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バブル経済崩壊後の企業法制の制定と企業改革

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バブル経済崩壊後の企業法制の制定と企業改革

著者 中井 正郎

雑誌名 評論・社会科学

号 121

ページ 1‑36

発行年 2017‑05‑31

権利 同志社大学社会学会

URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000015523

(2)

要約:本稿では,バブル経済崩壊後の企業組織の改革を行うために創設,改正された立法 について概観する。合わせて,その立法を活用し実施された組織改革の実情及び,改革さ れた組織での人事管理の特徴について整理し検討する。特に90年代後半に創設された産業 政策に関わる立法がどのように組織改革を促し,また人事管理の在り方を変えたのかに注 目する。

キーワード:バブル経済,産業政策,組織改編,持株会社,人事管理

目次

1.本稿の課題と対象 1-1.本稿の課題

1-2.90年代後半の産業政策の狙い

1-3.企業の人事制度改革の方向 2.これまでの研究

2-1.企業変動,グループ経営に関する研究 2-2.持株会社に関する研究

3.バブル経済崩壊後の経済戦略 3-1.政府の政策方向 3-2.経済界の改革方向

4.企業組織の改革を促す主な企業法制の整備 4-1.合併法制の簡素化

4-2.独占禁止法の改正 4-3.株式交換・移転制度の創設 4-4.会社分割制度の創設 4-5.労働契約承継法の制定 5.企業における組織改革

5-1.「産業活力再生特別措置法」事業再構築計画認定企業の組織改革 5-2.持株会社の事例の検討

5-3.小括 6.今後の課題

────────────

同志社大学大学院社会学研究科産業関係学専攻博士後期課程

2017227日受付,201731日掲載決定

論文

バブル経済崩壊後の企業法制の制定と企業改革

中井正郎

(3)

1.本稿の課題と対象

1-1.本稿の課題

バブル経済の崩壊以降,企業を再生させるためにどのような政策がとられたのか。そ の流れをまとめたのが(表

1)である。この時期に展開された産業政策については中井

(2016)において整理,検討した。そこでは,石炭,繊維,化学,鉄鋼業界などの設備 の廃棄等により業界の再編を誘導した

80

年代とは異なり,90年代後半は個別企業の変 革を迫る政策が実施されていることが特徴として浮かび上がった。90年代の産業政策 の代表的な施策である「産業活力再生特別措置法」では,同法に則り企業改革を行う場 合,ROEなどの経営指標の改善を,計画された期間(3年間など)で実施するという

「事業再構築計画」に基づく改革であった。このように,特に

90

年代後半の政策は業界 の編成よりも個別企業の改革を行い,体質を強化するという政策に重点が置かれ展開さ れていった。

中井(2016)でも指摘したように,企業がその活力を最大限に発揮するためには,市 場の変化に対応して経営戦略が策定され,その経営戦略を遂行していくために資本や人 材などの経営資源が投入される必要がある。この経営資源の投入や活用を規定するのが 企業の組織となる。それゆえ,どのような組織改革が行われたのかについて検討するこ とは重要である。

本稿では企業組織の改革のために創設・改正された立法について,90年代後半から

2000

年初頭の代表的な施策を検討し,企業組織の改革がどのような立法を梃にして進 められたのか,そして,具体的に企業においてどのような改革が行われたのかを明らか にする。

組織改革については各学問分野で研究されていることは周知のとおりである。法学の 領域においては当時の立法については,成立過程やその内容が明らかにされている。企 業経営に関する分野を研究範囲とする経営学においては経営戦略との関係で企業組織の 改革について研究されている。ただ,当時の一連の法改正・創設が組織改革にどう関わ ったのかという視点からの研究は少ない。本稿の試みは両者の関係を意識し,整理・検 討することにある。

そうは言うものの,ここでの議論は,法学,経営学において明らかにされたことを超 えるものではない。両領域において明らかにされたことを整理し,記述する作業とな る。企業改革の実情をトータルに理解するためには,このような作業を行うことが必要 と考えられるのである。

本稿の目的の概要については上記の通りであるが,以下では改めて研究の全体像を理

バブル経済崩壊後の企業法制の制定と企業改革

(4)

解するため産業政策,人事管理について,これまでの研究概要(中井

2016, 2017)を整

理しておきたい。

1-2.90

年代後半の産業政策の狙い

先述したように,中井(2016)では,80年代および

90

年代の産業政策の狙いについ て明らかにしている。ここでは特に

1999

年に制定された「産業活力再生特別措置法」

(以下,「産活法」)について簡単に振り返っておきたい。

80

年代の産業政策は素材産業などの特定の産業における設備の廃棄を促し,当該産 業の固定費を削減することにより,企業の再生を行おうとするものであった。そのた め,独占禁止法の適用除外等の措置も講じられていた。ただ,このような措置は国際的 にも特定の産業の保護政策であるという批判から,徐々に

90

年代はそのスタンスが変 わっていく。方向性は特定の業界を対象とした政策から,個別企業を対象とした政策へ の転換である。これは

80

年代の産業政策は保護主義的な色彩を帯びているという批判 とともに,何よりも個別企業においては成熟している部門やこれから発展していく部 門,また衰退の部門等を抱えていることから,企業内の事業の再構築が必要であるとの 認識が政策当局にはあった。当時は産業単位で「成長産業」と「衰退産業」が存在して いるというよりも,それぞれの産業の中に「成長企業」と「衰退企業」が混在している ことから,各企業には不採算部門からの撤退と得意分野への経営資源の集中を促し,企 業内での構造調整を進めていくことが重要であるという認識である(1)

このような認識のもと,具体的には,個別企業の再構築を推進するための施策として

1999

年に「産活法」が制定された。本措置法は個別企業の改革を促すため

ROE

等の経 営指標を「事業再構築計画」に組み入れ,また事業計画は単年度だけではなく

3

年程度 の中期的なスパンとなっている。このように企業がどのような改革を,どの期間に実施 するのかをきちっとモニタリングするようになっている。

1 バブル経済崩壊以降の企業法制の制定

産業政策:臨時措置法 企業法制:企業再編関係

1995 特定事業者の事業革新の円滑化に関する臨 時特別措置法

1996 産業構造転換円滑化臨時措置法廃止

1997 独禁法改正:純粋持株会社の解禁

商法改正:合併法制の簡素化 1999 中小企業経営革新法

産業活力再生特別措置法

商法改正:株式移転・株式交換制度の創設

2000 商法改正:会社分割制度の創設

労働契約承継法制定 出所:筆者作成

バブル経済崩壊後の企業法制の制定と企業改革

(5)

経営指標の事業再構築計画への組み入れは,当然企業の事業構造や組織構造,そして 現場の改革へと結びつくものとならざるを得ない。なお,「産活法」における「事業再 構築計画」の認可数は同法改正前までの

1999

年〜2003年

3

月で

204

件,改正後

2003

4

月から

2012

年末で

314

件となっており,同法の活用程度が伺える。

90

年代後半の産業政策は以上のように,その特徴を捉えることが重要であると考え る。

1-3.企業の人事制度改革の方向

前節のように,90年代後半に制定された産業立法政策の特徴をとらえると,このよ うな「方向=規範」はどのように個別企業に展開されていったのであろうか。個別企業 での改革の展開は,石田(2009)の示す通り「市場→経営戦略→企業再編→業績管理→

人事管理」となる。企業組織については後述するが,人事管理の展開について概要は以 下の通りである。

バブル経済の崩壊以降,特に

90

年代後半からの企業における人事制度改革は石田

(2009)の示す通り,人事管理の骨格は「職能資格制度」から「役割等級制度」へと転 換していった。この「役割等級制度」は,日本企業に最も馴染みやすく,また市場的要 素を組み入れた制度であり,当時の改革は「売り上げ拡大」から「収益拡大」という各 社のビジネスモデルにより,「市場を取りに行く」=「儲かる」(2)という方向がはっきり示 されたといえる。基本給の決定に当たっては,これまでは業績評価は反映されることは あまり見られなかったが,業績評価が昇給決定に反映されることとなった。また,業績 を反映する賞与制度においては,従来は世間相場により賞与の支給月数が決定されてお り,個人の配分には個人業績の評価が反映されるのみであったが,この時期の改革では 部門の業績にどの程度貢献したのかを重視し,部門の業績を基に,その貢献に対して配 分される仕組みが管理職を中心に導入された(詳しくは中井(2017)参照のこと)。つ まりバブル経済崩壊以降の「売り上げ拡大」から「収益拡大」へという企業戦略により 部門業績管理が強化されたと考えられ,それが人事管理にも反映されるようになってき たと捉える事ができるのではないであろうか。

以上が,90年代以降実施された産業政策および人事管理の概要であり,バブル経済 崩壊以降の企業改革を理解する場合,「外部環境・市場の変化⇒産業政策(特別措置法

→組織改革に関する立法)→経営戦略→組織再編→業績管理→人事管理」という道筋で の理解が必要ではないかと考えられることから,企業の組織改革を産業政策の推進,経 営戦略の実行という視点からの整理が必要となる。

バブル経済崩壊後の企業法制の制定と企業改革

(6)

2.これまでの研究

2-1.企業変動,グループ経営に関する研究

バブル経済崩壊以降の法政策や企業組織に関して取り上げた研究として野川・土田・

水島(2016),松崎(2013)があげられる。

野川・土田・水島(2016)では,「会社や労働関係に一定以上の影響を与えうる企業 の変化」(同書

1

ページ)を広く「企業変動」と捉え,企業変動の方法と仕組みおよび 企業変動によって労働関係が受ける影響について労働法の視点から研究がおこなわれて いる。同書で説明されている企業変動は合併,会社分割,事業譲渡,業務委託,株式交 換・株式移転やホールディングスである。組織変動と労働契約等の関係では「企業変動 法制と労働法制の整合性が確立されないまま実態が進んでいった事情がある」(同書

302

ページ)ことから,組織変動が活発になることにより労働関係の紛争が目立つよう になったことが指摘され,企業変動の各場面での課題が論じられている。

また,松崎(2013)はグループ経営に焦点を当てた研究である。特に

90

年代の法的 な措置により企業組織がどのように改革されたのかという視点からも言及されている。

そしてグループ経営という視点から,個別企業の「純粋持株会社」への改革事例が検討 されており,特に同書第

5

章では持株会社の組織マネジメントについて掘り下げられて いる。具体的には,大手小売企業(セブン&アイホールディングス・グループ),大手 ビール企業(キリン,アサヒ,サントリー,サッポロ)について検討されており,後者 では,国内市場の縮小への対応,世界市場への進出,総合食品会社への事業展開など,

各社の経営の取り組みが整理されている。

これらの研究は組織改編を考えるうえで重要な視点,例えば,野川・土田・水島

(2016)では労働契約の承継問題や合併や分割などが行われた後の組織における労働者 の労働条件の変更や労働紛争の論点,松崎(2013)では一部ではあるが,持株会社移行 後の組織業績管理などが示されており,両研究とも重要な研究である。

2-2.持株会社に関する研究

企業の組織改革の特徴的な取り組みとしての「持株会社」に焦点を当てた研究として 玉村(2006),下谷(2009),塘(2008, 2009)があげられる。

玉村(2006)は,アルフレッド・D・チャンドラーの「組織」は「戦略」に従うとい う理論に基づき,企業組織の再編に関して,当時の企業のリストラという「戦略」に従 って,持株会社,会社分割などの「構造」が活用されていることを事例研究も含め明ら かにした。

バブル経済崩壊後の企業法制の制定と企業改革

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下谷(2009)は,持株会社を企業経営の戦略的な側面だけで捉えるのではなく,日本 経済に大きな構造転換をもたらしているという視点の重要性を,企業グループの内部に おける持株会社を利用した豊富な事例をあげながら指摘している。つまり持株会社が合 併という統合方式の代わりを担っているという捉え方である。

一方,持株会社の内部運営,特に業績管理に関する研究は多くないが,塘(2008,

2009)はその中でも重要な研究である。この研究では 1997

年の独禁法の改正などによ

り純粋持株会社を設立した

7

社について詳細な調査を実施し各社の業績指標について抽 出,分類している。ここでは既存の経済指標である

EVA

ROA

などこれまでの経営 指標の使用とともに,自社の業態に合わせた改良型の経営指標を用いるなど工夫が行わ れ,その指標を活用し経営戦略を展開していることを明らかにした。

玉村(2006),下谷(2009)は企業戦略,日本経済とのかかわりで企業統合という視 点を重視し持株会社を分析している点は示唆に富む研究である一方,塘(2008, 2009)

は,持株会社の組織内部の管理に視点を置いた研究と言える。

以上のように,企業変動・グループ経営及びその一環としての持株会社に関する研究 は,バブル経済崩壊以降の企業改革を考えるうえで重要な視点が示されている。ただ,

当時の企業改革を考えるうえでは,組織改革が職場にどのように反映されたのか,それ を理解するため人事制度改革まで視野に入れた議論が必要であろう。

3.バブル経済崩壊後の経済戦略

組織の改革を促す立法を議論する前に,まずこの時期にどのような考えを持って各種 の政策が行われたのか,政府の政策および経済界で大きな影響力を持つ経団連の提言に ついて簡単に整理しておきたい。つまり,この時期にどのような日本社会を目指し改革 を推し進めようとしたのか,その改革方向を整理したうえで,企業組織の改革を位置づ けることが重要であると考えたからである。

3-1.政府の政策方向

「構造改革のための経済社会計画」(1995年

12

月閣議決定)はバブル経済の崩壊に対 して,日本の経済社会をどのような方向で改革しようとしたのかについて検討したもの である(以下の「 」は政策提言からの抜粋である)。

バブル崩壊後に直面している「不安」として,同計画では①新規産業の展開の遅れと 産業空洞化,②雇用に対する不安,③少子・高齢社会のくらしへの不安,④豊かさの実 感の欠如への不満,⑤地球社会における責任と役割の増大,の

5

点を指摘している。こ れらの不安は,「決して目新しいものではなく,従前より我が国が直面しつつあった構

バブル経済崩壊後の企業法制の制定と企業改革

(8)

造的問題であったが,それに対する構造調整が十分進まない段階で,バブルの発生及び その崩壊,円高の進行がこれらの問題を更に顕在化させた」という認識である。そのた め,我が国経済社会の構造を抜本的に改革していくことが必要との認識のもと,その改 革の方向性を示している。

その方向は「自由で活力ある経済社会の創造」であり,その成果が生活に反映された

「豊かで安心できる経済社会の創造」である。

「自由で活力ある経済社会の創造」のためには「自己責任の下,自由な個人・企業の 創造力が十分に発揮できるようにすることが重要である。このため,市場メカニズムが 十分働くよう,規制緩和や競争阻害的な商慣行の是正を進め,個人,企業の自由な活動 を確保する環境整備を図ることが重要である」としている(下線筆者,以下同様)。企 業活動において「市場メカニズム」が十分発揮され,メガコンペティションを勝ち抜い ていくためには,その阻害要因となる法律や慣行などの規制を緩和することが何よりも 重要であり,これらの取り組みにより「自由な企業や個人のイニシアティブが発揮」さ れ,活力ある地域経済の創出,内外に開かれた経済社会を形成していくことになると主 張している。

1999

2

月には経済戦略会議が「日本経済再生への戦略」を答申した。本答申を行 った経済戦略会議は小渕内閣において組織された会議であり,私的な諮問会議ではな く,国家行政組織法

8

条に基づく会議体として法的な根拠を持ち,政策実現を目指した 会議である。

同会議の答申では,日本経済の本格回復のためには,「少子化・高齢化の進行によっ て,戦後の日本経済の飛躍的な経済成長の原動力となってきた日本的システムの至る所 に綻びが生じ,これが日本経済の成長の足枷要因として作用し続けているとの事情があ る」と日本的システムの内在的な要因が問題であることを指摘している。

その克服のためには「公的部門を抜本的に改革するとともに,市場原理を最大限働か せることを通じて,民間の資本・労働・土地等あらゆる生産要素の有効利用と最適配分 を実現させる新しいシステムを構築することが必要である」と従来の日本的システムの 転換に取り組む必要性を指摘している。特に産業の再生については「活力と国際競争力 のある産業の再生に向けた枠組みを早急に整備する」ことが必要であるとし,「過剰設 備の処理促進と同時に成長分野での投資を促進する」ことを求め,合わせて「リスクへ の挑戦を可能とし失敗しても再挑戦が容易にできるような仕組みの整備,産業の新陳代 謝を活発化させる起業支援,企業再編や新たな経営システムの構築を政府が側面から支 援し,将来発展が期待される産業分野に経営資源を集中させ得るよう環境整備を行うこ とが重要である」としている。市場原理を貫徹させていくためには,リスクへの挑戦と 失敗した場合のセーフティ・ネットの整備を行うことが必要としつつ,既存の企業にお

バブル経済崩壊後の企業法制の制定と企業改革

(9)

いては,企業再編により経営資源の集中と経営の効率化により,国際競争を勝ち抜いて いくことが期待されているのである。

3-2.経済界の改革方向

経団連は

1998

10

月に「日本経済の再生と

21

世紀における豊かで活力ある経済社 会の構築のために」と題して経済戦略会議へ提言を行っている。

本提言においては「わが国経済は未曾有の危機に直面している。金融機関の破綻を契 機とする金融システム不安,失業率の急上昇を背景とする雇用不安,国民負担率の上昇 懸念に伴う将来不安など,様々な不安が国民の間に蔓延している」という現状認識を示 し,そのためには「経済界としても,市場経済主義の貫徹,自己責任原則の徹底を理念 に,構造改革を前向きに受け止める必要がある。現状を冷静に把握し,経営効率の見直 し,需要を喚起する新たな製品・サービスの開発などを通じ,自らの手で経済活性化を 実現する所存である」と改革の方向性を示している。ここでは「市場主義の貫徹」「自 己責任の原則」という方向を示している。

1999

5

月には経団連から「わが国産業の競争力強化に向けた第

1

次提言−供給構 造改革・雇用対策・土地流動化対策を中心に−」が示されている。

本提言は副題にもあるように大きく

3

つの分野にわたり具体的にどのように改革して いくのかというものであるが,「産業競争力強化に向けた供給構造改革のための措置」

では,①企業組織形態の多様化を進めるための法制・税制の整備,②税制の国際的イコ ール・フッティング,③過剰設備・資産の廃棄,事業転換を容易にするための税制上の

2 各提言のポイント

提言名 方向 方策

構造改革のための経済社会計画 市場メカニズムを十分働かせる 規制緩和や競争阻害的な商慣行の是正

日本経済再生への戦略

公的部門を抜本的に改革すると ともに,市場原理を最大限働か せる

・過剰設備の処理促進と成長分野での 投資を促進

・リスクへの挑戦,失敗しても再挑戦 が容易にできる仕組みの整備

・健全で創造的な競争社会に再構築 日本経済の再生と21世紀にお

ける豊かで活力ある経済社会の 構築のために

市場経済主義の貫徹

自己責任原則の徹底 構造改革の推進

わが国産業の競争力強化に向け

た第1次提言 供給構造の改革

・産業競争力強化に向けた供給構造改 革のための措置(企業組織形態の多様 化,国際的イコール・フッティング,

過剰設備・資産の廃棄・事業転換企業 の再建)

・雇用のミスマッチの解消・新規雇用 の創出のための対策・工場跡地など遊 休不動産の有効活用および流動化の促

出所:各報告書により筆者作成

バブル経済崩壊後の企業法制の制定と企業改革

(10)

措置,④企業の再建を容易にするための法制上の措置等,を求めている。

以上,2つの経済政策に関する提言及び

2

つの経団連の意見書についてその概要を見 てきた。ここでの改革の方向性の共通点は「市場原理」をいかに取り込んでいくのかと いう

1

点に絞られる(表

2)。

このように,この時期の経済政策の方向は,これら政策提言に謳われているように市 場重視の考えに基づいた政策が追求されていく。

ではどのような方法で企業において市場を取り込んでいくのか。この一方策が次に議 論する組織の改革である。

4.企業組織の改革を促す主な企業法制の整備

3

章で整理したように,日本社会においては市場重視という考え方に基づき企業戦 略やそれに伴う各種のシステムを変革しようという動きがバブル経済の崩壊以降,大き な流れとなった。この市場の重視という方向は,企業組織においては,これまでの日本 の重層的な組織から,より収益管理に敏感な組織への転換を意味している。バブル経済 の崩壊までは拡大する市場を前提に量的な拡大が追求されたが,崩壊以降は量的な拡大 が望めず収益の確保・拡大へと経営戦略が転換された。このような経営戦略の転換に対 応した組織の再編が志向されたのである。

一般にはバブル経済の崩壊により大手企業においては重層的経営組織の弊害について 認識され,その改革に着手されてきた。組織の改革により意思決定の迅速化や予算管理 の強化などに取り組まれている。ただ,企業が組織改革を行おうと計画しても,商法等 の法律上の制限や手続きの煩雑さなどにより,その取り組みが困難な部分も出てきた。

そこでこの問題を解決するために,90年代後半に関連法制の改正,創設が行われたと 言える(3)

以下,どのような組織の改編を行おうとし,そのためにどのような立法を創設し,ま たは改正したのかについて,整理することとする。ここで取り上げる企業の組織改革を 促す法制は,企業の合併の簡素化,独占禁止法の純粋持株会社解禁,株式交換・株式移 転制度,会社分割制度に係る法制である(図

1)。併せて,組織改革を円滑に進めてい

くための労働契約の承継に関するルールについても取り上げる。

なお,現在では会社の運営に係る法制は

2005

年に商法の一部を移管し,成立した

「会社法」により定められているが,それまでは商法により定められていた。会社法で はそれまで商法で定められていた組織再編に関する部分を第

5

編の「組織変更,合併,

会社分割,株式交換及び株式移転」に再編された。現在の会社法は当時の改正商法から 改正が重ねられてきていることは承知しているが,本稿では,当時の改正前の商法のど

バブル経済崩壊後の企業法制の制定と企業改革

(11)

【環境変化とそれに伴う要請】

・グローバル化の進展

・マーケットメカニズムの拡大

・企業競争力の確保

・組織の柔軟な再編 

【企業の組織改革に関わる法制】

合併法制の簡素化(1997年)

       ↓

独禁法の改正:純粋持株会社解禁(1997年)

株式交換・株式移転制度の新設(1999年)

       ↓

会社分割制度の創設(2000年)

労働契約承継(2000年)

の部分が,どのように改正されたのか触れることになるため,改正時の商法の条文を記 載し,必要に応じ会社法の条文を記載するに留め,その改正内容については深く立ち入 らないこととした。

4-1.合併法制の簡素化

企業の合併は企業グループの再編等,企業の経営改革を推進していくための有効な取 り組みである。このため,企業合併の簡素化は,経済界からも求められていた。経団連 が

1995

10

月発表の「日本産業の中期展望と今後の課題」で要望事項として「合併手 続の簡素化」を取り上げ,また翌

1996

4

月には「合併法制の改正に関する意見」と して考えを公表している。

このような経済界からの働きかけもあり,企業合併の簡素化は

1997

年の商法改正

(「商法等の一部を改正する法律」)において実現した。この企業合併に関する事項は政 府の「規制緩和推進計画」において「合併の際の報告総会の廃止,債権者保護手続の簡 素化,簡易合併手続の導入等,会社合併手続の簡素化について,法制審議会商法部会に おいて平成

7

年から検討を行っているところであるが,平成

9

年に結論を得,その結果 を踏まえ,法改正等必要な措置を講ずる」と謳われており,1997年改正は,推進計画 で示された事項が全て盛り込まれることとなった。

推進計画で示され,改正された主要施策は以下の

4

点である。

①合併に際して実施される総会の簡略化

②合併情報の明確化

③債権者保護の手続きの簡素化

1 環境変化と組織再編のための法制度

出所:筆者作成

バブル経済崩壊後の企業法制の制定と企業改革 10

(12)

④簡易合併の創設

このような改革が取り入れられた改正の条文は(表

3)の通りである。合併情報を明

確にするなど債権者に対する保護を行いつつも,合併手続きの簡略化が行われ,企業の 組織再編を法的な側面から促すこととなった。このような取り組みも相まって(表

4)

のとおり,合併件数が増加することとなった(4)

3 会社合併に関する商法改正概要

改正前 改正後:1997

総会

商 法408条,413 関係

合併には

・合併契約書の承認のための総会

(株主総会または社員総会)

・合併について報告するための総会

(報告総会,設立総会)

2つを開かなければならない。

・報告総会の廃止

合併情報

商法408条ノ2関係

・事前に合併当事会社の株主および 債権者に開示される書類は,貸借対 照表のみ

・貸借対照表の作成日についての制 限がない

・開示すべき書類に,合併契約書,合併比率の決 定理由を記載した書面および損益計算書の追加

・貸借対照表は承認総会の日の6か月以内の日に 作成(最終の貸借対照表でない場合は,あわせて 最終の貸借対照表を据え置く)

債権者保護の手続き 商法412条関係

合併当事会社は,合併承認決議の日 から2週間以内に,

・債権者に対して,合併に異議があ ればそれを述べるべきことを官報に 公告

・会社に知れたる債権者に対しては 個別にそれを催告

官報,定款所定の時事に関する事項を掲載する日 刊新聞紙に掲載した場合は,債権者に対する個別 の催告を要しない

簡易合併の創設 商法413条ノ3関係

親会社が子会社を吸収合併する時,

常に親会社の株主総会の承認が必要

・消滅会社においては承認総会の決議を要する が,存続会社においては承認総会の決議を必要と せず,取締役会での合併承認決議で完了 ただし,以下の2つの条件が満たされた場合

・存続会社が合併に際して発行する新株の総数 が,その会社の発行済み株式の総数の20分の1 を超えない場合

・消滅会社の株主に支払う合併交付金の金額が,

存続会社の最終の貸借対照表により存続会社に現 存する純資産額の50分の1を超えない場合 出所:筆者作成(下線は筆者)

4 合併件数の推移

1988 1989 1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 件数 33 33 44 55 37 33 37 32 316 353 354 558 590 623

2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 件数 648 620 606 663 651 711 481

出所:滝澤美帆,鶴光太郎,細野薫(2009)23ページより一部抜粋

バブル経済崩壊後の企業法制の制定と企業改革 11

(13)

4-2.独占禁止法(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)の改正

独禁法の改正による純粋持株会社の解禁は,バブル崩壊に併せて議論されたものでは ないが,1997年にこの時期にようやく産業界の要望が実ったのは偶然の出来事ではな い。戦後一貫して否定され続けてきた純粋持株会社をこの時期に解禁することにより,

企業組織の構造改革を一段と推し進め,企業再生を図らざるを得ない当時の状況であっ たという認識が必要である。

純粋持株会社のメリットについては,当時の通商産業省において,持株会社規制の見 直しに関する研究会が持たれ,『企業法制研究会報告書』(通商産業省産業政策局)で規 制の見直しの必要性が主張されている。同報告書の冒頭の「日本経済の課題」の部分で 下記の通り企業組織の抜本的改革の必要性,とりわけ純粋持株会社形態は有力な選択肢 であることが記載されている(5)

「極めて柔軟かつ迅速に市場ニーズに対応した機敏な経営を行っていくためには,こ れまでの肥大化した大企業の重層的経営組織では弊害が多いという認識が広がってい る。こうした認識に立って,多くの企業では社内分社化をはじめとして,より起業家的 発想を生かすために,企業組織の抜本的変革を伴う経営戦略をとり始めている。」「とり わけ企業の経営戦略の変化に対応した企業組織のあり方としては,社内分社制度を一歩 進めた純粋持株会社形態は,有力な選択肢としてその活用を検討する企業が増加してい るが,現在の法制度の下ではこれを実施することは不可能である。」

以上のように認識された独禁法の条文においては,第

9

条は「持株会社は,これを設

5 独禁法9条新旧対象

旧第9 改正法第9条:1997

(持株会社の禁止)

9条 持株会社は,これを設立してはなら ない。

② 会社(外国会社を含む。以下同じ)は,

国内において持株会社となってはならない。

③ 前2項において持株会社とは,株式(社 員の持ち分を含む。以下同じ。)を所有する ことにより,国内の会社の事業活動を支配す ることを主たる事業とする会社をいう。

(会社の株式保有の制限)

10条 会社は,国内の会社の株式を取得 し,又は所有することにより,一定の取引分 野における競争を実質的に制限することとな る場合には,当該株式を取得し,又は所有し てはならず,及び不公正な取引方法により国 内の会社の株式を取得し,又は所有してはな らない。−以下略−

(事業支配力が過度に集中することとなる会社の設立等の制 限,届出義務)

9 他の国内の会社の株式(社員の持分を含む。以下同 じ。)を所有することにより事業支配力が過度に集中するこ ととなる会社は,これを設立してはならない。

②会社(外国会社を含む。以下同じ。)は,他の国内の会社 の株式を取得し,又は所有することにより国内において事業 支配力が過度に集中することとなる会社となつてはならな い。

③前二項において「事業支配力が過度に集中すること」と は,会社及び子会社その他当該会社が株式の所有により事業 活動を支配している他の国内の会社の総合的事業規模が相当 数の事業分野にわたつて著しく大きいこと,これらの会社の 資金に係る取引に起因する他の事業者に対する影響力が著し く大きいこと又はこれらの会社が相互に関連性のある相当数 の事業分野においてそれぞれ有力な地位を占めていることに より,国民経済に大きな影響を及ぼし,公正かつ自由な競争 の促進の妨げとなることをいう。−以下略−

出所:筆者作成(下線は筆者)

バブル経済崩壊後の企業法制の制定と企業改革 12

(14)

立してはならない。」という表現から「他の国内の会社の株式(社員の持分を含む。以 下同じ。)を所有することにより事業支配力が過度に集中することとなる会社は,これ を設立してはならない。」へと改正され,「過度に集中」しない場合は,持株会社の設立 が認められた(表

5)。戦後一貫して認められなかった持株会社の設立が認められ,こ

の改正により純粋持株会社の設立など企業の組織改革は進んでいくことになる(図

2)。

4-3.株式交換・移転制度の創設

1999

年の商法改正では「株式交換」「株式移転」の各制度が盛り込まれた。「株式交 換」制度は,既存の複数の会社間で株式の交換を通じ,完全親子会社関係を創設する制 度である(商法第

352

条)。「株式移転」制度は,会社が完全親会社を設立するため,株 式を移転する制度である(商法第

364

条)。

このような制度の創設は,前節で議論した独禁法第

9

条の改正により,純粋持株会社 の設立を円滑に進めるために行われたと言ってよい。つまり,独禁法第

9

条の改正によ り純粋持株会社の設立は容認されたものの,その設立のための株式をどのように移転さ せるのかについては独禁法の改正では規定されていないからである。よって,この問題 を克服することが独禁法第

9

条の改正を実のあるものにすることになる。この点につい ては独禁法改正の附帯決議として,持株会社を作るための商法上の制度整備について

「持株会社の設立等の企業組織の変更が利害関係者の権利等に配慮しつつ円滑に行われ

2 持株会社の設立数

出所:外松陽子・宮島英昭(2013)「日本企業はなぜ持株会社制度を採用したのか?

:事業成熟度とコーディネーションの必要度」日本ファイナンス学会予稿集より引用。調査時点は,各 年末。なお,2013年(予定)は,2012101日において2013年中に移行を公表している企業を 2012年末の現在数に加えて算出されている。

バブル経済崩壊後の企業法制の制定と企業改革 13

(15)

るよう,会社分割制度や株式交換制度等について検討を行うこと」と,国会で決議され ていることからも明らかである。改正独禁法施行から「株式交換・株式移転」に係る商 法改正までは,純粋持株会社の設立に伴う株式の移転については全く行われていないわ けではないが,かなり面倒な手続きにより行われていた(6)

成立した株式交換制度は,通常の現物出資が会社の個々の出資者との合意により行わ れるものとは異なり,完全子会社の株主が有する株式を,完全親会社に移転するとい う,組織法上の行為とされ,企業結合と類似の行為とみなされている。よって,権利関 係の個々の出資者との合意は必要としない点は企業にとって負担の軽減となる。株式交 換の手順は「株式交換契約の作成」→「情報開示」→「株主総会の特別決議による承 認」→「株式交換に関する事項の情報開示」となる(7)

株式交換制度は既存の会社間での完全親子会社関係を創設する制度であるが,株式移 転は新たに親会社を設立する制度である。

株式移転は商法第

364

条に規定された制度であり,「株式移転計画の作成」→「情報 開示」→「株主総会の特別決議による承認」→「会社の設立登記」→「株式移転に関す る事項の情報開示」と,ほぼ株式交換の手続きと同じであるが(8),株式移転は先ほども 述べたように,株式交換と異なり,完全親会社となる会社は,株式移転の現認決議時に は存在せず,よって株式移転契約ではなく,「株式移転計画」を作成することとなる。

このように,独占禁止法

9

条改正を有効に機能させるため,株式交換,株式移転に関 する法制度が新たに制定された。

4-4.会社分割制度の創設

会社分割制度に係る法整備は

1974

年から始まった会社法の全面的な見直しにおいて も検討課題として取り上げられ,1999年

3

月に閣議決定された「規制緩和推進

3

カ年 計画」において,会社分割制度について

2000

年をめどに結論を得ることとされ,計画 通り

2000

年改正で実現された。この改正は

1997

年から進められてきた企業の組織再編 に関する法整備の一環として行われたものであり,これにより組織再編に関する法整備 が一応整ったと言える(9)

ここで言う会社分割とは「会社の営業を構成する権利義務を他の会社に包括的に継承 させることにより会社を分割する制度」であり(10),この分割制度には「新設分割」「吸 収分割」の

2

種類がある。会社の営業の全部または一部を新たに設立する会社に継承さ せる「新設分割」(当時:商法第

373

条),営業の全部または一部を他の会社に承継させ る「吸収分割」(商法第

374

条ノ

16)である(表 6)。

商法改正による会社分割制度の創設までは会社分割の法制度は存在せず,それまでは

「たとえば会社とその関係者が発起人となり子会社を設立しこれに営業(会社法では

バブル経済崩壊後の企業法制の制定と企業改革 14

(16)

「事業」)の全部または一部を,譲渡する方法,現物出資する方法,あるいは財産引受け させる方法等によっていわゆる分社化する方法がとられていた」が,これらの方法は

「財産の個別の移転手続きが必要であることや現物出資・財産引受けによる場合にはさ らに裁判所が選任する検査役の調査が原則として要求され,時間や費用がかかる」こと などの問題点が指摘されていた。分割法制の創設により,これらの課題が解消されるこ ととなった(11)

この会社分割法制は

2005

年に会社法制定に伴い,会社分割の対象が「営業ノ全部又 ハ一部」とされていたものが「事業に関して有する権利義務の全部又は一部」(会社法

2

条)と規定された。これにより,会社分割の対象は事業自体ではなくなった(12)

以上,企業組織の再編に関する法律の創設・改正について整理してきた。

市場を取り入れてゆき,収益を高めていくためには,そのための企業の形態を準備す る必要がある。その枠組みを作るために法律が制定,改正された。特に権利義務関係の 移転に関して新法は「包括移転」という考え方により処理し,従来より簡易に行われる こととなった点は大きな特徴である。このことが新法を用いた企業組織の再編が推進さ れる大きな要因となったのではないかと考えられる。

先ほども指摘したが,1997年から進められてきた企業の組織再編に関する法律が一 応整ったことから,各企業はこれらの法律を活用し組織の改革を進めることになった。

なお

2001

年以降の組織改編に関する商法改正の流れは,規制緩和ないし規律の整理が はかられるという方向で実施されることになる(13)

4-5.労働契約承継法(会社の分割の伴う労働契約の承継等に関する法律)の制定

これまで議論してきた新たに創設または改正された法制度により企業組織の改革を円 滑に行っていくためには,労働者の雇用労働問題,つまり雇用の継続やこれまでの労働 契約,協約の承継についてどのように処理するのか明確なルールが必要になる(14)

6 会社分割の形態と形態別活用事例

分割の形態 新設分割 吸収分割

内容 会社が営業の全部または一部を,設立する会 社に,承継させること。

既存の複数の会社において,一方の営業の全 部または一部を,他方に,承継させること 商法条文

第三百七十三条 会社ハ其ノ営業ノ全部又ハ 一部ヲ設立スル会社ニ承継セシムル為新設分 割ヲ為スコトヲ得

第三百七十四条ノ十六 会社ハ其ノ一方ノ営 業ノ全部又ハ一部ヲ他方ニ承継セシムル為吸 収分割ヲ為スコトヲ得

分割別活用例

企業が合併する場合に同じ事業を営む部門の 統合

複数の事業部門を有する会社が、各事業部門 を独立した会社とすることにより経営の効率 性を向上させるため

主に大企業による中小企業の優良部門の吸収 持株会社の下にある複数の子会社の重複する 事業部門を各子会社に集中させて組織の再編 を実現する

出所:筆者作成(下線は筆者)

バブル経済崩壊後の企業法制の制定と企業改革 15

(17)

労働関係のルールに関しては,産業活力再生特別措置法案に対する附帯決議(1999 年

7

月および

8

月)において「企業の組織変更が円滑に実施され,かつ,実効あるもの となるためには,従業員の権利義務関係等を明確にする必要があることにかんがみ,労 使の意見等も踏まえつつ,企業の組織変更に伴う労働関係上の問題への対応について,

法的措置も含め検討を行うこと」が採択され(民事再生法案に同様の附帯決議が行われ た),これを受けて,厚生労働省内に

1999

11

12

月「企業組織変更に係る労働関係 法制等研究会(座長菅野和夫教授)」が設置され,企業組織再編時の労働契約の承継等 について検討されることとなった。翌年

2

月には検討結果として,「企業組織再編時の 労働契約の承継等について,①合併については,立法措置は不要。②営業譲渡時につい ては,現時点では立法措置は不要。③会社分割法制については,国会提出予定の商法等 の改正案とともに立法措置が講ぜられることが適切である」旨の報告が行われ(15),こ の報告を受け,同年「会社の分割に伴う労働契約の承継等に関する法律案」が国会に提 出され成立した。

同法では,労働契約の承継については,営業に主として従事する労働者に係る労働契 約の承継に関しては,「労働者が分割会社との間で締結している労働契約において,分 割計画書等に設立会社等が承継する旨の記載があるものは,当該設立会社等に承継され る」(3条),「分割計画書等にその者が分割会社との間で締結している労働契約を設立 会社等が承継する旨の記載がないものは,当該分割会社に対し,当該労働契約が当該設 立会社等に承継されないことについて,書面により,異議を申し出ることができる」

(第

4

1

項),「異議を申し出たときは,当該労働者が分割会社との間で締結している 労働契約は,分割計画書等に係る分割の効力が生じた時に,設立会社等に承継されるも のとする」(第

4

4

項)とされ,労働契約が承継されることとなった。

また労働協約に関しては,「分割会社と労働組合との間で締結されている労働協約に,

労働組合法第

16

条の基準以外の部分が定められている場合において,当該部分の全部 又は一部について当該分割会社と当該労働組合との間で分割計画書等の記載に従い当該 設立会社等に承継させる旨の合意があったときは,当該設立会社等に承継されるものと する」(第

6

2

項),「分割会社と労働組合との間で締結されている労働協約について は,当該労働組合の組合員である労働者と当該分割会社との間で締結されている労働契 約が設立会社等に承継されるときは,当該設立会社等と当該労働組合との間で当該労働 協約(前項に規定する合意に係る部分を除く。)と同一の内容の労働協約が締結された ものとみなす」(第

6

3

項)と,労使間で合意した部分(労働条件に関する部分を除 く。)を除き,設立会社等と労働組合との間で同一の内容で締結されたものとみなされ ることとなった。

以上のように会社分割においては労働契約,労働協約の承継についての一定のルール

バブル経済崩壊後の企業法制の制定と企業改革 16

(18)

が定められた(16)。ただ,野川・土田・水島(2016)でも指摘されているように,組織 変動の各場面では紛争が生じていることは確かである。この問題については,野川・土 田・水島(2016)で詳しく考察されているので,本稿では深く立ち入ることはしない が,先述したように「企業変動法制と労働法制の整合性が確立されないまま実態が進ん でいった事情がある」(同書

302

ページ)という指摘は重要な視点であり,今後一層,

組織変動が進展することが考えらえられることから,検討すべき課題となる。

5.企業における組織改革

5-1.「産業活力再生特別措置法」事業再構築計画認定企業の組織改革

組織改革に関する法制の創設や改正により,組織再編が各企業で取り組まれているこ とは先に示した通りである。では

90

年代の代表的な産業政策の立法である「産活法」

の適用を受け,企業改革のために組織改革を行った企業の状況はどのようになっている のか,この点について同法の適用を受けるため各社が提出し認定を受けた「認定計画」

の一覧により探ることとする。どのような組織改革が行われたのかを「認定計画」から 拾い出し整理し,年代別の実施状況を示したグラフが(図

3)である。なお,ここで取

り扱う認定計画は「事業再構築計画」とする。これは産活法は

2003

年に改正施行され たが,産活法廃止までの

2013

年までを時期を継続的に見るためである。

「産活法」創設の

1999

11

月〜改正前の

2003

3

月末までは,事業再構築計画認定

3 産活法認定計画に見る組織改革

出所:産活法認定計画により筆者作成

*1999年は11月から

バブル経済崩壊後の企業法制の制定と企業改革 17

(19)

204

件のうち,持株会社の設立

28

件,会社分割

22

件(吸収分割

8

件,新設分割

14

件),合併

31

件,分社化

14

件となっており,合併,持株会社の設立が多くなっている。

4

章で整理した新たに制定された組織の再編を促す企業法制が活用されていることが わかる。産活法改正後の状況は,2003年

4

月〜2012年末までを見ると,事業再構築計 画認定件数

314

件のうち,持株会社の設立

53

件,会社分割

76

件(吸収分割

32

件,新 設分割

12

件,その他は不明),合併

42

件,分社化

1

件となっている。このように「産 活法」の具体的な適用に関しては合併手続きの簡素化,持株会社の解禁,会社分割など の法改正が大きな役割を果たしていることがわかる。

また組織改革の時期は

2000

年に入り,その形態は様々であるが,約

10

年間活発に実 施されていることが確認できる。

先述したように,バブル経済の崩壊により政府は産業政策の転換を行ったが,これは 何よりも個別企業の生き残りを各企業に委ねたことが特に

90

年代後半の産業政策のポ イントであった。そのため各企業においては経営戦略の遂行のため,それに適応した組 織改革を行うこととなり,本節で見たような企業組織の改革が実施された。

このような取り組みが個別企業においてどのように行われたのかを次に見ていくこと とする。本稿では最も市場との接点を意識し,また企業再編のため分割や合併が活用さ れるなど,当時の組織改革の様態が集約されたものと位置づけられる「持株会社」へと 改編した事例について見ていくこととする。

5-2.持株会社の事例の検討

純粋持株会社の設立件数については先に示したように図

2,および「産活法」の活用

による設立は図

3

の通り活発に行われている。塘(2009)によれば純粋持株会社の設立 は,①同業種のグループ外企業との統合の移行経過として利用したケース,②グループ 内の事業再編,持株会社制を採用した後に,グループ外企業と統合したケース,③企業 グループ内における多角化のため,社内分社の延長として,純粋持株会社制を採用した ケースと

3

つの組織再編に分類され,該当企業が示されている(表

7)。本節で事例の

7 持株会社の設立類型

類型 企業

①同業種のグループ外企業との統合の移行経過とし て利用したケース

JFE,コニカミノルタ【ケース1】,

双日【ケース2】

②グループ内の事業再編,持株会社制を採用した後 に,グループ外企業と統合したケース

三菱ケミカル【ケース3】,新日鉱

③企業グループ内における多角化のため,社内分社 の延長として,純粋持株会社制を採用したケース

富士電機,旭化成【ケース4】

出所:塘(2009)122〜123ページより作成

バブル経済崩壊後の企業法制の制定と企業改革 18

(20)

検討に当たっては,まず手始めとして,塘(2009)による類型から企業を抽出し検討す ることとする。

【ケース

1

コニカミノルタ】

①産活法の適用と組織の再編(17)

コニカミノルタは

2003

年に光学機器メーカーのコニカとミノルタが統合して設立さ れた持株会社である。

企業再編に関しては「産活法」の事業再構築計画を活用し,租税特別措置法第

80

条 勧告等によって行われる「登記の税率の軽減」措置を受けている(18)

「産活法」の事業再構築計画で組織再編の主要な部分を同計画より示せば以下の通り である。

コニカは「新中期経営計画」に沿って

2003

4

月を目途に全ての事業(グループ経 営戦略の策定・推進及びグループ経営の監査事業を除く)を分社し持株会社体制に移行 した。

具体的には新中期経営計画の下,コニカは,2002年

10

1

日付で全額出資のコニカ フォトイメージング,コニカメディカルアンドグラフィック,コニカビジネステクノロ ジーズ,コニカオプト,コニカテクノロジーセンター,コニカビジネスエキスパートを 設立し,商法上の吸収分割の手法を用いて

2003

4

1

日をもって,コニカの保有し ている事業を設立した事業会社に承継させる形で分社化することとした。産活法の事業 再構築計画では,この再編による事業展開を進めることにより「2005年度には,2001 年度に比べて自己資本当期純利益率をコニカグループ全体で

30% 向上させることを目

指す」こととなった。

4

出所:「コニカ認定計画」より抜粋

バブル経済崩壊後の企業法制の制定と企業改革 19

(21)

このようなミノルタとの統合をにらんだ事業再編ののち,純粋持株会社であるコニカ を完全親会社とし,ミノルタを株式交換により完全子会社にすることにより,統合を推 進し,その後,ミノルタの事業をグループ内で再編し,組織の再編は一段落するという ものである。この一連のステップを示したものが(図

4〜6)である。

②事業戦略

以上のような事業再編を行い展開していく事業はどのようなビジョンを持っていたの か。この点については「V 5プラン」という経営計画が

2004

3

月に発表されている

5

出所:「コニカ認定計画」より抜粋

6

出所:「コニカ認定計画」より抜粋

バブル経済崩壊後の企業法制の制定と企業改革 20

(22)

ので,大きな枠組みをこの計画により見てみよう(19)。 まず基本方針として

①事業ポートフォリオ経営の徹底

②透明度の高いグループガバナンス運営

③グループ技術戦略の推進とイメージング領域におけるコニカミノルタブランドの浸 透

④人事理念に基づいた実力人事の実施

⑤企業の社会的責任の重視

があげられている。事業ポートフォリオの中心は売上・利益の約

6

割を占める情報機器 事業,将来の牽引事業として期待されるオプト事業(光ピックアップレンズ,液晶用フ ィルム,ガラスハードディスク,携帯電話用マイクロカメラ・マイクロレンズなど)へ の経営資源の重点配分,フォトイメージング事業(デジタルカメラ,デジタルプリンテ ィングなど)の事業構造の改革である。

「事業ポートフォリオ経営の徹底」については,「強い事業・伸ばすべき事業をより強 化する」ことにより個々の事業の市場競争力を高め,グループ全体の企業価値の向上を 目指すというものである。また,このような事業を推進していくための人事に関して は,「人事理念に基づいた実力人事の実施」を掲げ,「人の融合」を進めながら,実力主 義を基本とした人事制度の実施,適材適所の徹底を進めていくとしている。

③人事制度の概要(20)

コニカとミノルタの事業再編に伴う労働条件などの承継については,2003年

5

15

日付「コニカとミノルタの経営統合における今後の企業再編方針について」において下 記の通り示されている。

事業再編に伴う労働条件等の承継

1)会社分割の場合,分割会社の労働条件は承継会社に承継されます。

2)吸収分割の場合,承継される営業に属する従業員は,分割会社から承継会社へ

の転籍となります。

3)吸収合併の場合,消滅会社における労働契約は,存続会社に承継されます。

4)詳細は,労使協議会を経て決定されます。

会社分割,吸収に関しての労働契約の承継については,労働契約承継法に示された通 りの対応である。

では統合後の人事制度はどのようなものであるのか。発表されている資料に基づき,

その概要を見てみよう。

コニカミノルタでは統合後「人事制度統合委員会」を設置し,新たな人事制度の構築

バブル経済崩壊後の企業法制の制定と企業改革 21

(23)

に着手し,管理職は

2004

年,一般職は

2005

4

月より新人事制度が実施された。この 人事制度構築のキーワードは「変革」であり,特に管理職においては,実力主義人事を ベースに①役割と成果の

2

つの要素による処遇,②分社化した各社共通の仕組みで,各 社の業績を反映した賞与という

2

点が基本方針とされた。以下,管理職の人事制度,考 課制度,賞与について主に見ていく。

管理職については

Mi-1〜Mi-7

7

段階の役割グレードが設定されている。一般職の グレードは

4

つの職能グレードに分かれている。管理職の最初の格付けは人事部門が部 門長などにインタビューし個別にグレードを決めていく方式が採用された(ある部門の 課長は他の部門の部長よりも重いミッションを担っている等のケースがあるため)。

管理職の報酬は大きく役割によって決まる「役割年俸」と,業績によって決まる「業 績年俸」によって構成されている。「役割年俸」は役割グレードにより決まる定額部分 と,役割の遂行度に応じて変化する部分とで成り立っている。「業績年俸」は全社の業 績(グループ全体の業績)と所属する事業会社の業績を反映する部分で構成されてい る。

報酬決定のために各種の評価が行われる。役割グレードの格付け,役割遂行の評価,

個人業績の評価と

3

種の評価がある。報酬と各評価の関係を示せば(表

8)の通りであ

る。

役割遂行度考課は「役割の大きさに応じた,高業績につながる行動発揮ができている か,また,周囲や組織風土に対し好影響を与えているかといった役割遂行のプロセス評 価」である。この評価はミッションを与える上長(70%,5段階評価)とともに,周り からの評価である多面評価(30%,4段階評価)が取り入れられている。上長の評価で は役割理解と実行(役割意識,目標設定,役割責任),資源活用(専門性発揮度,資源 活用度,活性化推進度)という視点からの評価があり,多面評価では「変革に向けた姿 勢」「目標達成への姿勢」という視点から評価が行われる。

一方,一般従業員は,能力を職能等級の基軸とした「職能グレード制」が導入され た。また,従来のランクよりもランクを大括り化されたのも特徴である。月次賃金は定

8 評価体系

評価の種類 評価対象 評価方法 結果の反映

役割グレード格付

役割・ミッション

(変化の都度確認:ただし反映 は年2回)

職務調査書による役割評価 ①役割年俸範囲

②業績年俸範囲 役割遂行度考課 役割遂行プロセス

(年1回)

①上長による遂行度考課

②多面評価 役割年俸水準

個人考課 業績・成果

(年度単位の考課)

①重点課題と達成度の評価

②組織貢献等評価の総合評価 業績年俸水準 出所:産労総合研究所(2010)21ページ

バブル経済崩壊後の企業法制の制定と企業改革 22

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