バブル経済崩壊以降の人事制度改革
著者 中井 正郎
雑誌名 評論・社会科学
号 120
ページ 103‑144
発行年 2017‑03‑20
権利 同志社大学社会学会
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000015488
要約:バブル経済崩壊以降に実施された企業の人事制度改革は,その軸足を職能等級制度 から役割等級制度へと移した。基本給の昇給決定に当たっては,業績評価も反映されるこ ととなった。賞与制度の改革においては,企業の業績に連動して賞与原資が決定される業 績連動型賞与制度が導入されたことが大きな特徴である。そして,各人の賞与額の決定に 当たっては,個人業績の反映だけではなく,部門の業績も反映されるようになった。この 変化は管理職層について顕著である。この時期の人事制度改革は部門業績評価が色濃く反 映される改革となった。市場⇒経営戦略⇒組織再編⇒業績管理⇒人事改革という道筋が明 確になった。
キーワード:職能等級制度,役割等級制度,業績評価,業績連動型賞与,部門業績
目次 1.はじめに
2.経営者団体(日経連)の提言に見る報酬制度改革の方向
2-1.「新時代の『日本的経営』」(1995年)
2-2.日経連労使関係特別委員会『成果主義時代の賃金システムのあり方』(2002年)
3.各研究にみるバブル経済崩壊以降の企業の人事制度改革の方向 3-1.人事制度改革に関する先行研究レビュー
3-2.今野「新しい人事管理の潮流」『日本労働研究雑誌』(1995年)
3-3.石田「日本の人事制度改革」『人事制度の日米比較』(2009年)
4.労働政策研究・研修機構『主要企業における賃金制度改革の変遷に関する調査Ⅰ,Ⅱ』に見る 人事制度改革−「基本給」に焦点を当てて−
4-1.資格制度 4-2.評価制度の変化
4-3.賃金制度:「基本給」の変化 4-4.小括
5.賞与制度の改革:『労政時報』掲載の賞与制度改革分析 5-1.業績賞与導入記事,調査に見る各社の賞与制度改革の時期 5-2.賞与制度改革の視点と類型
5-3.小括 6.まとめ
────────────
†同志社大学大学院社会学研究科産業関係学専攻博士後期課程
*2016年12月9日受付,査読審査を経て2017年1月8日掲載決定
論文
バブル経済崩壊以降の人事制度改革
中井正郎
†103
1.はじめに
本稿では,バブル経済崩壊以降の人事制度改革は何であったのか,どの部分がどのよ うに変わったのかを整理し,この時期の人事制度改革の特徴について明らかにしたいと 考える。本テーマは以下の問題意識による。
バブル経済の崩壊などの大きな経済状況の転換に対して,日本企業はその危機を乗り 越えるために様々な改革を行ってきた。経営戦略の転換やそのための組織改革,そして 人事改革などである。ただこれらの一連の改革の他に,政府の産業政策や企業改革を支 える各種の法整備が行われてきたことも重要なポイントである。
つまり,バブル経済崩壊以降の企業改革の理解は,市場⇒産業政策・法政策⇒経営戦 略⇒組織改革⇒業務管理⇒人事改革という流れの理解が必要であると考える(1)。本稿で はこのような一連の中に位置づけられる人事改革の特に人事制度改革について,その特 徴を明らかにし,「市場」から「人事改革」の一連の関係を確認したいと考える。
まず本稿の構成について触れておく。第
2
章ではバブル経済崩壊以降に,雇用人事改 革に係る報告書について,経営側の団体である日本経営者団体連盟(日経連)がどのよ うな主張をしていたのか整理し,当時の改革の方向を検討する。第3
章では,今野,石 田の研究から,この時期の人事制度改革についてどのようにとらえられていたのかを改 めて整理する。そして,第4
章では,第3
章までの議論を踏まえ,労働政策研究・研修 機構が実施した電機業界の企業事例調査を素材として,人事制度改革の重要ポイントの1
つである「基本給」の改革について,その内容を検証する。次いで第5
章では,これ までの研究で手薄であった賞与制度の改革について,人事労務の専門雑誌である『労政 時報』を用いて,その実態を整理し,バブル経済崩壊以降の人事制度改革の特質を探る こととする。2.経営者団体(日経連)の提言に見る報酬制度改革の方向
バブル経済の崩壊後に提示された雇用労務分野の方向性を示す代表的な報告書として 日本経営者団体連盟(以下「日経連」)の「新時代の『日本的経営』」があげられる。本 書は多くの評者によって,報告書の中身が吟味されている(2)。雇用形態に関して言え ば,雇用形態の多様化,特に非正規社員の増大は発表時期と重なり,この報告書が後押 しをしたとの認識もあるが,現実をもう少し検証すれば,企業の実態が先行し,その現 実をトレースする形で報告書が作成されていたことがわかる(3)。本報告書においては日 経連傘下の企業の実態を踏まえ,それを記述したということであり,この時点での人事
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管理について使用者団体として,どのようにとらえていたのかを示していると言える。
まず手始めとして,日経連の報告書を検討することから始める。
2-1.「新時代の『日本的経営』」(1995
年)本報告書の検討のため日経連においては
1993
年12
月に「新・日本的経営システム等 研究プロジェクト」が発足した。これは1992
年8
月に「これからの経営と労働を考え る」という報告書において「長期的視野に立った経営」と「人間中心(尊重)の経営」が提唱され,経営環境の変化により,先の
2
つの理念が引き続き,「我が国企業の基本 的経営理念足りうるかどうかを検討」するためにプロジェクトが設置されたものであ る。本プロジェクトでは先進企業の事例聴取や意見交換が行われ,1995年
5
月に報告書 として発表された。この報告書が「新時代の『日本的経営』」である。まず,報告書の全体像を眺めてゆきたい。第
1
部は総論として「日本的経営システム の今後のあり方」として,第1
章「環境変化にともなう経営理念の確立と経営のあり 方」,第2
章「雇用・就業形態の多様化と今後の雇用システムの方向」,第3
章「賃金シ ステムの見直しと職能・業績にもとづく人事・賃金管理の方向」,第4
章「動態的組織 編成の在り方」,第5
章「個性重視の能力開発」,第6
章「福利厚生の今後の基本方 向」,第7
章「これからの労使関係と企業の対応」について,基本的考え方が示されて いる。そして,第
2
部各論においては諸制度の設計方法や特に注意すべき留意点を明らかに している。このように第1
部の考え方を踏まえ,第2
部では制度に踏み込んでいる。第3
部は,1部,2部を踏まえた企業事例が調査されている。以下では,報酬制度をどのような考え方に基づき改革していこうとしたのか,その考 え方を最初に確認しておきたい。
まず,制度設計の考え方として,基本的なスタンスは,「従来の日本的考え方や慣行 の中でも普遍性のあるものは大切にするが,グローバル経済下で有効に機能しない諸制 度については将来的展望の下で積極的に見直していく。その方向は欧米型の諸制度を最 終目標とするのではなく,日本的雇用・処遇制度に欧米の合理性やマーケットメカニズ ムの要素も加味していくという考え方で取りまとめた」(4)とし,従来型の日本的な雇用
・処遇制度に「マーケットメカニズム」を導入していくことを意識していることがわか る。
つまり,当時の認識として,これまでは企業内の事情が優先され設計されてきた制度 設計から,マーケットメカニズムを意識せざるを得ない状況となっており,マーケット メカニズムを取り入れる具体的方策を提示するということが日経連に要請されていたと
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いうことである。
2-1-a.環境変化にともなう経営理念の確立と経営のあり方
本報告書では,「長期的視野に立った経営」と「人間中心(尊重)の経営」は今後も 維持していくべき理念として提示されている。
「人間中心(尊重)の経営」では,人事管理においては「従業員の個性と創造的能力 を引き出す工夫と同時に,従業員のニーズに即して多様な選択肢を用意することが必要 となる。そのためには,能力・成果重視の処遇を徹底することが必要」(5)としている。
そして,「仮に企業での能力発揮が満たされなかった場合,働く個々の能力を社会全体 で活用するために,企業を超えた横断的労働市場を育成し,人材の流動化を図ることが 考えられなければならない」(6)と指摘している。
ここでは,「能力・成果主義」と「外部労働市場の活用」が提示されており,先ほど 指摘した,マーケットメカニズムという考えを,いかに当てはめていくのかに苦心して いることが伺える。
2-1-b.雇用のあり方
雇用に関する基本理念は,雇用維持のため労使が柔軟な取り組みを行ってきており,
それまでの一連の労使の取り組みは継続されてきているというスタンスである。ただ,
雇用関係にあっては「企業と従業員個々人の意思が明確にされることが基本になり個別 管理の方向が明らかになる」(7)としており,「個別管理」重視というスタンスが示されて いる。この考え方に立って提示された雇用のあり方が「雇用ポートフォリオ」である。
企業の戦略に基づき雇用のあり様が規定されていくということである。
ここでは「雇用ポートフォリオ」について,これからの議論に必要な範囲で,触れて おくこととする。「雇用ポートフォリオ」の「ひな型」は(表
1)の通りである。そこ
では雇用形態を3
つのグループに分け,雇用期間,報酬,育成等が整理されている。グ ループの1
つ目は,従来の長期継続雇用という考え方に立って,企業としても働いてほ しい,従業員としても働きたいという「長期蓄積能力活用型グループ」であり,「能力 開発はOJT
を中心とし,Off・JT,自己啓発を包括して積極的に行なう」「処遇は職務,階層に応じて考える」グループである。2つ目のグループは企業の抱える課題解決に,
専門的熟練・能力をもって応える,必ずしも長期雇用を前提としない「高度専門能力活 用型グループ」である。処遇や能力開発については,「わが国全体の人材の質的レベル を高めるとの観点に立って,Off・JTを中心に能力開発を図るとともに自己啓発の支援 を行なう。処遇は,年俸制にみられるように成果と処遇を一致させる」というものであ る。3つ目のグループは,企業の求める人材は,職務に応じて定型的業務から専門的業 務を遂行できる人までさまざまで,従業員側も余暇活用型から専門的能力の活用型まで いろいろいる「雇用柔軟型グループ」である。このグループでの処遇は,職務給などが
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考えられている(8)。そして,報告書では,各社の実情に応じ「自社型雇用ポートフォリ オ」の構築を求めている。
2-1-c.報酬管理
①賃金制度
次に報酬管理についてどのような提言が行われているのか賃金制度,賞与制度のあり 方について抽出することとする。
まず賃金制度については「賃金管理の新たな視点」として,「年功賃金から職能・業 績反映型への見直しが求められている」(9)とし,「基本的には職能・職務・業績(成果)
をベースにして職務内容や階層に応じた複線型の賃金管理を導入していくべき」(10)とし ている。そしてこれらの賃金制度については職務内容に応じた管理を導入し,先の雇用 グループ毎の賃金管理の必要性を論じている。
例えば,「長期蓄積能力活用型グループ」においては「一定の資格まで「職能給」と
「年齢給」の
2
本立てとするが,主体は年功要素も多少考慮した「職能給」1本にし,それ以上のクラスについては裁量労働の拡大適用を図り,専門職・監督職・管理職とと もに「洗い替え方式(複数賃率表)による職能給」ないしは「年俸制」の導入などを推 進していく」ことが考えられるとしている。「高度専門能力活用型グループ」について は「年俸制」を適用することとしている(11)。以下,従業員の多くが占める「長期蓄積 能力活用型グループ」の報酬制度を中心に見ていく。
まず,年功的な運用になっている定期昇給については,従来型の「年齢,勤続に主体 を置いた考え方」をやめ,「職能・業績の伸びに応じて賃金が上昇するシステム」への 転換を求めている(12)。その上で,管理監督職層前までは従来の職能給の運用を,例え ば,昇格については入学方式(昇格する資格の要求する能力要件を満たした場合に昇格 する方式。比較的多い方式は,位置する資格要件が満たされた場合,上位の資格へ昇格 する方式)など,若干修正し継続していくものの,管理監督者または管理監督者のラン クなどの一定層以上については,「洗い替え方式(複数賃率表)による職能給」を設定
表1 雇用ポートフォリオ(報告書の一部抜粋)
雇用形態 賃金 賞与
長期蓄積能力活用型グループ 期間の定めのない雇用契約 月給制か年俸制 職能給 昇給制度
定率+業績スライド
高度専門能力活用型グループ 有期雇用契約 年俸制 業績給 昇給なし
成果配分
雇用柔軟型グループ 有期雇用契約 時間給制 職務給 昇給なし
定率
出所:日経連(1995)32ページより一部抜粋
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し,定期昇給の考え方を採用しないとしている(13)。
このように一般職については従来の方式において運用を可能な限り年功制を排除する こととし,管理監督者層については,「能力・業績」の強化へと傾斜していくような方 向の転換を求めている。
②賞与制度
次に賞与制度についてはどうか。
バブル経済の崩壊までは,多くの企業では賞与の支給額は業績にリンクしていないこ とが多かった(14)。また賞与は年収の
30% という水準になっていた。「基準が明確にな
っていないと世間的動向に流されたり,経営状態と遊離した形で賞与決定が行われる可 能性が強い」(15)ことが懸念されるのである。よって,「賞与を企業経営との関係で的確に行うためには,業績との関連を明確にし,
賞与の各人への支給は,企業業績に対する貢献度を構成に評価して行うべきである」(16)
とし,「毎年右肩上がりできた賞与も,これからは従来以上に業績反映型に切り替えて いかざるをえない状況にあり,年間賃金に占める賞与の割合を若干高める方向で検討す る必要があろう」(17)と,企業業績と連動した水準決定,および個人への配分を提案して いる。企業業績へのリンクへシフトしていくことを明確に打ち出している。
また,具体的対応策では,年収に占める賞与比率を,30% から
40% へとその比率を
高めるとしている。そして,先の繰り返しになるが,賞与においては「業績リンク制を 導入しつつ,業績に対する各従業員の貢献度を的確にとらえ,各人の賞与額に反映す る」(18)としている。そのためにはいくつかの留意点が掲げられているが,「業績反映部 分を決める際にはどのような経営指標を使用するのか明確にしておくこと」(19)が指摘さ れている。以上のように,マーケットメカニズムとリンクした雇用制度,報酬制度の構築が本報 告書の中心的課題であり,従来の年功制,つまり企業内の秩序を最大限考慮した制度設 計から,市場の要請を取り入れた制度設計へと転換する必要性を示すことが本報告書の 狙いであったと理解することができる。基本給においては定期昇給の見直しにより,職 能の伸長に応じた賃金制度の設計と,業績を反映する賞与制度の拡大という方向で考え られている。ただ,日経連では具体的な制度設計をどのようにすべきか,実務を伴った 方法論についてはこの時点では踏み込んだ提言が行われていない。
2-2.日経連労使関係特別委員会『成果主義時代の賃金システムのあり方』(2002
年)本報告書は
2000
年代に入り,1990年代半ばからの各企業の人事制度改革の取り組み が活発化してきた時期における報告書である。この時期の改革をどのようにとらえてい たのか。基本的方向は先の報告書『新時代の「日本的経営」』と同様である。バブル経済崩壊以降の人事制度改革 108
本報告書ではまず冒頭で人事制度改革の必要性について整理している。そこでは,① 大競争・不安定成長時代の到来,②少子・高齢化の進展,③高い失業率と雇用問題,④ 雇用形態の変化と多様化,⑤働き方のニーズの多様化,⑥平等から公平への要請,と
6
つの視点を指摘している。特に,①では,労働分配率が上がり,「人件費が業績の動き に対応できないため利益を圧迫している」(20)と,業績と人件費との連動の必要性を指摘 している。これらの社会的背景から生じる雇用労働分野の課題は「硬直的な人件費管 理」「高止まりの賃金水準」「年功型賃金システム」「一律型賃金管理」となり,この克 服が必要となる。そのための方向が「業績即応型の人件費管理」「適正な賃金水準」「成 果・貢献度反映型の人事賃金システム」「多立型賃金管理」への人事賃金システムの再 構築(21)である。そして,最も急ぐべき対応として「業績の変動に即応できる人件費管理の徹底」があ げられており,「1人当たりの人件費総額」「雇用」の両面から柔軟に変動させる必要が あるとしている(22)。賃金制度については,賃金決定要素を貢献度との結びつきが強い 項目のウエートを拡大していくこととなる(23)。加えて,定期昇給は労務構成がピラミ ッド型であった時代は,その原資は内転原資で賄えていたが,ピラミッド型の労務構成 が崩れると定昇原資は持ち出しになることから,見直しが必要との認識である(24)。よ って賃金決定要素は属人的な要素を排し,職能,職務,役割,成果などの要素にすべき との指摘である。また,異なる職務,役割,階層の者を,同一の体系の処遇制度により 管理することには限界があり,「成果の質と現われ方の差異に着眼し,たとえば職務,
役割,階層などを切り口として,人事賃金処遇の軸を複数設定するという視点が大 切」(25)ということである。この報告書で言う「多立型賃金体系」への転換である。この ような賃金体系は『新時代の「日本的経営」』で唱えられた雇用ポートフォリオに基づ いた賃金体系の構築を示している。
賃金,賞与制度の方向として,(表
2)のように「定型的職務従事群」「課業柔軟型・
非定型的職務従事群」「役割設定型・非定型型職務従事群」の
3
つの職務従事者にまと められる。表2 賃金・賞与制度の方向
職群 基準内賃金 賞与(配分)
定型的職務従事群 職務給(定額)+習熟給(累積),
職務給(定額)
ごく安定的なもの 非定型的職
務従事群
課業柔軟型・非定 型的職務従事群
職 能 給(範 囲・累 積),職 能 給
(定額)+成果給(洗い替え)
ある程度大きく設定し,メリ ハリをつける
業績連動型賞与の適用 役割設定型・非定
型的職務従事群
役割給(定額)+成果給(洗い替 え)
出所:日経連労使関係特別委員会(2002)29〜34ページにより筆者作成
バブル経済崩壊以降の人事制度改革 109
ただ,賞与に関しては,「現行の職能資格制度は,制度の構造上,あるいは制度の運 用上の問題から,必ずしも現時点での発揮能力を現わしていないという場合が少なくな い。つまり,必ずしも職能資格が高いからといって,高い成果があげられるという保証 はなく,そのまた逆も真なりである。そして現行の職能資格制度・職能給には下方硬直 性があり,少なくとも組合員層について降格,降給が行われるケースはほとんどない。
このような中では現時点の職能資格,職能給を算定基礎額におくことは好ましくなかろ う。」(26)と,現行の「賞与算定基礎額×定率方式」を継続していく場合は,算定基礎か ら属人的要素を除外していくことが必要との認識である。そして,今後の方向としては
「職能資格または職務等級別・人事考課結果別定額」の方式を,組合員層についても取 り入れていくことを検討すべきとしている(27)。
以上のように,賞与の算定基礎額に関連して,職能資格制度・職能給においては成果 と水準が連動していない等の課題を指摘しており,賃金制度自体の改革を促している。
つまり賞与算定の基礎部分である「基本給」の改革の必要性については自覚的であっ た。
このように,本報告書では職能の厳格化という方向も残しながら,職務,役割を切り 口とした「多立型賃金体系」の方向を示している。そして賞与に関しては,企業業績を 反映した業績連動型賞与への転換が示されている。
以上,日経連の
2
つの報告書『新時代の「日本的経営」』『成果主義時代の賃金システ ムのあり方』を見てきたが,大きな方向は,先ほども述べた通り,雇用や企業の業績に リンクした形での賃金・賞与制度の設計を志向している。それは先に指摘したように,企業内の秩序を踏まえた賃金・賞与制度からマーケットメカニズムへの対応という視点 へ重点が移行しているということである。改革の具体的内容は職能給の定額化や役割給 の導入の検討,業績連動型賞与などの企業業績とリンクした賞与制度の構築が必要との 認識である。企業の人件費コストをマーケットの水準に近づけるために,いかに引き下 げていくのかという方向での改革である。
日経連の人事制度改革については以上の内容であるが,ではどのような理屈で人事制 度の改革が必要であったのか,どのような理屈で改革せざるを得なかったのか。これま で見てきたように日経連の報告書では経済社会的な背景や企業における人件費負担の増 大によるコスト負担の増大などが記述されており,それは現実をリアルに反映した説明 であるが,ただ,制度の変更がなぜ必要なのかという原理にさかのぼっての提示はな い。当然のことながら,そのような役割をこれらの報告書に求められているわけではな い。新たな制度への改革には,何らかの理論的な説明が必要である。何故なら,そのよ うな認識がないと,これまで繰り返されてきたように,「現制度での運用を厳格に行う」
などの,運用論に陥ってしまうからである。
バブル経済崩壊以降の人事制度改革 110
次に,日経連が示した方向が,どのような理屈で説明されているのか,これまでの研 究に基づき確認していきたいと思う。
3.各研究にみるバブル経済崩壊以降の企業の人事制度改革の方向
今日まで人事制度改革に関しては多くの調査・研究が行われているが,本章では,こ の分野の研究の中で特に重要と考えられる今野,石田の
2
人の研究について,人事制度 改革をどのように捉えていたのか,その考え方を整理することとする。まず,なぜ今野,石田の研究を取り上げるのか,その理由を示すために,これまでの 人事制度改革に関する研究を整理しておきたい。なお,今期の人事制度改革に関しては 企業において具体的に改革に係わった当事者からのレポート等(例えば,城(2004),
柳下(2003),高橋(2006)など)があり,改革内容の詳細や意見が紹介されているが,
本稿ではこれから議論するうえで重要な視点である,「何から」「何へ」改革が行われた のか,その理由は何なのかという点を全体,または部分的に追求した研究に絞り,その 成果を確認しておきたい。
3-1.人事制度改革に関する先行研究レビュー 3-1-a.職能資格制度の分析
都留・阿部・久保(2005)は
1990
年代以降進展した日本企業の成果主義的人事改革 について,企業の人事データの分析や人事部門への聞き取りなどを通して,企業がどの ような意図で,何を行い,従業員がどう受け止めたかについて明らかにしている。特に 企業の意図とそれに基づく改革に注目してみると,日本企業の多くで導入されている職 能資格制度において高資格者従業員の滞留が問題となり(同書第2・4
章),その解消を 目指すことが改革の意図であり,その解消策が職務等級や役割等級への見直しであると 主張されている。つまり,職能資格制度の成立要件は,「企業特殊的人的資本蓄積が重 要であり,その形成を促進する技能養成方式が支配的,高資格者が難易度の高い仕事を 担当,役職数と資格数の大幅な乖離による人件費高騰圧力が生じていない」(同書59
ペ ージ)ということであることから,見直しはこのような環境条件が失われたことによる 変更である点を明らかにした。松繁・梅崎・中嶋(2005)では,職能資格制度の運用面について具体的に観察してい る。同制度は職務,職位,賃金を企業内の条件により「ずらす」(3つの要素の整合性 を取らず運用すること)ことにより確保される。つまり,企業の選択により重要な部分 は妥協せず,3つの要素で調整を図り制度を運用維持していくというやり方である(同 書第
3, 7
章の事例では昇級・昇格と昇進)。ただ,この様な運用は生産性以上の賃金をバブル経済崩壊以降の人事制度改革 111
支払うコスト,勤続を重視すれば将来性の高い優秀な若手の昇進を奪ってしまうコスト が生じる。この点が人事制度の改革の要因となるとしていると同書では指摘されている
(同書第
6
章)。このような実情ではあるが,同書では職能資格制度を主要な制度として 位置づけ,目標管理,自己申告,年俸制などの制度を入れ込むことにより,改善が行わ れ,同制度が継続されていることが示されている。岩崎・田口(2012)は,バブル経済が崩壊した
1990
年代以降の賃金・人事制度の再 編の特質を明らかにしようとしたものである。同書は歴史研究と事例研究の2
部で構成 されており,今期の改革については第2
部で詳しく検討されている。改革の方向は,新 たな職群の設定による職能資格制度と基本給は職能給・能力給・本人給から範囲役割給(同書第
5
章:化学),職能等級から職能等級+役割等グレード(一部の一般職と管理 職),会社・個人業績に連動した賞与制度(同書第6
章:情報),職能給の上限設定,会 社・部門業績の賞与への反映(同書第7
章:情報)となっている。役割や成果の要素を 重視した仕組みに再編されつつあり,仕事・市場を基準においた賃金・人事制度へと変 える動きであるといえよう。これらの動きは「積極的な教育訓練によって従業員の能力 を高めても,それが発揮できる仕事が必ずしも提供されるとは限らなくなったため,経 営業績の拡大・企業の成長を実現することが難しくなった」からであり(同書268
ペー ジ),「企業は短期の市場変化の影響を受けつつ,そのリスクを抑えながら経営活動を展 開しなければならなくなったため,これまでゆるやかな結びつきだった市場と賃金・人 事制度の関係を強める対応をとった」(同書268
ページ)と,従来の制度の課題を整理 するとともに改革の方向を示した。3-1-b.仕事管理・部門業績管理という視点を入れた人事管理研究
中村(2006)は石田・中村(2005)との共同研究の成果を踏まえ,「成果主義」を
3
つのタイプに整理することにより,今期の人事改革についてその内実を分析している。特に同書では人事制度改革の道筋として,事業戦略の見直し→組織の見直し→業績管理 の仕組みの見直し→人事制度改革,となることを冒頭に指摘し,特に,業績管理(筆者 は「仕事管理」と呼んでいる)が企業運営上,重要であることを事例をもとに説明して いる。そのうえで著者は企業の成果は人事管理ではなく「仕事管理」により図られるも のであるとし,仕事管理と人事管理は一対一の関係ではなく,しっかりした仕事管理が あり,その上に多様な人事管理が展開されるとしている(同書
171
ページ)。ただ具体 的事例の検討では,成果主義の対象は課長・部長以上の管理職。一般にまでは広がって いない,給与の上昇には「天井」がある,ボーナスの算定に当たっては企業業績と個人 の貢献が直接的に結び付けられる(管理職は顕著,一般職はゆるい結びつき)と指摘し ている点は重要である。佐藤(2007)は,電機業界の企業を対象とした事例研究である。組織構造,仕事管
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理,人事管理の
3
つの要素を軸に論理を展開している。企業の組織のあり方→仕事管理→人事管理という流れにおける,人事制度の捉え方である。特に事例では「ユニットの 収益管理の厳格化」はコミュニティー=これまでの企業内の秩序を整序していた共同体 的秩序を,市場の方向に動かした。具体的には賃金制度は査定による昇給構造をもつ制 度(役割範囲給)へと変化し,また,企業業績にそれほど結び付いていなかった賞与制 度から,企業業績に連動した制度への変更が示された。要員管理についても正社員の異 動のさせ方の分離(ユニットを超えての異動,ユニットレベルでの移動),そして請負 の活用が行われた。仕事管理のあり方が,雇用や報酬制度などの人事管理に影響を与 え,変えていくという視点の提示と実証である。
3-1-c.若干の考察
以上,主要な研究について整理してきたが,以下,本章との関係で検討を加えておき たい。
都留・阿部・久保(2005)と松繁・梅崎・中嶋(2005)は,特に,職能資格制度の 内実に迫った研究であるが,都留・阿部・久保(2005)においては制度変更の原因は高 資格者従業員の滞留・増大であると分析し,また松繁・梅崎・中嶋(2005)において は,「ずらし」による同制度の運用は生産性以上の賃金を支払うコストを伴うことによ り,制度の改革の必然性が生じるという分析である。こう見ると両研究では,能力と処 遇の乖離が制度改革の枢要点であることがわかる。ただこのような職能資格制度自体の 認識は重要であるとしても,これは制度改革のための強力な契機にはならないのではな いであろうか。つまり,バブル経済の崩壊等により発生した企業外部からの「コスト」
縮小の圧力が今期の改革の契機ではなかったのではなかろうか。一方,岩崎・田口
(2012)は,丁寧な事例研究により制度改革の実態に迫り,総括部分では「これまでゆ るやかな結びつきだった市場と賃金・人事制度の関係を強める対応」をとらざるを得な い環境変化が生じたことが改革の原因であることを示しており,外部環境の変化が制度 改革の重要な契機となることを指摘しているが,それが職能資格制度とどう係っている のかという記述は希薄である。3つの研究は職能資格制度の特性について掘り下げた研 究であるが,人事改革を説明するための制度の原理にまで迫れていないのでないかと考 える。
中村(2006),佐藤(2007)は,これまでの研究を十分に取り込むとともに,業績管 理=仕事管理という視点から人事管理を考察している。ただ,中村(2006)は,賞与が 企業業績に結び付けられていることを指摘しつつも,仕事管理のあり様により様々な人 事管理制度が構築され多様であることを示し,改革の方向が一定でないことを示唆して いる。佐藤(2007)は電機業界の観察ということもあり,「ユニットの収益管理の厳格 化」という視点から,報酬管理も企業収益を反映した成果主義に動くことを指摘し,方
バブル経済崩壊以降の人事制度改革 113
向が明確である。「どのような方向への改革か」という視点からは両研究とも仕事管理 を軸にした手堅い研究であるが,今期の改革の着地点である役割等級制度に関し,その 原理にまで踏み込んだ説明が十分であるとは言えない。
以上のように,取り上げた研究は多くの貴重な視点や事実が提示されており,人事制 度改革を考察するうえで大変重要であるが,「何から」「何へ」という疑問に答えるため には,その中心となる職能資格制度,役割等級制度自体についてのメカニズムを掘り下 げ理解する必要がある。このような理由から,本章では以下で検討する今野(1995),
石田(2009)を取り上げる次第である。
今野(1995)の研究は,日本企業の多くが採用してきた「職能資格制度」の内実を丹 念に分析し,同制度の機能がバブル経済崩壊以降は,それまで発揮してきた機能が果た せなくなったその原理について説明しているという点で重要である。
石田(2009)は,今野の説明に同意を示しつつ,バブル経済の崩壊以降,どのような「原 理」を有する制度を構築せざるを得ないのかを理論的に説明している点が特徴である。
以下,少し詳しく
2
人の研究について整理する。3-2.今野「新しい人事管理の潮流」『日本労働研究雑誌』(1995
年)今野は「新しい人事管理の潮流」の中で,これまでの職能資格制度をベースとした
「供給サイドの人事管理」から「需要(仕事)サイドの人事管理」への転換の必要性を 示している。つまり,これまでは企業内教育などにより積極的に人材育成に投資してき たことが,その時の経済情勢により,企業の売り上げなどにつながり,収益の拡大も行 われたが,これは,「積極的な教育を媒介としても,賃金と生産性が自動的に均衡す る」(28)訳ではなく,教育−賃金−生産性の均衡を成立させるためには,「教育投資が必 ず能力向上に結び付くこと(教育投資と能力向上が)」と「向上した能力が生産性の向 上に結びつくこと(能力向上と生産性向上の連鎖)」が必要であるとしている。ただこ の「均衡」の条件が実現する状況がバブル経済の崩壊により大きく変化する。
多くの日本企業では人事制度は「職能資格制度」とそれを基本にした「職能給」が採 用されてきた。この職能資格制度は能力の開発を重視した制度であり,必然的に職能を 開発する人数が増えれば職能ランクの上位に格付けられることになり,それが給与であ る職能給に反映され,賃金総額が上昇する。職能資格制度における昇格は,ポストやそ れ相応しい業務の増加に関わりなく行え,構成員のモチベーションのアップにつながる ことが特徴的であるが,コスト上昇になる点が問題となる。このようなメカニズムが成 り立つ時期がバブル経済崩壊までであった。
今野は,職能資格制度が機能するその経済的背景には,日本企業が「供給力の拡大が 企業成長を実現する」時代に生きていたという事情があると指摘している。つまり「拡
バブル経済崩壊以降の人事制度改革 114
張された設備がつくりだす生産物は確実に市場で売れるはずである,という予測を前提 にして積極的な経営行動をとったことが,日本企業を成長に導いた」(29)と。そして人の 管理の面において,特に,能力開発の面においては「人材の能力が上がれば,彼らは必 ず新しい製品や市場を開発するはずである。したがって,積極的な教育投資は企業の成 長を可能にし,結果的に,賃金と生産性を均衡させることができるという暗黙の期待が あった」と(30)。
バブル経済の崩壊により市場が変化した状況では,上記のような循環メカニズムは機 能しない。日本企業の経営戦略が「供給サイド」重視型から「需要サイド」重視型へと 変化していく中で,雇用労働分野においても,「供給サイド」重視型の職能資格制度か らの変革が求められた時期であったと言えよう。
では,どのような方向に転換することが求められているのか。人事制度の改革は「評 価の面でも賃金決定の面でも,需要サイド,つまり「仕事の要素」を重視する方向に進 まざるを得ない」(31)ということである。「需要サイド」重視型人事制度への変革である。
具体的な改革として今野は
3
点指摘している。まず1
点目は職能資格制度の「昇格要 件に共通にみられる「上位資格に昇格するときには現在の資格に○○年滞留しているこ と」というような滞留年数要件を削除する」こと。第2
は「内部公平基準である能力を 潜在能力から顕在能力へ,絶対能力から相対能力へ切り替えていく」ことによる「資格 の定員化」である。3つ目は,実績を賃金に反映させる賃金制度である「目標管理によ る賃金決定」であり,典型例としての年俸制。そして,最後の流れ(4つ目)としての「アメリカ流の職務給」の導入である(32)。
今野は,最近(1995年当時)の動きを見る限りとして,日本企業の賃金制度の改革
図1 給与制度の改革の流れの構造
出所:今野(1995)12ページより抜粋
バブル経済崩壊以降の人事制度改革 115
の方向として,「組織と人員配置の柔軟性を維持するために,「顕在能力」に重点を置く 内部公平基準をとる賃金の上に,目標管理型の業績給を積み上げるという賃金制度」(33)
ととらえている。アメリカ型職務給を視野に置きながらも,現実の方向として「能力」
を基本にした「職能資格制度」の改革と,職能資格制度が有している「供給サイド」を 補完する「業績給」の構築が,その時点での方向性ということである(図
1)。
今野の研究は以上のように,これまで日本企業の導入してきた「職能資格制度」がバ ブル経済の崩壊という経済環境により,そのままの継続が困難であることを,職能資格 制度の内実に踏み込んで分析し,その改革の方向を示したことに意義がある。そして,
改革の着地点は,いわば「需要サイド」重視型の賃金制度である仕事に基づく賃金=
「職務給」が示されていることが特徴的である(34)。
3-3.石田「日本の人事制度改革」『人事制度の日米比較』(2009
年)本書は人事制度の日米比較,特に米国の実情を詳しく事例研究に基づき明らかにして いるが,第
1
章では「日本の人事制度改革」と題し,バブル経済崩壊以降の人事制度改 革,特に賃金制度改革がどのようなものであったのかについて明らかにしている。な お,この第1
章は,本書にも記載されている通り,連合総研で主催された「現代日本の 賃金制度の現状と展望に関する研究委員会」の成果を基に作成されている。まず,石田は「過去
10
年,日本企業は企業戦略を明示し,組織改革を行い,正社員 中心の雇用に非正規社員・外部人材の活用を組み込んだ雇用構造改革を行い,その一環 として成果主義という人事制度改革を行った。そうした改革の文脈が大切だと思う」(35)と人事改革と企業戦略との関係性を明確にしている。つまり「市場⇒経営戦略→組織再 編→業務管理→人事管理」という道筋である。ただ,次に「戦後改革と高度経済成長期 に「分権化」と「個別化」の極点まで達してしまっていた日本。そうだとすれば
1990
年代以降の日本の改革とは一体何であったのか」(36)と問う。「極点」にある日本が,ど のような改革に踏み込むのかということである。日本企業はそれまで長期的な雇用慣 行,労使の信頼関係等を梃として企業を「共同体」的存在まで築き上げ,世界でも羨む 存在となっていたが,1990年代以降の企業経営の困難は,この「共同体」を維持する コストをいかに減らすか(37)ということが課題となった。端的には「一つは,賃金水準 が高いと言うこと」,「二つには年功賃金という賃金の性格」であり,「高齢化とともに,年功賃金がコスト要因として問題にされた」(38)。その解決のための基本方向は「なるべ く賃金を市場的決定に委ねることの追求」,「従来の組織内ルールから市場的決定にでき るだけ委ねるという転換」(39)である。そして,このため雇用の側面では,パート労働 者,派遣労働者,請負などの「労働市場に賃率が成立している労働力を極力活用す る」(40)ということで取り組まれた。ただ賃金面では「正社員の賃金は労働市場で賃率が
バブル経済崩壊以降の人事制度改革 116
十分に形成されているとは言えない」ことから,「価格情報=サインを人事制度にどの ようにルールとして落とし込むのか」(41)という課題になる。これは「「市場で評価され る働き方とそれに応じた賃金」は「組織目標に貢献する働き方に応じた賃金」に翻訳さ れ,この翻訳を通じて年功的賃金をどこまで打破できるのかにかかっていた」(42)のであ る。1990年代以降の賃金制度改革の必要性は理論的にはこのような文脈で理解できる。
では具体的にはどのような改革の方向が考えられるのか。石田は連合総研の調査を通 じて改革の実際を記述しているが,ここでは,「改革の考え方」について視点を絞り,
その論理を検証することとする。
各社はビジネスモデルにより,「市場を取りに行く」=「儲かる」(43)という目的を達成 するための賃金改革を実施した。「仕事論があって,賃金論が乗る」(44)改革が行われた。
ゆえに,「経営の改革,仕事の仕組みの改革,人事・賃金の改革,がこの順番で,不即 不離の関係で進められた」(45)のである。
骨格の部分の等級制度の改革についてはどうか。石田は企業で導入されている等級制 度である「職能等級」「職務等級」「役割等級」について検討を加え,「役割等級」が制 度改革の基軸になる可能性が高いと結論付けている。何故か。以下,石田の議論を追っ てみる。これまで人基準である「職能等級制度」を取り入れてきた日本企業にとって は,職務をどうとらえるのかという難問がある故,「職務等級制度」への改革は,管理 職を中心にポストを等級化するという限り可能な改革となる(46)。「役割等級制度」は①
「人」基準にとどまって「需要側」の規定を受け止め得る概念=「人」基準の日本的慣行 に適合的,②「人」と「仕事」とのミスマッチ是正,③「等級」定義に,各必要とされ る「能力」の規定を置きやすく=個々の社員の行動を等級付けすることから,人材育成 の目標を提示する機能を持つ,④処遇は市場=需要サイドからの決定というパラダイム チェンジの要請に適合的=「役割等級」は「付加価値」への貢献度の常態的等級(47),と いう性質がある。そのため,改革の方向の基軸となるとしている(表
3)。
以上のように評価され,位置づけされた「役割」概念は,具体的に報酬制度にどのよ うに反映されるのか。その関係を示したのが(図
2)である。
石田によると,バブル経済の崩壊以降の人事制度改革により経営戦略→組織再編→業 績管理→人事管理の道筋が明確になってきたため,評価制度においては,「「市場で評価
表3 3つの社員等級制度の強みと弱み
対象 人と仕事の
ミスマッチ是正機能 人材育成機能 成果評価
職務等級 職務orポスト 強 弱 普通
役割等級 人 強 普通 強
職能等級 人 弱 強 弱
出所:石田(2009)27ページより抜粋
バブル経済崩壊以降の人事制度改革 117
される」べく「付加価値増大に向けて個人の貢献」があるという道筋をはっきりさせ た。「個人の貢献」をどのように評価するのかが最重要点の課題となる」としてい る(48)。
(図
2)に示されているように,改革の方向は「役割等級」が中心となる評価制度に
より,各処遇に反映されることとなる。
個人の成果に関しては,「役割等級」が「目標のレベル」を統御することになる。目 標は部門業績管理より演繹され可能な限り数値目標が示される(49)。当然定性的な目標 もある。いずれの場合も,これを「実績」と照らし合わせ,貢献度が評価される。この 貢献度は,賞与の配分と月例給の昇給に反映される。そして,評価の累積は昇格昇進に も反映される。一方で,期待する「能力」との調整が行われる。期待される水準は実績 と同じく「役割等級」から示される「期待される行動」=人材要件となる(50)。期待され る行動を基準に実際の行動の達成度を評価するのが「コンピテンシー評価」である。そ して,コンピテンシー評価は昇格昇進に反映される。
以上のごとく,石田はバブル経済崩壊以降の人事改革は,日本企業に最も馴染みやす く,また市場的要素を組み入れた「役割等級」を基準に展開されることになるという方 向性を論理的に示すとともに,具体的に資格制度,評価制度,賃金制度の基本給につい てその変化を明らかにした。付け加えて言うなら,人材の供給に関しては,役割等級制 度を軸とする人事制度においては,論理的には実績を達成するために必要な人材を育成 していくという考え方である。まず,人材育成が先にあるのではない。人材育成を所与
図2 成果主義時代の評価制度の骨格
出所:石田(2009)39ページより抜粋
バブル経済崩壊以降の人事制度改革 118
のものとして取組んでいた職能等級制度と異なる点である。
次章では,日経連および今野,石田の研究を踏まえ,少し詳しく企業事例について見 ていくこととする。ここでの検討の視点は,①バブル経済崩壊までは多くの企業で活用 されていた職能資格制度がどのように改革されたのか,②その改革の方向は何を基準と した改革か,③個人の成果はどのように反映されるのか,④改革は管理職,一般職(組 合員)のどの階層で違いはあるのか,という
4
点を中心に検討していくこととする。4.労働政策研究・研修機構『主要企業における賃金制度改革の 変遷に関する調査Ⅰ,Ⅱ』に見る人事制度改革
−「基本給」に焦点を当てて−
本調査は「現在(出版年
2006
年)は,主要企業のほとんどが賃金制度改革を終えた こともあり,ブームの勢いを失ったかに見える」時に,1990年後半以降に実施された「賃金人事制度改革で各社が従来の賃金制度から本当に変えたものは何なのか,そして 実際に何が変わったのか,その一方で賃金制度の本質として変わっていないものはある のか,などについては最新事例集だけでは読み取れないことが多い」(Ⅰまえがき)た め,これまでの移り変わりを整理するため実施された。特に最新の事例集などは賃金の 大幅ダウンなどのセンセーショナルな部分のみが強調されていることから,事実を正確 に把握した落ち着いた議論が必要との認識である。
当時の人事制度改革は,主要自動車メーカー,電機メーカー,精密機械メーカー,製 薬など,幅広い産業にわたっているが,電機産業を調査ケースに選んだ理由は,特に,
「厳しいグローバル競争の中で事業を展開していることから,製品の価格変動など事業 環境の変化が激しいとともに,製品開発などの技術革新のスピードも速く,自動車や鉄 鋼,造船・重機といった他の主要業種に比べると賃金人事制度改定をより多く実施して いることが予測された」とともに,「過去を振り返ると,電機業界は他の業界に先駆け て最新の人事・賃金制度を導入するケースが多かった」(51)ことによる。
以上のような位置づけにある同調査であるが,人事制度の改定前,改定後を可能な限 り明らかにしようとし,また,制度の細部を他の資料も動員して明らかにしようとして いる点で,検討する素材として十分であると考えられる。本章では労働政策研究・研修 機構『主要企業における賃金制度改革の変遷に関する調査Ⅰ,Ⅱ』(以下,「JILPT調査 報告書」という)をもとに人事改革の実態について整理していくこととする。なお,本 章の各社の人事制度などの内容の記述は,同報告書によるが,一部『労政時報』により 補足した。
以下では,石田の枠組みを用い,事例を整理・検討することとする。
バブル経済崩壊以降の人事制度改革 119
4-1.資格制度
まず管理職における資格等級制度についてどのような改定が行われたのか検討する。
(表
4)の通り,改定前は各社の実情は「職能資格制度」「資格制度」となっている。70
年代から
80
年代を通して日本の各企業において導入,活用されてきた制度である。一 般職とともに管理職層まで同制度で企業内での序列を整序していた。この動きは,他の 業界と大きな違いはないと考えられる。管理職層について見ると,「職能資格制度」「資格制度」を「等級,職位の関係を明確 化」,「職責をベースとした等級制度」,管理職全員の各業務内容や責任範囲を明確にし た「役割グレード制」,および職能資格制度の「大括り化」へと改定している。役割・
職責による序列付が
3
社(日立製作所,富士通,日本電気),職能資格制度の「大括り 化」が1
社(松下電器)となっている。次に組合員層はどうか(表
5)。改定前は「能力定義(等級別の包括的な定義)によ
る等級」「資格職能区分」など,各呼称は異なっているが「能力」による序列付けであ る「職能資格制度」が軸になっている。これは管理職と同じである。改定後は,いくつ かの新たな取り組みが指摘できる。1つは等級の「大括り化」である(松下電器)。こ の取り組みは,年功的な運用を避けるために,各等級に求められる水準を明確にするこ とにより昇格においてメリハリのつく運用を行うためである。2つ目は,先の指摘と重 なるが,職能資格において各等級で求められる水準を明確化したということである(日 立製作所)。3つ目は,管理職において採用されていた「役割」による序列付けが富士 通,日本電気の2
社で導入されていることである。管理職,組合員においては管理職と同様に「役割基準」に踏み切った企業もあれば,
職能資格制度をよりメリハリのある制度に再編し,運用していこうとしているが,管理 職層においては役割への志向が強い言えるのではないか。ただ,組合員の場合は,人材 育成等のため,職能資格制度が維持されている企業もある。このように人事制度におい ては,今野(1995)が指摘したように,供給サイド重視型の人事体系から需要サイド重 視型人事制度へと,制度改革が進められているとは言い切れない部分があるように見え るが,例えば,職能資格の大括り化は役割を意識した変更であると考えられる。
以下,どのような改革が行われたのか,より市場へ寄った「役割基準」への改革を行 った企業の事例を中心に見ていく。
富士通の事例を見ると,1997年に職能資格制度を廃止し,「職責の重さ」に基づく等 級制度が導入された。これは,職能資格制度では,「その運用を長く続けるうちに,一 人ひとりの保有する資格が,就いている仕事の職責の重さと釣り合わないケース」が出 ていたことによる。改定により新等級制度では管理職の等級である
9
級〜7級の等級 を,9級は事業部長クラス,8級部長クラス,7級課長クラスの各職責=役割により格バブル経済崩壊以降の人事制度改革 120
付けするようになった。組合員は
6
級以下(最下級は3
級)で格付けされる。各社員は職責による等級と,「Function区分」のマトリックスのいずれかの箇所に格 付けされる。「Function区分」は「ビジネス遂行上,各人が担う職責の分野」,すなわち
「いまどのような分野で仕事をしているのか」を示したものである。この「Function区 分」は旧体系では
2
区分であったものを,新体系では7
区分に分けている(営業,SE,フィルルドサポート,製造関連,研究開発,事業企画,サポート)。さらに各等級には
3
区分からなる「達成度区分」が設定され,等級の中で従業員が各人の業績により格付 けされることになる。このように,富士通の等級定義書では「成果に結び付けることができる具体的に発揮 されうる能力」である「コンピテンシー」を踏まえた職責を,「Function」と「等級」
別に明文化している。例えば,「営業/直営営業
6
級」の場合,「(戦略)顧客業界や競表4 人事制度の変化「管理職」
改定前 改定後
日立製作所 職群制度:企画,執務,監督指導,
技能の4職群,各職群に等級設定 特称制度:職能資格制度
【2000年】
職群別等級制度
「HITACHI VALUE」(管理職としての価値観,行動規範)
松下電器 特称(職能資格制度)4ランク←
個人の序列を表す=個人のステー タスシンボル
【2004年】
特称(職能資格制度)を大括り化:4ランク→2ランク←大 まかな「期待役割のレベル」を表す=人材群のランク 富士通 資格職能制度 【1997年】
職責をベースとした等級制度:4等級→3等級に集約 日本電気 資格制度 【2002年】
役割グレード:7段階のグレード,社内ネットで公開 出所:JILPT調査報告書より作成
表5 人事制度の変化「組合員」
改定前 改定後
日立製作所 能力定義(等級別の包括的な 定 義)による「等級」
【1998年】
「職能定義書」の作成:全職種共通定義書,職種別の定義書 2種
【2004年】
等級の大括り化 松下電器 職能資格制度:3ランク(一般→
主任→主事):個人の序列を示す もの
【2004年】
職能資格制度:2ランク(一般→主事)と大括り化:期待役 割レベルを示すもの
富士通 資格職能区分 【1998年】
職責をベースとした等級制度(3〜6級)と職責の分野を意 味する「function」で区分
コンピテンシーを踏まえた職責をFunction・等級別に明文化 日本電気 資格制度 【2000年】
プラクティス制度:役割レベル差区分の設定。プラクティス ファイルの作成・導入
出所:JILPT調査報告書により作成
バブル経済崩壊以降の人事制度改革 121
合他社の動向に問題意識を持ち,調査・分析を行う。(顧客)顧客(役員/管理職レベ ル)と信頼関係を築き,商談を推進する。(知識)顧客の業種/業務および業務の中長 期的な動向を把握し,販売戦略に反映させる。(マネジメント)活動方針に基づき自グ ループの目標設定,管理を行う」と,この「Function」と「等級」に求められる能力が 具体的に記述されている。
日本電気では,管理職においては,仕事の持つ重さによりグレードに区分された「役 割グレード」(1〜7グレード)が導入された。各管理職の役割は「役割定義書」に記載 されており,個別の役割に求められる「プロフェッショナルプラクティス」と,同社の リーダーとして全役割共通に求められる「リーダーシッププラクティス」により構成さ れている。組合員においては,管理職と同様に役割基準に基づいた「プラクティス制 度」が導入されている。具体的には,組合員の場合は「成果向上のために必要な具体的 な行動やスキルをまとめた」定義書である「プラクティスファイル」により区分されて いる。この「プラクティスファイル」は各職場で高い成果を上げている社員の具体的な 行動を「ベストプラクティス」にまとめ,①全社に共通して尊重すべき価値や行動基準 を「プラットフォームプラクティス」,②職種・部門ごとに必要とされる成果に結び付 く行動・スキルの基準を示す「プロフェッショナルプラクティス」としてまとめられて いる。一般的に言われているコンピテンシーである。
一方,特称制度(職能資格制度:仕事格付け)を維持している松下電器はどうか(一 般の仕事グループは変更なし)。資格の大括り化を行っている。この大括り化により特 称制度は「役割期待レベル」を表すものとなり,各資格が「人材群のランク」となって いる。
4-2.評価制度の変化
次に「評価制度」についてみる(表
6, 7)。
前節で示した人事制度の基準を軸に評価が行われることになる。
日立製作所では管理職においては,「HITACHI VALUE」(管理職としての価値観,行 動規範),日本電気では「プラクティスファイル」にもとづく評価を実施している。松 下電器は「ターゲットプラン」と「キャリアアッププラン」を軸に評価を行っている。
業績の反映の仕方については従来と異なっている思われる。従来は一般的には,昇給
・昇格・配置に活用される能力考課と賞与査定に用いられる業績考課と評価制度におい て役割が区分されていたものが,今回の改定においては,昇給にも目標管理の業績評価 が反映されているなど,業績についても月例賃金に反映していこうという動きがみられ ることが特徴である。組合員の場合も管理職と同じ方向での変化であるといえる。
また,人材要件と人材育成の関係については,今回の事例調査で明確ではないが,人
バブル経済崩壊以降の人事制度改革 122