(3) カスタマーリレーションシッブマネジメントへのシフト 1 )カスタマーリレーションシップマネジメントの重要性
過去のマーケテイング戦略を重要視しながらも,その限界を克服するために 新しい観点からのマーケティング戦略を実施し,市場を創出することが重要で あるとの視点にたって論じてきた。ここでもうひとつ忘れてはならないのは,
新規需要の創出は新規の顧客獲得のみを意味する活動ではないということであ る。つまり,既存の顧客が繰り返し自社の商品やサービスを消費してくれるよ うなマーケティング活動も,新規需要の創出とする見方もできるだろう。
これはカスタマーリレーションシップマネジメント (CRM)の考え方であ る。すなわち,顧客との良好な関係を構築することで顧客の企業に対するロイ ヤリティを高めていく新しいマーケティング手法である。
全くの新しい顧客を開拓していく活動も,市場での優位性を確保するうえで は必要不可欠な戦略であるが,それと同時に,一度顧客になってくれた人たち を自社のファンに育て上げていくための方策を検討し実施するのもきわめて重 要な戦略である。企業の長期的な成長は,自社の製品やサービスを愛用してく れる消費者がどの程度存在するかどうかに依存してくるのだ。
2 )市場シェアから顧客シェアへ
既存のマーケティング戦略では,市場シェアを可能な限り高めることがひと つの重要な経営目的であった。競合他社との激しい競争から一歩抜き出るため には,マーケットシェアの獲得が企業の関心事に自然となっていく。しかしな がら,そのような環境下では多くの場合価格競争に陥るため,長期的な成長を
‑52ー 香川大学経済論叢ー 52 確保するのが困難なケースも少なくない。
CRMの枠組みでは,市場シェアよりも顧客シェアを大切にする活動が推進 される。これはマーケティングの個人化といってよい。つまり,一人一人の顧 客を丁寧に扱い,長期的なスパンのなかでの消費量(ライフタイム・バリュー)
を高めていこうとするものであり,ワントゥワンマーケティングの実践に通じ る戦略である。
心理学的にみて,顧客は自分が特別に取り扱われていると感じると,その企 業の提供する商品やサービスを繰り返し購入しようとする。ホンダ系列のトッ プセールスマン
M
氏は,5 0 0
人以上にもおよぶ顧客データの重要な部分をすべ て頭に入れており,購入後のフォロー活動も非常に大切にする。その結果 r車図表4‑2 顧客との双方向的な関係
53 時間融合の経営戦略 ‑53ー
を買うならまたMさんから」という顧客が次々と現れる。実際に3台 4台と 購入する人もいるという。顧客との関係性を重視したマーケティング戦略の効 果である(図表 4‑ 2)。
時間融合の経営戦略では,こうしたCRMあるいはワントゥワンマーケティ ングの実践は重要な要素となる。過去のパラダイムでは顧客は企業に対立する 存在であり,ある意味では「いかにして買わせるか」とする戦略志向が企業サ イドにあったといえるだろう。しかしながら,新しいパラダイムのなかでは,
顧客を対立する要素としてとらえるのではなく,顧客とのコラボレーション(協 働)に取り組もうとする。すなわち,企業と顧客との双方向的なコミュニケー ションを通じて顧客満足度を極限まで高め,それと同時に企業の長期的成長を も可能にしようとする win‑win"のパラダイムである。
3 )より重要な顧客の選別
こうして顧客との双方向的な関係がある程度構築できたならば,企業は次の 方策を立てる必要がある。それは,顧客の選別という作業である。すべての顧 客と良好な関係をもち,あらゆるニーズに対応していこうとするのは効率面で いっても経営資源上iの制約でいっても無理である。
そこで,重要な顧客とそうでない顧客とを分類していく。これは,顧客の過 去の履歴をデータベース化することによって可能になる。最近その威力が認知 されてきているデータマイニング手法の適用がその典型である。そして,企業 から働きかけをした結果,顧客がどのような反応をとったかがわかるような形 にしておけば,自社にとって重要度の高い顧客が自然とリストアップされてく るはずである。
重要度の高い顧客は企業にとっての資産である。したがって,より丁寧な顧 客対応を継続していかなければならない。企業資産になりうる顧客は広いネッ
トワークをもっており,他の消費者への購買行動に強い影響を及ぽすことも考 えられる。すなわち,もしうまく顧客同士での相互関係が構築される可能性が 大きくなれば,企業により多くの果実をもたらしてくれるであろう。
‑54‑ 香川大学経済論叢 54 以上のようなプロセスでもって,新しいマーケティング戦略を実践していく。
そこから,差別化,差異化を可能にする力が創出されてくるのである。
第
5
節 企 業 成 長 を 実 現 す る 新 製 品 開 発 の マ ネ ジ メ ン ト(1) 新製品開発の重要性 1)企業の成長機会を提供
本節では,第
4
節の内容を踏まえた上で新製品開発のマネジメントについて 考察を加えていく。ここでは製造業におけるマネジメント手法を取り上げるが,他のあらゆる業種に適用できる基本的なルールになりうるものであると考え る。
企業が新しい製品やサービスを開発することの意義は何か。ひとつには,リ スクの分散という点を指摘することができるだろう。非常に卓越した技術力を 生かし,市場ニーズを十分に考えた製品を開発し販売を続けることで,安定的 な成長を可能にしている企業も存在する。それらの企業の多くは,市場のリー ダーとして圧倒的なブランド力を構築することに成功した企業である。
しかしながら,単品製品や
1
種類のサービスで大きな成功をおさめた企業で あっても,時間の経過とともに経営戦略の再構築を進めていく。すなわち,商 品ラインアップを充実したり,関連する製品の開発をはじめたり,あるいは全く関連性のない市場分野への多角化(コングロマリット)を進めたりする。
単品の商品やサービスに依存する事業スタイノレで成功している企業も,その 成功が将来にわたって続くものであるとする保証はない。市場環境の急激な変 化によって,自社が提供する商品やサービスへの需要が急速に縮小する可能性 は否定できない。消費者の趣向そのものが大きく変わり,全く見向きもされな くなるケースもあり得る。また,非常に製品力のある競合品が突知市場に現れ,
自社製品の優位性が崩壊する場合もある。画期的な技術革新が行われ,商品や サービスとしての価値がなくなってしまうような現象が生じる可能性もあるだ
ろう。
このように,企業活動には外部経営環境を中心とした不確実性が常につきま
55 時間融合の経営戦略 ‑55 とっている。不確実性への対処方法を考え}る場合には,やはり単品商品への依 存体質から脱却しなければならない。
新商品の開発を進め既存の商品構成を見直し,新たな商品をマーケットに提 案していく作業は企業のリスクを分散する。また,企業からの新しい提案が既 存の製品との相乗効果を発揮し,企業全体の活力が大幅に向上してくるという プラス効果も十分に考えられる。これが新製品開発の第二の目的である。
2 )研究開発の意義
新製品を開発していくためには,研究開発活動が非常に重要になってくる。
地道で長い研究開発を初期投資として実施した後に,企業の成長を可能にする 新規性の高い製品がっくりだされてくるのである。この初期投資がなければ,
競争力の備わった製品づくりを実現することはきわめて困難である。
これはメーカーに限定されることではない。知識を売りにするシンクタンク のような組織においても全く同様のことが当てはまる。各個人が研究できる体 制を整え,長期的な視点にたって知識を蓄積していく環境を整備しなければな らない。短期的な収益のみを追いかける姿勢からは,真の顧客満足,そして企 業としての成長を実現させる知恵は育ってこない。
さて,文部科学省によれば企業の研究開発は,基礎研究,応用研究,開発研 究の3つに分類される。基礎研究は新しい科学的知識を創出するための研究で あり,大学や各種研究機関で行われている。応用研究は基礎研究のなかから発 見された成果を,特定の目的に応用するために着手されるものである。そして 開発研究は,応用研究により技術的な可能性が明らかになった部分を実際に製 品開発に適用していこうとする活動である。
一般的に研究開発というと,開発研究の部分のみが注目を浴びることが多い。
即座に製品化に役立つような研究の価値は非常に大きいものであるが,その研 究の前工程としての応用研究,基礎研究を忘れてはならない。以上の研究開発 の枠組みを図表