8.1.1 システム同定とは
部分空間システム同定法(subspace[-based] system identification method)は,入 出力データから生成されるブロックハンケル・マトリクス(これをデータマトリクス とよぶ)によって張られる空間を QR分解と特異値分解(SVD) を用いて(近似的に)
1 ) カルマンについては7.7.2項の脚注参照.西洋科学の歴史において,ニュートン(Issac Newton, 1642-1727年)が「自然哲学の数学的諸原理」(“Philosophiae Naturalis Principia Mathematica,”通称「プ リンキピア」)の第2版(1713)を出すにあたって巻末に付加した「一般的注解」(Scholium Generale)に ある有名な言葉“Hypotheses non fingo.” (私は仮説を立てない)が“I do not ‘frame’ hypotheses.”
という意味にあえて訳されているが,正しくは上記のように現代人としては理解すべきだとカルマンは主張 している.“hypotheses”は複数形であるから,その中に“神の存在”も含まれていることは明らかだろ う.時代は下がって,皇帝ナポレオンは,ラプラス が「天体力学」を献呈したとき,宇宙の創造者につい て一言も触れていないことを指摘した.彼は((Sire,je n’ai pas eu besoin de cette hypoth`ese.)) (陛 下,私にはそのような仮説は必要ございませんでした)と答えた.これと同じことをラグランジュにも繰り 返した.ラグランジュは答えた.「はい,でもそれは立派な仮説でございます.そしてとてもたくさんのこ とが説明されております」
180 第8章 構造物の同定および外乱入力のモデリング
求めることによって,対象とするシステムの(線形)状態空間モデルを構築しようと いう方法であり,多入力多出力システムへの応用が可能である.
図8.1 入出力関係
図8.1に示すようにシステムΣD が(既知)入力u(k)をうけて出力y(k)を生成す るものとする.このとき,システムΣD が線形システムであるとして,
ΣD
⎧⎨
⎩
x(k+ 1) =Ax(k) +Bu(k)
y(k) =Cx(k) +Du(k), k= 0,1,2,· · · (8.1) のように離散時間モデルで与えられるものと仮定する(2.6節参照.ただし,(2.77) 式のF,Gを,部分空間法の多くの論文に従ってそれぞれA,B と表現するので混同 しないようにされたい).
ここで,u(k)∈Rは入力,y(k)∈Rm は出力ベクトル,x(k)∈Rnはシステム状 態量であり,その次元nは未知,また(A, B, C, D)はそれぞれ定数マトリクスである がいずれも未知である.したがって,(8.1)式で記述されるシステム同定問題 (system
identification problem)とは,入出力データ{u(k), y(k)}が得られたとき,システム
の次元nと未知マトリクス(A, B, C, D)を推定(これを 同定する [to identify]と いう)することである1 ).
システム同定では,同定入力として白色雑音を用いることが多いので,離散時間シ ステムモデルΣD において{u(k)}を正規性白色雑音系列とする.正規性白色雑音系
列(white Gaussian random sequence)であるとは,その確率分布が正規性で,共分
散マトリクスが,
E{[u(k)− E{u(k)}][u()− E{u()}]T}=Qkδk
である確率系列である.ここで,Qkは非不負定値マトリクスであり,δkはクロネッ
1 ) to estimate = to calculate approximately (the amount, extent, magnitude, etc.); to identify
= recognize as being a specified person or thing, associate (onself) closely in feeling or interest (with a person, idea, etc.) のように両者には明確な区別がある.日本語では,推定=推測して決定する こと;同定=①同一であることを見きわめること,②生物の分類上の所属を決定すること(広辞苑)とある.
したがって, システム同定 とは入力がどのようなシステムを経由して出力データが得られたのかを問い,
そのシステムはこれだと見きわめることだといえよう.
8.1 部分空間システム同定法 181 カー・デルタ1 )である.つまり時点k (=tk)と(=t)とが異なればu(k)とu() とは互いに相関がない(すなわち,白色性)系列である.以後,簡単のために平均値は 零(E{u(k)}= 0)とする.
この白色雑音系列 {u(k)} は,7.3節で導入した正規性白色雑音過程{w(t)}の離 散時点 tk での値{w(tk)}とは異なるので留意されたい.このことをみてみよう.そ こで,
w(h)(t) =u(k), tkt < tk+h (h >0)
で定義される過程を考える.ここで,{u(k)}は平均零,共分散E{u(k)uT()}=Q δk
の白色雑音系列である.問題はh→0のときu(k) =w(h)(t)|h=0=w(tk)となるか どうかである.
ここで,確率過程,
ξ(k) = tk+h
tk
w(h)(t)dt を考える.明らかにE{ξ(k)}= 0である.その共分散は,
E{ξ(k)ξT()}= tk+h
tk
t+h t
E{w(h)(t)[w(h)(τ) ]T}dτ dt
= tk+h
tk
t+h t
E{u(k)uT()}dτ dt
= tk+h
tk
Q dt=Q h
となるが,これはh→0の極限では零になる.このことは,{ξ(k)}過程を確率過程 として定義したにもかかわらず,h→0 の極限では確定過程になることを示してお り,これは物理的にも不合理である.しかし,QをQ/hで置き換えれば{ξ(k)} は 確率過程として意味をもち,しかもQ/h→Q·(Dirac delta) (h→0) となるので,
w(h)(t)は白色雑音とみることができる.
例題8.1
入出力データ{u(k), y(k)}k=0,1,···,5が得られたとする.このとき,
1 ) レオポルト・クロネッカー(Leopold Kronecker,1823-1891年).ドイツの数学者.“God made the integers; all the rest is the work of man.”(神が整数を造りたもうた.その他(の数)はすべて人間の 成果である)は彼の言葉.
クロネッカー・デルタ(Kronecker’s delta): δk=
1 (k=) 0 (k=) .