 りに含 まれている複雑 な社会過程 にある」 ことを理解 した。そ して社会学 者 自身が、調査 プロセスに組み込 まれた ものである とい う自覚 もまた、ス トー リーが生 まれる相互作用 の場 を社会的行為 として とらえなおす ことにつなが った。
ス トー リーを語 ることは、社会的行為の流れのな かにある。つ まり私たちは、シンボルと言語 をとお して、自己 と他者 をたえず考えてお り、ス トー リー を語 り、意味 を表出することは、すなわち自分 と周 囲の世界 にたえず意味 をあたえ、社会的世界 を制作 していることである。その実践のなかに私たちがい ることをふ まえるなら、ス トー リーを語 ることはす なわちシンボ リックな相互作用の核心 に位置づ けら
ー し、問いただ した り、質問票 を送るもの もあれば、
手 を握 り、ただ微笑むだけで、聞いているもの もあ る。 ライフヒス トリー を聞 く社会学者 だけで な く、
カウンセ リングをおこな うセラピス トや口述史 を聞 き取 る口述史家、あるいは法廷の尋問者や タブロイ ド紙の記者 もまた、人びとにス トー リーを語 るよう に誘導 し、指導 し、 ときに強制 し、そ してス トー リ ーを生みだす ことにかかわるとい う点で、第二の生 産者である。第二の生産者は、語 られるス トーリー の性質を変えるほどの重大な役割 をはたす ことにな るとい う。
さらにス トー リーには、ス トー リーの消費者がい る。それは読者、聴衆、あるいは視聴者 といいかえ ることがで きる。 ス トー リーを消費することは、ス トーリーを解釈 し、意味あるものにすることである。
ス トーリーの読者がそのス トー リーをいかに解釈す るか とい うことは、ス トーリー理解の重要な過程で
同同志社社会学研究 NO.1,1997
ある。読者 は、 ときに無礼 な、 ときに情熱的な理解 者 になる。
これ らの生産者 と第二の生産者、そ して消費者 と の相互作用 のなかで、ある意味 をもった対象、つ ま りス トー リー とい う産物が出現する。 ス トー リー と い う産物 は、ス トー リーの語 り手 とい う生産者 とス トー リーを導 き出す第二の生産者 によって構成 され た人生の瞬間が凍結 された ものであ り、読者 とい う 消費者の手 にゆだね られるときを待つ ものである。
4. ス トーリーとコミュニティ
プラマ-のい う 「共同行為 としてのス トー リー」
の要点は、ス トー リーをコンテクス ト性か らとらえ る視点 にあるだろ う。 ス トー リーは、 さまざまなコ ンテクス トでいろいろに語 られ、読 まれるものであ り、ス トー リーの意味 は、語 り手 とい うス トー リー の生産者 と読者 とい う消費者 との相互作用の流れか ら立 ち上がる ものである。安定 した意味 を獲得 して いるス トー リー もある。だが、多 くのス トー リーは、
いつ もどの ようなコンテクス トに結 びつけ られるか によって変化 し、揺れている。あるス トー リーが生 まれるには、そこになん らかの社会的 コンテクス ト が存在す る。 どの ような社会的 コンテクス トがあっ てス トー リーがでて きたのか を問いか ける こ とは
「ス トー リーの社会学」の根幹のテーマなのである。
また、ス トー リーは、だれに読 まれるのかによっ て異 なった コンテクス トで解釈 される ものである。 あるス トー リーは、社会的世界 と解釈的 コ ミュニテ ィ3を軸 に して読 まれ、消費 される。そこにはス トー リーの独特 の聞かれ方があ り、 自分 たちで 「記憶」
を共有す るようになる。 ス トー リーは、 コ ミュニテ ィがちがえば、異 なった反応 を呼び起 こす もの にな る。
プラマ-は、た とえばHIV感染者のス トー リーの 事例 をあげている。 HIV感染者のス トー リーは、あ るコ ミュニテ ィにはいると、そ こでは支援 と愛 と治
34
癖 を提供 されたが、ほかでは排 除 とステ ィグマ と恐 怖 とい う枠組みで解釈 された とい う。 あるいはバス ケ ッ トボール選手のマ ジック ・ジ ョンソンが1 991年 にHIV感染 を表明 した とき、そのス トー リーは、マ ジック ・ジ ョンソンをヒーロー としていた若者のコ ミュニテ ィでは、かつてエ イズス トー リーには敵意 をあ らわ していたのに、涙 と困惑 をもって受 け入れ られた。だが、ほかの大人の コ ミュニテ ィではその ス トー リーにお な じように耳 をかたむけられたか ど
うかはわか らない。
だか ら、語 られるコンテクス ト、そ して読 まれる コンテクス トの双方 に注意 をむけて、ス トー リーは 考 えられなければな らない。そ してプラマ一によれ ば、ス トー リーは、抽象的に漂流 しているのではな く、年齢、階級、ジェンダー、性的志向に したがっ て構造化 された、歴史的に発展する 「記憶 の共同体」
に根 ざしている とい う。 つ ま り、ス トー リーは、あ る特定のコ ミュニテ ィか ら生 まれるものであ り、 ま た 「ある階級、人種、ジェンダー、経験、趣味のよ うな想像の共同体あるいは社会的世界のなかで読 ま れる」 ものである。
ス トー リーはけっ して孤立 した ものではない。 ス トー リーは語 られ、読 まれ、それをとお してコミュ ニテ ィが生 まれる。 ス トー リーが生産 されることと コミュニテ ィの構築 は不可分の関係 にある といえる のか もしれない。ス トー リーが語 られるには、聞い て もらうコ ミュニテ ィがなければならず、聞いて も らうコミュニテ ィにとっては、その歴史やアイデ ン テ ィテ ィや政治 をいっ しょにつ くりあげるス トー リ ーがなければな らない。 ス トー リーはコ ミュニテ ィ を、 コミュニテ ィはス トー リーをたがいに必要 とし ている。
5. ス トーリーの政治性
ス トー リーの社会的 コンテクス ト性 に注 目す るな ら、ス トー リーが きわめて政治的な ものであること
に気づ くであろ う。ス トー リーは、それほ どかんた んに語 られるものではない。ス トーリーが語 られる こと、そ して聞かれることは、いつ も政治的な過程 のなかにある。
プラマ-がス トー リーの政治性 を鋭 く論 じること がで きるのは、かれの個人的な経験のナラテイヴが 自己のカ ミングアウ ト・ス トー リーであったか らで ある。 「カ ミングアウ ト」 とい う言葉 には、 もとも とクロゼ ッ トに しまっておいた ものをひっぼ りだす とい う語義がある とい う。 「同性愛者である」 こと は、語 る場 も、 また聞かれる場 もな く、公けの眼か ら秘密 にされて、それこそクロゼ ッ トに しまわれた ままの時代がなが く続いた。
「20世紀初めの西欧世界では、ゲイあるいはレズ ビアンであると語れば、あ らゆるかたちでの劇的な 社会的排除を招 くことになった。た とえば、収容所 への監禁、犯罪者 としての処罰 と投獄、医療化、つ まりあ らゆる治療 とセラピーがあ り、宗教的な追放、
共同体か らの排斥 とあ ざけ りがあった。 「他者」 に 語 らないだけでな く、 自己にさえも語れないことが す くな くなかった
。 」
(lptmnw 1995:72)ところが1969年、ニュー ヨークのス トー ンウォー ル事件 をきっかけに して 「ゲ イ解放運動」がは じま る。 この事件 は、カミングアウ ト・ス トー リーにと って も転機 となった。 「カ ミングアウ ト」 とい う言 葉 自体、1960年代の終わ りか ら70年代初頭 には耳慣 れた ものになった とい う。 70年代 か ら80年代 には、
数多 くのカ ミングアウ ト・ス トーリーが まさに噴出 し、 自分の経験 はこれほ どふつ うの経験であったの か とお もえる くらい にあ りふ れた もの になって き た。 この ようなカミングアウ ト・ス トー リーの ドラ ステ ィックな変化のなかにあったプラマ一には、当 然のことなが ら、 よ りいっそ う敏感 にス トー リーを 語 ることの動機や戦略、その政治性 を論 じることが で きる。
いいかえると、ス トー リーは、 さまざまな意味で 権力 と結 びついたものである。ス トーリーを語 った
り、闘いた りする、ス トー リーの生産 と消費は、 リ テラシーや知識、金銭、時間、空間 とい う文化的、
経済的な資源を必要 とする。そのような資源をもち、
社会的 ヒエラル ヒ-の トップを占める人の声はたっ ぷ り聞かれるであろ うし、 ヒエラルヒ-の底辺 にい る人の声 はなかなか聞こえてこないことは、容易 に 想像のつ くことである。だが、た とえそのような資 源を個人が もっていて も、ス トー リーが声 になる空 間を創造 した り、閉鎖 した りするのが、社会的権力 である。
いまもなお、 どこで もカミングアウ ト・ス トーリ ーが語れるわけではない。語れるか どうかは、経済、
宗教、仕事、家庭、メデ ィア、政府 といった相互作 用の場 によって変わるものである。語 って もいいか どうかわか らない ときもあれば、「沈黙 は金である
」
とい うときもある。 ゲ イであるとい うス トー リーを 語 ることで、ある可能性 を開 くこともあるが、他の 可能性 を閉 じることもあるのだ。
プラマ-のカ ミングアウ ト・ス トー リー もまた、
語 る空間を選びなが ら、 じょじょに語 られていった。
プラマ-のある晩の叫びは、青年期 にいたるまで の苦悩 と自己対話 のす えに表 出 された ものであろ う。早い時期か らまわ りとうま くいかない とい う強 い違和感 を感 じるかたちで、苦悩はあ らわれていた とお もう。ゲイであることの懸念や自己発見 を経て、
まず 自分がなにであるかを自己 自身に語 っていたは ずである。 そ して両親のいる前で叫 びのかたちで、
は じめて他者 にカミングアウ トした。そ して医者 に も話 した。医者の問いに答 えた ときに、「ゲ イ」で あることを受け入れ、そのアイデンテ ィテ ィを自分 の もの とする第一歩 となった。
だが、 この ときのカ ミングアウ トは、両親 と医者 とい う 「限定 された範囲の特定の他者」 だけに語 ら れている。 プラマ-はそれ以上言及 していないが、
もっ と公 的 なカ ミングアウ トをの ちに、おそ ら く 1970年代 になって、 どこかのゲ イ ・コ ミュニテ ィで お こなったであろう。 そ して、1990年代のこの本 に
35
同同志社社会学研究 NO.1,1997
自己のカミングアウ ト・ス トー リーを盛 り込むこと は、 より広い世界にむけて 自己のス トー リーを語 る 空間をつ くりだ し、 またセクシャル ・ス トーリーの 社会学的考察 とい うコンテクス トに載せるためのい わば戦略的で 「政治的カミングアウ ト
」
なのである。結局、プラマ一によれば、ス トー リーを語 ること は、けっ してなにか 「真実」 をあ きらかにすること ではな く、 自分 自身を 「社会的 に構成 された伝記的
討す ることが可能であろ う。 わた し自身は、「ス ト ー リーの社会学
」
の視点 を、 自分史の研究 にとりい れることを試みている4。 自分史は、自伝 ともいいか えることがで きるが、 自分で自分の人生 を書 きあ ら わす 自己の物語である。 プラマ-は、方法論 では、もともとライフヒス トリー法か ら取 り組みは じめて お り、一貫 して個人が 自己のことを語 ることに関心 をもって きている。だか ら、「ス トー リーの社会学」
の視点は、 自己の物語 としての 自分史を考 えるとき なものS∝ial1yorganziedbiographilcaobjects」 に変換す
ることである。ス トー リーがいかに組み立てられる かを考えると、 まず、ス トーリーを語 るとき、語 り たい個人の動機や きっかけ となる状況がある。ス ト ーリーは、筋書 きや時間順序 に沿 うとい う 「物語の ルール
」
に したがって、語 られる。そ してス トーリ ーは、語 られる場 と聞かれる場 をもてるタイミング が得 られた ときに生 まれるものである。その タイミ ングは、カ ミングアウ ト・ス トーリーが示 している ような、歴史的な時間の問題で もある。このように、ス トーリーを構成する社会的次元は、
個人的次元、状況的次元、組織的次元、文化的/磨 史的次元 とい う四つの次元で整理 されている。いず れに して も自己のス トー リーを語 ることは、 これ ら の次元 をス トー リーの構成 にとりこんだ きわめて戦 略的なものであ り、その点で、高度 に政治性 をおび たものである。 プラマ-は、あるス トー リーが生み だ され、耳 にす ることが可能 となる社会的政治的条 件 を問いかける、ス トー リー ・テリングの社会学 を
にも説得力のあるもの となる。 自分史が どの ような 社会的 コンテ クス トのなかか ら生 まれているのか。
どのようなコミュニテ ィで語 られ、読 まれているの か。そ してなぜ 自分史を書 くのか とい う動機 もまた
「ス トー リーの社会学」 の枠組みのなかで探求で き る。 プラマ-の問いをその ままとりこむことが可能 なのである。
0 8
とくに19 年代後半か らの 自分史ブームは、 しま っておいた自分の人生 を自分で書 きあ らわ しは じめ た、いわば人生のカ ミングアウ ト現象 としてとらえ られる。 沈黙 を破 る人たちは、なに も同性愛者や HIV感染者だけではないのである。 十分 なリテラシ
ーをもちなが らも、 自己の人生 を語 ることに捧持 し ていた人は多かった。 しか し、戦争体験や高度経済 成長 とい う 「激動の時代」 を生 き抜いて きた とい う 実感のある人たち、そ してその人生の意味 を探 りた い人たちが、自分の人生 を自分で書 きあらわ し、積 極的に自費出版 している。 自分史を書 く人たちのあ
「ス トーリーの社会学」のなかに構想で きるとい う。 いだには、「ス トー リーの社会学」 で論 じられた よ うな、人生のス トー リーを書 き、そ して読むコミュ
6.
プラマ- 自身が述べ ている。「本書のアイデ ィア 自分史 とい う自己の人生のス トー リーの検討は、
は、 どのようなス トー リー ・テ リングの過程 にも応 「ス トー リーの社会学
」
の提起す る視角のひとつの 用で きるはずである。セクシャリテ ィに焦点 をあて 応用可能性 を示 して くれている。プラマ- も一章で るのは、ほんの一例 にしかす ぎない。」 引用 しているが、バーバ ラ ・マ イヤホフがい うよう「 ス トーリーの社会学」の可能性にむけて
ニテ ィが生 まれている し、人生のス トー リーを導 き だす第二の生産者 もあちらこちらでみいだされる。Hm
「ス トー リーの社会学」 は、セクシャル ・ス トー に、人間は不変的に 「ホモ ・ナランズ rm 」、
リーにか ぎらず、多様 なス トー リーにあてはめて検 つまり語 る人種であるのだか ら5、いつ もなにかを語
6 3
り、ス トーリーを生みだ している。その観点でいう
<註>
1P mmIu なら、あ りふれた日常の 「個人的な経験のナラテイ
3.
8 9 K 1 er, ., ヴ」すべては、「ス トーリーの社会学」の立場から論
2 P mme,
多寿子の共訳 に よ り、新曜社 か ら近刊の予定であ る。
なお、本稿 の プラマ -の引用部分 な らびに訳 語の大
ば、 と くに、近年 、 コ ミュニテ ィはあ た ら し く刺激 的 な形態 を と りつつ あ るので はないか とい う。 もは や コ ミュニテ ィは、安定 した、堅 固で、固定 した も ので は な く、 メデ ィアに依存 しなが ら、意味 と歴 史 の感覚 を共有す る 「記憶 の共同体
」
の ような新 しい かたちの社会的世界 と して理解 され る。 プラマ-は、ス タン レー ・フ ィッシュのい う 「解釈 的 コ ミュニテ lu
3「コ ミュニテ ィ」 とい う言葉 は、 ス トー リー との関係 で プ ラマ -が好 んで もちいてい る。 プラマ 一 に よれ
ィ」、ベ ラ- らの 「記憶 の共同体」、 B・ア ンダー ソ ンの 「想像の共同体」、 メデ ィア消費者研究 か らだ さ れ た 「オーデ ィエ ンスの共 同体
」
な どの用語 も包含して、「コ ミュニテ ィ」を考 えている とい う。
r
半 はこの共訳 に よっている。
5.
9 9 1
K., 邦訳 は、桜井厚 ・好井裕 明 ・小林 じることのできる可能性 をもっているのである。
4小林 多寿子 1995a. 小林多寿子 1995b.
小林 多寿子 1996. 小林 多寿子 1997。 2.
7 8 2,.p 7 9 hffB 1 ero, ., 5 My
<参照文献>
小林多寿子 年
代 の動 向か ら-
」
『日本女子大学紀 要 人間社会学 5a9 9
1 「自分史 と物語産業の誕生-1980 部』5:
小林 多寿子 8.
0 1 - 9 8
1995b「ラ イフヒス トリー研究の視点か ら みた 自分史
」
『現代のエ スプ リ特集 ・自分 史』41. - 小林 多寿子
9 2 : 3 8 3
9 9
1 6「賞 をめ ざ した 自分史 一動機の語嚢 と 「人生」の呈示 -
」
『日本女子大学紀 要 人間社汀 a N 9 9 ines a,D iv
会学部』6:
小林 多寿子
Ma dR. 1 3`
8.
3 - 3 2
人生
」
一 自分 史 を書 99
1 7『物 語 られ る 「 くとい うこと -』学陽書房。
m 's ive t
a moenatn d 4n, .o lyv, .ol3 lte t ua O l i Jogca '0 S Loc , S∝i
1 ive Na Towar : na S hpeno - y l
oog me da m t S ilocoogy' 8.
3 - 7 I p.
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1 8Numb ' wYork:
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