• 検索結果がありません。

健常成人に対する直流電流前庭刺激による一過性前庭機能障害モデルの作成

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "健常成人に対する直流電流前庭刺激による一過性前庭機能障害モデルの作成"

Copied!
46
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

国際医療福祉大学審査学位論文(博士)

大学院医療福祉学研究科博士課程

皮質前庭中枢への経頭蓋直流電流刺激が

平衡機能に与える影響

平成

28 年度

保健医療学専攻・リハビリテーション学分野・リハビリテーション学領域

学籍番号:14S3010 氏名 岡 真一郎

研究指導教員:後藤 純信 教授

(2)

1 要旨 皮質前庭中枢への経頭蓋直流電流刺激が平衡機能に与える影響 岡 真一郎 国際医療福祉大学大学院 医療福祉学研究科 保健医療学専攻 リハビリテーション学分野 本研究は,右頭頂葉に対する経頭蓋直流電流刺激(tDCS)が視運動性眼振(OKN)および平 衡機能に与える影響を検討した.対象は右利きの健常若年成人10 名.tDCS は,右頭頂葉に陰極, 左前頭部に陽極を設置し,1.5 mA で 15 分間刺激した.その結果,tDCS 後の右方向 OKN の眼 電図検査(EOG)は,眼振緩徐相(SP)の持続時間が短縮し,眼振数が増加した.また,tDCS 前後の重心動揺検査の比較では,開眼静止立位時の総軌跡長が延長した.総軌跡長,実効値およ び実効値面積で大きな効果を認めた.開閉眼頭部回旋立位では,実効値面積で中等度の効果を認 めた.さらに,tDCS による EOG と重心動揺検査における tDCS 前後の変化量の関係は,SP 持 続時間と開眼静止立位の実効値で正の相関,SP 振幅と開眼頭部回旋立位の実効値および実効値 面積で負の相関を認めた.これらの結果から,右頭頂葉に対するtDCS 陰極刺激は OKN の皮質 経路を抑制し,開眼静止立位時の視空間情報処理および開眼頭部回旋立位時の前庭情報処理に影 響を与えることが示唆された. キーワード:経頭蓋直流電流刺激,皮質前庭中枢,視運動性眼振,平衡機能,右頭頂葉

(3)

2 Abstract

Shinichiro Oka

Rehabilitation Section, Health Sciences Program, Health and Welfare Sciences course, Graduate School of International University of Health and Welfare

Effects of transcranial direct current stimulation on equilibrium in the cerebral cortex vestibular central area

The aim of this study was to investigate the effects of transcranial direct current stimulation (tDCS) on optokinetic nystagmus (OKN) and equilibrium in the cerebral cortex vestibular area. The subjects were ten right-handed healthy young adults. tDCS was performed using a cathodal electrode on the right parietal area and an anodal electrode on the forehead. The tDCS stimulus was 1.5 mA and duration was 15 minutes. Electrooculogram (EOG) after tDCS showed reduced slow phase (SP) duration in OKN and increased number of nystagmus. Center of pressure (COP)in quiet stance (QS) with eyes open (EO) after tDCS significantly extended the total pass length (TPL) and the effect size was large at TPL, root mean square (RMS), and RMS area (RMSA). RMSA after tDCS in head rotation standing (HRS) with eyes open and close was not significantly different and its effect size was medium. A moderate correlation was revealed in COP and EOG before and after tDCS between RMS of QS with EO and SP duration, and between RMS and RMSA of HRS with EO and SP amplitude. These results suggest that cathodal tDCS to the right parietal lobe inhibited of OKN cortical pathway and affected the visuo-spatial information processing in QS with EO, and in vestibular information processing in HRS with EO.

Key words : transcranial direct current stimulation, cerebral cortex vestibular central area, optokinetic nystagmus, equilibrium, right parietal lobe

(4)

3 目次 第1章 序章 1-1 研究背景 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 5 1-2 平衡機能における感覚情報処理 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 7 1-3 前庭覚の情報処理の中枢 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 8 1-4 経頭蓋直流電流刺激 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 9 1-5 皮質前庭中枢の活動特性 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・10 1-6 本研究の目的 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・11 1-7 倫理的配慮 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・11 1-8 本論文の構成 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・12 第2 章 実験 1 右頭頂葉に対する tDCS 陰極刺激が視運動性眼振に与える影響 2-1 諸言 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・13 2-2 対象 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・13 2-3 方法 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・14 2-4 分析方法 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・14 2-5 結果 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・15 2-6 表および図 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・16 2-7 考察 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・22 第3 章 実験 2 右頭頂葉に対する tDCS 陰極刺激が平衡機能に与える影響 3-1 諸言 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・24 3-2 対象 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・24 3-3 方法 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・24 3-4 分析方法 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・25 3-5 結果 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・25 3-6 表および図 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・26 3-7 考察 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・33 第4 章 考察 4-1 本研究の総括 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・36 4-2 本研究結果のリハビリテーションへの応用 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・36 4-3 本研究の限界と今後の展望 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・37

(5)

4 第5 章 結語 5-1 結語 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・39 第6 章 謝辞 6-1 謝辞 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・40 第7 章 引用文献 7-1 引用文献 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・41

(6)

5 第1章 序章 1-1 研究背景 転倒は,超高齢社会となった我が国において年々増加しており,一年間に20%前後の高齢者が 経験し1),事故死2),骨折などの障害3),障害による要介護の原因2)となっている.転倒を経験し た高齢者のうち,66.7%が重度の外傷を合併し 1),なかでも大腿骨頚部骨折は,身体機能に大き な影響を及ぼすだけでなく日常生活活動と生活の質を大きく低下させる.さらに,転倒によって 外傷がなくても恐怖感が残る転倒恐怖症候群(以下,転倒恐怖)を引き起こす.転倒恐怖は,外 傷を生じた場合と同様の生活機能低下を引き起こすという報告がある 4).したがって,転倒を予 防することは,健康寿命の延伸という観点から重要な課題である. 転倒リスクは,本人の特性による内因性リスクと環境などの外因性リスクに大別できるが,こ れらが重なることで転倒の発生頻度が増加する 5).内因性リスクには,運動要因(麻痺,姿勢反 射障害など),感覚要因(深部感覚障害,視力障害など),高次要因(認知障害,意識障害など) がある 6).特に,神経障害患者はさまざまな神経症状を有して複数の転倒要因を持っていること から,一般高齢者よりも高い転倒リスクを抱えている.

めまいとふらつきは,Parkinson disease(PD),進行性核上性麻痺(Progressive supranuclear palsy:PSP)および多系統萎縮症(Multiple system atrophy:MSA)などの神経障害において 最も一般的な症状である7).これらの神経障害における転倒率は加齢により増加し,65 歳以上の 健常者の36.0%に対し,PD では 88.1%,脊髄小脳変性症などの小脳障害では 45.2%,大脳基底 核性の眼球運動障害で59.1%であり,オッズ比が約 10 倍であると報告されている 7).また,こ れらの疾患群での転倒による外傷の程度は,健常者と比較して入院が必要な重傷者の割合が高か った7).特にPSP は,他の疾患に比べて転倒の危険性が高いことが報告されている 6).さらに, 転倒恐怖は,いずれの疾患群においても健常者より高値であった 7).これらの神経障害患者は, 緩徐進行性の経過をたどるため生命予後はよく,骨折などの重度の外傷により日常生活活動が急 激に低下し,臥床状態に至りやすいと考えられる.そのため,これらの神経障害患者における転 倒と転倒恐怖に対して,リスク因子を同定しリハビリテーションの治療計画を立案する必要性が 指摘されている7) 我が国での神経疾患における転倒の研究は,厚生労働省の班会議「神経疾患の予防・診断・治 療に関する研究」において,PD,PSP,MSA での転倒に関する実態調査が行われた 6,8,9).PD とPSP の症状進行度と転倒の関連性について比較したところ,PD では発症初期に転倒は少なく, 進行して姿勢反射障害が悪化することで転倒が増加する.一方,PSP では,垂直性眼球運動障害, パーキンソニズム,認知症などを主徴候とし,発症初期から転倒することが明らかにされた 8) さらに,PSP と PD における転倒・転落の特徴について検討したところ,PSP では一か月あたり の転倒・転落頻度が日常生活活動レベルにかかわらずPD に比べて有意に高く,転倒・転落を防 止することの困難さが指摘されている8)

(7)

6 転倒リスクの内的因子の特徴は,姿勢反射障害および眼球運動障害である8-11)PD では,基底 核障害による垂直方向の眼球運動障害を伴うことが知られている10).健常者とPD 患者における 眼球運動を比較した場合,頭部運動と反対方向への眼球運動を誘発する前庭眼反射では有意差を 認めなかったが,滑動性眼球運動での眼球運動速度に有意差を認めた11)PD と PSP の脳血流変 化では,PD 群に比べ PSP 群での中脳被蓋部での低下が観察されており,脳内の黒質,中脳上丘, 淡蒼球,視床下核および小脳歯状核など神経細胞の減少による異常構造を反映していると述べて いる12).一方で,MSA では転倒・転落が PD や PSP に対して低く,自律神経症状を呈した場合 にのみ増加する傾向があった.また,後方への転倒が多いことも特徴であった9)MSA における 眼球運動障害は,垂直方向と水平方向の滑動性眼球運動および衝動性眼球運動,頭位眼振が出現 すると報告されている13).その他にも,PSP や小脳性運動失調において耳石前庭反射の異常が姿 勢不安定に寄与していることが示唆されている14) 脳血管障害においては,大脳皮質における前庭中枢を損傷すると平衡機能障害を呈することが 報告されている15,16).右下頭頂小葉損傷患者は半側空間無視(Unilateral Spatial Neglect : USN)

に眼球運動障害および平衡機能障害を合併することが知られている15).眼球運動障害は,側方へ の衝動性眼球運動障害が持続する傾向があるだけでなく,衝動性眼球運動による視空間情報の更 新が困難となる15).また,特徴的な平衡機能障害としては,視覚と身体の垂直位の知覚(自覚的 垂直定位)障害により身体を垂直位から外側へ押し出すPusher 症候群がある.USN 患者におけ る転倒リスクは,USN のない患者と比較して 6.5 倍高いことが報告されており17),眼球運動お よび自覚的垂直定位の障害に起因していると考えられている.

高齢者の転倒予防に関する研究は,Frailty and Injuries: Cooperative Studies of Intervention Techniques(FICSIT)研究18)をはじめ多くの報告がある.Cochrane library の系統的レビュー

では,バランス訓練と筋力増強運動の複合的なプログラムが有効であり,個々の対象の能力に合 わせてプログラムの修正を行うことで効果的な介入になる19).転倒による骨折を予防する戦略の ひとつとして,ステッピングが転倒時の衝撃を回避する動作として有効であることが報告されて いる20).一方,転倒恐怖は外傷を生じなくても転倒への恐怖を示す心理的変化であり,自立歩行 が可能であるにも関わらず歩行制限を来たし,結果として活動性の低下による生活機能低下とい った悪循環を引き起こす 21).しかし,転倒恐怖に対するエビデンスは,筋力増強運動,太極拳, ヨガ,バランス訓練が効果的であると報告されているが,その効果は限定的であり,さらなる介 入の提案が求められている22).近年,転倒恐怖に関連した脳内ネットワークとして,平衡機能の 感覚系のひとつである前庭中枢システムとの関連性が指摘されている23).転倒恐怖に関連した脳 内ネットワークは,前庭神経核と傍小脳脚23),海馬,扁桃核,淡蒼球24)での興奮性作用を有して おり,精神医学では不安とめまい疾患の間で関連性が認められている25).また,転倒恐怖におけ る姿勢変化には,大脳辺縁系と前庭中枢の興奮性との関連性が指摘されている23).これらのこと から,高齢者,神経難病患者および脳血管障害患者の転倒予防と転倒恐怖の改善に対して,前庭

(8)

7 中枢に対する介入が活用できる可能性がある.

これまで,末梢前庭および大脳皮質に対する経頭蓋直流電流刺激(transcranial Direct Current Stimulation:tDCS)が平衡機能に与える影響26),末梢前庭障害患者に対するリハビリテーショ

ンの効果について報告している27).また,PD 患者に対して前庭眼反射や眼球運動を改善する前

庭リハビリテーションは,8 週間の介入でバランス能力と不安を改善させると報告されている28)

さらに,USN 患者の頭頂葉に対する tDCS は,15 回のセッションで USN,身体機能および QOL を改善させるとの報告もある29).しかし,皮質前庭中枢に対する研究は,脳画像研究,前庭眼反 射および視運動性眼振(Optokinetic Nystagmus:OKN)など静的状態での報告に限られており, 平衡機能との関連性については報告がない.皮質前庭中枢と平衡機能の関連性を解明することは, 高齢者,神経難病患者および脳血管障害患者に対する転倒予防と転倒恐怖の改善を目的としたリ ハビリテーションプログラムを開発する意味で意義があると考えられる. 1-2 平衡機能における感覚情報処理 ヒトの立位時における平衡機能は,主に視覚,前庭覚および体性感覚系によって検出された情 報に基づき,状況に適応するため全身の骨格筋および外眼筋へ出力することで貢献している 30) 身体の動揺を検出する感覚情報は,各感覚系での信号が化学信号である神経伝達物質や,電気信 号である活動電位に変換され,大脳皮質の責任領野に到達する31) 視覚情報は,外界の光信号が眼球の網膜各部から視細胞を経て電気信号に変換され,そのイン パルスが視神経,視交叉を経由して視索に入り,外側膝状体を中継核とした後に視放線を形成し, 後頭葉視覚野へと向かう31).その後,対象の動きや位置に関する情報は中側頭回(MT,V5)や 頭頂連合野へ,色彩や形態の情報は紡錘状回(V4)や下側頭回で処理されて他の領域に送られる 32).平衡機能において視覚情報は,網膜像に投影される情報や眼球の位置および運動情報に基づ いて,環境に対して身体を適応させるための情報を提供している33) 体性感覚情報は,関節や筋,腱などで感受される運動覚,位置覚,振動覚および圧覚を含む深 部覚と,皮膚からの触圧覚により構成されている.深部知覚の伝導路は,末梢の受容器から前お よび後脊髄視床路を上行し,視床を経由して大脳皮質感覚野へ投射される.また皮膚からの触圧 覚は,後索を数髄節上行してから脊髄内で交叉した後に視床へ達し,大脳皮質感覚野へ投射され る34).これらの情報は,身体の相対的な位置関係の調整に寄与している35-37) 前庭覚情報は,三半規管と耳石器で受容される頭部加速度および重力加速度情報から成る 38) 半規管は,前半規管,外側半規管,後半規管の3 つで構成され,前半規管と後半規管が矢状面に 対して45°,外側半規管が水平面に対して 30°の傾きがあり,お互いに直交している39).これ らの半規管の配置は,頭部の全方向の回転運動を感知できるようになっている.耳石器は,卵形 嚢と球形嚢があり,直線加速度および重力加速度を感知している.卵形嚢は,正中位に対して水 平位にあり,水平方向への直線加速度および重力方向(頭部の傾き)を感知する.球形嚢は,垂

(9)

8 直位にあり,上下の重力加速度および垂直加速度を感知する40).このように,前庭系は,動作中 における空間での頭部を固定し,姿勢制御に関与している41) これらの感覚系の連関機構は,前庭神経核および大脳皮質頭頂連合野により統合され,外的環 境に適応する姿勢反射や随意運動のため骨格筋や外眼筋に出力される40).姿勢反射は,前庭脊髄 反射による体幹・四肢の伸筋の作用,頚眼反射による上位頸椎の固有受容器と外眼筋が連動した 眼球運動,前庭眼反射により動作時に網膜像を維持するための頭部と眼球の運動および前庭頚反 射により空間における前庭情報と眼球からの情報を得て頭部を固定するものである42) 1-3 前庭覚の情報処理の中枢 前庭覚の情報処理の中枢は,以前まで末梢前庭,脳幹および小脳での反射,調節に関するもの が主であったが,脳機能イメージングによる研究の進展により,大脳皮質には一次前庭皮質が存 在せず,散在する前庭中枢が明らかにされた38).大脳皮質の前庭中枢(皮質前庭中枢)に関する

研究では,末梢前庭機能検査のGold standard である Caloric 刺激43,44)の他に,両側の耳後部か

ら微弱な直流電流刺激で前庭神経を刺激するGalvanic Vestibular Stimulation(GVS)45),眼前

を横切る視運動刺激を用いた視運動性眼振(Optokinetic nystagmus : OKN)46,47)が用いられて

いる.

Caloric 刺激は,外耳道から温水あるいは冷水を注入し,リンパの対流により外側半規管を刺 激することで誘発される眼振を調べるものである43).健常者に冷水Caloric 刺激を施行した場合,

刺激の反対方向への緩やかな眼球運動(眼振緩徐相)が出現した後,刺激側への急速な眼球運動 (急速相)が現れる.ヒトを対象とした皮質前庭中枢についての先行研究では,この Caloric 刺 激中の脳活動をポジトロン断層法(Positron Emission Tomography : PET)で検討している.そ の結果,中側頭回(6 野),島後部(40 野),下頭頂小葉(40 野),上側頭回(側頭極,38 野), 下側頭回(20 野),小脳虫部錐体,そして小脳半球の賦活が認められた44)

OKN は,外界の動きを追跡するときに生じる眼球運動であり,移動する物体の網膜像を中心 窩に結ぶようにする大脳皮質経由のもの(直接経路)と,頭部運動に伴う網膜像のずれを減少さ せる反射性成分(間接経路)が関与するものである(図1-1)46).前庭眼反射とともに頭部運動

時の脳活動を機能的核磁気共鳴画像法(functional Magnetic Resonance Imaging:fMRI)で検 討した結果,特に右大脳半球の右頭頂葉後部の活性化が報告されている47)

(10)

9 図1-1 OKN に関与する神経回路(田浦ら,200842)を改変) 間接経路である視索下の皮質下経路は,OKN の遅い成分に関係し,また大脳皮質視覚領を介す る直接経路は,OKN の早い成分に関係する. 1-4 経頭蓋直流電流刺激 大脳皮質神経細胞は,電気信号により情報を伝達するため,外部からなんらかの方法で電気刺 激を加えることにより,神経細胞の活動および心的機能に影響を与えることができる.tDCS は, 非侵襲性脳刺激法のひとつであり,神経の膜電位と自発的な発火頻度を修飾し,陽極刺激では脳 機能を一過性に賦活,陰極刺激では抑制することが可能である(図1-2)48).ヒトを対象とした

研究ではPriori ら(1998)49),Nitche ら(2000)50)1-2mA の弱い直流電流によって大脳皮質

運動野の興奮性が一過性に変化することを明らかにした.その後,tDCS を用いた研究は,脳機 能が認知,行動へ及ぼす影響や様々な神経疾患に対する臨床応用など幅広く活用されている. tDCS での刺激方法は,機能変化を誘発する対象の脳部位の直上に 2 つの電極を置き,1-2 mA 程度の電流を5 分から 20 分程度通電させる.その際,電極は皮膚と金属の接触に伴う化学反応 を最小限にするため,電極と皮膚の間には食塩水を含んだスポンジが挿入される.電極の大きさ は,安全性を踏まえ25 cm2から100 cm2程度のものが使用されている51).tDCS による効果と して,刺激の極性により大脳皮質への影響が異なるという特徴がある.Anodal(陽極)tDCS で は,電極直下の皮質の興奮性が一時的に促進し,Cathodal(陰極)tDCS では電極直下の興奮性 を一時的に抑制する(図1-2)52).このようなtDCS の神経系に対する作用機序の詳細は,明ら かではない.しかし,動物実験の結果では,tDCS 陽極刺激は刺激中に静止膜電位をプラス方向 に変化させ,tDCS 陰極刺激は刺激中に静止膜電位をマイナス方向に変化させる53).また,tDCS 後の自発発火頻度は陽極刺激では増加し54),陰極刺激では減少することが報告されている52).こ 網膜 外側膝状体 視索核 橋被蓋網様体核 外側膝状体 大脳皮質 視覚領 前庭神経核 MT/MST 野 頭頂葉 橋・小脳 眼球運動 間接経路 直接経路

(11)

10 れらのことから,tDCS は,活動電位を直接発生させるのではなく,膜電位レベルを変化させる ことにより次の活動電位に影響し,陽極刺激では活動電位が生じやすく,陰極刺激では活動電位 が生じにくくすると考えられている. 図1-2 tDCS の極性に依存した大脳皮質の興奮性の変化 (正門ら,201555)を改変) 1-5 皮質前庭中枢の活動特性 皮質前庭中枢の活動特性について,頭頂葉に対するtDCS を用いた研究で報告されている.前 庭情報は,前庭一次求心性線維から前庭神経核を経て,興奮性ニューロンの軸索が対側の内側縦 束を上行して視床へ投射され,大脳皮質へ到達する38,56).また,tDCS は大脳皮質の膜電位を変 化させ,陽極刺激では機能を一過性に賦活,陰極刺激では機能を一過性に抑制するものである49) Arshad ら(2014)57)は,皮質前庭中枢の一部である左右の頭頂葉に対するtDCS が冷水 Caloric

刺激で誘発される眼振の緩徐相速度(Slow Phase Velocity : SPV)に及ぼす影響について検討し た.片側の頭頂葉に対するtDCS では,陰極を左頭頂葉,陽極を肩に設置して刺激した結果,左 頭頂葉陰極刺激での皮質の興奮が抑制され両側の SPV 変化率が低下したことから,左頭頂葉が 前庭情報処理の中枢である可能性が示された(図1-3)57).一方で,両側頭頂葉に電極を設置し た場合,左頭頂葉に陰極,右頭頂葉に陽極を設置すると,右からの冷水 Caloric 刺激時に左頭頂 葉の興奮は抑制されSPV 変化率が減少したが,同側である左からの冷水 Caloric 刺激時では皮質 の興奮性が持続しSPV が変化しなかった(図 1-3)57).これらのことから右頭頂葉は,前庭情 報処理において左頭頂葉に対する優位性があることが示唆されている.しかし,皮質前庭中枢の 優位性がある右頭頂葉と平衡機能との関連性は明らかにされていない. 髄液 大脳皮質 陽極 陰極 静止膜電位の増大 ↓ 皮質興奮性の亢進 静止膜電位の低下 ↓ 皮質興奮性の低下

(12)

11 図1-3 右頭頂葉と平衡機能の関連性の仮説 右頭頂葉は前庭情報処理において左頭頂葉に対する優位性を有することから,右頭頂葉と平衡 機能の間には関連性を有する. 1-6 本研究の目的 本研究の目的は,皮質前庭中枢の前庭情報処理において左頭頂葉に対して優位性がある右頭頂 葉と平衡機能の関連性を明らかにするため,健常若年成人を対象に右頭頂葉に対して一過性に脳 機能を抑制するtDCS 陰極刺激が OKN および平衡機能に与える影響について検討することとし た.本研究で健常若年成人を対象とした理由は,加齢による機能低下,運動機能障害や高次脳機 能障害など平衡機能以外の交絡因子を統制するためである. 1-7 倫理的配慮 本研究は,国際医療福祉大学倫理委員会の承認(承認番号:15-Ifh-18)を得た後,対象者には 事前に研究内容を説明し,書面にて同意を得た後に実施した. 片側tDCS 陰極(青):P3,陽極(赤):左肩 両側tDCS 陰極(青):P3,陽極(赤):P4 tDCS 後は,左右 Caloric 刺激時の左頭頂葉の 興奮性が抑制され,SPV 変化率が低下した57) tDCS 後は,左右 Caloric 刺激時の左頭頂葉の 興奮性が持続し,SPV が変化しなかった57) 仮説:前庭情報処理について左頭頂葉に対して優位性がある右頭頂葉は, 平衡機能と関連性を有する

(13)

12 1-8 本論文の構成 本論文は,本章を含む全7 章で構成されている. 第2 章を実験 1 とする.主題は,「右頭頂葉に対する tDCS 陰極刺激が視運動性眼振に与える 影響」である.本章では,視運動性眼振時の大脳皮質活動領野である右頭頂葉に対してtDCS 陰 極刺激を施行し,視運動性眼振の変化を通して皮質前庭中枢への刺激となっているかを確認した. 第3 章を実験 2 とする.主題は,「右頭頂葉に対する tDCS 陰極刺激が平衡機能に与える影響」 である.本章では,皮質前庭中枢である右頭頂葉に対するtDCS 陰極刺激による機能抑制が,平 衡機能に与える影響について検討した. 第4 章を本研究の考察とする.本章では,本研究の総括として実験 1 および実験 2 の考察をま とめた後,本研究結果のリハビリテーションへの応用および本研究の限界と今後の展望について 述べた.

(14)

13 第2 章 実験 1 右頭頂葉に対する tDCS 陰極刺激が視運動性眼振に与える影響 2-1 緒言 tDCS は,神経細胞の静止膜電位を変化させ,Neuromodulator として脳機能の変化を誘発す る.tDCS による脳機能変化の特徴として極性に依存しており,陽極刺激では神経の膜電位を上 昇させ,陰極刺激では神経細胞の膜電位を低下させた結果,神経細胞の活動を抑制する55)tDCS の刺激部位は,大脳皮質の機能局在を有する部位の直上に電極を設置する.刺激部位の同定は, 磁気刺激(Transcranial Magnetic Stimulation:TMS),光学ナビゲーションシステム,国際 10/20 法に従う方法がある.TMS は,一次運動野を刺激すれば運動誘発電位が記録され,一次視覚野を 刺激すればphosphine(閃光)が知覚されるため,一次運動野や一次視覚野は同定できるが,他 の領野の同定には使用できない.また,他の領野を刺激対象とする場合は,MRI 画像を撮影した 後,光学ナビゲーションシステムを用いて刺激部位を同定できる.この方法は,高い精度で任意 の場所を同定できるが,被験者の MRI 画像と高額な機器が必要になる.これらの方法が困難な 場合,脳波の電極配置で使用される国際10/20 法に従って刺激部位を同定する.この方法は簡便 であるが,場所の同定の正確さに限界がある58).そのため,右頭頂葉に対するtDCS 陰極刺激が 前庭機能に及ぼす影響を確認する必要がある. OKN は,眼前を移動する対象物を追従する眼球の緩徐な動き(緩徐相)と,新たな対象物が 現れてくる方向へ戻る眼球の急速な動き(急速相,サッケード)であり,横方向へ流れる白黒の スリット刺激により誘発される 46).OKN における神経伝導路のうち,大脳皮質を経由する直接

経路は,視覚野,middle temporal area(MT)および middle superior temporal area(MST) である59).さらに,右方向へのOKN による大脳半球活動について PET を用いた研究では,視 覚野,島前後部,MT/MST に加え頭頂葉後部での活動が確認されている47).そのため,OKN は, 皮質前庭中枢である右頭頂葉に対するtDCS 陰極刺激の影響を確認するため活用できる. 実験1 の目的は,右頭頂葉に対する tDCS 陰極刺激が皮質前庭中枢に対する影響を確認するた め,tDCS 前後の OKN における眼電図検査(Electrooculogram:EOG)の変化について検討し た. 2-2 対象 対象は,利き手が右側の若年健常成人10 名(男性 5 名,女性 5 名,平均年齢 21.4 ± 0.4 歳)とした.利き手の評価は,エディンバラ利き手テスト60)を使用した.tDCS の禁忌と考え られる対象は,①頭蓋内や目の中に金属がある,②体内にペースメーカーや埋め込みポンプが ある,③頭蓋内に金属プレートがある,④開頭術を行った既往がある,⑤刺激部位の皮膚障害 とされている55).これらを参考に,除外基準は,上記の5 項目に加え,てんかんの既往がある ものとした.

(15)

14 2-3 方法 tDCS は,DC stimulator plus(Neuroconn)および 5.0 cm×7.0 cm(35 cm2)のスポンジ電 極を使用した.刺激電極は,生理食塩水を十分に含ませた後,国際10/20 法に準じて前頭部に陽 極,P4 に陰極を設置し,ベルクロおよび固定バンドを用いて固定した(図 2-1).刺激条件は, 刺激強度1.5 mA,刺激時間 15 分とした.また,刺激開始および終了時には,疼痛などの不快感 を生じやすいとされているため,刺激開始時の立ち上がり時間と刺激終了前の減衰時間を 10 秒 間設けた(図2-2).

前庭機能評価であるOKN は,白黒スリット刺激を用いて EOG を測定した.EOG は,眼球運 動を定量的に記録する方法として広く普及している.EOG の測定原理については,眼球の角膜 側にはプラス電位が,網膜側にはマイナス電位が帯電しているので,網膜から角膜に向かう方向 に角膜網膜電位という電位差が存在している(図2-3).そのため,EOG の測定は,眼窩の両側 に電極を接地し,眼球運動による偏倚に比例した電位を記録する61)

OKN を誘発するための白黒スリット刺激は,visualstudio 2010(Microsoft)を使用してスリ ット幅1.5 cm,2 deg/sec の刺激を作成し,19 型 CRT ディスプレイ Multiscan G400(Sony)で 右方向へ 60 秒間提示した(図 2-4).EOG の測定は,筋電図・誘発電位検査装置 neuropack MEB-2200(日本光電)を使用した.EOG の測定条件は,スキンピュア(日本光電)およびアル コール綿を用いて皮膚処理を行い皮膚抵抗5 kΩ未満にした後,Ag/AgCl 皿電極を対象者の左右 外眼角に探査電極,前額中央部に基準電極として接地し,サージカルテープで固定した(図2-5). EOG の記録条件は,Bandpass filter1 Hz から 200 Hz,サンプリング周波数 1000 Hz とし,60 秒間記録した.EOG の校正は,1 m 前方に視角 10°となる左右の固視点を 10 回注視した際の波 形を測定し,振幅を算出した(図2-6).EOG の測定条件については,被験者を暗所での椅子座 位として,目とディスプレイの距離を57.3 cm に設定した後,前方のディスプレイを注視せず眺 めるように指示した(図2-4). 2-4 分析方法 OKN は,スリット刺激の動きに追従する眼球運動(緩徐相)が出現した後,高速で正中位に 戻る眼球運動(急速相)が現れる.EOG の分析対象は,眼振数,緩徐相における振幅(μV)お よび持続時間(msec)とした.眼振数は,眼振緩徐相の数の積算とした.眼振緩徐相の分析は, 眼振緩徐相の開始時点から終了時点までの電位差を振幅(μV),時間を持続時間(msec)とし た.眼振緩徐相速度(Slow Phase Velocity:SPV)は,校正波形から視角 1°あたりの電位を算 出した値と振幅の積を求めた後,持続時間で除した値とした.

統計学的分析は,SPSS statistics 23.0(IBM)を使用し,左右の眼球間の比較および tDCS 前 後のEOG の眼振数,持続時間,SPV を比較するため,対応のある t 検定を行い,有意水準 5% とした.

(16)

15 2-5 結果 1)EOG の左右の比較 EOG の左右の比較について,tDCS 前の眼振数は左右とも 63.6±15.4 回(図 2-7),持続時 間は右眼728.0 ± 261.5 msec,左眼 726.7 ± 261.1 msec(図 2-8),振幅は右眼 42.4±10.9 μV,左眼 42.4±10.8μV(図 2-9),SPV は右眼 5.7 ± 1.0 deg/sec,左眼 5.7 ± 0.9 deg/sec (図2-10)といずれも有意差を認めなかった(表 2-1). 次にtDCS 後の眼振数は,左右とも 75.8 ± 20.8 回(図 2-7),持続時間は右眼 596.0 ± 161.1 msec,左眼 563.7±192.1 msec(図 2-8),振幅は右眼 39.5 ± 14.0 μV,左眼 38.4 ± 13.2 μ V(図 2-9),SPV は右眼 6.3 ± 2.0 deg/sec,左眼 6.4 ± 1.9 deg/sec(図 2-10)といずれも 有意差を認めなかった(表2-1). 2)tDCS 前後の EOG の比較 tDCS 前後における比較では,左右の眼振数が 63.6 ± 15.4 回から 75.8 ± 20.8 回と有意に 増加し(p=0.026)(図2-7),持続時間が右では 728.0 ± 261.5 msec から 596.0 ± 161.1 msec (p=0.021),左では 726.7 ± 261.1 msec から 563.7 ± 192.1 msec(p=0.004)と有意に短 縮したが(図2-8),振幅(図 2-9)および SPV(図 2-10)では有意な変化はなかった(表 2 -1).

(17)

16 2-6 表および図 陽極:左前頭部 陰極:右頭頂部(P4) 国際 10/20 法 (陽極:赤,陰極:青) 図2-1 tDCS の電極設置 赤いスポンジ電極が陽極,青いスポンジ電極が陰極である.電極設置は,国際10/20 法に準じて 陰極を右頭頂葉P4,陽極を左前頭部とした.電極は,生理食塩水を十分に含ませ,ベルクロおよ び固定バンドを用いて固定した. 図2-2 tDCS の刺激の設定 刺激開始および終了時には,疼痛などの不快感を生じやすいとされているため,刺激開始時の 立ち上がり時間と刺激終了前の減衰時間を10 秒間設けた. 10 秒間 フェードイン 10 秒間 フェードアウト 本刺激15 分 電気量 時間

(18)

17 図2-3 EOG の測定原理(中村,200361)を改変) EOG の測定は,眼球の角膜側にはプラス電位が,網膜側にはマイナス電位が帯電しているの で,網膜から角膜に向かう方向に角膜網膜電位を記録する. 図2-4 OKN における EOG の測定条件 図は,右方向へのスリット刺激により OKN の誘発および EOG の測定条件である.白黒スリッ ト刺激の幅は1.5 cm で,速度 2 deg/sec とし,19 型 CRT ディスプレイにて提示した.

1.5cm

57.3cm

19 型 CRT ディスプレイ

Muliscan400(Sony)

+ + + - - - 角膜網膜電位 増幅器 5 mA -5 mA 0

(19)

18 図2-5 EOG 測定の電極接地 EOG の測定は,皮膚抵抗 5 kΩ未満にした後,Ag/AgCl 皿電極を対象者の左右外眼角に探査電極, 前額中央部に基準電極として接地し,OKN による網膜電位を記録した.右方向へのスリット刺 激を使用しているため,右方向への眼球運動が誘発される.右図の赤い矢印は,OKN 緩徐相の 方向を示す. 図2-6 EOG 波形の代表例 OKN は,スリット刺激の動きに追従する眼球運動(緩徐相)が出現した後,高速で正中位に 戻る(急速相)が現れる.EOG の分析対象は,眼振数,緩徐相における振幅(μV)および持続 時間(msec)とした. 探査電極 基準電極 右へのOKN 振幅 持続時間

(20)

19

表2-1 tDCS 前後における EOG の比較

平均値±標準偏差,対応のあるt 検定,左右の比較:ns tDCS 前後の比較,* : p<0.05,** : p<0.01 SPV:Slow Phase Velocity(眼振緩徐相速度) tDCS 前 tDCS 後 右 左 右 左 眼振数(n) 持続時間(msec) 振幅(μsec) SPV(deg/sec) 63.6±15.4 728.0±261.5 42.4±10.9 5.7±1.0 63.6± 15.4 726.7±261.1 42.4± 10.8 5.7± 0.9 75.8±20.8* 596.0±161.1* 39.5±14.0 6.3±2.0 75.8±20.8* 563.7±192.1** 38.4±13.2 6.4±1.9

(21)

20 図2-7 tDCS 前後における左右の眼振数の比較 tDCS 前後の眼振持続時間の比較では,左右とも有意に増加した. 図2-8 tDCS 前後における左右の眼振持続時間の比較 tDCS 前後の眼振持続時間の比較では,左右とも有意に短縮した. 右眼 左眼 右眼 左眼

(22)

21 0.0 20.0 40.0 60.0 tDCS前 tDCS後 振 幅( μV ) 対応のあるt検定 0.0 2.5 5.0 7.5 10.0 tDCS前 tDCS後 眼 振緩徐 相速度 ( d e g/ s ec ) 対応のあるt検定 図2-9 tDCS 前後における左右の振幅の比較 tDCS 前後の振幅の比較では,有意差を認めなかった. 図2-10 tDCS 前後における左右の SPV の比較 tDCS 前後の SPV の比較では,有意差を認めなかった. 右眼 左眼 右眼 左眼

(23)

22 2-7 考察 本研究の結果をまとめると,右頭頂葉に対するtDCS 陰極刺激を施行した結果,1) 左右の EOG の比較では,眼振数,眼振持続時間およびSPV に有意差がなかったこと,2) tDCS 前後の比較で は,両眼とも眼振数の増加と持続時間の短縮を認めたこと,の2 点である. これらの結果から,右頭頂葉に対するtDCS 陰極刺激は,左右の EOG に変化がなかったこと から脳幹,小脳の前庭中枢には影響を及ぼさなかったと考えられる.また,tDCS 前後の比較で はOKN の眼振数の増加と持続時間の短縮を認めたことから,OKN の神経経路のうち大脳皮質を 経由する直接経路を抑制したと推察される. OKN を誘発する網膜からの視運動刺激の神経経路は,間接経路と直接経路に分かれる(図 2 -11).間接経路は,網膜から外側膝状体を経て視索核を下降し,橋被蓋網様体核,前庭神経核 を経由する.直接経路は,網膜からの視運動情報が大脳皮質視覚野,MT/MST を経由した後,橋, 小脳から前庭神経核へと投射される62).間接経路の機能は,頭部運動に伴う網膜像のずれを消去 するため,前庭眼反射とともに存在する反射性眼球運動であり,網膜を検出器として低周波,低 速度域をOKN が担っている.直接経路は,中心窩からの視覚情報をもとに,OKN の刺激開始直 後の速い応答を起こし,滑動性眼球運動の回路と共通している.大脳からの水平眼球運動の指令 は,動眼神経レベルで交叉し,対側の傍正中網様体に入り,さらに同側の外転神経核に至る.外 転神経核内の介在ニューロンは,対側の内側縦束(MLF:medial longitudinal fasciculus)を通 過して,反対側の内直筋亜核と連絡しており,それぞれ外転神経,動眼神経を経て,同側の外直 筋と対側の内直筋を支配し,側方注視を可能にする.そのため,片側 MLF が障害されると,眼 球運動の指令のうち同側の内直筋亜核への興奮性インパルスが断たれ,内転障害を引き起こす63) また,多発性硬化症で前庭神経核にplaque 病変を認めた患者において,OKN 緩徐相の誘発不良 となることが報告されている64).以上のことから,右頭頂葉に対するtDCS は,脳幹,小脳の前 庭中枢には影響を及ぼさなかったと考えられる. また,OKN における緩徐相は,図 2-12 に示すように最初の早い立ち上がりの応答成分が直 接経路,ゆるやかな立ち上がりの遅い応答成分が間接経路で制御されていると考えられている36) 一方で,視索核には MT/MST 野のニューロンが投射していることから,遅い応答成分にも関与 していると考えられている 65).大脳皮質の異なる感覚間の相互関係について,OKN は,固視に よって視覚野,前頭眼野周辺および小脳片葉,虫部が賦活され,皮質前庭中枢の活動が抑制され ることが観察されている47).以上のことから,tDCS 陰極刺激による右頭頂葉の抑制は,相対的 に固視機能が賦活されて眼振緩徐相の持続時間が短縮し,眼振急速相が誘発されやすくなったこ とで眼振数が増加したと推察される(図2-12). 今回,右頭頂葉に対するtDCS 陰極刺激が OKN に与える影響を検討し,皮質前庭中枢に対す る抑制作用を確認できた.実験2 では,皮質前庭中枢と平衡機能の関連性を検討するため,右頭 頂葉に対するtDCS 陰極刺激が平衡機能に与える影響について検討した.

(24)

23 図2-11 OKN に関与する神経回路(田浦ら,200842)を改変) OKN を誘発する網膜からの視運動刺激の神経経路を示す.間接経路では,網膜から外側膝状 体を経て視索核を下降し,橋被蓋網様体核,前庭神経核を経由する.直接経路は,網膜からの視 運動情報が大脳皮質視覚野,MT/MST を経由した後,橋,小脳から前庭神経核へと投射される. 図2-12 視運動刺激に対する OKN の直接経路と間接経路(田浦ら,200842)を改変) OKN の直接経路では,刺激直後にみられる早い成分,間接経路では刺激に伴い緩徐に増加す る応答成分である.頭頂葉に対する tDCS 陰極刺激は,OKN における早い応答成分を抑制した と推察される. 網膜刺激 直接経路 tDCS 陰極刺激による抑制 総和 眼球運動 間接経路 網膜 外側膝状体 視索核 橋被蓋網様体核 外側膝状体 大脳皮質 視覚領 前庭神経核 MT/MST 野 頭頂葉 橋・小脳 眼球運動 間接経路 直接経路

(25)

24 第3 章 実験 2 右頭頂葉に対する tDCS 陰極刺激が平衡機能に与える影響 3-1 諸言 皮質前庭中枢における情報処理について,頭頂葉に対する tDCS を用いて検討されている. Arshad ら(2014)56)は,左右の頭頂葉に対するtDCS を行い,冷水 Caloric 刺激中の SPV の変 化を観察した.左頭頂葉に対するtDCS 陰極刺激では左右冷水 Caloric 刺激中の SPV が低下し, 左頭頂葉のtDCS 陰極刺激と右頭頂葉への tDCS 陽極刺激を行うと減少した SPV が改善したこ とから,左頭頂葉が末梢前庭情報処理,右頭頂葉では前庭情報を統合すると述べている.また, Ahmad ら(2014)66)は,右頭頂葉へのtDCS による SPV は,陽極刺激で増加し,陰極刺激で減 少することに加え,固視および滑動性眼球運動では tDCS による SPV の影響が抑制されること から,右頭頂葉が前庭情報をトップダウンで制御していると結論付けている. このように,右頭頂葉は,皮質前庭中枢として前庭情報処理を担い,空間識として自己の姿勢, 運動や位置と,外界空間との関係を認知すると同時に,空間内での姿勢や運動を適切に制御する ため重要な役割を果たしていると考えられる.しかし,皮質前庭中枢と平衡機能との関連性につ いては明らかにされていない. 実験1 では,大脳皮質の機能を一過性に抑制する tDCS 陰極刺激を右頭頂葉に行い,皮質前庭 中枢に対する抑制作用を確認した.そこで,実験2 の目的は,皮質前庭中枢と平衡機能の関連性 を解明するため,右頭頂葉に対するtDCS 陰極刺激が平衡機能に与える影響について検討するこ ととした. 3-2 対象 対象は,利き手が右側の若年健常成人10 名(男性 5 名,女性 5 名,平均年齢 21.4 ± 0.4 歳) とした.利き手の評価は,エディンバラ利き手テスト60)を使用した.tDCS の禁忌と考えられる 対象は,①頭蓋内や目の中に金属がある,②体内にペースメーカーや埋め込みポンプがある,③ 頭蓋内に金属プレートがある,④開頭術を行った既往がある,⑤刺激部位の皮膚障害とされてい る55).これらを参考に,除外基準は,上記の5 項目に加え,てんかんの既往があるものとした. 3-3 方法 tDCS は,DC stimulator plus(Neuroconn)および 5.0 cm×7.0 cm(35 cm2)のスポンジ電 極を使用した.刺激電極は,生理食塩水を十分に含ませた後,国際10/20 法に準じて前頭部に陽 極,P4 に陰極を設置し,ベルクロおよび固定バンドを用いて固定した.刺激条件は,刺激強度 1.5 mA,刺激時間 15 分とした.また,刺激開始および終了時には,疼痛などの不快感を生じや すいとされているため,刺激開始時の立ち上がり時間と刺激終了前の減衰時間を10 秒間設けた. 平衡機能の測定は,重心動揺計 Twingravicoder G-6100(ANIMA)を使用し,対象者を閉脚 立位で両上肢を体側に下垂させた状態で,頭部正中位および回旋中の2 条件で測定した.条件 1

(26)

25 の静止立位は開眼および閉眼で60 秒間測定し,開眼時には 2 m 前方の視標を対象者に注視する よう指示した.条件2 の頭部回旋立位は,対象者には前方を注視せずメトロノームのリズムに合 わせて頭部を左右に35°,2 Hz で回旋するよう指示し,開眼および閉眼にて 10 秒間測定した67,68) 3-4 分析方法 統計学的分析は,SPSS statistics 23.0(IBM)を使用し,tDCS 前後の総軌跡長,実効値およ び実効値面積の比較についてWilcoxon 符号順位和検定を行い,有意水準 5%とした.また,tDCS による効果量r(Z 変数を対象数の平方根で除す)を算出した.tDCS 前後の総軌跡長,実効値お よび実効値面積の効果量r は,0.50 以上で効果量大,0.50 から 0.30 で効果量中,0.30 から 0.10 で効果量小となる 69).さらに,重心動揺検査の総軌跡長,実効値および実効値面積と,EOG の 眼振数,持続時間,振幅および SPV における tDCS 前後差との関係については,Pearson 積率 相関分析およびSpearman 順位相関分析を用い有意水準 5%とした. 3-5 結果 tDCS 前後の総軌跡長,実効値および実効値面積の中央値,四分位範囲を表 3-1 と 3-2 に示す. tDCS 前後の重心動揺検査の比較では,開眼静止立位時の総軌跡長が 71.42(57.73-90.76) cm から79.71(63.71-131.10) cm と有意に延長したが(p=0.009)(図 3-1),閉眼静止立位お よび頭部回旋立位では,統計学的な有意差は認めなかった(図3-2,3-3,3-4,3-5,3-6). 静止立位におけるtDCS の効果量は,開眼時の総軌跡長(r=0.87),実効値(r=0.56)および実 効値面積(r=0.56)で大きい効果,閉眼時の総軌跡長(r=0.12),実効値(r=0.15)と小さい 効果を認めた(表3-1).頭部回旋における tDCS の効果量は,開眼時が総軌跡長(r=0.29)お よび実効値(r=0.26)で小さい効果,実効値面積(r=0.46)で中程度の効果,閉眼時と総軌跡 長(r=0.15)で小さい効果,実効値(r=0.46)および実効値面積(r=0.43)で中程度の効果を 認めた(表3-2). 重心動揺検査とEOG における tDCS 前後差の関係は,開眼立位時における実効値と持続時間 の間にr=0.626(p<0.05)と正の相関,開眼頭部回旋時の実効値および実効値面積と振幅の間 にr=-0.645(p<0.05),r=-0.630(p<0.05)と負の相関があった(表 3-3,表 3-4).

(27)

26 3-6 表および図 表3-1 tDCS 前後の静止立位における総軌跡長,実効値および実効値面積の比較 tDCS 前 tDCS 後 p値 r 開眼 総軌跡長(cm) 実効値(cm) 実効値面積(cm2 閉眼 総軌跡長(cm) 実効値(cm) 実効値面積(cm2 71.42(57.73-90.76) 0.75( 0.70- 0.89) 1.78( 1.55- 2.48) 104.10(81.55-147.85) 0.87( 0.70- 1.07) 3.74( 2.10- 6.74) 79.71(63.71-131.10) 0.89( 0.71- 1.10) 2.49( 1.59- 3.77) 100.90(80.55-158.47) 0.93( 0.79- 1.18) 4.92( 1.78- 9.30) 0.009 0.093 0.093 0.386 0.445 0.169 0.87 0.56 0.56 0.12 0.15 0.09 中央値(四分位範囲),Wilcoxon 符号順位和検定,効果量:r=Z/√n 効果量大:r≧0.50,効果量中:0.50>r≧0.30,効果量小:0.30>r≧0.10

(28)

27 表3-2 tDCS 前後の頭部回旋立位における総軌跡長,実効値および実効値面積の比較 tDCS 前 tDCS 後 p値 r 開眼 総軌跡長(cm) 実効値(cm) 実効値面積(cm2 閉眼 総軌跡長(cm) 実効値(cm) 実効値面積(cm2 30.94(22.89-49.24) 1.00( 0.82- 1.33) 2.41( 1.54- 3.20) 33.59(28.83-54.43) 0.99( 0.82- 1.45) 3.12( 2.13- 6.74) 32.24(28.94-57.47) 1.15( 0.75- 1.72) 2.70( 2.00- 3.83) 41.03(31.77-61.94) 1.12( 0.76- 1.44) 3.96( 1.84- 9.74) 0.386 0.445 0.169 0.646 0.169 0.203 0.29 0.26 0.46 0.15 0.46 0.43 中央値(四分位範囲),Wilcoxon 符号順位和検定,効果量:r=Z/√n 効果量大:r≧0.50,効果量中:0.50>r≧0.30,効果量小:0.30>r≧0.10

(29)

28 図3-1 静止立位時における tDCS 前後の総軌跡長の比較 開眼静止立位時の総軌跡長は,tDCS 後に有意に延長した.閉眼静止立位時の総軌跡長は,tDCS 前後の有意差を認めなかった. 図3-2 静止立位時における tDCS 前後の実効値の比較 開閉眼静止立位時の実効値は,tDCS 前後で有意差を認めなかった.

(30)

29 0.0 30.0 60.0 90.0 120.0 tDCS前(開眼) tDCS後(開眼) tDCS前(閉眼) tDCS後(閉眼) 総軌跡長( cm ) Wilcoxon符号順位和検定 図3-3 静止立位時における tDCS 前後の実効値面積の比較 開閉眼静止立位時の実効値面積は,tDCS 前後で有意差を認めなかった. 図3-4 頭部回旋立位時における tDCS 前後の総軌跡長の比較 開閉眼頭部回旋立位時の総軌跡長は,tDCS 前後で有意差を認めなかった.

(31)

30

図3-5 頭部回旋立位時における tDCS 前後の実効値の比較 開閉眼頭部回旋立位時の実効値は,tDCS 前後で有意差を認めなかった.

図3-6 頭部回旋立位時における tDCS 前後の実効値面積の比較 開閉眼頭部回旋立位時の実効値面積は,tDCS 前後で有意差を認めなかった.

(32)

31 表3-3 静止立位時の重心動揺検査と EOG における tDCS 前後差の関係 眼振数# 持続時間 振幅 SPV 開眼 総軌跡長 実効値 実効値面積 閉眼 総軌跡長 実効値 実効値面積 -0.067 -0.115 -0.200 0.394 0.333 0.333 -0.256 0.626* 0.530 -0.207 -0.060 -0.027 -0.283 -0.328 -0.520 -0.011 0.298 0.270 0.133 -0.542 -0.502 0.129 0.229 0.159 Pearson 積率相関分析,*:p<0.05 #:Spearman 順位相関分析

(33)

32 表3-4 頭部回旋立位時の重心動揺検査と EOG における tDCS 前後差の関係 眼振数# 持続時間 振幅 SPV 開眼 総軌跡長 実効値 実効値面積 閉眼 総軌跡長 実効値 実効値面積 0.139 0.091 0.091 0.334 0.139 0.152 -0.094 -0.069 -0.051 -0.421 -0.165 -0.167 -0.376 -0.645* -0.630* -0.241 0.007 0.016 0.099 0.007 -0.018 0.311 0.371 0.331 Pearson 積率相関分析,*:p<0.05 #:Spearman 順位相関分析

(34)

33 3-7 考察 本研究の結果をまとめると,1) tDCS 後に開眼静止立位時の総軌跡長が延長したこと,2) tDCS の効果量は,開眼時静止立位の総軌跡長,実効値および実効値面積で大きい効果,開閉眼頭部回 旋立位時の実効値面積で中程度の効果を認め,閉眼立位時で小さい効果から効果がなかったこと, 3) 重心動揺検査と EOG における tDCS 前後差の関係は,開眼立位時における総軌跡長の実効値 と持続時間の間に正の相関,開眼頭部回旋時の実効値および実効値面積と振幅の間に負の相関が あったこと,以上の3 点である. 右頭頂葉に対する tDCS 陰極刺激の影響は,開眼静止立位で大きく,tDCS 前後差における実 効値と EOG の持続時間に正の相関があったことから,開眼時の平衡機能における右頭頂葉の役 割は,前庭情報が負荷されない開眼静止立位時には視標を参照とした視空間情報を処理している ことが示された(図3-7).また,開閉眼の頭部回旋における tDCS 陰極刺激の影響は中程度で, 開眼時頭部回旋時の実効値および実効値面積と振幅の間に負の相関があったことから,頭部回旋 時の平衡機能における右頭頂葉の役割は,頭部回旋により末梢前庭情報が入力される場合には, 左頭頂葉での末梢前庭情報を部分的に処理していることが示唆された(図3-8). 右頭頂葉に対する tDCS 陰極刺激の影響は,開眼静止立位で大きく,tDCS 前後差における実 効値と EOG の持続時間に正の相関があった.皮質前庭中枢は,サルを用いた電気生理学的手法 で明らかにされ,頭頂間溝(area2v),中心溝(area3av),下頭頂葉(area7a,b),PIVC (pariet-insular vestibular cortex)が含まれている70).一方,健常人における皮質前庭中枢は,

Caloric 刺激中の眼振 SPV と PET での局所脳血流変化の関係について検討し,島および島後部, 下頭頂小葉で正の相関があったことが報告されている44).一方,GVS を行い,前庭神経全体を刺 激した場合の fMRI では,小脳半球,島前部,視床,被殻,下頭頂小葉,前頭前野,中および上 側頭回,前帯状回および島後部の賦活が報告されている71).また,大脳皮質における異なる感覚 間の相互作用について,皮質前庭中枢は視覚野の相反抑制作用を有しており,視覚刺激時には皮 質前庭中枢の抑制と視覚野の賦活を誘発し,前庭刺激時には皮質前庭中枢の賦活と視覚野の抑制 を誘発されることが確認されている72).さらに,皮質前庭中枢が賦活されるCaloric 刺激の SPV は,固視により活動が抑制され44),右頭頂葉に対するtDCS の影響が抑制されることが報告され ている66).本研究における開眼静止立位時の実験条件は,対象者に2 m 前方の固視点を注視する ように指示していたことから,皮質前庭中枢の活動が抑制されることが予想される.これらのこ とから,右頭頂葉に対する tDCS 陰極刺激は,固視点を基準とした視空間情報処理が抑制され, 開眼静止立位時の平衡機能の抑制に大きな効果があったと考えられる.一方,tDCS 前後におけ る閉眼立位の効果量は,小さい効果から効果なしであった.閉眼時の平衡機能は,体性感覚およ び前庭覚により維持され,特に前庭覚情報は,頭部加速度を三半規管と耳石器で受容される 38) 閉眼静止立位で入力される前庭覚情報は重力加速度のみであるため,前庭機能の影響が少なかっ たと推察される(図3-7). 開閉眼の頭部回旋立位におけるtDCS 陰極刺激の影響は開眼時の実効値面積,閉眼時実効値お よび実効値面積で中程度,開眼時頭部回旋立位時の実効値および実効値面積と振幅の間に負の相

(35)

34 関があった.大脳皮質に対する前庭情報の神経経路は,対側の前庭一次求心性線維から前庭神経 核を経て,視床を経由して投射されることから対側頭頂葉が担っていると考えられている38,56) 一方で,左右の頭頂葉に対して一過性に大脳皮質の機能を抑制する tDCS 陰極刺激を用いて,冷 水Caloric 刺激で誘発される眼振の SPV に及ぼす影響について検討した研究から,左頭頂葉が前 庭情報処理の中枢であり,右頭頂葉は,前庭情報処理において左頭頂葉に対する優位性があるこ とが示唆されている57)

また,前庭障害患者の立位の姿勢制御について,体平衡機能検査のSensory Organization test (SOT)を用いて検討されている73).体平衡検査は,条件1 が開眼立位,条件 2 が閉眼立位,条 件3 が開眼での視野の前後移動,条件 4 が開眼での足底の前後動揺,条件 5 が閉眼での足底面の 前後動揺,条件6 が視野および足底面の前後移動の 6 条件で構成され,条件 5 および 6 では前庭 覚への依存度が高くなる.この検査から得られるSOT は,前後方向の動揺の安定性と立ち直りに 関与する足関節と股関節の割合から算出される.浅井らの報告では,前庭障害患者のSOT スコア は,閉眼で足底面が動揺する条件5 および視野と足底面が動揺する条件 6 で低く,姿勢の不安定 性を生じることが報告されている73).さらに,立位の姿勢制御の複雑性と平衡機能における視覚, 体性感覚および前庭覚の相対的な重み付けの変化についての研究では,健常人に対する6 週間の バランストレーニング後のSOT の変化について検討されている.その結果,バランストレーニン グ後は閉眼で足底面が動揺する条件5 での SOT スコアの有意な増加と中等度の効果を認め,前後 動揺の複雑性と SOT の前庭覚スコアとの間に相関を認めたことが報告されている 74).これらの 結果は,立位の姿勢制御の難易度が高くなるほど前庭覚への依存度が高まることを示している. 本研究における頭部回旋立位は,開眼時の視覚情報で網膜像のずれを生じ,頭部による回転加速 度情報が入力されることから,静止立位と比較して姿勢制御の難易度が高く前庭覚への依存度が 高い条件である.そのため,右頭頂葉に対して一過性に機能を抑制する tDCS 陰極刺激は,開閉 眼頭部回旋立位時の実効値および実効値面積に影響を与えたと考えられる(図3-8). 一方で,右頭頂葉に対して一過性に機能を抑制するtDCS 陰極刺激の実効値および実効値面積 へ与える影響は中等度に留まった.皮質前庭中枢における機能の非対称性は,頭頂葉における半 球間抑制作用が関係している可能性がある.先行研究では,一過性に脳機能を抑制する1Hz での 反復経頭蓋磁気刺激(repetitive TMS:rTMS)を用いて,一過性頭頂葉障害から得られる空間的 注意への潜在的影響について調査された75).その結果,右頭頂葉に対するrTMS は,注意と空間 定位に関連したネットワークの障害が現れたが,左頭頂葉へのrTMS ではこれらの障害が改善し たと報告されている75).このことは,頭頂葉における半球間抑制作用は,左半球から右半球に対 する抑制が強いことを示唆している.本研究における対象者への指示は,固視をせず2 Hz での頭 部回旋運動を行わせたこと,頭部回旋条件では大脳皮質における視覚野の機能が抑制され,皮質 前庭中枢が賦活されることから72),皮質前庭中枢が賦活される条件となっている.しかし,右頭 頂葉は左頭頂葉からの強い抑制を受けているため,末梢前庭情報処理の一部を担っていると考え られる.そのため,右頭頂葉に対する tDCS 陰極刺激は,開閉眼における頭部回旋中の平衡機能 に与える影響が中程度に留まったものと推察される(図3-8).

(36)

35 本研究では,健常成人の右頭頂葉に対する tDCS 陰極刺激が OKN および平衡機能に与える影 響を検討した.今後,左頭頂葉が平衡機能に与える影響を検討するとともに,転倒恐怖を改善さ せることを目的とした皮質前庭中枢に対するリハビリテーションプログラムを構築していきたい. 図3-7 右頭頂葉に対する tDCS 陰極刺激が開閉眼立位時の平衡機能に与える影響 右頭頂葉に対する tDCS 陰極刺激は,開眼時の視空間情報処理機能を抑制し,視標を基準に調 整される平衡機能に影響を与え,頭部加速度刺激が重力加速度のみである閉眼立位では影響がな かったと推察される. 図3-8 右頭頂葉に対する tDCS 陰極刺激が開閉眼頭部回旋立位時の平衡機能に与える影響 前庭覚への依存度が高い頭部回旋立位での右頭頂葉に対するtDCS 陰極刺激は,左頭頂葉からの 半球間抑制を受ける右頭頂葉の前庭情報処理の一部を抑制し,中等度の影響を与えたと推察され る. 右頭頂葉は視空間情報 処理機能を有する74) 頭部回旋立位:頭部回旋加速度情報が入力される条件 開眼立位:視標を注視 視覚と前庭覚の 相反抑制作用72) 右頭頂葉に対するtDCS 陰極刺激は,開眼時に 視空間情報処理機能を抑制し,視標を基準に調 整される平衡機能に影響を与えた. 閉眼立位:頭部正中位 前庭覚は 頭部加速度を受容38) 前庭情報は 重力加速度のみ 右頭頂葉に対するtDCS 陰極刺激は,閉眼時の 平衡機能に影響しなかった. 前庭障害患者 閉眼,足底面動揺で姿勢不安定性が増加73) 右頭頂葉に対するtDCS 陰極刺激は,前庭情報処理を抑制し頭部回旋立位の平衡機 能に中等度の影響を与えた. 姿勢制御は難易度が上がると 前庭覚への依存度が高まる74) 右頭頂葉は左頭頂葉からの半球間抑制を受ける75)

参照

関連したドキュメント

直流電圧に重畳した交流電圧では、交流電圧のみの実効値を測定する ACV-Ach ファンクショ

これらの設備の正常な動作をさせるためには、機器相互間の干渉や電波などの障害に対す

条第三項第二号の改正規定中 「

なお,今回の申請対象は D/G に接続する電気盤に対する HEAF 対策であるが,本資料では前回 の HEAF 対策(外部電源の給電時における非常用所内電源系統の電気盤に対する

改良機を⾃⾛で移動 し事前に作成した墨 とロッドの中⼼を合 わせ,ロッドを垂直 にセットする。. 改良機のロッド先端

2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月.  過去の災害をもとにした福 島第一の作業安全に関する

その対策として、図 4.5.3‑1 に示すように、整流器出力と減流回路との間に Zener Diode として、Zener Voltage 100V

内の交流は、他方のコイル(二次回路)にそれとは電流及び電圧が異なる交流を誘導