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「構造物のシステム制御」

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この本の定価・判型などは,以下の URL からご覧いただけます.

http://www.morikita.co.jp/books/mid/092131

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i

はしがき

The deeper we research, the more we find there is to know, and as long as human life exists I believe that it will always be so. —– Albert Einstein われわれはより深く研究すればするほど,知りたいことがもっ とあるのを知る.人間の生命がある限り,私は常にそうだと信 じる. 本書は,「構造物の」と書名に冠しているが,もとより建築・土木あるいは機械工 学技術者のみに限ったテキストではなく,もっと広く“制御理論”を学ぼうとする読 者を対象としている.ただ,制御理論の適用対象として構造物に重きをおいているだ けである. “制御理論”は,18世紀のイギリスの産業革命とともにはじまったといわれている が,制御対象の数学モデルを状態空間という概念にもとづいて記述しはじめた1950 年代後半から急速に発展し,50年あまりを経た現在もなお盛んに研究が続けられて いる. 2010年6月にわが国の小惑星探査機「はやぶさ」が小惑星「イトカワ」に着陸して その地質サンプルを採取し,その後たび重なる技術的困難を克服して無事地球に帰還 したことは,われわれの記憶にまだ新しい.探査機をロケットで打ち上げ,ターゲッ トである小惑星までの軌道を算出し,それに沿って誘導し,ランデブーのあと着陸し てサンプルを採取して,再び地球への帰還軌道に乗せて無事カプセルを回収したが, これらのミッションはすべて無人—すなわち自動制御—で行われたのである.そ の根幹には高度に発展してきたシステム制御理論があり,わが国も制御技術立国であ ることを世界に証明したといえる.本書はこの“システム制御理論”の入門書である. 入門書とはいえ,ある程度の線形代数や微分方程式などの既修を念頭においている. 2012年5月,新しいテレビ塔として東京スカイツリーが開業した.この塔の揺れ に対する制御は,日本古来の技術である五重塔の心柱による制振方式を参考にしてい る.現在では高層・超高層ビルは全てなんらかの制振装置を備えている.そこには当

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ii はしがき 然“制御”の考え方が反映されていなければならない.通常,高層・超高層ビルでは, 屋上に制振装置を設置し,建物の揺れをアクティブに制御する.宇宙探査機と高層ビ ルの制御—これら2つは対象物としては全く異なるが—“制御”という思想,手 法はまったく同じである.そこに“システム制御理論”の普遍性がある.本書を執筆 するひとつの動機にその普遍性があった.著者は機械システム工学科あるいは情報シ ステム工学科に身をおいていたが,その間,建築工学科出身の博士課程大学院生にシ ステム制御理論を講義し,博士の学位論文の指導もした.そのおりに感じたことは, 建築工学科では建築関係の講義で精一杯で,“制御”の講義までは手が回っていない ということであった.そのため,制御工学科以外の学生でも独学で勉強できて普遍性 のあるテキストが必要との思いからできあがったのが本書である. 本書では,著者のこれまでの教育経験から,とくに, (ⅰ) できるだけ平易な記述で,自習書としても利用可能なテキスト. (ⅱ) 適度な例題や演習問題とその解答(略解)を付して理解を深めるようにする. ことに留意して執筆した. 本書の構成はつぎのようになっている. 第1章は序論であり,構造物へのシステム制御理論のかかわりを示し,第2章では, 建築構造物の数学モデル(運動方程式)のラグランジュ法による導出とその状態空間 モデルについて述べる.この状態空間モデルはシステム制御理論の展開にとって必要 不可欠である.第3章では,状態空間モデルにもとづいて構造物の(運動の)安定性 について述べ,さらに構造物の振動を抑制する制御法のひとつであるレギュレータに ついて述べる.第4章では,制御入力を構造物システムに入力しても,はたして本当 に制御ができるのかどうかを判定する,可制御性の概念とその数学的条件について述 べる.この可制御性の概念は,システム制御理論の根幹にかかわる本質的な概念であ る.また,構造物の振動を制御するためには,その振動状況がどのようであるかを, 計測器(観測器)によってモニタリングする必要があるが,本当にほしい情報が得ら れているのかという可観測性の概念とその数学的条件を導出する.さらに,設置した 計測器では直接に計測されない状態量を推定するためのオブザーバについて述べる. 第5章では,たとえば東京スカイツリーなどのような,階層的ではなく連続体として みなさなければならない構造物の数学モデルについて述べる.第6章では,現在まで に制御方式として考案されているレギュレータ方式,LQ制御方式およびH∞制御方 式について述べる. 高層ビルなどは風や地震動によって不規則(ランダム)に揺れる.そのような振動 波形は数学的に不規則過程あるいは確率過程とよばれる.第7章では,このような不

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はしがき iii 規則な外乱をうける構造物のシステムモデルと,確率過程の数学的な取り扱い方,お よび状態量の推定と制御について述べる.とくに,確率過程に対する状態推定法とし て有名なカルマンフィルタについて詳しく述べる.このカルマンフィルタは現在で は工学・非工学分野を問わずほとんどあらゆる分野において用いられている技術であ り,アメリカの月探査である“アポロ計画”やわが国の“はやぶさ”の軌道推定にも 用いられている. 第8章は,現在最も研究が盛んである,入出力データから構造物などの多次元数学 モデルを構築する部分空間システム同定法について述べ,さらに外乱である地震波と 風波形のモデリングについて著者の研究も含めて述べる. 現在では,理論をコンピュータシミュレーションによって確認する作業は不可欠で あり,そのための数式計算ソフトウェアMATLAB1 )が開発され非常に便利になって きている.しかし,あまりにも便利であるが故に理論を置き去りにしてその使い方の みに終始してはいないかと危惧する.今日では,人間が何年もかかる計算も瞬時に解 答を出してしまう知能型スーパーコンピュータが出現しているが,これはあくまで人 類の過去に経験したデータの蓄積から解答を引き出すものであって,決して人類のも つ“知的想像力”に及ぶものでないことを肝に銘じるべきであろう.したがって,必 ず指先ではなく“腕”を使って自分の頭脳で理論を理解してほしい. 本書は入門書であって,システム制御に付随して発生する問題の全てを網羅しては いない.本書からさらに進んで読者の興味のあるテーマに進まれんことを願う.各章 の冒頭に関連のある文章やフレーズを挿入し,脚注もできるだけ多く付して読者の興 味を惹くように心がけた.エピソードなどを勉学の合間に楽しんでいただければ幸い である. 2011年3月11日,マグニチュード9.0というわが国の歴史上最大の地震が東北地 方を襲った.津波をともなった未曾有の大災害によって多くの人命が奪われ,被災者 があふれ,しかも原発事故まで引き起こされてしまった.天災はいかんともし難いが, それを予測し,それに十分な備えをすることがどれほど重要であるかということを日 本国民一人一人が改めて感じた.“備えあればうれいなし”そのためにも建築構造物 に加わる外部エネルギーによって引き起こされる揺れにいかに対処するか—いかに 制御するか —が今まさに問われている. 最後に,本書の執筆を計画し,書きはじめてから出版まで永い年月を経てしまった. 脱稿まで辛抱強く待っていただいた森北出版株式会社出版部の各位に感謝を表す.本 1 ) システム制御,信号処理あるいはシステムのモデリングなどシステム科学全般に使える数値計算ソフト ウェアであり,システム制御で必要なマトリクス演算などの線形代数にかかわる数値計算もその機能に含ん でいる.

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iv はしがき 書の出版までの間に多くの(当時)大学院生であった諸君のお世話になった.とくに, 亀山建太郎博士(現 福井工業高等専門学校准教授)にはMATLABによる数値計算で 協力を得た.また,澤田祐一博士(現 京都工芸繊維大学准教授),新谷篤彦博士(現 大阪府立大学准教授),井嶋 博博士(現 和歌山大学准教授),松田吉隆博士(現 佐賀大 学助教)および湊 順子博士には研究をも含め種々の協力を得た.ここに深甚の謝意を 表す. 2012年10月 京都・修学院 一乗寺にて

大住 晃

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v

1

序 論 1 1.1 構造物の設計・制御へのシステム制御理論的アプローチ ...1 1.2 システム制御とは ...3 1.3 本書の利用にあたって ...5

2

構造物の数学モデル 8 2.1 運動方程式 ...8 2.2 ラグランジュの運動方程式 ... 14 2.3 モード方程式—運動方程式の非連成化 ... 21 2.4 状態方程式によるシステムの表現 ... 28 2.5 システム状態方程式の解 ... 32 2.6 システム状態方程式の離散時間表現 ... 34 2.7 線形システムの入出力表現 ... 36 演習問題 ... 37

3

システムの安定性と安定化 39 3.1 システムの安定性とは ... 40 3.2 リャプノフの安定性理論 ... 43 3.3 線形システムの安定性 ... 48 3.4 有界入出力安定性 ... 51 3.5 システムの安定化—レギュレータ ... 52 演習問題 ... 59

4

可制御性・可観測性と状態推定 61 4.1 可制御性 ... 62 4.2 可観測性 ... 64 4.3 可制御性と可観測性の判定法 ... 67 4.3.1 PBH (Popov-Belevitch-Hautus)判定法 67 4.3.2 グラムマトリクスによる判定法 70

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vi 目 次 4.4 システム状態量の推定—オブザーバ ... 71 4.5 低次元オブザーバ ... 75 演習問題 ... 80

5

連続体構造物の数学モデル 81 5.1 連続体の運動方程式の導出 ... 82 5.2 はりの運動方程式 ... 87 5.3 固有値問題 ... 92 5.4 運動方程式のモード表現 ... 96 5.5 例題—走行荷重による橋梁のたわみ振動 ... 102 5.6 有限次元システムモデル ... 104 5.7 スピルオーバ ... 108 演習問題 ... 109

6

構造物の制御 110 6.1 はじめに ... 110 6.2 レギュレータ方式 ... 112 6.3 LQ制御方式 ... 114 6.4 H∞制御方式 ... 120 6.4.1 周波数伝達関数を用いた評価規範 120 6.4.2 H∞制御の問題設定 124 6.4.3 H∞H2ノルムの評価 126 6.4.4 H∞/H2制御問題の解法 128 演習問題 ... 132

7

不規則外乱をうけるシステムの状態推定と制御 134 7.1 不規則外乱をうけるシステムの表現 ... 134 7.2 確率過程についての準備 ... 136 7.2.1 確率変数と確率分布 136 7.2.2 確率過程の平均値と共分散マトリクス 137 7.2.3 正規性確率過程 138 7.2.4 定常確率過程 139 7.3 不規則外乱の数学モデル—白色雑音 ... 139 7.4 白色雑音をうける線形システムとその応答 ... 143 7.5 スペクトル応答 ... 149 7.6 状態推定問題とは ... 151

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目 次 vii 7.7 カルマンフィルタ ... 153 7.7.1 最適推定量の条件 154 7.7.2 カルマンフィルタの導出 156 7.7.3 カルマンフィルタに対するコメント 161 7.7.4 定常カルマンフィルタ 163 7.7.5 有色雑音の場合 164 7.7.6 例 題 165 7.8 不規則外乱をうけるシステムの制御 ... 168 7.8.1 推定方程式 169 7.8.2 最適制御 171 7.8.3 定常制御 176 演習問題 ... 177

8

構造物の同定および外乱入力のモデリング 179 8.1 部分空間システム同定法 ... 179 8.1.1 システム同定とは 179 8.1.2 MOESP法 183 8.2 構造物モデルの同定 ... 192 8.2.1 構造物モデルの離散時間表現 193 8.2.2 変位z(t)を観測する場合の同定 194 8.2.3 加速度z(t)¨ を観測する場合の同定 196 8.3 地震波のモデリング ... 198 8.3.1 地震波モデリングの問題点 198 8.3.2 時変スペクトルを考慮した地震波のモデリング 199 8.3.3 チャープ信号を用いた地震波のモデリング 202 8.4 風速・風圧波形のモデリング ... 209 8.4.1 風外乱として満たすべき条件 209 8.4.2 変動風速のモデル 210 8.4.3 変動風圧のモデル 216 付録:ベクトルとマトリクス 219 A.1 ベクトルとマトリクス ... 220 A.2 種々のマトリクス ... 221 A.3 行列式 ... 223 A.4 マトリクスのランク ... 224

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viii 目 次 A.5 逆マトリクス ... 224 A.6 ケーリー・ハミルトン定理 ... 225 A.7 2次形式 ... 226 A.8 ブロック・マトリクス ... 229 A.9 マトリクスとベクトルに関する微分 ... 231 A.9.1 ベクトル,マトリクスの微分 231 A.9.2 スカラ関数の微分 231 A.10 マトリクスの分解 ... 232 演習問題解答 237 参考文献 249 索  引 256

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1

序 論

1930年代のもうひとつの私の興味ある経験は,グランドクー リ・ダムの事故調査だ.技術者たちはそのダムを設計したとき, 全てに安全係数を通常どおりにかけていた.にもかかわらず,ダ ムは水位が高まり始めると亀裂が生じた.多くの専門家たち,も ちろんカルテック(カリフォルニア工科大学)の土木工学者たち をも含めて,が至急によばれたが,この不可解な現象を誰一人と して解明することができなかったんだ.(中略)そこで彼らは土 木工学科の学科長であるロメオ・マーテル博士に,彼らを助けて くれる者がほかに誰かいないかと訊ねた. 「おそらく,ただ一人できる」とマーテル博士はいった.「その 名はカルマン(K´arm´an)」「だけど彼は土木工学の経験がありま せん」と技師たちは異議を唱えた.「承知している.しかし彼は 広い知見をもっている」とマーテルはいった.(中略) 私は簡単なひとつの計算を行うだけでよかった.つまりダムの 厚さと全長との比だ.(中略)「ダムに作用する力が設計された挫 屈の限界値を超えていたんだ」と私はいった.(著者訳)

— Theodore von K´arm´an with Lee Edson: The Wind and Beyond, The Theodore von K´arm´an; Pioneer in Aviation and Pathfinder in Space, Chap. 26, 19671 ).

本章では,現代制御理論がいかに構造物の設計や制御に貢献するのかについて述 べ,ついで本書を利用するにあたっての留意事項について述べる.

1.1

構造物の設計・制御へのシステム制御理論的アプローチ

近年,土地の有効利用という観点から高層ビルが世界各地で数多く建設されてきて おり,その傾向は今後もますます増大するものと思われる.高層ビルは低層ビルとは 1 ) テオドル・フォン・カルマン(Theodore von K´arm´an,1881-1963年).ハンガリー生れの米国の流体 工学者.円柱後方に発生する流体のカルマン渦列(K´arm´an vortex street,ドイツ・ゲッチンゲン大学大 学院生で,32歳のとき)の研究で有名.この自伝の邦訳は「大空への挑戦—航空学の父カルマン自伝」

(野村安正訳,森北出版,1995).日本では“カルマン”が慣用的に用いられているが,本来の発音は「カー ルマーン」(ハンガリー語では´aは長音の[ a : ])

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2 第1章 序 論 異なり軽量材で建設されることから,風や地震などわずかな外乱でビル自体の振動 (不規則振動)が誘起されやすく,したがってその振動を制御する必要性にせまられ る.一般的に,高層ビルやスパンの長い橋,あるいは宇宙ステーションのような構造 物は柔軟構造物(flexible structures)と総称され,その制御方式にはパッシブ,アク ティブおよびセミアクティブなどの方式があり,これまで数多く研究されてきている. 構造物の振動状態をとらえるにはその構造物の運動方程式—ダイナミクス—を 記述する数学モデルが不可欠であることはいうまでもない.建築物の耐震設計におい て重要な点は,構造物のせん断剛性と曲げ剛性を,低層ビルに比べて小さくして設計 することであるといわれており,そのせん断剛性と曲げ剛性の設計には構造物のダイ ナミクスが必要である.たとえば,構造物を塑性化させないためには,各層にわたる 剛性分布を,最大層間変形がなるべく均一に分布するように設計されるが,それにあ たっては主として構造物の1次モードが基礎となり,高次振動モードの影響について は得られた結果に修正を加えて設計がなされている.また,構造物に作用する風や地 震のような不規則外乱は,単純に静的な外力として考えることはできない.第3章 の冒頭に引用しているように,米国の著名な流体工学者フォン・カルマンはいみじく も構造物の設計にあたって“dynamic force”を考慮することが重要であると述べてい る.近年,とくに建築構造物の解析・設計において,この動的外力を考慮した研究が 盛んになってきており,成書も出版されている.これらは主として建築あるいは土木 工学者によって執筆されているが,とくに構造物の動的な取り扱いについてはシステ ム制御の観点からのアプローチが強く望まれる. 本章の冒頭に引用したのは第3章の冒頭と同じくフォン・カルマンの自伝の一節で ある.アメリカ・ワシントン州コロンビア川のグランドクーリ・ダムは,設計時にあ らゆる部分に通常の安全係数をかけていたのにもかかわらず,水位が高くなり始めた ときにひび割れが生じ,設計技術者達があわてふためいてカリフォルニア工科大学 (CalTech)の土木工学科主任教授にこの問題を解決できる専門家の紹介を依頼した. 主任教授は「おそらくこれに対処できるのはただ一人,その名はカルマン」といって フォン・カルマンの名を挙げた.技術者たちは「彼は土木の専門家ではない」と抗議 したが,他に頼る人材もないので,フォン・カルマンに話をしにやってきた.彼は技 術者たちがダムについて詳細な説明をしようとするのを遮って,ダムの全体図をみて ダムのアスペクト比を計算し,「これは水圧が設計された座屈の条件を超えている」と その原因を看破した.ダムの形状が薄板に似た構造をしていることから,薄板構造の データを使って再計算することと,航空機の胴体と同様に補強材を用いるよう進言し たという. この逸話は1930年代のこととはいえ,現代においても十分に通じる話である.つ

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1.2 システム制御とは 3 まり,一見なんの関係もない分野とみえても,“ダムが科学の原理に従って設計され るものである限りは,科学原理の問題として解決できる”という非常に示唆に富んだ 話である. 本書は,主として建築や土木関連の技術者,あるいはそれらを志そうとする学生諸 君を意識して現代システム制御理論について述べるものである.

1.2

システム制御とは

“システム制御”(systems control)とは,“時間的に変動するシステム(これを動的 システム[dynamical system]とよぶ)を自分の思いどおりの状態になるように人為的 に操作,すなわち制御すること”である.人為的に操作するにあたっては,それは自 動的になされるので“自動制御”(automatic control)ともよばれる. この自動制御の考え方は18世紀におけるイギリスの産業革命の発火点ともなっ た.ワット(James Watt,1736 - 1819年)の蒸気圧の制御(遠心調速機,govenor)を もって嚆矢としている.20世紀の二度にわたる世界大戦において,兵器の自動照準 や追跡用レーダーのサーボ機構などの開発を経て,1948年のアメリカのデトロイト・ オートメーションとよばれるように“自動工作機械+自動運搬機=オートメーション (automation)”がアメリカ・フォード社によって実現された.この頃から世にいわれ るオートメーション時代が開幕したといえる. 1950年代後半からアメリカと旧ソビエト連邦の宇宙開発競争が熾烈になるにとも ない,別の分野,具体的には原子炉の制御,科学プラントの制御などでもシステム制 御の理論の進展が求められてきた.その背後にはコンピュータの開発があり,制御理 論とコンピュータは切っても切れない密接な関係となり,それが結実したのがアメリ カのアポロ計画による人類の月面到達と帰還であろう. その後1980年代に入り,しだいに宇宙開発よりもわれわれ人類の直接に役に立つ 分野に目が向けられはじめ,工学はもちろんのこと,バイオロジー,エコロジー,医 療,社会システム,経済システムなど非工業分野への適用・応用が指向されて現在に 至っている. システム制御の学問分野では,1960年にエポックメイキングな論文がR. E.カルマ ン(R. E. Kalman)によって世に出されたのをひとつの節目として,それ以後の理論

展開を現代制御理論(modern control theory)とよび,それ以前の理論を古典制御理 論(classical control theory)と便宜上区別しているが,もとより“制御”という思想が 変わったのでもなければ目的が変ったのでもない.ただ,《数学的》アプローチが大き く変わり,それにともなって適用範囲が飛躍的に大きく広がったというべきであろう.

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4 第1章 序 論 「制御」の考え方あるいはその「技術」がさまざまな分野に進出し,それぞれの分 野で発展してきたことに注意をはらうべきであろう.個々の分野で特徴的な技術が抽 出され,それらが精選かつ洗練されて個々の分野を超越することで“制御理論”が発 達してきたといえる.さまざまな分野にまたがって洗練された理論は,逆にいえば現 在の多岐にわたる分野に適用・応用が可能な学問体系を有している.すなわち,“シ ステム制御は分野横断的科学技術である”といえる.建築・土木工学への適用ももち ろん例外ではない. 本書では,1950年代後半に提唱された状態空間表現にもとづいて展開される現代 システム制御理論について述べるが,それは制御の対象物の動特性とその動特性の状 態を計測(観測)する2本の式にもとづいて種々の問題が定式化され,解決されるも のである. 動的システムの制御に対する基本的な構造を図1.1に示す. 図1.1 制御システムの基本構造 制御仕様とするシステム(制御対象)の状態—たとえば建築構造物でいえば,各層 の変位や曲げ回転角など—を速やかに静止させる(平衡状態に戻す)ために,システ ムの情況を計測機器によって計測し,その得られたデータにもとづいて,どのような 入力を動的システムに入力すればよいのか,ということが動的システムの制御問題で あるが,これを実現するためにはこれに付随した数多くの問題を解決しなければなら ない.たとえば,まず動的システムの数学モデルを正確に構築することができるか, 動的システムの状態は必ずしもすべて計測できるとは限らないから,一部分の計測 データでもって制御できるのか,また制御するとはいってもどのような規範で行うの か,などの問題が発生する.システム制御分野では,図1.1の基本構造を念頭に解決 しなければならない問題がたくさんあるが,それらはつぎの3つに大別される. () 動的システムのモデリング(system modeling)  制御対象の動的挙動を表す運動方程式をどのようにして求めるか,また,それ

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1.3 本書の利用にあたって 5

にふくまれる種々のパラメータをどのようにして決定するのか.とくに後者の問 題は,システム同定問題(system identification problem)として現在もなお活発 に研究が続けられている分野である. () 動的システムの解析(systems analysis)  どのような入力に対して,システム状態量はどのようにふるまうのか. () 動的システムの設計(system synthesis)  システムの状態がある規範を満足するためには,それを実現する入力はどのよ うなものになるのか.また,それにあたってシステムの状態がすべて計測できる とは限らないので,直接計測できない状態量をどのようにして推定するのか. この3つはシステム制御の根幹にかかわる重要な問題である.本書ではこれら全般 にわたって述べる.

1.3

本書の利用にあたって

制御の対象となるシステムの運動方程式は微分方程式によって数学的に記述され, これをシステムのダイナミクス(dynamics)とよぶ.たとえば,質量・ばね・ダシュ ポット系を考えると,そのダイナミクスはつぎのように記述される. m¨x(t) + c ˙x(t) + kx(t) = f (t) ただし,x(t)は変位,m, c, kはそれぞれ質量,減衰係数およびばね定数であり,f (t) は外力である. ここで,作用素L(·) = m d2(·)/dt2+ c d(·)/dt + k(·)を定義する.そこで,f1(t), f2(t)に対する変位をそれぞれx1(t), x2(t),すなわちL[ x1] = f1, L[ x2] = f2とす ると, L[ α1x1+ α2x2] = md 2 dt21x1+ α2x2) + c d dt(α1x1+ α2x2) +k(α1x1+ α2x2) = α1{m¨x1(t) + c ˙x1(t) + kx1(t)} + α2{m¨x2(t) + c ˙x2(t) + kx2(t)} = α1f1(t) + α2f2(t) が成り立つ.α1, α2は定数である.すなわち,L[· ]に対して, L[ α1x1+ α2x2] = α1L[ x1] + α2L[ x2] の関係が成り立つ.このような作用素Lを線形作用素(linear operator)といい,こ のような性質をもつ微分方程式を線形微分方程式(linear differential equation)と いう.線形微分方程式ではf (t) = α1f1(t) + α2f2(t)に対する解に対してx(t) =

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6 第1章 序 論 α1x1(t) + α2x2(t)という重ね合わせ(superposition)が成り立つ.線形微分方程式に よってその運動方程式が記述されるシステムを線形システム(linear system)とよぶ. 大学の工学系学科では微分方程式論と線形代数は必修科目となっているので本書を 読み進めるにはそれほどの困難を感じないと思われるが,システム制御理論では逆マ トリクス補題や,スカラ関数のベクトルあるいはマトリクスによる微分など特有の演 算があるので,必要に応じて巻末の付録を参照されたい. 最後に,本書での記号について触れておく.建築・土木関連のテキストでは,たと えば [ M ]{¨x(t)} + [ D ] { ˙x(t)} + [ K ] {x(t)} = {0} のように慣用的にベクトルやマトリクスには{ }や[ ]の括弧を付けているが,シ ステム制御分野ではこのような煩わしい記号は用いず,原則としてベクトルは小文字 で,マトリクスは大文字で,上述のような例では, M ¨x(t) + D ˙x(t) + K x(t) = 0 のようにすっきりした式で記述する.スカラ量も原則的には小文字で記述されるが, そうでない場合にはそのつど説明を加える. 単位マトリクスをIで表し,その次元を明確にするときにはInのように表記する. n× m次元零マトリクスをOn×mで,特にm = nのときにはOnと表記する.場合 によっては,単に0で表記することもある.全ての要素が零のベクトルは単に0と表 記する.ベクトルは原則として列ベクトルとして定義し,ベクトルおよびマトリクス の転置はaT, AT のように右肩にTを付す.また,マトリクスA = [ aij]の行列式を

What we currently call mathematical system theory is (if I may say so) a marvelous beginning, a real promise that the new science is doable, just like when Galileo and Newton showed that physics was (then) doable.

われわれが“数学的”システム理論と一般によんでいるものは (もしそのようによばせてもらうならば)それは,大いなるはじま りであり,ちょうどガリレオやニュートンが(その当時)物理学 が役に立つということを証明したのと同様に,新科学が役に立つ という正真正銘のきざしである. — R. E. Kalman, 19761 )

Never lose a holy curiosity. — Albert Einstein

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1.3 本書の利用にあたって 7 |A|またはdet Aで,トレース主対角和 ni=1aii  をtr Aで,Aが対角マトリクス のとき,A = diag{a11, a22,· · · , ann}のように表記する.表記A := B“AB として定義する”という意味であり,B := Aも同じである.その他,式番(4.1)bisは (4.1)式の再掲を,const.,I.C.,B.C.はそれぞれ定数,初期条件,境界条件を,また (Q.E.D.)は“証明終わり”を表すのは通常の数学の成書の表記と同じである.

(19)

8

2

構造物の数学モデル

My theme:

1. Get the physics right.

2. After that, it is all mathematics.

私の研究のやり方: 1. 物理学を正しく捉える.2. そうすれば, あとはすべて数学.

— R. E. Kalman: The Evolution of System Theory; My Memories and Hopes, Plenary Lecture at 16th IFAC World Congress, Prague, July 4, 20051 ). 構造物の制御においては,制御理論にもとづいた議論がなされ,それによって制 御方式が導かれる.そのためには構造物の運動を規定する運動方程式(ダイナミク ス)が必要になる.これは変位に対する連立の2階微分方程式として表現されるが, 現代制御理論を適用するためにはこれらを状態空間表現することが必要である.本 章では,構造物の運動方程式の導出の仕方と,その状態空間表現を中心に述べる. 状態空間表現にはベクトルとマトリクス(行列)の演算が不可欠であるが,これら については付録にまとめているので参照されたい.

2.1

運動方程式

構造物の運動方程式を求める簡単な例題からはじめよう. 例題2.1 構造物ではないが図2.1に示す1自由度質量・ばね系の運動方程式を求めよう.同 図のようにx(t)を静止状態からの変位,u(t)を外力とすると,水平方向の力のつり合 1 ) ルドルフ・エミル・カルマン(Rudolf Emil Kalman,1930年- ).7.7.2項の脚注参照.なお,タイトル

A. Einstein and L. Infeld: The Evolution of Physics (The Cambridge Univ. Press,1961) (邦訳:A.アインシュタイン/L.インフェルト「物理学はいかに創られたか(上・下)」石原 純訳,岩波新 書)を意識してつけられたように著者には思われる.

(20)

2.1 運動方程式 9 いより, m¨x(t) + kx(t) = u(t) (2.1) という運動方程式を得る.これは変位x(t)に対する2階の常微分方程式であり,その 解は初期条件を x(0) = x0,x(0) = ˙˙ x0 とすると x(t) = x0cos ωt +x˙0 ω sin ωt + 1  t 0 u(τ ) sin ω(t− τ) dτ (2.2) と与えられる.ここで,ω =k/mは自由振動に対する自然振動数である. 図2.1 外力u(t)を受ける1自由度質量・ばね系 (2.2)式からもわかるように,解x(t) を求めるにあたってはx0 とx˙0 の2つの初 期条件が必要である.そこで,x(t)x(t)˙ を要素にもつ2次元ベクトルx(t) を, x(t) = ⎡ ⎣x(t) ˙ x(t) ⎤ ⎦ (2.3) と定義する.その要素を改めてx1(t), x2(t)とすると,x1(t) = x(t), x2(t) = ˙x(t)で あり,x˙1(t) = x2(t),また(2.1)式より, ˙ x2(t) =−k mx1(t) + 1 mu(t) であるから, ⎧ ⎪ ⎨ ⎪ ⎩ ˙ x1(t) = x2(t) ˙ x2(t) =−k mx1(t) + 1 mu(t) という連立方程式を得る.この連立方程式をベクトル表示すれば, ⎡ ⎢ ⎣ ˙ x1(t) ˙ x2(t) ⎤ ⎥ ⎦ = ⎡ ⎣ 0 1 mk 0 ⎤ ⎦ ⎡ ⎢ ⎣ x1(t) x2(t) ⎤ ⎥ ⎦ + ⎡ ⎣ 01 m⎦ u(t)

(21)

10 第2章 構造物の数学モデル となる.これを, ˙ x(t) = Ax(t) + bu(t) (2.4) のように記述する.ここで, A = ⎡ ⎣ 0 1 −k m 0 ⎤ ⎦ , b = ⎡ ⎣ 01 m ⎤ ⎦ である. (2.3) 式のベクトルx(t)を状態ベクトル,(2.4) 式を状態方程式とよぶ.ここで大 事なことは,変位x(t)に対する2階の微分方程式(2.1) が,(x1(t), x2(t))という変 数を導入することによってそれらに関する1階の連立微分方程式に変換されたという ことである.すなわち,2階の微分方程式が(2次元ベクトルの) 1階微分方程式に変 換されたということである. 例題2.2 図2.2に示すような3階建て構造物の運動方程式を求めてみよう.各層の床mi は 風などの外力wi(t)を受けて変位し,基準線(reference axis)からの変位量をそれぞ れzi(t)とする.mi, di, kiは各層の質量,減衰係数およびばね定数である. 各層の水平方向の力のつり合いを考えると次式を得る. 図2.2 3階建て構造物

(22)
(23)

110

6

構造物の制御

Control Theory is supposed to deal with physical sys-tems, and not merely with mathematical objects such as a differential equation or a transfer function.We must there-fore pay careful attention to the relationship between phys-ical systems and their representation via differential equa-tions, transfer funcequa-tions, etc.

「制御理論」は物理システムを扱うことを前提にしているので あって,単に微分方程式や伝達関数といった数学的対象物を前提 にしているのではない.だから,われわれは物理システムとそれ の微分方程式や伝達関数などといった(数学)表現との間の関係 に十分な注意を払わなければならない. — R.E.Kalman, 1963. 構造物—特に建築構造物などは外部からなんらかの(強制)入力が加わることに よって振動を起こす.この外部からの(望ましくない)入力を総称して外乱とよぶ. 実際,建物や橋梁などの構造物は風や地震などの不規則な外乱を受けて振動を起こ す.本章では,構造物の制御 (制振)問題について述べる.

6.1

はじめに

構造物の制御というのは,なんらかの外乱によって誘起された振動を速やかに減衰 させ,平衡状態に戻すことと考えてよい.通常考えられる—–たとえば,車や航空機, あるいは圧延機械などの制御では,それらの速度や高度,加速度あるいは板厚を希望 の状態にするという制御であるが,構造物では上述のように平衡状態に戻す(あるい は平衡状態に保つ)という点が異なるだけで,これまで発展してきた制御理論が適用 できるのはいうまでもない. 建築構造物(ビル)は地震動や風などの外乱によって振動を起こす.とくに地震動 に対する設計法として,主として建物を耐震,免震あるいは制震構造とすることが考 えられている.大雑把であるがこれらはつぎのように説明される.「耐震」構造はそ

(24)

6.1 はじめに 111 の字のごとくビルを頑丈につくることであるが,地震のエネルギーを吸収することが 難しく,地震の揺れ(卓越周期)と建物の固有周期とが共振してしまう可能性が高い. 「免震」構造は,土台と建物の間にゴムと金属板を交互に挟んだ積層ゴムを設置し,地 震動をそれによって吸収して建物への振動を遮断しようとする設計法である.「制震」 構造は,地震や風による揺れに抗する制御力を発生させる装置を設置し,それによっ て建物の揺れを小さくしようという方法である.それらにはいろいろな方式が考案さ れているが,その代表例は図2.4に示したような錘を構造物の屋上に設置し,それを 制御理論にもとづいて動かすアクティブ制御タイプである1 ).本章では,その制御理 論について述べる. 外乱(disturbance)には大別して,図6.1 ( a )に示したような滑らかな波形,同図 ( b )のように衝撃的に入力される波形,( c )のような不規則な(random)波形をもつ 外乱がある.図( a )はいくつかの正弦波を重ね合わせた(滑らかな)確定的な波形と 図6.1 種々の外乱波形 1 ) 世界最初の制震ビルは,1989年に完成した京橋成和ビル(現在の東京・京橋センタービル/間口4 m,高 さ33 m,10階建て)である.建築関係では「制震」という文字が用いられているが,本来地震(動)を人 為的に制御できるはずはなく,“地震によって発生するビルの振動を制御する”という意味であるので,「制 振」を用いるべきであろう.なお,超高層ビルの地震や風対策などについては,前出の鹿島編「図解・超高 層ビルのしくみ—建設から解体までの全技術」(ブルーバックス,講談社,2010)が参考になる.

(25)

112 第6章 構造物の制御 みなせ,図( c )は地震波などのように白色雑音とみなして確率的な取り扱いが必要に なる.したがって,外乱の性質によって制御理論もそれに適合したものを用いなけれ ばならない. 現代制御理論ではつぎのような制御方式が考えられている. (ⅰ) レギュレータ方式 (ⅱ) LQ制御方式 (ⅲ) H∞ 制御方式 本章ではそのそれぞれについて説明する.

6.2

レギュレータ方式

線形時不変システム, Σ : ⎧ ⎨ ⎩ ˙ x(t) = Ax(t) + Bu(t) y(t) = Cx(t) (6.1) を考える.ここで,x(t)∈ Rn は状態ベクトル,y(t)∈ Rm は観測(出力)ベクト ル,u(t)∈ R は制御ベクトルである.(6.1)式のシステムの平衡状態はx(t)≡ 0で あり,なんらかの(初期)外乱によって生じた平衡状態からのずれを元の状態に戻す ためには,3.5節で述べたレギュレータを構成すればよい.すなわち,u(t) = F x(t) としてマトリクスA + BF が安定になるようにフィードバックゲインF を設計すれ ばよいが,x(t)が一般的には直接観測可能ではないのでただちにそのようにはできな い.そこで,x(t)に代わってその推定値ˆx(t)を用いて, u(t) = F ˆx(t) (6.2) によって制御する.ここでは,推定値x(t)ˆ の生成にあたっては,4.5節で述べた最小 次元オブザーバを用いることにする.すなわち,x(t)ˆ は次式によって生成されるもの とする. ⎧ ⎨ ⎩ ˆ x(t) = Dz(t) + Hy(t) ˙

z(t) = ˆAz(t) + ˆBu(t) + Ky(t) (z(t)∈ Rn−m)

(6.3) このように,オブザーバをレギュレータに併用したとき,制御ゲインF およびオ ブザーバの各マトリクスをどのように決定すればよいのか? 結論からいえば,F は 3.5節で述べたレギュレータの設計法で,またオブザーバは4.5節で述べた方法でそ れぞれ別々に設計すればよい.このことを確かめてみよう.(6.2)式を(6.1)式に代入 し,さらに(6.3)式の第1式を用いると,

(26)

6.2 レギュレータ方式 113 ˙ x(t) = Ax(t) + BF ˆx(t) = Ax(t) + BF [ Dz(t) + Hy(t) ] = (A + BF HC)x(t) + BF Dz(t) (y(t) = Cx(t)) また(6.3)式より, ˙ z(t) = ˆAz(t) + ˆBF ˆx(t) + Ky(t)

= ˆAz(t) + M BF [ Dz(t) + Hy(t) ] + Ky(t) = ( ˆA + M BF D)z(t) + (M BF H + K)Cx(t) となる.ここで,B = M B ((4.33c)ˆ 式)を用いた.これら2つをまとめると, ⎡ ⎣x(t)˙ ˙ z(t) ⎤ ⎦ = ⎡ ⎣ A + BF HC BF D (M BF H + K)C A + M BF Dˆ ⎤ ⎦ ⎡ ⎣x(t) z(t) ⎤ ⎦ (6.4) が得られる.ここで,推定誤差に相当するベクトル((4.30)式), η(t) = z(t)− Mx(t) (6.5) を定義すれば, ⎡ ⎣x(t) η(t) ⎤ ⎦ = ⎡ ⎣ I 0 −M I ⎤ ⎦ ⎡ ⎣x(t) z(t) ⎤ ⎦ であるので,(6.4)式はつぎのようにx(t)η(t)に関して等価に変換される. ⎡ ⎣x(t)˙ ˙ η(t) ⎤ ⎦ = ⎡ ⎣ I 0 −M I ⎤ ⎦ ⎡ ⎣x(t)˙ ˙ z(t) ⎤ ⎦ = ⎡ ⎣ I 0 −M I ⎤ ⎦ ⎡ ⎣ A + BF HC BF D (M BF H + K)C A + M BF Dˆ ⎤ ⎦ ⎡ ⎣x(t) z(t) ⎤ ⎦ = ⎡ ⎣A + BF HC BF D KC− MA Aˆ ⎤ ⎦ ⎡ ⎣x(t) z(t) ⎤ ⎦ = ⎡ ⎣A + BF HC BF D KC− MA Aˆ ⎤ ⎦ ⎡ ⎣ I 0 M I ⎤ ⎦ ⎡ ⎣x(t) η(t) ⎤ ⎦ = ⎡ ⎣A + BF (HC + DM ) BF D KC− MA + ˆAM Aˆ ⎤ ⎦ ⎡ ⎣x(t) η(t) ⎤ ⎦

(27)

114 第6章 構造物の制御 ここで,最小次元オブザーバの構成条件式(4.33a)および(4.33b)式(4.5節参照)に 留意すると ⎡ ⎣x(t)˙ ˙ η(t) ⎤ ⎦ = ⎡ ⎣A + BF BF D 0 Aˆ ⎤ ⎦ ⎡ ⎣x(t) η(t) ⎤ ⎦ (6.6) となる.この拡大システムの特性方程式は, 0 =    sI− (A + BF ) −BF D 0 sI− ˆA    =| sI − (A + BF ) | | sI − ˆA| (6.7) となる (付録 A.8の (A.13c) 式参照).これより,A + BF の固有値と Aˆ の固有 値は互いに独立であることがわかる.すなわち,レギュレータの固有値とオブザー バのそれらは全く別々に指定できることがわかる.この事実は推定と制御の分離性

(separation property of the observer-regurator design procedure)が成り立つこと を意味している. まず,オブザーバを指定したい極 {γii = 1, 2,· · ·, n − m}をもつように設計し, また制御ゲインF をレギュレータが指定したい極 {μii = 1, 2,· · ·, n}をもつよう に設計すれば,オブザーバの出力x(t)ˆ を (6.2)式のようにフィードバックすればよ いことがわかる.ここで,留意しておきたいのは,なるべく速くよい推定値を得るた めには一般に{γi}を複素平面上で {μi} よりさらに左側に設定する必要があるとい うことである.

6.3

LQ 制御方式

レギュレータ方式では,レギュレータの極を指定することによって制御の速さが決 定される.本節では,制御に要するエネルギーをも加味したアクティブな制御方式に ついて述べる. 前節でみたように,推定と制御は分離して設計することが可能であるので,ここで はシステム状態量x(t)は直接測定可能として議論するが,そうでないときには観測 値y(t)を用いてオブザーバを設計して,x(t)の代わりにx(t)ˆ を用いればよい. 対象とするシステムは線形時不変システム, ˙ x(t) = Ax(t) + Bu(t), x(0) = x0 (6.8)

(28)

6.3 LQ制御方式 115 (x(t)∈ Rnu(t)∈ R)とする.制御入力を設計するにあたって,(非負の)汎関数1 ), J (u) =  T 0 [ xT(t)M x(t) + uT(t)N u(t) ] dt (6.9) が最小となるように {u(t), 0  t  T } を求めることを考える.ここで,MN はそれぞれ非負値対称および正定値対称マトリクスである.被積分関数の第1項 xT(t)M x(t)は平衡状態x(t)≡ 0からのずれ(の自乗)に,また第2項uT(t)N u(t) は制御エネルギーに相当する.(6.9) 式を評価汎関数(performance index) あるいは 被積分関数が x(t)および u(t)のそれぞれの2次形式になっていることから 2次形 式コスト汎関数(quadratic cost functional)とよぶ.制御時間区間[ 0, T ][ 0,∞ )

であってもよい.

(6.9) 式の評価汎関数を最小にする{u(t)} を求める問題は最適制御問題(optimal control problem),あるいは最適レギュレータ問題(optimal regulator problem)とい い,それを求める方法はアメリカの数学者リチャード・ベルマン(Richard Bellman, 1920 -1984年) によってダイナミック・プログラミング法の名で開発されているが, ここではもっと直截的な方法によって最適制御量を求めてみる2 ).制御量u(t)u(t) = F x(t) のように状態量x(t) のフィードバック形で得られると仮定すれば, (6.9) 式の被積分関数は x(t) の2次形式となる.そこで,x(t) に関する2次形式 xT(t)Π(t)x(t)を考える.ただし,Π(t)n× n次元非負値対称マトリクスである. このとき, d dt[ x T (t)Π(t)x(t) ] = ˙xT(t)Π(t)x(t) + xT(t) ˙Π(t)x(t) + xT(t)Π(t) ˙x(t) = [ Ax(t) + Bu(t) ]TΠ(t)x(t) + xT(t) ˙Π(t)x(t) + xT(t)Π(t)[ Ax(t) + Bu(t) ] = xT(t) [ ˙Π(t) + Π(t)A + ATΠ(t) ] x(t) + xT(t)Π(t)Bu(t) + uT(t)BTΠ(t)x(t) この右辺に0 =−[ xT(t)M x(t) + uT(t)N u(t) ] + xT(t)M x(t) + uT(t)N u(t)を加え て変形すると, =− [ xT(t)M x(t) + uT(t)N u(t) ] + xT(t) [ ˙Π(t) + Π(t)A + ATΠ(t) + M ] x(t) 1 ) 汎関数(functional)とは,ある集合上で定義された関数{u}のつくる実数値関数をいい,記号的に J(u)などと記す. 2 ) ダイナミック・プログラミング法については,7.8節参照.

(29)
(30)

179

8

構造物の同定および外乱入力

のモデリング

Build your models from data, not from assumptions. (数学的)モデルはデータから創りなさい.決して仮定からでは ありません.

— R. E. Kalman, Discovery and Invention: The Newtonian Revolution in System Technology, 20031 ) 本章では,近年盛んに研究されてきている,入出力データから未知のシステムの 状態空間モデルを構築する部分空間システム同定法と,それに立脚した建築構造物 のマトリクスである質量,ダンパー,剛性(M, D, K) を振動計測データから推定 (同定)する方法について述べ,ついで建築構造物の外生入力(exogenous input)と して代表的な,地震波と風外乱の数学モデルの構築について述べる.

8.1

部分空間システム同定法

8.1.1

システム同定とは

部分空間システム同定法(subspace[-based] system identification method)は,入 出力データから生成されるブロックハンケル・マトリクス(これをデータマトリクス とよぶ)によって張られる空間を QR分解と特異値分解(SVD) を用いて(近似的に)

1 ) カルマンについては7.7.2項の脚注参照.西洋科学の歴史において,ニュートン(Issac Newton, 1642-1727年)が「自然哲学の数学的諸原理」(“Philosophiae Naturalis Principia Mathematica,”通称「プ リンキピア」)の第2版(1713)を出すにあたって巻末に付加した「一般的注解」(Scholium Generale)に ある有名な言葉“Hypotheses non fingo.” (私は仮説を立てない)が“I do not ‘frame’ hypotheses.”

という意味にあえて訳されているが,正しくは上記のように現代人としては理解すべきだとカルマンは主張 している.“hypotheses”は複数形であるから,その中に“神の存在”も含まれていることは明らかだろ う.時代は下がって,皇帝ナポレオンは,ラプラス が「天体力学」を献呈したとき,宇宙の創造者につい て一言も触れていないことを指摘した.彼は((Sire,je n’ai pas eu besoin de cette hypoth`ese.)) (陛

下,私にはそのような仮説は必要ございませんでした)と答えた.これと同じことをラグランジュにも繰り

返した.ラグランジュは答えた.「はい,でもそれは立派な仮説でございます.そしてとてもたくさんのこ とが説明されております」

(31)

180 第8章 構造物の同定および外乱入力のモデリング 求めることによって,対象とするシステムの(線形)状態空間モデルを構築しようと いう方法であり,多入力多出力システムへの応用が可能である. 図8.1 入出力関係 図8.1に示すようにシステムΣD が(既知)入力u(k)をうけて出力y(k)を生成す るものとする.このとき,システムΣD が線形システムであるとして, ΣD ⎧ ⎨ ⎩ x(k + 1) = Ax(k) + Bu(k) y(k) = Cx(k) + Du(k), k = 0, 1, 2,· · · (8.1) のように離散時間モデルで与えられるものと仮定する(2.6節参照.ただし,(2.77) 式のF , Gを,部分空間法の多くの論文に従ってそれぞれA, B と表現するので混同 しないようにされたい). ここで,u(k)∈ Rは入力,y(k)∈ Rm は出力ベクトル,x(k)∈ Rnはシステム状 態量であり,その次元nは未知,また(A, B, C, D)はそれぞれ定数マトリクスである がいずれも未知である.したがって,(8.1)式で記述されるシステム同定問題(system identification problem)とは,入出力データ{u(k), y(k)}が得られたとき,システム の次元nと未知マトリクス(A, B, C, D)を推定(これを“同定する”[to identify]と いう)することである1 ).

システム同定では,同定入力として白色雑音を用いることが多いので,離散時間シ ステムモデルΣD において{u(k)}を正規性白色雑音系列とする.正規性白色雑音系 列(white Gaussian random sequence)であるとは,その確率分布が正規性で,共分 散マトリクスが,

E{[ u(k) − E{u(k)} ][ u() − E{u()} ]T} = Q kδk

である確率系列である.ここで,Qkは非不負定値マトリクスであり,δkはクロネッ

1 ) to estimate = to calculate approximately (the amount, extent, magnitude, etc.); to identify = recognize as being a specified person or thing, associate (onself) closely in feeling or interest (with a person, idea, etc.) のように両者には明確な区別がある.日本語では,推定=推測して決定する こと;同定=①同一であることを見きわめること,②生物の分類上の所属を決定すること(広辞苑)とある. したがって,“システム同定”とは入力がどのようなシステムを経由して出力データが得られたのかを問い, そのシステムはこれだと見きわめることだといえよう.

(32)

8.1 部分空間システム同定法 181 カー・デルタ1 )である.つまり時点k (= tk) (= t)とが異なればu(k)u() とは互いに相関がない(すなわち,白色性)系列である.以後,簡単のために平均値は 零(E{u(k)} = 0)とする. この白色雑音系列 {u(k)}は,7.3節で導入した正規性白色雑音過程{w(t)}の離 散時点 tk での値{w(tk)}とは異なるので留意されたい.このことをみてみよう.そ こで, w(h)(t) = u(k), tk t < tk+ h (h > 0) で定義される過程を考える.ここで,{u(k)}は平均零,共分散E{u(k)uT()} = Q δk の白色雑音系列である.問題はh→ 0のときu(k) = w(h)(t)|h=0= w(tk)となるか どうかである. ここで,確率過程, ξ(k) =  tk+h tk w(h)(t) dt を考える.明らかにE{ξ(k)} = 0である.その共分散は, E{ξ(k)ξT()} =  tk+h tk  t+h t E{w(h)(t)[ w(h)(τ ) ]T} dτ dt =  tk+h tk  t+h t E{u(k)uT ()} dτ dt =  tk+h tk Q dt = Q h となるが,これはh→ 0の極限では零になる.このことは,{ξ(k)}過程を確率過程 として定義したにもかかわらず,h→ 0 の極限では確定過程になることを示してお り,これは物理的にも不合理である.しかし,QQ/hで置き換えれば{ξ(k)}は 確率過程として意味をもち,しかもQ/h→ Q · (Dirac delta) (h → 0) となるので, w(h)(t)は白色雑音とみることができる. 例題8.1 入出力データ{u(k), y(k)}k=0,1, ··· ,5 が得られたとする.このとき,

1 ) レオポルト・クロネッカー(Leopold Kronecker,1823-1891年).ドイツの数学者.“God made the

integers; all the rest is the work of man.”(神が整数を造りたもうた.その他(の数)はすべて人間の 成果である)は彼の言葉.

クロネッカー・デルタ(Kronecker’s delta): δk= 

1 (k = ) 0 (k = )

(33)

構造物のシステム制御 © 大住晃 2013 2013 年 1 月 23 日 第 1 版第 1 刷発行 【本書の無断転載を禁ず】 著  者 大住 晃 発 行 者 森北博巳 発 行 所 森北出版株式会社 東京都千代田区富士見 1-4-11(〒 102-0071) 電話 03-3265-8341 / FAX 03-3264-8709 http://www.morikita.co.jp/ 日本書籍出版協会・自然科学書協会・工学書協会 会員 <(社)出版者著作権管理機構 委託出版物> 落丁・乱丁本はお取替えいたします.

Printed in Japan / ISBN978-4-627-92131-3

   著 者 略 歴

大住 晃(おおすみ・あきら),OHSUMI, Akira

1943 年 京都市に生まれる

1969 年 京都工芸繊維大学大学院工芸科学研究科(生産機械工学専攻)修了 1983 年 文部省在外研究員(長期)として,アメリカ・ハーバード大学

応用科学科(Division of Applied Sciences) に派遣留学

1989 年 京都工芸繊維大学機械システム工学科および大学院工芸科学研究科教授 2007 年 京都工芸繊維大学定年退職 同大学名誉教授 2007 年 宮崎大学工学部情報システム工学科教授 2009 年 宮崎大学定年退職 現在に至る 工学博士  専門はシステム制御理論.とくに,確率システムの制御 , 推定,同定 , 信号処理などの研究に従事.システム制御情報学会名誉会員,計測自動 制御学会フェロー.著書に『確率システム入門』(朝倉書店,2002),『線形 システム制御理論』(森北出版,2003;計測自動制御学会著述賞受賞)など. 編集担当 水垣偉三夫・小林巧次郎(森北出版) 編集責任 石田昇司(森北出版) 組  版 アベリー 印  刷 エーヴィスシステムズ 製  本 ブックアート

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