英語学習指導の知的な手がかり : 「手がかりの階 段」について
著者 大沢 茂
雑誌名 主流
号 20
ページ 36‑47
発行年 1957‑05‑20
権利 同志社英文学会
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000016639
英語学習指導の知的な手がかり
ー ﹁ 手 が か り の 階 段 ﹂
に つ い て ll
︵ 一 ︶
聴視覚的方法の理論的根拠
新しい英語学習指導の精神
この精神を︑﹁学習指導要領外国語篇ー一︿文部省︶や理念的
な教育学や実験結果を尊ぶ学習心理学に求めることはもとよ
り重要なことですが︑もっと必要なことは近代の学校︑つま
り毎朝毎日の教室で英語教師の行う教育活動の中にどのよう
に活かされているか︑ということです︒
安易な考えの底には︑教師が教室に入って︑︒
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ぴ︒苫自己的山江田一から始め︑教科書の中にある﹁事実の集
穫﹂つまり︑単語︑文章に訳語をあたえ︑八品詞の法則や例
外を教えることであると思っている英語教師が案外多いので
はないでしょうか︒
筆者がかつて︑首都ワシシトγにある有名なの
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﹂と 云っ たら
︑折 悪し く学 監が 傍聴 して いた ので す︒
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とお 叱り を受 けた こと があ った︒筆 者は 準備 は十 分し てい
たのですが︑日大風に考えて大先生?らしくことさらに
鷹揚 に構 えて みた かっ たの です
︒所 が何 処か ら初 める のか 解ら ない よう な者 は教 師︑ とし て資 格に 欠陥 があ ると 思わ れ たの でし ょう
︒つ まり 語学 教師 とし ての 心構 えが 問題 にな った ので す︒ この 愚か な東 洋人 的表 現が アメ リカ 人に は通 じな かっ たこ とを 時々 思い 出し て苦 笑し てい ます
︒
‑ 36ー
所で︑英語教師の中には︑その人だけが極めて重要だと思
い込んでいて限られた時間と教室という枠の中で︑その課に
だけしか道用しないものを与えていることがよく見受けられ
ます︒ある教師が
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中当日記討持邦選﹂だと説明したとすると︑生徒は﹁現在進
行形﹂﹁∞︒動詞﹂﹁現在分詞﹂という専門語が僅か一行の女中
にこんなに多く飛び出して来ては戸惑いずることがありま
す︒﹁戸迷い﹂は学習心理の上では極力避けねばなりません︒
英語学習の本当の喜びは﹁英語を聞いて解る﹂ことであり︑
﹁英語で発表出来る﹂段階に到着することなのです︒法則や
例外を学んだけれど︑実際に活用出来ないのでは興味も蕩か
ず意欲もあがらないものです︒教師の最初の意図﹁現在進行
形を教え︑ずんばやま︑ず﹂の気慨は大いに買われてもよいので
すが︑これを強調しす︑ぎると生徒を受容的な立場に追いやっ
てし玄うことになります︒このような教師中心︵叶ゆ向︒
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の考え方はしばしば注入主義
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︶ 的教授法となる恐れが多分にあります︒勿論教授過程に英語の
語尾変化や基礎的な一稿文要素は注入的方法によって記憶し︑
次の段階の学習活動のぎ
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とすることは重要なことです︒いや寧ろそうするより方法はない乏しよう︒この注入主義を
敵視して全面的に一否定すると︑学習の根底を失うことになり
ますが︑それでも注入主義は批判される側面をもっています︒
最近の所謂新教育の精神は︑教師中心から生徒中心
9 Z E
仏
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に転換して行く傾向にあるのです︒生徒のもつ自律カ創意力をよび起して自学自習に導く努力過程が考
えられているのですQ所謂これが開発主義︵ロ
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日目 白﹀ 的方 法な ので す︒ 教師 は︑
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を利用して︑必要ならば自ら演技して﹁進行形しを説明して 行くのです︒開発主義は常に内からの仏
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ゆを精神とし
ているのです︒しかし教師が開発するために懸命になって質
問をする形式を多︿とり入れると疲れるのは教師ばかりで︑
他方生徒は一立教師から離れると途方に暮れてしまうことが
起っ て来 ます
︒
そこで考えられることは︑外からの注入主義と内からの
開発主義の中間的な存在するものはないかということになります︒人間は本質的に﹁活動する存在﹂なので活動する
ことによって知性も理性も磨き上げて行くことが近代的な
考え 方な ので す︒ 門知 富田
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︑白 問自 答し
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生徒に応答させて基本的交型を説明すると︑教師
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徒←生徒︑生徒?教師が一体となって演劇的に参加し︑このように教師と生徒が協力の立場をとる方法は確かに進歩的で
ありましょう︒これを活動主義︵﹀己守山田自︶的方法とよんで
いま
す︒
このように︑あくまで生徒を﹁受動的な立場におくより能
動的参加者にする﹂教授︑過程が計画されねばならないのです︒教師の独りよがりな教授法から脱して︑あくまで生徒の
活動や努力を求める方向に進むべきです︒ここに学習心理学
が立証している新しい学習指導の方向があると信じて︑問題
点に進んで見たいと思います︒
‑ 37 ~
筆者 は京 都の 公私 立中 学高 校生
三
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名を 対象 にし て︑
﹁生 徒の なが める 英語 教師 観﹂
︵附 表第 一の 調査 参照 むを 調査
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たとこ
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﹃英 語を よく わか るま で説 明し
︑性 格の 明る い先 生﹄ と﹃ 生徒 の 立場 を理 解し 同情 して 下さ る先 生﹄ とい うの が大 きい パ
1セシテ
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を占 めて いま した
︒ 前者 は︑ 教師 が生 徒に
﹁協 力﹂ して 効果 をあ げる こと であ り︑ 後者 は﹁ 同情
﹂あ る教 師を 望ん でい るの です
︒同 情と は切 荷山 口問
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﹀言 い換 える と︑ 相愛 と理 解 であ る筈 です
︒こ の﹁ 協力
﹂と
﹁同 情﹂ は英 語教 育の 土壌 でな く ては なら ない し︑ 教師 の雄 しべ と生 徒の 雄し べが 交採 し合 って 開 花︑ 結笑 して 行く ので す︒
このように考えると︑英語の学習指導には常に言語の本質
や教授方法論の外に︑感情の要素が多分に合まれていること
が解ります︒
また︑英語を中学・高校の六年間も学習しながら︑聴取力
も発表力も読書力にも作丈能力にも十分でない者が多いので
すが︑このように学習をはばむ原因は︑﹁英語﹂が学習生活に
結びついていないからです︒生徒の現実の感覚的経験と関連
性がないからでありましょう︒
ここで︑感覚的経験というのは営
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つまり︑教師は形式主義を打ち破って︑創造性を豊かに︑
そして積極的に﹁経験する﹂要素を冒険的な性格をおびて取
り入れるべきだと説いているのです︒誰でもが幼時﹁桃太
郎﹂の話をしで呉れたお祖母さんや︑﹁シンデレラ姫﹂の話を
してくれるお母さんに耳を傾けた思い出はあるでしょう︒そ
の話の内容もその時のことばも今日なお生々として頭の中に
残っているに違いないと思います︒つまり−忘れえぬ記憶﹂
となっているのです︒日や耳の悪いお祖母さんや語学の専門
家でないお母さんがなしうる事柄をどうして熱心な教師が出
来ない答がありましょうか︒
このように考えると︑英語の学習指導にも豊かな経験を意
図的に計画的に準備して与えることが極めて重要なものとな
って 来ま す︒
~ 38ー
﹁経験の円鍾形﹂と英語学習指導
﹁ 聴
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﹁ 視
L﹁触﹂﹁味﹂﹁臭﹂﹁行為﹂等の創造性豊かな﹁経
験﹃一を学習の中の重要な要素と考えて︑大きく分類して︑学
習過程の中に占める﹁直接経験︵UW020MGO
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考える段階に入ります︒
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査結果︑具体性のあるものから抽象性に移行することを発見
し一 公表 した のが
︑﹁ 経験 の円 鍾形
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︒︵ 図第 一参 照︶
図 第 I
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Still Pictures 1 Motion Pictures
Tel母vision
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5 Fi思IdTrips 4 D邑monstrations 3 Dr畠rnatizedExp母ri告nc告5
2 Contrived Exp告ri母ncεs 1 Direct, Purposeful Experiences Edgar Dale: Audio‑Visual Methods in
Te呂ching,1954.
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区分ではな︽︑ただ基底から上部に進むにつれて︑間接性抽
象性を増大して行くことを示しています︒しかしこれは学習
上の﹁困難さ﹂を意味している訳ではないのです︒
そこでむ巴
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の学習指導に占める感覚教具教材の位置と一般理論を︑筆者が英語学習指導に焦点をしぼって関係づけて
見ると次のようになるかも知れません︒
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直接 的目 的的 経験 口同 日間 によ ると
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︑こ れを 英語 学習 指導 に結 びつ ける と
例えば英
語を 学ぶ 目的 をも って
︑英 語を 母国 語と する 外人 教師 宅を 訪問 し︑ 一言 葉・ 態度
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俗・ 習慣 等に 直接 ふれ るこ とな ども その 一つ です
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この間答とこれに附随する一一切のものは永久に離れこるとを知
らない心象となります︒また教室で
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むで行
う外人教師︑との問答やこれから派生する﹁英語﹂の意味や内容
はすべて生々しく︑最も直接的でらり︑具体的です︒
つまりすべてその結果に対して責任を負い直接そのことに参
加して学習することなのです︒
凶 作 為 的 経 験
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する 態度
︶
F等JDL語学的に︑そしてこれに附随する一切を学ぶ一
種の﹁ヒナ型経験﹂なのです︒冨田円可も
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も関与?も現実
には存在しないのですが︑理解しやすいように現実を編輯して
再現することなのです︒毎日毎日の教室では直接的経験より取
扱いは容易であり︑不必要な個所
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省き英語学習に必要なもののみを構成出来る利点があります︒
同 演 劇 的 経 験
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つまり︑直接体験出来ないある程の現実に出来るだけ接近する
ようにし︑仮令それがオリジナルでなくとも再︐編成された経験
に参加することであるとしています︒例えば︑
沙晶 君威 一︑ ウェ 一一 スの 商人
﹂の 法廷 の場 を剖 劇化 する こと も﹁ 月 光の曲↑のベェ1トiぺγと盲目少女との対話を劇化し経験化
することなどはこれの代表的な姿なのです︒物語全篤を上演す
ることは仲々の大仕事でありますが︑重要と思われる一場面の
劇化も尊い経験内容なのです︒︑ぎた日々の教室で︒円と吉守?
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︑と求め︑この文意を理解さぜる手段として生徒に行動させるこ
とを︑玉践とする時などすべて重要なこの種の経験なのです︒
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このように劇化された内容は﹁現実﹂そのものではないので
すが︑学習指導の効果の上では現実以上の特色をおびることが
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教室で多くの場合数師が自ら︑語・句・文のもつ内容を行為
して生徒に理解させる方法なのです︒
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−書物や入口の戸を開く動作をし︑︵このとき閉める動作と混合し
ないようにすることが大切︶また教壇から飛び込む演授を生徒
に観察させるだけで語・句・文を理解に導くのです︒生徒に観
察させるだけでなく行動させる場合は﹁演劇的経験﹂となり︑
より 具体 的な こと は前 述の
︑通 りで す︒ 間 見 学
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宮 山 ℃ 匂
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つまり︑実地で他人のやっている行為を観察するのですが︑あ
くまで観察者としてですから︑目前に起る宮市柄には責任を負え ないのです︒実際に英語学習を目的として遠足や旅行に出る接会は惨いと思いますが︑教室近隣の事象をその現場で観察することは短めて容易なことでしょうo例えば︑学校内を歩き廻つ
でも
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品 門 口 ・
たち所にこれらの名詞やそれに約桂一周する動詞や準備される文型
は学習出来るものです︒また筆者は以前に
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附句
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3之いうテーマで中学三年生に英詩を作ることを求め
たことがありました︒その作詩のため行動を起す前にR
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︒回 目立 昨日
﹀の 詩の 陪請 を終 って から
夫々の行動に移らせたことがあるのです︒その時の一つに︑︵中
学三年生の作詩﹀
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勿論拙い詩であるにしても︑英語で緩った所に意義があると患
います︒これこそは学習目的をもって見学を行ったための語学
的収 穫な ので す︒
朗 自 民 一 一 品
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口問︒口四国内刊由国間担由宮口同国内
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・要は︑本質的には通常︑人は一観覧者としてみるものでらると言えます︒ゆめる意図のもとに配列した実物・写真・標本︑グ
ラブ等を設けておくのです︒例えば︑
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によ る
ま 宮 町 吋 即 日 司
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3 の 新 大 陸 移 住 の 模 様 や 特 異 な 服 飾
︑ 新 大
陸での生活︑感謝祭に至るまでとか︑アメリカ独立宣言当時の
一連の絵巻とか︑また教室の一隅におかれた地図や地球儀で︑
学習した地点を詞確に学びとることなどはこの中広入ります︒
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つまり︑娘感︑味感︑操作等の箆接経験からは一定の距離があ
るから︑その現象に参加するこ之は許されないが︑反面現実を
集約して︑時間・季節・時代等を超越してたくみに劇化された
要素をだけ取上げるには効果があります︒
テレヴィジョシが発達して来たので︑その英語教育プログラ
ムを教室内に導入することは︑英語のエキスパートに接するの
と同じ効果が期待出来ます︒受像時間だけが利益をみたえるの
でなく︑その後に来る興味づけの態度に意義が生ずるのです︒
受像時間と授業時間が合致しない時が多いかと患いますが︑教
師が見て︑教室でその利益を生徒に簿えることでも︑この効果
は十分あがっているのです︒
︑仙川静画・ラジオ・テープレコーダー
む と 白 は
︑
バ ︐
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2
日 明 言 吉 守 山 富 山 口 急 ぐ 出 口 仲 間 回 目
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向ご丘町口弘司・生徒は観覧者として挟像を見︑録音を聞くので︑熱心に学習す
ることが出来るのです︒反一問責任のない行動がとられる心部は
ありますが︑訓練することで効果は期待出来ると患います︒特
にテ ープ レコ ーダ ーの 実際 的利 用は
︑例 えば
︑者 団﹈
﹈
25
︑
p
− − の
課では︑スライドと予め録音した序曲を聞かせることで︑背景
を譲成出来ます︒また発音矯正︑英語演説に︑教育実習に︑特別
活動として外国とのテIプ交換など︑その用途は極めて広いと
思います︒英語教授の木賞として音声面を重視する限り︑この
ヱ夫と技術を考えて利用することの効用は更に大きいのです︒
ω
視覚象徴HV回目巾は︑
4司︒ロ︒−o
口問
巾H
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ロ・
これは一種の象徴化された表現ですから︑例えば︒・︒・可江町印
の説 く文 刑一 一練 習の 重視 に︑
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︒ゃ
ω
+︿十
O十
﹀門
凶・
のよ
う
にして︑約束された符号や記号を使うことで理解と整理の助け
となります︒特に上級学年には効果がありますが︑低学年では
時々混乱を導きますので注意を要します︒︵聴視覚的方法と言
語︑ 主義 的方 法の 項参 照︶
‑ 42‑
同一言語象徴
入 山 口 出
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白々
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5 5 0 2
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5
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つまり︑範囲は無限であって︑
4 3
・のような単純なものか
8
ら︑ 正相
5 2 3
♀.のような複雑な内容をもつものまでが包まれます︒これは円鐙形の頂点に位していますが︑英語という言
語を教授する立場にあっては︑経r験化には最大の努力を払うこ とが 大切 とな りま す︒
また︑﹁一一一口語主義的な方式﹂と﹁聴視覚的な方式﹂による指
導を極く小規模に実験を行って︑次のような結果︑を見たこと
がありました︒
中学二年︵女子のみ﹀A・
B
−Cの三組からぬ指数の等しいものを夫々十五名選び︑同じ教材で同じ教師が︑異った
方式で指導したのです︒
利用 教材
︑︿
﹁経 験の 円銭 形﹂ の向 作為 的経 験の 引例 と同 じ︶
A組に対しては初め教師はテキストを見せないでよんで聞
かせ︹
b E
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号︒
宮町
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昨日
︒
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︑次に演一示し︵0 8
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鬼門 出昨 日︒ ロ﹀
︑そ の後 にテ キス トの 文章 と絵 を見
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︑更 に三 人一 組の グル ープ で発 声︑ と動 作で 演劇 的に
参加させて︵り
3 8
丘町 急円
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一百 本語 で訳 語 をあ たえ ない ので
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L
の文意を最初より日本語で説明し︑文法的解釈もそえる︒動作や︑文に附随する
一切 の︑ もの は行 わな い︒
C組
に対 して は︑
A組
−
B
組の折 衷を 行っ て︑
﹁発 音﹂
・
﹁流れしこー文意﹂をテストしたのです︒この外記憶の保存
のテストとして単語の整理も合せ行って見ました︒A
総に 対し ては
︑
2 5 9 m o
︵ 演劇 的参 加︶︑号
︑げ
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︵ 演
v
一 示
YSR
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︵展
示︶
︑
B B 2 P E
呈︵実 物︶
︑
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官民 口口︵発 品目 をテ ープ レコ ーダ ーで 再生
﹀の 十単 語を 夫々 を
板書しそのうえ聴視覚的方︑法で意味とスペルを暗記させ︑
B組には︑一切板書を利用せずに口頭で繰り返えし繰り返
えし出来るだけ日本語を多くして説明したのちに同じく暗
記さ せた ので す︒
C組
に対 して は︑
A−
B
組の混合で行ったのです︒前述の文意のテストとこの単一記理解のテストを平均して次
U 前
川 一 生 時 間 ︶ 一
B 組 ︵
暗 号 ︶ 一
c 組 ︵
需 品 視 ︶ 一
M
時 一 平 均 四 一 平 均 四 一 平 均 剖
−
1週
間後
7 n 7 ω
一 月 一 3カ
月 後 一 川 引 一 つ
l 到
貯
一
////
43←ー
のよ うな 学習 結果 を見
︑ま した
︒ この 結果
︑二 十四 時間 後に
B組
が最 高位 に為 るの は︑ テス ト形 式が 文字 で表 現す る面 が多 かっ た為
︑で あり まし ょう
︒ 一週 間後 にな ると 順位 に変 化が 生じ て来 まし た︒ これ は言 語主 義に よる 記憶 の限 界が 他の もの より 早く 来る こと を示 して いる ので す︒
A
−C組は概念が経験化されているので︑ 心象 とし て明 確さ を保 存す る率 が高 いの です
︒
これはささやかな資料ではありますが︑矢張り﹁聴・視覚
的方 法を 英語 カ刀 ノキ
Lラムの中の重要な一部分とする﹂こと
の効果を信ずる端緒にしてくれます︒
右に述べたすべては︑英語学習指導の感覚的方法の理論的
/根拠をむ旦
σ
の﹁経験の円鍾形﹂におき︑この各段階を尊重し︑筆者が具体例をあげて説明したものにすぎません︒︵りと
σ
は外国語としての英語学習指導には全然ふれていない︒︶
︵ 一 一
︶
英語学習指導の知的な手がかり
英語教師は最少の努力で最大の学習結果を招くよう計画し
実施する責任をもっています︒もともと︑一言語は抽象性をと
もなった伝達手段ですから︑この言語学習には極く一部の方
法で学びとるのでなく︑広範一回な多重類の方法で行うことは
必要であります︒ここでは︑外国語としての英語が最良の効
果を生ずるため︑一言葉を換えていうと︑﹁忘れえぬ学習﹂にす るにはどのようにすればよいか︒その一つの方法をここで取上げて見たいと思います︒
一群の語句︑一連の文章を母国語で解釈づける作業を行っ
ても︑これは決して﹁理解﹂にはならないのです︒一言一語学習
のご由である
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関
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口注 目
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にすぎないのです︒その語旬︑が
もっ概念
Q a o m w
︶ が蕗 度︵﹀立 ロロ
a o
︶となり︑それが次に起る
盟 E m
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片 山︒ ロに 反射 思考 力︵ 問︒σぬ
♀ 日 40
︑ 吋 FO
ロm
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となるよう
にすべきです︒そのためには︑﹁感覚経験﹂を通じて︑初めて
理解
︵同
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首M 仏 鈎︶ とな るの です
︒
一言葉を換えていうと︑英語を学ぶということは︑どんな
∞百窓口︒ロにのぞんでも再現出来る精神的な感情的な即応性
が養われねばならないことになります︒国H︾
MH
−
5 2
は英語
の学習は﹁学問でなく技術の習得しであるといい︑技術であ
る限りは習慣化すべきだと説いたのと同じ考えです︒
勿論︑この考えによる学習領域は自然に限界があります
が︑仮令その限定された範囲内での学習活動であっても︑そ
れだけにとどまらずそれから派生する﹀江戸仲ロ仏@や河
σ p w
や
2 4 σ 4 v o
ぬc
討什 に意 義︑ があ ると 信じ てい ます︒
ここでは︑諸感覚経験のうち︑学校教育で最も取上げる機
会の多い︑主として﹁聴覚﹂﹁視覚﹂とその混合︑綜合の方法
についてだけ考え℃一見たいと思います︒
‑ 44ー
聴視覚的方法と言語主義的方法
再点告の成呆を正しく評価することは極めてむつかしいので
すが︑筆者が調査した資料によると︵附表第二の調査参照︶︑
生徒の望む英語教授方式
\順位\学\\校別"J
i
高 校〔男女)!
中 学〔男女〉I :
検テ劇プレ的経ダ験ー 作ナ為プレ的縦グ| 蹟
3 演 示 展 示
4 作 為 的 経 験 演 劇 的 経 験
5 視 覚 的 象 徴 演 万て
6 言 語 的 象 徴 実 P占 見 ヲρ~干手ノ
7 展 刀て
E
央 画8 実 地 見 学 言 語 的 象 徴
9 映 画, 直接的・目的的経験
10 直接的・目的的経験 視 覚 的 象 徴
テレグィジョシの利用はまだ一般に普及化していないので省いた
のですが︑京都近郊の中学分教場でテレグィジョンを利用してこ
の方法に強い関心が払われています︒このように地方の学校こそ
都市よりも早く設備し利用すべきでしょう︒
第一 位の 一ア
lプ
レコ
1〆!の利用は︑一棄でもが珍奇な贈物をう
けた時に抱く興奮に陥る危険に似て︑この﹁音の出る大人のおも
ちゃ﹂が生徒の心を肢惑させて途方もない興味を抱かせたのでな
昭和三十年秋京都市公私立中学・高校生 300
名を対象にした調査結果
ければ結構ですが︑実語の学習に﹁聴覚﹂に訴えるものを望むの
は
E
しいあり方だと思います︒第二位として高校生が演劇的参加に関心が強いのは︑ある程度
の一 一言 語の 蓄積 があ るの で︑ 活動 して 学び たい と願 う表 現で 為り
︑
中学生の第二位の作為的経験は過去に英語の集積が乏しいので︑
教師に依存する傾向が強いと見てよいと思います︒つまり︑︒
s −
E 2 r o
を望んでいるのです
a
また︑視覚的象徴︿ω
G+︿
+
Cの
ように﹀では︑高校生は可なり高い関心度を示しているのは︑矢
張り既習の英語経験を整理するに有効であると考えているのです
が︑これに反して中学生には記号や符号で行うとかえって理解を
混乱させるものと考えられます︒
﹁挟画﹂﹁スライドしに関心が惨いのは︑多くの英語教師がこれを
利用して英語の授業をしたことがないのに原因しているらしく︑
同様に直接的経験︵外人教師の行う英語の授業と考えて﹀は多く
の公立学校では見当がつかなかったので低調であったと思われま
す ︒
‑ 45‑
﹁手がかり﹂の階段 このような小さい実験資料から全体を眺めるのは極めて危 険ではありますが︑前述の通り︑﹁経験の円鍾形﹂を鉄骨と
し︑一一一一同話学習の原理をセメントとし︑更に筆者の資料を砂と
して﹁英語学習指導の玉
Jが が り の 階 段
﹂ を か た め て 見 ま し た︒もとより上塗りをし︑最後の仕上げを行つてはいません
が︑すでに堅くかたまっており︑この上を歩むのには一向に
支障はじないと信ております︒︵図第二参照﹀
図 第2
Steps of Cues in English Teaching
4 Recゆrdrings.
Tape recoreorder1:. 3 Direct, f>urposeful
Experiences 1
,
υ2 Contrived Expcnences 1 Dramatized
Experiences
[;.・;.,吉::−::烹..〜. .
. ;:;.;,,. ... ',:γ.・.♂.:::"じ・
<・三仁三:::
d
n Visual市長~J .,、 Symbols ~:·
:
: ミ
s M悦Sli
i叩de Prcojeectior l1 : : ミ ミ 7帥 蜘bi ぬ
( ぶ : 込
6Sp悦 Exp釘i印ces:: ~て.'·\-
防 司
5Demonstrations? ? ち 三 : ;
右の 九段 階は 決し て厳 格な もの では なく
︑我 が国 の英 語教 育の 実 情や
︑そ の実 施校 の特 性な どで
︑上 下一 融通 のき くも ので ある こと も附 言し てお きま す︒
以上︑英語学習指導叶
o m H O F Z
ぬ
z
F g
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ぬ
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︒片
岡出
岩山
ロ田
何回
の上
で氷久学習に結びつく﹁手がかり﹂に過ぎません︒ただ﹁や
り放し﹂や単なる﹁繰り返へし︑繰り返へし﹂では教育上の
魔力はないのです︒あくまでも﹁学習指道守過程の極めて重要
な一部﹂として利用する所に意義があると信じています︒
表 附
査
これは試験でもテストでもありません。皆様、の思っている事を知り7こいのです。
らりのままに思う通りに書いて下さい。
調
第 一 の 謁 査
下にいろいろの先生があげてあります。その一つ一つをよく読んでその中であなた が“大変よい先生”と思うもの“六つ”を選んで,番号の所にO~P をつけて下さい。
1.身なりがさつぱりして英国や米国の紳士・淑女の援なスタイルの先生。
2.英語を説明して下さる時に歯切れのよい美しい日本語を話す先生。
3.身体が立派で英語を教える時に力のこも、った先生。
4.英語の発音がはっきりしている先生。
5.外国かぶれしていなく人柄の立派な先生。
6.英語の事なら何を聞いても知っている先生。
7.英語の授業の時はほがらかで,明るく,面白い先生。
8.英語の授業?こまじめで, くわしい先生。
9.英語を教えるのにおじけないで、自信たっぷりの先生。
10.下手な読み方などしても読み終る迄辛抱強くして下さる先生。
11.英語の専門の知識(文法でも会話でも〉の深い先生。
‑ 46ー
12.芙誇の事以外でも何んでもよく知っている先生。
13.世の中のよしあしをよくわきまえている英語の先生。
14.あてたり,試験の成績等でえこひきしない先生。
15.英語のまちがし、をしても心が広くらまりおこらない先生。
16.主主語の授業はきびしいが良く組をまとめて下さる先生。
17.英語の読方や訳などをさせる時に一人一人の長所を良く知っている先生。
18.例えば,過去形や進行形や受身等の作り方をよく研究させたり,発表させたりし
て下さる先生。
19.芸言語で歌や話など面白く教えて下さる先生。
20.英語の質問をしてもよくわかる迄ていねいに教えて下さる先生。
21.英語の勉強以外の事もよく導いて下さる先生。
22.英語の先生以外のほかの先生とよく力を合せる先生。
23.一生懸命に英語を研究している先生。
24.英語の授業だけでなく組の事ヂ学校を良く面倒見て下さる先生。
25.若い英語の先生
26.年とった英語の先生
27.男の英語の先生
28.女の英語の先生
29.英語の実力があってもいばらない先生。
30.英語がよく出来なくとも生徒を可愛がり,情深い先生。
第 三 の 謁 査
下にあるいろいろの中で あなたが学校で英語を学ぶ時にどんな方法がよいと思い
ますか。ょいと思うものに三つだけ0印をつけて下さし、。
1.日本語の出来ない英米人の先生に直接ついて言葉も動作も学ぶ。 (直接的 目的
釣経験〉
2.日本人の先生を英米入の先生の榛に患って成るべく沢山の英語を使って学ぶ(作
為的経験)
3.出来ればある課を簡単な彦|!や対語先生二生徒・生徒ご生徒になる壌に工夫し
て学ぶ。〔演劇的参加〉
4.先ず先生が教える事柄を実演〔例えば挨拶の仕方等)して下さってよくこれを見
て学ぶ。〔演示)
5.実地に行って見学して学ぶ(例えば英米の食事礼儀を学ぶ時は英米人の家庭や都
ホテルのような所へ)。(実地見学〉
6.写真・ポスター・模型・地図のようないつも備付してゐるものを通して学ぶ。
(震示〕
7.劇の課巨などは トーキー 挟函の援に目と耳を働かぜる様なもので学ぶ。 〔映
画〕
8.発音の悪い時等はテープレコーダーに録音して直したり ラジオ等を聞いて学ん
だり掛絵などで学ぶ。〔ラジオ・レコーディシグ・静画〉
9.文章の作り方に主語や動詞のj順序を略語を作って学ぶ。例えば
s+v
十O等のようにつ(視覚的象徴)
10.日本語を沢山使って,言葉だけで説明して貰って学ぶ。〔言語的象徴〉
‑ 4 7 ‑