著者 別所 隆弘
雑誌名 Core
号 38
ページ 19‑46
発行年 2009‑03‑13
権利 同志社大学英文学会Core編集部
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000015151
Core
Vo .l38 March 2009
The I n n o c e n t s Abroad における視覚表象の分析
別 所 隆 弘
序
マーク・トウェインの
1
万el n n o c e n t s Abroad (
以下I A )
は、 トウェインが 豪華遊覧船クエーカーシティ号に乗ってヨーロッパからパレスチナに至るま での「聖地巡行」の旅程を記録した旅行記であるが、その序文はこんな風に 始まっている。この本は遊覧旅行の記録であるO もしこれが厳粛な科学的遠征の記録で あれば、そのような類いの本によくありがちで、そのうえ読者を引きつ けてやまない、お決まりの厳粛さや深淵さ、さらには深い感銘をあたえ るような不可解さを漂わせていたことであろう。しかし、この本はただ の遊覧の記録であるに過ぎず、その目的とするところは、ヨーロッパや 東洋をすでに旅したことがある先人の眼を借りずに、それらを自分自身 の眼でみたら、その人にはどんな風に映るのかということを読者にそれ
となく示すことにある。(中略)
私はありふれた旅行記の形式と一線を画したことで、非難を受けても 弁明するつもりはない一一ーというのも、私は公平な眼でものを見てきた と考えているからであり、思慮分別があるかどうかはともかくとして、
少なくとも正直に書いたと確信しているからであるo (上1)1
19
トウェインらしい譜諺の後、作品全体のテーマが端的に記されているO すな わち「自分自身の眼」でヨーロッパや東洋を見ることであるO さらに続いて、
トウェインは「公平な眼」で「正直に書いた」ことを読者に伝えることで、
「自分自身の眼」で見るというこの作品のテーマを補強するο こうした序文 のスタイルは、同時代の他の旅行記との比較の観点から
IA
を論じたJ e f f e r y M e l t o n
の議論によると、IA
出版当時の1 9
世紀後半に大流行した旅行記というジャンルにおける、視覚情報を正確に伝えるというコンヴェンションを受 け継いだ結果であると言えるO2すなわち「自分自身の眼で見たら」という 表現は、そのコンヴェンションの反映と考えることが出来るO しかし、ジャ ンル的定型を忠実に模倣しつつ、さらには適度にコントロ}ルされたユーモ リストとしての譜誰も交えたこの序文は、本文が始まると徐々にその語りの 制御を失い始める。
F o r r e s tG . R o b i n s o n
の言葉を借りるならば、n e r v o u s
,a t t i m e s e v e n
仕a n t i cr h y t h m " ( R o b i n s o n 5
1)を帯び始める。この制御を失ったリ ズムは、作品内である特徴的な反復性を伴って観察される。それは、美しく 見えていたものが近寄ってみると汚く嫌悪感を催すものでしかなかったこと を、繰り返し発見して行くというパターンだ。「自分自身の眼」で実際に見 ていたはずのものが、近寄った時に嫌悪を催すものの集合体でしかないと気 がついた時、語り手トウェインは語りの制御を失うO 譜語やバーレスクを基 調とするこの作品に必要なはずの、対象との適度な距離感が失われるのだ。本稿の目的は、この過程、すなわち「自分自身の眼
J
に対する無邪気ともい える信頼から始まったはずのIA
が、徐々にその「眼」に映った風景の変容 に直面しつつ、最終的には抽象的「記憶J
という、「眼J
が必要とされない 領域へと移行していった過程を分析することにある。The Innocents Abroadにおける視覚表象の分析 21
(1)語りの特徴、対立構造の反復としての
IA
、先行研究の焦点序文が「自分自身の眼」に対する信頼を表明しているとするならば、この 作品のラストは、序文とは対照的に「記憶
J
に対する傾倒を読み取ることが 出来る。あれほどまでに醜悪な姿をさらしていたヨーロッパ及ぴ中近東諸国 の風景を、まさにトウェインは自分の「眼J
で見たにも関わらず、それら全 てを忘れてしまったかのように美しい風景だけを抽出して、懐かしそうに思 い返す。そして最後は、このような文章でIA
は終わるOコンスタンテイノープルとボスポラスも忘れられない一一パールベック のけたちがいの荘厳さも一一一エジプトのピラミッドも一一一スフインクス の巨大な姿と慈悲をたたえた顔も一一きわめて東洋的なスミルナも一一 聖なるエルサレムも一一そして、「東洋の真珠」であり、シリアの誇り であり、伝説上のエデンの園でもあり、さらには、アラビアン・ナイト の王侯や魔神の住むところ、世界最古の大都市、四千年のあいだに王国 や帝国が生まれ、それぞれが思い上がりと栄華の短いときを過ごし、や がて消え、忘れ去られたのに、ただひとり名前も位置も変えることがな かった、世界でただひとつの都市、あのダマスカスを忘れることは出来 ない。(下
4 0 9 )
ここに挙げられた都市に割かれた該当の章を聞いてみる。すると作品を閉じ るこの一文が、序文の「正直さ」を裏切った虚偽の報告であることが判明す る。コンスタンテイノープルはフリ)クスの中心地、スミルナは退廃的な汚 辱、エルサレムの商売気たっぷりの観光地化と、枚挙にいとまがない。これ
らの都市について、トウェイン以前の旅行記作家たちが描いた幻想が偽物で あったことを「自分自身の眼
J
で確認し、その度に幻滅していたトウェイン の姿を考えると、この最後を飾る文章の奇異が際立つてくるのだ。甘美な筆 致で描かれたこのエンデイングを、すでに引用した序文と対比させてみる と、ある対立構造が見えてくるように思われる。序文の眼、あとがきの記 憶。序盤の具体性、あとがきの抽象性。あるいは序文のリアリズムとあとが きのロマンティシズムと言う風にも言える。作品全体をマクロレベルで覆う この対立的構造は、個々の都市に来訪した時のテクストにミクロな形で反復 的に現れる。すなわち、自らの眼で見たものが、後に別の姿を現すという意 味での「裏切り」という形で、作品全体を貫く強力な支柱として機能してい るのだ。結局この作品を読むと言うことは、この構造の意味合いを、どのレ ベルで了解するかということにかかっているといっても過言ではない。そし てそれを証明するかのように、これまで積み上げられてきたIA
に関する個 別研究の多くは、この構造の意味合いを読み解くということに焦点が絞られ ている。F o r r e s tG . R o b i n s o n
の言葉を借りるならば、C r i t i c a lcommentary on
The Innocents Abroadh a s been v i r t u a
l1y u n i f o r m i n i t s d e t e c t i o n o f a b o l d p
釧emof o p p o s i t i o n i n t h e v o i c e o f t h
巴n a r r a t o r , Mark T w a i n . " ( R o b i n s o n 4 6 )
ということに なるのだ。論を始めるにあたり、ab o l d p a t t e m o f o p p o s i t i o n "をめぐる IA
の 批評史を簡単に振り返ってみたい。おそらく最初にこの旅行記の
ab o l d p a t t e m o f o p p o s i t i o n "
に言及したのは、Twain
研究のあらゆる側面における先達といえるHenryNash S m i t h
であるoS m i t h
はIA
出版当時のトウェインが、婚約者であるOli v i aLangdon
および精 神的指導者とも言えるM r s .F a i r b a n k s
の強い影響を受けていた点を指摘する。T克eInnocents Abroadにおける視覚表象の分析
2 3
IA
の草稿は、彼女たちが代表している19
世紀後半のG e n t e e lT r a d i t i o n
的言 説の検聞を経由した後に、現在の完成稿に落ち着いたことになるO こうし た草稿と完成稿の姐麟からくるのが、この作品の構造的i r r e l e v a n c e
であるとS m i t h
は指摘している。その結果、構造的な統一性を失っているこの作品を、S m i t h
はs
旬n
t"と評した。こうした
S m i t h
に代表される観点、すなわちこの作品の対立的構造を失敗 と見なす論に対して、これを肯定的に捉える論の代表的なものがJamesCox
による議論である。Cox
はIA
におけるこの対立構造を、それのもたらすバー レスク的効果に対する計算が常に語り手の内側で働いている点において、u n i t y "を持っていると主張している
O しかし、Cox
の議論のより重要な問題 は、S m i t h
の外在的な批評と比較して、IA
におけるこの特徴的構造が、語り 手の内面にもui l t ‑ i n "されていることを指摘したことにある
O 一方、Cox
の 言うu n i t y "
が、全体として有機的かつ統一的にコントロールされたもので あるという主張は、実際のテクストを読んでみれば違和感を感じざるを得な い。Cox
の肯定的評価に対して、実際のテクストの持っている制御不能な様 相に目を向けたのがF o r r e s tG . R o b i n s o n
の議論になるOR o b i n s o n
はCox
の議論を受け継ぎ、作品の構造的対立を語り手の意識 の中に定位する一方で、この対立が有機的統ーを呆たされているとは考え ない。むしろ、多くの場所で対象との距離を上手く取れずにいる語り手の 姿からR o b i n s o n
が導きだすのは、3語り手=トウェインのt h er e l e a s e from c o n s c i o u s n e s s "
への希求である。これまで作り上げられてきた幻想が絶え 間なく破壊されて行く旅路は、最終的に醜い現実をすべて忘れ、完全な、 b l i v i o n "へと至るための通過儀礼であったと R o b i n s o n
は読む。 R o b i n s o n
の
分析の意義は、作品が「自分の眼」で見ることを誇らかに宣言する序文から、
悪夢的な現実をすべて忘れたユーフォリア的な「忘却
J
(あるいは間違った 記憶)へと至っているというこの皮肉の意味を指摘している点にあるOこのように、
IA
研究における批評は、語りにおける対立構造に対する解 釈を軸にして進展してきたということが出来よう。本論はこうした批評史の 進展に、わずかながらでも新しい視点を加えることを目的としている。次節 では、これまでに確認された先行研究の成果をふまえ、実際のテクストにお ける風景表象の対立的様相を取り上げる。具体的にはコンスタンテイノープ ル及びダマスカスにおける風景の描写が、過剰な比聡に彩られていく様を検 証し、これらの比聡がトウェイン自身が序文で、誓ったこの作品の「正宜J I
公 平」といった性質から著しく逸脱していることを指摘する。第三節において は、「自分自身の眼」という序文に示されたテーマと対極を成す、「他人の眼」で物を見ることに対するトウェインの批判を取り上げて、第二節で確認され たトウェイン自身の文体的混乱の様相を別の角度から検証する。この節にお いては、 トウェインの「自分自身の眼
J
という表現が単なる視覚的独自性の みならず、表象レベルにおける独自性をも包含していたことを指摘するO そ の一方で、そうした二つの異なった位相における独自性を同時に満たし得ない ことは、第二節のテクスト検証においてすでに確認されている以上、本来的 にこのIAという作品は、視覚とその表象の架橋という不可能性に挑んでい
る作品であるとまとめられる。こうした本論における一連の分析は、 トウェ インの語りから、序文で保証された「正直」ゃ「公平」の根拠が剥奪されて いく過程を確認するという形で総括されるだろうO 自分だけの見方で物を見 るということにこれほど拘ったにも関わらず、表象の段階においてそれが抹The Innocents Abroadにおける視覚表象の分析
2 5
消されるというトウェインのジレンマを我々は確認することになる。最終的 に以上の考察を踏まえた上で、本研究は視覚表象論の観点からトウェインの 旅行記を見直すことの必要性を提起するO
(2)表象不可能な風景
コンスタンティノープルの訪問を綾った章は、
IAにおける特徴的な外界
表象を考察するのに最も適した章になっているO ここまで繰り返してきたお 決まりの手法を繰り返すように、 トウェインは近寄るコンスタンティノープ ルの遠景を美しい風景としてまず描写する。コンスタンテイノープルはわれわれが見た中で、とびぬけて美しい街で ある。ぎっちりと密集した家並みが、水ぎわから上に向かつて膨張し、
多くの正のドーム型の頂きにまで、広がっているO あちらこちらに顔をの ぞかせている庭園や、大きな球体のようなモスクや、いたるところで眼 にふれる無数のモスクの光塔が、東方旅行にまつわる本を読むときにわ れわれが夢みる、あの東洋風の趣のある風情をこの首都にあたえているO
コンステイノープルはー幅の崇高なる絵になっているo (下
7 6 )
ここに至るまでテクスト全体で繰り返してきたパターンが、ここでも明確 に確認できる。前世紀からの風景描写のコンヴェンションであるピクチャレ スク的な描写を援用しながら、4 トウェインはまるでどこかから抜き出して そのままコピーでもしているような、コンスタンティノープル礼賛の文章を 冒頭に持ってくる。そこにはこの作品のキーワードのーっとも言うべき、ガ
イドブックに対する皮肉もさらりと挿入されていて
r c
東方旅行にまつわる 本J)
、旅行記というジャンルのコンヴェンシヨンの転倒をも目論んだ、トウェ インのバーレスク的筆致の計算高さを確認することが出来る。 Coxが高く評 価するのは、周到に描写対象との距離感をはかりながら、後に用意されるは ずの転倒を意識して語るこのようなトウェインの姿であるのだが、であると すると、この後に待っているのは、この凡庸ながらも美しく描かれたコンス タンティノープルの暴露話になるはずだろうO 果たせるかな、数ページを進 んだ後に期待通りにコンスタンティノープルの真の姿が我々読者の前に提示 されはじめるO この意味でCoxの読みはここまでは正当だ。しかし、ペー ジが進むとトウェインの様子は単なるバーレスクの域を超えた逸脱を見せは じめるO コンスタンテイノープルが、単に美しい外観にそぐわない醜さをそ の内側に持っているだけではなく、「肢体不自由者と人間の形をした化け物 の両方のまさに中心地、原産州J
(下80) としての姿が暴かれるO そのとき のトウェインの文章を見てみようOくだんの三本足の女は、もっとも水ぎわだ、った効果があげられるよう、
自分の商売道具をうまくならべて、橋の上に横たわっていた一一一本 の脚は正常だが、二本の長く、細い、査んだ脚にはまるで前腕のような 足首がついていた。それからもっと先に行くと、両眼のない男がいたが、
その顔はハエが卵を産みつけたピフテキのような色をして、
i
容岩流のよ うに織がより、歪んでいるのである一一実際、その男の目鼻立ちはめちゃ くちゃにねじれていたので、鼻の役をはたしている流のようなものと、頬骨との区別もつかなかった。スタンヴールには、途方もなく大きな頭
The Innocents Abroadにおける視覚表象の分析
2 7
をもち、異様なほど長い胴体をして、脚の長さが人インチ、その形が雪 草
f t
のような男がいた。彼はそんな脚と両手を使って歩き回っていた。そ して彼の脊柱は、さながらロドスの巨像がさっきまで、背中に乗っかっ ていたかのように轡曲していた。ああ、乞食でもコンスタンテイノープ ルで生計をたててゆくためには、とぴぬけた長所を備えていなければな らないのだ。鉱山で爆発にあったということ以外、これといった取りえ がない青白い顔をした男なら、まったくのペテン師とみなされるであろ うし、松葉杖をついた負傷しただけの兵士なら、絶対に一セントももう けることができないであろう。頭の一部を切り取って、械盤を入れる袋 みたいな痛を培養すれば、ひょっとしたら金にありつけるかもしれない。(下
8 0 ‑ 8 1 )
短い文章の中に、「人間の姿をした化け物」が羅列されている。最初到着し たとき、遠景から見たコンスタンテイノープルは「われわれが見た中で、と ぴぬけて美しい街」だ、ったのだが、その中に踏み込むとそこには「化け物」
がいたことを、 トウェインは「自分自身の眼」で確認するO その驚きを表現 しているこの文章は、ここに至るまでトウェインが繰り広げてきたヨーロッ パにおける暴露話とは、いささか趣を異にしている。このコンスタンテイノー プルの内実を暴露する筆致は、コンスタンテイノ}プル以前に繰り返してき た計算高いバーレスクというよりは、
R o b i n s o n
が丘an t l cと呼んだものによ
り近い。その言葉は譜語というには毒が強く、「頭の一部を切り取って、織 強を入れる袋みたいな癌を培養すれば、ひょっとしたら金にありつけるかも しれないj と悪意をにじませながら、この部分の描写は幕を閉じる。トウェインの描写はそれまでの堅実な描写と比較して、明らかに距離感を失ってい るO この急、な転調は、一体いかなる原因によるものなのか。その原因は、こ れまでヨーロツパで暴露してきた数々の醜悪に比して、このコンスタンテイ ノープルにおいては、暴こうと思っていた正体が、 トウェインが想定してい た正体のレベルを軽く凌駕していたからだ。その落差は、 トウェインがテク スト内でそれまで繰り返し描写してきた対象の領域を越え出てしまっている のだ。だからここにおける言葉は、それまでのテクストと比べると異質な感 覚を読み手に与える。問題は、では本来あるべき異質で、はない言葉はなんだ、っ たのか、そして、今我々が目にした言葉が異質で、あるとするならば、なぜこ の部分はそれまでの言葉と違う印象を我々に与えるのか、ということになる だろう。
最初の聞いにはすぐに答えることが出来るだろう。ヨーロッパで数々やっ てきた暴露話こそトウェインの真骨頂であり、 Coxの言う様なバーレスクと しての
IA
の性質と魅力を最大限に現したものだろうO この形での暴露話の 持つバーレスク的魅力こそ、この作品の本来的な言葉であることは、 Coxの 指摘通りである。またその魅力を支えていたのが、歯に衣を着せない、慣習 や制度をそれとわかった上で笑い飛ばす、「公平」さや「正直J
であるO 巧 妙に演じられるInnocentの大胆な、しかし効果の計算された暴露話こそ、こ の作品が同時代に幅広く読まれた原動力になっている。だが、旅の目的地で ある聖地に近づくにつれて、そのような言葉では表象不可能な光景が現れは じめるO トウェインの「自分の眼」に映る事態は、もはやバーレスクの対象 になりうる様な、制度的な慣習や歴史ではない。トウェインが聖地周辺に近 づくにつれて見いだすのは、制度外の余白にある、悲惨な「化け物J
や汚辱T百eInnocents Abroadにおける視覚表象の分析
2 9
や抑圧や暴力だったのだ。旅の後半になるにつれて増えるトウェインのバー レスクの域を越えた悪態には、目の前の光景をテクスト的に補正しようとす る心理的な反作用が強く現れているO だがそのバランスを保とうとする言葉 も、今、 トウェインが眼の前にしている圧倒的な光景の前では、ほとんど場 違いな強がりにしか見えず、 トウェインのここでの噸笑の毒は、いささかも この現実の風景を中和もしなければ解消もしない。それゆえに、テクストは 対象との平衡を取ろうとしてさらに強い言葉を要求する。結果として、この コンスタンティノープル内部を描写する文章は、「正直
J
であることを旨と するあの序文の宣言を越え出たもの、すなわち正直さや公平さの対極にある 過剰な比験で彩られるO 日く、「ハエが卵を産みつけたビフテキのような」「溶岩流のように」、「雪靴のような」、そしてついには「きながらロドスの巨 像がさっきまで、背中に乗っかっていたかのように
J
。旅の目的地に近づき、最も「正直」で「公平」であらねばならぬ場所で、言葉は扇情性を帯びてい るO こうした扇情的な比除が我々に告げることは、トウェインの「眼」に映っ た現実が、彼自身の現実の定義を遥かに越えてしまって、それを告げるため の「正直」な言葉が存在しなかったということであるO トウェインの
I
正直」で「公平」な言葉が現実に追いつかないとき、それに代替された言葉が、こ の過剰な比両訟を帯びた文章なのだ。その比聡の過剰さ、あるいは扇情性が、
それまでの調子と明らかに違った異質な感覚を我々読者に与える。
さて、このコンスタンテイノープルで見せたトウェインのテクストの変調 を、我々はもう一つ別のシーンで確認しておきたい。ダマスカスに来訪した 時、その中で、出会った人々の印象を記すシーンを見てみようO ここで第一節 の最初に引用したように、
IA
のラストが、このダマスカスへの言及であったことを思い出されたい。それほどに、 トウェインにとってダマスカスの印 象は強かったのだ。しかし今から見る様に、実際にダマスカスに来訪した時 の記述と、最後のあの多幸感あふれる記憶を回顧するシーンの聞には、随分 温度差がある。そのような微妙な食い違いが後に起こることを念頭に置いた 上で、当該のシーンを見てみよう。ダマスカスに入ったトウェイン一行は、
噂に違わぬその美しさをこれまでの例に習って賞賛する。
ダマスカスは、山の上から眺めるとじつに美しいのである。草木が欝蒼 と生い茂っていることに慣れている外国人の眼にさえ、美しいのである。
(下
1 9 4 )
この後、まるで西部地方を描いたピクチャレスク絵画の記法に則って書いて でもいるように、砂漠の中に美しく映えるダマスカスをトウェインは絵画的 に描写する。しかし、ここで注目したいのは、その内容以上にこの部分の言 葉の選び方にあるO この引用箇所を原文で見てみると、その表現は
Damascus i s b
岡 田i f u l
金omt h e m o u n t a i n . "となっている
O このおにはイタリックがかかっ ていて、 トウェイン自身の強調がi s "という単語にあることがわかる。こ
こで現在形のおにイタリックがかかっている理由は、おそらくは二つある。一つは過去のダマスカスに対して、現在のダマスカスもいまだ実際に美しい 風景であることを強調したいため。もう一つは、そしてこちらがより重要な のだが、まさに今眼の前にその風景が美しい物として存在しているというこ と、すなわち、 18という単語一つが、序文の「自分自身の眼」というテーマ を反復しているのだ。ここまで明確に強調されている「自分自身の眼」に映っ
The Innocents Abroadにおける視覚表象の分析
3 1
た光景を、文字通りあるがままに語っているトウェインは、しかし、実際に ダマスカスの中に入るとコンスタンティノープルで出会ったのと栢似形の混 乱に出くわす。病気に冒きれながら、何をしようともせず道端でたむろする ダマスカスの人々に、 トウェインの文章は変調を来す。そのシーンを見てみ ようO
小さな子供たちも悲惨な状態にあった一一子供たちはみんな、ただれた 眼をしていた。そうでない子供がいるにしても、なんらかの病にかかっ ていた。東洋で生まれ育った子供のほとんどはただれた眼をしていて、
毎年、数千人という子供が片眼か、あるいは両眼を失明するといわれて いるo (中略)たとえば、わが子を腕にだいたアメリカ人の母親が、子 供の眼のまわりに黒山のようにハエがたかっていてもまったく気にもと めず、一時間もじっと座っていられると思えるであろうか。(中略)昨 日、ある女性が腕に赤ん坊をだいて、小さな雄ロパに乗ってくるのに出 くわした。正直いって、向こうが近づいてきたとき、私は赤ん坊が防塵 メガネをかけているのだと思った。どうして母親が子供にそんな格好を させるのだろうかと不思議に思った。ところが、近づいてみると、それ は防塵メガネなどではなく、赤ん坊の両眼のふちにハエがたかって、野 外集会を聞いているだけなのだということが分かったのだ。それと同時 に、ハエの分遣隊は鼻も調査していたのだ。ハエは楽しそうであり、赤 ん坊も満足しているようなので、母親は邪魔しなかったというわけなの であるo (下
2 1 6 )
この部分が「眼」、なかんずく「失明」について語っていることは象徴的だ。
自分の眼で見ることに誇りと自負を持って始まった
IA
という作品において、他人のものとは言え、その眼が簡単に失われて行く光景が、旅の目的地であ る聖地内部に配置されているのは皮肉という他ない。そんな光景を前にし て、トウェインはコンスタンティノープル同様、上手く対応しているとは言 いがたい。病気の子供とそれを放置する母親、そんな人間が町中にあふれで いるO それを見た時、公共衛生が整い始めていた母国アメリカの風景が不意 に頭をよぎる (1わが子を腕にだいたアメリカ人の母親J)。トウェインにとっ て、リアリテイは結局アメリカという文化コンテクストの上に作られている のであって、その逆ではないことが、この「アメリカ人の母親」の一節から 読み取れる。言い方を変えるならば、序文の「自分自身の眼」の保証する「公 平」で「正直」な言葉というあの理想は、トウェインがおそらくその言葉に 合意したであろう、無窮の透明さを結局獲得することは出来ないということ だ。「自分自身の眼」は「アメリカ人の眼」であるのだろうし、「公平」も「正直」
も「アメリカ人にとっての
J
という前提が合意されているO それゆえに、ハ エにたかられる子供とその母親を見たときのトウェインの「防塵メガネ」と いう表現には、そうした自分の所属する文化コンテクストに収まりきらぬが 故の、悪意とも苛立ちともつかぬ感情のむらが現れているO すでに引用した コンスタンテイノープルでの描写がそうであったように、ここでも必要以上 の悪意がにじむ。「ハエは楽しそうであり、赤ん坊も満足しているようなので、母親は邪魔しなかったというわけなのである。」トウェインの対峠している 現実に対応できる「公平」であり「正直jであるような言葉がトウェインの 中にはないことが、ある種の苛立ちという形でこれらの表現から読み取れるO
The Innocents Abroadにおける視覚表象の分析 33
だから言葉は、 トウェインにとって過剰な現実を購うための、過剰な比聡を 冠さないでいられない。「防塵メガネ」、それに続く「野外集会
J r
分遣隊」、場合によってはコミカルとさえ言いうるこうした表現は、それを当てはめる 現実とのバランスが保たれない限り、譜語として成立しない。言葉は空回り をはじめ、 トウェインがその眼で見た現実の姿とはそぐわないものとして全 体から浮いてしまっているのだ。
ところでこれまで我々は、序文において宣言されたこの「自分自身の眼
J
、「正直
J
および「公平」という性質が、外界表象を通じて裏切られる様を追っ てきたが、実際これらの言葉が意味する内容をここで概念的に定義しておき たい。そうした概念化を通じることで、この後に続く議論において、この 裏切られつつあるIA
当初のテーマが、いかなる批評的な射程を持つのかよ り明らかになるだろうO そのために、ここでP h i l i pB e i d l e r
の議論を参考に したい。B e i d l e r
の議論は本稿にとっていわば先鞭とも言うべき議論を展開 しているが、その批評的焦点はトウェインの初期旅行記作品におけるT r u t h T e l l i n g
の技法が、いかなる言語的変容を蒙ったかを問うところにある。この 議論の中で、 トウェインが眼に見えたものを「公平」かっ「正直」に描くこ と( B e i d l e r
の言葉を借りるならば" T r u t h ‑ t e l l i n g " )
を通じて、初期の文体を 築き上げた過程を分析しているが、本稿でも徐々に明らかになりつつある様 に、そのT w a i n
の試みは最終的には多大な変容を蒙ることになるO その結果 トウェインの" T r u t h ‑ t e l l i n g "としての旅行記は、我々が確認した様に文体的
な混乱を招くのだが、その変容の過程をB e i
dIe r
はこのように論じている。And
80, h e [ T w a i n ] comes t o r e a l i z e , t h e a t t e m p t t o r e n d e r t h e s e p i c t u r e s "
i n t h o u g h t and l a n g u a g e must o f t e n be view
巴dl i k e w i s e a s t h e f u n c t i o n o f a c o m p l e x a s s o c i a t i v e p r o c e s s t h a t f r e q u e n t l y c a l l s i n t o q u e s t i o n t h e p o s s i b i l i t y o f a n y s i n g l e s t a b i l i z i n g p e r s p e c t i v e . C B e i d l e r 4 0 ‑ 4
1)t h e f u n c t i o n o f a compl
巴xa s s o c i a t i v e p r o c e s s "としての外界表象を認識するこ
とになったT w a i n
にとって、現実の世界というのは「単一の安定した視点の 可能性J C " t h e p o s s i b i l i t y o f a n y s i n g l e s t a b i l i z i n g p e r s p e c t i v e " )
を失った世界と いうことになるだろう。確かにB e i l d e r
の指摘通り、外界に対する単一的な 視点というモデルがac o m p l e x a s s o c i a t i v e p r o c e s s
へと変わって行くという過 程をIA
は辿っている。我々の論考において、これまで「公平J r
正直」と いう言葉に基づいて展開された「自分自身の眼」というこのテーマは、すな わちこのB e i d l e r
によって指摘された、後に否定される可能性としての「単 一の安定した視点」を示しているということが出来るだろうOさて、このように
B e i d l
伎の批評を補助線に引きつつこれまでの議論を総 括するならば、トウェインがテーマとして掲げたこのIA
における「公平」で「正直」な物の見方、すなわち「単一の安定した視点」に基づく視線のモ デルは、表象との間で常に修正を蒙るという、相互作用に基づくモデルへと 移行していったということが出来る。つまり、コンスタンティノ}プルやダ マスカスにおけるトウェインの混乱は、視覚そのものの混乱であると同時に、
それを表象する文体における混乱でもあるということを、
B e i d l e r
の議論を 経由することで明確になる。我々のこれまでの議論は、遠景から近景に切 り替わった時の風景の持っている二面性に着目しながら、その風景へのト ウェインの対応の混乱を追ってきた。すなわち、視覚の変容に対するトウエThe Innocents Abroadにおける視覚表象の分析
3 5
インの対応を中心に議論を進めてきたが、そこには不可分的に文体論的な側 面が入り込んでいたことを確認しておきたい。というのは、次節においてま さにこの視覚と表象の聞に張り巡らされた不安定な関係をこそ、問題として 取り上げることになるからだ。
そこで次節では、我々はトウェイン自身の「風景表象論」とも言うべき第 48章に注目したい。序文が「自分自身の眼で見ること
J
を宣言していたと するならば、第48章はそれと表裏一体を成して、「他人の眼で見ることJ へ
の批判で構成されている。この章の考察を通じて、「自分自身の眼で見る」
という序文での宣言が、当初よりある不可能性を抱えていたことを確認するO
具体的には、これまで視覚における独自性という観点から分析されてきたト ウェインの風景表象が、 48章の分析を通じて、視覚のみならずその表象に おいても、他者の言葉を拒絶することによって、「自分自身」であることを トウェインは自らに課している点が確認される。しかし「視覚」と「表象」
に対するこの排他的な独自性の希求は、すでに我々が確認した様に、視覚の 裏切りという魅験を経て、大きく損なわれている。次節で我々が確認するの は、視覚と同様に、表象においても
f
自分自身」足り得ないトウェインの姿 であるO(3)トウェインの風景論。他人の眼で見ることの意味。
第48章において、ガリラヤ湖周辺にたどり着いたトウェインは、同時代 の旅行記作家たちの風景描写が、いかに「空想に熱くなって、判断がかたよっ ているか
J
(259)、彼等の文章を実例として挙げながら批判する一方、「この 地方の真実を語ってはならないのだろうかJ
(260)と読者に聞いを発する。いわば序文で語られたあの「自分自身の眼」で見て「正直
J r
公平J
に書く というテーマを、旅の目的地でもある聖地中心に入る前にもう一度読者に喚 起しているのだ。さらに続けて、同時代の旅行記作家たちが、先行する有名 な旅行記や聖書の語る風景描写を批判的に反省することもなく繰り返す様を あげつらいながら、こんな風に批判するOこうした本の著者は風景を描写し、狂詩をでっちあげる。そして著者よ りも劣った人間はそのあとにしたがい、自分の眼ではなく、その筆者の 眼でものを見、ものを話すようになるのだ。(下
2 6 0 ‑ 2 6
1)「自分自身の眼で見ること」を宣言して始まったこの作品が、有名な旅行記 作者である「筆者の眼
J
で見ること、すなわち「他人の眼J
を経由してもの を見ているような風景描写を批判するのは、一見理屈にかなっているO しか し、この「他人の眼J
という表現は、「自分自身の眼」というあの序文での 明快な表現と比べると、問題含みの概念であるといえる。なぜ、なら、「自分 の眼で見ること」はまだしも、「他人の眼で見る」というのは修辞的表現に 過ぎないのだ。一体「他人の眼で見る」とは、実際には何をさしているのだ ろう。まずそれを明らかにするために次の引用を見てみたい。上記引用の後、もう一度同じような批判をくり返しているが、微妙にニュアンスを異にして いる。
彼等はこの着想、を一一言葉を そして構文を一一句読法を一一グライ ムズから借りたのであるO 彼等が帰郷してパレスチナを語るとき、自分
The Innocents Abroadにおける視覚表象の分析
3 7
たちの眼に映ったものではなく、トンプソンや、ロビンソンや、グライ ムズの眼に映ったものを語ることになるのであろう一一巡礼者それぞれ の教義にあう色合いを施しながらだ。(下
2 6
1)二つの引用を合わせて読むと、 トウェインの批判の焦点がいかなる点にある のかがわかる。引用に並ぶ言葉は「着想
J I
言葉J I
構文」そして「句読法」、つまり技法としての文章の周縁に、 トウェインの関心は集中している。ゆえ に、ここで「他人の眼でものを見ること」が意味する内容は、
I (
自分の眼で 見た物を)他人の言葉を借りて語ること」の謂いだということがわかる。よ り正確を期すならば、他人の言葉を間借りして語ることで、本来「自分の眼」で見ていたはずの外界の事物が、表象という段階において事後的に修正され る可能性をトウェインは批判している、そう考えるべきだろうO なぜならば、
「トンブソンや、ロビンソンや、グライムズの自に映ったものを語ることに なる」という表現や「色合いを施しながら
J
という表現が示す表象段階にお ける事後性にこそ、 トウェインの批判が焦点化されているからだ。ここにお いて批判は、視線そのものよりも、むしろそれを見た後、それを伝える段階 における表象の問題へと位相をずらしていると考えるべきだろうO だがこの 位相の変化は、「眼j という比聡を経由することで不可視化されてしまって いるO 作品自体が「眼j をテーマにして、あるいは「見ること」をテーマに して企画されていることから、ここでの「眼」という表現も、あたかも序文 との連関の中で一貫性を持っているように見える。しかしすでに指摘したよ うに、この二つの「眼」はまったく違う位相で機能しているO 結果として、この作品は二つのロジックを同時に、しかも時に混請しながら使用していた
ことが明確になるだろうO すなわち、
(a)
r
自分自身の眼」で見るという視覚における独自性 (b)r
他人の眼j という比験に委託された表象における独自性つまり、この
IAという作品は、単に物の見方において独自的であるばかり
ではなく、表象においても他者の干渉を排除するという、異なった二つの位 相において「自分自身jであることを基本原則として有していたことが、第 48章の分析を通じて明らかになる。だがこうした二つのロジックが、実際には並立しえないことが第二節です でに我々が確認したコンスタンティノープルやダマスカスでのトウェインの 表現から明らかになってくるO すでに第二節で見たように、 トウェインはコ ンスタンテイノープルやダマスカスにおいて「自分の眼」が見た物にまるで うろたえてでもいるかのように、その描写において適切な距離感を保てない 状態を露呈してしまった。それを引き起こしたのは、コンスタンテイノー プルの外観の美しさに比して、あまりにもその中身に充満している「化け 物」たちの姿が、常規を逸したものだ、ったからだ。その異常さを描写しうる 言葉をトウェインは持っておらず、それを過剰な比聡を用いてその代替とし たというのが、第二節で確認された点だった。こうした変容が、いわば「視 覚
J
の変容に対するトウェインの混乱だとするならば、本節で確認されたの は、その混乱が必然的に表象の「独自性」も同時に損なっているという点で ある。現実を「正直」かっ「公平J
に表象しえないがゆえの過剰な比聡の使 用が、第48章でトウェイン自身が批判しているグライムズらの表現技法に、結果としてトウェインの表現を引き寄せているのだ。5 比除とは修辞である し、常に類比という形で対象を描写するという技法の性質上、必然的にその
The Innocents Abroadにおける視覚表象の分析 39
言葉は多様な意味を包含する方向へと拡散していく。その結果、 トウェイン の表現は
B e i d l e r
の言うt h ep o s s i b i l i t y o f a n y s i n g l e s t a b i
Iiz i n g p e r s p e c t i v e "を失
う一方で、" t h ef u n c t i o n o f a c o m p l e x a s s o c i a t i v e p r o c e s s "として、巨大なコン
テクストの中に引き込まれて行く。そうした変容はトウェインが旅の最初に 求めたあの「自分自身J
という独自性ではなく、お互いの言葉をインデック スの様に保証し合う、その他大勢の1 9
世紀旅行記作家たちの言葉へとトウェ インの文章を引き寄せるだろう。それはまた、S m i t h
がi r r e l e v a n c eと呼び、
R o b i n s o n
が丘an t i cr h y t h mと呼んだ文体上のぶれとして、 IA
全体の文体的一 貫性を損なうことにも繋がって行く。こうした事情は、旅の進展とともに、すなわちトウェインにとって文化的 になじみの無い場所に向かうに連れて激化していくのだが、実際にはすでに 序文において、決定的な形で埋め込まれている点を、最後に確認しておきた い。序文における「自分の眼」に言及した前後を再び引用してみようO トウェ インは「それらを自分自身の眼でみたら、その人にはどんな風に映るのかと いうことを読者にそれとなく示すこと
J
(1)を、この作品の目的としているO 問題は、「自分自身の眼J
で見ることを、「それとなく示す」という表象行為 に移し替えた時、決定的にその「自分の眼」で見たという独自性は損なわ れざるを得ないということなのだ。その間には、「単一の安定した視点の可 能性に疑義をはさむ複雑な相関の過程J
(t h e f u n c t i o n o f a c o m p l e x a s s o c i a t i v e
p r o c
巴88t h a t f r e q u e n t l y c a l l s i n t o q u e s t i o n
仕l ep o s s i b i l i t y o f a n y s i n g l e s t a b i l i z i n g
p e r s p e c t i v e "
)が働き、見られた世界は常に表象に移し替えられる段階で多層 化されてしまうO トウェインが「自分の眼J
で見た視覚における情報は、表 象との一対ーの関係を取り結ぶことは出来ないのだ。しかし序文において、その二者の関係性には疑義が挟まれる余地さえなく、一つのセンテンスとし て強制的に繋がれてしまっている。その視覚と表象に対する無邪気さによっ て、後々の二者の議離は一層問題含みのものになっていくのだ。ただ、こう した視覚情報と表象における議離は、フランスやイタリアという比較的なじ み深い文化を前にしているときは、トウェインの所属する文化との親近性の ために、可視化されてはこない。しかし、一旦コンスタンテイノープルやダ マスカスというまったく異質の文化を前にした時、「自分の眼」と「自分の 表象」の聞の本質的差異は明確な議離を蒙ることになる。結果、この作品は この最初に設定した「自分自身の眼」というロジックと、表象という行為の 聞をなんとか架橋する試みとして、あるいは視覚=表象聞が一対ーで結ばれ る「単一の安定した認識」を回復する試みとして、終盤に至るほどにその不 可能性に直面する。それが、あのコンスタンティノープルでありダマスカス でのテクスト上の混乱の正体だ。本質的に不可能な架橋の試みが、風景描写 という最も「眼」に依存するテクストにおいて、最もラデイカルに「裏切り」
という様相で表出したのだ。こうしたトウェインの視覚と表象の間で生じる 関係性の組離は、結局解消されないままに結末へと向かうことになる。最後 に、この矛盾の落ち着く先が「記憶」という形になったことの意味を探って みることで、結論にしたい。
(4)結論
これまで我々は、序文の「自分自身の眼」への信頼が、多くの視覚的表象 の不可能性を前に、頓挫したことを確認した。結論においては、こうした不 可能性に直面した結果、作品が不可避的に「記憶」と「夢」という、「眼」
The Innocents Abroadにおける視覚表象の分析
4 1
の必要とされない領域へと進んで行ったことを確認したい。そのために、二 つのトウェインの引用を見てみる。序文において「自分の眼」を信じた作者 の言葉とは思えぬ心情がそこでは語られていることを我々は確認するだろ う。まずエルサレムの詐欺まがいの聖地商法に飽き飽きした後に語られる言 葉を見てみたい。
ヨーロッパの経験から、われわれはこの疲れもそのうち忘れることを 知っているO 暑さも、喉の渇きも、案内人の退屈なおしゃべりも、物 乞いがうるさく金をせび、ったことも、すべて忘れてしまうだろう一一残 るのはエルサレムの楽しい思い出だけである。(中略)ときがたつのを 待てばいい。きっと報われるときがくるである。われわれにとって、エ ルサレムときょうここで経験したことは、一年後には魅力的な思い出に なっていることであろう一一いくら金をだしでも、われわれから買いあ げることのできない思い出になっていることであろうo (下
3 3 8‑3 3 9 )
「自分の眼」で見たものを「正直」に、そして「公平」に書くことを宣言し た序文の精神は、長い旅路の後にたどりついた聖地で、の経験を経て決定的に 変容している。時間の経過、そして醜い細部を忘れてしまうことが、旅を「魅 力的な思い出
J
に仕立て上げる必要条件として語られるO 問題は、忘れるこ とそれ自体ではない。旅が「魅力的」なナラティブとして語られる条件が、「忘 れる」という修正の行為に依存していることが問題なのだ。勿論この引用は、意識的に「公平」と「正直」という序文の宣言する美穂を排除しているわけ ではない。しかし「忘れる」という行為が、常に時間的な差異を伴う事後的
な修正を意味するものである限り、同時性あるいは直接性という性質をその 基本的性質として合意する「自分自身の眼j というロジックは成り立たなく なるだろうO
もう一つの引用を見てみれば、修正の技法が「自分自身の眼」という原理 に取って変わったことがより明確になる。それは、トウェイン一行が修道院 に泊まったときの印象を記述したシーンだ。修道士たちに対する自分の第一 印象が厳しいものであるかもしれないことに自意識的になったトウェイン は、このように綴る。
一般にはじめに思いついたことは、厳密にいえば正確なものではないよ うだが、思いつくこと自体は罪ではないし、それを書き留めることも、
後の経験でそれを修正することも、悪いことではない。ここの隠遁者た ちはある意味で死んでいるが、完全に死んだと言うわけではない。最初 に彼等のことを悪く考えたから、その後もそう思い続け、悪口を言い続 け、同じことをくり返して言い、最初の考えに固執すべきだというのは 間違っている。(下
3 5 3 )
ここでトウェインは、表象という行為が、何重もの「修正」の聞で揺れ動く ものであることを確認している。そしてこの点を認めてしまった時、「最初 の考え
J
という理想が持っているであろう真実性や事実性は、「固執すべき」ではないものとして積極的に破棄されるものへと変貌するo
r
自分自身の眼」に映った物もまた、同様の修正を蒙ることは、すでに引用した結果を見れば 明らかである。しかし、「自分の眼」に映ったものもまた、絶えざる修正を
The Innocents Abroadにおける視覚表象の分析 43
蒙った旅路を思い返してみれば、この表象のレベルにおける修正の容認への トウェインのシフトは、驚くに値しない。こうしてトウェインが最初に宣言 した「自分自身の眼
J
は、この事後的な修正への許容を通じて、もろくも崩 れさってしまう。「自分の眼
J
がもはや風景そのものを描くための担保となりえなくなった とき、それに変わる原理として、修正のロジックがあらわれるor
自分の眼J
によって獲得されるはずの世界全体の「真実性」が保証されないとするなら ば、それを購うのは記憶の中にある、個々人にとっての「真実性
J ( o o
個人 の主観において修正された真実)しかない。この時二つの真実性は、なじみ 深い一つのテーマを我々に提供する。すなわち、客観的真実と主観的真実と いうあの二元論のテーマ。これまで丈学史上でトウェインの果たした役割は、ロマンティシズムの奉じる後者の真実から、前者の真実(ないしは事実)を 前景化したことであると説明されてきた。勿論これは非常に表面的で概説的 な説明でしかないが、それでもトウェインが
1 9
世紀アメリカにおけるリア リズムの大成者であることは間違いない。しかしここまで見てきた様に、最 初に提示されたあのリアリズム宣言とでもいうべき「自分自身の眼J
のロジッ クは、むしろそれに基づいて描写すべき「リアル」な実体験の中で否定さ れ、最終的にその外界表象はロマンティシズムを思わせる主観的真実へと移 行していった。すなわちこれまで考えられていたようなマーク・トウェイン=リアリズムの大成者としての像は、これからの研究によって修正を迫られ る可能性を、この
IA
は示唆していると言って良いだろうO 勿論それは、リ アリストとしてのトウェインを否定することを意味するわけではない。そう ではなく、本稿が最終的に提示したいのは、むしろリアリズムという文学的表現の技法が、現実のミメーシスというレベルを超えた、リアリズム自体が 表象不可能化する臨界点と、常に格闘していた表現方法であったのではない かという点である。そしてその背後には、おそらくは
1 9
世紀的な「リアル」像の変革が大きく関わっていたはずであり、さらにはそれと連動するよう に
1 9
世紀における視覚表象における巨大な変動の影響を蒙っていたことも、今後の研究課題として追求されるべきだろう。そうした研究課題を提示した 上で、本稿の結論としたい。
注
1以下、本稿における本文からの引用は、彩流社マーク・トウェインコレクション『地 中海遊覧記』上下巻(吉岡栄一、飯塚英一、錦織裕之訳)より。
219世紀中葉の旅行記を詳細に研究したJamesMeltonは、この時代の旅行記が 担った役割を三つの方向から分析している。すなわち、 instruct,entertain,そし てconfortである。中でもins佐uctは最も強い動機として旅行記を読む側と書く 側の両方を規定している。結果として、 travelbooks in the nineteenth century were heavily laden with factual information"となる。(JefferyAllen Melton, MαrkRグain,Travel Books,αnd ToUl悦n:The ll'de 01 a Great Popular Movement. [百lscaloosa:University of Alabama Press, 2002], 30)
3こうした事情を、 Robinsonはいくつかの語りの制御を失う場面を検証しなが ら、このようにまとめている。 Thebroadly ironic ωne at such moments conveys an impression, as Cox suggests, of good‑humor号,dmastery. But this confident, iro凶cally detached voice quite frequently gives way to 0仕lersthat are, in various ways, muc.ぬh1巳ss
∞
coolly c∞
ont仕roωolled."(Forrest Robinson, Pa 机副tternsof Consci01 Abか〉η,.Oα6,加グa'American Lit旬巴rat旬tlu江rr巴V拘削0.1問58
ラno l,.[ 1 9 8 6 ]
, 51)419世紀後半のアメリカ国内におけるPicturesque流行を研究したSueRainey, Creating Picturesque America : monument to the natural and cultural landscape.
The Innocents Abroadにおける視覚表象の分析
4 5
(Nashville: Vanderbilt University Press, 1994)を参照のことO 彼等PicturesqueArtists たちの自然を記法するモードの多くが、トウェインにもまた再現されていること を知ることが出来る。ここでコンスタンテイノープルを描くトウェインの記法も また、近景と中景と遠景において、美しさと不均衡を組み合わせた表現で街を描 き出している点で、ピクチャレスクからの影響を読み取ることが出来るO 5プライムズらとトウェインの親近性を、 JefferyMeltonはこのように指摘してい
る。 ThoughTwain methodically differentiates himself from William Prime (Grimes"
and writers like him, he does, nonetheless, have similar touristic impulses. Twain may be amuch di能rent(如db倒 的writer,but he is not necessarily a different (or better) tourist. Like Prime, Twain seeks the past, the poetical associations for which he has traveled,社le pictures he can 'recognize' from memory" (Jeffrey Allen Melton,Keeping the Faith in Mark Twain's The Innocents Abroαd." South Atlantic Revieョw.vol.64, no. 2, [1999],75)
参考文献
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5 2
, no.l (19 8 0 )
Bridgeman, Richard. Travelling in Mαrk 1Wain. Berk巴ley:University of California Press,
1 9 8 7 .
Cox, James M. The Fate ofHumo. rPrinceton: Princeton Univ巴,rsityPress, 1966.
Crary, Jonathan. Techniques ofthe Observer: On Visionαnd Modernity in the 19th Centuゅ Cambridge: MIT Press, 1990.
Gihnan, Sander L.Mark Twain and the Disease of the Jews." American Literature Vo.165, no.l (1993)
Melton, Jeffrey Al1en Keeping the Faith in Mark Twain's The Innocents Abroad." South Atlantic Review, vo .l64, no. 2 (1999)目
Melton, Jeffery AlIen. Mark 1'.倒的,Travel Books, and Tourism: The刀deofαGreat Populαr , Movement. Tusωloosa: University of Alabama Press, 2002
Rainey, Sue. Creating Picturesque America : monument to the naturα,lαnd culturαl αnldscape. Nashvil1e: Vanderbilt University Press, 1994.
Robinson, Forrest Patterns of Consciousness in The Innocents Abroad." American Li制 御reVol. 58ラno.1(1986).
Smith, Henry Nash. Mark
n ω
in: The Development of a Writer. Cambridge: Harvard UniversiりTPress, 1962.Twain, Mark. The Innocents Abroad. New York: Penguin Books, 2002.
マーク・トウェイン『地中海遊覧記 上j(吉岡栄一・錦織裕之訳)、彩流社、 1997年.
マーク・トウェイン『地中海遊覧記下j (吉岡栄一・飯塚英‑.錦織裕之訳)、彩 流社、 1997年.