香 川 大 学 経 済 論 叢 第74巻 第1号2001年6月 19-76
時間融合の経営戦略
一過去と未来の接点から生まれる力一
保
恵
田
笹
原
上
第1
節はじめに:企業の持続的成長をもたらす経営戦略
1 )経営戦略とは何か 企業にとって経営戦略とは一体何か。端的にいえば,経営戦略とは企業がそ の存在意義を明確にしたうえで独自の理念,ポリシーを設定し,それらを実現 するための大局的な方向性を示したものである。いわば大海原を突き進む船に とっての羅針盤のような存在,それが経営戦略である。この羅針盤に大幅な狂 いが生じていたならば,企業は目的とする地点に到着することは不可能である ばかりか,最悪の場合は難破してしまう危険性さえある。 Ansoffは企業の経営戦略について次のように述べている。「戦略への関心は, 企業をとりまく環境がますます変化を大きくし,過去とは非連続になってきて おり,その結果として会社が変化しつつある仕事や脅威や機会に適応する際に 会社の目的,目標のみでは十分ではないことをますます認識するようになった ことが原因である。この時組織の発展のプロセスを導く新しいJレールやガイド ラインが‘戦略'として定義されてきた」。環境変化の激しい時代にあっては,企 業はより広い視点から成長に向けた方策を決定していかなければならないので ある。 ところで,こうした戦略の下位概念としてあるのが戦術であり,それは戦略20- 香川大学経済論叢 20 を実行に移すための道具である。はじめにこの戦略と戦術の違いを明確に認識 しておく必要がある。 図表1二1 経営戦略の新パラダイム 戦略の境界 既存のパラダイム 新しいパラダイム 長期的視点 =時間融合の経営戦略= 図表1- 1では,経営戦略を既存のパラダイムと新しいパラダイムとに区分 して提示している。既存の経営戦略では短期的視点にたった戦術の立案と実行 に重きが置かれる。一方,新しい戦略の枠組みでは,個々の戦術よりも企業全 体が今後いかなる方向に進むべきかという,より長期的な観点からの戦い方が 重要視される。本稿で論じていく時間融合の経営戦略は,新しいパラダイムの 領域に入るものである。 昨今,企業を取りまく外部経営環境はかなりのスピードで変化を続けている。 仮に現在,すぐれた経営戦略を採用する企業として社会的に認知されている企 業であっても,その戦略が永続的に通用するかといえば,決してそのようなこ とはない。現状の成功に甘んじてより高い成長を実現するための戦略の構築と その修正に腐心しなげれば,企業が成功している期聞はきわめて限定されたも のとなることであろう。
21 時間融合の経営戦略 -21ー 多くの企業にとって,成長するための,そして客観的な成功を実現するため の方策は大きな関心事である。外部経営環境の不確実性が高まるなかにあって, いかなる視点にたって経営を進めていけばよいのか,そのために具体的にはど のような取り組みを進めて行くべきであるのか,企業経営者の関心は自然とそ のような領域に向かっていく。 成功企業の事例を知り,自社経営のあり方を考えることは大変重要である。 すぐれた企業には自社の経営方針を見直すための材料が,数多くちりばめられ ていることだろう。それらを参考に自社の経営戦略に手を加えれば,ある面で は成功に一歩近づいていくことも可能であるかもしれない。 2)持続的成長をもたらす経営戦略 しかし,そもそも成功企業とは何をもって成功と判断すればよいのだろうか。 注目のベンチャー企業として産業界に登場し,各方面から注目を浴びながらも, 短時間のうちに消滅していってしまう組織のいかに多いことだろうか。それら のベンチャー企業においては,確固たる経営戦略が存在していたわけではない。 凋落の要因としては種々のものが考えられるであろうが,その最大の要因は羅 針盤になりうるだけの精搬な戦略がなかったということである。短期的な戦術 志向が強かったのである。 成功企業とは何も特別な,奇抜な方策を設定して市場での成功をおさめてい る組織ではない。企業が今後いかなる方向に進んで行くべきかの拠り所がきわ めて明確になっている企業は,外部経営環境の不確実性が高まろうとも着実に 力強く成長を続けていく。もちろん,収益構造が悪化することもあるだろう。 競合他社に優位性を奪われることもあるかもしれない。しかしながらそれらは 一時的なものに過ぎず,より長期的な観点からとらえれば大きな失敗をするこ となし坦々と成長の道のりを進んでいくことになるのだ。つまり企業が成功 しているか否かの判断は,やや長期的な観点から慎重に判断しなければならな いのである。 「会社の寿命は30年である」とする説もある。したがって, 2年, 3年という
-22 香川大学経済論叢 22 ショートスパンでの活躍を目の当たりにして,その企業を成長ないし成功企業 として判断することには程度の差こそあれ,危険が伴うことは否定できない。 多くの企業経営者の関心は,日々の経営における困難を即座に解消し,成長を もたらすための方策,すなわち戦術を考え出すところにあるのかもしれない。 そうした特効薬的な経営戦術を知り,自社の経営に採用していくこともある面 では必要なことであろう。新しい経営上の工夫が停滞しつつある事業に活力を 入れ,経営全体が生き生きとしてくるケースも十分に考えられるからである。 しかし,モデルとすべき企業の選定に誤ったならば,新しい取り組みが企業の 力にマイナスに作用する場合もある。また,自社にとっては必ずしも最適な戦 術でないということもあるだろう。そうした事態に陥らないためには,企業経 営者は常に長期的かつ広い視野でもって,日々の経営を考えていく必要がある のではないだろうか。それが真の意味での経営戦略の立案と実行である。 本稿では,企業の継続的な成長を可能にする経営戦略こそが,個々の企業の 力を高め,その結果産業全体を活性化させ,さらには日本の活力そのものをも 大きく向上させることになるであろうとする仮説に立脚しながら論を展開して いくことにする。その際のキーワードを「時間融合の競争戦略」とし,戦略思 考にあふれる企業および経営者の事例等を取り上げながら,伝統的でありなが らも新しい経営戦略のあり方を探っていきたいと考える。
第
2
節時間融合の経営戦略とは
(1) 時間融合の経営戦略とは 1 )時間融合の経営戦略と市場ポジショニング まず,本稿で取り上げる時間融合の経営戦略の定義を明確にする。時間融合 の経営戦略とは,企業における過去と未来の戦略の接点から生じる新しい戦略 パラダイムであり"将来にわたる継続的な成長を可能にする,企業の行動規範 と実際の行動内容を示すものである。 それぞれの企業においては,過去のあらゆる実績を生み出す源泉となった経 営戦略が存在する。誕生から5
0
年,1
0
0
年と長い時聞にわたり経営活動を継続23 時間融合の経営戦略 -23-している企業には,それに応じた過去の経営戦略が確かに存在する。一方,創 業からわずかに数年のベンチャー企業にも,その実績に対応するだけの過去の 経営戦略が存在する。 こうした過去の経営戦略には,実に多様な企業の経営資産が内包されている。 過去の経営戦略を構成している要素をより細かく分解していくと,そこには企 業の戦略を決定づける要素,すなわち,人,物,資金,情報という各種経営資 源が,個々の企業戦略の性格を大きく規定するものとして抽出される。これら は各企業固有の有形経営資産である。また,経営者が創業時から抱き時間の経 過とともに育んできた経営理念,すべての従業員の聞で醸成されてきた組織文 化などは無形経営資産に該当する。 このように,企業内には有形および無形の経営資産が存在し,それらがいわ ばDNAとなって過去の企業戦略の立案と実行に影響をおよぽし,その結果と して現在の市場におけるポジショニングが実現されているのである。 2 )過去の経営戦略の限界 企業のなかには過去の経営戦略しか保有しない組織もある。そのような企業 の戦略は,本稿で取り上げる時間融合の戦略の対極に位置するものである。過 去の経営戦略には,その企業ならではのエッセンスあるいは強みが含有されて いることは言を待たない。その強みをいかんなく発揮しながら,持続的な成長 を遂げてきた企業も多数見受けられる。しかし,過去の経営戦略は成長の絶対 的なツールではない。過去から未来にわたる時間の流れのなかで,ある程度の 見直しが必要となる部分が多分に出てくることは避けられない。 過去の経営戦略のみにとらわれた姿勢は,近視眼的な経営へとつながってい く。企業を取りまく経営環境は日々変化を続け,閉じ状態にとどまることはな い。市場の同質性が前提となっていた時代であれば,既存の経営戦略を踏襲す るのがもっとも合理的な企業活動であったかもしれない。しかし,これからの 企業戦略には経営者や従業員の先見性が要求される。事前に外部経営環境の不 確実性を予期し,セーフティーネットとしての対応策を考慮した経営戦略が必
24 香川大学経済論叢 24 要となるのである。 過去の成功企業のなかには将来への対策を怠り,経営状態が悪化していく企 業が少なくない。なぜこうした事態が引き起こされるのか。それにはふたつの 理由が考えられる。ひとつは,今までのやり方を続ける方が,新たなやり方を 導入するよりも,心理的にもそしてコストその他の点からいっても,負担が少 ないからである。より長期的な観点から戦略の軌道修正を実施する作業にはそ れ相応の時間や労力が必要となり,これが大きな障壁となる。 この場合には,従来の経営スタイルのなかで修正すべき事項を認識している ことも少なくはない。経営環境の変化やその他の要因によって,自社経営の仕 組みそのものを変革していく必要性を程度の差こそあれ認識していながら,問 題解決に向けた方策に未だ着手していないのである。実際の企業経営において とりわけ組織全体が大きしさまざまな意味で非効率な部分も温存されている 保守志向の強い企業にあっては,戦略の見直しというきわめて重要な経営課題 が放置されていることもある。 もうひとつは,経営者がそして従業員が自社の経営方式に絶対の自信を持ち, 他のやり方を導入しようとしないケースであれこちらの方が深刻な事態に陥 ることが多い。新進気鋭のベンチャー企業も,数年経過すれば競合企業が増加 しているかもしれないし,あるいは顧客ニーズの大きな変化が生じているかも しれない。それによって,かつての勢いが失われてくることもあるだろう。し かし,過去の成功に絶対の自信をもっていたならば,なかなか大局的な戦略の 再構築を試みようとする柔軟な考え方はできない。 短期間で予想以上の成功を,それも常識では考えられないほどの成功を手に した企業のなかには,その成功のためにかえって身を滅ぼしてしまうというこ とも起こりうる。実は,企業が予想していた以上に成功するのは,本来の意味 からいえば失敗という見方もできるのである。 なぜ戦略立案担当者の予想、を超えた成功を,失敗とみなさなければならない のか。それは「分析の失敗」を意味しているからである。事業を進めていく際 に経営者あるいは経営企画に携わる者たちは,必要な情報を入手し,多面的に
25 時間融合の経営戦略 -25-分析を行い,その結果にもとづいて自社の今後の成長度合いを予測するわけで ある。 もちろん,予測には不確実性が伴うために完壁に自社の将来を予測すること は不可能に近い。半年
1
年という短期間であっても,予想と実際とには差が 生じるのはやむを得ない。しかし,予測値と実測値とがあまりにも耳障離してし まった場合,かりに実績のほうが良かったとしてもそれは分析の失敗というこ とになるのである。企業経営を進めていく場合には,結果が良ければそれでよ し,ということにはならない。うまく行かなかったときにそれを反省するのは 当然であるが,予想をはるかに超えた成功を達成できたときにも,それを素直 に失敗であると認め,どこに失敗があったのかその要因を追求する姿勢がある かどうか。そうしたことも経営には必要であろう。 過去にあまりにも成功した企業は,その成功体験に縛られて経営戦略上の問 題に気づかなくなる危険性がある。自社が採用してきた経営戦略,事業領域の 設定,顧客との関係構築の手法,組織体制のあり方などを絶対的なものとして 認識し,修正すべき点に気づかなくなるのである。 過去の経営戦略に固執する企業は,以上のように大きく 2つの型に分類する ことができるのではないだろうか。過去の経営戦略がいかにすぐれたもので あっても,永続的に通用する方式というものは存在しない。過去の経営戦略に は必然的に限界が存在する。企業もまさに有機体として外部の環境変化にうま く適応できる柔軟性を常にもっていなげればならない。(
2
)
時間融合にもとづく経営戦略の力 1 )過去の経営戦略と未来の経営戦略 時間融合の経営戦略は,過去の戦略の限界点を克服するための一方策である。 これは,過去の経営戦略と未来の経営戦略とが絶妙のバランスで融合されると ころから生じる,新しいタイプの戦略である。 限界点を含む過去の経営戦略には,企業の経営理念,戦術ほか多様なエッセ ンスが凝縮されている。これは,その企業を特徴づける大切な要素でもある。-26- 香川大学経済論叢 26 したがって,経営戦略を大幅に軌道修正していく場合であっても,その本質部 分は残しながら,その強みをより生かしていけるような方向での見直しを基本 的に考えるべきではないだろうか。 昨今多くの企業が,構造的不況という外部環境の悪化に直面している。そし て,経営戦略の再構築による効果をさまざまな観点から検証し,より市場に適 合できる,すなわち市場ニーズのベクトル軸に合うような修正作業が進められ ている。軌道修正に成功する企業もあれば,失敗する企業もある。そして,経 営戦略の再構築に成功している個々の企業を慎重に検討してみると,ひとつの 現象が明らかになってくる。すなわち,過去の経営戦略のなかからかげがえの ない資産として残すべきところは残し,新しく付加すべきものは投入している, そうしたトップマネジメントの経営努力が確かに存在するということだ。 2 )戦略イメージの重要性 では,過去の企業資産に加えられる,新しい性質をもったものとは何か。そ れは,大局的な視点、から認識された企業の将来のあるべき姿に近づくための具 体的なイメージである。本稿ではこれを「戦略イメージ」とよぶ、ことにしよう。 自社の将来を完全な形でイメージすることは難しい。社内外を含め,不確実性 の高い要素があまりにも多いからである。 しかし,不確実性の高い変数が乱立するなかにも,明確な企業理念にもとづ く自社のあるべき姿は必ず描かれていなければならない。それがなければ,企 業はなぜ存在するのか,社会的責任を負う組織としての存在意義はきわめて希 薄なものになってしまうであろう。 時間融合の経営戦略が本来の機能を発揮しながら,企業の成長を加速してい くためには,何よりもまず戦略イメージがなければならない。大きな戦略イメー ジをもとに,個別の経営計画や戦術を検討し実行していくという手順を踏む必 要があるからである。ややもすると戦術にばかり目が行きがちであるが,上位 概念としての戦略から入っていく必要があるのである。 企業の戦略イメージと過去の戦略との接点から,これからの活動指針となる
27 時間融合の経営戦略 -27 新しい戦略が生まれてくる。これが時間融合の経営戦略である。古い部分を大 切にしながら,新しいスパイスを加味することで企業が本来持つ強みや特徴を いっそう伸ばしていく。 新しさを加えるといっても,その加減は困難である。トップマネジメントの 直感やセンスも必要であるが,それだけでは十分でない。科学的な分析という 要素が必ず要るのである。 3 )時間融合の経営戦略の完成プロセス ザ・スーパーモデルプロジェクトという日本発のブランドビジネスを手がけ るベンチャー企業がある。ニューヨークに本部をもっグローパlレアーテイスト だ。この会社の吉田勝彦社長はこう強調する。「企業の戦略を考えるときに重要 なのは,時代を少し先取りすることです。しかし,あまり先に行きすぎては誰 も見向きもしてくれません。世の中の半歩先を行く程度がちょうどよいのです。 (2) そうすればうまくいくのではないでしょうか」。 この言葉には,時間融合の経営戦略を考えるうえでのきわめて本質的な見方 が含まれている。新しさを加味するといっても,あまりにも斬新的なものは企 業サイドの戦略となってしまい,消費者の立場を考慮しない独りよがりの戦略 になる危険性がある。新しい要素の投入によって,自社が成長していくために は,新しさの度合いをどの程度に設定するのかが大きな課題となる。そして, 過去と将来との戦略が完壁な配合で調和したとき,時間融合の経営戦略は完成 されることになる。図表
2- 1
では過去の戦略領域を戦略実績,未来の戦略領 域を戦略イメージとし,ニつの領域が統合されるという時間融合の経営戦略を 概念化した。 (2) 2000年 1月筆者笑施のインタビューによる28 香川大学経済論叢 28-戦略イメージと戦略実績 時間融合の経営戦略 図表2ー 1 未来の戦略領域 過去の戦略領域 戦略イメージ 戦略実績 差別化戦略と時間融合の経営戦略 (3) 1 )差別化戦時の本質 ここで差別化戦略について考えることにする。当然のことであるが差別化, 差異化の本質は他と異なるということである。ある企業の提供する商品やサー ビスが,他社のそれと一線を画するものであると自らも認識しているし社会か らの了解も得られている,そのような状態にあるときに企業の差別化戦略は成 功していると判断される。 端的にいえば,企業の成否は顧客からの支持を得られているかどうかに集約 されるものである。いかにすぐれた商品やサービスであっても顧客からの支持 その企業の潜在的可能性の高低にかかわらず,会社組織 を獲得できなければ, しかしその本質は他と異 としては失敗しているということになってしまう。 顧客が企業を支持するケースは多種多様である。
29 時間融合の経営戦略 29 なっており,しかもその異質性が消費者に多大なるベネフィットをもたらして いる状態を達成できているところにある。差別化戦略が実現されている状態で ある。 2 )差別化のー形態 差別化戦略の本質を知るために,ひとつの飲食庖の事例を取り上げる。東京 都八王子市にあるフランス料理屈の事例である。フランス料理屈といっても特 別高級であるというわけではなく,数千円のコースメニューが設定されている ごく一般的なスタイルの屈である。
2
0
人程度の保有力をもっ庖舗内も特に豪華 なものではなしむしろシンプJレな部類に入る。八王子の駅からやや離れてお り,立地条件は不利であるといえるかもしれない。 店内からの眺めが素晴らしいわけでもない。肝心の料理の味は客観的な評価 をすることは困難であるが,我々の価値基準からすれば特筆するほど美味しい ものではない。しかしながら,主婦や若い女性に人気のある,地域でも愛され る庖として知られている。週末のランチタイムでは,予約を抜きに来庖しでも 入居できない可能性が高い。 一見すると平凡なこのフランス料理屈が繁盛する理由はどこにあるのだろう か。我々はこのフランス料理窟の人気の秘訣を経営戦略の枠組みのなかにおい て検討してみた。すると,主たる成功要因としてふたつの点が明らかになった。 ひとつはメニュー内容に関する領域,もうひとつはサービス内容に関する領域 が他のフランス料理庖とは異なっているのである。 メニューでは,徹底的にデザートを深く研究し,メイン料理をしのぐほどの 存在感を兼ね備えたものが食後のテーブルの前に並べられる(好きなものを自 由に選ぶことができる)。見た目の華やかさは甘党でなくとも楽しめる。 サービスでは,従業員のきめ細やかな気配りが随所に感じられる。身のこな しから話し言葉,サービスのタイミングなどのすべてが非常に丁寧であり,そ の背後にプログラム化された従業員教育の存在を察知することができる。帰り 際にはやや離れたところにある駐車場から車を持ってきてくれ,運転者や同乗30ー 香川大学経済論叢 30 者への気配りをしながら見送ってくれる。小さな料理屈でありながら,実に大 きなサービスを提示しているのである。 これらふたつの要因が絡み合って相乗効果が創出され,地域の女性を固定客 化することに成功していると判断したい。つまりこの料理屈は,デザートメ ニューと丁寧な顧客対応のふたつで他庖との差別化,差異化を推進し,外食マー ケットにおいて
1
虫自のポジショニングを獲得しているのである。 3 )価格面での差別化の問題点 差別化の実現は競争優位を可能にする。差別化はその企業でなければ不可能 な独自性の高い商品,サービスを市場に提供することで可能になる場合が多い。 一方,それとは対照的な差別化戦略も存在する。価格面に重きを置いた経営戦 略である。 つまり,競合他社よりも低価格な商品やサービスを市場に投入することで消 費者の関心をひき,価格への反応を強く示す顧客を自社に取り込んでいくこと で成立する経営戦略である。 価格志向の経営戦略は短期的にみれば成功する可能性が高い。特に,消費者 の低価格志向が顕著な昨今の市場環境下にあっては,競合他社よりも低い市場 価格を実現できれば,一時的に顧客集団はそちらへと移行することになるだろ う。しかし,長期的な視点からみたときに,これらの顧客は自社の固定客とし て定着するものであろうか。 低価格を実現するためには,企業は徹底的に効率を追求していかなければな らない。人,物,金,情報という事業に投入している各種経営資源のなかに無 駄がないか,より小さな投入量で現在の商品やサービスを提供できないかどう か,常に見直しをする必要がある。こうして事業の効率化を徹底して進めるな かから実現された価格も,その優位性が維持される時聞は一般的にはそれほど 長くはない。競合他社がまた別の観点から効率化に取り組み,より抑えた市場 価格を実現してくるからである。 価格面での競争における企業戦略の限界についてP
o
r
t
e
r
は,次のように触31 時間融合の経営戦略 -31 れている。「オペレーション効率の継続的改善は,卓越した収益性を実現するた めの必要条件である。だが,通常それは十分条件にはならない。オペレーショ ン効率を頼りに長期にわたって勝ち残り続けた企業はほとんど存在しないし, そのような企業がライバノレに対するリードを保つのは,ますます困難になりつ (3) つある」。 価格競争は企業収益の低下をもたらす。もし,収益性のリミットを超えても なお効率を追求し続けたならば,その企業は自ら成長への道を閉ざしているこ とになるのではないだろうか。図表
2-2
に示すように,時間の経過とともに 収益の改善度合いは逓減していく。短期的にみれば収益の改善度合いは高い。 しかし,時聞が経つほどにその効果は減っていく。それでも,-企業成長の下限」 の地点までは企業努力として価値のあるものである。だが,その地点を越えた ときに,努力をするほどに経営そのものが圧迫されていってしまう。 図 表2- 2 オベレーション効率改善の限界 収益改善度合い 企茎盛玉虫 下 限 時間の経過 ( 3 ) MichaelE..Porter,竹内弘高訳『競争戦略論1J, p.73, 1999,ダイヤモンド社-32ー 香川大学経済論叢 32 こうした状況ではあるが,いったん価格競争に陥った企業は,その基本戦略 を修正することは困難である。オペレーション効率を改善する努力をやめてし まうと,その時点、で市場からの撤退を余儀なくされるからである。 以上のように低価格戦略は,企業の長期的な成長を可能にする差別化戦略に つながるほど力強いものでトはない。そこで,時間融合の経営戦略という新しい 枠組みが重要になってくるのである。時間融合の戦略を実行する企業には,新 しい市場を創出するだけの力が備わってくる。新しい市場で圧倒的な強さを発 揮し, リーダーとしての地位を確立して一定のニツチを占めてしまえば,価格 競争を回避することができる。 ただしその場合,高い参入障壁の構築が前提となってくる。つまり,技術や 流通経路などで強みを築き上げ,他社が容易に追随できないようにしておくの である。いずれにせよ過去の経営戦略ノfラダイムから離れ,独自の市場ポジショ ニングを獲得することが重要であろう。
4
)差別化の重要性に関する見解 本節の最後に,差別化の重要性に関するもうひとつの見解を取り上げる。 Hendersonは企業組織を生物の世界にみたて,競争戦略をダーウィン流の自然 選択が働くプロセスとみなしている。そしてその自然選択を“naturalcompeti-tion"と呼んだ。その概念を要約してみると次のようになる。 -全世界が関連する市場となる。 -市場は個々のセグメントの総和である。 ・全く同じように生きる競争者は共存できない。 -市場のセグメントは競争者の差異として定義される。 ・競争的差異の価値は利用可能な市場の特性によって決定される。 -競争者間の効果的差異性は,個々のあらゆる種類の正味の差異性の結果である。 (4) Bruce D. Henderson, The Logic0
/
Business Strategy, 1984, Ballinger Publication33 時間融合の経営戦略 33 -市場のセグメントというのは,ある競争者が他のすべての競争者に対しても つ顧客と製品あるいはサービスの組み合わせである。 ・すべての競争者は自らのセグメントを支配する。そうでなければ消滅してし まう。 ・セグメントの境界には有利なところはなく,競争は永遠に続く絶え間ないも のである。 ・競争者が互いに競争しながら変化する環境に絶えず、適応するにつれて,すべ てのセグメントの境界は常に変化,移行している。 企業が長い期間にわたって存続し,成長していくためには,特定の市場を支 配しなければならない。そのために必要となるのは,差別化戦略を採用するこ とである。自社独自の強みによって,マーケットを創出する姿勢が大切となる。 さらにもうひとつ忘れてはならないのは,各市場の境界は不変のものではなく, 常に変化を続けていることである。したがって企業は,独自性を追求するため に戦略をいつも見直さなければならないということになるだろう。
第
3節 経 営 者 の 資 質 と 経 営 戦 略
(1) 企業の成長を運命づける経営者の資質 本節では,経営者の資質と経営戦略との関連性について,先行研究の結果を 取り上げながら考察していくことにする。時間融合の経営戦略が成功するか否 かは,企業経営者の個人的資質というものが非常に大きなウェートを占めると 考えるからである。 1)経営者の資質と企業の運命 企業規模の大小に限らず,企業経営者のあり方は企業そのものの将来を決定 づけるほどの大きな影響力をもっ。特に中小企業であれば,経営トップの発言 力によって,経営の基本構造が大きく変わってくる。 企業経営者には,創業時からの夢や確固たる事業目的が存在する。企業が継34 香川大学経済論叢 34 続して存続していくためには,その根底に確かな経営者の理念が存在しなけれ ばならない。経営者のポリシーがあってはじめて企業全体としての戦略が決定 され,その下位項目としての各種戦術が決まってくる。 中小企業の場合には,経営者の理念そのものがかなりのウェートでもって企 業のドメインや内部組織体制,各種経営資源の配分などさまざまな戦略事項を 決定づけることになる。したがって,経営者そのものの資質や力量が企業の帯 在を特徴づける可能性が高い。もちろん,企業経営の100%を経営者が管理する のではない。経営戦略室などのスタップ部門が,戦略の立案と実行にかかわる 意志決定権を任されているのが通常である。しかし,いかにスタップ部門が撤 密な戦略案を計画しようとも,最終的な意思決定権は社長にある。 このように中小企業においては,程度の差こそあれワンマン経営が進められ ていることが多い。ワンマン経営というとややマイナスのイメージが持たれる ことがあるが,決してそのようなことはない。社長自身が非常に合理的な,そ して最適なタイミングで戦略的意思決定を行い,組織全体を強力なリーダ} シップで適切な方向に導いていくことができれば,その企業は短期間で急速に 成長するだろう。これはワンマン経営がプラスに作用した場合である。中小企 業のなかには,こうした経営トップの強力なリーダーシツプによって,今日の 安定した地位を築き上げることに成功したケースが多い。 その一方でワンマン経営がマイナスに作用し,市場からの撤退や倒産の憂き 自にあってしまう企業もある。その違いは一体どこから生じるのであろうか。 2 )企業経営者の特質と失敗・成功の分岐点 経営者の誤った判断によって失敗してしまうケースをみると,過去の経営戦 略に拘泥している場合が少なくない。経営者にとって,過去の成功体験は将来 に向けた大きな資産となる。個々の成功体験のなかから複数の経験則が導き出 され,それが企業の戦略方針として定着していく。また,成功したことによっ て経営者のなかに自信が芽生え,それが企業活動の原動力にもなっていく。 しかし,成功したことによって的確な判断ができなくなってしまう可能性も
35 時間融合の経営戦略 35-ある。過去の成功法則のみを戦略として決定づけてしまい,他の戦略要素に自 を向けようとしなくなる場合である。こうした時には外部経営環境の変化など によって収益状況が悪化するような時にでも,その解決策を過去の戦略のなか に見出そうとする。そのように活路を見出そうとする姿勢が残されていれば戦 略の再構築に向けた可能性もあるが,自社の経営のあり方そのものに修正すべ き点を全く見出そうとはせずに,すべてを外部要因のせいにし,既存の戦略を 絶対視しながら経営活動を継続していくと経営は崩壊への道をたどる。 過去の経営戦略に限界が訪れた場合には,より広い視野のなかで新しい戦略 の可能性を追求していく柔軟でb適応的な姿勢が経営者には求められてくる。そ のひとつが,将来への戦略志向のなかから導き出された,自社にとっての新し い要素を導入することである。過去と未来の戦略の接点において火花が散るが, これこそが企業に新たな活力をもたらすことになる創発効果である。 企業経営の失敗と成功の分岐点はここにある。既存の経営戦略の限界を経営 過去の 戦略実績 図表3- 1 経営者の資質と企業の成長 経営戦略 企業の 成長ベクトル 将来の 戦略要素
-36- 香川大学経済論叢 36 者が確実に認識するだけの広い視野をもっているかどうか。そして,実際に新 しい成長基軸を設定できるかどうか。これによって,企業の運命は決定づけら れることになるだろう。 以上の考え方を整理し,図表
3-1
に経営者の資質と企業の成長の関係とし て示した。企業の成長の方向性を決めるのは主に経営者の資質であり,そこに 過去の戦略実績と将来の戦略要素が投入され,企業の経営戦略が決まってくる。 これが経営者からみた企業の経営戦略の枠組みである。(
2
)
成長企業にみる経営者の特徴 1 )経営者の資質 本節では企業の成長を決定づけるひとつの要因として,経営者の資質を取り 上げてきた。ここで改めて経営者の資質とは一体何を指すものであるのか, 先行研究の結果をみながら考察していく。 純粋な意味での資質とは,生まれながらにもっている性格や才能のことであ る。本稿で取り上げる経営者の資質には,生まれついての性格,才能,能力に 加え,後天的な学習の要素をも含めたものとして認識したい。経営者という地 位においては企業の規模にかかわらず,実に多様な外部からの情報を刺激とし て受け入れながら,きわめて多忙な日常生活においてさまざまな意思決定を絶 えず、おこなっていく必要がある。企業経営は意思決定の連続である。そして, いかに優秀なスタッフを保有していても,もっとも重要な意思決定は最終的に は社長自身が社長室にこもって行わなければならない。社長という稼業は実に 孤独なものであるとよくいわれている。 このように経営トップに就くということは,非常に厳しく特殊な生活環境に 身を置くことを意味するものである。したがって,純粋な意味での資質に加え, その特殊要因としての環境が当人に与える影響を考慮する必要があるのではな いだろうか。心理学の分野においても,人聞は置かれた環境が人格形成にいく ばくかの影響を及ぽすことが知られている。社長職であれば,外的影響も一般 のビジネスマン,生活者他よりも大きくなることが類推される。37 時間融合の経営戦略 37 これまでみてきたように,過去の経営資産のなかから重要な法則を見出し, それに将来の成長を可能にするような部分を発見して取り入れることのできる 能力,洞察力, トータルとしてバランスの良い企業の継続的な成長を加速する 戦略を実施できる能力と行動力,それらが企業経営者にとって理想的なひとつ の資質ということになるであろう。 しかしながら,これだけでは資質全体を表現しているとはいえない。そこ、で, 戸田の研究から企業経営者のパーソナリティについてみることにする。
2
)倒産企業経営者と成功企業経営者の資質 倒産企業の経営者と広く世間で成功企業として認識されている企業の経営者 とに,パーソナリティの面からみていかなる際が生じているのか。それぞれの 経営者を決定づける資質というものは存在するのであろうか。 直感的に考えれば,成功企業の経営者の方が失敗企業の経営者よりも優れた 資質を備えているといえるだろう。資質さえよければ,企業の進むべく道筋を 明確に示すことのできる可能性は高くなる。一方,劣った資質は合理性に欠け る意思決定を導き,結果として企業経営そのものが失敗する確率を高める。 戸田は実際に成功している企業と倒産企業の経営者をインタビューなどに よってパーソナリティについて分析し,その結果を整理している(図表3- 2, 3 - 3)。
この表から,経営者の資質全体が明らかになってくるだろう。倒産企業経営 者と成功企業経営者との差が顕著となっており,大変興味深い。 もちろん,すべてのケースがこのような形で分類可能となるわけではない。 成功企業経営者としてのよき資質をもちながらも,失敗している場合も考えら れる。また,倒産企業経営者としてのパーソナリティをもっていても,非常に 大きな成功をおさめていることもある。全体としての傾向という意味でのパー ソナリティ比較をしている点に留意しなければならない。 ( 5) 戸田俊彦『企業倒産の予防戦略J,pp.150-151, 1984,同文館-38- 香 川 大 学 経 済 論 叢 38 図表3- 2 倒産企業経営者のパーソナリテイ 性格的特'性 意 識 ・ 理 念 的 特 性 行 動 的 特 性 あきっぽい 焦り 悪 習 慣 暗示されやすい 認識の甘さ 外 部 資 金 ・ 援 助 の 拒 否 怒りっぽい エ リ ー ト 意 識 幹部・スタッフの悪さ 嘘つき 経 営 目 的 の 不 明 確 急 速 成 長 経 営 疑 い 深 い 経 営 理 念 の 欠 如 ぐず、 軽薄 計 画 性 の 欠 如 経 営 計 画 の 欠 如 頑 固 権 威 主 義 経 験 不 足 感 情 的 自覚不足 経理・計数に疎い 気が小さい 事 業 意 欲 の 欠 如 公 私 混 同 協 調 性 の 欠 如 視野の狭さ 詐欺癖 主交滑 私 利 私 欲 私 生 活 上 の 問 題 自己中心的 先 見 性 の 欠 如 情 実 重 視 自己満足的 創 業 者 意 識 情 報 伝 達 シ ス テ ム 欠 陥 実 行 力 の 不 足 他 力 本 願 政 治 道 楽 責 任 感 の 欠 如 伝 統 尊 重 主 義 前 近 代 的 経 営 怠 慢 方 針 の 欠 如 組 織 の 欠 陥 冷 た い 感 情 油 断 弾 力 性 の 欠 如 強気一点張り 理 想 主 義 投 機 柔 和 派 閥 の 横 行 忍 耐 の 欠 如 不 健 康 能 力 の 欠 如 不 和 ・ 衝 突 非 寛 容 放 任 経 営 秘密主義 暴 走 経 営 非 倫 理 的 無 為 無 策 不 注 意 模 倣 経 営 官険好き 礼 儀 知 ら ず 保 守 的 ワンマン・ 1レール 見栄っ張り 浪 費 未 成 熟 無 知 無 学 無 頓 着 優 柔 不 断 楽 観 的 老 齢 ( 出 典 企 業 倒 産 の 予 防 戦 略Jp.150を再構成)
39 時間融合の経営戦略 39-図表3- 3 成功企業経営者のパーソナリティ 性格的特性 意識・理念的特性 行動的特性 いさぎよさ 愛 情 海外進出 イニシアチブ 科学的精神 外部資本・助力の利用 思いやり 企業者意識 経 験 快活 危険負担意識 謙虚な反省 感情的安定性 競争意識 健 康 九帳面 計 画 性 公私の別を明らかにする 機敏'性 現実的思考 時間の効果的活用 客観'性 合理的思考 資金・資源管理の徹底化 教育レベル 自覚意識 柔軟性 協調'性 事業動機 情報伝達システムの活用 勤 勉 自由思想 人心・価値を見抜く 決断力 節 約 親 切 献身的 達成欲求 迅速 好 奇J心 挑戦意欲 政治力の発揮 高潔 ビジョン 戦略的経営 公 正 広い視野 組織力の活用 自己統制 普遍的理念 的確な意思決定 自{言 保守主義 チャンスを生かす 実行力 ムキJ心のなさ 法律・規則の遵守 社 交 性 目標意識 目標による経営 人 格 喜んで仕事する 信 念 礼儀正しい 誠 実 控えめ 優 越 感 勇 気 友 情 楽天主義 臨機応変の才 責任感 積 極 性 先 見 性 創造力 知 識 知的能力 道徳,心 忍耐力 熱 意 ( 出 典 倒 産 の 予 防 戦 略Jp.151を再構成)
40 香川大学経済論叢 40 3 )成功企業の経営者とは 図表3ー 2に示すような特性をすべて兼ね備えた経営者は存在しない。完壁 なパtーソナリティをもち,あらゆる意思決定を最適なタイミングで,過去と未 来の戦略を熟考したなかで実施し,すなわち時間融合の経営戦略を実践し,常 に企業を成長に導いていく。そのような理想的なリーダーというものは,実際 のところめったに存在するものではないと思う。 成功企業のすばらしい経営トップとして担会から広く支持されている経営者 であっても,部分的には図表
3-1
に示した倒産企業のパーソナリティをもっ ているかもしれない。 おそらく,成功企業の経営者にはふたつの型があるのではないだろうか。ひ とつは今述べた理想的なリーダーである。そしてもうひとつは,本来企業経営 者にとって好ましくないとされる資質をもちながらも,数多くのすぐれたパー ソナリティ要因をもち,その個人全体としてみた場合には明らかにプラスに なっている,という経営トップである。そして,このようなトップは自らの短 所を認識しており,企業経営における意思決定をすべて自分ひとりで行うよう なことはしない。自らの力に限界があることを知っているからこそ社内の優秀 なスタッフ,さらには社外の実務専門家,研究者などの指摘にも素直に耳を傾 け,意思決定の誤りを少なくするような努力をしているのではないだろうか。 成功企業の経営者のパーソナリティを一概に言うことは難しい。しかし,不 況下でも確実に成長を続ける企業には,以上のような経営者が存在すると推察 される。すぐれた経営者であっても,時に誤った判断をすることもあるだろう。 失敗したときには社内外から批判の声があがるかもしれない。しかし,失敗に 対する批判は一時的なものであって,この経営者は失敗をもとに次に成功する 確率を高めるための方策を慎重に考え実行する。このような経営姿勢を保持す ることで,長期的にみて企業は成長していく。 我々が成功企業経営者の資質を外部から理解するためには,やや長い目で もって観察,分析をしていかなければならないだ、ろう。そうしたなかで,成功 企業と失敗企業の経営者の資質面での相違点が,より鮮明に浮かび、上がってく41 時間融合の経営戦略 41ー るのではないか。
(
3
)
企業の成長要因としての経営理念,企業文化 1 )経営理念と企業の成長 次に,企業の成長要因としての経営理念と企業文化について検討していく。 経営者の資質が企業の運命を左右することを考慮すれば,その経営者が社員に, そして対外的に示す経営理念は企業の成長要因になりうるものである。 経営理念にはトップの資質,経験,価値観などすべてが凝縮されている。理 念は通常ごく短い言葉で表現されるのであるが,その背景には実に多くの情報 が流れている。これから企業が進もうとする道筋を考え,多様な情報を過去の 戦略のなかから引き出し,そのなかできわめて重要度の高い要素のみを抽出す る。さらに,将来への戦略の手がかりになるであろうと判断されるさまざまな 戦略情報をも探索し,現状をやや先取りする形での要素をピックアップする。 こうした一連の思考過程のなかから,自社特有の理念,ポリシーが浮かび、上がっ てくる。 出来上がった経営理念は時間や企業を取りまく環境の変化に応じて,多少そ の姿を変えることはあるかもしれないが,その本質は変わるものではない。も し本質がゆらぐようなことであれば,その企業の戦略は,そして企業の存在自 体は弱いものとなってしまう。 時間融合の経営戦略という基軸のなかにおいて,企業経営者が確かな理念を 設定できたとしても,それだけで企業の成長が約束されることはない。その理 念が企業全体に行き渡っている必要がある。そのためには,経営者は折にふれ て経営に対する自らの考え方を明確に示していかなければならない。 松下幸之助氏は生前,朝礼や経営戦略報告会などの場を通じて,常に自らが 考えるところの理念,ポリシーを力強く社員に向けて語りかけていた。その内 容は書籍になり,またカセットテープにも収録され販売されているが,それら に触れてみると,松下氏の経営への力強い考え方を体感することができる。 素晴らしい理念も社長自身が直接的に語りかけなければ,社内に浸透させる42 香川大学経済論叢 42 ことは難しい。言葉として発しなくとも社長自身の行動から,その理念が十分 に推し量れるという場合もあるであろうが,社長という地位にある者は常に全 社員へ自らの考えを訴えかけコミュニケーションをとり,彼らのモティベー ションを高めていく努力が求められてくる。時間融合にもとづく理念であれば, 社員のなかには不安を感じる者が出てくるかもしれない。その社員の目には, やや先進的すぎる考え方であると映るからである。そうした不安点を解消する ためにも,機会を作って社員に繰り返し自社の経営理念を伝えていく必要があ る。 一方,経営者は社員以外に社外に経営理念を発信していくことも重要である。 企業経営は自社内のみで完結するものではない。顧客,取引先,従業員の家族, 株主など多くの直接的・間接的な利害関係者とのかかわりにおいて企業は成立 している。したがって,これらすべての利害関係者に対しでも,社長自身の考 え方を表明しておかなければならないでFあろう。そうすることによってはじめ て,企業理念が広く社会に知られることになる。
2
)企業文化形成のプロセス 経営トップの企業理念や価値観が社員に十分に広がっていくと,ある時点を 過ぎたところで柱内に変化が生じる。組織間で共通の認識が完全に出来上がっ ているという状態が達成されるのである。100%完全にという次元にまで持って いくことは難しいが,社長と同様の考え方が自然とできる社員が次々と現れて くる。 このような社員は他の社員との意識を共有し,情報交流活動を継続するなか で会社経営への考え方,すなわち社長の経営理念をより強固な企業規範として 自らのなかに定着させていく。こうした社員の連結作用が組織内の至るところ で恒常的に発生することで,組織全体の結びつきはいっそう高まってくる。 さらに時間が経過すると共通の認識をもった組織内の力が,社員全体の正式 な行動規範として定着してくる。これこそが企業文化の定着を意味している。 したがって,企業文化が定着するのには,通常かなりの時聞がかかるものであ43 時間融合の経営戦略 -43ー る。創業間もないベンチャー企業間にも確かなる企業文化が存在するが,それ は誕生してからかなりの時聞が経過した大企業などの文化とは全く異質なもの となっている。 ところで,こうした企業文化の形成プロセスにおいては,企業の外部世界と の関係を無視することはできない。消費者はある企業の商品やサービスを消費 することで,その企業に対して何らかのイメージを持つ。企業に出資している それぞれの株主は,企業の活動を詳細に知ろうと努力し,そのなかから一定の イメージを形成していく。 社内の行動規範としての企業文化と社外に存在する利害関係者がもっイメー ジが統合され,それが企業の文化として定着するというのが一般的なプロセス ではないだろうか。その仕組みを図表3- 4に示したが,こうして完成された 企業文化は,他企業との差別化要因になるものである。 図表3-4 企業文化形成の枠組み 社 内 で 形 成 された文化 他企業にとって の障壁 社 外 で 形 成 された企業 イメージ 成長企業においては,企業を成長に導くベクトルに沿った企業文化が形成さ
-44ー 香川大学経済論叢 44 れている。中心に位置するのは戦略的思考のできる経営者であり,その周囲に は理念を共有する社員が存在する。さらに,企業の行動に対し外界に存在する 組織や個人間で好意的なイメージが構築されているとき,その企業の文化は時 間融合戦略のフレームワークのなかでひとつの完成型となるのである。 第
4
節 時 間 融 合 か ら み た マ ー ケ テ ィ ン グ 戦 略 (1 ) マーケティング戦略の重要性 1)マーケティング活動とは何か 本節では,時間融合の枠組みからみた企業のマーケティング戦略について考 察していく。まず,マーケティング戦略の重要性を確認しておく。 流通経済研究所の田島義博理事によれば,-マーケテイングとは,企業から市 場への働きかけ全体を指すものである」という。この定義は非常に簡潔であり ながらも,企業にとってのマーケティング活動のあり方を端的に表現している。 一般的にマーケティングというときには,市場調査や販売活動を指すものと して理解される場合が少なくない。マーケティングリサーチや商品,サービス の販売がマーケティング活動のなかで重要なものであることは間違いがない が,それがマーケティングのすべてではない。市場とのかかわりをもつあらゆ る経営活動はマーケティングに関係している。 では,市場とのかかわりをもっとはどのようなことを指しているのだろうか。 そのひとつは,消費者(顧客)ニーズに何らかの形で対応するということであ る。市場にはさまざまなニーズが存在している。消費者の行動原理は,自らが もっニーズを解消するところにある。そして,直接的であれ間接的であれ,彼 らのもつニーズに応えようとする企業活動はすべてマーケティングの領域に 入ってくる。たとえば,市場に「機械式の腕時計が欲しい」というニーズがあっ たとする。このようなニーズをより詳細に調べようとするリサーチや,完成し た製品の販売ルートの整備などは中核的なマーケティング活動ということにな る。しかし,その機械式時計の設計や開発を担当する部門における活動も広い 視野でとらえればマーケティング活動に入ってくるものである。45 時間融合の経営戦略 -45-このように考えると,企業のマーケティング活動領域は実に幅が広い。広い 視野でとらえるならば,企業内の多くの活動は市場ニーズとの接点をもってい る。経理や総務などの管理部門は,社内へのサービス活動を基礎としているが, これらの部門においても何らかの形で市場の声に接する機会はあるはずであ る。したがって,企業のあらゆる部門に所属する従業員たちには,マーケティ ング的な発想、というものが求められてくるのではないだろうか。 2 )潜在ニーズの把握とそれへの対応 以上のように市場とのかかわりをもっということの具体的内容は,常に市場 ニーズに対応するような経営活動を続けるところにある。いかに優れた製品や サービスを生み出している企業であっても,それらが市場の声を無視したもの であったならば成功をおさめることはできない。そればかりか,最悪の場合に は顧客に全く見向きもされない可能性もある。 ここに相対的にみても際だった技術力を保有する企業があるとする。その企 業が最高の技術力を生かし,ある製品が完成したと仮定しよう。技術的にみて 最高の水準にあることには間違いない。しかし,販売ルートが整備されていな い,競合品と比較して使いにくい,デザインが洗練されていなしh 割高な価格 設定である,などの問題があったために顧客の支持が得られなかった。 これはマーケティング戦略の失敗を意味する。技術者集団の企業においては, こうしたマーケティング戦略の失敗が見受けられることがある。技術者たちの 研究開発能力が際立つている場合には,自社の技術力に絶対の信念を持ってい る。それは大変好ましいものであり,企業の存在意義を示すひとつの指標にも なる。しかし,そこに消費者あるいは生活者の視点が欠落しではならない。マー ケティング的な考え方がなければ,利用者からみた自社商品の欠点、を見落とし てしまうからである。 さて,市場とのかかわりを持つ第二は,消費者自身が気づいていないニーズ を企業が技術を駆使して掘り起こし,それを商品化して消費者に提示するとい う活動である。これを市場創出型のマーケティング活動とよぶ、ことにしよう。
-46ー 香川大学経済論叢 46 われわれの日常生活は非常に高度な水準にまで高められている。そのなかでは, 多種多様のニーズがかなりの程度まで満たされているのが現状である。した がって,そこに新たなニーズを見出すことは非常に難しいものである。 しかし,企業にとっては市場創出型のマーケティング活動こそ,もっとも求 められてくるところである。消費者ニーズのすき聞がないようにみえても,十 分な判断材料を集めデータを重要視しつつ,直感やセンスを最大限に使いなが ら探索的な活動を継続していくと,そこに新たなニーズの芽を発見することが できる。そして,その芽を確かなるニーズへと育成していくことが企業にとっ て求められてくるのである。このような市場探索型のマーケティング戦略を実 行できる企業は,他社と異なる市場ポジショニングを獲得できる。つまり,差 別化に成功する。一方,消費者も企業側からの新たな提案を受け,生活におけ る利便性が向上するなどのベネフィットを享受できる。市場創出型のマ}ケ ティング戦略は,企業と消費者の双方にとって望ましい形の戦略であるといえ る。 (2) 時間融合のマーケテイング戦略とは 1 )時間融合のマーケティング戦略とは 本稿でいう時間融合のマーケテイング戦略とは,過去のマーケティングパラ ダイムを重視しながらもその限界点を認識し,そこに新たなパラダイムからの 修正を加えることで,市場の創出につながるような総合的なマーケティング活 動を進めていくことを意味している。 図表 4- 1の第 2,第 3,第 4象限は従来型のマーケティングノfラ夕、イムで ある。第2象限は高い技術力をもって市場を開拓していく戦略であり,第3象 限は,シーズを重要視しながら既存市場への対応を進めるタイプのマーケテイ ング戦略である。また,第3象限はニーズを優先しつつ既存のマーケットに対 応していく戦略であり,もっとも激しい競争が進められている領域である。マー ケティング戦略の新ノfラダイムは,第 4象限に該当する。つまり,消費者の声 を丁寧にすくい上げながら全く新しい市場を創出していく戦略を指している。
47 シーズ重視 時間融合の経営戦略 図表4ー1 マーケテイングパラダイムの変化 市場探索
l
│日
側 ラ ダ イ ムl
ll
日
l
問│日[
市場対応 47-ニlーズ重視 これは過去のマーケティングのやり方を否定するものではない。むしろ,既存 のマーケティングの方法論から得られる便益を最大限に享受し,なおかつそれ に固執することなし新しい市場とのかかわり方を探索していくという企業の 創造的活動が基本的な考え方「となる。 わが国にマーケティングという概念が米国から導入されたのは1
9
5
0
年代半 (6) ばのことであるとされる。それ以来日本の各企業は,米国型のマーケティング 手法を積極的に取り入れながら経営活動を続けてきた。高度経済成長下にあっ ては,市場には多数の本質的ニーズが確実に存在していた。それらのニーズは 比較的容易にグループ化をすることができた。つまり r市場の同質性が高かっ (7) た時代」である。 同質性の高い市場環境が存在する限りにおいては,企業のマーケティング活 (6 ) 恩蔵直人ほか『マーケティング戦略J,p.2, 1996,有斐閣 (7) 流通経済研究所田島義博理事による指摘-48- 香川大学経済論叢 48 動にそれほどの困難が伴うことはない。ニーズにもとづきある程度のマーケッ トセグメンテーション(市場細分化)を行えば,十分に効率的な企業活動を展 開することができる。あるニーズを完全に満たしてしまった場合であっても, また別の本質的ニーズが必ず、存在するため,今度はそのニーズを満たすような 市場活動を継続していけば一定の収益は約束され,継続的に成長を続けること が可能である。こうして1970年代後半頃までは,第一次オイノレショックが消費 者の価値観を大きく転換する契機となったにもかかわらず,わが国の企業は全 体としてみれば右肩上がりの成長を続けてきたといえる。 1980年代になると企業が対応する市場環境にも変化が生じてくる。すなわ ち,市場の異質性が高まってきた。市場ニーズの多様化と高度化である。この 時点においても,依然として従来のマーケティング手法が有効であったといっ てよいだろう。たとえば,マーケティングリサーチが実施され,従来より詳細 な市場細分化を行い,ターゲットとなる顧客層から生のニーズを収集し分析す ることで,企業は商品やサービス提供の舵取りを進めていく。 また, 1980年代半ばから後半にかけては,パフVレ経済の最盛期という外的な 要因が存在したために,マーケティング戦略上の特別の工夫を取り入れない企 業にとっても,成長の機会は十分に確保されていた。パブノレ経済の思恵に浴し た消費者の購買意欲は高まり,高級な商品やサービスが次々と消費されていっ た。 しかしながら,パフ、ル経済が崩壊すると消費者の購買意欲は急速に冷え込み, 既存の枠組みにもとづくマーケティング戦略だけでは十分に対応できなくなっ てしまったのである。その状態は現在も十分に解消されてはいない。 いま企業にはマーケティングパラダイムの変革が切実に求められている。旧 パラダイムでの成功体験に束縛されることなく,新規市場の創出に向けた新た な活動に着手しなければならない。
2
)時間融合のマーケティング戦略が生み出すカ 時間融合のマーケティング戦略は,消費者に新たな生活上の便益を提供し,49 時間融合の経営戦略 -49ー 人生そのものを豊かにするだけの力を備えている。この戦略を実施する企業は 競争環境で独自性の高いポジショニングを獲得し,競合他社との競争を回避し ながら成長を続けていくことが可能になる。 ひとつの事例をみてみよう。富山県に光岡自動車というわが国最後発の車の メーカーがある。このベンチャー企業は大手自動車メーカーの保有する技術を 生かしながら,独自性の高い製品づくりを進めていることで知られる。 市場ニーズの多様化,高度化がもっとも進んでいる製品分野として即座に思 いつくのが自動車である。先に市場の同質性,異質性という視点、からその大き な歴史的な流れを振り返ってみたが,自動車は他の製品やサービスよりも早熟 していたため,ニーズの多様化や高度化は
1
9
7
0
年代から始まっていたとみなす ことができるだろう。 光岡自動車の設立は1
9
7
9
年1
0
月。はじめに製品化に取り組んだ、のは原付免 許で運転できる「ゼロハンカー」であり,試行錯誤の末1
9
8
2
年にiBUBU
シャ トル5
0
J
を発表した。これは身体に障害をもっ人たちの車として開発されたも のである。その後もゼロハンカーを次々と発表しながら,1
9
8
7
年から徐々にレ プリカ(複製)モデ、ノレの開発に力を入れていく。ポルシエスピードスターの復 刻レプリカであるiBUBU3
5
6
スピードスター」などを発売するに至った。 こうしてニッチ市場でのポジショニングを獲得してきた同社は,オリジナノレ カー「ビュート」の発表により,大きな転換期を迎える。1
9
9
3
年のことであっ '7"?,
,
-
。
3 )既存の資源を利用しながら新しさを提示 ビュートの開発から販売における特徴を,マーケティング戦略の観点から考 察してみる。まず,このオリジナルカーを開発するにあたり同社は,日産自動 車の保有する経営資源を活用することを第一に検討した。日産の大衆車「マー チ」をベース素材に使い,光岡自動車がボディや内装に大幅に手を入れること で全く異なった商品として開発しようとしたのである。 小メーカーである光岡自動車にとっては,エンジン,シャシーなど車の主要50 香川大学経済論叢 50 部分のすべてを開発することは実際のところ難しい。そこで,大手メーカーの 保有する技術や資源を活用することを第一に考えた。性能や信頼性という点か らいってもそれは望ましいものであり,消費者の基本ニーズを満たすマーケ ティング戦略の実践にもつながる。 古き英国車ジャガー・マークIIを努需とさせるエクステリアデザインは,各 大手メーカーが開発する製品とは全く異なる雰囲気を備えている。製品は
1
台 1台工場で手作り生産に近い形で進められる。 現在の技術を生かして古いデザインを現代風にアレンジし,すき間商品とし て市場に提案した同社の戦略は,まさしく時間融合の価値基軸に沿ったもので あるといえるのではないだろうか。市場創出の効果はきわめて大きし普段は 自動車に関心がない人たちからの問い合わせが非常に多くあったという。売り 出してみると月間1
,0
0
0
台という小メーカーとしてはかなりの販売実績を続 け,多くのオー夕、ーを抱えるに至った。 いかにすぐれたデザインであっても,既存のマーケティングパラダイム上重 要な売るための仕組みづくりに取り組まなければ成功することはできない。同 社は全国どこでも購入することができるように,ディーラーの整備にもかなり の経営資源を投じた。この点からも既存のマーケティング戦略を堅実に実行し ている様子がわかる。 光岡自動車は1
9
9
6
年に本格的スポーツカー「ゼロワン」を開発したが,これ が同社にとって組み立て車としてはじめて認可されたモデルであり,国産1
0
番 目のメーカーとしての地位を確立したのである。その後数々のオリジナルデザ イン車や購入者が自分で組み立てできるマイクロカーを市場に投入し,常に新 しい製品づくりを提案することで完全にニッチメーカーとしてのポジショニン グを獲得している。 大手メーカーにとっては市場が小さすぎるために参入できない領域におい て,光岡自動車は時間融合のマーケティング戦略を実践している。後発のベン チャ一企業が大手企業と同様のドメインを設定してしまったとしても,成功す ることは難しい。だからといって,全く市場性のないところにドメインを決め51 時間融合の経営戦略 -51ー ることはできない。独自な位置付けを獲得し,なおかっその小さな市場で確実 なニーズがなければならない。あるいは,ニーズが必要量に達していないとい うのであれば,企業側が生み出していけるような商品を提示できなければなら ない。光岡自動車の場合には,その点が巧みに行われていると判断できるだろ
つ
。
(3) カスタマーリレーションシッブマネジメントへのシフト 1 )カスタマーリレーションシップマネジメントの重要性 過去のマーケテイング戦略を重要視しながらも,その限界を克服するために 新しい観点からのマーケティング戦略を実施し,市場を創出することが重要で あるとの視点にたって論じてきた。ここでもうひとつ忘れてはならないのは, 新規需要の創出は新規の顧客獲得のみを意味する活動ではないということであ る。つまり,既存の顧客が繰り返し自社の商品やサービスを消費してくれるよ うなマーケティング活動も,新規需要の創出とする見方もできるだろう。 これはカスタマーリレーションシップマネジメント (CRM)の考え方であ る。すなわち,顧客との良好な関係を構築することで顧客の企業に対するロイ ヤリティを高めていく新しいマーケティング手法である。 全くの新しい顧客を開拓していく活動も,市場での優位性を確保するうえで は必要不可欠な戦略であるが,それと同時に,一度顧客になってくれた人たち を自社のファンに育て上げていくための方策を検討し実施するのもきわめて重 要な戦略である。企業の長期的な成長は,自社の製品やサービスを愛用してく れる消費者がどの程度存在するかどうかに依存してくるのだ。 2 )市場シェアから顧客シェアへ 既存のマーケティング戦略では,市場シェアを可能な限り高めることがひと つの重要な経営目的であった。競合他社との激しい競争から一歩抜き出るため には,マーケットシェアの獲得が企業の関心事に自然となっていく。しかしな がら,そのような環境下では多くの場合価格競争に陥るため,長期的な成長を-52ー 香川大学経済論叢ー 52 確保するのが困難なケースも少なくない。 CRMの枠組みでは,市場シェアよりも顧客シェアを大切にする活動が推進 される。これはマーケティングの個人化といってよい。つまり,一人一人の顧 客を丁寧に扱い,長期的なスパンのなかでの消費量(ライフタイム・バリュー) を高めていこうとするものであり,ワントゥワンマーケティングの実践に通じ る戦略である。 心理学的にみて,顧客は自分が特別に取り扱われていると感じると,その企 業の提供する商品やサービスを繰り返し購入しようとする。ホンダ系列のトッ プセールスマン